バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

本日の演奏者は次の人達です。基本オペラですので・・・
<主演>
聖フランチェスコ: ヴァンサン・ル・テクシエ(バリトン)
<準主演>
天使: エメーケ・バラート(ソプラノ)
重い皮膚病を患う人: ペーター・ブロンダー(テノール)
<助演>
弟子レオーネ: フィリップ・アディス(バリトン)
弟子マッセオ: エド・ライオン(テノール)
<準助演>
弟子ベルナルド: 妻屋秀和(バス)
弟子エリア: ジャン=ノエル・ブリアン(テノール)
<脇役>
弟子シルヴェストロ: ジョン・ハオ(バス)
弟子ルフィーノ: 畠山茂(バス)

本日のオーケストラ・合唱は次の人達でした。
指揮: シルヴァン・カンブルラン
合唱: 新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル(合唱指揮=冨平恭平)
コンマス: 長原幸太

カンブルランが長年やりたかったという曲目です。
正直に言います。しばらく読響会員をやっていますが、カンブルランには納得しない演奏も、満足しない演奏もあり、たまに素晴らしい演奏があります。しかし今夜初めて、カンブルランに対して心から賞賛の拍手とブラボーを送りました。

この「アッシジ」、1983年の初演は小澤征爾がパリ・オペラ座でやりましたが、その時小澤征爾48歳。カンブルランは35歳。今宵ンブルランは69歳。彼は初演を聞いて以来34年間、この曲を研究し尽くし、読響と国際的な歌手たちで本日その温め続けた演目をここに披露したというものです。ちなみに「アッシジ」の全曲演奏は今日が日本初演でした。とてつもなく素晴らしかったです。

大変長い曲です。3部構成で、全曲を一気にやったとしても4時間以上かかるオペラですから、これはもうワーグナーやヴェルディ並です。しかしワーグナーやヴェルディと違って、聖フランチェスコが主役で弟子が6、天使1、皮膚病を患った人1という極めて地味な人物構成の上に、「鳥たち」が登場するという、キリスト教をたたえる宗教音楽ですので、わかりにくいと言ったらこの上ありません。

自分などはどちらかというと、音楽史の流れの中で登場した音楽ではなく、バロック時代の宗教ストーリーが突然タイムトラベルして現代音楽に載った、というように考えています。バロックと言っても主に「xxx受難曲」と呼ばれるバッハのイメージです。ワーグナーやヴェルディとは到底同じ線上のオペラではないです。

「鳥たち」については、メシアンが野鳥が非常に好きで、野鳥の鳴き声を音符にしたといわれるほどです。「彼方の閃光」ではフルート9本でやちょうの鳴き声を表現していましたが、このアッシジではフルートはピッコロを含めて全部で6本。しかし「ひばり」は木琴・鉄琴で表現していたようです。3部8幕構成の音楽、打楽器軍団は「彼方・・・」にもまして大活躍で、4時間、全8幕通して木琴が鳴っていたような気がします。ヒバリの忙しく鳴きまくる様子のテーマが第1幕と第7幕、第8幕に登場し、2台の木琴が一糸乱れず弾きまくるのは圧巻でした。

もう一つ、鳥について・・・メシアンは、「好きだ」というだけで第6幕全部=約40分を鳥に費やすでしょうか。この幕はこの曲の中では独特で、宗教色は全くありません。聖フランチェスコは、あの鳥はどうの、この鳥はどうのと弟子マッセオに鳥の事を説明して、その挙句に鳥たちに向かって「キリストを信じよ、自己犠牲をしなさい」と説教をします。鳥たちは十字架の4方角に向かって飛び立って説法を行う旅に出ます。好きであればこそこの40分にいろいろなメッセージを載せられたのかもしれ前んが。「鳥」とは、実は自分の音楽の弟子たちとか、あるいはもっと広く「無知な人々一般」の事を言っていたのではないでしょうか・・・そこに込められたメッセージの一つはやはり宗教色が強く、新約聖書の福音にはない、新しい福音的なものを感じます。

