2005年09月13日

広くてすてきな宇宙じゃないか

早大の劇団『てあとろ50』出身者が作った
劇団『キャラメルボックス』の舞台の題名です。
私は演劇が好きなので劇場に行ったり、DVD
を買って劇をよく見ます。

この舞台の紹介で『キャラメルボックス』代表の
成井豊さんがとても良い文章を書いているので
紹介したいと思います。


子供は大人の4倍悲しい / 成井豊

35歳を過ぎたあたりから、1年がどんどん短くなってきた。
時の流れるスピードが、年々速くなってきた。
何かの本で読んだのだが、
人間の感じる時間の長さは、その人の年齢に反比例するらしい。

10歳の子供の1年は、その子の人生の10分の1。
40歳のオジサンの1年は、その人の人生の40分の1。
つまり、10歳の子供の1年は、
40歳のオジサンの1年より、4倍も長い。

40歳のオジサンの時間は、
10歳の子供の時間より、4倍も速く流れる。
電車に乗った子供が、親に「まだ着かないの?」と聞くのは、
やむを得ないことなのだ。

乗ってから、まだ15分しか経ってなかったとしても、
子供には60分も経ったように感じられているのだから。
昼間、悲しいことがあって、夜、布団に入る。
オジサンはすぐに朝がやってくるのに、
子供にはなかなか来ない。

「子供だもん。一晩寝れば、ケロっとしてるよ」
こんな物言いにも、確かに一理はある。
が、子供には、その一晩が長いのだ。オジサンよりずっと。
とすれば、子供が感じる悲しみの深さは、
オジサンの4倍、深いのかもしれない。

小学4年生の時、飼っていた猫が、僕の手の中で息を引き取った。
あの時の胸の痛みは、今でも一瞬で蘇る。
子供は大人の4倍悲しい。

だからこそ、子供に言ってあげたいのだ。
「大丈夫。君のいる宇宙は、こんなに広くてすてきだよ」と。



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2005年09月12日

衆院選

昨日は第44回衆議院総選挙の投票日でした。
私も東京1区で投票に行ってきました。結果は
ご存知のとおり自民党の歴史的勝利となりました。

昨日テレビの出口調査を見てすごく驚きました。
自民が優勢と伝えられていましたが、まさかあそこ
まで勝つなんて誰も予想しなかったのではないで
しょうか。

自民296議席、公明31議席で与党は衆院の
3分の2を超す議席を獲得しました。一方で政権交代
を目指した民主党は歴史的大敗。

いったいなぜこういう結果になったのかはっきりとは
わかりませんが、この結果個人的には大歓迎です。
自民があれだけ大勝をしたことで私が最も望んでいる
政策の達成が可能になったからです。

私は郵政民営化に賛成ですが、はっきりいってそれほど
興味がありません。私の焦点は憲法改正に尽きます。
鳩山一郎、岸信介、中曽根康弘、自民党の歴代大物
タカ派議員が悲願とした憲法改正の実現が現実味を帯びて
きました。

与党が衆院の3分の2を占めたことで、憲法改正の発議が
可能になりました。当然公明党の協力が得られればですが。
私はもはや憲法第9条の役割は終わったと考えます。

9条と自衛隊の矛盾のなかで苦しい憲法解釈に終始する
これまでの政府の姿勢に私は大いに疑問を感じてきました。
憲法9条を改正し、自衛軍と集団的自衛権の行使を明記する。

これこそ現代の安全保障に欠かせない大事業です。9条改正
→戦争が起きる、という極めて単純な図式を持ち出し頑固に
護憲を訴える人もいますが、自衛軍を承認すればすぐ戦争が

起きるほど国際情勢というものは単純ではありません。
むしろ完全に軍隊である自衛隊を、最低限の「実力」であって
「戦力」ではないという政府の玉虫色的な解釈改憲のほうが
よっぽど危険です。

日本国は自衛軍を保持し、自衛戦争に限って交戦権を有する。
ただし国策の手段としての侵略戦争はこれを永久に放棄すると
明確に記すべきです。敵が攻めてくればこれを撃退するのは

