真太郎日記

初めまして、真太郎と申し上げます。 鉄道とかスポーツとかエンターテイメントとかの出来事などパンチのある小話とかなど、時事ネタをドカンと楽しくやりますので以後、よろしくお願い申し上げます。

福島交通飯坂線7000系-2

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先程、小平市の友人からメールによると飯坂線7000系の平日朝夕のみ運用される、3両編成を撮影しました。阿武隈急行やJR山形線719系との並びも撮影できました。

恐らく、秋には引退予想でお盆に夕方の撮影で再訪計画しています。

小田急60000形MSEによるホームウェイ17号 60周年記念ヘッドマーク

こちらは、7月15日に友人のよしちゃんが小田急電鉄の新宿駅の2番線で、ロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きの60000形MSEの60255+60053Fによるホームウェイ17号(本厚木行き)です。

土休日のホームウェイ17号は、新宿駅の2番線を22時10分に発車し、町田駅に停車してから本厚木へと向かう列車であり、60000形MSEまたは30000形EXEが使われています。

こちらは、土休日の60000形MSEの10連の運用のうち、地下鉄千代田線やJR御殿場線に乗り入れないN66,N46運用であり、3月1日にEXEαが導入されてからは、30000形EXEと共通運用となっています。

土休日のN66,46運用は、相模大野 7時03分発のさがみ62号で新宿まで行った後、新宿から箱根湯本(4両付属編成は小田原)まで4往復した後に、新宿 22時10分発本厚木行きのホームウェイ17号の後に入庫されることになります。

土休日のMSEの10連運用は、地下鉄直通運用と、あさぎり号を含めた分割・併合運用もあり、これらの列車には30000形EXEが使えないので、60000形MSEによる固定運用となっています。

60000形MSEは、いかなる場合でも、地下鉄千代田線やJR御殿場線直通で優先的に使われているし。

60255Fと60053Fは、一昨年の2015(平成27)年に導入された編成同士の組み合わせであり、これらの編成が導入されたことにより、翌年の3月26日にメトロ特急の増発が実現していたのであります。

流線型の先頭車が両端に来ているのは、10両編成の証であり、エンド側(ロマンスカーカフェ横)のスペースで良い感じに撮影することが出来ます。

新宿駅の地下ホームには、下へ降りる階段(非常用通路)が設けられているけど、こちらは京王線への連絡通路として計画されていたことの名残であります。

小田急線の地下ホームは、京王線と同様にJR線への乗換にも便利であり、JR線のコンコースを経て中央東口へも抜けることが出来るし。

新宿駅では、JR線の北側に東西自由通路が整備される予定であり、これが出来れば、メトロプロムナード(丸ノ内線の新宿駅と新宿三丁目駅に跨がる自由通路)や南口に迂回しなくても通り抜けるが出来るようになります。

新宿駅西口の新宿スバルビルは、2014(平成26)年8月まで富士重工業(現、SUBARU(スバル))の本社があった場所であり、富士重工業→SUBARUの本社が渋谷区恵比寿にあるエビススバルビルに移転された後に建物事態が小田急電鉄に売却されています。

新宿スバルビルの名称や屋上にあるSUBARUの看板は、富士重工業(スバル)の本社だった頃の名残であるし。

その地下にはみずほ銀行(旧、第一勧業銀行)や薬局等があったけど、移転または閉店され、地下1階にあったロシア料理店のスンガリーが新宿東口店への統合によって閉店されたことにより、地下2階のマクドナルド(新宿スバルビル店)が残るのみとなっています。

小田急による再開発事業で取り壊されるのも時間の問題となったことで寂しさを感じました。

小田急バスでは、かつて富士重工の車体のバス(路線バスはいすゞ、観光バスタイプは三菱ふそう)が活躍していたあったので、新宿スバルビルの縁もあります。

富士重工の車体のバスは、日産ディーゼル(現、UDトラックス)がメインで、いすゞ、日野、三菱ふそうもあったけど、小田急バスではUD車とは無縁の状態でありました。

その代わりに小田急グループである江ノ電バスで、UD車が盛んに導入されていたし。

今から50年前の1967(昭和42)に登場したあしがら号は、朝夕の時間帯のはこね号(現、スーパーはこね号)の停車駅に新原町田(現、町田)駅を加えた列車であり、定期券と特急券の組み合わせで乗れるようになったことから、通勤ロマンスカーの先駆けともなっていました。

ロマンスカーの通勤利用客が急増したことにより、通勤利用客対応のロマンスカーである1996(平成8)年3月23日に30000形EXEが導入され、それが7本出揃った1999(平成11)年7月17日には、新宿駅を18時以降に発車する下りロマンスカーがホームウェイに変更されたのであります。

2008(平成20)年3月15日には、60000形MSEのデビュー
と共に、地下鉄千代田線直通特急が導入され、新宿駅に限られていた通勤ロマンスカーが進化していました。

大手町などの千代田線の駅から小田急線沿線へ、乗換なしで座って帰れることが好評であり、昨年3月26日に平日のメトロホームウェイ号が3本から5本に増やされたのであります。

60000形はデビュー当初は新宿への乗り入れが不定期で、新宿とは縁がなかったけど、2012(平成24)年3月17日にMSEの新宿乗り入れが定期化され、毎日乗り入れるようになっています。

流線型の先頭車を新宿駅のエンド側で毎日見られるようになったし。

ホームウェイは、ホームタウン(家路)へと向かうという意味があるので、ホームウェイで家に帰るということに相応しいと思います。

モーニングウェイのほうは、ホームウェイの逆で、朝に仕事に向かうという意味が込められているし。

60000形MSEは、来年3月にデビュー10周年を迎えるけど、10周年記念が70000形新型ロマンスカーのデビュー、複々線化の完成、モーニングウェイ号の新設と重なることになります。

このように、60000形MSEによるホームウェイ17号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた東京メトロ6000系の6102Fによる綾瀬行き

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7月14日は、友人のよしちゃんが金町から綾瀬まで、東京メトロ6000系の6102Fによる、常磐緩行線の綾瀬行きに乗りました。

この日の6102Fは、平日の37S運用に使われ、代々木上原駅を6時07分に発車してから取手へと向かい、取手 7時37分発の明治神宮前(原宿)行きの列車に使われた後に代々木公園の地下にある留置線で昼寝し、代々木上原 17時41分発の取手行きで再び取手へと向かい、取手 19時23分発の綾瀬行きで入庫されていました。

友人(よしちゃん)は、東武亀戸線の追っ掛けの後に金町へと向かい、金町から6102Fに乗ることが出来たのであります。

小田急線に乗り入れないS運用でも、16000系が使われることもあるので注意が必要であるし。

6102Fは、1970(昭和45)年に製造された量産車の第一号編成であり、翌年の1971(昭和46)年3月20日の大手町〜霞ケ関間の開業と共に営業運転入りしていました。

2010(平成22)年からは16000系の導入により廃車が進み、現在は、6102,6122,6130Fの3編成だけとなっています。

この6102Fが、最後まで残された初期型の6000系として注目されており、客用ドアの小窓、扇風機付き、異なる形の窓、運転台後部に小窓がないことなどで異彩を放っています。

後期型は、客用ドアが大窓に変更されていたので、小窓の客用ドアを見て、6000系らしさを感じました。

7月8日に新木場まで回送されていた6129Fのほうは、インドネシアに輸出されていたので、6月15日に乗車、撮影を行っておいて正解だったと思っています。

今後は16136Fと16137Fの導入によって、最後の6000系が置き換えられることになるので、最後までトラブルがないことを願っています。

綾瀬駅では、回送となった為に中線に停車していたので、良い感じに撮影することが出来ました。

このように、金町から綾瀬まで、6000系の6102Fに乗ることや、それを撮影することが出来て良かったです。

小田急30000形EXEによるホームウェイ87号 60周年記念ヘッドマーク

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こちらは、7月15日に友人のよしちゃんが小田急電鉄の新宿駅の3番線で、ロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きの30000形EXEの30254+30054Fによるホームウェイ87号(藤沢行き)です。

土休日のホームウェイ87号は、新宿駅の3番線を21時50分に発車し、新百合ヶ丘、相模大野、大和に停車してから藤沢へと向かう列車であり、30000形EXEが使われています。

こちらは片瀬江ノ島 20時35分発のえのしま94号で送り込まれているし。

平日のホームウェイ87号は、新宿駅2番線 21時45分発の藤沢行きで、7000形LSEまたは60000形MSEの6連が使われています。

新宿駅の3番線は、線路が4番線(通勤型車両(青帯車)による準急、急行、快速急行)と兼用である為に、ロマンスカーの発着が少なくなっているし。

1982(昭和57)年に完成した新宿駅第二次改良工事は、10両化を伴っていたものであり、工事期間中には各停用の地下ホームが閉鎖されて全て地上ホームからの発着となっていました。

小田急線の新宿駅が地上、地下の二層式となったのは、1964(昭和39)年2月17日のことであり、当時としては珍しい出来事でありました。

地下ホームは、8,9番線で、全て各停で使われているけど、朝ラッシュ時に折り返し回送となる急行も到着することもあるので、1982年の改良当時から10両編成の列車も入ることが出来ます。

昨年の8月27,28日に海老名市で、9月10,11日に厚木市で行われたいきものがかり(現在活動休止中)のメジャーデビュー10周年記念凱旋ライブの時には新宿→海老名または本厚木間で、30000形EXEによる団臨であるロマンスカーで行くでしょー号が運転され、新宿駅の地下ホームから発車していたことで話題になっていました。

いきものがかりのボーカリストである吉岡聖恵氏(厚木市出身)は、閏年(オリンピックイヤー)である1984(昭和59)年2月29日生まれと、本当の誕生日が4年に1度しかやって来ない状態であります。

いきものがかりの男性メンバー(ギタリスト)である水野良樹、山下穂尊両氏は、共に海老名市出身であり、後者(山下穂尊氏)はハーモニカ担当でもあるし。

海老名駅にいきものがかりの「SAKURA」の、本厚木駅に「YELL」の接近メロディーが使われているのは、その縁でもあります。

1927(昭和2)年4月1日に小田急線が開業した時には、海老名駅が海老名国分駅、厚木駅が河原口駅、本厚木駅が相模厚木駅と呼ばれていました。

海老名国分駅は、1943(昭和18)年4月1日に神中鉄道と相模鉄道の合併により海老名駅(海老名総合駅)となっていたし。

翌年の1944(昭和19)年6月1日には相模鉄道相模線が国有化されたことにより、河原口駅が厚木駅に、相模厚木駅駅が本厚木駅となったのであります。

現在の相鉄海老名駅が開業したのは、1941(昭和16)年11月25日のことであり、それまでの間は、現在の厚木線を通って厚木駅まで乗り入れていました。

相模国分信号場〜厚木間の相鉄厚木線は、単線の貨物線であり、車両の搬入及び搬出で使われています。

厚木駅付近の海老名市中新田には、メグミルクブランドの牛乳等が製造されている雪印メグミルクの海老名工場があり、その周辺には圏央道の海老名インターチェンジもあります。

圏央道は、今年2月26日に、茨城県の境古河インター〜つくば中央インター間が開業したことにより、茅ヶ崎(新湘南バイパス)から千葉県成田市にある大栄ジャンクション(東関東自動車道)まで繋がっていたので、都心を通らずに成田国際空港(成田空港)まで行けるようになっています。

平日朝の上り(通勤時間帯)のロマンスカーは、町田発2本、相模大野発1本、藤沢発1本、本厚木発1本(千代田線直通)、小田原発2本の7本あるけど、来年春には4本増えて11本となり、モーニングウェイ号またはメトロモーニングウェイ号の愛称名が使われるようになります。

小田原発の朝の通勤ロマンスカー(平日のさがみ68号と70号)は、本厚木→新宿間がノンストップ運転となるけど、68号は30000形EXE、70号は60000形MSEが使われることになるし。

30000形EXEは、ホームウェイ号のほか、モーニングウェイの主役ともなります。

60000形MSEも、30000形EXEと同様に10両のフル編成での通勤輸送に貢献しているし。

30254+30054Fは、昨年10月15日に海老名でのイベントの帰りに海老名から新宿まではこね28号で乗った時と同じ編成であるので、当時のことを思い出しました。

今回30000形EXEによる土休日のホームウェイ87号を話題にしたのは、3番線ホーム発であり、60周年記念ヘッドマークが付いていることでありました。

このように、小田急新宿駅の3番線で、30000形EXEによるホームウェイ87号を撮影することが出来て良かったです。

東武亀戸線の8575F(黄色に赤帯の試験塗装)3 夜の曳舟駅

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こちらは、7月14日に友人のよしちゃんが曳舟駅の4番線と5番線で撮影した、東武鉄道亀戸線の8000系の8575F(黄色に赤帯の試験塗装車)の夜の様子です。

5番線側からは、下町のランドマークである東京スカイツリーのライトアップをバックに撮影することが出来ました。

この日は、曳舟から北千住乗り継ぎで綾瀬まで移動し、北綾瀬まで05系で1往復した後に綾瀬乗り継ぎで金町まで行き、金町から東京メトロ6000系の6102Fによる綾瀬行きで綾瀬まで行っていました。

その後に綾瀬から北千住乗り継ぎで曳舟まで戻った時に夜の8575Fを撮影することが出来たのであります。

一昨日(7月18日)は8575Fが亀戸線のB運用、昨日(7月19日)は同A運用に入っていたので、今日(7月20日)には、亀戸線のC運用→大師線の午後の運用(D運用)に入っています。

明日は大師線の午前の運用を終えた後に春日部支所(キカス)に帰ることになるし。

黄色に赤帯の塗装は、京急の事業用車と同じ塗装であることが分かります。

こちらは京急沿線から都営浅草線直通列車で乗り換えなしで東京スカイツリーまで行けることや、京急にも大師線があることの縁もあるし。

とうきょうスカイツリー駅は、とうきょうスカイツリー駅付近の踏切の高架化と共に押上駅寄りにずれる予定であり、2023年の完成の時には、島式ホームから相対式ホームに変わり、留置線も高架化されることになります。

現在のとうきょうスカイツリー駅は、業平橋駅から継承された高架駅であるけど、北側の地平にある留置線との絡みにより、とうきょうスカイツリー〜曳舟間に踏切が残されてしまったのであります。

とうきょうスカイツリータウンは、業平橋止まりの列車専用だった地平ホーム(ま元をただせば貨物ヤード)と東武橋のたもとにあった東武鉄道の旧本社跡が整備されたものであり、留置線の高架化には手が回らなかった状態でありました。

この踏切は、東京スカイツリータウンが出来てから交通量が増えた為に、開かずの踏切として社会問題となり、今年になってからようやく高架化に向けて動き出すことになります。

これにより、北口広場も整備されることになるし。

今年4月1日には、曳舟駅の東側に、伯鳳会による駅直結型病院である東京曳舟病院が開院したことにより、お見舞いや通院客にも便利になっています。

これまでの白髭橋病院の場合は、急行通過駅である東向島駅から徒歩10分程度掛かっていたし。

4月7日には、EQUiA(エキア)曳舟も開設されています。

このような、駅直結型の病院は、東急大井町線と目黒線の大岡山駅の真上にある東急病院を思い出すけど、こちらは東急電鉄による企業立病院であります。

JR系の企業立病院は、JR札幌病院(JR北海道、北海道札幌市中央区)、JR東京総合病院(JR東日本、東京都渋谷区代々木)、JR仙台病院(JR東日本、宮城県仙台市青葉区)、
名古屋セントラル病院(JR東海、愛知県名古屋市中村区)、大阪鉄道病院(JR西日本、大阪府大阪市阿倍野区)、JR九州病院(JR九州、福岡県北九州市門司区)が挙げられているけど、全て国鉄時代に開設されています。

JR東京総合病院に関しては、医療費や人間ドックのSuicaでの支払いが可能となっているし。

東急病院では、コイルばねによる振動防止がなされ、ツタが巻き付けられています。

東武亀戸線の8575Fの黄色と赤の車体は、夜空に映えているので、夜にも撮影することが出来て良かったです。

いろいろ観光列車

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先程、岐阜県羽島郡の友人からメールが届きまして、この三連休は土曜日に東京での所用を済ませたあと、観光列車に乗ってきました。
日曜日の早朝に上野の宿から始発で高崎へ向かい、やまどり富士山に乗車しました河口湖では国鉄色、あずさ色、やまどりが整列しました。
その後、河口湖から大月まで富士山ビュー特急で往復片道は贅沢にスイーツコースです。
最後に、やまどりで高崎の宿へと向かいこの日は10時間くらい乗り鉄です。
富士山ビュー特急は、あさぎりの2階建て車両を外してしまってもったいないと思いました。
そして、月曜日は高崎から上越妙高まではくたかで向かいshu*kuraに乗車し、shu*kuraは昼前から日本酒三昧でした。
十日町から長野へ戻り、しなので名古屋へ向かいましたが、夏場のしなのはいつも空調の効きが悪い通路までいっぱいの自由席に3時間缶詰めなので熱中症になりそうでした。
中津川で快速に乗り換えたほうが快適かもしれません
夏場のしなのは乗るものではないです

名鉄電車

62f7c0cd.jpg先程、北区の友人からメールが届きまして、名古屋駅からひかり480号にて東京に向かっています。

中部国際空港駅から常滑線の準急で名鉄名古屋駅に向かう途中の聚楽園駅にて通過する2000系ミュースカイを撮影した画像を送信してくれました。

名鉄電車

419d24df.jpgその後、北区の友人は名鉄岐阜駅からミュースカイに乗車して中部国際空港駅に向かい、中部国際空港駅にて撮影した6000系準急可児行きの画像です。

名鉄電車

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その後、北区の友人は犬山経由で名鉄岐阜駅迄移動して名鉄岐阜駅にて撮影しました。

名鉄電車

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その後、北区の友人は名古屋駅地下の食堂で昼食を取った後、犬山線西春駅に移動し撮影した2000系快速特急中部国際空港行き、3300系準急中部国際空港行きの画像です。

名鉄電車

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その後、北区の友人は新安城駅に移動して撮影した2200系快速特急豊橋行き、1200系特急岐阜行き、1000系、名鉄岐阜行きの画像です。

名鉄電車

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続いては、北区の友人が舞台を豊川稲荷駅に移動して撮影した6500系急行一宮行き、1000系特急豊橋行き、名鉄岐阜行き特急の画像です。

JR豊橋駅にて

2c28bab6.jpg本日は、北区の友人は休日を利用して日帰りで名鉄を撮影しています。


最初に、JR豊橋駅にて撮影したEF200−20牽引する貨物列車の画像です。

東急5000系の5108Fによる時差Bizライナーのラッピング電車

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7月15日は、友人のよしちゃんが渋谷から二子玉川まで、東急電鉄田園都市線の5000系5108Fによる時差Bizライナー(グッチョイモーニングキャンペーン)のラッピング電車による各停中央林間行きに乗りました。

こちらは、東京都の朝の通勤ラッシュ解消プロジェクトである時差Bizによるもので、7月11日から21日までの平日に運転される中央林間発押上行きの臨時の特急列車(早朝の時差通勤客向けの速達列車)である時差Bizライナーに使われています。

Bizライナーは、中央林間駅を6時04分に発車した後、長津田、あざみ野、溝の口、渋谷と、東京メトロ半蔵門線の各駅に停車してから押上(スカイツリー前)へと向かうことになり、中央林間から渋谷まで31分、長津田から渋谷まで29分で結ばれるのが特徴であります。

平日の急行とは異なり、青葉台、たまプラーザ、鷺沼、二子玉川、三軒茶屋駅に止まらないので、速達性もあるし。

Bizライナーの時刻(7月21日まで運転)

中央林間 6時04分発→長津田 6時14分発→あざみ野 6時21分発→溝の口 6時29分発→渋谷 6時43分着→押上(スカイツリー前) 7時15分着

半蔵門線の途中駅の時刻は省略。

この列車には、ライナーと表示されています。

東急線アプリ(東急電鉄によるスマホアプリ)では、渋谷駅(東横線または田園都市線の上り列車の到着に限る)に朝の7時30分までにチェックインしたら、ローソン、しぶそば、東急ストアなどで使えるクーポン券が配信されるグッチョイクーポンサービスが8月31日までの平日に行われています。

その場合には、東急線アプリでグッチョイモーニングキャンペーンに登録する必要があるし。

5108Fには、グッチョイモーニングのキャンペーンラッピングのほか、時差Bizのヘッドマークも付いており、そのヘッドマークには、朝が変われば、毎日が変わると書いてあります。

東武東上線の朝のTJライナーや京急のモーニング・ウィング号の新設も、朝の快適通勤を応援する目的であり、来年春には、小田急線の代々木上原〜梅ヶ丘間の複々線化の完成を期に、朝の上りの通勤ロマンスカーが7本から11本に増発され、朝9時30分までに新宿駅に到着するロマンスカーが、モーニングウェイ号となります。

千代田線直通の朝の上りロマンスカーは、メトロさがみ号からメトロモーニングウェイ号に変わることになるし。

東急田園都市線の路線

(地下鉄半蔵門線経由、東武スカイツリーライン、久喜または南栗橋まで直通運転)←渋谷〜池尻大橋〜三軒茶屋〜駒沢大学〜桜新町〜用賀〜二子玉川〜二子新地〜高津〜溝の口〜梶が谷〜宮崎台〜宮前平〜あざみ野〜江田〜市が尾〜藤が丘〜青葉台〜田奈〜長津田〜つくし野〜南町田〜つきみ野〜中央林間

