真太郎日記

初めまして、真太郎と申し上げます。 鉄道とかスポーツとかエンターテイメントとかの出来事などパンチのある小話とかなど、時事ネタをドカンと楽しくやりますので以後、よろしくお願い申し上げます。

東急6020系試運転

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本日は、葛飾区立石在住の友人からのメールでは東急6020系が試運転を行っている情報を得ましたので溝の口駅と梶ヶ谷駅で東急6020系の試運転を撮影しました。

東急6020系は、今年の春から大井町線の急行用車両としてデビューする予定です。

東京メトロ千代田線の6000系 6102F 2 綾瀬駅

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続いては、2月2日に友人のよしちゃんが東京メトロ千代田線、JR常磐緩行線の綾瀬駅で撮影した、6000系6102Fによる入庫回送です。
こちらは平日43Sの運用に入り、朝の取手、我孫子直通と日中の代々木上原〜綾瀬間の運用をこなした後、夕方に代々木上原→我孫子→代々木上原→柏での運用に入り、柏 19時57分発綾瀬行きで入庫していました。

平日の朝ラッシュ時には、日比谷線と同様に霞ケ関行きの運用もあるので、6000系の場合は、1971(昭和46)年3月20日の開業当時を彷彿とさせます。

千代田線が綾瀬まで開業し、常磐緩行線の我孫子までの直通運転が開始されたのは、霞ケ関延長から1ヶ月後の1971年4月20日のことであり、常磐緩行線が全て千代田線直通にシフトされたことにより上野まで行かなくなったことや、それに伴い常磐快速線の混雑が激しくなったことで、迷惑乗り入れ問題が発生していました。

柏駅は、複々線化後に緩行線しか止まらない駅に成り下がってしまったけど、柏駅の利用客が多いことや、迷惑乗り入れ問題による松戸駅の混雑緩和により、快速線側にもホームが増設され、翌年の1972(昭和47)年10月2日から快速列車の全てと中距離電車の一部が止まるようになったのであります。

今年1月19日の13時40分頃には、E531系による品川12時54分発土浦行きの特別快速(常磐特快、3177M)の車内で、柏駅に停車中に産気付いた25歳の妊婦の女性が女児を出産していたことで話題になっていました。

柏駅が快速停車駅に昇格された1972年10月2日は、特急ひたち号(初代)が485系によって本格的に電車化された時であり、当時は初期型のボンネット車が当たり前となっていました。

特急ひたち号が柏駅にも停車するようになったのは、国鉄最後の改正だった1986(昭和61)年11月1日のことであり、現在はE657系によるひたち3号と、下りの87号と朝の8時台までの上り列車の6本を除いたときわ号が停車しています。

現在東京メトロ6000系は、初期型の6102Fと後期型の6130Fが残されている状態であり、前者のドアの小窓が原型を保っています。

この日は柏には行かなかったけど、6102Fによる柏行きを撮影することが出来たのは、柏駅での出来事の縁もあります。

このように、綾瀬駅でも、6102Fを良い感じで撮影することが出来て良かったです。

京急品川駅にて

dc99c31b.jpg今日は、北区の友人からメールが届きまして、友人と羽田空港に行きました。今日は、都営5300型の快速特急羽田空港行を撮影しました。
以前、京成青砥駅にて快速特急青砥行を撮影して今回は5300型の快速特急羽田空港行が撮影出来て良かったです。

東京メトロ千代田線の6000系 6102F 2 綾瀬駅

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2月2日は、友人のよしちゃんが代々木上原から亀有まで、 東京メトロ千代田線の6000系で最後まで残された小窓の初期型車である6102Fによる常磐線直通の柏行きに乗りました。

東京メトロの6000系は、営団地下鉄の時代の1971(昭和46)年3月20日の千代田線の大手町〜霞ケ関間の開業の時に、初の電機子チョッパ制御車としてデビューし、1990(平成2)年までの間に1969(昭和44)年に落成した2次試作車を含めて35編成350両が導入されていました。

因みに、6000系の1次試作車は、1968(昭和43)年に落成した6000ハイフンの3両であり、1979(昭和54)年から2014(平成26)年まで5000系(元千代田本線や東西線)と共に北綾瀬支線で活躍し、現在は、新木場車両基地で動態保存されています。

千代田線の主力だった6000系は、一部が7000系や8000系と同様にVVVF化改造され、2010(平成22)年から2012(平成24)年に掛けてVVVF化改造の対象から外された編成が16000系の初期型に置き換えられて廃車(一部インドネシアに譲渡)となり、2015(平成27)年には、16000系の導入が再開され、たった1編成しかなかった06系が東西線に転用されることもなく廃車となり、6000系のVVVF改造車も廃車が進められ、現在は6102Fと6130Fが残されています。

昨年5月13日には、小田急線の無線装置の更新により、取り付けが見送られた6000系が小田急線乗り入れから撤退し、2次試作車だった6101Fの時と同様に小田急線に乗り入れない運用に限定され、基本的に平日にしか運転されなくなっています。

1978(昭和53)年3月31日の千代田線(本線)の全線開業及び小田急線との直通運転開始の時には、営団は5000系または6000系、国鉄(当時)は103系1000番台、小田急は9000形がそれぞれ使われていたけど、5000系に関しては、小田急線に乗り入れることが出来なかったです。

一昨年(2016(平成28)年)3月26日には、JR東日本のE233系2000番台が小田急線に、小田急電鉄の新4000形がJR常磐緩行線にそれぞれ進出し、今年3月17日には、千代田線⇔小田急多摩線直通列車の廃止→小田原線直通にシフトされることにより、小田急線直通開始40周年を期に原点回帰されることになります。

この日は、柏行きに使われていたので柏まで乗っていくべきであったけど、亀有駅でガンダムスタンプラリーのスタンプを押すことや、北綾瀬支線の様子を見たかったことにより、亀有で下車し、北綾瀬支線の視察を終えた後に綾瀬駅で6102Fによる折返しの回送の到着を待っていました。

友人(よしちゃん)が6102Fに乗ったのは、昨年7月14日以来であり、スマホ導入後初めて撮影することが出来たのは良かったけど、ローレル賞のプレートが無くなっていることで残念に思いました。

友人(しゃもじ)は行かなかったけど、昨年11月12日に綾瀬車両基地で行われた事前応募制のイベントであるメトロファミリーパークin AYASE2017では、インドネシアに譲渡される前の6122Fが、16000系の16137Fや小田急60000形のMSE車と並べられた上で展示されていました。

現在6102Fと6130Fが最後の活躍をしているけど、3月17日の改正までに全廃される見込みとなっているので、これを期に6000系らしい6000系である6102Fに乗ることが出来て良かったです。

本当にさようなら 都営新宿線の10-280F

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先程、友人のよしちゃんからメールが届きまして、一昨日(2月11日)の11T運用をもって運用離脱されていた都営新宿線の10-000形の最後の1編成だった10-280Fが、昨日大島から若葉台まで93T運用で廃車回送されたことにより、本当の最後を迎えていました。

これにより、1978(昭和53)年12月21日に岩本町〜東大島間が開業した時から使われてきた10-000形が全廃され、都営新宿線及び京王線を走る旅客列車が全てVVVF車となったのであります。

京王電鉄所有の旅客用車両は、2012(平成24)年の7000系のVVVF化の完了と共に、井の頭線を含めてVVVF車に統一されていたので、京王電鉄から10-000形や10-300R形を10-300形に置き換えてほしいという要請があったに違いないです。