独立国なら当たり前のことです。11月には自民党が憲法改正
草案を公表します。今回の自民大勝の勢いそのままに早急な
憲法改正を望むものです。

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2005年06月09日

感動する言葉

日本がW杯に出場を決め興奮しているせいか
全く眠れないので久しぶりにブログでも書いて
みようと思います。ていうかどんだけ放置して
いたんだ!オレ!このブログの存在が忘れ去ら
れていないことを祈ります。

さて、この世には感動する言葉があります。
何をもって感動とするのか、それは置いておきま
しょう。所詮、心揺らす言葉を感じ取るのは直感
です。理屈なんてどうでもいい。

私はかなりひねくれた人間なので一般的な感動する
言葉なんて全く心に響きません。泣かせようと
必死になっているドキュメンタリー番組やドラマ、
映画。鼻で笑ってしまいます。

「モ・クシュラ」。感動する言葉に出会いました。
この言葉は映画、『ミリオンダラーベイビー』の
中に出てきます。ゲール語(アイルランドの言葉?)
だそうです。

貧しい生まれながら懸命に、思い通りに生き、自分の
人生をボクシングに賭けた女性とそのトレーナー
を描いたこの作品のラストシーン、「モ・クシュラ」
の意味が明かされます。私はその時泣きました。

明け方に久しぶりに書いたブログも結局また映画の
宣伝になってしまいました。映画はいいですよ。
ぜひ皆さんも「モ・クシュラ」の意味を知ってください。
いつか自分も人を感動させるような言葉を発したいですね。
やっと眠くなってきました。それではおやすみなさい。

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2005年03月04日

大切な人

いつもなんか固いことばかり書いているので
たまには少し私的なことでも書いてみようと
思います。

明日私の大切な人が来ます。会うのは2カ月
ぶりくらいです。1月に別れてから長いよう
な短いような時間でした。

離れることになるのは今の大学を志望した頃
から分かってましたし、覚悟していました。
でも4月の上京したての頃はかなり苦しかった。

暇を見つけては私が実家に帰ったり、あっちが
東京に来たりを繰り返して何とかやってきまし
た。そしてもうすぐ1年になります。

その人と出会ってから色々と悩み苦しむことも
ありました。ケンカして腹を立てたことやその
ことで自己嫌悪に陥ったこともありました。

でもその人のおかげで今までの景色が違ったものに
見えたり、見えていなかったものが見えるように
なった。なんというか新しい世界が開けたようでした。

私はその人に今とても感謝している。そしてこれからも。
離れている期間はまだ長いし、これから先永久に
私たちの仲が続くと言い切ることは難しい。

ただ私は後悔はしたくないと思うから、全力で
やっていきたい。その先にあるものが何であろうと
自分に正直に全霊を込めていきたい。

また新しい1年が始まります。この1年がどんな1年に
なるのか、それはわかりません。ただ私の大切な人は
これから先もずっと私の大切な人であり続けます。

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2005年02月23日

お片づけ

昨日自宅に来客があったので良い機会だと思い
部屋を完璧に片付けました。本棚を買いに行き
積み上げていた本を収め、溜まっていた買い物
袋を一斉撤去です。

さらに床を磨き、お風呂を洗い、部屋は綺麗に
生まれ変わったのです。片付いた部屋を眺めて
いると何か幸せになります。

今まであまり片づけが好きではなかった私は
片付け好きな人間の心理が理解できませんでした。
でも今はわかります。綺麗な部屋に住んでいると
心持ちが穏やかになります。

心は環境で変わっていく。たかが片づけで大げさな!
ってカンジですが、やはり身の回りは綺麗にしていたい
ものです。そして穏やかな心持ちで日々を生きていきます。

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2005年01月28日

制服の人

昨日、大学図書館で『シンドラーのリスト』を観ました。
3時間超えの大作で、観るのは3回目くらいでしょうか。
興味深い1シーンがありました。

私の大好きなハリウッド俳優レイフ・ファインズ扮する
ナチス親衛隊将校アーモン・ゲート、コイツがとても残虐な
男なんです(スナイパー用の銃で収容所の囚人を撃つなど)。

アーモンにワイロを送ってユダヤ人を引き取り、その生命を
救ったのがリーアム・ニーソン扮するオスカー・シンドラーです。
映画の中でシンドラーはアーモンを評してこう述べるのです。