準急の停車駅

渋谷〜池尻大橋〜三軒茶屋〜駒沢大学〜桜新町〜用賀〜二子玉川〜溝の口〜鷺沼〜たまプラーザ〜あざみ野〜青葉台〜長津田〜南町田〜中央林間

急行の停車駅

渋谷〜三軒茶屋〜二子玉川〜溝の口〜鷺沼〜たまプラーザ〜あざみ野〜青葉台〜長津田〜南町田(土休日のみ停車)〜中央林間

いずれも半蔵門線(渋谷〜押上間)では各駅に停車し、東武スカイツリーラインでは、準急または急行(通過駅あり)となります。

田園都市線の準急は、1996(平成8)年4月25日まで運転されていた快速と停車駅が同じであります。

乗換駅

渋谷 東横線、JR(山手線、埼京線、湘南新宿ライン(東海道線⇔高崎線、横須賀線⇔宇都宮線))、東京メトロ(銀座線、半蔵門線、副都心線)、京王井の頭線

三軒茶屋 世田谷線

二子玉川 大井町線

溝の口 大井町線、JR南武線(武蔵溝ノ口駅)

あざみ野 横浜市営地下鉄ブルーライン

長津田 こどもの国線、JR横浜線

中央林間 小田急江ノ島線

1966(昭和41)年4月1日に田園都市線の溝の口〜長津田間が開業した当時は、18m級の2両または4両編成(大井町〜鷺沼、長津田間)で、長津田駅が1面1線となっていたので、20m級の10両編成の電車が頻繁に行き来している現在と比べて想像出来ない状態でありました。

開業当時は何も無かったけど、開発が進められたことにより、利用客が急増し、現在のようなドル箱路線に成長していたのであります。

田園都市線の二子玉川〜溝の口間の複々線化及び大井町線の溝の口乗り入れの復活も混雑緩和の一環であり、急行運転も行われるようになっているし。

大井町線の急行(6000系による運転)は6両だけど、今年度中に7両化される予定となっています。

平日朝のバスも!キャンペーン(池尻大橋〜渋谷間の定期券で、三軒茶屋または池尻大橋→渋谷間の東急バスに乗れるサービス)もグッチョイモーニングキャンペーンの一環であります。

この場合は、事前に三軒茶屋または渋谷駅の定期券売り場で、申込書に記入してからバスも!キャンペーン乗車券(21枚つづり)を受け取ることになるし。

こちらは東急バスのみ有効で、小田急バスには使えないので注意が必要となります。

東急5000系(2代目)は、2002(平成14)年に、当時増備が進められていたJR東日本のE231系ベースの人と環境にやさしい車両として5101Fから導入され、同年5月2日に営業運転が開始されていました。

5000系は、2009(平成21)年までに5101Fから5122Fまでの22編成導入されたけど、そのうちの5118,5119,5121,5122Fの4編成が8両化されて東横線に回されています。

田園都市線に残る18編成では、一部を除いて6ドア車が3両連結されていたけど、今年4月までに新4ドア車に差し替えられていました。

5108Fは、2006(平成18)年に導入された編成であり、今年には6ドア車が外されてオール4ドア化されています。

6ドア車が廃止されて4ドア車に統一された理由は、導入予定のホームドアに対応出来ないことだけでなく、朝ラッシュ時のピークの急行が準急に変更されたこと、二子玉川〜溝の口間が複々線化されて大井町線へのルートが形成されたこと、座席定員を増やす目的があることもあります。

山手線などでも6ドア車が廃止されたのは同様の理由でありました。

新4ドア車は、東急東横線の4110F(渋谷ヒカリエ号)の要素が取り入れられています。

これにより、大手私鉄で最初で最後の6ドア車が全廃されていました。

現在6ドア車は、中央・総武緩行線のE231系0番台に残されているけど、山手線からE231系500番台が転入され、0番台が一部を除いて他の路線に転用されることによって、2020年までに全廃されることになります。

中央・総武緩行線に残留するE231系0番台も、6ドア車が外されて4ドアに統一されることになるし。

5000系の6ドア車は、半蔵門線だけでなく、東武スカイツリーラインにも乗り入れていたので、東武線にも6ドア車が存在していました。

田園都市線では、来年春にモデルチェンジ車である新型の2020系(より人と環境にやさしい車両)が3編成導入される予定であり、8500系の置き換え計画が再開されることになります。

こちらは当然のことながら、東急車輛製造から受け継がれた総合車両製作所横浜事業所で製造されることになり、山手線のE235系の要素が取り入れられることになるし。

時差Biz通勤によって、満員電車及びそれによるストレスからおさらば出来ると共に、働く意欲に繋がると言われています。

これにより新聞を読むこと、コーヒーを飲むこと、スマホをチェックすることなどの余裕が生まれることで、嫌な通勤から楽しい通勤へ。これは良いことだと思います。

このことは、男性はもちろんのこと、女性にも嬉しい出来事であるし。

この日(7月15日)は、5108Fが日中の列車(土休日08K運用)に使われ、1往復のみ東武線にも乗り入れていたことにより、東武線でもアピールされていました。

東武線でも、朝のTJライナーや、朝のスカイツリーライナーでゆったり座って通勤出来る列車もあるし。

グッチョイモーニングとは、グッドモーニング(おはよう)に、グッドチョイスを組み合わせた言葉であり、快適な朝を応援する合言葉でもあります。

このように、東急5108Fによる時差Biz(グッチョイモーニング)のラッピング電車を撮影することが出来て良かったです。

壮絶ドキュメントプロ野球選手の妻たち

昨日、TBS系の壮絶ドキュメントプロ野球選手の妻たちを見まして、一番印象的に残りましたのが元ロッテ、中日の愛甲猛さんの今年結婚30年の節目の記念に久しぶりにテレビに奥さんとお子さんが出まして、かつて甲子園のアイドルと呼ばれた愛甲さんとの幾多の紆余曲折な結婚生活と乗り越えたの感動を呼びました。

やはり、こちらは愛甲さんが初めて甲子園に出場した時から見てますし、かなり記憶に残る選手の一人だと思います。

東武亀戸線の8575F(黄色に赤帯の試験塗装)2 曳舟駅

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続いては、7月14日に友人のよしちゃんが曳舟駅の4番線と5番線で撮影した、東武鉄道亀戸線の8000系の8575F(黄色に赤帯の試験塗装車)です。

曳舟駅の亀戸線乗り場は、5番線(専用ホーム)であり、東京スカイツリーをバックに撮影出来ることに加え、4番線側からは2両全てを撮影することが出来ます。

B運用の最初(北春日部からから回送されてきた車両)の曳舟 6時25分発の亀戸行きだけは、4番線から発車するので、4番線だけが本線と繋がっていることが分かります。

3日目に亀戸線の朝のC運用を終えて、亀戸から西新井(東武大師線)まで回送される時も4番線を通っていくことになるし。

西新井駅での大師線は、1番線からの発車で、3番線側か撮影出来る2番線は、お昼の12時台の列車の入れ換え及び正月三が日の臨時列車の時しか使われない状態であります。

亀戸線と大師線の8000系の2両編成の編成全体を撮影するなら曳舟駅がオススメということになるし。

亀戸線と大師線の試験塗装は、1958(昭和33)年に7860系の2両8編成16両に施された4種類の塗装であり、現在8577Fに施されているオレンジ色に黄帯の塗装が正式に採用されていました。

黄色に赤帯塗装は、7861Fと7865F、ベージュにオレンジ帯塗装は、7862Fと7866F、オレンジ色に黄帯塗装は、7863Fと7867F、緑色に白帯塗装は、7864Fと7868Fにそれぞれ施されていたけど、こちらは現在の8000系と同じ2両編成でありました。

亀戸線と大師線では、8577Fがオレンジ色に黄帯塗装、8568Fが緑色に白帯塗装、8575Fが黄色に赤帯塗装となったけど、ベージュにオレンジ帯の試験塗装もリバイバルされたとしたら、5編成のうちの1編成が従来塗装で残ることになります。

8575Fに施されている黄色に赤帯塗装は、東武の幸せの黄色い電車だけど、8000系にも似合っていると思います。

7月15日から一昨日(7月16日)に掛けて、8575Fが大師線での運用に入っていたけど、行かれなかったことで残念に思いました。

東武亀戸線と大師線の運用は、1日目は亀戸線のB運用、2日目は亀戸線のA運用、3日目は亀戸線のC運用(朝のみ)→大師線のD運用(午後)、4日目は大師線のD運用(午前)となるので気長に待つことにします。

このように、曳舟駅でも東武亀戸線の8575Fを撮影することが出来て良かったです。

小田急1000系更新車による8両編成各駅停車

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本日、小田急多摩線新百合ヶ丘駅にて1000系更新車同士(1057F+1064F)による8両編成での多摩線各駅停車唐木田行を撮影しました。

1057編成は地上線用として、1064編成は営団地下鉄(現東京メトロ)千代田線乗り入れ用としてデビューした編成です。

以上、川崎市多摩区の友人からのメールでした。

東武亀戸線の8575F(黄色に赤帯の試験塗装)

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7月14日は、友人のよしちゃんが亀戸から曳舟まで、東武鉄道亀戸線の8000系の8575F(黄色に赤帯の試験塗装車)に乗りました。

その日は、こちらは北砂辺りの現場に行った時に見かけました。

こちらは、昨年3月の8577F(オレンジ色に黄帯のレトロカラー)、今年2月の8568F(緑色に白帯の緑亀塗装)に続く東武亀戸線、大師線の8000系特別塗装車(マスタード塗装)であり、7月13日の亀戸線のB運用(曳舟 6時25分発)で営業運転入りしていました。

黄色に赤帯の塗装も、7860系で試行された試験塗装であり、幸せの黄色い電車が東武線にも表れたことになったのであります。

東武東上線の小川町〜寄居間と越生線(坂戸〜越生(おごせ)間)では、3種類の特別塗装車(フライング東上塗装の8198F、ツートンカラーの81107F、セイジクリームの81111F)が走っているので、これらの列車と同様の楽しみが増えたのであるし。

東武亀戸線と大師線の8000系の5編成のうち、8565Fと8570Fが従来の塗装のままとなっているので、この日はそのうちの8565Fが亀戸線のB運用に使われていました。

この試験塗装は、4月30日まで活躍していた都電荒川線(東京さくらトラム)の7001号車のほか、西鉄貝塚線(旧、宮地岳線)の電車(現在は全て600形が使われている)を思い出すような塗装となっています。

この8575Fは、1982(昭和57)年に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造された2両編成で、ワンマン化されてからは亀戸線と大師線専用となっています。

7月13日の初日には、8575FがB運用、8577FがA運用に入っていたので、亀戸線でリバイバルカラー同士の離合シーンも見られていました。

一昨日(7月15日)は、8575Fが朝の亀戸線のC運用に入った後に、午後から大師線のD運用に入っていたので、初めての大師線の運用となっていたし。

昨日は、午前の大師線の運用の後に春日部支所(キカス)に帰っていました。

このように、東武亀戸線で、黄色に赤帯の8575Fに初めて乗ることが出来て良かったです。

弘南7033F水間鉄道コラボ編成

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先程、豊島区の友人から送信してくれた弘南鉄道中央弘前駅にて撮影した弘南鉄道7033F水間鉄道コラボ編成です。


今、ここにも東急車が健在をアピールしております。

都営新宿線の10-240Fが廃車回送された

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一昨日(7月14日)は、友人のよしちゃんからのメールによりますと、都営新宿線の10-000形の6次車であった10-240Fが、大島から若葉台(京王若葉台工場)まで廃車回送されていました。

10-240Fは、1989(平成元)年3月19日の本八幡への延長開業の時に導入された都営地下鉄の車両の最古参であり、最後まで残されていたクリーム色の壁や、変わった形の吊革が印象的でありました。

こちらは現在の都営マーク(銀杏マーク)が導入される前に導入された最後の1本でもあり、銀杏マークのない東京都交通局の表示が残されていたし。

1991(平成3)年に銀杏マークが導入される前の東京都交通局の紋章は、亀の子マークに車輪を組み合わせたものであり、都電荒川線(東京さくらトラム)の9000形にも描かれています。

こちらは、1991年まで都営バスの前面に取り付けられていたし。

これにより、10-000形が10-250,10-270,10-280Fの3編成だけとなり、同じ3編成となった東京メトロ千代田線の6000系と同様に全廃へのカウントダウンに入っています。

都営地下鉄の車両(都営車)の最古参は、1991年に導入された浅草線の5300形の5301〜5306Fとなり、こちらも来年度から新型の5500形に順次置き換えられる予定となっているし。

10-240Fは、6月23日から緑色の番号表示が復元されたことで話題になっていたけど、都営交通のTwitterのつぶやきで、7月中旬に最後を迎えることがアナウンスされていたので、それに従うように、7月13日をもって営業運転が終了していたのであります。

7月10日から10連の運用が増えていたし、10-600Fが6月26日から営業運転入りしていたので動きを読み取ることが出来たし。

6月7日には、10-260Fが大島から若葉台まで廃車回送され、北館林まで陸送されて解体されていたので、10-240Fよりも先に廃車となっていました。

北館林では、日比谷線で活躍していた03系との組み合わせが見られていたので、現役時代に秋葉原、岩本町で見ることの出来なかった組み合わせが実現していたのであります。

10-270Fと10-280Fは、1997(平成9)年に導入された最終増備車で、顔つきが異なっているので、10-250Fが、1978(昭和53)年12月21日の岩本町〜東大島間の開業の時に導入された量産1次車から踏襲された顔つきの編成の最後の1本となってしまったし。

10-240Fに乗ったのは、6月27日の京王線の新線新宿→高尾山口間(平日27T運用の区間急行調布→各停高尾山口行き)が最後だったので、良い思い出となりました。

この時に、京王線の北野駅や高尾駅でも撮影出来て良かったと思っています。

ありがとう都営10-240F。28年間お疲れ様でした。

福島交通飯坂線7000系-1

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先日10日に、小平市の友人は福島交通再訪しまして、再来年春までに全廃が濃厚になった7000系を撮影しました。

まずは2両編成でして、7101-7202・7103-7204・7105-7206の3編成が残っていて、全て温泉施設花ももの湯フリー切符宣伝ラッピングされています。

以前もう1編成ありましたが、1000系(3両と2両各1編成)導入で廃車されました。

小田急30000形EXEαによるさがみ・えのしま73号 60周年記念ヘッドマーク

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続いては、7月8日に友人のよしちゃんが小田急電鉄の新宿駅で、ロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きの30000形EXEαの30251+30051Fによるさがみ・えのしま73号(小田原、片瀬江ノ島行き)です。

土休日のえのしま73号(新宿 16時50分発)は、平日とは異なり、30000形EXE(EXEα)による運転であり、前の6両(1〜6号車)がさがみ73号の小田原行き、後ろの4両(7〜10号車)がえのしま73号の片瀬江ノ島行き(相模大野駅で分割)となります。

途中停車駅は、新百合ヶ丘、相模大野、本厚木、秦野であり、えのしま号は江ノ島線で大和駅と藤沢駅に停車することになります。

その1時間後の17時50分に新宿駅を発車するさがみ・えのしま75号も同様の運転体系、停車駅であり、こちらは60000形MSEが使われているし。

30000形EXEなら、前面にさがみ/えのしまの表示が出てくるのに対し、EXEαでは、前面の愛称表示が廃止された為に、側面の表示や駅の案内表示で確認するしかなくなっています。

EXEαでは、前面の愛称表示があったほうが良かったけど、それが廃止されたことで残念であるし。

LED式のヘッドライトは、EXEαの証であり、VVVFインバータ装置の更新と共に、リニューアル前よりも消費電力が抑えられています。

30000形EXEは、通勤輸送重視で作られたロマンスカーである為に休日の行楽輸送には適していない状態となっているけど、EXEα化されてからは、60000形MSEと同様に通勤輸送と行楽輸送の両方に対応した内装に変わっています。

これにより、通勤利用客により安らぎを与えてくれる空間となっていたし。

塗装のほうもロマンスカーらしくない地味な塗装から脱却し、上がシルバー、下がゴールドと、これまでのEXEのイメージが残されたバランスの良い塗装となっています。

前面と側面のROMANCECAR EXEαのロゴマークや赤帯を見て、50000形VSEから受け継がれたものでカッコいいなと思いました。

側面の表示は、60000形MSEと同様に、列車名と行先が交互に表示されるタイプであり、片瀬江ノ島行きも、片瀬江ノ島とフルに表示されます。

片瀬江ノ島行きの表示は、以前江ノ島と省略されていたので、京急で新町(神奈川新町)、文庫(金沢文庫)、八景(金沢八景)と省略表示されていたことと同様でありました。

今年の京急のイベント(京急ファミリー鉄道フェスタ2017)では、800形の823Fによる黒幕の省略表示が再現されていたし。

江ノ島(江の島)の付く駅は、江ノ島電鉄(江ノ電)の江ノ島駅、湘南モノレールの湘南江の島駅、小田急江ノ島線の片瀬江ノ島駅の3つであり、小田急線の片瀬江ノ島駅のほうが江ノ島や海に近いです。

片瀬江ノ島駅は、上記の3駅で唯一都心と直結しているし。

江ノ電の江ノ島駅と湘南モノレールの湘南江の島駅はすぐ近くにあるけど、海に行くには州鼻通りを歩いていく必要があります。

湘南モノレールは、以前三菱重工業・三菱電機・三菱商事の系列となっていたけど、現在は経営共創基盤の傘下であるみちのりホールディングスの子会社となっています。

みちのりホールディングスの傘下である交通会社は、湘南モノレールのほか、福島交通(福島県)、茨城交通(茨城県)、岩手県北自動車(岩手県)、同南部支社(旧、南部バス)、関東自動車(栃木県、関東バス(栃木))、会津乗合自動車(福島県、会津バス)、東野交通(栃木県)も挙げられています。

東野交通のほうは、以前東武グループでありました。

栃木県のバス会社である関東自動車は、関東バスと呼ばれているけど、東京の関東バスと区別する為に、関東バス(栃木)と呼んでいます。

湘南モノレールの下の道路は、以前京浜急行(京急)による京浜急行有料道路(自動車専用道路の京浜急行線(現在の鉄道路線とは別))となっていました。

現在は藤沢市と鎌倉市に無償譲渡され、無料で通行出来るようになっています。

京浜急行バスが主にこの区間を走っているのは、京浜急行有料道路の名残であるし。

湘南モノレールでは、昨年6月26日をもって500形が全廃となり、5000系に統一されています。

こちらは赤、青、緑、黄、紫、黒と色分けされているし。

片瀬江ノ島駅付近にある新江ノ島水族館(えのすい)は、2004(平成16)年4月16日に、これまでの江の島水族館に代わる水族館として開館していました。

以前は、江の島水族館のほか、マリンランド、海の動物園もあったし。

新江ノ島水族館では、江の島・鎌倉フリーパスや江の島1dayパスポート(eno=pass、エノパス)を提示すれば割引料金で入場出来ます。

江の島1dayパスポート(eno=pass)なら、江の島シーキャンドル(展望灯台)、江の島サムエル・コッキング苑、江の島エスカー(有料のエスカレーター)、江の島岩屋(江の島の奥にある洞窟)に自由に入れるけど、江の島・鎌倉フリーパスの場合は割引料金で入れます。

片瀬江ノ島駅は、1929(昭和4)年4月1日に江ノ島線の開業と共に出来た駅であり、当初から竜宮城がイメージされた駅舎が使われています。

海水浴客輸送は当初から行われており、片瀬江ノ島駅が出来たことにより江ノ島や海水浴場が近くなっていたし。

江の島は、1964(昭和39)年に開催されていた東京オリンピック1964で、ヨット競技の会場として使われていたことで有名であり、オリンピックを期に知名度が上がっています。

1998(平成10)年に行われたかながわ・ゆめ国体でも、ヨット競技の会場として使われていたし。

今年の国民体育大会(国体)は、9月30日から10月10日までの間に愛媛県で、愛顔(えがお)つなぐえひめ国体)として行われることになります。

昨年は、岩手県で希望郷いわて国体が行われていたし。

1992(平成4)年に山形県で行われていたべにばな国体では、その夏大会に合わせるように山形新幹線が開業していたし。

鵠沼海岸駅付近には、鵠沼プールガーデンという小田急系のプールがあったけど、2000(平成12)年9月3日をもって閉鎖されたのが残念であります。

近隣の辻堂海浜公園にもプールがあるので、そこに押されていたのも言うまでもないです。

辻堂海浜公園には、小田急2600形のクハ2658号車が静態保存されているけど、こちらはアイボリーに青帯のままとなっています。

それ以前には、デハ2218号車が静態保存されていたし。

小田急江ノ島線から江ノ電に乗り換える場合は、片瀬江ノ島駅から江ノ島駅まで歩くよりも藤沢駅で乗り換えたほうが便利であります。

新宿から藤沢、片瀬江ノ島までの特急料金は620円であり、江の島・鎌倉フリーパスや江の島1dayパスポートに特急券をプラスすれば、ロマンスカーに乗ることが出来ます。

新宿から小田原、箱根湯本までの特急料金は890円(町田からは620円)であり、小田原までと箱根湯本までは同じ料金なので、箱根湯本までのロマンスカーの特急券(特に人気が高いVSE使用列車)が満席で取れなかった時には、後続のさがみ号で小田原まで行くことも手であります。

小田原行きの場合は比較的空いていると言われているし。

箱根フリーパスは、小田原から使えるので、小田原城などの小田原散策にも適しています。

もちろん特急券をプラスすればロマンスカーにも乗れるし。

50000形VSEに乗りたかったのに、チケットが取れずに仕方がなく後続の30000形EXEに乗ったということがよくあることだけど、EXEの場合でも内装が良いので乗る価値があると思っています。

EXEαの場合はさらに良くなっているし。

EXEαに乗りたい場合は、事前に時刻や運行スケジュール等を小田急線の各駅や小田急お客様センターに問い合わせる必要があります。

撮影する場合でも同じであるし。

このように、ロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きのEXEαを撮影することが出来て良かったです。

小田急60000形MSEによるえのしま73号 60周年記念ヘッドマーク

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7月7日は、友人のよしちゃんが小田急電鉄の新宿駅で、ロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きの60000形MSEの60252+60052Fによるえのしま73号(片瀬江ノ島行き)を撮影しました。

