真太郎日記

初めまして、真太郎と申し上げます。 鉄道とかスポーツとかエンターテイメントとかの出来事などパンチのある小話とかなど、時事ネタをドカンと楽しくやりますので以後、よろしくお願い申し上げます。

都電7001号

9c654e28.jpg続いては、葛飾区金町在住の友人が23日に飛鳥山電停で撮影したこれも間もなく引退する都電7001号です。

都電7022号

e384913b.jpg22日に、葛飾区金町在住の友人が飛鳥山電停で撮影した間もなく引退する都電7022号です。

嵐電

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近鉄京都線の特急と急行を撮影した後、北区の友人は四条烏丸駅近くのすき家で昼食を取り、嵐電嵯峨駅前に移動しました。

嵐電嵯峨駅前にて撮影したレトロ電車26号と27号の画像です。今回はレトロ電車が2台共運用に入っていた為、2台共撮影する事が出来ました。

近鉄京都線

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本日、北区の友人が午後の新幹線に乗車して東京に戻前に、空き時間を利用して近鉄京都線の車両を撮影しました。上鳥羽口駅にて撮影した12400系特急橿原神宮前行と、丹波橋駅にて撮影した8000系急行橿原神宮前行の画像です。
12400系は新塗装車で、今回初めて撮影する事が出来ました。

東京メトロ03系の03-109Fによる南栗橋行き

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3月26日は、友人のよしちゃんが南栗橋車両管区での撮影会イベントに行く前に、東武動物公園から南栗橋まで、東京メトロ日比谷線(中目黒)から来た03系の5ドア車である03-109Fによる南栗橋行きに乗りました。

北千住から東武動物公園まで200系の205Fによるりょうもう11号に乗った時にせんげん台駅で03-109Fによる南栗橋行きを追い抜いていたので東武動物公園からそれに乗れるんだな!と思っていました。

北千住駅で、東京メトロ8000系による中央林間発急行久喜行きに乗り遅れたので、特急料金を払ってりょうもう11号に乗ったところ、越谷駅でそれを追い抜いていたことにより、間に合ったのであります。

東武動物公園駅で日比谷線から来た03-109Fによる南栗橋行きに接続していたからそのはずであったし。

それに乗れなかったら20分待つことになっていたところでした。

りょうもう号自体に乗ったのは、2013(平成25)年11月4日に、東武動物公園から浅草まで209Fに乗った時以来だったし。

03系は、営団地下鉄の時代の1988(昭和63)年7月1日にデビューし、1994(平成6)年までの間に、非冷房車だった3000系(初代日比谷線用車両)の置き換え用として、8連42本336両導入されていました。

1990(平成2)年9月には、1,2,7,8号車を5ドアにした03-109Fが試験的に導入され、翌年の1991(平成3)年の03-110Fから1993(平成5)年の03-128Fまで5ドア仕様で導入されていました。

03-126FからはVVVF車となり、03-129Fからはオール3ドア車に戻されていたし。

03系のうち、初期に導入された25編成は、高周波分巻子チョッパ車であり、そのうちのオール3ドア車の03-101〜108Fに関しては、VVVF化されています。

行先表示は、初期の15編成が幕式であり、1992(平成4)年に導入された03-116F以降がLED式となっているので、営団地下鉄の他の路線の車両でもこうなっています。

今年3月10日まで銀座線で活躍していた01系のほうも、1991年以前が幕式、1992年以降がLED式となっていたし。

東武鉄道の20000系は、1988年3月25日に初期の2編成が営業運転入りしていたので、03系よりも先にデビューしていたことが分かります。

東急1000系が、旧7000系に代わる日比谷線乗り入れ用車両としてデビューしたのは、1988年12月26日のことであり、当時は東武、営団、東急で第二世代の車両が出揃っていたし。

日比谷線直通列車の南栗橋への乗り入れは、2003(平成15)年3月19日から朝の上りの1本で行われているけど、2013(平成25)年3月16日に東急東横線から日比谷線への直通列車が副都心線直通列車と入れ替わる形で廃止されてからは、大幅に増発され、中目黒発南栗橋行きの列車も新設されています。

東急線からの日比谷線直通列車(北千住〜菊名間で運転されていた)が無くなったことにより、メトロ車と東武車による運転に纏められたことで運用に余裕が出来たからこうなったのであるし。

日比谷線直通で活躍していた東急1000系は、1500番台(3両編成)化された上で東急多摩川線、池上線に転用されたほか、一畑電車(島根県)などの地方私鉄に譲渡されています。

今年3月25日に13000系(4ドア7両の新型車両)が本格的にデビューしたことに伴い、2月1日に、5ドア車連結のチョッパ車だった03-114Fを皮切りに廃車となり、竹ノ塚(千住検車区竹ノ塚分室)から北館林荷扱所(渡瀬北留置線、キタニ)まで自力による廃車回送が行われて、その場で解体されていました。

3月3日には03-116F(LED車)が、4月4日には03-113Fがそれぞれ廃車回送されていたので、5ドアのチョッパ車から廃車が行われていることが分かります。

最近になってからは、13000系の13103Fと13104Fが近畿車輌から熊谷貨物ターミナルまで甲種回送されていたので、これらの編成が営業運転入りしたら03系がまた1編成廃車となっていくことになるし。

今回乗った03-109Fも、5ドアのチョッパ車である為に廃車となることが予想されています。

いずれにしても、03系独特のチョッパ音が聴けなくなる時も近づいてきているし。

日比谷線の5ドア車は、当初東武線で京阪5000系(元祖5ドア車)と同様に2枚目と4枚目のドアが締め切られた上での3ドア扱いとなっていたこともあったけど、のちに東武線での5ドア全開が解禁されていました。

1992年12月には東武20000系の5ドア、VVVFバージョンである20050系が導入されたのも、その一環であり、翌年の1993年までに、残りの2000系の置き換えにより8編成製造されていました。

1997(平成9)年3月25日には、越谷までの複々線化に伴う増発用として20070系(20050系のオール3ドアバージョン)が3編成導入されていたし。

1988年7月1日に03系がデビューした当時の編成は、川崎重工業製の03-101Fと、日本車輌製造製の03-102Fで、どちらも、13000系の44編成導入予定のうちの2編成と同様に、増発用として導入されていました。

1989(平成元)年に03-103Fが導入されてからは、3000系の置き換えが進められるようになったし。

3000系は、一部が長野電鉄(長野県)に3500系または3600系として丸ごと譲渡されていたけど、現在も一部の編成が未だ現役であります。

長野電鉄の長野地下線(長野〜善光寺下間)では、元東急の8500系と同様に地下鉄気分を味わうことが出来ます。

来年からは、東急田園都市線に新型の2020系(モデルチェンジ車)が導入され、8500系が置き換えられていくことになるし。

東急8500系が地下トンネル区間を通る時に、独特のモーター音がトンネル内に響くことになるけど、長野電鉄の長野地下線でもそれを味わうことが出来ます。

03系から13000系への置き換えは、2019年度までに進められることになるので、2020年の東京オリンピックの時期には、日比谷線の車両がメトロ13000系または東武70000系に統一されることになります。

東武70000系のデビューは、今年の6月にずれ込んでしまったし。

4月4日の03-113Fの廃車回送の時に、館林駅で試運転中の71703Fと顔を合わせていたことを聞いたので、日比谷線を走る車両の新旧交代のシーンとなっていました。

東武70000系は、営業運転で館林に入ることはないし。

群馬県の館林と言えば、つつじの名所としても有名であり、GW中には賑わうことになります。

東武日光線の東武動物公園〜南栗橋間は、4月21日の改正で、南栗橋駅を通過する日光・鬼怒川・南会津特急を除いて南栗橋駅で完全に系統分割されたので、東武南栗橋線または東武スカイツリーラインの延長部分というイメージが強くなっています。

5ドア車では、始発の中目黒駅などでは、2枚目と4枚目のドアが締め切り扱いとなるので、この風景も見納めとなっていくし。

日比谷線の車両の定期検査は、2004(平成16)年2月まで、千住検車区に隣接されていた千住工場(現、メトロ車両千住事業所)で行われていたけど、現在は、半蔵門線と共用の鷺沼工場(東急田園都市線の鷺沼駅の南側にある鷺沼検車区に隣接)で行われるようになっています。

2013年3月16日に東急東横線〜日比谷線間の直通列車が廃止された後も東急線を走る03系が見られるのはその為であり、13000系も東急線を走ることが可能となっています。

3000系の時代には、東武線乗り入れ対応編成、東急線乗り入れ対応編成、東武線・東急線の両方の乗り入れ対応編成に分かれていたこともあったけど、現在綾瀬検車区(北綾瀬)で動態保存されている3001F(長野電鉄に譲渡され、里帰りしてきた編成)は、東急線乗り入れ対応編成となっていました。

03系は、全て東武線・東急線の両方の乗り入れ対応編成となっていたし。

いずれにしても、03系の5ドアのチョッパ車の乗車・撮影はお早めにということになります。

このように、南栗橋でのイベントの前に、日比谷線から来た03系の03-109Fに乗ることが出来て良かったです。

昨日のルート総括

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今朝、友人の山さんからメールが届きました。


昨日は、都電荒川線で7001号車追っかけとほくそう春まつりも兼ね、前者は一日乗車券を購入しましたが、IC一日乗車券で過ってタッチしてしまうミスを起こしました。


そして、ほくそう春まつり号に京成上野から千葉ニュータウン中央迄乗車して同イベント会場に川崎市多摩区の友人と行動の後には、都電7001号車に乗ろうとしたら三ノ輪橋で架線にビニールが引っ掛かっちまって一時足止めを喰らいましたが、三ノ輪から茅場町経由でメトロを利用して早稲田から徒歩で10分未たずに都電に行き、どうにか7001号車に早稲田から三ノ輪橋迄全区間完乗しました。

その後は町屋で食事の後、千代田線・山手線で池袋経由で鶴瀬に戻りました。

新京成電鉄新鎌ヶ谷駅にて

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本日、行われた「ほくそう春まつり」の帰りに新京成電鉄新鎌ヶ谷駅にて新京成電鉄8800形新塗装の8808編成と旧塗装で千葉ロッテマリーンズのヘッドマークが付いた8812編成を撮影しましたので送信します。


以上、川崎市多摩区の友人からのメールでした。

東武200系205Fによるりょうもう11号

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3月26日は、友人のよしちゃんが北千住から東武動物公園まで、東武鉄道の200系の205Fによる特急りょうもう11号に乗りました。

こちらは、浅草駅を10時50分に発車し、途中とうきょうスカイツリー、北千住、東武動物公園、館林、足利市、太田、藪塚、新桐生、相老の各駅に停車してから赤城へと向かう列車であり、一昨日(4月21日)の改正からは久喜駅にも停車するようになっています。

りょうもう号の停車駅

浅草〜とうきょうスカイツリー〜北千住〜東武動物公園〜久喜〜(加須)〜(羽生)〜館林〜足利市〜太田〜藪塚〜新桐生〜相老〜赤城

加須駅と羽生駅は夕方以降の下りと、朝と夕方以降の上りのみ停車

伊勢崎発着(41,10号)は、太田〜伊勢崎間で途中、木崎、境町、新伊勢崎の各駅に、葛生発着(47,12号)は、館林〜葛生間(佐野線)で途中、佐野市、佐野、田沼駅にも停車することになっています。

りょうもう号では、4月21日の改正で、全列車のとうきょうスカイツリー、久喜の両駅への停車化、土休日運転だったりょうもう1号(浅草 7時ちょうど発赤城行き)の毎日運転化(浅草 6時50分発)、下りの葛生行きと伊勢崎行きの入れ替え(浅草 19時40分発の41号は葛生行き→伊勢崎行き、浅草 20時40分発の45→47号は伊勢崎行き→葛生行き)、浅草 21時10分発の47号→49号の太田から赤城への延長(赤城への最終りょうもう号の1時間繰り下げ)、浅草 20時ちょうど発館林行きのリバティりょうもう43号(500系リバティによる運転で、浅草→東武動物公園間は、東武日光行きのリバティけごん47号と併結) の新設などにより変化しています。

リバティりょうもう号の途中停車駅 とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、東武動物公園、久喜、加須、羽生

相老駅は、わたらせ渓谷鐵道線、赤城駅は上毛電気鉄道線への乗換駅でもあるので、それらのローカル線めぐりのアクセスにもりょうもう号が使われています。

りょうもう号の200系は、1991(平成3)年2月1日にデビューし、1998(平成10)年3月までの間に10編成導入されていました。

201〜209Fは、日光・鬼怒川特急に使われていた1720系デラックスロマンスカー(DRC)の足回り品が流用されているけど、1998年に導入された250系(200系250番台)の251Fだけは、30000系に準じたVVVFインバータ車となっています。

こちらは、西武鉄道の10000系ニューレッドアロー(NRA)で、1993(平成5)年から1996(平成8)年に掛けて導入された10101〜10111Fが、101系や5000系(初代レッドアロー)からの足回り品流用車、2003(平成15)年に増発用として導入された10112FだけがVVVFインバータ車となっていることに準じているし。

東武200系りょうもうと西武10000系ニューレッドアローの共通点は、車内の雰囲気、ビジネス主体で観光輸送にも使われていることであります。

200系りょうもうに乗った時に西武10000系に似てるなと思ったのもそのはずであります。

東武6050系(2ドアセミクロスシートのトイレ付き車両)が西武4000系に酷似していることも有名であり、西武4000系のほうも、101系の足回り品が使われています。

東武6050系には、西武4000系にはない折り畳み式のテーブルがあるし。

東武200系の203,204,205,206Fは、1720系DRCの足回り品だけでなく、座席も流用されていたけど、現在は航空機タイプの背面テーブル付きの座席に交換されています。

今回乗った205Fは、1992(平成4)年に、1700系の1701Fから更新された編成(車体はアルナ工機(現、アルナ車両)製)であり、側面表示が幕式となっています。

種車は以下の通りです。

201F=1741F、202F=1731F、203F=1751F、204F=1711F、205F=1701F、206F=1761F、207F=1781F、208F=1721F、209F=1771F

いずれも足回り品が製造されてから40〜50年以上経っており、208F(プユマりょうもう編成)の足回り品が1960(昭和35)年製と最も古いです。

東武1700系は、1956(昭和31)年から1957(昭和32)年に掛けて2両6編成12両製造された貫通型の特急型車両であり、1957年に導入された1710番台の2編成には、外国人観光客対策により洋式トイレも追加されていました。