都営交通の旅客用車両も、都電等を含めてVVVF車に統一されていました。

都営浅草線では、VVVF車でない車両である京成電鉄の3600形や3400形の乗り入れが継続されているので、100%VVVF化された訳ではない状態であります。

10-280Fは、珍しく休日に行われ、さよならヘッドマークの上にFINAL RUNの表示が付いていたというこだわりもあったけど、友人(よしちゃん)が行かれなかったのが残念でありました。

一昨日は最後の運転に立ち会うことが出来なかったけど、2月9日に新線新宿から笹塚まで桜上水行きに乗ったのが最後だったので、桜上水行きで締めることが出来たのであります。

その前日の2月8日には、10-280Fで本八幡まで行けたことも思い出となりました。

こちらは近いうちに解体の為に北館林荷扱所(渡瀬北留置線、群馬県館林市)まで陸送されることになるけど、全て保存されずに解体されたら10-000形の全てが解体されてしまうことになります。

10-270Fは、北館林で東武20000系列(日比谷線直通で活躍していた車両)の一部と共に解体されていたので、ベースとなった東武電車の沿線で解体されていました。

京成で廃車となった3600形の3611Fとサハ3601号車とサハ3608号車も、宗吾車両基地から北館林まで陸送されてその場で解体されていたけど、昨年3月20日に最後を迎えていた千葉ニュータウン鉄道の9000形9018F(旧、住都公団2000形2002F)も北館林で解体されていたのであります。

10-280Fよ、ありがとう。20年間お疲れ様でした。

画像は、友人のよしちゃんが2月3日に若葉台駅で撮影した10-280Fによる回送列車です。

近鉄特急

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今月8日〜12日迄連休を取り京都の実家に帰省していますが、本日東京に戻ります。京都駅を出発する前の時間を利用して亡父の墓参りと近鉄特急を撮影しました。

12200系特急橿原神宮前行(吉野連絡の標識付)、30000系+22600系2連特急奈良行の画像を送信します。今回は塗色変更された30000系と22600系、「吉野連絡」の標識を付けた22200系を初めて撮影しました。

北区の友人からメールが、届きました。

映画今夜、ロマンス劇場で

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昨日は、自転車でMOVIX亀有に行って、綾瀬はるか主演の映画今夜、ロマンス劇場でを観に行きました。


映画の作品では、1960年の高度成長期の日本を舞台に、映画監督を目指す助監督の青年が、いつも通っているロマンス劇場で、今なお廃棄されてないままに保管している古いモノクロ映画を観た時に、ひょんなことによりいきなりヒロインのお姫様役が飛び出てきて、お姫様さまは助監督の青年に召し使いのように扱った。


お姫様は、身分が違うからさわるなと言う高飛車な人間で、初めて目にする現実世界のカラフルな色を見て学んだ。以来、二人の同居生活が始まり、勤務先の映画会社から映画作品の脚本を書き始めた。


だが、お姫様には秘密があって人の温もりに触れたら現実世界からすべて消えてしまうと知ってしまい、青年が勤務している映画会社の社長令嬢は、青年を思いを寄せているようが、結果的にはお姫様がふさわしいと思い姿を消してしまう。

晩年は、勤務先の映画会社が倒産しロマンス劇場で働き閉鎖後に、入院先の病院で看護師の後押しで脚本を書き終えて、この世を去りお姫様と完全に結ばれてしまう作品であります。

京阪電車

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続いて、北区の友人が京阪野江駅にて撮影した3000型特急出町柳行、3000型快速特急楽洛出町柳行、7000型準急出町柳行の画像を送信します。

京阪電車

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先程、北区の友人からメールが届きまして、今月8日〜12日迄連休を取り京都の実家に帰省しています。
本日は大阪に行きました。途中の京阪野江駅にて京阪電車を撮影しました。最初に13000型急行出町柳行、8000型特急淀屋橋行、2400型準急淀屋橋行、6000型区間急行淀屋橋行きの画像を送信します。

今回プレミアムカーを連結した8000型を初めて撮影しました。

2月5日大山ケーブル

3ddd489d.jpg先程、寝屋川市の友人からメールが届きまして、2月5日は大山ケーブルに乗車しました。

大山ケーブル阿夫利神社駅の外から撮影した画像です。

カウントダウンを迎えた都営新宿線の10-280F 4 若葉台行き

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こちらは、2月3日に友人のよしちゃんが京王相模原線の橋本駅で撮影した、都営新宿線の10-000形の10-280Fによる若葉台行きです。

土休日の29T運用は、橋本 21時02分発の若葉台行きがあり、若葉台に到着した後に京王の車庫に入庫せずに、橋本から来た後続の若葉台 21時24分発の快速新宿行き(この日は京王9000系の9747Fが使われていた)を待避した後につつじヶ丘まで回送され、つつじヶ丘から21時46分発(始発)の各停で本八幡へと向かう変則的な運用となっています。

若葉台からつつじヶ丘までは、快速新宿行きで行き、つつじヶ丘でお乗り換え願いますということになり、布田、国領、柴崎へはさらに調布駅で乗り換えということになります。

こうなったのは、布田駅の全面ホームドアとの絡みがあると思われます。

この日は、橋本から京王多摩センターまで移動し、小田急多摩線の撮影や、多摩センターの極楽湯で時間を潰し、京王多摩センターに戻ってきた10-280Fで橋本まで戻り、そこで撮影してから若葉台へと向かったのであります。

日中には、小田急多摩線で、3月17日にデビュー予定の70000形GSEの試運転が行われていたので、10-280Fとの出会いのシーンもありました。

友人(よしちゃん)は、70000形GSEを初めての生で見ることに大成功したのであります。

今回は橋本まで戻り、10-280Fによる若葉台行きを撮影することが出来て良かったです。

小田急小田原線向ヶ丘遊園駅にて

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続きましては、川崎市多摩区の友人からのメールでは、これも3月16日に姿を消す小田急8000系による準急新宿行を今月4日に小田急小田原線向ヶ丘遊園駅で撮影しました。
小田急の準急の種別は、黄色でしたが、2004年12月11日の快速急行と区間準急新設によるダイヤ改正と同時に緑色に変わりました。

区間準急は、2016年3月26日ダイヤ改正を持って消滅しています。

かつては、江ノ島線と箱根登山鉄道箱根湯本からも走っていた準急ですが、分割併合の廃止と風祭駅のバリアフリー対応に伴い、最長でも新松田まで縮まりました。

3月17日ダイヤ改正後の準急の停車駅は、狛江、祖師ヶ谷大蔵、千歳船橋を追加し、東京メトロ千代田線直通専用の種別となります。また、小田原線向ヶ丘遊園〜経堂駅間(向ヶ丘遊園〜登戸駅間は上りのみ)は緩行線を走ることになります。

小田急小田原線向ヶ丘遊園駅にて

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今月4日に、JR松戸車両センター所属のE233系2000番台による急行唐木田行を小田急小田原線向ヶ丘遊園駅で撮影しました。


