【世にも不思議であるが,「明治天皇の妻」が実は「その彼の母」に当たるはずの「皇太后」と呼ばれてきた,まことに奇怪な「夫婦間の呼称」のこと】

 
 ① 明治神宮の祭神-簡単な解説-

 1)明治神宮の創建事情
 明治神宮は,東京都渋谷区にある神社であり,明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする。初詣では例年日本一の参拝者数を誇る。正式な表記は「宮」の「呂」の中間の線が入らない「明治神〇」である。
天皇御璽画像 補注)明治以来,皇室には「天皇御璽」(右側画像はその印画である)という巨大な角印が準備され使用されてきた。こちらは,「皇」の字画のなかに余計なひとつ(一線)が記入されていたが,明治神宮の場合,宮の真ん中の字画をわざと落としていた。その意味はなにか? きっとなにか意味させたい隠喩があるのである。

 1912〔明治45〕年に明治天皇が死去,当時,立憲君主国家として初めて君主の葬儀となった。明治天皇の遺骸は京都の伏見桃山陵に葬られたが,東京に神宮を建設したいとの運動が東京市民から起きた。

 そこで,実業家渋沢栄一や東京市長阪谷芳郎といった有力者による有志委員会が組織され,代々木御料地に神宮を建設する建設案が立てられた。有志委員会は大日本帝国政府の実力者との折衝を重ねるとともに,所属議員によって国会に神宮建設の建議をおこない,両院で可決された。

 神宮建設の機運の高まりを受け,1913〔大正2〕年,政府は閣議によって原敬内務大臣を長とする神社奉祀調査会を設置し,1914〔大正3〕年に『皇后であった昭憲皇太后』が死去すると,大正天皇の裁可を受けて,1915〔大正4〕年5月1日,官幣大社明治神宮を創建することが,内務省告示で発表された。
   明治天皇夫妻画像
 造営には全国から11,129人もの国民が労力奉仕に自発的に参加した。鎮座祭は1920〔大正9〕年)11月1日におこなわれ,翌3日には大正天皇の名代として皇太子裕仁(のちの昭和天皇)が参列した]。javascript:void(0)初代宮司は公爵一条実輝であった。
 註記)以上,初めの段落以外はウィキペディアを参照した。なお,本ブログ内の関連する記述はつぎにあった。
  ※「2016年01月05日」※

 主題「明治神宮は『人工的な造園』によって創られた,かつての『生き神様』のための神社」

  副題1「天皇のためでなければ自然を守れない国の象徴:実例が明治神宮」
  副題2「計画的に造成・造営した『森:杜』なのだから,不思議でもなんでもない明治神宮のすばらしいこの森・杜」
  副題3「いい意味での反『反面教師』,それも自然・環境を守るために都合のよい判断材料にはなる明治神宮」
  副題4「明治天皇の〈霊〉-英霊?-を祀っているこの神宮『以外』の日本全体における『自然・環境』は,どういう〈実態の歴史〉であったのか」
 註記)リンク ⇒ http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1049164935.html
 さて,明治神宮の祭神である「明治天皇と昭憲皇太后」について避けがたい “ひとつの疑問” を提示してみる。

 「明治天皇」は嘉永(かえい)5年9月22日(1852年11月3日)生まれ,神話的に造形された初代の神武天皇から数えて「日本国(この呼び方は古代にまでさかのぼらせては通用しないが)の122代目の天皇」に相当する。明治天皇(睦仁)は,前代の孝明天皇の次男として生まれたが,そのころはといえば,江戸時代から明治時代へと移っていく動乱の世であった。

 さらに,明治神宮のもう1名の祭神である「昭憲皇太后」とは『明治天皇の妻』だと説明されている。この昭憲皇太后は,江戸時代の「嘉永2年4月17日(1849年5月9日)」生まれで,もとの名前を「一条美子(いちじょう・はるこ)」といった。一条家は,藤原家のゆかりのお家柄とされ,いわゆる公家(公卿)であった。

 ところで,この明治神宮に参拝すると,どのようなご利益がえられるかといえば,以下のものである。このご利益は “ごく一般的な神社のもの” となんら変わりない。だが,この明治神宮が正月の三が日に迎える参拝者数は日本一である。2018年の正月,明治神宮の三が日の初詣客は約317万人だと公表されていた。
     家内安全     身体安全
     厄祓い      合格祈願
     社運隆昌     商売繁昌
 以上の,明治神宮に関連する説明を参照したあるブログは,「ぜひ,明治神宮の深々とした歴史に触れ,歴史をしってから参拝すれば,普通に訪れる参拝とは一味も二味も違った,思い出深い参拝ができるのではないでしょうか?」と,他者に語りかけていた。
 
 だが,明治神宮じたいが造営され発足してから “まだ98年しか” 経っていないにもかかわらず,この神社を指して形容された「深々した歴史」だとしたら,多少でも日本の神社全般に関して知識がある人だったら「オイオイ,大仰ないい方はやめよ」といいたくもなる。

 2)日本神道史における位置づけ
 前段に,この明治神宮の「鎮座祭は1920〔大正9〕年)11月1日におこなわれ」たという説明もあった。日本の神社のはじまりは,どのあたりにあったのか。東京都神社庁(東京都庁とは無関係の組織)は「神社の始まりは何ですか」との設問を用意し,つぎのように説明していた。
 神さまをお祀(まつ)りする所は古代からありました。しかし,最初から現在のような社殿があったわけではありません。古代,大本や巨岩あるいは山などは,神さまが降りられる場所,鎮座(ちんざ)される場所と考えられていました。そして,それらの周辺は神聖なる場所とされました。

 やがて,そこには臨時の祭場を設けるようになり,さらに風雨をしのぐためといった理由などから,建物が設けられていきました。そして,中国の寺院建築などの影響も受けながら,今日のような神社の形態になったのです。
 さらに「上古の神社はどんな形をしていたのですか」との設問には,こう答え居ていた。
 いい伝えの域を出ませんが,『古事記』『日本書紀』によれば,神武(じんむ)天皇の東征後,数代の天皇は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の神鏡を皇居の中に祀(まつ)っていました。つまり,皇居が神宮であったことになります。そして,第十代崇神(すじん)天皇朝に初めて天照大御神を大和の笠縫邑(かさぬいむら)に祀り,皇居と神宮を分離させました。

 さらに,『古事記』では同朝期に「天神地祇(てんしんちぎ)の社を定め奉る」と記されていて,そのことから天神を祀る天社(あまつやしろ)と国神を祀る国社(くにつやしろ)が定められたことがわかります。

 神社の原形は,神さまが降臨すると考えられた木や岩の所に仮設された建築物と考えられますが,時代の進展とともにしだいに「やしろ」「みや」などと呼ばれる常設の社殿が造られました。

 もちろん,それには集団組織が必要であり,力のある豪族などが自分たちの氏神(うじがみ)を祀るために造ったと考えられます.もっとも力のあった天皇の社として,神宮が最初期に社殿を整えたのは当然のことといえるでしょう。
 註記)東京都神社庁『神社を知る』2017年12月30日 21:21:09 更新,http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/qa/jinja_shinto_rekishi/
 すなわち,日本における神道という宗教に関して,神社という建築物をどのように理解するかという関心から観ても,明治神宮はそれこそ〈最新式の神社〉に属すると位置づけても,なんらおかしいことはない。そのところを考慮するとき,この明治神宮に向ける含意として「深々した歴史」といった修辞をするのは,度が過ぎたものいいである。

 つぎの ② に引用するのは,本日〔10月21日〕の『朝日新聞』朝刊の記事に登場し,語っていた保阪正康の「昭憲皇太后」に関する言及である。

 なお「ほさか・まさや」は1939年生まれ,同志社大卒,ノンフィクション作家。昭和史研究の功績で2004年に菊池寛賞を受賞,著書に『皇后四代-明治から平成まで-』(中央公論新社〔中公新書ラクレ〕,2002年)など多数がある。
         
 ②「〈平成と天皇〉皇后を語る:中  素顔で交流,国民と絆 保阪正康さん」(『朝日新聞』2018年10月21日朝刊30面「社会」)

『朝日新聞』2018年10月21日朝刊30面保阪正康記事 明治以降の歴代皇后は天皇をうしろから支え,積極的に目立つことを控えた。一方,美智子さまは天皇陛下から一歩引く姿勢をみせつつ,発信や姿をみせることを通し,国民に存在感を示してきた。これは,歴代皇后像のなかで大きな変革を起こしたといえる。

 訪問した先々で1人ひとりと丁寧に言葉を交わし,ときには子どもらを抱きしめる。そんな美智子さまの姿は,歴代皇后にはみられなかった行動だ。威厳がどうかと疑問を呈する声もあるかもしれないが,国民と皇室とのあいだに絆を作ろうと努めた結果だろう。民間から天皇家に初めて入った美智子さまは,国民と天皇家の距離を近づける歴史的役割を果たしたともいえる。
 補注1)ここで駆使されている話法に対してはあえて評言するが,「歴代皇后」との比較をした “皇后美智子に対する評価” はむずかしい点を残している。いつの時代の,どの皇后たちと比較しつつ,このような議論をし,なにを主張するのか,その基準がきわめて不明解である。

 ここでのように,皇后美智子が「国民と天皇家の距離を近づける歴史的役割を果たした」という場合,その相手が「国民」であれば,明治時代から以降の話題と同次元に乗せて進められる対象にはなりにくい。それならばそれでよい。ノンフィクション作家である保阪正康であるゆえ,このような指摘がなにを意味するかは瞬時に把握してもらえると思う。

 とすれば,ともかく皇后の美智子に比較できるのは,その先代の皇后3人しかいない。そのうちの最初の1人が,明治天皇睦仁の妻(なぜか昭憲皇太后と称せられてきている),いいかえれば「明治天皇の皇后(妻)」の「旧名・一条美子(いちじょう・はるこ)であった。

 以下,くだくだしくであっても分かりやすくするために,こういっておく。現在の平成天皇は2019年3月31日に退位する日程が組まれており,皇太子の徳仁が4月1日に新天皇に即位すると同時に,その日に新しい元号を施行する予定である。それ以降,現在の天皇の妻美智子は,従来の呼称にしたがえば「皇后ではなく皇太后」に変わる。

 ところが,明治天皇夫妻を祭神とする明治神宮は,この天皇「睦仁の妻」のことを「昭憲皇太后」だと呼んできた。この呼称は奇怪である。明治天皇の “妻が妻ではなくて” ,ごくふつうに表現すると,彼の「生みの母」だという関係になってしまう。これを奇怪だと感じない人がいたら,この人の神経がそれ以上に奇怪というかキテレツ……。


 補注2)途中での補注による議論が長くなっているが,さらにつぎのような論及も紹介しておきたい。
 明治神宮の祭神は「明治天皇」と「昭憲皇太后」である。それぞれ,睦仁とその正妻の美子氏(睦仁氏にはほかに側室が数名あり)の死後におくられた追号だ。

 しかし,なぜ後者の追号が「皇太后」なのか? なお「大正天皇」嘉仁氏の妻節子氏の追号は「貞明皇后」,「昭和天皇」裕仁氏の妻良子氏の追号は「香淳皇后」である。

 祭神名として「昭憲皇太后」を採用している明治神宮のHPによれば,1914年に美子氏が死去したさいに,当時の宮内大臣が彼女の追号を誤って「皇太后」として上奏し,それがそのまま天皇に裁可されてしまった,とのこと。
 註記)http://www.meijijingu.or.jp/qa/gosai/12.html ここで出てきた「天皇」とはもちろん大正天皇のことである。「彼女の追号を誤って「皇太后」として上奏し……」という文句は,とうてい信じがたい説明である。 
 「皇族身位令」(1910年)によれば,「皇太后」よりも「皇后」の方が位が上である。そこで明治神宮奉賛会は,「昭憲皇太后」を「昭憲皇后」とあらためるよう宮内大臣宛てに建議したものの,すでに天皇の裁可のあったものは変えられないとの理由から,追号・祭神名の変更は許されなかった。

 さらに戦後の1963年と1967年に,明治神宮崇敬会は再度宮内庁に「皇太后」から「皇后」への追号変更の懇願を出したものの,却下されたという経緯を,明治神宮自身がHP上で説明している。

 そもそも元号名を天皇の追号とするようになったのは,「一世一元」制が採用された明治以降のことであった。「天皇」号じたいは7世紀末ごろに成立したとみる説が有力で(その前は「大王(おおきみ)」号),漢風諡号(持統天皇,文武天皇,桓武天皇など)が死後に贈られるようになった。

 平安朝になると諡号は廃れてゆき,皇居や譲位後の居所,陵地などの地名(嵯峨,醍醐など)が「追号」として用いられ,10世紀半ばからは「天皇」号じたいが廃れて,死去した(元)ミカドには「院号」が追号された(冷泉院,一条院,後白河院など)。

 長らく途絶えていた「天皇」号が復活するのは,江戸時代後期の1840年に死去した元ミカドに「光格天皇」という漢風諡号が贈られてからのことだ。

 「明治天皇」以降は諡号ではなく,一世一元の制にもとづき元号がそのまま死後に追号されている。なお,約900年間「~院」と追号されていた歴代のミカドたちの歴史的呼称が「~天皇」にすべてあらためられるのは,1925年に政府がそのように決定してからのことにすぎない(藤田覚『幕末の天皇』講談社,1994年)。
 註記)「明治神宮の『祭神』をめぐる雑感-皇族の呼称・追号 [日本・近代史]」『長春だより』,https://datyz.blog.so-net.ne.jp/2014-04-27

 〔ここで記事に戻る ↓ 〕
 一方で,美智子さまは皇室の伝統や文化を大切にしてきた皇后の役割をしっかりと引きついだ。美智子さまが名誉総裁を務める日本赤十字社との縁は,明治天皇の皇后だった昭憲皇太后の時代に始まった。昭憲皇太后が養蚕業を励ますために始めた養蚕も美智子さまが大切に継承してきた。
 補注)ここで保阪正康は「明治天皇の妻=昭憲皇太后」と語っているけれども,ここまでに明確に指摘したとおりであるが,保阪はその呼称の「おかしさ:矛盾」に関連して触れることがない(もっとも,この記事のなかでは触れようもないが)。多分,そのような問題にもどこか別の場所でもいいから,的確に言及しておく必要があるといわねばならない。しかし,保阪は「あえてそのように〈昭憲皇太后〉」と,この「明治天皇の配偶者であった女性」を呼んでいる。

 保阪は本当に,この昭憲皇太后の呼び名に疑問をもっていないのか。推測するに彼は, “その程度のこと” は疾うの昔からいわれなくとも知悉している。それでもいままでどおりに,まったくそしらぬ振りをしてきながら「明治天皇の妻」⇒「昭憲皇太后」と受けとって,問題を語ってきた。

 ところで,安倍晋三政権に対しては,覚悟を決めたかのようにして保阪正康は,つぎのような書物を公表していた。
 ※-1 保阪正康『安倍首相の「歴史観」を問う』講談社,2015年7月。

 ※-2 保阪正康『日本人の「戦争観」を問う-昭和史からの遺言-』
                      山川出版社,2016年12月。
 保阪正康がこれと同じだとみなせる水準・次元にまで,天皇・天皇制の問題そのものを掘り下げていく討議を,同時併行的におこなってきたかと問えば,この答えのほうは芳しくない。

 天皇関連の議論になると,なぜか1歩も2歩も引けているというか,その核心の論点に肉薄していくような息吹(意欲とまではいえないそれ)が,全然伝わってこない。保阪正康は,穏健な保守の立場というか,あるいは中道的に良識ある知識人であるものの,天皇問題に対する考究の基本姿勢は不徹底であるか,どこかで腰が引けている。

 〔記事に戻る→〕 皇太子妃時代から天皇陛下と各地のハンセン病元患者と対面してきたが,ハンセン病救済に努めたのは大正天皇の皇后・貞明皇后が先駆けだった。お子さまたちに他人の母乳を与える「乳人(めのと)制度」を廃止し,3人のお子さま方を手もとで育てたのも,4人の皇子とのだんらんを大切にした貞明皇后の姿勢を模範にしたのではないか。

 私は数度,天皇,皇后両陛下に御所に招かれたことがある。天皇陛下が語られたのち,美智子さまがその話に補足や追加説明をするなど,同じお考えを共有されていると思う場面があった。「象徴天皇像」を築き上げるにあたり,美智子さまの存在は欠かせないということを感じさせられた。両陛下は即位後,全都道府県を2巡し,集まった国民に笑顔で手を振ってきた。平成は皇后の素顔が国民に示される時代だった。(聞き手・緒方雄大)(引用終わり)

 いうなれば,平成天皇(夫婦)はこの天皇の代なりに,自分たち努力を最大限に絞り出しながら,「敗戦後に与えられた日本国憲法」という舞台の上で一生懸命の演技に務めてきた。

 昭和天皇は明治帝政:大日本帝国の大元帥であったゆえ,敗戦を契機にしたその後における「象徴天皇としての役割」は非常にぎこちなくこなすほかなかったのに比べて,平成天皇は新しく創造できる局面が与えられていた。しかし,昭和天皇の息子として「過去の時代のあれこれ」を重荷として背負わされてもいた。
 大元帥閣下の御観閲(戦前画像)
  出所)https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d152614508
          (画面 クリックで 拡大・可)

 しかし,息子の代はあくまで,「平和憲法」として出立させられた日本国憲法のなかの天皇である立場を,こんどは自分なりにどう演出していくか,そして国民たちの期待や欲求に順応しつつ,「自分たちが描いた皇室の理想像」を実現するために必死の努力を傾注してきた。この点は「皇室の生き残り戦略」と称したらよいような「明仁天皇夫婦の意思」として具体的に表現されてきた。

 明治維新を画期として,古代史のなかから天皇・天皇制を再生・復興させたつもりの大日本帝国であった。しかし,なにゆえ「明治天皇の妻」を「昭憲皇太后」と呼ばせる明治神宮が存在するのか? 近代史のなかから誕生したこの神社の祭神をめぐっては「明治天皇すり替え説」が,どうしても否定しきれないでいる事情・背景もさもありなんであった。
 補注)前段の記述中には「皇后」のほうが「皇太后」よりも格上だとの言及があった。明治天皇の妻を “最終的にも” 皇太后にとどめておくべき「なんらかの必然する理由(いうにいえない事情)」があったからこそ,次段で述べるような明治天皇夫妻にかかわる怪奇な物語が「世間における話題」として,いつまでも消えずに伝えられつづけてきた。

 ただし,ここではこの最後の話題にはあえて触れない。本ブログ内ではなんどかとりあげたことのある論題であった。「社会科学者の随想  明治天皇すり替え説」で検索すれば,関連する記述がいくつか出てくることを断わっておき,今日の記述は終わりにしたい。
  補注)ここでは,関連する「ほかのブログの記述」をひとつだけ紹介しておく。⇒ 「『明治天皇すり替え説』を追う」『しばやんの日々』2012.07.01,http://shibayan1954.blog101.fc2.com/blog-entry-255.html

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 【総合職だとか一般職だといった,女性への差別を実質維持するための人事・労務制度】

 【女性医師でさえ差別し,排除したがる関連業界の観念が集約的に表現された一例が,大学医学部入試において女子受験生を差別してきた「裏判定」基準】


 
 ①「〈大学進学の機会 男女で平等?:4〉 学歴より性別で雇用格差 山口一男さん」(『朝日新聞』2018年10月20日朝刊7面「総合」)

 1)「〈Dear Girls〉米シカゴ大教授(社会統計学)・山口一男さん(72歳)」

 ◆ 4年制大学の進学率に関する経済協力開発機構(OECD)の調査(2016年)では,34カ国のうち女性が男性を下回るのは日本とトルコだけです。

  「雇用と性別役割分業の意識が影響しています。日本型雇用慣行は,終身雇用と年功賃金という『保障』と,不規則な残業といった『拘束』の交換です。その結果,家事育児を多く負担する女性たちは,雇用の枠組から排除されやすい。補助的にしか稼げないなら家事育児を担え,という悪循環です。そのため教育投資は男性にしたほうが『合理的』と考えられやすい。ただそれは,既存の制度やその結果を前提とした『特殊的合理性』に過ぎません」。

 2) 賃金差解消せず

 ◆ 日本で男女の大学進学率が同じになれば,雇用格差も縮小しますか。

  「そうとは限りません。私の統計分析では専門職を2種類に分けました。教育,保育,看護などヒューマンサービス系の『タイプ2型専門職』と,会計士,技術者,医師など比較的社会経済的地位の高い『タイプ1型専門職』。日本はタイプ2型に女性が多い」。

  「1995~2005年の変化をもとに男女の学歴が同等になった場合をシミュレーションしました。女性の大卒率が増すと,タイプ1型と経営・管理職の女性割合はほとんど増えない一方,多くの女性がタイプ2型に流入するとわかりました。男女の職業分離も大きくなり賃金格差解消にもブレーキがかかります」。

 ◆ なぜですか。

 「タイプ1型や経営・管理職には,男性を優先し,女性の採用を回避する傾向がある。さらに学歴,年齢,勤続年数が男女で同じでも,管理職割合の男女格差の2割しか解消しないこともわかりました。性別による影響が,学歴の影響を大きく上回るのです」。

 3)努力する気奪う

 ◆ 東京医大の入試をめぐり,女性を不利にするのは「仕方がない」という声もありました。

  「女性医師による患者の治癒率が高いというデータや,医療過誤のクレームが男性医師より少ないというデータが米国にあります。育児離職や長時間労働の可能性といった尺度で評価するのは専門性を度外視しておりおかしい。むしろ医師は離職率や労働時間の男女差が他の職種より小さく,労働環境を見直すことで性別にかかわらず活躍できるようになる。患者にとっても合理的です」。

 ◆ 女性差別はいまの日本では「合理的」とされることさえあります。

  「人口の半分である女性の潜在的能力を生かせない社会が合理的なはずがありません。差別されていると認識すると,生産性を上げようと努力する気持も奪われ,離職にもつながる。『予言の自己成就』です」。

  「逆に『性別にかかわりなく社員の能力発揮を推進する』という人事方針をもつ日本企業では,方針をもたない企業に比べて,大卒女性が増えると生産性と競争力が高まるのが特徴です」。(聞き手・高橋末菜)(引用終わり)

 ② 男女差別を当然視する日本の産業社会で悩まされる女性の立場
     「『一般職か総合職か』という選択は女性だけのものなのか,
       なぜ女性だけが新卒の就活から『結婚や育児』のことを考え,
       『総合職か一般職か』の選択を迫られなければならないのだろう」
          (BLOG『HUFFPOST』2017年10月02日 18時02分 JST,
                       更新 2018年03月05日 11時20分 JST)

  〔2017年〕10月2日は内定式。多くの学生が就活を乗り越え,来年から新社会人として働くことになる。私も昨〔2016〕年から今〔2017〕年まで就活に向きあっていた。今回,就活の中で一番悩まされたことについて書いてみようと思う。

 1)悩まされた「選択」
 私が就活で一番悩んだのは,「一般職にするか,総合職にするか」だった。はじめは,記者職をめざしマスコミ業界を受けていた。総合職的な働き方しかない業界でもあったため,総合職と一般職の違いを考えず就職活動をしていた。しかし,マスコミ業界はことごとく落ちてしまった。そこから,第二志望であった金融業界にシフトしたのだが,ここで一般職と総合職のどちらを受けるべきか悩み始めた。
 補注)この悩みは男性社員にはないのか? これが女性社員だけが悩めばいいとされる選択肢なのだとしたら,これこそが「男女共同参画社会」という政府のかかげる標語には,真っ向から反する実態である。

 ごく単純に考えてみると,男女を問わず「総合職か一般職か」を選択できる路線があっていいはずである。というよりは「総合職と一般職」の区分が,あたかも「男性社員と女性社員」の区分そのものであり,基本においては重なっているかのような〈人事・労務思想〉として,隠然と構えているところに問題の源泉があった。

    ※「男性社員」=当然に総合職に就く社員群,その対象

    ※「女性社員」=自然に一般職に就く社員群,その対象

 女性社員を男性社員並みにあつかうことにしたいが,いろいろ女性側の事情も配慮し(?),「総合職」と同時に「一般職」(昔の大企業であれば,ほとんどの女性社員が「こちら風の職務・資格に〈本籍〉を置く」慣習であった)も選択肢に与えるとはいっても,もとより完全に,女性社員を平等にかつ同一に処遇しようとする経営方針のそれではない。

 現在では,正規社員以外に各種の非正規社員が存在するがゆえ,総合職と一般職の選択ができる女性社員のほうが恵まれているといえなくもないが,これはきわめて低次元のさもしい発想でしかない。

 〔記事に戻る→〕 全国的な異動はないが,給与や大きな昇進の可能性が低い「一般職」。反対に,給与が高く,高い管理職へ昇進の可能性も大きいが,全国転勤の可能性がある「総合職」。最近では,より総合職と一般職の中間でもある「エリア総合職」など多様な職種が存在するが,選択肢が増え悩むことには変わりない。

 私がこの選択で迷った理由は,地方から東京に出た学生だからである。就職しても実家に戻るつもりはなく,Uターン就職はしないと決めていた。「それなら総合職か」と思ったが,総合職を選べば転勤もある。仕事中心になって,結婚や出産などをうまくこなせるのだろうか。
 補注)転勤の問題も,いかにも「日本的経営」式の現実問題である。若い夫婦がいて,もしも子どももいたら小学生になったとき,この子どもを置いて母親が地方(どこかほかの都市・地方)に転勤できるかという問題があった。だから “女性社員は・・・” という理屈である。しかし,職住接近の実現など,とくに大都市圏ではほとんど不可能であるこの日本では,以上のごとき〈問題意識〉すらまるで「邪道の考え」であるかのように排除されがちである。

 自宅から通える転勤ならまだ分かるが,はじめから地方に飛ばされるような転勤の辞令を,前段で例に挙げてみた「若夫婦のどちらか」に出した場合,夫なら単身赴任・妻なら退職という対応もありうる。だが,こうした旧態依然の人事・労務方針が日本企業の生産性向上に障害要因となっている事実を,企業経営側はまだよく認識できていない。

 だから,女性社員は一般職で就業させ,そのかわり賃金は低く,しかし転勤はないとかなんとかいった,男性であれ女性であれ労働力(戦力)を最高度に有効活用するために必要な「従業員側の労働意欲(モラール〔morale〕:士気)高揚策」を,当初から配慮できないまま逆に,抑圧させる管理政策しか採れないでいる。やっている施策が,出発点より “うしろむき” なのであって,女性社員には彼女からの「もてる能力・実力の最大限発揮」を期待していないかのような基本姿勢がうかがえる。

 〔記事に戻る→〕 かといって,エリア総合職や一般職を選んだら,総合職に比べ給与は低い。実家暮らしではないから生活するのはキツイかもしれない。
 補注1)「一般職を選んだら,総合職に比べ給与は低い。実家暮らしではないから生活するのはキツイ」というのが,一般職に対する現実の処遇であるならば,一般職などといった資格で従業員を雇用することは止めにしたほうが好ましい。

 労働者・サラリーマン諸氏の能力発揮,その最大限の貢献を期待したのであれば,初めから労働意欲をそぐような人事・労務制度そのもの(いまの話題では「一般職=低賃金」そのものという枠組)が,基本的に欠陥のある賃金制度だとみなすほかない。それも「女性差別の観点」を隠微に合理化するための便法として制度化されている。

 補注2)本ブログ筆者のしっている実例。--「オリックスでは,『KeepMixed』という考えのもと,国籍・年齢・性別・職歴を問わず,社員それぞれの能力や専門性が最大限に生かせる会社をめざし」,「とくに,女性の活躍推進には早期からとり組んでおり,現在では社員の約4割が女性,ワーキングマザーの割合も女性社員の約3割を占めてい」ると説明されている。
 註記)「働き方」『オリックス株式会社』,https://www.orix.co.jp/recruit/style/faq.html

 そこ(約4割)まで女性社員の比率が増えれば,オリックスのような人事・労務政策を採用しないことには,かえって「会社全体の業務が円滑にはまわらない」。まさしく「急がばまわれ」であって,人類・人間の半分を占める女性の活用を怠る企業経営に「未来はない」。

 とりわけ,人口が減少しだし,高齢社会がますます進行している日本社会の事情である。女性を労働力として大いに利用しないで,今後に向ける会社の活動がうまく運営していき,業績を上げることができるわけがない。もう一度いう,「急がばまわれ」であった。

 従来,日本の企業はそのあたりの「急ぎ方」を間違えていた。女性社員は「一般職」でいい,それでやって(使って)いけばいいという人事・労務体制を,しかも慣行的に定着させる最高執行経営者の思考方式が変えられない会社は,あまりにも時代遅れである。いったい,どこへ向かって急げばいいのか,まだよく理解できていないのである。

 〔記事に戻る ↓〕
 2)説明会にいくとますます揺らいだ。
 ずっと選択に迷っていたため,とにかく企業説明会に応募し女性社員の働き方を聞いてみた。企業によっては,女子大生限定の説明会にも参加した。

 説明会でなぜ,一般職(または総合職)にしたか話を聞いてみると,

  「実家から通うために」
  「子どもができても働けそうだったから」
  「キャリアを積みたい」

とさまざまな声があった。同時に,家庭と仕事の両立について聞いてみると,

  「家庭と両立させるのはキツイ」
  「やめたいと思うことのほうが多い」

と,一般職の社員からも総合職の社員からも,前向きな答えはあまり聞こえなかった。

 3)結果,面接でも悩む。
 悩みに悩んだあげく,総合職とエリア総合職,一般職を併願して受けることにした。当然,面接では併願する理由を問われる。エリア総合職や一般職の面接を受けると,

  「留学してきて学生時代がんばっているのに,もったいない」
  「女性活躍の時代だから,総合職にしないの?」といわれ,総合職を受けると,
  「総合職は全国転勤だよ。結婚や出産はどう考えているの?」

と聞かれた。私は「絶対,両立させます。キャリアも○○することで目標を実現させます」みたいなことをずっといっていた。

 就職するうえでの覚悟を問われているし,「面接なのだから」と割り切っていた。しかし,

  「仕事上,結婚も出産も育児も厄介事なのか」,
  「女性である私を雇うのは,嫌なのか」?

 はてには「男に生まれたら,ここまで考える必要もなかったかもしれない」と悩まされた。
 補注)以上,もっともな理のある疑問である。ここでは,昨日における本ブログが口にした文句を再度,書いておきたい。「男も女もオンナから生まれる」と。このオンナだけになぜ,仕事・職業(就業)のことがらになると,ことさらのように負担を強いられ,圧力がくわえられ,総合職か一般職かなどと選択を迫るのか。つぎの記述がこの問題点に触れている。

 4)「一般職か総合職か」という選択は女性だけのものなのか
 就職活動を通し,私は,仕事上でやりたいことをみつける以上に,仕事と家庭の両立ができる仕事に就けるかについて考えていた。そのなかで,地方から出て東京で暮らす私にとって,「一般職と総合職」の選択は「働き方を選べる」というより悩みの種でしかなかった。

 〔もっとも〕「一般職か総合職か」,その選択に悩む人もいれば悩まない人もいる。職種の選択はその人しだいだし,よいか悪いかなんて働いてみなければわからない。

 5)〔そもそも〕男女雇用機会の均等のために生まれたのが「一般職」であった。
 「労働時間」や「女性の活躍」が問題になり,日本人の働き方が見直されているが,「総合職=男性が就く」,「一般職やエリア総合職=女性が就く」というイメージはいまだに根強いと思う。

 厚生労働省のホームページでは,一方の性の労働者のみを一定のコース等に分ける募集や採用や配置を禁止している。女性が働くのが当たりまえな時代のいま,なぜ女性だけが新卒の就活から「結婚や育児」のことを考え,「総合職か一般職か」の選択を迫られなければならないのだろう。(引用終わり)

 こうした疑問が女性側から発せられていくかぎり,日本の企業社会においては女性差別が継続していると観察するほかない。先進国であるはずの日本が女性労働者の問題なると,幅広い分野・領域でいまもなお平然と女性を区別し差別する実態を,なかば許しつづけている。

 前段で触れてみた会社,オリックスに勤務しているある女性(筆者の姻戚関係者)がいる。「結婚⇒出産⇒育児」の過程を経ていまでは,子どもたち:「双子の男女児」は小学生にまでなっているが,正規社員として勤務してきた彼女夫婦たちの「人生の過程(ライフ・サイクル)」は,非常な苦労・負担の連続である。

 昔みたく,女性社員が「《壽》退職」をしてから専業主婦になり,子どもを産んで子育てする仕事だけでも,もちろん大変である。それくわえて,正規社員として労働していく女性たちの人生行路は,本当に「人生の激務」道に対面している。

 しかし,いまの日本の労働経済における実情は,猫の手でも犬の足でもできたら動員したいほどに「必要な労働力」に不足し,不自由している。現有の女性労働者集団を企業社会から “わざわざ漏れ出させる” ように絞り出してしまう人事・労務政策は〈愚の骨頂〉である。

 ③ 女性差別のある意味では影で最先端をいっていた大学医学部の実例

 『日本経済新聞』の本日,2018年10月20日朝刊6面「総合5」の記事であったが,「〈このNEWS〉医学部入試,得点操作明るみに 人気背景,不明朗な選抜」という見出しをつけた解説があった。以下に引用する前に,① で識者から指摘されていたつぎの点,つまり
 「女性医師による患者の治癒率が高いというデータや,医療過誤のクレームが男性医師より少ないというデータが米国にあり」,「育児離職や長時間労働の可能性といった尺度で評価するのは専門性を度外視しておりおかしい」のであって,

 「むしろ医師は離職率や労働時間の男女差が他の職種より小さく,労働環境を見直すことで性別にかかわらず活躍できるようになる」ことは「患者にとっても合理的で」あるといわれていた点に留意する必要がある。
とふうに指摘されていた海外における女性医師に関する評価」を踏まえて,この記事を引用してみたい。

 〔記事の引用→〕 複数の大学の医学部入試で,公平性が疑われる事例が明るみに出た。女子受験生や浪人生を不利に扱う一方,OBの子供を優先して合格させるといった点数操作がおこなわれていた。

 いずれも募集要項などで明らかにされておらず,受験生が納得できる説明もない。医学部人気が高いことを背景として,大学側が医師確保・身内優先というみずからの都合を通す「内向き志向」を強めているとの指摘がある。
『日本経済新聞』2018年10月16日朝刊昭和大学画像
 
 不正入試が明るみに出たきっかけは,文部科学省の局長級幹部2人が逮捕された同省私立大支援事業に絡む汚職事件だ。同省幹部が東京医科大に便宜を図る見返りに息子を合格させてもらった疑いがある。

 事件の構図が明らかになる過程で,女子や浪人生を不利に扱っていた実態も判明。前理事長の臼井正彦被告(77歳)=贈賄罪で在宅起訴= らは調査委員会の聞き取りに対し,「同窓生の子供を多く合格させたかった」と述べた。調査委の報告書は「寄付金を多く集めたいという思いがあったと思われる」と指摘。付属病院などで出産,育児で離職や短時間勤務になりやすい女性医師を増やしたくない意向が働いたとみられる。
 補注1)女性医師が結婚してから(していなくともかまうまい),妊娠可能である時期にいったい何人の子どもを産み,育てていくからといって,このように「女性医師を増やしたくない意向が働いた」と判断すべきか? よく分かりにくい問題の要因が残っている。それでなくても,高度な専門職として1人前になるまで養成する期間・経費が,長く・高くかかる職業が医師である。当然,結婚し,出産する時期も遅くなる必然性も高くなる。

 補注2)「一般的にも日本の女性の初産はほぼ30歳」である。「内閣府 平成29年版少子化社会対策白書」は「晩婚化,晩産化の進行」について,こう説明している。
 平均初婚年齢は,長期的にみると夫,妻ともに上昇を続け,晩婚化が進行している。2015年で,夫が31.1歳,妻が29.4歳となっており,30年前(1985年)と比較すると,夫は2.9歳,妻は3.9歳上昇している。前年(2014年)との比較では,男女とも横ばいとなっている。
  平均初婚年齢と出生順位別母の平均年齢の年次推移