1971(昭和46)年から1972(昭和47)年には、1720系と同じ車体に載せ替えられ、のちに台車やモーターが1720系と同じものに交換されていたし。

200系のうち204Fと205Fが、1700系の足回り品が流用されている訳であるけど、1700系から更新されたことは外観上では分からない状態となっています。

1700系と言えば、昨年12月に鉄コレとして製品化されていたし。

1700系が貫通型となっていたのは、分割・併合運転が考慮されていた為であり、それが実現せずに1720系と同様の車体に載せ替えられた為に幻となっていました。

東武の貫通型特急は、4月21日にデビューした500系リバティで復活していたけど、1700系で実現出来なかった分割・併合も行われています。

1720系DRC(デラックスロマンスカー)は、1991(平成3)年8月31日に100系スペーシアに全面的に置き換えられるまで活躍していたボンネットタイプ(こだま型)であり、当時は春日部駅に停車せず、特急料金が1000円(1K)以上と高かったので、現在の100系スペーシアや500系リバティのように気軽に乗ることが出来ない列車でありました。

こちらは、昔飛行機の運賃が高かったということと同様であるし。

友人(よしちゃん)は、1720系DRC(デラックスロマンスカー)に乗れずじまいとなってしまったのはその為であり、ロマンスカーには小田急しか乗ったことがない状態となっています。

ロマンスカーといえばやはり小田急というイメージが強い状態であるし、友人(よしちゃん)のように、小田急ロマンスカーに乗ったことがあっても、東武のロマンスカーに乗ったことがない人は大勢いると思います。

むしろ東武にもロマンスカーがあったことを知らない人も多いという状態でもあるし。

東向島駅前にある東武博物館や、さいたま市岩槻区にある岩槻城址公園には、1721Fの先頭車が展示されており、その車内に入ることが出来るので、1720系に乗ったような雰囲気を味わうことが出来ます。

昔東武のロマンスカーのCMで東武ロマンスカーの歌が出てきて、♪走る走る東武〜乗ろうよ東武のロマンスカーと歌われていたけど、現在は乗ろうよ東武のスペーシアまたは、乗ろうよ東武のリバティにと化しています。

1961(昭和36)年に登場した小田急ロマンスカーの初代CMソングである小田急ピポーの電車は、こちらは旧3000形SE車で流れていたミュージックホーンであるピーポー音がイメージされています。

現在の小田急ロマンスカーのCMソングは、葛谷葉子氏によるロマンスをもう一度であり、10年前の2007(平成19)年にCD化されていました。

今年は小田急線開業90周年と共に旧SE車が登場してから60周年(還暦)を迎えるという節目の年を迎えることになるし。

りょうもう号が特急化されたのは、1999(平成11)年3月16日のことであり、1720系の足回り品を生かして110Km/h運転も行われるようになっています。

1800系の時代は105Km/hが限度であったし。

りょうもう号が東武動物公園駅にも停車となったのは、2003(平成15)年3月19日のことであり、日光・鬼怒川特急の春日部駅と同様に、乗車口が2号車と5号車に限定されています。

りょうもう号のトイレと自動販売機は、1,3,6号車にあり、1,6号車は和式、3号車は車椅子対応の洋式(誰でもトイレ)となっています。

3号車のトイレが車椅子スペースの設置と共に洋式化されたのは、1997(平成9)年に導入された207Fからであり、201〜206Fの3号車のトイレも和式から洋式に変更されていました。

200系の4号車は、ドアのない車両として有名であり、隣の車両からでないと乗り降りが出来ないです。

今回はその4号車の15Aに当たっていたし。

200系は普通鋼製で、車体が20年、足回り品が40〜50年以上経っているので、今後の動向が気になります。

このように、南栗橋でのイベントに行く前に、久しぶりに200系りょうもう号に乗ることが出来て良かったです。

京阪電車

bdd0e142.jpg続いては、北区の友人は舞台を御殿山駅に移動して撮影した2600系急行淀行の画像です。

今回は3000系の快速特急とその後、なんと5000系の準急が撮影出来ただけでなく、5000系の準急淀屋橋行きに乗車出来た事が良かったです。

京阪電車

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続いては、北区の友人は舞台を墨染駅に移動して撮影した3000系特急出町柳行、3000系快速特急出町柳行、5000系準急出町柳行6000系急行出町柳行の画像です。

京阪電車

b5967f7f.jpg一昨日より、北区の友人は京都の実家に帰省しています。
本日は、京阪電車を最初に藤森駅にて撮影した2600系の画像です。

東武300系301Fによるきりふり294号

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こちらは、4月16日に友人のよしちゃんが東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の北千住駅で撮影した、東武鉄道の300系の301Fによる特急きりふり294号(浅草行き)です。

この日は、浅草 10時27分発→東武日光 12時31分着のきりふり275号の折り返しであり、折り返し間合いの東武日光駅(トニコ)では、撮影会が盛大に行われていました。

きりふり275号には、1800系のりょうもう時代を彷彿とさせる東武日光の表示が取り付けられ、それにはありがとう300型、2017.4.16と書いてありました。

新栃木駅では、新宿発鬼怒川温泉行きのスペーシアきぬがわ3号の通過待ち(有料特急同士の追い抜き)が行われていたけど、この日はJR線乗り入れ対応の日光詣スペーシア(金色塗装、金の個室付き)の106Fが使われていました。

4月18日に、浅草から春日部まで301Fによるきりふり283号に乗った後、春日部からとうきょうスカイツリーまで106Fによるきぬ140号(上りの最終スペーシアきぬ号)に乗ったので、2日前に追い抜かれた車両と追い抜いた車両同士を乗り継いだことになりました。

JR乗り入れ対応のスペーシアである106,107,108Fは、JR乗り入れのスペーシアきぬがわ号に優先的に使われるけど、浅草発着(東武線内)の特急スペーシア(けごん号、きぬ号、スカイツリーライナー)にも使われることもあるし。

折り返しのきりふり294号は、東武日光駅を15時30分に発車し、下今市、新鹿沼、新栃木、栃木、春日部、北千住、とうきょうスカイツリーに停車してから浅草へと向かっていた列車であり、この時に前面の浅草の表示が無かったのが残念でありました。

本当は、浅草 16時40分発の6050系による区間快速で春日部まで行きたかったこど、きりふり294号が撮影出来なくなることや、春日部行きを18日のきりふり283号に譲ったことにより北千住までとしたのであります。

その代わりに東武大師線で緑色の試験塗装である8568Fを撮影し、大師前まで1往復乗ることが出来たし。

春日部まで行けば、この日に最終日を迎えていたサトーココノカドーの表示を撮影出来たところだったのに残念でありました。

先発のきりふり292号(東武日光 14時03分発→浅草 16時05分着)は、350系の353Fが使われていたし。

300系は、4月19日に302F(旧、1817F)が解体の為に北館林荷扱所(渡瀬北留置線、キタニ)まで廃車回送されていたので、4月19,20日のきりふり283号と285号に301F(旧、1818F)が使われていたことが分かります。

1817Fから302Fへの改造は、富士重工業宇都宮車両工場で行われていたので、今年4月1日に株式会社SUBARU(スバル)に社名(商号)変更された富士重工業の社名と共に過去帳入りしてしまったのであります。

この時に、日本一の山である富士の名を抱く企業名が1つ消えていったことで惜しまれていました。

301Fは、一昨日(4月20日)、きりふり283号(浅草発春日部行き)ときりふり285号(浅草発南栗橋行き)で最後の花道を飾っていたけど、後者のきりふり285号は流石に満席御礼となっていました。

一昨日のきりふり283号には、浅草から春日部まで友人が乗っていたので、同じような名残乗車を楽しんでいたことが分かります。

友人は、春日部から101F(粋編成)のスペーシアきぬ号で浅草入りしていたので、友人(よしちゃん)と逆のルートとなっていました。

101Fは、2013(平成25)年12月1日に、とうきょうスカイツリーから浅草まで特急券なしでちょい乗りした時に乗った編成でもあるし。

とうきょうスカイツリー〜浅草間は、上りの特急浅草行きに限り、特急券なしでちょい乗りすることも可能であるけど、スペーシアの個室は適用外であります。

300系は100系スペーシアと同様の南栗橋車両管区春日部支所(旧、春日部検修区、春、キカス)の所属だった車両であり、北春日部に行けば必ず見られる車両でもありました。

500系リバティや70000系(3代目日比谷線直通用車)は、春日部支所所属となるので、春日部支所のニューフェイスとなるし。

南栗橋車両管区新栃木出張所(旧、新栃木検修区、栃)所属車両のうち、浅草駅に定期乗り入れする車両が350系だけとなっていました。

因みに団臨用の1800系1819F(赤い元りょうもう号)は、南栗橋車両管区の本区(栗)所属であります。

6050系の浅草乗り入れ最終日から一夜明けた今日からは、南栗橋→東武日光間の急行、東武日光、新藤原→南栗橋間の区間急行に使われるようになったけど、こちらは4両編成となっていました。

快速、区間快速時代と比較して、JR宇都宮線への乗換駅である栗橋駅にも止まるようになったけど、JR側では快速ラビット号、通勤快速、湘南新宿ラインの快速が止まらないままとなっています。

今回の浅草直通の快速や区間快速の廃止により、群馬県邑楽郡板倉町にある板倉東洋大前駅から都心への直通列車が途絶えてしまったという問題が発生していました。

こちらは、リバティけごん1号(リバティ会津101号)とけごん36号によって穴が埋められているけど、通勤・通学客やゴルファーにとって不便になってしまったのも言うまでもないです。

6050系による快速や区間快速は、ゴルファーにとっても便利な列車だったのでそのはずであるし。

板倉東洋大前駅付近には、東急グループの東急リゾートサービスによる板倉ゴルフ場があり、東急沿線からは南栗橋駅での1回の乗換で行くことが出来ます。

因みに東武グループのゴルフ場は朝霞パブリックゴルフ場(埼玉県朝霞市、東武東上線沿線)、桐生カントリー倶楽部(群馬県桐生市)、下仁田カントリー倶楽部(群馬県甘楽郡下仁田町)、宮の森カントリー倶楽部(栃木県下都賀郡壬生町)、星の宮カントリー倶楽部(同上)、東武藤が丘カントリー倶楽部(栃木県栃木市藤岡町)、渡良瀬カントリー倶楽部(同上)、ユニ東武ゴルフ倶楽部(北海道夕張郡由仁町)であり、そのうちの東武藤が丘カントリー倶楽部と渡良瀬カントリー倶楽部に関しては、板倉東洋大前駅からクラブバスで行くことも出来ます。

桐生カントリー倶楽部は、赤城駅から行くことになるので、りょうもう号で行くことになるし。

今回の改正で、上りのけごん36号(100系スペーシアによる運転)が板倉東洋大前駅にも止まるようになったのは、区間快速廃止による穴埋めもあります。

これまでは、浅草 7時30分発のけごん1号(現、けごん5号、100系スペーシアによる運転)だけが板倉東洋大前駅に停車していたけど、浅草 6時30分発→板倉東洋大前 7時26分着のリバティけごん1号(リバティ会津101号)にシフトされ、1時間繰り上がっています。

こちらは、これまでの浅草 6時20分発の快速の代替となっているし。 

板倉東洋大前駅は、1997(平成9)年3月25日に開業した駅で、東武日光線で唯一群馬県にある駅であります。

こちらは、JR宇都宮線で茨城県古河市にある古河駅を通ってから栃木県に入ることに準じているし。

駅名の由来となった東洋大学及び大学院の板倉キャンパスは、生命科学部と食環境科学部から成っており、1997年の開設時から2009(平成21)年まで国際地域学部も入っていました。

東洋大学の国際地域学部は、2009年に白山第2キャンパス(東京都文京区白山)に移転されていたし。

新栃木駅は、2001(平成13)年3月27日まで特急スペーシアも停車していたけど、翌日の3月28日の改正で、JR両毛線の乗換駅である栃木駅にシフトされた為にスペーシアが新栃木発着を除いて全て通過となっています。

リバティも新栃木発着を除いて新栃木駅通過となっているし。

今年は、4月1,2,8,9日に幸手桜まつりが開催されたことにより、一部の特急、快速、区間快速が臨時停車していたけど、快速と区間快速に関しては今年限りとなってしまいました。

特急きりふり号は、土休日の281,284号(浅草〜東武日光間、350系による運転)で残ることになるけど、300系で運転されたのがこの日で最後だったので、北千住駅で撮影することが出来て良かったです。

今日で最後を迎える東武6050系の浅草乗り入れ2 61102F(野岩鉄道所有車)

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続いては、友人のよしちゃんが4月16日に東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の浅草駅で撮影した、6050系100番台(野岩鉄道所有車)の61102Fによる快速浅草の折り返しの回送です。

こちらは、東武日光 17時39分発の上り最終の区間快速であり、下今市駅で、会津田島または新藤原から来た6153+6178F(東武鉄道所有車)と連結されていました。

本当は、この日に上りの最終の区間快速に乗っていたら、この61102Fに当たっていたところだったけど、車内のほうも東武鉄道所有の6050系と変わらないので、乗れなくても充分だと思っています。

野岩鉄道所有の6050系100番台は、1985(昭和60)年、1986(昭和61)年、1988(昭和63)年に1編成ずつ導入された完全新造車であり、61101Fはアルナ工機、61102Fと61103Fは、スバル化された富士重工業宇都宮車両工場で製造されていました。

1990(平成2)年10月12日に会津鉄道会津線の会津田島〜会津高原(現、会津高原尾瀬口)間が電化された時には、会津鉄道所有の200番台である61201F(アルナ工機製)が完全新造車として導入されたけど、会津鉄道所有車で唯一の電車でもあります。

これらの車両(野岩鉄道及び会津鉄道所有車)は、東武鉄道所有車との共通運用であり、車両の管理・運用が東武鉄道の南栗橋車両管区新栃木出張所(旧、新栃木検修区、栃)に委託されています。

このようなことは、横浜高速鉄道所有のY000系(こどもの国線用)やY500系(みなとみらい線用)の管理や運用が東急電鉄に委託されていることと同様であるし。

6050系で、東武鉄道所有の車両との違いは、5桁の番号であること、側面の車番表示の前に野岩鉄道または会津鉄道のロゴマーク(野岩鉄道の場合はYGマーク)が入っていることであります。

