バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

本日の演者
指揮: アンドレア・バッティストーニ
オケ: 東フィル

曲目
ヴェルディ: 「オテロ」第3幕より舞曲
ザンドナーイ: 「ジュリエッタとロメオ」より舞曲
ストラヴィンスキー: 春の祭典
外山雄三: 「管弦楽のためのラプソディ」よりフィナーレ「八木節」(アンコール)

東フィルは、当日のパンフレットをこうやってPDFで見れるようになっています。親切ですよね。
http://tpo.or.jp/concert/pdf/201705program.pdf

ホール
オーチャードホール(座席は3階の横に伸びているとこ)


今日のテーマは(と言っても時差ボケで早々に寝てしまって、真夜中に起きてこれを書いています)、「踊り」です。

サンドナーイなんて聞いたこともない。だいたい名前が良くないですよね。2回しかないという名前なんだから・・・😒 上のパンフレットから引用すると「(ロメオが)馬を駆ってジュリエッタの元へ急ぐクライマックスのシーンに用いられるオーケストラ間奏曲」のシーンだそうですが、かなり激情的にずーっとティンパニが一定のリズムを刻んで金管がすごく盛り上がって、突然終わるというダンスミュージックで、最近のはやりのアクション型映画音楽に使われる音楽のは「しりはこれかー」と1人納得していました。この作曲家の名前を聞いたのが初めてでしたが、歌劇ならそれも見てみたいと思うのですが。やっても人は入らないでしょうね。

この4月から新しい座席になっているのですが、音が出た瞬間に前の5階席と全く違う事がわかりました。きらびやかですが、残響が長すぎるのです。一つのホールの中でこんなにも違うものなのですね。あ、3階席と言っても横にせり出した席なので、かなりステージに近いのです。よく見える上に、生の音もホールの反響音もよく聞こえてしまう場所なのでしょうか?場所は気に入っていますが音が大きすぎる。

ハルサイは、信じられないほどのパフォーマンスでした。カラヤン=ベルリンフィルですか?ってほどになっていました。言い過ぎか・・・。もっと弦が鳴るといいのですけどね。正直、第2部に入って、いけにえをささげる血の狂気乱舞のシーンが目の前に浮かんできて、加えて大音量が続く為に頭がおかしくなる感じでした。終わってホットしたという音楽でした。家で聞いてもあんな大音量で鳴らすことなどありません。ハリソン・フォードが主演したインディジョーンズって映画がありましたが、あの2作目(かな)の生贄のシーンが繰り返し繰り返し目の前に出てきてしまい、くり抜かれた心臓とか、心臓をくり抜かれても踊り続ける白目をむいた生贄が(ここからは想像)何人も並んで妖艶な血の踊りを続けるシーンが・・・あーあんな音楽いや。そういう想像ができたという点からすると演奏としては成功でしょうか。

しかしそれでもものすごいパフォーマンスでした。明らかにブラボーでした。
あんなにごちゃごちゃした音楽ですが、楽器が何をやっているのかをちゃんと浮き出させていました。すでにクラシックの定番なので、指揮者も演奏する方もよくわかっているのですね、さすがに。東フィルは新国立劇場でオペラ・バレエの伴奏をやっていますのでやはりこなしている楽曲数が全く違いますよね。歌にも踊りにも「合わせる」人達ですから、同じ楽団の同僚と呼吸を合わせるのは訳ないのかもしれませんね。褒めすぎか?

自分にとっては、あの位置で見ないと知らなかったというのは多かったです。エスクラとバスクラとか、エスクラとバスフルート?との組み合わせとか、は聞いていますがやはり見るのと違う。ピッコロトランペットが入っていたのですね、あのきらびやかなラッパ音は。

そんな中で今日のホルンは褒めます。ハルサイ向きのホルンでした。今日のトップの高橋氏でないと、ハルサイであんな頑強フォルテシモホルンにはならないと思います。ステージ裏で練習するのはやめてもらいたいです。しらける。

アンコールは聞きそびれるところでした。あんなハルサイの後だったのでそれでもよかったのですが、まさかの外山雄三の民謡ラプソディーをやるとは、バッティストーニもやるなあ。一旦ホール外に出たら、会場のお姉さんが「アンコールみたいですよ」と教えてくれて中に戻りました。まあ、盛り上がり目的の為にはよいのではないでしょうか。外では鹿児島県人会の人たちが「おはら祭」をやっていましたしね。去年もやってました。去年も暑かった日でした。

