真太郎日記

初めまして、真太郎と申し上げます。 鉄道とかスポーツとかエンターテイメントとかの出来事などパンチのある小話とかなど、時事ネタをドカンと楽しくやりますので以後、よろしくお願い申し上げます。

E7系F11編成によるかがやき511号とE2系J72編成

8e152a7f.jpg
b4eb0ad9.jpg
c6cb8e82.jpg
続いては、友人のよしちゃんが3月25日に東京駅の新幹線ホームの22番線側でから撮影した、北陸新幹線のE7系F11編成によるかがやき511号(金沢行き)と、東北新幹線のE2系J72編成(やまびこ214号)です。

かがやき511号は、長野発東京行きの折り返しで、16時24分に東京駅の21番線を発車した後、途中、上野、大宮、長野、富山の各駅に停車してから金沢へと向かう列車であり、毎日運転でE7系が使われています。

このF11編成は、2014(平成26)年10月に総合車両製作所横浜事業所(J-TREC横浜)で製造され、翌年の2015(平成27)年3月14日の北陸新幹線の金沢延長までの間は、当時長野新幹線と呼ばれていたあさま号で使われていました。

E7系のうち、総合車両製作所横浜事業所製なのは、F7,8,9,11,12,18編成であり、F18編成は、一昨年10月に北陸新幹線の増発用及びE2系N編成の置き換え用としてW7系のW11編成(日立製作所製)と共に追加導入されていました。

今年になってからは、川崎重工業製のF19編成が導入されたことによりF18編成が一番新しい編成とは言えなくなってしまったし。

W7系には、近畿車輌製もあり、こちらはW7編成とW10編成が該当しています。

E2系のJ72編成は、2010(平成22)年12月4日の東北新幹線の新青森延長に合わせて導入された最終増備車のJ70番台(J70〜75編成)のうちの1編成であり、E3系2000番台と同様のN700系タイプの側面表示、一部座席のコンセントの採用によりマイナーチェンジされています。

これらのグループは、2005(平成17)年のJ69編成以来5年ぶりに導入されたもので、E5系の量産化までの繋ぎとして導入された編成でもあるし。

このJ72編成は、2010年4月に日立製作所で製造されていました。

E2系のうちJ70番台に当たれば当たりということになるし。

初期型のE2系J編成では、2013(平成25)年のJ2編成を皮切りに廃車が開始され、これまでにJ2,3,4,5,6,7,9,10編成が廃車となっています。

そのうちのJ7,9,10編成は、N編成のN5,10,12編成の中間車(2〜6,9号車)がトレードされた編成であったけど、今年4月にN5編成の中間車が組み込まれていたJ7編成が、N5編成の後を追うように廃車となったことにより、E2系のN編成が完全に消滅してしまったのであります。

これらの編成は、N13編成と共に1998(平成10)年2月に開催された長野オリンピック輸送の面影があったし。

長野オリンピックの時には、200系の初代F17編成(12両編成)が50/60Hzの複電圧対応、発電ブレーキの強化等の改造が行われた上でF80編成として長野新幹線あさま号の臨時列車に使われていたことがあったけど、実際に長野に乗り入れていたのは長野オリンピックの時だけであり、2004(平成16)年に廃車になるまで、オリンピック輸送以外で長野に乗り入れたことはなかったです。

こちらは、E4系MaxのP51,52編成によるMaxあさま号(軽井沢発)と共に貴重な列車となっていたし。

F80編成によるあさま号の表示は白幕で異彩を放っていたことを覚えています。

1997(平成9)年10月1日に、高崎〜長野間が長野新幹線として開業した当初から12両編成対応となっているのはその為であり、E7系やW7系にも受け継がれています。

200系F編成には、275Km/h対応に改造されたF90〜93編成もあったけど、1990(平成2)年3月10日から1999(平成11)年12月3日までの間上越新幹線の下り列車の一部の上毛高原→浦佐間(下り勾配区間)で実際に275Km/h運転が行われていたことがありました。

この場合は越後湯沢駅通過となっていたし。

現在の上越新幹線の最高速度は、240Km/hが最高であり、上越新幹線のE2系も240Km/hに抑えられています。

E2系は、1995(平成7)年に、長野新幹線用と東北新幹線用(分割・併合対応編成)が2編成試作され、翌年の1996(平成8)年に量産化、1997年3月22日の秋田新幹線の開業により、当時E3系が使われていた秋田新幹線こまち号との併結列車(東京〜盛岡間、275Km/h運転)のやまびこ号でデビューしていました。

1999年までに導入された初期型のE2系は、小窓で、8両編成の時代は50/60Hz対応を生かして長野新幹線にも使われていました。

2001(平成13)年には、50Hz専用で大窓の1000番台であるJ51編成が8両編成で導入され、翌年の2002(平成14)年12月1日の八戸までの延長開業、はやて号としての全席指定化に合わせて10両編成として本格的に導入されていました。

これによりJ2〜15編成とJ51編成に中間車が2両増結されて10両化され、N編成と同じ赤帯のからピンク帯へと変更されていたし。

J1編成は、8両編成のままN21編成として長野新幹線運転所(現、長野新幹線車両センター)に回されていました。

初期型のE2系は、7,8号車が大窓で他は小窓となっているので見分けることも出来ます。

やまびこ214号は、仙台駅を14時ちょうどに発車してから東京へと向かう列車であり、白石蔵王駅だけ通過することになるし。

日中の白石蔵王駅停車列車は、全てE2系J編成による東京〜福島間でE3系つばさ号と併結運転される列車となっています。

白石蔵王駅には、しろいし情報館(旧、温麺(うーめん)の館)があり、白石温麺(うーめん)やこけしなどに関する資料が展示されています。

白石温麺(うーめん)は宮城県白石市特産の素麺みたいな感じの麺であり、油が使われていないのが特徴であるし。

北陸新幹線でW7系が使われる定期列車は

下り(長野、金沢方面)

かがやき 517,519号

はくたか 555,557,559,561,563,565,573,577,591号

あさま 601,603,617,629号

つるぎ 703,723,729号

上り(富山、東京方面)

かがやき 500,504,506,514,516,518号

はくたか 552,556,568,570,572号

あさま 612,614,628号

つるぎ 718,722,732号

その他のかがやき、はくたか、あさま、つるぎ号の定期列車は、基本的にE7系が使われています。

北陸ロマンのチャイムを聴きたいなら、上記のW7系使用列車を選ぶことになるし。

E7系は、新幹線総合車両センター(宮城県)で定期検査が行われている関係により東北新幹線を走ることもあるけど、八戸までなら乗り入れが可能となっています。

昨年11月7日に仙台→金沢間、11月8日に金沢→仙台間でE7系による東北〜北陸間直通のツアー列車(途中、福島、郡山、黒部宇奈月温泉、富山、新高岡駅にも停車)が運転され大好評でありました。

こちらは線路が繋がっており、大宮駅でのスイッチバックが出来るからこそなせる技でもあるし。

当然JR西日本との協議が必要であり、了解を得たからこそ実現していたのであります。

E4系Maxの話題の補足で、6月24日(土)にはE4系による東北新幹線開業35周年記念号(ツアー列車)が仙台→上野間で運転される予定であり、2012(平成24)年9月に撤退して以来E4系が営業運転で東北新幹線を走ることになります。

時刻は、仙台 9時34分発→白石蔵王 9時49分発→福島 10時04分発→郡山 10時21分発→新白河 10時44分発→大宮 11時26分着→上野 11時46分着

E4系が東北新幹線で活躍していた頃は、東京〜福島間で山形新幹線つばさ号との併結列車にも使われたこともあり、白石蔵王駅にも盛んに停車していました。

E4系Maxのような2階建て新幹線が消え行く運命となっているのは、重量増によりスピードアップのネックとなっていることだけでなく、バリアフリーの問題もあります。

東北新幹線からE4系が撤退していたのは、240Km/hまでしか出せないことであり、2005年12月9日をもって仙台〜盛岡間から先に撤退していたのもそのはずであるし。

かつて東海道・山陽新幹線で活躍していた100系で、最初で最後の2階建て車両となっていたのは、高速化重視により300系以降の車両で2階建て車両が廃止されていたからであります。

2004年3月までの間、東北新幹線で100系もどきの2階建て車両が2両連結された16両固定編成のH編成(H5系とは別)が活躍していたことがあったけど、加速が悪く、16両編成の列車しか使えなかったということで輸送力が過剰となっていた問題もありました。

E2系とE7系の並びは、新旧あさま号の組み合わせはもちろんのこと、将来の上越新幹線を担っていく組み合わせでもあります。

このように、東京駅でE2系とE7系の並びを撮影することが出来て良かったです。

E4系P5編成によるMaxとき333号

68d56e1b.jpg
52884247.jpg
6671c084.jpg
続いては、友人のよしちゃんが3月25日に東京駅の新幹線ホームの22番線側から撮影した、上越新幹線のE4系Max(日本最後の2階建て新幹線)のP5編成(8両編成)によるMaxとき333号(新潟行き)です。

こちらは、16時40分に東京駅の21番線を発車した後、途中、上野、大宮、高崎、上毛高原、越後湯沢、浦佐、長岡、燕三条の各駅に停車してから新潟へと向かう列車であります。

このP5編成は、1999(平成11)年2月に川崎重工業で製造され、東北新幹線の東京〜盛岡間(東京〜福島間での山形新幹線つばさ号との併結列車を含む)で活躍していました。

上越新幹線に移った後の2014(平成26)年4月には、現在の朱鷺色に変更されていたけど、このP5編成が塗装変更第一号となり、同年4月7日に長岡発新潟行きのMaxとき491号(当時)から営業運転が開始されていました。

朱鷺色(ピンク系)は、2012(平成24)年9月まで活躍していたE1系元祖Maxが纏っていた塗装であり、E1系の晩年の頃を思い出します。

側面には、3羽の朱鷺が描かれているので、ムード満点であります。

1982(昭和57)年6月23日の東北新幹線(大宮〜盛岡間)、同年11月15日の上越新幹線(大宮〜新潟間)の開業の時には、国鉄(日本国有鉄道、JNR)の方針により、東北新幹線の速達列車(ひかりタイプ)が、やまびこ号、各駅停車(こだまタイプ)が、あおば号、上越新幹線の速達列車が、あさひ号、各駅停車がとき号と呼ばれていました。

JR東日本となってからは、行先別に愛称を分ける方針となり、1997(平成9)年9月30日にあおば号が、2002(平成14)年11月30日にあさひ号が廃止され、前者はやまびこ号、後者はとき号となっています。

とき号は、1997年9月30日に一旦廃止されて、あさひ号に統合されていたけど、長野新幹線(現、北陸新幹線)のあさま号と紛らわしいということにより、2002年12月1日に、新潟行きのイメージの強いとき号の名が復活していたのであります。

Maxあおば号のほうは、E4系がデビューする前に廃止されていたので、E1系(元祖Max)でしか見られなかったし。

1995(平成7)年12月1日には、あおば号の那須塩原発着がなすの号となったけど、あおばの愛称名は、仙台の青葉城ということから仙台行きというイメージが強かったです。

たにがわ号は、1997(平成9)年10月1日に登場した高崎、越後湯沢発着で、これまでのとき号が受け継がれています。

このように、行先別に愛称名が決められていることは、現在の小田急ロマンスカーと同様であり、箱根に行く列車は、はこね号またはスーパーはこね号、小田原止まり(小田原線完結列車)はさがみ号となっているし。

E4系のうち、8+8の16両編成(重連、ダブルマックス)で運転される定期列車は

Maxとき305,307,309(T),315,321,325,339,341,343(T),347号

300(T),302,308,316(T),320,332,334,336,342,348(T),350号

東京〜新潟間で、T印は東京→越後湯沢、高崎→東京間でMaxたにがわ号と併結で下りの越後湯沢からと上りの高崎までは8両編成

Maxたにがわ403,413,417,475(高),309(T),343号(T)

400,402,408,472(高),474(高、土休日運休),300(T,高),316(T,高)348号(T,高)

T印は東京→越後湯沢、高崎→東京間でMaxとき号(新潟発着)と併結

高印は高崎発着で無印は越後湯沢発着であります。

Maxはグリーン車のみならず、普通車でも2階席からの眺めを楽しむことの出来る新幹線となっているけど、2018年度からはE7系に置き換えられることによりやがて消え行くことになってしまいます。

9月9日からは、E4系の8両編成で運転されているMaxたにがわ401,411,406,416号がE2系に置き換えられることになるし。

6月17日に王子駅付近(東京都北区)にある北とぴあの17階の展望台で新幹線を撮影した時にE4系Maxの重連(ダブルマックス)によるMaxとき・たにがわ316号を撮影することが出来たのであります。

こちらは新潟から高崎まで単独の8両編成(Maxとき316号)で、高崎から空車の8両(Maxたにがわ316号)が連結されて16両となっていたし。

このような重連のダブルマックスは、座席定員が1634名と817名の2倍(ダブル)なので、最大の座席定員を誇っています。

ダブルデッカーがダブルに繋がっていることもダブルマックスの由来でもあるし。

1997(平成9)年12月20日にE4系が東北新幹線の東京〜仙台、盛岡間でデビューした当時は重連のダブルマックスが当たり前となっていました。

当時在籍していたP1〜3編成のうち、P2編成とP3編成は、2013(平成25)年に朱鷺色に変更されることもなく旧塗装の山吹色のまま廃車となったけど、昨年廃車となったP1編成は、朱鷺色に変更されていたので、新津市鉄道資料館で展示される予定のE444-1号車も朱鷺色となります。

上越新幹線に導入される予定のE7系は、北陸新幹線との誤乗を防ぐ為に塗装及び帯の色が変更されることが予想されます。

こちらは当然ダブルではなくシングルとなり、座席定員が924名と大幅に減ってしまうことになるし。

北陸新幹線用のE7系と言えば、今年になってからF19編成(川崎重工業製)が導入され、5月23日に営業運転入りしたことで話題になっています。

こちらは最後まで残されていたE2系の置き換え用であり、金沢まで入線可能なE7系またはW7系に統一されたことで柔軟な運用が組めるようになっているし。

F19編成と言えば、今から10年前の2007(平成19)年まで活躍していた200系で最後のF編成であった旧F19編成を思い出します。こちらは現在のF編成と同じ12両編成で、原色の緑帯塗装に、ビュッフェ付き車両も連結されていたし。

Maxとき333号は、終点の新潟駅で、新潟 19時04分発の特急いなほ11号、酒田行き(E653系による運転)に接続しています。

いなほ号(新潟〜酒田、秋田間)で使われているE653系は、グリーン車付きの7両編成であり、常磐線時代はフレッシュひたち号(現、ときわ号)で使われていました。

このように、東京駅の新幹線ホームで、朱鷺色のE4系Maxを撮影することが出来て良かったです。

W7系W7編成によるはくたか571号

26f88dff.jpg
84ec4867.jpg
90104c46.jpg
こちらは、友人のよしちゃんが3月25日に東京駅の新幹線ホーム(20番線)で撮影した、北陸新幹線のW7系(E7系のJR西日本バージョン)のW7編成によるはくたか571号(金沢行き)です。

こちらは、金沢発東京行きの臨時のかがやき528号の折り返しであり、16時32分に東京駅の20番線を発車した後、途中、上野、大宮、高崎、軽井沢、佐久平、上田、長野、飯山、上越妙高、糸魚川、黒部宇奈月温泉、富山、新高岡の各駅に停車してから金沢へと向かう列車であります。

北陸新幹線は、東京〜上越妙高間がJR東日本、上越妙高〜金沢間がJR西日本の管轄であり、上越妙高駅に停車するはくたか号を含めて長野駅で乗務員交代が行われています。

JR東日本のE7系(F編成)は、長野新幹線車両センター、JR西日本のW7系(W編成)は、白山総合車両所(石川県白山市)所属であり、E5系とJR北海道のH5系と同様に運用は分けられています。

はくたか571号は基本的にE7系が使われる運用だけど、何故かW7系が使われていました。

こちらは地下鉄等で他の会社(他社)による車両での代走が行われていることと同様であるし。

かがやき号は、東京〜金沢間で途中上野(一部列車は通過)、大宮、長野、富山駅に停車してから金沢駅へと向かう全席指定の速達列車であり、日中は全て臨時扱いとなっています。

はくたか号は、長野〜金沢間でおおむね各駅に停車する列車であり、高崎駅にも停車し、1号車から4号車に自由席が設定されているし。

北陸新幹線で富山や金沢までグランクラスに乗るなら、かがやき号よりも所要時間が長いはくたか号がオススメとなります。

はくたか号のグランクラスも、長野〜金沢間の1往復を除き、専任アテンダントによる車内サービスも行われているし。

富山〜金沢間で運転されているつるぎ号(シャトル列車、全列車新高岡駅にも停車)は、1〜7号車(普通車、1〜4号車(723,725,706,708,710号は1〜3号車)が自由席で他は指定席))と11号車(グリーン車)のみ開放され、8,9,10,12号車が締切扱いとなります。