東武鉄道所有編成では、側面の車番表示の前に旧紋章が入っていたこともあったけど、2012(平成24)年5月22日の東京スカイツリーの開業に合わせて新CIロゴマーク(TOBUマーク)が本格的に使われるようになってからは、旧紋章が撤去され、別の場所にTOBUマークが描かれるようになっているし。

6050系(野岩鉄道及び会津鉄道所有車を含む)の定期検査は、以前西新井工場(西新井駅付近にあった車両工場)で行われていたけど、1992(平成4)年に杉戸工場(東武動物公園駅構内にあった車両工場)に全面移管され、2004(平成16)年4月1日には、杉戸工場が西新井工場と共に閉鎖されてからは、当時新設されていた南栗橋車両管区(南栗橋工場)で行われるようになっています。

野岩鉄道の野岩とは、下野国(しもつけ、現在の栃木県、野州)と岩代国(現在の福島県の一部、岩州)を結ぶ路線のことであり、旧国鉄時代に計画されていた野岩線から受け継がれています。

旧国鉄の野岩線は、会津滝ノ原駅(現在の会津高原尾瀬口)と国鉄日光線の今市駅を結ぶ非電化の路線であり、第三セクターである野岩鉄道に移管されてからは、東武鬼怒川線に繋がる電化路線(会津鬼怒川線)に変更されていたし。

1986年10月9日の野岩鉄道会津鬼怒川線の開業の時に、東京浅草から、緑の会津高原までと言われたCMが放送されていたこともあったけど、このような浅草と会津を結ぶ列車の役割は、東武500系による特急リバティ会津号に受け継がれることになります。

このように、浅草駅で野岩鉄道所有の6050系61102Fを撮影することが出来て良かったです。

浅草乗り入れの6050系による快速や区間快速よ、ありがとう!南栗橋より先の区間でまた会いましょう。

今日で最後を迎える東武6050系の浅草乗り入れ 6175F

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4月16日は、友人のよしちゃんが東武大師線の8568Fの撮影、乗車した後、北千住から浅草まで、東武6050系の6175Fによる快速浅草行きに乗りました。

こちらは、東武日光 16時31分発の最終の1本前の区間快速であり、下今市駅で、新藤原(東武鬼怒川線)から来た6168+6173Fと連結されていました。

6175Fは、6173Fと同様に、1988(昭和63)年にアルナ工機(現、アルナ車両)で完全新製された編成であり、前面に霜取り用のパンタグラフが付いています。

中間に連結されていた6168Fは、1986(昭和61)年6月に6122Fから更新された編成であり、更新作業は富士重工業(現、SUBARU(スバル))の宇都宮製作所で行われていました。

東武の6122Fは、1966(昭和41)年に導入された6000系のラストナンバーだった編成であり、そのうちの前にも述べた通りクハ6222号車が群馬県大泉町の某所で静態保存されているけど、クハ6268号車に取られた台車のほうは、旧型車両からのお裾分けによる代用となっています。

こちらは、京成電鉄の宗吾車両基地(宗吾参道車庫)で静態保存されている旧AE形(初代スカイライナー)のAE61号車(AE70Fの成田空港寄りに連結されていた先頭車)が静態保存された時に、旧3050形の台車が代用されたことと同様であります。

旧AE形の足回り品は、ご存知の通り、通勤型車両の3400形に流用されているし。

今回この列車を選んだ理由は、8568Fの追っ掛けの後にちょうど良いこと、6050系最後の休日の上りの最終区間快速による混雑を避けることでありました。

もしも春日部から乗っていたら、混雑していたところでした。

6050系で複々線区間を通ることは以前行ったことがあるので充分であるし。

2014年の東武ファンフェスタでは、6050系の6156F(霜取りパンタグラフ付き)が展示されていたこともあったけど、特急連絡の表示となっていたことを覚えています。

以前は快速列車が当たり前で1時間に1本運転されていたけど、2006(平成18)年3月18日に午前の下り4本を除いて区間快速に格下げとなり、東武動物公園より先は各駅に停車という列車に成り下がっていたこともありました。

2013(平成25)年3月16日には、区間快速の停車駅が新大平下より先は各駅に停車に再編され、杉戸高野台、幸手、南栗橋、栗橋、新古河、柳生、藤岡、静和の各駅が通過(快速運転)に戻されていました。

この時に6050系の浅草乗り入れが日中は2時間に1本に削減されたので、いつ廃止されてもおかしくない状態となっていたし。

6050系は、明日(4月21日)以降も南栗橋より先の区間で見られるけど、浅草への定期乗り入れが廃止されることを惜しむ声が高まっています。

浅草から日光・鬼怒川方面への直通快速は、6000系の時代から親しまれていたのでそのはずであるし。

浅草や北千住から日光・鬼怒川へ行くなら特急を使えということになってきているので、新宿から箱根に行くなら小田急ロマンスカーを使えと言われていることと同様であります。

東武日光線は、浅草から新栃木方面への直通が特急だけとなり、東武動物公園〜南栗橋間、南栗橋〜新栃木間、新栃木〜東武日光間の3つの系統に分かれることになり、浅草、北千住、春日部方面から栗橋、新栃木方面に向かう場合は特急以外全て南栗橋で乗り換えということになります。

このことに対し、浅草から館林、太田への直通列車(区間急行または区間準急)が改正後も残ることになるし。

夜間には、6050系がとうきょうスカイツリー駅の留置線に置かれる姿を見ることが出来るけど、このような風景も、東京スカイツリーをかすめて走る6050系と共に見納めとなってしまいます。

6050系の浅草発着の列車の本当の最後は、浅草 22時32分発→新栃木 0時14分着の区間急行であり、300系301Fによる浅草 21時30分発南栗橋行きの特急きりふり285号と共に注目されています。

金曜日には、浅草 20時30分発の臨時きりふり269号(新栃木行き)が350系によって運転されていたことがあったけど、同じ時間には、500系リバティによる特急アーバンパークライナー1号(春日部経由大宮行き)が走ることになります。

区間急行は、浅草から北千住まで各駅に停車した後、西新井、草加、新越谷、越谷、せんげん台、春日部、東武動物公園に停車し、東武動物公園から先は再び各駅に停車するので、6050系の快速や区間快速が止まらない駅で6050系が停車する違和感のある状態となっています。

友人(よしちゃん)も実際に2005(平成17)年に浅草から北千住まで準急列車(当時)で経験したことがあったけど違和感がありました。

当時は夜遅い時間以外にも新栃木への入庫列車である準急が運転されていたし。

今日で本当の最後を迎えることになるけど、300系と共にマナーを守って撮影してもらいたいと思っています。

夜間での撮影の時に進入及び発車時でのフラッシュ撮影は止めてもらいたいです。

友人(よしちゃん)にとっての6050系の浅草口での乗車は、4月16日で最後となってしまったけど、南栗橋より先の区間でまた乗れるということで悔いはありません。

このように、北千住から浅草まで再び6050系による区間快速に乗ることが出来て良かったです。

東武300系301Fによるきりふり294号

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一昨日(4月18日)は、友人のよしちゃんが浅草から春日部まで、東武鉄道の300系の301Fによる特急きりふり283号(春日部行き)に乗りました。

こちらは、平日の19時30分に浅草駅を発車し、とうきょうスカイツリー、北千住の各駅に停車してから春日部へと向かう特急であり、小田急ロマンスカーのホームウェイ号などと同じような感覚の通勤帰りに便利な特急であります。

きりふり283号の時刻

浅草 19時30分発→とうきょうスカイツリー 19時33分発→北千住 19時43分発→春日部 20時04分着

その後のきりふり285号(南栗橋行き)の時刻

浅草 21時30分発→とうきょうスカイツリー 21時33分発→北千住 21時43分発→春日部 20時05分発→東武動物公園 22時10分着→杉戸高野台 22時15分着→幸手 22時18分着→南栗橋 22時23分発

今日(4月20日)には、東武300系がこれらの列車で最後を迎えることになります。

浅草、とうきょうスカイツリー、春日部までの特急きりふり号の特急料金は、310円で、100系スペーシアの通常料金よりも200円安くなっています。

きりふり285号の場合は、春日部まで特急券が必要であり、春日部から南栗橋までは、フリー乗車区間(特急券なしでもOK)となるし。

今回乗ったきりふり283号は、2013(平成25)年3月16日の改正(本線系統と東上線系統の両方で行われた改正)で新設された列車であり、明日(4月21日)から、浅草発春日部行きのスカイツリーライナー5号(100系スペーシアによる運転、毎日運転化)へと進化していくことになります。

きりふり285号(南栗橋行き)は、2006(平成18)年3月18日にきりふり283号(初代)として新設されて以来親しまれていた列車であり、4月21日からに500系リバティによるアーバンパークライナー3号(春日部経由、大宮・野田市行き、土休日はスカイツリーライナー9号、春日部行き)に変わることになるし。

浅草18時以降に発車する東武日光、鬼怒川温泉、新栃木、東武宇都宮行きの特急(けごん、リバティけごん、きぬ、しもつけ号)は、杉戸高野台駅にも停車するようになるので、きりふり285号で獲られたことが受け継がれることになります。

350系のほうは、数回乗ったことがあるけど、300系に乗ったのは今回が最初で最後となりました。

今回乗った座席は、4号車(モハ301-3号車)の7A(旧席番は428)でありました。

モハ301-3号車は、1800系の1818Fの1838号車から改造された車両で、1973(昭和48)年にアルナ工機(現、アルナ車両)で製造された4両のうちの1両であったし。

2号車と3号車に当たるサハ301-4号車とモハ301-5号車は、350系の352Fと同様に1979(昭和54)年に増結された中間車から改造された車両であり、台車が異なっています。

因みに302Fは、1800系の1817Fから改造された車両であり、こちらも301Fと同様に使命を終えることになるし。

この301Fは、4月16日にきりふり275号で東武日光までの最後の運用に入ったことで有名であり、東武日光駅(トニコ)での撮影会の後、東武日光発浅草行きのきりふり294号として折り返されていました。

この日は東武300系で最後の休日だったので賑わっていたし。

1800系から改造された300系の座席はきつかったけど、懐かしい雰囲気がありました。

350系による通勤対応列車は、浅草〜東武宇都宮間のしもつけ号だけとなってしまいます。

一昨年と昨年の12月の金曜日に、300系による浅草発運河行きの東武アーバンパークライン(野田線)直通の臨時特急きりふり267号が運転されていたこともあったけど、それが500系リバティによるアーバンパークライナーとして定期化されることになるのであります。

100系スペーシアや500系リバティに置き換えられた後に快適性が向上されるけど、300系が無くなることで寂しさを感じるし。

このように、浅草から春日部まで、カウントダウンを迎えた東武300系による特急きりふり283号に乗ることが出来て良かったです。

4月10日に撮影した東武6050系

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今月4月10日に、先方の会社で待ち時間の合間に東武6050系を牛田駅近くで撮影した画像です。

東武6050系による区間快速 浅草駅2 東武日光、会津田島行き

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4月16日は、友人のよしちゃんが浅草から北千住まで、東武6050系の6156F+6160F+6179Fによる区間快速東武日光、会津田島行きに乗りました。

今回乗った列車は、浅草駅の5番線を16時40分に発車し、東武日光駅に19時02分、会津田島駅に20時26分に到着する下りの最終の区間快速であります。

こちらは前の2両の6156Fが会津田島行き、中間の2両の6160Fが新藤原行き(新藤原で切り離し)、後ろの2両の6179Fが東武日光行き(下今市駅で分割)から成っていたので、浅草から下今市まで6両、下今市から新藤原まで4両、新藤原から会津田島まで2両と、3段ロケット方式の運行となっていました。

新藤原〜会津田島間及び下今市〜東武日光間の6050系の2両編成は、とても味のある状態であり、4月21日以降も南栗橋及び新栃木発着の列車で引き続き見られることになるし。

今回乗った6156Fは、1986(昭和61)年に6000系の6105Fから更新された2パンタ改造編成であり、更新作業はスバル(SUBARU)化されていた富士重工業の宇都宮車両工場で行われていました。

中間の6160Fは、1986年に6118Fから更新された車両、後ろの6179Fは、前回紹介した通り、1988(昭和63)年に完全新製された車両であり、どちらも富士重工業の宇都宮車両工場で新造(更新)されていたので、6両全てが富士重工業製で占められていたのであります。

東武の電車で富士重工業製の車両に乗れた時は嬉しく思いました。

富士重工業宇都宮車両工場製の車両は、国鉄→JR日光線の鶴田駅(宇都宮の次の駅)から発送されていたし。

以前東武鉄道の車両の甲種輸送は、本線系統は東鷲宮駅まで、東上線は熊谷貨物ターミナルまでに分かれていたけど、2003(平成15)年の貨物輸送の廃止により東鷲宮から久喜までの引き込み線も廃止された為に、本線系統の車両も熊谷貨物ターミナルまでの輸送に切り替えられています。

2003年4月に導入された東武30000系の最終増備車である31615+31415F(現在は東上線の池袋〜小川町間で活躍中)は、東鷲宮駅から搬入された最後の編成でありました。

前面の行先表示は東武日光(新藤原)会津田島となっているけど、快速や区間快速との組み合わせが見納めとなります。

側面及び車内の幕表示では、新藤原行きが(鬼怒川温泉)新藤原、会津田島行きが(鬼怒川温泉・会津高原尾瀬口)会津田島となっているし。

南栗橋〜東武日光、新藤原間の区間急行は、上りのみ運転で、下りは急行(午前の4本)以外は普通列車に格下げされます。

野岩鉄道会津鬼怒川線や会津鉄道線(会津高原尾瀬口〜会津田島間)は、500系リバティによるリバティ会津号やAIZUマウントエクスプレスを除いて下今市または新藤原発着に変更されるので、かつてJR常磐線で見られていたような3段ロケット方式による分割・併合も見納めとなるし。

500系による特急リバティ会津号は、350系によって運転されていた急行南会津号の復活(特急格上げバージョン)であるほか、一部が6050系による快速や区間快速からの格上げもあります。

野岩鉄道会津鬼怒川線の男鹿高原駅は、AIZUマウントエクスプレスが通過する駅であり、周辺に何もないことが秘境駅とも呼ばれています。

リバティ会津号の4往復のうち2往復が男鹿高原駅通過となるし。

男鹿高原の男鹿は、秋田県の男鹿半島や男鹿駅(なまはげで有名な場所)のような「おが」ではなく、「おじか」と読むので、かつて東武の快速急行(鬼怒川公園発着、5700系や6000系)で使われていたおじか号を思い出しました。

