バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

昨日の演奏者
指揮者:シモーネ・ヤング
ソロ:ベフゾド・アブドゥライモフ
コンマス:長原幸太

昨日の曲目
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
R.シュトラウス:アルプス交響曲

好きなプロコのPコン3番に、久しぶりのアルペンという事で期待していきました。アルペンは
バルトークの3番はこれまでで最も素晴らしい演奏でした。アブドゥライモフのピアノは力強く、バルトークのフルオケと完全に互角でした。素晴らしかった。この曲は、なんとなくプロコフィエフっぽくないと思って聞いているのですがなぜでしょうかね。独特の飛び音に気が付かないのだと思います。自分が印象派の音楽に個人的に感じるのですが、乾燥した海の情景が目に浮かぶ音楽でした。特に三楽章の前半~中盤の緩徐部分はそうです。いつものプロコはむしろ機械がコキコキと動いている工場をイメージさせますので・・・

この音楽は、3楽章の最終部分には1楽章の冒頭の興奮が戻ってきて、そしてオケの激しく動き回るフォルテにピアノのグリッサンドを重ねてフィナーレに向かいます。盛り上がっていったん収まり、さらに激しく盛り上がって収まって、そして最後に大爆発に向かうという構成は大興奮状態で終わります。

アンコールで引いたチャイコフスキーのノクターンは、明らかにバルトークの興奮を収めるような演奏でしたね。


アルペンですが、これは交響曲ではなく、完全に交響詩です。音楽に作曲者が指定したテーマがあるのですから・・・実はこの曲の好きなのは、頂上の到着して下界を見渡す情景を音楽にしきったホルンの大合奏とトランペットの登山に満足した感覚を雄たけびで表現している箇所のところまでです。山頂からは下山を始め、日がくれ始めて、さらに下山を急ぐ姿が表現されます。そして風が出てきて、雷雨になる、日が暮れる、夜になる・・・とそんな情景はあります。があんまり好きではないです。高揚感が下がってきますねあきらかに。その割には静かにならないのですこの曲。シュトラウスのオーケストレーションが重厚すぎて透明感がない。オルガンがずっとなっているし。

しかし今回の演奏では、嵐の後の雲の裂け目から夕日が差し込んだ瞬間が明らかにわかりました。それはオルガンで表現していました。オルガンに関しては、どうも後半に多用しているようでしたが、オルガンの音程が悪いのが目出ちましたね・・・オルガンってどうやって音程を調節するのか全く知らないのですが「(音量が)ピアノの時にオルガンを使う必要があったのかな」と思ってしまいました。気になりだすと、そこからやたらとオルガンの音がうるさく聞こえてしまいました。嵐の時にもほとんど鳴りっぱなしなので、もうちょっとオケの方を強調してもらいたかった。

演奏に関しては、素晴らしかったと言いたいところですが、金管のバランスが今一つでしたね。ホルンはもうちょっとオケを包み込む音を期待していましたが。日橋さんはワグナーチューバ持ち替えで5番を吹いてましたね。なんでトップじゃないの?!トランペットの辻やんは素晴らしかったです。あんなことよくできるなあ。トロンボーンはエキストラの2人はバリバリにやってくれてました。フルートは相変わらず素晴らしく、木管も素晴らしかったです。 全体としてはやっぱりオルガンがうるさいので金管のバランスがちょっとわかりにくかった感じです。オルガンはホールから動かせないですから、こんなにホールの特性が出るオーケストラ曲は、サンサーンスを除いて他にはないでしょうね。

シモーネ・ヤングという指揮者の演奏は初めて聞きました。ハンブルグに出張した時に演奏会を聞き逃した記憶があります。アルペンも「頂上」までは上出来だ、感動的な演奏だと思って聞いていました。しかし上にも書きましたが、後半のバランスが今一つでした。あれはオーケストレーションのせいなのでしょうか?もうちょっとすっきりと静かに夜を迎えるようなコントロールがある気がしました。

