【北朝鮮に自衛隊を侵攻させて拉致被害者を救出でもするというのか? この天下にまことに稀代である「脳天気首相」を信じられる日本国民がいたら,こちらは「もっと能天気」】

 【拉致問題の解決をそう簡単に期待していたらすぐに裏切られる】



 ①「北朝鮮大使,拉致『誰も関心がない』」(『日本経済新聞』2017年4月18日朝刊)

 1)『日本経済新聞』の報道
 【平壌=時事】 北朝鮮の宋 日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使は〔4月〕17日,平壌で記者団に対し,北朝鮮が日本人拉致問題などの再調査を約束した2014年5月の日朝ストックホルム合意について「すでになくなった」とあらためて訴えたうえで,拉致問題に「誰関心がない」と主張した。
ソンイルホ画像
出所)http://www.sankei.com/photo/story/news/160213/sty1602130001-n1.html
『朝日新聞』2017年3月27日朝刊拉致問題
出所)『朝日新聞』2017年3月27日朝刊(画面 クリックで 拡大・可)。

 2)NHKのニュース(報道)
 「北朝鮮のソン大使『拉致に誰も関心ない』」(2017年4月18日 0時01分)

 北朝鮮のソン・イルホ日朝国交正常化担当大使は,ピョンヤンで記者会見し,北朝鮮が拉致被害者を含む日本人行方不明者の全面的な調査をおこなうことを約束した3年前の合意について,日本側が破棄したとしたうえで,「拉致については誰も関心がない」と主張しました。一方で日本側から要望があれば,残留日本人などの問題には今後もとり組む用意があるという姿勢を示しました。北朝鮮のソン・イルホ日朝国交正常化担当大使は,〔4月〕17日(日本時間の午後6時ごろから),ピョンヤンで取材している日本のメディアを対象に記者会見を開きました。

 このなかでソン大使は,3年前,スウェーデンのストックホルムでおこなわれた日朝協議で,北朝鮮が拉致被害者を含む日本人行方不明者の全面的な調査をおこなうことを約束した合意について「日本側が一方的に反故にしたのに,誰が拉致被害者の再調査をするのか。水はすべてこぼれて地面にしみこみ,それはもとに戻らない」と述べました。そのうえで「拉致については誰も関心がない」として,日本側が合意を破棄したため拉致被害者の再調査は中止を余儀なくされたと主張しました。

 一方でソン大使は,終戦前後の混乱のなかでいまの北朝鮮領内にとり残された残留日本人や,同じ時期に現地で亡くなった日本人の遺骨の問題については「人道的な立場からこれからもとりあつかう。日本側から要望があれば対応する」と述べ,今後もとり組む用意があるという姿勢を示しました。

 北朝鮮は,3年前の日朝の政府間合意にもとづいて,拉致被害者,行方不明者,残留日本人・日本人配偶者,それに日本人の遺骨問題の4つの分科会からなる「特別調査委員会」を立ちあげ,調査を開始しました。しかし,北朝鮮は,調査結果の報告を先延ばししたうえ,去〔2016〕年,1月の核実験に続いて2月に事実上の長距離弾道ミサイルの発射を強行したのを受けて日本政府が独自の制裁措置を決定すると,「調査を中止し,『特別調査委員会』を解体する」と一方的に発表していました。

 a) 拉致問題相「拉致問題は最優先課題」
 加藤拉致問題担当大臣はNHKの取材に対し,「発言の詳細は承知していないが,ストックホルム合意をこちらから破棄するつもりはないという日本政府の姿勢には変わりはない。拉致問題は安倍政権の最重要課題であり,解決に向けて最優先でとり組むことも変わりはない」と述べました。

 b) 政府関係者「合意を破棄した事実はない」
 政府関係者はNHKの取材に対し,「大使の発言は承知していない。ただ,日本人行方不明者の全面的な調査をおこなうと約束した合意を,日本が破棄したという事実はなく,引きつづき誠実に合意の履行を求めていく姿勢は変わらない」と述べました。

 c) 外務省幹部「受け入れがたい」
 外務省幹部はNHKの取材に対し,「受け入れがたいコメントだ。日本が,日朝の合意を反故にしたという事実はなく,拉致被害者などの調査はおこなわれるべきだ。なぜ北朝鮮側がこのようなことをいうのか理解できない」と話しています。

 d) 拉致被害者家族「幕引き許されない」
 拉致被害者の家族会代表で,田口八重子さんの兄の飯塚繁雄さんは「北朝鮮が拉致被害者を管理下に置いているのは明らかで,再調査の必要はなくすぐに帰国させるべきだ。拉致問題の幕引きを図ろうとすることは絶対に許されない」と話しました。そのうえで「私たちは日本政府に対して拉致被害者の帰国に最優先でとり組むよう求め続けており,政府は一刻も早い帰国の実現に向け全力でとり組んでもらいたい」と求めました。

 ②「拉致『安倍内閣で解決』 首相,米と連携強化表明」(『日本経済新聞』2017年4月24日朝刊2面「総合・政治」)

 安倍晋三首相は〔4月〕23日,北朝鮮による日本人拉致被害者の家族会らが都内で開いた国民大集会に参加した。首相は「安倍内閣で拉致問題を解決するとの考えにいささかの揺るぎもない」と力説した。トランプ米政権と連携して核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対応する考えを示した。

 「米政権にも拉致問題はきわめて重要な問題で,必らず解決していかなければならないと伝えている」と語った。集会に同席した加藤勝信拉致問題相は「国際社会では北朝鮮の人権問題に対して改善を求める機運が年々高まっている」と指摘した。加藤氏は5月の大型連休にEU(欧州連合)で開く初のシンポジウムに参加し,拉致問題の重要性を訴える。北朝鮮への訪問を予定する欧州議会議員団と面会する予定だ。

 --この安倍晋三政権側が言及した北朝鮮日本人拉致問題に関する中身は,みな,いまふうにいえば fake である。平壌宣言があった。これは2002年9月17日,日帰りで北朝鮮を初訪問した日本の小泉純一郎首相が金 正日(キム・ジョンイル)国防委員長(党総書記)とのあいだでおこなった日朝首脳会談後に署名された共同宣言であるが,その現在における実質は,いままでずっと反故同然になっていた。
小泉純一郎訪朝時画像
出所)これは,2002年9月17日に小泉純一郎首相が
北朝鮮を訪問したとき写真,安倍晋三が後方にいる。

https://i.ytimg.com/vi/Ise2jBgw3yw/maxresdefault.jpg

 安倍晋三が政権を維持できている小さな理由・背景のひとつに,この北朝鮮日本人拉致問題に対する断固とした姿勢があると,一般には解釈されている。だが,拉致被害者のうちでも帰国できた蓮池 薫の兄透がはげしく安倍晋三を批判しているように,現在の首相である安倍はこの問題を政治的に利用はしてきていても,本気で解決する気などないし,またそのようにできるような,もともとの政治・外交面における総合的な実力もない。要は,今回もまた拉致問題に対する「ホラ吹き」が再開されたに過ぎない。

 ③ 蓮池 透『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社,年,2015年12月)

 以下は,2016年2月時点の記述である文章を引用する。当時話題になっていたこの本に関する記述である。

 2016年1月12日に開かれた衆議院予算委員会では,民主党の緒方林太郎議員が同書をとりあげ,「いままで拉致問題はこれでもかというほど政治的に利用されてきた。その典型例は実は安倍首相によるものである」という一節を読みあげて,「首相は拉致を使ってのしあがった男でしょうか」と質した。これに対して安倍首相は,声を荒げて「ここで私の名誉を傷つけようとしている。きわめて私は不愉快ですよ」と反論した。

 だが,同じパターンが以前もあった。2006年10月11日の参議院予算委員会で,民主党の森ゆうこ議員(当時)が,同年発売された『週刊現代』10月21日号掲載の,「安倍晋三は拉致問題を食いものにしている」という表題の記事をとりあげたのだ。この記事は,中国朝鮮族の実業家で,北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が他国と交渉するさいの「大物ロビイスト」とされた崔 秀鎮(チェ・スジン)氏のインタビュー。

 この崔氏は安倍首相から北朝鮮との秘密交渉を依頼されたというが,そこで首相について「単に政治的パフォーマンスとして拉致問題及び北朝鮮問題を利用しているに過ぎないのです」と述べている。森議員が「この記事の事実関係」を質しただけで,首相は「いちいちコメントするつもりはまったくありません。事実,食い物にしてきたということをこの委員会でいうのは失礼じゃありませんか」と,興奮した口調で発言している。

 今回,蓮池氏が同書で首相の「ウソ」としてとりあげていた主な点は,以下のふたつであった。

 (1)   2002年9月に小泉純一郎首相(当時)が訪朝したさい,官房副長官として同行した安倍氏が,「『拉致問題で金 正日から謝罪と経緯の報告がなければ共同宣言に調印せずに席を立つべき』と自分が〔小泉首相に〕進言した」。

 (2)   蓮池氏の実弟の薫氏が同年10月に「一時帰国」したさい,安倍氏が「帰国した被害者5人を,北朝鮮に戻さないように体を張って必死に止めた」というもの。

 安倍晋三『首相の拉致問題の「政治利用」』とは,こう説明される。

 蓮池氏は同書で (1) について,「席を立つべき」という方針は安倍氏がいい出したのではなく,当時の政府の共通認識だった。(2) については,安倍氏は北朝鮮に戻ることに当初反対しておらず,5人の帰国を引き止めたのは蓮池氏自身だったと指摘。だが安倍首相は,緒方議員が「蓮池氏がウソをついているのか」と迫ったが,「(自説が)違っていたら国会議員を辞める」と反論した。
 補注)この安倍晋三が議員を「辞める」という台詞は,つい最近もどこかで聞いたことがある。そうである,あの森友学園の小学校新設申請「国有地払い下げ問題」が大いに騒がれ出した当初,安倍が啖呵を切るようにいいきった文句であった。どうやら「そもそも」本気ではなく,気軽に口してきた台詞であるようにしか受けとれないが。

 これについて,拉致問題が安倍首相や右派によって「政治利用」されてきた経過を追った『ルポ 拉致と人々』(岩波書店,2011年)の著者で,今回の蓮池氏の近刊にも著者との対談が掲載されているジャーナリストの青木 理氏は,「おおむね,蓮池氏の指摘が正しい」と断言する。とくに (1) については,小泉政権時代の田中 均元外務審議官のインタビューで裏づけをとっており,「安倍首相だけが1人,独自の主張をしていたのではない」と述べる。

 また青木氏は,「首相は副官房長官当時,周囲の “番記者” にペラペラと拉致に関する情報を話していました。拉致問題を最大の跳躍台にして駆け上がり,首相の座まで射止めたのは間違いない」と指摘。さらに,「実際首相がやったことは蓮池氏も指摘するように『北の脅威』を煽って制裁を強化するだけで,問題解決のためになにもしてはいない」と述べる。
蓮池透画像3
出所)2015年12月21日外国特派員協会の会見での蓮池 透,
http://blogos.com/article/151053/

 蓮池〔透〕氏もツイッターで安倍首相の答弁に対し,「私はけっして嘘は書いていません」と断言しているが,たしかなのは首相はこれまで,さまざまな事実無根の発言を繰り返してきたという事実だ。福島第1原発事故後の汚染水流出について「アンダーコントロールにある」だの,日本軍「慰安婦」問題は「『朝日新聞』の誤報から始まった」だのと,挙げればキリがない。首相が拉致問題についての言動を批判されると感情的になるのも,本人のやましさのためではないのか。
  (成澤宗男・編集部,2016年1月22日号)

 この最後の記述「安倍晋三は嘘つき」,それも大のつくオオカミ少年である点は,マスコミ界でもまともな論評を展開できている機関であれば,間違いなどない〈確実な定評〉になっている。前掲の『日本経済新聞』の記事を踏まえて早速,『天木直人のブログ』が安倍晋三への批判を繰り出していた。この記述は「安倍晋三を嘘つき+ホラ吹き」と決めつけている。肝心な問題は,指摘されている内容である。

             

 ④「拉致問題は私の手で解決するという安倍首相の大ボラ」(『天木直人のブログ』2017-04-24)


 歴代首相のなかにはろくでもない首相も多かったが,そのなかでも,これほどホラを吹き続けるろくでもない首相はいなかっただろう。しかも,私的な会話におけるホラではない。経済・外交といった国民の暮らしと生命に直結する国の政策につてのホラである。

 その安倍首相が,きのう4月23日,厚かましくも,「救う会」の国民大集会 註記)に出席して,拉致被害者家族会の前で大ホラを吹いたらしい。拉致問題は私が司令塔となって必らず解決する,拉致被害者とご家族が抱きあうまで私の使命は終わらない,と大見得を切ったというのだ。これ以上のホラはない。
 註記)関連する情報は,http://www.sukuukai.jp/mailnews/ を参照されたい。

 トランプと一緒になって北朝鮮と戦争をしようとしている安倍首相に,どうして拉致被害者を助けることができるというのか。誰が考えてもありえないことだ。まだ,あの小泉純一郎のほうがましだった。自分の手柄に目がくらんで拉致被害者の命を軽くみたり,ブッシュの米国に脅かされて腰砕けに終わったけれど,少なくとも平壌宣言をつくって日朝国交化との一括解決をめざした。

 安倍首相は,その足もとにも及ばない。横田早紀江さんはそろそろはっきりといったほうがいい。安倍首相では拉致問題の解決は無理だ。早く新しい政権に代わって仕切りなおしてもらたい。われわれには時間がないからできるだけ早く新政権ができてほしいと。もちろん,それは政権交代でなくてもいい。安倍首相の率いる政権でなければ,どんな政権でもいい,ということである。
 註記)http://kenpo9.com/archives/1326

 しかし,それにしても拉致被害者の家族たちは,安倍晋三と手を切ることができないでいる。別の方向から運動を盛りあげるかたちを選択できないでいる。すでに「救う会」関連では金銭的にも不明朗であり,闇のなかに隠してしまった問題がいくつもあった。だが,こうした問題は「拉致問題……,拉致問題……」という呪文によって,国民たちの目前からはかき消されてきた。安倍晋三も同じような要領をうまく使い,自分・個人の政治的な利益だけに悪用している。北朝鮮と一戦を交える? トンデモナイ。トランプであってもそうたやすくは繰り出せない「手」である。ましてや,外交手腕においては子ども同然の安倍晋三に……。

 いままでさんざんバカをみさせられつづけているのは,北朝鮮による日本人拉致被害者の家族たちの立場である。日本政府側が現状のような対応姿勢を維持しているかぎり,この外交問題はほぼ永久的に解決の糸口さえつかめない。そもそも,相手である北朝鮮の外交特性を,なにもしらないかのような安倍政権側の対応ぶりである。まるで「3歳の子ども」と「青年の不良とのケンカ同然」であって,外交の駆け引きすらまともに成立していない。それでいて安倍は,拉致問題に関して「オレがやった」こと〔などないのだが,それ〕を,しかも針小棒大にデッチ上げては,誇大に宣伝していた。つまり “ホラ吹きシンチャン” でしかなかった。

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 【本ブログ内で関連する記述】
  
    ⇒  2017年2月7日,「ブルーリボンバッチ購入は,解決のメドの立たない,北朝鮮日本人拉致問題に対する象徴的な,誰にでも(=安倍晋三君にも)できる意思表示である」


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 【執権党の政治家がなぜか無責任でいられる日本政治の構造】

 【天皇・天皇制を前面に出す二重構造的な民主主義(?)政治体制の危うさ】



◆ 蟻川恒正「〈憲法季評〉真実に生きる 自らの言葉と歩む天皇」◆
=『朝日新聞』2016年4月20日朝刊 =

 この〈憲法季評〉寄稿を引用する前に,蟻川恒正について関連する説明事情がある。こちらから記述するかたちとする。

 1)痴漢行為で逮捕歴があるが,そういう人にはみえない

 さきに人物紹介をしておく。「ありかわ・つねまさ」は1964年生まれ,専門は憲法学,日本大学大学院法務研究科教授。著書に『尊厳と身分』『憲法的思惟』。蟻川とは非常に珍しい苗字であるが,ともかく,ネット上でこの氏名で検索したところ,つぎのような記事がみつかった。まず,ウィキペディアの記述である。
   2007年5月11日,東京都迷惑防止条例違反(山手線内での20歳女性会社員の尻に触れた痴漢容疑)で,被害女性にとり押さえられ新宿駅で駅員に引き渡されたところを警視庁新宿警察署の警察官に現行犯逮捕された。

 警察の取調べでは,蟻川が「犯罪とは認識していたが,好みの女性だったので痴漢をしてしまった」と供述していると新聞報道された。しかし,大学の調査に対しては,一転して容疑を否認。蟻川は痴漢容疑を認めていないが,「大学に混乱を来した」として2007年6月に辞職届を提出し受理され,7月14日付で東京大学教授を辞職した。
 つぎに,これは10年前の記事であるが,「東大は痴漢の温床 ?? 『高貴な顔立ち』の教授逮捕」(『J-CAST ニュース』2007年5月15日19時8分)などからも引用する。以下はこの『J-CAST ニュース』から。

蟻川恒正『朝日新聞』2017年4月20日朝刊オピニオンから 東京大学大学院の蟻川恒正教授(42歳)が,電車内でOL(20歳)の下半身を触り2007年5月11日に現行犯逮捕されていたことがわかった。「高貴な顔立ち」をしたこの教授は,学者としては実績もあり,気さくで学生には人気があったようだ。東大では最近副理事が痴漢で解雇され,あの「ミラーマン」こと植草一秀被告も東大出身だ。ネット上には「東大は痴漢の温床だな」などというカキコミも出ている。「早口で授業を進めるが大変わかりやすい」。
 補注)「高貴な顔立ち」については『朝日新聞』からその画像を借りて紹介しておく(右側)。また植草一秀の痴漢事件の場合,冤罪の疑いがあるとして,次項 2)のごとくに説明されてもいる。ここでは,参考になる一部分しか引用できないが,聞いておく価値はある。
 蟻川恒正画像2
   出所)http://www.yuhikaku.co.jp/static/kouen2016.html

 2)「植草氏痴漢冤罪事件から見えて」(『黄金時代へ』2009-09-07)

 私の母校(都立両国高校)の後輩でもある植草早大元教授の2006年に起こった痴漢でっち上げ事件の最高裁への上告が棄却され,懲役4ヶ月の有罪が確定しました。この植草さんの事件だけでなく,りそな銀行に関る人たちが,死んだり,逮捕されたりしています。
植草一秀画像3
出所)http://kagefumi811.blog.so-net.ne.jp/2016-04-28-1

 りそな銀行の不正を暴こうとした新聞記者やりそな銀行の監査人が不審死,りそなの脱税問題を調査していた国税庁調査官が植草さんとまったく同じ手鏡も使った痴漢疑惑で逮捕されているわけです。最近,副島隆彦さんとの対談本『売国者たちの末路』(祥伝社,2009年)が出版され,すごい売れゆきです。また,植草さんはブログは政治部門の人気ランキング1位になっていますね(2009年7月13日現在2位)。

             

 「植草氏冤罪事件の真相」 なぜ,植草さんは,二度も警察,検察,司法によるでっち上げの痴漢容疑で逮捕され,有罪になってしまったのでしょうか? このでっち上げに関しては,『売国者たちの末路』に詳しく出ていますので,ぜひみてみてください。この本とは違った角度のものをいくつか紹介します。国際評論家小野寺 光一さんの記事・ほかです。
 ※-1 http://www.asyura2.com/07/senkyo29/msg/117.html

 ※-2 http://www.asyura2.com/0601/senkyo26/msg/918.html

 ※-3 http://udonenogure.iza.ne.jp/blog/entry/1106449/

 註記)なお,以上のうち※-3のリンク先は削除状態である。

 2004年の事件では,なんと被害者がいない,そして目撃者が警察だということ。2006年の事件では,副島さんは被害者は,婦人警官で,同じ電車内にいて植草さんを取り押さえたのは,警察官とみています。まったく私も同意見です。植草さんは,逮捕の直前,りそな銀行についての本を出版する予定だったそうです。
  註記)http://deeksha777.blog88.fc2.com/blog-entry-12.html

 この植草一秀の場合と蟻川恒正の場合とを同じに語ることはできそうもない。だが,植草の場合は奇妙な事件になっている,つまり国策捜査(デッチ上げ事件)である可能性が高い。蟻川についてはともかく,その高貴だと形容される顔立ちは,もう一度観ておきたい。
 出所)http://www.yuhikaku.co.jp/static/kouen2016.html

  〔『J-CAST ニュース』本文(蟻川恒正の記事)に戻る→〕  各紙の報道によると,痴漢行為は07年5月11日午後6時ごろ,JR山手線外回り渋谷-新宿間を走行中の車内でおこなわれた。蟻川教授は右手で女性の尻をスカートの上からなでまわし,痴漢に気づいたこの女性が新宿駅のホームでとり押さえ,駅員に引き渡した。蟻川教授は痴漢の理由を「好みのタイプなのでやった」と自供。同月13日に釈放された。

   蟻川教授は東京大学法学部卒業後,東北大学大学院法学研究科助教授を経て,2006年4月から東大の教授になった。東京大学広報は  J-CAST ニュースの取材に答え,蟻川教授が痴漢で逮捕されたという報告は蟻川教授自身からは出されておらず,同15日の昼前のニュースでしったことを明かした。そして,「現在は事実確認中で,事実であれば早急に適切な措置をとることになります」と話した。

 蟻川教授とはいったいどんな人なのか。東北大学時代の評判が同大学のサイトに掲載されていて,それによれば,「高貴な顔立ちとは裏腹に気さくな人である。意外にも落語好き。また,独身貴族でもある」。そして「早口で授業を進めるが大変わかりやすく授業時間もきっちりまもってくれる。女子生徒に人気も高く,若く優秀な新進気鋭の学者と評されている」などと書いてあって,学者としてはなかなか立派だったようだ。
 註記)引用は,http://news.livedoor.com/article/detail/3162982/

 3)蟻川恒正「〈憲法季評〉真実に生きる 自らの言葉と歩む天皇」-寄稿・本文の引用と批評-

  「やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと改めて思いました」「今後の日本が,自分が正しくあることができる社会になっていく,そうなればと思っています。みながその方に向かって進んでいけることを願っています」。

 これは,2013年10月27日,熊本県水俣市を初めて訪れた天皇が水俣病患者の話を聞いたあとに述べた言葉である。事前に用意された「おことば」ではない。天皇が返礼にみずらの思いを述べるのは異例である。日本の公害の原点とされる水俣病は,胎児も含め,筆舌に尽くし難い病苦を患者に与えただけでなく,差別や偏見のゆえに患者であることを隠す生き方までを多くの患者と家族に強いた。その苦しみに寄り添い「真実に生きる」ことを励ます天皇の言葉は,当時,優しい言葉と報じられた。
 補注)憲法学者にこう指摘するのはヤボなことかもしれないが,あえて述べておく。このたぐいの天皇による発言の行為が日本国憲法第7条に抵触するほかない事実は,百も承知であると思う。しかし,憲法学者が天皇のそうした行為(発言)を批判的に検討・吟味するのではなく,なにやら真剣に本格的に「天皇の意図や主観」に “寄り添った議論・評価” のほうに無条件にも傾いていると受けとるほかない発想である。

