紅鮭的バソン練習日記 (仮)村上茂樹

専らバソン以外の雑記を綴ってます

アイドルと話す

 たいへんご無沙汰しておりますが、皆様お元気でいらっしゃいますでしょうか。

 わたくしの近況報告としましては、別段これといった変化はないのだが、強いて挙げるならば、淡々お座敷と日々の業務をこなし続けてきたところ、光陰人を待たず、気がついたら50歳を超えてしまったことぐらいだろうか。色々なところで経年劣化著しいものはある。

 さて、約3年振りの投稿となるのだが、この2,3年、要するにブログを更新しなくなってからというもの、カメラを持ち歩いては、ひたすら街中の、特に台東区上野を中心にして、スナップを撮ることに熱中している。先日も、陽射し厳しい酷暑の中出かけきた。
EOS 6D201508011690

 仙台からこちらに越してきて再発見したのだが、上野という街は、人もいる、動物園もある、イベントもある、自然もある、都会である、芸術の香りもある、飲み屋も多い、昭和チックな妖しいエリアもある、何より歴史がある、といった具合に、被写体としてとても表情が豊かである。この日も、上野公園内の大噴水前のスペースでイベントが開かれていた。周囲には屋台の類いが多数出店し、食欲をそそる焼き物、汁物の香りが立ちこめ、そして何より「生ビール」の幟に目がいってしまう。 
 紙コップのビールを手にして、特設ステージ上で繰り広げられる台湾の民族舞踊や、着物・浴衣ショーなんぞを眺めていると、そのうちにピンク色のヒラヒラフリフリしたおそろいのワンピースを着た8人組みの女子アイドルグループが登場して、ステージ上で激しく踊り、歌いだした。こちとら51歳のオジサン、アイドルグループなんざを目の当たりにするのは産まれてこのかた初めてだ。物珍しさというのもあるにはあるのだが、正直なところ半世紀生きてきての僥倖だ。
 さて、そのアイドルグループのステージも終わり、こちらもそろそろ巣鴨辺りの飲み屋に移動して、本格的な飲みの態勢に移行しようかと思い、紙コップを処分して移動しようとしたところ、先ほどのアイドルグループの一人がチラシ‐今後のライブ予定やらCD発売予定やらが記されている‐をわたくしに手渡してきた。瞬間「なぜわたくしに渡す?」という疑問をもったのだが、おそらくはわたくしの若々しい容姿を前にして、20代の男性と見間違えてしまったのだろう。無理もない。なにせとにかく暑かった。それはさておき、以下会話の内容。

ア:こんにちわー、よろしくお願いしまぁーす
私:ステージ聴いてたけど、口パクじゃないんだね
ア:ちーがーうーよー(“口パクなんてしないよ”の意か)
私:初めてアイドルのライブ聴いたけど、すげー頑張ってるの見てちょっと感動したわ
ア:ほんとうにぃ?それってちょう嬉しいんだけどぉ。ありがとー!ねぇ、チェキ撮ってく?
私:あぁ、そういうの遠慮しとく
ア:だよねー、ふつー撮らないよねー、じゃーねー!
私:……

 少女よ。16歳の少女よ。
 アイドルだからといって、51歳のオジサンにタメ口をきいてはならぬ。

まつり

季節はめぐり秋となった。

 皆様おばんです。
 ほぼ月刊状態になってしまい、読者諸氏に対してまことに恐縮至極である。弁明を許して頂けるのであるならば、このところ大変疲れている。さておき、つい先日までの汗ばむような日差しはいずこへ、ようやく10月と呼ぶにふさわしい気候になった。読者諸氏におかれましては、如何なる秋をお過ごしになられていらっしゃるのだろうか。

