バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

今日の演奏者
アンドレア・バッティストーニ
松田華音
東フィル

曲目
ラフマニノフ: ピアノ協奏曲第2番
チャイコフスキー: 交響曲 第6番

ホール
オーチャードホール (座席は3階席前列中央)

アレはいかん。
バッティストーニうるさい。いやオケがうるさいのではなく、バッティストーニその人がうるさく音を立てます。先日来ここで話題にしている唸り声。うるさい。加えて指揮台を鳴らしすぎてうるさい。何でラフマニノフの3楽章で調子こいて歌うわけ? いかん。  どうしてチャイコフスキーの第4楽章の悲しみに浸っている時に式台をドカンと鳴らすのか?完全に作曲家を冒瀆しているし、観客への配慮がないでしょ。この選曲は、311の翌日の追悼の意味もあったのでしょう?

ついでにか何かわかりませんが、16:45かなんかにアラームをセットしている観客が2名もいたのには呆れました。3楽章の後に拍手をするのはいいでしょう。あんなに盛り上がるどんちゃん騒ぎの後ですから。それもバッティストーニは配慮が足りなかったのは、どうしてもアタッカで4楽章に入った事でしょうね。拍手が収まるのをまたないで初めてしまいました。どうもあの若者には配慮が足りない。

あと少なくとも10年かなあ。やはり人にはある程度の熟成が必要ですよね。ワインだけじゃないですよ。深い味わいが出せるとすれば、という条件が必要ですが、、、早飲みの方が良いワインもありますからね、、、バッティストーニには熟成出来る資質があると思いますが、、、何にしても作曲家が作ったスコアにない音を入れるのはやめましょうね、マエストロ。それは勇気も我慢も必要かもしれませんが、あの指揮台に立ったら、勇気も我慢も一緒ですよ。

さてこの上の話しを抜きにしてですが、ラフマニノフの冒頭はかなり良かったのです。というか良さげな感じでした。いや良かったです。ところどころ遅めにテンポをとって音をしっかりと聞かせようという事をやっていたのでしょうか。松田は、若干20歳ですが、多分これからコンクールとかに出てくるのでしょうかね。特に3楽章のテンポの取り方はーオケに先に行かせて自分はテヌートを意識してあとに弾くというのは子供離れした感じでした。オケもピアノも盛り上がって走りたいけど我慢して丁寧でしたね。感動したか?あんまりしませんでした。

チャイコフスキーですが、4楽章の途中までは自分はブラボーでした。

この悲愴は4楽章という通り、4部構成の交響詩です。ハイ、交響詩です。チャイコフスキーには必ず情景があります。だからバレエ音楽がいいのです!

1楽章:最初のファゴットから「ああ、逝った〜、ああ、死んだ〜」っと吹いています。そう聞こえるです。深い森に霧がかかった情景をイメージしていた時期もありましたが、、、そしてその後の音楽は、愛の回想を打ち消すように、葬儀で我慢している姿と、遺体に泣き崩れている姿と、先に逝ってしまったかの人(チャイコフスキーなので多分男性)に対して、「どうして先に逝ってしまった!?と怒っている姿もあります。最後にはようやく落ち着きます。

2楽章:文字通りワルツ。しかし5拍子のワルツ。2拍子と3拍子が交互に組み合わさった5拍子です。回想だから現在進行系で踊りまくっているワルツでは無い。楽しいけど、何だか十分に踊り切れ無い、字余りの逆の字不足のワルツ。

3楽章:完璧などんちゃん騒ぎの回想ですね。鳥や野禽を追いかけ回し、ハンティングをして周り、ライフルを撃ちかましまくった感じです。シンバルはハンティングの時の「やったー」という叫び声に聞こえます。タタターンというのが「運命」のテーマからとったというのが話しがありますが、前進の音楽だと思います。