最後は聖フランチェスコは、あまねく人類に愛を与える事ができる意識ができると同時に十字架に張り付けられた際のキリストの痛みを感じてキリストと同化して昇天します。ここまでに至る音楽は深く暗い抑鬱されたものですが、フランチェスコが逝去したのちの音楽は変わります。フランチェスコの昇天と復活に向けての祝福の音楽に代わり、最後は合唱とオーケストラによる極大フォルテシモで長調で締めくくられます。これは抑鬱された環境の中で溜まっていた人々のエネルギーが新たな光に向かって爆発する感覚です。ここまでの解放感と達成感のあるフィナーレはあまりないです。

演奏に関しては、聖フランチェスコ役でバスのヴァンサン・ル・テクシエが圧倒的でした。あんな歌声で何時間も歌い続けられるものです。観衆は全員ブラボーでありました。妻屋さんの歌声が大人しく聞こえました。皮膚病患者役のペーター・ブロンダーも素晴らしかったです。読響パンフを見ると多分この人が最も立派な経歴です。その経歴を証明するかのような輝かしくハリのあるオペラテノールでした。他のテノール素晴らしかったです。かなり難解なコーラスですが、安心して聞いていました。そしてプロ集団ならではのさすがのダイナミックレンジでしたね。こちらも聞けて良かったです。
音楽に没頭できた演奏は久しぶりでした。

曲目といい、その内容の深さといい、演奏の充実感といい、一生のうちもう二度と聴くことのない貴重な音楽を聞かせていただきました。ありがとうございました。

アメリカ行きのフライトの中で書いています。

昨日の演奏者
指揮:ミハイル・プレトニョフ
オケ:東フィル

昨日の曲目
グリンカ:
 幻想曲カマーリンスカヤ 、幻想的ワルツ、歌劇『皇帝に捧げし命』より第2幕「クラコヴィアク」
ボロディン:
 交響詩『中央アジアの草原にて』
リャードフ:
 交響詩『魔法にかけられた湖』、『バーバ・ヤガー』、『キキーモラ』
リムスキー=コルサコフ:
 歌劇『雪娘』組曲 
 歌劇『見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語』組曲
 歌劇『皇帝サルタンの物語』組曲
 熊蜂の飛行(アンコール)

昨日のホール
オーチャードホール


プレトニヨフの選曲であろうロシアの小品集で、リムスキーコルサコフのいくつかの歌劇の組曲で締めるという。正直言ってボロディンと最後のサルタン以外は全く聞いたこともない曲でした。

演奏も上手で、バランスも良く鳴り響いてました。
プレトニヨフはロシア人ですので、舞台の上はロシア並びです。セカンドバイオリンは舞台右で、チェロとベースはファーストバイオリンの背後にきます。木管の並びは、いつもと変わりませんが、ホルンが右側に並んでました。このバランスが良かったのでしょうか。少なくともホルンのきたないフォルテシモは直接的に届かず良かったです。

これらのロシアものを聴くと、自分にはこれぐらいの音楽がちょうどいいかなという感じがしました。どういう事かというと、木管の聴かせどころもタップリあって、そして弦楽器が綺麗に聴こえます。そして重要なのはメロディーラインがちゃんと誰がやっているかがわかるという事でしょうかね。マーラー、シュトラウスが好きでしたが、いや好きなつもりでしたが、ここらへんのロシアの音楽を聴いてひょっとしてこちらの方が好きだな、チャイコも好きだし、と思って聴いていました。

冒頭に書いた通り、今アメリカ行きのフライトの中でこれを書いてまして、、、脱線します。

”SCORE”という映画を飛行機の中でやっていました。今月から登場しています。Toda Nobuko、という日本人?がエグゼクティブプロデューサーと出ていました。このドキュメンタリーは米英の映画音楽の製作者たちが登場して、その制作方法、チャレンジ、楽しみ、魅力などを語っていました。映画のシーンと合わせて制作スタジオとか制作風景なども出てきて非常に楽しく見れました。映画音楽の作曲家としてはやはり、専門家の中でもジョン・ウィリアムズが第一人者として考えられているようでした。音楽とともに映画のシーンが登場しましたが、やはり彼の音楽は素晴らしい。今は亡きクリストファー・リーブも登場し「ジョンの音楽なしではスーパーマンは飛べなかっただろう」と言ったコメントを残していました。ジョーズのエピソードも紹介されました。