平日のえのしま73号は、新宿駅を16時50分に発車した後、新百合ヶ丘、相模大野、大和、藤沢に停車してから片瀬江ノ島へと向かう列車であり、その後に大手町まで回送されてから大手町→本厚木間のメトロホームウェイ号の運用に入る絡みにより、60000形MSEの10両編成による限定運用となっています。

その前は、さがみ70号→はこね11号→はこね12号→はこね27号→はこね28号に使われているし。

平日夜のメトロホームウェイ号は、北千住、大手町→本厚木間で5本あり、平日のメトロはこね22号の後運用のメトロホームウェイ41号が北千住発で、他の4本が大手町発となっています。

これらのメトロホームウェイ号は、平日夜の新宿発藤沢行きのホームウェイ87,89号と共に、新百合ヶ丘駅3番線発着となるので、多摩線への乗り換えに便利であります。

逆に、柿生、鶴川、玉川学園前の各駅に行く場合は階段を上らなければならない状態であるし。

平日のホームウェイ87号(新宿 21時45分発)は7000形LSEまたは60000形MSEの6両、ホームウェイ89号(新宿 22時45分発)は60000形MSEの10両が使われています。

60000形MSEは、2007(平成19)年10月に60251Fが日本車輌製造で製造され、同年10月20,21日に海老名検車区(海老名車両基地)で行われた小田急ファミリー鉄道展2007で初お披露目されていました。

当時は初代3000形SE車の50周年記念により、保存車の3021Fが、専用の保存庫から特別に出された上で展示され、喜多見の保存車である3100形NSEの3221F、7000形LSEの7004Fと並べられた上で展示されていました。

その後の11月に60051F、12月に60252Fがそれぞれ落成し、翌年の2008(平成20)年3月15日には、千代田線直通ロマンスカーのメトロホームウェイ、メトロさがみ、メトロはこね号でデビューしていました。

当時は、6両基本編成が2本、4両付属編成が1本しかなかった為に、平日のメトロホームウェイ号の3本のうちの1本が6両編成となっていました。

10両編成の列車でも、6両による代走も見られていたこともあったし。

メトロはこね号は当時土休日のみの運転であり、特定日には、本厚木〜新木場間でのベイリゾート号に使われていたこともありました。

2009(平成21)年には、デザインや塗装に加え、初の地下鉄直通ロマンスカーであることが評価されてブルーリボン賞が受賞され、同年12月には、予備車確保及び7002Fの置き換え用として60253Fが導入されていました。

翌年の2010(平成22)年1月4日に7002Fが廃車となり、北館林でその解体作業が行われていた時に亀裂が発見されていたので、7000形LSE車や、10000形HiSE車が点検・修理の為に使えなかった時に20000形RSE以降の車両による代走が行われていました。

60253Fのほうも代走で活躍していたし。

もしも亀裂が発見されずにそのままとなっていたら大変なことになっていたところでした。

2012(平成24)年3月17日には、60254Fと60052Fの導入により、新宿〜御殿場間の特急あさぎり号(JR東海御殿場線直通)にも進出すると共に、臨時列車や代走の時しか見られなかった新宿乗り入れが毎日見られるようになったし。

この時には、10000形HiSE車と20000形RSE車が、通勤型の5000形と共に最後を迎え、JR東海の371系が小田急乗り入れから撤退していました。

371系に関しては、2014(平成26)年11月まで団臨用として活躍し、そのうちの3両が20000形RSE車の20002Fのうちの3両と共に富士急行(山梨県)に譲渡され、昨年4月23日から8500系(富士山ビュー特急)として活躍しています。

元20002F(RSE車)のほうは、2014年7月12日から8000系(新フジサン特急)として活躍しているし。

60000形MSE車は、2012年3月17日から江ノ島線にも乗り入れるようになったけど、片瀬江ノ島への乗り入れは、土休日の分割・併合特急の2往復に限られていました。

やはり江ノ島の青い海には60000形MSEが似合っています。

メトロはこね号が平日にも運転されるようになったのも、2012年3月の改正の時からであるし。

一昨年の2015(平成27)年には、60255Fと60053Fが導入され、翌年の2016(平成28)年3月26日には、平日のメトロホームウェイ号が増発されていました。

この時には、平日、土休日共に60000形MSE車の小田急線内の特急運用も増えていたし。

60000形MSE車が定期のえのしま号に使われるのは、平日のえのしま73号(10両)と土休日のえのしま11,12,75,92号(4両、新宿〜相模大野間であさぎり11,12号、さがみ号75,92と併結)であり、平日のえのしま73号に関しては、新宿〜相模大野間で唯一「えのしま」の表示で撮影出来ます。

土休日に運転される60000形MSE車によるあさぎり・えのしま号と、さがみ・えのしま号は、新宿〜相模大野間で、「あさぎり/えのしま」または「さがみ/えのしま」の表示となるのでそのはずであるし。

一昨年に60000形MSE車の60255Fと60053Fが増備されていたのは、メトロ特急の増発用でありました。

現在は、60251Fと60253Fが6両単独(定期のあさぎり号中心)で使われ、60252Fは60052F、60254Fは60051F、60255Fは60053Fとペアが組まれた10両編成で使われています。

30000形EXE(EXEα)で、同じ番号の編成同士(例、30251+30051F)で固定されているのに対し、60000形MSE車は6連と4連で導入された時が異なることや、6連単独で使われる運用がある為に、バラバラで組まれ、編成の入れ換えが頻繁に行われています。

デビュー当時から活躍している60251Fが、60051Fとペアを組むとは限らないのはその為であるし。

60000形MSEで、御殿場線に入れるのは、6両基本編成だけであり、これらの先頭車には、ATS-PTが取り付けられています。

地下鉄乗り入れ用の新CS-ATC装置は、6両基本編成の全て(1号車と6号車)と、4両付属編成の10号車に付いており、7号車にはそれが取り付けられていないので、4両付属編成が単独で地下鉄に乗り入れることが不可能となっているし。

60000形MSEの4両付属編成が単独で走る区間は、30000形EXE(EXEα)と同様に、小田原駅構内及び江ノ島線(相模大野〜片瀬江ノ島間)に限られているので、7号車にATCが付いていないのも納得出来ます。

7月29,30日と8月5,6,11,12,13日には北千住〜片瀬江ノ島間で、メトロ湘南マリン号が運転される予定であり、千代田線沿線から海水浴シーズン真っ只中の片瀬江ノ島の海まで乗り換えなしで行かれるようになります。

メトロ湘南マリン号の時刻

下り(片瀬江ノ島方面)

北千住 8時06分発→大手町 8時22分発→霞ケ関 8時27分発→表参道 8時35分発→成城学園前 8時52分発→町田 9時09分発→大和 9時21分発→藤沢 9時38分着→片瀬江ノ島 9時48分着

上り(北千住方面)

片瀬江ノ島 17時05分発→藤沢 17時17分発→大和 17時39分発→町田 17時52分発→成城学園前 18時14分発→表参道 18時30分着→霞ケ関 18時38分発→大手町 18時43分着→北千住 18時59分着

こちらは、北千住→片瀬江ノ島間と、片瀬江ノ島→成城学園前間で車内販売が行われることになります。

湘南マリン号が登場したのは、2008年の夏のことであり、1990(平成2)年の夏に初代3000形SSE車によって運転された湘南マリンエクスプレスと同様に、唐木田〜片瀬江ノ島間で運転されていました。

当時は60000形MSEが片瀬江ノ島まで乗り入れていたことで喜びに満ちていたし。

翌年の2009年と2010年の夏は、成城学園前発着に変更され、後に新宿発着で利用しやすくなっています。

メトロ湘南マリン号が初登場したのは、2010年のことで、当初は土曜日のみの運転でした。

こちらは同年1月1日に運転開始されたメトロニューイヤー号の夏バージョンとなっているし。

今回は、入場券を買ってホームに入って撮影しました。

このように、60000形MSEによるえのしま73号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

小田急30000形EXEによるえのしま75号 60周年記念ヘッドマーク

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こちらは、友人のよしちゃんが7月6日に相模大野駅で撮影した、小田急電鉄の30000形EXEの30257+30057Fによるえのしま75号(片瀬江ノ島行き)です。

平日のえのしま75号は、基本的に30000形EXEまたはEXEα(10両編成)による運転であり、新宿駅を17時45分に発車し、途中、新百合ヶ丘、相模大野、大和、藤沢に停車してから片瀬江ノ島へと向かう列車であり、折り返しは、片瀬江ノ島 19時13分発のえのしま84号で新宿まで戻ることになります。

土休日のえのしま75号(新宿 17時50分発)は、60000形MSEの10連が使われ、相模大野から前の6両がさがみ75号として小田原へと向かい、後ろの4両が片瀬江ノ島行きとなるし。

新宿〜片瀬江ノ島間のロマンスカーは、平日が4往復(うち2往復は相模大野まではこね号またはさがみ号と併結)、土休日が下り12本、登り10本(うち下り10本、上り9本は相模大野まではこね号、さがみ号、あさぎり号と併結)であり、土休日のホームウェイ81号と83号を除いて全てえのしま号となります。

えのしま号は、現在平日の日中には運転されていないし。

7000形LSE車は、平日のホームウェイ87号と土休日のホームウェイ85号で藤沢へと向かうことになるけど、折り返しは回送となるので、現在LSE車によるえのしま号は、平日のえのしま75,74,84号の代走の時しか見られなくなっています。

こちらは、今年4月に実際に見られていたことを聞きました。

友人(よしちゃん)が子供の頃に3100形NSE車や7000形LSE車によるえのしま号によく乗っていたので、当時のことを思い出したし。

1996(平成8)年3月23日に30000形EXEがデビューした時点では、30000形4連のえのしま号(新宿〜町田間ではこね号と併結)のほか、既に存在していた3100形NSEまたは7000形LSEによるえのしま号も運転されていました。

えのしま号が大和駅にも停車するようになったのはこの時からであり、それ以前は、町田駅と藤沢駅に停車していたし。

1998(平成10)年8月22日には、えのしま号が相模大野駅に停車するようになってからは町田駅通過となり、分割・併合駅が町田駅から相模大野駅に変更されていました。

後に、新百合ヶ丘駅にも停車するようになったので、時代は変わったなと思いました。

2012(平成24)年3月17日にあさぎり号の新宿〜御殿場間の短縮運転化及び60000形MSEへの置き換えにより、町田駅通過、新百合ヶ丘、相模大野、秦野駅停車化されていたけど、こちらも町田飛ばしに成り下がってしまったし。

ロマンスカーの町田飛ばし問題は、スーパーはこね号の削減により解決されています。

かつてえのしま号でも森永または日東紅茶(三井農林)による走る喫茶室の営業が行われていたこともあったけど、小田急レストランシステムによるワゴンサービスの小田急線内の特急への拡大により、早い段階で移管されていました。

小田急レストランシステムの、ロマンスカーでの車内販売事業への進出は、1991(平成3)年3月16日にあさぎり号が特急に格上げ及び沼津延長された時であり、20000形RSEの2往復が最初となっていました。

JR東海の371系による2往復は、JR東海の子会社であるジェイダイナー東海(2002(平成14)年10月1日から、ジェイアール東海パッセンジャーズ)による担当であったし。

ジェイダイナー東海と言えば、以前鉄道アイドルのゆゆこと木村裕子氏が、383系によるワイドビューしなの号の車内販売で働いていたことで有名であります。

現在は、しなの号での車内販売は行われていないので思い出となってしまったし。

1993(平成5)年3月28日に日東紅茶が、1995(平成7)年3月に森永がそれぞれロマンスカーでの走る喫茶室部門から撤退し、走る喫茶室が一時的に途絶えていました。

あさぎり号の車内販売は、2011(平成23)年3月11日(奇しくも東日本大震災が発生した日)をもって終了、ジェイアール東海パッセンジャーズが小田急線から撤退し、ロマンスカーの車内販売が小田急レストランシステムに統一されていたし。

2005(平成17)年3月19日に50000形VSEがデビューした当時は、走る喫茶室を彷彿とさせるシートサービスが復活していたことで話題になっていたけど、昨年3月26日にそれが廃止されてワゴンサービスに統一されたことで残念に思っています。

現在えのしま号では、30000形EXEを含めて車内販売が行われていないけど、さがみ号と共に臨時に車内販売の営業が行われることもあります。

30257+30057Fは、1999(平成11)年に川崎重工業で製造された30000形EXEのラストナンバーであり、今年3月2日に町田から新宿までさがみ90号で乗ったことがあるので、乗った時のことを思い出しました。

7月29,30日と8月5,6,11,12,13日には北千住〜片瀬江ノ島間で、メトロ湘南マリン号が、7月31日と8月1,2,3,4,7,8,9,10日には新宿〜片瀬江ノ島間で、湘南マリン号がそれぞれ運転される予定であり、メトロ湘南マリン号は60000形MSEの6両、湘南マリン号は30000形(8月3日と10日は7000形LSE)が使われることになります。

湘南マリン号の時刻

下り(片瀬江ノ島方面)

新宿 9時55分発→新百合ヶ丘 10時23分発→相模大野 10時37分発→大和 10時45分発→藤沢 10時57分着→片瀬江ノ島 11時08分着

上り(新宿方面)

片瀬江ノ島 16時10分発→藤沢 16時21分発→大和 16時38分発→相模大野 16時49分発→新百合ヶ丘 17時04分発→新宿 17時34分着

メトロ湘南マリン号の時刻

下り(片瀬江ノ島方面)

北千住 8時06分発→大手町 8時22分発→霞ケ関 8時27分発→表参道 8時35分発→成城学園前 8時52分発→町田 9時09分発→大和 9時21分発→藤沢 9時38分着→片瀬江ノ島 9時48分着

上り(北千住方面)

片瀬江ノ島 17時05分発→藤沢 17時17分発→大和 17時39分発→町田 17時52分発→成城学園前 18時14分発→表参道 18時30分着→霞ケ関 18時38分発→大手町 18時43分着→北千住 18時59分着

LSEの7004Fによるはこね45号に乗った時に海老名まで行かずに町田で降りたのは、相模大野駅でロマンスカー60周年記念ヘッドマーク付きのえのしま75号を撮影したかったからであります。

このように、相模大野駅で30000形EXEによるえのしま75号を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

東急世田谷線の305Fによる玉電110周年ラッピング電車

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5月3日は、友人のよしちゃんが三軒茶屋から下高井戸まで、東急世田谷線の305Fによる玉電開業110周年記念ラッピング電車に乗りました。

こちらは、1907(明治40)年3月6日に、前身の玉川電気鉄道(玉電)の道玄坂上〜三軒茶屋間が開業してから110周年を迎えたことにより、4月10日からピンク色の305Fに施されたラッピングであり、開業当初の木造電車がイメージされています。

玉川電気鉄道によって開拓された軌道線は、渋谷〜二子玉川園(現、二子玉川)間と三軒茶屋〜下高井戸間の玉川線、二子玉川園〜砧本村間の砧線、玉川(現、二子玉川)〜溝ノ口(現、溝の口)間の溝ノ口線、渋谷〜天現寺橋間の天現寺線、渋谷橋〜中目黒間の中目黒線から成っており、天現寺線と中目黒線に関しては、1948(昭和23)年に東京都交通局(都電)に譲渡されていました。

溝ノ口線は、1927(昭和2)年7月15日に、玉川線を溝ノ口(現、溝の口)まで延長させた路線であり、今年で開業90周年を迎えることになります。

当時は、二子新地、高津、溝ノ口駅が軌道上にあり、溝ノ口駅に関しては、同年3月9日に開業していた南武鉄道(現、JR南武線)の武蔵溝ノ口駅に隣接されていました。

1943(昭和18)年7月1日には、1067mmに改軌の上で大井町線に編入され、現在のような大井町〜溝ノ口(溝の口)間での直通運転が行われるようになったけど、1966(昭和41)年3月に高架化されるまでは、多摩川橋梁で普通鉄道規格の電車が路面を走っていました。

二子玉川〜溝の口間は、今から8年前の2009(平成21)年7月11日に複々線化され、一時期二子玉川園→二子玉川までとなっていた大井町線が再び溝の口まで乗り入れるようになっていたし。

1927年7月6日に大井町線が大井町〜大岡山間で開業してから今年で90周年を迎えていました。

東急で今年開業90周年を迎える区間は、東横線の渋谷〜多摩川間と、池上線の大崎広小路〜雪が谷大塚間も挙げられています。

池上線の池上〜蒲田間は、今年10月6日に開業95周年を迎えることになるし。

玉川線の渋谷〜二子玉川園間と砧線が廃止されて三軒茶屋〜下高井戸が世田谷線として独立していたのは、1969(昭和44)年5月11日のことであり、同年10月25日には、玉電の天現寺線から継承された部分が含まれていた都電34系統(渋谷駅前〜金杉橋間)が廃止されたことにより、渋谷から路面電車が全廃されていました。

東急世田谷線の路線

三軒茶屋〜西太子堂〜若林〜松陰神社前〜世田谷〜上町〜宮の坂〜山下〜松原〜下高井戸

乗換駅

三軒茶屋 田園都市線(渋谷、二子玉川、中央林間方面)

山下 小田急線(豪徳寺駅)

下高井戸 京王線

三軒茶屋駅は、今から40年前の1977(昭和52)年4月7日に新玉川線(現在の田園都市線の一部)が開業し、再び東急線の路線と結ばれるようになった当時は、大通りに面していた為に乗り換えに便利な状態となっていました。

1992(平成4)年11月11日に、キャロットタワーの建設工事により西太子堂寄りに仮移設されてからは、新玉川線の駅から遠くなり、1996(平成8)年11月15日にキャロットタワーに隣接する新駅に移転された後も、新玉川線→田園都市線の駅から離れたままであります。

三軒茶屋駅と西太子堂駅の間は三軒茶屋駅の移転により近くなっているし。

小田急線の豪徳寺駅は、複々線化される前は盛り土式の2面2線の駅で、プラットホームから世田谷線の電車を眺めることが出来ていました。

豪徳寺駅が現在の高架駅となってからはプラットホームから眺めることが出来なくなり、世田谷線の山下電停側からも小田急線の電車を見ることが困難となってしまいました。

下高井戸駅では、同じ馬車軌道(1372mm)の京王線と並ぶシーンを見ることが出来るけど、京王線の駅が高架化されれば、世田谷線の駅が孤立化してしまい、京王線と世田谷線の組み合わせが見納めとなってしまいます。

現在の車両である300系は、1999(平成11)年7月11日に301Fがデビューしていたけど、あれから18年経ちました。

18年前のデビュー当時の301Fは、緑色で、サザエさんのラッピング電車となっていたし。

これまでは、デハ70,80,150形という玉電から継承された緑色の2両連結の旧型電車が当たり前であり、これらの列車は未だ非冷房車となっていました。

300系は、世田谷線初の冷房車であり、1955(昭和30)年から1969年まで活躍していたペコちゃんことデハ200形以来となる低床の2両連接構造により、前後で行き来が可能となるなどで、乗り心地も向上されています。

翌年の2000(平成12)年には、水色の302Fが導入され、2001(平成13)年2月10日には、デハ150形を最後に旧型車の置き換えが完了していました。

310Fのほうは、旧型車の置き換え用ではなく、増発用として導入されていたし。

2005(平成17)年11月には、301Fがデハ200形と同じ塗装となっていました。

デハ200形は、6編成あったうちのデハ204号車が、宮崎台にある電車とバスの博物館で静態保存されています。

7月11日は、セブンイレブンの日でもあり、世田谷線にセブンイレブンのイメージカラーであるオレンジ色、緑色、赤色の電車が走っているので、セブンイレブンの日にデビューした電車らしさを感じました。

こちらは偶然の出来事であり、オレンジ色は309F、緑色は304F、赤色は308Fが該当しているし。

世田谷線の三軒茶屋駅前にあるセブンイレブンは、その真上に系列のファミレスであるデニーズがあるので、セブン&アイホールディングス同士の組み合わせが見られています。

東京メトロ東西線の落合駅前のセブンイレブンも、真上にデニーズがあるし。

セブン&アイホールディングスのアイは、イトーヨーカドー(スーパーストア)のことで、最近になってからはシンボルである鳩マークが復活しています。

東急世田谷線の三軒茶屋駅前の踏切の横には、ファミリーマート(ファミマ)があるし。

ファミリーマートは、以前am/pmからの鞍替えにより店舗が増やされていたけど、現在はサークルKサンクスからの鞍替えにより更に増えることになります。

サークルKサンクスの焼き鳥は、ファミリーマートにも継承されているし。

ファミリーマートのCIカラーは、水色と黄緑色となっており、東武アーバンパークライン(野田線)の10030系や60000系で、これらの色の帯が使われていることからファミマ電車と呼ばれています。

世田谷線では水色は、302Fが該当しているし。

今から10年前の2007(平成19)年の玉電100周年の時には、310Fに花電車風のラッピングが施されていました。

当時の都電荒川線には、7000形の7001,7008,7010号車に花電車風のラッピングが施されていたし。

305Fによる玉電110周年のラッピング電車は、何時までラッピングされるのか分からないので、撮影することが出来て良かったと思っています。

小田急50000形の50002Fによるはこね44号 60周年記念ヘッドマーク

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7月6日は海老名から新宿まで、友人のよしちゃんが小田急電鉄の50000形ロマンスカー(VSE車)の50002Fによるはこね44号に乗りました。

こちらは、平日のはこね43号(新宿 17時10分発)の折り返しであり、箱根湯本駅を18時50分に発車した後、小田原、海老名、町田に停車してから新宿へと向かう列車であり、その後は折り返しの新宿 20時45分発のホームウェイ85号で藤沢へと向かうことになります。

VSEが江ノ島線に入るのは、平日のホームウェイ85号(新宿→藤沢間)のほか、1月1日の終夜運転の時に運転されるニューイヤー号も挙げられているけど、ニューイヤー号の場合は片瀬江ノ島まで乗り入れることになります。