 また,出生時の母親の平均年齢を出生順位別にみると,2015年においては,第1子が30.7歳,第2子が32.5歳,第3子が33.5歳と上昇傾向が続いており,30年前(1985年)と比較すると第1子では4.0歳,第2子では3.4歳,第3子では2.1歳それぞれ上昇している。(第1-1-9図)
 出所・註記)http://www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2017/29webhonpen/html/b1_s1-1-2.html
 女性医師の一群:社会集団において,この晩産化に関する統計資料があるかどうかはしらない。おそらく,以上の数値よりももっと遅くなっていると推測していい。まさかであっても「女性医師は結婚するな,しても子どもは生むな」とまでいわれたとしたら,高度専門職である女性の医師にとってみれば,女性である立場で果たすことになる「出産⇒育児」が,自分の経歴(キャリア)にとって妨害を意味する要因になるのだ,という「理解:断定」を強要されたも同然である。だが,こんな理不尽なことはない。

 結局,「オンナにしかできない人間再生産の任務」を大事に尊重(尊敬)できない「日本の女性医師を囲む職業環境は最悪」である。ましてや「大学医学部の入試段階」から数十年先までにおける,当人たち(女性個人)の人生過程にとっての「不当な因果」を含意させたごとき「医学部入試にしこまれた〈差別・排除の理屈〉」は,完全に不当・無体な教育思想を背後に隠しもっている。

 〔記事に戻る→〕 事態を重くみた同省は,医学部医学科を置く全国の81国公私立大の入試の調査を開始。2013~2018年度の6年度すべてで男子の合格率が女子を上回ったうえ,20歳を境に合格率が大きく落ちることも分かった。

 性別や年齢などによる加点といった操作を認めた大学はなかったが,その後の同省の訪問調査で,昭和大や順天堂大を含む複数の大学が性別や年齢で差をつけたり,特定の受験生を有利に扱ったりしていた疑いが浮上した。

 昭和大は〔10月〕15日に記者会見し,2013年以降の一般入試の2次試験で,現役と1浪の受験生を有利にする得点操作をしていたと発表。「現役生の方が医師国家試験に合格しやすく,医療に携わる人材として将来性があった」と説明した。大学OBの子供も優先して合格させていた。

 本来なら性別や年齢で一律に不利に扱い,OBの子供らを優先すれば,優秀な学生は集まらないはず。にもかかわらず女子や浪人生を避けるのは,医学部の人気の高さが背景にあるとみられる。

 同省の学校基本調査によると,全国の国公私立大の医学部医学科への入学者数は2018年度で8891人。志願倍率は16倍(志願者数14万2525人)で,私大に限ってみると31倍(同11万2957人)に達している。全学部平均の志願倍率は7.47倍(私立のみは8.36倍)。

 医師不足の解消に向け各大学の定員枠が広がったことや,大学が学費の値下げを進めていることが背景にあり,試験難度が高いにもかかわらず,医学部を志す受験生は高止まりしている。

 ある医学部受験専門予備校の指導者は「受験生が潤沢にいるので,大学のブランド価値にかかわる国家試験の合格率を保ってくれる現役生や,OBの子供を入学させる余裕があるのでは」と話す。離職する可能性があるとして,女子を避ける医学部も多いといい,NPO法人「医療ガバナンス研究所」(東京・港)の上 昌広理事長は「私大側は高い寄付金を支払ってくれる医師の子らを確保したいとの思いがある。男子や身内で固めれば付属病院でそのまま働いてくれる人も増える,という側面もあるのだろう」と指摘する。
『朝日新聞』2018年9月5日朝刊医学部問題 補注)つまり,個別単位の私立大学医学部における〈目先の利害〉だけが優先される事態が,裏舞台的に固定化されることによって,女性が医師となり社会に出ていく可能性を,その分だけ狭めているわけである。
 出所)右側画像は『朝日新聞』2018年9月5日朝刊から。

 ひるがえって,この事実を大所高所から観察すれば,日本社会全体の活力がせばめられ,強いてはより優秀な女性医師の輩出を妨害している。こういった結果を生む点に無頓着でいられる,とくに私立大学医学部の我利・私欲的な問題が浮き彫りにされているとも表現したらよいのである。

 〔記事に戻る→〕 同省は訪問調査の対象を全大学に拡大し,10月中に中間報告,年内に最終報告をする方針だ。適切な入試にするには,大学の選抜のあり方にとどめず,医師の働き方改革といった幅広い議論が必要だ。そのうえで各大学は受験生が公平であると納得し,かつ将来優れた医療者に育つ人材を選べる入試に向けて,みずから検証を進める必要がある。(引用終わり)

 文部科学省が高等教育体制を指導している立場,そこに据えられている「目」は, “節穴であったのか” と形容してもいいくらい,ひどく弛緩していた。とくに,文科省のその「監督の体制」は,私立大学医学部における女性差別(入試段階からのちは数十年先まで効いてくるその処遇)を見逃してきた。これからどうする・こうするといって基本から改善させたところで,その改善の効果が実際に出はじめるのは,早くとも10年先である。

 ④【 補  説 】
 「ノーベル物理学賞受賞の中村修二氏『日本は職位や性別,年齢で差別がある』『こんなにも悲惨な状況』」(『情報速報ドットコム』2018.10.20 06:00,https://johosokuhou.com/2018/10/20/9994/)
中村修二画像

 ノーベル物理学賞を受賞した中村修二(なかむら・しゅうじ)氏の過去記事が話題になっています。とくに注目が集まっているのは中村氏が日本社会に警鐘を鳴らしているコメントで,「いまだに日本は変わってない」というような意見がネット上で相次いでいました。

 インタビュー記事のなかで中村氏は,日本社会の現状について「日本は職位や性別,年齢,健康で差別がある。企業も採用試験で研究内容や専門性ではなく,部活動や趣味など,課外活動について尋ねる。研究者や技術者の人事選考で研究以外の経験で人物を選ぶ国だ。研究者や科学技術を尊重する社会ではない」と述べ,まるで共産主義者のような自由がない国だと指摘。
 
 過去にノーベル賞とあわせて米国の市民権をとったときも,日本側から「二重国籍は問題がある」として日本のパスポートが更新できなくなったと暴露しています。ドイツのような国だと逆に特例で二重国籍を認めたりしたことがあるだけに,このような対応からも日本は異常だと言及していました。

 そして,日本の若者に向けて「工学系をめざす若者はまず,日本から出ることだ。そして企業を経験することを薦める。ただ日本は半導体や家電,太陽電池など,どの産業も地盤沈下している。学術界も産業界も沈んでいく国に留まり,それでも支援を求めて国にすがりつく日本の大学研究者にどんな未来があると思うか。若者には自分の脚で立ち,生き抜く術を身につけてほしい」などとメッセージを投げかけています。(引用終わり)

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 【医学部進学と東大進学などを参考に考える「日本社会の女性」に対する教育面の差別観念】

 【教育費が満足にというよりは,まともに公的に支援されていない「先進国:日本」の,非常に貧弱な高等教育体制】



 ①「順大が第三者委設置 不適切入試,文科省指摘受け」(『朝日新聞』2018年10月19日朝刊35面「社会」)

 順天堂大(東京都)は〔10月〕18日,医学部入試をめぐって文部科学省から「不適切な疑いがある」と指摘を受けたとして,弁護士3人による第三者委員会(吉岡桂輔委員長)を設けて調査すると発表した。具体的な指摘内容は「個別事項は差し控える」としており,11月下旬以降に公表予定という。

 文科省は東京医科大の入試不正をきっかけに,全国81大学の医学部医学科を対象に調査を実施している。順天堂大は当初,調査に不正を否定したが,その後の訪問調査で指摘を受けたという。文科省が9月に公表した大学別の男女合格率によると,順天堂大は過去6年間の平均で男子が9.16%に対し女子が5.50%で,81大学のなかでもっとも差が大きかった。
 補注)以上のような,順天堂大学医学部における入学者の男女比率の異様なまでの格差現象についていえば,不正入学の発覚と同時に問題とされた東京医科大学,そして昭和大学医学部につづいて,私学医学部のなかでは「最高の地位群の1校」を占めるこの順大が,同様の問題に関して疑いがもたれ,とうとうこれに対して,正直に「回答」をせざるをえなくなった。

 私立医学部偏差値ランキングをいくつかのぞいてみると,たとえば,つぎのように出ている。上位に位置する5校まで挙げておく。大手予備校である「S校,K校,B校の偏差値」が並べられている資料(2019年度参考用である)を参照した。
   順位     大学・学部          S校  K校   B校   (平均)
  1 慶應義塾大学医学部   70  72.5   79  (73.8)
  2 東京慈恵会医科大学   68  70      77  (71.7)
  3 順天堂大学医学部    65  70    76  (70.3)
  4 自治医科大学      65  67.5   78  (70.2)
  5 大阪医科大学      65  70      75  (70  )
 〔記事に戻る→〕 柴山昌彦文科相は今〔10月〕12日の会見で,複数の大学で不適切な入試が疑われると明らかにし,自主的な公表を求めた。順天堂大は現段階で指摘内容を公表しない理由について,全国医学部長病院長会議が入試規範の検討を始めていることを挙げ,「新たな規範に沿って検証するためだ」としている。規範は11月中旬をめどに提示される予定。現在の学内の規範について順天堂大は「募集要項に書いてあることだけだ」と答えた。
 補注)この順大のいいぶんは遁辞である。「いままで〈不適切な入試〉」が女子受験者に対してなかったかと問われているのに,「これからの問題」と「これまでの入試における女性差別の問題」とを明確に区別しつつ説明することもなく,このように「全国医学部長病院長会議が入試規範の検討を始めていることを挙げ,『新たな規範に沿って検証するためだ』と」回答するのは,意図的な見当違いの応対であり,とりわけ論点ずらしもはなはだしい態度の応答である。
 

 要するに「それはそれ,これはこれであり」,しかも根本的にも完全に別々の問題であるのだが,すでに「過去の実績」として残されている「女子受験生差別の疑い」にはいっさい答えず,「今後の全国医学部長病院長会議が入試規範」のなりゆきに任せて,こちらがらみで回答をするかのような態度は,当面の責任逃れにしかならないる。だから遁辞だと批判した。

 昭和大学医学部の場合,女性受験者に対する差別的なあつかいについて,小出良平学長と小川良雄医学部長は「受験生に対して謝罪する」と頭を下げてはいたものの,会見の場でいわく「不正という認識はなかった」と繰り返し,弁明していた。この種の感覚:認識じたいが問題になっているにもかかわらず,なおもこのように申しわけができ,いいはることができる神経が尋常ではなかった。

 ところが,こんどの順天堂大学医学部の場合では,すでに東京医科大学や昭和大学医学部の事例が先行して,社会からのきびしい批判を受けてきた経緯を意識している事情もあってか,最初から韜晦作戦を展開しているつもりである。

 〔記事に戻る→〕 医学部入試をめぐっては東京医科大が女子や浪人回数の多い受験生を一律に不利に扱っていたことを認めているほか,昭和大が現役と1浪生に加点し,同窓生の親族を優先して合格させていたと公表している。(引用終わり)

 私立大学(国公立大学が今回の問題から完全に除外できるかどうかまだ不詳)が,受験生の対してそれこそ制度(入試政策)において差別の枠組を設定してきた事実は,政府のとなえる「男女共同参画社会」など,真っ向から全面的に否定する『価値観』をかたくなに秘めていたことを意味する。

 しかも,そうする私大医学部にかぎって,将来において女性は「結婚⇒出産⇒育児」の直接の当事者であるからという理由をもって(実際にはその前後の何十年もの期間にかかわる社会政策的な課題でもある事情に関して),女性の入学を不当に差別する入試政策を(当面だけ自学の利害にかかわる問題として),それも自学の医局に入ることを前提に考えて実行していた。

 つまり,問題が個別の私大医学部の利害という非常に狭隘な立場だけで考えられており,いうなれば「国家的な次元」=国民経済社会の「舞台の総景」を配慮に入れた全体的・公益的な判断基準とは無縁というか,さらにいえばそれに反する価値観に固執していた。

 すでに高齢少子社会真っ盛りであるこの国の現状である。女性の力も余すところなく最大限に活用しなければならない。だから「男女共同参画社会」の実現などといった政府の標語もかかげられていた。ところが,私大は医学部内だけに関した利害・立場で,それも短期的な視野で判断するとき,女性は「結婚⇒出産⇒育児」の当事者だから面倒だといっては,なにやかや差別するために排除してきた(もちろん入試段階でのそうした話であった)。

 男も女も『女から生まれること』を承知で,そのような女性差別観を合理化できるつもりかと,根本からきびしく問わねばならない。日本国の出生率はあいかわらず上昇せず,1.4台である。しかも,女性が医師になるまでは(男性でも同じだが),国公立大学のほうで計算すればいいが,莫大な教育予算を充てている(私大医学部の授業料が高いのはそのせいであるが)。

 そうして育成された医師を,女性だからといってなにかと敬遠しがちな特定の領域がある事実は(医学部入試や女性医師の活用の方法や方面に関してのこと),現状においてこの女性を活かす態勢がまともに整備されていない事実を超えて,医療体制の全体的なあり方にまでかかわらしめていえば,日本国じたいの便益(公益的な使命)に対して,非常に “大きな損失” を発生させている。

 つぎの記事に語られている話題は,女性たちが子どものころから両親に「女だからといって,〇〇〇でいい・ガマンしろ」といわれていて,人生の進路を事前に制限されるたぐいの問題が,21世紀のいまになってもまだ,父母側の意識のなかで完全に払拭できていない点に関するものである。現在でも,若い20代・30代の夫婦間で子どもを儲けているこの人たちのなかに,自分の子どもに関して「女の子は大学までいかなくてもいい」などと,考えている人が絶対にいないとはいえない。
 
 ②「〈大学進学の機会 男女で平等?:3〉地方の女子の現実,知って 四本裕子さん」(『朝日新聞』2018年10月19日朝刊7面「総合」)

 1)〈Dear Girls〉東大准教授(認知神経科学)・四本裕子さん(42歳)〔へのインタービュー記事〕

  ◆ 東京大が2017年度から設けた女子学生向け家賃補助制度。「女性優遇」との批判も出ました。
『朝日新聞』2018年10月19日朝刊7面「総合」東大
  「確かに,個人の男子受験生が『自分が補助を受けられないのは不平等』と感じるのは自然なことです。社会と個人の利益のバランスをどうとるかの議論は絶えません。ただ,今回は『男女の進学機会は平等』と思っている人とそうでない人で,意見が分かれたのだと思います」。

  「私が講演で地方の公立高校にいくと,女子生徒から『兄は東京の大学にいっている。だけど,自分は女の子だから家から通える大学にしなさいと親からいわれている』という話を,本当によく聞きます。しかし,東大生の多数派を占める男子学生はその現実をしらない。しらないからこそ『男女の進学機会に差はなく,平等だ。なのに女子だけずるい』と思ってしまう」。
 補注)現在は熊本県立大学となっているが,この大学の歴史をみると,こうなっていた。以上に関連する話題に触れて話題である。同大学のHPから「熊本県立大学の沿革」をのぞき,必要な項目を摘出しつつ話を進める。

 1947年4月に「熊本県立女子専門学校」を創立(熊本城内)ののち,1949年4月に「熊本女子大学開学」(学芸学部に文学科と生活学科)を開設していた。その間を一気に飛ばしていく。

 1994年4月に大学名称を熊本県立大学に変更するさい,「全学的に男女共学に移行」し,同時に「学部増設」をおこない,総合管理学部/総合管理学科を新たに設置した。現在は「文学部・環境共生学部・総合管理学部」(この上に各大学院も設置)の3学部からなる公立大学となっている。

 この熊本県立大学がまだ熊本女子大学であった時代に関して,こういう話題があった。本ブログ筆者が実際に当事者から聞いた話である。

 この大学には非常に優秀な学生(もちろん女子のこと)が大勢いるという話であった。すなわち,女性(女子)だということで,九大や京大,東大にまで受かりそうな高い水準:学力の学生であっても,親が地元に引き留めるかたちで,自宅から通えるこの大学に入学した(受験させ,もちろん合格して通学している)といういう事例に関する話であって,そのようにとても優秀な女子学生がけっこういるというのであった。

 以上の話は,前述に引用していた記事とのあいだで前後関係がぴったり合致している。ただし,家賃補助の問題となると多少異質の問題が入りこむことになるが,問題の根本には「女の子だから」「娘だから」「ともかくオンナは……   」といった次元のやりとりが控えていることに変わりはない。

 〔記事に戻る ↓  〕
 2)家賃補助に期待

  ◆ 家賃補助は効果があるでしょうか。

  「現状ではいい制度だと思います。海外の大学のように,少数派の人たちに優遇枠を設ける措置を日本でするのは,衝撃が大きいし,女性へのネガティブな反応を招くと思います。その点,家賃補助は入り口のハードルは男女で同じ高さのまま,そこをめざす人のモチベーションを高め,その後のサポートを手厚くできる。地方の学生や親への『東大は地方の女子学生を求めている』というメッセージにもなると思います」。

  ◆ 女子学生を増やすには,まだハードルが高そうです。

  「せめて受験する男女比が同じようになる教育をしていかないといけません。そのためには,小さなころから『男だから』『女だから』と意識づける教育はやめるべきです。生まれもった脳の機能や能力には,男女間で大きな差がないことは近年の研究でもわかってきています。それでも男女で進学時に差が出るのは,ジェンダーステレオタイプによって本来能力のある女性が抑圧されているからだと思います」。

 3)性差より個体

  ◆ 一方で,「男脳」「女脳」という言葉も聞きます。

  「そういう話は学術的にも誤りです。男女の平均値で差があっても,それ以上に同じ性別での個体差があります。たとえば学力試験で男子の方が女子より数学の平均点がいいからといって,数学が苦手な男子もいれば,得意な女子もいる。なのに性差ばかりを強調して,それぞれの個性を無視するのは危険です」。

  「(理系女子を指す)『リケジョ』という言葉が嫌いです。『理系はそもそも女性の学問ではないのに,君たちがんばっているね』という目線がみえる気がします」。

 ◆ 男女間の進学機会の差を埋めるには,どうしていけばよいでしょうか。

  「多くの人に『実は進学機会は不平等なんだ』と気づいてもらうことが大切だと思います。男女に限らず,学生の層が偏ることによって,失われる多様性はたくさんあります」。(聞き手・塩入 彩)(引用終わり)

 この最後に答えられていたことば,「男女に限らず,学生の層が偏ることによって,失われる多様性はたくさんあ」るという点は,この指摘どおりであって,確かに男女間の「性差」に限定されない問題がさらに,いくつも待ちかまえている。もっとも従来,男女間のこの「性差」を当てても,説明が合理的になしえない男女差別がまかり通っているのが,この国の “内情” であった。

 先日の2018年10月16日における本ブログが紹介していた「高等教育の私的収益」は(下掲の画像資料),OECDのなかで日本の女性だけが異様なまで低水準である事実を示していた。この問題に触れてみたい。
    『朝日新聞』2018年10月10日朝刊2面「総合」女と大学
 ③ 日本だけがなぜ突出して「高等教育の収益率」が悪いのか

 a)「高等教育の収益率」(一般社団法人『吉村やすのり 命(いのち)の環境研究所 女性と子どもの未来を考える』2017年3月16日,http://yoshimurayasunori.jp/blogs/高等教育の収益率/)は,『日本経済新聞』(2017年3月10日)の記事に掲載されていた「関連の図表」(下掲)を添えて,こういっていた。
 高等教育に関する個人にとっての収益率とは,大学進学でかかる追加的な私的費用に対して,賃金がどれくらい高卒より高くなるのかをみる指標です。一方,財政にとっての収益率とは,財政が負担する費用に対して,どれくらい税や保険料収入が増えるかの指標です。
       高等教育収益率は低い

 これらの収益率を経済協力開発機構(OECD)が各国の高等教育について計算した結果によれば,日本は,財政にとっての収益率が20%以上と群を抜いて高いのですが,個人にとっての収益率は加盟国中で最低水準です。

 このアンバランスを是正しないと,若者にとって高等教育が有利な投資機会ではなくなってしまいます。高等教育の投資効率を向上させるような改革が必要になります。
 いわく「日本は,財政にとっての収益率が20%以上と群を抜いて高い」「が,個人にとっての収益率は加盟国中で最低水準」だという1点に,この国における高等教育の問題性が集約して表現されている。

 ② までの議論は女性に対する不利を問題にする記述であったが,実は,それも含めたかたちでいうと問題の核心には,「日本の大学」の存在価値じたいが問われるほどに深刻な課題が示唆されている。
★ 日本の教育公的支出は最低 2015年のOECD調査 ★
= nikkei.com 2018/9/12 10:06 =          

 経済協力開発機構(OECD)は〔10月〕11日,小学校から大学までに相当する教育機関に対する公的支出状況などを調査した結果を公表した。2015年の加盟各国の国内総生産(GDP)に占める支出割合をみると,日本は2.9%となり,比較可能な34カ国中で前年につづきもっとも低かった。OECD平均は4.2%。

 一方で,日本の子どもにかかる学校関連の費用の総額は,小学校から大学までで1人当たり1万2120ドルとなり,各国平均の1万391ドルを上回った。教育費が比較的高いのに公的支出の割合は少ないことで,家庭負担に頼っている現状が浮かんだ。

 OECDの調査担当者は「とくに家庭負担が重い大学などの高等教育と幼児教育・保育については,公的支出を中長期的に増やしていくべきだ」と述べた。政府は2019年度以降,幼児教育や高等教育の一部無償化にとり組むことをすでに決めている。
 補注)この「2019年以降……」も安倍晋三政権の「やってる感」にしか過ぎない。そう断定しておく。

 公的支出の割合がもっとも高かったのはノルウェーの6.3%。フィンランド5.6%,アイスランド5.5%,ベルギー5.4%が続いた。

 調査は,日本の国公立大学などの授業料は海外に比べて高く,奨学金の利用者が卒業時に抱える負債を返済するのに最長で15年かかっていることも指摘し「加盟国のなかでもっとも重い」とした。

 3歳未満で正規の幼児教育や保育サービスを受ける子どもの割合は23%で,各国平均の31%を下回っていた。〔共同〕
 註記)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35255610S8A910C1000000/

 【参考図表】
      高等教育に対する教育支出の公私負担割合
    出所)http://kodomo-ouen.com/questionnaire/18.html
 ここではとりわけ,日本政府の公的教育に対する財政支出の,先進国としては異様なまでの低位が問題であった。大学授業料の高さや奨学金制度の不備・欠陥が,ここまでの議論に関する内容をさらに悪くみせる基本的な原因になっていた。

 b)  たとえば,「わが家の家計診断」(大和証券『SODATTE 子育てとお金の情報サイト』2017年5月25日,http://www.daiwa.jp/sodatte/article/s0087.html?cid=ad_net_ob_1801_sod)という記述は,

 それなりに夫(33歳)が正規社員であり,ふつうにみてもまずまず恵まれているサラリーマン家庭・世帯(この事例では奥さん:37歳は専業主婦で,子ども2人:4歳と1歳半の女児)であっても,この2人を子どもを大学まで進学させるには,かなり苦しい家計のやりくりを覚悟させられていく今後を説明している。

 解説者はフィナンシャル・プランナーの女性であるが,こうした問題のすぐうしろに控えている日本の教育制度にまつわる諸問題については,とりあげる必要などはなにもないかのごとく所与とみなされており,こちらにはいっさい疑問など示さない〈相談内容〉であった。

 その内容に関してはいちいち引用できないので,さらに上記の家庭・世帯における家計の具体的な数値にも触れられないので,ただ目次のみ紹介しておくが,これを聞いただけでも,いったいなにが問題になっているかは,だいたいでも把握できそうである。

 というのも,これは日本の多くの家庭・世帯がかかえている共通の問題であったからである。ただし,この水準にまで達せず問題外(これ以下)だという家庭・世帯もたくさんあるが,ここではひとまず脇に置いての話となる。

   ※-1 子ども2人の大学費用は,いまの貯蓄ペースで足りる? 貯蓄は普通預金だけ,子ども2人の塾代や大学費用はどのくらい必要?

   ※-2 このままでは赤字に…貯蓄方法を見直しましょう。
  アドバイス「家計全体では無駄使いは少ないですが,貯蓄の仕方が問題」

  アドバイス「いまのままでは二女の中学入学後に,家計は赤字に… 」
 
  アドバイス「高校までの教育費と,大学費用は分けて準備する」

  アドバイス「貯蓄は,当面のあいつぎの3つの方法で貯める(この具体
         策が大和証券の商売の種になっているわけであるが,これも引用しないでおく)。
 日本における生活で一番経費がかかるのは,まず住居費であり,つぎに子どもの教育費である。この2大経費のために,昨今における日本に住み暮らす済む人びとの(とくに大都市部)の生活費は,非常に高い水準になっている。生活保護の経費のなかには住居費が含まれているにもかかわらず,最低賃金の水準はその点を考慮外だといった具合になってもいる〈不思議の国:ジャポン〉の社会政策なのである。

 そこで,子どもを大学まで進学させるとなると高額な支出をさらに迫られることになる。どういうことかといえば,前掲の『日本経済新聞』の図表にも端的に表現されているとおり,まったく割りの合わないような「高等教育への高い金額の支出」を日本では強いられている事情が顕著に現出している。

 c)  話は飛躍するようだが,ここでは,もっと現実的に考えてみたい。

 日本の親たちは(だから)できれば,子どもに学力をつけて医学部に進学させたい,国立・公立の医学部が無理でもせめて私立の医学部でもいいいかせたいと思いたいのだが,しかし,後者の場合はふつうのサラリーマン家庭・世帯では裕福なところでなければ,医学部に合格できてもこの子どもでも進学させることはむずかしい。

 そのせいなのか,最近において不正入試が問題になっている私立大学医学部では,OBの子弟・子女を特別あつかいで入学させやすくする「裏操作」もおこなっていた。なるべくしてなった事情ともいえそうである。いずれにせよ,住むための家(住居空間)を入手するためと,こどもを大学に進学させるためとで,人生のほとんどを保護者(ひとまずここでは「両親」の存在)が,子どもの進学のために「ただ働き・生きている」ごとき「日本社会の現状」になっているともいえそうである。

 問題の焦点には,文教政策の貧困があり,教育費に対する国家予算の制約にあることは,いまとなってはあまりにも明確な事情である。とくに,安倍晋三政権になってからの国立大学の荒廃・衰退状況は,ノーベル賞授賞者が最近の日本では増えている割りに,いちじるしくめだつ傾向となっている。

 軍事予算(防衛費)のほうは盛んに予算をお手盛りしてきた安倍晋三政権であるが,文教予算(教育費)はケチるばかりであって,その証左(結果)は,前掲日経の図表にも如実に表現されている。「〈教育百年の大計〉でも亡国の首相」たるゆえんをみずから実証しつつある,この暗愚きわまる安倍晋三は,この日本を教育面からも破壊しつつ,滅亡への一途へと加速させている最中である。

 ④「余  話」-ただちには一般化はできないが,
              けっして観過できない昨今学生事情の一例-

 つぎに引用するのはけっして普遍的に受けとれない話題であるが,このごろは「超」のつく一流大学を卒業した若者からでも,このような事例が少しずつであるが発生している事実がみのがせない。こうなると,「日本における高等教育」が具体的には大赤字に追いこまれている家庭・世帯にとってみれば,いったいなんのための大学教育なのかという一大疑問が湧いてくる。
★ 大学出ても高卒と同じです ★
= YOMIURI ONLINE,2016年6月10日 13:11 =

 大学4年生の娘がいます。地方の旧帝大です。地元ではすごいね~といわれる大学です。でもいま就活で苦戦しています。学歴は申し分ないと思いますが,面接で落ちてます。予想どおりでした。わかるんです,親なので。勉強はできても,それ以外は,実に頼りないんです。

 アルバイトもしてましたが,簡単なウェイトレスの仕事もずいぶん店長に叱られていたようです。そんな娘がようやく1社だけ内定もらえました。地元の小さな会社です。ハッキリいって高卒でも入れる会社,仕事は販売です。給料も安いです。でもこれが世の中での現在の娘の実力だろうと思います。

 娘は「せっかく〇〇大卒なのに・・」と嘆いています。私も正直,残念です。同じような経験をされた方いませんか? 娘を励ます言葉,教えてください。
 註記)http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2016/0610/765493.htm
 この投書に対しては,現在「このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました」の状態(コメント締め切り)にされていたが,過去に寄せられた「レス数」が「130本」もあったと付記されていた。なんともいいがたい嘆きの質問が親から投じられていたわけでだが,基本点のひとつにはもともと,「親の躾」に問題があったともいえそうである。だが,これはあくまで推測話なので,さらなる問題はこの娘自身の努力加減にあったと解釈しておくほかない。

 ともかくも,当人いわく「せっかく〇〇大卒なのに・・」ということで,結局は「高等教育の収益率」は最悪(大きなマイナス)という始末にあいなっていた。というのも,高卒でも採用される就職先に,旧帝大卒の女子がそこで職をえたというのであれば,教育に投資した元がとれたのかどうか “たいそうあやしい” という結果になっていたからである。

 以上の事例はいまのところ,簡単にはすぐに普遍的に一般化はできない具体的な話題のひとつであった。けれども,もしもこうした旧帝大を卒業した娘をもった家庭・世帯が,③ で解説されてもいたような「子どもにかかる予定の教育費」を以前から「投資し,準備していた」のだとしたら,この卒業後の進路:結末はたいそう深刻な大赤字を意味する。

 こういったたぐいの〈議論の方向〉に向かい,低飛行をおこなわざるをえない「この国における高等教育問題」の実情は,それこそ滅相もない状況のなかに陥っている(墜落していた)といえなくもない。

 以上のごとき問題をかかえている日本の高等教育に関するあらたえめてのとり組む方法については,本ブログはなんどとか触れつつ一定の主張も提示してきた。だが,本日はあえて再度触れないでおく。前掲の日経図表にも明らかなように,日本における高等教育の問題は,基本的に国家政策の貧困性から発症しつづけている。

 現状においてみまわしてみると,その「高等教育の収益率」で採算のとれる大学進学先は,手っとり早くは医学部だということになる。しかし,国公立大学医学部への受験・合格は,どの医学部であっても超難関である。

 私立大学だと経済事情が許す家庭・世帯であれば,情実入学の配慮に応じられる場合もありえて(これは過去によくあった実例),なんとかずるい方法で滑りこむ手もあった。ところが,最近はその手は使えなくなっており,その代わりに女子受験生の差別や縁故主義(ネポティズム)の手法が,医学部入試の舞台裏で駆使されるようになっていた。

 つまり,最近は親族に卒業生(OB)がいる受験生やまた男子であれば,私大医学部によっては合格しやすくなる条件がえられ,このかたちで不正入試の現実態が作られていた。その疑いをもたれている私立の医学部は,まだ何校もある様子がうかがえる。

 これらの大学が今後においてどのように対応していくか見物である。なにせ,当事者が正直にいわく「これまでは不正をしていたという認識がなかった」(昭和大学医学部の場合)というのだから,噴飯モノでしかない。完全に社会を舐めた感覚・認識のまま,入試での不正が発覚していた。
 
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 【経世済民とは無縁の為政というよりは,その基本からしてなにも理解も準備も覚悟もできていなかった「黄嘴の政治家:安倍晋三」に日本の命運を任せてきたら,ご覧のとおりトンデモなこの国の現実になってきた】

 【消費税を10%に上げたところで,ヘタれた日本経済ゆえ,さらに「日本が沈没する速度」を早めるだけのこと】

         = 以前にかかげていた冒頭要約文の再掲 =

 【「幼稚で傲慢」「暗愚と無知」「欺瞞と粗暴」である総理大臣の粗忽さ・乱雑さ・未開さかげんは,そんなものであった段階は完結しており,いまではすでに万事が「枯渇の段階:荒涼たる時期」に移行している】

 【安倍晋三の幸福は国民たちの不幸,市民たちが不在である内政と外交】

   安倍晋三画像国難は私だ   安倍晋三こそ国難画像
 【この首相(日本国の大恥的な国難男)をみずから引きずり降ろせないでいる,自民党じたいの「矛盾し混迷する」政党としての体質】
        安倍が国難画像

 ①「本当に消費税10%に上げていいのか? 日本は重税の欧州よりも悲惨になる」(児島康孝稿『MONEY VOICE』2018年10月16日)

 安倍首相が消費税率を予定どおり来〔2019〕年10月に10%へ引き上げる方針を示した。低所得に苦しむ日本人は,さらに税率が高い欧州よりも厳しい状況になる(『ニューヨーク1本勝負,きょうのニュースはコレ!』児島康孝)。

  ※ 低所得者に逃げ場なし。欧州よりも
          日本人の生活が苦しくなるワケ ※

 イ)  日経平均「423円安」は日本要因
 安倍首相が本当にいっているのか。「消費税10%へ引き上げ」のニュースが流れている。日本経済がもちこたえられるとは思えない状況で,日経平均は423円安〔2018年10月15日の東京株式市場〕と大幅に下落した。

 日経平均が大幅に下落したことについて,大手メディアでは米国が為替条項(通貨安誘導の抑止)を求めていることが理由とされていた。しかし,この下落は,明らかに消費税の引き上げに対する反応である。

 日本経済は,国民の低所得化が進み,内需が落ちこんでいる。さすがにこの状態での消費税10%への引き上げは,日本国民や日本経済にとどめを刺すことになる。

 ロ)  安倍首相にも逆風
 国民もとてもこのままでは暮らしていけないということで,この流れであれば,政局も不安定化する。自民党の総裁選で「3選」を果たしたばかりの安倍首相であったが,消費税には慎重に対処しないと,すぐに「政局」になる(政変につながる状況)。

 逆に,安倍政権の追い落としを画策するには,消費増税はかっこうの政権批判材料となる。これまでアベノミクスを進めてきて,デフレ脱却にとり組んできた努力が,あっという間に消えてしまいます。国民は低所得化や貧困化にあえいでいるなか,このままでは「政局」になる。

 ハ)  消費税が上がると逃げ場がない日本国民
 日本と欧州が違うのは,日本の方が「自腹」で払うことが多いことである。欧州では,教育費・低所得者支援などで,消費税(類似の税)が高くても「自腹」で支払わないで済む部分が多い。
 補注)「〈やさしい経済学〉日本の最低生活保障を考える 生活保護に負荷かかる構造」(『日本経済新聞』2018年8月9日朝刊)が,以上の消費税「問題」に関連して,つぎのように説明していた。日本の問題がどこにあるか明瞭である。
 OECD(経済協力開発機構)加盟国に共通する,最低生活を保障する主要制度としては,3つが挙げられる。

  ※-1 現役期は「最低賃金」

  ※-2 引退期は「基礎年金または最低保証年金」

  ※-3 さらにこの2制度では最低生活に達しないすべての人びとに
      対する「公的扶助」

 これら3制度について他国と比較すると,日本には3つの特徴がある。

 第1にフルタイム労働者の平均賃金と比べると,最低賃金は4割弱であり,日本はOECD諸国の下位5分の1に入る低水準である(2015年)。

 第2に,公的扶助が基礎年金または最低保証年金より高いのは日本を含む3カ国のみである。

 第3に,公的扶助と住宅手当の合計額と,最低賃金額がもっとも近くなっている。

 日本の公的扶助すなわち生活扶助(1級地1基準・単身世帯)は,フルタイム労働者の平均賃金の2割の水準で,OECD諸国の平均とほぼ同じであるが,ただし,日本は一般低所得世帯向けの住宅手当(公的家賃補助)が存在しない「数少ない国のひとつ」である。

 とくに,最低賃金で働く労働者には住宅手当がない一方,生活保護受給者には住宅扶助があるため,両者の水準は近づいている。このように日本は最低賃金や基礎年金が相対的に低く,住宅手当もないため,生活保護制度に負荷がかかる構造となっている。
 註記)以上,ウェブ版では,https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3393878008082018KE8000/
 〔記事に戻る→〕 日本のほうが,お金の出たり入ったりが頻繁で忙しく,その都度,消費税がかかるという財布の事情がある。また,日本は食料品価格が高い。正確には,低所得層が買う食料品が高いので,国民の「逃げ場がない」ということである。