「アーモンだって平和な時ならごく普通の男だ。良い面しか
表に出てこない。戦争は常に人間の最悪の部分を引き出す」と。
真理をついた名台詞だと思います。

ユダヤ人を虐殺したナチス将校や中国人を虐げた日本軍将校だって
家に帰れば良き父親、良き息子だったろうと思います。
初めから鬼だった人はいません。環境が人を変えたのです。

ナポレオンは「人はその制服の人になる」と述べました。
人のあり方はその人の根本が決めるのではなく、その人を取り巻く
環境によって決定されるというのです。

アーモンの制服はユダヤ人の処分が義務づけられたものでした。
それがアーモンの行動を正当化することは到底できません。
ただ、善良であったかもしれない人間が制服1つで鬼にもなる怖さ。

それは制服にとりつかれた弱い人間の論理だと一蹴することは
できません。あの日あの時代、自らが同じ制服をまとったとして
果たしてその制服を脱ぎ去ることができたのか、私には確信がない。

確信を持てると言う人もそれは机上の空論です。制服はまとって
みなければその力を実感することはできないと思うからです。
『シンドラーのリスト』はそんな人間の暗部を映し出していました。

昔観た映画でも、今改めて見直すことで新たな発見があります。
それは昔と今で、私がまとっている制服が変わったためなのでしょうか。

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2005年01月23日

観劇

昨日の夜と今日の昼に松尾貴史が主催するAGAPEという劇団の
『BIG BIZ』『BIGGER BIZ』なる劇を観てきました。
三部作の第一部と第二部にあたる作品で、完結編は来年上演予定です。

ストーリーを軽く説明します。幽霊会社「宮原木材」の電話番、
結城は今日も会社で暇を持て余していた。そこに結城の幼馴染で
日本一のイイ加減男、健三がやってくる。

ひょんなことから電話に出てしまった健三は、50人の声色を操り
幽霊会社であるにも関わらず、ある会社から仕事を請け負ってしまう。
その仕事は100億円が動くまさにビックビジネスだった。

フランク・シナトラを聞くと人格が変わる語学達者な絵描き、
元刑務官で2重人格、そしてやたら木のことに詳しい気弱な男、
普段はおばちゃんキャラだが、ハッキングする時にはエロキャラ全開の女、

極めて個性的な面々が結城と健三の下に集う。苦悩する結城を尻目に
ビジネスの話はとんとん拍子に進んでいき、もはや取り返しのつかない
事態に。果たしてこのビジネスの行方は?メンバーの運命は?

かなり簡潔に説明しましたが、とにかくおもしろい作品でした。
1〜2分に1回の割合で会場全体が爆笑の渦となり、帰るころには
若干お腹が痛くなりました。

今まで観た劇で一番笑った作品です。劇には様々なものがありますが
こういう作品は気楽に安心して観られるのでいいです。
松尾貴史の多才・多芸ぶりにも脱帽。良い時間を過ごさせてもらいました。


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2004年12月08日

国家のプライド

細田官房長官は8日夕の記者会見で、北朝鮮が11月の第3回日朝実務協議の際に拉致被害者の横田めぐみさんの「遺骨」として提供した骨について、鑑定の結果、別人のものであると発表した。 (12月8日付読売新聞)

またもや北朝鮮は日本を愚弄した。これまでの再三にわたる
不誠実な対応、もはや容認しがたい。横田夫妻にとっては
めぐみさんの遺骨提供から本日まで、あまりに辛く苦しい日々で
あっただろう。

主権を持った優良な民主国家が、国家の体を成してるのかすら
怪しい独裁国家に舐められきっているのである。国家のプライドを
ここまで傷つけらてもなお、政府は「経済制裁発動」を躊躇している。

もはや対話には意味がない。北朝鮮に対して日本国の断固たる意志を
思い知らせる時期にきている。仮に経済制裁発動に伴い北朝鮮が軍事力を
行使してくるのならむかい撃てばいい。

何のために戦後50年多額の防衛費を投入して軍事力を養ってきたのか。
使えない軍事力ならそんなムダ金は福祉予算に回してくれたほうが国民の
為である。日本は北朝鮮なんか問題にならないくらいの軍事大国だ。