片瀬江ノ島発着の特急に展望席付きのロマンスカー(7000形LSE、50000形VSE)が使われずに30000形(EXE、EXEα)や60000形MSEが使われているのは、藤沢駅のスイッチバック(方向転換)の関係もあります。

展望席付きロマンスカーの場合は、運転席が展望席の真上(2階部分)にあることにより時間が掛かるのでそのはずであるし。

展望席付きのロマンスカーは、方向転換のない新宿〜箱根湯本間の特急(はこね号またはスーパーはこね号)に主に使われていることが分かります。

この日のVSEは、50001Fが定期検査により大野総合車両所に入場していたので、VSEの平日N52運用がLSEの7004Fによる代走となり、平日のN51運用(VSEによる固定運用)に50002Fが使われていたのであります。

50002Fは、6月に全般検査から出場していたので、その後に50001Fが入場していたことで動きを読み取ることが出来たし。

大野総合車両所は、1962(昭和37)年10月19日に開設された大野工場が前身であり、2009(平成21)年12月には海老名検車区大野出張所(旧、大野検車区)との統合により大野総合車両所となっています。

大野工場が出来る前は、経堂工場と相武台工場に分かれていて、経堂工場では電車、相武台工場では機関車や貨車の整備が行われていました。

こちらは東武鉄道にあった西新井工場と杉戸工場みたいな関係であったし。

相武台前駅構内の留置線は、相武台工場があった時の名残であり、貨物輸送が廃止された後に、電車の留置線として使われています。

相武台前駅は、1927(昭和2)年4月1日に開業した当時は、初代座間駅と呼ばれていました。

1937(昭和12)年6月1日には、士官学校前となり、1941(昭和16)年1月1日には現在の相武台前駅となっています。

旧相模鉄道線(現、JR相模線)の相武台下駅も、以前座間新戸→陸士前駅と呼ばれていたことがあったし。

国鉄→JR相模線は、1944(昭和19)年6月1日に国有化されるまでの間は、旧、相模鉄道による路線でありました。

現在の相模鉄道(相鉄)の路線(相鉄本線、横浜〜海老名間)は、神中鉄道によって開拓された路線であり、1943(昭和18)年に旧相模鉄道との合併により、相模鉄道(相鉄)となっています。

相鉄と言えば、今年12月に20000系という新型車両が導入されることで話題になっているし。

現在の座間駅は、1927年7月28日に新座間駅として開業し、1937年7月1日の座間遊園駅への改称を経て、1941年1月1日に座間駅となり、途絶えていた座間駅が復活していました。

相武台前〜座間間は、春には桜が咲き誇る区間であり、桜をバックに撮影出来るポイントがあります。

2014年までは、座間お立ち台と呼ばれた築堤の上から電車と桜をバックに撮影することが出来ていたことが出来、桜のシーズンに賑わっていたけど、足場が悪く、危険である為に柵が設けられて入れなくなっているし。

その代わりに桜をバックに撮影出来るポイントが残されているものの、座間お立ち台への立入禁止が惜しまれています。

ロマンスカーの特急料金で、新宿から町田まで410円、新宿から海老名まで570円なので、行きのLSEで海老名まで行かずに町田で降りたのは、160円安くなることはもちろんのこと、相模大野駅で撮影してみたかったからであります。

相模大野から海老名までは、JRのE233系2000番台のマト7編成による準急本厚木行きに乗ることが出来たし。

町田から相模大野までは2000形の2055Fにも乗ったので、小田急の通勤型車両(青帯車)にも乗ったことになりました。

50000形VSEで、ピーポー音が鳴る時は、新宿〜箱根湯本間の箱根特急の発車時や到着時のみであり、藤沢行きのホームウェイ号や回送列車の時には鳴らないことになっています。

この時に当たった座席は、1号車の10Dであったし。

行きのはこね43号は、新宿駅発車の時点で満席となっていたので、折り返しのはこね44号に乗ったのであります。

この列車も車内販売が行われていたけど、経堂駅を過ぎた辺りから車内販売の営業終了のアナウンスがありました。

下り列車の場合は、小田原駅到着をもって終了するし。

ロマンスカーの車内販売は、全て箱根湯本発着の列車で行われ、メトロはこね号の代々木上原〜小田原間も対象となります。

EXEによるはこね・えのしま9,10号(土休日は15,16号)は、はこね号側のみ車内販売の営業があり、えのしま号側は非営業となっているし。

友人(よしちゃん)がEXEに乗ったのは、今年2月27日の本厚木→新宿間以来でした。

50000形VSEには、8月下旬までの間、ロマンスカー60周年記念ヘッドマークが付いています。

こちらは、ロマンスカーシリーズで一番人気のあるフラッグシップ車両(エース的な車両)で、列車によって満席になることが多い状態であります。

先日友人がVSEに初めて乗っていたけど、最高だったと言ってました。

友人は、30000形EXEにも初めて乗っていたし。

このように、海老名から新宿まで50000形VSEに乗ることが出来て良かったです。

小田急7000形の7004Fによるはこね45号 60周年記念ステッカー

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7月6日は、新宿から町田まで、小田急電鉄の7000形ロマンスカー(LSE車)の7004Fによるはこね45号に乗りました。

こちらは、新宿駅を17時30分に発車し、町田、海老名、小田原に停車してから箱根湯本へと向かう列車であり、下りのはこね号の最終となります。

箱根湯本行きのホームウェイ号は、平日は、新宿18時ちょうど発のホームウェイ1号(30000形EXEによる運転)だけであり、土休日には、新宿18時10分発のホームウェイ1号(30000形EXEによる運転)に加え、18時30分発のホームウェイ3号(30000形EXEまたは60000形MSEによる運転)と、19時10分発のホームウェイ5号(7000形LSEまたは60000形MSEによる運転)も加わることになります。

上りの箱根湯本発の特急の最終は、平日が19時46分発のはこね48号、土休日が20時53分発のはこね52号であり、それ以降は、小田原まで行き、小田原始発のさがみ号を使うことになるし。

友人(よしちゃん)が小田急7000形LSEに乗ったのは、2014(平成26)年1月18日の7003F以来であり、7004Fに乗ったのは2007(平成19)年7月以来10年ぶりでありました。

今回乗った7004Fは、1983(昭和58)年に11両全てが川崎重工業で製造されていたので、同じ川崎重工業製の京阪電気鉄道(京阪)の6000系と同期の車両でもあります。

かつて営団地下鉄→東京メトロ銀座線で活躍していた01系の試作車である01-101Fも1983年に川崎重工業で製造されていたし。

ロマンスカーと言えば小田急というイメージが強く、現在では小田急電鉄による登録商標となっているけど、以前は京阪や東武にも使われていました。

東武のロマンスカーは、1960(昭和35)年から1991(平成3)年まで活躍してあた1720系のデラックスロマンスカー(DRC)が有名であったし。

現在の東武特急では、ロマンスカーが小田急に取られた為にスペーシアやリバティが使われています。

ロマンスカーの愛称が最初に使われたのは、今から90年前の1927(昭和2)年に導入された京阪の1550型電車のことであり、初の転換クロスシートであった2人掛けのロマンスシートがその由来となっています。

1927年は、奇しくも小田急線の新宿〜小田原間が開業した年でもあるし。

このような転換クロスシート車は、特急用の2代目3000系や8000系にも受け継がれています。

京阪8000系と言えば、8月20日から座席指定制の特別車両であるプレミアムカーが連結される予定であり、現在暫定的な7両編成となっているし。

京阪の駅で現在の発車メロディー(向谷実氏によるプロデュース)が導入されてから、6月17日で10年経ったのであります。

話は小田急に戻して、7004Fがリニューアルされたのは、1998(平成10)年のことであり、川崎重工業製の車両が日本車輌でリニューアルされたことになりました。

こちらは最後まで残されたリニューアル前のオリジナルスタイルとなっていたし。

小田急30000形EXEのリニューアル(EXEα化改造)も全編成を対象に日本車輌で行われているので、川崎重工業製の30256+30056Fと30257+30057Fも日本車輌で改造される予定となっています。

2007年7月6日には、小田急線開業80周年及び初代3000形SE車生誕50周年記念により、7004Fがデビュー当時の塗装に戻されていました。

2012(平成24)年には、D-ATS-P取り付けにより再び日本車輌に入場したと共に、前面の窓の銀色の枠が復活していました。

7003Fは、ワインレッドカラーのままD-ATS-P装置の取り付けにより日本車輌に入場し、出場後に旧塗装(前面の窓の銀色の枠も復元されている)となっていたし。

ロマンスカーのD-ATS-P装置は、60000形MSE車には製造時から取り付けられており、7000形の7003Fと7004F、30000形EXE、50000形VSEに関しては、日本車輌で取り付け工事が行われていました。

2012年2月19日には、ワインレッドカラーだった7001Fが運用離脱されたことにより、デビュー当時の塗装に戻された2編成である7003Fと7004Fの2編成となり、LSEでは必ずデビュー当時の塗装ということになっています。

座席は3号車の6Dであり、売店と4号車のトイレの中間でありました。

LSEの座席の色が1号車から5号車までが青色、6号車から11号車まで茶色となっているのは、禁煙車と喫煙車に分かれていたことの名残であります。

小田急ロマンスカーに禁煙車が導入されたのは、1987(昭和62)年7月1日のことで、当初は初代3000形SSEの1号車、3100形NSEと7000形LSEの1〜3号車がこうなっていました。

それ以前は、あしがら号、えのしま号、あさぎり号に限り、新宿〜町田間のみ全車禁煙となっていたし。

ロマンスカーの禁煙車は徐々に拡大され、2007年3月18日には全区間で全車禁煙化されていました。

50000形VSEに関しては、当初から客室内が全面禁煙であり、2007年3月17日まで3号車と8号車の喫煙スペースのみ喫煙可能となっていたし。

代々木上原駅では、東京メトロ千代田線の6000系の6130Fによる送り込みの回送を見ることが出来ました。

こちらは代々木上原17時41分発の取手行きとなる平日の37S運用の後半でありました。

東京メトロ6000系では、6129Fが7月7日の朝をもって運用離脱され、7月8日に、綾瀬から新木場まで、海外譲渡の為に廃車回送されていたという情報が入ってきました。

これにより、東京メトロ6000系は、6102,6122,6130Fの3編成だけとなってしまいました。

6129Fに関しては、6月15日に乗車・撮影が出来て良かったと思っています。

7000形LSE車と千代田線の6000系の組み合わせは、昭和同士の組み合わせであり、以前当たり前のように見られていたし。

東北沢〜世田谷代田間の地下線を7000形LSE車で通ったのは、2014年1月18日の7003Fであるけど、7004Fで通ったのは当然初めてでありました。

来年春には東北沢〜世田谷代田間が複々線化され、緩行線が上を走る新線に移され、特急ロマンスカーなどが走る急行線は従来のままとなります。

世田谷代田駅は現在急行線部分に設けられた仮設ホームが使われているけど、複々線化されれば真上の緩行線にある本設ホームに移され、急行線はホームのない場所を通過していくことになります。

下北沢駅は上下二層式、東北沢駅では、外側に通過線のある1面4線となるし。

2013(平成25)年3月23日に東北沢〜世田谷代田間が地下化された時に急行線部分が先に開通していた理由は、下北沢駅の急行線部分が小田急初のシールド工法で作られていた為であります。

緩行線部分は、地上設備が撤去された後に開削方式で作られているし。

10000形の保存車である10001Fの3両は、10003号車と10011号車が喜多見車両基地のスペース確保に伴う車両整理により北館林荷扱所まで陸送されて解体されることになるけど、この時に日比谷線で廃車となった03-117Fや東武20000系との組み合わせも見られていました。

こちらは現役時代に有り得なかった組み合わせであったし。

10001号車が引き続き保存されることで安心しています。

7月6日は、1957(昭和32)年に初代3000形のSE車のデビュー記念日(ロマンスカーの誕生日)であり、今年で60周年を迎えていました。

2007年7月6日の50周年の時には、7004Fの旧塗装が披露されていたので、あれから10年経ったことで早いもんだなと思いました。

ロマンスカーの60周年記念ヘッドマークは、初代3000形SE車と50000形VSEが描かれており、7000形以外のロマンスカーの全編成の先頭車に取り付けられているけど、30000形EXE(EXEα)や60000形MSEの貫通先頭車(6,7号車)には取り付けられていないです。

7000形LSEの場合は側面(3,4,8,9号車)にヘッドマークと同じデザインの記念ステッカーが取り付けられています。

このように、ロマンスカー60周年の記念すべき日に7004Fに乗ることが出来て良かったと思っています。

京王9000系の9704Fによる快速つつじヶ丘行き

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こちらは、友人のよしちゃんが6月27日に京王高尾線の終点である高尾山口駅で撮影した、京王電鉄9000系の8連の9704Fによる快速つつじヶ丘行きです。

京王9000系は、2000(平成12)年から2009(平成21)年までの間に8両編成8本64両と10両編成20本200両、計264両が製造されて、6000系の界磁チョッパ制御車が置き換えられていました。

その前面スタイルは、1996(平成8)年12月1日まで活躍していた初代5000系がイメージされており、2000年から2004(平成16)年までに導入された8両固定編成は貫通幌の台座付き、2006(平成18)年から2009年までに導入された10両固定編成は、貫通幌の台座なしとなっているけど、10両固定編成のほうがすっきりとした感じがします。

10両固定編成は、6000系の30番台に替わって都営新宿線にも乗り入れているので、新火災対策基準によってマイナーチェンジされているし。

京王新線の幡ヶ谷駅は、非常用の通路が設けられているので、地下トンネル駅でありながら、地下鉄並みの安全性があります。

9000系の8両固定編成は、奇数編成が日本車輌製造、偶数編成が東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造されていたのに対し、10両固定編成は全て日本車輌製造で製造されていました。

こちらは京成電鉄のアクセス特急用の3050形(3000形50番台)が専ら日本車輌製造で製造されていたことに準じているし。

京王9000系がデビューしたのは、2001(平成13)年1月24日のことで、前年の2000年に落成していた9701Fと9702が使われていました。

当時は、相模原線の特急(初代相模原特急)が8両編成で運転されていたので、相模原特急にも使われていたし。

9704Fは、2001年に東急車輛製造で製造されていたので、当時の製造パターンを読み取ることが出来ます。

9000系の8両編成には、6000系や7000系の2両編成との連結により10両編成を組めるようにブレーキ読み替え装置が取り付けられているけど、デビュー当初は専ら6000系の2両編成とペアが組まれていました。

2011(平成23)年に6000系が全廃されてからは7000系の2両に替わっていたし。

これによって、9000系の2両固定編成を導入せずに済んでいたことが分かります。

西武の30000系の8両編成では、2000系の2連との併結が不可能であることから、30000系の2両付属編成も導入されていたし。

2010年と2011年は9000系の導入がなく、7000系の編成組み替えにより残りの6000系が置き換えられていました。

9000系のデザインは、8000系と同様に京王らしさを感じるものであり、どちらもグッドデザイン受賞車であります。

井の頭線を除いた京王線系統の路線では、全て10両編成まで入れるので、8両編成が主に各停に使われていることが分かります。

京王高尾線は、1967(昭和42)年10月1日に開業した路線であり、これが出来たことにより高尾山が近づいていました。

今年10月1日には、高尾線開業50周年を迎えるので、盛大なイベントが期待されています。

新5000系は、9月29日にロングシートモードで営業運転入りするという情報が入ってきました。

この日は、調布駅の上にトリエ京王調布が開業する予定となっているし。

新5000系は、来年春に登場する予定の新ライナー(クロスシートモード)に対応しており、それまでの間に10両5編成50両導入される予定となっています。

先日落成した新5000系の第一編成で、5731Fと30番台になっていることで、都営新宿線乗り入れ対応なのか、将来的に7000系の置き換え用としてロングシートモードの0番台が導入されるのか気になります。

こちらは東武東上線の50090系のTJライナーや西武40000系のS-TRAINに似たような雰囲気があるけど、西武40000系S-TRAINからトイレやパートナーゾーンを外したようなイメージがあります。

新ライナーでのクロスシートモードでは、コンセントも使えるようになるし。

京王新5000系は、9000系以来の16年ぶりの新形式のほか、2009年の9730F以来8年ぶりの旅客用車の新造車として注目されています。

一昨年には9000系ベースの事業用車であるデヤ901・902形が導入されていたけど、イエローフェイスにより京王版のドクターイエローと言われているし。

こちらも幸せの黄色い電車でもあります。

高尾山口駅は、夜も良い感じであり、木目調の駅舎もマッチしています。

このように、夜の高尾山口駅で、京王9000系による快速つつじヶ丘行きを撮影することが出来て良かったです。

今日の東武スカイツリーライン日比直

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今日は家族で実父の墓参りの後、友人の山さんは東武スカイツリーライン日比直中心の撮影をしました。

そして、最後には西新井で70000系の撮影に成功しました。

今月中には、必ずリベンジします。

小田急50000形VSEによるはこね32号

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昨年9月20日は、友人のよしちゃんが箱根フリーパスで行く箱根旅行の帰りに、箱根湯本から新宿まで、小田急ロマンスカーの50000形VSE車の50002Fによるはこね32号に乗りました。

こちらは、箱根湯本駅を15時49分に発車し、小田原、海老名、町田に停車してから新宿へと向かう列車であり、原則的にVSEが使われているけど、VSEの2本のうちの1本が検査・点検等で使えない場合には、7000形LSE(7003Fまたは7004F)による代走が行われることになります。

昨年3月26日の改正からは、VSE独自のシートサービスが廃止され、他のロマンスカーの車内販売と同じワゴンサービスとなってからは、コーヒーが専用のグラスに入ったプレミアムコーヒーから紙コップに入ったコーヒーにグレードダウンされていました。

箱根登山線の小田原〜箱根湯本間は、単線区間であり、その途中の箱根板橋、風祭、入生田の各駅では、交換シーンを見ることも出来ます。

ロマンスカー同士の場合は、運転停車を伴うことになるし。

50000形VSEがデビューしたのは、2005(平成17)年3月19日のことであり、あれから12年経った今でも人気は衰えていないです。

ロマンスカーのフラッグシップ車両の座は未だ健在であり、輝きも色褪せていないし。

50001Fは前年の2004(平成16)年11月に、50002Fは2005年2月に日本車輌製造で製造されていたので、同年2月17日のセントレアこと中部国際空港の開港と共にデビューした名古屋鉄道(名鉄)の2000系ミュースカイ(空港特急、同じ日本車輌製)や、2200系(一般車連結バージョン)と同期であります。

2006(平成18)年には、小田急50000形VSEがブルーリボン賞が受賞されていたけど、このことに対して名鉄2000系(ミュースカイ)は、ローレル賞が受賞されていたし。

小田急ロマンスカーで、展望席付きの車両がデビューしたのは、1963(昭和38)年3月16日の3100形NSE車のことであり、その2年前の1961(昭和36)年4月22日に日本初の展望席付きの列車であった名鉄7000系のパノラマカーがデビューしていたので、設計の段階で名鉄に先を越されていたのも言うまでもないです。

名鉄7000系パノラマカー、小田急3100形共にブルーリボン賞の受賞車であるし。

来年3月デビュー予定の小田急70000形は、赤色の展望席付き車両となるので、同じ日本車輌で製造された名鉄7000系パノラマカーを思い出してしまいます。

小田急70000形では、展望席付きのボギー車(7両編成)となるので、ロマンスカー初の試みとなるし。

1996(平成8)年から1999(平成11)年に掛けて展望席なしのボギー車である30000形EXEが7編成導入されて、展望席付きの3100形NSE車がそっくり置き換えられていたので、ロマンスカーのシンボルである展望席付きの列車が減ったというガッカリさせる状態となり、ロマンスカーで箱根に行く人が減少していました。

30000形EXEは、高級感のある内装が売りであり、通勤利用客にとって大好評だけど、箱根や江ノ島への観光客にとっては不評と言われていたし。

2001(平成13)年12月1日にJRの湘南新宿ラインが出来てからは更に減少し、翌年の2002(平成14)年からは、箱根のCMに30000形EXEに代わり、展望席付き車両であった10000形HiSE車による箱根のCMで巻き返しが計られていました。

10000形HiSE車は、あさぎり号を中心に活躍していた20000形RSE車と共にハイデッカー構造が仇となり、バリアフリー化には適合していないので、新型車両への置き換えが検討されていました。

このことを受けて、前面展望席の復活、連接台車の採用などにより、ロマンスカーの原点回帰となった50000形VSEが導入されていたのであります。

ピーポー音の復活もその一環であり、小田急ロマンスカーと言えばやはりこれだと思いました。

車体傾斜制御などの採用により乗り心地が良くなっているのも特徴であるし。

50000形VSE導入は大好評であり、落ち込んでいた箱根へのロマンスカーの乗車率が回復していました。

デビュー当時は満席が続出するほどの人気があったけど、現在も週末を中心に満席が続出しています。

10000形HiSE車は、4編成あったけど、50000形VSEによって置き換えられたのは、10021Fと10061Fの2編成であり、これらの2編成は、長野電鉄(長野県)に1000系として譲渡されていました。

長野電鉄では、特急ゆけむり号として使われているけど、前面展望席が自由席となっているので、常に椅子取りゲームの状態となっています。

2010(平成22)年1月には、長野電鉄の1000系も、種車の小田急10000形と同様に点検により運用離脱されていました。

50000形VSEは、2008(平成20)年3月に千代田線直通用の60000形MSE車が導入されたこと、連接台車で定員が少ないことにより通勤輸送に適していないことなどの理由により、増備されずに2編成で製造が打ち切られていました。