JR車と東京メトロ車による、急行唐木田行も東京メトロ千代田線・JR常磐線各駅停車直通の多摩急行と共に3月16日を最後に姿を消します。

多摩急行の代わりとなる東京メトロ千代田線直通専用種別として、3月19日から通勤準急が平日朝方上りに設定されます。

通勤準急の停車駅は、小田原線内登戸までの各駅と成城学園前、経堂、下北沢で、現行の準急と同じです。

以上、川崎市多摩区の友人からのメールでした。

カウントダウンを迎えた都営新宿線の10-280F 3 橋本駅

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こちらは、友人のよしちゃんが2月3日に京王相模原線の橋本駅で撮影した、都営新宿線の10-000形10-280Fで、折り返しは区間急行の本八幡行きとなりました。

京王相模原線の橋本駅は、西側にある1面2線の高架駅であり、出た後にカーブを曲がることになるので、撮影に適しています。

京王相模原線の南大沢〜橋本間が開業したのは、1990(平成2)年3月30日のことであり、京王帝都電鉄のバンザイマークから現在のKEIOのロゴマークに変わっていました。

これにより、京王ブランドが定着し、1998(平成10)年7月1日には、京王帝都電鉄から帝都が外れて京王電鉄に社名(商号)変更されていたのであります。

1990年3月30日の京王相模原線の全線開業当時は、都営車の乗り入れが少なかったけど、2015(平成27)年9月25日の都営新宿線との直通列車の増発により大幅に増えています。

昨年の今頃は、10-300R形で最後の1編成だった10-340Fの追っ掛けを行っていたけど、あれから1年経った今、10-000形が最後の時を迎えようとしています。

昨年の12月31日は、10-280Fを橋本駅で撮影することが出来なかったので、今回リベンジすることが出来ました。

このように、橋本駅でも、さよならヘッドマーク付きの10-280Fを撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線10-280号

d2513cab.jpg先刻、橋本駅で都営新宿線10-280号を撮影しましたので、画像を送信します。

以上、葛飾区金町在住の友人からのメールです。

都営新宿線10-289号

e613e48d.jpg先刻、本八幡駅で都営新宿線10-289号を撮影しましたので、画像を送信します。

以上、葛飾区金町在住の友人からのメールです。

京急撮影便り-1

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2/3に、小平市の友人が川崎大師豆まきのイベント参加時に撮影しました。

当日まで、2種類ヘッドマーク取付の京急大師線1500形(川崎大師)、印旛日本医大発快速特急羽田空港行き都営5300形(蒲田)、新逗子発エアポート急行羽田空港行きの京急2000形2011編成リバイバルカラーと都営5300形(いずれも川崎)です。

久しぶりに、連絡が来た

先程、久しぶりにオーストラリアに移住したバングラデシュ人の友人から連絡がありまして、現在は友人が都内の貿易関連の会社に勤務していて、今年三月末に退職を決意しまして、今部屋にある家具を処分して言ってましたので、また連絡いたします。


やはり、彼は妻帯者の立場なのに、とにかく女紹介しろとうるさく言うし、吉原に行きたいとうるさく言う女好きの人間です。

都営新宿線10−280

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その後、北区の友人が京王線笹塚駅から都営10−280型区間急行に乗車して京王橋本駅に向かいました。
橋本駅に到着後、行先が橋本と若葉台の両方が表示されたのを撮影しました。

今回は都営新宿線10−280の撮影と乗車が出来て良かったです。

都営新宿線10−280

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本日は、北区の友人が京王線笹塚駅にて間もなく引退する都営10−280型を撮影しました。

笹塚駅にて撮影後、都営10−280区間急行に乗車して終点の橋本駅に向かいました。

笹塚駅にて撮影した、都営10−280型区間急行橋本行き、都営10−370型快速本八幡行き、京王9000型快速橋本行きの画像を送信してくれました。

小田急小田原線代々木上原駅にて

2b658582.jpg本日、小田急小田原線代々木上原駅で撮影した東京メトロ千代田線16000系の各駅停車綾瀬行です。千代田線内の運用ながら、各駅停車の表示が青色のフルカラーLED表示に変わっていました。

3月17日のダイヤ改正で小田急小田原線直通列車に各駅停車が設定されるために先立ったものです。

以上、川崎市多摩区の友人からのメールです。

カウントダウンを迎えた都営新宿線の10-280F 2

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昨日(2月3日)は、友人のよしちゃんが新線新宿から橋本まで、今月上旬をもって最後を迎える予定の都営新宿線の10-000形10-280Fによる快速橋本行きに乗りました。

この日は、土休日の29T運用に使われていたけど、さよならヘッドマークが付いて初めて迎えた土曜日ということで、京王線で撮影する人たちで賑わっていました。

京王稲田堤駅の調布寄りの撮影ポイント(京王稲田堤カーブ)は有名であり、ここにも人が集まっていたのでそのはずであります。

調布までは、初台、幡ヶ谷、笹塚、明大前、下高井戸、桜上水、八幡山、千歳烏山、仙川、つつじヶ丘に停車していたけど、笹塚、八幡山では長時間停車していました。

土休日の29T運用では、橋本 21時02発若葉台行きがあり、若葉台に到着した後に一旦客扱いが打ち切られた上でつつじヶ丘まで回送され、つつじヶ丘 21時46分発の各停本八幡行きで再び営業運転に入るという変わった運用もあるので、こちらの追っ掛けも行いました。

側面の種別と行先が完全に独立した表示は、10-000形独自のものであり、それが見納めとなってしまいます。

今日も10-280Fが土休日の29T運用に入っていることを確認しました。

このように、新宿から橋本まで、再び都営10-000形の10-280Fに乗ることが出来て良かったです。

特急かいじ号とスーパーあずさ(新型車両)

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本日は、北区の友人が中央線高円寺駅にてE257系特急かいじ号とE353系特急スーパーあずさ号を撮影しました。

E353系がデビュー後、初めて撮影する事が出来て良かったです。

189系M50編成富士急行線ラストラン2

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先月20日に、葛飾区立石在住の友人が参加した189系M50編成富士急行線ラストランで撮影した画像です。

189系M50編成富士急行線ラストランは、豊田駅〜河口湖駅間をあずさ色の189系M50編成で往復乗車しました。河口湖駅到着後は、国鉄色のM51編成と並びの撮影会も行われました。

ちなみに、現在189系M50編成は長野で解体待ちの状態になっています。

京成新3000形の3033Fによる京成パンダ号

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1月28日は、友人のよしちゃんが日暮里から京成船橋まで、京成電鉄の新3000系3033F(8両編成)の京成パンダ号による特急成田空港行き(京成本線経由)に乗りました。

3033Fによる京成パンダ号は、昨年12月19日から上野動物園で話題のジャイアントパンダの赤ちゃんである「シャンシャン」が一般公開記念されたことの記念により、同年12月26日から千葉線、千原線、金町線を除いた京成各線、都営浅草線、京急線(泉岳寺〜羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)間)、北総線で運転されています。

33がシャンシャンの語呂合わせであることから、3033Fが選ばれ、側面にはシャンシャンの写真もあります。

京成パンダは、2007(平成19)年3月のPASMOの導入により登場した京成カード(京成グループのクレジットカード)のマスコットキャラクターであり、上野動物園のパンダがイメージされているので、上野らしさを感じています。

新3000形は、2003(平成15)年2月1日にデビューした、京成グループ標準規格の電車であり、8両編成の3001Fと6両編成の3002Fが導入されてから15周年を迎えるけど、現在までに8両編成14本(アクセス特急仕様の3050番台6編成を含む)、6両編成27編成の計41編成が導入されています。