当然のことながらつるぎ号でグランクラスに乗ることが出来ない状態であり、11号車のグリーン車が孤立しているし。

W7系のW7編成は、一昨年8月1日に自分(しゃもじ)が北陸新幹線で富山まで行った時に富山駅で撮影したことがあるので、当時のことを思い出しました。

東北・上越新幹線が東京まで延長されたのは、1991(平成3)年6月20日のことであり、当時は緑帯の200系が当たり前となっていました。

開業当時は1面2線で12,13番線しかなく、繁忙期にはパンク状態であったので、臨時列車の殆どが上野発着であったし。

1997(平成9)年10月1日の長野新幹線(現、北陸新幹線)の東京(高崎)〜長野間の開業を期にホームが増設され、増設されたホームが20,21番線、既存のホームが22,23番線(旧12,13番線)となり、前者が上越新幹線系統、後者が東北新幹線系統に分離されていました。

20,21番線は、在来線(東海道線)から転用されたホームであり、これに伴って丸の内口側にずれていき、中央快速線用の1,2番線が重層化されて高い位置に移設されていたし。

22,23番線も元をただせば東海道線のホームであり、機回し線だった11番線と旧12番線が該当していたし。

20,21番線は、12両分までしか入れない上越新幹線系統専用となっていたけど、後に16両分まで延長され、2005(平成17)年12月10日からは再び系統とは関係なく使われるようになったのであります。

1997年10月1日の長野新幹線の開業の時から使われていたE2系N編成(赤帯の8両編成)は、一昨年3月14日の北陸新幹線の開業後も東京〜長野間のあさま号の一部に残されていたので、北陸新幹線よりも未だ長野新幹線のイメージの強い列車でもありました。

同年12月24日に定期運用から離脱され、臨時あさま号専用となっていたけど、今年3月31日には、東京 21時48分発長野行きのあさま655号をもって最後を迎えていたのであります。

今年4月1日からは、北陸新幹線で北陸新幹線らしい車両であるE7系またはW7系(グランクラス付き)に統一されていたけど、長野新幹線から受け継がれたあさま号に関しては、北陸に行かない北陸新幹線であることには変わりはないです。

東北新幹線では、盛岡〜新青森間の定期運用がE5系またはH5系に統一され、北海道新幹線では専らE5系またはH5系となっているので、長野〜金沢間でのE7系またはW7系の関係に準じています。

東北新幹線は、1982(昭和57)年6月23日に大宮〜盛岡間の開業から35周年を迎えるので、E5系について語っていきたいと思っています。

今年はJR東日本の新幹線イヤーであり、3月22日に秋田新幹線(盛岡〜秋田間)が開業20周年を迎えていたけど、6月23日には東北新幹線(大宮〜盛岡間)開業35周年、7月1日には山形新幹線(福島〜山形間)開業25周年、10月1日には北陸新幹線(旧、長野新幹線、高崎〜長野間)開業20周年、11月15日には上越新幹線(大宮〜新潟間)開業35周年、12月1日には東北新幹線(盛岡〜八戸間)開業15周年を迎えることになります。

長野新幹線の高崎〜長野間の開業により、横川〜軽井沢間の碓氷峠区間が廃止されたという残念な出来事があったけど、あれから今年で20年経つことで早いもんだなと思いました。

新幹線の場合は碓氷峠を高速で駆け抜けているので時代は変わったなということを実感していたし。

東京駅の20番線に停車している新幹線は、列車が来ていない状態ならば10番線側からも撮影することも出来ます。

このように、東京駅の新幹線ホームで、北陸新幹線のW7系のW7編成を撮影することが出来て良かったです。

6月17日の都電 ヘッドマーク付きの7705号車

adbb08ca.jpg
191250f4.jpg
3a15e63e.jpg
6月17日は、友人のよしちゃんが都電荒川線(東京さくらトラム)の面影橋〜学習院下間の高戸橋の撮影ポイントで、7700形の7705号車(青色)による東京さくらトラムのヘッドマーク付き電車(三ノ輪橋行き)を撮影しました。

東京さくらトラムの記念ヘッドマークは、4月28日の愛称名決定記念により、7700形の7705号車、8900形の8902,8906,8907号車、9000形の9001,9002号車に取り付けられています。

7705号車は、7000形の7018号車(旧、7072号車)の車体が流用された車両であり、昨年11月5日に営業運転入りしていました。

7018号車が方向幕車だった頃は、初期に白地の幕のまま冷房改造された車両だったので、ワンマン表示が白色のままとなっていました。

方向幕が白地から青地になってからは、ワンマン表示が白地、行先表示が青地という変わった表示になっていたし。

こちらは、7000形の7007,7008,7015,7016,7018,7019,7021,7023,7030号車の9両が該当していたけど、そのうちの7007,7015,7018号車の3両が7700形に改造されています。

7000形の後期冷房改造車(7001,7002,7003,7004,7005,7010,7013,7017,7020,7022,7024,7025,7026,7027,7029,7031号車の16両が該当していた)は、冷房化と共に青地の方向幕に交換されていたので、ワンマン表示が青色のものに交換されていたし。

7000形がLED表示に改造された時は、初期型と後期型に分かれていたので、こちらも2つのバリエーションがありました。

7018号車の時代のLED表示は、8800,8900,9000形と同じ書体で、終電に入った時には終電○○と表示されていたし。

7018→7705号車の塗装や行先表示も変化しているので、今回が4代目となっています。

旧塗装に復元されていた7022号車は、冷房化された時に青色の表示となっていた為に窓枠の青色と被る為にLED化されるまで旧塗装への復元が不可能となっていました。

7022号車の旧塗装への復元は、LED化されたからこそ実現していたし。

青色の7700形は、7703,7704,7705号車の3両あり、7703号車は7031号車、7704号車は7015号車から改造されていました。

この青色塗装も7700形にぴったりな良い色だと思っています。

ピンク色のヘッドマークとの組み合わせも良い感じであるし。

このヘッドマークは、何時まで取り付けられるかどうか分からないけど、今のうちに撮影することが出来て良かったです。

北鎌倉駅にて

f7cd4bb6.jpg
0afb16a9.jpg
本日は、北区の友人が北鎌倉駅にてDE10-1662牽引のE531系グリーン車6両の甲種輸送を撮影しました。平日にも関わらず、観光客が多く更に遠足か社会科見学の小学生達が目立ちました。

5月21日の都電 7707号車による終電三ノ輪橋行き

d10f9504.jpg
f1f29b4e.jpg
4f76ca1b.jpg
5月21日は、友人のよしちゃんが荒川車庫前から早稲田まで、都電荒川線(東京さくらトラム)の7700形の7707号車に乗りました。

こちらは、折り返し三ノ輪橋行きの終電となったので、終電表示を撮影することが出来たのであります。

7707号車は、昨年7月まで活躍していた7000形の7005号車(旧、7059号車)の車体が流用された上でリニューアル改造された車両であり、昨年11月27日に登場した7706号車(7024号車から改造された車両)に続いてえんじ色の塗装となっています。

営業運転が開始されたのは、今年2月23日のことであり、都電落語会のラッピングが施されていた7002号車が運用離脱されていたし。

3月7日には、7010号車から改造された7708号車(同じえんじ色塗装)が営業運転入りしたことで8両出揃っていました。

7700形自体がデビューしたのは、昨年5月30日の7701号車(緑色、7007号車から改造された車両)のことであり、あれからもう1年経ったのであります。

当初の予定では、残りの7000形を8900形によって全面的に置き換えることになっていたけど、7000形のうちの状態の良い車両が7700形としてリニューアルされて残されるようになったことは嬉しいことだと思っています。

足回り品は新品同様なので、乗り心地が向上されているし。

その反面、長年親しまれていた昔ながらの吊り掛けモーター音が聴けなくなってしまったことで寂しさを感じています。

7005号車の時代は、6月10日まで定期運用が行われていた7022号車と同様の初期LED更新車であったので、終電の時には赤文字での表示となっていました。

2004(平成16)年3月まで行われていた終電前の緑色表示の時には、緑文字で表示されていたし。

7005号車から7707号車に改造されてからは、終電○○の表示に変わっているので、今回はそれを撮影することが出来ました。

こちらは、初期LED表示だった前述の7007号車から改造された7701号車と、7026号車から改造された7702号車(どちらも緑塗装)でも言えることであるし。

終電表示の場合は終電であることの証であるけど、赤文字表示のほうが終電らしいと思っていました。

このえんじ色の塗装も7000形由来の7700形の車体にも似合っています。

こちらは3月11日に7707号車化されてから初めて乗ったけど、諸事情によりレポートが書けなかった為に、今回レポートを書いたのであります。

このように、都電荒川線の早稲田電停で、7707号車による三ノ輪橋行きの終電を撮影することが出来て良かったです。

JR大阪環状線323系

85def328.jpg
1d39ec1e.jpg
本日、川崎市多摩区の友人がJR大阪環状線京橋駅にてJR大阪環状線323系を撮影した画像です。


首都圏は4ドアに対し、関西圏アーバンネットワークエリアでは大阪環状線を中心に3ドア車を投入しているのが現状です。103系と201系の動向が気になるところです。

京阪淀屋橋にて

9e71d664.jpg
171077a8.jpg
先程、舞台を関西に移して、川崎市多摩区の友人が京阪本線淀屋橋駅にて京阪電鉄1000系準急出町柳行1554編成と京阪電鉄8000系特急出町柳行8051編成7両編成を撮影した画像を送信してくれました。

七尾線直通サンダーバード

d0fd4649.jpg
bbb46b1f.jpg
本日、川崎市多摩区の友人がJR七尾線羽咋駅で「サンダーバード」683系を撮影した画像を送信してくれました。

能登かがり火号

ae2bb290.jpg
37ea2467.jpg
本日、川崎市多摩区の友人がIRいしかわ鉄道金沢駅にて681系による七尾線特急「能登かがり火号」を撮影しました。


七尾線を走っている特急は、北陸新幹線開業する2015年3月13日までは、名古屋から「しらさぎ」が、越後湯沢から「はくたか」(北越急行経由)が、他は大阪からの「サンダーバード」が走っていましたが、北陸新幹線開業後の七尾線特急は、大阪発着の「サンダーバード」1往復を除いては金沢〜和倉温泉間区間運転の「能登かがり火号」となっています。

東武百貨店池袋鉄道フェスタ

e8b66d9f.jpg
e8d7b9f6.jpg
d0fbb814.jpg
80a05454.jpg
ea7fdc64.jpg
8b0f132e.jpg
a100dd86.jpg
8eadf838.jpg
21c02da7.jpg
a5ce7a30.jpg
先程、友人の山さんからメールが届きまして、


本日は、東武百貨店池袋鉄道フェスタに行きました。そして、リバティーの模型や大樹の生い立ちを紹介してました。


その画像の一部です。

北陸鉄道浅野川線8800系

f499746a.jpg
cc5c4d85.jpg
先程、川崎市多摩区の友人が舞台を北陸鉄道浅野川線内灘駅に移動して、元京王帝都電鉄井の頭線3000系の北陸鉄道浅野川線8800系を撮影した画像です。


同じ元京王帝都電鉄井の頭線3000系でも両開きドアの8900系とは違い、片開きドアの車両は8800系と区分しています。

北陸鉄道浅野川線8900系

ebc2d744.jpg
576f9361.jpg
82fd7bcb.jpg
本日、北陸鉄道浅野川線北鉄金沢駅で元京王帝都電鉄井の頭線3000系の北陸鉄道浅野川線8900系を撮影しましたので送信します。

以上、川崎市多摩区の友人からのメールで、こちらは12年前に撮影したのを思い出します。

4月29日の都電 ヘッドマーク付きの8907号車

cf78b5b4.jpg
7b61f47d.jpg
93e75ea4.jpg
こちらは友人のよしちゃんが、4月29日に、都電荒川線(東京さくらトラム)の三ノ輪橋電停で撮影した、東京さくらトラムの愛称名決定記念ヘッドマーク付きの8907号車(幸せの黄色い都電)です。

黄色い都電は、昭和40年代から昭和50年代までの都電の標準塗装であり、2005(平成17)年6月11日に7022号車が1978(昭和53)年のワンマン化当時の塗装に戻されたことで復活していました。

2010(平成22)年12月25日には、黄色い8800形である8810号車が導入され、幸せの黄色い都電として話題になり、都市伝説として有名になっています。

2011(平成23)年11月には、東急世田谷線の黄色い306Fとのコラボイベントが行われていたし。

2013(平成25)年11月には7001号車が昭和40年代(ワンマン化前)の赤帯塗装にリバイバルされたことで話題になり、賑やかになっていました。

昨年8月1日(奇しくも都営交通の開業記念日である)には、黄色い8900形である8907号車と8908号車が導入されて幸せの黄色い都電が3両(7000形のリバイバル塗装を含めれば5両)に増えていました。

8810号車のことを元祖黄色い都電と呼ぶようにしています。

こちらは現在7016号車から受け継がれた大起エンゼルヘルプ(荒川区にある介護関連の会社)のラッピング(水色調)が施されているし。

8908号車は、7002号車に替わって都電落語会のラッピング電車となり、3月12日から都電落語会に使われ、幸せになれるような落語が披露されています。

この日は定期運用から離脱される直前であった7001号車との並びで撮影することが出来ました。

7022号車は、路面電車の日に当たる6月10日の午前中に定期運用から離脱され、11日のイベントで7022,7002,7001号車の撮影会が盛大に行われていたのであります。

一昨日荒川車庫の裏側を敷地外から視察した時に6086,7001,7022,8810号車の並びが見られていたので黄色い都電の並びが披露されていたし。

このような黄色い都電には、ピンク色のヘッドマークが似合っているので、撮影出来て良かったと思っています。

東北・上越新幹線東京駅にて

58922490.jpg
ae6a7c61.jpg
129a4d35.jpg
b77d899f.jpg
本日、東京駅の東北・上越新幹線ホームで撮影したW7系北陸新幹線「はくたか」と東北新幹線E5系と上越新幹線E4系を撮影しましたので送信します。

W7系は、北陸新幹線用でJR西日本所属です。

以上、川崎市多摩区の友人からのメールでした。

651系による特急草津4号

e5385072.jpg
3e8d999d.jpg
6e899a27.jpg
こちらは友人のよしちゃんからのメールでは、4月5日にJR吾妻線の中之条駅で撮影した、651系(元常磐線特急スーパーひたち)のOM201編成(クハ651-1001F)による特急草津4号(長野原草津口発上野行き)です。

この列車は、長野原草津口駅を15時43分に発車し、途中、中之条、渋川、新前橋、高崎、熊谷、大宮、浦和、赤羽に停車してから上野へと向かう列車であり、草津3号の折り返しでもあります。

草津4号は、上野駅に到着した後、平日に限り、上野18時30分発のスワローあかぎ3号の本庄行きとなっています。

スワローあかぎ号は、2014(平成26)年3月17日に、平日のあかぎ号の全席指定化によって651系化と共に出来た列車であり、そのスワローサービスが、一昨年3月14日に常磐線特急がひたち号とときわ号として全席指定化された時にも導入されていました。

特急草津号は、2往復(土休日は3往復)、上野〜長野原草津口間で定期運用されており、繁忙期には同じ651系による臨時草津号も運転されます。

定期の特急草津号の時刻

31号(土休日のみ運転) 上野 9時ちょうど発→大宮 9時26分発→高崎 10時19分着、10時20分発→長野原草津口 11時20分着

1号 上野 10時ちょうど発→大宮 10時26分発→高崎 11時18分着、11時19分発→長野原草津口 12時18分着

3号 上野 12時12分発→大宮 12時37分発→高崎 13時31分着、13時33分発→長野原草津口 14時32分着

32号(土休日のみ運転) 長野原草津口 12時04分発→高崎
13時05分着、13時06分発→大宮 13時59分着→上野 14時24分着

2号 長野原草津口 13時03分発→高崎 14時03分着、14時04分発→大宮 14時59分着→上野 15時26分着

4号 長野原草津口 15時43分発→高崎 16時44分着、16時46分発→大宮 17時43分着→上野 18時09分着

自由席は上野寄りの2両(1号車と2号車)、グリーン車(指定席)は4号車で、他は全て普通車指定席となります。

特急草津号で185系(踊り子型車両)から651系(常磐線特急スーパーひたち(現、ひたち)号またはフレッシュひたち(現、ときわ)号で活躍していた車両)に一斉に置き換えられたのは、2014年3月15日のことであり、車両がグレードアップされていました。

185系の時代の2012(平成24)年3月16日までは、上野〜新前橋間で、特急水上号(上野〜水上間)と併結された14両編成で運転されていたこともあったし。

特急草津号が登場したのは、1980(昭和60)年3月14日のことで、当時は水上号の前身である谷川号と共に、L特急扱いの新特急草津号と呼ばれていました。

こちらは、特急白根号と急行草津号(晩年は165系が使われていた)の統合により出来た列車であり、185系に関しては、1982(昭和57)年から特急白根号に使われていました。

