4228c0ac.jpg実は、観に行こうか少し迷ったの。でも、基本的にこの手の物語が嫌いじゃない、というかむしろ好きなので、ちょっくら観に行ってきました。

ロボットが出てくるけど、近未来というわけでもなく、SFって感じでもなく、ファンタジー性、寓話的要素の強い作品です。個人的に例えるなら教育テレビの「明るい仲間」の超豪華劇場版って感じ?もしくは毎年黄色い服着て頑張るイベントの中の福祉ドラマの劇場版。

+++ちょいあらすじ
突然の事故で母親を亡くし、そのショックから立ち直れずリハビリも拒否し車椅子での生活をおくる岩本サトル<本郷奏多>。事故から1年後、不登校に対する新たな試みとして本人が遠隔操作するロボットでの代理登校が始まり、サトルの父親・薫も自分が開発したロボット<H-603>を引きこもっていたサトルに与え、サトルもロボットによる代理登校を始めた・・・
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きっと、こういう物語を心底楽しむには「童心」とか「清き眼」が必要不可欠なんでしょうね。科学的ロジックがどうとかVFXのレベルがどうとか言い出したら、楽しめるものの楽しめなくなってしまいそう。とはいうものの、最近の子供たちってのは大人勝りに携帯電話やパソコンなど情報ツールを操ったり、ブランド物を持ち歩き、美味しいものを食べて舌が肥えてたりするわけで、大人の考える「子供向け」の概念が実際の子供たちの感覚とマッチしないことのほうが多いんじゃないかな。

とてもいいお話なんですよ、間違いなく。善や良心に満ち溢れた心温まる作品です。ロボットはボディの一部に軽量化のため檜素材を使ってることから級友たちから「ヒノキオ」と命名されます。でも檜を使った本当の意図はおそらく、無機質なロボットに自然の温もりを与えるためだったのでしょう。ヒノキオはサトルのコミュニケーションインターフェイスとしての役割を果たしており、いわばパソコンや携帯電話などのモバイルツールの発展型ともいうべき存在で、ロボットとして擬人化したことでサトルのいわば分身となってるわけですね。

一応、序盤にこの物語の世界観を表すための介護ロボットや代理ロボットの説明があって、子供達は当たり前のように転校生のロボットH-603をす戸惑うことなくすんなり受け入れてしまう。もともと子供は好奇心が先立って順応性があるのでそれはいいと思うんだけど、その先、普通いきなりイジメるか???しかもロボット相手にだよ。動機としては好きな子をからかうのと同じ発想らしかったんだけど、ここでイジメ問題を取り入れる必要はあったのかな?これに関連するんだけど工藤ジュン<多部未華子>のキャラ設定にも戸惑いぱなっし。途中でこれはハッキリするんだけど、これも意図がイマイチわからず。最後のオチに持っていきたいがための演出としか思えず。この映画のセールス文句に「ピュアで大きなラブストーリー」ってあったけど、結局ラブストーリーを不鮮明にしてしまっただけな気がするなぁ、もったいない感アリアリ。「パーガトリー」というネットゲームが現実の世界とリンクして子供達がある種の仮想体験から現実世界での壁を乗り越えていく様を描いているのだけど、これもなんだかピンとこなくてねぇ、子供達とゲームの仮想現実を描いた物語なら、いとうせいこうさんの「ノーライフキング」が俄然面白い。

ネタバレになってくるので、あまり深いとこまで触れられないし、説明もぼやけた感じになってしまうけど、私としては仮想世界のエピソードは要らなくて、もっと徹底的に友達との友情や女の子との恋模様や親子の関係といった現実の部分をもっと深く描いてほしかった。ファンタジーはヒノキオの存在だけで十分だったと思う。そうすればイジメや不登校の問題ももっと鮮明になったんじゃない? ちょっとディティールの表現ばかりに偏りすぎたんじゃないかな?例えば、多くの人は気付かなかったと思うけど、サトルの使ってた電動車椅子がその典型。あの蟹歩きのように横移動もできる電動車椅子はデザインはカスタマイズされてたけど、実際に存在するもので市販もされてます。でもサトルのパソコンの使い方やヒノキオの端末操作の様子を見ていると彼は両上肢には全く問題はなく手動車椅子での十分なんですよね。あの電動車椅子が必要な人だったら要介護度も高いので日中ずっと自宅で一人というのはありえないでしょう。トイレだってかなり広いスペースが必要だし、サトルの部屋も確か2階だったでしょ?ホームエレベーターがあったのかもしれないけど、車椅子が引きこもりの可哀相な子をイメージ付けるアイテムにされてしまったのは残念でナンセンス。高機能な車椅子ってのも社会参加への負担を少しでも軽くする役割も担ってるわけで、そういう意味ではヒノキオとも通ずるものがあるんだけど、制作者にはそういう視点が欠落してたみたい。いっそのことサトルを病院から出られないような男の子として設定して、そんな彼の世界を拡げるためのヒノキオのほうが存在価値も高く、ヒノキオを通じての友情や恋を描くほうが夢があってよかったんじゃない?

文句をいっぱい書いてしまったけど、この作品の着眼点や発想、テーマ自体はとっても好きなんですよ。夢があってすごく素敵だと思う。「ヒノキオ」もとても自然で魅力的で躍動感に溢れ活き活きとして素晴らしかった。「心のリハビリ」って私にもちょっと思いちょっと当たる節があって、ヒノキオを介さずにみんなとコミュニケーションをとる勇気がない彼の気持ちは少しわかる気がします。でもせっかくの題材も一つ一つのエピソードの関連性がイマイチな感じで結果的に感動を薄めてしまったのはスゴク惜しまれますね。あの釣りの場面で起きた現象は一体何だったんだろ?

特に印象的だった場面は堀北真希さん演じる昭島江里子ちゃんとヒノキオのデート。生きるのが辛かった彼女はジュンの言葉で救われる。そして「本当のあなたはどこにいるの?」その言葉がサトルの胸を突き刺した。「辛い思いまでして精一杯頑張ってる人」に無意識に投げかけられる「頑張って」ほどキツイものはない。時には「頑張らなくてもいいんだよ」って言葉ですごく救われることもあるんですよね。堀北真希さんって「逆境ナイン」やTV版「電車男」で女子高生役なんですよね。今作では小学生役で出番もそれほど多くはないけど、サトルが惹かれるマドンナ役として十分なキーパーソン的存在でした。

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今回の劇場鑑賞で楽しみにしている二本の作品の劇場予告を初めて見ることができました。

1つ目は「頭文字D」。これって香港映画になるって聞いた覚えがあるんだけど、物語の舞台はちゃんと日本みたいですね。でも主人公は外国人俳優なんだっけ?公式サイトはこちら

2つ目は子供の頃、大好きだった児童文学。夏休みの宿題の読書感想文にも書いたこともある「チョコレート工場の秘密」が原作の「チャーリーとチョコレート工場」。映画化するって話はちらっと耳にしたけど、まさかティム・バートンが監督とは感激!そして主演がジョニーデップとくればこれはもう期待せずにいられませんッ!公開が待ち遠しいッ。暫定公式サイトはこちら