この3033Fは、昨年(2017(平成29)年)2月に、京成ターボこと3600形で初めて編成単位で廃車となった3618F(かつて芝山鉄道にリースされていた編成)の置換え用として総合車両製作所横浜事業所で製造された8両編成であり、3050形(新3000形3050番台)に替わってアクセス特急に使われることもあります。

昨年は、8両編成の3033,3035Fと6両編成の3034Fが導入されたことにより、3618Fが編成単位で廃車となったほか、6両編成だった3600形の3668Fが金町線対応の4連化され、玉突きで3500形の最後の未更新車だった3588Fが廃車となり、3700形の3738Fが千葉ニュータウンに9800形の9808Fとしてリースされ、9000形の9018Fが置き換えられたという出来事がありました。

今年度(今年3月までの間)には、京成新3000形の3036〜3038F(いずれも8両編成)が導入される予定であり、1月18日から19日に掛けて、そのうちの3036F(日本車輌製造製)が豊川から逗子まで甲種輸送されていました。

これにより、京急線乗り入れ不可で運用上のネックとなっている3600形の置換えが本格的に行われることが予想されているので、3600形の撮影も行っています。

京成本線の特急は、京成上野駅を発車した後、途中、日暮里、青砥、京成高砂、京成八幡、京成船橋、京成津田沼、八千代台、勝田台、京成佐倉、大佐倉、京成酒々井、宗吾参道、公津の杜、京成成田、空港第2ビル(第2、第3ターミナル)に停車してから成田空港(第1ターミナル)へと向かう列車であるけど、日中には、京成高砂駅で、羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)から来たアクセス特急成田空港行き(成田スカイアクセス線経由)に接続しています。

京成高砂でアクセス特急に乗り換えた場合には、成田空港に早く到着するけど、運賃が京成本線経由よりも高くなります。

京成の快速特急は、朝の上り、夕方以降の下りの運転で、平日は押上線、都営線直通、土休日は京成上野〜京成成田、成田空港、芝山千代田間で運転されているけど、京成佐倉〜京成成田間ノンストップである為に、かつての特急を彷彿とさせる列車であります。

京成の特急がこれまでの急行からの格上げにより登場したのは、1968(昭和43)年10月10日のことであり、当時の停車駅は、京成上野、日暮里、青砥、京成高砂、京成八幡、東中山、京成船橋、谷津遊園(現、谷津)、京成津田沼、八千代台、京成佐倉、京成成田となっていました。

1974(昭和49)年12月16日には京成小岩駅と勝田台駅にも停車するようになったけど、1985(昭和60)年10月19日には谷津駅に、1991(平成3)年3月19日の成田空港への新線の開業の時には京成小岩駅と東中山駅に止まらなくなっています。

特急が大佐倉、京成酒々井、宗吾参道、公津の杜の各駅にも停車するようになっのは、2006(平成18)年12月10日のことであり、これまでの京成佐倉〜京成成田間ノンストップの列車が快速特急となったのであります。

快速は、途中、日暮里、千住大橋、青砥、京成高砂、京成小岩、京成八幡、東中山、京成船橋、船橋競馬場、京成津田沼と、京成津田沼より先の各駅に停車する列車であり、日中は、西馬込〜京成佐倉間の列車(押上線では押上〜青砥間ノンストップ)がメインとなります。

京成の通勤特急は、通勤時間帯に運転される列車で、京成上野、押上〜勝田台間が特急と同じ停車駅で、勝田台からの各駅に停車(志津、ユーカリが丘、京成臼井(うすい)の各駅にも停車)となるけど、最終の成田空港 22時39分発京成津田沼駅行きに限り、通勤特急なのに土休日にも運転されています。

京成臼井行きの列車及び京成臼井駅の表示は、以前臼井と表示されていたけど、1991年3月31日に北総線(当時は北総・公団線と呼ばれていた)との直通運転が開始された時に、北総線の白井駅と紛らわしくなった為に、ひらがなの「うすい」と表示されるようになっています。

京成臼井(うすい)駅のある千葉県佐倉市の臼井エリアは、元巨人軍(読売ジャイアンツ)の終身名誉監督である長嶋茂雄氏の出身地であります。

京成線は、柴又帝釈天や成田山新勝寺への参拝客の為に作られ、成田空港が出来てから空港アクセス輸送を担うようになったことは、川崎大師への参拝客の為に作られた京急線が、羽田空港へのアクセス路線へと成長していたことと同様であり、都営浅草線を介して結ばれていることの縁により、JR線にはない羽田空港と成田空港を結ぶ列車も運転されています。

JR東日本の成田線の空港支線(成田空港への新線)の開業及び成田エクスプレス(当時は253系初代NE'Xが使われていた)のデビューにより成田空港アクセスに参入したのは、1991年3月19日のことであり、国鉄時代に建設が中止された幻の成田新幹線の跡地の整備により実現していました。

成田スカイアクセス線の印旛日本医大〜成田空港間も、成田新幹線から転用された路線であり、線形の良さを生かして、成田空港アクセスのパイオニアである京成電鉄によるスカイライナーの最高160Km/h運転により、日暮里〜空港第2ビル間最速36分と成田新幹線に代わる高速アクセスが実現したのであります。

アクセス特急のほうは、京急の快特の品川〜横浜間と同じ120Km/h運転なので、120Km/h運転が可能な京成新3000形(3050番台メイン)や3700形の対応車のほか、120Km/h運転の実績のある京急の600形や新1000形の1121F以降の8連も使われています。

京急の新1000形では、2007年のステンレス車への移行によって運転台後部の座席が廃止されたので、都営浅草線の5300形や今後導入される5500形に近いイメージとなっています。

日暮里駅の1番線(ライナー専用ホーム)と2番線(一般列車の下りホーム)に京成初のホームドアが取り付けられることになり、2月24日から使用が開始される予定であります。

京成船橋駅に到着したのは、成田山開運号ことシティライナー92号の発車の約20分前だったので、それに間に合う列車に乗っていたけど、それが京成パンダ号で良かったです。

画像は、京成高砂駅で撮影したものであり、数分間停車していたから出来たのであります。

都営10-000形

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本日は、葛飾区立石在住の友人からもメールが届きまして、京王相模原線で引退間近でさよならステッカーが貼りつけられた都営10-000形を撮影しました。

都営10-000形の引退により東京都交通局所有の車両は全てVVVFインバータ車になり、京王線を走る車両は自社車両に次いで乗り入れ車両も全てVVVFインバータ車になります。

小田急70000形GSE試運転

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本日は、葛飾区立石在住の友人が小田急多摩線で試運転している3月17日デビュー予定のロマンスカーGSE(70000形)の試運転を撮影しました。

GSEが、営業運転で多摩線を走る事は滅多になさそうなので多摩線を走るGSEのシーンは珍しいものになりそうです。

なお、GSEは2/25に試乗会、3/10にお披露目会を控えています。

カウントダウンを迎えた都営新宿線の10-000形 10-280F

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1月30日は、友人のよしちゃんが明大前から新線新宿まで、カウントダウンを迎えた、都営新宿線の10-000形の10-280Fによる快速本八幡行きに乗りました。

こちらは、2月上旬に最後の時を迎える予定であるので、1月29日から東京都交通局の局章(銀杏マーク)のある場所にさよならヘッドマークが付いています。

この日は平日11T運用に使われ、京王相模原線の橋本駅にも盛んに乗り入れていたけど、快速や区間急行に入っている時には、種別灯が付いた姿も撮影することが出来たのであります。