 わたくし個人的には秋といえばこれだ。
 音楽祭といえば、ザルツブルク音楽祭とかバイロイト音楽祭とかが有名だが、これらのいずれも「おんがくさい」と読むのであって、「ざるつぶるく おんがく まつり」とは絶対に読まない。仮に「バイロイト音楽まつり」というものがあったとしたら、いったいどの様な内容になるのだろうか。あまり突っ込んで書くと色々差し障りがありそうなので慎んでおくが、とりあえずメインの曲は「エルザ」になるだろう。AKBとかとカップリングしてもさほど問題ない。それと会場では何かしらのグッズの販売を行っていて、加えて軽食―今の季節なら肉まん―の屋台は絶対に出ていると思う。富士宮焼きそばの屋台も必ずある。
 世をすねたような物言いで申し訳ないとは思うのだが、それにしても、この「音楽まつり」というタイトルは、誰が名づけたかはいざ知らず、日本人の感受性にダイレクトに訴える素晴らしいネーミング・センスだと思う。
 何せ日本人は大のまつり好きだ。ググってみれば世の中には多種多様なまつりが存在することが分かる。ちらと検索してみただけでも、「桜まつり」、「雪―」、「筆―」、「刃物―」、「ビール―」、「酒―」、「サンマ―」、「牡蠣―」、「ゆるキャラ―」、「ツインテール―」、「ママ―」、「浴衣―(キャバクラ)」、「ミニスカポリス―(同左)」などなど、広辞苑に記載されている全ての名詞にまつりという言葉がつきそうな勢いで引っかかる。わたくし、まつりというものには基本的に嫌悪感を抱いていて、特に褌一丁の男集が何やらわいわい騒ぐ類のまつりは最も苦手なのだが、その反面「ママまつり」にはちょっと興味がある。「ツインテールまつり」があるならば「ポニーテールまつり」があってもよさそうだ。あるならば是非とも参加してみたい。

 ところで世間一般的に秋といえば―使い古された陳腐な表現で何だが―芸術、食欲、スポーツ、何だかんだの秋である。いずれの言い回しも、今年48才の立派な中年であるわたくしが幼少の頃から言われてきたことのなので、なにを今更かとも思うのだが、酷暑から解放されていろいろな面で活動的になれる季節、といった理由で今まで使われてきた慣用句なのであろう。温暖化の危機が叫ばれて以来久しく、今年の夏も気が滅入るほどの暑さであった。宮城県育ちの家人においては、相当この夏の暑さがこたえたのか「まだ家の中に蚊がいる、もう3日間も一緒に暮らしているが、まだ血を吸われない」等といささか調子のくるったことを申し述べているのだが、昭和初期の荷風の小説を読んでいると「今年は12月になってもまだ蚊が飛んでいる」といった表現が出てくるので、意外に昔からこんなものなのではなかったのかと思ったりもする。
 荷風といえば、この文章を書いている最中、気になることがあったのでウィキで検索してみたところ「濹東綺譚」は3回映画化されていることを知った。1960年と1992年に有名な俳優をキャストにして作品化されていて、とくに1992年版は―ご存知の方はご存知―墨田ユキが出演している。ウィキによると2010年にも映画化されているのだが、公開時のタイトルは若干変更が施されていて、なんと「癒しの遊女 濡れ舌の蜜」だそうだ。小説中に直接的な性行為の場面は描かれていない―全て事後の描写―ので、この調子で拡大していけば「雪国」なんかもいとも簡単に成人映画になってしまう。「三四郎」とか結構刺激的になる。