自国民が拉致され人権を蹂躙されているのである。個人の人権は最も尊重
すべきものであると日本国憲法も謳っている。その人権を蹂躙した犯罪者には
それ相応の代償を払ってもらおう。

自衛隊が法規に縛られ自衛権すら満足に行使できないのなら、憲法9条の
改正も視野に入れ真剣に討論すべきだ。自分の国家は自分で守る。国家の
尊厳を傷つけたものには報いを受けさせる。それが国家のプライドだ。

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2004年12月07日

オールドボーイ

               笑う時は世界と一緒
               泣く時はおまえ一人

凄い映画でした。人間の復讐心の強さ。その復讐心をすら凌駕する愛の強さ。
恨みと愛は表裏一体のものなのだと強く感じました。
カンヌ映画祭でグランプリ受賞は納得の作品。なぜパルムドールじゃなかったのかが疑問に思えるほどです。

15年間の間、理由を知らされることなく監禁された男。
突然の解放、そして自らを監禁した者から出された宿題。
「5日間で監禁された謎を解け!できなければ愛する女を殺す」

監禁中に妻は死に、娘は行方知れず。全てを失った男が愛したたった一人の女性をすら奪おうとするある男。主人公は必死に自らの人生を復習します。
そしてある記憶にたどり着く。

「なぜ監禁されたのか?」その謎の答えをもって主人公は自らを監禁した
男のもとへ乗り込みます。しかし、それは主人公に対する復讐の完結だったのです。

主人公を監禁した男は、ある紫のプレゼント箱を指差します。
その箱を開ける主人公。その中には決して知ってはならないある秘密が
隠されていました。

ラストシーン、私は鳥肌が立ちました。あまりにも残酷な結末、人間の闇の深さ。心に重くのしかかる展開、しかしそれは単に後味の悪いという表現では片付けられない。背徳の悦びや復讐のカタルシス、常識や道徳では片付けられない深く根源的なものがそこにはあります。

練り上げられた脚本、コワいくらいの名演をみせるキャスト、映画を彩る美しい音楽。一級の映画とはまさにこのような映画のことです。
キャストに頼り、ストーリーをないがしろにする映画や、金だけかけたド派手な映画が多い昨今、イイ映画に出会えました。



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2004年11月22日

ハウルの動く城

公開日初日に観てきてしまいました。待望の宮崎駿監督の
最新作とあって大いなる期待を持って観に行きました。
さすがに天下のジブリスタジオだけあって画はかなりキレイ。

久石譲作曲のテーマ曲「人生のメリーゴーランド」も名曲で、
映画を盛り上げます。前評判で心配されていた声優陣もそんなに
気になりませんでした。

映画の内容は恋愛色が強く、宮崎監督初の本格的恋愛映画となって
いました。感想を言えばおもしろい映画でした。ただ気になることも
あります。

もう一つこの映画のテーマとなっていたのは「反戦」です。
映画の時代背景は戦争中ということあって軍隊も頻繁に登場します。

最近の宮崎映画を見て思うのは、メッセージ性の強さです。
「もののけ姫」では自然と文明の共存。
「千と千尋の神隠し」では人間としての自立。
そして今回は「反戦」でした。特に今作はそのメッセージを
ストレートに表現していたと思います。

最近の映画はメッセージ性の強い映画が多いです。
時代なのか、そのメッセージは「反戦」や「世界平和」を訴える
ものが多いです。それは非常に結構なことです。

ただ映画はそもそも娯楽です。楽しむために観ることが原点です。
メッセージ性のあまりに強い映画を観ると、何か説教されてる気分に
なります。メッセージはあくまで付随的なものです。

映画を観て客が楽しみ、その後で想像力を働かせその映画に隠された
メッセージを探っていく。それが名画だと思います。
映画を観た後も楽しむことができ、各人の解釈を包む広さを持った映画。

それが映画の深さではないでしょうか。その観点からみれば、今作は
過去の宮崎監督の名作と比べて浅かったように思います。
「風の谷のナウシカ」や「紅の豚」などは名作中の名作なので、それと
比べるのは酷かもしれませんが。