京王線と都営新宿線では、2月22日にダイヤ改正が行われる予定であり、8両編成の10両編成化が進められることになるので、それに合わせる形で10-280形が最後を迎え、1978(昭和53)年12月21日の岩本町〜東大島間の開業の時から活躍してきた10-000形(電機子チョッパ車)が全廃されることになります。

これにより、京王線を走る車両が井の頭線を含めて100%VVVF化が実現し、京王電鉄における更なる省エネ化が図ることが出来ます。

昨年の今頃は、都営新宿線で10-300R形(10-000形の中間車が流用されたヘンテコ電車)が最後の時を迎えていたけど、その先頭車は、10年程度で廃車となっていたので、20年間活躍していた10-270Fの半分しか使われなかったことになりました。

10-270Fは、1月16日に大島から若葉台まで廃車回送され、北館林まで陸送された上で解体されたので、東武電車もどきの車両が東武線沿線で最後の時を迎えていたのであります。

2月上旬で最後を迎えるということで最終日が何時になるのか決められていないので、思い切って行っておいて正解でした。

10-280Fに明大前から乗った理由は、その前に京王線新宿から乗った列車が特急だったからであります。

笹塚駅では、京王線新宿行きの準特急との待ち合わせがあった為に4分間停車していたので撮影することが出来ました。

このように、さよならヘッドマーク付きの10-280Fに乗ることや、それを撮影することが出来て良かったです。

京王新5000系の5735F 2 高尾山口駅

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続いては、友人のよしちゃんが京王電鉄高尾線の高尾山口駅の2番線で撮影した新5000系の5735Fで、折り返しは各駅停車の高幡不動行き(入庫列車)となっていました。

高尾山口駅の2番線(各駅停車中心)は、2015(平成27)年10月27日に開設された京王高尾山温泉極楽湯に面しているので、その露天風呂(男湯)から出てきた湯気が映っていました。

京王電鉄のCMでは、1月28日から星空の軌跡篇バージョンが車内動画を含めて放送されており、これには新5000系も出てきます。

京王電鉄がスポンサーとなっている番組(提供番組)は、毎週木曜日の「ZIP!」と毎週日曜日の「誰だって波瀾爆笑」、どちらも日テレであり、これまでは高尾温泉と高尾山口駅舎がテーマとなっていました。

このように、高尾山口駅でも、京王新5000系の5735Fを良い感じで撮影することが出来て良かったです。

特急あずさ号と特急スーパーあずさ号

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本日は、北区の友人がJR中央線高円寺駅にてE275系特急あずさ号とE351系特急スーパーあずさ号を撮影した画像を送信してくれました。

西武多摩湖線N101系伊豆箱根鉄道色塗装

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昨日、品川区の友人が西武多摩湖線国分寺、一橋学園、萩山、西武遊園地駅にて撮影した西武新101系伊豆箱根鉄道色塗装等の画像です。

西武多摩川線N101系赤電

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一昨日、品川区の友人が西武多摩川線武蔵境、白糸台、是政駅にて撮影した西武N101系赤電塗装等の画像です。


また、西武ではかつての旧塗装車両が走っていると、楽しみが増えていきます。

上田電鉄7200系-2

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先程、小平市の友人から送られました、上田電鉄7200系7255Fと新丸窓電車1004Fとの下之郷・城下での並び、夕暮れの別所温泉での風景です。

京王新5000系の5735Fで新宿から高尾山口へ

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1月13日は、友人のよしちゃんが新宿から高尾山口まで、京王電鉄の新5000系5735Fによる各駅停車の高尾山口行きに乗りました。

京王新5000系の5735Fは、昨年末に若葉台工場に搬入され、今年1月6日に営業運転が開始されたばかりの編成であり、この5735Fを含めた5編成で2月22日の京王ライナーの運転開始に備えることになります。

この日は、5732,5734,5735Fが営業運転に入っていたけど、5732Fが新宿〜橋本間の特急または準特急中心、5734Fと5735Fが各駅停車の運用に使われていました。

この時に乗った各駅停車高尾山口行きは、八幡山駅で7722Fによる準特急高尾山口行きの通過待ち、つつじヶ丘駅で7726Fによる準特急橋本行きの通過待ち→9743Fによる快速橋本行きの待ち合わせ→8709Fによる特急京王八王子行きの通過待ち、府中駅で7702+7807Fによる準特急高尾山口の待ち合わせ、北野駅で7725Fによる特急京王八王子行きの待ち合わせが行われていたので、撮影することも出来ました。

府中では、5734Fによる各駅停車新宿行きを見たので、後でそれに乗ったのであります。

新宿から高尾山口までは準特急(平日は特急)に乗ったほうが速いけど、新5000系に新宿から高尾山口まで乗りたい為にこうしたので、東海道新幹線で、のぞみ号やひかり号を使わずに、こだま号で名古屋や新大阪まで行ったことと同じような感覚となっていました。

京王線の各駅停車は、日中に京王八王子行きと高尾山口行きが交互に運転されるけど、北野駅で特急または準特急に接続するようになっています。

2006(平成18)年春まで存在していたシーズンダイヤでは、京王八王子・高尾山口間の分割・併合特急(晩年は8000系の6+4編成が使われていた)が運転されていたことがあったけど、当時の特急が北野駅に止まらなかった為に、分割・併合作業が高幡不動駅で行われていました。

8000系の6+4編成は、分割・併合作業が廃止されたことや、2010(平成22)年3月の相模原線のATC化(翌年の2011(平成23)年10月には全線にも拡大された)により、4両と6両の位置が入れ替えられてJR中央快速線のE233系もどきの編成となったけど、現在は中間の運転台の撤去による10両固定編成化が進められています。

10両固定編成化された8000系は、小田急電鉄の1000形リニューアル車で10両固定編成化された編成に似ているところがあります。

このように、新宿から高尾山口まで、京王新5000系の5735Fによる各駅停車に乗ることが出来て良かったです。

画像は、京王線の府中駅と北野駅で撮影したものです。

京成新AE形による成田山開運号 2 京成上野駅

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続いては、友人のよしちゃんが1月20日に京成電鉄京成本線の京成上野駅で撮影した、新AE形(スカイライナーの車両)のAE7Fによる成田山開運号(シティライナー92号)の折り返しの回送で、AE形による定期のスカイライナー47号(京成上野 16時20分発、成田スカイアクセス線経由の成田空港行き)との並びを撮影することも出来ました。

スカイライナーは、京成上野駅を出た後、途中、日暮里駅に停車し、成田スカイアクセス線経由のノンストップ運転(最高160Km/h)で空港第2ビル(第2、第3旅客ターミナル)、成田空港(第1旅客ターミナル)へと向かう成田空港アクセス専用列車であり、京成成田駅を素通りしていくことで、都心から成田空港までまっしぐらということになります。

通勤時間帯には、本線経由のイブニングライナーとモーニングライナーが運転され、JR成田エクスプレス(E259系)と同様に通勤輸送と空港輸送を兼ねた列車となり、その場合には、青砥、京成船橋、八千代台、京成佐倉、京成成田にも停車することになります。

京成スカイライナーの最新のCMでは、日暮里〜空港第2ビル間ノンストップで最速36分ということで、「まっすぐ、速い。京成スカイライナー」と言われているけど、その通りであります。