4楽章:「どうして、どうして逝ってしまった」というおおいなる嘆きで始まる楽章です。途中楽しかった日々の回想が登場するのですが、すぐに深い悲しみに取り憑かれ、悲しみの神がドラ音と共に登場すると、自分自身も悲しみの淵に引き込まれて逝きます。

そんな情景でした。
ついででは無いですが、ラフマニノフも情景豊かですね〜。ラフマニノフの2楽章は、大きな海を見ながら、そこに佇んで波の打ち返しや、遠くの岩に打ち上げる波を見ながら、愛の日々を回想している音楽でしたね〜。3楽章は、新たなる愛への勇気の音楽でしたね〜。


演奏ですが、今日もトランペットホルンという楽器が全体を邪魔してました。下品に聞こえる。ホルンと、あの反響版と、自分の座席位置の関係かもしれませんが、音量も音質も異様に聞こえすぎますね。ホルンが。ホルンのフォルテシモは「ザー」と聞こえないとダメでしょ。「ピー」ってのは嫌です。来期から座席が変わるので、ちょっと音が変わるといいなあって思っています。

全体を通して、バッティストーニの燃える姿とは裏腹にあんまり感動しなかった。普通に80点で、バッティストーニの奇妙な音入れで減点してかろうじて60点ですかね。厳しいかな。



演奏者

指揮: ダニエーレ・ルスティオーニ


演目

デュカス: 交響詩 「魔法使いの弟子」

レスピーギ: 交響詩 「ローマの噴水」

ベルリオーズ: 幻想交響曲 


ホール(座席)

東京芸術劇場(3回中央前列)


最初からこのプログラムの構成の意図は「幻想」イメージかなと。

作曲年を見てみると次のようになっていました。


魔法使いの弟子 1897

ローマの噴水 1916

幻想  1830


噴水がもっとも若いのでしたが、基本的にはレスピーギとデュカスは同じ世代です。しかし作風はにていないですよね。デュカスはドビュッシーなどと交遊があったもののスタイルは似てませんね。一方レスピーギはドビュッシーとは交友がなかったものの何だかフランス印象派っぽいというのは意外です。まあベートーベンとベルリオーズは同世代である事を考えるとまあ不思議というほどではないですか。


このプログラム全体は、社会の怪しいの雰囲気で始まり、嵐の前の穏やかで荘厳な噴水があり、そして怒涛の革命へと突入して行ったというそんなストーリーだったでしょうか。ベルリオーズは夢遊病的に創った音楽でしたが、時代背景的には、、、と。さて演奏ですが、、、


魔法、、、は個人トレーニングの後でかなり眠かったです。というか半分寝ていました。


噴水、、、は素晴らしい音楽でした。噴水にオルガンが使われていたというのは初めて知りました。オルガンが入った瞬間には着ている服に振動がきましたね。噴水は、あんなにきらびやかな曲だったのですね。知りませんでした。非常に均整のとれた、そしてキラキラとした水しぶきと、印象派のパステル絵画が重なった美しい演奏でした。マジで都響を見直した演奏でした。


幻想は、終楽章にかけて緻密さというか、音の濃縮感が高まってくるのはこの曲の特徴ではありますが、同時に演奏が雑になりやすいと思っていました。


2楽章ははっきり言って不満でした。やはりワルツっぽくなかった。何だかうきうき感がなく事務的な3拍子でガッカリしました。


3楽章のステージ上のコールアングレと、舞台裏のオーボエの二重奏は結構しびれる美しさでした。正直ハモるものだとは知りませんでした。


4楽章からはいよいよトロンボーンも入って金管軍団が激しく暴れまくるわけですが、まさかの驚きの精密機械号砲金管でした。都響の金管があのような正確で緻密でしかも力強い演奏をする集団だというのを初めて知りました。最後のいわゆる「クビが落ちる」瞬間は、最後のファンファーレにかき消されていたのはそういう演出でしたか。


5楽章は、凄まじかった、のひと言。上にも述べましたが、精密機械軍団から狙いすました弾が飛び出すようなエスクラリネットと、ピッコロは素晴らしいかった。金管はパワフルな号砲というだけでなくそのハーモニーが素晴らしかったのです。