おじか号もやはり、男鹿高原や男鹿川が由来となっていたし。

男鹿高原駅は、東武鉄道の駅ではないけど、東武東上線(小川町〜寄居間)の男衾(おぶすま)駅と並ぶ男の付く駅名となっています。

一方の東武日光発着の快速急行は、だいや号と呼ばれていたけど、ダイヤではなく、奥日光の中禅寺湖から流れ出ている大谷川(だいやがわ、鬼怒川の支流)が由来となっていたし。

東武6000系と言えば、1964(昭和39)年にデビューした時に池袋から東上線、秩父鉄道線を経由して東武日光へと向かっていた「にっこう号」が運転されていたこともあり、その翌年の1965(昭和40)年には池袋〜鬼怒川公園間のたびじ号も運転されていたこともありました。

現在は新宿〜東武日光間の日光号(JR253系で運転)や新宿〜鬼怒川温泉間のきぬがわ号またはスペーシアきぬがわ号で、池袋から東武日光や鬼怒川温泉まで乗り換えなしで行けるようになっているし。

1985(昭和60)年から1986(昭和61)年に掛けて行われた6000系から6050系への更新の時には、6000系と6050系の併結運転の時には、夏場を中心に6050系に人気が集中していたに違いなかったです。

東武6000系は非冷房車だったのでそのはずであり、1971(昭和46)年に京阪特急の初代3000系がデビューした時に当時非冷房車だった1900系を見送る風景が多発していたことに似ていました。

6000系と6050系のような新旧混合列車が関西に走っていたら、新しいほうに人気が集中することは確実であり、実際に京阪の初代3000系が7両化された時に組み込まれていた8000系の中間車に人気が集中していました。

1989(平成元)年10月5日の出町柳への延長の時に8000系がデビューした時も、8000系や初代3000系に組み込まれた8000系の中間車に人気が集中し、初代3000系を見送る風景が見受けられていた為に急遽増備され、1編成を残して8000系に置き換えられていたのであります。

京阪8000系と言えば、8月20日からプレミアムカーが設定されることになるし。

東武6000系のうち、クハ6222号車の車体が群馬県大泉町(東武小泉線の東小泉駅付近)の某所で静態保存されているけど、以前は店舗として使われていました。

前面スタイルは8000系ベースということで東武顔であったし。

6050系の浅草乗り入れは、6000系時代から親しまれていたので、廃止されることで残念に思っています。

こちらは完全に時代の流れとなってしまったし。

本当は6050系で春日部まで行き、この日に最終日を迎えたイトーヨーカドーならぬサトーココノカドーの看板を撮影したかったけど、諸事情により行かれなかったのが残念でありました。

それでも浅草から北千住まで乗れたことで充分だと思っています。

このように、浅草から北千住まで東武6050系による区間快速に乗ることや、東武日光・会津田島行きの表示を撮影することが出来て良かったです。

阪急京都線西院(さいいん)と嵐電西院(さい)の新しい連絡口

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先程、寝屋川市の友人から阪急京都線西院(さいいん)と嵐電西院(さい)の新しい連絡口のペーパークラフトとパンフレットの画像を送ってくれました。


(1.阪急京都線西院(さいいん)と嵐電西院(さい)の新しい連絡口をイメージしたペーパークラフト。)


(2.阪急京都線西院(さいいん)と嵐電西院(さい)の新しい連絡口のパンフレットの表面。)


(3.阪急京都線西院(さいいん)と嵐電西院(さい)の新しい連絡口のパンフレットの裏面。)

Fw:東武300系301Fによるきりふり296号

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こちらは、昨年11月20日に友人のよしちゃんが東武スカイツリーラインの浅草駅で撮影した、東武300系の301Fによる臨時特急きりふり296号です。

こちらは、秋の臨時特急として運転された列車であり、東武日光駅を18時04分に発車し、途中下今市、新鹿沼、新栃木、栃木、春日部、北千住、とうきょうスカイツリーに停車してから浅草へと向かっていました。

このような臨時のきりふり号は、春夏秋に運転されているけど、秋は日光の紅葉見物の書き入れ時であります。

友人(よしちゃん)としては、350系による臨時特急きりふり号を撮影したことが何度もあるけど、300系を撮影したことが少なかったです。

今月20日をもって最後を迎える東武300系は、浅草寄りの先頭車である6号車に通勤型車両と同様の女性専用車のステッカーが付いているのが特徴であり、尾瀬夜行23:55やスノーパル23:55と言った夜行列車に使われた時には女性専用車となっていました。

300系の6号車は、きりふり号やゆのさと号に使われる時には男性でも乗れることになるし。

このことで、かつて485系によって運転されていた夜行快速のムーンライトえちご号(新宿〜新潟間)に女性専用車があったことを思い出しました。

350系の353Fの4号車に、尾瀬夜行やスノーパル対応の女性専用車のステッカーが取り付けられていたので、今年の尾瀬夜行に350系が使われることが分かります。

これにより350系の会津高原尾瀬口への乗り入れが復活するけど、6両編成から4両編成に減少し、男性も乗れる車両が3両分に減ってしまうということになってしまいます。

東武300系による夜行特急では、昨年10月15,21,22日に、日光夜行(浅草→東武日光間)が1998(平成10)年以来18年ぶりに復活運転されていたことで話題になっていました。

300系や350系には、夜行列車での減光装置もあるし。

300系は、かつて急行りょうもう号で活躍していた1800系の1817Fと1818Fから6両丸ごと改造された編成であり、80年代初期のりょうもう号を彷彿とさせます。

350系のほうは、1969(昭和44)年に急行りょうもう号としてデビューした当時と同じ4両編成であるし。

300系や350系の座席は、リクライニング機構なしであるけど、フットレストや座席背面の折り畳み式テーブル(ドリンクホルダー付き)が付いているのが特徴であります。

300系は、4月16日をもって浅草〜東武日光間の運用から撤退していたけど、昨日(4月17日)から4月20日までの間は、浅草 19時30分発→春日部 20時04分着のきりふり283号と、浅草 21時30分発→南栗橋 22時23分着のきりふり285号で最後の運用に入る予定となっています。

このように、浅草駅で300系によるきりふり296号を撮影することが出来て良かったです。

女性専用車と6号車の表示は、300系の証であり、6号車の表示との組み合わせが見納めになります。

東武大師線8577F旧塗装車

eb05205f.jpg昨日、西新井駅で各駅に乗り換えの合間に東武大師線に8577F旧塗装車が偶然運用に入ってまして、撮影いたしました。

たまに、東武大師線にも運用に入ってますからね。

特急きりふり275号300系6連

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昨日、最初に蒲生駅で今月のダイヤ改正で東武6050系の快速列車の運用が無くなるので撮影し、それから春日部駅で特急きりふり275号300系6連のさよなら運転を撮影し、おまけにいずれ引退する東京メトロ日比谷線03系の並びまで撮れました。

また、今後東武のダイヤ改正前後あたりが忙しくなるなぁと思います。

4月14日の都電 9002号車による都電さくら号2017 2

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続いては、4月14日に友人のよしちゃんが都電荒川線の早稲田電停で撮影した、都電荒川線の9002号車による都電さくら号の反対側で、とあらんが9002号車の上に乗ったヘッドマークが付いていました。

昨年は3月21日に発生したトラックとの接触事故により、都電さくら号が9001号車に振り替えられていたことがあったけど、9001号車に9002号車がイメージされたそのヘッドマークが取り付けられていたことで違和感がありました。

今年はそれを乗り越え、昨日(4月16日)の最終日まで9002号車で運転されています。

都電さくら号は、2012(平成24)年の春に、9002号車に桜のヘッドマークが取り付けられて運転されたのが始まりであり、翌年の2013(平成25)年から都電さくら号として正式に運転されるようになったのであります。

2012年5月には、9001号車による都電バラ号も登場していたけど、今年も9001号車によって運転されることが予想されています。

9002号車によるイベント列車は、都電さくら号のほか、10月の都電ハロウィン号も挙げられているし。

9002号車は、2011(平成23)年3月11日に東日本大震災が発生した後の6月に、震災復興支援により、がんばろう日本のヘッドマーク付きで運転されていたこともありました。

同年4月18日には、都電のマスコットキャラクターであるとあらんの誕生記念として、9001号車にとあらんヘッドマークが付いていたこともあったし。

都電9000形は、2007(平成19)年5月26日に9001号車の初お披露目、5月27日に営業運転が開始されていたけど、今年で10年経つので早いもんだなと思いました。

このように、大塚駅前から早稲田まで都電さくら号に乗り、早稲田で記念撮影することが出来て良かったです。

E235系甲種回送

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本日は、北区の友人からのメールでは上尾駅にてEF64−1032が牽引するE235系甲種回送を撮影しました。

友人にとって、甲種回送を撮影するのは初めてです。今回は、甲種回送が撮影出来て良かったと思っています。上尾駅にて、撮影した画像を送信してくれました。

東武300系サヨナライベント

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本日、葛飾区立石在住の友人は春日部から東武日光まで300系きりふりに乗りました。その後、東武日光駅にて13:00〜14:00まで撮影会が行われました。

幕は15分おきに、特急スノーパル、特急尾瀬夜行、特急しもつけ、特急きりふりを出していました。

東京メトロ日比谷線秋葉原駅にて

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東京メトロ日比谷線秋葉原駅にて新型車両導入にともなう乗車位置変更のお知らせの貼り紙と廃車が始まった東京メトロ日比谷線03系5ドア車編成の03112編成を撮影しましたので送信します。


東京メトロ日比谷線は、3ドア車、4ドア車、5ドア車の三種類の車両が走るようになりました。


以上、川崎市多摩区の友人からのメールでした。

4月14日の都電 9002号車による都電さくら号2017

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一昨日(4月14日)は、友人のよしちゃんが大塚駅前から早稲田まで、都電荒川線の9002号車による都電さくら号に乗りました。

こちらは、毎年飛鳥山公園などの都電沿線のお花見シーズンに合わせて運転される列車であり、ヘッドマークはもちろんのこと、桜の造花が飾られた内装により、運賃を払って乗る楽しみがあります。

今年は、3月18日から今日(4月16日)まで運転されているけど、最近は都電以外の鉄道(他電(たでん))の追っ掛けが増えていることや、都電でカウントダウンを迎えた7000形の乗車が優先となっていたことにより、都電さくら号の乗車が遅れていたのであります。

これにより今年の都電さくら号に乗れずじまいにならずに済みました。

この日は、高戸橋の桜が散り掛けていたけど、都電さくら号の車窓から本物の桜を眺めることが出来たのであります。

ヘッドマークは、昨年と同じものの使い回しだけど、昨年は途中から9001号車に変更されていたことがありました。

今年は最後まで9002号車で運転されることで嬉しく思っています。

さくら号と言うと、九州新幹線を思い出すけど、みずほ号と同様にかつてブルートレインで使われていた愛称であります。

このように、今日(4月16日)の期限までに、大塚駅前から早稲田まで、都電さくら号に乗ることが出来て良かったです。

山陽本線新井口・宮島口付近にて その2

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先程と同様、品川区の友人が山陽本線新井口と宮島口各付近で撮影した残り少ない115系西日本リニューアル・カープ塗装と227系、徳山で撮影したEF65-1000を桜景色と、宮島口駅で撮影した現在建設されている瑞風のコンコースの画像までも送信してくれました。

山陽本線新井口・宮島口付近にて その1

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先週、品川区の友人が山陽本線新井口と宮島口各付近で撮影した広電こと広島電鉄3100、3700、5000形等の画像です。


また、品川区の友人いわく広電に関してはあまり詳しくなく、ネットで調査しているレベルなのでご了承下さい。

山陽本線天神川にて

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続きまして、偶然にもトワイライトエクスプレス瑞風が止まっており、品川区の友人が山陽本線広島駅手前の天神川で撮影したクモヤ143系、227系、瀬戸内マリンビューの並びの画像です。

瑞風に関しては、全体的に思う存分撮影できませんでしたが、次回は、うまく撮影できることを期待します。

山陽本線沿線にて

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続きましては、品川区の友人が山陽本線沿線東福山、天神川、大竹で撮影したEF66、EF67系、HD300形の機関車を撮影した画像です。

HD300形と申しますと、2012年鉄道友の会ローレル賞を受章した車両です。

児島にて

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続きまして、品川区の友人が舞台を児島に移動してアンパンマントロッコ列車を撮影した画像です。やはりこの列車は、子供[男の子]ずれの客でにぎわっていました。

またこの駅では、JR西日本と四国の境界駅でもあるので、双方共に交代するシーンが見られます。

岡山にて その2

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引き続き、岡山で撮影しましたキハ187系スーパーいなば、元マリンライナーと観光電車213系、そしてJR四国6000系観音寺行を撮影した画像です。


元マリンライナーの本体である213系の観光列車の画像が送られて、やはり撮影したくなったなぁと思います。

岡山にて

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先週、品川区の友人からのメールでは青春18きっぷとEX-ICとの併用で、3月に引き続き、京都観光の後に、今月も山陽・四国・九州遠征を行いました。


まず最初に、岡山で撮影しました新型8600系しおかぜ、キハ2000系南風・8000系しおかぜアンパンマン塗装を撮影した画像です。


新型車両である8600系の画像が、送信して上出来で大満足しております。

幕張にて

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本日は、北区の友人が幕張メッセにて行われたAKB48のイベントに行きまして、首都圏で205系の原型に乗車出来るのは京葉線だけとなりました。又、写真のM21編成のパンタグラフはシングルアームではなく菱形です。これも数少なくなりました。
185系は団体専用列車で京葉線で見掛ける事は殆ど無いので、撮影出来て良かったです。

新京成

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その後、船橋市の友人からのメールでは松戸駅と八柱〜常盤平の八柱2号踏切にて新京成を撮影しました。

8809F旧塗装…松戸にて

8803F…松戸にて

8803Fと東京メトロ16123F…松戸にて

N818F旧塗装…八柱〜常盤平の八柱2号踏切にて

イ鉢8518F…八柱〜常盤平の八柱2号踏切にて

都電7000形

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本日は、町屋駅前電停と荒川区役所前電停にて都電7000形7001号と同7022号を撮影しました。

7001号…町屋駅前にて

7001号…荒川区役所前にて

7022号…荒川区役所前にて

7022号と8503号…町屋駅前にて

7022号…町屋駅前にて

以上、船橋市の友人からのメールでした。

東武6050系による区間快速 浅草駅

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こちらは、友人のよしちゃんが昨年11月20日に、東武スカイツリーライン(伊勢崎線)の浅草駅の4番線で撮影した、6050系の6179Fによる区間快速浅草行きと、折り返しの回送列車です。