 ニ)  欧州の食料品は「税抜き価格」が安い
 欧州では,フィンランドのように食料品価格が安く,日本よりも消費税の負担が重くても,税込価格が日本に比べて安い食料品がたくさんある。たとえば,ヨーグルト1個の価格。日本では100円ぐらいでも,欧州では国によっては,半額の50円ぐらいという感じである。

 したがって,消費税(類似の税)が,たとえば10%とか20%であっても,食料品価格がそもそも安いので,日本より安く買える。高い税金があっても,1個60円ぐらいなら,日本に比べて生活は楽となる。商品全体の3割ぐらいの範囲までで,価格が3割ぐらい安い外国の食料品があれば,消費税が10%でも生活できる。

 ホ)  安倍政権の支持率が大きく下がる?
 安い食料品価格の選択肢がないと,低所得者は追いつめられ,多くの国民の所得が増えないなかで消費税がさらに上がると,安倍政権には不利となり,「政局」にもなりかねない。前述にもあったように,さすがに,日経平均423円安〔2018年10月〕15日の東京株式市場で日経平均株価は大きく反落した。これは大幅な下落であった。
 註記)https://www.mag2.com/p/money/545920
    https://www.mag2.com/p/money/545920/2
    https://www.mag2.com/p/money/545920/3
    安倍晋三画像2018年10月東洋経済オンライン
 出所)だいぶ老けた顔つきにみえる。「辞めどきをつかみそこなった」かのような安倍晋三君の表情が汲みとれる。この「顔の皮膚全体のたるみ具合」は “医学的な判断:診察” を必要としているのかもしれない。『東洋経済 ONLINE』2018/10/16 11:30,https://toyokeizai.net/articles/-/243561
 ②「金子 勝の〈天下の逆襲〉」の2記事

 1)「 “やってる感” で糊塗も限界 成果ゼロで惨めな『安倍外交』」(『日刊ゲンダイ』2018/10/03 06:00)
 〔2018〕年9月26日の日米首脳会談で,安倍首相はトランプ大統領から農産品を含むすべての関税について2国間交渉入りに押しこまれた。安倍は「FTA(自由貿易協定)とはまったく異なる」と強弁し,限定的なTAG(物品貿易協定)だと主張する。

 だが,共同声明には「他の重要な分野(サービスを含む)で早期に結果が生じうるものについても,交渉を開始する」「他の貿易・投資の事項についても交渉をおこな」とある。どうみてもFTA交渉と変わらない。

 AP通信やロイター通信をはじめとする海外メディアは〈安倍首相がFTAを受け入れた〉〈トランプ大統領は大喜び〉などと報じている。にもかかわらず,NHKをはじめ大手メディアは安倍の主張を垂れ流しているだけだ。

 必死で糊塗するのはなぜか。安倍がトランプを翻意させTPP(環太平洋経済連携協定)に引き戻すと繰り返し,2国間交渉入りを断固否定してきたからだ。

 焦点の自動車についても「交渉中の高関税発動を回避すると確認された」と手柄のように伝えられているが,交渉中なら当たりまえのことだ。肝心の共同声明には自動車に高関税をかけないとはどこにも書かれていない。

 農産品の市場開放に関してもTPP並みの水準で合意したかのようだが,トランプにしてみれば,TPP以上の果実を手に入れなければTPPを離脱した意味がない。自動車とてんびんにかけられ,間違いなくギリギリと詰められるだろう。

 安倍は国際社会で限りなく存在感が薄い。日ロ首脳会談ではプーチン大統領から2時間半も待ちぼうけを食らい,東方経済フォーラムの全体会合で「年内に無条件の平和条約締結」をブチ上げられた。国連総会における安倍の一般討論演説は昨〔2,017〕年同様に会場はガラガラ。おまけに演説中に,「背後」を「せいご」と読み違える始末。大手メディアが喧伝する「外交の安倍」とやらは,いったいどこへいったのか。

 安倍政権は外交も内政もほぼ成果ゼロなのに,メディアによる “やってる感” キャンペーンはあまりにひどい。大手メディアが真実を伝えなければ「国益」が大きく損なわれるところまできた。国民もそのことに気づかなければいけない。
 註記)https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/238637
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/238637/2

 2)「金融危機再来でアベノミクス『みせかけ景気』は剥げ落ちる」(『日刊ゲンダイ』2018/10/17 06:00)
 〔2018年〕10月11日の世界同時株安で市場に衝撃が走った。株価暴落は今〔2018〕年2月に続いて2度目のことだ。8月10日には,米国の対トルコ経済制裁をきっかけに新興国の通貨暴落が起きた。市場のボラティリティー(株価変動率)がしだいに高まってきている。

 その背後にいるのが,CTAと呼ばれる先物取引専門の投資ファンドだ。情報工学とAIを応用し,株式・債券・商品・為替などの先物に関する膨大なデータを収集し,スパコンを利用してミリ秒単位で売買注文を出すハイ・フリークエンシー・トレーディング(超高速・高頻度取引)という手法で損失を回避する。

 このCTAは経済実態とも株価水準とも連動しない。相場のトレンドだけで動き,上げるときは猛烈に買い上げ,下げるときは真っ先に売りぬくため,オーバーシュートを引き起こしやすい。

 こうしたファンドが日米の金融市場で圧倒的な力をもち,とりわけ歪んだ日本市場を格好の餌食にしている。日銀によるETF投資は21兆円を超え,ETF市場の4分の3を占める。GPIFや共済年金などは2017年度末時点で日本株54兆円,外債74兆円以上を保有する。

 日銀マネーや年金基金が円安株高を誘導する日本市場は,外資系ファンドにとって動きを読みやすく好都合だ。相場が下がれば日銀が買い支えるので売りむけられるし,空売りを仕かけて大儲けもできる。日本市場は外国人投資家の食い物にされているといっていい。

 問題は,ひとたび金融危機が起きれば,国債も株も大量に買いこんでいる日銀には打つ手がないことだ。日銀の資産が巨大な損失に化ければ,最終的には政府が買い取り機関を設けなければいけなくなるかもしれない。年金の損失も含め,結局は国民にツケが回される。

 トランプ減税で財政が悪化する米国ではFRBは利上げに動くしかない。金利上昇はバブルを崩壊させる。米中貿易戦争による世界経済の減速懸念が拡大している。欧州は英国のEU離脱やイタリアの財政危機などの火種を抱える。こうしたリスクが発現した場合,円安株高依存の日本経済はもろい。そのとき,アベノミクスによる「見せかけの景気」が一気に剥げ落ちるのだ。
 註記)https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239596/1
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239596/2

 ③ 安倍晋三という偽装政治家の本当の資質・立場


 本日〔2018年10月18日〕『朝日新聞』朝刊12面「オピニオン」に連載されている「〈ザ・コラム〉」は,秋山訓子編集委員稿になる「国会開会を前に 対話,重ねることこそ政治」という論説を掲載していた。この文章からは最初から5分の2ほど引用するが,安倍晋三という政治家の本性に触れた段落となっている。
 総裁選が終わり,改造内閣が始動した。今回の総裁選の争点のひとつは,民主主義のあり方,より具体的にいえばどう対話を積み重ねて合意形成を図っていくかということだったと思っている。安倍首相は国会で問いにきちんと答えなかったり,聞かれもしないことを延々と話したりと,対話がなりたっていない姿が目立つからだ。

 石破 茂氏はきわめて控えめだった(というか控えめ過ぎた)が,なんどもその問題を提起しようとしていた。テレビでは「議論と意見表明は違う」,討論会では「民主主義が有効に機能するためにはどんな条件が必要なのか。議会を通じてどれだけ多くの人の賛同をえられるか」と議論を仕かけた。

 総裁選後の本紙のインタビューで石破氏が語っていた。「安倍さんは昔,山口新聞のインタビューで『討論相手に親切であったり誠実である必要はない』『その方が国民に対して正直で誠実だ』と答えています。私はそうは思いません」。

 「え? ほんと?」 山口新聞を調べると,確かにあった。2003年1月3日付,内閣官房副長官時代で拉致問題へのとり組みで脚光を浴びたあとの記事だ。議論は逃げず,強気でときにはけんか腰でやったという文脈だ。これを読むと首相の国会での態度は腑(ふ)に落ちる。

 これでは対話もできないだろう。だがしかし……。「相手は1人の議員でも,その向こうに何十万人の支持者がいると思って向き合うこと。それが誠実だと思います」と石破氏は同じインタビューで語っていた。
 小泉純一郎政権の時期であった。北朝鮮による日本人拉致被害者のうち5名が帰国できたさい,この5名が当初北朝鮮に戻る手順を前提に日本に来た(一時帰国していた)けれども,これを全面的に阻止したのが安倍晋三だと,この人自身が喧伝していた。だが,これは真っ赤な嘘であった。この点は拉致被害者の1人で帰国できた蓮池 薫の実兄である透などが,必死になってそのアベの嘘を訴えてきたことがらであった。

 つまり,安倍晋三という政治家はウソをつくことなど当たりまえの立場であって,しかも前段の説明のように「相手に親切であったり誠実である必要はない」し,「その方が国民に対して正直で誠実だ」などと,『誠実』という言葉の意味を大破壊する本心を語って〔自白して〕いた。要は,この男にはもともと誠実ということばは無縁であった。
      安倍晋三には情がない画像
出所)https://twitter.com/kinkingofmichel/status/830392933601849345
 父親の安倍晋太郎は,この文字どおりに “不肖であった息子” に対して,それも大人になってからだったからすでに手遅れであったものの,いちおうはこう意見していたという。「おまえは政治家としてもっとも大事な情がない」と。昨今の日本における政治の異様さは,この安倍晋三が総理の座に就いている事実から発散させられている。

 本当に安倍晋三は,政治家としての情けと,そして人間としての誠実さがゼロの政治家である。このまわりに蝟集している連中もしかりである。ともかく,オヤジの安倍晋太郎は,ある意味で非常に無責任なのだが,このデキの悪かった自分の息子に対しては正直に「晋三は情がないから政治家には向かない」といっていた。
      安倍晋三には情がない画像2
  出所)https://www.youtube.com/watch?v=0mVDtd4luIw
 なによりも苦境に立つ人の気持が全然理解できず,それを「限定的」などと平気でいって笑っていられるボクちんである。おまけに,この晋三のうしろについているほかの自民党議員も同類でしかない。晋三とこの一統は,自己の利害にしか関心がなく,国民たちの生活など頭のすみにもない「政治屋どもの集団」である。

 ④ アベノミクスのウソノミクス性-世界が嗤うアホノミクスの虚構性-

 1)「最新,主要国GDPを比較した棒グラフ」
 2018年分の名目GDP上位国,そして世界全体に占める各国の名目GDPの比率を算出したグラフが,最近,ネット上でゆきかっている。この図表を一瞬だけみても「あっと驚く棒グラフの出方」になっている。なんと日本だけマイナスの方向(下)に赤色に出ている。(画面 クリックで 拡大・可)
各国経済成長率『情報速報ドットコム』から

 もともとは経済規模の小さい国々がこのグラフに表現されている場合,この「名目GDP」が300%以上の指標となっても,とくに驚く必要はない。けれども,この日本の「下に向いた〈赤棒のグラフ〉」はいささか衝撃的である。アベノミクスなど「▼ソ,食らえ!」といっていいような,当然の理由を提供する図表である。
 この枠内に引用するのは「主要国のGDPをグラフ化してみる(最新)」からであるが,一連の図表を参照する。日本がとくに1990年代以降,停滞気味である経済動向が読みとれる。そのなかでなおも,アベノミクスというアホノミクスが効果を挙げているかのように論じたり,報道したりする「提灯持ち」(幇間・腰巾着)たちが大勢いた。以下に並べておく。
     名目GDP上位国・IMFによる2018年予想値
        世界全体に占める各国名目GDP比:2018年
        主要国名目GDP推移:1980年-2022年
        主要国名目GDP推移(1980年-2022年)
        主要国名目GDP推移(1980年-2022年)2
        国民一人あたり名目GDP:2018年IMF予想
           国民一人あたり名目GDP推移:含むIMF予想
  出所)http://www.garbagenews.net/archives/1335765.html
 2)「【悲報】世界各国の「成長率」ランキング,日本がダントツの最下位だったと判明して話題騒然・・・」(『はちま起稿』2018.10.15 10:30)に寄せられた意見:ツイートなど,http://blog.esuteru.com/archives/9205834.html)
 以下はツイートなどによる各意見の紹介となるゆえ,玉石混交である点を承知したうえで紹介しておく。なかには相当にトンチンカンな問答もあったので,それは排除(削除)しておいた。
 ◇-1  もっとがんばれ,努力しろ,といわれてみんな過労死すら出しながら必死に働いてきているんだよ。それでもGDPは約1%成長が20年間つづき,超少子高齢化も止まらず,貧困と格差は拡大。国際競争にも完敗。すでに敗戦を認めない日本陸軍みたいになっているんだから。敗戦を認めないところに復興はない。

 ◇-2 驚く内容じゃない。若者にまともな教育も満足に提供できない国が成長しないのは当然。試験料と入学金で儲ける大学,育英至近(←資金)で儲ける金融機関もどきがいる日本。悲しい。

 ◇-3 約20年のデフレは日本だけ。1997年の消費増税からで,政府が景気対策し,公共事業等金をばらまいて,景気浮揚・インフレ率上昇すると,すぐに日銀が金融引き締めし,デフレを継続させ。要するにデフレは人災で,デフレ不景気で自殺者10万人以上。白川・薮総裁までの失策の糾弾を。

 ◇-4 ドル建てだからそうみえるだけ。円ベースなら普通に成長してます。
  
 ◇-5   「 円建て」でも,普通に成長とはいえないレベル。
  
 ◇-6 そりや過去20年間のデータだもん,当然だよ。バブル崩壊からの失われた20年,東北の震災,民主党政権,これらがあったんだからここ最近10年に限ればプラス成長だよ。
 補注)この歴史理解は,正確ではなく捕捉した時期も交えての表現であり,間違えも含んでいるが,これはあえてかかげておく。
  
 ◇-7 ( )震災も民主党政権もここ最近10年以内なんですが……。
  
 ◇-8 まあ日本は衰退国だからな,人口も急減が続くし正直詰んでる。
  
 ◇-9 現政権は,全額を社会保障に充てると確約して前回の消費増税を強行したくせに,蓋を開けてみれば応分の負担をすべき大企業資本家の減税分に相殺されて,まったく社会保障は充実せず,むしろ生存権を担保する生活保護の削減などにより後退。しかもこんどは年金生活者に自助努力を要求し出した。もう我慢の限界だ。
 ⑤ 佐藤建志『平和主義は貧困への道-対米従属の爽快な末路-』(KKベストセラーズ,2018年9月)が語る「アベ流にとても不誠実な政治観念」
 ★-1 現状に関する危機感を煽ったうえで,「危機を乗りこえ,経世済民を達成するための切り札」として,口先の大言壮語をもちだす。

 ★-2 そんなものにもとづいた政策が,思いどおりの成果を挙げるはずもないものの,この点はガンとして認めない。

 ★-3 失敗がどうにも隠せなくなったときは,危機など最初から存在しなかったようにケロッとしてみせる。

 ★-4 適当な間隔を置いて,また危機感を煽り,新しい口先の大言壮語をもちだす。

 ★-5 批判を受けたら開きなおるか,感情的に反発することで切りぬける。
     註記)佐藤,同書,290頁。
 以上,抽象論であるから分かりにくいという向きには,北朝鮮によるミサイル発射問題を「日本への脅威」として存分に利用してきた安倍晋三の口舌的な履歴を思いだしてみればよい。そういえば「Jアラート」といった軍事システムがあった。いままで,安倍君がたいそう重宝していたこの兵器を具体的に解説しておく。
 「全国瞬時警報システム(通称:J-ALERT,Jアラート:ジェイアラート)とは,通信衛星と市町村の同報系防災行政無線や有線放送電話を利用し,緊急情報を住民へ瞬時に伝達する日本のシステムである」なのだが,いまではすっかり宝のもちぐされである。
 ⑥「消費減税を野党はかかげるべき!  消費税が『失われた20年』の原因だ!」(『『情報速報ドットコム』2018.10.16 21:00,https://johosokuhou.com/2018/10/16/9896/

 〔2018年〕10月15日に安倍晋三首相が来〔2019〕年に消費税を10%に引き上げると表明したが,これに対する野党の動きはかなり鈍い。野党のなかでも消費増税に前向きな声があるほどで,主要な政党を見渡しても消費税に明確な反対をいっている政党はほぼない。

 そもそも,消費増税というのは加熱した景気を抑えるための経済システムであり,消費税そのものを使って国の経済を立てなおそうとする発想が本末転倒。かつてのバブル時代ならば消費増税はやるべきだといえても,いまの低成長が続いている日本で消費増税をすれば,景気は一気に冷水を浴びることになる。
 
 消費増税をすることで景気は落ちこみ,このために税収も下がってしまう。日本で消費税が導入されたのは1989年であったが,これから日本の失われた20年が始まったといっても過言ではなかった。1997年には消費税率が5%となり,そのときも日本の景気が大きく落ちこんだ。

 消費増税の特徴は実施した最初は税収が跳ね上がって,数年後から税収が落ちこむ傾向がみられる。これは,消費増税の効果が数年に渡って持続していることを示しており,諸外国の効果で日本の景気が良くなったとしても,ずっと消費税分のマイナスが重りのように国全体の経済に残ることになる。

 最大の証拠は日本の経済成長率で,日本だけ欧米諸国と比較してダントツに経済成長率が低い(前掲した名目GDPが日本だけ赤字になっていた,だから麻生太郎がこの統計を上方に膨らませる偽計を2016年度以降について図ってきた)。日本の低迷は消費税の導入時期とも一致し,内需が大きな日本では諸外国よりも消費税の影響が極端に出ている(この原因も既述のうちに言及してあった)。

 2014年の消費増税でもリーマンショックに匹敵するようなマイナスがみられ(この解釈には疑問ありだが,指摘のみにしておく),今日まで日本の経済成長を阻害している要因になっている(1990年代以降の経済傾向に関して,リーマンショックをおおげさにとりたてて触れる必要はない)。

 どちらにせよ,2019年の消費増税は日本の経済成長を妨害するような愚策であり,野党側から「消費増税凍結」よりも踏みこんだ「減税」や「消費税廃止」の提案が出てこないは不思議だといえる。(引用終わり)

 そうである。法人税の徴収をもっと厳格におこなったり,所得税に累進課税制を復活させたり,奢侈税も復活させるべきである。そうすれば,消費税を2%上げなど最初から不要にできる。もちろん,軽減税率の適用ウンヌンなど問題外であって,この軽減税率は3%の消費税を導入したときから措置し,導入しておくべき要件であった。

 もっとも,庶民の側は消費税上げ2%の意味を十分に理解できているとはいえない。安倍晋三は10%にするに当たり,あれこれと小賢しく手をくわえているが,ますます庶民の感覚的な理解を遠ざけるばかりである。つぎの図解パンフレットはすでに国税庁が用意した案内であるが,実態においてどのような問題がさらに生まれていくかについては,懸念する者もいる。

 もっとも軽減措置をくわえた8%から10%への消費税率上げとなれば,はたして税収そのものの増分は半減しかねない。(画面 クリックで 拡大・可)
国税庁軽減税率解説図解
  出所)https://www.nta.go.jp/about/organization/hiroshima/topics/syohi_keigen/pdf/01.pdf

 消費税上げについては,こういう意見を聞いて,今日の記述を終わりにしたい。

  〔軽減税率も導入する〕複数税率にした場合,事務コストなどで非効率が必らず発生しますので,同じ税収なら実質的に使える金額は〔軽減税率なしでの〕一律 9.5%の方が多いです。貧困層の方だって,食品以外の買い物もします。食費35%,家賃30%,残り35%はそれ以外の支出です。
 補注)既述中に住居費(家賃)の問題に言及があったが,ここでの説明にも根本から関連する事項であった。

 それ以外の支出も10%よりも9.5%の方が助かるに決まってます。というか,食品だけ軽減されても,他の税金が高かったら結局,痛税感は減りません。軽減税率はまやかしの「減税」であり,実際にはそのほかの負担が増えてるだけなのです。軽減税率を推進する方は「貧乏人は飯だけ食ってろ。それ以外の支出は贅沢だ」とでもいいたいのでしょうか。
 註記)「軽減税率の打開策はこれならいいんじゃないか」『それ,僕が図解します』2015-10-19,http://rick08.hatenablog.com/entry/2015/10/19/065159

 さて,内閣を改造していた安倍晋三政権に関しては,昨日〔10月17日の15時間前〕からある話題が登場していた。「片山さつき地方創生担当大臣に100万円国税口利き疑惑」『週刊文春』編集部(source : 週刊文春 2018年10月25日号)という事件が指摘されていた。だが,本日〔10月18日〕の朝7時にNHKラジオでニュースを聴いていたが,この忖度国営放送はとりあげていなかった。

 安倍晋三の改造内閣が早速「お漏らした新しい醜聞」なのであるが,国民側から観たこの種の話題はみあきて・聞きあきているとでも思っているのか? いかにもこの内閣らしい事件の再々にわたる問題の発生である。
週刊文春2018年10月25日号広告片山さつき記事
出所)http://shukan.bunshun.jp/articles/-/10310

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 【姑息に終始する日本国の出入国管理体制】

 【都合よくだけ外国人を受け入れ,とくに単純労働者を使いすてにしたい国家的欲望】



 ①「外国人の労働『人権尊重を』経団連が提言」(『朝日新聞』2018年10月17日朝刊4面「総合」)

 政府の外国人労働者の受け入れ拡大方針について,経団連は〔10月〕16日,外国人労働者の人権の尊重や,多様性を認める社会の実現を中心に据えた提言を発表した。技能実習生の長時間労働など違法行為が発覚するなか,提言は加盟する大企業やその取引先に対して呼びかける。

 「サプライチェーン(製品供給網)に対し,法律の遵守(じゅんしゅ)と,人権を含む国際規範を尊重してもらうとともに,適切なとり組みがおこなわれるよう,積極的に支援していく」とした。

 提言では「外国人との多文化共生社会の実現に向けて」との項目も設け,日本人従業員も外国語を学び,意識改革を進める必要があるとした。社内文書の多言語化や福利厚生制度の導入,日本語教育などの生活支援,教育環境の充実なども求めている。(引用終わり)

 日本において外国人労働者の問題が表面だってめだつようになったは,前世紀の最後を迎える以前からであった。戦前・戦中は植民地出身者を大量に国内(本土)に引き入れ,敗戦時には2百万人にも近づく数値にも達していたが,国内の軍需生産などのために半奴隷的な労働に従事させてきた。敗戦後において日本に残った彼ら,いわゆる在日外国人(韓国・朝鮮人)となった人びとに対する日本政府の基本姿勢は,彼らの基本的な人権を完全に無視することを,なんとも思わぬ点で一貫してきた。

 いいかえれば,日本帝国主義の歴史的事情・経過のなかで放置されてきた,敗戦後における在日韓国・朝鮮人の「最低限の生活と基本的な権利」の問題は,日本政府が自国帝国主義の歴史のなかで発生させたゆえに随伴していた戦後責任をすべて放擲したかっこうで,いっさいがっさいが放置される状態が続けられてきた。

 在日韓国・朝鮮人の存在をとらえて,ある法務官僚が1965年に「(在日外国人は)国際法上の原則からいうと『煮て食おうと焼いて食おうと自由』なのである」と放言し,非常な憤激を買ったことがあった(池上 務『法的地位 200の質問』京文社,昭和40年,167頁)。

 この法務官僚池上 努,当時の肩書きは,法務省入国管理局参事官であった。隣国人に対する旧日帝時代の露骨な差別感情を丸出しにした,しかも非常に下品な表現を,公表される自著にわざわざ記していた。

 国際法上の原則を守らず,在日韓国人・朝鮮人に関していえば,当時まで固有に蓄積されていた『過去からの在日史の実績』を頭ごなしに無視した池上のその発言は,法務官僚としての基礎知識(国際法)を根本から疑わせるものであった。

 以上は,「法規範の意識」よりも「隣国人差別の感情の横溢」を制御できなかった法務官僚の,偏見意識にまみれた精神構造が,みごとといわねばならないほどに噴出させていた一件であった。 
 補記) 以上に関しては,本ブログ内の記述,2016年03月19日「在日・定住・在留の諸外国人〔とくに韓国・朝鮮人〕の人口統計に関する報道など」も参照されたい。リンク先 ⇒ http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1054234961.html

 ところが,この21世紀になっても,日本に入国してくる相手が,旧来の在日・定住外国人から新来・移住外国人にすっかり変わり,日本社会全体における彼らの生活形態もまったく新しい実相をみせるようになっても,なお,「外国〔国籍〕人に対する差別と偏見の感情・価値観」がそのまま維持されている。

 もちろん,以前から外国人と日本人の婚姻関係も増していたために,混血児(ハーフ・ダブル・ミックス,二重国籍を有する)も増えてきた昨今日本における社会状況がある。だがそれでも,新来して入国するあらゆる外国人たちに対する「偏見と差別の感情」にもとづく処遇を,外国人政策の次元において意識的に変更し,改善していこうとする意向が希薄である。

 ②「外国人は弱者? 『奴隷制度』を続ける企業の愚行-『よそ者』を差別し『内部の敵』にする」(河合 薫『日経ビジネス』2018年10月16日)

 1)最近の様子
 テレビでは女性アナウンサーが興奮気味に「政府,外国人労働者対策,大転換!」と報じ,新聞の社会欄には「ベトナム実習生ら相次ぐ死」との見出しが掲載され……,このところ連日連夜,「外国人労働者問題」なるものが報道されている。〔だが〕あまりに多く,見逃した方もいるかもしれないので,ここ数日間,話題になった問題をふり返っておく。

 〔2018年〕10月6日,日立製作所が笠戸事業所で働くフィリピン人技能実習生のうち,20人に解雇を通告していたことが分かった。その後,さらに20人が解雇されることが分かり,実習生側は雇用契約が3年間であり不当解雇だと主張。残り期間の賃金が補償されなければ,日立を相手どり損害賠償を求めて訴訟を起こす方針と報じられた。
 補注)『朝日新聞』2018年10月5日朝刊の社会面に報道されていたこの件を,つぎの画像資料で紹介しておく。(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2018年10月5日朝刊35面日立技能実習生

 また6日夜に放送されたテレビ番組に対し,「人種や国籍等を理由とする差別,偏見を助長しかねない」とする意見書を外国人問題にとり組む弁護士らがテレビ局に提出。番組のテーマは「強制退去」で,不法占拠や家賃滞納の現場を紹介するなかで,外国人の不法就労などもとりあげたものだった。

 弁護士側は,「技能実習制度の問題点や,収容施設の医療体制の不十分さ,自殺者が出ていることに番組がいっさい触れなかった」と指摘。「外国人の人権への配慮が明らかに欠如する一方,入管に批判なく追従し,主張を代弁しただけの,公平性を著しく欠いた番組」だと批判している(参考記事はこちら)
 補注)この参考記事は「フジ番組『偏見助長』 弁護士ら意見書『タイキョの瞬間!』」『朝日新聞』2018年10月10日朝刊37面に報道されていたが,引用中に指示されているこのリンク先(https://digital.asahi.com/articles/DA3S13715740.html)は,いずれ閲覧不可になるので,これも画像資料で紹介しておく。(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2018年10月10日朝刊37面「社会」タイキョ記事

 一方,政府は〔10月〕11日,外国人労働者の受け入れ拡大に向け,2019年4月の導入をめざす新制度として,新たな在留資格として「特定技能1号」と「特定技能2号」の2種類を創設。1号は「相当程度の知識か経験」と生活に支障がないレベルの日本語能力を取得条件とし,上限5年の在留資格を与えるが,家族の帯同は基本的に認めないという。翌日の12日には,熟練技能が必要な業務に就く「特定技能2号」には実質永住権を与えると発表した(冒頭のニュース)。
 補注)労働力そのものはほしいが,その家族たちは要らない「5年間1人で日本で働き,生きていけ,あとは帰れ」といった日本政府の考え方=出入国管理体制の基本方針は,導入する外国人を「生活全体を背負っている人間」として認知していない。認知したくないと断言する方針を示している。

 昔の日本では,東北地方の人たち〔など〕が都会に向けてよく出稼ぎに出かけていた。だが,それとまったく同じ感覚であるかのようにしてこんどは,外国人労働者の問題に対している。問題の根柢においてはまったく異質の問題が,それぞれの人びと(日本人と外国人)のあいだにおいて「生活の体系とその背景」として,大きく控えているにもかかわらず,外国人は5年経ったら出ていけとだけ規制する(できる?)つもりである。

 〔記事に戻る→〕
 ご存知のとおり,政府はこれまで原則認めてこなかった単純労働に門戸を開放し,2025年までに外国人労働者を50万人超増やそうとしている。だが,やれ「技能実習生だ」,それ「EPA(経済連携協定)だ」,ほれ「国家戦略特区による外国人の受け入れだ」,これ「留学生30万人計画だ!」などなど,人手不足を補うための制度はつぎつぎと打ち出すけど,あくまで「人手不足に対応する処方箋」であって「移民政策」ではないと断言している。

 OECD加盟35カ国の最新(2015年)の外国人移住者統計で,日本への流入者は前年比約5万5000人増の39万1000人。ドイツ(約201万6000人),米国(約105万1000人),英国(47万9000人)に次ぐ,堂々の4位。

 国連などの国際機関では一般的に「1年以上にわたる居住国の変更を長期的または恒久移住」と定義しているので,「日本は世界4位の移民大国」となる。にもかかわらず,「わが国に移民はいませんし,今後もいません」という大いなる矛盾のもと,「日本に来てね,住んでね,働いてね,低賃金だけどよろしくね!」と恥ずかしげもなく豪語している。

 奇しくも2年前の2016年12月,甲府で生まれ育ったタイ国籍の高校2年生が,東京高裁から「強制退去処分取り消し請求」を棄却されたことがあった。少年の母親は1995年9月,タイ人ブローカーに「日本で飲食店の仕事を紹介する」といわれて来日。実際にはまったく違う仕事を強要され,やがて不法就労者になり,2013年に出頭し,2014年に強制退去処分を受ける。母親は控訴せずに帰国し,少年だけが控訴していたのである。

  2)日本は「目にみえない鎖国状態」にある
 この記述の筆者はさきに,別の記事で『「外国人歓迎」といいつつ鎖国続ける嘘つき日本-いまだ変わらない「仕方ないから外国人で」的差別意識』との題目で,こう主張した。

 「日本人であれ,外国人であれ,『労働』するためだけに人は存在するわけじゃない。どんな人にも生活があり,大切な家族がいる。母親であり,父親であり,子どもでもある」。「そんな当たりまえが,『外国人』という接頭語が付けられたとたん,忘れさられる現実が日本にはある。外国人労働者となったとたん,『モノ』のように扱われてしまうのだ」と書いたのである。

 ところが,これに対し,コメント欄は大炎上。

  「低賃金がイヤなら母国に帰ればいい」
  「犯罪が増える」

  「オマエはメルケルか」
  「日本語をまともに話せないなら,日本にいる資格なし」

  「低賃金労働者の人権を語るなんて聖母マリア気分か」
  「あんたが外国人ベビーシッターでも家政婦でも雇ってみればいい。自宅の鍵をあずけ,家財もそのままで」
  etc. etc……。

 私の文章が稚拙だったのが原因かもしれない。だが,批判コメントの8割超が,私のコラムを批判しながら,外国人労働者の「人権などどうでもいい」と書いているようで,「日本は目にみえない鎖国状態にある」とあらためて痛感し,正直悲しかった。
▼ 平成30年2月13日,法務省入国管理局
『平成29年における難民認定者数等について(速報値)』▼


  ・難民認定申請数は19,628人で,前年に比べ8,727人増加し,過去最多。

  ・難民認定申請の処理数は11,361人で,前年に比べ3,168人増加。

  ・難民認定手続の結果,わが国での在留を認めた者は65人であり,その内訳は,難民認定者が20人,難民と認定しなかったものの人道的な配慮を理由に在留を認めた者が45人となっている。
 日本難民認定数統計
   出所・註記)http://www.moj.go.jp/content/001248677.pdf
 過剰なまでの多文化共生アレルギー。外国人は「よそ者=集団の内部に存在する外部」であり,「いっしょに働く仲間」として受け入れる必要はない。そんな社会の空気が,政府が断じて「移民」と認めない姿勢に影響を与えているのでは,と思ったりもする。

 そこで,今回は「外国人労働者の実態」をストーリーではなく,客観的な数字で詳細にとらえてみようと思う。というのも,コメント欄炎上から2年のあいだ,外国人労働者がいる企業をあちこちでみて感じたのが,「ちゃんとやっている企業はちゃんとやっているし,ひどい企業はとことんひどい」ってこと。くわえて出身国によっても日本人の「まなざし」は変わる,という悲しい現実もある。
 補注)ここで引用してみた原筆者が「出身国によっても日本人の『まなざし』は変わる」点が意味するのは,いうまでもなく,しごく簡単に理解できる実情に関した指摘である。たとえば,10月15日(月曜日午後7時)にも,TV報道では 「YOU は何しに日本へ」(関東地方ではテレビ東京:チャンネル7)という番組が放映されていたが,この番組に登場する外国人は主に,もっぱら白人系である(テレビ東京はこの月曜日の午後8時からは,つづいて「世界!  ニッポン行きたい人応援団」という番組も放映している)。

 〔記事に戻る→〕 そこで「外国人労働者」を主語にすることをやめ,「企業」にスポットを当てれば,違う角度からこの問題を考えることができるのではないか,と考えたしだいである。つぎの 3)で参考にするのは,日本政策金融公庫総合研究所が2018年に発表した『中小企業における外国人労働者の役割~「外国人材の活用に関するアンケート」から~』」と題された調査結果である。対象は,日本政策金融公庫国民生活事業および中小企業の融資先のうちの,法人1万5970社である(調査実施は2016年8~9月)。

 3)企業からみた外国人労働者
 前段の調査結果を子細にみてみると,ステレオタイプになっている部分も読みとれる。まずは結果を要約する。

 ◆-1 どんな企業が,外国人労働者をどのように雇用している?
  
  ⇒ 全体の13.3%が外国人を雇用し,業種別では「飲食・宿泊業」25.5%,「製造業」
    24.3%,「情報通信業」13.8%。

   外国人を雇用している企業は,従業員規模が大きいほど多い。「4人以下」の企業
   では2.1%であるのに対し,「100人以上」は51.1%。

    「正社員」として雇用している企業は6割で,平均雇用人数は2.8人。

    「非正規」として雇用している企業は4割(平均5.0人),「技能実習生」は2割
   (平均5.8人)。

 ◆-2 どういう人たち?

  ⇒「中国」が38%で最多。次いで「ベトナム」18%,「フィリピン」7.7%。

   男性が女性より多い(56.4%)。

   男性は「技能実習生」が7割,女性は「非正規」が6割。

   最終学歴は「大学・大学院(国内外含め)」が4割強。

   技能実習生は「24歳以下」「25~34歳」で全体の9割をしめるが,「45歳以上」
   も1.4%いる。

 ◆-3 どんな仕事? 賃金?

  ⇒「すぐにできる簡単な仕事」は正社員5.2%,非正規36.7%,技能実習生10.5%。

   「多少の訓練やなれが必要な仕事」は正社員32.5%,非正規46.1%,技能実習生62%。

   月給は「正社員」は「22万円超」が6割,「技能実習生」は「18万円以下」が9割
   以上。

   時給は「非正規」の4割が「901~1000円」,「技能実習生」の5割が「850円
   以下」。

   「技能実習生がいない企業」の33.2%が,正社員募集時の月給提示額を「22万円超」
   としているのに対し,「技能実習生がいる企業」では12.5%と激減。

 ◆-4 なぜ,外国人を雇う?