暑かった日の「踊りのコンサート」。良かったです。勝手評価は100点。
ワインに例えると今日のハルサイは「グランジ」。そのこころは、濃厚でアルコールが高くきわめてパワフル。ただ飲みすぎると危険。




本日の演奏者
指揮: リッカルド・ムーティ
オケ: シカゴ交響楽団

曲目
ブラームス 交響曲第3番、第4番

ホール
シカゴ交響楽団(CSO)シンフォニーホール(座席はかなり前中央)

仕事の合間に「あ、そうだ。ここはシカゴだ」と思い、今朝CSOのウェブをチェックしたら何とたまたまコンサートがあるではないですか。チケットは確実に行けるという事がわかった1時間半前に買いました。ボックスオフィスに行ったら「ないねえ、君の名は」と言われて、確認番号を出すと「あ、最後にチケットを買った人ね」との事でした。Muti Brahms

ムーティと言えば、いつだったかイスラエルフィルの指揮もムーティでした。最近イタリア人ついています。バッティストーニもそうですしね。しかしムーティは演奏中に余計な音は入れません。

前回CSOを聞いてから早くも、8年ぐらい経過したのではないでしょうか。あの時はピエール・ブレーズの指揮でマーラーの7番でした。あの人も亡くなってしまいました。

CSOと言えばかつては全米一のオーケストラと賞賛されていましたが、最近はクリーブランドが一番だという話もありますね。さてどうなのでしょうか?

オケの演奏家たちを見て一見してあれまー、と思った事は、アジア系の人たちが1/3はいるのではないでしょうか?クラシックの演奏家になるというのは白人は興味がないのですかね?特にアメリカ人の場合「最先端のなんとか」は非常に興味があるのですが、クラシック音楽というは、まさに「古式ゆかしい、クラシックなもの」ですからね。そんな事を商売にする白人はいなくなったのかもしれませんね-かなり偏見に満ちています?!

ひょっとしてそれは当たっているのではないかと思ったのが、観客の方の年齢分布でした。失礼な表現ですがかなりよぼよぼな皆さんが多かったように見えたからです。若い人は「最先端のなんとか」に行っちゃっているのでしょうか?ま、これはかなり穿った見方かもしれません。

そう思ってしまったのは、自分の席が一階だったからだけかもしれません。シンフォニーホールはエスカレータはありませんので、2階に上がるのでさえ高齢の人には難しいです。アメリカ人は杖をついて積極的に外出しますが、それでも2階以上に上がるのは手間です。だから1階には高齢者が多かっただけかもしれません。6階のバルコニー席まで上がるのは不可能です。実際6階まで上がってみると確かに若い人たちもいましたので、クラシックに興味がある若い人たちもいるようです…当たりまえです。

さて演奏はというと、これは両方とも非常に素晴らしい演奏でした。第3番冒頭「黄金の秋の風景」(改定前に「ため息」と書いたのは第4番の冒頭の間違い)から、第4番の最後の「号泣」まで、素晴らしかった。ムーティの歌い方はすべからくテヌートとレガートで、スタッカートのはずの音符も、あえてそれをテヌートで演奏させた箇所も多かったと思います。ブラームスの後半の2つの交響曲に共通して流れる、憂い、哀愁、悲しみが十二分に歌いこまれていました。個人的にはかなり好きでした。3番の1楽章のバイオリンのメロディーにチェロがアルペジオを被せると、本当に風に吹かれて落ち葉がはらはらと落ちていくのでした。テンポも時に演歌のこぶしの様に感じるところもあり、ナポリ出身のイタリアン人ならではの音楽だと聞き入っていました。Muti Panf

演奏者は当然全員が素晴らしいのですが、伝統の金管セクションは健在でした。ブラームスの3番、4番ですので華々しくそして高らかに鳴るという場面はそうそうないですが、それでも頑強なハーモニーでした。しかしそれだけでなく、時として本当にしなやかで美しい演奏をしてくれるのでした。特にホルンは素晴らしかった。あー、、、