この列車は、東武日光17時39分発→浅草20時05分着の上りの最終の区間快速であり、下今市から、新藤原または会津田島から来た6167F+6168Fと連結されていました。

6179Fは、1988(昭和63)年に輸送力増強用として、富士重工業(現、SUBARU(スバル))の宇都宮車両工場で製造された編成であり、新栃木出張所所属ということで栃木県と縁のある編成となっています。

富士重工業は、レガシィやインプレッサなどのスバル(SUBARU)ブランドの乗用車(スバル自動車部門)や航空宇宙部門が主体となり、スバルの愛称が定着し、スバル化してきたことにより、前身の中島飛行機として創業されてから100周年を迎えるのを期に、今年の4月1日に株式会社SUBARUに社名(商号)変更されていたのであります。

富士重工業で最後に製造された東武鉄道の電車は、1999(平成11)年3月に製造された30000系の31406Fであり、現在でも31606Fとペアが組まれた状態で、31409+31609Fと共に現在でも半蔵門線、東急田園都市線直通で活躍しています。

他の30000系は、50050系に置き換えられた後に本線系統での地上運用に戻され、10両固定化された上で東上線の池袋〜小川町間で活躍しています。

因みに最後に製造された富士重工業製の鉄道車両は、2002(平成14)年に導入された真岡鐵道真岡線(下館〜茂木(もてぎ)間)のモオカ14形気動車の2両であります。

真岡鐵道真岡線は、SLもおか号が走る路線として有名であり、下館〜ひぐち間が茨城県、久下田〜茂木間が栃木県を通っています。

モオカ14形の14は、2014年ではなく、平成14年に導入されたことが由来となっているし。

近年は平成29年のような和暦よりも、2017年のような西暦が定着しているので、富士重工よりもスバルが定着していることにそっくりな状態であります。

その翌年の2003(平成15)年には、バス車体の製造(群馬県伊勢崎市で行われていた)からも撤退していたけど、こちらは日産ディーゼル車やいすゞ車の車体がメインとなっていました。

かつて東武鉄道のバス部門(現在の東武バスグループ)にも富士重工業車体のいすゞ車や日野車も導入されていたこともあったし。

スバルの車は、東武伊勢崎線の沿線である群馬県太田市にある群馬製作所本工場と矢島工場で製造されており、群馬製作所本工場のある場所はスバル町と呼ばれています。

こちらは、スバルの筆頭株主であるトヨタ自動車(TOYOTA)の本社のある愛知県豊田市のトヨタ町と同じような関係であるし。

6167Fは、6113Fから更新された編成で、昨年12月4日の東武ファンフェスタ2016で展示されていたことや、今年4月2日に北千住から浅草まで乗ったことで話題にしています。

6168Fは、1986(昭和61)年に6122Fから更新された編成であり、更新作業は富士重工業の宇都宮車両工場で行われていました。

富士重工業製の鉄道車両の銘板は、スバルマークではなく、カタカナの「フ」の字がイメージされた旧紋章となっています。

スバル(六連星)マーク及びスバルの由来は、1955(昭和30)年4月1日に、富士工業、富士自動車工業、大宮富士工業、宇都宮車輛、東京富士産業の5社が富士重工業に吸収合併されて1つの会社となり、6星を統べる(すべる)星である六連星に例えられていたことであり、1958(昭和33)年3月に発売された軽自動車のスバル360(てんとう虫)によって、スバル(SUBARU)のブランド名が浸透していたのであります。

こちらは、2001(平成13)年5月8日にNHKで放送されていたプロジェクトXに出てきていたし。

現在スバルの軽自動車は、トヨタ自動車が筆頭株主となったことに伴う合理化により、2011(平成23)年に軽自動車に参入していたトヨタのピクシスシリーズと同様に、トヨタの子会社であるダイハツ工業(DAIHATSU)製からのOEM供給車となっています。

富士重工業の鉄道車両の製造は、宇都宮車輛から受け継がれていました。

東武線の浅草駅は、浅草エキミセ(松屋浅草)の2階部分にあり、浅草を出るとすぐに右にカーブし、隅田川を渡るという特徴のある区間であります。

変わったところは、南口(エンド側)で1階に切符売り場、2階に改札口があることであるし。

乗り場は、1番線と2番線が普通、区間急行、区間準急、3番線と4番線が特急、5番線(線路は4番線と共用)が6050系による快速、区間快速、浅草22時32分発の区間急行新栃木行きから成っているけど、1番線だけは8両編成が入ることも出来ます。

浅草駅の1番線がずれているのはその為であるし。

ホームの隙間対策により、2番線ではとうきょうスカイツリー寄りの2両が常に締め切り扱いとなっているけど、1番線発着の8両編成の場合でも、とうきょうスカイツリー寄りの2両が締め切られます。

7両編成である東武70000系(4月21日にデビュー予定の3代目日比谷線直通用車)が試運転で浅草まで乗り入れていた時には当然1番線発着となっていたし。

3,4番線の特急ホームの入口では、特急券の拝見が行われているので、入場券を使ったほうが良いと思います。

5番線は、浅草乗り入れの快速、区間快速の廃止により用途を失うことになるけど、今後どうなるのか気になります。

浅草駅を出た時にいきなりカーブを通過する為に15Km/h制限が掛かっているので、浅草〜とうきょうスカイツリー間で時間が掛かっています。

東武浅草駅(2代目)が開業したのは、1931(昭和6)年5月25日のことで、当時は浅草雷門駅と呼ばれていました。

同時期には、初代浅草駅(開業当時は吾妻橋駅だった)が業平橋(なりひらばし)駅となり、2012(平成24)年3月17日にとうきょうスカイツリー駅になるまで使われていました。

浅草雷門駅が現在の浅草駅となったのは、1945(昭和20)年10月1日のことであったし。

松屋浅草は、1931年11月に開店したターミナルビル一体型のデパートであり、2012年11月21日に浅草エキミセとして改装された時に、1931年の開店当時のアール・デコ調の外観や大時計が復活していました。

やはり浅草駅と言えばやはりこれの状態であり、東京メトロ銀座線の浅草駅も、レトロ調に改装されていくことになります。

6050系のトイレは、6000系の時代と同様にTc車(東武日光、会津田島寄り)にあるけど、和式トイレで暗い感じがします。

北千住〜春日部間のノンストップ運転は、料金を払った上で特急に乗らないと味わうことが出来なくなってしまうので、寂しさを感じています。

1988年に完全新製された6050系は、6177Fと6178Fが634型(スカイツリートレイン)に改造された為に、6173,6174,6175,6176,6179Fの5編成となっています。

野岩鉄道所有の61101,61102,61103F、会津鉄道所有の61201Fも完全新製されていたけど、どちらも東武鉄道で籍を入れられた後に野岩鉄道または会津鉄道に譲渡されていたし。

今週末は、6050系の浅草乗り入れの最後の週末となるので、300系と共にマナーを守って撮影してもらいたいと思っています。

このように、昨年11月20日の、6050系の浅草口からの撤退発表前に、6050系を撮影することが出来て良かったです。

南栗橋でのイベントでの東武300系301F

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続いては、3月26日に、東武鉄道の南栗橋車両管区で行われた、東武SL撮影会イベント(SL+αの撮影会)で展示されていた300系(1800系旧りょうもう号から改造された日光・鬼怒川線用の特急用車両)の301Fによる復刻急行ゆのさと号です。

こちらは、500系リバティ(Revaty)の導入により、4月20日のきりふり285号をもって最後の時を迎えることになっているので、撮影会で展示されていたのであります。

特急きりふり275号の時刻(4月15,16日)

浅草 10時27分発→とうきょうスカイツリー 10時31分発→北千住 10時41分発→春日部 11時03分発→栃木 11時41分発→新栃木 11時49分発→新鹿沼 12時04分発→下今市 12時21分着→東武日光 12時31分着

4月16日は、東武日光駅で、13時から14時までの間に300系の撮影会が行われ、スノーパル→尾瀬夜行→しもつけ→ゆのさとの順に15分毎に切り替わることになります。

4月16日のきりふり275号は、北千住→春日部間で乗車証明書が配布されることになるけど、その特急券のほうは既に売り切れ満席(完売御礼)となっています。

友人(よしちゃん)は、350系のほうは数回乗ったことはあるけど、300系には乗れずじまいとなってしまいます。

見た目や内装は350系と変わらないので乗れなくても充分だと思っているし。

昨年12月4日に北千住→南栗橋間で301Fによって運転されていた東武ファンフェスタ号は、撮影会に間に合わない時間となっていた為に、大盛況だったJR253系による川越→南栗橋間の東武ファンフェスタ号とは正反対にガラガラとなっていたけど、今思えば貴重な列車となっていたに違いないです。

300系は、1991(平成3)年に、急行りょうもう号(当時)の200系の導入により捻出された1800系から塗装変更、抑速ブレーキの取り付け等により転用改造された車両であり、同年7月21日に、6050系によって運転されていた快速急行からの格上げにより、4連バージョンの350系と共に、日光線・鬼怒川線の急行で再デビューしていました。

6050系による快速急行は、セミクロスシートなのに料金を取られていたので、国鉄時代に115系による急行かいじ号などで見られていたような遜色急行でもありました。

こちらは遜色急行ならぬ遜色快急でもあったし。

301Fは、1973(昭和48)年(中間車の2両は1979(昭和54)年))に製造された1818Fから改造された編成であり、その改造工事は、アルナ工機(現、アルナ車両)で行われていました。

302Fのほうは、1817Fから改造された編成であり、6両のうちの4両が1973年製となっているし。

350系の351Fは1816Fのうちの登場時の4両、353Fは初代1813Fの登場時の4両、352Fは初代1813Fと1816Fの増結中間車(1979年製)から改造されたものであり、351Fと353Fは、1969(昭和44)年製で最も古いです。

2006(平成18)年3月18日には、急行の種別が半蔵門線直通列車に譲られた為に特急に格上げされたけど、100系スペーシアと比べてグレードに格差が見られているので、急行時代に準じた安い料金となっています。

座席は1800系時代のままのリクライニングしないタイプでシートピッチは狭いし、1,3,6号車(350系は1,4号車)にあるトイレは全て和式なので評判が良くないと言われています。

友人が東武300系列に乗った時にきつかったと言っていたのもそのはずであるし。

こちらは、JR東日本の189系の彩野編成が東武線直通運用に使われていたことでも言えることであり、こちらも全て和式トイレだったけど、リクライニングシートだったからマシでありました。

189系の彩野編成は、485系に準じた塗装で、日光号は、日光 NIKKO、きぬがわ号は、きぬがわ KINUGAWAと、絵入りになる前の国鉄特急の前面表示を彷彿させるものとなっていたし。

300系は、今年3月24日まで夜行特急スノーパル23:55(浅草 23時55分発、会津高原尾瀬口行きのスキーヤー、ボーダー専用列車)に使われていたこともあり、最後部の6号車が女性専用車となっていたことにより、通勤型車両と同様の女性専用車のステッカーが取り付けられています。

こちらは同じルートで運転されていた尾瀬夜行23:55でも言えることだけど、座席がリクライニングなしという欠点があります。

女性専用車のステッカーのある編成にトイレの付いた列車は、西武鉄道の40000系(S-TRAIN)にも受け継がれているし。

これらの夜行列車は、かつて6050系が使われていたので、こちらも遜色急行となっていました。

今後の尾瀬夜行やスノーパルはどうなるのか気になります。350系だったら定員が減るので、1800系の1819Fが使われることも考えられています。

中にはリバティによる尾瀬夜行やスノーパルも期待されているけど、それが実現したらグレードが大幅にアップすることになるし。

西武40000系も、リクライニングしない列車だけど、シートピッチが広いので問題はないです。

2012(平成24)年3月16日まで活躍していた小田急ロマンスカーの10000形HiSE車もリクライニングのない有料特急となっていたことを思い出しました。

10000形HiSEに乗った時の唯一の不満はそれであったし。

東武300系による浅草発南栗橋行きの特急きりふり285号(浅草21時30分発、平日のみ運転)は、残念なことに500系リバティによるアーバンパークライナー(浅草発大宮、野田市行き)に置き換えられる形で廃止されてしまいます。

こちらは、途中とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、東武動物公園、杉戸高野台、幸手の各駅に停車することになるけど、春日部からは特急料金不要となります。

浅草 19時30分発→春日部 20時04分着のきりふり283号も、100系スペーシアによるスカイツリーライナー5号に置き換えられ、毎日運転となるし。

350系のほうは、ダイヤ改正以降も当分残ることになるけど、先は長くないと思います。

4月21日以降も350系によって運転される列車は

きりふり281号(土休日のみ運転) 浅草 10時29分発→東武日光 12時34分着

しもつけ 283号 浅草 18時20分発→東武宇都宮 20時20分着

しもつけ 282号 東武宇都宮 7時ちょうど発→浅草 9時11分着

きりふり284号(土休日のみ運転) 東武日光 13時59分発→浅草 16時05分着

しもつけ号の途中停車駅は、とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、栃木、新栃木、壬生、おもちゃのまち、江曽島

きりふり号の愛称名の由来は、日光国立公園の霧降高原や霧降の滝から来ており、東武日光駅からバスに乗っていくことになります。

けごんの愛称名の由来となっている華厳滝は、日光の中善寺温泉付近にあり、霧降の滝、裏見滝と共に、日光三名瀑の一つであります。

1968(昭和43)年2月24日までは、日光駅前から馬返まで日光軌道線という路面電車が運転されていたこともあったけど、現在もLRTにより運転されていたら地球環境に優しい観光路線として生かされていたところでした。

やはり渋滞が激しくなったことにより廃止されたもので、当時は路面電車衰退の方針となっていたし。

馬返駅からは、日光鋼索鉄道線(ケーブルカー)が明智平まで出ていたけど、日光軌道線の廃止から2年後の1970(昭和45)年3月に廃止されていました。

中禅寺温泉〜茶ノ木平まで出ていた中禅寺温泉ロープウェイが2003(平成15)年3月に廃止された為に、明智平から展望台を結ぶ明智平ロープウェイ(日光交通による運用)が奥日光で唯一残されたロープウェイとなっています。