 文字通り再三述べるが、この手の小エロネタは得意なのだが、今回はあまりぱっとしなかった。

古書店にて

サンシャイン水族館のアシカ

おばんです

 ようやく夏が過ぎ去ったようだ。

 仙台から埼玉の吹奏楽隊に転勤してから早5年余、どうしても埼玉の夏に体が順化しない。年々、夏を迎えるたびに体が弱っていくような気がしてならない。
 関東の他の県の夏がどういう風になっているのかはよく知らないが、ここ埼玉の夏はとにかく暑い。どれくらい暑いのかというと、8月の真っ盛り最の中、東部東上線に乗り池袋で降りると、東京都内は、暑いは暑いにしても、埼玉に比べればまだ過ごしやすいのだ。一言で言えば、埼玉の夏とは、井上陽水の「少年時代」と言おうか、川原に落ちているエロ本と言おうか、とにかく粘着質な湿度を伴った暑さだ。
 5年前に埼玉に転居してきたのがちょうど8月の3日で、今年に負けず劣らずの暑い夏に閉口したものだったが、漠然とではあるが、2年も過ごせば体が慣れるような気がしていた。如何なる理由からかというと、仙台の冬の寒さに慣れるのに2年かかったからである。
 岩手、秋田や青森には及ばずとはいえ、最初の年に迎えた仙台の冬は、とにかくきつかった。11月ともなると、北の空が真っ暗になって、穏やかな空気の中にも、何やら鋭角とも感じ取れる風が吹いてきて、師走の月には、晴天の、乾いた空気の中に、ハラ、ハラ、と雪の欠けらが吹いてきたりする。最初に迎えた年末年始休暇の際には、これ以上ここには居れないとばかりに、21時仙台発の新幹線で東京に逃げ帰った記憶があるが、今思えば、あの肌が突っ張り気きるような寒さが懐かしくてしかたがない。

 冬に思いを馳せるにはまだ季節が早すぎる。
 今年の夏も、カメラを携えて東京都内を徘徊していたのだが、さすがに暑かった。上野公園で見かけたのだが、2羽のカラスが木陰で何もせずにうつむき加減に、ただただ休んでいたほどである。わたくしも、ただカメラを肩にかけたまま、一度もバッグから取り出すことなく、汗をかきかき漫然と歩いては、帰りがけに池袋の立ち飲み屋で飲んでから帰るだけという日が、数日ならずあった。連中にとってもさぞかし辛い夏であったことであろう。
 昔、ある人と話していた際に、「上野も東京だから」とわたくしが発言したところ、その人に「上野は東北ですからね」と言われたことがある。うまいことを言うもんだと膝をうった。たしかにそう考えみると、新宿あたりは三多摩辺りの、都会的とは言いつつも、裏の方は実に田舎くさいイメージと重なるし、渋谷は神奈川と直結しているので垢抜けている。上野はというと、いまだにもっさりとしている。30数年前の寅さんの映画で、上野駅前で撮影されたものがあるのだが、今とほとんど変わらない。というか上野駅自体が関東大震災直後に建設された駅舎なのだから、ある意味当然かもしれない。
 そんな古式ゆかしき上野の街を歩いていると、色々と面白いものがある。この夏、あまりにも暑いので、ひと時の涼をとらせてもらうために、駅前にある古書店に足を踏み入れた時のこと。書店なるところは、入って直ぐの場所には週刊、月刊雑誌、中ほどは文庫本、新書本、奥の方は参考書や辞書といった類に、書物をジャンルごとに分類して陳列してある。古書店も基本的には同様であるが―神田の古書店辺りは相当マニアックな世界になるが―新書店の品揃えとはちと異なり、「初版本」だけの一画があったり、地方でしか流通しなかった郷土史のコーナーや、映画のプログラムが山積みされてあったりする。その古書店も同様の陳列様式ではあったのだが、少々他店とは異なる陳列であった。
 エロコーナーがとても充実していたのである。
 正確に記すならば「コーナー」ではない。というのも、入店し、レジ前に配列してある「戦記もの」などを手に取りしばし目を通してから、横に移動すると、そこには「人妻・熟女専門写真集」なるコーナーが唐突に現れる。そこを通り過ぎると、今度は純然な歴史書の陳列棚があるのだが、歴史書をやり過ごしたところには、団先生や宇野先生ら、キラ星の如くの巨匠の手による「アダルト小説」の文庫本がぎっしり棚につまっている。高校生時代に思いを馳せつつ、それらの小説を手にとりしばし読みふけるも、正気に戻り、隣のコーナーに移動すると、そこにはわたくしが最も愛読するジャンルである自然科学系、それも生物学系の分厚い古書が棚積みされている。入社したての頃の薄給では手の届かなかったローレンツの論文集などが比較的安い値段で売られていたりする。「これ欲しいなぁ」と思いつつも、隣の棚に目をやると、そこには「OL」「白昼のオフィスで堂々と」などと扇情的な文字が記された中古DVDを置いてあったりする。
 そんなかんなで、広い店内に所狭しと置かれた純粋な古書の大広間に、ぽつぽつとエロのアイランドが十数箇所設置されてある、これまでに全く見聞したことのない販売形態の古書店であった。
 とりあえずエロ系はさておき、当ブログでも「本を読む」とか題して備忘録的名カテゴリーを設置してある通り、本の虫とは言わないまでも、本を読むことにはたいそうな喜びを感じているわたくしである。いろいろな古書店をめぐって感じるのは、売り場面積に比例して大概2,3冊は読みたいと思う本、読みたかったと思う本があるものである。その日も隅から隅まで丹念に探してまわった結果、一冊の本を買って帰ろうと思った。その本のタイトルは―うろ覚えなのだが―たしか「マンガで憶えるSMの知識〜誰でも出来る亀甲縛り〜」とかなんとかいうものであった。価格も500円だったので、いそいそと会計を済ませようとレジに足を向けたのだが、そこに座っていたのは、制服にエプロンをかけた女子高生だったので、すっと棚に戻しては何も買わずに古書店を後にした。お前は中学生かという。職場の公式サイトの方で「いざさらば、夏の光と陰よ」などという言葉を使用してみたのだが、こんな話じゃ陰ばっかりだ。

