バリックの音楽ひとりごと

クラシック音楽の音楽鑑賞をメインにした、音楽なんでも日記です

2018年11月23日のコンサートログ。
場所はサントリーホール。 座席は1階割と前の方センター。

えーとこのメモはしばらくぶりです。
書いていなかった理由はこのコンサートログの後にちょっくら書こうと思います。
 
フランツ・ウェルザーメストはライブで見るのは初めてでした。ウィーンフィルは2011年ぶり。ブルックナーの5番という曲は、 スクロバチェフスキが来日できなくなって聴きそこなっているので、ライブで聞くのは、実にx0年ぶりではないでしょうか…録音ではアバドとウィーンフィルの演奏をよく聴いています。

ブルックナーの4楽章の大フーガはこれまで単調で冗長だと思っていたし、3楽章のスケルツオも長くて6番以降の快活さがないので眠い音楽だと思っていたのですが、とんでもない!とてつもない大感動の大曲で大名演でした。全体は躍動感と透明感に溢れていて、時間を全く感じさせませんでした。4楽章が終わってしまうのが残念で仕方なかったです。

考えてみればそれもそのはずで、リンツ出身のブルックナーにリンツ出身のウェルザーメスト、それにウィーンフィルですので、彼らが真のブルックナー奏者でなければ誰がブルックナーの演奏ができるのでしょうか?ソリッドで粘りのあるしなやかさがありながら透明感に溢れ、楽器は完璧なバランスで、もちろんほぼノーミス(ウィンナホルンでノーミスでブルックナーをライブで吹くというのは無理だと思っていましたから)で、と超偉大なワインのようなのでした。

ウェルザーメストの指揮は派手さはゼロで、そう面白くもありませんでしたが、締めるところはしっかり締めて、しかも個別の楽器によく見て指示を与えていました。相変わらずウィーンフィルは奏者はほどんど男性でしたが、荒らさのかけらもありませんでした。

日本のオケだとあそこまでフォルテシモが続くと最後の方は結構荒れた感じになる事が多いですが、やはり世界一のオケでした。最後の最後までヴィルトゥオーゾ性は完璧なままでした。

たまには世界一の外タレも聴きに行かないといけないですねやはり。
心が洗われた時間でした。


このメモは半年以上休んでいました。
理由は難聴でした。5月の連休明けに突発性の難聴になり、2ヶ月ほどはかなり調子が悪かったです。その後も「低音が余計に頭の中で響く」、という状況が続いていて、コンサートに行っても果たしてちゃんとした音を聴いているのかがわかりませんでした。定期公演の半分は、カミさんに行ってもらいました。

もうあまり気にならなくなりましたが、次のような3種の神機は苦痛を和らげるのに役立ちました。
 ーボーズのノイズキャンセリングイヤホン
 ーソニーのノイズキャンセリングヘッドホン
 ー耳栓

海外出張は多いですので、こういう道具は機内では使っていましたが、難聴時に役立ちました。何か聴いているのか?というとイヤホンジャックの先端には何もつけずに、ただ周囲の音を消すのに使用していました。一番きつかったのは実は空調音でしたので、仕事をしながらでもずっと使用しておりました。

今の世の中、いろんな雑音があるものだと改めて認識し直しました。実家に帰ると全く音がない(虫の声ぐらいはありますが、自然の音です)ですが、東京だと人工的な音がない空間、時間などないですからね、こういうのは知らないうちにストレスになっているのかなーなどと考えた次第でした。
それもようやく復活できたかなという状況です。

 

今日の演奏者
指揮: アジス・ショハキモフ
ピアノ: ガブリエラ・モンテーロ
コンマス: 林 悠介

今日の曲目
ムソルグスキー/リムスキー=コルサコフ編: 交響詩「はげ山の一夜」
ラフマニノフ: ピアノ協奏曲 第2番 
チャイコフスキー: 交響曲 第5番

今日のホール(座席)
東京芸術劇場(3階席右、高さ位置的には2階席センターと同じ)


