2014年01月12日

国際協力出前講座

久しぶりにここにログインしてみました。
2014年。その後のおざとも生きてマース。

理玖も3歳になりました。
2008年に編入した日本大学通信教育部も2013年末に卒業論文を提出し
論文試問を来月受けてOKならばやっとこさ卒業できそう。
細々と哲学とか宗教とかを勉強してみました。
勉強してわかったのは私、歴史とか全然わかってなかった!

モロッコから帰国後、やはりモロッコの経験を伝えたいと細々と
中学校や高校で出前講座をしたりしています。

で、毎回
どんなことが辛かった?
どんなことが楽しかった?
と聞かれるのですが・・・正直忘れました。

そして私はここにかえって来るのです。
でもこのブログあほすぎる・・・。笑
そしてなんも辛いことあれへんやん。
もっと一生懸命やらんかい!っとなるのでした。

最後スフロの家を後にするときのコメントでいろんな人が
読んでくれてたのだなぁと今更ながらウルウル。
今更ながら皆さんに感謝申し上げます。

帰国して7年。
最近はタジンとかクスクスとか食べたいと思わなくなってる私。
もうモロッコから脱皮してしまったのでしょうか?
「脱モ」しちゃいました。
でもやはり私の心のふるさとであります。

今年もモロッコを伝えて、繋がって、楽しみたいと思います!

barom at 14:55|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2010年08月12日

出産しました。

img7
じゃじゃじゃーん。

2010年8月4日に岡本家に長男が誕生しました。

名前は

☆☆☆ 理玖(りく) ☆☆☆です。

暑い夏でした。

まだ続くの?猛暑

モロッコブログですが、人生の節なのでここに記録しておきまーす。

barom at 16:10|PermalinkComments(23)TrackBack(0)家族ばなし 

2009年01月03日

あけましておめでとうございます。

皆様あけましておめでとうございます。

新年一日、風呂の栓をし忘れておかまんに叱られ。
新年二日、初詣に一時間の遅刻をし父に叱られ。
新年三日、やっと年賀状を出しました。

なんだか今年いけそうな気がしないおざともです。

ま、そういわずになんとかがんばります。
皆さん、仲良くしてください。

というわけで、最近良いブログを見つけました。
私の住んでいたスフロの隣町、ブールメンにお住まいの
後輩協力隊員のブログを見つけました。
キイコさんのモロッコブログ

とっても良い感じなのでderacineはこれにて終了。
え?ひとまかせ?

引越し先はまたいつかお知らせします。

では今年も皆様にとって良い一年でありますように。

おざとも

barom at 16:25|PermalinkComments(6)TrackBack(0)au japon 

2008年11月16日

モロッコ産!!

2af82d42.jpg「クイズ!赤の他人は誰!」にはまっているozatomoです。

さてさて、遠く海を越えて日本からやってきたモロッコ君。
本日は「まつたけ」うひょー。

南千里の駅前スーパーで「モロッコ産まつたけ」
なんと!
980円。

くんくんにおいを嗅いでいたら

おばちゃん「においする?」
おざとも 「しますよー!!」
おばちゃん「私、カナダ産はたべたことあるけどなー」
おざとも 「モロッコって北アフリカよ!」
おばちゃん「知ってるわ〜」

私はおばちゃんのこと知らんけど(あたりまえや 笑)
おばちゃんモロッコを知ってくれててありがとー。

というわけで私もおばちゃんもかごへマツタケを入れたのさ。

おいひー。

マツタケご飯。大成功。

久々におかまんからクレーム出ませんでした。

今年どうやらモロッコではマツタケが大豊作らしい??

次回モロッコ産のなにかが南千里に届くのたのしみーーーー。


barom at 20:33|PermalinkComments(11)TrackBack(0)au japon 

2008年11月04日

ウーリカ伝説の続き

協力隊同期女子が結婚しました。
10月にだやこ。そして11月にくるくるまいこ。

だやこはフランスでの挙式だったので
さすがに行くことができず。。。
行ったら号泣ってゆうか嗚咽だっただろうけど。

まいこの結婚式も日本ではあったのですが
彼女の地元函館。
おかまんと一緒に出席してきました。

かねてからお付き合いしておりましたモロッコOVたけちゃんと
めでたく結婚。

ことの始まりは2006年3月ウーリカ伝説 です。

この話しにはちょっとした番外編があったのです。
まいこは靴づれのためにウーリカ越えに参加しないのにもかかわらず現地に入り、私たちの出発地点から先回りして到着地点の
ホテルに滞在していました。
方向音痴のまいこが自分でそこまでたどり着けるわけもなく
活動の都合で参加できなかったタケちゃんに連れられ到着地点で宴会の用意をして待っているという設定でした。