70000形は、展望席付きの7両編成のボギー車であり、乗り心地が向上されるほか、VSEよりも定員が増えることになります。

昨年9月19,20日の箱根旅行の時に使った箱根フリーパスが発売されたのは、1967(昭和42)年5月1日のことで、今年で50周年を迎えていました。

1967年当時のロマンスカーは、3100形NSE車の最終増備車である3221Fが導入されていた時であり、同年10月8日に放送されていたウルトラセブンの第二話である「緑の恐怖」に3100形NSE車が出てきていました。

ウルトラセブンのテーマ曲は、2014(平成26)年3月15日に北陸新幹線用のE7系が、長野新幹線あさま号(当時)で先行デビューした時に流れていたCMに使われていたことで有名であり、こちらはそのアレンジバージョンとなっています。

長野駅での出発式の時もそれが流れていたし。

1967年から1980(昭和55)年12月の7000形LSEの導入までの間は、3100形NSE車が7編成フル稼働していたけど、1編成が使えない時には初代3000形SSE車による代走も見られていたこともありました。

初代3000形SE車は、高速化の礎となった車両だけでなく、新幹線が生み出されたきっかけとなっているし。

箱根フリーパスは2日間有効で、江ノ島・鎌倉フリーパスのような1日間有効のものがないので、日帰りだと割高になってしまいます。

日帰りで箱根登山電車に乗りに行くなら、新宿から小田原まで普通の乗車券で行って、小田原から1日乗車券であるトコトコきっぷを使うのも手であります。

箱根旅行では1日目にお目当てであった箱根登山電車の110号車の乗車、撮影が出来なかったので、2日目で110号車の乗車・撮影が出来ていたので、日帰りで行っていたらアウトとなっていたところでした。

箱根登山電車の110号車は、民間譲渡され、千葉県のポッポの丘で展示された後に埼玉県さいたま市(埼玉高速鉄道線の浦和美園駅付近)にあるほしあい眼科で静態保存されることになります。

小田急3100形のNSE車は、3181号車が開成駅前で、3221Fが6両に短縮されて喜多見車両基地で保存されているけど、3221Fに関しては3両編成に短縮されることになります。

7月6日には小田急ロマンスカーSE車が生誕60周年を迎えていたので、7000形LSE車の側面と、30000形EXEまたはEXEα、50000形VSE、60000形MSEの前面に記念ヘッドマークが取り付けられています。

昨年9月20日の箱根からの帰りには、台風が接近していたので、はこね44号で帰る予定をはこね32号に変更していました。

このように、何もトラブルもなく50000形VSEに乗って帰ることが出来て良かったです。

おまけの画像は、箱根湯本駅付近で川をバックに撮影した50002Fによるはこね18号です。

キラー・カーンさんと愛甲猛さん

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今日はかなり暑い日でしたが、新大久保の居酒屋カンちゃんに行ってキラー・カーンさんに会いまして、書物にサインをしてくれまして、次いでにツーショットまでやってくれました。


続いては、西武新宿線に乗って久米川駅に向かい、久米川ボウルに行きまして、元ロッテ、中日の愛甲猛さんが野球教室を開催してまして、愛甲猛さんに会いまして書物にサインしまして、次いでにツーショットまでやってくれました。


今日は、かなり最高の1日でございました。

小田急7000形LSE車(7003F)によるはこね45号、ロマンスカー60周年

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6月26日は、友人のよしちゃんが新宿〜南新宿間の踏切で、小田急電鉄の7000形ロマンスカーLSE車(7003F)によるはこね32号と折り返しのはこね45号を撮影しました。

これらの列車は、本来50000形VSE(展望席付き)が使われることになっているけど、VSEの2本のうちの1本が使えない時には、同じ展望席付きの7000形LSE車(7003Fまたは7004F)による代走が行われることもあります。

土休日に7000形による代走が行われた時には、新宿10時10分発のスーパーはこね13号にも使われることになるので、前面のスーパーはこねの表示を見ることが出来ます。

スーパーはこね号は、1996(平成8)年3月23日の30000形EXEのデビューと共に、これまでの新宿〜小田原間ノンストップのはこね号から改称された列車であり、改称当時は、全ての形式で見られていました。

1999(平成11)年7月16日まで活躍していた3100形NSE車にもスーパーはこねの表示があったけど、座席の自動転換装置がなかった為に殆ど使われることがなかったです。

1996年3月23日から3100形NSE車の箱根湯本乗り入れが激減していたのはその為であったし。

平日のはこね45号は、新宿駅を17時30分に発車し、町田、海老名、小田原に停車してから箱根湯本へと向かう列車であり、その20分前の17時10分には、50000形VSE車によるはこね43号が出ています。

平日にVSE車がフル稼働した場合は、VSE車が続いて来ることになるし。

土休日のはこね45号(新宿 17時30分発)は、7000形LSE車または60000形MSE車の6連が使われることになります。

7000形LSE車は、1980(昭和55)年12月27日に7001Fがデビューし、1983(昭和58)年までに4編成44両が導入されていました。

塗装は、初代3000形SSE車や3100形NSEと同じオレンジ色とグレー系で、LSEの車体にもマッチしていたし。

LSEの由来は、Luxury Super Expressであり、1963(昭和38)年の3100形NSE以来17年ぶりに登場していたことからその名の通り、豪華で贅沢な仕様となっていました。

車内のほうも、Luxuryに相応しく、簡易リクライニングシートの採用や明るい内装となっていたし。

折戸式の自動ドアが初めて採用されたこともLSEの特徴であり、それが10000形HiSE車や20000形RSE車にも受け継がれていました。

3100形NSE車までは手動式であり、走行中は電磁ロックが掛けられていたし。

7003Fは、1982(昭和57)年に日本車輌製造で編成単位で導入された編成であり、1996年に最初にリニューアル化された編成でもあります。

1982年は、新宿駅の第二次改良工事が完了した年でありました。

7000形LSEのリニューアル工事は、2012(平成24)年3月16日まで活躍していた10000形HiSE車に準じたワインレッド塗装への変更、喫茶カウンターの拡張、座席モケットの変更、トイレの改良(4号車のトイレの洋式化)、3号車の車椅子スペースの新設、出入口の拡張等が行われていました。

リニューアルの内容は、同時期に導入された30000形EXEの要素が取り入れられていたし。

このリニューアルは、1998(平成10)年までに4編成に対して行われていました。

今から10年前の2007(平成19)年7月6日には、初代3000形SE車生誕50周年記念として、7004Fがデビュー当時の塗装に戻されていました。

当時は2008(平成20)年3月31日までの予定となっていたけど、好評により継続されているし。

2010(平成22)年1月には、60000形MSE車の60253Fの導入により7002Fが廃車となっていたけど、北館林での解体作業中に台枠に亀裂が発見された為に、7000形LSE車の残りの3編成や、10000形HiSE車が点検、補修により一時的に使えなくなっていました。

当時は20000形RSE車以降の車両による代走が行われていたし。

2012年2月には、7003FもD-ATS-Pの取り付けを期に旧塗装となり、D-ATS-Pの取り付けの対象から外された7001Fがワインレッド塗装のまま廃車となっていました。

7003Fの旧塗装化により、展望席の銀色の窓枠が復元され、7004FもD-ATS-Pの取り付けと共に銀色の窓枠となっています。

このように、7000形が2編成残された訳であるけど、来年3月には、60000形MSE以来10年ぶりの新型ロマンスカーである70000形(赤い展望席付き車両)が7両2編成の14両導入された後も、予備車確保の為に当分残ることになるし。

70000形では、2019年度のブルーリボン賞の受賞を願っています。

小田急ロマンスカーシリーズの車両は、初代3000形が1958(昭和33)年度のブルーリボン賞が受賞されて以来、30000形EXE以外の車両が受賞されていたけど、この7000形は、1981(昭和56)年度のブルーリボン賞の受賞車であります。

30000形EXEだけブルーリボン賞が受賞出来なかったのは、魅力が薄かったからであるし。

今日(7月6日)は、小田急ロマンスカーシリーズの第一号である初代3000形SE車生誕60周年を迎えていたので、8月31日まで盛大なイベントが行われています。

一昨日と昨日は、スーパーはこね13号、はこね29,14,30号の2往復(50000形VSEによる運転)で、走る喫茶室のシートサービスが復活し、かつての森永エンゼルと日東紅茶のユニフォームが着用されたアテンダントによる乗務が行われていました。

メニューのほうも、走る喫茶室で大人気商品であった、森永のプリンやアイスココアが特別に復活していたし。

2007年7月6日の7004Fによる旧塗装記念列車では、森永のプリンのほか、日東紅茶のクールケーキも復活していました。

小田急ロマンスカーの全車両には、60周年記念ロゴマークが取り付けられるけど、7000形LSE車の場合は側面に取り付けられることになります。

1957(昭和32)年7月6日にデビューし、1992(平成4)年3月まで活躍していた初代3000形SE車は、高速高性能化のきっかけとなった列車であり、小田急線の90年、小田急ロマンスカーの60年の歴史を語る上で欠かすことの出来ない車両であります。

そのうちの3021Fは、海老名検車区にある専用の保存庫で静態保存されているけど、2007年10月20,21日に行われたイベント(小田急ファミリー鉄道展)で、特別に保存庫から出された上で展示されていました。

最近になってからは、喜多見検車区で保存前提により留置されている車両のうち、10000形HiSE車の3両が大野総合車両所まで運ばれていたけど、3両(10001+10003+10011号車)のうちの10003号車と10011号車が解体線入りしていました。

10001号車は保存されることになるし。

こうなったのは、喜多見検車区のスペースを空けておく為の車両の整理の一環であり、3100形NSE車の3221Fや20000形RSE車の20001F、2200形の2201Fも短縮されることになります。

7000形には、デビュー当時の旧塗装が似合っているので、ワインレッド塗装に戻されなくて良かったと思っています。

今月(7月)のロマンスカーカレンダーでは、渋沢〜新松田間の四十八瀬川をバックに撮影された7000形LSE車となっているので、7000形LSEと言えばやはりこれだと思いました。

このように、生誕60周年を迎えた小田急ロマンスカーを話題にすることや、南新宿駅付近で7000形LSE車を撮影することが出来て良かったです。

東京メトロ後楽園駅にて

0fc6e05c.jpg先月29日に、北区の友人が東京メトロ後楽園駅にて撮影した東京メトロ02系の画像です。

当時、友人は池袋にて乃木坂46のコンサートグッズを購入した後、東京ドームに有る野球グッズの店に行き新しい広島東洋カープの帽子を購入する為、東京メトロ丸ノ内線を利用しました。

尾久駅にて

3c639af0.jpg本日は、北区の友人が尾久駅にて電車を待っていたら185系修学旅行列車が通過したので撮影した画像を送信してくれました。

京王7000系の7706Fによる快速つつじヶ丘行き

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こちらは、友人のよしちゃんが6月27日に京王高尾線の終点である高尾山口駅で撮影した、京王電鉄7000系の8連の7706Fによる快速つつじヶ丘行きです。

京王7000系の8両固定編成は、1992(平成4)年2月には7706〜7715F,7721〜7725Fの15編成あったけど、現在は10両固定編成などへの組み替えにより、7706,7707,7708,7709Fの4編成と少なくなっています。

上記の7706〜7709Fは、8両のうちの先頭車を含めた5両が、1984(昭和59)年製であり、1987(昭和62)年に6連、1992年に8連化されていました。

7000系は、6000系ベースのオールステンレス車であり、前面の窓が左右対称となっています。

1984年から1986(昭和61)年までに編成単位で導入された7701〜7715Fはコルゲート外板で、1987(昭和62)年に導入された7721Fからはビードプレス外板に変更され、1993(平成5)年から1994(平成6年)に掛けて導入された4両付属編成(7801〜7805F)と、1994年に導入された2両付属編成(7421〜7425F)もこうなっています。

初期型の7000系は、1987年に6両、7711,7712Fは1990(平成2)年に、7706〜7710Fは1992年に8両化されたけど、外板を揃える為に、コルゲート方式で増結されていました。

京王7000系の6+4編成は、6連がコルゲート、4連がビードプレスが当たり前となっていたけど、旧7702,7711,7715Fの一部から組成された7806Fと7807Fはコルゲートとなっているので、6+4編成の時にコルゲート同士の組み合わせが見られています。

京王線の各停の10連化は、特定都市鉄道整備促進特別措置法(特々法)の一環で行われ、1996(平成8)年に7721〜7725Fに中間車2両(計10両)が増結されて10両固定編成となったことによって完了していました。

井の頭線のほうも、車両の大型化やそれに伴う渋谷駅や神泉駅の改良も行われ、1997(平成9)年に完了していたし。

京王でいち早く値下げされていたのは、これらの完成を受けたものであります。

特定都市鉄道整備促進特別措置法(特々法)は、東武鉄道伊勢崎線→東武スカイツリーラインの竹ノ塚〜北越谷間の複々線化、押上〜曳舟間の半蔵門線直通用線の新設、東上線の森林公園〜小川町間の一部複線化及び改良、野田線(東武アーバンパークライン)の複線化

西武鉄道池袋線の桜台(新桜台)〜石神井公園間の高架複々線化

小田急電鉄小田原線の代々木上原〜和泉多摩川間の高架または地下複々線化

東急電鉄東横線・目黒線の田園調布〜日吉間の複々線化、目黒線の地下鉄直通化、田園都市線・大井町線の二子玉川〜溝の口間の複々線化、大井町線の改良も挙げられているけど、小田急線に関しては、来年3月の代々木上原〜梅ヶ丘間の複々線化により完了することになります。

京王線で10両編成による各停が運転されているのは特々法のお陰であるし。

7000系のリニューアル化は、2001(平成13)年から2012(平成24)年に掛けて行われていたけど、2003(平成15)年からはVVVF化改造も加えられたので、界磁チョッパ制御のままリニューアルされた編成(7701,7703Fと初代7702F)も、後からVVVF化されていました。

2012年に最後に更新された7803Fは、同年8月19日に調布駅付近が地下化された後に入場されていたので、調布駅付近の地下線を走った唯一の界磁チョッパ制御車(京王車)として有名であったし。

小田急電鉄の8000形がリニューアル化された時も途中からVVVF化が付け加えられていたけど、初期に界磁チョッパ制御のまま更新された8251,8255Fに関しては、そのままとなっています。

7000系で7721〜7725FがLED化され、他は方向幕のままなので、撮影する楽しみがあります。

側面表示は、7000系までの標準タイプの種別と行先が独立されたものとなっているし。

7000系の8連が競馬開催日の府中競馬正門前→新線新宿間の臨時急行に使われる時には、緑色の新線新宿の表示を見ることが出来ます。

7000系の10両編成が準特急に入った時には黄色い表示を見ることが出来るし。

やはり方向幕はいつ見ても良いものです。

このように、高尾山口駅で、京王7000系の7706Fによる快速つつじが丘行きを撮影することが出来て良かったです。

磐越西線

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昨日は、ワシの友人が仕事で西会津にいきました。野沢と言う駅に行ってみましたが、ほとんど電車の来ないところですね。

開業25周年を迎えた山形新幹線つばさ号2 L54編成

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続いては、昨年10月28日に、友人のよしちゃんが東京駅の新幹線ホームの20番線で撮影した、山形新幹線つばさ号のE3系1000番台のL54編成によるつばさ153号(山形行き)です。

E3系のL54編成は、2014(平成26)年に、秋田新幹線のE6系の導入により捻出されたE3系のR24編成とR25編成から転用された編成であり、1999(平成11)年12月4日の新庄延長の時に導入されたL51編成が置き換えられていました。

L54編成の種車は、11,12,13,16,17号車がR25編成、14,15号車がR24編成であり、どちらも2005(平成17)年製と、L53編成と同期であります。

一方のL55編成は、11,12,13,16,17号車がR26編成、14,15号車がR23編成から改造された車両であり、L54編成、L55編成共に総合車両製作所横浜事業所で転用改造されていました。

改造の対象から外された10両は、製造されてから約8年で廃車となっていたけど、外された電装品等は部品取り用として保管されたと思われます。

2002(平成14)年から2005年までの間に秋田新幹線こまち号で、E3系の後期型のR18〜26編成が導入されていた理由は、秋田新幹線こまち号の増発用だけでなく、東北新幹線で活躍していた200系の16両固定編成だった初代H編成(東海道・山陽新幹線で活躍していた100系もどきの編成)の置き換えの目的もありました。

秋田新幹線の車両の東北新幹線内(東京〜盛岡間)での間合い運用が増えているのはその為であり、E6系にも継承されています。

このことは、1998(平成10)年に導入されたR17編成以降の編成と、増結中間車がJR東日本の所有であることにより実現していたし。

1997(平成9)年3月22日の秋田新幹線の開業の時に導入されたE3系のR1〜16編成のうちの5両は、秋田新幹線車両保有からのリース車でありました。

1992(平成4)年7月1日の山形新幹線の開業の時から2010(平成22)年4月18日まで活躍していた400系は、増結中間車を含めて山形ジェイアール直行特急保有からリースされていたので、間合い運用が東京〜那須塩原間のなすの号(停泊間合い)に限られていました。

E3系つばさ号の間合い運用が現在でも東京〜那須塩原間のなすの号の一部しかないのは、400系がリース車であったことの名残であります。

E3系1000番台は、0番台と同様の形状のヘッドライトであり、銀つば塗装時代は目立っていました。

現在のおしどり塗装に変更されてからは目立たなくなり、夜間では全然分からない状態となっています。

側面のLED表示が旧式(列車名と指定席または自由席の表示⇔行先が交互に表示されるタイプ)であることもE3系1000番台の証であります。

このタイプの表示は、E2系のJ69編成以前、E3系0番台、E4系Maxでも見られているけど、E1系元祖Maxや、200系リニューアル車もこうなっていました。

このような表示は、小田急ロマンスカーの60000形MSE車や30000形EXEαで、列車名と行先が交互に表示されていることに似ています。

山形の表示の上のオレンジ色の帯は、山形の紅花がイメージされているし。

側面の紅花とさくらんぼのイラストで、山形らしさを感じました。

山形県は、さくらんぼの生産が日本一なのでそのはずであり、さくらんぼ東根駅にもそれがアピールされています。

E3系1000番台には、2000番台とは異なりコンセントが付いていないので注意が必要であるし。

つばさ153号は、東京駅の20番線(在来線ホーム側)を18時ちょうどに発車し、上野、大宮、宇都宮、郡山、福島、米沢、赤湯、かみのやま温泉に停車してから山形へと向かうことになります。

山形新幹線つばさ号は、約半数が新庄発着で、東京発新庄行きの場合、側面の行先表示が、東京→山形間で、「山形・新庄」、山形→新庄間で、「新庄」となります。

定期列車では、山形発新庄行きのつばさ171号(普通車全車自由席)、東京〜新庄間のつばさ121,160号を除いて、東京〜福島間でE2系の10両編成(東京〜仙台間のやまびこ号)と連結されています。

車内販売は、山形〜新庄間では行われていないし。

新庄駅の新幹線乗り場は、1番線であり、2番線(山形線の一般列車乗り場)ではつばさ号が到着することもあるので、並ぶシーンも見られています。

山形新幹線(山形線)の福島〜米沢間は、板谷峠越え区間として有名であり、かつてED78型やEF71型電気機関車が大活躍していました。

この区間にある駅は、笹木野、庭坂、赤岩、板谷、峠、大沢、関根の各駅で、そのうちの赤岩、板谷、峠、大沢の各駅は、1990(平成2)年8月までスイッチバック駅として有名でした。赤岩駅は同年3月に先行的に移転されていたし。

当時は赤い50系客車が使われていたけど、その1年後の1991(平成3)年には、標準軌への改軌工事を軌に719系電車に置き換えられていました。

福島〜米沢間は、山形新幹線つばさ号ばかりで、普通列車は、福島〜庭坂間の区間列車5往復と、福島〜米沢間の板谷峠越え列車6往復のみ(うち、朝の上り1本は山形始発)と本数が非常に少なくなっており、4時間以上列車がない時間帯があります。

こちらは、田沢湖線(秋田新幹線)の赤渕〜田沢湖間(仙岩峠越え区間)で、普通列車が4往復しかないことと同様であるし。

新庄延長の時に導入された701系5500番台は、板谷峠越えには対応していない為に米沢〜山形〜新庄間で限定運用されているのに対し、福島〜米沢間は、福島〜庭坂間の区間列車を含めて、専ら719系5000番台の2両編成が使われています。

福島〜米沢間の普通列車の時刻、下り 福島発 7時14分、8時05分、12時51分、16時04分、19時06分、21時09分 全て米沢行き

上り 米沢発 7時18分(山形 6時30分発)、8時07分、13時08分、17時44分、18時42分、20時40分

この区間を走る普通列車は、2010年4月24日に乗ったことがあるけど、峠駅で峠の茶屋 力餅による峠の力餅の立ち売りが行われていたのでそれを買っていました。

峠の力餅は、山形新幹線つばさ号の車内販売でも買うことが出来るけど、のれん分けされた米沢支店で製造されたものなので個数や値段、味が異なっています。

この区間にある赤岩駅は、駅周辺に何もなく、携帯の電波が圏外となっている秘境駅として有名であったけど、昨年11月30日を最後に営業が休止されています。

豪雪地帯であり、降りてしまうと身動きが取れなくなってしまう危険性がある為に、2012(平成24)年からは冬季のみ営業休止となり、利用客が減少している為に、今年からは通年営業休止となってしまったのであります。

高畠駅に停車する定期のつばさ号は7往復であり、つばさ121,127,135,139,143,149,159,120,128,138,142,146,154,158号が該当しています。

そのうちの121,120,128,158号は新庄発着であるし。

高畠駅は、1991年3月15日までは、糠ノ目駅と呼ばれていました。

山形新幹線の開業後の1992年10月には、駅舎が東側に移転新築されたことにより、日帰り温泉施設である高畠町太陽館が新設されています。

こちらは山形新幹線から最も近い温泉浴場として重宝されているし。

1974(昭和49)年11月までは、糠ノ目(当時)から二井宿まで、山形交通高畠線が出ていたことがありました。

その廃線跡の一部は、まほろば緑道という遊歩道として整備され、その途中にある、旧、高畠駅跡には、駅舎や車両が保存されています。

同時期には、山形交通三山線(羽前高松〜間沢間)も廃止されて鉄道事業から撤退していたけど、1970(昭和45)年9月までは大石田から尾花沢まで、山形交通尾花沢線も運転されていたのであります。