次回作にはぜひ「天空の城ラピュタ」のような壮大な冒険物が
観てみたいです。

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2004年11月01日

報道の知性

イラクで人質になっていた香田さんの事件は最悪の結果を
迎えてしまった。香田さんの死は悼むべきものであると思う。
しかしこの事件に対し10チャンネルの報道番組が、この事件の
責を日本政府に強く求めるような主張を行ったことは
容認しがたいものだ。

今回の事件に関し政府を非難することは酷ではないか。
香田さんを拉致した犯行グループは残虐さで名高いザルカウィ系の
組織、その要求は48時間以内での自衛隊撤退であった。
受け入れがたい要求であるし、猶予も短すぎる。

初めから殺すつもりだった、というのが正当な推察だろう。
周辺に恐怖を与えることにより、最終的に自らの要求を通す
彼らなりのやり口であった。当然、交渉の余地などあるはずがない。
彼らが本気で要求を通すつもりであったなら、少なくとも何らかの
接触があっただろうから。

交渉する気のない危険な集団とそれに拉致された
1人の日本人観光客、その結末の責任を公権力に強く追及する
報道はおかしいし、その知性を疑ってしまう。
各局により報道の立場は様々だ、報道の多様性という観点から
みればそのことは望ましい。

しかしながら、メディアが絶大な影響力を行使する現代において
偏った報道は民衆を誤った方向に導くことにつながる。今回のように
視聴者の関心をひく事件なら尚更である。
公権力を監視するのがメディアの役目と信じ、
批判精神を剥き出しにするのは結構である。
ただ、「批判」が「中傷」にかわっているような気がしてならない。

10チャンネルとその系列メディアには報道の知性を、
中東に出入りする非政府邦人には緊張と責任を求めたい。


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2004年09月24日

es【エス】

今テレビで見ていた映画のタイトルです。
1976年スタンフォード大学心理学部で
実際に行われたある実験を映画化した作品です。

24人の被験者を無作為に看守役と囚人役に
分け、2週間模擬刑務所実験を行う。
始めは遊び半分で参加していた被験者達ですが

徐々に狂気を帯び始めます。看守役は次第に
囚人役を従わせることに快楽を覚え始め、
囚人役の抑圧を開始します。囚人達は反感を

抱き、また囚人同士でも対立を深めます。
そして実験6日目、看守役と囚人役は殺し合い
実験は中止されます。

現在この心理実験は禁止されています。
映画のタイトルにもなっている【エス】とは
心理学用語で「無意識下の欲求」。

心の最奥に潜んでいる自分も知らない自分、
それは一体どんな存在なのでしょうか。
そしてそれを呼び覚ます代償は。

なにやら危険な匂いがしますが、非常に興味を
そそられます。かのユリ・ゲラーは幼少時に
不思議な体験をし超能力に目覚めたといいます。

独裁者ヒトラーも1次大戦の敗北に強い
屈辱感を覚え、その後30代になって
強いカリスマ性を発揮しています。

これらの事例が【エス】によるものだという
確証はありません。しかし人間は潜在的に
何らかの可能性を持っているような気がします。

この世には数多くの危険な実験が存在します。
【エス】を呼び覚ます実験もその一つでしょう。
しかしその危険性を理解しながらも【エス】に

魅力を感じてしまうのは、【エス】が人間の
本質に触れることを可能にしてくれるから
なのでしょうか。



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2004年08月21日

似島物語

東京に帰ってきました。8月1日から
8月8日まで広島県の似島へ行き、それから
20日まで沖縄に帰りました。

沖縄ではほぼ毎日遊びまわっていたので
大して話すことはありません。
ここでは大学のサークルで行った似島の
話をしたいと思います。

似島にある似島学園は様々な事情により
親と同居できない子供達が集団生活を
送っている施設です。

私達はそこで夏・春の年二回キャンプを
行い、子供達と交流します。
今回が初キャンプだった私は、正直不安でした。

元々私は年下が苦手で、ましてや子供なんて・・
という心持ちでした。さらに7月末の激務で
体はボロボロ。そんな状態で似島へ。

似島港に着いた私達を出迎えたのは子供達の
暖かい歓迎ではなく、冷たい雨風でした。
おりしも台風が広島を通過中。
先輩は「こんなこと初めてだ」と驚きを
隠せない様子。