過去の記事をよんでもらえるとわかるのですがその日私たちは
ウーリカを超えられませんでした。
よって、到着地点の二人は、二人だったのです。いひひ。

よかったよかった。
その後お付き合いが始まり・・・。

麻衣子母がモロッコにまで、「たけちゃんを逃してはなりません!」とプッシュのメールやらFAXやら送ってたな〜。
お母さんのお祈りが通じたのね。

今回は結婚式の参加と協力隊仲間との同窓会というか
プチ旅行で、その中に函館が地元の子も居たので
おいしいものを教えていただきガッツリいただきました。

そして何より。
伝説の寛ダンスが日本で復活したすばらしい夜でした。

二次会ではまいこの函館友達とお会いすることができました。
日ごろ芸術家麻衣子にぶちぶち文句ばっかり言っていた私ですが
函館のお友達はみんな麻衣子を包んでくれるいい人たちでした。
人の良さを見ていかなあかんなーと思ったわ。

とにもかくにもお二人おめでとう。
というわけで、セリバテールは千葉ボーイだけだ!
ファイトー!

そして松尾ジンギスカン最高!

barom at 22:20|PermalinkComments(8)TrackBack(0)au japon 

2008年04月27日

帰国

db857e15.jpg寛平ちゃんのサハラマラソンみました。
7日間。
245キロ。
51時間(彼のタイム)

それを一時間半の番組にしてたんだけど。すごかった。

20、30キロ走って。しかも砂漠。
砂漠には山もある。
多い日は70キロ以上を走る。

自分で食料等々を背負って毎日走る。

寝るのもテント。

そりゃすごすぎる。
寛平ちゃんもいうてたけど・・・。すごい。

そしてモロッコにパワーをもらった彼はまだ地球一周を
走りたいと言っていた。

*************

私たちの活動も一ヶ月の間、家無しで。完全なリラックスもなく。
こないだあったばっかりの人と。
年齢もバックグラウンドも違う人たちと。

パンツで部屋をうろうろする人や。
おいしいおいしいって何でも食べる人や。
ずーっとしゃべってる子や。
関西人におされぎみの関東人や。
悟りを開いているファッションの人や。
へんなおかしばっかり食べている人や。
ハーモニカふけるのに手拍子のリズムの合わせられない人や。
ハッポウスチロールと日本語を英語発音しちゃう人や。
モロッコへの再訪に喜ぶ人や。

10人で協力隊として何かやるっていうスタイルはこれまで
あまりなかったことですが、生活面で大変なことは多々あるけど
活動が濃いくなることは間違えなしです。

みんながバランスをうまく取ってくれて。
しんどいこともしんどいとも言わずにずっとがんばってくれた。
調整員さんからまとめ役を仰せつかっていた私としてもすごく
やりやすかった。
本当に感謝しております。

みんな最期、ほんとアラビア語うまくなってた。
さみらなんか、「あ、そろそろグテ(夕方のおやつ)だ」
とかって、元ニカラグア隊員なのにモロッコ文化なじみすぎ!

私は以前の帰国のときはモロッコをずるずるひきずって帰ってきたんですが・・・今回はバラカ!もうしばらくいいわ!
ハリラの味も思い出さないよ〜。

みんなには是非、二年間の長期派遣も是非参加していただきたい。

でもでもレベル的には協力隊よりもっとレベルの高い国際協力の
場にいけるような人たちばっかりなので・・・協力隊ではもったいない気もするんだけど。
本当にいい刺激を受けました。
今だにメールの交換をしていますが、刺激になります。

そんなこんなで。
次にモロッコにいくのはいつなんだろう?

ひそかにいつでも飛び立てるように。
オカマン様にごますって。
フラ語のお勉強続けて。
知識も磨いて。

ではまた世界のどこかでお会いしましょう。

おざとも

barom at 15:28|PermalinkComments(14)TrackBack(0)短期隊員活動 

2008年04月19日

chezフリケシのアンビテ

2c68e677.jpg今日はいつもの起床時間にトイレいって普通に布団に
もどったら普通に9時まで寝てしまった。
休みだからいいんだけど・・・その間におかまんは出勤して
いました。物音なかったんですけど・・・忍者か??

その間、私はというとモロッコの夢をみていました。
こんなことはかなり珍しい。
全体的な内容はほとんど覚えてないんだけど。
初めてアブサマッドが夢にでてきた。笑 でもキャラがちがう。
妹がラバト(首都)に行くから泣いているのだ。
実際その妹はフランスだかスペインにいる妹なんだけど
散々その写真見せられたから夢にでてきたのかも。

12月24日

さてさて活動も終えて、事務所での報告会も終えて・・・
モロッコ内務省での報告会までしてきちゃいました。
相変わらず用意をしない女、おざともですので
地球語で・・・調整員さんを通訳に使ってしまったわ。
ごめんちゃい。

大筋の活動の報告をしたあと、内務省の人に地方の小学校の
トイレの汚さ、不整備を問題にあげると
「そんなことでおどろいてちゃいけない」的なことを
言われた。首都でなに不自由なく暮らしている人にはどうでも
いいことなんだろうか??