今日の目的はモンテーロでした。
隠しているわけではないですが、実はモンテーロの大ファンです。モンテーロはクラシック界ではかなり異端児です。アルゲリッチが「かなりの才能」と言ったという話はありますが、それはどういう意味だったかは謎です。アルゲリッチ自身、今でこそ大御所中の大御所ですが、アルゼンチン生まれ、男勝り、かつ実力も大方の男性を上回っていたので、、、1965年のショパンコンクールの優勝は皆が知るところですが、アルゲリッチ自身がそうであった事もあり、時代の寵児?異端児?好きなのです。

モンテーロはクラシックもこなし、、、クラシックと言った時には、ロシアも含む欧州の作曲家による音楽の事ですが、アメリカ、ラテン・アメリカの曲もこなします。そしてそれ以上に、即興演奏もやるのです。

今日もやってくれました。ラフマニノフの後に、他の観客の皆さんはどうか知りませんが、というか知らないと思いますが、自分には「必ずアンコールには即興をやる」という「確信」がありました。

何でそんな確信があったかって?
これですよ。
https://www.youtube.com/watch?v=N4BOzusWiwE

映像はないですが、ほとんど今日のやり取りと同じです。で今日はアンコールの曲の題材を出してくれたのは、フルートの倉田さんで、「夕焼け小焼け~の、赤と~んぼ~」ってフルートで吹いてくれたのです。最初は客席に向かって「何か知ってるフレーズちょうだい!」って感じでしたが、結局倉田さんでした。

モンテーロは、フレーズを覚えようとして5,6回ピアノで復唱しました。「レソーラシレソミレ」とフレーズを繰り返して、そのあとに出てきた演奏はまさにバッハの平均律風の音楽でした。しかーし、残念ながら「赤と~んぼ~」の部分は聞けませんでした。「夕焼け小焼け~の」の部分すなわち、「レソーラシ」のアレンジのみでした。それで「これで終わるのかなー」と思っていたら、ラグタイム風の音楽を始めました。というかラグタイムでした。そのラグタイムで終わりました。

日本の曲よりも、↑にURLを入れたYouTubeにあるような「きらきら星」のようなよく知られた曲を言ってあげると良かったんだと思います。まあ、しかしそういう「場」自体も即興の一部ですからね。観客はなんだかんだと楽しんだんだと思います。

明日のチケットないんですよねー、、、。明日は大勢の人が「この曲やって!」と用意していくに違いありませんが、このブログを見ていける人は、、、


あ、自分にとってのメインは、モンテーロの即興だったのでラフマニノフとチャイ5はどうでもよく、、、いやそういうわけではないです。

モンテーロのラフマニノフをひく姿は、彼女は態度が大きすぎて「リラックスしすぎ」「女マツーエフ風」と映りました。衣装がまたドレス着てないし、買い物に出てきたおばさん風でしたし。繊細さは正直ありませんでした。期待もしていませんでしたし。

ちなみに自分はモンテーロのアルバムはラフマニノフ以外はすべて持っているのです。それぐらいにファンなのです。ラフマニノフを持っていない理由はSpotifyで聞けるからという事なのです。それを聞いた限りでは「なんの変哲もないラフマニノフ」という感じだったのですが、今日の演奏は、その録音と比較すると非常にテンポが揺れました。ライブならでは、と言えないことはないですが、しかしこれは指揮者であるショハキモフのテンポだったかもしれません。

特にテーマが変わる時の、入りは、必ずと言っていいほど、普通の指揮者がやるテンポよりも、それまでの音楽と相対的にという意味ですが、遅いテンポで入っていました。第1楽章の後半に登場しますが、オケとピアノで盛り上がるときにテーマを殊更に遅く弾くというのは録音と同じでした。

話は「また」飛びますが、モンテーロはベネズエラ出身です。ベネズエラというと思い当たる人はいるかもしれませんが、かのグスターヴォ・ドゥダメルを出した国であり、シモン・ボリバル・オーケストラを生み出した国です。全世界的に称賛されている「エル・システマ」と呼ばれる貧困から立ちなおさせる目的で生まれた音楽教育方法を生み出した国です。まあ政治的、経済的にはいろいろありますが、、、最近に始まった事ではありません、、、仕事で行っていましたので知ってます、、、それにも関わらず素晴らしい音楽に満ち溢れた国です。