水上号は、2010(平成22)年12月4日に土休日のみの運転となり、2012年3月17日の改正で季節臨時列車に格下げされていたし。

今年8月12,13日には夏山輸送の臨時列車である水上87号が、8月13,14日には水上88号が651系(全席指定)で運転される予定であり、水上号の夏の運転が5年ぶりに復活するほか、651系が初めて水上号として運転されることになります。

草津温泉へは、東京駅またはバスタ新宿からJRバス関東による高速バスの上州湯めぐり号が伊香保温泉経由で出ていて、草津温泉まで乗り換えなしで行ける状態となっています。

特急草津号の185系から651系への置き換えは、185系の老朽取り替えだけでなく、高速バスの上州湯めぐり号に対抗する目的もありました。

高崎線は最高速度が120Km/hであり、1997(平成9)年9月30日まで189系または489系によって運転されていた特急あさま号(旧あさま号)や白山号(489系)で、120Km/h運転が行われていたけど、185系は110Km/hまでしか出せなかったので、651系に置き換えられてからは120Km/h運転が可能となっています。

特急草津号では、高崎線での途中停車駅を熊谷駅だけにしたことによるスピードアップ化で、旧あさま号に近づけていたし。

今年3月16日には、渋谷のマークシティから軽井沢駅、東急ハーヴェストクラブ旧軽井沢、北軽井沢経由で草津温泉バスターミナル行きの高速バスが開設されたことで話題になっています。

こちらは、渋谷〜草津温泉間3往復で、東急トランセ、京王バス東、上田バスによって運転されているけど、西武高原バスによる渋谷〜軽井沢駅間の1往復の運用もあります。

北軽井沢は、群馬県吾妻郡長野原町の一部であるので、軽井沢が長野県北佐久郡軽井沢町にあることを思うと、非常にややこしい状態であります。

北軽井沢は長野原と同様に、長野県ではなく、群馬県なのです。

マークシティは、2000(平成12)年4月7日に、東急電鉄、京王電鉄、営団地下鉄(現、東京メトロ)の共同事業により開業した複合施設(渋谷駅の再開発の先駆け)であり、その縁により、マークシティのバスターミナルから発着する高速バスで、東急トランセ(東急バスの子会社)のほか、京王バス東などの京王バスグループのバス会社も盛んに発着していることもその縁であります。

旧あさま号や白山号の時代には、横川〜軽井沢間の碓氷峠越え区間でEF63型電気機関車との協調運転により、スピードアップのネックとなっていたけど、1997年10月1日に長野新幹線(現、北陸新幹線)が長野まで開業したことにより、軽井沢へもすぐに行けるようになっていました。

軽井沢駅からも、西武高原バスまたは草軽交通による路線バス(北軽井沢経由)でも行けるし。

草軽交通は、上田バス(元上田交通のバス部門→上電バス)や群馬バスなどと同様に東急グループのバス会社でありました。

西武高原バスは、1991(平成3)年に西武バスの軽井沢、草津エリアの高原路線が譲り受けられた会社であり、大手タクシー会社のグリーンキャブ(本社は新宿区戸山にある)の傘下である千曲バスと共に、バスタ新宿または池袋と軽井沢、佐久、小諸、上田エリアを結ぶ高速バス(千曲三線)も運行されています。

1962(昭和37)年1月までの間は、上州三原(現在の万座・鹿沢口駅付近)から草津温泉まで、草軽電気鉄道(草軽交通の前身)による電車が走っていたこともあったけど、現在でも走っていたら渋滞知らずで地球環境に優しい観光路線となっていたところでした。

それ以前は北軽井沢を経由して新軽井沢まで出ていたこともあったし。

横川〜軽井沢間に関しては、185系も通っていたこともあったけど、それが廃止されてから今年で20年経つので早いもんだなと思いました。

中之条駅は、2面3線の駅であり、四万(しま)温泉へは、駅前から関越交通バス(東武、朝日バスグループ)で行くことになります。

東雲(しののめ)車庫、東京駅八重洲通り〜四万温泉間の四万温泉号という高速バス(関越交通による運行)も出ており、こちらも乗り換えなしで行くことも出来るし。

651系のOM201編成は、1988(昭和63)年に、常磐線の勝田電車区(現、勝田車両センター)に配置され、翌年の1989(平成元)年3月11日に、常磐線特急のスーパーひたち号でデビューしていました。

こちらは常磐線時代にK101編成とトップナンバーの7両基本編成であり、初期の頃のグリーン車には衛星テレビ付きで、スーパーひたちレディという女性アテンダントによる乗務が行われていました。

当時のいわき駅は、平駅と呼ばれていたし。

651系の大宮総合車両センター(東大宮センター)への転用による1000番台(直流専用)化は、7連の旧K101,104,106,107,108,109編成と、4連の旧K206,208,209編成に対して行われ、7連はOM201〜206編成、4連はOM301〜303編成となっていたけど、一昨年3月14日の11両での運転が廃止されたことにより4連が定期運用から離脱され、OM301編成(元をただせばK206編成)が国府津車両センター所属の伊豆クレイル号(IR01編成)に再改造された上で転用されていました。

651系は、スワローあかぎ4号(土休日はあかぎ10号)で新宿まで乗り入れているけど、こちらは朝の上りのみとなっています。

このように、中之条駅で651系を良い感じで撮影することが出来て良かったです。

吾妻線の211系 2 大前駅

1bff5356.jpg
6911a188.jpg
149f3a4d.jpg
続いては友人のよしちゃんからのメールでは、4月5日にJR吾妻線の大前駅で撮影した211系の4両組み替え編成である、タカA26編成(クモハ211-3026F)で、小野上温泉から大前までと、大前から新前橋までそれに乗りました。

吾妻線の終着駅である大前駅は、1面1線の無人駅であり、下り4本、上り5本と本数が少なくなっています。

大前駅の到着時刻 7時52分、12時42分(高)、17時08分、19時51分(高)

大前駅の発車時刻
7時27分(高)、8時37分、14時31分(高)、17時29分、20時14分(高)

高印は高崎発着、無印は新前橋発着

吾妻線の普通列車の半数が手前の万座・鹿沢口駅での折り返しとなるので大前駅の列車の本数や利用客が少ないということが分かります。

万座・鹿沢口駅は、1面線の高架駅で、その名の通りの万座温泉や鹿沢温泉(新鹿沢温泉)への最寄り駅であり、これらの温泉地へは、バスに乗って行くことになります。

昨年3月26日からは、特急草津号の万座・鹿沢口への定期運用が廃止され、今年4月1日には万座・鹿沢口駅が群馬原町駅と共に無人駅に格下げされていたので、寂しさを感じました。

今年3月4日には、特急草津号の停車駅が整理され、高崎線(大宮〜高崎間)では、上越新幹線と同様に途中、熊谷のみ停車となり、群馬原町駅と川原湯温泉駅に止まらなくなっていたし。

渋川駅は、伊香保温泉、中之条駅は、四万温泉、長野原草津口駅は、草津温泉への下車駅であり、それぞれバスに乗って行くことになります。

草津温泉や万座温泉へは、北陸新幹線の軽井沢駅から北軽井沢経由の路線バスでも行けるし、東京駅またはバスタ新宿から上州湯めぐり号という高速バス(伊香保温泉経由、JRバス関東による運行)で草津温泉バスターミナルに行くことも出来ます。

草津温泉は、万座温泉と同様に、冬にはスキーやスノボを楽しむことが出来るので、スキーやスノボを楽しんだ後に温泉に浸かることも出来るし。

万座・鹿沢口駅や大前駅のある群馬県吾妻郡嬬恋村は、キャベツの産地としても有名なので、千葉県銚子市の銚子電鉄の車窓から見えるキャベツ畑を思い出しました。

211系は、以前房総ローカル線に使われていたこともあったので、銚子駅に乗り入れていたことも思い出したし。

銚子電鉄の旅の帰りに銚子から成田まで成田線に乗ることが多いけど、211系がよく使われていたことがありました。

現在房総ローカル線で使われていた211系は、全て3両化された上で長野総合車両センターへと渡っています。

211系が房総地区に転用されていたのは、2006(平成18)年の宇都宮線・高崎線のグリーン車付き編成への統一に伴うE231系の導入により余剰となった車両が転用された為であり、初期型の113系の置き換え用であり、京浜東北線からの209系の転用までの繋ぎでもありました。

高崎車両センター(旧、新前橋電車区)の211系3000番台は、A1〜46編成が新製当時から新前橋電車区に配置され、A47〜62編成が、宇都宮線の初期型115系の置き換え用により、小山電車区(現、小山車両センター)に配置されていました。

2000(平成12)年12月には、小山区へのE231系の増投入により、新前橋区に集結されていたし。

A26編成は、A28編成と同様に高崎エリアのローカル線に転用される前は、高崎線や宇都宮線で活躍していたので、生え抜きであることが分かります。

高崎車両センターの211系にグリーン車が組み込まれて初代C編成が結成された時に運転台が撤去されなかったのは、ローカル線への転用を見据えていたことであり、今回の高崎及び長野ローカルへの転用により生かされたのであります。

2012(平成24)年まで田町車両センター(現、東京総合車両センター田町センター)所属により東海道線で活躍していた211系(0番台または2000番台)は、基本の10連がグリーン車及びサハが抜かれて6連化されて長野総合車両センター(中央東線の立川、高尾〜松本間中心)に回されていたのに対し、付属の5連は新潟エリア(新潟車両センター)に転用される予定だったけど、新車のE129系の導入に切り替えられた為に転用されることもなく全て廃車となり、長野総合車両センターで解体されていました。

吾妻線が開業したのは、1945(昭和20)年1月2日の渋川〜長野原(現、長野原草津口)間のことで、当初は非電化の貨物路線(長野原線)となっていました。

同年8月5日には、渋川〜中之条間が旅客化され、11月20日には岩島まで、翌年の1946(昭和21)年4月20日に長野原まで拡大されていました。

1967(昭和42)年6月10日には渋川〜長野原間が電化され、1971(昭和46)年3月7日に大前まで延長されて現在の吾妻線となっています。

長野原草津口(長野原)駅からは、太子(おおし)駅まで太子支線が出ていたこともあったけど、こちらは、日本鋼管群馬鉄山(当時)への鉱石輸送専用線として、長野原線と同時に開業していました。

こちらは1952(昭和27)年10月1日に国鉄に譲渡され、1961(昭和36)年9月1日から1970(昭和45)年11月に休止、1971年5月に廃止されるまでの間に旅客営業も行われていたのであります。

岩島〜川原湯温泉〜長野原草津口間は、2014(平成26)年10月1日に、八ッ場(やんば)ダムの建設工事により移設された区間であり、旧駅及び旧川原湯温泉街は、八ッ場ダム建設に伴い水没されることになります。

こちらは反対運動により大幅に遅れているけど、ようやく切り替えられたことになったし。

新川原湯温泉駅は、トンネルとトンネルの間に挟まれた高台にある1面2線の島式ホームの駅であるので、高台に移転された仙石線(仙石東北ライン)の野蒜駅に似ているところがあります。

移転された川原湯温泉駅に行った時には、3月20日に仙石東北ラインで野蒜駅を通った時のことを思い出しました。

移設される前の旧川原湯温泉駅は、2面2線の相対式ホームで、吾妻線で最後の木造駅舎となっていたし。

前回の2014年4月8日に乗りに行った時は、新線に切り替えられる前だったので、ビフォーアフターの状態でありました。

大前駅前には、嬬恋温泉つまごい館という一軒宿があるけど、こちらの温泉は宿泊者専用であり、日帰り入浴が不可能となっています。

嬬恋村役場へは、大前駅からのほうが近いし。

吾妻線は、吾妻川に沿って走る路線であり、川沿いの景色が最高であったので、3月20日に気仙沼から一ノ関までドラゴンレール大船渡線に乗り、川沿いの景色を楽しんでいた時のことを思い出しました。

友人(よしちゃん)が初めて吾妻線に乗りに行ったのは、1999(平成11)年10月のことで、当時は165系改によるアルファ(α)号が運転されていたことを覚えています。

こちらは1990(平成2)年3月10日に京葉線が東京駅まで延長された時に、東京ディズニーランドへのアクセス列車であったシャトル・マイハマ号(当時は幕張電車区(現、幕張車両センター)所属だった)として東京〜舞浜〜西船橋間で運転されていたものであり、跳ね上げ式の座席による乗り得列車となっていました。

1995(平成7)年12月にはアルファ(α)号として新潟に移り、2001(平成13)年5月に廃車解体されるまでの間、イベント列車として使われていました。

1999年8月には、アルファ号が青梅線の青梅から奥多摩までの間で乗ったことがあるので、本当に懐かしいと思っています。

シャトル・マイハマ→アルファ懐かしいなという声が聞こえたら幸いであるし。

165系時代は絶滅してしまったので思い出となっています。

前回吾妻線で乗った107系は165系の足回り品が使われているけど、こちらも115系と共に211系に置き換えられていくことになるし。

今回の吾妻線の旅のお目当ては、川原湯温泉駅付近の新線区間であり、そのついでに211系に乗ることが出来たのであります。

このように、211系で大前駅まで行くことが出来て良かったです。

吾妻線の211系 高崎駅

032b6e94.jpg
273fa5b7.jpg
a15d7560.jpg
4月5日は、友人のよしちゃんが高崎から小野上温泉まで、吾妻線の211系の4両組み替え編成である、タカA28編成(クモハ211-3028F)による万座・鹿沢口行きに乗りました。

この編成は、これまでのA28編成の5連からサハ211-3056号車が抜き取られた上で4両化された編成であり、115系や107系に替わって高崎エリアのローカル路線(上越線の高崎〜水上間、吾妻線、信越本線の高崎〜横川間)、両毛線)で使われています。

4連のA編成は、5両付属編成から中間車を1両抜いた編成のほか、グリーン車付きの10両基本編成だった旧C編成の普通車を4連化させた編成に分かれており、隣に止まっていたA9編成は、旧C16編成のうちの4両から転用されています。

残りの旧C編成は、一部が長野総合車両センター所属の山梨・長野ローカル(信州色)に転用されたほか、残りの普通車が3+3の6連の新C編成として両毛線を中心に使われることになるし。

山梨・長野ローカルに転用された211系は、 元田町車両センター(現、東京総合車両センター田町センター、東海道線)の6連(0番台(セミクロスシート)または2000番台(ロングシート)のN600番台の編成と、元高崎車両センターのB編成(1000番台、セミクロスシート車の全て)、A編成(3000番台、ロングシート車、一部が幕張車両センター所属の房総ローカル線に渡っていた)の3連のN300番台から成っています。

余剰となったサハは、211系の旧C編成に連結されていたグリーン車と同様に廃車解体されていたし。

211系が高崎エリアのローカル線に進出したのは、昨年の8月22日のことで、4両編成への組み替えが進められたことにより、同年12月には、115系の4連がT1146,T1159編成を最後に全廃されていました。

115系の4両編成は、かつて高崎線や東北(宇都宮)線の付属編成として上野や池袋に乗り入れていたこともあるので、これらの編成の全廃によってその面影が残らなくなってしまったし。



107系のほうも、昨年7月12日のR2,12,18,19編成を皮切りに廃車が発生しており、今年3月4日の改正では、上越線の新前橋〜水上間、信越線の高崎〜横川間、吾妻線から撤退し、両毛線(高崎〜新前橋〜小山間)だけとなっています。

今年4月には、R3,4,5,9編成も廃車→長野総合車両センターまで廃車回送されていたけど、R9編成は、製造元の長野工場→長野総合車両センターで終焉の時を迎えていたし。

115系では3連のC編成だけが残されているけど、残りの107系と共に211系に置き換えられることになっているので、乗車・撮影はお早めにということになります。

2014(平成26)年4月8日に吾妻線の107系のR9+R11編成で小野上温泉から大前まで行ったけど、同年10月1日に廃線となった岩島〜旧、川原湯温泉〜長野原草津口間の旧線と共に思い出となってしまいました。

107系は、車体が更新されてから25年以上経っており、かつての直流急行型車両であった165系の足回り品が流用されている為に老朽化が激しい状態となっているので、2013(平成25)年3月16日には、JR日光線で活躍していた0番台が、元京葉線の205系に置き換えられたのもそのはずであります。

吾妻線の路線

(上越線、新前橋、高崎駅まで直通運転)←渋川〜金島〜祖母島(うばじま)〜小野上〜小野上温泉〜市城〜中之条〜群馬原町〜郷原〜矢倉〜岩島〜川原湯温泉〜長野原草津口〜群馬大津〜羽根尾〜袋倉〜万座・鹿沢口〜大前

特急草津号(651系による運転)の停車駅

上野〜赤羽〜浦和〜大宮〜熊谷〜高崎〜新前橋〜渋川〜中之条〜長野原草津口

485系改(リゾート列車)による臨時快速リゾートやまどり号が大宮〜長野原草津口間で運転されることもあるけど、全席普通車指定で、途中、上尾、桶川、北本、鴻巣、熊谷、深谷、本庄、高崎、新前橋、渋川、小野上温泉、中之条、川原湯温泉に停車することになります。