勝手評価は80点ぐらいかな。

本日の演奏者
ハープ: グザヴィエ・ド・メストレ
指揮: 尾高 忠明
コンマス: 小森谷さん

曲目
芥川也寸志: 弦楽のための三楽章「トリプティーク」
ロドリゴ: アランフェス協奏曲(ハープ版)
  ファリャ: 「はかなき人生」から「スペイン舞曲」(アンコール)
ブラームス: 交響曲 第1番 ハ短調 作品68


ホール
東京芸術劇場(座席は1階席後方)

ブラームスの1番終楽章のあの盛り上がりを期待していった演奏会です。しかし、芥川も、ロドリゴもよかったですね。ハープのアンコールのファリャも良かったです。というかその3曲はよかったです。

芥川の曲は初めて聞く曲でウキウキ。音が鳴った瞬間に「なに?ショスタコーヴィッチ?」と思ってしまった乾いたマイナーリズムの音楽で始まりました。やはりショスタコでよく聞くタッタカタッタカとか、ズンチャズンチャというリズムの要素もあって「影響を受けたのかな」とずっと思っていました。2楽章など素晴らしく美しいメロディーで、乾燥した冬の大地の風景を思い浮かべました。弦の人たちが、楽器をたたいてカッカッカという効果音を入れるのは、なんだが去りゆく人の姿が見えましたね。ミレーの「落穂ひろい」の後に、人々がゆっくりと立ち去る風景というか・・・
あれは結構ネガティブにはまる音楽ですね。知らなかった。

休憩中にパンフレットを見ると、芥川はショスタコの影響を受けていたのですね。その事実は知りませんでした。亡くなって何年になるか知りませんが「題名のない音楽会」(かな?)の司会をやっていた頃の笑顔を思い出します。あの時は作曲家だったとは知らなかった。単にTVのパーソナリティだと・・・何年前の話ですかね?

アランフェスのハープ版など、聞くのは初めてにきまっています。アランフェスのギターはやはり大ホールではPAなしではきついですよね。だからハープってどうなのかな?と思いながらでした。メストレ上手でした。

ハープの、あの包み込むまーるい音が並ぶ音楽が好きで、楽器としてかなり好きですね。実は金管楽器が命だった若かりし頃もそう思っていましたが、近くにはありませんでした。ギターも同じようなまーるい音ですね、そういう意味ではやはりハープというのはあるのでしょう。

煌びやかな音楽になりました。アランフェスの宮殿のあちらこちらに配置された噴水から、水しぶきが上がり、陽に当たって水が光り輝き、そして色鮮やかな蝶たちが飛び回る風景が思い浮かびました。宮殿の建物の茶系の色とアゲハの青緑の対比が、あー。あれは好きだった。

メストレはよかったですが、オケはなんだか変でした。

ブラームスの1番というと聞きなれた音楽です。そういう曲だと、期待値があって、それを満たせたかどうかという事になってしまうんですよね。今日の演奏、2楽章3楽章はよかったですが、1楽章のもさっとした停滞した音楽はいただけませんね。4楽章の終盤にかけての盛り上がりはまずまずでしたが、最後の10小節ぐらいのあの棒はダメですね。音を合わせようとして音楽を止めた。あんなのダメですよ。

ブラームスの1番のコーダは、あと拍で入ってくる音楽で盛り上がって、怒涛の如く力強く終わらないと困るではないですか。「音はずれるのが当たり前」ぐらいのつもりで観客も聞いているのに、殊更に「音を合わせろ」という振り方は読響には合わないですよ。実は、尾高さんのこの「合わせる」フリのせいで、アランフェスの伴奏も遅れがちだったし、ブラームスの1楽章も停滞したのです。

2楽章のコンマスとホルンの掛け合い、そしてオーボエのソロは素晴らしかったです。しかしプログラムを通じてなんだか読響らしくなかった。尾高流優等生になれない読響の姿でした。




本日の演者
指揮: アンドレア・バッティストーニ
オケ: 東フィル

曲目
ヴェルディ: 「オテロ」第3幕より舞曲
ザンドナーイ: 「ジュリエッタとロメオ」より舞曲
ストラヴィンスキー: 春の祭典
外山雄三: 「管弦楽のためのラプソディ」よりフィナーレ「八木節」(アンコール)

東フィルは、当日のパンフレットをこうやってPDFで見れるようになっています。親切ですよね。
http://tpo.or.jp/concert/pdf/201705program.pdf