山交バスの尾花沢待合所は、尾花沢駅の跡となっているし。

大石田駅からはバスで銀山温泉に行くことも出来ます。

銀山温泉は、1983(昭和58)年4月から1984(昭和59)3月に掛けて放送されたNHKの朝の連続テレビ小節「おしん」の舞台として有名となっていました。

7月6日から7日に掛けて、東京駅で、東北、山形、上越、北陸の各新幹線で運ばれる朝採れ野菜(この日の朝に収穫される野菜)が販売される朝採れ新幹線マルシェイベントが13時から20時まで行われる予定であり、山形県からはさくらんぼが売り出されることになります。

福島県からはきゅうり等の野菜、栃木県からはなす等の野菜、新潟県からは枝豆、長野県からはブルーベリーが売り出される予定となっているし。

このように、開業25周年を迎えた山形新幹線のE3系1000番台も話題にすることが出来て良かったです。

E235系東トウ07F編成

17ba0d7d.jpg昨日、E235系東トウ07F編成が10号車を除く10両編成で配給輸送されました。
画像は、大宮駅で撮影したクハE234-7です。


以上、葛飾区金町在住の友人のメールです。

開業25周年を迎えた山形新幹線つばさ号 L66編成

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山形新幹線(東京〜福島〜山形間)が、初のミニ新幹線として開業してから、7月1日で25周年を迎えていました。

当時の山形新幹線つばさ号は、400系による6両編成で、一部を除いて東京、上野〜福島間で、8両編成だった200系K編成と連結されていました。

山形新幹線つばさ号の路線

東京〜(上野)〜大宮〜(宇都宮)〜(郡山)〜福島〜米沢〜(高畠)〜(赤湯)〜(かみのやま温泉)〜山形〜天童〜さくらんぼ東根〜村山〜大石田〜新庄

カッコ内は一部の列車のみ停車

東京〜山形、新庄間の定期列車のうち、東京〜山形経由〜新庄間の直通列車は、下り8本、上り9本、山形止まりの列車は、下り8本、上り7本であり、日中は山形行きと新庄行きが交互に運転されています。

山形発新庄行きの列車は、山形 7時01分発→新庄 7時46分着で普通車全車自由席であり、ミニ新幹線の定期列車で唯一新幹線区間を走らない列車となっています。

東京〜新庄間のつばさ121号とつばさ160号(朝の下りの始発と夜の上りの最終)は、新幹線区間を含めて全区間E3系の7両編成による単独運転となります。

臨時つばさ号では、全区間単独運転となる列車もあり、その場合は日中も新幹線での単独走行シーンも見ることが出来ます。

山形新幹線は東京(福島)寄りの11号車がグリーン車、12〜15号車が普通車指定席、山形・新庄寄りの16,17号車が普通車自由席となっているけど、臨時つばさ号で、日によって全席指定となる場合があるので、自由席利用の場合注意が必要となります。

山形新幹線の自由席は、2両しかないので、時期によって混雑が激しくなることで有名であるし。

2002(平成14)年11月30日までは、秋田新幹線こまち号にも自由席があったけど、秋田新幹線こまち号が、やまびこ→はやて号と共に全席指定化されてからは、自由席のあるミニ新幹線が山形新幹線つばさ号だけとなっています。

山形新幹線が開業したのは、1992(平成4)年7月1日の東京〜福島〜山形間のことで、東京〜福島間で東北新幹線を走り、福島〜山形間で在来線を走るという二足のわらじを履いた新幹線として話題になっていました。

福島〜山形間では、従来のフル規格新幹線を通すことが困難であった為に、既存の在来線部分を新幹線車両が通れるように改良され、福島駅で新幹線の駅と接続された上での直通運転によるミニ新幹線方式で山形新幹線が実現していたのであります。

山形新幹線の開業と共に上ノ山駅が、上山温泉への最寄り駅として、かみのやま温泉駅に変更されていたし。

こうして、山形新幹線が大好評となったことにより、1995(平成7)年12月1日には、1両増結されて7両編成化されていました。

1997(平成9)年3月22日に開業した秋田新幹線こまち号のほうも、フル規格新幹線を通すことが困難であった為に、田沢湖線(盛岡〜大曲間)と奥羽本線の大曲〜秋田間がミニ新幹線が通れるように改良されていたので、今年開業20周年を迎えた秋田新幹線があるのは、山形新幹線があるからこそ実現したと思っています。

当時は、山形駅で485系によって運転されていた新庄、秋田方面への特急こまくさ号(これまでの特急つばさ号に替わる列車)に接続していました。

山形新幹線を新庄まで延長させてほしいという要望が高まった為に、山形〜新庄間もミニ新幹線方式に改良され、1999(平成11)年12月4日には、新庄延長が実現していたのであります。

新庄延長により、楯岡駅が村山駅となり、神町〜東根間にあった蟹沢駅が南側に移転されてさくらんぼ東根駅が開業していました。

さくらんぼ東根駅には、蟹沢駅で使われていた駅名標が保存されているし。

山形新幹線沿線には温泉地が多いので、温泉新幹線と呼ばれていることであり、将棋の駒の産地として有名な天童温泉も、新幹線で結ばれるようになっていました。

山形新幹線にE3系(初代こまち型車両)の1000番台が導入されたのは、1999年12月4日の新庄延長の時からであり、L51編成とL52編成があったことから、新庄行きまたは新庄発の一番列車に充当されていました。

E3系の導入によって、400系の塗装が濃いグレー系から明るい感じの塗装に変更されていたし。

400系は、2008(平成20)年12月20日にデビューしたE3系2000番台によって順次置き換えられ、2010(平成22)年4月18日のさよなら400系 つばさ18号(新庄発東京行き)をもって最後を迎えていたのであります。

こちらは同年4月3日にもありがとう400系号として運転されていたし。

さよなら運転で使われていたL3編成のうち、東京(福島)寄りに連結されていた411-3号車が、初のミニ新幹線車両として、銀つば塗装のまま静態保存され、今後拡大される予定の鉄道博物館(さいたま市)で展示される予定となっています。

400系とE3系が混在していた頃は、共通運用(新幹線区間では240Km/h運転)だったので、E3系に乗れるのも運次第でありました。

E3系2000番台は、1000番台をベースに内装の改良、一部座席へのコンセントの取り付け、側面表示の大型のフルカラー方式への変更等により、同時期に導入された東海道・山陽新幹線のN700系もどきの車両となっています。

N700系と言えば、7月1日(山形新幹線の開業記念日と同じ日)にデビュー10周年を迎えていたし。

1000番台のほうは、2005(平成17)年にL53編成が追加され、2014(平成26)年から一昨年(2015(平成27)年)に掛けて、秋田新幹線のE6系導入により捻出されたR23〜26編成から転用されたL54,55編成により、L51編成とL52編成が置き換えられ、E3系のGTO車が全廃されていました。

2014年から昨年(2016(平成28)年)に掛けて、L64編成を皮切りに銀つば塗装から現在のおしどり塗装となり、昨年10月29日に銀つばラストランを迎えたL63編成を最後に完了していました。

L54,55編成は、転用当初からおしどり塗装であります。

山形新幹線つばさ号の東京〜福島間の併結相手の移り変わり

初代 200系K編成(8両→10両)

1992年7月1日〜2001(平成13)年9月20日

1999年3月からはリニューアル編成も加わっていたけど、最後までオリジナル編成も使われていました。

200系K編成のオリジナル編成のうち、K11→K31編成に連結されていた222-35号車は、さいたま市にある鉄道博物館で展示されています。

2代目 E4系MaxP編成(8両編成) 1999年4月29日〜2012(平成24)年9月28日

当時は山吹色で、オール2階建てのMaxとミニ新幹線の凸凹の組み合わせが見られていました。

このような組み合わせは、最高速度が240Km/hだった山形新幹線つばさ号だけで、高速輸送重視の秋田新幹線こまち号では見られなかったし。

3代目 E2系J編成(10両編成) 2012年3月17日〜

山形新幹線のE3系への統一及びE2系との連結化によって大宮〜福島間での275Km/h運転が可能となり、東京〜山形、新庄間がスピードアップ化されていました。

東北新幹線では、E5系(はやぶさ型車両)の導入が進められているので、山形新幹線の併結相手がE5系に変わることが予想されています。

画像の列車は、3月25日に友人のよしちゃんが東京駅の23番線で撮影したE3系2000番台のL66編成によるつばさ145号(福島までE2系によるやまびこ145号と併結)で、東京駅を16時ちょうどに発車した後、上野、大宮、宇都宮、郡山、福島、米沢、赤湯、かみのやま温泉、山形、天童、さくらんぼ東根、村山、大石田に停車してから新庄へと向かうことになります。

新庄行きの場合は、山形駅まで、山形・新庄と表示されるし。

山形駅の新幹線乗り場は、東側の1,2番線で、1番線は山形発着の上り列車専用、2番線は新庄方面と、新庄からの上り列車が発着しています。

山形駅の新幹線ホームの発車メロディーは、山形らしく花笠音頭となっているし。

新庄駅は、階段等を使わずに乗り換えることが可能なバリアフリー駅であるけど、山形駅や秋田駅のような連絡改札がない為に新幹線の発車後に検札が行われています。

開業25周年を迎えた7月1日は、新庄から東京までE3系改のとれいゆによる団臨が運転され、東京駅にも乗り入れていたことで話題になっていました。

このように、開業25周年を迎えた山形新幹線を話題にすることが出来て良かったです。

京王8000系の8721Fによる快速つつじヶ丘行き

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こちらは、友人のよしちゃんが6月27日に京王高尾線の終点である高尾山口駅で撮影した、京王電鉄8000系の8連(20番台)の第一号である8721Fによる快速つつじヶ丘行きです。

この列車は、前に紹介した通り、高尾山口から調布まで各駅に停車し、調布からつつじヶ丘までの間だけ通過運転をする珍しい列車であります。

つつじヶ丘駅では3番線に到着し、調布まで回送されて
各停で高尾山口まで戻ることになるし。

快速つつじヶ丘行きは、平日の夕方以降の高尾山口発が15本、橋本発が5本あり、橋本発もつつじヶ丘駅到着後に調布まで回送されます。

高尾山口駅では、2番線に到着していたので、高尾山温泉極楽湯をバックに撮影することが出来ました。

高尾山温泉は高尾山の登山の余韻に浸ることに加え、登山で疲れた体を癒す目的もあるし。

高尾山温泉の建物も、木目調であり、高尾山口駅とのバランスも良いです。

京王8000系は、1992(平成4)年から1999(平成11)年までの間に10両編成14本140両、8両編成13本104両、計244両が製造され、5000系や初期型の6000系が置き換えられていました。

1992年から1994(平成6)年までの間は6+4編成が導入され、1995(平成7)年に導入された8721Fからは8両編成に切り替えられていたし。

初期に導入された8721〜8725Fによって、6000系の8両編成で運転されていた新宿〜橋本間の特急が8000系の8両編成に置き換えられていました。

8721Fは、東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造され、陸送によって送り込まれていたし。

1996(平成8)年には8728Fの導入によって初代5000系が全廃されていたけど、1972(昭和47)年に導入された初期型6000系(6701〜6706F)が、抵抗制御車で回生ブレーキ非対応であった為に、1998(平成10)年から1999年に掛けて8729〜8733Fによって置き換えられたのであります。

初期型の6000系が最初から界磁チョッパ制御車ではなく、5000系と同様の抵抗制御車となっていたのは、4ドア車の導入が急がれていたからだと思われます。

6701〜6706Fは6両編成で導入され、1976(昭和51)年に5+3の8両編成となり、5000系に替わってシーズンダイヤでの分割・併合特急(京王八王子行きと高尾山口行き)にも使われていたこともありました。

このような分割・併合特急は、1992年に8000系(6+4編成)にも受け継がれ、2006(平成18)年にはシーズンダイヤと共に廃止されていたし。

2008(平成20)年8月28日には、8728Fが高尾線の高尾〜高尾山口間での土砂崩れによる脱線事故で、新宿寄りの初代クハ8728号車が廃車となり、8714Fから中間に押し込められていたクハ8814号車が転用されて2代目8728号車となり、2009(平成21)年には穴埋めとしてサハ8564号車が代替新造されていたので、245両製造されていたことになっていました。

8000系では、リニューアル化工事が順次行われており、6+4編成の10両貫通化、VVVFインバータ装置の更新等により新車同様に変化しています。

8連では、2013(平成25)年に8730Fが試験的にVVVFインバータ装置がIGBT方式に更新され、一昨年には8729F、昨年にはこの8721FがIGBT化されていました。

10両編成では、8701FがIGBT化されていたのを確認しているので、独自のGTOインバータ音も聴けなくなることが近づいてきています。

京王の車両の省エネ化は、1973(昭和48)年に導入された6000系の界磁チョッパ制御車の導入から始まり、1999年3月の抵抗制御車の全廃、2012(平成24)年のオールVVVF化へと進み、8000系のインバータ装置の更新により更に進められていくことになります。

井の頭線のほうも、抵抗制御車の全廃→VVVF制御の1000系への統一→初期型1000系のリニューアル化に伴うインバータ装置の更新により更なる省エネ化が計られているし。

8000系の最終増備車である8733Fは、最初にLED照明に交換されており、2018年度までに全てLED照明に交換されることになるので、こちらも省エネ化の一環となります。

8000系がデビューしてから今年で25周年を迎えたけど、斬新なデザインは25年経っても古さを感じることはないです。

今年9月には、新5000系がロングシートモードでプレデビューする予定だけどどうなるのか気になります。

こちらは10両編成5本の50両が総合車両製作所横浜事業所で製造され、その第一陣である5731Fが若葉台工場まで陸送によって送り込まれていました。

京王電鉄にとっては、2009年に導入された9000系の9730F以来8年ぶりとなる旅客用の新造車として注目されているし。

新5000系は、デザインがカッコいいし、帯色も良いので画像を見ただけで気に入っています。

これまで都営10-000形の話題が続いていたので、この機会に京王8000系のことを話題にすることが出来て良かったです。

都営新宿線の10-000形 10-240F5 高尾山口駅での快速本八幡行き

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続いては、6月27日に友人のよしちゃんが京王電鉄高尾線の終点である高尾山口駅で撮影した、都営新宿線の10-000形の10-240Fによる折り返しの快速本八幡行きで、高尾山口駅で記念撮影することが出来ました。

高尾山口駅は、1面2線の島式ホームの高架駅であり、京王電鉄で最も西で標高の高い場所に位置しています。

友人(よしちゃん)は深い新線新宿駅から高い場所の高尾山口駅まで移動したので、一昨年2月14日に新線新宿から高尾山口まで9000系の最終増備車である9730Fによる高尾山冬そば号に乗った時を思い出しました。

当時は都営新宿線から高尾山口までヘッドマーク付きの電車が運転され、高尾山口駅で記念品を貰うことが出来たけど、昨年からは新宿→高尾山口間の8000系の特急にヘッドマークが取り付けられるだけの寂しい内容となっています。

昨年は緑色の8713F、今年は8714Fが使われていたし。

高尾山口への特急は、平日の日中が特急(急行と同様に京王片倉、山田、狭間駅通過)、土休日が準特急(高尾線では各駅に停車)となります。

今年6月22日には、狭間駅と高尾駅の間にイーアス高尾という新名所が開業したことが話題になっているけど、こちらは京王線の車窓から見ることが出来ます。

折り返しの快速本八幡行きの停車駅は、調布までの各駅とつつじヶ丘、仙川、千歳烏山、八幡山、桜上水、下高井戸、明大前、笹塚、幡ヶ谷、初台、新線新宿であり、都営新宿線も各駅に停車することになります。

八幡山駅と仙川駅は、以前各停しか止まらない駅であったけど、2001(平成13)年3月27日に快速停車駅に格上げされていました。

京王線で各停しか止まらない駅は、代田橋、上北沢、芦花公園、柴崎、国領、布田の各駅であり、全て10両編成対応となっています。

かつて上北沢駅では、ホームの端に駅舎があり構内踏切に挟まれた駅舎(東急大井町線の等々力駅と同じタイプ)となっていて、特急通過時等に危険を伴っていたけど、10両編成対応の為に駅舎が地下化されたことで解消されていました。

京王線の全線で10両運転が行われるようになったのは、1996(平成8)年3月のことであり、当時阪神電車のジェットカーと同様の各停専用車であった7000系の10両固定編成が結成されていたのであります。

現在京王7000系は優等列車にも盛んに使われているので、2008(平成20)年1月まで東急東横線で活躍していた8000系と同様のポジションとなっています。

京王八王子駅は、1989(平成元)年4月2日に地下化される前は、8両編成までしか入ることが出来なかったので、10両編成の場合は、高幡不動駅での分割・併合が必要となっていました。

京王八王子駅の地下化により10両編成の乗り入れが可能となったことにより、1992(平成4)年5月28日には、新宿〜京王八王子間の特急が6000系の8両編成から8000系の10両編成に置き換えられていました。

捻出された6000系は、新設された新宿〜橋本間の特急(初代相模原特急)に転用されていたし。

後に8000系の増備により新宿〜高尾山口間の急行(現在は準特急に進化している)も10両化されたことにより、高尾線で待望の10両編成の乗り入れが実現し、ハイキング客の混雑が緩和されるようになっています。

特急や準特急で、京王八王子発着と高尾山口発着が交互に運転されていることは変わりはないけど、特急が北野駅に停車するようになってからは、相互に接続するようになったことで利便性が向上されています。

7000系と9000系の8両固定編成は、7000系の2両編成(7400番台)との連結により10両編成の列車に使うことが出来るけど、8000系の後期型(8両固定編成)にはそれが出来ない為に、8両編成の列車で限定運用されています。

このことは、西武20000系の8両固定編成が8両編成の列車にしか使えないことと同様であるし。

京王高尾線には、平日の日中に6両編成による各停が高幡不動〜高尾山口間で運転されており、この場合は7000系の6両編成(7701〜7705F)が使われています。

8000系の初期型の6+4編成は、全て固定編成扱いとなり、10両貫通編成化が進められているので、6両編成が専ら7000系となっているのはその為であるし。

7000系のうち、7701〜7710Fが1984(昭和59)年に、初代7711Fと7712Fが1986(昭和61)年に導入された当時は5両編成でありました。

7000系は1984年11月まで活躍していた緑色の2010系(京王グリーン車)の置き換え用であった為に各停専用車であったし。

現在の7702Fは、1986年製の7711Fと7715Fの一部から組成されています。

このことでかつて相模原線でも6両編成が運転されていたことを思い出しました。

最後まで5ドア車だった6721Fのほうは、6両編成化されて、相模原線の調布〜橋本間専用車となっていたし。

地上駅時代の調布駅での折り返しは、引き込み線が無かった為に、本線上での折り返しとなっていたので、ダイヤが乱れた時のネックとなっていました。

都営新宿線から高尾山口への直通列車は、土休日の場合は朝の高尾山口行きのみであり、高尾山口から本八幡までの直通列車は平日の夜しか運転されていないです。

土休日の京王高尾線は、高尾山への行楽客たちで賑わうことになるけど、平日の京王高尾線には、土休日では味わうことの出来ない面白味があります。

一昨年4月に高尾山口駅がリニューアルされてからは、高尾杉が生かされた駅となり、コンコースも拡大されていました。

同年10月27日には、京王高尾山温泉極楽湯が開業したことにより、登山後の楽しみが増えていたし。

駅前には、登山靴を洗う設備があり、ブラシも備え付けられています。

西武秩父駅も、リニューアル化と共に温泉施設である祭の湯も新設されたことにより、高尾山口駅に似た駅と化しているし。

緑に囲まれた風景で撮影出来るのは高尾山麓にある高尾山口駅ならではであり、都営新宿線の10-000形にもマッチしています。

この時期は27Tが高尾山口に到着した時点で未だ明るかったので良い感じで撮影することが出来たし。

それを撮影した後に高尾山温泉極楽湯に入ったけど、19時からの割引料金で入ることが出来ました。

このように、新線新宿から高尾山口まで10-240Fに乗り、緑に囲まれた高尾山口駅で記念撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線の10-240Fの乗車レポートは以上となります。ご覧いただき、誠にありがとうございました。

都営新宿線の10-000形 10-240F4 府中駅での各停高尾山口行き

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こちらは6月27日に、友人のよしちゃんが京王電鉄京王線の府中駅で撮影した、都営新宿線の10-000形の10-240Fによる各停高尾山口行きで、特急京王八王子行きとの待ち合わせの為に長時間停車していました。

京王線の府中駅は、1916(大正5)年10月31日に飛田給〜府中間と共に開業した駅であり、京王電気軌道として開拓された区間の終点でありました。

1925(大正14)年3月24日には、府中〜東八王子(現、京王八王子)間が玉南電気鉄道によって開業し、接続駅となり、翌年の1926年12月4日に京王電気軌道と合併され、1928(昭和3)年5月22日には、府中〜東八王子間が1067mmから1372mmに改軌されたことにより新宿〜東八王子間の直通運転が行われるようになっていました。

こちらは、現在の京急本線が、品川〜日ノ出町間が大師電気鉄道→京浜電気鉄道、日ノ出町〜浦賀間が湘南電気鉄道によって開拓されたことと同様でありました。

京王線の府中駅は、2階にコンコース、3階にプラットホームのある2面4線の高架駅であり、高架化されたのは、下り線が1989(平成元)年10月14日、上り線が1991(平成3)年4月27日のことであり、1993(平成5)年3月1日に駅舎が完成していました。