行きは中之条駅で一旦降車となり、観光を楽しむことが出来ます。

金島〜祖母島間には上越新幹線との交差部分があるけど、こちらは榛名(はるな)トンネルと中山トンネルの間に挟まれた僅かな明かりの区間であります。

上越新幹線(大宮〜新潟間)の開業が1982(昭和57)年11月15日と当初の予定よりも遅れていたのは、中山トンネルの建設中での出水事故の影響であり、やはり苦労して掘られたトンネルであることが分かります。

上越新幹線では、2018年度から2020年度に掛けて、E4系Maxの置き換え用としてE7系(北陸新幹線と同型車、12両編成)が11編成132両導入される予定であるけど、どうなるのか気になります。

これにより、上越新幹線にもグランクラスが導入されることになるし。

E4系では、1997(平成9)年に導入された初期型のP1〜3編成のうち、2013(平成25)年にP2編成とP3編成が早い段階で廃車となっていたけど、昨年には、東北新幹線へのE5系の導入により、P1編成も廃車となり、その新潟寄りの8(16)号車に連結されていたE444-1号車が新潟市新津鉄道資料館で静態保存され、今年7月15日から115系のN15編成に連結されていたクモハ115-1061号車(静態保存車)と共に公開されることになります。

新津鉄道資料館には、200系新幹線で最後まで残されていたリバイバルカラー編成だったK47編成の221-1510号車が静態保存されているし。

E4系からE7系への置き換えにより、8+8の重連の時に座席定員1634名だったのが、924名に減ってしまうけど、その分朝の通勤時間帯を中心に増発されることになります。

E4系の8両単独の場合は817名なので、E7系化によって増えることになるし。

東北新幹線に残るE2系に関しては、E5系(はやぶさ型車両)の導入により、状態の良い編成が上越新幹線に回されていくことになります。

一昨年4月5日に、高崎駅の新幹線ホームで、E4系のP1編成を撮影した時は思い出となってしまいました。

当初の予定では2016年度までにE4系が全廃されることになっていたけど、2020年度末に変更されていたし。

前回の2014年4月8日の吾妻線の旅と同様に、小野上温泉駅で途中下車し、次の大前行きの列車を待つ間に駅前にある小野上温泉さちのゆに入りました。

こちらは駅からすぐ行ける日帰り温泉浴場であり、すぐ近くには足湯や公共の温泉宿泊施設であるSUNおのがみもあります。

小野上駅と小野上温泉駅は似ていて紛らわしい状態なので高崎、渋川方面からの場合は注意が必要であります。

川原湯温泉にも日帰り温泉浴場があるけど、駅前のほうが安心なので小野上温泉を選びました。

小野上温泉駅は、1992(平成4)年3月14日に出来た駅であり、1面1線であります。

小野上駅は、JR高崎支社管内で使われている砕石の搬出が行われている駅で、高崎操車場〜小野上間で砕石輸送列車が運転されているし。

高崎エリアの211系は、今年3月4日から行先表示が色分けされ、上越線(高崎〜水上間)が水色、両毛線が黄色、吾妻線が緑色となっているので、かつての房総ローカル線を思い出しました。

113系はもちろんのこと、211系も色分けされていたし。

このように、吾妻線の211系に初めて乗ることが出来て良かったです。

大宮総合車両センターでの小田急新4000形4061F

5b1d788e.jpg
d2ee42ef.jpg
ac39cd05.jpg
続いては、友人のよしちゃんからのメールでは、5月27日に大宮総合車両センター(旧、大宮工場)で行われた鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア2017で展示されていた小田急電鉄の4000形(新4000形)の4061Fで、乗り入れ先の常磐緩行線に導入される予定のCBTC(Communications-Based Train Control、無線式列車制御システム)の取り付け工事が、JR東日本の大宮総合車両センターに委託されている為に入場していたのであります。

この時には、251系(スーパービュー踊り子号)や185系(踊り子型車両)も入場していた為に、普段新宿、藤沢、小田原駅で見られるような風景が実現していました。

大宮駅で小田急の車両がやってきたということで驚いている人が多いけど、答えはこのことであったのであります。

入場回送は、海老名検車区から松戸車両センターまで千代田線、常磐緩行線経由で自力回送され、松戸車両センターから大宮総合車両センターまで、JR東日本のEF64型電気機関車(1000番台のうちの1030,1031,1032号機のいずれか、長岡車両センター(新潟県長岡市)所属)による牽引での配給輸送(常磐線、武蔵野線経由)で行われていたし。

一番最初に小田急4000形が大宮入りしていたのは、昨年11月4日の4060Fのことであり、 小田急の車両が製造元の総合車両製作所横浜事業所(旧、東急車輛製造)ではなく、JRの大宮総合車両センターに入場していたという前代未聞の出来事となっていました。

こちらは千代田線のホームドア導入関連の工事(ATO/TASC)を兼ねており、前照灯がLED化され、速度計がアナログ式からベースとなったE233系と同様のデジタル式(グラスコックピット)に変更されていたし。

このように、小田急4000形が、CBTC装置の取り付けにより大宮総合車両センターに委託入場されているのは、E233系がベースとなっていることや、常磐緩行線に乗り入れていることの縁もあります。

4060Fが大宮総合車両センターから出場したのは、今年1月12日のことであり、松戸車両センターまで配給輸送され、松戸車両センターから自力で小田急への返却回送が行われていました。

4061Fは、2010(平成22)年2月に東急車輛製造で製造された2次車であり、今年4月6日に大宮総合車両センターに入場し、6月8日に出場していたので、その期間中である5月27日のイベント当日に入場風景が公開されていたのであり、JRのイベントなのに小田急の車両を見れたという普段有り得ないようなシーンが披露されていたのであります。

小田急電鉄で、誰でも参加出来るイベントは、10月半ば頃の土日に海老名車両基地(海老名検車区)で行われる小田急ファミリー鉄道展だけであり、大野総合車両所(大野工場、相模大野駅付近)で誰でも入れるようなイベントが行われていないので、今回の大宮総合車両センターでの新4000形の入場シーンを見れたのは貴重でした。

関東の大手私鉄のうち、現在定期的に誰でも入れるような車両工場公開が行われているのは、東武鉄道の南栗橋車両管区(南栗橋工場、東武ファンフェスタ)、西武鉄道の武蔵丘車両検修場(西武・電車フェスタ)、京浜急行電鉄(京急)の京急ファインテック久里浜事業所(京急ファミリー鉄道フェスタ)であり、いずれも台湾鉄路管理局との友好鉄道協定が結ばれています。

そのうちの京急ファミリー鉄道フェスタは、大宮イベントの翌日に行われるのが基本となっているので、友人(よしちゃん)のように土曜日は大宮、日曜日は京急久里浜で楽しむ人も多いです。

6月8日に4061Fが大宮総合車両センターから出場した時には、松戸車両センターまで配給輸送が行われていたけど、牽引機がいつものEF64型ではなく、赤いEF81 139号機(田端運転所(元秋田車両センター)所属)によるによる牽引となっていました。

小田急の通勤型車両の青帯は、1969(昭和44)年から2012(平成24)年まで活躍していた5000形(最後の小田急顔だった車両)からの受け継がれており、ロイヤルブルーからインペリアルブルーへと進化しています。

4000形は、2007(平成19)年から昨年までの間に16編成導入されたけど、昨年12月に導入された4066F(総合車両製作所横浜事業所製)は、運転台のデジタル化、車椅子スペースの増設などで仕様変更され、製造当初からCBTC、ホームドア対応となっています。

大宮総合車両センターへの入場は、4051〜4065Fが対象で行われることになり、これまでに4059,4060,4061Fの順に改造されていました。

昨年10月15,16日に海老名車両基地で行われた小田急ファミリー鉄道展2016では、4065F(鉄道車両初の調光機能付きLED照明完備)が、東京メトロ16000系の16130F、JR東日本E233系2000番台のマト16編成(クハE233-2016F)と共に展示されていたので、千代田線直通テーマの展示となっていました。

今年は小田急線開業90周年に加え、旧3000形ロマンスカーSE車の生誕60周年を迎える節目の年であるので、どうなるのか気になります。

E233系2000番台のほうは、今年3月に、6年ぶりの増備車であるマト19編成(クハE233-2019F、総合車両製作所横浜事業所製)が導入されたことで話題になっているし。

4066Fは今年3月13日に営業運転が開始され、現在はPASMO10周年記念ヘッドマークが付いています。

今年度中には、小田急線の新宿〜経堂間の各停の10両化が予定されているので、新3000形の8連に2両の中間車が入れられて10両化されることになります。

これにより、4000形も新宿口の各停にも使えるようになるし。

このことに合わせて、代々木八幡駅が2面2線の相対式から1面2線の島式に改良され、橋上駅舎に改築されることになります。

代々木上原寄りの踏切がずれたのはその為であり、今年3月4日からは跨線橋が廃止されて北口が新宿方面、南口が小田原方面専用となっていたし。

小田急4000形は昨年3月26日の常磐緩行線乗り入れへの進出により、千葉県(松戸市、柏市、我孫子市)や茨城県(取手市)にも進出していたけど、埼玉県に乗り入れるのは、大宮入場ならではのシーンでありました。

千代田線と有楽町線を結ぶ連絡トンネルを通せば、和光市(埼玉県和光市)へも行けるし。

今年4月6日に豊洲から所沢まで、西武40000系に乗った時に桜田門駅付近で連絡線路の入口を見た時に千代田線を走る姿を想像していました。

小田急4000形は、地下鉄千代田線乗り入れのほか、小田急線内の10両編成にも盛んに使われているので、新宿駅にも定期的に乗り入れています。

このように、大宮総合車両センターのイベントで、小田急4000形を撮影することが出来て良かったです。

大宮総合車両センターでのACCUM(EV-E301系) V2編成

476165f1.jpg
1133f7ab.jpg
3a8b2395.jpg
5月27日は、友人のよしちゃんが大宮総合車両センター(旧、大宮工場)で行われた鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェア2017に行ってきました。

この時には、昨年に続いて烏山線(宇都宮、宝積寺〜烏山間)で使われているACCUMことEV-E301系(蓄電池駆動電車)が展示されていました。

昨年は量産先行車のV1編成が展示され、車内が公開されていたけど、今年は量産車のV2編成が撮影会会場に展示されていました。

こちらはヘッドマーク付きで、車内の公開が行われていなかったし。

V2編成は、今年3月4日の烏山線のACCUMへの統一の時に導入された量産車であり、3月18日に上野駅の17番線で行われていた展示会で展示されていた編成でもありました。

3月19日には、宇都宮から烏山までと、烏山から宝積寺までの間、量産車のうちのV4編成に乗ったので、当時のことを思い出します。

昨年はACCUMに予備車が無かった為にキハ40型によって代走されていたけど、今年は予備車が確保されていることから、このような展示が実現したのであります。

日中は、4本配置の2本運用2本予備で、予備編成が小山車両センター(下野小金井)で休んでいるのでそのはずであるし。

大宮総合車両センターは、今から123年前の1894(明治27)年10月に国鉄→JR東日本の大宮工場の前身となる日本鉄道の業務部汽車課として開設されたのが始まりであり、新橋工場が前身である東京総合車両センター(旧、大井工場)と並ぶ鉄道車両工場の老舗であります。

大宮工場では、鉄道車両の検査、修繕のみならず、過去には蒸気機関車(SL)や電気機関車などの製造も行われていました。

大宮総合車両センターの正面玄関近くで静態保存されているD51 187号機は、大宮工場で製造されたD51の第一号機であり、準鉄道記念物に指定されているし。

大宮工場から現在の大宮総合車両センターとなったのは、2004(平成16)年6月1日のことであり、その直前の5月29日にはイベントが行われていました。

大宮総合車両センターは、2006(平成18)年の鎌倉総合車両センター(現、鎌倉車両センター)の深沢地区(旧、大船工場)の廃止により業務が拡大されていたし。

大宮総合車両センターには、国鉄(JNR)の機関車部門から受け継がれたJR貨物の大宮車両所が隣接されており、こちらも大宮でのイベントで公開されています。

大宮工場→大宮総合車両センターでのイベントは、2000(平成12)年まで10月に行われていたけど、大宮支社に移管された2001(平成13)年からは毎年5月の開催となっています。

2011(平成23)年は、東日本大震災が発生したことにより延期され、10月15日と再び10月に戻されていたし。

1994(平成6)年は787系(当時は特急つばめ号で活躍していた)が、2000年は885系(白いかもめ)がそれぞれJR九州から借り入れられた上で展示されていたけど、どちらも実際に見たことがあります。

大宮支社が設立されたのは、2001年4月1日のことで、その1ヶ月後の5月1日に浦和市、大宮市、与野市の合併により大宮市からさいたま市となっていました。

大宮のイベントは、JR東日本とJR貨物との共催イベントで、2013(平成25)年まではJRおおみや鉄道ふれあいフェアと呼ばれていたけど、2014(平成26)年5月24日からさいたま市との共同主催となったことにより、現在の鉄道のまち大宮 鉄道ふれあいフェアとなり、大宮総合車両センターのみならず、大宮駅周辺でもイベントが行われるようになったのであります。

大宮総合車両センターのイベントは、京急久里浜でのイベント(京急ファミリー鉄道フェア)と共に人気の鉄道イベントであり、どちらも賑わっています。

このように、今年も大宮総合車両センターのイベントに行き、ACCUMを撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた都電7000形7022号車 4月30日の三ノ輪橋にて

d3d93017.jpg
e935e90f.jpg
6c12d9ff.jpg
こちらは、友人のよしちゃんからメールが届きまして、4月30日に都電荒川線(東京さくらトラム)の三ノ輪橋電停で撮影した7000形の7022号車で、学習院下から三ノ輪橋までそれに乗って行きました。

この時は、ヘッドマークが変わる前であり、ビフォーアフターを感じました。

7022号車は昨日(6月11日)のイベントで最後の時を迎えていたけど、9日の金曜日には久しぶりに平日の運用に入っていたし。

一昨日(6月10日)は、路面電車の日であり、今から5年前の2012(平成24)年の今日は、7022号車が荒川車庫で静態保存されている6086号車、元祖幸せの黄色い都電である8810号車と共に展示され、黄色い都電トリオが披露されていたことがありました。

幸せの黄色い都電に関しては、昨年8月1日に、8900形の8907号車と8908号車が加わっているので、7001号車と7022号車の抜けた穴を埋めてくれることになります。

4月30日は、7001号車の定期運用最終日であり、もう一度三ノ輪橋で撮影してみたかったということで三ノ輪橋に行ったけど、この時にヘッドマークが変わる前の7022号車を三ノ輪橋で撮影することが出来たのであります。

このように、都電の7022号車を三ノ輪橋で撮影することが出来て良かったです。

都電7000形よ、63年間ありがとう、 お疲れ様でした。

昨日の路面電車の日ありがとう7000形イベントin東京さくらトラムその

6c7d18d7.jpg
df35721e.jpg
493202a4.jpg
4bc787e5.jpg
a3287bd1.jpg
92d728bd.jpg
0fb0930c.jpg
0f98f0ac.jpg
056cd71a.jpg
7d5d57ca.jpg
先程の続きで、友人の山さんが第2弾を送信してくれました。


最後には、ありがとう7000形記念電車8502号車で締め括りました。


ありがとう7000形。


永遠に。

昨日の路面電車の日ありがとう7000形イベントin東京さくらトラム

ab7370a4.jpg
6ed08516.jpg
7b69146c.jpg
dadbe596.jpg
a57027e6.jpg
4d226776.jpg
45b7b660.jpg
2ab6402d.jpg
fb758820.jpg
fbce7576.jpg
今日、友人の山さんからメールが届きました。


この前の西武電車フェスタ2017に続き、昨日荒川車庫にて開催された都電荒川線(東京さくらトラム)ありがとう7000形イベントに行ってきました。


たまたま、車両撮影会に申し込んで抽選で当選したので午後12:30からの回に臨みました。


最後の一枚は、大塚駅前で撮影した7000形の号泣ヘッドマークです。


この所、一昨日迄は西武電車フェスタとダブルブッキング状態でしたが、今年は後者が今月3日の土曜日にシフトされた為に、恐らく今年の都電イベントは過去最高の入りとなったに違いありません。


これで上半期の鐵イベントは東武の南栗橋の大樹撮影会には職場の病欠人手不足により行けなかった以外は昨年行けなかった京急ファミフェス(しかも今年は川口市青木町公園に去る先月21日迄ボロボロの状態で静態保存されていたデハ236号車引継式観戦の為長時間滞在した。)や7年ぶりの西武電フェス武蔵丘で鉄道物真似芸人立川真司やスギテツそして女子鐵アナ久野知美・ますみんことママ鐵豊岡真澄各氏(後者は小田急イメージキャラクター?としての参戦)等を観戦した裏腹にはSトレ40000系撮影を逃してしまった他、電フェス参戦前に所沢駅で過ってデジカメを落としてしまったのがたまに傷です。尚デジカメは通常通り稼働して撮影はどうにか出来ましたが、ズーミングが厄介になってしまったが心残りです。