1956(昭和31)年12月までの間は、群馬県の渋川駅前から伊香保まで伊香保軌道線という路面電車も運転されていました。

伊香保は、草津温泉などと並ぶ上州群馬の有名な温泉地であるし。

同じ栃木県の宇都宮市では、2019年を目処に、JR宇都宮駅東口から清原工業団地やテクノポリスを経て本田技研北門を結ぶLRT(宇都宮ライトレール)が出来る予定となっています。

300系では、昨年の東武ファンフェスタと同様に急行ゆのさとの表示で展示されていたので、2006(平成18)年3月17日までの間を思い出しました。

このように、ワシと一緒に行った友人のよしちゃん同様に南栗橋でのイベントで、300系による急行ゆのさと号を撮影することが出来て良かったです。

特急えのしま号EXEα

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今日、仕事で鎌倉に行ったので、江の電で江ノ島に行き、江ノ島からEXEαで新宿に向かいます。


先程、ワシの友人からメールが届きました。

南栗橋でのイベントでの東武500系(リバティ)の505F

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こちらは、3月26日に友人のよしちゃんも撮影した東武鉄道の南栗橋車両管区で行われた、東武SL撮影会イベント(SL+αの撮影会)で展示されていた500系新型特急リバティ(Revaty)の503Fです。

東武500系は、4月21日にデビューする予定の3両編成の新型特急であり、1700系以来の貫通型特急車両となったことにより、3両単独に加え、3+3での分割・併合運転も可能となります。

このような運転スタイルは、近鉄特急の22000系や22600系ACEなどの汎用特急車両、小田急ロマンスカーの30000形EXEや60000形MSEでもお馴染みであり、東武リバティの場合は、下今市駅での東武日光、鬼怒川・南会津方面に分かれる運用はもちろんのこと、東武日光、館林方面と、大宮、野田市方面に分かれる運用も設定されることになるし。

今回の改正では、東武日光発着の特急(けごん号)が増発されるけど、やはりリバティの導入によって実現することになります。

リバティの時刻

下り(東武日光、会津田島、館林、大宮、運河方面)

リバティけごん1号・リバティ会津101号 浅草 6時30分発→東武日光 8時22分着/会津田島 9時45分着

リバティけごん3号(土休日のみ運転) 浅草 7時ちょうど発→東武日光 8時56分着

リバティけごん11号・リバティ会津111号 浅草 9時ちょうど発→東武日光 10時54分着/会津田島 12時24分着

リバティけごん17号・リバティ会津117号 浅草 11時ちょうど発→東武日光 2時51分着/会津田島 14時20分着

リバティけごん23号 浅草 3時ちょうど発→東武日光 14時49分着

リバティけごん29号・リバティ会津129号 浅草 14時30分発→東武日光 16時21分着/会津田島 17時39分着

スカイツリーライナー1号(土休日は100系スペーシアで運転) 浅草 17時30分発→春日部 18時06分着

スカイツリーライナー3号 浅草 18時30分発→春日部 19時06分着

リバティけごん43号・リバティりょうもう47号 浅草 20時ちょうど発→東武日光 21時58分着/館林 21時12分着

アーバンパークライナー1号 (平日のみ運転) 浅草 20時30分発→大宮 21時28分着

スカイツリーライナー7号(土休日のみ運転) 浅草 20時30分発→春日部 21時06分着

アーバンパークライナー3号 (平日のみ運転) 浅草 21時30分発→大宮 22時31分着/野田市 22時35分着

スカイツリーライナー9号(土休日のみ運転) 浅草 21時30分発→春日部 22時06分着

リバティけごん257号 浅草 22時50分発→新栃木 0時05分着

アーバンパークライナー2号(平日のみ運転)
大宮 22時43分発→運河 23時28分着

上り(北千住、浅草方面)

スカイツリーライナー2号 春日部 5時36分発→浅草 6時10分着

リバティけごん208号 新栃木 6時03分発→浅草 7時33分着

リバティけごん14号・リバティきぬ114号 東武日光 8時52分発/新藤原 8時26分発→浅草 10時45分着

リバティけごん22号(土休日のみ運転) 東武日光 10時39分発→浅草 12時35分着

リバティけごん28号・リバティ会津128号 東武日光 12時22分発/会津田島 10時43分発→浅草 14時15分着

リバティけごん32号・リバティ会津132号 東武日光 14時23分発/会津田島 12時50分発→浅草 16時16分着

リバティけごん40号・リバティ会津140号 東武日光 16時23分発/会津田島 14時57分発→浅草 18時15分着

リバティけごん48号・リバティ会津148号 東武日光 19時18分発/会津田島 17時48分発→浅草 21時15分着

リバティけごん、リバティ会津号の途中停車駅は、とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、栃木、新鹿沼、下今市、大谷向、大桑、新高徳、小佐越、鬼怒川温泉、鬼怒川公園、新藤原、龍王峡、川治温泉、川治湯元、湯西川温泉、中三依温泉、上三依塩原温泉口、会津高原尾瀬口で、リバティけごん1号・リバティ会津101号は、板倉東洋大前駅、リバティ会津111,117,128,148号は、男鹿高原、七ヶ岳登山口、会津山村道場、会津荒海、中荒井の各駅、リバティけごん47号,257号は杉戸高野台駅、リバティけごん47号は東武動物公園駅にも停車します。

リバティきぬ114号は、途中、下今市までの各駅と、新鹿沼、栃木、春日部、北千住、とうきょうスカイツリー駅に停車することになるし。

下今市〜東武日光、新藤原、会津田島間のみでは、リバティに限り特急券なしで乗ることも出来ます。

スカイツリーライナーの途中停車駅 とうきょうスカイツリー、北千住

下り列車は、せんげん台駅にも停車し、せんげん台→春日部間では特急券が不要となります。

スカイツリーライナーのうち、土休日の1号(浅草 17時30分発)と5号(浅草 19時30分発)、4号(春日部 6時08分発)は、100系スペーシアで運転されることになるので、これまでの浅草〜春日部間のスペーシアけごん号から受け継がれることになるし。

アーバンパークライナーの途中停車駅 とうきょうスカイツリー、北千住、せんげん台、春日部、八木崎、豊春、東岩槻、岩槻または藤の牛島、南桜井、川間、七光台、清水公園、愛宕

大宮発運河行きは、春日部、藤の牛島、南桜井、川間、七光台、清水公園、愛宕、野田市、梅郷

リバティりょうもうの途中停車駅 とうきょうスカイツリー、北千住、春日部、東武動物公園、久喜、加須、羽生

列車は3両または6両で、トイレと車椅子対応座席は、2号車と5号車にあります。

リバティのトイレは、車椅子対応の多目的洋式トイレ(誰でもトイレ)と通常幅の洋式トイレ(どちらもベビーベッド、ベビーチェア付き)に加え、東武鉄道所有の車両として初となる男性用小トイレも設置されることになります。

このような配置は、京成電鉄の新AE形スカイライナーのトイレと同様であるし。

携帯電話やスマートフォン(スマホ)などを充電出来るコンセントや、Wi-Fiが完備されるので、観光はもちろんのこと、ビジネスにも嬉しい列車となります。

500系リバティの導入本数は、3両編成8本24両(川崎重工業製)であり、昨年12月2日から4日までの間に掛けて、501+502+503Fの3編成は、兵庫から熊谷貨物ターミナルまで甲種輸送され、12月5日に羽生経由で東武線入りしていました。

熊谷貨物ターミナルに到着した昨年12月4日は、奇しくも東武ファンフェスタ2016が行われた日でもあったし。

今年1月28日から29日には、504+505Fが、2月17日から19日には、506+507+508Fがそれぞれ兵庫から熊谷貨物ターミナルまで甲種輸送され、8編成全てが出揃っていました。

501+502+503F及び506+507+508Fが終電後に羽生から南栗橋まで自力回送された時には、3+3+3の9両編成となっていたけど、この状態で浅草駅に入ることが出来ないので、営業運転では有り得ない編成であったし。

番号は、501-1,2,3号車とハイフンで表示されています。

先頭車同士の連結部分には、転落防止により、鉄道車両としては珍しいオレンジ色のハザードランプが取り付けられ、停車中及び5Km/h以下で走行中の時に点灯するのが特徴であります。

ハザードランプとは、自動車で駐停車の時や高速道路で渋滞開始を後方の車に知らせる時などに、左右の方向指示器(ウィンカー)を同時に点灯させるシステムであるし。

このことで、昨年2月28日まで活躍していた京成AE100形2代目スカイライナー(晩年はシティライナーで使われていた)のヘッドライトが、かつてのスポーツカータイプの自動車と同様のリトラクタブル方式(開閉式)となっていたことを思い出しました。

3月10日には、浅草〜東武日光間で、東武トップツアーズ主催による世界遺産日光東照宮「陽明門」修復完成公開記念のリバティ試乗会列車が運転され、往復試乗のAコース、往路の片道のみ試乗のBコースに分かれ、Aコースの往路には504+505Fが、BコースとAコースの復路には506+507Fが使われていました。

この日は、同じ浅草駅発着である東京メトロ銀座線の01系の定期運用と重なっていたし。

東武日光発着のけごん号が増発されるのは、やはり日光東照宮の陽明門の修復完成によるものであります。

リバティのほうもデビューしたら是非乗ってみたいと思っています。

このように、南栗橋での東武のイベントで、500系リバティや100系スペーシアの103F(日光詣スペーシア)との並びを撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた都電7000形 お疲れ様ヘッドマーク付きの7001号車2

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4月9日は、友人のよしちゃんが飛鳥山から早稲田まで、都電荒川線の7000形の7001号車によるお疲れ様7000ヘッドマーク付き電車に乗りました。

こちらは、8日の土曜日からヘッドマークがローレル賞受賞時がイメージされたものに変わり、9日の日曜日も終日に渡って運転されていました。

最近になってから7000形の7001号車と7022号車が土休日にしか動かさない状態となっているので、この機会にお花見を兼ねて乗りに行ったのであります。

以前当たり前のようにあった都電の吊り掛けモーター車は、7000形の2両だけとなってしまったので、音を楽しむことも大切だと思います。

都電の場合は、土休日ダイヤではなく、土曜ダイヤと休日ダイヤに分かれているし。

最初は、7001号車、7022号車共に3月末をもって最後を迎えることが予想されていたけど、このように4月になっても運転されていることにより、満開の桜との組み合わせで撮影することが出来たのであります。

2011(平成23)年の7500形の7511号車と7512号車のさよならの時は、東日本大震災が発生した直後の3月13日に最後を迎え、同年6月12日の路面電車の日イベントで最後の撮影会が行われていたので、桜との組み合わせが見られなかったです。

震災発生直後には、都電荒川線が数時間後に運行が再開されていたけど、そのうちの7512号車が最後の活躍していたし。

都電の7511号車は、晩年阪堺電気軌道(大阪府、阪堺電車)と同じ塗装で活躍していたけど、阪堺電車でも、モ502号車が7001号車と同じ黄色に赤帯塗装を纏っていたこともありました。

こちらは、江ノ電(神奈川県、江ノ島電鉄)と嵐電(京都府、京福電気鉄道)で塗装交換が行われていることと同様であったし。

4月中は都電の追っ掛けが多くなるけど、7000形は通常土休日にしか動いていないのがネックであります。

東池袋四丁目から飛鳥山までは、早稲田寄りにさよならヘッドマークが付いていた7022号車で移動し、飛鳥山で撮影したので後程お伝えする予定です。

6月の引退までには、7001号車と7022号車の並びでの撮影会が行われることが予想されています。

現在の荒川車庫では、2つ並びまでなか可能となっているし。

この画像を夜の都電早稲田電停で、良い感じにより撮影することが出来て良かったと思っています。

西武40000系によるS-TRAIN101号で豊洲から所沢へ2 乗車レポート

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続いては、4月6日に友人のよしちゃんが豊洲から所沢まで、西武鉄道の40000系40101Fによる、S-TRAIN101号の所沢行きに乗った時の乗車レポートです。

まずは、豊洲駅で一旦地上に出てから再び地下1階の改札に入り、地下2階部分にあるS-TRAINの指定券券売機で指定券を購入してから地下3階にある3番線に向かいました。

送り込みのS-TRAIN104号が16時18分に2番線に到着した後、月島(和光市)寄りにある留置線に入り、発車前に3番線に入っていました。

座席は5号車の6Aであり、4号車のトイレにも近かったです。

西武40000系並びにS-TRAINのトイレは、4号車の1ヶ所しかない為に、順番待ちが発生するどころか、トイレが故障した時にトイレが使えなくなるという問題が発生してしまうので、もう1ヶ所あったほうが良いと思っています。

今年3月21日の東北遠征の帰りに、JR宇都宮線の黒磯から宇都宮まで乗った205系のY8編成と、宇都宮から赤羽まで乗ったE231系のU503編成の5号車(グリーン車)のトイレ(この時には普通車に乗っていた)がそれぞれ故障し、編成中トイレが1ヶ所しかない205系では、トイレが使えない状態となっていました。

豊洲駅の3番線から発車する列車は、西武40000系による豊洲始発の列車(豊洲 6時24分発所沢行き)とS-TRAIN(いずれも平日のみ運転)となっているので、この時にフラワートレインの発車メロディーを聴くことが出来ます。

豊洲駅は、2011(平成23)年まで小田急60000形MSE車で運転されていたベイリゾート号(本厚木〜新木場間)の停車駅でもあったので、列車は違えど、豊洲駅からの座席指定制列車が復活したことになりました。

豊洲駅を出た後、もんじゃ焼きでお馴染みの月島駅を通過しました。

月島駅付近には、西仲通り商店街(もんじゃストリート)があり、もんじゃ焼きの店が軒を連ねています。

もんじゃ焼きは、土手を作ってから水ときした小麦粉によって作られた生地を流し入れるのが基本となっています。

月島のほか、浅草などのもんじゃ焼きも有名であるし。

次に通過した新富町駅は、支柱のない相対式ホームが特徴であります。

こちらからは日比谷線の築地駅まで歩いて行けるけど、将来的に連絡駅に認定されることになるし。

次に通過した銀座一丁目駅は、麹町駅と同様に道幅が狭い場所に作られた駅である為に、上下二層式となっており、上が新木場方面、下が和光市方面から成っています。

有楽町駅では、乗車扱いの為に約1分停車していました。

桜田門駅を通過した後、千代田線の霞ケ関への連絡線の入口が見えました。

こちらは有楽町線や副都心線所属のメトロ車を綾瀬工場へと送り込む為の線路であり、ベイリゾート号もそこを通っていました。

西武40000系もそこを通れば千代田線を走ることが出来るのであるので、千代田線を走る姿を想像しました。

この次に停車した飯田橋駅(最後の乗車扱い駅)でも余裕をもって停車していました。

この時に友人(よしちゃん)の隣に人が来なかったので見知らぬ人との相席にならずに済みました。

満席の場合は、1人で乗った場合には必ず見知らぬ人と相席となってしまうけど、豊洲 20時ちょうど発のS-TRAIN103号や23時ちょうど発のS-TRAIN105号だったらこうなる確率が高くなると思います。