  ⇒「日本人だけでは人手が足りない」が28%,「日本人が採用できないから」が10.4%
   と,人手不足によるものが多い。

   「外国人ならではの能力が必要」23.3%,「たまたま外国人だった」18.2%と,人手
   不足以外も少なくない。

   「技能実習生」を雇用する理由のトップは「日本人だけでは人手が足りない」(42%),
   次いで「日本人が採用できないから」「外国人の方が利点が多いから」が18.8%。

 ◆-5 外国人を雇っている企業と雇っていない企業の違いは?

  ⇒「正社員」「非正規」「30歳未満の従業員」「高度スキル」のすべてで,「足りてな
   い」とする企業の割合が多い。

   「外国人雇用企業」の5割で最近5年間の売上高が「増加」,採算も4割が「改善
   傾向」だった。

   「外国人雇用企業」と「非雇用企業」で,「正社員」の賃金を比較すると,「外国人
   雇用企業」の方では「18万円以上」が7割であるのに対し,「非雇用企業」では6割。

   「外国人雇用企業」と「非雇用企業」で,「正社員」の労働時間を比較すると,
   「外国人雇用企業」の方では「週40時間未満」が8割超であるのに対し,「非雇用
   企業」では7割。

 ◆-6 今後はどうですか?

  ⇒「外国人雇用企業」では「外国人かどうかは考慮しない」が395でトップ,次いで
   「現状程度は雇用したい」(36.4%),「増やしたい」(19.7%)。

   「外国人非雇用企業」では「雇用するつもりがない」が47.3%でトップ,次いで
   「よい人がいれば」(31.1%),「ぜひ雇用したみたい」17.1%。

  〔という結果であったが〕さて,と。いかがだろうか? 

 4)技能実習生=低賃金労働者,になっている
 これらの結果から明白になったのは,「技能実習生=低賃金労働者」であり,「技能実習制度」はもはや不要だ。厚労省のHPによれば,
 「外国人技能実習制度は,わが国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため,技能,技術または知識の開発途上国等への移転を図り,開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的としております」
とあるが,〔本当のところは〕実習生が「日本」に協力してくれているのだよ,奴隷的な扱いを受けながら……。

 そもそも「実習生」なのに「解雇」とか,「実習生」なのに「過労死」とか,まったくもって意味不明。2016年度に事故や病気で亡くなった技能実習生・研修生は28人。脳・心疾患が8人で,全体の3割が「過労死」と考えられる(「国際研修協力機構」の報告書)。

 「特定技能1号」は技能実習生から移行することを基本形と想定しているが,どこが「開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』」なのか。「出稼ぎ労働者」という実態にあった呼び名にすべきだし,「外国人労働者」ではなく,「アジア人労働者」とした方がいい。

 5)  今回の調査結果で,個人的に興味深かったのが「非正規雇用」が多いことである。
 報告書に記されていた「外国人従業員の在留資格」から推測すると,大半は日系人の可能性が高い。日系人労働者の問題は20年以上前から指摘されているが,解決されていないことが確かめられたかっこうである。

 また,今後の外国人雇用について「外国人かどうかは考慮しない」が4割もいることから,企業が欲しがっているのは「日本経済の底辺を支える労働力」であり,労働の冗長性を担保するための存在であることは明白である。

 さらに,少々拡大解釈かもしれないけれども,「外国人雇用企業の方が非雇用企業に比べて正社員の賃金が高く,労働時間が短い傾向がある」という結果は,〔その反面で〕「底辺を支える労働力」とは,正社員が健康でい〔られ〕る〔ための〕役目も担っているととらえることもできる。

 海外から労働力を集めたほうが初期費用はかかるが,その費用が債務として労働者に振りかかっているあいだは拘束できる。だからして「外国人労働者問題」ではなく「奴隷労働者問題」〔とみなすほかない〕。いや,「底辺労働者問題」としたほうが,底辺に追いやられている日本人の労働者も救うことができる。これらは社会福祉政策とリンクさせて考えるべき問題だと思う。

 実際,オランダやデンマークなどの福祉国家では,企業が要求する柔軟性のある雇用制度を実現する代わりに,その負担をパートタイム正社員というかたちで,企業も社会保障費を負担。企業から排出された失業者の再就職に必要な技能の習得を,国や社会が引き受けることで,冗長性問題は解決された。

 そのための「同一価値労働・同一賃金」であり,パートタイマーにもフルタイムにも,年金,保険などを同様にとりあつかうようにしたのである。〔ところが〕,かたや日本はどうだろうか。

 自分たちが「欲しいもの」を手に入れる手段はあれこれ模索するけど,その結果生じる問題はおきざりのまま。「奴隷地獄」に耐えられず実習生が脱走し,不法滞在し,窃盗などの犯罪をおかしようものなら,「外国人が増えると治安が悪くなる」と他国の責任にすり替える。

 おまけに,私のようなポンコツが「外国人を犯罪に走らせてしまう環境」を語ろうものなら,「同じ環境で働いている全員が犯罪を犯すわけじゃないだろう!」と一斉に攻撃する始末だ。

 6)外国人は日本の究極の弱者
 あるテレビ番組で,日本に住む外国人の大学教授が,「外国人って,日本の究極の弱者ですよ」と嘆いていた。……ホント,そのとおりだと思う。弱者のいちばんの問題は,多数派から「よそ者」扱いされる点だ。
 補注)この指摘は,戦前・戦中における「外国人労働者問題」が解決されないままに21世紀まで来た,この国における「現在のこの問題」の多重層的な困難性を教示している。

 多数派のメンバーは自分たちの地位の高さのみせしめに「よそ者」を差別し,「内部の敵」として扱い,排除する。外国人労働者,必要なのですよね? ならば,彼らが下級労働者や下級市民に固定化されぬよう,社会の仕組をいま一度議論してほしい。

 そのためには私を含めたひとりひとりが,自分世界とよそ者を区別することがあってはならないことだ。
 註記)https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/101500185/
    https://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/101500185/?P=2(~5)

 ということで,外国人労働者に関する以上の議論を介して,問題となるべき核心が理解できるはずである。たとえば『朝日新聞』2018年10月13日朝刊2面「総合2」に掲載された解説記事,〈時時刻刻〉が出していた〈見出しの文句〉を紹介するだけでも理解できるはずである。
『朝日新聞』2018年10月13日朝刊新在留資格記事
 「新在留資格,生煮え 外国人受け入れ拡大『来春』,単純労働も」

 「長期滞在 技能熟練なら可能に 移民?  永住?  政府は否定」

 「人手不足条件 介護・外食など候補  対象業種なし崩し拡大も」

 「『外国人に選ばれる国』めざすが  家族帯同  最長10年できず」。

 この元記事に添えられた図解も右側に紹介しておく。

 さらには,『朝日新聞』2018年10月12日朝刊の記事「外国人労働 新在留資格,制度骨子 農業・建設などに拡大」からも図解を借りておこうと考えたが,ここではこの記事そのものを紹介することにした。

 以下の図解のなかでは「特定技能2号」が問題視されていて,そう簡単には運用(適用)されにくい在留資格ではないか,と批判されている。いいかえれば,現行の入管法であってもそれは,いくつかの在留資格を適用して許可できる範疇だと判断できる。それでもこのように,屋上屋を架す在留資格が新たに追加されようとしている。
  『朝日新聞』2018年10月12日朝刊1面外国人労働在留資格
 外国人を労働者として導入し,受け入れるのであるが,10年以上日本には居させ(在留させ)ないという基本方針である。だが,そのような出入国管理体制は,彼らが日本での生活を10年間過ごしてきたあと,一言で「アナタは在留の期限が来ました。それではお帰りください」と宣告するだけで済むと思っているとしたら,考え違いもはなはだしい。もしも「外国人の彼・彼女」が大手企業の幹部にまで登用されていたなどした場合だと,そもそも会社側が彼・彼女を手放したくないはずだから,そう簡単な〈帰国話〉にはなりえない。

 独身で日本に来ていた「外国人の彼・彼女たち」が,職場で日本人と仲良くなり配偶者に迎えたとしたら,ただちに彼・彼女は日本で死ぬまで(ひとまずこの2人が離別しない仮定として)無条件で居られる。

 ここでは,引用しないといった前掲の記事であったが,つぎの段落のみ参照しておく話となる。すなわち,その記事は,
 「家族の帯同を認めないことは『人間の自然なあり方に反しており,国際的な基準に照らしてもありえない』」とか「2号の取得者がほとんど出ない,絵に描いた餅のような資格にならぬよう今後の議論を注視することがだいじだ」
などと断定する記述をしていた。

 前段の話題では,独身で日本に来た外国人の彼・彼女が日本人の彼女・彼と結婚してしまえば,以上のごとき論点は一気にすっ飛ぶ。それだけの話であった。

 前述で触れた「You は何しに日本へ」のようなテレビの番組に登場する外国人(大部分が白人系)のなかには,かなりの割合で日本人を配偶者としてもつと答える者が多かった。この種の番組を好んで視聴する人であれば,それがよくある実例であることは,承知しているはずである。

 ③「移民のなし崩し的導入は大疑問」(川北英隆『BLOGOS』2018年10月15日,http://blogos.com/article/331604/

 ネットのニュースを読んでいると,この1週間,新たな政策が出ている。ひとつに,熟練した技能をもつ労働者に対して日本での永住を事実上認める方針とあった。また,単純労働者も,新たな在留資格に関し外食や水産業などが検討対象になっているとか。変でしかない。

 なにが変なのか。

 外国人(つまり日本国外で生まれ,日本国籍をもたない者)に,日本国内での権利をいかに与えるのか。入国権・労働権(そのほか教育などに関する権利),永住権・国籍をいかにあつかうのか,この枠組に関する議論が皆無なまま,なし崩し的にパッチワーク的に政策を打ち出している。

 これは,政府としての能力・やる気・真実を語る姿勢と度量が大いに不足している証拠である。そうでなければ,少しずつ事実を積み重ねつつ,少しあとになって「これがなかったら困るね」と開きなおるのかもしれない。そうであれば,姑息でしかない。もしくは,なにも考えていないのかもしれないが,そこまで頭が悪いとはとうてい思えない。

 僕として,熟練した技能をもつ者に対しては,日本での永住権や国籍を認めるのは容認する立場である。日本のなりたち(歴史)を振り返っても,技能者を海外(いまの朝鮮や中国)から呼び寄せた。いまのようにグローバル化した時代にあっては,日本人だけの社会を地理的な日本で守るのは変だろうと思っている。

 それに対し,単純労働に近い者を海外から呼び寄せるのはどうなのか。差別するつもりは毛頭ないし,いまでもコンビニや居酒屋に行くと,従業員は外人だらけであることをしっている。とはいえ,彼らのかなりの割合は身分として「学生」なのだろう。この状態が一変し,一般の外人も堂々と働けるようになるのには懸念が先立つ。
 補注)すでにきびしく批判してきたが,留学生を単純労働者に充てている現状は,日本政府の外国人労働者政策においてもっとも拙劣でかつ悪徳的な対応である。「留学生はとにも,かくにも勉学が第1であり,勉強に励み,学習し,そして……」という過程(課程)を受け入れている「はずの国側」が平気で,留学生を「単純労働者の穴埋め労働力に〈活用〉している」。

 留学生にはせっかく日本に来て勉強してもらうのだから,講義にきちんと出てもらい,演習・実験にも熱心にとりくみ,その成果を身につけてもらう必要がある。ところが,留学生であっても「1週間に28時間まではアルバイトをしてもかまわない」などといったごとき,もう身もフタもない留学体験を許す態勢になっている。

 〔記事に戻る→〕 最大の問題は治安である。夜,そんなに危険を感じずに歩ける日本の最大の良さが,完全になくなるかもしれない 註記。同じことだが,教育の問題がある。外国人に子供が生まれた場合,彼 / 彼女らの人権の問題が生じる。国籍をどうするのかはともかく,教育を無視することはできない。というか,外国人を呼び寄せた国として,教育の機会を与えないのは無責任すぎる。では,教育を受けさせるとして,その費用と人材をどうするのか。
 註記)この治安問題と外国人労働者問題を直結させただけの意見は要注意である。ただし,これに続いて披露されていた教育の問題に関する指摘は適切である。① の記事引用では「外国人の労働『人権尊重を』経団連が提言」という報道があった。

 単純労働に外国人をというのは産業界からの要請だろう。その要請を唯々諾々と受け入れるのは,政府としての人気とりでしかない。政治献金集めか。産業界の要望を受け入れるとして,どのような問題が生じ,その問題にいかに対処するのかを真剣に考えるのが,政府のそもそもの役割である。対処がむずかしければ受け入れられない。

 もっといえば,外国人労働者,さらには移民を国民がどのように考えているのかを広く問うことが,誠実な政府である。現実は,そんな議論を少しも聞かない。「ほんま,国民をバカにしつつ,パッチワークに徹する」という,バカにしている国民よりどの程度能力が高いのだろうかと,疑われても仕方ない政府としての政策が進行している。(引用終わり)

 もっとも〔やはり?〕,あの安倍晋三という首相のもとで展開されている外国人労働者問題への取組姿勢であったから,このようにボロクソにこきおろされる対策しか,具体的には準備できないのか? だいぶ昔のことであったが「外国人管理庁」を政府は官庁組織として創れという話題もあった。外国人の管理は現在,法務省の管轄であるが,あいもかわらず旧態依然の姿勢でしかとりくんでおらず,人間の生活全体を背負って入国している「外国人の本質」問題を,はじめからあえて視野からはずしたかのような対策に終始している。
 
 ④「外国人受け入れ拡大の新在留資格,枝野代表が痛烈批判!「事実上のなし崩し移民だ」(『情報速報ドットコム』2018.10.14 08:03,https://johosokuhou.com/2018/10/14/9814/

 安倍政権が推進している外国人受け入れ拡大のための新たな在留資格制度を,立憲民主党の枝野幸男代表が強く批判しました。10月13日にメディアの記者会見に応じた枝野幸男代表は「安倍晋三首相が『移民政策は採らない』と明言してきたことと明らかに矛盾している」と述べ,事実上の移民政策だと指摘。

 さらにつづけて,その後の講演会でも「移民政策を受け入れるか議論しないで事実上なし崩し。『移民じゃない』といいながらやるなんて最悪だ」などと発言し,安倍政権の行動は移民の受け入れと同じだと言及しました。

 安倍政権が推進している新たな在留資格制度では,条件付きでいままで禁止されていた家族同伴や無期限の在留〔「特定技能2号」のこと〕を認めるとしています。一定の日本語や技能の獲得が条件となっていますが,家族同伴や無期限の在留を認めている時点で枝野代表が指摘しているような移民政策と同じだといえるでしょう。(引用終わり)
 
 日本政府の得意業は「ホンネと建前」の使いわけである。だが,この使いわけが現実の問題から発生する矛盾なり困難なりを,それも経常的に回避・放置したままでの対応を意味するとしたら,いずれ今回の問題が爆発的な大矛盾に遭遇することはたやすく予想できる。

 相手は誰であっても人間の存在であり,それこそ1人の生き物としての生活者であり,彼・彼女の係累たちもそこから分かちがたく連なっている。ところが,その1人の人間だけを都合よく切りはなして,それもとくにできれば単純労働者を中心に受け入れようとする外国人管理政策は,きわめて単純明快的にいえば “虫のよすぎるご都合主義” である。

 本ブログ内でもなんどがとりあげたことのある識者,坂中秀徳は2012年に『人口崩壊と移民革命-坂中秀徳の移民国家宣言-』(日本加除出版)を公刊していた。この国はもはや移民なしには人口が一気に減少していくほかない趨勢を迎えている。坂中は以前より “1千万単位での移民を導入しろ” と主張していた(「移民1千万人構想」)。本日議論した外国人「労働力」の受け入れやその活用政策などは,坂中にいわせれば “小さな弥縫策” にもなりえない姑息な国家政策でしかなかった。

 坂中秀徳は前掲書の最後でこう語っていた。「『移民歓迎』の旗を振り続ける。人口崩壊で日本民族が消えていく日本を移民政策でよみがえらせる使命を自覚し,孤高の人生をまっとうする」(153頁)。しかし,この発言だけからでもすでに6年が経過した。現在,日本国の総人口はいよいよ,本格的に高齢社会のままに急激に減少していく時期に立ち入っている。
日本人口推計2065年まで
  出所)https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20170724-00073546/

 ⑤ 本ブログ内で関連する記述

 『2017年12月19日』の

 主題:「『日本はスゴイ国』だから入国・永住したい? だが移民・難民が大嫌いなこの国は人口が減少していても,なるべく外国人は入れたくない『露骨なホンネ』」

  副題1:「すばらしいこのニッポンは,日本人のためだけの『美しい国』であって,世界に通用する『ふつうの国』ではないらしい」

  副題2:「そのような過信・観念を抱いているうちに,日本の人口(国勢)は急激に減少し,国力も衰退していく」


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 【大学医学部は私大をはじめ国公立大学も,女子学生・浪人生に対する差別的な入試・考査をおこなっている「虞」が大である】

 【先進国のつもりであるこの日本国の「高等教育段階:医学部入試」における女性差別の一側面】



 ①「昭和大,現役と1浪に加点 同窓生親族も優先 医学部入試」(『朝日新聞』2018年10月16日朝刊1面)

医学部合格者男女比率図表『HUFFPOST』2018年8月10日 1)まえおきの話題
 本日の記述に関連する統計は,右側の図表に表現されている。これは「2018年度の医学科一般入試の男女別の受験者数と合格者数」に関して,その「合格率の男女比」を,女性比率の多いほうから順に並べている。(画面 クリックで 拡大・可)
 出所)『HUFFPOST』2018年08月11日 07時00分 JST, https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/10/igakubu-data_a_23499881/?utm_hp_ref=jp-homepage

 とくにこれから汲みとるべき肝心な論点は,女子学生(受験生)に向けて適用されてきた実態として,いままでは隠されていた「医学部の入試判定における女性差別的なあつかい」にある。

 つぎに下にかかげた図表は『朝日新聞』2018年10月10日朝刊2面「総合」に掲載された解説記事「〈Dear Girls〉『女が大学なんて』言わせない」から借りたものである。「高等教育の私的収益」をみると,日本の女性に関する値が異常に低い。ここには,女性医師の現状にも通じる事情の一端が表現されている。
 『朝日新聞』2018年10月10日朝刊2面「総合」女と大学
 本日とりあげる「昭和大学医学部入試差別の問題」は,浪人生に関する話題であるが,すでに,医学における差別問題については “女子学生に対する差別的あつかい” が注目されていた。実のところ,これから議論していく「浪人生に対する医学部入試」の「差別的あつかい」も,根本においては「入試差別の全般的な問題基盤」に帰着していくものといえる。

 〔記事本文を引用する ↓  〕
 昭和大(東京都)は〔10月〕15日に会見し,医学部入試で現役と1浪の受験生に加点をする不正がおこなわれていたことを明らかにした。また,一部の試験で合格者を決めるさい,同窓生の親族を優先させていたという。今後,第三者委員会を設置して調査するとともに,不利益を受けた受験生への対応を検討するという。(▼30面=会見詳報)
 補注)この浪人生に対する入試差別,同窓生親族に対する入試での優遇は,いずれも大学の内部で秘密裏に実行されてきた慣習であった。私学として独自の判断(独断)もあって,当然のこと,「世間には公にできていなかった」入試の判定基準であった。問題はなぜ,そのような差別的あつかいが,これまでなされてきたかである。

 〔記事に戻る→〕 医学部入試をめぐっては,東京医科大で女子や浪人回数の多い受験生が不利に扱われていたことが発覚し,文部科学省が全国の81大学について調べている。昭和大の不正は,この調査の過程で文科省に指摘された内容だという。不正を認めたのは,東京医科大に続いて2校目。

 柴山昌彦文科相は〔10月〕12日,複数の大学で不適切な入試の疑いがあると述べ,大学側に自主的な公表を求めていた。
『朝日新聞』2018年10月16日朝刊30面「社会」図解

 会見をした昭和大の小出良平学長と小川良雄医学部長によると,不正は一般入試のうち,面接と小論文,高校からの調査書で判断する2次試験(80点満点)でおこなわれ,現役受験生に10点,1浪の受験生に5点をくわえていた。2013年度入試からおこなっていたといい,小川氏は「現役の方が伸びる。不正だと思っていなかった」と釈明し,医師国家試験の合格率などを挙げた。

 また,一般入試の2期試験(定員20人)で合格者を決めるときには,同窓生の親族を優先させており,今年度入試では4人,過去6年間では計19人が,合格点に達していなかったのに合格したという。こうした加点や優先は,募集要項には記していなかった。

 文科省が9月に公表した調査結果によると,昭和大は過去6年間の平均で男子の合格率が女子の合格率の1.54倍で,81大学の中で2番目に高かった。小川氏によると,男女で扱いは変えておらず,「試験の結果」という。(引用終わり)

 この記事の最後の内容は,昭和大学医学部では「男女で扱いは変えておらず」ということであった。だが,これは完全に信用できる回答ではなかった。すでに,私立大学医学部(圏内)では,女子受験生に対する「一定のかさ上げされた入試障壁」が存在することは,受験産業や高校側が察知する〈周知の事実〉であった。

 昭和大学医学部の場合,「過去6年間の平均で男子の合格率が女子の合格率の1.54倍で,81大学のなかで2番目に高かった」という〈実績〉が,そうした事情を正直に反映させている。もしもそうだとしたら,これに対して「男女で扱いは変えておらず」といった発言は “二重の意味” で,ギマン性を含んでいる。それほどにまで問題の根は深くところまで生えている。

 当該問題が騒がれはじめたころ,ネット上にはこういう記事も出ていた。この記事の要点がどこにあるか,あらためて説明する余地もあるまい。
★ 女性差別のある医学部まとめ ★

 9 / 5 更新  文科省による全国医学部の調査データが集計されました。全国医学部の過去6年間の年齢別,男女別の合格率のデータです。こちらの分析結果を近日公開予定です。

 9 / 14更新  昭和大学医学部の女性差別の可能性の検証について

 本記事の目的は,女性差別のある医学部を特定することではなく,女性の受験生を対象としてなんらかの調整(得点調整や2次試験での調整など)をおこなっている医学部は東京医科大学だけではない可能性を提示し,医学部受験全体の公平性の改善を求めることにあります。

 1) 医学部受験は

   ・合格最低点が公表されない医学部も多い

   ・得点開示ができない医学部がある or 得点開示ができても多くが
    一次試験のみである

   ・合否データが明確に公表されない医学部が多数である

など受験生にとって不透明な試験が多くおこなわれており,透明性の改善につなげることを目的としています。

 2) 医学部受験の女性差別問題の解決をきっかけとし,医療業界における女性差別問題の解決にも一歩前進することを目的とします。

 男女別の合否データはより詳細な調査のきっかけのひとつに過ぎません。男女差が大きくても,女性差別をおこなっていない可能性もゼロではありませんし,逆に男女差が少なくても,裏では女性差別をおこなっている可能性ももちろんあります。

 合否データの検証をきっかけとして,医学部全体において正確かつ公平な合否データの開示につながることを目的としています。

 この記述は以上の断わりから文章がはじめられているが,つぎのような目次のみ紹介しておく。

    1   速報!  聖マリ,昭和,日大において二次試験の合格率に男女差が!

    2   全国医学部の男女別の合格率のデータ

    3   男女別の合格率のデータの意義について

    4   東京医科大学の女性差別問題

    5   日本医科大学(女性差別なし)

    6   日本大学医学部(女性差別の可能性あり)

    7   聖マリアンナ医科大学(女性差別の可能性あり)

    8   昭和大学医学部(9 / 14更新!)

    9   ほとんどの医学部が男女別のデータを公表していない〔これは
   すでに既知〕

    10 国公立医学部もクリーンとはいえない

    11 日本医師会の声明

    12 某女性医師の「女子受験者一律減点は当たりまえ」発言について 
 ②「現役生に『将来に対する加点』 同窓生親族は『入ってくれる』 昭和大会見」(『朝日新聞』2018年10月16日朝刊30面「社会」)
『朝日新聞』2018年10月16日朝刊30面昭和大学「社会」図解

 昭和大が〔10月〕15日,医学部の入試で現役や1浪に加点する不正をおこなっていたと明らかにした。小出良平学長と小川良雄医学部長は「受験生に対して謝罪する」と頭を下げたが,会見では「不正という認識はなかった」と繰り返した。(▼1面参照)
 補注)こういった感覚そのもの⇒「不正という認識はなかった」という “この認識じたい” が問題になっている。にもかかわらず,なおもこのように申しわけできる,いいはることができる神経が尋常ではない。
補  説
 昭和大医学部でも入試を操作してたそうで,学長が謝罪会見しましたとさ。

 笑っちゃうのが,入試を操作をしたことについて学長は「ずっとやっていることなので,不正という認識はなかった」なんてふざけたいいわけしていることだ。

 だったら,入試なんてしないですべて情実入学でいいじゃん。もっとも,そんな大学出の医者にかかりたいとは思わないけど。
 註記)「『ずっとやっていることなので,不正という認識はなかった』(昭和大学長)。なんだ駅弁大学か!& 早くも国交政務官に政治資金規正法違反の疑い!&消費税増税の『ポイント還元』はカード会社の懐が潤うだけの愚策!!」   『くろねこの短語』2018年10月16日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-7280.html
 会見での説明によると,現役と1浪の受験生に加点したり,同窓生の親族を優先して合格させたりすることは,6年前に学内の入試常任委員会が決めた。委員会には,小川氏もくわわっていたが,「誰がいい出したか記憶にない」と話した。東京医科大の入試不正が明らかになったのちも,内部で問題視する意見は出なかった。
 補注)以上のごとき昭和大学のいいぶんについては,関連する会議の議事録はとっていないのかという疑問を提示しておく。5年以上も以前はともかく,直近の時期でも入試の時期が近づけば関連する諸会議が頻繁に開かれ,そのなかで「誰がいい出したか記憶にない」加点の件や親族優先の方針は,必らず再確認されつつ,毎年度の入試業務が進行していたはずである。

 大学の関係者であればこの程度の認識は,誰でも常識的に最低限は示せると思われるが,昭和大学の最高幹部たちは,そのようにトボけた応答をしていた。多分,社会からの非難・批判・指弾が怖いのである。

 親族優先とはいっても結局は,受験する学生の経済的な事情が効いてくる。つまり,所得層でいえば「裕福な家庭・世帯を背景」にもった「縁故のある受験生」が合格しやすくなる。入試の客観的な公平性の視点に即して議論したら,説明・弁解しきれない入試判定政策を実施していたことになる。しかも,世間に対しては非公開の秘密としておこなっている入試の一環であった。

 昭和大学医学部このたびは,さきに,東京医大の不正入試が世間で大きな話題になっていたのを受けて,昭和大学も医学部入試で「現役と1浪の受験生に加点を(10点と5点)したり,同窓生の親族を優先して合格させたりすること」を,ようやく白状した。東京医大の件が先行して生じていなければ,おそらく,今後も以前のままでいたに違いあるまい。

 〔記事に戻る→〕 文部科学省は現在,全国81大学の医学部医学科の入試について調査をしており,性別や年齢などで受験生に差をつけていないか,大学に聞いている。昭和大は当初,「不正はない」と答えていたものの,9月末になって文科省から現役受験生らに加点していたことを指摘され,会見に踏み切ったという。当初の調査で申告しなかった理由について小川氏は「(現役や浪人の違いでなく)年齢による扱いの違いを質問された。現役でも帰国子女だと年齢が高い人もいる」と説明した。
 補注)この「現役でも帰国子女だと年齢が高い人もいる」との説明は,ものごとの「少数例をもってあえて全体にまで一般化しようとする誤謬」である,端的に指摘すると単なる〈屁理屈的な弁解〉である。

 加点がおこなわれていた2次試験は面接・小論文・調査書を点数化して80点満点で採点する。このさいに現役に10点,1浪に5点をくわえていた理由を小川氏は「学習能力のみならず,より優れた医学生になっていくことが多い」「彼らの将来に対する加点」と表現。「将来」に,医師国家試験の合格率も含まれるかを問われると「それも含めて考えている」と答えた。
 補注)このいいぶんは,大学の入試である作業範囲からはみ出した独自の見解である。医学部に限定されるべき問題だけでない。もしも,将来(20~30年さきのこと)までも含めて勘案できる入試の判定(考査:評価)が,昭和大学医学部ではできていたとでも主張しているのか? はたして,大学の入試段階であっても,そこまでの未来に通じるような「客観的な公平性」を維持した独自の試験を実施できるのか問うてみればよい。これにはただちに疑問が浮上する。

 以上の話題からさらに類推を重ねて議論する。学費のたいそう高い私学医学部への進学話である。親族に自学(昭和大学)医学部の卒業生がいる受験生のほうが,学費納入の点では,そうではない平均的な収入の家庭・世帯の受験生よりも,より確実であり安定しているとみなせる。だから,そちら(前者)の受験生を優先して合格させてもよいといった理屈も立てられる。ただし,それは,世の中にに対して堂々と公表できない入試の実施要領であった。

 入試に関して「できること」と「できないこと」の違いがあることは,一般論しては当たりまえにいえる。現在では,非常に多種多様になった入試の方式(メニュー)のことゆえ,いろいろな違いがを派生させられている。前段のごとき要因,つまり時間的・空間的に考えて,大学の入試の責任がとうてい及びにくい,もとより関与のむずかしい要因までも,「入試判定」のなかに繰りこもうとしてきたゆえ,必然的に入試の公平性はますますあやしくなっていた。

 入試に厳格に要請される「客観的な公平性」(公的なものである)が,私学に独自とされる配慮:「主観的な偏向性」(私的なもの)にほうに引きずられていき,結局,入試全体の社会的使命・本来のありようを歪めるほかなくなっていた。浪人だから女性だからといって,なにかと難癖をつけるみたいに差別的にあつかっていた。そのうち「現役と浪人」や「男と女」を差別する立場を当然視する感覚に慣れてしまい,その立場に疑いをもたないでいられたのか。

 ましてや「親族に自学医学部の卒業生がいる受験生」が優遇されてきたとしたら,これが医師の資質を低下させる要因になる可能性もあるのではないか。


 〔記事に戻る→〕 また,小出氏は〔「加点」の考慮をめぐっては〕「生徒会長やボランティアをしていたかなど,五十数項目あるうちの1項目。フェアでないと指摘があるからあらためる」と発言。募集要項で明示していなかった点を踏まえて「いまは不正という認識か」と問われると,「見解の違いがある。評価は第三者委員会に指摘いただき,前に進みたい」とした。
 補注)要は昭和大学側は,医学部入試において不正はしていないという認識を,いまの時点でもまだ抱いているらしく,こうなるとこの大学の社会常識にまで疑問符を突きつけねばならない。

 2期試験で同窓生の親族を優遇した理由について小川氏は,合格発表後に入学を辞退する受験生が一定数いることを挙げ,「(同窓生の親族は)入ってくれる可能性が高い」と説明。「本学の精神が伝わっているだろう」とも話した。
 補注)これも屁理屈である。補欠(追加)合格者を成績順に逐次的に出す手順を採り,必要な合格者数を満たすまで補充していけばいいだけのことを,このようにすりかえて「同窓生の親族を優遇した理由」として挙げている。説明になっていない。

 柴山昌彦文科相は〔10月〕12日の会見で複数の大学で不適切な入試の疑いがあるとし,大学に自主的な公表を求めた。昭和大の会見を受け担当者は「早急に事実を説明して対応したことは,昭和大なりに受験生に誠意ある対応をとったと思う」と話した。文科省は現在も各大学に対する調査を進めており,月内に中間報告,年内に最終結果を公表する方針。(引用終わり)

 「早急に事実を説明して対応したことは,昭和大なりに受験生に誠意ある対応をとったと思う」という弁明を聞かされた,それも第3者の立場にいるわれわれとしては,この昭和大のいいぐさには呆れるほかない。「誠意(?)ある対応をとった(!)と思う」などと,まさしくシャーシャーといいぬけている。昭和大学医学部において明らかになった浪人生への差別は,誠意のない入試政策であるのだから,これへの弁明がなされれば “誠意をみせたことになる” というのは,言葉の使い方をしらない者の返答である。

 ③「2013年から現役・1浪のみ加点 卒業生の子も優遇-昭和大医学部も入試得点操作」(『日本経済新聞』35面「社会2」)


 この記事は『朝日新聞』の内容とほぼ同一である。ただ,『朝日新聞』が触れえていない中身があるかに注目しつつ,引用したい。

 --大学医学部の入試の公正さに疑いがもたれている問題で,昭和大は〔10月〕15日,2013年以降の一般入試の2次試験で,現役と1浪の受験生の高校調査書の評価点を加算する得点操作をしていたと発表した。大学OBの子供の場合,合格ラインに達していなくても合格させていたケースもあった。

 いずれの操作も学内の入試常任委員会が決め,組織的におこなっていた。医学部の不適切な入試を認めたのは東京医科大に続いて2例目。文部科学省は他大学を含む実態把握のため調査を急ぐ。
『日本経済新聞』2018年10月16日朝刊昭和大学画像

 〔10月〕15日午後,小出良平学長と小川良雄医学部長が東京・品川の大学内で記者会見。「社会の信頼を損ない,深くおわび申し上げる。不正という認識がなかった」と謝罪した。
 補注)この「不正という認識がなかった」という発言が本物だとしたら,これは,昭和大学幹部が学校法人の最高責任者群としては,もともとあまりにも常識がなかった事実を示唆する。そうではなく,この発言が弁解のために用意された修辞であったとしたら,これまたずいぶん程度の悪い人たちが大学経営者の立場にいるとしかいいようがない。

『日本経済新聞』2018年10月16日朝刊昭和大学表 同大学によると,医学部の一般入試では筆記による1次試験(400点満点)に続き,面接・小論文・調査書による2次試験(80点満点)を実施。このさいに調査書の評価で現役に10点,1浪に5点を加算していた。

 小川学部長は「現役生のほうが医師国家試験に合格しやすく,医療に携わる人材として将来性があった」と理由を説明。募集要項で調査書などの内容を総合的に評価すると告知しており,「これまでは不正と考えていなかった」と釈明した。
 補注)つぎの図表は,本ブログ2018年10月13日のなかでかかげてみた統計であった。
医師国家試験合格率1963年と1991年
  出所)https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2017121300028_2

 直近における「第112回医師国家試験合格状況」は,こうなっていた。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
昭和大学入試統計
 出所)ここでは,https://www2.tecomgroup.jp/igaku/topics/kokushi/112result/ を参照した。

 「第112回医師国家試験」について,昭和大学医学部の関連事項を説明しておきたい。さきに,同上試験の概要,その数字を記しておく。

    受験者数  : 10,010人
    合格者数 :   9,024人
    合格率  :   90.1%

★ 昭和大学医学部・医師国家試験合格状況 ★
 
 出願者数 受験者数  合格者数  合格率
  122名   119名       111名   93.3%      

 新卒総数 受験者数  合格率数  合格率
  103名     101名       101名      100.0%  

 既卒者数 受験者数  合格率数  合格率
   19名   18名     10名        55.6%

 補注)医師国家試験を受けた医学部既卒者の数値では,たしかに合格率は低い。だが,該当する絶対数(母数)が少ない。
 〔ここで日経の記事に戻る→〕 昭和大学医学部は入試を1期と2期に分け,別々に試験と合格発表をしている。2018年の2期入試では募集定員20人に対し24人を合格させたが,うち4人が卒業生の子供などだった。

 4人は本来,辞退者が出た場合に繰り上げ合格させる補欠者だったが,「確実に入学してくれる」という理由で正規合格にくわえた。同様の経過で,これまでに計19人が合格しているという。現役生やOB子弟らの優遇は学内の入試常任委員会で決定され,2013年春入学者の入試から続いていた。
 補注)私立大学ゆえ,独自の政策を入試に関して採用していても “自由だ・裁量の範囲内だ” という理屈になる。とはいっても,この昭和大学医学部入試に関する内部操作は,あくまで内密に運用されてきた「大学OBの子供の場合,合格ラインに達していなくても,補欠候補者に指定しておき,合格させてもいたケース」である。