ライブでは、協奏曲はすべからずフォルテシモでは必ずピアノの音はオケに負ける。と思っていましたが、というかそういう事が多いですが、女マツーエフはしっかり対抗できていて、もう単純に「外人は女も男に負けないよなあ」と感心しておりました。自分がモンテーロを好きなのはあくまでソロで、即興とかラテンをやるピアニストとして好きだったので、「オケとやりあう人だったのはすごいなあ」と、ここでアルゲリッチがほめた理由がわかった気がしました。普通のクラシックプレーヤーとしてオールマイティ+アルファという事だったのですね。あ、そうは言っても繊細さはあんまりわかりませんでした。

今回リサイタルはどこでやっていたのですか?結局知らないままで行けなかったようです。


チャイコは、ごくフツーの演奏でした。読響がショハキモフ若造に棒を振らせてました。昔ウィーンフィルが、カール・ベームに棒を振らせていたように、、、ってか。

そういえばモンテーロは。アンコールを始める前に「20年ぶりに日本に来て、若造指揮者のサポートで演奏する事が出来て良かった」というコメントをしてましたが、これが皮肉だと読響のマネジメントはわかってますかね?モンテーロは40歳中後半、ショハキモフは29歳ですからね。

4楽章の中間ぐらいまでは「まあ大した演奏じゃないし、大した指揮者ではない」と思って鑑賞していましたが、やはりチャイ5という曲そのものが持っている盛り上げ感と言いますか。その曲をステージやると、あるいは客席で聞くと、どうしても盛り上がる!という曲はありますが、その曲の一つはこのチャイ5ですよね。最後のコーダで、バイオリンとトランペットが旋律、副旋律を奏でる時はもう手に汗握っておりました。終わった瞬間にブラボーを叫ばないわけにはいかないのです。

ショハキモフに関しては、あの振りで流石に読響はついていけるのですが、まあ、スタイルと言えばそうですが、強拍でかつ小節の第1拍を上に振り上げるという事をやっていました。カンブルランとかヤルヴィはやりません。棒を上に振り上げる場合、その後に下に振り下ろす次の拍はさらに強い音を要求するというのは常識なのですが、、、「あれだと難しいなあ。何がいいのかなあ」と、後ろで見ていてそう思っていました。もう一人の若造バッティストーニでさえ、いきなり振り下ろし強拍はありますが、振り上げ強拍はない気がします。

ちょっと書きすぎました。







2018年4月20日

演奏者
指揮:カンブルラン
オケ:読響
コンマス:小森さん

曲目
アイヴス:ニューイングランドの3つの場所
マーラー:交響曲第9番

場所
サントリーホール(一階中央)


アイヴスはライブでは初めて聞く曲です。アメリカは身近ですが、アメリカの作曲家の音楽ってあまり聞く機会がないですね。まだ古典というかクラシックではないのか、あるいは演奏するには何かが足りない音楽なのか、、、アイヴスってかなり前に交響曲第3番を聞いて「まだ自分には早すぎ」と思って以来しばらく近づかなかった作曲家でした。

ニューイングランドというのは、どうでもいい事ではありますがアメリカの東北6州の事です。全体で自分が良く言っているミネソタ州と同じ大きさです。

この曲が作曲された1910年ごろのアメリカは「進歩主義時代」という時代に入っていて、腐敗の浄化とそれと一体化して進んだ禁酒法への前哨的な、一方で工業化の推進など激動の時代でした。この曲の作曲は、ニューイングランドが近代化まで推進したアメリカ建国に対して、コネチカット生まれのアイヴスが古き良き時代を懐かしむオマージュだったと思います。

そう思ってこの曲を聞くとこの曲の内容は良くわかります。懐かしみを感じさせる俗謡が多くあらわれてくる中で、工業化を表すような元気のよいマーチが現れ、かと思うとちぐはぐなスネアが奇妙なリズムを刻んで社会の混乱を映し出している、、、という曲の構成が良くわかります。アイヴスは結構世相を表す音楽が多いです。