〔蟻川恒正に戻る→〕 優しい言葉である。だが,優しい以上の言葉である。差別と偏見の只中(ただなか)にあってみずからを晒(さら)すことは勇気と覚悟を要するからである。それを励ますことは,ひとつの生き方を励ますことである。その生き方こそ「真実に生きる」ことである。「真実に生きる」という言葉,殊(こと)にその「に」には,どこか日本語として聞き慣れない響きがある。英語に堪能な天皇は Live true という表現を想起していたかもしれない。live true(to)は,なにかに忠実に生きるということである。「真実に生きる」とは,あるべき自分の生き方に忠実に生きることであり,それを天皇は,すべての個人に励まし,それができる社会へと向かう努力を自他に求めたのである。
 補注)繰り返すが,こういう解釈・論及を許されていいのが「憲法に規定されている天皇の地位(立場・状況)」であり,さらにまた,その「天皇自身をめぐる問題設定」たりうるのかという “問い” を提示しておく。それも,深刻かつ重大な疑念がもたれてもよいものとして,である。思うに,憲法学者にあえて突きつけるような中身(論点)とも思われないが……。

 しかしながら,蟻川恒正のこの論説全体を一読したとき,憲法学者の天皇思想に対する「きわめて抽象度の高い」「しかも理想的な規範像を追究する」かのような発言であると受けとった。率直にいって「びっくりした」といわざるをえない。とくに,平成天皇は昭和天皇の息子(長男)として次代の天皇として生まれていたが,その宿命に即した生き方を自分なりによく考え抜いての人生を過ごしてきた。


〔蟻川恒正に戻る→〕 天皇にとって,それはみずからがそうありたいと思う生き方であったに違いない。2013年4月28日,政府は「主権回復の日」の式典を挙行した。第2次世界大戦後占領下に置かれた日本が独立したのが1952年4月28日。沖縄は本土復帰が叶(かな)わなかった。その61周年を祝う式典への出席を求める政府の事前説明に対し,天皇は「その当時,沖縄の主権はまだ回復されていません」と指摘した(『毎日新聞』2016年12月24日付)。先の大戦で国内最大の地上戦の戦場となった沖縄に対して,天皇は特別の思いを寄せつづけている。その天皇が,国政に関与したとの疑いを抱かれないよう細心の注意を払ってした発言が,この指摘である。
 補注)このあたりの発言になると,この憲法学者ははたして「例の沖縄に関する『天皇メッセージ』は念頭に置かない」議論をしているのかなどと,勘ぐりたくもなる。まさかその事実をしらないで語っているとは思われないが,釈然とせず茫漠とした印象を抱かせるほかない。

 その「天皇メッセージ」とは,こう解説されている。--昭和天皇が1947年9月,側近を通して連合国軍総司令部(GHQ)に対し,沖縄の長期占領を希望することを口頭で伝えた。GHQ政治顧問シーボルトが「琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解」,いわゆる「天皇メッセージ」として書簡にまとめた。その内容は「米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していることを言明した。天皇の見解では,そのような占領は米国に役立ち,また日本に保護を与えることになる」とした。
 註記)『最新版 沖縄コンパクト事典』琉球新報社,2003年3月。http://ryukyushimpo.jp/okinawa-dic/prentry-42228.html,2003年3月1日 00:00
   ここでは本ブログ内で関説した「天皇メッセージ」の説明分を再掲しておく。以下のように記述していた。

 「天皇メッセージ」(1947年9月20日)とは,昭和天皇が宮内庁御用掛の寺崎英成を通じて,シーボルト連合国最高司令官政治顧問に伝えていた〈彼の意志〉であった。この内容は,米国による沖縄の軍事占領に関して,つぎのように天皇の見解をまとめたメモとして記録されていた。

☆ 天皇メッセージ ☆

  (1) 米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む。

  (2) 上記(1)の占領は,日本の主権を残したままで長期租借によるべき。

  (3) 上記 (1) の手続は,米国と日本の二国間条約によるべき。

 このメモは,天皇は米国による沖縄占領は日米双方に利し,共産主義勢力の影響を懸念する日本国民の賛同もえられるなどとしていた。とくに日米間で防衛条約が結べなかったのは,日本の憲法が戦力保持を禁じたことが一因である。

 つぎの画像資料は沖縄県公文書館に掲載されている文書である。( ↓  画面クリックで 拡大・可)
天皇メッセージ沖縄県公文書館
 米国が攻撃されたさいに日本が軍事力を発動できない以上,相互防衛条約の締結は不可能だ。だからといって,米国が一方的に日本を防衛する義務を負うなどという,虫のよい条約はありえない。

 そこで結ばれたのは,1952年4月に米軍の日本占領が終結した後も,米軍の駐留継続を保障した「安保条約」だった。当時は朝鮮戦争の最中で,米軍にとって後方基地としての日本は不可欠だった。米国が日本を守るという条約ではないが,米軍が駐留していれば結果的に日本への侵攻抑止になるだろう,という性格のものだった。

 昭和天皇の長子である平成天皇は,この天皇メッセージの存在をどのように把握し,認識し,あるいは「沖縄県民に対してどのような自分の気持」をもっていたのか。こうした論点の空間における平成天皇の理解は,徹底的に詰めた議論を伴って披露されていたとはいえない。簡潔にいえば,父の責任を息子が完全に掬いとれる〔継承できる〕とは,とうてい思えないからである。

 1945年8月までに大日本帝国が記録してきた歴史の展開は,そうしたその後:結果を生むほかない経過をたどってきたはずである。いいかえれば,敗戦後に天皇位を継いだ彼(息子)が自分の立場からいくら努力したところで,より具体的に言及され鮮明にされることもない「特定の問題」(まさに「戦後レジーム」という運命・桎梏)は,残置されてきたままである。しかし,蟻川恒正がつぎのように「表現する行為」だけは,天皇明仁がさらに持続的にとり組める現実的な方法・対象であった。


〔蟻川恒正に戻る→〕 この指摘は,短いが,あるべき自分の生き方に照らしての真実からする指摘であった。皇太子時代の1975年,沖縄を初めて訪れることになった天皇は,本土復帰から3年での訪問に「なにが起こるかわかりません」と危惧した関係者に対し,「なにが起きても受けます」と答えている。「受ける」という言葉には,父たる昭和天皇の名でおこなわれた大戦で沖縄に甚大な被害を「与えた」以上,沖縄からなにかを「受ける」のは自分であるとする苛烈(かれつ)な覚悟がみえる。はたして,沖縄入りしたその日,過激派から火炎瓶が投げつけられた。その夜,皇太子(現天皇)は異例の談話を発表している。「払われた多くの尊い犠牲は,一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく,人びとが長い年月をかけて,これを記憶し,1人ひとり,深い内省のなかにあって,この地に心を寄せつづけていくことをおいて考えられません」。
 補注)この平成天皇の発言は,いまの天皇・天皇制の枠内でできる範囲においてではあるけれども,ともかく「自分にできる〈沖縄対応・措置〉」は,実は,天皇家のためにこそ実行しているのだという強い意志が感じられる。だが,この意志に表現された抱負,その具体的な実現に関しては当然のこと,制約・限界が課せられていた。それは,天皇の地位そのものから絶えず,不可避的に生まれてくるほかない性質のものである。

 なにゆえ父自身は,いままで息子がおこなってきたごとき「沖縄対応・措置」をおこなえず,そのまま放置してきたのか? その答えはすでに書かれていたが,いまさらにように指摘(批判)されてよい重要な論点である。しかし,この問題に関していうとその他方の側においては,日本人・民族じたいが国民(市民・人民・庶民)として保持してきた「政治意識=憲法理解の曖昧さ」,つまり,論旨の不徹底が控えている。しかもこの特徴は,宮内庁を前面に出した「皇室の行為範囲」の「無制限的に近い拡大結果:現状」に鑑みても,いとも簡単に確認できる事項である。


 即位後の天皇は,あるべき自分の生き方としてみずからのこの言葉に忠実に生きる道を選んだ。「長い年月をかけて,これを記憶し」,「深い内省のなかにあって,この地に心を寄せつづけていく」は,ほかならぬ天皇自身の今日までの歩みそのものだろう。「1人ひとり」がすることをおいて考えられないことを,天皇みずからがする。それは天皇が国民「1人ひとり」を「象徴」しているということではないか。天皇は,沖縄の人々をめぐって国民と自己との間に作られることを願った,ここにみたような関係のあり方に,憲法に書かれた「象徴」という概念の生きた姿をみいだしたように思われる。
 補注)こうはいわれているが,もっと現実的に考えてみたい。天皇が居れば,天皇がそのように日夜努力していてくれれば,日本の政治・経済・社会・伝統・文化などがもっぱらよい方向に向かっていくものだと,いったいどこの誰が保証してくれるのか? 「安倍1強(凶・狂)政治」の被害は,天皇明仁も思う存分に巻きこんでいる。退位(譲位)の希望(問題)など,シンゾウの手にかかると捨てられそうなオモチャ同然のあつかいであった。

 いまのこの国に深く浸透する貧困の問題(経済問題)が,天皇のおことばによって,解決の方向に動き出すとは思えない。たとえば,正規労働者の比率は傾向的には徐々に確実に低下しているが,これには,天皇がとやかく口だしできる問題ではない。それでも「国民のわきに寄り添うのだという天皇」とその一家がいる。この憲法体制に関して明仁が具現してきた日常的な「対国民関係」のあり方は,極右側の人びとにいわせれば,GHQ(占領軍・アメリカ)が敗戦した日本に「押しつけたもの」があって,この延長線上に登場した『今日的(=戦後的)な天皇現象(明仁個人の行動様式)』である。

 だが,いまの天皇の代替わり1989年に起きていたが,このとき誕生(即位)した天皇明仁としては「憲法を守ります」というほかなかった。ある意味ではあまりに当然のなりゆきであった。敗戦のさい「天皇・天皇制」という旧態依然の「日本の国体」がおとりつぶしの目には遭わされず,皇統連綿性という意味での「国体は護持された」のであった。それだけでも天皇家はアメリカに恩義を感じている。

 その意味では「戦後体制(レジーム)」の最大の恩恵者は,まず昭和天皇であったし,つぎには平成天皇である。しかし,この程度に自明である敗戦後史は,日本人自身が直視したくない,現にいまの21世紀においても連続するこの国の「現実の与件」である。したがって,蟻川恒正がつづけていうような文句,「天皇が真実に生きる」という修辞は,その舞台の裏側:奥底にとぐろを巻いているような〈なにもの〉かに注視して聞く余地がある。

 〔蟻川恒正に戻る→〕 「真実に生きる」ためには,あるべき自分の生き方に忠実であろうとする意思が必要である。天皇の場合,「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(憲法1条)であるとはいかなることかを考え,絞り出すようにして出したその答えにふさわしく生きることが「真実に生きる」ことであった。それは,あるべき自分の生き方にしっかり向き合うこと-- do justice(to)--であり,そうすることが「自分が正しくある」ことにほかならない。

 沖縄の人びとが「屈辱の日」と呼んだその日を「希望と決意を新たにする日」(安倍晋三首相)と呼んで祝う式典--それが象徴するのは「国民統合」ではなく分断だろう--に天皇は出席した。それは,天皇にとって「真実に生きる」ことではなく,「自分が正しくある」ことでもない。その半年後,天皇は,水俣病患者たち,そしてすべての個人に,「真実に生きる」こと,「自分が正しくある」ことを励ましたのである。
 補注)はたと思う。天皇が日本の政治のなかで実際に果たしている(不可避にかつ間接的になのだが関与している)実態は,ここで蟻川恒正がまわりくどく形容しているようなモノではありえない。こういうふうに批判しておく。天皇は「すべての個人に」対して,「『真実に生き』『自分が正しくある』ことを励ました」というとき,天皇自身は「真実に生きる」ことも「自分が正しくある」ことでもないと断定しているが,これは天皇の立場を衒学的に,そして高度に抽象的に表現しただけで,いったいなにを本質面において捕捉できて規定しえた表現なのか,極度に難解な叙述をしている。

 ここであらためていっておくが,『朝日新聞』の読者のなかでもごくふつうの庶民的な生活状況のなかで暮らしている人びとが,この蟻川恒正の哲学的あるいは幻想的な天皇「論」(憲法学者的な天皇思想)の展開を読んだところで,この理解がはたしてまっとうにえられるかといえば,おそらく不可能である。それでも,そのように判読の困難な「天皇議論」を述べておく意義はあるのか?

 『朝日新聞』朝刊のオピニオン欄では,今回のこの蟻川恒正の寄稿が配置・掲載された「紙面の位置(場所)」には,すでに佐伯啓思なども定期的に登場しているが,この佐伯も奥歯というか,歯間にモノがはさまったような語り口が特徴的である。蟻川の今回における寄稿については,内容じたいに疑問があるだけでなく,なにを天皇・天皇制について主張したのか,本ブログ筆者にはしかと理解しかねる論じ方である。安倍晋三にいいたい内容だというのであれば,まだ理解できなくもないが,ただし,あの人にこの文章の深み(難渋さ)にまで降りてきてもらうことは無理である。


 〔蟻川恒正に戻る→〕 天皇退位をめぐる政府の検討が大詰めを迎えている。天皇がみずからの歩みをもって国民に問いかけつづけた「象徴」に関する議論は,まだほとんど聞こえてこない。(蟻川引用は終わり)

 この最後の文句,「天皇がみずからの歩みをもって国民に問いかけつづけた『象徴』に関する議論」についていっておく。憲法学者である蟻川恒正自身が,以上にとりあげ批評したような『寄稿』をしあげたのであれば,それ以前の段階においてきちんと片づけておくべき必要な議論があったのではないか。

 天皇・天皇制は日本の政治を二重構造的な構築物にしてきた。いまの日本における象徴天皇(制)は,みずからが自身の象徴性を積極的に語っており,とりわけ具体的な行動も盛んにおこなっている。そのかぎりでいっても,天皇の憲法に対する遵法精神について「問題なし」とはいえまい。

              
            
              
            


 【とくに私立大学が大手紙に全面広告を大枚はたいて出稿する「〈経費 ⇒ 効果〉分析」は,なにもしないでいて,よいのか?】

 【原発事業への進出が命とりになった東芝の経営戦略】

 【いまどき原発が金儲けのタネになると考えたのは決定的な錯誤】


 ① 箱崎総一『広告と性分析-宣伝の精神分析-』昭和42年
箱崎総一広告と性表紙
 この『広告と性分析』という本は,ダイヤモンド社から1967年に発売されていた。ご覧のとおり “EXECUTIVE BOOKS” の1冊として公刊された本である。いまから半世紀前に出版されたこの本は,本ブログで筆者がなんどかとりあげていた。というのは,今日的な見地からみて,この本の内容は現代にも十分に通用する「マーケッティング問題」の一部門である「広告(advertisement)の具体的な戦術のありよう」を真正面から議論している。
 
 性の問題だからといってなにも躊躇することも,あるいは過剰に反応することもない。この問題は,そのものとして真正面から受けとめ観察してみる必要がある。作詞作曲家(シンガーソングライター)の井上陽水が,昔であったが,ある車の宣伝に出て,こういっていた。

 井上陽水のとくに有名なそのCMは,1989年の日産セフィーロに出演したものである。このCMは最初と最後に話していた「ふたつのコピー」,つまり “合い言葉は「くうねるあそぶ」” と “皆さん,お元気ですか?” が強烈な印象を与えた。この2つの文句(コピー)からフロイド流の性分析をいかにして観察するかについては,あえてここでは言及しない。

 1)先日〔2017年4月12日〕の記述「企業広告と性分析の問題(続編)-2017年4月11日,日本製粉『REGALO スパゲッティ』の新聞全面広告について」であったが,つぎの画像などをかかげていた。まず,上の画像は『日本経済新聞』4月11日朝刊に出ていた広告画像である。ここでは,くわえてもうひとつ,下の画像は動画広告としてすでにテレビで放送されている広告から,ある場面を切りとった画面である。以上の2つの画像を再度かかげておく。これは「性に対する広告分析」の好対象であった。
『日本経済新聞』2017年4月11日朝刊30面レガ-ロ宣伝
          日本製粉レガーロテレビ動画10
 
 2)つぎに,『朝日新聞』4月19日朝刊に出ていた “としまえん” の全面広告を紹介する。これはマリリン・モンローがモデルに採用されている。この女優が「永遠のセックスシンボル」と形容されたことは,年配の人であればよく覚えていると思う。としまえんは多分,このモンローのような魅力がある遊園地だという「訴求」(それも,セックスアピール)である。
『朝日新聞』2017年4月19日5面としまえん全面広告モンロー
としまえん表紙画像
出所)これは,としまえん のホームページ「表紙」から,
http://www.toshimaen.co.jp/

 つぎにかなり有名であるらしいマリリン・モンローの写真を参考にまで紹介しておく。
マリリン・モンロー画像
出所)http://k-1ba.jp/eizo/A-4912.html

 ② 明治大学の軍事研究反対「全面広告」

 つぎにかかげる全面広告は,『朝日新聞』2017年1月15日朝刊に出ていた明治大学の「軍事研究」に反対する意志を表明した広告である。これをさらに記事にとりあげていた『しんぶん赤旗』の報道(記事)も,つづけて画像資料で紹介しておく。
『朝日新聞』2017年1月15日朝刊全面広告
  出所)「【素敵】明治大学が『人権と平和を探求する明治大学』の新聞広告! 『軍事利用を目的とする研究の禁止』も明記!」『健康になるためのブログ』2017/01/17,http://健康法.jp/archives/26016 (画面 クリックで 拡大・可)
しんぶん赤旗2017年1月22日明大広告について
  出所)「『軍事研究は禁止』 明治大学全面広告大反響 メールなど1週間で10万件超」『しんぶん赤旗』1/22,『ようこそ 日本共産党杉戸町議員団へ! 安倍政治の暴走,『改憲』を許さない」2017-01-24 12:31:19,http://blog.goo.ne.jp/sugito-jcp/e/e3d18031c0107b4252054bf144df5cd4

 さらに,以下の明治大学の全面広告は,前掲のものとは性質が異なり,従前どおりの狙いをこめた大学広告そのものである。『日本経済新聞』2017年4月17日朝刊に出ていた大学広告である。
明大全面広告朝日新聞2017年4月14日朝刊
 ところで,① は「性と広告」の問題を真正面からとりあげて考える材料を提示してみたが,こちら ② では,「性の問題側面」は全然感じられない。つぎの『朝日新聞』4月17日朝刊に出ていた全面広告にも「女性タレントが登場している」が,この画像をみるかぎり,単にカワイイ女性・美しい若い女の人をモデルに使っている。この点は,よくある形式での女性モデルの広告における利用法である。かといって「性の要素・側面」が,まったくないとはいい切れない。キャンペーンガール,レースクイーンという女性たちと,この広告の女性モデルとのあいだに絶対的な垣根はない。
『朝日新聞』2017年4月17日5面NTN全面広告
  補注)NTN株式会社(エヌティエヌ,NTN  Corporation)は,大阪市西区に本社を置く日本の軸受(ベアリング)製造会社である。日本精工,ジェイテクトとともに,日本の軸受製造業界大手3社の一角を占める。  

 大昔にサントリーが赤玉ポートワインを売り出すときに,両胸(乳房の部分)は完全にボカシながらも肩・両腕以上の部分はあらわにした部分ヌード,戦前としてはぎりぎりに許される範囲内で,そのようにデザインした宣伝・広告画が制作されていた。つぎの画像がそれであるが,女性が広告に出場してくる場面に関していえば,性的な要因がどの程度であれ,意識的に計算されたかたちで「演出される操作の対象」になっている。

 これは大正時代の話であった。日本の広告ポスター史を語るうえで絶対に外せない1枚といえる。1922年〔大正11〕年広告界の鬼才といわれた片岡敏郎は,初めてポスターにヌード写真をとりいれ,多くの話題を呼んだ。
赤玉ポートワインポスター
 モデルの女性はスタジオに6日間もカン詰めになり,1ポーズについて60枚もの写真を撮られたという。最初は着物姿,つぎに肌着,最後は上半身裸というふうに,モデルの気持を自然に和らげ,ムードを高めたうえでの作品であった。
 註記・出所)http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1014863174.html

 ③ 東芝の見開き2面全面広告
   『朝日新聞』2017年4月21日朝刊東芝全面広告
 この全面広告( ↑ 画面 クリックで 拡大・可)は,『朝日新聞』2017年4月21日朝刊に出ていた〈2面全体〉を見開きで利用した全面広告である。東芝はいま苦境に立たされているが,日本の伝統ある電機総合製造会社である。

 この広告のなかに出ている各種写真は,軽電部門(パソコン・テレビ・情報システムなど)とインフラ部門だけのものであり,ここ2年ほど騒がれてきた事業部門である原発・エネルギーと半導体・電子部品は出ていない。その理由はこれから説明していく対象となる。以下では,関連する記事を『朝日新聞』と『日本経済新聞』から引用しつつ説明していく。

 1)「東芝,主要事業分社化へ」(『朝日新聞』2017年4月20日朝刊)
 東芝は主要事業の分社化を近く取締役会で決める方針を固めた。「社会インフラ」や「エネルギー」「電子デバイス」「ICTソリューション」といった4つの社内カンパニーを分社化する案を軸にする。それぞれの事業の効率性や機動性を高めて再建を進めやすくする。また,発電所などの大規模な工事に必要な「特定建設業」の許可を更新できるようにする。将来の持株会社化も検討する。

 国土交通省による特定建設業の許可には,財務上の条件がある。東芝は3月末で債務超過に陥る見通しで,許可をえられない可能性がある。許可の更新期限の12月までに分社化して許可をとりなおす。6月に開く予定の定時株主総会での承認を経て分社化を進める。本体には管理や基礎研究などの部門が残る見通し。

 2)「東芝,インフラ軸に再建 主要事業分社へ 重電大手と競争激化」(『日本経済新聞』2017年4月19日朝刊)
 東芝が主要事業を分社する方針を決めたのは,社会インフラなど今後の柱となる分野をテコ入れするためだ。成長戦略の中軸としていた米国の原子力と半導体メモリーの2主力事業は,本体から切り離すことを決めた。残る事業を中心に経営再建をめざすが,インフラ分野は世界の重電大手が経営資源を集中しており競争は厳しい。
『日本経済新聞』2017年4月19日朝刊東芝画像
 東芝は2020年3月期に売上高4兆2000億円,営業利益は2100億円を目標にかかげる。その中心は社会インフラだ。エレベーターや空調,鉄道システムといった幅広い事業で構成する。地味だが東芝しか手がけていない技術もある。社会インフラやICT(情報通信技術)ソリューション事業は官公庁向けなど需要が底堅く,継続的な安定収益がみこまれる。一方で特定の顧客に偏りがちなため成長性に限界がある。

 2016年末に米原子力事業の巨額損失が発覚するまで,これらの事業への投資は抑えられていた。突然,「今後の東芝を支える主役」(綱川 智社長)に躍り出たかたちだ。東芝の2020年3月期の売上高目標は,ピークの2008年3月期と比べほぼ半減となる。残された事業を育てなければ東芝として存続も危うくなる。

 会計不祥事の発覚後,社会インフラなどで一部の地方自治体からは入札参加の資格停止といった措置がとられた模様。米原子力事業の巨額損失で経営危機に直面し,足元でも事業継続への懸念は拭えていない。分社化で経営体制を整え,建設業の許可更新などでリスクを減らす狙いもある。

 ただインフラを軸とする成長戦略は,日立製作所や米ゼネラル・エレクトリック(GE)といった世界の電機大手が家電事業などを縮小して絞りこんだ姿と重なる。世界各地で受注競争も激しくなっている。東芝は経営危機を脱し社会インフラ主体の企業として再出発したとしても,再建への道は険しい。