「最初から暗雲たちこめる初キャンプだなー」
と私は思いました。しかし、そんな私がバカ
でした。

担当寮に向かった私達を出迎えてくれた
無数の笑顔。無尽蔵の人懐っこさ。
子供の力は偉大でした。

それからの1週間。確かに疲れました、でも
そんなこと問題ではない何かがあったような
気がします。

水風船合戦、服が濡れて重さが2倍になりました。
灯篭流し、似島の海に明かりが灯りました。
演芸大会、暑さで卒倒しかけました。
離島花火大会、子供は私のほうでした。
宿泊寮、先輩とバカ笑いをしまくりました。

子供に拒否反応すら抱いていたこの私を
似島は変えてくれました。
皆さん、子供はカワイイです。(似島の子は)

春にもまた私は似島へ行きたいです。
私の似島物語は始まったばかりなのですから。


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2004年07月30日

帰郷

大学の前期日程も終わり、地方出身の
学生はそろそろ地元へと帰る用意を始める
頃ではないでしょうか。

私もそろそろ地元に帰ります。
3月末に地元を発ってはや4カ月。
羽田に降り立った時は不安でいっぱいでした。

生まれて初めての一人暮らし。
知り合いゼロの大学。
地元とは比べ物にならない人ごみ。

新生活には不安要素が溢れていました。
それから4カ月。今では電車にもすっかり慣れ、
大学にも多くの友人が出来ました。

週6のペースで酒を飲むという愚行に
走ったこともありました。
そこには楽しさが溢れていました。

そして私は故郷に帰ります。
この次に羽田に降り立つ時、私の胸の
中に不安はないでしょう。

東京に戻ってくる日を楽しみにしながら、
地元での休暇を楽しんできます。

追伸:羽田にある中華料理店「彩鳳」(たぶんこのような名前)の「五目ヤキソバ」は絶品なので、ぜひ味わってみてください。

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2004年07月21日

命どぅ宝 −生命倫理ー

沖縄の有名な言葉です。
命は何よりも尊い、何ものにも代えがたい。
反戦平和運動に用いられる時は
何かと便利な言葉と化しますが、真理だと
私は思っています。

何故この言葉を思い出したかというと、
命の重さを考えない悲しいニュースを耳に
したからです。

ある開業医が妊娠中絶後の胎児の体を
分断し、ゴミと一緒に捨てていました。
法律では妊娠12週後の胎児は生命と判断し、
火葬や埋葬が義務付けられています。

医師の行為は廃棄物処理法違反です。
しかし、この行為は法の範囲で断罪する
ことではないように感じます。

倫理が問われているのです。人体と判断できる
有形物であるか否か、法が生命と規定しているか
否か。そんなことはどうでもいいのです。

母体に一度は宿った生命の結晶を、半透明の
袋に入れて他の生ゴミや不燃ごみと共に収集車
に回収させる。収集車のプレス機械に押し
つぶさせる。それが人間の行為でしょうか。

院長は「適正に処理した」と述べているそうです。
まるでヨーゼフ・メンゲレのような医師です。
何をもって「適正」と断じているのか。
合法性、合理性ではない血の通った判断が
必要なのです。

血の通う人間の根本的な問題である生命問題
であるからこそ、倫理が求められます。
生命倫理の問題を深く考えさせられる事件でした。

余談ですが、中絶をした女性も病院を非難して
いるようです。怒りはわかりますが、正面切って
病院側を非難する資格があるのかどうか疑問です。
生命を粗末に扱ったという点では、両者は
同じなのですから。


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2004年07月10日

意味ある死

昭和18年10月21日、雨降りしきる
神宮外苑国立競技場に東京周辺の大学77校
約75000人の学生が集結。学徒代表答辞の
中で、東京帝国大学2年の江橋慎四郎さんは
次のように読み上げました。
    
    「生等もとより生還を期せず」
   私たちは生きて帰ろうとは思わない。

戦局の悪化に伴い、徴兵を猶予されていた
学生までもが戦地に送られることになった
昭和18年。その学徒を見送るために文部省
主催で行われたのが、出陣学徒壮行会でした。

一心に前方を見つめ行進する学徒兵。見送りに
集められた女学生は、感極まって学徒に駆け寄った
といいます。しかし、学徒は振り向くことも
表情を崩すこともなく、ただ歩き続けたそうです。