そして昨日の都電でも車両撮影会には当選して撮影はどうにか出来ましたが、やはりズーミングが厄介になりました。しかしその後東武スカイツリーラインの西新井の大カーブで日比直メトロ03系5ドア編成と20000系をどうにか撮影出来、そして西新井からは北千住・町屋経由で都電8502号車のさよなら7000形ラッピング電車で大塚駅前迄たどり着くことが出来ました。


その後は池袋で3年後にはE235系にとって代替される山手線のE231系500番台(後者は中央・総武緩行線に10両編成に組成されて三鷹車セ[八ミツ]へ移籍する。)を撮影して東上線で鶴瀬に戻りました。
これで上半期の鐵活動振り返って最後は都電の7000形勇退でトリを飾って4月には東武本線系統のダイヤ改正で300系(350系は運用継続)6両固定2本が引退して廃車され、6050系快速・区間快速も廃止されてゴールデンウイークと秋の紅葉シーズンに不定期快速(この改正から南栗橋・栗橋にも停車駅が追加された。)が運行されるようになった(車両は1800系1819F・6050系4両編成[後者は定期では6両編成だったが今改正からは4両に短縮された。])。また東上線にはももクロメンバーのヘッドマークも取り付けられて話題となりました。またふじみ野駅東口には(ももクロ駅)までやった位です。(現在は、いずれも既に終了)

荒川車庫前にて

a5a7de52.jpg
7fee3ee5.jpg
今日、川崎市多摩区の友人が荒川車庫前で撮影した都電7700形7706号車です。

さよなら都電7000形記念の都営バス 2 K-L653号車

65469a1a.jpg
9f2f4d1e.jpg
6d624466.jpg
続いては、友人のよしちゃんからのメールでは、3月26日に京橋駅前(東京都、東京メトロ銀座線の駅)にある京橋エドグラン(KYOBASHI EDOGRAND)で行われた、さよなら都電7000形記念の都営バスの展示イベントで展示されていた、緑系塗装のK-L653(足立200か・833)号車の日野レインボーHR(KL-HR1JNEE、南千住営業所所属)で、万世橋行きの表示となっていました。

こちらの塗装は、1954(昭和29)年のデビュー当時に施されていた金太郎塗り塗装であり、1988(昭和63)年から2000(平成12)までの間に6152号車がイベント用車として活躍していた時の塗装でもあります。

6152号車は、現在金太郎塗装のままあらかわ遊園で静態保存されているし。

あらかわ遊園と言えばかつて7500形更新車を模した無料送迎用のマイクロバス(ドリーム号、JRバスグループの夜行高速バスとは無関係)が日暮里駅または南千住駅まで運転されていたことがあったことを思い出しました。

3月26日の京橋での緑色塗装のバス展示イベントは、南栗橋での東武鉄道のイベントに行っていたことや、雨であった為に回避する予定だったけど、2色の車両をコンプリートさせたいということにより行ったのであります。

この時に、浅草から銀座線で行くことも出来ていたのでそのはずであったし。

モデルとなった都電1系統(都電銀座線、品川駅前〜上野駅前間、三田電車営業所所属)は、1967(昭和42)年12月に廃止されるまでの間に実際に中央通り(上野、秋葉原、日本橋、銀座、新橋界隈)を走っていました。

現在7504号車と共に都電おもいで広場で静態保存されているPCCカーこと5501号車は、車体が長かったことや特殊性があった為に専ら都電1系統に使われ、その廃止後に廃車となっていました。

都電1系統は、廃止後に都営バスの501系統(品川自動車営業所所属)に継承されたけど、新橋〜上野間で地下鉄銀座線と重複していたことや、都営1号線→浅草線の大門〜泉岳寺間の開業の影響により、都電の第4次撤去と同じ1969(昭和44)年10月25日に、後述の都電34系統などと共に廃止されていました。

そのうちの金杉橋〜新橋駅間は都06系統グリーンエコー(渋谷駅東口〜天現寺橋、赤羽橋駅経由〜新橋駅間、渋谷自動車営業所所属)が、日本橋〜上野駅間がS-1系統(東京→夢の下町、東京駅丸の内北口、上野松坂屋〜錦糸町駅間、南千住自動車営業所所属)が走っているけど、S-1系統の東京駅丸の内南口〜上野松坂屋間は土休日のみで運行本数が少ないです。

都06系統は、1990(平成2)年3月31日に都市新バス化される前は、534系統→橋85系統であり、1969年10月25日までは都電34系統(広尾電車営業所所属)で、最後まで渋谷駅に乗り入れていた路線として有名でありました。

渋谷駅から都電が全廃となったのは、同年5月10日に玉電(東急玉川線、渋谷〜二子玉川園間)の廃止の5ヶ月後のことであったし。

万世橋は、秋葉原付近のことであり、1972(昭和47)年11月11日まで都電が走っていました。

都電や玉電は、1964(昭和39)年10月に開催された東京オリンピック1964でのオリンピック輸送に貢献していたけど、道路渋滞が最大のネックとなっていたし。

渋谷駅東口のバスターミナルは、都電が走っていた頃の面影があったけど、現在は再開発に伴う大規模な改良工事により面影が残らなくなってしまったし。

都営バスは、1924(大正13)年1月18日に東京駅と渋谷駅(中渋谷)と巣鴨駅(巣鴨)を結ぶ路線(東京市営バス)として開業したのが最初であるけど、前年の1923(大正12)年9月1日に発生した関東大震災により打撃を受けていた東京市電(のちの都電)の復旧への繋ぎとなっていました。

市電復旧後には廃止される予定だったけど、東京市会により運行が継続され、都電の廃止により路線網が拡大されていました。

こちらは、京王バスが、1913(大正2)年4月15日に京王電鉄の前身である京王電気軌道が笹塚〜調布間で開業した時に、鉄道の延長までの繋ぎとして新宿〜笹塚間と調布〜府中〜国分寺間でバスを走らせていたことに似たような現象であり、京王線の新宿または府中までの延長によって一旦廃止され、1937(昭和12)年12月1日の甲州街道乗合自動車の買収によりバス事業に再参入し、路線が拡大されていました。

2002(平成14)年8月1日に京王電鉄バスとして分離された後も受け継がれているし。

大手私鉄では、地下鉄専門の東京メトロを除いてバス部門またはバス事業の子会社を持つのが普通となっているけど、京王電鉄と京王電鉄バスグループもその1つであり、京王線と京王バスの連携が行われています。

都営バスのほうも、バスがないと不便な地域をサポートしているし。

古くから西武鉄道の子会社である西武バスは、駅と駅を結ぶショートカット的な役割があると言われています。

都営バスの南千住自動車営業所は、1975(昭和50)年12月21日に、台東区千束にあった新谷町自動車営業所からの移転により開設された営業所であり、1971(昭和46)年3月まで使われていた都電の南千住電車営業所から転用されています。

こちらは1972(昭和47)年7月から1975年5月まで千住自動車営業所の南千住分車庫として使われていたし。

都営バスの今年度導入予定の車両はC代車となるけど、どのメーカーに落札されるのか気になります。

昨年度に導入されたB代車のうち後期に渋谷・南千住の両自動車営業所に導入されたいすゞの新型エルガからはフルカラー式の行先表示に変更されていたけど、C代車で正式採用されるかどうか気になるところでもあるし。

2014(平成26)年1月に登場した都営バス90周年ラッピングバスは、未だそのままの姿となっています。

さよなら都電7000形記念ラッピングバスは、6月12日以降どうなるのか気になります。

いずれにせよ、都電7000形の最終日である6月11日に間に合わせる形でこの記事を書いたので、賞味期限が切れないうちに味わったことと同様でありました。

このように、3月25日と3月26日の2日間に、都電7000形記念の都営バスを撮影することが出来て良かったです。

さよなら都電7000形記念の都営バス K-L652号車

bc02ebb0.jpg
a298e3b3.jpg
7b5d9de6.jpg
3月25日は、友人のよしちゃんが京橋駅前(東京都、東京メトロ銀座線の駅)にある京橋エドグラン(KYOBASHI EDOGRAND)で行われた、さよなら都電7000形記念の都営バスの展示イベントに行ってきました。

このイベントは、都電の7000形の完全引退を記念して、都営バスの南千住自動車営業所所属の2台(K-L652,L653号車)に都電7000形がイメージされた塗装が施され、3月24日から26日までの3日間に、日本橋から銀座まで、特別に運転されていたのであります。

3月25日は黄色に赤帯塗装のK-L652(足立200か・832)号車、3月26日は緑系塗装のK-L653(足立200か・833)号車がそれぞれ展示されていたけど、もう1台は、日本橋〜銀座間を走っていました。

これらの車両は、2003(平成15)年に導入された南千住自動車営業所所属の日野レインボーHR(KL-HR1JNEE)で、ノンステップ化を促進させる為に導入された中型ロング車(中型車をベースに車体を延長(ストレッチ化)させた車両)であり、同じ南千住自動車営業所によるS-1系統(東京→夢の下町、東京駅丸の内南口、上野松坂屋〜錦糸町駅北口間)の専用車両と同期であります。

昨年度のB代車(いすゞの新型エルガ、トヨタFCバス)の導入により、H代車やK代車の除籍が進められていたけど、中型ロング車の除籍が目立っていました。

京王電鉄バスグループでは、今年3月23日に、京王電鉄バス八王子営業所所属のC20317(八王子200か・605)号車を最後に日野レインボーHR(中型ロング車)が全廃され、同年3月18日に京王バス南の多摩営業所でありがとうHRイベントが行われていました。

こちらもやはりノンステップ化の促進により導入されていたし。

京橋での展示及び銀座通りでの特別運転の時には、L652号車は三田、L653号車は万世橋の表示となっていたけど、このままの姿では一般の営業運転に使うことが出来ないので、イベント限定の姿となっていました。

車内も公開され、昔の7000形の写真も掲載されていたし。

このような展示は、記念バスに落選した及び都合により申し込めなかった人へのサービスでもあるので、敗者復活であります。

3月28日からはラッピングの一部が剥がされた上で、里48系統(日暮里駅〜見沼代親水公園駅間)の運用に入っていたし。

明日、都電荒川線(東京さくらトラム)の荒川電車営業所(荒川車庫)で行われるありがとう7000形イベントで、都電カラーの都営バスが展示される予定となっているけど、午前中に用事がある為に撮影会に申し込めなかったのが残念で仕方がなかったです。

友人が当選したことを聞いて羨ましくなったけど、都電7000形を何度も撮影しているので充分だと思っています。

それでも、自分自身で撮影したかった気持ちで一杯であります。

友人(よしちゃん)のブログは、友人が撮影し、送られてきた画像を積極的に載せている真太郎氏のブログとは異なり、自分自身で撮影した画像に拘っているので、ブログを書く楽しみが半減したのも言うまでもないです。

本当に落選したなら別の話になるけど、タイミングが悪すぎました。

7000形イベントは、車庫内見学なら申し込めなかった人でも参加出来るのでめげずに行く予定でいます。

用事を終えた後にイベントに行く予定だけど、敗者復活を信じています。

遅くなりましたけど、このように京橋駅前(東京都)で、都電塗装のバスを撮影することが出来て良かったです。

福島交通いい電

80716f45.jpg
887f9735.jpg
fe80158e.jpg
8fe9e52f.jpg
15dc9929.jpg
先週2日、東北新幹線開業35年記念のえきねっと・モバイルSuica特急券50%割引利用して日帰りで
いい電(飯坂線)乗ってきました。

元東急7000系ですが、1000系(これも元東急)導入に伴って廃車が始まっています。その内平日朝用の3両編成が2運用ありますが、1運用が4月から1000系になって廃車、残りの1運用(7113編成)も今秋までに1000系3両の追加投入で消滅のようです。2両編成も来年までに1000系になって7000系全廃予定とのことで、撮影お早めに。


先程、久しぶりに小平市の友人からメールが届きました。

西武30000系30104Fによる所沢発の立川真司氏のパフォーマンス電車

a1f4756f.jpg
9f42141a.jpg
182b7245.jpg
6月3日は、友人のよしちゃんが所沢から武蔵丘車両検修場まで、西武鉄道のスマイルトレインこと30000系の30104Fによる、所沢発武蔵丘行きの臨時電車(立川真司氏のパフォーマンス電車)に乗りました。

こちらは、所沢駅の4番線を10時10分に発車し、通常の快速急行と同様に小手指、入間市、飯能に停車してから武蔵丘車両検修場へと向かう列車であり、車内では、電車ものまね芸人である立川真司氏による車掌DJ方式でのパフォーマンスが行われていました。

武蔵丘車両検修場行きの直通臨時電車は、池袋 8時25分発の快速急行(30103Fによる運転、途中 石神井公園、ひばりヶ丘、所沢、小手指、入間市、飯能に停車)、元町・中華街 8時19分発の快速急行(6103Fによる運転、途中 みなとみらい、横浜、菊名、武蔵小杉、自由が丘、中目黒、渋谷、明治神宮前、新宿三丁目、副都心線池袋、小竹向原、新桜台、練馬、石神井公園、ひばりヶ丘、所沢、小手指、入間市、飯能に停車)と、先述の所沢 10時10分発があり、池袋、所沢発は飯能まで快速急行、元町・中華街発は、みなとみらい線、東急東横線では特急(東横特急)、地下鉄副都心線では急行(通過駅あり)、西武線(飯能まで)では快速急行となっており、飯能から武蔵丘車両検修場ま
では、臨時の表示で運転されていました。

元町・中華街発武蔵丘車両検修場行きの列車は、土休日14M運用うちの元町・中華街 8時19分発→小手指 9時42分着のFライナー小手指行きを武蔵丘車両検修場まで延長させたものであり、小手指からの折り返しの10時24分発元町・中華街行きとそれ以降の14M運用が6112Fに車両交換された上で運転されていました。

快速急行飯能行きは、現在全て地下鉄からの直通となっているので、地下鉄直通非対応である30000系で運転されたのはイベント列車ならではであったし。

飯能までは一般客と一緒であったけど、飯能から武蔵丘までは、新所沢駅から南入曽車両基地までの電車夏まつりの臨時電車と同様に、イベント専用列車となり、飯能駅を発車した時からイベントが始まっていました。

所沢発の立川真司氏によるイベント列車の場合は、所沢駅から西武・電車フェスタが始まっていたし。

その5分前の所沢駅10時05分に発車した快速急行飯能行きは、菊名 8時45分発の土休日12K運用(菊名から小竹向原まで各停)で、東急電鉄5050系の5164F(8両編成)が使われていました。

この日はそれに間に合わせるように、椎名町から練馬まで、2073Fによる豊島園行き、練馬から所沢まで東急5164Fに乗ったのであります。

今回乗った30000系の30104Fは、2014(平成26)年に30103Fと共に導入された10両固定編成であり、池袋線の池袋〜飯能間と狭山線で限定運用されています。

30000系の10両固定編成は、2013(平成25)年から2015(平成27)年に掛けて6編成60両導入され、30102,30105,30106Fが新宿線系統に配置されているけど、今年3月に30101Fが池袋線系統から新宿線系統に転属された為に、30103Fと30104Fが池袋線系統に配置されているし。

2014年度に30103,30104Fと38116F(8連)が導入されたことにより、池袋線系統で最後まで残されていた3000系が全廃されていました。

最後まで活躍していた3000系である初代銀河鉄道999ラッピング電車の3011Fのうち、3011,3212,3012号車の3両が横瀬車両基地に保管されています。

2008(平成20)年から昨年までの間に導入された30000系の8連のうち、38103,38104,38105,38107,38109,38110,38111,38112Fが池袋線所属、38101,38102,38106,38108,38113,38114,38115,38116,38117,38118Fが新宿線所属であり、池袋線所属編成に関しては、2両付属編成の32101〜32106Fとペアが組まれた10両編成で運転されることもあります。

2014年度以降に導入された編成からは、側面のロゴマークの表示がSEIBUから西武鉄道に変更されたことに伴い、前面のSEIBUのロゴマークが省略されています。

他の編成も検査出場と共に前面のSEIBUのロゴマークが塗り潰されていくことになるので、東京メトロの車両の前面からロゴマーク(ハートMマーク)が消えたことと同じようなことになります。

前面にSEIBUマークの付いた30000系を撮影しておく必要があるのはその為であるし。

立川真司氏は、大分県出身所沢市在住の鉄道ものまね芸人であり、所沢市在住の縁により、武蔵丘のイベント(西武・電車フェスタ)でのものまねパフォーマンスが恒例となっています。

武蔵丘でのイベントのステージは、2基あるトラバーサーのうちの1基(トラバーサー乗車体験用とは別)が使われているし。

イベント列車で披露されていた立川真司氏によるものまねは、車掌DJ的なものがメインだったけど、稲荷山公園の手前の入間基地を走る区間では、入間基地らしく、飛行機のものまねが行われていました。