 ③「〈MONDAY 解説〉)米WHの経営破綻 東芝迷走,名門の三つの呪縛」(堀篭俊材稿『朝日新聞』2017年4月3日朝刊)

 1)NEWS
 東芝の米原発子会社ウェスチングハウス(WH)が経営破綻した。その損失をかぶるため,東芝の2016年度決算は,製造業として過去最悪の1兆円超の最終赤字に転落する見通しだ。続く危機の背景にはなにがあるのか。

 2)成功体験とタテ割りのワナ
 東京西部にあるJR青梅線小作(おざく)駅から10分ほど歩くと,「TOSHIBA」の看板がみえた。3月末,パソコンの開発拠点だった青梅事業所が,約半世紀の歴史の幕を閉じた。「もっと早く,パソコン事業を切り離すべきだった」。東芝の元トップは,そう悔やむ。リーマン・ショック後の2008年度決算で,ライバルの日立製作所は巨額赤字を出し,薄型テレビなど不採算の事業を縮小した。鉄道など社会インフラに集中することで,やがて「V字回復」を遂げた。

 当時パソコンはアジア勢に押され,スマートフォンも台頭し始めていた。だが,世界初のノート型パソコンとされる,ひざに置ける「ラップトップ型」を開発した東芝には,パソコンは引けない事業だった。このとき社長だった西田厚聡(あつとし)氏は1980年代,ラップトップ型で日米欧市場を開拓した功労者で,「自分が育てた事業は切れなかった」と元トップはみる。

 ここに東芝の衰退を招いた第1の呪縛がある。技術や販売でリードした成功体験にこだわり,市場の変化を見過ごす「イノベーション(技術革新)のジレンマ」にはまったのだ。第2の呪縛は,組織の「タテ割り」が生んだ事業の聖域化だ。スピード重視の製品を手がけた青梅は「パソコン事業の司令部」といわれ,独立した存在だった。東芝の社長の任期はふつう4年だが,西田氏の前任,岡村 正氏は5年務めた。赤字のパソコン事業の回復を待って社長を譲ったとされ,パソコンとその功労者は特別視された。

 東芝は,ランプで有名な東京電気と,重電の芝浦製作所が193939年に合併してできた。「乾電池から原発まで」つくり,グループ20万人を超す巨大企業だった。「ほかがなにをしているのかわからず,他部門に口をはさみにくい」と東芝OBはいう。事業ごとに専門性を要する総合電機メーカーの宿命でもある。原発事業の暴走を防げなかった原因はここにもある。

 3)GE流,遂げられず
 巨大企業の複雑な事業をどう舵とりするのか。ヒントのひとつは,東芝が約1世紀前に提携を結び,戦後も原発技術を学んだ米ゼネラル・エレクトリック(GE)にある。成長がみこめる事業を選び,人やお金を投じるGEの戦略は「選択と集中」とよばれる。一方で成長の難しい事業からは撤退する。
『朝日新聞』2017年4月3日朝刊東芝の歩み
 この手法を東芝が本格的に採ったのは,バブル後の1992年に社長に就いた佐藤文夫氏の時代だ。だが東芝は当初,「集中と選択」といいかえた。選択の言葉を初めにかかげると「切り捨て」の印象が強い,と順序にこだわったとされる。雇用を守るため事業の枠組は残し,パソコンならノート,テレビならワイド画面に注力した。底流では「捨てる」のをためらう経営がつづいた。

 対照的にGEのジェフ・イメルト最高経営責任者は「10~15年ごとに,企業はゼロからやり直す覚悟で刷新しなければならない」と語る。言葉どおり,金融や放送,伝統の家電事業を売却していった。経営陣は,株価を上げるため,成長できない事業は売り,新分野を伸ばそうと企業を買収する。まるで,株や債券を売買するファンドマネジャーのようだ。

 いま集中するのが「IoT(モノのインターネット)」だ。製品にセンサーやソフトを組みこみ,ネット経由で膨大な情報を集め,サービスに生かす。たとえば,飛行中の航空機エンジンのデータを解析し,航空会社に燃費のもっともいい航路や飛び方を提案する。GEはサービス業に生まれ変わろうとしている。

 『日本の電機産業 失敗の教訓』の著書がある産業創成アドバイザリーの佐藤文昭社長は「終身雇用が残る日本企業は仲間意識が強く,GEのように大胆な事業売却に踏み切れない。東芝もそうだった」と語る。高度成長を支え,日本的経営が生んだ運命共同体という第三の呪縛も,GEになり切れなかった東芝を危機へと追いこんだ。

 4)変化への対応後手に
 企業は人の営みの集まりで,生き物だ。進化論のダーウィン流にいえば「すべての企業は生存競争をしているため,変化や向上できない企業は滅んでしまう」。限られた時間で,市場や社会の変化に適応しないと生きのびられない。電機大手は家電やパソコン,携帯電話,半導体とどこも似た製品をつくってきた。右肩上がりの時代は事業を多角化すれば経営が安定したからだ。しかし,やがて低成長と国際競争への厳しい対応を迫られた。

 東芝と同じ総合電機の三菱電機は,半導体を切り離し,携帯をやめて,インフラなどの事業に力を注ぐ。V字回復した日立もそうだが,「総合力」では生き残れなくなり,ようやく個性がではじめた。成長事業を見抜き育てることが経営者の使命であり,変化を拒めば,組織も守れず,新しい雇用も生みだせない。東芝の教訓はそう告げている。(ほりごめ・としき,編集委員)

 ④「 “名門” 企業 東芝はどこへ」(『クローズアップ現代』2017年4月11日 (火) )〔抜粋〕
  -東芝は原発事業というババを引き,破綻した-


 1) 日本を代表する大手電機メーカー東芝がいま,経営危機に直面している。発端は1兆円の赤字につながることになったアメリカの原子力事業。経営を揺るがすまで損失が膨らんだのはなぜか。アメリカや関係者を取材していくと,巨額損失を生むに至ったさまざまな誤算や経営判断のミスが浮かび上がってきた。

 今後東芝は,主力の半導体事業を売却し経営の立てなおしをめざすが,売却価格や技術流失などをめぐって,その道筋は容易ではない。また半導体事業の拠点がある三重県四日市市では,これまでの雇用が維持されるのか困惑が広がっている。東芝は再建を果たせるのか,その行方を探る。

 国産初の電気冷蔵庫や洗濯機カラーテレビ。私たちにとって身近な家電ブランドの象徴だった,東芝の凋落。今回,東芝の幹部ら関係者を徹底取材しました。証言から浮かび上がってきたのは,統治能力の欠如。アメリカの原子力事業を担う子会社をコントロールできなかったのです。そして,上からの指示には逆らえない,モノいえぬ企業風土でした。追いつめられた東芝ブランド。生き残るすべはあるのか。

 2)巨額の損失を生むきっかけになったのは,2011年の東京電力福島第1原発の事故であった。そのあと,各国のメーカーは戦略を見直し,相次いで原子力事業の縮小を決めた。しかし東芝は,アメリカ,中国で原発の建設を推進してきた。このとき,世界で30基を超える原発の受注をめざしていた。原子力事業は,長期にわたって高い収益がみこめると考え,目標をみなおすことなく推し進めたのである。
 註記)以上,http://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3958/index.html

 まるで絵に描いたかのように〔「これダメ」の要領でもって〕,経営を失敗させてきた東芝の歴代首脳陣であった。とくに「日本原子力ムラ」の「原発神話」,具体的には指摘すれば,その「安全・安価・安心」は絶対に確実だと喧伝されてきた,いわば「ウソの3拍子」,がそろった大虚構のもとに,しかも寸毫も疑うこともなく原発事業からの利益獲得を期待していた。

 今後において経営専門職大学院(MBA)の教育課程は,経営学の勉強のために用意される事例研究(case  study)の素材として,今回東芝がさらけ出した「失策・醜態の経営者行動」が,それなりに「かっこうの新しい素材」を提供してくれた。この指摘は皮肉でもなんでもない。「今回の東芝問題」は,経営史研究に従事している経営学者にとてみれば「よくある経営現象」のひとつに過ぎず,事例研究の材料に活かす価値がある

 3)関連図表
    東芝水増し決算図表
  出所)「クローズアップ2015:不正会計,歴代3社長辞任 東芝,最大の危機 経営迷走の懸念」『毎日新聞』ウェブ版,2015年07月22日,http://mainichi.jp/graph/2015/07/22/20150722ddm003020100000c/001.html
    東芝決算修正の必要性画像
  出所)
http://hakuzou.at.webry.info/201507/article_8.html
     東芝リスク画像
  出所)「 WH幹部の『不適切な圧力』追加調査 東芝,決算再延期」『朝日新聞』2017年3月15日朝刊。

 4)性(セックス)の広告分析問題から人間の性(さが)の経営問題へ
 広告に関する性分析の問題に話題が留まっているうちはまだよかった。この話題はどちらかといえば興味深い(おもしろい)。しかし,東芝のような大会社,日本の財界を代表する人物を送りだすようなりっぱな大企業が,資本主義企業経営としての管理・運営に徹しきれない「まずい采配」を記録した。問題は「経営の《要》である人的要因」「経営者の問題」に焦点があった事実が,あらためて確認されたはずである。何十万何万人もの従業員をかかえている大会社の最高経営者が管理・統制する事業経営である。

 ひとつ間違えれば,というよりはその上にいくつもの間違いを重ねていながら,これを軌道修正できなかった最近・歴代の東芝社長(会長も)たちの責任は大きい。また,社外取締役として関与してきた他企業の経営者や会計専門家,また大学院で経営学の教職の立場にある者たちが東芝に関与してきた足跡は,結局のところ,ただ「失敗の見本」を提供しただけであった。なかでも大学院教員である人物は,東芝がこれだけ大きな蹉跌を犯したにもかかわらず,いまもそしらぬ顔で教鞭をとっているらしい。

 5)片山 修「〈連載 ずたぶくろ経営論〉東芝トップの暴走を許した社外取締役,なぜ機能しないのか? 経営監視,企業統治強化…」(『Business Journal』2015.08.21)

 この記事からは,つぎのように抜粋して紹介する。

 a) 東芝は2001年に社外取締役を3名体制とするなど,いち早く経営のチェック体制を整えたことから,コーポレートガバナンス(企業統治)の先駆者とみなされてきた。にもかかわらず,総額1562億円の利益水増しが明らかになったのは,外部の目で経営を監視する社外取締役がその役割を果たせず,コーポレートガバナンスが形骸化していたからである。
 補注)この「総額1562億円の利益水増し」とは,まだ序の口段階の話題であった。くわしくはたとえば,週刊ダイヤモンド編集部「東芝赤字1兆円で半導体を売ったら後に何が残るのか」(『DIAMOND Online』2017.4.3,ただし有料記事)を参照されたい。

 一例は,役員人事である。東芝には現在,東京理科大学教授の伊丹敬之氏,外務省出身の島内憲氏,同じく外務省出身の谷野作太郎氏,ソニーやモルガンスタンレー投資銀行などを経て金融ベンチャー企業の社長を務める斉藤聖美氏の4人の社外取締役がいる。このうち2人が,それぞれ指名委員会と報酬委員会の委員長を務め,役員人事の主導権を社外取締役が握る構図である。

 東芝が委員会設置会社である以上,本来,指名委員会がトップ人事を決定すべきだが,その機能が働いた形跡はなかった。つまり,役員人事の主導権は指名委員会にはなかった。 社外取締役が新社長の選任プロセスに関与していれば,社内のいざこざが社長人事に反映される事態は避けられたかもしれない。もっといえば,社外取締役が役員人事の主導権をもち,指名委員会が客観的視点をもって次期社長を選任していれば,〔トップ〕2人の対立,不和は緩和されたかもしれない。

 実は,こうしたケースは東芝だけではない。大塚家具の経営権をめぐる親子対立でも,社外取締役は両者の仲をとりもつことはできなかった。

 b) 日本では社外取締役の3割が取引先金融機関などの利害関係者である場合が少なくない。社外取締役の利害が介在すれば,判断の適正さに問題が生じる。取締役の多様性を重視するため,文化人や元スポーツ選手を起用する例も目立つ。「外部の目」を社内にとりこもうという意図はわかるが,著名人だというだけで起用し,役割を果たすことができるのか。
 補注)いうなれば,東芝の経営問題に登場していた経営学者の伊丹敬之も「経営学界の著名学者」であった。

 ましてや,トップの “お友達” や人脈のなかから選ばれた社外取締役だとしたら,はたしてトップに耳の痛い直言ができるだろうか。経営者のクビを切ることは,とんと期待できないだろう。いや,それ以前に,わが国に社外取締役にふさわしい人材がどれだけいるかという問題もある。それを裏づけるかのように,社外取締役争奪戦が起きている。上場企業のトップ経営者や実務がわかる経営者OBは,引く手あまただ。現に,数社の社外取締役を兼任するケースも出てきている。
 註記)a) は,http://biz-journal.jp/2015/08/post_11185.html
    b) は,http://biz-journal.jp/2015/08/post_11185_3.html

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 【天皇は21世紀においても,まだ「玉」あつかいか?】

 【天皇研究にたずさわる専門家の意見をめぐって考える】

 【民主主義と天皇・天皇制は最終的に折りあえるのかという問題意識は,いっさい意識されていないかのような〈不思議の国:ニッポン〉における「天皇退位に関した議論」】


 ①「退位後『上皇』『上皇后』 皇族減,速やかに対策を 有識者会議が最終報告」(『朝日新聞』2017年4月22日朝刊1面冒頭記事)

 1)記事本文-および,それへの議論-
 天皇陛下の退位をめぐる政府の「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」(座長=今井 敬・経団連名誉会長)は〔4月〕21日,いまの陛下に限って退位を可能とする特例法の整備を求める最終報告をとりまとめた。退位後の陛下の称号を「上皇」とするなど法案に盛りこむ具体的な項目について整理したが,退位の是非や特例法を推奨した理由など本質論には触れなかった。(▼3面=官邸の意向優先,6面=最終報告の全文,14面=社説,15面=耕論)
今井敬画像8 補注)天皇・天皇制の本質にかかわる問題性,日本国が憲法の第1条から第8条までに天皇条項をかかえている問題点は,初めから自明であり,しかも無条件に所与事項であるかのようにみえるのが,日本の政治社会である。
 出所)右側画像は今井 敬,http://www.sankei.com/premium/photos/170128/prm1701280022-p9.html

 2016年8月8日に天皇明仁が退位させてほしいと,NHKの公共電波を借りて表明してから,その意図を掘り下げて吟味する方途は,安倍晋三政権の基本的な意向として採用されなかった。安倍がもくろむ自身の任期中での改憲(改悪と同義?)にとって妨げになるような,天皇問題のとりあつかいはしたくない,そういったこの首相の個人的な好み(判断基準)が最優先されてきた。その後における有識者会議などの議論も,この安倍の気分・感情を「忖度した」進捗をみせていた。


 その議論の過程を観察していると,結局「天皇は〈玉〉」とみなされており,明治維新前後から明治時代において「明治大帝」と尊称された睦仁であっても,伊藤博文には本当のところ頭が上がらなかったのと同様に,いまでは安倍晋三が天皇明仁をお手軽にいじくってきた推移が記録されている。

 本日〔2017年4月22日〕の朝刊が伝えていた結論は,こういうものであった。有識者会議は,安倍晋三の狙いを実現させるために設けられた組織体であったゆえ,これははじめから,偏った人員の構成をもって審議にとりくんでいた。結局,いまの平成天皇に「限って退位を可能とする特例法の整備を求める最終報告」は,天皇明仁の希望・願いには応えておらず,故意に方向違いの提言をしていた。


 〔記事本文に戻る→〕 有識者会議は同日夕,首相官邸で会合を開き,安倍晋三首相に最終報告を手渡した。首相は「最終報告を参考に法案の立案を進め,速やかに国会に提出するよう全力を尽くしたい」と表明。政府は近く,衆参正副議長下の各党・会派代表者に法案骨子を示したうえで大型連休後の5月中に特例法案を国会提出し,今国会での成立をめざす。

 最終報告はA4判で20ページ。退位後の天皇の称号を「上皇」とするのは,「退位後の称号として定着してきた歴史」などを踏まえ,「現行憲法の下で象徴天皇であった方を表わす新たな称号として適当」と説明。皇后さまは「上皇后」が望ましいとした。事務を担う組織として「上皇職」を新設し,日常の費用はこれまでどおり「内廷費」から支出する。

 皇位継承資格のほか,摂政・臨時代行や皇室会議議員に就任する資格は認めない。「象徴や権威の二重性を回避」するため,被災地訪問など「象徴としての行為」はすべて新天皇に譲るとした。上皇が逝去した場合は天皇と同様に「大喪の礼」をおこない,上皇と上皇后は「陵」に埋葬する。

 秋篠宮家については,国民に30年近く親しまれた名称であることを踏まえ,そのまま存続するのが適当だとした。秋篠宮さまの呼称は,皇位継承順位第1位にある者を意味する「皇嗣(こうし)」を付けた「秋篠宮皇嗣殿下」などを提案。「皇太子待遇」とするため,事務を担う「皇嗣職」を新設し,皇族費を現在の3倍の年9150万円にする。

 また,最終報告は皇族数減少の問題を「先延ばしできない課題」と位置づけ,「対策について速やかに検討をおこなうことが必要であり,政府をはじめ,国民各界各層で議論が深められることを期待したい」とした。ただ,「女性宮家の創設」など具体策は示さなかった。

 --ここまでの報道内容についてであるが,天皇・天皇制問題に対する検討の基本姿勢として採るべき方向は,所与かつ自明とされており,しかも当然のようにその最終目標が事前に準備されていた。しかし,日本の歴史を古代史までさかのぼり考えなおしてみれば,21世紀の現代社会においてもなお,天皇・天皇制という政治制度(いいかえると王族制度)をそのまま継続させていくことが,はたして好ましいのか否かという議論に関していえば,事前からまったく問題外であって意識さえされていなかった。

 いまの天皇・天皇制は99%が明治以来の創造物である。あるいはまた,敗戦後の日本においても,その99%はあらたに抜本から再設計され,創造された政治構造物であるといえなくもない。敗戦した大日本帝国における神聖天皇観を「象徴化」という観念操作をもって,つまり,国民の前において「見える化」させた「占領軍(GHQ⇒アメリカ)の意図が,日本・国にとっては無視できない事情をかたちづくっていた。

 「明治時代から敗戦時までの帝国臣民」は「天皇をいただく神州が日本」と創作された神話を洗脳的に学習させられてきた。これと同様に,敗戦後においては「天皇が象徴的に行為する日本」である民主主義国家体制だと教えられ,ごく自然な政治形態のあり方であるかのように理解させられてきた。

 しかも,21世紀になってからであるが,平成天皇が「退位(譲位)」の希望・願いを披瀝した。その点が「正式に表明された」のである。そして,いまさらにようではあるが,あらためて天皇・天皇制のあり方が問題になっている。しかし,その議論した結果はどこまでも,安倍晋三好みの路線でまとめられたものでしかなく,国民の次元,この一般大衆の感情や理解とは縁遠い場所で,きわめて恣意的な「現・天皇への処遇(措置)」がなされた。

 2)記事続き「〈解説〉なぜ特例法,判断示さず」
 天皇陛下の退位をめぐる有識者会議の最終報告は,大半が退位後の称号や身位(身分や地位)をどう定めるかといった,制度設計の提言に費やされた。なぜ退位が必要なのか,なぜ皇室典範改正による恒久制度化ではなく特例法とするのか。

 「象徴天皇のあり方」にも密接に絡む根幹の課題には,有識者会議としての判断を示さなかった。その理由について,メンバーのひとりは「官邸の意向に反するわけにはいかなかった」と弁明。途中で衆参正副議長のもとで各党・会派の協議がおこなわれたことを念頭に,「有識者会議が決めたというかたちにはできなかった」と語った。
 補注)いうなれば,安倍晋三好みの特例法を,技術的に操作して仕上げるための制度設計に終始したのが,有識者会議の結論だったといわれている。国会内でも議論はなされていたけれども,国民の代表が送りこまれている場であっても,結局は,安倍1人の意向が突出して反映された。

 要は,不明朗な印象をもたせるほかない結果が導き出されていた。いうなれば,天皇・天皇制の基本問題を根源から再考するための機会としてではなく,当面する政権の代表者にとっての都合のみを考慮したその結論であった。議論はしてきたが,問題の本質に立ち入る議論はしたくなかった。そういった経緯が記録されている。


 〔記事本文に戻る→〕 政府は5月中に特例法案を国会に提出し,今国会で成立させる方針だ。与野党は法案成立を図ることでは合意しているが,退位のあり方をめぐり主張にはなお違いがある。最終報告は与野党の対立をあおらないよう,あえて退位の本質論には踏みこまなかった。有識者会議は一貫して,首相官邸が描いた「特例法ありき」のシナリオに沿って議論を進めた。

 陛下が高齢であることを踏まえ,結論を急いだ事情は分かる。だが,退位は近い将来の天皇にも起こりうる課題だ。物足りない結果に終わったとの印象は否めない。一方,最終報告が最後に触れた皇族数減少への対応は,待ったなしの課題だ。政府は特例法の施行を待たず,国民的な議論にふさわしい検討を始めてほしい。
『日本経済新聞』2017年4月22日朝刊3面退位問題
 --この論説は最後でこのように「国民的な議論にふさわしい検討」を要請している。敗戦後,GHQが日本国憲法を押しつけたといって反発を激しく抱く安倍晋三などが,このたび,自分たちが天皇問題に直接にかかわえる立場,すなわち「国家の最高責任者」である「有利な陣営」に立ったとなるや,それはみごとなまでに「国民側の意思」をないがしろにした采配ぶりを披露している。天皇明仁自身のほうはどうなっているかとみれば,それこそ完全に《玉》あつかいされている様子である。遠い昔の伊藤博文〔の明治天皇に対する態度〕を思いおこさせる政治姿勢(?)であった。

 以上が本ブログ筆者の理解ではあるが,つぎに引用する『朝日新聞』の本日社説もほぼ,これに近い論説を述べていた。この社説は,天皇・天皇制問題など「屁とも思っていない」安倍晋三の保持する「基本的な態度」を批判している。この「天皇・天皇制に関する〈屁的な話題〉」は,昨日〔2017年4月21日〕における別の記述のなかで,小林よしのりが触れていた表現であった。

 そのあたりの論点に関しては,天皇・天皇制じたいのもっとも深刻でかつ端的に表現されもする問題性が実際に控えているはずだが,意図的に隠蔽されている。この問題性をバカ正直にとりあげ議論したら,天皇・天皇制の問題はまた異なった次元・空間での議論を喚起させてしまうからである。

 ②「〈社説〉退位報告書 政権への忠実が際立つ」(『朝日新聞』2017年4月22日朝刊)

   天皇退位の是非やそのあり方などを検討してきた有識者会議が,最終報告をまとめた。「国民の総意」づくりに向けた骨太の論議を期待した。だが任命権者である安倍政権の意向をうかがった結果だろうか,踏みこみ不足が目立ち,最終報告も退位後の称号などに関する見解を並べるにとどまった。

 この問題に対する政権のスタンスは明らかだった。退位を認めず,摂政の設置や皇族による公務の分担で対応する。やむなく退位に道を開く場合でも,いまの陛下限りとし,終身在位制を維持する。一部の保守層が反発する皇室典範の改正はおこなわないというものだ。昨〔2017〕年秋に設置した会議の名を「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」という分かりにくいものにしたことからも,その思いは明らかで,国民の意識とのずれがきわだっていた。
 補注)ここでは,本日の『日本経済新聞』からつぎの引用をしておく。指摘されている「有識者(?)会議」の結論とは「きわだっていた」「国民の意識とのずれ」なるものは,どのへんからどのように発生しているかを教えてくれる解説記事である。
★「天皇観の議論 続けよう」★
=『日本経済新聞』2017年4月22日朝刊3面「総合2」=
 