 まぁ話としてはこれで終わりなのであるが、この手の小エロネタには事欠かない。

B99

 先日、新潟のお座敷に向かう途中、関越道サービスエリアでのこと。喫煙所でタバコを吸っていると、短いスカートとタイトなTシャツ姿のJTキャンペーン嬢に「只今お試しキャンペーン中です、もし宜しければ1本いかがでしょうか」と、とても細いタバコを差し出された。

 初夏の、それも正午近くの強い日差しが照りつける中の、大汗を流しながらの喫煙時間であり、何よりもそのキャンペーン嬢自身もかなりの汗をおかきになられてて、こちらとしても少々億劫ではあったのだが、邪険に断るのも大人気ないので、差し出されるまま無言で1本を手に取った。もしかして火をつけてくれるのかと自分のライターを出すのを逡巡したのだが、どうやらそこまではしないらしい。とは言いつつも、そのような意地汚い助平心は全く持ち合わせていないのだが、それでもわたくしとすれば、片手にさきほど自分で火をつけたタバコを指にはさみつつ、新たなタバコに自分で火をつける破目になったのであるから、せめて「無理やり吸わされた感」を、そのキャンペーン嬢には醸し出して欲しかったとも思う。

 それはともかく、その細いタバコ―通常のタバコが認印くらいの太さとしたら、そのタバコは訂正印くらいの太さか―を吸ってみると、細い割には強い抵抗感があった。この辺り、非喫煙者の方にとっては不愉快な話だと思う。吸い終わらないうちに、件のキャンペーン嬢が「もし宜しければご感想聞かせて頂けますでしょうか」と言ってきたので、“細い割には吸いごたえがありますね”とそのままの感想を言ってみたところ、「ありがとうございます、当社独自の調査でも、なんと99パーセントの方々から、従来製品と全く変わりない、とのご回答を頂いております」と言いながら、自分の胸元の着けてある「99」と大きく書かれたカンバッジを指し示した。よくよく見るとそのキャンペーン嬢のバストはゆうに99センチくらいありそうだった。