S-TRAIN105号の場合は所沢まで行くと地元の駅まで戻れなくなるので、石神井公園までの試乗となっていたところだったし。

利用客の多い池袋駅を客を乗せたままゆっくりとしたスピードで通過した時には、池袋飛ばしで前代未聞だなと思いました。

池袋〜小竹向原間は、上が有楽町線、下が副都心線という上下二層式の区間であり、西武40000系は、平日は上、土休日は下を通って行くことになります。

副都心線のほうは、1994(平成6)年12月7日から2008(平成20)年6月13日までの間、有楽町新線として池袋〜小竹向原間でノンストップ運転されていた時の名残のある区間を通っているけど、当時は副都心線の池袋駅が新線池袋駅となっていました。

このことで、京王新線の新線新宿と紛らわしい状態であったし。

新線池袋行きの列車では、新線池袋と表示されていたので、京王線の新線新宿行きの表示を見る度に、新線池袋行きの表示を思い出してしまいます。

要町駅と千川駅は、上が有楽町線、下が副都心線となっているけど、池袋駅の場合は有楽町線と副都心線の場所が離れていて、乗り換えには一旦改札から出る必要があります。

池袋駅での丸ノ内線⇔副都心線間の乗り換えは、改札口を出なくても可能であるけど、丸ノ内線⇔有楽町線間の場合は改札口から出る必要があるし。

小竹向原駅の手前で一旦停車し、小竹向原駅の3番線では、乗務員交代により運転停車していました。

小竹向原駅は、2面4線であり、西武線直通列車は3番線、西武線からの列車は2番線に限定され、外側の1,4番線は和光市、東武東上線直通方面に限定されています。

昨年2月14日には、千川〜小竹向原間に連絡線路が設けられたことにより平面交差が解消されていたし。

小竹向原駅の特徴は、練馬区立小竹小学校の真下にあることであり、建設工事の時に校庭の一部が使われていたことにより、その見返りとして、小竹小学校前という副名称が付けられています。

小竹向原駅の真上には、要町通り(池袋駅西口から環七通りの武蔵野病院前へと至る道路)の小竹トンネルがあるし。

小竹向原からは西武有楽町線を通り、練馬へ。

新桜台駅は、2面2線で、今のところ西武鉄道管理の駅で唯一の地下駅だけど、西武新宿線の新井薬師前駅と沼袋駅が地下化されれば、これらの駅も加わることになります。

西武有楽町線は、その名の通り、西武鉄道によって建設された地下鉄有楽町線と結ぶ為の路線であり、2010(平成22)年12月25日まで存在していた有楽町西武(有楽町マリオンにあった西武百貨店有楽町店)を思い出すような路線名でもあります。

こちらは現在ルミネ(LUMINE)有楽町に鞍替えされているし。

地上に出た時には、桜を見ることが出来ました。

練馬駅では、ATC→西武ATSへの切り替えにより運転停車していました。

地下鉄有楽町線や副都心線のATC装置は、新CS-ATCに更新されているけど、西武有楽町線では、旧式のATC-4型のままとなっています。

練馬駅を出た後、複々線区間を通り、石神井公園へ。ここからスピードが上がってきました。

石神井公園到着前には、西武鉄道の車掌さんによる、またのご利用をお待ちしています。というアナウンスがあったので、西武線に入ったことを実感しました。

石神井公園では、先行していた新木場発小手指行きのメトロ10106Fに接続していたし。

アニメでお馴染みの大泉学園駅を通過した後、保谷駅に停車し、ひばりヶ丘、東久留米、清瀬、秋津の各駅を通過してから所沢へと向かっていました。

18時に所沢駅の4番線に到着した後、留置線に入り、折り返しの18時20分発のS-TRAIN106号で豊洲に戻っていました。

所沢駅では、40102Fによる急行池袋行きとの並びを撮影出来たのであります。

池袋線と新宿線が交わる所沢駅は、1895(明治28)年3月21日の国分寺〜本川越間(当時は川越鉄道の時代だった)と共に開業
した駅であり、1915(大正4)年4月15日に西武池袋線の前身である武蔵野鉄道武蔵野線(池袋〜飯能間、現在のJR武蔵野線とは無関係)の開業により乗換駅となっています。

一昨年の2015(平成27)年には、国分寺〜本川越間が開業してから120周年、池袋〜飯能間が開業してから100周年という節目の年を迎えていたし。

所沢駅東口(所沢市くすのき台)にある西武鉄道の本社は、1986(昭和61)年8月に池袋から移転されてきたものであり、2019年3月には、西武ホールディングスの本社が所沢から池袋の旧本社ビルのあった場所に移転されることになっています。

西武鉄道の本社は所沢に残ることになるし。

次にS-TRAINに乗るなら土休日に乗ってみたいと思っています。

以上、S-TRAINの乗車レポートでした。

カウントダウンを迎えた都電7000形 お疲れ様ヘッドマーク付きの7001号車

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こちらは、4月8日に友人のよしちゃんが桜が咲き誇る都電荒川線の高戸橋の撮影ポイントで撮影した、都電荒川線の7000形の7001号車によるお疲れ様7000ヘッドマーク付き電車で、今月末で運用離脱される予定であることから、一昨日から1978(昭和53)年にローレル賞が受賞された時に取り付けられたヘッドマークがイメージされています。

4月1日と2日は、7022号車と同じさよならヘッドマークとあかおび7001のヘッドマークの組み合わせで運転されていたけど、すぐに変わったとは思っていませんでした。

7001号車は、1955(昭和30)年に、前身の7055号車として製造されて以来、7000形で唯一荒川電車営業所一筋で活躍していました。

この7001号車と同じ赤帯塗装は、さよなら7000形イベントの一環により、南千住自動車営業所所属の都営バスの車両であるK-L652(足立200か・832)に施され、3月24〜26日に緑色のK-L653(足立200か・833)号車と同様に銀座界隈で特別運用されていました。

K-L652(足立200か・832)号車に関しては、荒川電車営業所で7001号車と並べられていたし。

このように、高戸橋で都電7001号車を撮影することが出来て良かったと思っています。

東急東横線5050系5177編成

5a4fa0b9.jpg今日、川崎市多摩区の友人が東急東横線武蔵小杉駅にて東急5050系5177編成を撮影した画像です。

東武特急りょうもう号台湾鐵路ラッピング車

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3月26日、ワシは南栗橋行きを待っている合間に、東武動物公園駅で特急りょうもう号の台湾鐵路ラッピング車が南栗橋のイベント会場に送り込み回送で一時停止した際に偶然撮影した画像です。

また、次回もどこかで撮影したいと思います。

特急かいじ号

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一昨日、ワシは立川に仕事で行ったが、東京駅からかいじ号で行きました。

なんと、ガラガラで東京駅からはほとんど乗る人がおらんかったです。

ワシの友人から、昨日このようなメールが届きました。

西武40000系によるS-TRAIN101号で豊洲から所沢へ

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4月6日は、友人のよしちゃんが豊洲から所沢まで、西武鉄道の40000系40101Fによる、S-TRAIN101号の所沢行きに乗りました。

この日は、40101Fが豊洲〜所沢間のS-TRAIN(クロスシートモード)、40102Fが日中を含めた池袋線内(池袋〜飯能間)での運用(ロングシートモード)に入っていたので、最初に前者の40101FによるS-TRAINに乗り、その次に飯能から池袋まで40102Fによる急行に乗ったことにより比較することが出来たのであります。

所沢から飯能まで乗った車両は、東急5050系4000番台の4109Fによる元町・中華街発快速飯能行きだったし。

4000番台は、西武秩父線で使われている4000系(2ドアクロスシートのトイレ付き車両)と重複しています。

こちらは東京メトロ10000系が、東武10000系や西武10000系(特急レッドアロー)と重複していることでも言えるし。

東急東横線には、5050系のほか、田園都市線から転用された5000系も含まれているけど、1995(平成7)年まで活躍していた5000系初代レッドアローで使われていた番号なので問題はないです。

来年度からは、新型特急レッドアロー(3代目レッドアロー、日立製作所製)が8両7編成56両導入される予定だけど、形式は50000系になることが予想されるし。

40101Fは、3月12日に西武球場前で行われていた40000系のお披露目イベントで内覧会(車内公開)用として使われていた編成であるので、車内に入ったのは初めてではなかったです。

実際に動いている状態で乗ったのは初めてであるし。

土休日には、2本共にS-TRAINの運用に入っているので、ロングシートによる一般運用が、40103Fが導入されるまでの間平日にしか見られない状態となっているし。

平日のS-TRAINは、1編成だけで回すことも可能なので、40000系の点検は平日に行われることになります。

S-TRAIN101号は、豊洲駅を17時ちょうどに発車し、有楽町、飯田橋、石神井公園、保谷の各駅で停車してから所沢へと向かう平日のS-TRAINであり、通勤帰りで賑わう豊洲20時ちょうど発のS-TRAIN103号と23時ちょうど発のS-TRAIN105号とは異なり、比較的空いていました。

次期のダイヤ改正には、小田急60000形MSEによる千代田線直通ロマンスカーの時と同様に、利用状況に応じて変更される場合があることが予想されています。

所沢から豊洲へと向かう送り込み運用に乗っても良かったけど、豊洲から所沢へと向かうルートのほうが面白いし、その後に40102Fに乗れるというので、今回豊洲から乗ったのであります。

豊洲までは、東京メトロ7000系のトップナンバーである7101Fで移動したけど、そのうちの先頭車を含めた5両が1974(昭和49)年の川崎重工業製であったので、川崎重工業製の車両同士を乗り継いだことになったのであります。

東京メトロ7000系のうち、7101Fを含めた10両固定編成は、10000系と同様に有楽町線と副都心線で兼用となっているので、今回のように有楽町線で川崎重工業製の車両を乗り継ぐことが出来たし。

西武鉄道の川崎重工業製の車両の導入は、旧西武鉄道の時代の1927(昭和2)年に導入されたモハ550形(前身の川崎造船所の時代だった)以来90年ぶりであり、当時は、同年4月16日に、西武新宿線の高田馬場〜東村山間が村山線として開業していました。

こちらは今年で開業90周年を迎えることになるし。

川崎重工業製の車両の西武線への乗り入れは、営団地下鉄→東京メトロ有楽町線または副都心線の7000系の一部の編成で行われているけど、かつて有楽町線で活躍していた07系の07-101,102F(川崎重工業製、現在は東京メトロ東西線で活躍中)も西武線に乗り入れていました。

有楽町線の豊洲駅は、1988(昭和63)年6月8日の新富町〜新木場間の開業と共に出来た2面4線の地下駅であり、地下1階に改札口、地下2階に中間コンコースとS-TRAINの指定券券売機、地下3階にプラットホームがあります。

有楽町線の豊洲駅のプラットホームは、東陽町、住吉方面への支線建設を見据えた構造である為に、開業当時は中間部分に線路のない空きのスペースとなっていました。

2003(平成15)年3月19日に開業した半蔵門線の住吉駅で、上下二層式のホームで反対側に留置線があるのはその為であり、横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅と同様と構造となっています。

横浜市営地下鉄ブルーラインの関内駅が上下二層式となっているのは、山下町への延長計画の名残であり、土休日にS-TRAINが乗り入れているみなとみらい線が出来たことにより幻となっているし。

豊洲駅の中間の2,3番線が折り返し列車専用線が新設されたのは、2013(平成25)年3月16日のことで、平日の朝ラッシュ時に豊洲発着の列車が復活していました。

2番線は降車専用、3番線は乗車専用であり、新木場方面と線路が繋がっていないことにより、S-TRAINを含めて月島(和光市)寄りにある留置線に入ることになります。

現在S-TRAIN以外の豊洲行きの列車は平日朝の清瀬7時11分発→豊洲 8時21分着(メトロ車(7000系または10000系の10連)による運転)と、池袋 8時45分発→豊洲 9時17分着(西武6000系による運転)の2本であります。

平日に豊洲〜所沢間の通勤客向けのS-TRAINを運転させることは、豊洲駅に折り返し線があったからこそ実現したのであるし。

2006(平成18)年3月27日に、新交通ゆりかもめが豊洲駅に乗り入れるようになったことや、周辺にららぽーとが出来てからは、有楽町線の利用客が大幅に増え、改良工事が行われていました。

2009(平成21)年10月から2012(平成24)年9月までの間、豊洲駅のホームの中間部分に仮設の連絡通路が設けられていたことがあったので、2013年3月16日に東急東横線が乗り入れてくるまでの副都心線の渋谷駅と同様となっていました。

2008(平成20)年6月14日に副都心線の渋谷駅が開業した当時は、外側の2線しか使われていなかったので、有楽町線の豊洲駅と同様となっていたし。

今回は、5号車の6Aに当たっていました。

西武40000系が、座席指定券不要の列車にも使われていることは、東武東上線の50090系がTJライナー以外の列車にも使われていることと同様であるけど、西武40000系には、東武50090系にはない車内トイレ、コンセントなどが付いていることや地下鉄乗り入れ対応となっていることが特徴であります。

来年春には、京王線に新5000系による座席指定制の通勤ライナーが出来る予定となっているので、同時期にデビュー予定の小田急70000形ロマンスカーと共に話題となっています。

京王新5000系のほうも、ロングシートモードにより従来の列車にも使えるし。

西武40000系は、全て10両編成である為に、池袋(西武新宿)口の各停には使えない状態であるけど、椎名町、東長崎、江古田、桜台の各駅に停車させることも可能となっています。