 保守層の一部に反天皇制の感情が潜在している,というと奇異に思われるかもしれない。戦後民主主義と日本国憲法が生み出した象徴天皇制は本来の天皇のあり方ではないと考える人たちがいる。厳密にいえば「反象徴天皇制」である。

 戦前のような国家の機軸として神格化された天皇か,国と国民統合の象徴としての天皇か。国民に寄り添い,人間的な表情をみせる天皇,皇后両陛下のあり方は,戦前の天皇像とは正反対で,戦後民主主義を体現しているといえる。
 補注)ここで簡単に断わっておく。平成天皇夫婦が敗「戦後民主主義を体現している」といった理解には,まだ問題がある。天皇・天皇制に関するそうした現在的な理解は,厳密な意味で,あるいはさらにごく常識的にも考えてみても,必らずしも「民主主義そのもの」に即した議論につながるわけではない。

 戦前・戦中体制では「神聖なる天皇」が帝国臣民の頂点に座していたが,戦後体制では「象徴なる天皇」が一般国民の上方に控えている。保守(右翼:極右・反動・国粋)の者たちは,そうした敗戦後の天皇・天皇制の「あり方:政治構造的な位置づけ」に大いに不満がある。


 それは,1945年敗戦以前の天皇制度のほうがよかったという考えである。簡単にいえばそうなる。だから,現在の天皇・天皇制をもっと現代的に,つまり,いまなりの日本における民主主義国家体制のなかで,その存在様式に手をくわえることに我慢がならない人たちである。

 日本経済新聞の解説記事はその点を『反象徴天皇制』と命名した。しかし,象徴天皇制に強く反発する人たちは,敗戦以前における神聖天皇性こそが《敗戦という事実》を招来させた事実を完全に無視したまま,そうした,頑迷でわがままな主張をしている。

 〔記事本文に戻る→〕 有識者会議のヒアリングで一部の保守の識者が退位と両陛下の活動に否定的意見を述べたさい,「保守なのに天皇の意向に反対するのか」と首をひねった人も多かった。それらが反象徴天皇制の意見表明だったとみれば理解できる。退位問題は高齢化時代と皇室制度をどう整合させるかが論点だったが,深層には天皇観の対立がある。平成の天皇のあり方は国民とつねに接点をもち,活動しつづけることだ。そのあり方を是とする場合,天皇が高齢となり,活動が難しくなったときどう対処するか。答えは自明だろう。

 昨〔2016〕年10月から始まった有識者会議は,いくら回を重ねても根底にある天皇観に踏みこまなかった。政府の当初方針に忠実に,現在の天皇陛下の一身専属問題として小さく収めて決着させた。憲法の1~8条は天皇条項である。国家のあり方にもかかわる問題でもあり,もっと奥深い議論をすべきだったのではないか。
 補注)このとおりである。なにせ,日本国憲法の頭(かしら)の部分に天皇条項が8つもでんと鎮座している。ところが,この「問題の部分」は,改憲(改悪)を意図している安倍晋三の腹では,いまのところ,絶対に回避しておきたい論点であった。というのは,改憲しようとするときに支障となるような,現時点においての「退位(譲位)」をめぐっての「天皇・天皇制の具体的な変更」は好ましくない,と観念されているからである。

 一代限りの特例法は制度としての退位の否定だ。「反象徴天皇制派」は平成の象徴天皇のあり方を支持しないメッセージと受けとり,安堵しているかもしれない。しかし,退位が先例となることで「象徴はどうあるべきか」を考える種はまかれる。国民の議論はここで終わらず,深まっていくことを期待したい。

 昭和から平成にかけて,象徴天皇に関する世論調査がなんどか実施されているが,おおむね8割が「支持する」と答えている。今回の退位問題での各世論調査で退位賛成が8割以上,恒久制度化の支持率が7割を超えていたのは,象徴のあり方が国民に理解され,根付いているゆえだろう。国民の気持ちに沿った「かたち」でなければ象徴天皇制は成り立たないのではないだろうか。(編集委員 井上 亮)
 安倍晋三が国民の平均的な意思や感情を平然と無視している事実は大問題である。しかし,世論調査でも判っているような,天皇の気持を支持する国民が大多数(大幅に過半)である事実には触れていても,これ以上にはけっして天皇・天皇制問題の核心に迫るような追究をしない点に,日本の天皇問題の基本的な制約・桎梏がのぞける。

 〔ここからは『朝日新聞』社説に戻る ↓  〕
 有識者会議はこれを踏まえ,疑問の多い運営を続けた。ヒアリングでは,明治憲法下の特異な天皇観に郷愁を抱き,象徴天皇制への理解を欠く論者を多数招いた。年末には早々と「退位は一代限りということで合意した」と説明し,その線に沿ってまとめた「論点整理」を今〔2016〕年1月に公表した。

 こうしたやり方に各方面から批判があがり,会議は求心力を失って議論は国会に引きとられた。各党・会派の意見を受けた衆参両院の正副議長による3月の「とりまとめ」は,今回の退位を例外的措置としつつ,「将来の先例となりうる」と明記するものとなった。いま政府はこれに反する特例法骨子案をまとめ,押し返そうとしている。象徴天皇のあるべき姿や,高齢社会における円滑で安定した皇位継承の進め方について,有識者会議が突っこんだ話をしなかったことが,なお混乱が続く原因のひとつといえよう。

 最終報告は末尾で,皇族の数が減り,活動の維持が難しくなっていることに触れている。「先延ばしのできない課題」「対策について速やかに検討をおこなうことが必要」とする一方,5年前に野田内閣が打ちだし,国会の「とりまとめ」に盛りこまれた「女性宮家」への言及はない。女性・女系天皇の容認につながるとして,女性宮家構想を議論することじたいを忌避してきた政権の影を,こんなところにもみることができる。天皇退位という,扱いを誤ると政権基盤を揺るがしかねない重いテーマを前に,振りつけられたとおりに動くしかない。そんな「有識者」会議になってしまったのは,きわめて残念だ。(朝日新聞「社説」の引用終わり)

 --つまり,有識者会議がその本来において期待されている任務を発揮できなかった〔しなかった(!)〕事実が,ここでは指摘(批判)されている。それはともかく,女性・女系天皇を容認したくない有識者会議は,戦前・戦中において女性の基本的権利がまったく認められず,この必然的な因果・環境として日本社会全体が個人の権利全般を制限・抑圧してきた「歴史の事実」を,なんとも思っていない「有識者(無識者?)」が,天皇・天皇制問題を議論してきたのだから,もともと(安倍晋三流にいえばそもそも:基本的には)ろくな結果が出る事情など期待できていなかった。

 2016年9月24日『朝日新聞』朝刊「〈時時刻刻〉生前退位論議,『安定』の6氏 有識者メンバー,政府系会議の常連ぞろい」は,こう解説していた。ここからその一部分の段落を引用する。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
 有識者会議成員画像  政府は〔9月〕23日,天皇陛下の生前退位などを検討する有識者会議のメンバー6人を発表した。皇室問題に詳しい専門家は入れず,これまでさまざまな有識者会議などに起用した識者らを集めた。

 宮内庁に官邸中枢から幹部を送りこむ人事も決定。首相官邸が主導し,スピード重視で生前退位の議論を進める狙いがありそうだ。

 今回の有識者会議のスタイルは,小泉政権時代の2005年に「女系天皇」を認める報告書をとりまとめた首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」も参考にしたという。

 当時座長を務めた東大元総長,吉川弘之氏の専門は機械工学。メンバーも皇室問題の専門家ではなく,経団連の奥田碩元会長をはじめ古代史や憲法などの識者を中心に10人で構成。そのうえで神道学や日本法制史,皇室研究などの専門家8人にヒアリングを実施した。

 安倍晋三首相に近い官邸関係者は「有識者会議は,官邸のコントロールで議論を進めるための仕掛けだ」といい切る。
  註記)最近でこの記事を閲覧するには,http://digital.asahi.com/articles/DA3S12574311.html
『日本経済新聞』20161115日有識者ヒアリング2回目 いうなれば「初めに結論ありき」の方向性が明示されており,また「そのうえで」「ヒアリングを実施した」という「神道学や日本法制史,皇室研究などの専門家8人」は,右寄りに偏った人選でしかなく,すなわち当初より「その結論はみえみえ」であった。
 (← 画面 クリックで 拡大・可)

 そのヒアリングは3回実施され,計16人から聴取がなされた。たとえばその2回目の対象者は,左側の画像資料にその氏名が一覧されているが 註記),とても天皇・天皇制問題の専門的研究者,つまりその学術的な意味での専門家=有識者とはいえない人物が相当の人数もぐりこまされていた。
 註記)『日本経済新聞』2016年11月15日朝刊。この記事の見出しは「生前退位,再び賛否割れる 専門家ヒアリング2回目」。

 ごくふつうの観方でしかないが,それでも厳密にいえば,渡部昇一と櫻井よしこは,天皇・天皇制問題に限定していえば専門家でも研究者でもない。つぎの画像資料は,ヒアリングに応じた識者全員を一覧している。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
     『朝日新聞』2017年4月22日朝刊
      出所)『朝日新聞』2017年4月22日朝刊。

 ③「〈耕論〉天皇制のかたち 保阪正康さん,渡辺治さん,冨永 望さん」(『朝日新聞』2017年4月22日朝刊15面「オピニオン」)

 天皇の退位をめぐる有識者会議が〔2017年4月〕21日,政府に報告書を提出した。昨〔2016〕年夏〔8月8日〕の「おことば」以来浮き彫りになった課題は,なんだったのか。報告書はどこまで答え,どんな課題を残したのか。この〈耕論〉に登場した識者は,いずれも天皇問題関する歴史的な専門家・研究者である。

 1)「問題先送り,典範改正が筋」保阪正康さん(ノンフィクション作家)

 昨〔2016〕年8月8日に天皇陛下が公表されたビデオメッセージと「おことば」は,政府を間に挟まず,陛下から直接国民にしらされたものでした。昭和天皇が戦争を終わらせるため,本土決戦にこだわる軍部を挟まず,みずからラジオのマイクの前に立って,直接国民に「万世の為に太平を開かん」と終戦の決意を伝えた玉音放送に匹敵する「平成の玉音放送」と呼ぶべきもので,将来にわたって語り継がれる歴史的な出来事でした。
 補注)この発言は,保阪正康の知識人であるところでの “日本的な限界” を明示している。つまり,その視野はどこまでも国内専用であって,国外に対してはいっさい閉じられているごとき,それである。この論点は,日本の知識人にとってみれば,いたしかたない制約であるかもしれない。だが,いつまでも触れないで放置しているかぎり,論外へと措置とされてしまう問題性が残されることになる。

 それは,保阪がいうところに即して指摘すれば「歴史的な出来事」にかかわる問題が,なお残っていたからである。あの昭和天皇の「玉音放送」とこの平成天皇の「玉音放送」とは,どこまでも徹底して日本国内の問題であった。しかし,海外からこうした天皇・天皇制問題をみつめる複数の視線は,けっして穏やかなものでも単純なものでもありえないはずである。


 〔保阪正康の発言に戻る→〕 天皇の国事に関するすべての行為は日本国憲法で「内閣の助言と承認を必要とする」と縛られているなかで,こうした政治的な発言をされることはありえないことでした。おことばは,「現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら,私が個人として,これまでに考えてきたことを話したい」と断わっていますが,この数年間みずから考え,漏らしてきた生前退位について,政府が動かず,国民に直接訴えたのだと思います。
 補注)保阪正康はだからか,天皇明仁の2016年8月8日の退位意思表明は許されうるかのように解釈している。「日本国憲法は守ります」と,天皇位に就いたときの明仁は言明していた。にもかかわらずともかく,いまの彼はその基本点に抵触する言説を国民に向けて直接放送していた。この行為が憲法違反である事実になんら疑問はない。それでも政府にかぎらず国民全般からも,その点をきびしく問う声が出てこない。海外の目線でみたこの光景はきっと摩訶不思議に思える。

 とりわけ訴えたかったのは,ご高齢になられたことで象徴としての務めを十分に果たすためには,天皇ご本人しか実感できない限界が来ているということだと思います。個人としての人格の尊重や権利を認めた現行憲法下で,なぜこうした理不尽なことが起きるのかといえば,皇室典範が明治憲法の時代の内容をほとんど受けつぐものになっているからです。
 補注)皇室「典範」という字句からして古色蒼然としているが,新憲法のもとにあっても,もとは明治憲法と抱きあわせで準備されていた皇室典範のことであったゆえ,敗戦後においては齟齬が発生してくることは想定済みであったと解釈されてもよい。あるいは,GHQが皇室典範の内容にまで関心を向けず,ウルサク口だししなかったことをもっけの幸いにして,ほぼ明治帝政時代のまま使いまわしてきた。ところが,敗戦もすでに70年以上の時が経ったいま,基本的には昔のままに運用してきた皇室典範は,いい加減に使い勝手が悪い面も露呈した。皇室典範の中身を読んでみればよい。古色蒼然というのは,もちろん古いはずの封建遺制の意味・形容である。

 とくに陛下を含めて歴代天皇がなによりも大切と考えてこられた皇統の継続について,終身在位,進退のあり方や重大な事故がある場合の摂政制度,男系天皇とする点は不変である,といっていい。これらに対処するのは,本来は皇室典範の改正でした。報告書をふまえ,特例法で「終身在位」については一定の道筋はつきますが,その他の部分は手つかずで,問題を先送りしてしまいました。当面はともかく,男性皇族が数少ないなかで,皇統が維持できるのか強い懸念が残ります。
 補注)保阪正康は皇室をどう観ているのか? 民主主義とのかねあいはいかに踏まえているつもりで,このように発言をしているのか。保阪が安倍晋三政権になってから執筆・公表した書物のなかには,この首相に全面対決するための〈確固たる意思〉があることを表明していた。しかし,天皇・天皇制の問題になると「民主主義に対面する論点としての天皇・天皇制」についての意見の陳開は,いささかならず不明解であり,調子も落ちてくる。

 天皇制は固定的硬直的な仕組ではなく,時代に即した姿を天皇と国民が模索してきました。江戸時代までの武家政権と文化的な中枢としての天皇の共生というかたちも,実に上手に練り上げられたものでした。戦後の象徴制のなかで,国民と苦楽をともにするという姿も安定したかたちでした。
 補注)江戸時代における「武家政権と文化的な中枢としての天皇の共生」と「戦後の象徴制のなかで,国民と苦楽をともにするという姿も安定したかたち」は,はたして,同じ「歴史の線上」に乗せて無理なく,連続的に議論できる対象同士であるか疑問がある。それをここではただちに,比較できる議論の材料であるとみなし,同一の路線上にいっしょに並べている。だが,点描ではあっても素描にもなっていない議論の構築方法である。この疑問(批判)に対する答えに関していえば,つぎの発言がなされていてもまだまともに対応できていない。

 私たちはつねに,時代に合った天皇制の答案を書くことを求められている。今回の答案は本質的な問題に答えておらず,赤点とはいいませんが,及第点ぎりぎりでしょう。問題の所在はみえているのですから,当面は政治情勢で典範を変えることが難しいとしても,現行憲法にみあったものに組み替える時期などを明確にして,その時に至れば果敢にとり組むことが私たちに突きつけられた使命です。(聞き手 編集委員・駒野 剛)

 ※人物紹介※ 「ほさか・まさやす」は1939年生まれ,2004年昭和史研究で菊池寛賞,近著に『天皇陛下「生前退位」への想い』。

              
            

 2)「『象徴とは』」国民的議論を
」渡辺 治さん(一橋大学名誉教授)

 天皇の退位をめぐる議論でもっとも欠けているのは,天皇がそれを「全身全霊をもって」果たせなくなることを最大の理由にしている「象徴としての行為」とはなにかを国民が議論することではないでしょうか。なぜなら,象徴制とは憲法によって国民自身がつくることを求められている制度だからです。天皇に軍事と政治の全権限をゆだねた体制のもとで遂行された植民地支配と侵略戦争の体験を踏まえて,日本国憲法は,国民が主権者であることを宣明し,天皇の行動を厳格に国事行為に制限しました。

 敗戦直後から,昭和天皇は,のちに「公的行為」と呼ばれる巡幸などを精力的におこない,歴代の保守政権も統治の安定のため,天皇にあまたの「公的行為」を求めました。「象徴」制に不満をもつ右派勢力も,元首としての天皇の復活をめざし,天皇の役割と権威の拡大を追求。靖国神社国家護持,元号の法制化や建国記念の日の制定などの動きが典型です。
 補注)渡辺 治によるこの天皇・天皇制の「解説」は,歴史的な回顧と眺望を踏まえた説明になっている。保阪正康のほうでは完全に欠落していた海外との関連問題も配慮されている。

 ところが,平成の代替わり以降,状況が変わります。現天皇は,みずからのイニシアチブで,必ずしも政府が推奨していない日本軍の戦場となった地への慰霊の旅や被災地訪問などを積極的におこないました。こうした「平成流」は国民に広く支持されていますが,右の勢力のなかには,眉をひそめる向きも少なくありません。今回の退位問題で,従来は天皇の行動と権威の拡大を主張してきた保守派の一部から「宮中でお祈りくださるだけで十分」といった理由を挙げて生前退位に強く反対する意見が出たのはこうした状況が影響していると思います。
 補注)「宮中でお祈りくださるだけで十分」だから,天皇は余計な行為をするな,あちこち出張って顔を出すななどと含意する発言をしたのは,ほかでもない渡部昇一であった(2017年4月17日に死去している)。

 逆に,リベラル派の学者や市民の間に,「おことば」に共感し「陛下の思いに寄り添うべきだ」といった姿勢がみられます。戦後の経緯からみるとねじれが生じています。問題は,「象徴の務め」としておこなってきた慰霊の旅のような「公的行為」は,たたして天皇の「思い」で自由におこなえる行為なのかです。政府がともすれば,あの戦争を含めた近代日本の総括と点検をないがしろにしようとするのと対照的に,現天皇がそこにこだわることに好意を抱く国民は大勢います。

 しかし慰霊の旅として,象徴天皇がどこを訪れ,どんなメッセージを発するかは,国民的議論を経て国民みずからが決すべき課題です。天皇の「思い」に委ねていいのだとしたら,将来,別の天皇が,慰霊の旅として,国民の間でさまざまな意見がある靖国神社や全国の護国神社を回るとしたらどうでしょう。あらためて憲法の原点に立ち返り,過去の反省をふまえてつくられた象徴制に国民はなにを求めるかを,国民の多様な意思を反映する国会の場で議論することが求められます。(聞き手・池田伸壹)
 補注)渡辺 治によるこうした指摘(批判)は,とくに天皇の公的行為をめぐって問題に注目している。日本国憲法第7条に規定されている国事行為,「内閣の助言と承認により,国民のために,左の国事に関する行為を行ふ」という限定が,いまでは完全にタガがはずされてきたままに,いうなれば自由奔放といっていい範囲にまで及んでいる。

 天皇が退位(譲位)を「希望・願い」するといった根本問題にかかわらしめていえば,天皇家側において固有であった事情とはいえ,いまでは自縄自縛的な〈皇室の環境〉が形成されている。しかし,それは,自分たちが〔敗戦後における昭和天皇の時代からという意味で〕創造してきた実績(結果)でもあった。


 ※人物紹介※ 「わたなべ・おさむ」1947年生まれ,専門は政治学・日本政治史,著書に『現代史の中の安倍政権』『戦後政治史の中の天皇制』。

             
              

 3)「皇族増やす具体策が必要
」冨永 望さん(京都大学助教)

 明治の旧皇室典範制定時や第2次世界大戦後にも,天皇の退位の是非をめぐる議論はありました。旧皇室典範で退位が認められなかったのは,政治上の混乱を恐れたからです。戊辰戦争では,奥羽越列藩同盟が皇族を旗頭にしました。退位した天皇が反乱に担ぎ上げられるかもしれないというのは,当時としては現実味のある話でした。敗戦後の昭和天皇退位論は,基本的には戦争責任がからんでいます。退位の規定を設けてしまうと,そのまま退位につながりかねないので,規定をつくらなかった。

 今回は,陛下が老いを自覚されたことが起点になっているという点では,まったく新しい問題といえます。終身在位で,死ぬまで天皇としての務めを果たすのは,心身が衰えていく生身の人間には無理だという事実を,国民に対して突きつけることになった。

 天皇の心身が限界に達するまで執務を強制し,その後,回復のみこみもないまま,延々と国事行為代行や摂政を置きつづける状態で,天皇の尊厳は守られるのか。天皇が国民統合の象徴たりうるのか。また,公務軽減のために,被災地や福祉施設の慰問などの公的行為をやめるのは,憲法的には問題ないとしても,国民の理解や支持がえられるとは思えません。生前退位の容認じたいは合理的だと思います。

 代替わりする以上,つぎの世代のことを考えざるをえません。いまの皇室の制度では,女性皇族は皇位を継承できず,結婚すると皇族から離脱するので,この先,皇族は減る一方です。皇室の安泰を考えれば,皇室典範になんらかの手をくわえて,皇族の数を増やすことが最大の課題です。
 補注)この意見(主張)は「皇族員数の一定数確保」であるが,なぜそのように考えるのか理由が明解に指摘されていない。なぜ「皇族は減る一方」だとまずいのか,そして「皇室の安泰」とはなにか? 「皇室の安泰」が「国民の安寧」を意味できておらず,むろん「それに」は直結すらしていなかった戦前・戦中の国家体制であった。白井新平『奴隷制としての天皇制』(三一書房,1977年)は,いまから40年も前にこう断言していた。
   「結果として,事実として, “象徴天皇制” も,明治の天皇制も,同じ1線上のものであって,つながっているとはいえる。そのことがどだいオカシイ不条理だともいえる」(20頁)。

 「民主主義と天皇制とは絶対に両立しないということは,これ以上論証を必要としない」。「民主主義とは支配政治機能を一切を否定することであり,天皇制とは支配政治機能のもっとも原始的なるそして転機的なる制度であるから」(262頁)。

 昨日〔2017年4月21日〕に引用した文句を反復しておく。

 --君たちが対峙する脅威とは,

  外国資本の傀儡と化した自国政府であり,
  生存権すら無効とする壮絶な搾取であり,
  永劫に収束することのない原発事故であり,
  正常な思考を奪う報道機関であり,
  人間性の一切を破壊する学校教育であり,
  貿易協定に偽装した植民地主義であり,
  戦争国家のもたらす全体主義である。

 そして,これらの諸々が砂山のように堆積し破壊点を迎えた時点で,ニホン国の崩壊は誰の目にも明らかとなるだろう。
 註記)響堂雪乃『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』白馬社,2017年3月,まえがき。
 冨永 望が,以上において本ブログ筆者が引照した著作,白井新平『奴隷制としての天皇制』1977年の存在をしらないとは思えない。いまから40年も前にこのように,審判してあった天皇・天皇制問題に関する〈民主主義〉的な議論は,その後においても,いちじるしく進歩したと映るような様子(日本の政治における実績・成果)はなかった。前段に登場して渡辺 治は1990年1月に公刊されていたが,こう述べていた。
   「天皇の代替わりにさいし,現代民主主義は,真の民主主義へか,それともより公然たる権威的支配への再編成か,の岐路に立たされている」(363頁)。