 凝視した。

閑話休題

 皆様たいへんご無沙汰しております。

 所属する吹奏楽隊の公式サイトの編集を命ぜられてから早3年目。FTPソフトも企業向けの大規模な作業も実行できるものに換装されたり、最初の頃は自分でも「キモチワリー」と感じてしまう、やたらウェットな“ですます調”の文章もさほど気にならなくなり、だいぶこなれた作業を実行できるようになってきた。が、それに反比例してプライベートのブログについては一切筆が進まなくなってしまったのは、読者各位様皆一様にお気づきのことと思う。それは何故か。

 自分でもいろいろと理由は思いつくのだが、楽器を放り出して朝からPCを前にして、極力差し障りのない上品な文章を練っていると、さすがに帰宅してから駄文を推敲しようという意欲が薄れてしまったのは事実である。また、公式サイトの編集に携わるようになるのと同時に、中級機種の一眼レフのカメラを購入したのも一因である。それまではどこに出かけても、どこに呑みに行っても、主として「耳」からの情報を収集するようにしていたのだが、このところは常に重い一眼レフを持ち歩いているので、「目」からの情報を重要視するようになってしまったからかもしれない。周囲の言語的なやりとりに注意をはらっていないと、なかなか文章は書けないような気がする。そして何よりも、昔は「指が回らないまま本番を迎えた」「何だか訳の分からねー曲だ」「本番で使用したリードは、2年前に師から頂いたリードだ」「とかいったことを平気で書いていたのだが、公式サイトの「自称ウェブマスター」を名乗ってしまうと、さすがにそういうことは書けない。というか、本来絶対に書いてはいけないことだ。ちなみにそのような諸々の個人的な状況に関しては、現在もほとんど変化がないのだが、それでも人間は少しずつでも成長するものなのである。明日の山梨のお座敷で使うリードは、半年前に自分で削り今日までひたすら酷使してきたものだ。

 それはさておき、意を決して唐突にブログを復活させることにした。これに関しても自分なりにいろいろと理由はあるのだが、第一には職場の公式サイトでの筆致の向上のために、普段から発想を広く展開し、自由闊達な文章を書く技量が必要かな、と思い至った次第である。あくまでも常に業務至上主義、常在戦場、これがわたくしの真の姿である。
 とは言いつつも、残念ながら今後の方向性については未だ定まっていない。言うに及ばず「お座敷ネタ」は書けないし、下手な「身内ネタ」もご法度である。職場の公式サイトは、日々結構な数の方々にお読み頂いているので、つまらないことをこのブログで書くと「吹奏楽隊公式裏サイト」になってしまう危険性を大きくはらんでいる。とういうかこの時点で既に裏サイトめいていないか。
 本日の投稿にしても、相当の熟慮と多大な推敲を重ねた結果の文章であることを読者各位におかれましては、是非とも行間から感じて頂きたいという重いが大である。本来、この投稿の書き出しは、上野動物園で一眼レフを構えていた時に耳にした、大学生風のカップルの会話から始まっていたのである。つまりそれは

女「ちょっとお手洗い行ってくるね」
男「授乳室に行ってくるの?」
女「えぇ、ちがうよ。お手洗いだよ」
男「なんだぁ、ついでにおっぱいの様子を確認させてよ」
女「何バカ言ってるのぉ」

閑話休題

桜が満開になった云々


という書き出しであったのである。背後のこのバカップルの会話を聞いていたわたくしは、てっきり若い夫婦の会話かと思ったのであるが、振り返って確認すると、どう見ても夫婦者には見えなんだ。それはともかく、読者諸氏におかれましては、どうか今夜のこの文章を心して読んで頂きたいものである。このような駄文とは言いつつ、実に4月の初めから、延々5ヶ月にわたる読み直しと推敲を重ねた上に、ようやく投稿に至ったものなのである。というわけで今後どのような展開にするのかは決めていないのだが、もし宜しければ以前のごとく、たまに当ブログをチェックして頂けるのならば無上の喜びである。

 ちなみに、この手の小エロネタは得意だ。

夕張夫妻

てんとうむし

厚木の人様へ
「私もやるときは泊りですよ。カミさんが・・・」というコメントを一目見た刹那、「そんなこと誰も聞いてない」と思ってしまったのですが、よくよく読むと別の意味でしたね。