一方オーボエは、なんで? 何今の?という場面がありました。どうしたのでしょうね。あとはオケ全体でいうと、管と弦がテンポがずれる事がありました。特に4番の方は数回ありました。ブラームスは、第1番からそうですが、盛り上がるところでは必ず「あと拍」を入れて畳みかける様になっています。そこのテンポがずれるのですね。掛け合いができていないと思ってニヤっとしてしまうのですが。

観客に関してはやはり日本の観客がダントツに静かなのですね。イスラエルでもそう思いましたが、改めでアメリカの演奏会に来ると、やはり、がさがさとうるさいのです。パンフレットをしょっちゅう落とすし、足は組んで反り返っているし。ミュンヘンでもでも同じことを感じた事がありましたが、、、咳だのくしゃみだのというのは、彼らは「しかたがない」事なのですね。音楽がぶち壊れようが、他の観客の気持ちが動揺しようがしょうがないから構わないのですね。残念です。ちょっとはこらえればいいのにね。思い出すのが小澤征爾のボストン響引退公演のマーラーの9番でした、、、あのマーラーの9番はものすごく小澤さんがかわいそうでした。最後の演奏会でしたからね。ずっとせき込んでる人がいたのを今でも思い出します。消えるように終わるべき曲が、見る影もないほどに完璧に壊れました。

いい息抜きになりました。明日への活力?なんて。
CSO hall
翌日の朝ウォーキングしている最中に取ったCSOのホールです。ビルに挟まれた入口は知らない人は見逃すでしょうね。しかし通りを挟んだ向かいにはピカソコレクションで有名なシカゴ美術館があります。






本日の演奏者
ユディット: イリス・フェルミリオン(メゾ・ソプラノ)
青ひげ公: バリント・ザボ(バス)
指揮: シルヴァン・カンブルラン
コンマス: 小森谷功 

本日の曲目
メシアン: 忘れられた捧げもの
ドビュッシー: 「聖セバスティアンの殉教」交響的断章
バルトーク: 歌劇「青ひげ公の城」作品11

本日のホール
東京芸術劇場(座席は1階中央)、サントリーホールが改装中なので定期演奏会はここで行われています。

さて、本日の演目は「不思議な音楽の日」?かどうか知りませんが、不思議な響きの音楽ばかりでした。メシアンは、オケの強奏のあとの後半のなんだか中音のセカンドバイオリンか、ビオラかわからないのですが、中で響く音をずっと聞いて不思議な雰囲気に浸っていました。あのシングルビブラートの音はソロですか?自分の位置からはそれらしい音を引いている人がわからなかったです。

ドビュッシーはファンファーレで始まりました。いきなりすばらしく輝かしい楽しい音楽でした。ですが全体はあまりパッとしない音楽でした。この音楽編成は、ハープが3、ホルンが6と変な編成なのであまり演奏されることはないのだろうな、と余計なことを考えていました。

芸劇にはステージの背後の上に大きなパイプオルガンがあります。
https://www.geigeki.jp/house/organ.html
このウェブサイトに出ています。この写真の右側です。モダンフェイスというらしいですが、、、左のクラシックフェイスは見たことがないです。いずれにしてもこのオルガンを見ていると、なんだかSF映画に出てくる巨人あるいは女神?のようなものを想像してしまうのです。いつかは立ち上がるのではないかと・・・くだらない妄想をしてニヤニヤしています。

バルトークはCDは持っているものの、聞いたことがない音楽です。というのが「これでもか」というぐらい暗い音楽なのですから。音楽というよりストーリーがです。拷問の部屋から始まって、先妻たちの部屋で終わるという物語に、音楽が心理描写と風景を加えるという音楽です。おえー。自分のように視覚優位の人間には情景が十分以上に見えてくるので、まるでオカルト映画です。いや間違いなくオカルト劇音楽。「これでもか」というぐらいにおどろおどろしい音楽。初めてだから振替をしないで見ておこうと思ったわけでしたが、もう二度と見ない聞かない。

2人の歌手は特にメゾのフェルミリオンは声域の広さと、音量のムラのなさはすごいし、心理描写も素晴らしかったです。最初から最後まで、愛と、血の情景にかく乱された女性を歌い切りました。バスのザボももう少し音量があればいいかなという感じではなかったでしょうか。

読響はなんだか更にうまくなりましたね。
芸劇の1階は、2階・3階と比較すると全く響きが違います。1階の中央は音が輝きますね。残響はかなり長いです。


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