そして、次に最近の映画の音楽を数多く手がけていますが、ハンス・ジマーが、観客の気持ちの興奮を呼び起こす音楽を創り出したと絶賛されていました。自分も過去にどこかに書いたことがありますが、弦楽器にビートを刻ませるのです。多分最も有名なのはパイレーツ・オブ・カリビアンです。アクションものは特にそうですが、最近このタイプの音楽が多すぎて辟易する事がありますが、新しい時代を作り出したのだそうです。

このドキュメンタリーを見ながらちょっと考えていたのは、映画音楽は、コンサート音楽になるだろうか?歌劇になるだろうか?という事でした。

コンサート音楽にはなるでしょう。全部とは言いませんが。そしてジマー系よりもウィリアムズ系の方が、そしてさらにはアクション系以外の方がなりやすだろうなと思いました。SCOREの中では結構アクション系・アドベンチャー系の映画音楽が中心でしたが、それら以外の方がコンサートには馴染むのではないかという気がします。アクション系はやはりあのFSXや特撮の映像となかなか切れないというか、音楽が映像により一体化している感じがします。モリコーニの音楽などは、ヨーヨーマがカバー録音したりしてますしね。

ネタバレ的な話を書きましたが、ドキュメンタリーですので、クラシック音楽を聴かれる方は是非この映画SCOREは見られる事をお勧めします。

と、大分脱線しましたが、ロシア音楽集を聴いていて、「こっちが好きかなあ」と思ったのは、多分自分には映像が脳裏に浮かびやすいからだかもしれません。自分は音楽を聴いて映像と色が見えやすい方が好きな様です。マーラーは映像はあまり無いし、色は変わりやすいというか色んな色が混ざって見えますので複雑です。マーラーの音楽で気持ちが一つの方向に向かえる箇所を迎えるとホッとしますしね。

脱線に脱線を重ねましたが、プレトニョフと東フィルの組み合わせはいい感じでした。プレトニョフはバティストーニのように運動しないですが、ちゃんと決めてくれて東フィルはしっかりとついて行ってプレトニョフの音楽を奏でている感じがしました。

昨日の演奏者
指揮: リッカルド・シャイー
オケ: ルツェルン祝祭管弦楽団
ホール: サントリーホール (座席:2階右翼)

昨日の曲目
全曲R・シュトラウス。
―ツァラトゥストラはかく語りき
―死と変容
―ティルオイレンシュピーゲルの愉快ないたずら
―サロメの7つのヴェールの踊り(アンコール)

オールシュトラウスのプログラムという事、シャイー、そしてルツエルンという事で、興奮していきました。そしてその興奮は、演奏の中でさらに燃え滾りました。とんでもない演奏でした。

シャイーは彼が40年前にかそこらにデビューした当初からのファンです。最近はライプチヒと来た時に行った以来です。その時の演奏にはがっかりしましたが、あれはオケのパフォーマンスが問題でした。今回はかのルツェルンなので期待は高かったのです。ルツェルンは、スイスのチューリヒに近い市ですが、そこで毎年夏に行われる音楽祭の中心になるオーケストラです。亡きクラウディオ・アバドが音楽監督でしたが、彼の死後はリッカルド・シャイーが後任になりました。

ヨーロッパの有名オケは、夏の間長い夏休みに入りますが、その代わりに演奏者たちは、世界各地の「音楽祭」に招かれて演奏します。普通のサラリーマンであれば、1.5~2か月を会社を休んでも平気ですが、音楽家などそんなに休んでは腕がなまるので、アルバイトもかねて音楽祭のステージに載ります。最も有名な音楽祭は、ヨーロッパではバイロイトかザルツブルグという事になるのでしょうが、ザルツブルグは、レギュラーオケが載ります。基本的に夏休み前にベルリンだのウィーンが登場します。われわれの普通の夏休みからするとかなり早い7月中頃がピークです。

バイロイトとかルツェルンはオケが休みに入った後ですので、そこでいわゆる「祝祭管弦楽団」が編成されます。そこにはベルリン、ミュンヘン、バイエルン、ミラノ、コンセルトヘボウ他のスーパースター達が入りますので、それはそれは信じられないほどのハイパフォーマンスオケです。サイトウキネンと同じ、と言いたいところですが、そしてサイトウキネンに、ベルリンやウィーン、ボストンの人が入っているのも事実ですが、、、、