閑話休題

 先日、上野動物園を散策していたところ、若いママが子供(就学前、男子、ツヨシとしておく)を叱りつけていた。

ママ:「ねぇ、ツヨシ、さっきテントウムシふんづぶしたでしょ」
息子:「うん」
ママ:「わざとやったの?」
息子:「うん」
ママ:「なんで、そんなひどいことするの?テントウムシだってちゃんと生きてるんだからね、そんなことしちゃ絶対ダメなんだからね!」
息子:「だって・・・」
ママ:「だってじゃないの!いい?今晩来るからね、テントウムシのお化け。でっかいのが絶対ツヨシんとこに来るからねっ」
(ツヨシ、泣きだす)

ladybug
こんくらいか

掛川へ

こんばんは

 実は医師からの指示により、この1週間は楽器を吹いていない。冬のこの季節、お座敷に呼ばれる回数も減るので、さらうには絶好の時期なのだが、指をくわえて7日間を過ごした。不安があることはあったのだが、普段から追われるかの如く楽器をさらっている身としては、堂々と楽器を触らない1週間で少しばかり心が落ち着いたような気がする。ところで本日に診断があり「楽器は解禁します」と言われたので、その気になれば夕刻から職場に出向いてさらうことも出来たのだが、とりあえず明日からさらうことにした。
 という説得力の乏しい理由により、今日も動物ネタとあいなる。

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 こちらも諸般の事情があり、吹奏楽隊は突如の4連代休とあいなった。楽器も触れないので、夢のテーマパーク、静岡県は掛川市の「掛川花鳥園」に行ってきた。東名高速をくぐると、そこには楽園が待っている。


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 29日から1泊で出かけたのだが、言うまでもなく2日連続の花鳥園詣でとなった。2日目は、9時の開園と同時に入園する。


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 色鮮やかなコガネメキシコインコ。世の中、色々な人がいるもので、もちろん「インコ好き(否『トリ好き』」という人種が少なからず存在し‐手前共夫婦も多少その気がある‐そして、そこにはそれぞれの世界それなりの文化が必ず存在するもので、例えば「インコ好き」人種の間では、必ずインコに対して「さん」付けで呼ばなければならないようだ。なのでこの場合は「コガネメキシコインコさん」と言わなければならない。わたくしと言えば、さすがにそこまで擬人化する必要はないと思っているのだが、内心ではしっかり「さん」付けしている。


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 コガネさんの夕食タイム。弊社の食事風景と一緒だ。


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 コガネさん集団飛行。必ず時計周りとのこと。


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 家人の腕にとまるヨウムさん。スタッフの方がわざわざオリの鍵を開けてのせてくれた。花鳥園のスタッフはいい人ばかりだ。


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 ヨウムさんを掻き倒す。ネコみたいに掻いて欲しいところをピンポイントでこちらに向けてくる。愛い。買おうと思うと平均20万円也、平均寿命は30年。今からではこちらが先に逝ってしまう。


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 ポインセチア。ネットで花子言葉を調べてみたところ、「祝福する」「私の心は燃えている」「聖なる願い」「清純」だそうだ。おみくじみたいなもんで、要するにどういうことなのか良く分からない。わたくしの文章もよくそう言われる。会話に至っては、スー族にでも話しかけられたような顔をされることがある。


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 睡蓮。花鳥園は、その名の如く、トリ好きだけでなく花好きも楽しめる場所だ。


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 置物その一


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 置物その二


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 家人の頭にとまるチャノドメキシコインコさん。トリも垂直的な位置関係で優劣を確認するらしく、頭の上にとまるということは、人を目下に見ているということらしい。それはともかく、帰り際の掛川駅構内で、家人が100グラム2000円の深蒸茶をポンと、それも2袋買い込んでいるのを見てたまげた。恐るべし、ガッテン。