今年は5月に成田国際空港(成田空港)が新東京国際空港として開港してから40周年という節目の年を迎えることになり、4月28日から5月28日まで成田山新勝寺で、開基1080年祭記念大開帳が行われることになるので、京成での臨時列車の運転や記念乗車券の発売が期待されています。

1978(昭和53)年5月21日の成田空港の開港の時にスカイライナーが初代AE形により京成上野〜成田空港間で運転が開始された当時は、全てノンストップ運転であり、成田空港駅が現在の東成田駅の部分となっていたので、空港ターミナルビル(現在の第1旅客ターミナル)に行く時にはバスに乗り換える必要がありました。

1991(平成3)年3月19日には、JRと共に空港ターミナルビルの真下に出来た2代目成田空港駅に乗り入れるようになり、利便性が向上されていました。

その翌年の1992(平成4)年12月6日に成田空港の第2旅客ターミナルビルが出来たことにより、空港第2ビル駅が開業したのであります。

空港第2ビル駅は、京成側で1面2線に改良されたけど、JR側では1面1線のままとなっています。

成田山開運号(シティライナー92号)は、宗吾車両基地(宗吾参道)から出庫した後に回送で東成田駅へと向かい、折り返してから京成成田駅へと戻り、ここから客扱いが行われるので、AE形の東成田駅乗り入れという貴重なシーンが見られています。

AE100形の時代は、1990(平成2)年6月19日にデビューした当時を彷彿とさせる状態となっていました。

京成の新AE形は、2009(平成21)年から2010(平成22)年に掛けて、8両8編成64両が日本車輌製造と東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造されていたけど、奇数番が日本車輌、偶数番が東急車輛製となっています。

こちらは京成初のグッドデザイン賞のほか、翌年の2011(平成23)年には、1974(昭和49)年の初代AE形以来となるブルーリボン賞が受賞されていました。

成田山開運号(臨時シティライナー)は、車内がスカイライナーと変わらないし、ライナー料金が高いので、乗るよりも撮影するほうがメインと言われています。

このように、京成上野駅でもAE形による成田山開運号を撮影することが出来て良かったです。

おまけの画像は、日暮里駅で撮影した側面表示の英語バージョンです。

西武鉄道

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最後に、北区の友人が西武池袋線武蔵藤沢駅にて撮影した桃色と京急色の9000系、30000系準急池袋行き、6000系快速急行横浜中華街行きの画像です。

西武鉄道

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その後、北区の友人からのメールでは、西武多摩湖線青梅街道駅から国分寺駅迄、乗車後、国分寺線に乗車して最初の駅、恋ヶ窪駅にて2000系6両編成を撮影して恋ヶ窪から東村山、所沢と乗り継ぎして西武池袋線ひばりヶ丘駅に向かいました。

恋ヶ窪駅にて撮影した2000系、武蔵藤沢駅とひばりヶ丘駅にて撮影した9000系桃色塗装車、練馬高野台駅にて撮影した9000系京急塗装車の画像です。

今回は、9000系の桃色と京急色が撮影出来て良かったです。

西武多摩湖線101系

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先程、北区の友人からメール届きまして、続いては西武多摩湖線一橋学園青梅街道の沿道で伊豆箱根鉄道塗装の101系を撮影しました。

今回は、西武多摩川線武蔵境是政の往復乗車により西武鉄道全線走破しました。

武蔵境駅にて

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本日は、北区の友人が休みを利用して西武多摩川線の101系を撮影しました。
赤電塗装と白色塗装の車両が撮影出来て良かったです。又、JR武蔵境駅でE257系特急かいじ号も撮影しました。

京成新AE形による成田山開運号

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1月20日は、友人のよしちゃんが京成電鉄京成本線の日暮里駅0番ホーム(上りの京成上野行きホーム)で、京成新AE形(スカイライナーの車両)のAE7Fによる臨時のシティライナー92号(成田山開運号)を撮影しました。

こちらは、終夜運転時、正月3が日と1月の土休日に成田山新勝寺での初詣客輸送により運転される列車であり、今年も昨年に続いて、成田山開運号のヘッドマーク付きの新AE形で運転されているけど、今年の運転は残すところあと2回(27日と28日)となりました。

臨時のシティライナー(成田山開運号)の時刻(1月27日と28日)

下り(91号) 京成上野 9時02分発→日暮里 9時07分発→青砥 9時19分発→京成船橋 9時32分発→京成成田 10時ちょうど着

上り(92号) 京成成田 15時16分発→京成船橋 15時44分着→青砥15時59分着→日暮里 16時09分着→京成上野 16時14分着

全席指定でライナー券(京成上野、日暮里、青砥〜京成成田間は950円)が必要となります。

京成シティライナーは、2010(平成22)年7月17日の成田スカイアクセス線(京成成田空港線)の開業に伴うスカイライナーの成田スカイアクセス線へのシフトにより、これまでの京成本線経由のスカイライナーが受け継がれた形として登場した列車であり、当時はAE100形(2代目スカイライナーの車両)が使われ、成田空港発着も設定されていました。

こちらは利用客の低迷により、徐々に本数が減らされ、末期は土休日のみの京成上野〜京成成田間1往復となり、2015(平成27)年11月29日には定期運用が廃止されていました。

友人(よしちゃん)がAE100形に乗ったのは、2015年11月23日の京成船橋→京成上野間(AE168F)のことであります。

一昨年の2016(平成28)年は、最後まで残されていたAE100形のAE138Fが1月の臨時シティライナーに使われた後に2月27,28日にさよなら運転を迎えていました。

AE100形のうち、1993(平成5)年に製造された最終増備車で、西馬込でのイベントで2回展示されていた前述のAE168FのうちのAE161号車(京成成田、成田空港寄りに連結されていた先頭車)が宗吾車両基地(宗吾参道)の保存スペースで静態保存されています。

2015年2月28日(京成3300形のさよなら運転が行われた日)は、その帰りに京成成田から京成上野までAE100形のAE168Fによるシティライナーに乗ったけど、京成成田からAE100形のシティライナーに乗ったのは最初で最後となっていました。

京成スカイライナーでは、昨年11月に利用客が2500万人を突破していたので、AE5編成にありがとう2500万人ヘッドマークが付いています。

このように、日暮里駅でAE形による成田山開運号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

E257系500番台による快速おさんぽ川越号

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1月21日は、友人のよしちゃんが武蔵野線の西船橋駅で、E257系500番台のマリNB16編成による臨時快速おさんぽ川越号を撮影しました。

この列車は、外房線の茂原駅と川越線の川越駅を外房線、京葉線、武蔵野線、川越線経由で結ぶ全席指定の臨時快速列車(E257系500番台の5両編成)で、今回は、651系(元スーパーひたちの車両)の7両編成(グリーン車付き)による快速ぶらり川越号(日立〜川越間、常磐線、武蔵野線、川越線経由)と共に1月20日と21日の2日間運転されていました。

行きは、茂原駅を8時20分に発車し、途中、大網、土気、鎌取、蘇我、稲毛海岸、海浜幕張、南船橋、西船橋、東松戸、新八柱、新松戸、南流山、南越谷、東川口、大宮に停車してから川越へと向かい、帰りは川越駅を16時ちょうどに発車してから茂原へと向かうことになります。

おさんぽ川越号は以前115系やE231系が使われ誰でも乗ることが出来ていたけど、現在は指定券が無ければ乗れなくなっています。

今から5年前の2013(平成25)年1月26日は、川越から西船橋まで115系のトタM40編成(かつてむさしの号で使われていたスカ色の編成)による快速おさんぽ川越号(当時は新習志野〜川越間だった)に乗ったことを覚えているけど、誰でも乗ることが出来た頃が懐かしいです。