 2017年の現在にまた,同じような問いが立てられておかねばならないほど,この国おける天皇を礎石にするところの民主主義の限界は,明々白々になっているのではないか。
 現在の皇室典範は,天皇が高齢でみずからの体力の限界を悟り,譲位を希望するといった事態は想定していない。想定外のことが起きた以上,アップデートが必要であり,そのさい,とっくに皇族減少を止めるための目配りが必要です。有識者会議の最終報告では,将来的に皇族が減少することを指摘し,対策が必要だとはいっていますが,女系の皇位継承を認める,旧宮家の子孫の男性を皇族に編入するなど具体的な選択肢には触れていない。もう少し踏みこんだ提言をすべきでした。
 補注)この「踏みこんでいない」という指摘は,既述の問題点(に対する批判点)ではあったけれども,この範囲の以上に出ていく議論が,ここではなされない。それどころか,昨今における天皇・天皇制問題をめぐる検討・吟味の特徴を端的に表わす発言にもなっている。

 「多くの国民の意見を汲みとるため,さまざまな見解を有する専門家の意見も伺い」「国民的な議論を喚起」したと書かれていますが,一般の人から意見を聞く機会はなかった。国民の意見が反映されたのかというと,疑問が残ります。今後,生前退位の特例法案を国会で審議するさいには,公聴会を広く実施すべきです。皇室にどんな役割を期待しているかを国民に聞いたうえで,皇位継承のあり方を考える。国民の理解をうることが皇室の安定につながるはずです。(聞き手 編集委員・尾沢智史)
 補注)この段落の発言も,天皇・天皇制の存在そのものを当然視している〔としか受けとめようがない筆致〕。民主主義との対面問題を絶えず深刻に迫られてきた天皇問題は,なぜか,このようにいつも「民主主義問題のなかに実在を許される真空地帯」であることを許容されてきた。

 ※ 人物紹介 ※ 「とみなが・のぞむ」は1974年生まれ,専門は日本近現代史,著書に『象徴天皇制の形成と定着』『昭和天皇退位論のゆくえ』など。

             

 ところで,冨永 望『昭和天皇退位論のゆくえ』(吉川弘文館,2014年)は,結論部でこう述べていた。「戦争責任を清算していない昭和天皇が君臨することで,国の内外にしこりを残し,日本国民は昭和が終わるまで憲法論議を制限される不健全な状況に置かれたといえる」。「昭和は長過ぎた。平成はもっと早くに始まるべきだったのではないだろうか」(202頁)。

 この主張はなにをいいたかったのか? 平成天皇は,その昭和天皇の「君臨としこり」を解きほぐす任務を,自分なりに一生懸命に果たしてきたつもりである。平成の時期は,いますでに,29年を数えるまでになった。

 だが,憲法改正にかかわらざるをえない発言(論議)を彼自身からいいだした事実は,憲法に違反した行為であった。それでも,退位の希望・願いに関しては一定の議論を惹起させえていた。天皇の権威がそうさせていたのである。ただし,当人の気に入る結論は出ていない。

 前段既出の文献,白井『奴隷制としての天皇制』がいまから40年も前に批判していた点,つまり「天皇・天皇制問題に関する〈民主主義〉的な議論」の低位性が,いちじるしく改善され進歩したとみなせる様子は,この日本社会のなかでは,いまだにみられていない。

 伊部英男『半国家・日本-戦後グランドデザインの破綻-』(ミネルヴァ書房,1993年)は,こういっていた。「ポツダム宣言第10項には,『我等は日本人を民族して奴隷化するものに非ず』としているが,第9条は,自衛権を奪うことで日本人を民族として奴隷化したものというほかない。不正を甘受し,自由を守る意思と能力を失った民族は,どのような富や知力があっても奴隷というほかない」(76頁)。

 安倍晋三が集団的自衛権を発動できるための安保関連法を成立・思考させたが,その内実はいえば「対米従属関係」のもとでの自衛権の問題であった。問題の焦点は,憲法の第9条が与えられたさい,これといっしょに与えられていた第1条から第8条までにこそみいだすべきである。

 敗戦後72年目になってもまだこのように,稚拙な憲法に関する論議をしている。奴隷化という表現がなんどか出てきたが,その実際的な意味をこの日本の国土のどこに,また日本人の精神のどこにみいだせばよいのか? この種の議論もさらに併せて必要である。

                        


 【安倍晋三は,敗戦後体制をもっとも正直に体現している日本国首相なのか】



 本ブログは,2017年03月08日に「衆議院解散(2017年3月末)総選挙(4月中旬)か? 2020年東京オリンピックのとき日本の首相は誰か?」という題名で,「『板垣英憲(いたがき・えいけん)情報局』(http://blog.kuruten.jp/itagakieiken)が,こう語っている」というふうに記述していた。
板垣英憲画像3
 ところが,本日〔4月21日〕に,同じ「板垣英憲(いたがき えいけん)『マスコミに出ない政治経済の裏話』~ニュースにブログ~」が,「安倍晋三首相は,ペンス副大統領から『総辞職か,解散か,どっちか選べ』と問い詰められ『6月に解散する』と答えた」という4月20日時点の記述に出会った。
 註記)『本日の「板垣英憲(いたがきえいけん)情報局」』2017年04月20日 03時03分34秒,http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/11711ced753908aad5113d567d22634e

 しかもこの記述の右側横に配置されている「管理板(コントロール・パネル)」には,題名だけ紹介するが,板垣英憲の最新の記述として「麻生太郎副総理兼財務相が,米国でトランプ大統領に正面切って歯向かう発言,財務省・金融庁関係者が身の上を案ずる」も出ている。
 註記)http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/9320a53356281634d8111e548c39f499

 4月20日の記事の題名は前段に書いてあったが,再度かかげる。「安倍晋三首相は,ペンス副大統領から『総辞職か,解散か,どっちか選べ』と問い詰められ『6月に解散する』と答えた」という題名の記事であった。ともかく引用する。
   ◆〔特別情報1〕

 韓国を経由して訪日した米マイク・ペンス副大統領は4月18日午後1時半すぎから,首相公邸で,安倍晋三首相と昼食を摂りながら会談中,突然「総辞職するか,解散するか,どっちか選べ。いま答えろ」と問いつめた。安倍晋三首相が,「解散する」と答えたところ,ペンス副大統領が「いつするんだ?」とたたみかけると,安倍晋三首相は「6月にします」と答えた
ペンスとトランプ画像
出所)左側がペンス副大統領,
http://www.huffingtonpost.jp/2016/07/14/donald-trump_n_11005286.html

 その後に,ペンス副大統領は,引きつづいて首相官邸で開かれた「第1回日米経済対話」の席上,麻生太郎副総理兼財務相に「安倍は解散するといっているけれども,お前はどうするんだ?」と安倍晋三首相の言葉を伝えて麻生太郎副総理兼財務相の意思を確認した。これに「安倍総理に従います」と答えたという。

 同席していた財務省,国交省,経産省,外務省の官僚たちは驚いて,大騒ぎになったという。ペンス副大統領は,トランプ大統領から直接指示を受けて,安倍晋三首相と麻生太郎副総理兼財務相に事実上「退陣」を迫った。「政変への号砲」だ。これは,首相官邸筋からの「極秘情報」である。
 (引用終わり)
 いまからちょうど2年前であった。安保関連法を成立させるに当たって安倍晋三は,訪問したアメリカ合衆国「米国連邦議会上下両院合同会議」(2015年4月29日;米国東部時間)における安倍総理大臣の演説 “希望の同盟へ” のなかでは,とても正直にこう語っていた。
    アメリカ議会演説安倍晋三2015年4月29日画像
 日本はいま,安保法制の充実に取り組んでいます。実現のあかつき,日本は,危機の程度に応じ,切れ目のない対応が,はるかによくできるようになります。この法整備によって,自衛隊と米軍の協力関係は強化され,日米同盟は,より一層堅固になります。それは地域の平和のため,確かな抑止力をもたらすでしょう。戦後,初めての大改革です。この夏までに,成就させます
 註記)http://www.mofa.go.jp/mofaj/na/na1/us/page4_001149.html
 出所)画像は,http://oyakochoco.jp/blog-entry-1732.html
 思えば,とくになんということもない発言であった。「戦後レジーム」によって,ぐるぐるに縛りあげられている「自分の立場」を,安倍晋三自身は正直に告白していたからである。日本国内ではウソなど「息を吐くように」ついてきた政治家であるが,アメリカ議会では前段のようにまるで「借りてきた猫」以下(以上?)のような〈しっかりとテイネイ〉な御追従ぶりである。

 さて,である。板垣英憲の情勢分析が,本当に的中する可能性があると想定しての設問である。

 ◇-1 民進党の蓮舫代表は,以上のなりゆきをどう受けとめているのか?

 ◇-2 日本共産党の志位和夫委員長は,こうした安倍晋三の様子をどうとらえるのか?

 ◇-3 日本の国民1人ひとりが,アメリカのこうした日本に対する態度を,どう観ているのか?

 もしも,解散が6月おこなわれるとしたら,安倍晋三による改憲天皇明仁画像が阻止されざるをえない選挙の結果が出る可能性もなきにしもあらずである。

 ◆-4 なかでも天皇家の家長は,こうした事情を察知しているのか? 安倍晋三のより早い退場を,一番強く願っている人間の1人が明仁天皇であることは,疑う余地がないほど明白である。
 出所)画像は2012年2月,https://jp.sputniknews.com/japanese.ruvr.ru/2012_02_20/66464003/

 【追  記:その1】  「天皇よりも安倍晋三とする愚民を呪え!」,小林よしのり『BLOG あのな,教えたろか。』(2017.04.20(木),https://yoshinori-kobayashi.com/12912/ )から,最後のほうの段落を引用しておく。
   独裁でいいんだ。国民は安倍独裁を支持してるんだ!

 天皇なんか屁だよ,国民は天皇よりも安倍晋三を支持している。ざまあみろだ! それが安倍晋三の内心である。

 安倍晋三だけがダメなんじゃない。国民が愚民そのものなのである!
 小林よしのり先生,国民の過半が安倍晋三君を支持しているわけでは,けっしてない。あくまで,大手紙が実施している「世論調査のフェイクな結果」である。

  【追  記:その2】
 

響堂雪乃『ニホンという滅び行く国に生まれた若い君たちへ』
= 白馬社,2017年3月,まえがき より =

 君たちが対峙する脅威とは,

  外国資本の傀儡と化した自国政府であり,
  生存権すら無効とする壮絶な搾取であり,
  永劫に収束することのない原発事故であり,
  正常な思考を奪う報道機関であり,
  人間性の一切を破壊する学校教育であり,
  貿易協定に偽装した植民地主義であり,
  戦争国家のもたらす全体主義である。

 そして,これらの諸々が砂山のように堆積し破壊点を迎えた時点で,
ニホン国の崩壊は誰の目にも明らかとなるだろう。

 いや,むしろ「そもそも国などなかったこと」が暴かれるのだ。
 註記)http://alisonn.blog106.fc2.com/
 
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 【亡国に向かうような日本の高等教育体制】

 【奨学事業を金儲けのタネにさせている愚昧の国】


   ① 「奨学金返済,私大出身者の延滞率高く 学生支援機構が初公表 学校に制度周知促す」 (『日本経済新聞』2017年4月20日朝刊34面「社会1」)

 この記事に接したときすぐに感じた点は,返済をうながすための情報公開か(?)という印象であった。ともかく,この記事に聞きながら考えてみたい。
『日本経済新聞』2017年4月20日朝刊日本学生支援機構記事
 --日本学生支援機構は〔4月〕19日,貸与型奨学金の返済を3カ月以上延滞している人の割合を初めて出身学校別に公表した。2010~14年度に卒業などで受給を終えた人が対象で,平均は1.4%。大学では国立に比べて私立が高く,最大10ポイント近い差があった。同機構は「返済義務や猶予制度について,学校側も学生に周知してほしい」と説明している。
 補注1)返済義務や猶予制度を学生側にもよく理解しておいてほしいというのが,この記事の要点であるかのように解釈してよい冒頭段落である。銀行関係からの融資を大幅に利用して「事業を展開」している日本学生支援機構であるためか,このような情宣活動をいまごろになって本格的に始めた事情になっている。

 日本学生支援機構の関連するホームページをのぞいてみると,つぎのような題名の文章がみつかる。これは「更新情報」2017年04月19日におけるもので,「学生生活支援〔プレスリリース〕」『「平成28年度(2016年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」結果の概要について』である。 
 註記)http://www.jasso.go.jp/


 補注2)この国立大学と私立大学のあいだにおける延滞率の差(有意性があるとみてよいほどの数値の違い)は,国立大学にかぎっては別に制度のある「納付金の減免制度」を適用される学生であれば,日本学生支援機構の貸与型奨学金の支給は受けなくてもいい,という事情が絡んでいるのではないか。

 以上の論点に関連して本ブログは,つぎのように多くの記述を展開してきた。いちいち主題と副題を書き出しておくが,この題名を一見してもらうだけでも,おおよそどのあたりに問題があるか理解もらえるかもしれない。いちおうリンクも張っておく(日付のところに張ってある)。

 ※-1 2017年02月05日
 主題「高等教育無償化の問題,日本の大学教育を無償にするのはなんのためか(その1)」
 
 副題1「小手先の高等教育対策しか打ち出せない現状」
 副題2「高等教育は『公教育』ではないのか」
 
 ※-2 2016年08月15日
 主題「給付型奨学金がなぜ必要か-自国の将来を若者に期待していないこの国文教政策の貧困性」

 副題1「早く,奨学金制度を給付型として普及させねばなるまい。いつまでもぐずぐずいっているようではいけない」
 副題2「先進国というには恥ずかしい日本の高等教育に対する奨学金制度の未整備状態」
 
 ※-3 2016年12月21日
 主題「給付型奨学金の低少すぎる給付水準,弥縫の制度では解決できない日本の大学問題,安倍政権が目先でとりつくろう文教政策」

  副題「原発の廃炉などでは,これからも国家予算(われわれの血税)を膨大に浪費をしていく予定(みこみ)だが,大学・大学生に対する奨学金制度はごまかし程度の対策のみ」

 ※-4 2016年07月28日
 主題「大学広告の無意味さ,給付型奨学金の問題」

  副題「『朝日新聞』2016年7月26日朝刊・2016年7月27日朝刊に出稿された国立大学(独立行政法人)の全面広告に固有である〈非〉を問う」
  
 ※-5 2016年05月09日
 主題「高等教育における奨学金とはなにか。なんのための奨学金なのか。先進国中『最低・最悪の奨学ローン国家』『教育亡国日本』」
 
 副題1「教育貧国日本;奨学金制度の不備・欠陥」
 副題2「教育費貸付用に調達される奨学金『資金』が,金融業の商売ネタに提供される変な国柄」

 ※-6 2016年04月17日
 主題「日本の大学における奨学金制度と国立大学学費減免制度」

 副題1「 奨学金制度最貧国:日本の〈負的誉れ〉である『若者に対する育英観』」
 副題2「働き者のアリさんと働き蜂さんたちに甘える一方の,この国の為政者たち,その完全的に手抜きである教育政策の貧相」
 副題3「最先からして見通せない安倍晋三政権下の教育問題」

 ※-7 2016年03月05日
 主題「日本の大学における奨学金の問題,その深刻な実情-アベノミクスの虚構を実証する一論点-」

 副題1「奨学金事業の金融業化。教育理念のない日本学生支援機構は『支援どころか,若者の人生を攪乱させる』金貸し事業に邁進」
 副題2「若者を育てていない高等教育は,この国を亡国への経路に導くだけ」
 副題3「1億総活躍(?)という提言など,悪い冗談にもならない」
  
 ※-8 2015年11月29日
 主題「怪奇法人の日本学生支援機構,サラ金業を営むために『奨学金が奨学金ではなく』なり,『単なる貸付用資金』に化けている現状」

 副題1「大学に若者を進学させないための奨学金貸付制度を運営する日本学生支援機構の存在意義は,いったいどこにあるのか?」
 副題2「『1億総活躍』なる標語はファッショ政治の具体的表現である」

 ※-9 2015年11月12日
 主題「大学生が『風俗に走る』最近の事情,日本学生支援機構はサラ金,安倍晋三政権は大学を崩壊させ,大学生を沈淪させ,そして日本をダメにする」

 副題1「大学の広告費はムダ金の浪費」
 副題2「平均的年収世帯で大学に通う大学生は,風俗で体を売らねばならない昨今の事情」
 副題3「日本学生支援機構の奨学金はすべて給付型にせよ。原資は消費税1%に求めよ」
 
 ※-10 2014年11月25日
 主題「日本の高等教育と奨学金問題,その根本的な考察」

 副題2「奨学金制度に観る日本の高等教育制度の瓦解現象」
 副題3「国家が矛盾を作っておきながら放置しつづける無策の文教・育英政策」 

 〔記事引用に戻る→〕 〔4月〕19日,同機構のホームページで公開を始めた。大学,大学院,短大,高等専門学校,専修学校の計約3600校が対象。調べたい学校を選択すると,2010~14年度に卒業や中退などで受給を終えた利用者数と,そのうち2015年度末時点で,(1)  返済を終えた人,(2) 返済猶予措置を受けた人,(3) 3カ月以上の延滞者などの人数がわかる。2015年度時点で貸与型奨学金を受給している在学生数も示した。

 大学では在学生の37%にあたる97万人が貸与型奨学金を利用していた。主な大学の延滞率は(前掲した表にあるように),東京大0.4%,名古屋大0.2%,早稲田大1%,慶応大0.7%,同志社大0.8%など。国立の平均は0.6%,公立は0.9%,私立は1.5%だった。学校種別でみると,高い順に専修学校2.3%,短大1.5%,大学1.3%,高専0.7%,大学院0.4%だった。

 過去に同機構の奨学金を利用して,返還分が残っている人は2015年度時点で392万人と10年前の約2倍に増えた。一方,3カ月以上の延滞者は16万5千人と11%減った。

 同機構が2016年に延滞者を対象に実施したアンケートでは,延滞の理由として「低所得」が67%ともっとも多かった。別の質問で返済義務があることを事前にしらなかった人が多いことも分かり,同機構は大学などに対し,返済が難しい場合は一定期間猶予する制度があることも含め学生に周知するよう呼びかけている。
 補注)この指摘は少し疑問を感じる。奨学金ローン会社のような存在に変身してきた日本学生支援機構が,主要事業としておこなってきた「貸与型奨学金」制度の運用に関しては,返済の問題を中心にしつつ,つぎのように注意しておきたい。

 とくに
「貸与型奨学金」に付随して発生してくる問題の「可能性全般を配慮した運営」がなされているべきところが,これまで判明している基本の問題点を踏まえて指摘すると,その『前提条件=貸与で利息が付く点』を事前に,奨学金を支給される学生側に対して疎漏なく的確に説明してきたとはいえなかった。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
日本学生支援機構の貸与型奨学金画像
出所)http://www.55shingaku.jp/nazenani/kariru/27627/

 いまごろにもなってあらためて,それも返済面に関する理解を浸透させようとする意向が「貸与型奨学金の特徴」を周知徹底せしめるための広報として開始されている。もちろん,こうした内容であったのであれば当然,以前からきちんとしらせておくべきものであったはずである。だが,ある意味で「殿様商売」的な感覚で,かつ鷹揚な経営姿勢があったのか,この残滓がいつまで経ってもなくならなかった事業体質が,以前までの日本学生支援機構(その前身であった関連諸機関)になかったとはいえない。

 日本学生支援機構の奨学金制度に関してはすでに,大学研究者をはじめ社会問題としてとりあげ批判されている。その事実を意識してか,今回〔2017年4月19日〕において新しく情報公開を実施したものとも思われる。貸与型奨学金でしかも利子が上乗せされた返済義務のある育英制度を,これを借りる(支給?)される側の少なからぬ学生や保護者自身が,その経済制度的な特徴を十分に承知しないままこの奨学金を受けてきている。

 日本学生支援機構は現在,金融業まがいの業務を貸与型奨学金事業としておこなっている。この金貸し業務を学生に対しておこなっているという事実そのものが,不思議なことにいままでは,学生・保護者側に十分に伝達されず,同時にまたもれなく確実に理解されていなかった。通常の金融業であれば考えられないような「業者と顧客」の関係が,そこには存在していた。

 今回における日本学生支援機構側からの情宣活動の展開(ホームページにおけるもの)は,その事実を学生・保護者側にあらためて伝達する点に目的があったものと推察する。そして,日本経済新聞(2017年4月20日朝刊)が大きくとりあげていた。


 〔記事引用に戻る→〕 同機構によると,2008年ごろから学校別の数値公表の是非について議論していたという。奨学金の返済義務があるのは利用者自身だが,学校別の公表を決めた理由について,「奨学金は税金を使った事業で,一定の説明責任がある」と強調。学校ごとに延滞率に差があるのは,「利用者の経済的な状況のほか,学生への啓発など学校ごとのとり組みの差が影響しているのではないか」とみる。
 補注)ここでいわれている「『奨学金は税金を使った事業で,一定の説明責任がある』と強調」したという日本学生支援機構側の説明が興味を惹く。記事からしばらくは離れて,つぎのような議論をしてみたい。

 a) 日本学生支援機構のホームページ内には,こういう記述がある。その表題は「日本学生支援機構が行う学資金貸与事業に関する意見」(平成18〔2006〕年3月,独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)政策企画委員会)である。このなかに「返還金回収の促進」という1項がある。引用する。
   (返還金回収の促進)

 学資金の貸与を受けた者からの返還金は,つぎの世代の学生に貸与される学資金の原資の一部となるものであり,滞りなく確実な返還がおこなわれることが奨学金貸与事業の維持の前提となる。しかしながら返還率は,近年,低下の傾向にあり,返還金回収の促進が重大な課題となっている。

 収入があるにもかかわらず延滞する者が増加すると,まじめに返還している者についてモラルハザードを引き起こしかねない。また延滞者本人にとって も,長い一生を通じて債務を負っていることが精神面での翳りとなることも懸念される。

 すでに機構においても種々の回収促進方策が講じられているが,今後, 経済困難,病気,災害などで真に返還困難な者については返還猶予制度を的確に適用したうえで,それ以外の延滞者に対する回収策をいっそう強化することが必要である。

 一方,「返す側」の立場に立ち,現行の返還メニューをより多様化し,返還者がいっそう返還しやすくなる工夫についての検討が求められる。たとえば,所得額 に応じて返還額を変動させたり,返済額に関するプランを奨学生がみずから設定できるような仕組をとり入れることも検討の対象となりうる。

 とくに,所得額の一定 割合を返還するような仕組は,返還に対する不安を軽減することから雇用の見通しが不透明な時代においては,教育の機会均等を実現するうえで優れているとの 指摘がある。所得をどのように確認するかといった問題はあるが,今後の研究課題である。
 註記)http://www.jasso.go.jp/about/organization/sosiki/hyogikai/seisaku/iken_0603.html
 b) 他方で,「IR情報」というページには,こういう内容の記述もみられる。

 「日本学生支援機構は,貸与型奨学金の資金に充てるため,財投機関債の発行,民間金融機関からの借り入れを実施しております」のは,「日本学生支援債券(財投機関債)」および「民間資金借入金(シンジケートローン)」から資金を調達し,貸与型奨学金の原資に充当しているからである。
 註記)http://www.jasso.go.jp/about/ir/index.html
   