 だが最近は,恒常的な対応策として採られていた入試政策の具体的な内容であった。公正・公平であるべき入試において,どのような事情があれ,このような「ネポティズム:nepotism(縁故主義)の措置」が裏舞台で仕組まれ,実行されていた。説明も弁解もしきれない特定の秘密となっていた。

 〔記事に戻る→〕 〔また〕昭和大は文科省の調査で過去6年間の男子の合格率が女子の1.54倍に達しているが,会見で小川学部長は「女子受験生への差別は一切ない」と明言した。
 補注)この点については,つぎの ④ に引用する記述をもって反論する。

 同学部長は「不利益を被った受験生には誠実に対応する」と表明。大学は今後,第三者委員会を設け,救済措置などを検討する方針だ。大学入試に詳しい桜美林大の田中義郎教授(教育学)は「大学入試は公平におこなわれるものだと広く認識されており,受験生にとってはいちじるしく信頼が損なわれる」と指摘。「もし現役と浪人で加点や減点をするなら,入試前に理由を説明するのが筋だ」と話した。(引用終わり)

 いわれている点「不利益を被った受験生には誠実に対応する」ことを,完全に履行するには,つぎに展開する ④ の問題点を全体的につまびらかにしてからの話となる。問題はまだ〈とっかかりの時点・立場にいる〉に過ぎない。

 ④「昭和大学医学部の女性差別や多浪不利の可能性の検証について」(『医学部受験バイブル』2018.9/14 更新,https://医学部予備校.com/?p=8606 引照)

 文科省の調査結果から昭和大学医学部は,全国の医学部のなかでもトップクラスで,男性と比べて女性の合格率が低いことが判明した。現時点〔2018年9月中旬まで〕で大学側は,得点調整等はおこなっていないとの回答していた。その詳細は不明であるが,データ上は明らかに女性の合格率が低い。つぎのような項目に順次したがい,昭和大学医学部入試を吟味する。

 1)偏差値や教科の難易度が高くなっても女性の合格率に影響しない
 過去6年間の合格率の男女比(男性合格率 / 女性合格率)は,東大 1.03,東京医科歯科 1.11,東北 1.13,阪大 1.13,神戸 1.04,慈恵会医科大学 1.06 であり,これら難関・最難関の医学部においては男女差があまり認められない。

 以上に対して順天堂 1.67,昭和 1.54,日大 1.49,東北医科薬科 1.54,埼玉医科 1.35などは,非常に大きな男女差がある。また,私立医学部だけでなく,国公立医学部においても男女差の大きい医学部が複数存在する。

 以上から,偏差値や教科の難易度の合格率への影響は否定できる。実際に「当塾のこれまでの卒業生のデータ」からも,男女別の成績に有意な差は認められない。

 2)「全国医学部の文科省データのリンク」(原文に指示されたリンク ⇒ 全国医学部のデータ

 3)「昭和大学医学部の性別・年齢別の合格率」
 この資料には注意すべき点がある。つまり「文科省の第一報であり正確性は担保されていない」が,しかし「十分参考に値する調査データである」。また「推薦入試などすべての試験を含んだ結果である」が,「昭和大学医学部は大部分を一般入試が占めてい」る。さらに「元データは浪人年数ではなく年齢別のデータになってい」て,「分かりやすくするため,当塾にて浪人年数に置き換えてい」る。

 「18歳以下→現役 19歳→1浪 20歳→2浪 21歳→3浪 22歳以上→4浪以上」

 「年齢の定義にもよるため,明確に浪人年数でわかれていない可能性も考えられ」る。「ただし大部分の受験生は上記浪人年数に当てはまるため大きな傾向はつかめると考え」られる。「また,再受験生かどうかは把握でき」ないために,「あくまでも年齢別のデータにな」っている。

 4)全国で2番目に合格率の男女差が大きく 1.54倍にのぼる
 最新における資料によれば,昭和大学医学部の入試では,全国で3番目に合格率の男女差が大きく 1.54倍にのぼり,例年において大きな男女差が認められる。

 ここ6年間の合計によると,全国82の医学部のなかで昭和大学医学部は,合格率の男女差が3番目に大きい。医学部入試のこの男女差は,1位が順天堂医学部,2位が東北医科薬科大学である。

 昭和大学医学部のばあい,6年間合計で男性の合格率は女性の合格率の1.54倍にものぼるなかで,4浪以上の女性は843人が受験し,合格者は0人。現役や1浪においても他医学部と比較して大きな男女差を認めるが,それも2浪以上において顕著になっている。

 この2浪の合格率の男女差は2.87倍にものぼる。3浪以上だけでなく,2浪の男女差も例年非常に大きく,6年間合計で,合格率の男女差は実に2.87倍にものぼる。6年間合計で2浪の女性は2015名が受験し,合格者はわずか38名であり,合格率は 1.9%である。

 一方,6年間合計で2浪の男性は3847名が受験し,合格者は208名であり,合格率は5.4%となっていて,上記のとおり合格率の男女差は,2.87倍となっている。さらに,4浪以上の男性の合格率はわずか0.6%である。女性だけでなく,4浪以上の男性も合格率は大きく低下し,6年間合計で2510名が受験し合格者はわずか14名であり,合格率は0.6%となっている。

 5) 補欠繰り上がり合格での調整をおこなっている可能性について
 昭和大学医学部では,「補欠の繰り上がり合格を女性にまわさないようにしている」という声が関係者からあがっているが,詳細は不明である。
 補注)前段の記述には,「補欠(追加)合格者を成績順に」出すさいに「同窓生(OB)の親族を優遇する」と説明されていた。

 昭和大学医学部では一般入試にⅠ期とⅡ期(前期と後期と同義)の2回試験があり,それぞれ正規合格者と補欠対象者が発表されるが,補欠の順位は公表されていない(慈恵会医科大学,日本医科大学など補欠順位が明確に公表される私立医学部は複数存在する)。そのため,補欠繰り上がり合格の対象が,Ⅰ期とⅡ期からどのように繰り上がっているのかまったく分からない。
 補注)これは想像での推測話になるが,たとえばⅠ期とⅡ期あわせて女性には繰り上がり合格をまわさないようにすることも,大学側はできてしまう体制である。

 6)   昭和大学医学部の2次試験について
 昭和大学医学部の2次試験は面接と小論文であるが,面接は医学部受験のなかでも拍子抜けするほど緩いものであって,時間も10分と短い設定であるる。実際,昭和医学部の2次試験を受験した卒業生からの声を整理し,紹介する。
 ◇-1 10分間の面接で,延長はなく時間が来たらすぐに退出。

 ◇-2 小さな部屋でおこなうのではなく,大部屋を区切ったブースのようなところで面接をおこなう。そのため,他の受験生の声も聞こえてくるような環境。

 ◇-3 質問内容は,志望理由・医師を志した理由・趣味についてなど典型的。

 ◇-4 雰囲気は和やかで緊張はしない。
 さらに小論文も一般的な内容なので,少なくとも他の医学部と比較して2次試験を重視している印象はまったくない。

 7)  当塾の卒業生の合否データからの分析
 「当塾」にて昭和大学医学部の1次試験に通過した卒業生のデータは,こうなっている。

   2018年度 1次試験合格者 男性7名 女性5名
          2次試験合格者 男性5名 女性0名

 補記)なお,2018年は上記と別に,昭和大学医学部に推薦入試で合格した女性の卒業生が1名いたが,これは指定校推薦であり,全国で1名しか受験生が存在しなかった試験であり,一般入試とは別物であった。

   2017年度 1次試験合格者 男性1名 女性3名
         2次試験合格者 男性1名 女性0名

 上記を合計すると,2年間で1次試験合格者男性8名のうち2次試験合格者は6名,女性は1次試験合格者が8名で,2次試験合格者は0名。さらに,男性は2次試験合格者6名のうち,昭和医学部「以上の医学部」に合格した卒業生が2名いた。

 一方,女性は2次試験不合格者8名のうち,横浜市立医学部・新潟医学部・浜松医科大学・群馬大学・慈恵会医科大学(2名)など,国公立医学部や昭和医学部より難易度の高い医学部に進学した卒業生が過半数を占めている。

 具体的な進学先は,下記(この8名は全員が医学部に進学)のとおりであった。

   慈恵会医科大学(横浜市立医学部合格)
   慈恵会医科大学(新潟医学部合格)
   新潟大学医学部
   浜松医科大学
   群馬大学医学部
   日本医科大学
   東京医科大学
   国際医療福祉大学医学部

 「当塾のデータ」からも,昭和大学医学部は女性不利といっても不思議はない結果が出ている。また,1次試験は女性も合格しているため,2次試験において調整がおこなわれているか,あるいは上記のとおり,補欠繰り上がり合格で調整をおこなっている可能性は否定できない結果になっている。
 補注)この補欠繰り上がりについては,前段でも触れたように「大学OBの子供が受験生の場合」だと,合格ラインに達していなくても合格させていたケース」があることが,その後に明らかになっていた。

 8)  得点調整はおこなわれているのか
 得点調整について,昭和大学医学部は少なくとも現時点では否定をしており,「試験の結果によるものと考えている」とコメントしている。
 補注)この点は虚偽であり,2次試験においては現役と1浪の受験生に対する加点(10点と5点)がなされていた事実は,本日の報道に指摘されていた。

 しかし,東大・東京医科歯科大学・阪大・神戸大・慈恵会医科大学などで大きな男女差を認めていないなか,合格率にこれだけの男女差を認めている以上,もし公平な試験をしているのであったとしても,「女性が不利になるような試験をおこなっていることの裏返し」だといえます。
 補注)昭和大学医学部入試で女性差別があったのかどうかは,まだ不分明である。

 また,女性を不利にする意図がなかったのであれば,6年間のなかで女性の合格率が低いことに気がつき,試験内容を是正する動きがあっても不思議ではないが,合格率の是正はなされてない。

 9)  2010年以前の昭和大学医学部の生物の試験は適切といえるか
 参考にまで,2010年の昭和大学医学部で出題された生物の問題の一部を掲載する。これをみれば分かるように,生物に関する学力を試す試験として適切といえるか疑問がある。受験生にとっては,文意が通っていれば正解になったのか,一字一句あっていないと不正解になったのかの判断すらできない状態であった。(画面 クリックで 拡大・可)
昭和大学医学部入試問題生物学

 このような試験では,いくら公平に採点をしたといっても,「生物の受験生が多い女性を不利にする効果は十分ある」と考えられる。

 10)試験内容や公表内容の是正を
 ここまでの分析はすべて〔当塾〕独自の分析であり,現時点で昭和大学医学部は得点調整はおこなっていないと応じている。そのため現時点ではそのコメントを信じるほかない。
 補注)既述の点(加点の件)はさておき,いまのところ昭和大学医学部で「女子受験生の差別」につながっていると確定的に判断できる材料は,とくにみつかていない。だが,それにしても上記の「生物の問題」は異様にしか映らない。

 いずれにせよ,昭和大学医学部入試では,上記データのように,女性や4浪以上の男性の合格率が低い状態が少なくとも6年間続いている状態は,事実として間違いない。調整をおこなっていないのであれば,試験内容や入試結果の公表内容の是正を期待したい。
 
 11)  具体的な是正内容について
 最後に,昭和大学医学部入試に対しては,以下の独自に考える具体的な是正方法について列挙したい。
   ※-1 すべての試験形式において,補欠順位を公表する

   ※-2 1次試験および2次試験それぞれの性別・年齢別の受験者数・合格者数・合格率を各試験形式ごとに公表する

   ※-3 1次試験および2次試験の得点開示を全受験生を対象におこなう。
(現状では,1次試験に合格すると開示ができないほか,開示をおこなっても1次試験の結果のみ)

   ※-4 2次試験の配点(点数化しているのであれば)と,性別および年齢別の得点分布を公表する
 ほかにもまだあるが,最低限上記の公表をおこなわないかぎり,データにおける大きな男女差の理由を説明することはできない。(引用終わり)

 結局,昭和大学医学部だけの問題ではないけれども,入試情報の全面的な開示(情報公開)に,なにか支障があるかのような入試が実施されている〈疑い〉がもたれる。文部科学省が大学側に課している「入試関連の情報公示」の中身は,今回のごとき女性差別・浪人差別の実態に迫るだけの水準に到達していない。ここにもそもそもの問題が淵源していた。

 したがって,「全数ではない」ものの「一定数の医学部受験者に関する情報」を入手・把握できている受験産業側が,その限定された統計的な実資料をもってしてでも,それも私立大学にとくに多いとみられる “入試関連の差別問題” (その恣意性)に関する疑問を提示してきた。文部科学省はその要の責任が問われている。

 ちなみに『平成28年度私立大学等経常費補助金 学校別交付額一覧』は,大学570校のうちで,この昭和大学をつぎの順位で記載していた(同上,1頁のみ紹介)。(画面 クリックで 拡大・可)
私立大学経常費補助金一覧(上位のみ)
出所)http://www.shigaku.go.jp/files/s_hojo_h28a.pdf

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 【不審・不可解な死をとげた人たちの一覧,それも安倍晋三政権下の話題として】

 【議論も対話もできない「世襲3代目のボンボン政治屋」が,これからも首相を担当するという「この国のとてつもない不幸・不運」】



 ①「安倍政権に関わって不審な死を遂げた人物一覧」(『ガラパゴス速報』2018年だが,具体的な諸日付は以下の記述中に順次掲出,https://galapgs.com/economics/politics/domestic/abeseiken-fushinshi/

   ★ Twitter まとめ & はてな村ウォッチ ★

 森友学園問題で近畿財務局の職員・赤木俊夫氏が〔2018年3月8日〕自殺をしたことで,過去に安倍政権にかかわって不審な死を遂げた人物がクローズアップされてきました。

 1) ike1962@8icsRtq8Pz2NoMi の「事前の説明」
 安倍,自殺者続出内閣…  逆らうと死ぬんだ。だから皆腰がひけてるのか。Twitter ではこのようなかたちで,不審死を遂げた人物,もっといえば「安倍政権に暗殺された疑いがある人物」の一覧が出まわっています。この記事では,不審死リストから,安倍政権とのかかわりが深い人物を選んで,その背景や暗殺の疑いについて考察するツイートをまとめてみました。
     上野正彦画像
 2) 2006年「竹中省吾 裁判官」
 「住民基本台帳で違憲判決を出した」。2006年12月3日,第1次安倍政権時の不審死。竹中省吾裁判官,住基ネット(いまのマイナンバーの前身)に「違憲」判決を出した3日後に自殺。パソコンラックに結びつけたかばんのベルトで首をつって死亡(?)。パソコンラックでどうやって首を吊るのか(?)。重みでラックが倒れると思うが。

 3) 2006年「鈴木啓一 朝日新聞記者」
 1988年リクルート事件のスクープをするなど,朝日新聞の看板記者であった。りそな銀行による自民党への政治献金が10倍になっていることを記事にし,東京湾に浮かぶ。

  ◆ まこつ@makomako210 「@masanorinaito 鈴木啓一氏 享年48歳 朝日新聞論説委員 2006年12月17日に東京湾に浮かんでいたところを発見され,「自殺」として処理された。最後の記事は,死の翌日同紙に掲載された,「りそな銀行,自民党への融資残高3年で10倍」のスクープ 何言っても消されない?  そうかなぁ~・・・」。
 2017年10月17日 22:04:02

  ◆ Yasu@noosa_noosa 「鈴木啓一 2006.12.17 朝日新聞論説委員。リクルート事件解明のきっかけとなる,川崎市助役への未公開株譲渡スクープなど朝日の看板記者だった。2006年12月17日,東京湾に浮かんでいるところを発見され,自殺とされた」。
 2017年02月27日 00:55:49

 4) 2007年「石井 誠 読売新聞政治部記者」
 郵政民営化や竹中平蔵氏の私的懇談会「通信・放送の在り方に関する懇談会」が進めるNHKの組織改革,NTT出版の解体などについて批判的な記事を多数執筆していた。

  ◆ まこつ@makomako210 「読売政治部記者の石井 誠氏が変死 自宅で手錠&口の中に靴下が詰めこまれた状態でその上から粘着テープをはってあった 後ろ手に回した両手には手錠,左手に手錠の鍵をもっていた 頭部を玄関方向に向けており,左側体部を下にした状態で,上下の服は着ていたSMプレー中の事故死と処理 警察ちゃんとしろ」。
 2018年01月13日 00:02:08

  ◆ 原(安倍政権は緊縮財政)財政出動しろ@adjajplpdxg  「@okura_yamakawa @tsushimaneko1 @vostrool @nyanpechan @xv22tacica   石井 誠って人の自殺もおかしかったな。読売新聞政治部記者。後ろ手にした両手に手錠をかけ, 口の中に靴下が詰まった状態で死んでいるのがみつかったにもかかわらず事件性がないとの警察の判断で捜査打ち切り。石井記者は,郵政民営化やNTT出版解体に対する批判記事を書いていたらしい。
 2018年01月06日 22:36:51

 5) 2007年「松岡利勝 農水相」
 2007年5月28日,衆議院議員宿舎(新赤坂宿舎)の自室(1102号室)で首を吊って心肺停止状態となっているところを発見され,搬送先の慶応義塾大学病院で死亡が確認された。現職国務大臣の自殺は日本国憲法下の日本では初めてのことであった。

  ◆ 木下黄太@KinositaKouta 「戦後の現職国務大臣の自殺は,2007年の松岡利勝農林水産大臣の自殺があるだけ。この時は松岡大臣についての献金問題などお金の問題の報道が相次ぎ,レイムダック状態になっていて,赤坂の議員宿舎で首つり自殺。類例がない。松下氏がなにか追いつめられていたと社会的に分かることは,少ない。
 2012年09月10日 18:26:21

  ◆ Bell Boyd@Bell_Boyd 「松岡利勝は議員宿舎ですでに死亡していた。変死扱いで司法解剖が必要になる。司法解剖させないためにはなんとしても「病院内での死亡確認」が必要。小泉の顔の利く慶応に事前に根回し。そして歌手の死亡でTVがわんさか集まっているところでパフォをおこなう。 http://d.hatena.ne.jp/kamayan/20100406/1270496070」。
 2012年06月22日 07:47:35

  ◆ Libertarianism@yosizou_k 「松岡利勝 2007.5.38  自殺には謎が多すぎる。もともとこの人は腹黒一色だったのだろう。だが,BSEに汚染された米国毒牛輸入の解禁には抵抗を続けた。邪魔になって米国に暗殺されたという説は根強い」。
 2010年08月20日 20:50:46

  ◆ interceptor@INTERCEPTOR_24 「もう皆忘れただろうけど,ナントカ還元水の松岡利勝が新築議員宿舎の自分の部屋で犬のリードに繋がれてテルテル坊主にされた暗殺事件は,農林中金他を狙った米金融が邪魔者として処分したもの。ZARD坂井自殺で目眩まし。@higeoti @kumaboon @osiete_tukachan」
 2014年06月21日 07:24:56

 6) 2007年「山崎進一 緑資源機構元理事」
 「マンションから転落死」。2007年に松岡利勝農林水産大臣らに政治献金をしていた疑惑が浮上。5月26日に官製談合疑惑で自宅を家宅捜索し,同日から28日まで事情聴取。28日,松岡は自殺。山崎は29日午前5時過ぎ,森林開発公団による官製談合事件の調査のさなかに投身自殺した。午後から聴取をおこなう予定だった。

  ◆ 非一般ニュースはアカウント凍結@kininaru2014111 「第1次安倍政権時の不審死。緑資源機構の山崎進一元理事 自殺。2007年に松岡利勝農林水産大臣らに政治献金をしていた疑惑が浮上。5月26日に官製談合疑惑で自宅を家宅捜索。28日,松岡は自殺。山崎は29日午前5時過ぎ,森林開発公団による官製談合事件の調査のさなかに投身自殺した。

  ◆ 新井 熊@NestFrancais 「森友問題対応の近畿財務局職員 安倍政権ではよくあること。 緑資源機構談合事件 2007年5月18日に松岡利勝農林水産大臣の地元事務所関係者が自殺。5月28日には松岡利勝農林水産大臣が自殺。 29日には,同疑惑に関連して捜査を受けていた山崎進一が自殺」。
 2018年03月09日 13:45:27

 7) 2013年「加賀美正人 内閣情報調査室参事官」
 外務省ロシア担当キャリア。練炭自殺。

  ◆ Yasu@noosa_noosa 「恵比寿にあるマンションの浴室で,内閣情報調査室の加賀美正人参事官(50歳)が死亡しているのがみつかった。浴室内で練炭がたかれた跡があり,当局は自殺とみて調べている」
 2015年06月19日 00:58:58

  ◆ EEE-Reporter@EEERepoter 「★『官僚の罠』佐藤 優 「2013年04月17日 内閣参事官の加賀美正人氏が,都内自宅の浴室で遺体で発見された。状況から練炭自殺をしたのではないかとみられている。加賀美氏は,ロシアスクールに属するキャリア職員・・・加賀美正人氏は「鈴木宗男にぶん殴られた」と嘘の発言」 。
 2014年03月01日 20:25:09

  8) 2013年「ガチャ規制を推進していた 神宮司史彦」
 消費者庁審議官,妻と一緒に飛び降り自殺。

  ◆ 概念主義者 ニートリアージ 我輩は猫以下@tokoroten510 「消費者庁審議官の神宮司史彦(じんぐうじ・ふみひこ)(52歳)と妻(53歳)で,搬送先の病院でいずれも死亡が確認された。部屋から妻が書いたとみられる遺書がみつかった。家庭内のトラブルが記されており,同署は2人が飛び降り自殺を図ったとみている(毎日新聞)」 。
 2017年12月02日 13:29:16

  ◆ めび◢  ◤ @Meb1us0ne 「ソシャゲと暴力団の関係って結構深いのかねぇ・・・   グリーとかも色々やってそう,件のコンプガチャ消費者庁審議官夫婦 飛び降り自殺で離れた場所にワープってやつとか」
 2016年02月07日 16:02:46

  ◆ きっこのよ@drtyoppst 「グラブル〔グランブルーファンタジー〕で話題になってるけど,ソシャゲといえばそこらの法律整備しようとした消費者庁審議官が夫婦揃って謎ワープ自殺をしたのが印象的だな。実のところどうなんでしょうね。それも,コンプガチャ自体は報道されまくったのに,この謎自殺についてはあんま報道されてた記憶がない」。
 2016年01月09日 20:53:34

  ◆ でぃ~ね@馬鹿発見器@dhi_ne4 「@tachikin_dqx 2013年の事件だべね~ 消費者庁のナンバー3の官僚が自殺 奥様も自殺 同じ日に自殺だけど別々の場所で自殺 うん 事件性はないですよね(白目)」。
 2018年01月26日 18:03:11

 9) 2013年「神宮司史彦 消費者庁審議官」( 8) と同上なので,はぶく) 

 10) 2014年「岩路真樹 報道ステーションディレクター」
 原発問題を追っていた報道ステーションディレクター。部屋のドアを目張りして練炭自殺。生前,「自分は絶対自殺しない,死んだら消されたと思ってください」といっていた。

  ◆ ボビー・ブラウン@po_jama_people 「岩路真樹 2014.8.30 TV朝日「報道ステーション」ディレクター,甲状腺と被爆の関係や手抜き除染等の番組制作,→「自殺」,これを追求しようとした写真週刊誌フラッシュは当該号販売中止」。
 2018年03月09日 11:06:45

  ◆ 不正選挙監視団@rigged_election  「岩路真樹ディレクターの不審死:「原発関連のニュースをきょうも放送できませんでした。時間がなくなったからです。申しわけありませんでした」。テロップの「時間(じま)が無くなったからです」は,「(岩)路真(樹)が亡くなったからです」の意」。
 2018年01月22日 12:00:02 

  ◆ NORI.T@o_kaa 「岩路真樹ディレクターが命がけで取材した映像。 #被曝被害 身の危険を感じるが突然死や自殺にされたくないという人は「私が死んだら殺されたと思ってください」宣言が必要かも?!」
 2018年01月14日 12:22:18

 11) 2015年「神原紀之 内閣参事」
 特定秘密保護を治安維持法と批判していた。屋久島の岩場で死体でみつかる。

  ◆ しらゆき@nam1975 「内閣府参事官 …どう考えても消されたよね。 なんで台風接近時の屋久島に1人で登山行くんだよw」。
 2015年07月25日 09:38:30

  ◆ 霊山エリザベス日記@h27a376788r3ey7 「内閣府参事官な神原紀之が変な場所で死んでたらしいが。公安はマタマタ煮え湯を飲まされたわけだ。中川昭一が×されたときには警察は愕然としたとの噂があるが多分本当。なりすまし集団・清和会台頭以降は酷すぎるな」。
 2015年07月27日 09:56:26

 12) 2016年「自民党山田賢司議員の秘書
 山田議員の不正を週刊誌に告発した秘書が「検察にいく」といい残し,練炭自殺。
 2017年10月17日 21:48:29

 13) 2016年「UR所管国交省職員」
 甘利大臣が入院したのち,合同庁舎3号館より飛び降り自殺。

  ◆ 対米独立!!@qsatoh 「8月の時効まで死んだふりするつもりの甘利 明。UR問題が出てから,国交省の若手職員が庁舎で飛び降りてのがあった(自殺???)。直の担当者だったって噂もあった。舛添もカスだが,甘利の方がはるかに悪質」。
 2016年05月12日 13:44:58

 14) 2017年「秋山 肇 社長」
 森友学園問題で疑惑の小学校から残土搬出を請け負っていた会社,田中造園土木の社長。

  ◆ りんりん@mairairmai27 「@16thmooncafe @8icsRtq8Pz2NoMi 森友学園の8億円値引きの根拠となった残土処理を請け負っていた,藤原工業の下請けの「田中造園土木の秋山肇社長」ですよね…警察は(豊中市役所のトイレで?)自殺として処理,家族は心臓発作と主張が食い違っていた状態にもかかわらず,亡くなった翌日にはお通夜をされていたという不可解な話です」。
 2018年01月13日 07:05:46

  ◆ 100%GOVOTE ALL Japan@100_govote 「【近畿財務局職員が自殺=「森友」交渉に関与か】 これ,冗談じゃないですね …  昨年の造園業者,秋山 肇さんは「国にいわれて埋め戻しした」と証言した翌日,豊中市役所のトイレで「首吊り自殺」してたとされる「事件」が頭をよぎりました。 この方のご冥福をお祈り致します」。
 2018年03月09日 16:15:55

  ◆ 兵頭正俊@hyodo_masatoshi 「森友学園事件には,現場ルートと呼ぶべきものがある。このルートには,酒井康生弁護士や藤原浩一(藤原工業代表取締役),秋山 肇などがいる。秋山は,3月6日に暗殺された。遺体に喉をかきむしったあとがあり,ここから立花孝志(「NHKから国民を守る党」代表)の毒殺説が出てきた」。
 2017年05月17日 21:35:52

  ◆ 兵頭正俊@hyodo_masatoshi 「今回の籠池のメール暴露は,田中造園土木の秋山肇が,『毎日新聞』の取材に,「国にいわれて埋め戻しした」と証言したこととの整合性を証明するものだ。秋山は,ゴミがなかったことを証言していたのであり,これ以上喋られると困る勢力に,口を封じられたのだ。
 2017年05月17日 21:51:28

  ◆ 兵頭正俊@hyodo_masatoshi 「秋山 肇の他殺説の根拠。 ① 日頃から自殺をするような人物ではなかったこと。② 遺書がなかったこと。③ 死の前日に『毎日新聞』のインタビューを受けて,「国にゴミは掘り起こす必要はないと指示された」と語っていたこと。③が,敷地にゴミはなかったとする籠池の暴露と繋がる」。
 2017年05月17日 22:28:31

 15) 2018年「赤木俊夫 近畿財務局上席国有財産管理官」
 「森友学園問題に関連した池田靖近財統括官の直属の部下。神戸市内の自宅で首をつって死亡していた」。

  ◆ JPno_Trump@JPno_Trump 「佐川長官が辞任へ。森友問題「混乱の責任」か(!?)  そして,森友の国有地売却問題で対応の,書き換え役の近財職員が自殺「原本」と遺書みつかる。赤木俊夫(近畿財務局職員)が7日に自宅で自殺(共同通信)。赤木氏は払い下げの価格交渉で汚れ役を一身に背負わされていた池田靖統括官の直属の部下だった」。
 2018年03月09日 18:00:05

  ◆ せやからゆうたろう@smkoriki 「自殺したのは赤木俊夫・上席国有財産管理官。赤木氏は,払い下げの価格交渉で汚れ役を一身に背負わされていた池田靖統括官の直属の部下だった。氏の自宅となっている神戸市内の国家公務員宿舎には「改ざん前の原本」と「遺書」があったとされる。赤木氏は問題の文書改ざんに直接関わっていた」。
 2018年03月09日 23:23:06

  ◆ やのっち (。・ɜ・) d@_yanocchi0519  「近畿財務局の上席調査官・赤木俊夫氏が死亡した事件。赤木氏は森友文書を朝日新聞にリークした人という情報も出ている。この役職の人が他人ごとの森友学園問題で自殺などするはずがない。口封じで殺されたとみるべき。仮に自殺だとしても,安倍晋三と昭恵さえいなければ,彼が絶命することはなかった」。
 2018年03月09日 20:16:51

  ◆ 津やま@chindonsyan 「@_yanocchi0519 @nunnun106  赤木俊夫氏は事情聴取されていた。捜査当局は「こいつはベラベラ喋る」という印象をもったのかも? 他殺の疑いのある事件なのに「自殺」だと公表することが不自然。警察ルートの殺人事件」。
 2018年03月09日 21:02:17
   (引用終わり)

 以上の長々と引用しておいたが,とくに,森友学園問題にかかわって安倍晋三首相夫妻をめぐる “なにやらきな臭い話題” が連々とツイートされており,特定のそれも「いくつもの」「死亡事件発生」に注目が集まっていた。

 実は,以上に紹介した文章は,昨日〔2018年10月14日〕の晩にみつけていたが,本日〔10月15日〕の『朝日新聞』朝刊に掲載されたつぎの「特集・解説記事」をみたのを機に,もう一度探り出しては,なるべく読みやすくする工夫をくわえ,転載してみた。

 日本国は,以前からどのような根拠がみいだせるのか不詳であったが,非常に治安のいい国だという自己評定があった。だが,この国もまた,反社会的集団(暴力団関係)の存在そのものよりも増して,国家権力じたいが非合法的に「自分たちの立場・利害」にとって都合が悪いとみなした人たちを抹殺(殺人)してきた事実は,あらためていうまでもなく,一定の「事実=真実」である。

 国家:権力側がじかに,それもひそかに手を下す裏・影の犯罪であるから,その犯行はなかなか証拠をみつけにくい。しかも,そのほとんどが密室的・暗闇的に実行・処分されているだけでなく,表面的には警察当局が事件あつかいせず,殺人事件とはみなしていないで始末・封印されている。

 以上の ① の引用は,なかでも安倍晋三政権にかかわっていて,それも国家による殺人行為と疑われてもおかしくない諸事件(すべて自殺と片づけられてきたもの)が紹介されていた。安倍夫婦が深く関与してきた「例の森友学園問題(国有地払い下げ)」に関連のある不審な事件も登場していた。

 ②『朝日新聞』2018年10月15日朝刊20・21面記事

 つぎの画像は,同上日付の見開き記事として朝日新聞が “特集的に解説記事をまとめた” ものである。このなかで一番大きくとりあげられているのが「森友学園問題」である。ここでは,この問題に関する段落のみ引用する。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2018年10月15日朝刊20・21面森友学園問題など

▼ 記録を追う,歴史に残す 新聞週間 2018 ▼
=『朝日新聞』2018年10月15日朝刊 =

 歴史の検証に欠かせない文書や記録は,民主主義の原点ともいわれる。にもかかわらず,文書の改ざんやずさんな管理が明らかになった。記録が残されていないために,被害の救済がむずかしい事例もある。文書や写真を掘り起こし,分析する。それによって浮かび上がる世界がある。

   「埋もれさせぬ」,削除の跡つかむ
            森友問題の財務省文書

 a) 東京・霞が関にある財務省。2018年3月1日午後,その建物を出たばかりの記者の携帯電話が鳴った。5分ほど前に「出ていってくれ」と記者に退室を促した理財局の幹部からだった。電話口の向こうで,理財局幹部は「事実かどうか確認しに来たのかもしれないが,生産的じゃないよ」と記者に告げた。面会時に記者が伝えた取材結果を「どれだけ確かなのか」と疑ってもみせた。

 朝日新聞の取材班はこの時点で,幹部に伝えた取材結果が事実だという確認を終えていた。財務省が公表した決裁文書の内容が,実際に決裁を受けた当初のものと違っている。この幹部らによって,改ざんされた疑いがある。幹部は「決裁文書はひとつだけだ」と繰り返した。しかし,取材で確認した事実は動かしようがない。翌日朝刊に「森友文書 書き換えの疑い」と報じた。

 事実に迫るため,記録された内容を掘り起こす。森友学園との国有地取引問題をめぐる報道は,それを追いつづけた取材の結果だった。学園との土地取引問題を,朝日新聞が最初に報じたのは2017年2月。

 原則として公表される売却額が,この取引に限って非公表となっている。情報公開請求で開示された文書でも「黒塗り」だった。記録から確認できない事実は,取材で明らかになった。売却額は,近隣の相場より大幅に安かった。その取引には,複数の政治家やその関係者がかかわっていた。売却額の設定は適切だったのか。背景に政治的な影響はなかったのか。国会での追及も始まったが,長く続いた論戦でも真相の究明はなかなか進まなかった。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2018年10月15日朝刊20・21面森友学園問題画像

 b) そんななか,取材班がつかんだのが「財務省が文書を改ざんしたようだ」という情報だ。事実なら,民主主義の根幹を揺るがす事態になりかねない。取材班の思いは「けっして埋もれさせない」で一致した。どんなに重大な証言でも,あとで覆されるおそれがある。取材班がめざしたのは,その情報を裏づける文書の確認だ。

 文書には,なにが記されていたのか。取材班は,決裁文書のなかの「調書」に注目した。財務省が「廃棄した」としていた学園側との交渉経緯は,調書に集約されているはずだった。取材を続けると,その調書に記載されていたはずの「経緯」が削られていることがわかってきた。

 東京と大阪にまたがる取材班は,それぞれの本社の会議室に設置されたテレビモニターを通じて会議を繰り返した。「確認した文書の内容は本当なのか」「複数の証拠や証言に矛盾はないのか」。連日の会議のすえ,揺るぎない取材結果だけに絞って記事にすることを確認しあった。

 記事掲載の前日,取材班は東京本社の一室に集まった。刷り上がった翌日用の紙面をみた同僚の記者やデスクからは「取材は確かなのか」と問いかけられた。取材の経緯は,社内でも秘密にされている。明かせないことが多かったが,「裏づけはとれている。仲間たちの取材を信じてくれ」と説得した。

 c) 朝日新聞のスクープをきっかけに始まった財務省の調査で,それまで「廃棄した」としていた学園側との交渉記録が存在していたことが判明した。950ページに及ぶその記録が公表された日,財務省から取材班に「情報開示請求に対し,存在が確認できなかったとして不開示にした交渉記録は存在した」と連絡があった。財務省の担当者は「これはおわびということではない」とも付けくわえた。

 交渉記録は「事案終了」まで公文書として保存しておく決まりがある。しかし財務省は,省内でさえ異論があるのに,取引の問題が報じられた後に時間をさかのぼって事案終了とみなし,公文書として保存する対象から外していた。

 文書主義が徹底されている行政機関は,意思決定の経緯や事案の実績を細かく記録する。そして,新聞社などの報道機関は,行政の仕事の検証のために公文書の記録をたどって検証する。そこには正確で詳しい内容が記載され,確実に保管されていることが前提だ。

 公文書の改ざんは,「最低限の記載とすべきだ」という認識が理財局内で共有されたことで進められた。厳しく糾弾された官僚たちは,「元から書いておかなければよかった」と思うようなことがなかったか。一連の報道により,公文書として記録,保管する範囲を狭めようとする動きが進まないかが心配だ。