スポティファイでも聞けますので、この読響の演奏を聞き逃した方はそちらを、、、

いやその読響が問題。というかカンブルランが問題。予め勉強していくと割とすんなり聞ける音楽ですが、前回も書いた通り、カンブルランは全部の音符を聞かせようとするので、難解な曲(さすがにアイヴスの初体験からx0年も経つとさほどでもないですが)は初めて聞く人にはやはり難解にしか響かないと思います。パンフレットに書いてあるような俗謡の音楽はどこに出てきたの?という事で終わったでしょう。

第2曲の「コネティカット州レディングのパトナム将軍の兵営」のマーチのノリの悪さは気に入りませんでした。打楽器は「社会の混乱」の模様なのですが、音楽が混乱していて「社会の混乱」までわからなかった。スネアは実は「シュッシュッポッポ」とかもやるんですが、、、、オルガンは第3曲の「ストックブリッジのフーサトニック川」で使われます。ベースやチューバと同じようにロングトーンだけじゃないところはちゃんと出てほしかったし。読響は現代曲はすっきりできないです。カンブルランのせいかな。


マーラーが当然メインです。9番というと若い頃何度も何度も聞いたものです。カラヤン/ベルリン・フィルでした。「箱」に入ったLPを買い、あ、まだ持っていると思いますね。いやはや何度も聞きました。9番に関しては、その演奏が染みついているので結構厳しく聞いてしまう癖があります。

しかし演奏全体は素晴らしかったです。
前回の読響の演奏は6年前で、指揮は尾高忠明でした。その時の演奏も良かった記憶がありますが、今回も良かったです。弦主体になる第4楽章は本当に素晴らしかった。
とは言っても通り言いたいことは結構あって、、、
  • 1楽章と4楽章のテンポは良かったです。しかし2楽章と3楽章はあんなに停滞する音楽では困る。3楽章のスケルツオ?ブルレスケ?に関しては、あのテンポで伝えたかった意図はわかるのです。4楽章のアダージョの第1テーマが3楽章に濃縮されて入っているというのを殊更聞かせたかったかな、と。かなり明確に聞かせてました。しかし後ろのめりのテンポじゃあ3楽章の快活さがなくてつまらない。
  • 2楽章はテンポと関係ありますが、あんな重い音楽にしちゃって。もっと軽くやっていただきたかった。音をいちいち立てて聞いてると疲れますよね。それは4楽章まで取っておきたいのです。4楽章は音を全部聞いて体にしみこませたい。という音楽なんですから2楽章でやらないで。
  • ホルンのゲシュトップの練習やり直してください。ゲシュトップとはビービーとやる演奏法の事です。「1楽章にはあんなにゲシュトップがたくさんあったんですね」って思わせちゃダメでしょ。緊張で音が上ずる件に関しては、はい、プロでもありますよね。それはいいのです。一方、松坂さんがトップでしたが、ほぼパーフェクトで素晴らしかったです。「それスラーでお願いします」って箇所は何かありましたがブラボーも結構でしましたし、たしかにそれに値する演奏でした。彼、最近太ってきているのが気になりますが。
自分は9番の4楽章に関しては、外から見ると「看取りの音楽」、自分主体だと「昇天の音楽」だと思っています。(3番の6楽章はもっと積極的に天に向かう音楽なので少しニュアンスが違う)いずれにしても9番の作曲でマーラーが自分の死を意識していたのは明らかです。第1テーマが簡単に展開しつつ最後まで続きます。上にも書いたようにそのテーマを第3楽章にも入れています。死のにおいを諧謔(ブルレスケ)=それまでの人生、の中に入れ込んだのですから。

マーラーはこの曲の演奏を聞かないで死んだようですが、彼の頭の中ではこの曲が鳴り続けていたのだと思います。変な比喩ですが、もし死の床でこの曲を最後まで聞いてしまうと死なないわけにはいかない感じはあります、この4楽章のエンディング。今日の演奏は最後はそんな風に締めくくってくれましたので、すべて「よし」でした。

ちなみに自分はラ・ヴァルスを聞きながら昇天したいです。楽しんで踊りまくった後に「コテ」っと。

サントリーホールの音響ですが、やはり1階と2階では下の方が低音が響くと思います。あと先週2階で気になった金属音がしませんでした。


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