小手指駅を発車した時には、進行方向右側に小手指車両基地(池袋線で最大の車両基地)が見えてきたけど、この時に10105F(レッドアロークラシック)による特急ちちぶ20号(西武秩父発池袋行き)とすれ違ったので、立川真司氏のトークの話題となり、クラシック乗りたい人拍手して下さい!というコールもありました。

西武10000系は東武鉄道の200系りょうもう号に似ている点があると言っていたけど、レッドアロークラシックと、東武208Fによるプユマりょうもうは、たった1編成しかないレアな特別塗装という共通点があります。

レッドアロークラシックには、2014年7月19日の西武球場前駅での京急もどきの赤い9000系である9103F(レッドラッキートレイン)のお披露目イベントの後に所沢から池袋まで乗ったことがあるけど、車内は従来の10000系と変わらなかったです。

西武の小手指車両基地は、東武の南栗橋車両管区春日部支所(北春日部車両基地)に似ているところがあります。

こちらも小手指車両基地と同様に1966(昭和41)年に開設された特急列車も所属する大規模な車両基地という共通点があるし。

春日部支所所属の特急用車両は、100系スペーシアと500系リバティであり、リバティと入れ替わるように廃車となった300系も春日部支所所属でありました。

小手指駅では、小手指始発新木場行き(有楽町線直通)の東京メトロ10000系の10120F(土休日77S運用)が止まっていたので、こちらも立川真司氏のトークで話題になっていました。

所沢駅を出た時には、20000系の20158Fによる銀河鉄道999のラッピング電車とすれ違ったので、恵まれていると思いました。

飯能駅を発車し、方向転換された上でイベント専用列車となった後も、立川真司氏によるトークショーが続いていたし。

武蔵丘車両検修場に到着する前には、40000系の40101Fが止まっていたので、停車中にシートの転換シーンを見ることが出来ました。

40000系も小手指車両基地所属であるし。

昨年は所沢から武蔵丘車両検修場まで赤い9000系の9103Fによる立川真司氏のイベント列車に乗ったので、武蔵丘のイベントに行く列車に相応しい列車と判断したので今年もそれに乗ったのであります。

2004(平成16)年から2010(平成22)年までの間には、10000系による特急電車フェスタ号が運転されていたこともあったけど、2012(平成24)年6月10日からは、利便性向上により誰でも乗れる通勤型車両による運転に統一されたのであります。

立川真司氏によるイベント列車に誰でも乗れるようになったのは、通勤型車両で運転されていることのお陰であるし。

40000系の撮影会を済ませた後にステージへと向かい、立川真司氏のものまねパフォーマンスを見ることが出来たので相乗効果もありました。

この列車での立川真司氏のパフォーマンスは面白かったので、箱根登山鉄道のDJ車掌である落合氏による面白いアナウンスの動画を見た時を思い出しました。

現在は、運転士兼任となっているし。

この日は、飯能〜高麗間で4000系による臨時電車が下り10本、上り5本で運転されていたけど、臨時ではなく、ちゃんとした高麗の表示で運転されていたし。

帰りの臨時電車は、3本あり、最初と2本目(30000系)は飯能から急行池袋行き、最後の1本(6000系6103F)は飯能行きとなっていました。

このように、所沢から武蔵丘車両検修場まで、30104Fによる立川真司氏のイベント電車に乗ることが出来て良かったです。

武蔵丘での西武40000系40101F

c80ce892.jpg
92e9420c.jpg
18e28920.jpg
6月3日は、友人のよしちゃんが西武鉄道の車両工場である武蔵丘車両検修場で行われた、西武鉄道三大イベントの一つである、西武・電車フェスタ2017in武蔵丘車両検修場に行ってきました。

この時の電車撮影会では、S-TRAINを中心に使われている40000系の40101Fと、乗車体験用のモーターカーが展示されていました。

土休日に元町・中華街〜西武秩父間で1往復運転されているS-TRAIN1号と4号の間は、普段横瀬の車両基地に留置されているけど、今回は武蔵丘での車両撮影会の為に特別に武蔵丘まで回送されていたのであります。

40000系は2編成20両配置で土休日のS-TRAINが2編成フル稼働となっている為に、このような措置を取らざるを得なくなってしまったし。

40000系は、今年度中に4編成40両が40101,40102Fと同じS-TRAIN対応のロング/クロスシート仕様で導入される予定となっているので、S-TRAINの増発も期待されています。

2019年度までに8編成80両導入予定ということで、残りの2編成20両がどうなるのか気になるし。

車両撮影会は、11時40分から12時40分の1時間行われていたけど、昨年と同様に人数が仕切られた上で行われていました。

こちらの線路は、車両の出入場に使われる線路であり、入場後に台車が外されて仮台車(人間でいう上履きに相当)に履き替えられた上でトラバーサーで移動されてそれぞれの場所に運ばれて検査されることになります。

臨時電車の発着場は、検査出場時の試運転に使われているし。

会場である武蔵丘車両検修場(埼玉県日高市)は、2000(平成12)年6月16日に、これまでの所沢車両工場(所沢駅付近)からの移転により開設された最新設備のある西武鉄道総合の車両工場であり、武蔵丘車両基地に隣接されています。

こちらは、埼玉県久喜市にある東武鉄道の南栗橋車両管区(南栗橋工場、東武の本線系統の全てと東上線の一部を扱う車両工場)に似ているところがあるし。

西武鉄道三大イベントとは、6月上旬の武蔵丘車両検修場での西武・電車フェスタ、8月下旬の南入曽車両基地での電車夏まつり、11月上旬の横瀬車両基地での西武トレインフェスティバルのことであり、この西武・電車フェスタに関しては、2002(平成14)年から毎年行われています。

2002年から2005(平成17)年までは、土日連続での開催で、2006(平成18)年まで日曜日のみとなっていたけど、今年は土曜日に行われていました。

毎年10月に小田急電鉄の海老名車両基地で行われる小田急ファミリー鉄道展では、土日連続で開催されているので、どちらかが都合があった場合には嬉しい設定であります。

武蔵丘のイベントも土日連続開催に戻してもらいたいけど、西武鉄道側の事情によりそうはいかない状態であるし。

今年の横瀬のイベントで40000系が展示されることが確実であるけど、南入曽の場合は、それまでの間に40103Fが入ってくるまで不可能な状態であります。

横瀬から武蔵丘まで単純に回送させたことにより、40000系の車両撮影会での展示が実現していたし。

友人(よしちゃん)は、武蔵丘でのイベントで、横瀬にある40000系を武蔵丘まで回送させて車両撮影会で展示させることを予想していたけど、その予想が見事に当たって良かったと思っています。

行先表示は、土休日に1本しか見られないS-TRAIN西武秩父の表示だったけど、LED式の為に上手く撮影出来なかったのが残念であります。

土休日の1往復のみでありながら横浜、渋谷方面から西武秩父まで乗り換えなしで行けることは素晴らしいと思っています。

5月26日から27日までの間は、元町・中華街から西武秩父まで、40101Fによる夜行のツアー列車が運転されていたけど、こちらは元町・中華街、多摩川、練馬の各駅からの乗車となっていました。

女優の土屋太鳳(たお)、森田望智(みさと)、日下部三和各氏と秩父出身の落語家である林家たい平氏によって宣伝されている、西武鉄道の秩父PRのCMでは、おまじない用語の「ちちんぷいぷい」にあやかって、「ちちんぶいぶい」と歌われています。

そのCMは、土屋太鳳氏が主演(センター)であり、パパイヤ鈴木氏の振り付けによるちちんぶいぶいダンスも印象的であるし。

武蔵丘の会場には、ねえねえS-TRAINもう乗った?恋ダンスもイイけどちちんぶいぶいダンスもね。と書かれた貼り紙もありました。

このことで、1990年代の最初にシュワちゃんことアーノルド・シュワルツェネッガー氏によって宣伝されていたタケダ(武田薬品工業)のアリナミンVのCMで、ちちんブイブイと歌われていたことを思い出しました。

こちらは、ちちんブイブイに加えて、だいじょブイとも言われ、その後にはシュワちゃんと宮沢りえ氏による共演のCMも放送されていたし。

宮沢りえ氏と言えば、以前西武40000系の製造メーカーである川崎重工業のCMに出演していたこともありました。

友人(よしちゃん)が豊洲から所沢まで40101FによるS-TRAINに乗った日である4月6日は、奇しくも川崎重工業のCMに出演していた宮沢りえ氏の44回目の誕生日でありました。

宮沢りえ氏はちょうど、沿線の練馬区出身であるし。

秩父のちちんぶいぶいのことで、シュワちゃんによるアリナミンVのCMを思い出してしまうこともあるのはその為であります。

昨年の6月5日に行われていた前回の武蔵丘のイベントの撮影会では、当時KPPトレインとして使われていたピンク色の9101Fと、2代目L-trainの9108Fが展示されていたけど、12時から30分間しかなく、並んでいても撮影出来なかった人がいたので、このような指摘を受けたことにより、今回撮影会が1時間に拡大されていたのであります。

このように、武蔵丘のイベントで、西武40000系S-TRAINを良い感じで撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた都電7000形7022号車 2 早稲田での出来事

f0665426.jpg
c9ba37fd.jpg
c3cbc47e.jpg
続いては友人のよしちゃんからのメールでは、6月4日に都電荒川線(東京さくらトラム)の早稲田電停で撮影した7000形の7022号車で、早稲田電停では、珍しく手前の降車専用ホームに到着していました。

都電の電車が早稲田に到着する時には、メインのホーム(乗車と降車で同じ線路で2両分停車出来る)が使われることが基本となっているけど、メインのホームが満車の時に手前の降車専用ホームで降車扱いが行われ、メインのホームが空いてから三ノ輪橋方式で回送されてから乗車扱いが行われることになります。

こちらは、阪堺電車の浜寺駅前電停(浜寺公園)で、メインのホームが満車の時に出前側(船尾電停側)にある降車専用ホームで降車扱いされることと同様であるし。

周辺にある南海電気鉄道(南海本線)の浜寺公園駅は、高架化される予定であり、昨年1月28日には、1907(明治40)年に建築されたユニークな駅舎が仮駅舎への移設により廃止されていました。

旧浜寺公園駅舎は、私鉄で最も古い駅舎で、諏訪ノ森駅の西口駅舎と同様に登録有形文化財に登録されていたし。

どちらも、新駅正面に移築されることが決まっています。

阪堺電車は、1980(昭和55)年12月1日に2代目の阪堺電気軌道(阪堺電車)として独立される前は、南海電気鉄道の軌道線(路面電車)部門であったし。

その直前の1980年11月には、南海平野線(今池〜平野間)や大浜支線(宿院〜大浜海岸間)が阪堺電車に継承されることもなく廃止されていました。後者の大浜支線は、1949(昭和24)年に休止されたまま廃止されていたし。

南海平野線が阪堺電車に継承されずに廃止された理由は、1980年11月27日に大阪市営地下鉄谷町線の天王寺〜八尾南間が開業した影響であり、阿倍野〜平野間で重複しているので、入れ替わりになったことも言うまでもないです。

大阪市交通局(大市交)は、来年4月に地下鉄、新交通システム事業が民営化により大阪市高速電気軌道(東京メトロと同様の民営の地下鉄)に、バス事業は大阪シティバスにそれぞれ移行される予定となっているし。

今から7年前の2010(平成22)年6月6日には、都電荒川線と阪堺電車の提携により、都電の7511号車が阪堺塗装に、阪堺電車のモ502号車が7001号車と同様の都電塗装となっていたけど、前者は翌年の2011(平成23)年3月に阪堺塗装のまま廃車となり、後者は契約終了後に塗装変更され、現在は野村證券のラッピング電車となっています。

2010年6月6日には、荒川車庫で阪堺線の表示の7511号車と6086号車が並べられて展示されていたけど、同日に阪堺電車の大和川検車区(我孫子道)で行われたイベントでモ502号車がモ163号車(現在は休車中)と並べられていたことを聞きました。

友人(よしちゃん)は、同年7月24日に我孫子道から恵美須町まで都電塗装だったモ502号車に乗ったことを覚えています。

都電7000形は、1954(昭和29)年から1956(昭和31)年に掛けて、初代7001号車から7093号車までの93両製造された車両であり、そのうちの31両がワンマン車体に更新され、2代目の7001〜7031号車に改番されていました。

7000形は、63年間の幕を閉じることになるけど、車体の一部が7700形として残ることになります。

都電のローレル賞の受賞は、1978(昭和53)年度の7000形更新車以来ない状態であり、7500形更新車、8500形、9000形、8800形が落選し、8900形や7700形は残念なことにノミネートされたかったです。

都電からは、吊り掛けモーター車と共にローレル賞受賞車が姿を消していくことになるし。

都電7022号車は、6月11日のイベントで最後となる予定だけど、もう一度乗れる機会があることを信じています。

このように、三ノ輪橋から早稲田まで都電7022号車に乗り、手前の降車ホーム側で撮影することが出来て良かったです。

カウントダウンを迎えた都電7000形7022号車 三ノ輪橋

3dd1871a.jpg
1e21fa93.jpg
b59e54dd.jpg
6月4日は、友人のよしちゃんが三ノ輪橋から早稲田まで、今月11日に最後を迎える予定の都電荒川線(東京さくらトラム)の7000形の7022号車による早稲田行きに乗りました。

現在のヘッドマークは、5月20日から取り付けられているけど、ヘッドマークが変わってから初めて三ノ輪橋で撮影出来たのであります。

ヘッドマークが変わった後の5月21日に7022号車に乗った時は、日没後だったので、飛鳥山で撮影していたし。

三ノ輪橋電停は、1978(昭和53)年4月1日にワンマン化される前、2面2線の相対式ホームとなっていました。

ワンマン化されてからは、手前の踏切側にある降車専用ホーム(珈琲館前)で降車扱いが行われ、その後に乗車専用ホームまで回送され、乗車扱いが行われています。

三ノ輪橋電停の乗車専用ホームも、早稲田電停と同様に2両分止まれるスペースがあるし。

不要となった北側の線路跡にはバラが植えられ、春と秋には見頃を迎えています。

三ノ輪橋電停が庚申塚電停と共にレトロ化されたのは、9001号車がデビューした2007(平成19)年5月のことであり、荒川車庫前にある都電おもいで広場と共に10周年を迎えていたことで早いもんだなと思いました。

7022号車が復刻旧塗装に復元された2005(平成17)年6月11日当時は、7000形に方向幕車が残っていたことを覚えています。

そのうちの7004号車は、2006(平成18)年に最後にLED化され、2011(平成23)年3月末に比較的早い段階で廃車となっていたし。

当時は、7500形の7511号車と7512号車が廃車となり、8500形の前面表示のLED化が進められていたので、都電から幕式表示が消えた時でもありました。

8501号車は、2012(平成24)年にLED改造されていたので、都電最後の幕車であったし。

7022号車は、初期にLED化された車両なので、復刻旧塗装になる前に、冷房車塗装(アイボリー色に緑帯)とLED表示の組み合わせも見られていました。

昨年12月まで活躍していた7003号車は、晩年ラッピングされていない冷房化後の塗装の最後の1両であったし。

7002号車は、今年2月に運用離脱される前に都電落語会のラッピングが施されていたけど、運用離脱後にラッピングが解除されて冷房化後の塗装の最後の1両として7001号車と共に荒川車庫の片隅に置かれています。

7000形のうちの8両は、7700形に改造されていたので、7000形全廃後も7000形由来の車体は今後も残ることになるし。

都電7700形はVVVF化と共にリニューアルされているので、東急電鉄の旧7000系とそれからVVVF化された7700系の関係に似ています。

このことで、東急電鉄の旧7000系が2000(平成12)年3月にこどもの国線専用車だった7052+7057号車を最後に全廃され、7700系が残されたことを思い出しました。

東急7700系のほうは現在廃車が進められているし。

豊橋鉄道市内線(愛知県)にモ3500形として譲渡された元都電荒川線の7009,7017,7021,7028号車の4両は、今のところ置き換え計画がないので、今後も都電7000形由来の吊り掛けモーターの音を楽しむことが出来ます。