E257系500番台は、2004(平成16)年から2005(平成17)年に掛けて、房総地区で活躍していた183系や189系の置換え用として、モノクラスの5両編成19本95両が幕張車両センター(千マリ)に配置されていたけど、このNB16編成は、2005年9月に日立製作所笠戸事業所(HITACHI)で製造され、同年12月10日の北総特急(しおさい、あやめ号)への進出と共に営業運転入りしていました。

2015(平成27)年3月14日には、あやめ号の全廃等に伴う房総特急の削減により余るようになり、現在は臨時列車にも盛んに使われるようになっています。

2015年3月13日までの間は、E257系で運転されていたしおさい5,10号の成東〜銚子間が普通列車扱いとなっていたので、183系の時代から銚子電鉄の旅に行く時に往路のしおさい5号の成東→銚子間でお世話になっていました。

2015年3月14日から普通列車(18きっぷ)で銚子まで行く時には、総武本線、成田線経由共に209系のお世話になるので、千葉から銚子まで先着するほうを選ぶようにしています。

今年3月17日からは、189系で運転されているホリデー快速富士山号、山梨富士号、富士山号にE257系500番台が使われるようになるので、団臨以外で189系に乗るなら3月11日までがラストチャンスであります。

富士山号だとあさぎり号から改称される小田急ロマンスカーのふじさん号(新宿〜御殿場間、小田急電鉄の60000形MSE車による運転)と被る恐れがあるけど、こちらは別の会社でひらがななので問題はないと思います。

中央線では、E351系(初代スーパーあずさ)と共に、189系が絶滅危惧車となっていることが分かります。

これまでホリデー快速富士山号には、あずさ色のトタM50編成が主に使われていたけど、明後日の1月25日をもって最後を迎えるM50編成に替わって国鉄特急色のM51編成が使われるようになっています。

川越線の大宮〜南古谷間は、普段埼京線及びりんかい線との直通列車(E233系7000番台と、東京臨海高速鉄道の70-000形)しか走らない区間であり、E257系や651系が乗り入れた時には新鮮な気分がしてきます。

これらの臨時列車は、大宮〜日進間で、埼京線、川越線用の地下ホームからではなく、地上ホームから亘り線を通って行くので、貴重な体験を味わうことが出来ます。

西船橋駅は、1958(昭和33)年11月10日に総武線の駅として開業した駅であり、1969(昭和44)年3月29日の地下鉄東西線の東陽町〜西船橋間の開業により乗換駅となり、1978(昭和53)年10月2日の武蔵野線の新松戸〜西船橋間の開業と共に武蔵野線も乗り入れるようになっているので、南浦和駅と同様に武蔵野線と共に開業した駅ではないことが分かります。

1986(昭和61)年3月3日に京葉線、1996(平成8)年4月27日に東葉高速鉄道東葉高速線の乗り入れにより現在に至っています。

武蔵野線と京葉線の直通運転がデルタ線によって行われるようになったのは、1988(昭和63)年12月1日の京葉線の新木場〜南船橋間、千葉みなと〜蘇我間の開業の時からであり、既存の西船橋〜南船橋間が二俣支線、同時開業した市川塩浜〜西船橋間が高谷支線と呼ばれており、快速おさんぽ川越号は、前者の二俣支線を通っています。

快速おさんぽ川越号では、縦書きの臨時の表示だったのが残念だったけど、撮影することが出来て良かったです。

上田電鉄7200系-1

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先程、小平市の友人からメールが届きました。
上田電鉄に1編成だけ残る7200系が5月引退の発表を知り、昨日撮影に行って来ました。
353系初乗り兼ねてスーパーあずさ1号としなの3号乗り継いで篠ノ井経由で上田入りしました。
7200系は下之郷車庫15:38上田行きが初運用なので時間帯が遅く撮影しにくいです。それでも城下駅での新まるまどりーむ1004編成との行き違いが撮影できました。

JR常磐線各駅停車北小金駅にて

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本日、川崎市多摩区の友人がJR常磐線各駅停車北小金駅にて北小金駅のナンバリング「JL26」の表記と3月16日で見納めとなる唐木田行の発車案内表示と東京メトロ千代田線16000系16002編成による唐木田行を撮影しました。


尚、JR常磐線各駅停車の駅ナンバリングは、東京メトロ千代田線からの続きの番号です。


また、唐木田行の発車案内表示は2002年3月23日のダイヤ改正で東京メトロ(当時は営団地下鉄)千代田線・小田急小田原線直通列車が多摩線直通の多摩急行にシフトされたもので、この表示も3月17日ダイヤ改正前日の3月16日で見納めとなります。

京成青砥駅にて

b373c4cd.jpg本日、北区の友人は会社の親和会行事でとうきょうスカイツリーを見学しました。見学終了後は、浅草雷門近くで天丼を食べた後、都営浅草駅から京成青砥駅迄都営5300系快特青砥行きに乗車しました。

本日は、京急線にて発生した人身事故の影響でダイヤが乱れてまして、都営5300系の快特青砥行きは珍しいと思い撮影しました。

E351系S1+21編成による中央ライナー7号

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こちらは、1月12日に、友人のよしちゃんがJR中央線の新宿駅の8番線側から撮影した、E351系(初代スーパーあずさ)のモトS1+21編成による中央ライナー7号で、8番線に入ってきたE233系のトタT20編成による快速東京行きとの並びを撮影することも出来ました。

E351系の間合いのライナー運用がホームライナー小田原・おはようライナー新宿(旧、湘南新宿ライナー)から中央ライナーにシフトされたのは、2008(平成20)年3月17日のことであり、当時は中央快速線で201系からE233系への置換えが大詰めを迎えていました。

今年3月19日には、E351系が使われている中央ライナー7号と2号(東京〜八王子間)がE257系(あずさ、かいじ号の車両)に置き換えられるので、10年で見納めとなってしまいます。

E351系による中央ライナーは、スーパーあずさ号の東京、新宿〜八王子間と同様に振り子装置が固定されています。

昨年12月23日に、新型スーパーあずさのE353系が導入されてからは、S2+22編成とS5+25編成が運用離脱され、どちらも転用されることもなく廃車となってしまったので、S1+21編成が唯一残る量産先行車で貴重なGTOインバータ車となっています。

この音は、京王電鉄の8000系や西武鉄道の6000系などに準じた音であり、どちらもインバータ装置の交換が進められているので、聴けなくなる時が近づいています。

この時に、昨年12月26日にS1編成に乗った時のことを思い出しました。

来年3月にスーパーあずさ号がE353系に統一されるけど、それまでの間にE353系が増備されるほか、量産先行車であるモトS101+201編成の量産化改造が行われることになります。

このように、E351系のS1+21編成による中央ライナー7号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線の10-270Fが廃車回送された

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先程、友人のよしちゃんからメールが届きました。
1月16日は、都営新宿線で活躍していた10-270Fが、朝の39T運用を終えた後に、93Tとして大島から若葉台まで廃車回送されていました。