 なお,ここで「IR情報」のIR(Investor Relations)とは,企業財務問題領域に関する用語であり,一般的にはつぎのように解説されている。
   インベスター・リレーションズ(英語: IR)とは,企業〔もちろん営利追求をめざしている民間企業〕が,投資家に向けて経営状況や財務状況,業績動向に関する情報を発信する活動をいう。日本では「投資家向け広報」とも訳されるが,このIRという頭字語も定着している。
 この説明を聞いただけでも,日本学生支援機構がサラ金まがいの事業を展開しているという実態に向けられてきた「既存の批判」は,ただちに容易に想起させられるはずである。

 奨学金事業,育英機関の業務,それも財政面の資金調達源に関する話題とはいえ,なぜ,このような “IR関連情報” が当該機関のホームページのなかに記述されているかといえば,当然「利子(利息)の問題」⇒「資金提供先の儲け:営利」を尊重すべき「責任の立場」に,日本学生支援機構は置かれているからである

 前段に出ていた説明事項のうち,まず「日本学生支援債券(財投機関債)」とはなにか。この項目については,以下の詳細が記述されている。まるで私企業の財務部門における説明内容である。
 註記)http://www.jasso.go.jp/about/ir/saiken/index.html

     発行予定及び発行実績  発行概要  格付情報
     債券内容説明書     財務に関する情報
     IR資料(日本学生支援債券用)
     アナリスト・投資家向け説明会
     主幹事会社・受託会社・格付会社について

 これら諸項目をいちいちとりあげたら,膨大な説明とならざるをえないゆえ,こここでは言及しない。ただ,民間私企業から貸与型奨学金,つまり第2種奨学金による事業を展開するための原資を,このように一般の金融機関などからの資金導入(借入)によって調達している事実をよく抑えておく必要だけ強調しておく。さらには,② のように論じていく。

 ② 日本学生支援機構は民間金融会社と同じ性格

 学生が日本学生支援機構の奨学金を借りるに当たっては,個人情報機関に個人情報を登録する。奨学金を借りたあと,返還が始まってから返済を怠ってしまい延滞や滞納をすると,ローンが組めない・クレジットカードを作れないという事態が発生する。結局,「ブラックリスト入り」する事態を迎える。

 この現実の問題については,奨学金を借りるという学生の生活経済に関する行為が,通常におけるサラ金や金融会社からおかね・資金を借りるという行為とまったく同じに位置づけられている点が問題になっていいはずである。しかし,とくに第二種奨学金に充てる資金の提供者が民間の金融機関などである事実は,かなりの違和感を感じさせる。

 いまから10年も前に公表されていたある文書がある。社団法人経済同友会『独立行政法人整理合理化計画の策定に向けて』2007年10月30日は,つぎのように日本学生支援機構の貸与型奨学金に関する提言をおこなっていた。関心を向ける箇所(文章)からのみの引用となる。適宜補正し,改行も付加し,挿入した。
★ 独立行政法人整理合理化計画の策定に向けて ★
= 独立行政法人日本学生支援機構 =

 日本育英会等,学生支援をおこなう5機関の業務を承継して,2004年4月に発足した独立行政法人である。教育の機会均等や国際的人材の育成に向け,主に奨学金貸与事業,留学生支援事業,学生生活支援事業を実施している。このうち,政策金融型業務に該当する奨学金貸与事業について,改革の方向性を検討した。

 ◆『奨学金貸与事業:第一種は利子補給にスキームを転換,第二種は廃止』

 日本学生支援機構が実施する奨学金貸与事業は,無利子融資の第一種奨学金と,有利子融資の第二種奨学金に区分される。第二種奨学金制度の大幅な拡充により,総融資残高は4.7兆円(2006年度末時点)に拡大,対象者は300万人(奨学生100万人,返還中200万人)に達し,大学生の3割が奨学生となっている。

 一方で,要返還額に対する2006年度の回収率は78.5%にとどまっており,リスク管理債権(3カ月以上の延滞債権)は7.3%に上る。日本学生支援機構では,大学での指導強化や口座振替への加入促進等,民間回収事業者への一部委託,悪質な延滞者に対する法的措置の強化等のとり組みを進めているが,十分な成果はえられていない。

 〈改革の方向性とその理由〉

 経済的理由により学業の継続が困難な学生を支援する第一種奨学金(無利子)は,国の教育政策と密接に関連しており,特別の配慮が必要である。ただし,貸与という金融業務として実施している以上,厳格な債権回収やリスク管理が必要であり,実績の乏しい公的機関が実務を担うのは適切ではない。したがって,直接的な融資は民間金融機関に委ね,日本学生支援機構は利子補給と債務保証にスキームを転換すべきである。

 なお,そのさい,大学や金融機関ごとにリスク管理債権比率等を公開することが望ましい。一方,有利子奨学金である第二種学金については,政策金融改革の一環として,国民生活金融公庫による教育ローン貸付の縮小という結論が出ていることを勘案し,政策的な整合性という視点から廃止を求める。それに伴い,第一種奨学金の拡充や貸与月額の増額を検討することが望ましい
 註記)https://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2007/pdf/071030a.pdf,7-8頁。 
 以上の議論(主張)は,教育的見地という内実を示しえていない。あくまで「経済の論理」とその経済行動的に合理的な対応を求める提言に終始している。

 つぎに,記述はこちらにまたがって飛んできているが,① の b)「IR情報」に関する説明に関しては,まだ残っていたもう1項目,「民間資金借入金(シンジケートローン)」を解説する。当該のページには,こういう説明項目が列記されている。
 ・貸与型奨学金の資金に充てるため,入札によるシンジケートローンを実施することで,民間金融機関からの借り入れを実施しています。

 ・平成26〔2014〕年度より入札金利を従来のスプレッド方式から絶対金利入札方式に変更し,入札により決定された利率を適用しています。

 ・また,期間1年程度の長期借入金の利払日については,元金償還日のみ(1回)としています。

    ・入札参加登録金融機関一覧
    平成29年度におけるエージェントを選定しました(平成29年2月3日)

 ・入札予定及び入札結果

    ・民間資金借入の入札による調達に関する説明会
      註記)http://www.jasso.go.jp/about/ir/minkari/index.html
 いまどき超低金利の時代であるが,日本学生支援機構における「第二種(利息が付くタイプ)」の貸与型奨学金について利子率は,こう説明されている。「利息」は「年(365日あたり)3%を上限とする利息付です。なお,在学中は無利息です」。

 金融機関が,日本学生支援機構における事業領域である「貸与型奨学金の資源源」となる事由が,よく判るような「いまどきの利子率3%」である。この奨学金は「第一種奨学金よりゆるやかな基準によって選考された人に貸与します」,「貸与額」は「種類の貸与月額から自由に選択できます」と断わられている。
 註記)http://www.jasso.go.jp/shogakukin/seido/type/2shu.html

日本学生支援機構の貸与型奨学金比率画像
出所)http://www.shogakukin.jp/12kihon/

 ③  関連連続記事「貸与主流,今年度から給付型も」(『日本経済新聞』2017年4月20日朝刊34面「社会1」の続き)

 奨学金は大学や短大などで学ぶ人にお金を貸す仕組で,日本では返済が必要な貸与型奨学金が主流だ。文部科学省所管の独立行政法人,日本学生支援機構が無利子型と有利子型を運営しており,2015年度時点で約132万人に1兆円超を貸与している。自治体などにも奨学金制度があるが,全国大学生活協同組合連合会の調査によると,受給者の9割が同機構から借りている。

 同機構は返済金を主な原資として制度を運営している。延滞額が増えれば制度じたいが立ちゆかなくなるという危機感から,今回出身学校別の延滞率の公表に踏み切り,学生に返済義務を周知するよう学校側に促した。

 一方,卒業後に収入が安定した職業に就けず,返済が負担になっている若者が多いのも事実だ。こうした背景を受け政府は今〔2017〕年度,経済的に厳しい状況にある高校生の進学を後押ししようと,同機構を通じた返済義務のない給付型の奨学金制度を創設。成績や課外活動などの実績で高校から推薦を受けた学生に月2万~4万円を給付する。大学の新入生らを対象に先行実施する今年度は約2800人,高校生段階から選ぶ18年度以降は年約2万人が給付対象となる。(記事引用終わり)

 --勤労者の単純平均年収が4百数十万円である昨今の経済情勢ある。大学に進学するには,奨学金,それも貸与型の支給を受けて,卒業後に経済面での重い負担を背負ったまま社会に出ていく若者の姿は,人生の区切りとなる時期の出発点において暗い印象を与えている。大学を出たからといってこの時代,正規社員になれるわけではなく,非常に辛い人生の展開が待ちかまえているし,実際にそうなっている若者も多い。

              
            

 ④「〈大機小機〉大学教育に質的改革を   」(『日本経済新聞』2017年4月13日朝刊)

 日経新聞に掲載されている「大機小機」というコラムは,適切な意見をよく掲載している。本日の内容は,日本学生支援機構の貸与型奨学金に関する「本ブログ筆者が議論する視点」に近い見解を披瀝している。つまり,高等教育における財政問題に向かっては,どのような観方でもって接近していけばよいのか,この論点に対してもつべき立場を,この「大機小機」は的確に述べている。

 人口減少に突入した日本が経済成長力と国際競争力を維持するためになにをすべきか。教育の高度化と労働力投入当たりの生産性向上の重要性が増している。政府が議論しているように,大学を含めた高等教育の無料化はひとつの手段だろう。しかし,大学の実態を直視せず,教育の無料化だけを進めれば,かえって経済活動を阻害する。

 誰もが内心思っているように,いまの大学教育なるものが実社会においてどれだけ役に立つのか。とくに文系の評価が低い。4年間遊んでいても,アルバイトと就職活動に明け暮れても,卒業させてくれる。理工系は実験やリポートに追われ,ある程度大学生らしい勉強をするが,設備や教員層がみすぼらしい。大学が十分な財源をもっていないことに尽きる。これでは,世界に太刀打ちできる卒業生を送り出せない。
 補注)おまけに就活のために,いまの日本の大学は実質3年間のカリキュラム(教程)しか組めないでいる。4年のうち1年は就活のために召し上げられている状態にある。これでいいのかという疑問はほとんど出てこず,その日程のやりくりの問題に終始しているのは,本ブログ筆者からすれば奇妙な現象である。

 また,専門職業大学の構想が昨〔2016〕年5月に公表されていたが,就学年数の関連で吟味すると,そのあたりの問題がさらに色濃く浮上してござるをえない。日本では以前から,大学教育の質が大いに問題とされているにもかかわらず,就活というものが「4年間あるはずの大学教育の全期間」のなかから,実質的には1年間分を蝕んでいる(剥奪している)。それゆえ,その教育体系の全過程が体をなさないような〈しわ寄せ〉を来たしている。この事実は日本の大学教育を負的,そして象徴的に特性づける問題点を表現する。


 〔大機小機に戻る→〕 高等教育の拡充は,教育費を無料にして大学生の数を増やすこと,つまり量だけでは無理である。質を高めることが必須となる。その質を高めるにはなにをすべきなのか。まず,現在の文系の大学を絞りこむ。その代わり,実務に直結する大学,いわゆる専門職大学を増やせばいい。理工系の大学も,研究段階にまで発展させる大学を少数にし,多くは文系と同様,専門職大学にする。
 補注)ここで関連させていえば,国公立大学と私立大学のあり方の問題も不可欠の検討事項になるはずであるが,触れられていない。短い文章のなかでの記述であるが,抜かすわけにはいかない現実の論点である。

 専門職大学になれば,大学と実務界との交流が容易になる。学生に教えられる教員の層も厚くなる。一方で研究実績の十二分にある教員は,高い水準の勉学を望む学生の教育と指導に専念すればいい。同時に,卒業要件の厳格化が必要となる。誰でも大学に進学できることと,誰でも卒業できることを混同してはいけない。大学が卒業生に対して,学士にふさわしい知識か,技能か,論理的思考能力を担保できなければ,経済の発展にとうてい寄与できない。
 補注)この段落における意見に,本ブログ筆者は全面的に賛同できる。すでにほかの記述のなかでも,あれこれ関連する議論をおこない一定の主張も展示している。前掲の10点もの記述のなかに,そうした議論が展開されている。 

 大学の質的な欠陥の解決案ができたとして,その財源をどうするのか。当面の予算措置は政府が講じるしかない。一種の先行投資であるから,インフラ投資や社会保障費の見直し,削減とセットである。将来,教育効果が高まれば,税収が増える。企業や卒業生が大学の優れた役割を実感し,寄付金を大幅に増やすだろう。この結果,教育と経済の好循環が形成される。(癸亥)(引用終わり)

 いまの安倍晋三政権に一番欠けているのが,この「将来,教育効果が高まれば,税収が増える」という見通しへの確信であり,その試図:実践である。だが,その効果が実際に達成できる時期は,とりあえず四半世紀はかかる。国家予算による給付型奨学金の創設がようやく実現したものの,まだまだ微少な部分でしかなく,こちらで期待できる効果は微弱である。

 ここでは,併せて,つぎのような意見も聞いておく。
   「2017(平成29)年度予算案には,給付型奨学金の創設や,無利子奨学金の拡充」が組みこまれた。「今回の給付型奨学金は,『進学を断念せざるをえない者の進学を後押しする制度』だとされてい」る。「しかし各学年2万人という対象者や,2~4万円という給付月額は,予算とのにらみ合いで決められた側面も否定でき」ず,「しかも4学年分の本格実施に必要な毎年200億円を超える予算も,財源確保のめどは立ってい」ない。
 註記)「給付型奨学金は創設されるけれど…これで十分?」『ベネッセ教育情報サイト』,2017年2月1日,http://benesse.jp/kyouiku/201702/20170201-1.html
 補注)ちなみに,防衛省の保有する戦闘機F2は,日本が開発した航空自衛隊の戦闘機であるが,1995年に初飛行をおこない,2000年部隊配備を開始していた。対艦ミサイル4発を搭載し800キロ以上を飛行して敵艦を攻撃するための戦闘機であるとされるが,その1機の調達価格は約120億円とか。海上自衛隊のイージス艦は1千3百億円ほど。
     F2画像
  出所)http://www.mod.go.jp/asdf/special/download/wallpaper/F-2/
 いずれにせよ,いまの政治家(政権党・為政者)にあっては,「大機小機」が語るような方向を堅持した「教育問題に対する基本政策」は採れない。安倍晋三もその例外ではない。軍事費は使い捨てであり,経済性で判断すれば最悪の経済投資である(「平和安全法制」?)。一方で防衛(国防)問題のあり方をどのように解釈し,位置づけるにしても,他方で教育に対する投資をケチる(消極的で抑制的な政策方向を採る)だけの国家は,これからも自国の政治・経済・社会・文化を発展させ高揚することはできない。

 ⑤「ニューヨーク州の公立大,授業料無料 今秋から 議会が予算承認,全米初」(『日本経済新聞』2017年4月11日夕刊)

 【ニューヨーク=平野麻理子】 ニューヨーク州議会上下院は〔4月〕10日までに,州内の公立大学の授業料を無料にするための予算案を承認した。2017年秋の入学者から対象となり,今後3年間適用する。同州によると94万世帯が無料化の対象となり,予算は1億6300万ドル(約180億円)をみこむ。米メディアによると,公立大学を無料にするのは全米で初めて。

 2017年は年収10万ドル以下の家庭を対象とし,2018年には11万ドル以下,2019年には12万5000ドル以下まで拡大する。下宿費や食費は補助の対象外。志望者は一定の学力基準を満たす必要がある。州内で評価が高い公立大学であるニューヨーク市立大学(CUNY)やニューヨーク州立大学(SUNY)では,これまで学費は年6000バニー・サンダース画像ドルを超えていた。対象外の私立では学費はさらに高額で,平均で年3万ドル程度とされる。
 出所)画像はバニー・サンダース,http://www.webdice.jp/dice/detail/5012/

 米国では大学や大学院の進学のために,学生自身がローンを組むのが一般的。卒業後もローンの返済に追われ,結婚や出産,住宅購入などに遅れが出るとの指摘が増えている。公立大学の無料化は2016年の大統領選で民主党候補を争ったバーニー・サンダース上院議員が公約とし,若者を中心に支持を集めた。(引用終わり)

 この記事は「全米初」というところが注目に値する。日本でも超資産家(最上層の富裕層)がこの手の大学を創設してみればよいのである。いまどきであるからには,日本で無償の大学を開設すれば,偏差値は一気に65前後は出ると予想しておく。それに学生に対して成績上位者3分の1には給付型奨学金(生活給程度)を提供すれば,その偏差値はもっと高くなるかもしれない。本来であれば国家がやるべき仕事である。現に,授業料のめだって高いアメリカのなかで,ニューヨーク州の公立大学が実践しだしたというニュースであった。

              
            
              
            


 【教育勅語の根本性格に関して,近代において封建制を再建するようなこの政治・教育思想にいいところがあったなどというのは,時代錯誤の典型見本】

 【21世紀にふさわしい道徳観を示せず(できず)に,あとずさりしかしていない極右・反動・保守・国粋政権の勘違いだらけ,旧套依然の教育理念】


 ①「〈耕論〉教育勅語の本質 三谷太一郎さん,先崎彰容さん」(『朝日新聞』2017年4月19日朝刊15面「オピニオン」)

 明治天皇が,国民に守るべき徳目を示した教育勅語。戦後,国会が葬り去った教育勅語を,安倍内閣は,憲法や教育基本法に反しないかたちで教材に使うことを認める閣議決定をした。教育勅語の本質やその教材化がいま議論されるのはなぜか。戦前と戦後生まれの研究者に聞く。

 1)「良心の自由,否定する命令」三谷太一郎さん(東京大学名誉教授)

 教育勅語といえば,国民学校(小学校)低学年のころの天長節(天皇誕生日)や紀元節(建国記念の日)を思い出します。校長先生が紫のふくさに包まれた勅語の謄本をうやうやしく手にとり,読みあげました。子供たちは直立不動の姿勢で頭を垂れます。私はいつの間にか覚えてしまい,毎朝,家で声を張り上げていました。
福井県東郷小学校教育勅語奉読画像
  出所)これは,福井県足羽郡東郷村の東郷小学校が1902〔明治35〕年,新しい校地に2階建ての校舎を新築したさい,知事阪本釤之助をはじめ視学官や部長などが出席した落成式における「教育勅語奉読」の場面と思われる写真である。
  http://www.archives.pref.fukui.jp/fukui/08/m-exhbt/20120910AM
/20120910.html


 安倍内閣は,教育勅語を憲法や教育基本法に反しないかたちで教材として使うことを認める答弁書を閣議決定しました。さらに文部科学大臣は道徳の教材に使うことを否定せず,副大臣は,朝礼での朗読も教育基本法に反しないかぎり問題ない,といっています。
 補注)この「教育勅語を憲法や教育基本法に反しないかたちで教材として使うことを認める」といった安倍晋三政権の立場・思想が問題となる。これは,解釈の問題が前面に出てくる論点になるからである。「特定・一定の解釈」ですれば「反しない」といいはることは,とくにいまのこの政権を踏まえて考えれば,十二分に用心して聴いておく余地がある。そもそも,教育勅語の封建制的な基本性格を棚に上げたまま,「いいところもある」などと認識し判定する政治家としての精神構造からして,深刻な問題がありすぎる。

 本ブログでは,2017年3月17日の記述,『春うらら,防衛大臣稲田朋美の無防備な政治思想,総理大臣夫人安倍昭恵のままごと的なファーストレディの行動,そして教育勅語の時代錯誤』がくわしく批判している。ここでは, いきなり冒頭からかかげる「補注的な議論」が長くなってしまうが,以下において,あえてもう一度反復(復習)しておきたい。本日の議論全体の前提条件になる「教育勅語の封建制思想性」に対する前提の理解になる。

 ※-1 教育勅語は19世紀の明治日本なりに,それも当時において古代史志向の観点から構築された「封建遺制的・前近代的な(?)天皇中心主義になる忠孝概念」の教示であった。しかも,その核心は天皇崇拝という前近代的な政治精神にあって,近代民主主義とはかけ離れたしろものであった。それでもこの教育勅語をとらえて,21世紀のいまに復活させるべき側面・要素(断片的な価値)があるといいはるのだから,どだい頭のなかが何世紀がタイムスリップしていると受けとられるほかない。

 教育勅語の全体的な主張,その中身を具体的に注解すれば,これが戦前・戦中の国家全体主義思想に埋没した,つまり民主主義の根本理念とは無縁であるどころか,これを頭から全面的に否認し排斥した「勅語=天皇様の〈上からの〉お言葉」で作文されていたことは,一目瞭然である。

 そのような教育勅語であってもなお,いまの時代向けにもまだ「いいものも含まれている」といった具合に,論外・法外の説法を繰りだすことじたいに問題があった。実は,そういえる人たちの脳細胞そのものが,いまだに19世紀以前の時代にまでタイムスリップしたままであるか,そうでなければ,現代に生きていながらも完全なる脳死状態を意味している。要は,時代精神的にはともかくも「死亡宣告を受けていた」教育勅語を,わざわざ亡霊のごとくもちだしたのである。

 ここでは「教育勅語」に対して適切な批判をくわえている文章を紹介しておく。『読む・考える・書く』(2014-05-07)の「教育勅語はどこがダメか」という一文が,効果的な批判を下している。教育勅語は,明治帝政時代において日本国内に「巣くって(寄生して)いた寄生虫」のようなものであった。いわば,いまの時代においてはすでに完全に時代錯誤というほかない「封建思想の教育観念」である。

 ※-2 こんな簡単な問題すら理解できない者たちが政治家をやり,しかも政権中枢で政策決定に関与しているのだから,まったくお話にならない。たとえば下村博文文科相はこんなことをいっている。「(教育勅語には)しごくまっとうなことが書かれており,当時,英語などに翻訳されて他国が参考にした事例もある。ただしその後,軍国主義教育の推進の象徴のように使われたことが問題だ」。

 下村博文文科相〔ここでは当時の肩書き〕は,教育勅語の原本が確認されたことと絡めてこう述べ,内容そのものには問題がないとの認識を示した。教育行政のトップからしてこの体たらくである。この下村の認識は二重三重に間違っているのだが,どこがどうおかしいのか,具体的にみていくことにしよう。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
教育勅語画像
 まず教育勅語の全文をみてみる。各学校に「下賜」され,行事のたびに「奉読」が義務づけられたこの勅語には句読点もなにもなく,べったりとした文語体である。さすがに読みにくいので,最小限の句読点と改行,振り仮名をくわえると,つぎのようになる。
  朕惟  (おも)  フニ,我ガ皇祖皇宗,國ヲ肇  (はじ)  ムルコト宏遠ニ,徳ヲ樹  (た)  ツルコト深厚ナリ。

  我ガ臣民,克  (よ)  ク忠ニ克  (よ)  ク孝ニ,億兆心ヲ一ニシテ世世厥  (そ)  ノ美ヲ濟 (な) セルハ,此レ我ガ國體ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦  (また)  實ニ此ニ存ス。

  爾  (なんじ)  臣民,父母ニ孝ニ,兄弟ニ友ニ,夫婦相和シ,朋友相信ジ,恭儉  (きょうけん)  己  (こ)  レヲ持シ,博愛衆ニ及ボシ,學ヲ修メ業ヲ習ヒ,以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ,進デ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ,常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵  (したが)  ヒ,一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ。

  是ノ如キハ獨リ朕ガ忠良ノ臣民タルノミナラズ,又以テ爾 (なんじ) 祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン。

  斯ノ道ハ實ニ我ガ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ,子孫臣民ノ倶  (とも)  ニ遵守スベキ所,之ヲ古今ニ通ジテ謬  (あやま)  ラズ,之ヲ中外ニ施シテ悖  (もと)  ラズ。朕爾  (なんじ)  臣民ト倶  (とも)  ニ拳々服膺シテ,咸  (みな) 其 徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾  (こいねが)  フ。