人の命が粗末に扱われた時代。学徒兵の多くは
最前線に送られてゆきました。戦争の只中に
送られた彼らの胸中に去来したものは一体何
だったのか。

戦争に人生を狂わされ、若くして命を落とした
者達。それを無駄死にだったと言う輩がいます。
彼らは戦争の犠牲者であり、生贄にされたのだと。

彼らの死は無駄だったのか。意味はなかったのか。
戦後日本は戦前の記憶の排除に努めました。
戦前を悪と断定し、ひたすら眼を背けたのです。

許されることではありません。戦前には大手を
振って送り出し、国の英雄として扱われた学徒兵。
戦後手の平を返し、犬死扱いするなど。

あの日神宮に集結した学徒達は、戦場に赴く
ことを頑なに拒み涙を流した戦争の犠牲者
ではありません。あの日の学徒は、ひたすらに
忠君愛国を唱え勅命に盲従した狂信者では
ありません。戦争の不合理さを理解しつつも、
時代を受け入れ、自分の大切なものや人を
守るために命を賭けた若者達だったのです。

彼らの死は無駄ではなく、意味のある死でした。
彼らの死は、あの時代守るべき何かを守り、
後世に生ける我々に強く語りかけてきます。
もう二度と軍服に身を固めた学生が、雨の神宮を
行進することがないようにと。



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2004年07月09日

暴君

記者「古田選手会長が近くオーナー会議と
話し合いを持ちたいそうですが?」
渡辺恒雄「生意気なことを言うな!選手が
オーナーと対等に話し合える協約等の根拠はない」

合併問題に揺れるプロ野球界。ファン不在の
密室会議で決定が下されている現状。
戦前の御前会議、執権時代の寄合を想起させます。

プロ野球界を国家に例えるなら、オーナーは
国王です。それは認めます。しかし、国王も
また多様なものです。

ソロモン王のような名君もいれば、殷の紂王の
ような暴君もいます。さながら今のプロ野球
オーナー会議は、紂王・ジョン王・秦の二世胡亥

といった暴君・暗君のオンパレードのようです。
オーナーは資本を提供する、文字通り球団の
所有者です。しかしその資本はファンが、さらに

言えば消費者が生み出したものではないですか。
国王の使う国家予算は、国民の税金ではないで
すか。ファン不在のプロ野球界、国民不在の国家。

そんなもの存立するはずがありません。
読売の紂王は目を覚ましてください。それとも
何処かに妲己でも潜んでいるのですか。

大衆は時に衆愚と化します。しかし衆愚にも意思
はあります。暴君は気づくべきです、国家が滅亡
の道を歩み始める前に。

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2004年07月08日

星の話

今日は七夕、といっても日付は変わって
しまいましたが。残念ながらここ新宿の
空からは天の川を望むことはできません。

もしこの空が沖縄は渡嘉敷島の空ならば、
天空を雄大に流れる大河に心奪われること
でしょう。

沖縄は海がキレイだと言われます。確かに
キレイです。透き通るような青い海は、人の
心を掴んで放しません。

しかしそれ以上に、離島の空は綺麗です。
小学校5年生の時、自然教室と呼ばれる学校行事
で渡嘉敷島に行きました。

夜も更けた頃、私達は先生に呼ばれて小高い
丘の上に集合し天体観測をしました。望遠鏡が
あるわけではありません。ただ丘に寝そべり、

空を見上げました。先生が懐中電灯で空を照らし
星や星座の名前を教えてくれました。あの時の空は
おそらく一生忘れないでしょう。

離島ですから夜になればほとんど灯りは
ありません。漆黒の闇の中、渡嘉敷の空は
一点の曇りもなく、ただただ透き通っていました。

星は燦然と輝き、星は生きていました。
宝石のようでした。本当に綺麗だったことを
覚えています。

平安時代の人は一晩中空を眺めることもあったと
いいます。飽きないのか!?とも思います。
しかし、渡嘉敷の星空なら一晩中眺めてもいいと
思います。

あの星空の下でバーベキューをしながら
お酒を飲む。二十歳の今ならできる最高の贅沢です。
誰かその贅沢を一緒に味わってみませんか?


bankokushinryou at 04:20|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2004年07月04日

