バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

今日の曲目
シェーンベルク: グレの歌

今日の演奏者
ソプラノ(トーヴェ):  レイチェル・ニコルズ
メゾ・ソプラノ(森鳩):  クラウディア・マーンケ
テノール(ヴァルデマル王):  ロバート・ディーン・スミス(王)
テノール(道化師): ユルゲン・ザッヒャー
バリトン(農夫・語り):   ディートリヒ・ヘンシェル
合唱:  新国立劇場合唱団(合唱指揮: 三澤 洋史)

ホール
サントリーホール(座席は1階中央)

カンブルランの常任指揮者としては最後の定期演奏会だったという事なので書いておこうと思います。

この曲は、シェーンベルクの中で最も長く編成の大きな曲です。大きなオケの編成に5人の歌手と混声合唱が付きます。オペラチックな曲。というかオペラでもいいかなという曲です。3部編成で、50分程度の長い1部と3部の間に、5分程度の第2部があります。ちなみに、日本初演は1963年の若杉弘指揮で読響だったはずです。

長大な音楽なので滅多に演奏されない曲です。と言いながらも、今年はこの読響も入れて3回のグレの歌の演奏があるそうですから。何ともへんな現象です。はっきり言って今日はオケはよかったですが、歌が、合唱も含めて今ひとつでしたので、もう一回ぐらい聞いてもいいかなとも思ったりしています。あ、先に書いてしまった。

シェーンベルクというと、あまり知らない人は、「あの12音技法とかを生み出した人」という事で、「難解な音楽なんだろう」、と想像されるかも知れませんが、例えばですがマーラーの8番ほども難解さはないです。音楽的には明らかにワグナーの影響受けたと思える箇所が随所に有りますし、自分的にはリヒャルトシュトラウス的にも聞こえるところも山ほどあります。という事でその程度のロマン派から少しの印象派的な響きの音楽です。

この曲にはストーリーがあります。超要約をするとこうなります。「ヴァルデマル王と恋に落ちた若い女性トーヴェは、王女によって殺される。神を呪った王は亡霊となり、毎夜毎夜彷徨う。死んだ二人の魂は死の世界で愛を成就させ、世界は平和を取り戻す」とまあ、ワグナー似の話です。ヴァルデマルだって、、、ヴォルデモードって闇の王がいましたよね。映画に。

こういうストーリーにしては、音楽は余り劇的でもなく、音は割と鳴りっぱなしで抑揚はありません。加えて「語り」の部分が長くてーその語りは字幕があっても難解ですーかつ、特に第3部の語りは今で言えば、バックのコード(この場合オケの音楽の事ですが)に音を合わせない節回しがあってラップみたい。古くはバッハから音楽をバックに語りを入れるというのはありますが、オケと違う節回しがラップみたいでした。録音を聴いている限りではそんなに思ったことはありませんでしたが、それは今日の演出だったかもしれません。

ストーリーが割に退屈なので、もっとコンパクトでいい感じがします。ストーリー的にも、王女が登場するとか、若い女性が王女に毒殺されるシーンとか、この音楽の中では割愛されてしまったストーリーを第2部に足して長くして、1部と第3部を語り(森鳩、農夫、語り)無しのコンパクトな音楽にしたら良かったのになあと思う事しきりです。CDを聽くきには、通しで聴く事がないので、初めてそんなふうに感じた次第です。作曲者と音楽に対しては大変失礼な事を言っているとは思います。

演奏ですが、、、オケは鳴り過ぎるぐらいですが、その反動で、主人公たる王の声が消えてました。合唱を歌う人達は余り読響は好きではないらしい事を聞いたことがありますが、その理由は音がデカイそうです。オケだけ聞いているとその方が満足度は高いですがね。

しかし王を歌う歌手には、ワグナーのテノールが必要な曲です。長いフレーズを強く、高い声で歌うからです。しかもこの曲には意外に低い声も出せないといけない。ハイノートは常にオケのフォルテシモに載せないといけないのです。今日のスミスの声質は悪くなかったですが、いかんせんハイノートは全く聞こえませんでした。あれはかわいそうでした。というか聴いてる方は不発でした。声出てんのかなあ?と思ったりもしましたが。

良かったのは、メゾのマーンケと、もう一人のテノールのザッヒャーでした。ニコルズは譜面を見っぱなしでフォルテ以外の声が前にあんまり出て来なかった。合唱もなんだかよく聞こえなかった。合唱は、ここぞ!というとこでコーラスのハーモニーを聴かせてて欲しいのです。新国立なので期待はありましたが、、、第3部の終局はコーラスの独壇場でして。非常に分かりやすいコードの移り変わりと色彩を期待したし、最後の「C6」のコードから晴れやかに「C」に完全解決して終わるところはソプラノの上のドの音が響き渡って終ってもらいたかった!!夜明けの太陽が上りきらない感じで終わりました。