 一件の国有地取引を,1年以上も掘り下げつづけてきた。しかし,売却額が妥当だったかどうかの検証は済んでいない。改ざんの詳しい経緯も,財務省の説明には違和感が残る。まだ区切りはついていない。
 註記)以上の森友学園問題以外にも,この解説的な特集記事がとりあげていた問題は,つぎの記事である。
   ☆-1「『ない』一転,1万4929ページの『戦史』 自衛隊の日報問題」

   ☆-2「戦時の文書焼却,失われた真実 連載『記録と記憶 消された戦争』」

   ☆-3「無自覚の差別,残る証拠わずか 旧優生保護法下の強制不妊手術」

   ☆-4「秘密の取引暴く パラダイス文」

   ☆-5「戦前の日常,みかん箱から277コマ よみがえる沖縄1935」

   ☆-6「戦前の沖縄の記録と記憶が,『有田みかん』と書かれた古びた箱
       につまっていた」

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 『朝日新聞』はその後も森友学園問題に対する取材・報道をつづけている。3日前の関連記事を画像資料にしてかかげておく。(画面 クリックで 拡大・可)
   『朝日新聞』2018年10月12日朝刊3面「総合」森友学園問題
 政治権力者が裏舞台であるいは密室でよからぬ犯罪行為を重ねながら,自分たちの地位と権益とを私的に占有・専守しようとする欲望(安倍晋三の政治でいえば私物化)は,時代を超えて普遍的に実在してきた政治心理(政治家病理現象)であった。

 小泉純一郎は内閣総理大臣として,2001年4月26日から2006年9月26日までを務めてきたが,そのあとを引きついだ安倍晋三の政権になると(2012年12月26日成立の第2次政権以降も含めて),① に紹介してきたごとき不審な事件,自殺を装っていたものの「殺人事件の疑い」が濃く抱かれる事件が多く発生していた。

 ③「〈憲法季評〉自民党総裁選での首相議論不在,国民信じぬ証し」(蟻川恒正稿『朝日新聞』2018年10月13日朝刊13面「オピニオン」)

 a) 安倍晋三首相に対し,石破 茂元防衛相が立った自民党総裁選は,論戦らしい論戦もなく終わった。だが,そのことじたい,両候補の間の対立軸を浮かび上がらせた。

 公開討論会や街頭演説の機会を最小限にとどめようとした首相と,「討論に応じられないなら党の信頼が揺らぐ」と反発した石破氏。立候補も,総裁任期連続3期までを可能とする党則改正のお膳立てのもと,明らかに3選をめざしていた首相が8月26日まで態度を明らかにしなかったのに対し,8月10日に立候補を表明した石破氏は,同27日までに,政策を発信するための記者会見を4回開いている。

 その4回中,憲法改正の争点に触れた3回すべてで石破氏が用いた言葉がある。9条改正には「国民の深い理解」が必要だという言葉である。これは,憲法改正につき,共同記者会見で首相が,「国民投票に付すことによって,全国で地方議員を含め党員が訴えていくわけなので,そこで急速に議論が深まり,理解が進むことも十分にある。私は今回しか総裁選に出られない。あと3年でチャレンジしたい」(『産経ニュース』2018年9月10日付)と述べたことときわだった対照をなす。

 国民のあいだに十分な理解が進まなくとも,自分の残り任期中に国民投票までこぎ着けたい,という究極の自己都合(憲法の「私物化」)を語る首相と,9条2項削除が持論でありながら,スケジュールありきの改憲論議に対しては「国民の深い理解」を重しにしようとした石破氏。

 9条改正論の中身以前に,この対照こそが対立軸にほかならない。憲法21条1項は,「言論,出版その他一切の表現の自由は,これを保障する」と定めている。国民の間の議論,および,それを背景とし,また,それに影響を与える政治家の議論をどれだけ重要なものとみなすか,つまり,表現の自由の価値への忠実が,この総裁選の本質的対立軸だったと私は考える。

 b) 投開票日前日,石破氏の応援演説に立った中谷 元・元防衛相は,つぎのように述べた。「いま,日本にとって大事なことは,議論による統治です。議論による統治がなくなってしまえば,慣習による支配しかありません」。

 「議論による統治」を近代の指標と捉え,前近代を厚く覆った「慣習の支配」からの脱却を求めたのは,19世紀後半のイギリスの文筆家ウォルター・バジョットである。中谷氏は,絶対的リーダーの決断による右へ倣えの行動の連鎖が,熟議にもとづく1人ひとりの自律的判断の積み重ねを圧して世にはびこるさまを,今日の日本に嗅ぎとっている。そして,それを克服するためには,愚直であれ「議論による統治」の原則に返るしかないと考えている。

 行動に直結せず,時間がかかる「議論による統治」は,バジョットの時代のイギリスですでに,「すべてはおしゃべりのなかに蒸発する」との辛辣な批判を浴びていた(三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』岩波書店,2017年)。近年の日本で「決められない政治」が非難の言葉として人口に膾炙(かいしゃ)しているのと同様である。

 けれども,ことが重要であればあるほど,物事を決めるには,決め方の手続が緊要となる。憲法の定める表現の自由は,メディアを手なずけた権力者や資金力ある政党等による無制約な意見広告の自由を保障するものではない。「議論による統治」の材料となって「政治を動かすだけの質の高い議論」は,公正なルールの下に,不断に「疑念にさらされ,検証されること」を必要とする(三谷・前掲書)。

 c) 投開票日前日,支援者と確認された人以外は近づけない厳重なガードのもと,秋葉原の街頭に立った首相は,つぎのように訴えた。「私たちに求められているのは,具体的な政策です」「私たちは,無駄な批判はしません」。

 批判はよいが無駄な批判は有害だとして,この発言に賛同する人も多いだろう。けれども,ある批判が無駄か無駄でないかを決めるのは誰なのか。ある主張・ある生き方には「生産性がない」と決めつける言葉は,多くの場合,その主張・その生き方に反対の人が,その主張・その生き方を理解しようともせず発する言葉である。
  補足の指摘 ◆

 自民党総裁選の最終日に安倍首相が秋葉原で演説しました。あのときにもっとも喝采を浴びたのは「野党は批判ばかりしている。批判からはなにも生まれない。私は愚直に政策を前に進めていく」でした。

 あの「批判はなにも生まない」といったときの「批判」とは,「足を引っ張っている」とか「意地悪している」という意味です。議論して,相手に痛いところを突かれて,そうかと思って考えを変えたり,分かってもらうために丁寧に反論したり,という作業をいっさい放棄している。
 註記)『日刊ゲンダイ』2018年10月15日,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239302/6
 憲法改正に限らず,いずれの政治的主張がこの国の現在および将来にとって実りあるものであるかを決するのは,国民である。自分にとっての反対意見を「無駄な批判」と断ずる態度は,国民が下すべき審判を国民に代わって先どりしていることを告白するに等しい。

 政治家の仕事が「具体的な政策を前に進めていくこと」(安倍首相)であるとしても,国民の審判のための材料となる反対意見による批判を回避し,「スピード感をもって」ことを「前に進める」ことは,近代国家が最低限備えるべき「議論による統治」の水準をクリアしない。

 なにより,それは権力者が国民を信頼していないことの,これ以上ない証しである。自民党総裁としての最後の任期に臨む首相が憲法を「とり戻す」先は,国民の手ではなく,首相自身の手なのだろう。(引用終わり)
    人物紹介

「ありかわ・つねまさ」は1964年生まれ,1988年東京大学法学部卒業,同助手。1991年東北大学法学部助教授,2004年東北大学大学院法学研究科教授,2006年東京大学大学院法学政治学研究科教授を経て, 2012年より日本大学大学院法務研究科教授。専門は憲法学,著書に『尊厳と身分』『憲法的思惟』。
 日本国総理大臣である安倍晋三が,この国を完全に私物化した状態をもってしか,その地位にかかわりそうな仕事を果たそうとしていない事実を,われわれはいままでさんざんみせつけられてきた。民主主義の政治体制とこれに関する運営方法の,そのもっとも基本的な規則・作法すらしらない「幼稚で傲慢」「暗愚で無知」「欺瞞と粗暴」の,しかも「世襲3代目の政治屋:ボンボン息子」が,この日本を民主主義とは無縁の国家体制に変えてきた。

 もっとも,安倍晋三が自分に向けられる反対意見を「無駄な批判」と断ずる態度は,もともと他者の意見や見解そのものを「自分のそれ」とは異なった立場・思想から出てきたものとして,それらを理解する能力(脳細胞の準備)じたいからして完全に欠落していた事実にも関係していた。

 晋三自身が尊敬するという岸 信介(母方の祖父)にいったいなにを習ったかはしらぬが,父方の祖父(安倍 寛)から学んだ形跡はなにもなかった。それでも,現実には「こんな首相が日本を指導しているつもり」でありつづけてきたのだから,まともな政治意識を抱いているつもりである国民たちにとってみれば,いまでは安倍晋三という政治家の実在じたいが「ホラー話」でしかない。

 安倍晋三は,対米従属国家体制を深めるばかりの外交をおこなっていくほかは,とくに東アジア情勢のなかでは一番非力の政治家であって,米・韓・中・ロなどの首脳たちからはとりわけ,それこそ▽▽あつかいされ,ひどく足蹴にされるような始末にあいなっていた。

 国内の政治では,国民たちとの「議論(は)不在」であったこの首相が,皆目「国民(を)信じぬ証し」を,これまでいかほど蓄積してきたかとみれば,いまではただただ「首相失格」の烙印を押すほかないくらいになっていた。国民たちとの議論を交わせないボンボン政治屋であるゆえ,国際政治の舞台で語れる語彙は少ないと評価されるほかあるまい

 こんな総理大臣に率いられているのが,現状までにおけるこの国の姿であった。この先がみえていることは,すでに分かりきっていた。「議論すらまともにできない〈こんな首相〉」なんぞ,もともと日本の政治にとっては不要品(ガラクタ)であった。軍事オタクの石破 茂や元防衛大臣の中谷 元でさえ,安倍晋三の幼さには呆れかえっている。

 安倍晋三が権力を握っている最中に,いろいろ起きていた事件,そのそれぞれの渦中にいた関係の人物がつぎつぎと命を落とすような事態が発生していた。不審だとしか受けとれない出来事であった。

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 【電源に関する国策の方向性は,再生エネルギーの開発・利用を基本路線で採用せざるをえなくなったなかで,

 原発再稼働を推進するエネルギー政策が,先日〔2018年9月6日午前3時7分〕に発生した北海道胆振東部地震を原因とする「全道停電(ブラックアウト」)を惹起させた】

 【北電だけが電源一極集中しているのではなく,九電なども同じではないか】

 【原発をすぐには捨てられないという電源観の経営学者橘川武郎は「原発未稼働であった,北海道胆振東部地震によるブラックアウトの発生」に対面していても,原発も大事に使っていけるという主張である】

 【原発に未来はないが,再生エネにはそれがあるにもかかわらず,未来のないその電源にいつまでも依存する電源観は,企業経営の営利原則から自由になりえていない発想】


 ① 橘川武郎稿「北海道地震の教訓(上)北電,分散型電源も追求を」(『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊27面「経済教室」)

 橘川武郎(東京理科大学教授)のこの寄稿は,全文を引用しないので,まずさきに「3つの要点」から掲示しておく。
  ◇-1 北電の電源一極集中は他電力と比べ突出
  ◇-2 泊原発停止以降6年も危険な状況が継続
  ◇-3 福島原発事故は分散型電源の重要性示す
 橘川武郎は,経営学者(経営史専攻)の立場から今後も当面は,原発を再稼働させていく国家エネルギー戦略が必要だと唱えていた。各電力会社が設備投資し,現有する原発の有効活用を主張する立場である。

 しかし,原発問題の物理化学的な本性やこの「社会害悪的な《悪魔の火》」に対する批判的な視座は不在:皆無であって,とりわけ東電福島第1原発事故はむろんのこと,通常に使用年数を終えて廃炉になる原発が,今後において,いかほどにまで高コストになるかについての議論は,深入りしない体裁でエネルギー電源に言及してきた。経営学者の立場としてはいささか不可解な見解を披露してきた。

 すなわち,橘川の原発観は原発事故の本質論的な評価づけに関していえば,あえて原発事故の後始末や通常の廃炉工程にかかわって,つとに原発反対論の立場に立つ研究者たちが危惧し,批判する重大かつ深刻な問題にはほとんど触れえない議論になっている。それゆえ,以下に引用する段落にも隠微に表現されているように,「原発の廃絶」をめぐりあれこれ浮上してくる難問題には,けっして触れない論理の仕組をもって議論している。

 だが,問題の根っこにおいては,原発が全面的に撤去されるべき「エネルギー問題のあり方」が問われているにもかかわらず,原発の利用はこれからも当然視する立場からの議論になっている。これが,この橘川武郎の電源構成論から導出される原発観である。以下では,前出「標題の寄稿」から最後の5分の1ほどを引用する。

 --福島原発事故以前から北海道電力は,泊原発と苫東厚真火力発電所という大型集中電源の「2極体制」での電力供給を追求していた。泊再稼働に全力を挙げる同社の姿は,基本的には「2極体制」への回帰とみなすことができる。しかし福島原発事故は,原子力発電がきわめて不安定な電源であることを白日のもとにさらした。原発は他社の事故やトラブル,他国での事故やトラブルでも,すぐに全面停止する恐れがあるのだ。
 補注)橘川武郎の考えでは当然のこと,集中型電源としての「原発」も考慮のうちにある。けれども,この寄稿のなかで「問題の論点」としてとりあげていたのは,北電のブラックアウトをめぐる話題に関してであって,つまり,火力発電(北電では石炭火力)が集中型電源として稼働している事実に,とくに注目する議論をしていた。

 泊原発のほうについては,ほとんど具体的に言及することがなく,先回の地震で稼働が停止してしまい,ブラックアウトの主要原因となった苫東厚真火力発電所(165万kWで,内訳は1号機 35万kW,2号機 60万kW,4号機 70万kW)のことを,中心とする議論をしていた。
『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊経済教室橘川武郎稿

 〔記事に戻る→〕 そもそも福島原発事故が残した最大の教訓は「集中型電源だけでなく分散型電源も併せもつことがきわめて重要だ」というものだ。北海道は風力・太陽光・地熱・バイオマス(生物資源)のいずれにも恵まれており,再生可能エネルギー発電,換言すれば分散型電源の宝庫だ。にもかかわらず,北海道電力は分散型電源の拡充に熱心にとり組んでいるようにはみえない。
 補注)2011年3月11日に発生した東日本大震災による東電福島第1原発事故の発生に関していえば,国民たちのあいだではいまでもその過半は「原発不要の世論」を抱いている。この世の中の意識動向に対して橘川武郎は,原発の再稼働にかかわる問題を考えるにあたり, “それはさておき” といった姿勢でしか言及していない。

 この基本姿勢は不可解に感じる。大規模で集中型の石炭火力発電であるにせよ,同じくその原発であるにせよ,今回における北電のブラックアウト事件にさいして,石炭火力のほうが当時稼働していたとしても,こちらの火力発電だけを問題にする観点は問題がある。

 北海道胆振東部地震のさい,大規模発電所である泊原発が仮に稼働していたと仮定したところで,ブラックアウトが絶対に起こらなかったという保障はなかった。大規模発電所であっても,原発と火力発電とでは「操業率を変動させて」需給関係に適応する問題や,管内における電圧管理に対応力に大きな違いがある。

 原発は基本としてつねに100%稼働率を保つ必要があり,いうなれば非常に不器用な,でくの坊的な発電装置・機械である。これに対してほかの火力発電は,一般的に稼働率の変化をもって操業(出力調整)できる方式である。

 ここでは仮りの話であるから,断定的な論理としてはいいえないものの,橘川武郎が北電においては地震発生当時,未稼働であった泊原発の3基に関してとくに触れない議論にしている点は,不審感を抱かせないわけではない。
 註記)北電泊原発は総出力 207万kWで,1号機が 57万9千kW,2号機が 57万9kW,3号機が 91万2千kW。

 〔記事に戻る→〕 9電力体制がスタートしてから15年たった1960年代半ばでも人口密度が低い辺地には,非効率な共同自家用電気施設が多数存在した。1966年度末時点でこうした自家用電気施設により電気を利用している地区数は全国で810地区,関係受益戸数は6万8072戸に及んだ。そのうち実に687地区,5万3261戸は北海道に所在していた。

 北海道電力は1967年度から1972年度にかけて,同期間の総工事費の5.6%に当たる68億7700万円を投入して必要な関連工事を実施し,道内のすべての共同自家用電気施設を引きついだ。そして連系設備を拡充し,発電コストの低廉な大型集中電源からの遠距離送電を遂行して,全道をカバーする同一料金でのユニバーサルサービスを実現した。

 こうした歴史を踏まえて北海道電力は,集中型電源に強い自負を有している。しかし時代は変わった。今日では集中型電源だけでなく分散型電源を併せもつことが大きな意味をもつ。今回のブラックアウトを教訓にして,北海道電力は電源構成に対する見方を根本的に転換すべきだ。(引用終わり)

 この橘川武郎の議論おける要点は,結局「今日では集中型電源だけでなく分散型電源を併せもつことが大きな意味をもつ」という主張にあった。電源の構成のなかでは,原発と火力発電(現在では1基当たり最大で105万kWの出力がある)の併存・利用を前提に置いた議論が,橘川にあっては基本になっている。

 要は,橘川武郎の電源構成論は,集中型電源に「火力発電と原発の2構成」を設定している。いままでにおける橘川の原発活用論は,この発電装置・機械の廃炉問題(負債の重し)がこのさきの時代にまでつけまわしされていき,その至難である問題を,それも《悪魔の火》として残していくといった重大な要因は,あえて議論の対象にしていない。

 ② 原発を捨てられない日本国における「電源構成の問題」

 1)「余る電力,再生エネ岐路 太陽光発電,九電が抑制『主力』の原発を優先(『朝日新聞』2018年10月14日朝刊1面)
 再生可能エネルギーの主力のひとつの太陽光発電が,九州では〔10月〕13日にあふれそうになった。大停電回避のために,発電事業者とつながる送電線を九州電力が一部切り離して発電量を抑えた。離島を除き国内初で,14日もおこなう予定。原発4基の再稼働も背景にある。他地域でも起こりそうで,知恵を絞る時期にきている。

 朝から右肩上がりで伸びるグラフが急に横ばいになった。午前11時半。九電がホームページに載せる太陽光の受け入れ量だ。出力の小さな一般家庭を除く,約2万4千件の事業者のうちの9759件を遠隔操作で送電網から切り離した。

 作業は午後4時までのあいだにおこなわれた。午後0時半からの30分間にもっとも電力が余り,需要の851万キロワットに対し,1200万キロワット超の供給力があった。九電によると3分の1が原発という。九電は火力の出力を絞ったり,公的機関の調整で別の大手電力管内へ送電をしたりした。それでも電力が余り,この日は最大で43万キロワットを抑制した。一方,原発4基は通常運転を続けた。
 補注)九州電力は現在,玄海原発3・4号機(出力はそれぞれ118万kW)と川内原発1・2号機(それぞれ89万kW)を稼働させており,出力合計は414万kWになる。ごく簡単にいいきってしまえば,原発の稼働を最優先させる発電体制であるゆえ,太陽光発電は川内原発1基の出力半分(43万キロワット)を減らせ(制御せよ)と要求しているのであって,その逆ではなかった。

 原発1基の出力を半減させてその43万キロワット分の発電を抑えるのではなく,そのすべてを九電側ではなく,外部の太陽光発電に押しつける関係で,電力の需給問題に対処する基本姿勢である。もっとも,原発は出力を半分に下げて操業することは危険であって,とうていできない相談である。その意味で原発は,もともとでくの坊的な発電装置・機械である。

 かつては「国策民営(地域独占)・総括原価方式」によって,電力会社は国家に保護・支援されるかたちで,原発に莫大な設備投資をおこなってきた。それも「原発コスト」が一番安価であるし,ともて安全でもあるという標語(ただのウソだった)をかかげながらの原発の利用であった。

 ところがいまでは,その原発が本性をもたげだし,やっかいモノになりつつある。廃炉工程にかかわる手間・ヒマを想像するまでもなく,その後始末がなされていくにつれ,どのくらいの経費が発生していくのか,いまごろにもなってから,想像すらよくできかねる不安・不確定の諸要因をかかえこんでいる。

 〔記事に戻る→〕 それゆえ,多額の設備投資を重ねてきた原発の「廃炉以後において」急激に増大していくことがみこまれている「後始末のための諸経費の発生」には,いまからその事態の備えて「評価性引当金の計上」をなるべく高めに手当しておく必要が出てきた。

 すでに現実に展開している廃炉工程の様子は,「原発の店じまい」のための経費が末恐ろしいくらいにかさんでいく事実を教えている。したがって,いまの時点でもともかく原発を早く再稼働させておき,事後において発生していく「原発廃炉の作業工程」のためにかかる費用に対して引き当てるための原資を,たっぷり留保しておく必要がある。

 日本は2011年「3・11」以前にはそもそも,太陽光発電など「再生エネルギーの開発・利用」を本気で推進させる政策をもちあわせていなかった。それどころか代わりに,原発の電源比率を50%以上にまで増大させる計画であった。だが「3・11」以前であっても,海外ではヨーロッパを中心に,再生エネの開発・利用は急速に普及・拡大してきた。この事実に照らして考えれば,「3・11」は政治・経済に多大な影響を及ぼすかたちで,従来型の日本式電源「観」に “否” を尽きつけた自然大災害であった。

 その結果,それ以前であれば電力会社ばかりが「国策民営(地域独占)・総括原価方式」の政策的な恩恵を受けて,いい思いばかりを味わうかたちで原発を大いに導入させてきた。ところが,その後,原発そのものが自然・環境に対してはとりかえしのつかない悪影響を残すだけの「問題児としての発電装置・機械」である事実が,より鮮明にさせる〈原発の大事故〉が発生した。

 だから,以下につづく記事の引用に戻ってみるけれども,以上に指摘してきたごとき「現実の問題」がより露わになってきた事実は,否定のしようもない時代の流れをうかがわせている。


 〔記事に戻る→〕
 「原発は動かすのに,再生エネを抑えるのは順序が逆だ」。約40カ所の太陽光発電所を運営する芝浦グループホールディングス(北九州市)の新地洋和社長は話す。「抑制回数が見通せず,事業計画が立てづらい」という事業者もいる。
 補注)原発はいつかは必らずその耐用年数を迎えねばならない。そのあとに残された廃炉に関する作業工程は,なんども指摘するが「《悪魔の火》の事後処理」であるかぎり,収益:利潤をいっさい生まない状態のままで,「あとは廃炉工程に逐次投入されていく経費」を費消していく状態だけが登場する。使用済み核燃料などの処理のためには,半世紀から1世紀以上の歳月が費やされるみこみである。すでにその前例も現われている。

 端的に表現するなら,いまではある程度は明瞭になりつつあるように,場合によっては「原発が使用された期間内に生んだ収益・利益」から「廃炉工程がいちおう最終的に始末がつき,技術的にも問題なしと思われる段階に至るまでに支出された費用・経費」を差し引いたら,これが大きな「マイナス」になるという可能性が高いのである。

 原発推進派だった原子力工学者たちは「工学者である」かぎり,原発にまとわりついているその「採算性にまつわる困難な問題」を明瞭に説明しておく義務がある。政府の経済産業省HPは,いまだに原発の発電コストが一番安価であるかのように喧伝している。けれども,それはいまどきになお「原発神話」,つまり「安価でも安全でも安心でもない」「原発の偽神話を」平然と公表するのは,欺瞞である。

 〔記事に戻る→〕 電力は発電量と使用量のバランスが崩れると周波数が乱れ,大規模停電につながりかねない。出力抑制は国に認められている。九電は2011年の東京電力福島第1原発事故後,再稼働をめざした全原発がこの夏までに運転を始めた。国のルールでは原発の発電を優先する。出力調整がむずかしいことなどが理由。世耕弘成経済産業相は「原発はベースロード電源のひとつ」と強調する。
『朝日新聞』2018年10月13日朝刊九電出力抑制

 欧州でも再生エネの出力抑制はおこなわれているが,ドイツやフランスでは需要に応じて原発で出力調整をした実績もある。そもそも燃料費がゼロで市場価格が安い再生エネが使われやすくなっているのが一般的だ。

 国は2030年度の電源構成に占める原発比率を20~22%,再生エネも22~24%とし,「主力電源化」をめざす。電力システムに詳しい都留文科大の高橋 洋教授はいう。「時代遅れの概念で,旧来型の優先順位を維持するのは日本独特だ。日本が政策でどこまで再生エネを本気でやるかが問われる」。
 補注)高橋 洋は,原発をいまの時代にもなお「ベースロード電源」の『ひとつ』とみなしていられる,つまり,旧態依然である政府・経済産業省・エネルギー資源庁の〈石頭〉ぶりを,あますところなく指摘・批判する識者である。

 いまとなっては,採算性の次元でもだいぶあやしくなった様子をも現象させている原発である。各電力会社(沖縄電力をのぞく)は,国民経済の全体的な便益で判断すれば,文句なしに原発からは撤退せざるをえない。にもかかわらず,のちの廃炉工程にかかる費用・経費を調達したり,あるいは,なによりも現状における原価補償に当たられる収益を,原発の稼働によって少しでも多く確保せざるをえない。

 そのために,各電力会社はなにがなんでもともかく,原発を再稼働させることが至上命題になっている。21世紀中の可及的早期に再生エネルギーの普及・活用を実現・稼働させるほうの社会的責務は,意図的に放置しているどころか,今回の九電の話題のように逆に妨害しだす始末である。
『日本経済新聞』2018年10月13日朝刊5面「総合4」

 政府は「3・11」以後,「再生エネルギーの開発・利用」に注力してきたはずである。各電力会社に対してもその結果を出させ,進んで責任ある対応をさせるべく,発電・配電の事業に対して最大限に指導する立場にある。

 各電力会社は「3・11」以前の「国策民営(地域独占)・総括原価方式」にどっぷり甘えてきた経営管理体制から,電力市場での自由競争の形成に積極的に協力すべき立場にある。

 だが,各電力会社は,電力業界において既得権益的な要衝を占めている力関係にあぐらをかいたかのようなかっこうで,今後の日本がエネルギー問題に関して進路をとるべき方向に対して,なにやかや逆らっている最中である。

  融通なら効率化 ※

 九州と本州側をつなぐ「関門連系線」でより多くの電力を本州側へ流せば余る電力をいかせそうだ。再生エネの導入が進む欧州では,国境を越えて電力の融通が進む。一方,日本の大手電力は原則,自社管内での需給調整を前提にしてきた。

 自然エネルギー財団の大林ミカ事業局長は「日本全体でやりとりする発想に立つべきだ」と指摘する。優先的に扱われる原発は需要の少ない夜中も一定レベルで動く。夜間電力を安くして給湯器などに活用してもらってきた。「いかに太陽光を使うか。九州から発信してほしい」と語る業界関係者もいる。

 みずほ情報総研の蓮見知弘チーフコンサルタントは「電力の安定供給と,再生エネの導入拡大のバランスをどうとるか。再生エネを主力電源にしていくための過渡期に入った」とみる。(引用終わり)

 2)日本の「ある現状」
 前段でいわれた点は,すでに「再生エネを主力電源にしていくための過渡期に入った」といわれる日本の電力業界についてなのだが,いまでは完全に「私企業の営利原則第1で行動する各電力会社」が「再生エネルギーの開発・利用」といった国家的次元での課題に対して,けっして前向きに協力する姿勢を示そうとはしていない。くわえて,国民経済の根幹をなすエネルギー問題に対して弛緩した行政・指導しかなしえない安倍晋三政権のだらしなさも控えている。

 九電は,現在稼働させている「原発の1基や2基は止めてもいい」と対応できるような〈社会的姿勢を採る余裕〉さえない。同じく原発を再稼働させてきた関西電力も,同様の姿勢を採っていた。原発を稼働させるという1点にのみこだわった経営の態度であった。現在の電力会社が「対社会責任」にかかわる最低限の任務を認識させる点を教えるには,いったい,どこの誰がどのようにやればいいのか? 他人任せにはいかない。われわれ1人ひとりにもその責任の一端がある。
『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊1面蓄電地域で共有

 上の図解は『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊の記事「家庭で蓄電 地域で共有,東電や日産 再生エネ普及促す」に出ていたものである。中見だしには「電池コストに課題」と書かれているが,この種の問題は近いうちに技術面・経済面ともに徐々に解決されていくはずである。いままでの関連する実績の記録がそう教えている。

  『日本経済新聞』同上の3面には「〈きょうのことば〉VPP 電力安定供給の調整弁に」という解説コラムがあった。こちらは図解と文章を紹介しておく。
『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊VPP画像

  ▽ バーチャル・パワー・プラント(仮想発電所)のこと。一般家庭や事業所の蓄電池や電気自動車(EV)などを一括制御し,あたかもひとつの発電所のように機能させる。電力会社の依頼を受けたアグリゲーター(節電仲介業者)が各装置を遠隔制御する。参加者は需給調整に貢献することで協力金がえられるみこみ。

  ▽ 電力は需要と供給を一致させないと,周波数が乱れて全域停電「ブラックアウト」になる可能性がある。これまで電力会社は需要に応じて火力発電所の発電量を調整し,需給バランスをとってきた。VPPでは電力が余りそうになると蓄電池に充電し,不足しそうになると蓄電池から放電する。

  ▽ VPPが実現すれば,電力需要のピークを抑制することで発電設備の投資を抑えられる。火力発電所を動かすための燃料コスト削減も期待されている。地域ごとに小規模電力網を作り再生可能エネルギーを地産地消する上で,需給のバランスが安定しないことが課題となっている。VPPはこの課題の解消につながる。(引用終わり)

 以上は,原発不要・不用を強調することになる電力供給体制の構築を解説している。今回,九電が実施した「太陽光出力制御」の実施は,説明されているごとき『電力の発電・配電の新体制』への構築努力を完全に無視する,つまり個別企業が当面する目先での〈営利的な行動〉でしかない。

  ③【補 説】
◆ 九電が初の出力制御 “原発ありき” で太陽光にシワ寄せの愚 ◆
=『日刊ゲンダイ』2018/10/13 14:50 =


 九州電力は〔10月〕13日,太陽光発電などの事業者に対し,発電の一時停止を求める「出力制御」を実施。停止要請は離島を除いて全国で初めてだ。「13日は好天で太陽光発電の供給が増えると予想しました。一方,いまの時季は冷暖房が使われないうえ,週末は工場やオフィスが休みで電力需要が落ちこみます。需給バランスを維持するため,太陽光,風力の出力制御をお願いすることになりました」(九電・報道グループ担当者)。

 九州は日照条件がよく,余剰の土地も多いため太陽光発電が他地域に比べ普及している。九電によると,今〔2018〕年8月末段階で九電に導入されている電力量は,原発8基に相当する807万キロワットに上る。一方,九電は川内(鹿児島県),玄海(佐賀県)の原発4基を再稼働させている。電力需要が下がるシーズンの好天日に太陽光発電に頑張られては,供給過多になり,ブラックアウト(大規模停電)が起きるという理屈だ。だが,原発やその他の電力でなく,なぜ太陽光を抑制するのか。
 
 「電力の供給制限は国のルールにもとづいて7段階でおこなっています。火力,水力,関東への送電など5段階の策を講じましたが,供給過多は解消されない見通しで,6段階目の太陽光,風力の制限に至りました。原子力? 最終の7段階目です」(前出の九電担当者)。

 原発を一時的に止め,また再稼働させるのが簡単ではないのは分かるが,こうなると,そもそも九州で4基もの原発再稼働が必要だったのかという疑問が湧く。「原子力規制を監視する市民の会」の阪上 武氏がいう。

 「今回の太陽光発電の停止は,現行事業者の収益を圧迫するだけでなく,これから投資を検討している人にもブレーキになり,太陽光など再生可能エネルギーの普及を妨げないか心配です。九州のように再エネに有利な地域では,再エネの普及と同時に脱原発をしないと,需給バランスの問題が生じてしまう。今回のように供給調整が必要な事態は,今秋や来春に再び必らず起こります。それを見越して,原発をあらかじめ停止することも検討すべきです」。

 原発のしがらみさえなければ,九州は再エネの最先端を走るポテンシャルがあるのに……。歯がゆいばかりだ。
 註記)https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239486/1
    https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/239486/2

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 【それでも,大学生が勉強しないと問題になるのは,まともな一流大学での話題】

 【非一流大学の学生に勉強を求めても「木に縁りて魚を求む」がごとし】

 【企業経営は高卒者をもっと戦力化したいという意見】

 【日本の大学は日本国の衰退・滅亡を道案内している】


 ①「海外の大学生の勉強時間を日本と比較!『理想の時間の使い方』とは?」(『わびさびはっく』2018/03/23 2018/03/30,https://wabisabihack.com/studyhours/

  本日のこの記述は冗談にもならない冗談のようであっても,正直なところ,冗談のような本当の話から始める。この ① の文章を以下に引用する。

 のっけから,『質問』として「海外の大学生は,めちゃめちゃ勉強するって本当ですか?」といったふうに,いきなり耳にする反応としては信じられないような発言である。

 本ブログ筆者流にする,しごく単純明快な理解では,大学生という漢字は「大いに学びながら生きる」という意味以外はありえないと思いこんでいるゆえ,そうした質問じたい「愚問」にしか聞こえなかった。

 だが,日本の教育社会のなかでは,「大学生となった若者」が大学生活を「  “enjoy!”  するのだ」というさい,これには「大学での勉強(学習)」以外の「部活」をはじめとする諸活動,とくに「アルバイト」,そして「彼・彼女創り」なども含まれていて,かなり幅があり,含意に富んでいる。だからか,以下に引用する文章もつぎの奇妙な書き出しから始まる。(以下からこの本文引用)

 「大学は人生の夏休み」とどこかで聞いたことがあります。大学生活といえば「サークル・バイト・恋愛」と楽しいことばかりで,勉強は二のつぎ。一方で海外の大学生はどんな生活を送っているのでしょうか。アメリカとシンガポールに留学した経験から,日本の大学生と勉強時間を比較してみたいと思います。そこからみえる「1日のスケジュール」や「価値観の差」について,まとめてみました。

 この記事では,世界の大学生と日本の大学生の勉強時間を比較し,それぞれ大学生活がどのように異なるのか考えてみたいと思います!

 1) 日本の大学生は勉強しない
 長い長い受験生活を終え,期待に胸を躍らせる4月。社会人になったら遊べないから,学生のうちに遊んでおけとなんどもアドバイスを受けました。大学生といえば,「バイト・サークル・恋愛」です!
大学生の学習時間

 そういえばAO入試受けたときは,〇〇を勉強したいです(!)なんて意気ごんでいました(まぁ,普通に落ちたんですけどね)。学生の本分である勉学はどこにいったのでしょうか? どうやら高田馬場の居酒屋に置いてきてしまったようです。コホン,日本の大学生が入学後,勉強しないことは周知の事実でしょう。
 補注)この文書の主は早稲田大学の卒業生か?

 2) 大学生の理想の勉強時間
 「日本の大学は,入るのがむずかしく,出るのが簡単」,「海外の大学は,入るのが簡単で,出るのがむずかしい」などといわれたります。

 ここでは例として,アメリカをとりあげてみます。名門大学であるコーネル大学による,大学生の「理想の1日の時間の使い方」をみてみます。(画面 クリックで 拡大・可)
アメリカの大学生学部別勉強時間

  You have approximately 16 waking hours a day to spend on this “job” of academia.

  We can assume you might spend 2-4 hours in class, 2-3 hours socializing (a sports team, a club, activity, playing video games or just talking with friends), 2 hours eating, and 2 hours in hygiene/chores.