The Elephant Vanishes

昨日私が観に行った劇の題名です。
象の消滅、何か奇妙なタイトルですが
劇の内容もまた一風変わったものでした。

パン屋の呪いで空腹感に苛まれている
男のパン屋再襲撃の話、眠れない歯科医妻の話、
象の消滅を目撃した男の話。

一見一貫性のないようなストーリー。
しかしこの劇がテーマにしているのは
統一性です。

劇中の一連の話にはバランス性の
欠如という共通点があります。
日常の世界から乖離した非日常の世界。

正常なバランスを失った世界を描き、その
世界に生きる人々の狂気ともとれる心理を
通して、統一性というテーマを浮き彫りにする。

人は心のどこかで統一性を求めているのでは
ないか。奇妙な演出を通して、「統一性」という
難解なメッセージを発してきた

『The Elephant Vanishes』にすっかり心酔
してしまいました。ちなみに原作は早大校友の
村上春樹氏です。興味のある方はぜひどうぞ。




bankokushinryou at 01:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2004年07月01日

美談

 帝国海軍沖縄守備隊司令官大田実少将、海軍省次官宛電文。
 「沖縄県民ノ実情ニ関シテハ県知事ヨリ報告セラルベキモ県ニハ既二通信力ナク 第32軍司令部又通信ノ余力ナシト認メラルニ付 本職県知事ノ依頼ヲ受ケタルニ非(あら)ザレドモ現状ヲ看過(かんか)スルニ忍ビズ 之ニ代ツテ緊急御通知申上グ 沖縄島ニ敵攻略ヲ開始以来 陸海軍方面防衛戦闘ニ専念シ県民ニ関シテハ殆(ほとん)ド顧ルニ暇ナカリキ 然(しか)レドモ本職ノ知レル範囲ニ於テハ県民ハ青壮年ノ全部ヲ防衛召集ニ捧ゲ 残ル老幼婦女子ノミガ相次グ砲爆撃ニ 家屋ト財産ノ全部ヲ焼却セラレ 僅ニ身ヲ以テ軍ノ作戦ニ差支ナキ場所ノ小防空壕ニ避難 尚 砲爆撃下 ‥‥(不明) 風雨ニ曝サレツツ 乏シキ生活ニ甘ンジアリタリ 而(しか)モ若キ婦人ハ率先軍ニ身ヲ捧ゲ 看護婦烹飯(ほうはん)婦ハモトヨリ 砲弾運ビ、挺身斬込隊スラ申出ルモノアリ 所詮(しょせん) 、敵来リナバ老人子供ハ殺サルベク 婦女子ハ後方ニ運ビ去ラレテ毒牙(どくが)ニ供セラルベシトテ 親子生別レ 娘ヲ軍衛門(ぐんえいもん)ニ捨ツル親アリ 看護婦ニ至リテハ軍移動ニ際シ衛生兵既ニ出発シ 身寄無キ重傷者ヲ助ケテ‥‥(不明)真面目ニシテ一時ノ感情ニ馳(は)セラレタルモノトハ思ワレズ更ニ軍ニ於テ作戦ノ大転換アルヤ自給自足夜ノ中ニ遥ニ遠隔地方ノ住民地区ヲ指定セラレ 輸送力皆無ノ者 黙々トシテ雨中ヲ移動スルアリ 之ヲ要スルニ陸海軍沖縄ニ進駐以来 終始一貫 勤労奉仕、物資節約ヲ強要セラレテ 御奉公ノ‥‥(不明)ヲ胸ニ抱キツツ遂ニ‥‥(不明)コトナクシテ本戦闘ノ末期ト沖縄島実情形‥‥(不明)一木一草焦土ト化セン 糧食6月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ 沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」
 沖縄県民から愛される数少ない軍人である、大田実海軍少将が自決の直前に記した電文です。この電文には天皇を讃える文言は一言もありません。ただただ、沖縄戦の悲惨さ、県民の献身ぶりを記しているだけです。美談は美談でしかなく、あの戦いを正当化すること、美化することなどできようはずもありません。それは分かっているのです。ただ、凄絶さを極めた沖縄戦に咲いた一輪の徒花。それを伝えずにはいられなかったのです。



bankokushinryou at 02:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)
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