   明治二十三年十月三十日
   御 名 御 璽  
 ※-3 教育勅語は,その冒頭の一句「我ガ皇祖皇宗,國ヲ肇  (はじ)  ムルコト宏遠ニ,徳ヲ樹  (た)  ツルコト深厚ナリ」からしてデタラメである。「皇祖」は天照大神または神武天皇を指すとされるが,古事記の記述によれば,神武はなんの大義もなく九州から近畿に攻めこみ,殺戮とだまし討ちを繰り返したあげく奈良盆地の一角を占拠した侵略者に過ぎない。神武が「徳ヲ樹ツル」など,冗談としかいいようがない

 もちろん「皇宗(歴代天皇)」がずっとこの国を治めてきたわけでもない。そんなことはこの「勅語」を起草した者たち自身,重々承知していた。なにしろこの「勅語」が発布されたわずか四半世紀前はまだ江戸時代であり,現に徳川家の将軍が天下を統治していたのだ。

 幕末維新期の一般庶民にとって,そもそも「天皇」などしらないか,しっていても関心の対象外だった。だからこそ,明治の初めからこの10年代にかけて,民衆に天皇という存在をしらしめ,その権威をみせつける全国巡幸が必要だったのだ。いわば,天皇の顔見世興行である。
 註記)左側画像資料(アマゾン広告だが)は,長谷川栄子『明治六大巡幸-地方の布達と人々の対応-』熊本出版文化会館,2011年。本ブログの記述内容に関連する研究をまとめた学術専門書である。

  「江戸末期から明治維新における天皇という存在は,新しく政治家,官僚になった武士やもともと地方の支配勢力となんらかの関係を有していた上層の民衆とは異なり,一般の民衆には未知なものであり,無関心なものであった」。「天皇という存在が民衆と隔絶していた」ので,「封建的権威にとって代わり,にわかに権力主体になった天皇はあまりに未知数であった」。この「天皇を行幸などさまざまなかたちで『見える権力』にしないかぎりは,必らずしも求心力になりえない状態であった」。このように,教育勅語は嘘つきが道徳を説いてみせる典型例といえる。
 補注)安倍晋三自身が政治家として発言する諸点が,いつも嘘・偽りに満ちていることは,昨日にいったそのことを明日になって「逆にいう」ことが,まったく日常茶飯事である事実からも確認でマイページきている。

 ※-4 このインチキな冒頭部に続いて「勅語」は  (1)  親孝行しろ,(2)  兄弟仲良く,(3)  夫婦も仲良く,(4)  友達は信じあえなどと,12項目にわたって「徳目」を説教する。これらの徳目は,時代背景を考えればまあ常識的な内容であり,当時の感覚では当たりまえの道徳といっていいものである。実際,同じような内容は江戸幕府も諸国に高札を立てて説教していたし,寺子屋でも社会生活上の常識として教えられていた。

 --下村博文が,教育勅語には「しごくまっとうなこと」が書かれているというのも,このあたりの内容を意識してのことである。だが,教育勅語においては,これらの「まっとうな」徳目は,たとえてみれば毒薬を包む糖衣のようなものでしかない。教育勅語がなんとしても「臣民」の頭に植えつけたかったのは,

 それらの徳目の最後に置かれた「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スベシ」なのだ。お上がいったん戦争を始めたら,それがどのような戦争であれ,天皇(を頂点にいただく支配階級)の利益のために命を投げ出して戦え,ということだ。これに先立つ11項目は,これを「まっとうなこと」と錯覚させるために置かれているといってもいい。
 補注)安倍晋三政権がいままで安保関連法でもって,日本国の軍事・防衛問題を引きずってきた方向は,このまさしく「天皇(を頂点にいただく支配階級)の利益のために命を投げ出して戦え,ということ」を,再現するためであった。ただし,いまの時代であるから「天皇」の文字のところは,ひとまず「安倍晋三政権」と書き換えておく必要がある。

 もちろん,自民党をはじめとする極右勢力が教育勅語を復活させたがるのも,この最後の「徳目」があればこそのことだ。教育というものの威力は実に恐ろしい。この「勅語」がすべての学校に「下賜」され,無謬の道徳規範として強制されるようになってからアジア太平洋戦争の敗戦による破滅まで,たった55年しかかからなかったのだ。

 ※-5  【2015/6/20 追記】 教育勅語は,天皇が臣民に守るべき「徳目」を教え,臣民はありがたくそれを押しいただく,という構造をもっている。「天皇の赤子」が理想のあり方とされる臣民には,みずからなにを守るべき道徳とすべきかを考え,議論し,選びとる自由はない。一見もっともらしい内容を含んでいようと,教育勅語はせいぜい,主人から与えられる奴隷の道徳でしかないのだ。

 【2015/10/11 追記】 教育勅語は睦仁(明治天皇)が臣民に与えたわけだが,ここで徳目として「夫婦相和シ」を説教している睦仁自身はといえば,正妻の他に側室(臣民であれば当時「妾」と呼ばれていた存在)を5人ももち,計15人の子を産ませている。なにが「夫婦相和シ」か。とんだお笑い種なのである。
 補注)これが「教育勅語にはいいところもある」などと説かれる真因(ゆえん)なのか? 冗談にもならない。


 【2017/3/5 追記】 教育と自由に関する羽仁五郎氏の鋭い指摘を貼っておく。氏のいうとおり,「道徳」の中身を権力者が定め,その遵守を臣民(=市民-自由)に命じる教育勅語は “反教育の最たるもの” であり,絶対にこんなものを教育の指針になどしてはならないのである。
 註記)以上,※-1から ※-5まで本文は,http://vergil.hateblo.jp/entry/20140507/1399469208

 ※-6 安倍晋三も下村博文なども,こうした批判をもって指摘されている「教育勅語の反時代性:反動性」は完璧に無視したうえで,なおも「教育勅語」にはいい面があると固執し,推奨している。この勅語(天皇から臣民に下賜するお言葉)の基本性質そのものからして,民主主義の根本理念に真っ向から刃向かっている。にもかかわらず,21世紀にいまにも教育勅語が通用するかのように唱えるのは,時代錯誤であるなどと形容される以上に,いまにおける時代精神としてもつべき基本姿勢じたいが,まったく逆立ち的に錯誤している。

 東京裁判史観,つまり大日本帝国が完全に敗北していた事実を否定したがるあまりなのか,大東亜戦争で日本帝国は侵略したことなどよりも,アジア諸国に対して「善いことをしていた面」にも目を向けるべきだといったごとき,みごとなまでに「倒錯した戦前・戦中観」を披瀝できる極右・反動・保守・国粋の政治観念保持者人たちは,以上にとりあげ,批判した「教育勅語支持者の封建政治思想」と,今日的に完全に通じあっている。愚昧・尊大・下劣の極致であり,相手側には絶対に通用しないド屁理屈である。

 --ここでようやく,再度,『朝日新聞』オピニオン欄における三谷太一郎の発言に戻ることにする。
三谷太一郎画像
 戦中の教育の風景が再現される可能性が出てきたようで,大変驚いています。戦後70年が,まるでなかったかのような気がします。私は,戦前の天皇制の一側面として教育勅語の制定過程について大学で講義しました。歴史教材としてとりあげるのは当然です。
 出所)画像は,http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201111250302.html

 しかし,道徳の教材となると,憲法や教育基本法に抵触する疑義がある。これを容認する閣議決定は,少なくとも妥当とはいえません。勅語に挙げられた個々の徳目の是非が論じられていますが,本質的な問題ではない。教育勅語の本質は,天皇が国民に対して守るべき道徳上の命令を下したところにあります。

 そうした勅語のあり方全体が,日本国憲法第19条の「思想及び良心の自由」に反します。明治の指導者たちは,国民形成のためには,天皇の存在を国民の内心に根づかせることが必要だと考え,教育勅語にその役割を求めたのです。「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ」という部分があります。

 戦争のような国家の危機において,国民は憲法の兵役の義務などに従い,国家のために一身の犠牲をかえりみないということです。現行憲法に兵役義務はないが,それ以上に思想及び良心の自由にもとづき,場合によっては国家の命令に従わない,市民的不服従の権利もありえます。教育勅語ではそのような自由は否定され,良心的兵役拒否などあり得ません。

 大日本帝国憲法のもとで国家主権は天皇にあるが,統治権行使は「憲法ノ条規ニ依(よ)リ之(これ)ヲ行フ」(第4条)と規定され,天皇は一面では憲法にもとづいて統治する立憲君主でした。そして同憲法では,限定的ながら国民の信教や言論の自由が認められていました。このため憲法と勅語の起草に深くかかわった法制局長官,井上 毅(こわし)は,立憲君主である天皇が,国民に道徳上の命令を出す,つまり井上自身の言葉によれば,「臣民の良心の自由」に介入することを法的に整合性がとれたかたちでどう説明するか,頭を悩ませました。

 井上の結論は,教育勅語は命令ではなく,社会に向けて公表される天皇の「著作」でした。そうした「著作」に臣民が自発的に共鳴する,というのが井上の法理論的整理であり,「苦慮の奇策」ともいうべきフィクションでした。日本国憲法第19条は,思想及び良心の自由を明確に規定しています。安倍内閣は,それをまったく念頭に置かず,教材として使えるという閣議決定をしました。せめて明治の時代の井上法制局長官の問題意識を共有すべきだと思います。

 --安倍晋三とこの政権は,だから必死になってまで,日本国憲法を蛇蝎視し,なんとかこれを亡きものにしたいと欲望している。教育基本法の「改悪」は,安倍が第1次政権を組んでいたときすでに,彼の首相として挙げたわずかだが,けっして黙視できない「成果」として獲得していた。安倍の狙い:本命は〈憲法の改悪〉にある。この点はいうまでもなく明白である。その地ならしの一歩が教育基本法の改悪であった。

 それにしても,いまどきのわれわれは「21世紀の最中に生きている」にもかかわらず,19世紀の明治期において,それも苦肉の策として制作された教育思想,おまけに封建遺制の旧套精神まるだしでもあって,さらにいえば,明治の時期よりももっと昔のどこの時代から引っぱってきたのかさえもともと確たる証拠もない,いうなれば,その出自じたいからして全然不詳であった教育勅語が,ただ「臣民統治・支配のための半近代的なかつ封建遺制的な教育思想」として制作され用意されていた。
 補注)このへんの事情については,つぎに登場する先崎彰容(日本大学教授)のインタビュー記事に説明されている。

 明治の時代に進んでいった日本は,近代化路線を進めるために封建時代の教育的な観念・思想をもちだしては,これを「近代風」に装飾する工夫をほどこし,流用していた。だが,そのもっとも根幹に残さざるをえなかった問題性は,近代を展開させるための教育思想を封建時代,中世的な倒錯理念(あるいはそれ以前の古代史的な想念)を活用するかたちで,その教育勅語を制作しておかねばならなかった点に明白であった。

 とはいえ,この教育勅語をなくせる絶好の機会を迎えることができた。それは,1945年8月の敗戦によってであった。新憲法の制定・施行と同時並行させて,教育勅語は否定されていた。だが,21世紀のいまごろになってまたぞろ「教育勅語にはいいところ(もの)」も含まれているなど,理屈としては幼児次元そのものでしかない時代認識を披露して,しかも恬と恥じることがない安倍晋三政権の一統がいる。

 明治の近代化路線は,米欧の民主主義(と同時に帝国主義)体制に対抗するための日本なりに造作した政治思想を,それも一般大衆に向けては「顕教的な教育思想」を植えつける操作をおこないながら敷かれていた。この路線はたしかに部分的・一時的には成功した。ところが,それとともに併せて,近代民主主義国家体制を終局的にまで完成させる方途をめざす路線としては,大失敗する結果を招来させていた。この事実は敗戦が実証した。

 それでも,教育勅語の封建制思想にはいいところもあるといいはっている。だが,これは,ごく一般論のところからそのところを強調しつつ(◆),同時にまた,きわめて特殊論である皇統史観:「天皇崇拝の政治思想」は意図的にはずした評価をしつつ(★),結局は,後者(★)にほうに前者(◆)を従属させる国家観を,はっきりいえば,その「間違えていた国家観を帝国臣民たちに観念面において定着させる」ような,この教育勅語の利用法を計画し実行してきた。

 なにゆえ安倍晋三政権は,21世紀の現在において,もっともふさわしい「道徳教科書」が創れないのか? 教育勅語や軍人勅諭,そして天皇尊崇思想(尊皇精神)が,自国の歴史を破綻させる結果までももたらしてきた。にもかかわらず,そのような「歴史の事実」になにも学ぶつもりが寸毫もないかのような政治姿勢を明示している。有名な歴史研究家E・H・カーが,こういっていたではないか。
   “歴史とは現在と過去の対話であり,また未来と過去の相互作用である”

 それゆえ歴史はまず,現在とはなにか・未来とはなにかなどと問う必要がある。具体的に考えるに,いまの日本の社会にとっての共通善,ならびにこれからの日本社会が理想とすべき共通善とはなにかが問われている。

 そしてつぎに,その共通善という鍵穴から過去の事実を見通した場合に,重要な歴史的事実はなにか,その歴史的事実と関係の深いそのほかの歴史的事実はなにか,などを取捨選択する眼を養う必要がある。
 註記)http://whatever.doorblog.jp/archives/39257924.html 参照したが,かなり手をくわえてある。
 ところが,21世紀のいまにあってもなお,それ(教育勅語)には有用な価値があるかのように観念しうる自民党「保守・極右・反動・国粋の政治家」たちが生きている。彼らにおいてはいったい,その頭のなかの構造(造り)および機能(働き)がどうなっているのか? そう疑われても当然である。ましてや,自民党と政権を組んでいる公明党の政治理念はそれ以上に疑われている。

 〔三谷太一郎に戻る→〕 最近,気になるのは,小中学校で道徳が正式な教科となることです。児童,生徒といえども,多様な道徳的価値観を教師が評価することは本来できない。それができるのは,神しかいません。私は戦争中,国民学校2年生のとき,休み時間終了の合図に気づかずに遊びつづけ,天皇・皇后の「ご真影」や教育勅語の謄本を納めた奉安殿への直立不動の姿勢を怠り,教師から激しい体罰を受けました。当時の道徳にあたる「修身」は最重要科目でしたが,この「不敬」で成績が悪く,戦時下のあるべき「少国民」として失格の烙印(らくいん)を押されたようで,心が大変傷つきました。(聞き手・桜井 泉)

 ◇ 人物紹介 ◇ 「みたに・たいちろう」は1936年生まれ,専門は日本政治外交史。文化勲章を受章,宮内庁参与を務めた。近著に『日本の近代とは何であったか-問題史的考察-』岩波新書,2017年3月。

              
            

 この三谷太一郎のように,少年期において天皇制に理不尽に襲われて痛い目に遭わされなければ,教育勅語の封建制思想性に潜む矛盾や難点を意識できないわけではない。しかし,戦前・戦中にあって,平均的な人はみな,教育勅語の封建制思想性に自分の頭脳細胞を洗脳されていた。そう「強制されていた」人びとは,敗戦を契機にその精神状態から脱却するのにも再度,苦労させられていた。もちろん,人によっては敗戦までの出来事になんらこだわることもなく,つまり,難なく「戦中から戦後に移動できた」者も大勢いたが……。

 ところで,敗戦後の日本国には天皇制がそのまま残されていた。戦争中においては,日本国の最高責任者であった昭和天皇は退位しなかった。この事実は,日本国における民主主義を発展させるという課題,これへの取組をより複雑かつ奇怪にした。天皇制の問題は戦前・戦中とは同じかたちでないものの,これに対する批判は暗黙のなかでしか動かざるをえず,その意味では禁忌に近い存在であることを余儀なくされていた。天皇・天皇制に関して敗戦を契機に試みられた「明治帝政時代の遺産相続」は,その都合の悪い部分を捨て,その都合の良い部分(?)だけをとるわけにはゆかなかった。

 しかし,堤 清二がかつて,つぎのように指摘したことがあった。すなわち「戦争体験のない世代の消費者にとっては,民主主義,自由主義と全体主義とはモードの違いと同じレヴェルで意識されることが多く,戦争体験が理論として深められ,思想として反省されることがなかった」といわれたように,若い世代で戦争責任についてまじめに考えている人は少ない。だからこそ,戦争の記憶をもっている人びとが敗戦後に,戦争のことをどう考えていたかをきちんと残すことが大事であった。たとえば小沢昭一は,自伝史の著書『わた史発掘-戦争を知っている子供たち-』(文藝春秋,1978年)なかで,つぎのように述べていた。
  「昭和23年の暮ちかく,私は雑司ヶ谷のバラックの六畳で,深夜,近くの巣鴨拘置所から,ちょうど教会の鐘のような響きが伝わって来るのを聞いた。東条英機以下7名の戦犯の絞首刑が執行された夜だった。その時,母はもうすでに疲れてぐっすりと眠っていたが,病床に,寝あきてぼんやり目だけをあけていた。父と,その枕もとで本を読んでいた私とは,チラッと目を合わせたが,ただそれだけで,特に何かを語り合うというようなことはなかった。

 戦争が終って3年たち,戦争のコッピドイ被害,犠牲から,まだ全く立ち直れずにいる私たちだったが,戦犯の処刑に,ザマァミヤガレでも,あるいはオキノドクでもなかった。『戦争責任』が誰に,どう問われようと,私たちは私たちの “生きる” ことだけを考えるのが精一杯だったようだ。しかし,この日のことを私は,何故鮮明に記憶しているのだろう。それは恐らく,その日の意味を,時がたつにつれてあれこれ少しずつ考え足して行ったからであろうと思われる。
  註記)引用は,http://www.h-nisshou.com/yosida-s2.htm より。改行などに若干補正あり。
               
                

 ここで再度,『朝日新聞』の「オピニオン」欄に戻る。

 2)「不安の時代,画一化の兆し」先崎彰容さん(日本大学教授)
先崎彰容画像
 教育勅語というと,戦前の「忠君愛国」の源泉だといわれがちですが,つくられた当時の経緯は,複雑でした。教育勅語作成のきっかけは,明治23〔1890〕年に地方長官会議が「徳育涵養(かんよう)」の建議をしたことです。
 出所)画像は,http://www.sankei.com/column/news/160505/clm1605050008-n1.html

 若者たちが政治的な熱狂で騒ぐのは道徳的によろしくないと提言した。その背景にあったのは,社会から道徳や倫理が失われているという不安感でした。教育勅語の作成を命じられた法制局長官の井上 毅は「立憲体制を守る」「国民の内面の自由を確保する」という二つを重視していました。彼は,明治憲法の制定にも深くかかわっていただけに,教育勅語が憲法に反しないものにしようと心を砕いていたのです。

 彼には仮想敵が2人いました。1人は,文部大臣から命じられて最初の原案をつくった中村正直。クリスチャンで,彼の原案は宗教的な色合いが強かった。もう1人は枢密顧問官だった儒学者の元田永孚(ながざね)で,儒教的なものを教育勅語に盛りこもうとしました。井上は,勅語が人びとの心の自由を奪わないよう,針の穴を通すような努力をして,慎重に文章をつくりあげようとしたのです。

 その教育勅語がもたらした最大の影響は,内容そのものより,暗唱を通じて国民を「画一化」した点にあると思います。漢語調の言葉を暗唱できなければ,即問題であり,悪だという風潮になることです。井上の当初の思惑を超えて,元田とのせめぎ合いで儒教的なものが入り,それが国体論者に利用されました。

 では,こうした戦前の教育勅語をめぐる経緯が,現代に与える示唆とはなんでしょうか。--それは,どちらの時代も,確かな価値観や倫理規範がなくなった「底が抜けた時代」ということです。明治維新で従来の価値観を一気に壊してから20年たっても,社会は安定しなかった。その不安から,なんとかしなければというある種の正義感が地方から高まった。

 現代も似ていて,経済的な豊かさだけを根拠にしてきた状況が解体しました。すると,イデオロギーや精神論に走って不安を糊塗(こと)しようとする。確実なものがないことへの不安と,その裏返しの過剰な正義感が,左右を問わずに出てきています。白か黒か,保守かリベラルかの二項対立だけで,地に足のついた議論がおこなわれなくなっている。

 昨今も,道徳の教科書の記述をめぐって激しい議論がされているようですが,左右どちらの側も問題の本質をみようとしない。本質とは「子どもが健やかに育つこと」であり,そのためになにが必要かを考えるということです。

 いま子どもたちが直面している最大の問題は「なにを道徳の教材にすべきか」ではなく,教育現場そのものの余裕のなさなのです。教師は,仕事があまりに多すぎて疲弊しきっている。まず教師の業務過多を解消する具体的指針を提示すべきです。それを抜きにして,道徳教育をどうするか,教育勅語を教材にすべきかどうかを論じていても,なにも実を結ばない。
 補注)この指摘のあたりに即して議論を進めていけば,教育勅語ウンヌンなどからは,実はどんどん離れていくはずである。ところが,いまの安倍晋三政権内の保守・極右・反動・国粋の政治家は,それこそ「バカのひとつ覚え」(単細胞式の限定思考)の要領でもって,教育勅語,教育勅語を口ずさんでいる。

 
彼らは元来,この勅語(天皇が臣民に下賜した言葉)の歴史的な位置づけ・意味づけなどは考えたくもない。もともと,そうした問題意識をもってする理解・認識を絶対的に受けつけない。いいかえれば,歴史をまともに直視するための眼力など有していないし,また,過去に対して謙虚に学ぼうとする気持もない。

 つまり,近現代史における「明治維新⇔大日本帝国の敗戦」という「歴史の進行に関する含意」は,初めから埒外に追放している。したがって,その基本姿勢にみてとれる特性は,思考停止というよりはむしろ,それ以前における思考の
完全な化石化であり,極端な思考力のマヒである。

 〔先崎彰容の発言に戻る→〕 森友学園問題に始まった,教育勅語をめぐる今回の騒ぎは,それじたいはたいしたことではないと思います。国民の多くはワイドショー的な興味しかないんじゃないですか。でも,この小さな例を掘り下げていくと,現代の日本社会が抱える,より本質的かつ大きな問題に突き当たります。
 補注)もっとも,森友学園は今回(2017年2月~4月)にかけて,国会の場を中心に日本社会を大いに騒がせてきた「森友学園の小学校新設申請」の焦点,すなわち「国有地払い下げ問題」事件の関係でみると,その後における経過のなかで籠池泰典理事長は,当初は大いに気に入られていたはずだった安倍晋三から「トカゲの尻尾切り」になる仕打ちを受けていた。

 そのせいがあってなのか,以上の事件にかかわっては,一連の事情が経過していくなかで籠池理事長は,「旧」教育勅語の封建制思想をあらためて放棄することにしたうえで,学校法人の基本方針を「前」教育基本法にほうに変更させることにしたというのだから,この変転ぶりには興味深い要素が含まれていた。


 確固とした価値観がなく,誰もが不安だから,なにかいい処方箋(せん)はないかと探している。左右を問わず,断定的な言葉,乗りやすい価値観が出てくれば,一気にそちらに行ってしまう可能性があります。かつてのように,国民が「画一化」されてしまうかもしれない。その危険性に気づくためにこそ,今回の教育勅語騒動は掘り下げて考えるべきなのです。(聞き手 編集委員・尾沢智史)

 ◇ 人物紹介 ◇ 「せんざき・あきなか」は1975年生まれ,専門は日本思想史。著書に『ナショナリズムの復権』『違和感の正体』『高山樗牛 美とナショナリズム』など。