  That leaves 5-8 hours a day for studying. You can imagine that 4-5 hours of that might be spent in reading. Then 1-3 hours might be spent in reviewing for future test or writing a portion of a paper.
  出所・註記)https://www.statista.com/statistics/226433/college-student-study-hours-by-major-2011/

 要約すると,
  2~4時間    授業を受ける
  2~3時間    スポーツや娯楽
  2時間      食 事
  2時間      衛生や家事
  4~5時間    読 書
  1~3時間    試験対策とレポート
     合計    16時間

 き,厳しいですね。実態は分かりませんが,超学歴社会であるアメリカでは徹底されていそうです。学生の本分は学業なので,アルバイトはあまり推奨されていません。
 補注)本ブログ筆者がいまだに理解できないのが,日本政府文部科学省が留学生に対してアルバイトを許容している姿勢である。 政治関係官庁の発言によれば,こう報告されていた。

 「最近の外国人労働者数の増加の内訳」(2012~2017年)としては,「我が国における直近5年間の雇用者数の増加の2割は外国人労働者の増加」であって,しかも「その増加の過半は,留学生のアルバイト等の資格外活動や技能実習生の増加」に拠るものであった。

 しかも,入管法(「出入国管理及び難民認定法」)は,外国人留学生に対してアルバイトに使う労働時間として「1週28時間という上限」を置いて規制,つまり許している。日本人大学生と同じ感覚で「留学生のアルバイト問題」もあつかっているところが,なんとも表現しがたいほどに,世にも不思議で奇怪な現状である。

 留学生を日本に入国させ大学に通学させるに当たり,「アルバイトもやって収入をえさせる」ことも,許容範囲内であればいいよという文部科学省の基本方針は,よく考えてみるまでもなく『本末転倒の文教政策』である。1週間で28時間までという制限であるゆえ,日曜日・祝日も休まないでアルバイトする留学生は「1日に4時間」働いていても,いいことになる。
 補注中の補注)国費留学生として日本に留学している大学生が,どのようなアルバイトに従事し,どのくらい稼いでいるかについての統計は,多分存在しないと推察しておくが,こちら国費留学生たちは勉学に集中しているものと,ひとまず受けとめておく。

 前述,アメリカの大学生が1日をどう過ごすかという「時間割」のなかに,その4時間を充てる「アルバイト分」を入れて(引き算して)考えてみたら,どういう具合になるか? 「4〜5時間:読書」という項目が,比較しやすい時間の長さに相当する。

 日本政府は留学生をなんのために受け入れているのか。アルバイト用の戦力に(労働力として活用)させるためか。そもそも,大学の勉強をまともに本格的にさせるとしたら,アルバイトに振り向けられる時間などあるわけがない。

 ところが,「日本の大学」キャンパス的に存在しているらしい「大学生である留学生」の実態は,けっしてそうではなく,日本人学生と変わりのない生活実態にある留学生が多くいる。私費留学の場合だととくにそうであるとみてよい。

 3) 日本とアメリカとシンガポールを比較!
 では実際に,日本とアメリカとシンガポールを比較してみよう。

   a)「日本」 研究によれば,平均的な日本の大学生は小学生よりも勉強していません。50%以上の学生が週に1時間から5時間しか勉強していないのです。
 補注)断わる必要もないが,これは「1日に1時間から5時間勉強する・しない」の話題ではなかった。日本の大学生は,笑えるなどいう以前でしかない「学業の世界」に生きているのである。

   b)「アメリカ」 前掲した画像(統計図表)に戻っての記述となる。さきほどの画像は「学部別の1週間あたりの勉強時間」です。1位は23時間の建築学部,2位は化学工学の21時間, 3位は物理学の20時間。化学,芸術, 看護,音楽,生物学,数学,哲学と続きます。

   c)「シンガポール」 シンガポールの学生もよく勉強します。1つの授業につき,授業時間を含めて,1週間で10時間の学習と設計されています。現地の学生は,5つ以上の授業を履修するので,約50時間となります。これは「Workload」と呼ばれるもので,学生の勉強時間の目安となります。

 たとえばある授業は「2時間の講義」+「1時間のチュートリアル」+「1時間の実験」+「3時間の課題」+「3時間の予習復習」で構成されています。単純に毎日勉強すると計算して,1日7時間以上は勉強する感じですね。

 4)「ま と め」
 日本の大学生が勉強しない原因はたくさんありますが,周りに流されずに学ぶ姿勢は保ちたいなと思っています。(引用終わり)

 日本の大学生(早大生としておく)に対して,アメリカとシンガポールの大学生を,勉強(学習)時間の割り振りをもって比較した,以上のごとき現実的な内容にくわえて,日本の場合ではさらに「就活戦線の問題」が「大学生4年間の教程」(全体?)のなかに介在し,占拠する関係になっている。日本の大学生は,大学生である4年間,じっくり腰を据えて勉強する態勢を保持できていないでいる。
 
 ②「就活『野放し』再来? 早期化に拍車も 指針廃止表明」(『朝日新聞』2018年9月6日朝刊)

 就職活動の「ルール」となる新卒学生の採用選考の指針について,経団連の中西宏明会長が廃止をめざすと表明した。実は,今と同じように東京五輪を控えた1962年に経済団体がルールから抜け,採用が「野放し」になった時期がある。当時は学生が振りまわされた。今回はどうなるのか。

 中西氏は〔9月〕3日の記者会見で「経団連が採用の日程について采配することじたいには違和感があると,ずっと感じていた。それは経団連の責任ですか」と言及。「もう何月解禁とはいわない」と語った。(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2018年9月6日朝刊就活野放し〔記事に戻る→〕

 現行は,今の大学3年生が対象の2020年春入社組までは会社説明会を3年生の3月,採用を4年生の6月に解禁するルール。罰則はないが,経団連の加盟社が順守を求められる。中西氏はいまの大学2年生が対象の2021年春入社組からの廃止を想定している。

 1) 56年前にも撤退
 そもそも就活ルールは,企業側と学業への影響を懸念する大学側などが「就職協定」を1953年に結んだのが始まり。だが,企業側のルール破りが絶えなかった。

 そして1962年,日経連(現経団連)が採用試験の期日を申しあわせないと決め,協定から「撤退」。協定は事実上無効化された。1964年の五輪を控え,首都高速道路や東海道新幹線などの整備を急ぐ高度成長のさなかだった。

 いまと同様に形骸化にしびれを切らした対応だった。「守れないような申し合わせをすることは教育上おもしろくないし,日経連としても責任がもてない」。日経連幹部の話が当時の朝日新聞に載っている。

 2)「種もみ買い」も
 協定の無効化で,3年生の2~3月に内定をうる学生が続出。採用の約束を意味する「青田買い」が「早苗買い」「苗代買い」「種もみ買い」と呼ばれるほど過熱した。1970年代のオイルショックで内定取り消しが増えると企業が批判を浴び,再びルールの整備に動かざるをえなくなった。

 いま,企業の採用意欲の旺盛さは1960年代と似通う。一方で社会は大きく変わった。経済成長率は鈍り,人口減に転じた。大学進学率は上がり,新卒学生の希少性は薄まった。グローバル企業は人材の多様化を要求される。中西氏が出身の日立製作所などは留学生向けや海外などで通年採用もしており,就活ルールに従う理由が薄れてきてもいる。

 採用活動の入り口も異なる。1960年代の新卒学生は大学の推薦を受けて企業の選考に臨むのが主流だった。いまはネットを通じ,スマートフォンで友人とも情報を共有しながら就活に挑む。

 こうした状況のなか,ルールが廃止されたらどうなるか。神戸大の服部泰宏准教授(経営学)は,「就活で疲弊し,学業だけでなく就活じたいへのやる気を失う事態の解消が期待できる」として,学生にプラスに働くとみる。新卒一括採用方式が前提のいまのルールでは,早めに接触し,長く拘束しようとする企業の競争に学生が巻きこまれやすく,「企業と学生のマッチングに弊害が出ている」とみているからだ。
 補注)ここでは,経営学の大学教員が「学生が就活で疲弊し,学業だけでなく就活じたいへのやる気」の問題を,既存の就活戦線における難点として挙げていた点に注意したい。大学に進学した大学生は,それこそ1・2年次からでも就活を全面的に意識した学生生活を進行させる《カレッジ・ライフサイクル》が,当然の前提になっている。学業が実質で手抜きされるほかなく,その底が抜けた状態にもなっている。

 大学生が大学で勉強してからこれをもとにして就職に挑むのではなく,教程(カリキュラム)の消化もろくに進んでいない年次の最中に「就活,就活!」と騒ぎまくっている。そのようにしか映っていないのが,日本の大学の実際である。勉強するために大学に進学したのか,就活のために〔もちろん必要な一過程とはいえ〕,年がら年中,この就活にかかわる局面ばかりが大学生活の全面を覆っているようでは,まさに本末転倒というか,順逆を踏まえない高等教育の現場になりはてている。

 前段で日本の大学生は勉強しないという国内事情が,アメリカとシンガポールの大学生との事例に比較されていた。それこそ,いかほどに「勉強してなんぼ」の大学生が,勉強時間をろくに確保していない学生生活である。「大学は人生の夏休み」などといった文句は,現実的にはブラック・ユーモアにすらなりえない。このいいぶんは動物や昆虫が「夏に冬眠する」と表現したらいいような “どうしようもない矛盾” ではないか。大学生活は「サークル・バイト・恋愛」が目的であり,「勉強は二のつぎ!」だとは,冗談の世界においてだけ収まる話題ではありえない。

 日本の大学生の〈質としての劣化〉は,すでに人気学部ではなくなっている歯学部や薬学部の,それも偏差値底辺校ではっきり発生している。文系大学でも問題は以前から発生していたが,こちらの理系学部では実質的に卒業試験に相当する国家試験に合格しない歯学部・薬学部の学生が増加しており,該当する大学の歯学部・薬学部では苦慮させられるなかで,その対策に大童である。

 なお,医学部の定員(全大学総計)も,現在(2018年度)は9419名まで増員されてきたが,2006年度は7625名,1990年度は7750人であった。前段の記述に対する参考資料として,つぎの表をみておきたい。こうした傾向・趨勢が医学部でも歯学部・薬学部のように問題となって明確に現象する時期が来ないとはかぎらない。1960年の医学部定員は2840名であった。(各年における日本の人口統計とも関連する論点であるが,ここではあえて触れない)
医師国家試験合格率1963年と1991年
  出所)https://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2017121300028_2

 3) 歴史繰り返す?
 一方,東京大の本田由紀教授(教育社会学)は「お飾りのルールだが,それすらなくなれば,早期化に歯止めがかからなくなる」と学生の負担増を心配する。

 1960年代との違いには,企業が事実上選考に活用しているインターンシップ(職場体験)の存在もある。いまでも3年生が夏前から準備を迫られる。「インターンが前倒しされ,長期化すれば,雇用契約を結ぶ前に会社で事実上の労働をさせられる状況すら生まれかねない」。

 採用は景気にも左右され,通年採用の方が企業にとってのコストもかさむ。東京大の中村高康教授(教育社会学)は「1970年代も,オイルショック時の内定取り消しが社会問題になったため,ルールが復活した。新卒一括採用方式が企業にとって便利であるかぎり,同じ歴史が繰り返される可能性はある」と指摘する。

 4)「幹部で深掘り」経団連会長
 経団連の中西宏明会長は〔2018年9月〕5日,新卒学生の採用指針を廃止する方針を示していることについて,「まずは経団連幹部のなかでこの問題を深掘りすることにした」と述べた。経団連内の意見をとりまとめたうえで,政府や大学と本格的な調整に入る考えを示したものだ。(引用終わり)

 年度ごとに大卒者を一括採用する人事慣行が,日本の会社などから完全になくならないかぎり,今日言及しているような話題もなくならない。就活のせいで大学(学士課程)4年間が,高等教育をまともに授けられる期間になっていない。日本の大学は「とても大学とはいえない基本的な性格」を,けっして馬鹿にできないくらいに強く,質的要因としてかかえこんでいる。

 それでも,最近の『日本経済新聞』2018年9月24日朝刊14面「教育」に掲載された上智大学学長曄道佳明の寄稿は,「学業続ける基盤 大学に 想像力高める学部教育,目的に応じた選択肢 柔軟な構成比」という見出しをかかげて議論していた。だが,この種の議論などはすでに実質的は空中分解していたのが,就活戦線を原因とする『大学教育現場「荒し」』である。

 曄道佳明が試みたごとき議論が,いまごろになってでもいわばのんきにできるのは,だいたいにおいて日本でも一流(超一流)に布陣・位置する大学に所属する幹部教員たちだけである。曄道の議論はその全文を紹介できないので,以下では,日経編集部のほうでまとめた〈ポイント〉のみ引用しておく。
         ※ 脱・研究者養成 新時代に対応を ※

 いまの大学生や高校生以下の子供たちは,大人世代が経験したことがない激しい変化の時代を生き抜かなければならない。学校で学んだ小手先の知識はすぐに陳腐化してしまう。生涯を通じて,学びつづける意欲や態度がますます重要になる。

 学校,とくに大学に求められるのは,そうした意欲や態度,それを支える知性を身に付けさせる教育だろう。伝統的な大学の伝統的な学部ほど,旧来の研究者養成型カリキュラムに固執しがちだ。新しい時代にふさわしい大学教育のあり方が問われている。(引用終わり)
 だが,このポイントは ① で言及して説明されたような「日本における大学生の生活実態」を念頭に置いて議論をしえていない。「専門教育と教養教育の関連を議論している」つもりに映るが,むしろその外側から大学教育のなかに「就活をもって学生たちに」ひたすら圧力をくわえている「日本の産業界側に強く残る慣行」と,これに対する「大学側が構えている対応姿勢」との二項関係の問題が,どこかへ飛ばされている。その結果,語っている中味は,けっこうな程度にまで「現実離れの講話」になっている。

 ③ 日本の大学-非一流大学における学生の授業態度,その現実的な話-

 以下に紹介する大学の授業「実態」に関する話題は,2000年から数年後にかけての実話である。現在は2018年であるが,その実態はこれよりよくはなっているかといえば,完全に否である。つまり,悪化はしていてこそ,その逆はありえなかった。

 1) 大学はリシャッフル〔出直すことが〕できるか
 名古屋市立大学経済学部の西田耕三先生は,学生にアンケート調査をし,学生はいまなにを考えているかをしらべた。とくに大学における授業に対して,学生がどう感じているかを聞いた(西田耕三『大学をリシャフルする-活性化への組織・行動改革-』近未来社,2000年参照)。

 ★ 学生が先生にどんな講義をしてほしいか〔その1〕

  「わかりやすい講義をする努力をみせてほしい」
  「淡々と講義をするのではなく,先生方のやる気をみせてほしい」
  「よい講義ができるように精一杯がんばってほしい」
  「実際の生活にかかわるような身近な事例などをあげて説明してほしい」
  「理論がどう活用されるのか,理論と現実の差がどうなのか,実例を挙げて説明して
   ほしい」

 ★ 学生が先生にどんな講義をしてほしいか〔その2〕

  「講義中の私語や,携帯の着信音をやめさせてほしい」
  「講義のじゃまになる学生はそとに出してほしい」

 以上,名古屋市立大学経済学部(最近受験産業が公表している偏差値は,だいたい「60~65」の範囲)であるが,この大学で経営学を学ぶ学生の授業に対する要望を聞いて,不思議に思った点がある。

 それは,西田耕三先生だけではなく,このホームページを書いている筆者なども実は(これは昔の話,15年以上も前の時点で),上記の一覧に出ていたような学生の要望に対しては,あくまで本人の主観的な評価(思いこみ)ではあるけれども,そのすべてに対して一生懸命努力していたつもりである。

 ところが,学生の態度が問題である。上記の要望に特徴的なことはすべて,「 × × してほしい」というものである。それでは,学生側でどうするかという態度がみられない。どういうことかというと,学生側が上記のような問題の指摘に対して,自分たちで解決をするための積極的な姿勢が少しもみられないのである。

 「講義のじゃまになる学生はそとに出してほしい」というが,そういう学生を自分たちで排除できないのである。「 × × してもらう」という姿勢ばかり目立ち,自分たちも授業に参加する者として,それをどう盛りあげるかという問題意識がゼロである。大学の授業が劇場だとすれば,学生もその演技者である。学生は単なる観客ではない。この事実に学生たちが気づいていない。これがいちばんの問題である。

 本ブログ筆者の学生時代の体験では,教室内で私語の音調が高まったときには,最前列のほうで受講していた学生が突如立ち上がり「静かにしろ!」と怒って怒鳴ったこともあった。いまどきとなれば貴重品の学生であった。

 もちろん,教員側の教授法にも問題がある。だが,学生の学ぶ姿勢,ともに大学の講義を構成しているメンバーだという意識が希薄なのである。教員のおこなう授業・演習は,学生側の対応・努力しだいによって,いくらでも変わりうることを,もっとまともに認識しなければなるまい。

 2)  つぎ,1997年度まで名古屋大学経済学部教員だった飯田経夫先生は,その後中部大学経営情報学部(最近の偏差値は「40~45」あたり)の教授になったが,こちらの大学における講義体験をつぎのように記述していた。
 日本の頽廃的な状況をどうあらためていくかとなると,私はかなり悲観的である。というのも,私はいまの大学生をみていて,そう感じるからである。現在の大学の状況は,それはひどくなっていて,第1に授業がなりたたない。

 私語が多く,いくら叱っても静かにならないばかりか,講義中にも学生が出たり入ったりする。そればかりか,自動販売機で買ってきたコーラやハンバーガーを飲み食いしながら,授業中に平気で携帯電話をする
 註記)飯田経夫『人間にとって経済とは何か』PHP研究所,2002年,28-29頁。
 飯田経夫先生は〔当時:2002年ころから〕「10年前(1992年)の大学には,こんなことはなかった。たまたま,かのバブルとほぼ時を同じくして,日本の教育現場に決定的な変化が起こったとかいいようがない。おそらくそれは,未来の日本の死命を制するにちがいない」(同書,80頁)とも記述していた。

 だが,この記述のうち前半の認識:2002年の10年前(1992年)の大学には……」といいわれたその対象は,さらに,この1992年から「その20年後」(2012年まで)にもりっぱに通用してきた。そして,後半の表現:「日本の死命」というくだりは,全面的に首肯するほかない深刻な問題であった。名大教授であった飯田先生は,中部大学を定年後の職場にしたけれども,当初は予想だにしなかった昨今大学生のダメさ加減に遭遇させられていた。

 指摘されたごとき「日本社会=日本の大学における問題」は,飯田先生のいう10年前(⇒1992年)というよりはもっと早くから,徐々に,つまり2・3流私立大学から1流国立大学にも一部は浸透してきていた。その時系列上において生じていた時差〔私立大学→国立大学〕を,いうなれば,逆にたどったか(タイムスリップしたか)のように職場を移動したのが,飯田先生の大学移動(名古屋大学から中部大学へ)であった。

 日本の大学における授業実態の把握・認識についていえば,しかもその変質の進展ぶりでいえば,若干の期間(10年間くらい)を大幅にスキップして体験させられたせいか,飯田先生の中部大学経営情報学部における実体験は,いまさらにように大きな衝撃を受けるほかなかったものと拝察する。

 3) 某公立大学の先生(Y教授)から来たメールがえぐる非一流大学の授業風景
授業の注意事項 (2)

 この画像資料は,メール文書の紹介となるので不要な個所は削除・抹消したかたちにして,かかげてある。このなかには「⚫大の学生はレベルが高いので,楽です」とも書いてあるが,この大学は公立大学のなかでは,けっして “高位の入試難易度” に着けている大学ではなく,だいぶ下位の大学である。

 しかし,この先生が非常勤で出講している大学となると,こちらもその実名は明かせないが,いわゆる非一流大学,いや3流程度だといっていい大学である。その苦労が正直に表現されている。

 4) 本ブログ筆者がかつて教室で配ったことがある文書にみる「非一流大学の無様な実相」
授業の注意事項 (1)

 これを参考にしてもらっただけでも,大学生の就活をウンヌンする以前に生じている,それも「非一流大学」に特有である難題が,いくらかは理解してもらえるはずである。もちろん,一流大学における学生については,ほとんど適用しなくともよい話題である。本ブログ筆者も旧帝大系の某学部で講義したことがあるので,体験的にもそういえる話題である

 いずれにせよ以上の話題は,全大学「数」のうちでそのほぼ「3分の2の大学」が(もちろん底辺校から積算していたその割合だが),いいかえて表現すると「大学生の『頭数』そのもの」として数え上げていくとしたら,全大学生数の「3分の1」(もちろん「同上」)の者に対して,ただちに通用する現実の話題である。

 ④「〈私見卓見〉高卒の力 引き出す工夫を」(武蔵野銀行頭取・加藤喜久雄稿『日本経済新聞』2018年10月12日朝刊25面「経済教室」)

 高卒者の就職が好調だ。人手不足で全国的に労働需給が逼迫している影響もあろう。若者の流出に歯止めがかからない地方ではとくに,高卒人材も地域経済の成長に欠かせない重要な戦力だ。少子高齢化が進む時代に企業が高卒者をどう生かすか考えたい。

 初対面の方には驚かれることが多いが,私は銀行の頭取としてはきわめてまれな高卒者だ。東京五輪が開かれた1964年に地元の商業高校を卒業し,武蔵野銀行に入行した。鴻巣支店を振り出しに銀行員として経験を積み,2007年から頭取を務めている。
 補注)この加藤喜久夫の高卒者に対する評価は,現在の高校卒業者に対してあれば,そう簡単には通用しない。敗戦直後の時期に生まれた加藤喜久夫の世代は,大学への進学率がまだ2割に到達する前に教育を受けてきた。現在は猫も杓子も,とくに「勉強をまともにする者も・全然しない者も」ともかく,大学へ進学する時代である。

 偏差値60以上の受験生も,それが40以下の受験生もみな,それなりに進学できる大学がある。だから「読み・書き・そろばん(パソコン)」〔最近はスマホはイジるがパソコンはできないという若者もいる〕さえろくにできない高卒者が,大学(もちろん2・3・4流)のなかに “滞留する” かのように在籍している。

 加藤喜久夫の期待する高卒者とは,その偏差値関連からする判断も含めて,いったいどの範疇の若者を想定しているのか不詳である。自分自身の経てきた人生における存在形態を,半世紀以上も経った現在進行形に読みかえて適用しているとしたら,これはうかつな議論にならないか。
 

 〔記事に戻る→〕 自身の経験も踏まえていえば,企業が高卒者をうまく活用するためにまず大事なのは,雇用のミスマッチを防ぐ手立てを徹底することだ。高校生の多くは,大学生に比べ職業選択に対する意識が十分に醸成されておらず,学校の教師の勧めで就職先を選ぶ生徒も少なくない。入社してはみたものの職場になじめず,数年で辞めてしまっては労使双方にとって損失だ。

 当行では2006年に高卒者の採用を10年ぶりに再開し,近年は30人程度を毎年採用している。採用活動ではできるだけ,高卒の行員がみずからの出身校まで説明に赴くようにしている。入行後の自分の姿をイメージしてもらいやすく,教師の理解も深まるからだ。その効果もあってか,高卒者の入行後3年間の離職率は15%程度と,一般的な企業より低い。

 育成にさいしては,本人の努力しだいで大卒者と同じ条件で仕事ができる人事制度を整えることが重要だ。当行では高卒時に窓口営業などを担う特定職で入行しても,4年後には能力に応じて総合職に転換できる。同じ仕事ぶりなら,給与面での格差も生じない。大卒が入ってくるまでの間にどれだけ力をつけさせてあげられるかが,高卒を生かす一つのカギになる。
 補注)この事例が普遍的に妥当しうる話題になりうるならば,いまの日本の大卒者の真価が反面から,あらためて問われることにならざるをえまい。ただし,この一例だけの実績でその完全な根拠にはなりえない。だがまた,貴重な試行であり,その実際の効果に関する報告であるゆえ,こうなると大学卒業者のありように疑問を突きつける材料としては十分に有効である。

 私はこれまでの銀行員生活,つねに仕事が面白かったし,高卒をハンディと思ったことはない。数年後の姿を想像しながら仕事ができれば企業への愛着も芽生える。高卒者の活躍は大卒者への刺激にもなる。この両者のバランスも組織の活性化には必要だ。
 補注)このあたりの意見は,個人的な体験談(成功譚)と普遍的な人事・労務政策(企業実践)とのかねあいの様子を,どのように見定めるかがむずかしい。それゆえ,そう簡単には同意しかねる背景が控えている。

 高卒採用を再開した当時,行内には心配する声もあったが,埼玉に本拠を構える企業として,地元の人材を雇用するのも地域貢献の一環だ。人口減少が加速する時代を迎え,雇用した人材の能力を最大限に伸ばす発想こそが,持続的な企業経営にきわめて重要なのだ。(引用終わり)

 この最後で指摘されているような「労働経済の環境をめぐる課題」は,なにも埼玉県(は東京都と接している県南とそれ以外の県北では事情を異にするが)だけに相当するのではなく,日本全国にもあてはまる。そうだとすれば,加藤喜久夫が唱えるような「高卒者の労働力としての活用」に対する積極的な方途の開拓は,大いに期待できそうと思える。ところが,現実の動向はそうではない。

 専門学校までその計算に入れると,高校生の大学への進学率は7割5分にもなっている時代である。残りの2割5分の高卒生から,佐藤喜久夫がいうように,武蔵野銀行が実績を挙げている「高卒者人材の有効活用」と同じ具合に成果がもくろめるかどうか,保証のかぎりではない。武蔵野銀行では,どのような高卒者を採用し,どれほど有効に人材として職場内で育成し,さらに活用できているのか,ここではくわしく具体的にはしりえないので,これ以上は語れない。

 最近は2019年度から「専門職大学」という高等教育機関が発足することになった。だが,この専門職大学には17校が新設の申請したものの,認可されたのは1校(高知リハビリテーション専門職大学)だけだったという惨状である。その理由は「準備不足が否めない」というのだから,ずいぶん拙速な新大学制度を作ったことになる。
 註記)「専門職大学新設は1校だけ,申請16校は『準備不足が否めない』」『大学Journal』2018年10月9日,https://univ-journal.jp/23041/

 従来の大学と専門学校の混血児みたいで,しかもきわめて中途半端でしかないこの専門職大学である。はたして新制度として発足させる意味があったのからして疑問だけを残した。

 ⑤「奨学金返済,逃れ続ける『裏技』 違法ではないが…… 」(asahi.com 2018年10月12日16時37分,https://digital.asahi.com/articles/ASLBB3V2SLBBOIPE00S.html?iref=pc_ss_date

 この記事からは,なかほどの段落だけを引用する。

   --JASSO〔日本学生支援機構〕には,大学などに在学中は返済が猶予される制度があり,男性は私大卒業後,通信制大学に在籍することで返済を猶予されている。通信制大学の学費は,入学金と授業料を合わせても年数万円程度で,返済額より大幅に安い。在学期限は10年までだが,「生涯学習」をうたう同大は何度でも再入学が認められている。一般の大学と異なり,単位取得が在学の必須条件ではない。

 JASSOの規定には,本人が死亡した場合,返済が免除される条項もあり,籍を置き続ければ最終的には奨学金が免除される。「裏技」の指南サイトについて,JASSOの内部には,問題視する声もあるという。JASSO広報課は「サイトのようなやり方で在学猶予を利用されている方がいるか否かは,把握していない」と説明する。一方,JASSOのある職員は「実際に裏技利用者がいることは明白。対策が必要。内部で問題視する声もある」と話した。
 「現行の制度を見直す契機に」-中京大・大内裕和教授(教育社会学)の話。

 通信制大学に籍を置いて返済を猶予する方法は,規定のどこにも違反していない。返済猶予のために在籍しているのかを見抜くこともむずかしいため,放置されているのが現状だ。

 現在の奨学金制度は,返済能力の有無が判断不能な段階でお金を貸す仕組で,そもそもの制度に不備がある。利用者を国が主導して給付型の奨学金を増やすことや,卒業後に返済能力がない人には猶予や減額,免除の措置をとりやすくするなどの変更が必要だ。「裏技」利用者を責めるより,現行の制度を見直す契機にしてほしい。(引用終わり)
 日本で若者たちが大学に進学しようとするさい,その前提に予想できる学資の源泉は,つぎのように分類できる。

    「自己資金(あるいは学資保険)」
        +「貸与型奨学金(学資の融資)」
            +「アルバイト」
 
 ところが,家庭・世帯が自己資金だけで,あるいは学資保険を事前にしっかり準備して蓄えてから進学する若者は少く,大学生は5割を超えて貸与型奨学金を中心として,学費の調達・工面をしている。アルバイトに就業するのは,日本の大学生の置かれた経済的状況に鑑みれば当然だとしかいいようがない。とはいっても,家庭教師といったいわば〈学生らしい仕事〉に就ける(できる?)者は,ごく一部である。

 ここでは「大学生の奨学金受給者率推移をグラフ化してみる(最新)」(『ガベージニュース』2018/05/11 05:10,http://www.garbagenews.net/archives/1989935.html)から関連する2つの表を紹介しておく。上記の題名にリンクも張っておいたので,ぜひともその内容も参照されたい。
大学生収入事情ガベージニュース20180511-1
ガベージニュース20180511-2
補注)この図表2点から読みとれるのは,奨学金を借りて
    でも大学に進学しようとする意欲そのものの弱化・衰
   退である。国民たちの平均年収の停滞ぶりがその背景
にひかえている。
 ちなみに直近年度となる2016年度において,奨学金を受給している人における,日本学生支援機構(JASSO)からの受給者は80.8%,その他の奨学金受給者は10.5%,日本学生支援機構とその他の奨学金の双方を受給している人は8.7%となっている。

 JASSOからの奨学金は給付と貸与の2種類が,どれほどの割合が貸与型の奨学金を受けているかは今調査では明らかにされていない。とはいえ,奨学金を受けている人の大部分はJASSOによるものである実情には違いない。
 註記)同上記事の末尾段落。
 ⑥「参照」:  “asahi.com  アクセスランキング トップ10”

 これは「朝日新聞デジタルで最近の15分間でアクセス数の多かった記事のトップ10です」と説明されている。ここでは「2018年10月12日 19時35分現在」のものとなっている。

  1 新天皇即位日は祝日,GWは10連休に 式典委員会方針
  2 奨学金返済,逃れ続ける「裏技」  違法ではないが…
  3 奨学金破産,過去5年で延べ1万5千人 親子連鎖広がる
  4  「娘が自己破産を」 奨学金400万円,定年の父が返還
  5 韓国軍艦,豊臣軍破った李舜臣の旗を掲げる 国際観艦式
  6 奨学金800万円重荷「父さんごめん」 親子で自己破産
  7 月3.9万円の奨学金返済,48歳まで… 子ども諦めた
  8  「返還がこんなに大変と知っていたら…」 奨学金の苦悩
  9 深キョン効果? 電気契約の申し込み倍増 東京ガス
  10「女が大学なんて」 進学させぬ風潮,背景にある経済格差

 ⑦ 「経済気象台〉就活ルールをどうする」(『朝日新聞』2018年10月13日朝刊11面「金融情報」)
 
 以上,例によって長文の記述となったが,書き終えたところでこの『朝日新聞』のコラム〈経済気象台〉に接した。大いに関連のある中味なので,これもついでに引用しておく。なにが問題なのかをしるうえで有意義な内容である。

 --空前の売り手市場といわれている。9月1日時点での大学生の就職内定獲得率は,90%を超えているという。就活ルールで選考が解禁になる6月1日時点で,すでに3分の2の学生に内定が出ていたらしい。この就活ルールについて,経団連が9日,廃止を発表した。これを機に,政府や大学を巻きこんだ論争に発展している。

 ルールは経団連が加盟企業に順守を要請しているものだ。破ってもとくに罰則はない。また,経団連非加盟の外資系やベンチャー企業には,まったく拘束力がない。このため非加盟企業は独自に採用活動をおこない,加盟企業もなにかと抜け道をつくりルールを破ってきた。中西宏明会長は,有名無実化しているルールに意味はないという意見だ。

 だが,大学と政府は学業への影響の観点から「なんらかのルールは必要だ」と主張している。完全に撤廃してしまうと,入学直後から就活に追われ,学業や課外活動どころではなくなるというのだが,本当にそうだろうか。

 仮に大学1年生を対象に採用活動をおこない,内定を出した場合,企業はその後3年以上ものあいだ,ほかの企業にとられないよう学生をケアしつづけなければならない。膨大な手間とコストがかかる。企業にとっては,大学の4年間の経験をもととした成長を無視することにもなる。学生にとっても,自分がやりたいことが変わるかもしれない。

 若年層の失業率の低位安定をみると,新卒一括採用の一定の効果は認められる。一方で,短期間で離職してしまう若者も少なくない。グローバルな人材をグローバルで奪いあう時代にふさわしい採用活動のあり方を,根本から考える必要があるように思う。(H)

 ⑧ 結論的言明-日本の大学は本来の使命を果たしていない-

 溝上慎一氏(桐蔭学園理事長代理)「日本の大学が人材を育てられない理由がわかってきた」(『ビデオニュース・ドットコム』マル激トーク・オン・ディマンド 第913回,2018年10月6日,https://www.videonews.com/marugeki-talk/913/)

 日本の大学生があまり勉強しないことは昔からよくしられている。最近ではひところのように授業をサボって雀荘やゲーセンに入り浸る学生はほとんどいないようだが,それでもあまり勉強をしないところは,いまも昔とほとんど変わっていないようだ。

大学生白書2018表紙 2007年から3年ごとに全国の大学生約2千人に「大学生のキャリア意識調査」を実施し,その結果をこのほど『2018年大学生白書』にまとめた溝上慎一氏によると,日本の学生は平均すると授業時間以外に週5時間足らずしか勉強をしていないのだという。
 付記)画像には「Amazon 広告」へのリンクあり。

 アメリカでは日本の短大に当たるコミュニティ・カレッジでも平均で週12時間程度,アイビーリーグの名門校など上位校になると授業以外に週30~40時間は勉強をしなければ授業についていけないのが当たりまえだというから,日本の学生が勉強しない説は,かなりデータによっても裏づけられているといわざるをえない。

 むろん,ただ勉強時間が長ければいいという話ではない。実は日本では大学生活においてリーダーシップ力やコミュニケーション力,問題解決力などの能力がどの程度身についたかを大学生自身に質問した結果,大半の学生が,とくにそうした能力が向上したとは感じていないことが明らかになっている。しかも,その数値は2007年からほとんど変化していない。

 この調査結果が深刻なのは,実はこの10年,日本ではさまざまな大学の改革がおこなわれてきたにもかかわらず,成果が上がっていないことを示しているからだ。

 実際,日本では1991年の大学設置基準の大綱化を受けて,2004年の国立大学の独法化や大学の認証評価の導入など,数多くの改革が実施されてきた。とくにこの10年は,2008年の「学士課程答申」を皮切りに2012年の「質的転換答申」,2014年の「高大接続答申」といった,重要な改革が実施されるなど,一連の大学改革の「仕上げの期間」だったと溝上氏はいう。しかし,学生の学習時間はほとんど延びず,自己評価をみるかぎり学生も大学から受けた恩恵は少ないと感じていることが,明らかになってしまった。

 まだまだ日本では大学は学問を探究する場所ではなく,就職するための踏み台程度にしか考えていない人が多いのが現実なのかもしれない。しかし,もしそうであれば,せめて大学で,将来自分がなにをしたいかをみ見つけて欲しいと願う親は多いに違いない。ところが,実はその点でも日本の大学はむしろ後退している。大学生に「自分の将来について見通しをもっているか」を聞いたところ,見通しがあり,なにをすべきか理解し,実行していると答えた人は2010年の28.4%から2016年には22.7%に下がっている。

 全体的に日本の大学は学生の能力を伸ばせていないし,社会や時代に立ち向かう自立性や社会性といった意識を育てることもできていない。

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 【天皇明仁の本意が読めなかった靖国神社宮司小堀邦夫の愚かな発言】

 【明治維新時から天皇家の大切な神社になってきた「靖国の本質」を理解できなかった宮司の軽はずみな発言】

 【靖国神社は本来,天皇家のための戦争督戦神社であったが,A級戦犯合祀が続くかぎり,両者間に和解はありえない】



 ① 靖国神社宮司小堀邦夫の発言に関する報道など

   
 1)「靖国神社宮司 天皇陛下についての『不適切発言』で退任へ」(『NHK NEWS WEB』2018年10月10日 19時36分,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20181010/k10011666441000.html?utm_int=nsearch_contents_search-items_001