どの国も偉い人はかわらない。

夜は後半戦10泊11日の工程にずっと付き合ってくれた
JICAの運転手のフリケシさんがお家にアンビテしてくれた。
調整員さんいわく、「奥さんの中華スープ劇うまですよー」って。

実際、劇うまでした。

メニュー
中華スープ。
インゲンとジャガイモのサラダ。(半端じゃない量)
羊の足の焼いたもの。(半端じゃない量)
クスクス。(半端じゃない量)

最期のクスクスもおいしいーーーーーー。
けどお腹いっぱいなので。。。

私もってかえるわー。

というと、なんと8人全員分が「クスクス弁当」として
でてきた・・・・。写真参照

明日・・・飛行機のるんですけど。。。

ライード後というこもとあっておいしい羊様のフルコース。
あ、「なでぃあ」いけなかったのだっけ??

最終日、ライード後にプチ旅行にでかけた隊員なでぃあが
体調不良で寝込んだのでした・・・。
何か食べ物あたったのだと思うのだけど、最期の最期で。
たぶん疲れとのMIXだったというのもあるんだろうな・・・。

日程のなかでみんながちょこちょこ体調崩したりはありましたが
みんながフォローしたり。1日休んでもらったり。
でもほとんどの人が、過酷な日程を乗り越えてくれました。

最初はどうなるかと思ったけど。
明日はとうとう日本に帰る。

****************

あ、もう四ヶ月も前のことなんだなー。

明日4月20日JICA大阪で青年海外協力隊の春募集の
説明会あります。
おざともさんも行きますのでいこうかどうか悩んでいる人が
このブログをよんでいるか謎だけど。
おいでください〜。
JR茨木から無料バスでるとおもうよ。詳しくは
http://www.jica.go.jp/activities/jocv/setumei/kinki.html

22日の天満橋の説明会にもいきまーす。
よろしこ。


barom at 11:49|PermalinkComments(4)TrackBack(0)短期隊員活動 

2008年04月13日

スフロ最終日

1e88b1a3.jpg12月22日

レポートを書いている途中に何度もスヘイラに邪魔を
される。お決まりのカフェごっこをしたいからー。
ま、今回はカフェごっこにも前よりかは付き合ってあげたよ。

スヘイラ「ご注文は?」
おざとも「日本料理」
スヘイラ「・・・」

彼女にはまったく日本料理が想像できないらしく 笑
固まってしまった。

なので「ハルシャとフロマージュ」を注文。

サイーダは近所の主婦(写真)とお菓子作り。
ちょっと手伝った。

その後ハリムさんの家と、ナイーマの家にお土産を
持って行く。ハリムさんちでは一番下のケンザだけがうちにいた。
kenza

ダイソーでかったメイドインジャポンのお
鈴のキーホルダーをあげたら、喜んでくれた。
前には名前を読んでくれることはなかったのだけど
今回はなぜか、「ともこーともこー」と連発していた。
夕方だったか夜だったかまったりサイーダとお話する
時間があった。ほんとうにサイーダは優しい。

夜はアブサマッドの家でご飯だった。
今回こんな活動をしてきたよ。という話の中でHIVの話に
なりなぜかHIVと肝炎がおんなじだと言い出すアブ。
みんなで違いを力説!!
相変わらずムキになって討論。

こうして、久々というか早すぎる里帰りも終了。

12月23日

ハリッドの手配してくれたグラタクでラバトへ。
運転手のおっさんは超モロッコ人。
なぜか車をとめて、お祈りするとか言い出すし。
こんな人は始めて会った。
もうあとちょっとで目的地だってゆうのに、友達の店へ
寄るとかいうし。。。こんなチャーターグラタクは初めて。
「まずホテルテルミニュスでしょうが!!」と最後は
おいかり。「用事はあと!!」

あとは首都での報告会のみ。


barom at 16:39|PermalinkComments(5)TrackBack(0)短期派遣準備 

2008年03月29日

ライード2007

85c3bf27.jpg日本はすっかり桜。
モロッコになかった季節。
一応、春だなーと感じることはあったけど
日本の春は世界一です。(他モロッコしかしらんけど)

さて王様も来た事だし、キャラバンの話に戻りましょう。

12月21日(金)

昨日スフロに到着して、早速次の日ライード。
まさか三回目のライード(羊の犠牲祭)を体験するとわ!