駅部分の高架化工事の時には、欅並木を守る為に直上高架方式で高架化されていたし。

手前の東府中駅から出ている競馬場線(東府中〜府中競馬正門前間)は、土休日の夕方までの間は京王車の8両編成が使われているけど、2010(平成22)年3月から2013(平成25)年2月までの間、土休日に都営新宿線の10-000形や10-300形の8連(10-300R形を含む)が精算運用として使われていたこともありました。

当時は最後まで幕車だった10-190,200,210Fも使われていたし。

平日の日中と土休日の夜間の競馬場線は、7000系の2両編成(7421Fまたは7422F)によるワンマン運転が行われているけど、それ以前に6000系の6416Fと6417Fによるワンマン運転が行われていた頃が懐かしいと思っています。

10-240Fで、東府中を通った時に競馬場線で活躍していた時のことを思い出したけど、乗車・撮影出来なかったことが心残りでありました。

本八幡から高尾山口までは、土休日の直通急行(都営線内も急行運転)の場合は1時間26分掛かるのに対し、新線新宿→調布間のみ区間急行の列車の場合は2時間を超えています。

この列車は、府中駅のほか、調布、北野、高尾の各駅でも待ち合わせの為に停車していました。

高尾駅の場合は、高尾〜高尾山口間が単線である為に行き違いによる停車となっているし。

京王線で単線なのは、高尾線の高尾〜高尾山口間と動物園線(高幡不動〜多摩動物公園間)であり、北野駅付近で高架化工事が行われていた時には暫定的な単線区間となっていました。

北野駅が1990(平成2)年10月27日に長沼駅と共に高架化された時には、下りの1,2番線のみが使われていた為に暫定的な単線区間となっていたけど、1992(平成4)年2月29日に上り線部分が高架化されたことにより単線区間が解消され、京王八王子発着の列車と高尾線(高尾山口)発着の列車の相互接続が実現していたし。

10-000形による高尾山口行きの表示は、平日27T運用の調布→高尾山口間と、土休日13T運用の本八幡→高尾山口間であり、土休日の場合は新線新宿→高尾山口間で急行となります。

府中市は、広島県にもあるけど、そこにあるJR福塩線の駅も府中駅と呼ばれています。

福塩線の府中駅は、電化区間(福山〜府中間)と非電化区間(府中〜塩町〜三次間)の境目の駅であり、前者は105系または115系が、後者はキハ120形が使われているけど、非電化区間は6往復と少ないです。

昨日(6月30日)は、10-240Fが
33T運用に入っていることを確認したけど、この時に八幡山行きの運用にも入っていました。

都営新宿線〜八幡山発着の列車は平日の夕方以降の下り8本上り7本であり、5往復が京王9000系、下り3本、上り2本が都営車で、1往復(41T)は10-300形の10連、33Tと59T(八幡山到着後に桜上水まで回送)は10-000形または10-300形の8連が使われています。

八幡山行きの列車は一旦廃止され、一昨年9月25日に復活していたけど、一時期は都営車オンリーであったし。

八幡山駅は外側に通過線のある1面4線の高架駅であり、通過待ちが行われているます。

今年の上半期は、西武40000系のS-TRAIN、東武500系のリバティのデビュー、東京メトロ13000系の本格デビュー、都電7000形や東京メトロ01系などのさよなら運転、東武6050系による快速や区間快速の廃止などの出来事がありました。

今年2月の10-300R形の全廃も上半期での出来事となっていたし。

このように、府中駅で都営10-240Fによる各停高尾山口行きを撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線の10-000形 10-240F3 区間急行調布行き

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6月27日は、友人のよしちゃんが新線新宿から高尾山口まで、都営新宿線の10-000形の10-240Fによる区間急行調布行き(調布から各停高尾山口行きになる列車)に乗りました。

こちらは平日27T運用で、本八幡駅を16時38分、新線新宿駅を17時20分に発車した後、区間急行調布行きで調布へと向かい、調布から各停に変更された上で高尾山口へと向かうことになるので、調布まで、調布行きの表示となります。

10-000形や10-300形の8連が高尾山口まで乗り入れる運用は、平日の27Tの1往復と土休日の朝の13Tの高尾山口行きの1本だけであり、この時に限り10-000形の高尾山口行きの表示を見られるのであります。

都営新宿線から高尾山口への直通列車は、平日が夕方以降で下り14本(うち8本は新線新宿から調布まで区間快速、6本は新線新宿から快速)、上り8本(全て新線新宿まで快速)

土休日が朝の下りの4本(うち2本は本八幡から高尾山口まで急行運転)となり、高尾山口発本八幡行きの直通列車は平日にしか見られないことになっています。

土休日の本八幡発高尾山口行きの直通列車の時刻

本八幡 7時ちょうど発→新線新宿 7時30分発→高尾山口 8時26分着(全区間急行)

本八幡 7時20分発→新線新宿 7時50分発→高尾山口 8時46分着(全区間急行)

本八幡 7時24分発→新線新宿 8時05分発→高尾山口 9時05分着(新線新宿から急行、8両編成)

本八幡 7時45分発→新線新宿 8時26分発→高尾山口 9時26分着(新線新宿から急行、京王9000系で運転)

いずれも高尾山口駅に到着した後に回送となるし。

土休日の本八幡 7時24分発、新線新宿 8時05分発の高尾山口行きの直通列車は、8両編成であり、10-000形も使われることもあります。

都営新宿線の急行(途中、市ヶ谷、神保町、馬喰横山、森下、大島、船堀駅に停車)では、平日は全て笹塚〜本八幡間で都営10-300形の10両編成と京王9000系の両方が使われているけど、土休日は前述の本八幡発→高尾山口行きの直通急行2本を含めて全て都営10-300形の10両編成が使われています。

区間急行調布行きが、各停高尾山口行きに化けることで、夜間の特急高幡不動行きが、高幡不動から各停京王八王子行きに化けることを思い出します。

都営新宿線の本八幡駅から高尾山口までの直通列車が登場したのは1997(平成9)年12月24日の急行新設に伴う改正であり、当初は平日朝の本八幡発高尾山口行きの1本のみとなっていました。

平日の高尾山口行きの直通列車は朝から夕方以降にシフトされ、朝の本八幡発高尾山口行きの直通列車が土休日運転と化していたし。

当初の都営新宿線の急行は、平日の日中のみ運転で、新宿〜本八幡間で全て都営10-000形が使われていました。

2001(平成13)年3月27日には土休日にも拡大され、橋本発着の列車にシフトされたけど、一昨年9月25日の改正で本八幡発高尾山口行きの2本を除いて笹塚駅発着に変更されています。

都営新宿線の10-300形の10連が登場したのは、2010(平成22)年6月1日のことであり、10-450,460,470,480Fに中間車が2両組み込まれて10両化されていました。

笹塚駅の引き込み線は、2線あるけど、2線のうちの1線が8両編成までしかなかったことにより、都営車の10両化が遅れていたのであります。

笹塚駅の引き込み線が全て10両編成対応となったことにより、都営車の10両化が実現し、2013(平成25)年9月に登場した10-300形の新バージョン(千代田線直通用のE233系2000番台もどきの車両)から10両編成として導入されるようになっていました。

区間急行なので、新線新宿駅を出た後、初台、幡ヶ谷、笹塚、明大前、桜上水、千歳烏山、仙川、つつじヶ丘駅に停車してから調布へと向かっていました。

平日の夕方以降には、高尾山口発の快速つつじヶ丘行きがあるけど、調布からつつじヶ丘までの間だけ通過運転(布田、国領、柴崎駅は通過)という変わった列車であります。

こうなったのは、2012(平成24)年8月19日に調布駅が地下化されてから調布駅での直接折り返しが不可能となった為であり、調布から通過運転でつつじヶ丘駅まで逃がし、つつじヶ丘駅での折り返しの後に調布まで回送され、始発の高尾山口行きとなります。

高尾山口駅には18時44分に到着し、折り返しは18時59分発の快速本八幡行きとなっていたので、19時からの高尾山温泉極楽湯の夜間割引に間に合ったのであります。

このように、新線新宿から高尾山口まで10-240Fに乗ることや、区間急行調布行きの表示を撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線の10-000形 10-240F2 新線新宿駅と笹塚駅

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続いては友人のよしちゃんが、6月25日に新線新宿駅(京王新線と都営新宿線の新宿駅)と笹塚駅で撮影した、都営新宿線の10-000形の10-240Fによる区間急行橋本行きで、本八幡から桜上水までそれに乗って行きました。

この時に急行灯が点灯していたので良い感じに撮影することが出来たし。

区間急行の表示は、前面が区間急行で、側面が10-300形や京王9000系と同様に区急となっています。

京王の区間急行は、2013(平成25)年2月22日に、これまでの通勤快速から変更された列車であり、都営新宿線からの直通の場合、新宿を発車した後、初台、幡ヶ谷、笹塚、桜上水、千歳烏山、仙川、つつじヶ丘と調布からの各駅に停車することになります。

下りの区間急行は、夜間1本の桜上水行きを除いて全て相模原線直通(京王多摩センターまたは橋本行き)となっており、相模原線では各駅に停車することになるし。

京王八王子または高尾山口からの区間急行(上りのみ運転)は、多磨霊園、武蔵野台、飛田給、西調布の各駅が通過となる為に、調布から各駅停車にすることにより、平日の夕方以降の8本が新線新宿→調布間は区間急行調布行きで運転され、調布から各停に変更されて高尾山口へと向かうことになります。

本八幡→新宿間で各停調布、新線新宿→調布間で区間急行調布、調布→高尾山口間で各停高尾山口行きの表示となるのはその為であるし。

本八幡 16時38分、新線新宿 17時20分発→調布 17時44分着、17時49分発→高尾山口 18時44分着の27T運用は都営10-000形または10-300形の8両編成で運転され、それ以外は都営10-300形の10両編成と京王9000系で運転されます。

京王9000系の場合は、調布から各停高尾山口行きの表示も出てくるし。

高尾山口からの折り返しは快速本八幡行きとなります。

平日の朝と夕方以降には、都営線新宿からの急行橋本行き(都営線では各駅に停車)も運転されるけど、相模原線では特急や準特急と同じ停車駅(途中、京王稲田堤、京王永山、京王多摩センター、南大沢に停車)となるし。

笹塚駅は、1978(昭和53)年7月21日に高架化された2面4線の駅であり、1番線が京王線新宿駅からの下り列車(京王八王子、高尾山口、橋本方面)、2番線が京王新線、都営新宿線からの下り列車、3番線が京王新線(新線新宿、都営新宿線直通)、4番線が京王線上り(京王線新宿行き)となっているけど、3,4番線の幡ヶ谷寄りに両渡り線があるので、3番線から京王線新宿行き、4番線から新線新宿方面の列車が発着することもあります。

こちらは同じ渋谷区にある小田急線と東京メトロ千代田線の代々木上原駅などと異なる点となっているし。

京王新線は、1978年10月31日に新宿〜笹塚間で開業した複々線区間であり、京王線新宿駅を都営新宿線と結ぶように改良することが困難であることから作られた新線であり、甲州街道の真下を通る為に直線で結ばれています。

京王新線が出来た理由は、都営新宿線と直通運転させることだけでなく、列車の増発に対応させること、甲州街道の真下に通して直線化させることもあります。

京王線新宿〜笹塚間は、京成線の京成上野〜日暮里間の地下トンネル区間と同様にカーブの多い地下トンネル区間(新宿トンネル)である為に減速信号現示により速度制限が掛かっていたけど、2011(平成23)年10月2日にATC化されてからは改善されています。

京成線のほうも1号型ATSからC-ATSに改良されていたし。

初台駅と幡ヶ谷駅は、京王新線の開業と共に新線側にシフトされていたのは、都営新宿線から(へ)の直通客の為であるほか、京王線新宿〜笹塚間のノンストップ運転によるスピードアップ化もあります。

1964(昭和39)年6月7日の地下化から京王新線の開業まで使われていた初台駅の旧地下ホームは、1面2線の島式ホームで18m級の6両分しか止まれず、現在のような20m級の10両分に改良することが困難であった為に新線にシフトされたことが妥当であったし。

京成線の博物館動物園駅も、京成金町線と同様に4両編成までしか止まれず、改良することが困難であったことや、利用客が減少していた為に廃止され、旧初台駅と同様に地下に眠る旧ホーム跡と化してしまったのであります。

京王線がATC化されたのは、2010(平成22)年3月26日の相模原線(調布〜橋本間)からであり、当時は地上駅だった調布駅でATS⇔ATCの切り替えが行われていました。

翌年の2011年3月に全廃された6000系が2010年3月に撤退相模原線から撤退していたのはその為であったし。

2011年10月2日に京王線系統の全線がATC化されていたので、信号機が灯らない区間となっていました。

このことは、ATC化された東武東上線の池袋〜小川町間でも言えることであるし。

京王相模原線の京王多摩センター〜京王堀之内間にある多摩センター第一トンネルは、府中カントリークラブ(ゴルフ場)の下を通るトンネルであり、建設工事の時に問題になっていたけど、13・14番ホールが改良されるなどで問題が解決されていました。

京王線が京王多摩センターから南大沢を経て橋本まで延長されたのはこのことのお陰でもあります。

笹塚駅では、京王線新宿から来た特急列車の通過待ちが行われていたので、急行灯が点灯したシーンも撮影することが出来ました。

笹塚駅は、一昨年9月25日の改正で、千歳烏山駅と共に準特急の停車駅となり、都営新宿線の急行が土休日の朝の高尾山口行きの直通列車を除いて笹塚発着となり、橋本発着の都営新宿線直通列車が全て都営新宿線で各停に戻されています。

区間急行が仙川駅に止まるようになったのも、一昨年9月の改正からであり、新宿〜調布間の急行停車駅に仙川駅を加えたものとなっています。

京王新線にシフトされる前の幡ヶ谷駅は、2面2線で、構内踏切がありました。

初台、幡ヶ谷両駅共に京王線(本線)時代は各停しか止まらなかったけど、新線にシフトされてからは全て停車するようになったし。

京王線では、新5000系が今年9月にロングシートでプレデビューすることで話題になっているけど、総合車両製作所から若葉台工場まで陸送され、6月26日に到着し、実車が披露されていました。

この日は、10-600Fが営業運転入りした日でもあるし。

このように、都営の10-240Fに神保町から本八幡まで乗っただけでなく、本八幡から再び10-240Fに乗り、新宿駅からの区間急行橋本行きの表示も撮影することが出来て良かったです。

都営新宿線の10-000形 10-240F 本八幡駅

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6月25日は、友人のよしちゃんが神保町から本八幡まで、都営新宿線の10-000形の10-240Fによる本八幡行きに乗りました。

10-000形は、新型の10-300形の導入や、10両化の促進により廃車が進められているので、この10-240Fが最後まで残された6次車ということで、 6月23日から前面の緑色の車番表示が復元されています。

10-240Fは、1989(平成元)年3月19日の本八幡への延長開業の時に導入された編成であり、登場当時は、同期の編成だった10-220,10-230Fと同様に方向幕車となっていました。

2009(平成21)年の車体更新の時にLED化されたので、外観が1992(平成4)年に導入された7次車(10-250,10-260F)と同様の外観に変化しています。

7次車(10-250,10-260F)と、10-240Fとの違いは前面の都営マークが車番表示の上にあり、スカートが取り付けられていること、側面のLED表示が異なっていることであるし。

内装のほうは、7次車が都営浅草線の5300形に準じた白い化粧板となっているのに対し、10-240Fは、黄色い化粧板で、吊革の形が異なっています。

2013(平成25)年には、新バージョンの10-300形の登場により最後まで方向幕車だった10-190,10-200,10-210Fが全廃されていたけど、その撮影に行っていた頃が懐かしいです。

今年2月14日には、10-300R形が10-330Fを最後に全廃され、その前の2月5日に本八幡駅や京王線の橋本駅まで追っ掛けていました。

今年6月7日には、10-000形の7次車10-260Fが、10-240Fよりも先に若葉台まで廃車回送され、その後に北館林荷扱所まで陸送された上で解体されていたので、残りは10-240,10-250,10-270,10-280Fの4本となっています。

昨日(6月26日)には、10-300形の10-600Fが営業運転入りしていたので、どの編成が運用離脱されるのか気になります。

折り返しは、京王線直通の橋本行き(都営線では各停で、新宿から区間急行)となっていたので、本八幡駅で各停橋本行きの表示を撮影することが出来たのであります。

日中の都営新宿線直通の橋本発着の列車は、京王線内で快速または区間急行になるけど、交互に運転されています。

快速の場合は、区間急行の停車駅に加え、下高井戸駅と八幡山駅にも停車するし。

本八幡駅は、1935(昭和10)年9月1日に、総武線の駅として新設された駅であり、1989年3月19日に都営新宿線の駅も加わって乗換駅となっています。

1991(平成3)年9月1日には、都営新宿線の本設駅の開業により、京成八幡駅とも結ばれるようになったし。

本八幡駅周辺は、千葉県屈指のラーメン激戦区であり、ラーメン店が軒を連ねています。

昨年の今頃は、都営大江戸線で最後の初期型編成だった12-041F(白い大江戸線)を追っ掛けていたので、あれから1年経ったということで早いもんだな!と思いました。

昨年の6月26日は、落合南長崎から都庁前まで12-041Fに乗っていたし。

この10-240Fは、運用離脱されるのも時間の問題となっているので、この機会に乗ることや撮影することが出来て良かったです。

愛甲猛先生の本

ffd7a9c2.jpg本日、TSUTAYAで頼んでいた元ロッテ、中日の愛甲猛先生の球界のぶっちゃけ話を購入しまして、先日購入しました球界の野良犬を読んでいたら、やはりあの西村賢太の小説苦役列車とかアーノルド・シュワルツェネッガー主演の映画コマンドを何度見ても読んでも病み付きになる位に、かなり見所がありまして面白いです。

西武秩父駅でのS-TRAIN4号 40102F

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こちらは、友人のよしちゃんが5月4日に西武秩父駅の2番線で撮影した、西武鉄道の40000系の40102FによるS-TRAIN4号の元町・中華街行きです。

元町・中華街〜西武秩父間直通のS-TRAINは、1号と4号の1往復で、土休日のみの運転となっており、113.6Kmと、北千住〜箱根湯本間のメトロはこね号(千代田線直通のロマンスカー、小田急電鉄の60000形MSE車による運転)の104.4Kmよりも長い距離を走ることになります。

このS-TRAIN4号は、西武秩父駅を17時05分に発車し、西武秩父→元町・中華街間を西武線、地下鉄副都心線、東急東横線、みなとみらい線経由で結ぶ秩父からのお帰り列車であり、西武秩父から元町・中華街まで2時間33分掛かります。

途中停車駅は、飯能、入間市、所沢、石神井公園、副都心線池袋、新宿三丁目、渋谷、自由が丘、横浜、みなとみらいであり、副都心線池袋、横浜、みなとみらい駅は降車専用扱いとなります。

下りのS-TRAIN1号(元町・中華街、7時01分発、西武秩父行き)も同じ停車駅で、みなとみらい駅と横浜駅が乗車専用、副都心線池袋駅が降車専用であり、全区間での所要時間が2時間14分と上りよりも早くなっています。

こちらは飯能〜西武秩父間での運転停車による交換待ち合わせの絡みにより、上りの4号が遅くなっているし。

土休日のS-TRAINは、新宿三丁目、渋谷、自由が丘、横浜方面から西武秩父まで乗り換えなしで行けることに加え、西武沿線から渋谷、自由が丘、横浜、みなとみらい方面まで快適にアクセス出来ることで重宝されています。

この日はGW中の秩父芝桜輸送の帰りで満席状態だったけど、満席の場合は1人で乗った時に必ず見知らぬ乗客との相席になるほか、ロングシート部分に当たっていた可能性がありました。

友人(よしちゃん)は駅前の祭の湯に入った為に入場券を買って入ったけど、撮影した後に見送った時にいつかは西武40000系で西武秩父まで行ってみたいと思っていました。

やはり西武秩父への乗り入れが土休日の1往復しかないのがネックとなっているので乗れる機会がないし。

西武40000系は、今年度中にS-TRAIN仕様(ロング/クロスシート)の4編成が導入される予定であり、予備車が確保されることに加え、S-TRAINの増発も期待されています。

西武秩父駅は、1969(昭和44)年10月14日の西武秩父線の吾野〜西武秩父間の開業と共に出来た駅であり、 1965(昭和40)年に同じ秩父市の大野原駅付近に移転された埼玉県立秩父農工高等学校(現、秩父農工科学高等学校)の旧校地(跡地)に建設されています。