これにより、製造されてから20年で廃車となり、10-000形が10-280Fの1本だけとなってしまいました。

今後は、若葉台から搬出された上で、北館林まで陸送されて解体されると思われます。

10-280Fも、今年3月までに廃車予定となっているので、10-000形が全廃へのカウントダウンに入っていることが分かります。

昨年1月15日は、橋本駅で10-270Fを撮影し、橋本から下高井戸まで、それによる快速本八幡行きに乗っていたので、思い出となりました。

昨年の2017(平成29)年は、8月に量産車顔の10-000形が10-250Fを最後に全廃されていたけど、その半年前の昨年2月には、10-300R形(10-000形の中間車が流用されていたヘンテコ電車)が10-330Fを最後に全廃されていたので、当時は都営新宿線の車両を盛んに追っ掛けていました。

乗り入れ先の京王電鉄では、2012(平成24)年に7000系のVVVF化の完了により、旅客用車両が井の頭線を含めてVVVF車に統一されていたけど、都営新宿線から乗り入れてくる10-000形(前述の10-300R形もそうだった)が直流モーター車(電機子チョッパ制御車)として残る結果となっています。

これが全廃されれば、京王線を走る列車が全てVVVF車となり、関東の大手私鉄で乗り入れ車両を含めたオールVVVF化第一号となります。

京王7000系では、新5000系の導入により、8両固定編成だった7708Fと7709Fが6両化され、7706Fが初めて編成単位で廃車となっていたので、VVVF化されたとはゆえ何とも言えない状態となっています。

廃車となった7000系も北館林で解体されていました。

最後の10-280Fの撮影もマナーを守ってもらいたいと思っています。

このように、廃車となった10-270Fの画像を見つけて話題にすることが出来て良かったです。

10-270Fよ、20年間お疲れ様でした。

都営新宿線の10-000形(10-280F)

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昨年12月31日は、友人のよしちゃんが京王多摩センターから新線新宿まで、都営新宿線(東京都交通局)の10-000形の最終増備車(8次車)である10-280Fによる快速本八幡行きに乗りました。

こちらは、京王相模原線の橋本駅(神奈川県相模原市緑区)を発車した後、調布までの各駅と、つつじヶ丘、 仙川、千歳烏山、八幡山、桜上水、下高井戸、明大前、笹塚、幡ヶ谷、初台、新線新宿に停車し、新宿から都営新宿線で再び各駅に停車してから本八幡(千葉県市川市)へと向かうことになります。

10-000形の最終増備車である8次車は、1997(平成9)年12月24日の急行列車新設に伴う増備車として、10-270Fと10-280Fの2編成がアルナ工機(現、アルナ車両)で製造されていました。

車体のほうは、前面が同時期に導入されていた東武鉄道の30000系、側面が東武10030系に似ていると言われているので、同じアルナ工機製の縁があります。

当時は、ATC装置が旧式で、電磁波の影響によりVVVF車の乗り入れが禁止されていたので、京都市営地下鉄烏丸線の10系6次車(1118〜1120F、国際会館までの延長に伴う増備車)と共に、日本国内向けの電車で最後の電機子チョッパ制御車となっています。

これらの編成は、10連化の促進によりVVVF化されることもなく廃車の運命を辿ることになり、今年3月までには引退予定となっているので、これを期に撮影・乗車を行ったのであります。

昨年8月には、量産車顔で最後の1本だった10-250Fが廃車となったけど、ファイナルランステッカーが付いていたことを覚えています。

橋本から新宿方向へと向かう時に10-280Fとすれ違ったので、京王多摩センターで降り、京王多摩センターから乗ることに成功したのであります。

京王線では、種別灯が付いているので良い感じに撮影することが出来ました。

このように、昨年の最後に絶滅危惧車である都営10-000形の10-280Fに乗ることが出来て良かったです。

画像は、京王線の調布駅と笹塚駅で撮影したものです。

京王新5000系の5732Fによる準特急橋本行き

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昨年12月31日は、友人のよしちゃんが新宿から橋本まで、京王電鉄の新5000系5732Fによる準特急橋本行きに乗りました。

こちらは、新宿駅を発車した後、笹塚、明大前、千歳烏山、調布、京王稲田堤、京王永山、京王多摩センター、南大沢に停車してから橋本へと向かう列車であるけど、よみうりランドでのイルミネーションイベントにより、京王よみうりランド駅に臨時停車していました。

京王新5000系には、各駅停車で乗ったことがあったけど、優等列車で乗ったのは今回が初めてでありました。

よみうりランドへは、京王よみうりランド駅からスカイシャトルというゴンドラまたは小田急バスを使うことになります。

このことに対して、小田急線の読売ランド前駅は、よみうりランドから約1Km離れていて、バスで移動しなければならないことにも関わらず、読売ランド前と呼ばれていることで誤解を招く状態であります。

よみうりランドは、1964(昭和39)年9月24日に開園した読売新聞社、日テレの系列の遊園地であり、同年3月1日に西生田駅から改称された小田急線の読売ランド前駅が最寄駅となっていました。

1971(昭和46)年4月1日に京王相模原線の京王多摩川〜京王よみうりランド駅が開業してからは、京王よみうりランド駅が最寄駅となっています。

開業当時は、京王よみうりランド駅とよみうりランドの間がスカイロードという長い動く歩道で結ばれていたけど、1999(平成11)年には、スカイシャトルというゴンドラに変わっています。

1992(平成4)年5月28日から2001(平成13)年3月26日まで運転されていた初代の相模原線特急は、6000系(1995(平成7)年からは8000系)の8両編成が使われ、途中、明大前、調布、京王多摩センターに停車していました。

こちらは、新宿〜調布間で高尾山口発着の急行(現在は準特急に格上げされている)の後を走っていた為に徐行運転されていたことを覚えています。

2013(平成25)年2月22日に、相模原線の特急が京王稲田堤、京王永山、南大沢駅停車化により復活していたのは、前年の2012(平成24)年8月19日に調布駅付近が地下化されて調布駅構内での平面交差が解消されたお陰であります。

2015(平成27)年9月15日には、準特急が笹塚、千歳烏山駅にも止まるようになってからは準特急橋本行きも加わり、現在に至っています。

京王新5000系がデビューした昨年9月29日は、乗れる機会が少なかったけど、昨年末に導入予定の5編成が出揃ったことにより多くなっています。

5732Fは、新宿〜橋本間の特急や準特急によく使われている状態であり、1月13日もこうなっていました。

1月13日には、新宿から高尾山口まで5735F、明大前から新宿まで5734Fに乗ったので、今年春のライナーデビュー前に京王新5000系の全編成を制覇したのであります。

橋本駅は、西側に京王相模原線、東側にJR横浜線と相模原線が乗り入れる駅であり、2027年には、リニア中央新幹線の品川〜名古屋間の開業により、橋本駅周辺の地下にリニアの駅が新設される予定となっています。

京王の新通勤ライナーは、新宿→京王八王子、橋本間で運転予定であり、ライナーとしても橋本に乗り入れることになります。

このように、昨年最後の鉄活動として、新宿から橋本まで、京王新5000系による準特急橋本行きに乗ることが出来て良かったです。

新旧特急スーパーあずさ号

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今日は、ワシの友人が仕事で甲府駅前に行きまして、行きは旧型、帰りは初めて新型のスーパーあずさ号に乗りました。


ついでに、武田信玄の銅像の画像も撮ってくれました。

静岡鉄道A3000形甲種回送列車

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本日、北区の友人は休みを利用して北鎌倉駅にてDE10−1749が牽引する静岡鉄道A3000形4両甲種回送列車と逗子へ回送されるDE10−1749を撮影しました。
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