屋上のテラスにはすでに羊さんが昨日から待機して
おりますわよー。
うんこも場所をかまわず・・・。
生きている証拠だ!

スヘイラはなんでも手伝いたがる。
というわけで早速そのへんのうんちを掃き掃除してる。

さばくためのナイフやらいろいろ用意して。

今年もこのときがやってきました。
羊さんありがとう。ビスミッラー。

足を縛り、羊さんを横たえる。
まずはクビの血管を切り、血が出きって息がなくなるのを
見守る。羊さん・・・。

ピクピクと震えながら息絶えていく羊さん。

三人の娘たちも羊を見守る。
首を完全に切り落としたところで「はい、おわり」って。
後は「羊さん」として出なく「肉」として扱われる??
二番目の娘のソメイヤに「もう慣れてるでしょ?」って
いうと「NON!!」って。こわいんかー。

私たちの食べるお肉はすべてこうやって、命を絶えて
私たちが食べられることを改めて感謝する。

サイードは素晴らしい手際のよさで羊をさばく。
去年はマラケシュに行っていたので、こうしてサイード一家と
ライードを迎えられて感無量な私。

テラスは寒かったけど時折ある日差しにあたっていると
サイーダが「しゃべらないでどうしたの?疲れているの?」
って。そうすると娘のソケイナが「もう食べることを考えて
いるんでしょー」って。笑

首をきる落とすとあとは毛つきの皮を足のほうから剥ぐ。
これが一時間くらいかかる。重労働。
今年は私も少し手伝った。
ひえーーー。

皮をはぐとお腹切り内臓を出す。
ひえーーー。
心臓温かい。

腸をぴゅーぴゅー引っ張って洗う。

お片づけまでして午前中いっぱい。
重労働。

スヘイラが腸の中のうんこちゃんを洗ってる。
手伝ったせいかその晩に出された腸の煮込みは食べなかった。
わたしは思い出さないように食べた。うまいーー。

早速昼食にはホワ(肝)が出される。
うまい。
雨がぱらついてきたので家の中で炭焼き!!
案の定、家の中が煙だらけに。。。
サイード!無理すぎ。

ひろこさん家でライードを体験したふぁてぃまとさみらも
さばきたての羊に感動し、新鮮な肉について後で熱く語って
いたっけ 笑

昼からは雨だったので活動報告書。
短期といえどもこれがあるんだよ・・・。


barom at 18:33|PermalinkComments(5)TrackBack(0)短期隊員活動 

2008年03月26日

王様レポート

本日はderacine 秘密特派員のスフロ在住マダム・ヒロコからの
王様レポートをお送りします。

*******

土曜日の午後4時過ぎ。
やっと王様がおこしになりました。
予定では11時のはずだったのに
さすが王様、5時間遅れで到着。

バームカンの広場で一度車を降りて
調印式のようなものを見学。
テントが作ってあっていつもの王様椅子にお座りに。
で、再び車に乗り老人ホームを見学へ。
場所は去年新しくやり直した橋の手前ら辺ね。
そして予定ではその後その橋を渡って
あの新しいロンポワン、旧オザトモ邸を通って
リセ近くの施設を見学、となっていたのに・・・

なんと王様老人ホーム見学だけでそそくさと
フェズへお帰りになりました。
あのペンキ塗りもむなしく。

正味30分〜40分のスフロ訪問でございました。
ちょっと短すぎじゃな〜い?!
1週間待ってこれかよ、って。
なぜか空にはヘリコプターが飛んでたりして。

でも王様が帰ったあともバームカンあたりは
まさにサクランボ祭り状態。
なぜか子どもたちのパレードなんかもあったりして。
音楽隊もあちらこちらに。まさにお祭り騒ぎ。

スフロの人がいっぱいというより
スフロ近郊の村々からバスで
やって来た人達が多かったとのこと。
午前中続々とバスがスフロに到着してたらしいです。
スフロ住民は以外にクールな反応?!

あ、写真?!ゴメンゴメ〜ン
ユーセフのお昼寝中でございましたので
家を空けられずTVでの観賞でございました。

でもね、スフロの入り口あたり人がまばらだったよ。
オザトモ先生ならバッチリ写真撮れてたね、きっと。
残念、残念(笑)

*****************

あーーーーーーーむっちゃ想像できるー。

バムムカンからアブちゃんの家のほうの道にいったんよね。

で、スチムスルーダ、さみゅえるさんのカルチエの
老人ホームらしいよー。


このモロッコの王様のカリスマ性を日本の総理大臣にも
わけてあげたいもんよ。


barom at 22:50|PermalinkComments(2)TrackBack(0)au japon