全体的に満足度の高いプログラムだったことは言うまでもありません。


この成功の要因はやはりルスティオーニでしたか、東フィルのバッティストーニとは対照的なスマートでキレの良い動きにはオケは自然に突き動かされていた感じです。


しかーし。

唸るのはやめていただきたい。前回?バッティストーニ唸るどころか叫んでいたと書きましたが、ルスティオーニもかなり唸り声をあげていました。あれはいかん。なんでスコアに載っていない音を出すんだーっ!と怒りたい。幻想なんか超フォルテシモでかき消してくれるところはいいのですが、そうでない、例えば「気持ちを込めろ」と言いたい時に、唸りはダメ〜。絶対ダメ。こっちの気持ちが抜けるのです。


まあそれでも、都響を完全に見直した演奏会でした。今日は良かった。

あ、やはり東京芸術劇場の3階席は、かなり音が遠いです。1階か2階で聞きたかったです。オペラハウスとオーチャードホールの3階はまだ十分に聞こえますが、このホールの3階は遠いです。まあ、それでも今日の演奏はモルト・パワフルではあったのですが。

最近当時にアップできない~。えっと2月23日のコンサート。

演奏者
指揮: ミハイル・プレトニョフ
チェロ: アンドレイ・イオニーツァ

曲目
ストラヴィンスキー: ロシア風スケルツォ
プロコフィエフ: チェロ協奏曲第2番
ストラヴィンスキー: バレエ組曲『火の鳥』(1945年版)

ホール
オペラシティ(座席は3階席中央)

ストラヴィンスキーは5分ぐらいの短い曲。ペトリューシュカの人形の踊り(?いや民衆の喧騒?いやわからない)に採用されなかった曲か?という感じの曲で楽しく始まり、突然プツッと終わってしまいました。何かの曲をまさに切り取って出したかのような、まあ二度と意図して聞くことはありますまい。
プロコフィエフは、ジャンプする音型はプロコそのもので始まりましたが、長い曲で40分ぐらいありましたか。これも初めての曲でした。しかし3楽章のどの楽章にも統一されたテンポ感を感じることなく、速くなっては遅くなったりと結局曲想をつかめないまま・・・。しかし2楽章と3楽章に登場したソリストのカデンツァは、特に2楽章楽章そうでしたが。4弦を鳴らしまくり、そして音程も上から下まで使いまくり、しかもパーフェクトに聞こえる和音を鳴らしまくりと、ウルトラC的な演奏は見ていて痛快でした。さすがプロコフィエフ、さすがのチャイコフスキーコンクール優勝者だなあ、と眺めていました。

アンコールは2曲、バッハの無伴奏第3番からサラバンド。そしてプロコの「子供のための音楽」から「マーチ」。このマーチという音楽は、子供の確かピアノ曲ではないでしょうか。子供の音楽発表会で弾いている曲でした。が、それを独奏チェロでやってましたから4弦鳴らしまくる超絶で、これは楽しかったですね。ひょっとして2チェロズに影響を受けたのか?と思って聞いておりました。

このホールは3階席でも十分に音が行き届きますね。

最後の「火の鳥」。これは期待していました。
しかし正直期待はずれでした。何、あのフィナーレは?ぺんぺん草かのように、ペン、ペン、ペンって、スタッカートでなくて、たとえそう書いてあったとしても、もうちょっとテヌートで弾いてくれるべきところですよね。解釈が合わない。

今日の勝手評価: 前半90点、後半55点

ワインに例えると、プロコはアルゼンチンのカベルネ・フランですか。その心は元気一杯なのだけれども今一つマイナーで熟成には次世代を待ちたい。「火の鳥」は、安物のカリフォルニア産カベルネ・ソーヴィニョン。その心は、最初のにおいからいい期待は出来たのだけれども、全体としては今二つぐらい。
 

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