しかし、今は既にレギュラーシーズンに入りという時期でもあり、演奏者たちは自分たちの本拠地に帰ります。従って、ルツェルンという名前ながら、同じパフォーマンスかあるのか?殆ど毎年のようにウィーンもベルリンも来る日本なわけですから、今一つ不安定なルツェルン祝祭管に行く必要があるか?そうと思った人が多かったのでしょうね。サントリーホールは1/3はあるいはもっとかもしれません。空席でした。残念なことに。

しかしそのパフォーマンスは、不安を払拭するに十分でした。
フルート: ゾーン・ジャック(元コンセルトヘボウ)
オーボエ: ルーカス・ナチアロ・ナヴァーロ(元コンセルトヘボウ)
ホルン: アレッソ・アッレグリーニ(元ラ・スカラ)
トランペット: ラインゴールト・フレデリック(元フランクフルト)
チェロ: クレメンス・ハーゲン(ハーゲン弦楽四重奏団)
ビオラ: ヴォルフガング・クリスト(元ベルリンフィル)

といった常連のルツェルンのハイパフォーマーたちは、間違いなくこのステージに載っていました。つまり、トップの人々はすべて同じで、夏のパフォーマンスそのままに来てくれていたという事です。この人たちの肩書の「元」というのは重要です。殆どが大学の先生になっています。オケのレギュラーメンバーですと、母体オケのステージに載る必要がありますが、「元」の先生たちなので、ルツェルンオケの一員として日本に来る予定を個別に組めたのです。

前置きが長くなってしまいました。
ツァラトゥストラは、こんなにも一つ一つの場面が明瞭にしかし暖かく聞こえた演奏があったでしょうか。それぞれがわかりにくい9部構成の音楽なのですが―というかそのはずですが覚えてしまうと、まとまった音楽に聞こえてしまう不思議な音楽です―シャイーは、9つの難解な音楽=ニーチェの哲学を非常に暖かく伝えるように、しかしダレル事無く演奏させていた気がしました。

死と変容が圧巻であったと思います。地獄と天国を対比させた音楽が極めて明瞭に描けていました。地獄は厳しいです。天国はまさに、天からの声が響き、そして天に上る程の思いがあり、そして天に一旦昇り詰めるのです。そえでも地獄の声が聞こえてくるのです。最後は地上の不協和音で静かに終わるという人間の皮肉を描いた音楽ですが、あーも、こんなに素晴らしい音楽は聴いたことがなかった。

ティルとサロメは、テーマが両方とも単純ですので、非常に力強区メリハリの利いた演奏であったと思います。ツァラトゥストラや死と変容の様なメンタルな複雑さはありません。ティルも、サロメも、それぞれティルの悪遊び、多少恋する場面もありますが、と、サロメの妖艶な踊りの情景が描ければそれだけでいいと思っています。

ちなみに、最初からアンコールがあるというのはわかっていました。チェレスタがステージにデーンと載っていましたから。シロフォンも載っていました。チェレスタを使うアンコールは何かなー。と思っていました。実は期待したのはダンスはダンスでもバラ騎士の方でしたが、サロメでした。

改装されたサントリーホールは、中音がより残響がいい感じがあります。ドライさが薄くなった気がします。そして空調音がより小さく、そしてオルガンの音程もよくなりました。

オケのパフォーマンスは最初に書いた通り文句のつけようがありません。やはり超一流の外タレと日本のオケとは雲泥の差がありました。ハーモニーと音量のバランスは、レギュラーオーケストラでもないにもかかわらず、正三角形に構築されたハーモニーにはものすごい安心感がありました。

ルツェルンはトロンボーンはあまり感動しませんが、トランペットのラインゴルトは見た目はかなり怪しいおじさんになってきましたが、とんでもない人です。ホルンのアレグリーニはあの人を見るたびに、アレグリーニと呼ばれるワインを思い出しますが、髭と髪の形が変わるので同じ人間か?と思う事が良くあります。もう素晴らしい。しかし何より木管の人々のあの響き。ソロ奏者だけなく、2番、3伴奏者まで響きがそろっているのでオルガンのように響きました。金管でなく木管がです。びっくりしました。

チューバの人は多分チューバの容積よりはるかに大きい人が2名。パフォーマンスは間違いないのですが、肥満ですね、直さないと。

いやはや、とんでもない演奏会でした。


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