80年代まで当たり前で都電全盛期の面影が残る吊り掛けモーター音が都電で聴くことが出来なくなることで寂しさを感じています。

この日は、7000形に乗れるのがこれで最後になるかもしれない状態だったので、三ノ輪橋から早稲田まで7022号車に全区間通しで乗ったのであります。

7001号車の時は、早稲田から三ノ輪橋までと全区間通しであったし。

このことで、2011年3月13日の7500形の定期運用最終日に、三ノ輪橋から早稲田まで7512号車に乗り通したことを覚えています。

当時7511号車は阪堺電車塗装、7512号車は車体載せ替え後のアイボリーに緑帯の標準塗装となっていたし。

7500形更新車の保存車のうち、池之端児童遊園(台東区、地下鉄千代田線の根津駅付近)にある7506号車が唯一そのままの姿となっています。

7510号車は花電車に改造されて動態保存されているけど、前面スタイルのみ種車の面影があるし。

今回は日没直前に乗ったので、沿線で撮影する人が多かったです。

高戸橋や飛鳥山などの人気撮影ポイントにも人が集まっていたし。

今回乗って変わった点は、車内の番号表示の横に、さようなら7000形の小さなステッカーが貼られていました。

このように、三ノ輪橋から早稲田まで都電7022号車の名残乗車を楽しむことが出来て良かったです。

画像は三ノ輪橋電停で撮影したものです。

6月2日の都電 8502号車によるさようなら7000形ギャラリー電車

56b42dc8.jpg
2bf7d5f2.jpg
02fa39c6.jpg
6月2日は、友人のよしちゃんが早稲田から三ノ輪橋まで、都電荒川線(東京さくらトラム)の8500形8502号車によるさようなら7000形ラッピング電車に乗りました。

こちらは、6月11日の路面電車のイベントで最後を迎える予定の7000形7022号車の引退記念により施されたラッピングであり、7022号車と同じヘッドマーク(パンタグラフ側(この日は三ノ輪橋寄りに来ていた)が7001号車に取り付けられていたローレル賞受賞記念ヘッドマークがイメージされたもの)、非パンタグラフ側が7022号車のイラストが入ったもの)が取り付けられています。

車内のほうは、7000形に関する写真が展示されているし。

7000形自体は、土休日しか運転されない状態となっているけど、このラッピング電車は平日にも運転されています。

土休日だと7022号車の乗車を優先させているので、平日であるこの日に乗ることが出来たし。

こちらは、6月11日まで運転される予定であります。

このように、都電8502号車によるさよなら7000形ギャラリー電車を撮影し、早稲田から三ノ輪橋までそれに乗ることが出来て良かったです。

南栗橋でのイベントでの東武20050系の21852F

1a3875a2.jpg
4608732d.jpg
bc257e65.jpg
こちらは、3月26日に、東武鉄道の南栗橋車両管区で行われた、東武SL撮影会イベント(SL+αの撮影会)で展示されていた日比谷線直通用の20050系の21852Fで、01T南栗橋行きの表示となっていました。

東武20050系は、20000系のマイナーチェンジ、VVVFバージョンであり、営団地下鉄→東京メトロの03系の一部と同様に1,2,7,8号車が5ドア車となっているのが特徴であります。

1992(平成4)年から1994(平成6)年までの間に8編成が残りの2000系(初代日比谷線直通専用車)の置き換え用及び増発用として東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)とアルナ工機(現、アルナ車両)で製造されていたし。

21852Fは、21851Fと同様に1992年12月29日のデビュー当時からある編成であり、2編成共に東急車輛製造で製造されていたけど、21852Fが2000(平成12)年3月8日に、営団地下鉄(当時)の03系の03-102Fと共に中目黒駅付近での脱線事故に遭い、被害の大きかった23852+24852号車が翌年の2001(平成13)年に修理扱いで代替新造されていました。

20000系はオール3ドアのチョッパ車、方向幕で、1988(昭和63)年から1992年に掛けて13編成が製造されていたし。

1997(平成9)年3月25日の草加〜越谷間の複々線化の時に20070系(20000系70番台)が3編成導入されたけど、
こちらは03系の後期型と同様にオール3ドアに戻されています。

6月中に70000系が営業運転入りする予定であるけど、いつ営業運転入りするのか気になります。

20000系列の車両の動向も気になるし。

20050系の隣に8000系の8111F(セイジクリーム塗装)が展示されていたのは、1961(昭和36)年7月13日から1993(平成5)年8月1日まで活躍していた2000系(初代日比谷線直通専用車で、最後のセイジクリーム塗装だった)がイメージされていたことが分かります。

東武線と日比谷線の直通運転が開始されたのは、今から55年前の1962(昭和37)年5月31日の北千住〜南千住、仲御徒町〜人形町間の開業の時からであり、当時は北越谷〜人形町間で直通運転が行われていました。

2000系は、当初4両編成であり、日比谷線直通専用車になる前は、暫定的に東武線内の列車に使われていたし。

東京オリンピック1964が開催された1964(昭和39)年には6両化、1971(昭和46)年に8両化された時に中間車が増結されていました。

2000系は、初期に運用離脱された編成のうちの1971年製の中間車の12両が2080系に改造されて野田線(現在のアーバンパークライン)に転用されていたけど、冷房化出来ないことや3ドア18m車であることが仇となった為に1992年に8000系に置き換えられて廃車となっていました。

こちらは6両2編成12両が改造されてから4年しか使われなかった悲運の車両であったし。

2000系自体のほうは譲渡または保存されずに全て解体されたので見ることは出来ないです。

20000系列が転用されたとしても、2080系の二の舞にならないことを願っています。

このように、友人のよしちゃんが南栗橋でのイベントで、日比谷線直通の歴史を感じる画像を撮影することが出来て良かったです。

南栗橋でのイベントでの東武8000系の8111F

7a5f467f.jpg
67cd759e.jpg
57c2f293.jpg
こちらは、3月26日に、東武鉄道の南栗橋車両管区で行われた、東武SL撮影会イベント(SL+αの撮影会)で展示されていた8000系の原型車(イベント専用車)の8111Fで、区間急行東武日光、東武宇都宮行きの表示で展示されていました。

8000系による東武日光・東武宇都宮行きの運用は、2006(平成18)年3月17日まで区間急行の前身である準急列車として実際に存在していたものであり、新栃木駅で前2両が東武宇都宮行き、後ろ4両が東武日光行きに分割されていました。

東武宇都宮線は特急しもつけ号以外は8000系によるワンマン運転に切り替えられていたけど、当時浅草から東武日光までトイレなしのロングシート車が走っていたことで想像出来ない状態でありました。

現在は、ご存知の通り南栗橋駅で系統分割されているし。

この8111Fは、以前東武日光への臨時快速に使われていたこともあり、ツートンカラーの時代の2013(平成25)年11月4日に東武動物公園から新栃木まで乗ったことを覚えています。

8111Fが昭和50年代の標準塗装であったセイジクリームとなったのは、昨年8月のことであり、同年12月4日に同じ南栗橋で行われた東武ファンフェスタで、東武日光行きの表示に快速たびじ号のヘッドマークが取り付けられた上で展示されていました。

セイジクリーム塗装になってから初めて運転された団臨は、東武の日に当たる昨年10月2日に運転された、春日部市民の日記念号のことで、春日部→伊勢崎→太田→赤城→春日部のルートで運転されていました。

伊勢崎線の末端区間である太田〜伊勢崎間は、2006年3月17日まで浅草〜伊勢崎間の直通の準急(現、区間急行)が運転されていたことで有名であり、8000系の6連が伊勢崎に乗り入れていた時を彷彿とさせる列車でありました。

現在伊勢崎駅は、JR両毛線と共に高架化されているので、浅草〜伊勢崎間の直通準急の面影が無くなっています。

東武桐生線(太田〜赤城間)は、特急りょうもう号が盛んに乗り入れる路線であり、りょうもう号が停車する藪塚、新桐生、相老、赤城の各駅が6両対応となっています。

桐生線の普通列車は、8000系の2両編成によるワンマン運転であり、大部分が小泉線の東小泉駅まで直通運転されているし。

8111Fは、1963(昭和38)年に8111+8211+8311+8411号車の4両(日本車輌製造東京支店製)が、東武鉄道の川越電車区(川越市駅構内にあった車両基地で、JR東日本の川越車両センターの前身である川越電車区とは無関係)に配置され、2011(平成23)年6月まで東上線一筋で運転されていました。

1972(昭和47)年には、富士重工業(現、SUBARU(スバル))の宇都宮車両工場製の8711+8811号車が加わった6両編成となり、1977(昭和52)年に冷房化され、1986(昭和61)年に東武顔のまま車体修繕されているし。

この編成には友人(よしちゃん)の好きな富士重工業製の車両も含まれていることが分かります。

このイベントでは、日比谷線直通用の5ドア車である20050系(20000系50番台)の21852Fとの並びで撮影することが出来ました。

東京メトロ13000系の13105Fは、6月1日に営業運転入りしていたけど、70000系のほうは6月中に営業運転入りする予定と言われているので、何時になるのか気になります。

このように、3月26日の南栗橋でのイベントで8111Fを撮影することが出来て良かったです。

4月29日の都電 9002号車による東京さくらトラムのヘッドマーク付き電車

629fef2e.jpg
399d7905.jpg
82420250.jpg
こちらは、4月29日に友人のよしちゃんが都電荒川線(東京さくらトラム)の早稲田電停で撮影した、9000形の9002号車(青色のレトロ電車)で、前日の4月28日に、東京さくらトラムという愛称名が付けられたことの記念によるヘッドマークが取り付けられていました。

このヘッドマークは、東京さくらトラムの愛称名と共に、沿線に咲き誇る桜がイメージされており、都電のマスコットキャラクターである「とあらん」も描かれています。

この日(4月29日)は昭和の日だったので、日旗も取り付けられていました。

これを撮影した後に、早稲田から三ノ輪橋まで7001号車で移動したけど、友人(よしちゃん)にとって7001号車の最後の乗車となってしまったし。

このように、都電荒川線の早稲田電停で、東京さくらトラムのヘッドマーク付き電車を撮影することが出来て良かったです。

昨日の西武・電車フェスタ2017in武蔵丘車両検修場

c11aec72.jpg
c2c55f79.jpg
9064d33a.jpg
fda199ae.jpg
75168bb9.jpg
2b93705e.jpg
1fa6ab95.jpg
63ebb627.jpg
4fad77fa.jpg
6f54becb.jpg
今朝、友人の山さんからメールが届きました。


この前の京急ファミリー鉄道フェスタ2017に続いて、埼玉県日高市にある西武鉄道武蔵丘車両検修場にて昨日西武・電車フェスタ2017が行われました。

先ずは、所沢である程度撮影し(途中つけ紐が老化してデジカメを落としてしまうアクシデントがありましたが幸いデジカメは無事でした。)その後8:56発快急飯能行(折り返し西武電車フェスタ会場武蔵丘車両検修場行で直通)に乗車してどうにか会場に到着して車両よりも山さんはスギテツと立川真司氏のライヴショー中心で展示されていたS−TRAINこと40000系は撮影出来ずじまいに終わりましたが、このリベンジは再来月の南入曽車両基地電車夏まつりで晴らす予定で検討してます。しかしながらその後は鉄道ゆるキャラ撮影会に臨み、しかもママ鐵ますみんこと豊岡真澄氏もステージに立ってました。


その後は、最後の画像で6000系のお帰り電車で飯能より所沢・本川越経由で川越市〜鶴瀬で帰宅しました。

しかも西武の武蔵丘と南入曽では入出場時にPASMO等の交通系ICカードが利用可能な為に京急ファミリー鉄道フェスタとは大きな違いがあります。

行きは、本川越から武蔵丘車両検修場西武電フェス会場迄はPASMOで、帰りは会場から本川越迄はモバイルSuicaでそれぞれ利用しました。


やはり、西武の3大イベントのうちの武蔵丘・南入曽は交通系ICカードが利用出来るので非常に便利です。(尚11月初旬に行われる横瀬車両基地イベントは駅が近い為論外ですが。)

その上、本川越駅も西口が出来て川越市駅からの徒歩も5分弱で行ける位便利になりました。

これで、夏の南入曽ももし行ければ利便性が向上します。(8月の場合昨年は第3土曜日で東京総合車両センター夏休みフェアとのダブルブッキングは回避しましたが今年はどうなるかは不明です。)


また、秋には今年は隔年に一度の東京モーターショーも行われるので鉄道イベントは縮小することも考えてます。

京急600形601Fによる快特三崎口行き

bbebe574.jpg
4b759f97.jpg
eb62fbdb.jpg
5月28日は、友人のよしちゃんが京急ファミリー鉄道フェスタ2017に行く前に、品川から京急久里浜まで、600形の601Fによる快特三崎口行きに乗りました。

こちらは、京成線の青砥駅を10時27分に発車し、京成押上線、都営浅草線、京急線を経由して三崎口へと向かう列車(土休日81SH運用、品川 11時07分発)で、青砥から泉岳寺まで普通列車、泉岳寺から三崎口まで快特となっています。

押上駅では、都営5300形によるエアポート快特(京成高砂発羽田空港国内線ターミナル(羽田空港)行き)に接続していたけど、京成高砂から泉岳寺までエアポート快特(地下鉄での通過駅あり)、泉岳寺から羽田空港国内線ターミナルまで快特(京急蒲田駅にも停車)であるし。

その後の品川11時09分発の普通浦賀行きは、神奈川新町駅で車両交換(乗り換え)が行われています。

600形は、1994(平成6)年から1996(平成8)年までの間に8連8編成、4連6編成の88両が製造され、1994年3月29日のデビュー当時は、オールクロスシートで、混雑時に通路側の座席を収納出来るツイングルシートがあったことで話題になっていました。

601Fは、1994年に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造された編成であり、川崎重工業製の602Fも同時に製造されていました。

当初は、2000形に交じって品川〜京急久里浜間のA快特に使われたほか、都営浅草線乗り入れ運用にも使われていたことにより、オールクロスシートの車両が地下鉄に乗り入れたという前代未聞の出来事となっていました。

翌年の1995(平成7)年には、603〜607Fが導入され、これらの編成が導入された後の7月には、視認性向上により、ワイパーカバーの塗装がグレー系から白色となり、従来車と揃えられていました。

こちらは視認性向上だけでなく、赤色に白帯でないと京急らしくないという指摘もあったし。

1996(平成8)年には、608F(東急車輛製)が導入されたけど、インバータ装置の変更、4M4T化、ツイングルシートの廃止によるクロスシートの固定化等、パンタグラフのシングルアーム式への変更(3,7号車に集約)による仕様変更が行われているので、600形の8連で唯一異彩を放っており、同じ1996年に6編成24両製造された650番台の4両付属編成も、608Fに準じた仕様となっています。

601〜607Fは、6M2Tで、インバータ装置が1990(平成2)年から1993(平成5)年に掛けて製造された1500形のVVVF新造車(1700番台)に準じているし。

このモーター音は、京成電鉄3700形などでも聴けるけど、昨年2月まで活躍していた京成AE100形(2代目スカイライナー→シティライナー)もこうなっていました。

600形に転機が訪れたのは、1998(平成10)年11月18日の京急空港線の羽田空港(現、羽田空港国内線ターミナル)への延長開業の時であり、羽田空港と成田空港の間を京成本線経由で結んでいた列車にも使われるようになっていました。

こちらは間合い運用で京成上野まで乗り入れ、京成上野〜京成高砂間の普通列車や、京成上野〜成田空港間のエアポート特急(当時)にも使われていたことを覚えています。

都営の5300形も京成上野まで乗り入れいたこともあったし。

こちらは2002(平成14)年10月12日をもって、快速に格下げされる形で廃止され、京成本線の京成上野〜青砥間から京急や都営の車両の撤退したことにより、再び京成車しか走らない区間となっています。

このように、羽田空港〜成田空港間の直通列車が一旦廃止されていた理由は、両空港間の直通利用が少ないことや、京成上野発着の特急との差別化を図れなかったことのほか、京成本線経由で時間が掛かっていたからでもありました。

1998年11月には、602Fが開業記念の花電車となっていたし。

2005(平成17)年3月からは、オールクロスシートが混雑時に対応しきれなくなった為に、ブルースカイトレインに変更された606Fを皮切りに車端部を除いてロングシート化されていました。

これにより、地下鉄に乗り入れる料金不要のオールクロスシート車が全滅していたし。

このことは、1997(平成9)年3月にラッシュ時に対応したセミクロスシートの特急用車としてデビューした京阪電気鉄道の9000系(京急600形と同様のコンセプトだった)が、新塗装化と共にオールロングシート化されていたので、京急600形に似た車両と言えます。

京阪9000形と言えば、5編成のうちの4編成が7両編成化され、捻出された中間車の一部が同じく7両化された7200系の中間車の一部と共に10000系に編入され、交野線と宇治線のワンマン列車に使われていた10000系のうちの10001Fと10002Fに組み込まれて7両化されていたし。

2009(平成21)年からはこの601Fを皮切りに車体更新が行われ、前面のワイパーカバーに600のスリッドの入ったタイプとなり、2100形や新1000形と同様に600形三姉妹がアピールされるようになっていました。

こちらの更新工事は、2014(平成26)年の655Fを最後に完了していたけど、ブルースカイトレインの606Fに関しては、ブルースカイ塗装のまま更新されていました。

2010(平成22)年7月17日に成田スカイアクセス線(京成成田空港線)の開業により、アクセス特急が新設され、羽田空港と成田空港を結ぶ列車が本格的に復活していました。