ハイ、やはりこんなにオケを鳴らすのであればやっぱりオケピットに入ったもらった方がいいなあ、と感じてしまいました。いかんせんオケが強すぎでした。うるさすぎでした。ホルン10、トランペット7、トロンボーン7という金管だともうちょっとコントロールしないと難しかったです。録音になって出てくる時はバランスを直してありますけどね。

総じて今日のグレの歌は不発でした。去年のメシアン級の大名演を期待しただけにいまいち感が残りました。カンブルランと読響のコンビで大曲をやるのは最後なので、労いのブラボーをかましても良かったのかも知れませんが、自分は静かに拍手だけして出ました。カンブルランはどうせまた来ますし。

曲目
リーム:Ins Offene...(第2稿/日本初演)
ブルックナー:交響曲 第7番 ホ長調

演奏者
指揮:ローター・ツァグロゼク
コンマス:日下 紗矢子

ホール
サントリーホール(座席は1階中央ほど)


リームは初めて聴く曲です。 こういう曲は、定期会員にでもなっていない限りは絶対に聞かない曲です。特に現代曲ファンでもないので、、、ましかし現代曲ならではというか、編成と楽器配置が独特。バイオリンはステージ上にいないのですよ、まず。

サントリーホールにはステージ後方に客席とオルガンがありますが、その客席の一番奥の左右に1名づつ、日下さんと伝田さんが弾いているだけ。つまりバイオリンは2台のみ。ステージ上はというと・・・中央には誰も座らず、左右に分かれて、右側はビオラ、チェロ、ピッコロ(フルートなし)、クラリネット、ホルン、トロンボーン、打楽器の「カタマリその1」がおり、左にはベース、ハープ、ピアノ、チューバ、コントラファゴット、バスクラリネットそして打楽器の「カタマリその2」の配置。

トランペットは客席後方に配置されていて、打楽器が多分客席の左右と後方に配置されていました。
読響パンフレットには「3群に分けられた」と書いていますが、3群どころではない配置です。まあ配置からして意味不明の現代曲。しかしこういうあちこちから音が出てくる音楽なので当然音響効果を考えてはいます。「お、こっちからきた。今度はあっちからきた」と思いながら聞いておりました。

オケ向きの現代音楽は必ずと言っていいほどいろんな打楽器が入っていますが、この曲もそうでした。現代曲は打楽器を見ているに限ります。音楽そのものははっきり言ってメロディーなどない環境音楽なので・・・マラカス?ギロっていうのですかね、ギーギーやっていたりしました。

それから高音で半音も違わない音程でキーキーという弦楽器でもない音が鳴り響いていたので・・・はい、結構嫌な響き・・・何なのか気になりましたが、パンフレットには「アンティーク・シンバル」と書いてありますが、シンバルって何だよ?ってな感じ。かなり自分の位置からは見えづらかったですが、あれは打楽器奏者が何かを弦楽器用の弓でこすっていたと思います。左右両サイドにいた打楽器奏者がそれらしき事をやっていました。あれがアンティーク・シンバルだったかも知れません。客席の打楽器奏者もそれをやっていたんだと思います。

ウィキペディアを見ると、アンティーク・シンバルというのは小さいシンバルが並んでいて音程があるそうです・・・上に「半音も違わない」と書きましたが、その時は半音違いだったかもわかりません。この楽器は「春の祭典」とか「牧神・・・」「ラヴァルス」にも使われているそうです。知らなかった。

現代音楽では、楽器を元々意図された通りに使わないということもままありますが、チェロが弦ではなく何だか別のところを擦っていました。しかもソロで!吹き出しそうになりました。
ごちゃごちゃと書きましたが・・・まあいいや、という感じの後には何も残らない現代音楽でした。


さてブルックナー7番。
前回聞いた時はカンブルランの指揮で「金返せ!」と書いたのです。ことさらに透明感を出そうとして、かつアダージョのテンポが速すぎてブルックナーとは言い難い音楽でしたから、、、

ツァグロゼクの7番は、月とスッポン。無骨で偉大なブルックナーでした。スクロバチェフスキというブルックナー指揮者がいましたが、スクロバと比較してもより偉大なブルックナーでした。スクロバはもっとバランスを作っていました。ツァグロゼクの指揮では7番がとてつもない音楽になっていました。

いやあ嬉しかった。
40年前に初めてブロムシュテット指揮のドレスデンでこの曲を聞いて以来、今日のこの日まで感動した7番はなかったのです。

ブルックナーは大抵そういうものですが、この7番は特に1楽章と4楽章は楽章の中で音楽がことさらに分断されて散文的で無意味に不規則に軽いテーマが登場し、4楽章はコーダが短く突然終わるので欲求不満が溜まる曲です。しかし、遠慮ない飾らない、小細工しない無骨さで「コーダは元々ないんだこの曲は!綺麗でなくてもいいんだ!ホルンのスケールは聞こえなくてもいい!全員で燃えて!、バイオリンはもっと燃えて!」と、ガンガンと推しまくった7番は圧巻で終わりました。1楽章から3楽章までもその終楽章を期待させる演奏でした。ある意味読響にあった演奏でした。