西武秩父駅のホームは、特急レッドアロー専用の1番ホーム(駅舎側)と2,3番ホームがあり、S-TRAINは、2番線から発車することになります。

発車メロディーは、旧式のものが使われていたけど、昨年11月27日からは、特急専用の1番線を含めて秩父市に縁のある「旅立ちの日に」に変わっています。

1番線がAメロバージョン、2,3番線がサビバージョンとなっているし。

西武秩父駅の1番線の発車メロディーは、昨年11月26日までJR西日本の京都駅(在来線ホーム)の接近メロディーに使われているものと同じタイプでありました。

西武秩父駅が改築、リニューアルされて温泉入浴施設である祭の湯が新設されたのは、今年4月24日のことであり、温泉入浴はもちろんのこと、食事も楽しむことも出来ます。

秩父にはみそポテトやわらじカツ丼などの美味しい食べ物が豊富なので、フードコートも充実しているし。

こちらは、京王電鉄の高尾山口駅(京王高尾線の終着駅)が改築されて京王高尾山温泉/極楽湯が出来たことと同様であり、帰る前に入浴することで疲れを癒すことも出来ます。

祭の湯では、露天風呂でレジオネラ菌が発見されたことにより、5月19日から温泉施設の営業が休止されていたことがあったけど、6月9日に営業が再開されていました。

友人(よしちゃん)が祭の湯に入った時に入場の時に並んでいたけど、何とか入ることが出来て良かったと思っています。

こちらには寝ころび処、くつろぎ処、プレミアムラウンジ(有料)もあり、プレミアムラウンジには、女性専用エリアもあります。

プレミアムラウンジは、共用13ブース、女性専用8ブースあるし。

西武秩父駅のホームは10両分あるので、S-TRAINでも問題なく止まることが出来ます。

6000系などの10両固定編成は、S-TRAIN以外営業運転で乗り入れることはないけど、試運転で乗り入れたことがありました。

2013(平成25)年5月1日には実際に東急電鉄の5050系4000番台の4102Fが試運転で乗り入れていたし。

この時には、10105F(レッドアロークラシック)による特急ちちぶ21号(折り返しは池袋行きのちちぶ40号)を撮影することも出来ました。

池袋からは特急ちちぶ号に乗れば最短78分(1時間18分)で行くことが出来るので、新宿から小田急ロマンスカーで箱根まで気軽に行けることと同様であります。

前述の高尾山温泉へも新宿から京王線ですぐに行けるし。

箱根登山鉄道の塔ノ沢駅付近には、小田急グループ(小田急リゾーツ)による日帰り温泉施設である箱根湯寮があり、箱根湯本駅前から無料送迎バスで行くことも出来ます。

箱根湯寮は、今年6月1日にリニューアルされていたし。

今年5月26日から27日に掛けて、元町・中華街から西武秩父まで、「元町・中華街発の夜行列車で行く秩父絶景ツアー」による夜行のツアー列車が運転されていたけど、 この時には40101Fが使われ、元町・中華街、多摩川、練馬の各駅から参加可能となっていました。

こちらは西武秩父駅でツアーバスに乗り換えてパワースポットである三峯神社まで行き、雲海鑑賞会やスターパーティーを楽しむ内容となっていたし。

このことは、40000系が2編成あったからこそ出来たのであります。

このように、西武秩父駅で40000系によるS-TRAINを撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた千代田線の6000系 6129F2 我孫子行き

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こちらは6月15日に、友人のよしちゃんが東京メトロ千代田線の代々木上原駅で撮影した、東京メトロ千代田線の6000系6129Fによる折り返しの我孫子行きです。

代々木上原駅は、外側が小田急線、内側が地下鉄線が入った高架駅であり、東急東横線・地下鉄日比谷線の中目黒駅、東武東上線・地下鉄有楽町線、副都心線の和光市駅と同じような造りとなっています。

こちらは同じ渋谷区にあり、中央部分に都営新宿線へと直通する京王新線が入っている京王線の笹塚駅でも言えることであるし。

地下鉄直通のメトロ特急(ロマンスカー、60000形MSE車による運転)では、客扱いはないけど、乗務員交代による運転停車が行われています。

メトロはこね号の車内販売は、代々木上原〜小田原間で行われているので、積み込みや積み降ろしも行われているし。

代々木上原駅が開業したのは、1927(昭和2)年4月1日の小田急線の新宿〜小田原間の開業の時であり、当初は代々木上原ならぬ、代々幡上原(よよまんうえはら)駅と呼ばれていました。

1941(昭和16)年10月15日に現在の代々木上原駅となり、1977(昭和52)年10月18日に千代田線乗り入れに備えて現在の場所に移り、翌年の1978(昭和53)年3月31日には、千代田線の代々木公園〜代々木上原間が開業し、小田急線との直通運転が行われるようになったのであります。

小田急線の準急や急行が止まるようになったのもこの時からであるし。

1972(昭和47)年10月20日に千代田線の霞ケ関〜代々木公園間が開業した時には、すぐ近くにある代々木八幡駅が、暫定的に乗換駅扱いとなっていたので、平日朝の上り準急が停車していたことがありました。

千代田線と小田急線の直通列車は、昨年3月26日にさらに進化し、JR常磐緩行線のE233系2000番台が小田急線に、小田急新4000形がJR常磐緩行線にも進出していたし。

JR常磐緩行線の209系1000番台は、小田急線に乗り入れることの出来ないサークルE編成となり、従来通りの代々木上原折り返しとなっているけど、6000系も6101Fと同様に小田急線に乗り入れることの出来ない編成に成り下がってしまったのであります。

千代田線と常磐緩行線との直通運転は、国鉄時代の1971(昭和46)年4月20日の北千住〜綾瀬間の開業と共に霞ケ関〜我孫子間で開始されていたけど、上野発着の緩行線の列車が廃止されたこと、 都心まで出るには北千住または松戸駅での乗換が必要になったこと、西日暮里〜北千住間で営団地下鉄の運賃を取られること、快速が混雑するようになったことなどで迷惑乗り入れ問題と騒がれていました。

山手線と京浜東北線の西日暮里駅は、1971年4月20日に千代田線への乗り入れ対策により新設されていたし。

このような指摘を受けて、1972年10月2日に常磐快速線も柏駅にも止まるようになったのであります。

当時千代田線に乗り入れていた国鉄の103系1000番台のほうも、トンネルの発熱問題や電力使用料の増大による問題児であった為に、営団地下鉄からの置き換え要請があったので、1984(昭和59)年から1986(昭和61)年に掛けて203系に置き換えられていたので、103系1000番台が営団地下鉄にとっての迷惑乗り入れとなっていたことも言うまでもなかったです。

当時千代田線で活躍していた5000系は、常磐緩行線に乗り入れていたけど、小田急線に乗り入れることが出来なかったし。

千代田線の6000系は、貫通ドア部分に東京メトロのロゴマークであるハートMマークが付いているけど、営団地下鉄の時代には、Sマークが付いていました。

2008(平成20)年9月11日から12月まで、平日のラッシュ時に、東西線に転用される前の07系(元有楽町線)の07-101Fが、東西線の帯色のまま千代田線や常磐緩行線を走っていたこともありました。

こちらもやはり小田急線への乗り入れが出来なかったし。

このように、代々木上原駅で6000系の6129Fによる我孫子行きも撮影することが出来て良かったです。

20周年を迎えた秋田新幹線 E6系によるこまち27号

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こちらは、3月25日に東京駅の23番線で撮影した、E6系のZ10編成による秋田新幹線こまち27号です。

こまち27号は、東京駅の23番線を16時20分に発車し、途中、上野、大宮、仙台、盛岡、田沢湖、角館、大曲駅に停車してから秋田へと向かう列車であり、盛岡まではE5系(はやぶさ型車両)によるはやぶさ27号(新青森行き、盛岡より先は二戸、八戸、七戸十和田駅に停車)と連結されています。

秋田新幹線こまち号は、1997(平成9)年3月22日に、東京〜盛岡〜秋田間で開業してから、今年で20周年を迎えていました。

当初の秋田新幹線こまち号は、E3系(初代こまち)による5両編成で、前の2両が自由席となっていました。

東京〜盛岡間の併結相手のほうは、200系(10両編成、240Km/h運転)がメインで、当時8両編成だったE2系との併結運転の速達やまびこ号(はやて号の前身、275Km/h運転)が3往復と少なかったです。

200系併結列車の一部は、仙台駅で分割・併合され、200系は仙台〜盛岡間の各駅停車、E3系は仙台〜秋田間単独運転(仙台〜盛岡間は275Km/hでのノンストップ運転)という列車もありました。

翌年の1998(平成10)年12月8日には、E2系の増備によりE2系との併結列車が大幅に増え、E3系こまち号が6両編成化されていました。

E3系の5両編成から6両編成への増結が1年半で実現していたのは、秋田新幹線こまちが好評だったからであります。

1999(平成11)年12月4日の改正では、秋田新幹線との併結列車が速達列車に統一されていたけど、同年3月29日に200系のリニューアル車が営業運転入りしていたので、1999年限定で200系リニューアル車+E3系こまち号の組み合わせも見られていたし。

2002(平成14)年12月1日には、東北新幹線の八戸延長により、E2系による速達やまびこ号が10両化と共にはやて号に変更され、こまち号がはやて号と共に全席指定化されていました。

E3系の後期型が導入された時もこの時であったし。

2005(平成17)年までの間にE3系0番台(初代こまち号)が増備されたことにより、200系のH編成(100系もどきの2階建て連結の16両固定編成)に替わって東北新幹線内の列車(間合い運用)にも盛んに使われるようになっています。

2011(平成23)年11月19日には、E3系こまちとE5系はやて(当時は275Km/h運転だった)が登場し、過度期の組み合わせが見られていました。

当時はE5系の導入によりE2系を山形新幹線つばさ号との併結列車に回し、捻出されたE4系MaxがE1系元祖Maxの置き換え用として上越新幹線に転用されていたし。

2013(平成25)年3月16日には、E5系ベースのミニ新幹線車両であるE6系(7両編成)がスーパーこまち号(300Km/h運転、東京〜盛岡間はE5系はやぶさ号と併結、4往復)でデビューし、翌年の2014(平成26)年3月15日には、E3系の全てが置き換えられ、300Km/hから320Km/hに引き上げられていました。

2013年3月16日にデビューした当時、E6系がスーパーこまち号と呼ばれていた理由は、E3系による初代こまち号が混在していたので、区別する為でありました。

2013年3月16日にE5系の単独による320Km/h運転が行われるようになっていたけど、E6系との併結列車は300Km/hのままとなっていたし。

E6系は、2010(平成22)年に試作車(S12編成→Z1編成)が落成し、2012(平成24)年から2014年までの間に量産車であるZ2〜24編成が川崎重工業と日立製作所で製造されていました。

E6系の量産車は、Z2,3,6,7,8,9,11,13,15,17,19,21,22編成が川崎重工業、Z4,5,10,12,14,16,18,20,23,24編成が日立製作所製であり、川崎重工業製のうちのZ9,11,13,15,17,19編成は甲種輸送されていたし。

E6系の量産車が23編成導入され、試作車が量産化改造されてZ1編成となった後、こまち運用から離脱されたE3系のうち、R21編成とR22編成が東北新幹線でのE5系との併結列車の一部で残留状態であるけど、今年3月25日には秋田〜上野間でE3系単独による秋田新幹線20周年記念号により秋田新幹線での復活運転が行われていたことで話題になっていました。

この時には様子を見に行けなかったのが残念であったし。

因みにE5系の試作車(S11→U1編成)が落成したのは、2009(平成21)年のことであり、2013年に量産化されてU1編成となっています。

秋田新幹線の路線

東京〜(上野)〜大宮〜仙台〜盛岡〜(雫石)〜(田沢湖)〜(角館)〜大曲〜秋田

カッコ内は一部の列車のみ停車

仙台発着のこまち95,96号は、仙台〜盛岡間で各駅に停車となります。

田沢湖線(盛岡〜大曲間)でノンストップ(雫石、田沢湖、角館駅通過)となる速達列車は、こまち35号(東京発秋田行きの最終)とこまち6号(秋田発東京行きの一番列車)であり、上野駅も通過となります。

雫石駅に停車する定期のこまち号は、9,13,25,31,10,14,22,28号の4往復と少ないです。

E6系がローレル賞を受賞されたのは、2014年5月のことであり、東北・上越新幹線系統の車両としては、1983(昭和58)年の200系以来であり、200系と入れ替わりに営業運転入りしていました。

ミニ新幹線の車両としては初の鉄道友の会系の受賞であり、同年にはグッドデザイン賞も受賞されていたし。

E5系は、2012年度のブルーリボン賞が受賞されていたので、震災復興への切り札となっていました。

E5系+E6系の間合い運用は、東京〜盛岡間のはやぶさ5110110558102108号、やまびこ43,52号

東京〜仙台間のやまびこ205,213,217,219,223,124,152,204,206号(うちやまびこ223号は基本的にH5系が使われている)

仙台→郡山間のやまびこ290号(E5系側の1〜9号車のみ開放で、E6系側は締切扱い)

東京〜郡山間のなすの255,261,258,274,280号

東京〜那須塩原間のなすの273,277,279,254,256,264号(うち、なすの273,256号は土休日運休)であり、一部の列車のみ編成が変更されることもあります。

E6系側は、全席指定のはやぶさ号またはこまち号で使われている時以外は普通車が全て自由席となるし。

E6系の荷物スペースは来年2月から11号車のグリーン車のデッキを含めた奇数号車に順次設置され、 普通車の座席の一部が撤去されることになります。

改造済のE7系(W7系)やこれから改造されるE5系(H5系)でも言えることだけど、その分の座席定員が減ってしまうことになるし。

盛岡駅では、秋田行きが14番線、秋田からの列車が11番線発着となり、福島駅(福島県)の14番線と同様に、分割・併合シーンを見ることが出来ます。

秋田駅の新幹線ホームは、東側の11,12番線であり、在来線の7,8番線と繋がっています。

こちらは山形駅と同様に連絡改札を通る方式となっており、列車に乗らない場合には入場券が必要となるし。

昨日(6月24日)と今日(6月25日)は、秋田〜横手間でELあきた号、秋田〜象潟(きさかた)間でDLあきた号がそれぞれ運転され、往路の列車は秋田駅を10時37分に発車していました。

こちらは旧型客車による運転で、全席指定の快速となっていたし。

友人(よしちゃん)がE6系に乗ったのは、2013年10月30日の大宮→東京間のやまびこ号、2014年9月28日の仙台→東京間のこまち号であり、初めて乗った時にはZ7編成に当たっていました。

秋田新幹線のE6系への統一によりスーパーこまち号からこまち号に変更されていたけど、未だスーパーこまち号のイメージが強いです。

この時には東海道・山陽新幹線のN700系との並び(北へ行く新幹線と西へ行く新幹線との組み合わせ)を撮影することも出来ました。

このように、東北・北海道新幹線のE5系に続いて、開業20周年を迎えた秋田新幹線のE6系を話題にすることが出来て良かったです。

開業35周年を迎えた東北新幹線とE5系によるやまびこ147号

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東北新幹線の大宮〜盛岡間が前身の国鉄(日本国有鉄道、JNR)によって暫定開業してから昨日(6月23日)で35周年を迎えました。

今から35年前の1982(昭和57)年6月23日の大宮〜盛岡間の暫定開業当時は、全て200系による12両編成による運転であり、やまびこ号が5往復(速達運転のひかりタイプ、うち1往復は臨時列車)、あおば号(各駅停車のこだまタイプ)が6往復の計10往復(臨時列車を含めれば11往復)と少なかったです。

1985(昭和60)年3月14日に上野駅まで延長されるまでの間は、185系による上野〜大宮間ノンストップの新幹線リレー号(新幹線連絡専用列車)が運転されていました。

こちらは大宮発着の新幹線の特急券が必要で、上野〜大宮間だけの利用が不可能であったし。

同年11月15日に上越新幹線の大宮〜新潟間が開業してからは、東北新幹線の定期列車が10往復から30往復に増えていました。

東北新幹線は、1985年3月14日に上野まで、1991(平成3)年6月20日に東京まで延長され、上越新幹線と共に都心に乗り入れたことで便利になっていたし。

1991年6月20日に東京まで延長される前は、駅毎に異なる民謡がテーマのふるさとチャイムが使われていたことが特徴であったけど、東京延長の時に現在の東北新幹線系統と上越新幹線系統のチャイムに変わっていました。

1992(平成4)年7月1日に山形新幹線(福島〜山形間)が、1997(平成9)年3月22日に秋田新幹線(盛岡〜秋田間)がそれぞれミニ新幹線方式により開業し、東京〜福島または盛岡間で、フル規格新幹線の車両との併結運転による直通運転により、山形や秋田へも近くなったことで話題になっていました。

整備新幹線計画により2002(平成14)年12月1日に八戸まで、2010(平成22)年12月4日に新青森までそれぞれ延長されて東北新幹線が全線開通し、青森へも近くなっていたし。

昨年3月26日に北海道新幹線の新青森〜新函館北斗間が開業してからは、新青森駅を介して、東京、仙台、盛岡から北海道(北の大地)まで乗り換えなしで行けるようになり、新函館北斗駅ではこだてライナーに乗り換えれば函館まですぐに行けるようになっています。

東北・上越新幹線は、東海道・山陽新幹線とは違い、寒冷地の豪雪地帯を走る為に、雪対策が強化されているので、当時は0系をベースに耐寒、耐雪型に改良された200系によって冬でも安定した高速輸送が行われていました。

このような雪対策は、後に登場した車両にも受け継がれており、E5系やE7系も雪対策が万全であります。

このことを記念して、3月25日に東京駅の23番線で撮影した、E5系のU23編成によるやまびこ147号の画像を載せておきました。

やまびこ号は、1982年6月23日の東北新幹線の開業時から使われている愛称名であり、自由席のある仙台、盛岡発着の列車に受け継がれています。

やまびこ147号は、E5系の10両編成による単独運転で、東京駅の23番線を16時36分に停車した後、途中、上野、大宮、宇都宮、郡山、福島の各駅に停車してから仙台へと向かう仙台やまびこのうちの1本であります。

福島駅(福島県)では、後続のはやて113号盛岡行き(盛岡はやて、E2系の10両編成で運転)に追い抜かれるので、E2系がE5系を追い抜くという逆転現象が見られています。

東北新幹線の路線

東京〜上野〜大宮〜小山〜宇都宮〜那須塩原〜新白河〜郡山〜福島〜白石蔵王〜仙台〜古川〜くりこま高原〜一ノ関〜水沢江刺〜北上〜新花巻〜盛岡〜いわて沼宮内〜二戸〜八戸〜七戸十和田〜新青森→(北海道新幹線、新函館北斗まで直通運転)

東北新幹線で追加開業した駅は、水沢江刺、新花巻の両駅(1985年3月14日)、くりこま高原駅(1990(平成2)年3月10日)であり、くりこま高原駅に関してはふるさとチャイムではなく現行の東北新幹線チャイムが代用されていました。

E5系のU23編成は、2013(平成25)年2月に川崎重工業で製造された編成であり、これが入ったことにより、E2系が上越新幹線に回され、玉突きで200系が置き換えられたのであります。

今から5年前の2012(平成24)年6月23日は、土曜日だったので、緑色塗装にリバイバルされた200系のK47編成による東北新幹線開業30周年記念号が運転され、200系が再び東北新幹線を走っていたことやふるさとチャイムが復活していたことで話題になっていました。

こちらは200系で最後まで残された編成であり、2013年4月のさよなら運転の時も再び東北新幹線を走っていたし。

K47編成が緑色塗装に復元されたのは、2007(平成19)年の東北新幹線25周年記念号のことであり、この色のほうが200系らしくていいなと思っていました。

200系が東北新幹線の定期運用から撤退したのは、2011(平成23)年11月18日のことであり、その翌日の11月19日からはE5系がE3系こまち号(当時)との併結運転列車にも進出していたし。

今から15年前の2002年6月23日の東北新幹線開業20周年の時には、185系によるあおばリレー号(新幹線リレー号のリバイバル列車)と200系F93編成による想い出のあおば号(大宮→仙台間、ビュッフェの営業とふるさとチャイムが復活していた)が運転されたことで話題になっていました。

当時のあおばリレー号は、新幹線リレー号の時とは異なり、誰でも乗ることが出来ていたし。

同時期には上野〜盛岡間の特急やまびこ号(国鉄色の485系)もリバイバル運転されていました。

2002年11月16,17日の上越新幹線開業20周年の時には、想い出のとき号がときリレー号と共に運転されていた(当時は復活運転だった)けど、想い出のとき号には、200系のF80編成が使われていました。

あおば号ととき号のうち、復活したのはとき号なので、小田急ロマンスカーで、あしがら号とさがみ号が廃止された後にさがみ号が復活したことと同様であります。

東北新幹線開業35周年記念号は、明日(6月24日)、E4系Maxにより仙台→上野間で運転され、E4系Maxが2012年9月の撤退以来、再び乗客を乗せたまま東北新幹線を走ることになります。

7月9日(日)には新潟→八戸間、10日(月)には八戸→新潟間でE5系による東北新幹線開業35周年記念ツアー列車が運転される予定であり、E5系が2012年11月17日の上越新幹線開業30周年記念号(U8編成)以来営業運転で上越新幹線を走ることになるのでこちらも期待されているし。

停車駅と時刻

新潟発八戸行き(7月9日運転)

新潟 7時36分発→燕三条 7時51分発→長岡 8時03分発→浦佐 8時18分発→越後湯沢 8時33分発→高崎 9時ちょうど発→熊谷 9時17分発→新花巻 12時01分着→盛岡 12時13分着→八戸 12時43分着

八戸発新潟行き(7月10日運転)

八戸 13時53分発→盛岡 14時23分発→盛岡 14時35分発→熊谷 16時49分着→高崎 17時05分着→越後湯沢 17時33分着→浦佐 17時48分着→長岡 18時03分着→燕三条 18時15分着→新潟 18時31分着

この列車は、新潟、高崎エリアから大宮駅での乗換なしで東北まで行けるツアー列車であり、乗ることはもちろんのこと、撮る人にも注目されています。

E5系は、2013年までにU28編成まで導入されていたけど、昨年3月26日の北海道新幹線の開業を期に増備が再開され、それに伴う増発用としてU29,30,31編成が追加で導入されていました。

これにより、E2系の初期型車が全て上越新幹線に回されていたし。

今年7月1日からはE5系とH5系にもE7系やW7系と同様の荷物置き場が設置され、普通車の偶数号車の一部の座席が撤去されることになります。

こちらはE6系こまち号にも拡大される予定であるし。

昨年度には、E5系のU32編成とU33編成が導入され、33編成が在籍しています。

E5系やH5系の緑色は、常盤グリーンであり、緑色の新幹線が受け継がれているし。

東京駅の23番線でE5系を撮影した時に東海道・山陽新幹線のN700系との並びを撮影した時には、東北新幹線は東海道・山陽新幹線があるからこそ出来たんだなと思いました。

このように、東北新幹線の開業記念日に、主力車両であるE5系を話題にすることが出来て良かったです。


友人のよしちゃんから、このようなメールが届きました。
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