 東京の靖国神社のトップを務める宮司が神社の運営などを話しあう委員会のなかで,天皇陛下について不適切な発言をし,混乱を招いたとして,退任することになりました。退任することになったのは,靖国神社の小堀邦夫宮司(68歳)です。

 小堀宮司をめぐっては,一部の週刊誌が今〔2018〕年6月におこなわれた神社の運営などを話しあう委員会のなかで,「陛下が一生懸命,慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていく」などと天皇陛下を批判する発言をしたと報じられています。
『NHK NEWS WEB』2018年10月10日靖国神社宮司小堀邦夫
 靖国神社によりますと,調査に対して宮司はこうした内容を発言したことを認めたということで,不適切な発言で混乱を招いたとして,宮内庁に謝罪するとともに10日までに退任する意向を伝えたということです。

 宮司はことし3月に就任したばかりで,神社のトップが半年余りで退任する事態になりました。退任は,今〔10月〕月26日に開かれる総代会で正式に決まるということです。靖国神社は「委員会での各委員の発言などの回答は控えます」とコメントしています。(引用終わり)

 まずここで,靖国神社の歴代宮司(第1代から第12代まで)を一覧しておく。

  賀茂水穂 1891〔明治24〕年2月17日~1909年(明治42年)4月28日

  賀茂百樹 1909〔明治42〕年3月29日~1938年(昭和13年)4月21日

  鈴木孝雄 1938〔昭和13〕年4月21日~1946年(昭和21年)1月17日

  筑波藤麿 1946〔昭和21〕年1月25日~1978年(昭和53年)3月20日
       (在職中に死去)

  松平永芳 1978〔昭和53〕年7月1日~1992年(平成4年)3月31日
   補注)松平永芳は1975年11月21日にA級戦犯を合祀した宮司。

  大野俊康 1992〔平成4〕年4月1日~1997年(平成9年)5月20日

  湯澤 貞 1997〔平成9〕年5月21日~2004年(平成16年)9月10日

  南部利昭 2004〔平成16〕年9月11日~2009年(平成21年)1月7日
       (在職中に死去)

  京極高晴 2009〔平成21〕年6月15日~2013年(平成25年)1月19日

  徳川康久 2013〔平成25〕年1月19日~2018年(平成30年)2月28日
   補注)徳川康久(徳川 誠の孫)は,賊軍の御霊も合祀するといって反対され退任した宮司で,戦争用・仕立てであった《靖国神社の本性》に返り討ちされた徳川幕府の末裔。

  小堀邦夫 2018年〔平成30〕年3月1日~10月10日
   補注)就任して間もない時期(6月)に,「陛下が一生懸命,慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていく」と批判した。この批判を発言した事実が問題とされ,辞任を余儀なくされた。天皇の権威は絶大。

 ① - 1)  に関する長めの『補 論』

 徳川泰久についての記述(記事)があった。徳川が靖国神社の宮司を退任した事情に関連させてこの神社の本質を考えるために引用する。

◆ 徳川家末裔宮司による靖國神社
「賊軍合祀論」発言で議論百出 ◆
=『NEWSポストセブン』2017.02.22 07:00 =

 英霊を祀った靖國神社トップの発言が大きな波紋を呼び,そのあり方が問われる事態に発展している。「靖國神社に “賊軍” を祀っていいわけがない。もしそんなことになったら,俺は短刀一本で刺し違えてやる!」 ある右翼団体の幹部は,顔を真っ赤にしてまくしたてた。穏やかでないものいいだが,現在いわゆる “右翼の世界” において,靖國神社はここまで人の感情を揺さぶる問題の震源地になっている。

 発端は昨〔2016〕年6月,共同通信が配信し,静岡新聞や中国新聞などの一部地方紙に載った靖國神社宮司・徳川康久氏のインタビューだった。内容の柱は,2019年に迎える靖國創建150周年に向けた事業計画や,その意気ごみに関することだったのだが,徳川宮司は明治維新の意味あいに関して,こう語ったのだ。

 「私は賊軍,官軍ではなく,東軍,西軍といっている。幕府軍や会津軍も日本のことを考えていた。ただ,価値観が違って戦争になってしまった。向こう(明治政府軍)が錦の御旗をかかげたことで,こちら(幕府軍)が賊軍になった」。
 補注)日本近代史の研究がすでに指摘してきたように,その「錦の御旗」は本物ではなく,西軍側が捏造して使用していた。 
 ※ 人物紹介 ※ 「とくがわ・やすひさ」は1948年生まれ,学習院大学卒業,米大手石油会社在職中に國學院大學に入学し,神職階位を取得。のちに芝東照宮に奉職し,2004年の高松宮妃喜久子殿下の喪儀では司祭副長を務めた。2013年1月に靖國神社第11代宮司に就任。江戸幕府第15代将軍徳川慶喜のひ孫にあたる。
 靖國神社とは,明治維新のなかでおこなわれた戊辰戦争の “官軍” 側戦死者を祀るためにできた「東京招魂社」(明治2〔1869〕年創建)をルーツとする。戊辰戦争は明確に「官軍 vs 賊軍」という対立構図のなかでおこなわれた戦争だ。

 徳川宮司は,江戸幕府将軍・徳川慶喜のひ孫。徳川家の末裔が “薩長神社” とも呼びうる神社の宮司を務めているのは不思議に思えるが,戦後の靖國神社では旧皇族・華族出身者が宮司を務める例がしばしばあり,その流れで「大きな異論もなく徳川さんが就任した」(神社関係者)という。
 補注)靖国神社は薩長神社(!)であるということは,戦争での勝者の犠牲者(霊)だけを祀ることを意味する。つまり,戦争用のそれも勝利神社である点に本当の意味があった。ところが,大東亜(太平洋)戦争は,その根本義を “大逆転的に全面否定” する「大日本帝国の敗戦」という結果になっていた。それでもなお,21世紀の現在でも “薩長神社” をウンヌンしているこの靖国神社というのは,はたして宗教的な機関として本来の役目・機能を果たしているのか(?)という疑念を,みずから呼びこんでいた。

 この種の問題にはいっさい触れないまま,一方では,徳川泰久宮司のごとき発言「賊軍の犠牲者も合祀したい」に対して猛烈な反対が巻き起こり,退任させてしまう靖国神社があると思えば,他方では,そこを囲んで存在する日本神道界や右翼たちの抱くこの元国営神社に対する歴史認識(基本的に錯誤のそれ)が,いまさらのように問われているのである。

 〔記事に戻る→〕 しかし明治維新から約150年,現役の靖國神社宮司が「戊辰戦争に “賊軍” はいない」といわんばかりの発言をしたことで,関係者に与えた衝撃は少なくなかった。賊軍のことを「こちら」と呼んだことからも,その血筋が育んだ “史観” のようなものがかいまみえる。

 神道学や靖國神社の歴史に詳しい識者のなかで,こうした “賊軍合祀論” を是とする向きは少ない。神道学者の高森明勅氏はいう。

 「靖國神社とは原則的に,『国家の公的な命令により命を落とした方々』をお祀りする場所。個人の正義感で西南戦争を戦った西郷隆盛や,各藩ごとの意向で動いていた戊辰戦争の旧幕府軍をも合祀すると,合祀対象の境界に際限がなくなる。靖國神社がその時々の政治情勢に翻弄されることにもつながりかねない」。
 補注)この高森明勅の意見は,宗教学的な基本見地から評価するに,相当に奇怪である。まず「その時々の政治情勢」にしたがって靖国神社も創建されていたし,つぎに,旧日本帝国主義の侵略路線を支えるための国家神道的にきわめて特殊な,いいかえれば,日本の神社史の伝統からは〈異端の神社〉として建造されていた。だから,そのときどきの事情だけを絶対視して吐かれる史観は,専門家から提示する見解としては軽率であり未熟でもあって,自家撞着になっている。

 「原則的に」とはいうものの「『国家の公的な命令により命を落とした方々』をお祀りする場所」が靖国神社だという定義は,いまの時代においては,常識的に判断しても厳密な意味で評価してもまったく通用しない。つまり「『その時々の政治情勢』にしたがって靖国神社も」その基本的な性格を変質させ,時代の流れに適応してきたし,「敗戦後は宗教法人としての時代対応」をおこなってきたからである。

 現在のところまで,靖国神社が「『国家の公的な命令により命を落とした方々』をお祀りする場所」だと,それこそ国家的次元においてみなされているわけでも,実際にそのように利用されているわけでもない。この点は高森明勅も認めるほかない事実である。

 〔記事に戻る→〕  “賊軍” 側の立場に立つ人の評価も微妙だ。『明治維新という過ち』(毎日ワンズ)で薩長勢力による明治維新の  “欺瞞”  を鋭く追及した作家・原田伊織氏は,「戊辰戦争当時,東軍・西軍という言葉はほぼ使われていません。徳川家や会津藩に賊軍というレッテルを貼ったのは明らかに薩長ですが,その責任や是非を問わず,当時ありもしなかった言葉に置きかえて流布するのはおかしい」と手厳しい。

 徳川宮司自身は “賊軍” の合祀につき,「無理だ」「ただちにそうしますとはいえない」といった発言をしており,すぐにも事態が動く可能性は低い。しかし,ほかならぬ靖國神社の宮司が,これまでの “靖國史観” に挑戦するような発言をおこなったことは事実で,靖國の今後を警戒感とともにみている人びとは多い。

 なお,この問題で靖國神社に徳川宮司へのインタビューを申しこんだところ「一連の状況を鑑み,他紙も一様にお断わりさせていただいております」との返答だった。明治維新から150年,いま「徳川の逆襲」が始まろうとしているのか。
 補注)靖国神社宮司第11代徳川泰久は結局,以上に関連する問題のために退任した。第12代宮司の小堀邦夫は,この記述の対象になってもいるように,天皇家を真っ向から批判する発言をしたという1点をもって,退任を余儀なくされた。いったい,靖国神社とはなんであったのか?

 ※ 靖國神社〔の豆知識〕※  1869〔明治2〕年東京招魂社として創建され,1879〔明治11〕年に靖國神社に改称。現在,明治維新のころからの日本の国内外の戦争等に殉じた軍人,軍属等の戦没者246万6千余柱が祀られている。神社本庁と包括関係にはない単立の宗教法人である。
 補注)あらためて注意を喚起させたいの樋口篤三表紙は,この祭神の数の多さである。「日本の国内外の戦争等に殉じた軍人,軍属等の戦没者246万6千余柱が祀られている」というけれども,そのなかにはこの合祀を迷惑に感じたり,あるいはなかには,憤激の感情をもって反発する遺族も,実際には大勢いる。こうした事実に思いを寄せて吟味する必要がある。
 註記)以上本文は,https://www.news-postseven.com/archives/20170222_493915.html
    https://www.news-postseven.com/archives/20170222_493915.html?PAGE=2

 画像でもその本のカバーを画像で紹介するが(→「Amazon 広告」へのリンクあり),樋口篤三『靖国神社に異議あり-「神」となった三人の兄へ-」(同時代社,2005年)は,こう述べている。
 わが樋口家では3人の戦死者を出した。とくに目立つのは,その相手国が中国,アメリカ,ソ連にわたっていたことである。その2人が「水漬く屍」「草むす屍」となったのである。兄たちは厳寒に北の果ての海や,南海にそして大陸で「土中の骨,海中の褒め」となり,その遺骨収集も放っておかれ,私もやりようがないまま60年たった(61-62頁)。
 靖国神社を非常に大事に考えている皇室・天皇家は,このような旧帝国臣民たち(の遺族たち)の悲歎にどう応えてきたのか? 天皇明仁が戦地めぐりをするかのように,あちこちを訪問をして頭を下げ,祈りを捧げている。だが「日本帝国時代の膨大な戦没者たちは,誤った戦争による『犬死に』なのか」という疑問を払拭させうるものではない。

 天皇明仁(息子)は,とうてい始末しきるはずもないのだが,ともかく「敗戦までにおける天皇裕仁(父)の行跡」をたどるまわるほかない,そうした慰霊の旅を,永遠におこないつづけていくかのごとき人生を過ごしてきた。そのように形容できる明仁の行為を,われわれ(国民たち)はなんと受けとめるか?

 いずれにせよ,大東亜(太平洋)戦争中に,戦闘行為のなかで死んだ皇族将校(男子皇族は初め〔少年期〕から将校に任命されていた)はいなかった。三笠宮は一時期,中国戦線に配置されていたが,途中で日本に戻っていた。天皇家が国民(帝国臣民)たちに負っている莫大・膨大な戦争責任の無限的な重さは,どのように償おうとしても無理難題である。そこで,靖国神社の「対・国民向けの効用」が期待され,実際にも利用されてきたのである。いうなれば「敗戦後史における靖国的な欺瞞の展開」が演じられてきた。

 ところが,1978〔昭和53〕年10月17日,靖国神社にA級戦犯が合祀された。このA級戦犯こそを踏み台にたまま,成立させられていたのが『「天皇」対「合祀された英霊」という関係図式:二項関係』であった。ところが,そのあいだに突如,よみがえったのようにして割りこんできたのが,その「招かざる客(戦死者でない英霊も含まれていたが)のA級戦犯」であった。

 このA級戦犯は,天皇裕仁の身代わりになって死刑台に登ってくれた者たちであったゆえ,この者たちが靖国神社の合祀された状態で,これに対して天皇が「親拝して(いちおう頭を下げて)祈祷し,祭祀する神道的な宗教行為」となれば,これがいったい,いかなる事態を意味するかは「一目瞭然」であった。天皇の立場にとってみれば,とうてい堪えきれない「敗戦後における靖国的な光景」が,現前していたことになる。

 だから昭和天皇夫妻は,1975〔昭和50〕年11月21日におこなった敗戦後8回目の靖国神社参拝を最後にして,この世を去った。そして,その息子の明仁も天皇になってから今日まで,靖国神社には一度も足を運んでいない。すなわち,天皇家側のA級戦犯合祀に対する執拗なまでの抵抗・排除の精神は徹底している。靖国神社へのA級戦犯合祀が必然的に派生・誘発させた「本当の意味」は,実は,敗戦後史における天皇・天皇制のすべてを否定したところにあった。

 以上,のっけから長々と靖国神社「本質」論を述べた。本日の記述の本論に戻ることにしたい。

 2)「『皇室批判』報道,靖国宮司が退任」(『朝日新聞』2018年10月11日朝刊32面「社会」)
 靖国神社は〔2018年10月〕10日,小堀邦夫宮司(68歳)が退任する意向だと発表した。後任の宮司は26日の総代会で決定する。小堀宮司は,神社内の研究会で「陛下は靖国神社をつぶそうとしている」などと皇室批判をしたと週刊誌で報じられ,波紋が広がっていた。

 同神社が発表した広報文は,「宮司による会議でのきわめて不穏当な言葉遣いの録音内容が漏洩いたしました」と週刊誌報道に言及。小堀宮司が陳謝のため宮内庁を訪れ,宮司退任の意向を伝えたことを明らかにした。
 補注)この靖国神社側の弁明は「小堀の発言が漏洩された事実じたいが問題なのであって,洩れていなければ問題はなかった」というふうにも受けとれる。天皇・天皇制に関しては,あくまで正式にという意味でいうと,表面的には,絶対的な価値があるかのような〈やりとり〉があったと解釈しても無理がない。そこには,当該問題を考えるにあたり,いつも “引っかかり” を感じさせるその「問題の背景基盤」が示唆されている。

 同神社では今〔2018〕年2月,前任の徳川康久宮司の発言が「神社創建の趣旨に反し,賊軍合祀の動きを誘発した」などと問題視されて,徳川氏が辞任。小堀氏は3月1日付で第12代宮司に就任したばかりだった。神社関係者によると,〔10月〕17日から開かれる秋の例大祭は宮司代務者が執りおこなうという。

 3) 「靖国神社の宮司退任へ 不穏当な言葉遣い漏洩」(『日本経済新聞』2018年10月11日朝刊38面「社会1」)
 靖国神社は〔2018年10月〕10日,会議でのきわめて不穏当な言葉遣いの録音内容が漏洩した小堀邦夫宮司(68歳)が退任する意向を示したとのコメントを発表した。後任は26日の総代会で正式決定するという。
 補注)ここでも出ているが,きわめて不穏当な言葉遣い」とは,誰を念頭:基準に置いての表現かは,あらためていうまでもない。

 小堀宮司をめぐっては,6月の靖国神社の社務所会議室で開かれた「第1回教学研究委員会定例会議」で,皇室を批判する発言をしたと一部週刊誌に報じられていた。同神社広報課は「会議内容などの回答は差し控える」とコメントしている。小堀宮司は京都府立大を卒業後,皇学館大大学院などを経て伊勢神宮の神職に就き,今年3月に宮司に就任した。

 ②「靖国神社宮司が天皇批判! 『天皇は靖国を潰そうとしている』…右派勢力が陥る靖国至上主義と天皇軽視の倒錯」(『リテラ』2018.10.10)

 この ② として引用する『リテラ』の記事は,いま記述している問題・論点の背景事情を分かりやすく説明している。ということで,前段までの本ブログ筆者の論及と重ねて読んでほしいものである。

 1) 先週発売の『週刊ポスト』」(小学館)10月12・19日号が,靖国神社の宮司による衝撃的な“天皇批判”をすっぱ抜いた。

  「陛下が一生懸命,慰霊の旅をすればするほど靖国神社は遠ざかっていくんだよ。そう思わん? どこを慰霊の旅で訪れようが,そこには御霊はないだろう?」

  「はっきりいえば,今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか?」

 記事によれば,今〔2018〕年6月20日,靖国神社の社務所会議室でおこなわれた「第1回教学研究委員会定例会議」で,靖国宮司・小堀邦夫氏の口からこの “不敬発言” は飛び出した。小堀宮司は皇太子夫妻に対しても

  「(今上天皇が)御在位中に一度も親拝なさらなかったら,いまの皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?」

  「皇太子さまはそれに輪をかけてきますよ。どういうふうになるのか僕も予測できない。少なくとも温かくなることはない。靖国さんに対して」

と批判的に言及したという。小堀宮司は『週刊ポスト』の直撃に対して「なにもしらないですよ」などと誤魔化しているが,すでに,録音された音声が動画で公開されており,靖国宮司が今上天皇を猛烈に批判したことは疑いない。

 いうまでもなく,靖国神社は戦前・戦中の皇室を頂点とする国家神道の中枢であり,いわば「天皇の神社」だ。そのトップである宮司が,今上天皇が皇后と共に精力的におこなってきた各地への “慰霊の旅” を全面否定し,「靖国神社を潰そうとしている」と批判するとは,ただごとではなかろう。
 補注)この段落の論調は「天皇絶対視」に触れている。

 複数の神社関係者によれば,神職のあいだでも「小堀さんは分かっていない」「神道の慰霊はさまざまな場所でおこなわれるものだ」「靖国のことしか考えていないのか」などの反発の声があがっており,大きな波紋を広げている。当然,保守系言論人を巻きこむ一大騒動に発展するものと思われた。

 ところが,である。この『週刊ポスト』のスクープから一週間が経つというのに,反応したのはごく一部のメディアだけ。一般紙はまったく後追いせず,あの産経新聞ですら沈黙状態なのだ。それだけではない。普段,「首相の靖国参拝」をあれだけ熱心にがなりたてている極右メディアや安倍応援団もまた,完全に無視を決めこんでいる。これはいったい,どういうことなのか。

 2) 富田メモに残された「昭和天皇が靖国神社に参拝しない理由」
 そもそも,小堀宮司による “天皇批判” の背景は,来〔2017〕年4月末日をもって退位する今上天皇が,即位してから一度も靖国を参拝していないことにつきる。しかし,それは昭和天皇の意志を引きつぐものであり,当然の姿勢といえるだろう。

 周知のとおり,昭和天皇は,1975年〔11月21日〕の親拝を最後に,靖国参拝をおこなわなかった。その直接の原因は,1978年に松平永芳宮司(第6代)がおこなったA級戦犯合祀に,昭和天皇が強い不快感をもったためだ。

 実際,日経新聞が2006年7月20日付朝刊でスクープした通称『富田メモ』には,その心情が克明に記されていた。当時,昭和天皇の側近であった元宮内庁長官・富田朝彦が遺した1988年4月28日のメモの記述である。
富田メモ2 私は或る時に,A級が合祀され  その上  松岡,白取までもが

 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが

 松平の子の今の宮司がどう考えたのか  易々と

 松平は平和に強い考えがあったと思うのに  親の心子知らずと思っている

 だから  私あれ以来参拝していない  それが私の心だ
 「松岡」というのは国際連盟からの脱退でしられる近衛文麿内閣の外相・松岡洋介。「白取」とは松岡とともに,日独伊三国同盟を主導した元駐イタリアの白鳥敏夫のことをさす。両者とも戦後にA級戦犯として東京裁判にかけられたが,昭和天皇がわざわざ「その上」といっているように,この「あれ以来参拝していない それが私の心」は,松平宮司による14名のA級戦犯合祀そのものにかかっていることは自明だ。

 ところが当時,『富田メモ』の発表で大混乱に陥り,驚くべきペテンと詐術を繰り返したのが右派勢力,とりわけ,現在の安倍晋三を支える極右応援団の面々だった。いま,あらためてその御都合主義に満ちた反応を振り返ってみると,連中が,今回の小堀宮司による天皇批判に沈黙を貫いている理由もおのずと理解できるだろう。

 3)「昭和天皇の思い」を攻撃,無視した極右文化人たちのご都合主義
 たとえば, “極右の女神” こと櫻井よしこ氏はその典型だ。『週刊新潮』の連載で「そもそも富田メモはどれだけ信頼出来るのか」(2006年8月3日号)とその資料価値を疑い,さらにその翌週には,3枚目のメモの冒頭に「63・4・28」「Pressの会見」とあることを指摘,「4月28日には昭和天皇は会見されていない」「富田氏が書きとめた言葉の主が,万が一,昭和天皇ではない別人だったとすれば,日経の報道は世紀の誤報になる。日経の社運にもかかわる深刻なことだ」(2006年8月10日号)と騒ぎ立てた。

 しかし,実際には「63・4・28」というのは富田氏が昭和天皇と会った日付であって,「Pressの会見」はそのときに昭和天皇が4月25日の会見について語ったという意味だ。要するに,櫻井氏は資料の基本的な読解すらかなぐり捨てて,富田メモを「世紀の誤報」扱いしていたわけである。いかに,連中にとって,このA級戦犯の靖国合祀に拒否感を示した昭和天皇の発言が “邪魔” だったかが透けてみえる。

 もっとも,本性をさらけ出したのは櫻井氏だけではなかった。たとえば百地 章氏,高橋史朗氏,大原康男氏,江崎道朗氏ら日本会議周辺は,自分たちの天皇利用を棚上げして「富田メモは天皇の政治利用だ!」と大合唱。

 長谷川三千子氏は「これじたいは,大袈裟に騒ぎたてるべき問題ではまったくありません」「ただ単純に,富田某なる元宮内庁長官の不用意,不見識を示す出来事であつて,それ以上でもそれ以下でもない」とか(『Voice』2006年9月号,PHP研究所),小堀桂一郎氏は「無視して早く世の忘却に委ねる方がよい」(『正論』2006年10月,産経新聞社)などとのたまった。

 また,あの八木秀次氏も富田メモについて「この種のものは墓場までもっていくものであり,世に出るものではなかったのではあるまいか」とうっちゃりながら,「首相は戦没者に対する感謝・顕彰・追悼・慰霊をおこなうべく参拝すべきであり,今上天皇にもご親拝をお願いしたい」(『Voice』2006年9月号)などと逆に天皇に靖国参拝を「お願い」する始末。

 いったい連中は天皇をなんだと思っているか,あらためて訊きたくなるが,なかでも傑作だったのは,長谷川氏,八木氏と並んで “安倍晋三のブレーン” のひとりとされる中西輝政氏だ。中西氏はどういうわけか,この富田メモを同〔2006〕年7月5日の北朝鮮のミサイル発射,そして安倍晋三が勝利することになる9月20日の自民党総裁選に結びつけて,こんな陰謀論までぶちまけていた。
 いずれにせよ「七月五日」と「七月二十日」(引用者注:富田メモ報道)に飛び出したこの二つの「飛翔体」は,確実に「八月十五日」と「九月二十日」に標準を合わせて発射されていることだけは間違いなく,それぞれの射程を詳しく検証してゆけば,それらが深く「一つのもの」であることが明らかになってくるはずである」(『諸君!』2006年9月号,文藝春秋)。
 こうした「保守論壇」の反応は,保守派の近現代史家である秦 郁彦氏をして「多くの人は,みたいと欲する現実しか見ない」(ユリウス・カエサル)という警句を思い出した」「はからずも富田メモをめぐる論議は,一種の『踏み絵』効果を露呈した」(『靖国神社の祭神たち』新潮社)といわしめた。

 結局のところ,昭和天皇が側近にこぼした言葉を “北朝鮮のミサイル” と同列に扱う神経をみても分かるように,「富田メモ」が明らかにしたのは,昭和天皇のA級戦犯合祀への嫌悪感だけでなかった。

 つまり,ふだん天皇主義者の面をして復古的なタカ派言論をぶちまくっている右派の面々たちは,ひとたび天皇が自分たちの意にそぐわないとわかると,平然と “逆賊” の正体をむき出しにし,やれ「誤報だ」「無視しろ」「まるでミサイル」などと罵倒しにかかる。そのグロテスクなまでの政治的ご都合主義こそが連中の本質であること暴いたのだ。

 4) 戊辰戦争の “賊軍合祀” を主張して辞任に追いこまれた徳川前宮司
 事実,こうした自称「保守」による反天皇的反応がみられたのは『富田メモ』の1件だけではない。

 今上天皇が2013年の誕生日にさいした会見で,日本国憲法を「平和と民主主義を,守るべき大切なものとして,日本国憲法を作り,さまざまな改革をおこなって,今日の日本を築きました」と最大限に評価したときも,八木氏が「両陛下のご発言が,安倍内閣が進めようとしている憲法改正への懸念の表明のように国民に受け止められかねない」「宮内庁のマネジメントはどうなっているのか」(『正論』2014年5月号)と攻撃した。

 また,一昨〔2016〕年の生前退位に関する議論のなかでも,安倍首相が有識者会議に送りこんだともいわれる平川祐弘東大名誉教授が「ご自分で定義された天皇の役割,拡大された役割を絶対的条件にして,それを果たせないから退位したいというのは,ちょっとおかしいのではないか」と今上天皇を「おかしい」とまでいい切った。

 こうした流れを踏まえても,つまるところ,今回の靖国神社宮司による天皇批判は,極右界隈がいかにご都合主義的に天皇を利用しているかをモロにあわらしているとしかいいようがないだろう。「保守論壇」や産経新聞がいまだに小堀宮司の「今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ」なる発言になんら反応をみせないのも,要はそれが,戦中に靖国が担った国民支配機能の強化を夢みる連中の偽らざる本音だからにほかなるまい。

 そのうえで念を押すが,そもそも靖国神社という空間じたいが,きわめて政治的欺瞞に満ちたものだ。事実,靖国神社に祀られている「英霊」とは戦前の大日本帝国のご都合主義から選ばれたものであり,たとえば数十万人にも及ぶ空襲や原爆の死者などの戦災者はいっさい祀られていない。

  “靖国派” は「世界平和を祈念する宗教施設でもある」などと嘯(うそぶ)くが,実際には,靖国神社を参拝するということは,先の大戦に対する反省や,多くの国民を犠牲にした贖罪を伴った行為とは真逆の行為なのである。

 だいたい,靖国の起源は,戊辰戦争での戦没者を弔うために建立された東京招魂社だが,この時に合祀されたのは「官軍」側の戦死者だけであり,明治新政府らと対峙し「賊軍」とされた者たちはいっさい祀られていない。そのご都合主義的な明治政府の神聖化≒国家神道復活の野望は,靖国の人事にも現われている。

 小堀宮司の前任者である徳川康久前宮司は,今〔2018〕年2月末,5年以上もの任期を残して異例の退任をした。表向きは「一身上の都合」だが, “賊軍合祀” に前向きな発言をしたことが原因というのが衆目の一致するところだ。

 徳川前宮司は徳川家の末裔で,いわば「賊軍」側の人間であった。徳川氏は,靖国神社の元禰宜で,神道政治連盟の事務局長などを歴任した宮澤佳廣氏らから名指しで批判され,結果,靖国の宮司を追われたのである。
 補注)宮澤佳廣は以前,本ブログが靖国問題に関する別のある問題(鎮霊社)について論じた点をめぐって,このブログが「噛みつい〔てき〕た」とかなんとか形容していたが,他者の議論が気に入らないからといって,相手を神社脇の狛犬あつかいしたわけでもあるまいに,それにしてもこの宮澤は,櫻井よしこ,百地 章,高橋史朗,大原康男,江崎道朗,長谷川三千子,八木秀次らと同列の人間であった。

 ちなみに,神社本庁の説明によると「狛犬は高麗犬の意味で,獅子とともに一対になって置かれているとする説もあり,その起源も名称が示すように渡来の信仰にもとづくもので,邪気を祓(はら)う意味があるといわれています」との謂いであった。
 註記)「狛犬について」,http://www.jinjahoncho.or.jp/iroha/jinjairoha/kooainu/

 その後任に送りこまれたのが,伊勢神宮でキャリアを積んだ小堀宮司というわけだが,複数の神社関係者によると「小堀氏を直接推したのはJR東海の葛西敬之会長だが,その葛西氏に入れ知恵をしたのが,神社本庁の田中恆清総長と神道政治連盟の打田文博会長だと囁かれている」という。真相は定かではないにせよ,田中・打田コンビといえば,昨今の「神社本庁・不動産不正取引疑惑」(過去記事参照,https://lite-ra.com/2018/09/post-4272.html)でも頻繁に名前がとり沙汰されるなど,神道界で強権的支配を強めている実力者だ。

 いずれにしても,靖国神社の理念が「祖国を平安にする」「平和な世を実現する」などというのは詐術であり,その本質は国家のために身を捧げる“新たな英霊”を用意するためのイデオロギー装置にほかならない。

 5) 小堀宮司になって金のためみたままつりの露店を復活させた靖国
 同時に,戦争世代・遺族の減少によって寄付金等の右肩下がりが止まらない靖国にとって,「天皇親拝」の実現は,二重の意味で “生き残り” をかけた悲願でもある。

 靖国神社は德川宮司時代の2015年,夏の「みたままつり」での露店出店をとりやめていた。德川氏は「若者の境内でのマナーの悪さ」「静かで秩序ある参拝をしてほしい」などを理由に挙げていたが,実際,祭りにさいした暴行や痴漢などの性的被害なども靖国内部で報告されていたという。結果,参拝客が激減したのだが,その消えた露店が,小堀氏が宮司となった2018年に復活している。そのことからも連中の本音がうかがえよう。

 德川宮司批判の急先鋒であった前述の元靖国神社禰宜・宮澤氏は,当時,靖国の総務部長として露店中止に強く反対していた。著書『靖国神社が消える日』(小学館,2017年)では「将来の靖国を支える若者の教化という観点に立てば,あれほど多くの若者を集め,しかも『平和を求める施設であることをアピールするためにはじめられたこの試みは,大きな成功をおさめた』とまで評価されていたみたままつりを活用する方が,はるかに合理的で生産的でした」と書いている。
 補注)宮澤佳廣は「靖国神社を戦争神社,遊就館を戦争ミュージアム」と誤解させる「危険性」に言及していたが,この誤解は誤解などではなく「正解である」ことは,靖国神社とその境内にある遊就館を一度でも見学すれば,たやすく理解できる。

 ものはいいようだろう。しかし,実際は,靖国神社が喉から手が出るほど欲しがっているのは,信仰に繋がる卑近な “PRとゼニ” なのだ。

 煎じ詰めれば,A級戦犯が合祀されている靖国の「英霊」ではなく,各地で亡くなった戦争犠牲者を分け隔てなく慰霊する,それこそが平成の天皇の責務だと自覚した今上天皇のあり方は,国家神道的イデオロギーの復活を目論む集団からみて,あるいは今後の先細りを宿命づけられた靖国神社という宗教法人にとって,まさしく「不敬」をはばからず攻撃したくなる “目の上のたんこぶ” なのだろう。

 だが,それはしょせん,八つ当たりでしかない。気鋭の政治学者である白井 聡は,著書『「靖国神社」問答』(小学館)の解説文のなかで,靖国の歴史的欺瞞の分析を踏まえたうえで,こう提言していた。
 してみれば,われわれがめざすべきは靖国の「自然死」である。多くの人が,靖国の原理を理解すること,すなわち,そこには普遍化できる大義がないことをしり,「勝てば官軍」の矮小な原理を負けたのちにも放置しながら,あの戦争の犠牲者たちに真の意味で尊厳を与えるための施設としては致命的に出来損ないであり続けているという事実をしることがなされるならば,誰もがこの神社を見捨てるであろう。
 靖国神社と靖国至上主義を叫ぶ右派勢力は天皇を攻撃する前に,まず,自分たちの姿勢を考え直すべきだろう。
 註記)https://lite-ra.com/2018/10/post-4305.html
    https://lite-ra.com/2018/10/post-4305_2.html(~5.html)

 だが,最後にこういう断わり入れておく必要がある。天皇家は靖国神社を自家用の神道的施設,それも非常に重要な慰霊のための宗教機関として,ぜひとも,いつかはとり戻したいと企図している。白井 聡がそこまで踏まえた議論・主張をしている様子はうかがえない。

 白井の視線に映る「靖国神社」はたしかに「出来損ない」であっても,皇室:天皇側にとってしたら「A級戦犯」を除去させえたこの神社は,非常に使い勝手のいい「天皇家のための宗教施設」たりうる可能性を,21世紀のいまであってもまだ残していると解釈できる。

 天皇家側はけっして明確には説明しないものの,そのいいぶん(本心・本音)は,いまの靖国神社ならば,これは絶対に要らない。だが,A級戦犯合祀がなくせる時点が到来しだい,そのときからはもとどおりにこの靖国神社は使えると想定している(そうなる時期を待ちかまえている)。これが「靖国神社の明治以来における本性」の再生そのものでないとはいえまい

 昨日〔2018年10月10日〕の本ブログが特記するかのように書いたのは,現在でも天皇家側は「勅使の派遣を通して『靖国神社を一番の特別あつかいしている』」のである。この事実はなにを物語っているか?

 A級戦犯の合祀さえ解ければ,靖国神社はいつでも皇室の圏内に完全に戻せるという考え方は,皇室:天皇側が以前からもちつづけている「本当の意向」である。また結局は「戦争神社の本義」は変えないままで,ということにならざるをえない。

 最後にこういった指摘を聞いておきたい。
 靖国信仰は「天皇や国家から民草に恩恵を施す」といった。文字どおりのパターナリズム(家父長制)であり,典型的な公私二元論である。

 天皇(=公)は一家の父親であり,臣民はそれに従属する子どもたち(=私)ということである。戦前は,それが強制されていた。

 戦後の民主主義の時代には,そんな考え方が受け入れられるはずがない。ただ戦後においても,分野によってはこの種のパターナリズムは続いてきた。
 註記)稲垣久和『靖国神社「解放」論』光文社,2006年,72頁。
 少なくとも,敗戦後史における昭和天皇の統治観念は,この稲垣久和の指摘のとおりであって,けっして捨てられていなかった。息子の平成天皇は父とは同じではないものの,靖国信仰の核心部分において基本的に異なる事由はみいだせない。

 皇居内にある宮中三殿は,いったいなんのために設営されているのか。天皇たちはそこで,いったいなにを祈っているのか。仮にでも国民のためだとしたら,信教の自由を定めている日本国憲法の基本的な見地に抵触しないか。結局,皇室的に国家神道である靖国神社は,明治以来からの畸型的な宗教観念が問題にならざるをえない。

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