西武40000系の1号車に女性専用車のステッカーがあるのは、平日の朝ラッシュ時の対象列車にも使われていることであり、S-TRAINの場合は例外となります。

こちらはTJライナーの東武50090系にも言えることであるし。

9号車の弱冷房車は、S-TRAINでの運用時には、 通常の温度設定となります。

S-TRAINの乗降口は1両につき1ヶ所であり、乗車口の前には係員が立っています。

10号車のパートナーゾーンは、フリースペースであり、S-TRAINの場合は座席定員には含まれていないです。

今回の座席指定券は510円しました。

1000円札を使って座席指定券を買う時には、先に10円玉(硬貨)を入れてから1000円札を入れれば500円お釣りが来ます。

乗車レポートは後程お伝えする予定です。

このように、西武40000系によるS-TRAINに初めて乗ることが出来て良かったです。

画像は、所沢駅と豊洲駅で撮影したものです。

東武634型によるスカイツリートレイン8号で浅草へ

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昨年12月4日は、友人のよしちゃんが東武ファンフェスタ2016の後、春日部から浅草まで、東武鉄道の634型(6050系改)による特急スカイツリートレイン8号に乗りました。

こちらは、東武日光発浅草行きのスカイツリートレインで、折り返しのスカイツリートレイン3号(浅草発新栃木行き)と共に夜の顔となっていました。

スカイツリートレインに初めて乗ったのは、2013(平成25)年8月25日の同じ8号の春日部→浅草間のことだったので、最初で最後とはならなかったです。

今回は、4号車(モハ634-11(旧、モハ6177)号車)の21番と、1人掛け座席に当たっていました。

スカイツリートレインの634型は、6050系の完全新造車である6177+6178Fから改造された4両編成で、東武日光、鬼怒川温泉寄りの1号車と2号車が、朝焼けがイメージされた赤色の座席の634-21F(旧、6178F)、浅草寄りの3号車と4号車が、青空がイメージされた青色の座席の634-11F(旧、6177F)から成っています。

1号車と3号車には、1人掛けの座席(シングル)と2人掛けの座席(ツイン)、荷物置き場、前面展望スペース・サロン、イベントスペース、映像モニター、サービスカウンター、車椅子スペース、車椅子対応の幅広洋式トイレ(誰でもトイレ)、洗面台が

2号車と4号車には、1人掛けの座席(シングル)と、窓側に寄せられた2人掛けの座席(ペアスイート)、荷物置き場、前面展望スペース・サロン、イベントスペース、映像モニター、日光杉並木の杉(御神木)が使われたカウンターテーブルがあり、展望窓は上部にもあるので、スカイツリーや日光・鬼怒川の緑の風景を眺めることが出来ます。

前面展望スペースは、他の特急では味わうことの出来ない前面展望を楽しむことの出来るフリースペースで、映像モニターからは、前面展望も映し出されることもあります。

このような遊び心のある特急電車は、JRのジョイフルトレインに相当しています。

高い位置にある1人掛けの座席(シングル)はお気に入りでありました。

2号車と4号車のペアスイートは、伊豆急行の2100系リゾート21の海側の座席に似ているところがあります。

山側は1人掛けがメインなのでリゾート21が東急線ならぬ東武線に来たような雰囲気がしました。

リゾート21が東急線を走ったのは、1986(昭和61)年の2153Fと1988(昭和63)年の2155Fの2回あり、後者の2155Fは、キンメ電車として現役であります。

伊豆急のキンメ電車は、4月1日に伊東から熱海まで乗ったのでレポートを書く予定でいます。

500系リバティは楽しみだけど、その反面、6050系の浅草乗り入れや634型スカイツリートレインの定期運用の廃止という残念な出来事があります。

スカイツリートレインの特急券は、窓口でないと買うことが出来ないので注意が必要であるし。

スカイツリートレイン8号は、3号として折り返されるまでの間、とうきょうスカイツリー駅構内にある留置線まで回送されることになります。

このように、定期運用の廃止が発表される前にスカイツリートレインに乗ることが出来て良かったです。

画像は浅草駅で撮影したものです。

東武634型(6050系改)によるスカイツリートレイン3号

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こちらは、昨年11月20日に友人のよしちゃんが東武スカイツリーラインの浅草駅で撮影した、634型(6050系改)による特急スカイツリートレイン3号(新栃木行き)です。

スカイツリートレインは、4月16日の運転をもって定期運用から離脱され、団臨用車となるので、一般乗客が乗れる機会はあと3回となってしまいました。4月15日の土曜日は運休予定であるし。

土曜日は、太田→浅草…大宮→浅草→鬼怒川温泉…東武日光→浅草→新栃木

日曜日は、鬼怒川温泉→浅草→鬼怒川温泉…東武日光→浅草→新栃木のルート(…印は回送)で運転されます。

土曜日のスカイツリートレインの時刻(太田、大宮発、4月8日まで)

2号 太田 9時25分発→足利市 9時34分発→館林 9時49分発→羽生 10時02分発→加須 10時10分発→久喜 10時19分発→東武動物公園 10時26分発→北千住 10時52分着→とうきょうスカイツリー 11時01分着→浅草 11時05分着

4号 大宮(アーバンパークライン) 12時20分発→春日部 12時45分発→北千住 13時11分着→とうきょうスカイツリー 13時21分着→浅草 13時25分着

日曜日のスカイツリートレインの時刻(4月9,16日、鬼怒川温泉発の6号)

6号 鬼怒川温泉 11時04分発→新高徳 11時12分発→下今市 11時27分発→新鹿沼 11時53分発→新栃木 12時07分発→栃木 12時12分発→春日部 12時50分着→北千住 13時12分着→とうきょうスカイツリー 13時21分着→浅草 13時25分着

土曜日・日曜日のスカイツリートレインの時刻(下り)

1号 浅草 14時10分発→とうきょうスカイツリー 14時13分発→北千住 14時21分発→春日部 14時43分発→栃木 15時26分発→新栃木 15時32分発→新鹿沼 15時49分発→下今市 16時06分着→新高徳 16時25分着→鬼怒川温泉 16時32分着

3号 浅草 20時20分発→とうきょうスカイツリー 20時23分発→北千住 20時31分発→春日部 20時53分発→栃木 21時34分発→新栃木 21時37分着

土曜日・日曜日のスカイツリートレインの時刻(上り)

8号 東武日光 17時36分発→下今市 17時44分発→新鹿沼 18時02分発→新栃木 18時16分発→栃木 18時20分発→春日部 19時ちょうど着→北千住 19時22分着→とうきょうスカイツリー 19時31分着→浅草 19時35分着

今回撮影したスカイツリートレイン3号は、浅草から新栃木までの入庫運用であります。

スカイツリートレインは、展望出来る列車として有名であり、一般客も乗れる定期の特急から離脱されることで残念に思っています。

昨年12月4日は、春日部から浅草まで、スカイツリートレイン8号に乗ったけど、貴重な記録となってしまいました。

このように、浅草駅で634型によるスカイツリートレインを撮影することが出来て良かったです。

ドラゴンレール大船渡線のキハ100系

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3月20日は、友人のよしちゃんが気仙沼から一ノ関までドラゴンレール大船渡線のキハ100系(陸中型DC)のキハ100-6+キハ100-33号車による一ノ関行きに乗りました。

ドラゴンレール大船渡線は、岩手県一関市にある一ノ関駅から気仙沼を経由して盛へと向かう路線であり、路線の形状が龍(ドラゴン)の形に似ていることから、ドラゴンレール大船渡線と呼ばれているのであります。

2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災により、被害の酷かった気仙沼〜盛間が、気仙沼線の柳津(やないづ)〜気仙沼間と共にBRT(バス高速輸送システム)に転換された為に、同年4月1日に再開された一ノ関〜気仙沼間が、気仙沼駅に乗り入れる唯一の普通鉄道となっています。

ドラゴンレール大船渡線の路線

一ノ関〜真滝〜陸中門崎(かんざき)〜岩ノ下〜陸中松川〜猊鼻渓(げいびけい)〜柴宿〜摺沢〜千厩(せんまや)〜小梨〜矢越〜折壁〜新月〜気仙沼

大船渡線BRTの路線

気仙沼〜鹿折唐桑(ししおりからくわ)〜八幡大橋(東陵高校)〜長部〜奇跡の一本松〜陸前高田〜(※まちなか陸前高田)〜高田高校前〜高田病院〜脇ノ沢〜小友〜碁石海岸口〜細浦〜下船渡〜大船渡魚市場前〜大船渡〜盛(さかり)

陸前矢作〜竹駒〜陸前高田→(一部のみ盛へ直通運転)

※まちなか陸前高田駅は、4月27日に開業予定となっています。

専用道区間は、気仙沼〜鹿折唐桑間、陸前矢作〜陸前高田間、脇ノ沢〜盛間

その他、ミヤコーバスによる気仙沼〜鹿折唐桑〜上鹿折間(鹿折金山線)もあり、気仙沼〜鹿折唐桑間で、BRTによる専用道区間を通ることになります。

鉄道時代は気仙沼から陸前矢作、竹駒への直通列車もあったけど、BRT化されてからは切り離され、陸前高田での乗換が必要となっているし。

大船渡線の駅のうち、宮城県にあるのは、気仙沼、鹿折唐桑、八幡大橋(東陵高校)、上鹿折の各駅であり、他は岩手県にあります。

一ノ関〜気仙沼間の鉄道区間は、宮城県気仙沼市にある気仙沼駅を除いて、岩手県一関市に位置しているけど、2005(平成17)年9月20日に、一関市と、西磐井郡花泉町、東磐井郡大東町、千厩町、東山町、室根村、川崎村の合併によりこうなっています。

陸中門崎駅は川崎村、岩ノ下、陸中松川、猊鼻渓、柴宿駅は東山町、摺沢駅は大東町、千厩、小梨駅は千厩町、矢越、折壁、新月駅は室根村だった場所に位置しているし。

因みに、旧花泉町部分にある駅は、東北本線の油島、花泉、清水原の各駅であり、清水原〜一ノ関間では、再び宮城県に入り、有壁駅(栗原市)に停車することになります。

上鹿折駅は、鉄道時代からあった駅であり、こちらは気仙沼〜盛間の運用から切り離されしまったし。

震災前には、仙台〜気仙沼間(気仙沼線経由)で、快速南三陸号が運転されていたけど、震災によりそれが運転出来なくなった為に、仙台〜気仙沼間を乗換なしで結ぶ交通機関が、高速バスだけとなっています。

東京から気仙沼まで鉄道で行くなら、一ノ関まで東北新幹線で行き、一ノ関で大船渡線に乗り換えていくしかない状態であるし。

BRTも18きっぷで乗れるので、気仙沼、陸前高田、大船渡への旅にも適しています。

一ノ関運輸区(盛イチ)所属のキハ100系は、1990(平成2)年3月に、北上線(北上〜横手間)に4両が先行導入され、翌年の1991(平成3)年3月に量産車が導入されていました。

大船渡線にキハ100系が導入されのは、同年10月のことであるし。

こちらは転落防止用の幌が付いていることが特徴であります。

猊鼻渓駅は、国鉄最後のダイヤ改正であった1986(昭和61)年11月1日に新設された駅であり、その名の通り、周辺に北上川の支流である砂鉄川に掛かる渓流(国の名勝)である猊鼻渓(げいびけい)があり、舟下りを楽しむことも出来ます。

一ノ関駅の西側には、磐井川に掛かる厳美渓(げんびけい、こちらも国の名勝)もあるけど、こちらは一ノ関駅から岩手県交通バスで行くことになります。

猊鼻渓と厳美渓は名前が似ていて紛らわしいので、一ノ関駅からバスで行く時には注意が必要であるし。

どちらも、世界文化遺産の平泉(岩手県西磐井郡平泉町)から近い状態であり、セットでの観光も行われています。

平泉の文化遺産が東北初となった世界文化遺産に登録されたのは、震災直後の2011年6月26日のことであり、中尊寺、毛越寺(もうつうじ)、観自在王院跡、無量光院跡、金鶏山からなっています。

そのうちの中尊寺は、金色堂で有名であるし。

一昨年の2015(平成27)年には、同じ岩手県の釜石市橋野町にある橋野高炉跡が、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製綱、造船、石炭産業」の構成資産として、静岡県伊豆の国市(伊豆箱根鉄道駿豆線の伊豆長岡駅付近)にある韮山反射炉などと同様に世界文化遺産に登録されていたし。

昨年は、東京上野(台東区)にある国立西洋美術館が、「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」の構成資産として世界文化遺産に登録されていました。

盛(さかり)駅は、三陸鉄道南リアス線への乗換駅であるけど、岩手開発鉄道による貨物線(日頃市線と赤崎線、石灰石輸送)が出ています。

そのうちの日頃市線(盛〜日頃市〜岩手石橋間)は、1992(平成4)年3月31日まで旅客営業が行われていたことで有名でありました。

こちらは、朝2往復(うち1往復は盛〜日頃市間、夕方1往復の計3往復しか運転されていなかったし。

大船渡市では、さんまらーめんが名物であり、どの店でも700円で食べることが出来ます。

大船渡線では、2013(平成25)年3月15日まで快速スーパードラゴン号が運転されていたこともあったけど、晩年は一ノ関〜気仙沼間の1往復で、途中、陸中門崎、陸中松川、猊鼻渓、摺沢、千厩、折壁の各駅に停車していました。

現在はポケモンウィズユートレイン(キハ100-1号車と3号車から改造された車両)による快速ポケモントレイン気仙沼号が土休日を中心に運転されているけど、途中停車駅は快速スーパードラゴン号から陸中門崎駅を外したものとなっています。

ポケモンウィズユートレインは、リニューアルの為にGWの最終日である5月7日をもって一旦終了し、夏休みを迎える7月15日に再開される予定となっているし。

陸中門崎〜千厩間は、北側へと大きく迂回することから鍋弦線と呼ばれている状態であるのは、政友会による圧力によるものであり、我田引水ならぬ我田引鉄と呼ばれていたことで有名であります。

今年のGW期間である4月28日から5月7日までの間は、摺沢から国道343号線を通り、矢作二又、陸前高田駅を経由し、盛駅前へと至る臨時バスが2往復(JRバス東北による運用)が運転される予定となっています。

こちらは所要時間約80分で、気仙沼、BRT経由よりも早くなるし。

大船渡線では、川沿いの景色が最高でした。

一昨日は群馬県の吾妻線に乗り、川沿いの景色を堪能していたし。

今回は、スケジュールの都合により大船渡線BRTで陸前高田、大船渡、盛方面に行くことが出来なかったのが残念だったけど、気仙沼線BRTで気仙沼に行き、気仙沼を散策することが出来たことで充分だと思っています。

このように、気仙沼から一ノ関まで、ドラゴンレール大船渡線のキハ100系に乗ることが出来て良かったです。
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