ベスト演奏者は、読響に正式入団したばかりのホルン、ワグナー・チューバの矢野さん。彼は半年ぐらい前からステージに乗っていたのは知っていました。日橋さんに似ていたので最初は「あれ?日橋さんが3番を吹いてるのか?」と思った事もありましたが・・・今日はリームのホルンのトップと、ブルックナーではワグナーチューバのトップを吹いていました。リームも難曲で、それを吹きこなし、そして何よりワグナーチューバをあそこまで吹けている人は今までいなかったです。あの楽器は音が悪い上に音程が取りにくのですが、2楽章の葬送と4楽章のテーマのフレージングとハーモニーが素晴らしかった。ツァグロゼクが真っ先に彼を立たせたのは当然だったでしょう。金管だけでなく木管やベースからも彼のパフォーマンスを賞賛していたのがわかりました。ホルンはステージ左に、ワグナーチューバはステージ右に配置されていました。

ツァグロゼクに別のブルックナーもお願いしたい。


 

2018年11月23日のコンサートログ。
場所はサントリーホール。 座席は1階割と前の方センター。

えーとこのメモはしばらくぶりです。
書いていなかった理由はこのコンサートログの後にちょっくら書こうと思います。
 
フランツ・ウェルザーメストはライブで見るのは初めてでした。ウィーンフィルは2011年ぶり。ブルックナーの5番という曲は、 スクロバチェフスキが来日できなくなって聴きそこなっているので、ライブで聞くのは、実にx0年ぶりではないでしょうか…録音ではアバドとウィーンフィルの演奏をよく聴いています。

ブルックナーの4楽章の大フーガはこれまで単調で冗長だと思っていたし、3楽章のスケルツオも長くて6番以降の快活さがないので眠い音楽だと思っていたのですが、とんでもない!とてつもない大感動の大曲で大名演でした。全体は躍動感と透明感に溢れていて、時間を全く感じさせませんでした。4楽章が終わってしまうのが残念で仕方なかったです。

考えてみればそれもそのはずで、リンツ出身のブルックナーにリンツ出身のウェルザーメスト、それにウィーンフィルですので、彼らが真のブルックナー奏者でなければ誰がブルックナーの演奏ができるのでしょうか?ソリッドで粘りのあるしなやかさがありながら透明感に溢れ、楽器は完璧なバランスで、もちろんほぼノーミス(ウィンナホルンでノーミスでブルックナーをライブで吹くというのは無理だと思っていましたから)で、と超偉大なワインのようなのでした。

ウェルザーメストの指揮は派手さはゼロで、そう面白くもありませんでしたが、締めるところはしっかり締めて、しかも個別の楽器によく見て指示を与えていました。相変わらずウィーンフィルは奏者はほどんど男性でしたが、荒らさのかけらもありませんでした。

日本のオケだとあそこまでフォルテシモが続くと最後の方は結構荒れた感じになる事が多いですが、やはり世界一のオケでした。最後の最後までヴィルトゥオーゾ性は完璧なままでした。

たまには世界一の外タレも聴きに行かないといけないですねやはり。
心が洗われた時間でした。


このメモは半年以上休んでいました。
理由は難聴でした。5月の連休明けに突発性の難聴になり、2ヶ月ほどはかなり調子が悪かったです。その後も「低音が余計に頭の中で響く」、という状況が続いていて、コンサートに行っても果たしてちゃんとした音を聴いているのかがわかりませんでした。定期公演の半分は、カミさんに行ってもらいました。

もうあまり気にならなくなりましたが、次のような3種の神機は苦痛を和らげるのに役立ちました。
 ーボーズのノイズキャンセリングイヤホン
 ーソニーのノイズキャンセリングヘッドホン
 ー耳栓

海外出張は多いですので、こういう道具は機内では使っていましたが、難聴時に役立ちました。何か聴いているのか?というとイヤホンジャックの先端には何もつけずに、ただ周囲の音を消すのに使用していました。一番きつかったのは実は空調音でしたので、仕事をしながらでもずっと使用しておりました。

今の世の中、いろんな雑音があるものだと改めて認識し直しました。実家に帰ると全く音がない(虫の声ぐらいはありますが、自然の音です)ですが、東京だと人工的な音がない空間、時間などないですからね、こういうのは知らないうちにストレスになっているのかなーなどと考えた次第でした。
それもようやく復活できたかなという状況です。

 

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