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 また必ず来る。

動物園にて

喫煙所の若い男性2人
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男性A「いつもよく見る、あの若い看護婦知ってる?」
男性B「知ってるよ」
男性A「こないださ、見ちゃったんだ」
男性B「何を?」
男性A「あの看護婦が、松葉杖ついたおじいちゃんとやってたんだ」
男性B「えっ!本当に?」
男性A「最初、滅茶苦茶だったんだけどさ、だんだん女の方が優位になってきてさ」
男性B「で最後は?」
男性A「最後は桂馬かなんか握りしめて、やたら勝ち誇ってたよ」
男性B「あそこの将棋会館、そういう人多いよね」


スマトラトラの前の若い夫婦と幼い男児trmrht
妻「ねぇ、スマトラトラって何?」
夫「お前バカじゃねぇ、“スマトラのトラ”に決まってんだろ」
妻「じゃぁさぁ、スマトラってどこ?」
夫「そんなの知るわけねーだろ」
妻「アフリカかなぁ?(男児に)ねぇ、スマトラってどこだろうねぇ」
夫「だから知らねぇって、バカ夫婦だと思われっから、そういうのやめろよ」


サトウチョウの前で。大学生風のカップル。男性は「佐藤」君らしい
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女「見て見て、サトウチョウだってさ、鳥の親戚いたんだ?」
男「いないね」


社会人同士に見える若いカップル
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女「(わたくしの方を指差し)あれ見て、ちょーかっこいい」
男「かっこいーかぁ?」
女「かっこいいじゃん、ハシビロコウ」
(【カップル】−【わたくし】−【ハシビロコウ】の直線的位置関係にあった)


おまけ
richo
ライチョウの足

寄せ集め

こんばんは

 46歳ともなると、体のあちらこちらがいろいろと悪くなってくるもので、年末の入院騒動は言うに及ばず、数年来の降圧剤と高尿酸値血症の処方、年頭からの歯科治療、入院治療費の払い込み、保険金の請求など、なんだかんだ医療問題に追われている。加えて「いったい何時になったら禁煙外来に行くつもりなのか」と毎日の如く家人に暗い目で迫られる。年をとるのは辛い。
 そんな中、本日も午後から休暇を頂戴して、また別の治療を受けるべくとある医療機関に足を運んできた。

 初診では、ちょいとばかりの投薬だけで済む可能性がある、との診たてだったのだが、本日になって「やはり、少しばかり切開する必要があるかもしれない、来週の月曜日あたりに処置しましょう」ということになった。別に生命に関わるとか、全身麻酔でとかいった話では全くないので、不安は皆無だし、ご心配なぞは一切ご無用なのだが、これだけ医者通いが続く事実そのものに憂鬱になる。

 ところで本日は最終的に「人体内には、その骨格上の特性から、そこかしこに“空洞”がいくつも有って、その空洞の中に雑菌やらが侵入して化膿という事態になってしまうと後々大変になることが多くなる、だから早めに処置しましょう」ということになったのだが、その際、先生は「医師のための骨格標本カタログ」みたいなものを、わたくしに見せながら、その“空洞”の位置を説明してくれたのだが、会話の途中にふと、そのページを繰る指をとめて「村上さん、知ってます?昔の本物の人体骨格標本って、ガンジス川の河口辺りの底ににバラバラになって沈んでるのを拾ってきて組み立ててたんですよ、さすがに今はやってないみたいですけどね」とのこと。

 それってマジっすか。
村上 茂樹

1982年秋よりファゴットを始める。
1988年東京農業大学農学部造園学科卒業後、陸上自衛隊に入隊。東部方面音楽隊、東北方面音楽隊を経て2007年から再び東部方面音楽隊に勤務。
1988年バソンに転向するも、2008年に転んで以来うっちゃったまま、ブログのタイトルだけが生きている。
1964年4月9日生まれ。
東京都八王子市出身。
埼玉県和光市在住。
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