ホール
オーチャードホール(座席は3階の横に伸びているとこ)


今日のテーマは(と言っても時差ボケで早々に寝てしまって、真夜中に起きてこれを書いています)、「踊り」です。

サンドナーイなんて聞いたこともない。だいたい名前が良くないですよね。2回しかないという名前なんだから・・・😒 上のパンフレットから引用すると「(ロメオが)馬を駆ってジュリエッタの元へ急ぐクライマックスのシーンに用いられるオーケストラ間奏曲」のシーンだそうですが、かなり激情的にずーっとティンパニが一定のリズムを刻んで金管がすごく盛り上がって、突然終わるというダンスミュージックで、最近のはやりのアクション型映画音楽に使われる音楽のは「しりはこれかー」と1人納得していました。この作曲家の名前を聞いたのが初めてでしたが、歌劇ならそれも見てみたいと思うのですが。やっても人は入らないでしょうね。

この4月から新しい座席になっているのですが、音が出た瞬間に前の5階席と全く違う事がわかりました。きらびやかですが、残響が長すぎるのです。一つのホールの中でこんなにも違うものなのですね。あ、3階席と言っても横にせり出した席なので、かなりステージに近いのです。よく見える上に、生の音もホールの反響音もよく聞こえてしまう場所なのでしょうか?場所は気に入っていますが音が大きすぎる。

ハルサイは、信じられないほどのパフォーマンスでした。カラヤン=ベルリンフィルですか?ってほどになっていました。言い過ぎか・・・。もっと弦が鳴るといいのですけどね。正直、第2部に入って、いけにえをささげる血の狂気乱舞のシーンが目の前に浮かんできて、加えて大音量が続く為に頭がおかしくなる感じでした。終わってホットしたという音楽でした。家で聞いてもあんな大音量で鳴らすことなどありません。ハリソン・フォードが主演したインディジョーンズって映画がありましたが、あの2作目(かな)の生贄のシーンが繰り返し繰り返し目の前に出てきてしまい、くり抜かれた心臓とか、心臓をくり抜かれても踊り続ける白目をむいた生贄が(ここからは想像)何人も並んで妖艶な血の踊りを続けるシーンが・・・あーあんな音楽いや。そういう想像ができたという点からすると演奏としては成功でしょうか。

しかしそれでもものすごいパフォーマンスでした。明らかにブラボーでした。
あんなにごちゃごちゃした音楽ですが、楽器が何をやっているのかをちゃんと浮き出させていました。すでにクラシックの定番なので、指揮者も演奏する方もよくわかっているのですね、さすがに。東フィルは新国立劇場でオペラ・バレエの伴奏をやっていますのでやはりこなしている楽曲数が全く違いますよね。歌にも踊りにも「合わせる」人達ですから、同じ楽団の同僚と呼吸を合わせるのは訳ないのかもしれませんね。褒めすぎか?

自分にとっては、あの位置で見ないと知らなかったというのは多かったです。エスクラとバスクラとか、エスクラとバスフルート?との組み合わせとか、は聞いていますがやはり見るのと違う。ピッコロトランペットが入っていたのですね、あのきらびやかなラッパ音は。

そんな中で今日のホルンは褒めます。ハルサイ向きのホルンでした。今日のトップの高橋氏でないと、ハルサイであんな頑強フォルテシモホルンにはならないと思います。ステージ裏で練習するのはやめてもらいたいです。しらける。

アンコールは聞きそびれるところでした。あんなハルサイの後だったのでそれでもよかったのですが、まさかの外山雄三の民謡ラプソディーをやるとは、バッティストーニもやるなあ。一旦ホール外に出たら、会場のお姉さんが「アンコールみたいですよ」と教えてくれて中に戻りました。まあ、盛り上がり目的の為にはよいのではないでしょうか。外では鹿児島県人会の人たちが「おはら祭」をやっていましたしね。去年もやってました。去年も暑かった日でした。

暑かった日の「踊りのコンサート」。良かったです。勝手評価は100点。
ワインに例えると今日のハルサイは「グランジ」。そのこころは、濃厚でアルコールが高くきわめてパワフル。ただ飲みすぎると危険。




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