京成は新3050形(3000形50番台)が、京急は600形または1000形の1121F以降が使われるようになり、600形の成田空港乗り入れも復活していたし。

1995年4月1日の品川〜横浜間の快特からスタートした京急車による120Km/h運転は、アクセス特急にも生かされるようになったのであります。

アクセス特急の登場により、京成本線の京成高砂以東の運用が途絶えていたけど、一昨年12月5日の改正で、平日に限り京急車による京成佐倉までの運用2往復の快速(うち1往復は西馬込発着)で復活していたのであります。

こちらは平日の81H運用が該当しているけど、アクセス特急と同様に600形または1000形の1121F以降が使われているし。

京急久里浜〜三崎口間は、1996年7月20日に10分間隔に増発されるまでの間は、都営線直通の特急による20分間隔となっていました。
1996年7月から1998年11月までの間は、平日の日中に普通三崎口行きが運転され、800形も乗り入れていたこともあったけど、1998年11月18日に快特にシフトされて廃止されています。

このことで、800形も三崎口に乗り入れていたこともあったんだな!と思いました。

600形の行先及び種別表示は、登場当時はローマ字なしの黒幕表示(初期の頃は久里浜などの省略表示だった)→白幕のローマ字入り表示→前面のみフルカラーLEDと変化しているけど、正面スタイルも前述のワイパーカバーを含めて変化していることが分かります。

北久里浜駅を発車した後にイベント会場が見えてきたけど、撮影会の並びはTwitterによるツイートで調べることが出来ました。

601号車と言えば、逗子市の神武寺駅付近にある逗子池子第一運動公園で静態保存されている2代目600形(初代700形)の旧601号車を思い出します。

こちらは整備や再塗装され、定期的に清掃活動が行われているし。

京急ファミリー鉄道フェスタに行く時に乗った京急列車は、一昨年は、606F(当時カンタスのラッピング電車として使われていたブルースカイトレイン)、昨年は1000形の1105F、今年は601Fでした。

昨日は6月1日ということでこの601Fを話題にすることが出来て良かったです。

京急ファミリー鉄道フェスタ2017での旧1000形1351F(静態保存車)

5140e55a.jpg
8de8ff63.jpg
dc842a1b.jpg
続いては、5月28日に、京急久里浜駅付近にある京急ファインテック久里浜事業所で行われた、京急ファミリー鉄道フェスタ2017で展示されていた、京浜急行電鉄(京急)の旧1000形の静態保存車である1351+1356号車の2両編成で、今回のイベントでは、塗装直しの上で、撮影会用として展示されていました。

1351号車側では、快特三崎口の表示で展示されていたけど、事前応募制により当選ハガキがないと参加(撮影)出来なかったので、反対側の1356号車側(方向幕なし)で撮影したのであります。

1351+1356号車が展示されていたホームは、かつて臨時電車用として使われていたホームであり、会場が遮断されていたことにより、お帰り臨時電車のホームが移設され、短い編成の電車の展示が行われるようになったのであります。

京急旧1000形は、1958(昭和33)年から1978(昭和53)年までの20年間に、356両が製造されていたので、東武鉄道の8000系が、1963(昭和38)年から1983(昭和58)年までの20年間に改良を重ねながら製造されていたことと同様の記録でありました。

1958年製の4両は、旧800形として試作された車両であり、翌年の1959(昭和34)年には、旧1000形として量産化されていました。

旧800形が旧1000形に編入されたのは、1965(昭和40)年のことであり、1095〜1098号車が該当していたし。

旧800形から編入された4両と、1959年から1960(昭和35)年までに導入された初期の48両(初代1001Fから1045Fまで)は、非貫通の2枚窓の湘南型(京急顔)で導入されていたのであります。

1961(昭和36)年に導入された1049Fからは、地下鉄乗り入れに対応した貫通型となり、1969(昭和44)年から1973(昭和48)年に旧800形を含めた非貫通編成が貫通化されていました。

京急顔の電車が全廃となったのは、1986(昭和61)年8月の500形のことであり、同じ1986年には400形や旧600形(同じ京急顔で初代快特用車)も全廃されていたし。

京急500形は、4ドア車で、京急最後の吊り掛けモーターの旅客車両として有名でありました。

1351+1356号車は、1971(昭和46)年から1978年まで製造された旧1000形の後期型(1251F以降と2代目1079+1080号車、当初冷房車だった)のうちの2両で、1977(昭和52)年に東急車輛製造(現、総合車両製作所横浜事業所)で製造されていました。

当初は6両編成であったけど、後に4連化された1357Fから捻出された1359+1360号車が組み込まれて8両化、その後に6両に戻され、晩年は4両編成として京急大師線を中心に活躍していました。

最後を迎えた2010(平成22)年6月27日に金沢文庫→三浦海岸→京急久里浜間で運転されたありがとう1000形記念列車では、2両化された1351Fに、6両編成だった1345Fが連結された8両編成で運転されていたけど、金沢文庫→三浦海岸間は快特、三浦海岸→京急久里浜間は特急で運転されていました。

当時は金沢文庫→三浦海岸間で1345F側、三浦海岸→京急久里浜間で1351F側に乗っていたことを覚えています。

京急大師線では、同じ惜別ヘッドマークが取り付けられていた1305Fが運転されていたので、その後に撮影したのであります。

京急旧1000形が2010年6月に最後を迎えていた理由は、同年7月17日に開業した成田スカイアクセス線(京成成田空港線)のアクセス特急の新設に伴い、それに間に合わせるように、アクセス特急に対応した新1000形(銀千)が導入されたからであります。

旧1000形の都営地下鉄1号線→浅草線への乗り入れは、1968(昭和43)年6月21日から2008(平成20)年の8連の全滅まで行われていたけど、1968年の乗り入れ当初は、6両編成で、押上までとなっていました。

1978年には京急車による8両編成の乗り入れが開始されていたけど、現在は全て8両編成となっています。

1989(平成元)年には1500形が地下鉄乗り入れに進出し、2001(平成13)年9月15日の改正で日中の都営線直通の快特が120Km/h運転となってからは激減していました。

旧1000形も京成線や北総線に乗り入れていたこともあったし。

1351+1356号車は、2010年6月の定期運用終了後も救援車両であったクト1形の牽引用として残されていたけど、クト1形の廃車により用途を失った為に、翌年の2011(平成23)年3月29日に廃車となり、保存前提により、京急ファインテック久里浜事業所の片隅(車両の解体場所である無架線地帯)に置かれていました。

その間は、600形の更新で不要となった座席が置かれていたし。

こちらのほうは、800形や2000形と一緒に解体されるのではないかと不安だったけど、再塗装された上で今年の京急ファミリー鉄道フェスタで展示されていたことで嬉しく思っています。

昨年5月29日に行われていた前回の京急ファミリー鉄道フェスタ2016では、ローソン前から撮影出来る場所に置かれていたし。

5月21日まで埼玉県川口市にある川口市立科学館(SKIPシティ内)で静態保存され、京急に返還されたデハ230形のデハ236号車は、1978年まで活躍していた吊り掛けモーター車であり、末期にはいつ解体されてもおかしくないほどボロボロになっていました。

それが、総合車両製作所横浜事業所の手によって修復、再塗装されて、再来年(2019年)の秋に横浜みなとみらい地区に移転されてくる京急の新本社ビルで保存、展示されることは素晴らしいことだと思っています。

京急ファミリー鉄道フェスタ2017では、記念式典が行われ、川口市から京急電鉄への引き渡しの瞬間が披露されていました。

友人(よしちゃん)は、川口市でのデハ236号車を見れずじまいとなってしまったけど、新宿区西落合(都営大江戸線の落合南長崎駅付近)にあるホビーセンターカトー(KATO)東京店(KATOブランドの鉄道模型メーカーである関水金属の本社)で静態保存されているデハ230形のデハ268号車があるから充分だと思っています。

こちらは状態が良く、2014(平成26)年2月の関水金属の本社改築に伴うホビーセンターカトー東京店のリニューアルオープンと共に再塗装されていたし。

京急ファミリー鉄道フェスタ2017に、ホビーセンターカトーのブースがあり、ここでデハ268号車の実車塗料版キットが発売されていたのは、このことの縁もあります。

1351号車と1356号車は、新1000形の1349Fと1355Fに受け継がれたけど、既に除籍され、静態保存車として扱われているので、番号重複の問題は生じていないです。

このように、友人のよしちゃんとワシは京急旧1000形の1351+1356号車を撮影することが出来て良かったです。

京急ファミリー鉄道フェスタ2017での800形823Fによる新町表示

92891ade.jpg
094ae867.jpg
a1680b47.jpg
続いては、5月28日に、京急久里浜駅付近にある京急ファインテック久里浜事業所で行われた、京急ファミリー鉄道フェスタ2017で展示されていた800形の823F(復刻ツートンカラー)で、前面の行先表示がイベント限定で旧幕に戻されていました。

こちらでは、10時15分、11時15分、13時15分、14時15分からの30分間で正面方向幕実演が行われ、蒲田、川崎、新町、文庫、八景、逗子、久里浜と言った省略表示を見ることも出来ました。

今回その合間に、神奈川新町ならぬ新町の表示を撮影出来たのであります。

800形は、現在普通列車専用であり、急行には使われていないので、急行表示により、昔の姿も再現されていたし。

京急の急行は、2010(平成22)年5月16日の改正で全てエアポート急行となっているので、エアポートでない急行は見ることが出来なくなっています。

新町ということで、JR高崎線の新町駅(群馬県高崎市)を思い出すけど、神奈川新町駅は、1915(大正4)年8月21日に前身の京浜電気鉄道によって開業した当時は、実際に新町駅となっていたのであります。

新町の由来は、神奈川宿新町であるし。

新町駅が神奈川新町駅となったのは、1927(昭和2)年4月のことであり、あれから約70年間行先表示が新町表示のままとなっていました。

神奈川新町駅のある場所は、横浜市神奈川区亀住町であり、浦島伝説の亀が由来となっています。

隣には浦島町や浦島丘もあり、慶運寺には、浦島伝説(浦島太郎)に関する石碑もあります。

神奈川新町は、神奈川宿歴史の道の終点でもあるので、歴史散策の拠点ともなっているし。

神奈川新町駅構内には、新町検車区があることで有名であり、京急の運転士さんや車掌さんの教習や研修が行われている運転車両部運転課育成センターも併設されています。

こちらは、JR東日本の鎌倉車両センター(横クラ)の東神奈川派出所に隣接されており、こちらでは、横浜線のE233系のほか、京浜東北線のE233系(さいたま車両センター(宮サイ)所属)も留置されています。

前身である東神奈川電車区(かつて南ヒナと表記されていた)は、昨年3月25日をもって、相模原運輸区(横浜線)と横浜運輸区(京浜東北線)に分割されて廃止され、単なる留置線と化しています。

今回のイベントでは、友人のよしちゃんは823Fと2011Fの並びを撮影出来なかったのが残念だったけど、新町行きの表示の823Fを屋内で良い感じに撮影することが出来て良かったです。

東京駅日本橋口にて

ce7cdbdc.jpg先程、北区の友人が乗った中央ライナーは東京駅日本橋口到着しました。
本日、最後に撮影した写真はJRバス関東所属の中央道昼特急(三菱ふそうエアロキング)です。

京急ファミリー鉄道フェスタ2017の撮影会展示車両

87c0aa35.jpg
f7d1d76b.jpg
f4e1bf26.jpg
一昨日(5月28日)は、友人のよしちゃんもまたワシ同様に京急久里浜駅付近にある京急ファインテック久里浜事業所で行われた、毎年恒例の京浜急行電鉄(京急)のイベントである京急ファミリー鉄道フェスタ2017に行ってきました。

撮影コーナーで展示された車両は、黄色に赤帯の事業用車であるデチ15・16形、2100形の2117F、600形の606F(ブルースカイトレイン)、新1000形の1057F(イエローハッピートレイン)、2000形の2011F(復刻ツートンカラー)、1500形の1517F、新1000形1800番台の1801F、800形の826Fで、左半分は、定番となった赤、青、黄色の並びとなっていました。

今回も、側面を撮影出来るように、通路側に1057Fと2011Fが入っていたし。

表示は、2117Fが、71A、ウィング号三崎口行き、606Fが、17C、特急品川行き、1057Fが、71SH、快特三崎口行き、2011Fが、17D、エアポート急行羽田空港行き、1517Fが、17D、快特新逗子行き、1801Fが、71、普通京急蒲田行き、826Fが、17、普通京急久里浜行きと、2017年に因んだ17または71への拘りがありました。

1057Fは、検査出場により、銀色のドアの西武風の塗装から黄色一色とかつての黄色い国電みたいな塗装に変わっていました。

2000形は、新バージョンの1000形の8連の導入により3編成だけとなっているので、今年度中には全廃となることが予想されています。

話題になった800形の復刻ツートンカラーである823Fは、屋内の別の場所で展示されていました。

この撮影会の会場は、一昨日のような晴天時に逆光に悩まされることが多いので、デジカメを使って良い感じに撮影することが出来ました。

このように、今年も京急ファミリー鉄道フェスタに行くことが出来て良かったです。


やはり、こちらは2000形と800形の新旧塗装車の並びを本当に実現してもらいたかったと思います。

中央ライナー

12820c02.jpg先程、北区の友人からメールが届きまして、中央ライナーは神坂(みさか)パーキングエリアに到着して10分間の休憩になり、その合間にJRバス関東所属の中央ライナー(エアロキング)を撮影した画像です。

名古屋駅前バスターミナルにて

d738e94d.jpg
73d69d7c.jpg
その後、北区の友人は新大阪駅からのぞみ310号で名古屋迄移動し、名古屋から中央ライナーに乗車して東京に戻ります。


バスターミナルにて撮影したJR東海バス所属の新東名スーパーライナー(エアロキング)、超特急大阪駅行(日野セレガ)の画像です。

阪急京都線南方駅にて

50423b42.jpg続いては、今朝早く北区の友人が阪急京都線南方駅にて撮影した画像です。
快速梅田行きは早朝に3本設定されていますが、河原町始発は1本のみで残りの2本は長岡天神始発です。今日は、3本共9300系でした。この車両は、梅田に到着後快速急行河原町行となります。

阪急京都線南方駅にて

af3a537f.jpg
dbcfb228.jpg
ec7bea48.jpg
続いて、昨日の夕方に北区の友人が阪急京都線南方駅にて撮影した画像です。
通勤特急、快速急行、快速河原町行は夕方以降に運転されますけど撮影出来るのは、5月〜9月の明るい時間帯に限られます。

大阪市営地下鉄御堂筋線

8caac683.jpg
7476a3ea.jpg
昨日の夕方と今朝早く、北区の友人が地下鉄御堂筋線西中島南方駅にて撮影した画像です。

阪神住吉駅にて

5dd54e97.jpg
eb43068c.jpg
ab384dcc.jpg
70b71a84.jpg
続いては、北区の友人は電鉄月見山駅での撮影を終えた後に、阪神住吉駅に移動して阪神電車を撮影しました。


なお、昨年鉄道友の会のブルーリボン賞を受賞した阪神5700形のエンブレム姿の画像を見た時は印象的に残りました。

電鉄月見山駅にて

473cb691.jpg
383edb2e.jpg
056c3662.jpg
5a83014f.jpg
その後、北区の友人は三宮バスターミナルに到着後、三宮駅近くで昼食を取り阪神神戸三宮駅から山陽電鉄月見山駅へ移動して山陽電鉄の車両と阪神電車を撮影しました。

山手線のE235系量産車(トウ03編成)に初乗車

4a594bfa.jpg
0a190c83.jpg
872e1dff.jpg
5月26日は、友人のよしちゃんが渋谷から新宿まで、JR山手線の新型車両であるE235系のトウ03編成(クハE235-3F)に乗りました。

こちらは、5月1日に総合車両製作所新津事業所(越後石山)から大崎まで配給輸送された量産車の2本目であり、この日の11G運用(外回り)で営業運転が開始されたばかりでした。

一昨日(5月27日)は、トウ02編成が07G、トウ03編成が05Gと、いずれも外回りの運用に入っていたし。

こちらの10号車には、トウ503編成(先に運用離脱された編成)から転用されたサハE235-4603号車が連結されています。

今後はトウ04編成が営業運転入りする予定であり、こちらには、10号車のサハが完全新造車であるサハE235-501号車が連結されることになるし。

このように、E235系の量産車であるトウ03編成に初めて乗ることが出来て良かったです。

名神高速バス

58a250ed.jpg先程、北区の友人からメールが届きました。

只今、名神高速バスにて神戸に向かっています。今、乗車しているバスは名鉄バスターミナルからJR名古屋駅前に寄り名古屋都市高速道路、名神高速道路、阪神高速道路を経由して神戸三宮に向かいます。本来なら名古屋→草津ジャンクションは名古屋都市高速、東名阪自動車道、新名神高速道路を走行します。しかし、現象東名阪自動車道の集中工事の関係で名神高速道路経由何処なりました。黒丸パーキングエリアリンクにて撮影した三菱ふそうエアロクイーンの写真を送信します。
Archives
楽天市場
TagCloud
記事検索
カテゴリ別アーカイブ
記事検索
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