              
               

 ② 教育勅語は封建制思想のくびき


 ① の記述がすでにだいぶ長くなっている。ここでは,教育勅語の封建制そのものでしかありえない思想性に関しては,つぎのように説明しておく。
   教育勅語における天皇制教育の理念はなにか? それはまず,天皇は精神的・道徳的な権威を代表すると観念する天皇観を濃厚にかかげ,つぎに,そこに総合家族主義と社会有機体論が結合させられていた。

 さらにこの教育勅語は,絶対的価値としての天皇制国家の目的に奉仕するために,家長・族長としての天皇への恭順・絶対的服従・擬制としての忠君愛国の「臣民教育思想」を確立することを目的にしていた。
 註記)守屋典郎『天皇制研究』青木書店,1979年,233-234頁参照。
 安倍晋三が第1次内閣を組んでいたときはすでに,敗戦直後において国会の場で教育勅語の封建制思想性は,完全に否定・棄却されていたのだから,この教育勅語じたいをもちだすことは筋違いであり,時代錯誤そのものであった。ところが,「戦後レジームからの脱却」を祈願(悲願)していたるこの首相は,教育勅語の封建制思想性を復活させるために必死に画策していた。

 現在の教育基本法(平成18年12月22日法律第百二十号)は,それまでの教育基本法(昭和22年法律第二十五号)の全部を改正していた。ここでは,その意図がつぎのように批判されている点のみ指摘しておく。西原博史『学校が「愛国心」を教えるとき-基本的人権からみた国旗・国歌と基本基本法改正-』(日本評論社,2003年)は,とくに「思想の自習を超越する『国民統合の価値観』」に関して,こう批判していた。
   思想・信条の自由に超越する,国民に共通する価値観を,教育を通じて創出しようとする論である。この目的で子どもの心のありように働きかけるなら,これは,教育を通じて特定の考え方を強制する結果になる。〈思想・良心の自由〉と基本的人権が,直接に脅かされる(121-122頁)。
 前段でも触れた森友学園の小学校新設申請:「国有地払い下げ問題」というごとき,政治的・社会的・教育的な事件が発生したために,世間を大きく騒がせる状態がしばらく続いていた。この学校法人(籠池泰典理事長)が経営している塚本幼稚園の教育内容に関しては,園児たちに教育勅語を暗唱させている実態がネットの動画で視聴できるようになっており,いまではその教育の内容はよくしられている。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
塚本幼稚園園児画像
出所)教育勅語を奉読する塚本幼稚園の園児たち,
https://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/32941624.html

 安倍晋三は当初,この塚本幼稚園の園児たちを演技を実際に見学(視察?)した昭恵夫人を介して,その感想をこういっていた。 籠池泰典のことを『いわば私の考え方に非常に共鳴している方』と同志愛を向けていた。昭恵夫人のほうはといえば,『こちらの教育方針は大変主人も素晴らしいと思っていて』といっていた。しかし,その後における安倍晋三夫婦の態度はがらりと変化し,学校法人森友学園と籠池泰典理事長一家は,もっぱらトカゲの尻尾切りの対象になっていた。安倍夫婦は事後,掌をかえしたように,籠池泰典理事長一家に対する態度を豹変させた。

 さて色川大吉は,以上のごとき明治維新(!?)以後において国家政策的に育成されてきた,いいかえれば,日本の近代化過程において形成されてきた「封建遺制の教育思想」に関しては,日本の社会科学が “ひとり立ちするために必要な歴史的試練” を与えたと位置づけていた。つぎのように論及していた。
   天皇制はその精神構造の全貌を完全に対象化され,その発生の内在的条件から「成熟→確立→内訌の全過程」を客観的にとらえたとき,初めてその神通力を喪失させられる。これまで,日本人民の内部に伝統化した思念のねじれや信条の歪み(精神奴隷構造などもたらしてきた)の要因は,そのひとつひとつ抉りだし,再評価し,鍛えなおし,取捨し,新しい精神方法に再生していけばよいのである。
 註記)色川大吉『明治の文化』岩波書店,1979年,334-335頁参照。 
 どうやら,いまにおけるこの日本国は,在日米軍基地の実在にひとまず目をつむって指摘するほかないのだが,現実には21世紀の時代に生きていながら,19世紀後半の時代を熱心に夢想している。換言すれば,すでに「完璧に時代錯誤である政治思想の持ち主である与党政治家たち」が,それもどうしようもないくらいに「うろんな政治信条:価値観」をいまだに抱きなつつ,この日本の政治社会を動かしている。

 現在の天皇(いまの明仁氏)は教育勅語に賛成しない立場である。しかし,この勅語を帝国臣民に下賜していた明治天皇のひ孫が,この平成天皇である。この明治以来における「皇統的な連続性」は,事実としてどう観察され把握されるべきか? この問いそのものは,平成天皇自身にはよく答えられない「歴史の論点」である。問い詰められれば窮地に追いこまれるほかない。しかし,幸いなことにそこまで問おうとする日本人自身はいない。
 補注)もっとも,杉田 聡『「日本は先進国」のウソ』(平凡社,2008年)は,つぎのようにきびしく問うている。これは,八木秀次に対する批判でもある。

 「世界で唯一の家系」であることが,そんなにありがたいのか。「万世一系」(しかも男系)とは,実はかぎりなく非道徳的な事態を意味する。現在と比べて乳児死亡率は非常に高く,かつ王家のつねとして陰謀・毒殺・謀殺は当たりまえの,かつでの状況下で,血統(とくに男系)を自覚的に維持するためには,数多くの女性を分娩道具として後宮として蓄えるしか方法がない。

 だが,そうした仕方で維持された家系なら,少なくとも現代的にみて褒められた家系とはいえない。その批判を避けるために天皇家は蓄妻制・後宮制と無縁だったと主張するなら,こんどは血統の自覚的な維持は実は不可能だったと,したがって,天皇家の家系は「万世一系」ではとうていなかった点を,自己表明することになる(99-100頁)。

 大正時代以来の天皇家は一夫一妻で継投してきた。だが,いまの皇太子には女児1人しかいない。八木秀次はY染色体の維持・連綿に固執する「憲法学者」らしいが,現代において法律学者である立場・思想において,天皇家が実際に当面する無理難題を,上手にこなせるような理論的な技法をもちあわせているのか?


 「天皇・天皇制」における問題性としてみれば,日本国憲法のなかに第1条から第8条までの天皇条項が「存在している」。こういったふうな,この国じたいにおける現実政治の問題状況,具体的にいえば「民主主義の状態・水準に関する具体相」がいまさらにように再問されている。

 「戦後レジームの否定,それからの脱却」にこだわる安倍晋三の妄想が,幸いにもわがもの顔で「日本国の政治生活空間全体」を徘徊できている。だが,この姿は実は,天皇・天皇制の存在(前提)があってこその現実態であった。「その否定・脱却」などいまだに,本当に実現するみこみなどほとんどありえない。ただ天皇・天皇制という存在があって,このもとでの「日本における政治的な甘えの構造」としてならば,すなわち,絵空事としてのみ叫ばれることを許されている空語(標語:スローガン)ならば,もぐりこめる空間がたしかに与えられている。

              
            
             


 【支持率だけをみて政治をやるのか?】

 【支持率47%ならば,他党のいうことを聞くとでもいうのか?】

 【
『改憲論ペテンを暴く』  小林 節,安倍政治は「反知性主義」どころではなく法治を否定した「人治」である。安倍政権の姿勢は「私のいうことが法である」という「人治主義」そのもの,つまり中世の暴君による独裁と同じである】
 
註記)https://twitter.com/Trapelus/status/853869985806000128/photo/1

 【山本幸三地方創生相,文化財の観光振興をめぐって「一番のがんは学芸員,普通の観光マインドがまったくない,この連中を一掃しないと」と発言】
『日刊ゲンダイ』2017年4月8日安倍晋三写真
 【ベンチがアホやから,…… ,…… 】

 
   ①「 “北朝鮮からサリン” と煽りながら…安倍首相が芸能人集め『桜を見る会』!  しかも昭恵夫人同伴の厚顔」(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』は2017年4月15日)

 この『リテラ』がとりあげた話題は,本ブログでは昨日〔2017年4月17日〕に議論していた。桜の木に咲いた花はこれから散っていくだけであるが,北朝鮮に関する現実の話題は,とうてい捨て置けない国際政治の具体的な危機問題である。ただし,世界政治全体の次元・立場で観たとき,安倍晋三という日本国の首相がいかほどまで,トランプや習 近平やプーチンの水準まで近づけているかといえば,しょせんは「三下・子分・舎弟」の下属関係にあって,とくにトランプの顔色をうかがいながらの行動が,できることでいえば最大限である。
各国首脳集合図画像
出所)このうちの女性はいまは首脳ではない(2016年11月の画像),
http://blog.livedoor.jp/sukettogaikokujin/archives/49967202.html

 それでも当人の言動は,いかにも自分が国際政治の重要な一部をにない,動かしているかのように錯覚している。国内の行政に関しては,専制的に独裁志向の指導体制を疑似できていても,海外におよび外交の次元になると,この日本国総理大臣は,どこまでも2流(亜流)の役者(端役)である基本の性格を露呈せざるをえない。

 ともかく,つぎに『リテラ』の記事を引用する。安倍晋三政権が現在対面させられている難点を的確に指摘・批判している。

 いったい,どの面下げて--。安倍首相は今日〔2017年4月15日〕午前,東京・新宿御苑で恒例の「桜を見る会」を予定通り開催した。ももいろクローバーZのメンバーなど芸能人やスポーツ選手,政界関係者ら約1万7000人の出席者を招いたという。まさに「おいおい」といわざるをえない。

 安倍首相は,トランプ大統領の尻馬に乗り,北朝鮮の核・ミサイル開発について「深刻さを増している」「現実から私たちは目を背けることはできない」などとさんざん脅威を煽り,13日の参院外交防衛委員会では「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」とまで明言。さらには「さまざまな事態が起こったさいには,拉致被害者の救出について米国の協力を要請している」と話し, “今日明日にでも北朝鮮の弾道ミサイルが打ちこまれてもおかしくない!” とばかりに騒ぎ立ててきたではないか。
 補注)北朝鮮による拉致問題は,安倍晋三によってもやはり解決できないままにある。その解決に見通しについてはそう断言できるほど,小泉純一郎政権内で安倍が官房副長官を務めていたときからの難題でありつづけている。安倍は,自分の政権維持のための〈単なる具材〉として拉致被害者家族を利用してきたに過ぎない。

 それにしても,北朝鮮有事を想定したつもりなのか,日本が「拉致被害者の救出について米国の協力を要請している」などといっている。だが,アメリカ側から
現実的にみた北朝鮮問題においていえば,日本人拉致問題はそれほど緊要性のある対象ではない。それでも,安倍晋三は自分なりに「北朝鮮問題」をおおげさに表現するところをみせつけようとしている。
ブルーリボン・バッチ着用の安倍晋三
出所)https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e220191186

 最近も安倍晋三は,ブルーリボン・バッチを上着(左襟)に着けたかっこう(ポーズ)をすること以外,北朝鮮問題に関してはとくになにも努力などしたことのない。それが安倍晋三のいままでにおける「対北朝鮮政策」方面における実績である。この首相は「国際政治に関する情勢判断」がまともにはできない政治家である。といって気の毒だとしたら,もともとその程度にしか動けない日本国総理大臣としての立場・状況に置かれているといっておけばいい。


 万が一にでも,北朝鮮情勢に関して有事が発生したさい,拉致被害者自身を救出できる可能性があるとでも,安倍晋三が考えているとしたら,オメデタイにもほどがある。実際にそのような救出作戦を想定しなければならない事態(局面)が生じたとき,拉致被害者たちをどのように探しだすかからして,皆目,検討すらついていないではないか。

 安倍晋三は「北朝鮮はサリンを弾頭につけて着弾させる能力をすでに保有している可能性がある」などと,「可能性の可能性」にかけて好き勝手に想像力を働かせている。けれども,可能性「的」に言及するにしても,もっと確実な見通しにもとづき話をすべきであって,自身の期待をこめた主観一辺倒のいいぶんばかりである。だから『リテラ』はつぎのように,安倍晋三を叩いている。


 〔記事本文に戻る→〕 にもかかわらず,アイドルに囲まれてにこやかに桜の木の下でハイ! ポーズ,とは……。国民にはサリン搭載ミサイルが打ちこまれる可能性を声高に叫んで不安に落としいれながら,自分は安穏と花見をしているのである。いっていることとやっていることが滅茶苦茶だ。
2017年4月17日桜を見る会で乾杯
出所)「桜を見る会」で乾杯する自公政権の幹部たち,
http://saigaijyouhou.com/blog-entry-10907.html

 しかも,安倍首相はこの会で,「風雪に 耐えて5年の 八重桜」と一句詠んだという。森友問題の説明責任も果たさず逆ギレ発言ばかりしている人間が「風雪に耐えて」とは被害者ヅラもはなはだしいが,さらに驚くべきは,今日の花見にあの人物を同伴したことだろう。そう,なんと安倍首相は,昭恵夫人をこの花見に出席させたのだ。

 連日お伝えしているように,昭恵夫人をめぐっては,総理夫人付の職員だった谷査恵子氏に財務省への口利き工作をやらせただけでなく,国家公務員法違反にあたる選挙応援への随行,主宰する学校の事務局作業から自身の農場での田植え,スキーイベントへの同伴など,私的な活動でも召使いのごとくこき使っていたことが判明。森友学園問題はまさしく「アッキード事件」という名称通りの展開となっており,昭恵夫人の証人喚問なくして進展が望めない状態にある。

 そんな大疑獄の渦中にある人物が,平然と花見。これは昭恵夫人と公式な場で連れ添う姿をみせることで,「疑惑の人物」というイメージを払拭させる官邸と安倍首相の思惑があるのだろう。まったく厚顔にも程があるが,しかし,逆にいえば,すでに安倍首相のなかでは,昭恵夫人をこの会に同伴させても,もうマスコミは追及しないという公算があるということだ。

 有事を煽って森友問題から目を背けさせ,昭恵夫人の傍若無人な振るまいを反故にする--。国民をとことんバカにしているとしか思えないこんな総理大臣を,この国の有権者はいつまで支持しつづけるつもりなのか。
 註記)http://lite-ra.com/2017/04/post-3079.html
    http://lite-ra.com/2017/04/post-3079_2.html

              
            

 ②「〈1強〉第2部・パノプティコンの住人:1 首相から電話,質問を封印」(『朝日新聞』2017年4月18日朝刊1面)


 この記事は朝刊1面の冒頭に配置された解説記事である。安倍晋三という総理大臣がいかほどに,独裁志向の国内政治を当然のように実行しているかを,あらためて教える記事である。『朝日新聞』側の意向がどこにあるか歴然としているが,ともかくこの記事の一部をつぎに引用する。先に指摘しておくが,要は,国会での質問を八百長的に「しっかりテイネイに」してくれと,安倍が質問に立つ予定の自民党議員に要請していたというのである。
   3月2日。電話口の安倍晋三首相は少し,いら立っているようだった。「西田さんは大阪問題でやりたいだろうけど,それを頼んだのが安倍だといわれたら,なんにもならないからさ」。電話を受けたのは,自民党の西田昌司参院議員。

 4日後の参院予算委員会で学校法人「森友学園」(大阪市)の国有地売却問題について質問に立つことが決まった矢先。首相から質問内容に注文がついたのは初めてで,「総理が直接電話してくるのは異常やねん」と西田氏は明かす。趣旨は,土地が約8億円値引きされたことの「正当性」を,質疑を通してうまく説明してほしいというものだった。

 西田氏は京都府選出。日本維新の会に一貫して批判的な立場で,「森友問題は大阪府の小学校設置認可をめぐる規制緩和に端を発した大阪問題」として質問するつもりだった。首相は電話で維新に触れなかったが,西田氏は直感した。「憲法改正を含め,政権に協力的な維新をかばう気持が首相にはあるんやな」と。質問当日。西田氏は首相のいうとおり,値引きの正当性を主張する官僚答弁を引き出し,「疑惑だ,という森友事件の報道は,フェイクニュースだ」と訴えた。
 補注)フェイク(fake)な発言を得意として,その常用者である安倍晋三自身をかばうための質疑応答が仕立てられ,実行されていた。さぞやシンゾウ君は満足であったものと推察する。

 与党議員が政権に都合のよい質問をするのは珍しくない。だが,西田氏は「国会の爆弾男」の異名をとり,身内といえども歯にきぬ着せぬ批判を浴びせる言動でならしてきた。そんな西田氏でさえも,この日は大阪府に関する質問を封印せざるをえなかった。

 10日後の3月16日。学園の籠池泰典氏の 100万円寄付発言が飛び出すと,竹下 亘自民党国会対策委員長は「首相への侮辱」といって証人喚問に踏み切った。問題が首相を直撃しても,与党はひたすら「1強」に付きしたがっている。
   要は「自民党安倍晋三政権が1強であり,他党勢力が多弱でしかない現況」においては,もともとも「幼稚で傲慢」の資質を基本に揺するこの首相であっても,以上のごとき言動を容易に許すことになっており,いうなれば,日本における民主主義の状態はますます腐朽・劣化していくほかない政治情勢に追いこまれつつある。

 ここに『日刊ゲンダイ』2017年4月17日の関連記事を画像資料で挿入しておく。要は「法治が崩壊し,人治になっている」日本。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『日刊ゲンダイ』2017年4月7日小林節稿
補論-安倍首相がつくりだす『戦争突入やむなし』という世論 -」
(『リテラ』2017年4月16日から)

 日本にとっての国益は  “国民に血を流させないこと”  以外にありえない。安倍首相が日本国民のことを第1に考えるのであれば,本来,なんとしてでも戦争を回避するよう,トランプ大統領に必死でかけあわなければならないはずだ。にもかかわらず,安倍首相のやっていることといえば,アメリカの先制攻撃を後押しするような言動を繰り返し,米軍空母との共同練習で挑発,さらにはメディアで国民の恐怖心をかきたてて戦意を高揚する……。

 どう考えても,国民の生命と生活よりも,米朝戦争を起こして安保法制の実体化や改憲につなげようとしているとしか思えないのだ。実際,安倍首相はこの間,戦争回避や平和的解決へ向けた声明を一度でも出しただろうか。いや,皆無だ。つまり,この宰相はみずからの野心のために,戦争と国民の命すら利用しようというのである。

 いずれにしても,私たちが警戒すべき相手は北朝鮮だけではない。トランプと安倍が手を携えて進む戦争をいまここで絶対に食い止めるために,「戦争突入やむなし」という世論をつくりだす安倍政権の動きを徹底的に批判していかなければならない。(編集部)
 註記)「安倍政権が自衛隊を対北朝鮮戦争に! 直前にカールビンソンとの訓練計画,武器使用の指針まで策定していた」『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2017年4月16日,http://lite-ra.com/2017/04/post-3081_4.html
 ③「〈1強〉第2部・パノプティコンの住人:1 政権の『敵』,容赦なく攻撃」(『朝日新聞』2017年4月18日朝刊2面)

 「そもそも寄付はしておりませんが,寄付していたとしても,感謝されこそすれ,犯罪ではありません」。〔4月〕17日の衆院決算行政監視委員会で,安倍晋三首相は森友学園に対する妻・昭恵氏の寄付の有無に関して,こう答えた。最近の首相には余裕がうかがえる。12日の衆院厚生労働委では,民進の柚木道義氏は森友問題でNHKの世論調査をとりあげた。「政府の説明に納得できないが8割。昭恵夫人に公の場で説明いただけるよう話していただけけないか」。

 首相は笑みを浮かべながら,答弁した。「その調査では内閣支持率は53%。自民,民進の支持率はご承知のとおりでございます」。自民支持率は38%,民進は7%。首相は「何回も説明してきたとおり」と,昭恵氏の国会招致を拒否した。政権の座に返り咲いてからの4年余。民進を攻めることでみずからへの批判をかわす。それが得意のパターンであり,現実に森友問題が首相を直撃しても内閣支持率や自民支持率への影響は限定的だ。首相の答弁は,なにがあろうと「安倍1強」は揺るぎないと宣言するかのようだった。
 補注)内閣支持率に関して大手新聞社が実施している世論調査の数字を直接,国会の場で口に出して,それも答弁のなかで自慢するかのような応答は異様である。内閣支持率の世論調査は,もちろん政治家・政党にとっては重大な意味をもつ数値をもたらしているが,この数値を前面に出して国会においてもちだし,ウンヌン(より正確にはデンデン)するのは,まともな国家指導者が使う弁説ではない。

 それならば,支持率が30%を切ったら安倍君は国会のなかでは「まともにモノがいえなくなり」そうである。参考にまで挙げておくが,地方紙などでの世論調査(内閣支持率)では,10%台はざらであった。

 一般的な話ですると,内閣支持率が30%を切ると危険水域に入り,20%を切ると退陣水域にまで進んだと判断される。これは法律的な話題ではなくて,あくまでも政権運営において実際的に困難が生じるといった次元の関心事である。極端にいえば,たとえ支持率がゼロになっていても,現実的に政権維持はありうる。よりによってこの支持率の話題を前面に出して,国会の質疑応答で得意げに語るほうが,もとよりどうかしているのであって,安倍晋三という首相の「幼稚と傲慢」さを,はしなくも端的に表現するひとつの実例になっている。

 〔記事本文に戻る→〕 政権の危機管理を担ってきた菅 義偉官房長官は,毎日2回の定例会見で「その指摘はまったく当たらない」などと,全面否定の言葉を繰り返すことで,批判をはねつけてきた。その菅氏が森友問題で動いた。学園の籠池泰典氏に対する3月の証人喚問当日。国有地借り受けに関する相談で昭恵氏に留守電を残し,夫人付の政府職員からファクスがきたとする籠池氏の証言に対し,菅氏は会見冒頭でファクスのコピーを記者団に配布した。のちに行政文書ではないと閣議決定された「私文書」を公の会見で出し,やがて籠池氏告発にも言及。敵と見定めた相手は,容赦なく攻めて追いつめる。そんな姿勢がみてとれる。(引用終わり)

 「1強(狂・凶)多弱」である現在の日本政治状況のなかで,この安倍晋三政権はそれこそやりたい放題の,民主主義の基本理念すら平然と軽視・無視する路線を行進中である。そのなかでもっとも明白になっている事実は,この安倍晋三と政権が品位・品格とはまったく無縁の政治集団であるだけに,よりいっそうその特性をきわだたせている。

 ④「〈耕論〉相手の話,聞こうよ 佐々木憲昭さん,熊平美香さん,三遊亭白鳥さん」(『朝日新聞』2017年4月18日朝刊「オピニオン」)

佐々木憲昭画像 この記事に登場している人物のうち佐々木憲昭の発言を引用する。この佐々木の発言の内容は,安倍晋三に完全に欠落している〈なにもの〉かを適切に指示している。

 ※ 人物紹介 ※ 「ささき・けんしょう」は1945年生まれ,1996~2014年まで共産党の衆院議員6期。国会で追及した「ムネオハウス」は流行語大賞に入賞。

 --国会をみても身のまわりにも,海の向こうの米国でも,人の意見を聞かずに自分のいいたいことだけいう人,増えていませんか? 深呼吸して,相手の話を聞き,対話する。そんなことから始めませんか。(これは朝日新聞編集部の発言)
 補注)佐々木憲昭はここでまず,「人の意見を聞かずに自分のいいたいことだけいう人,増えていませんか?」と問うている。いまここで,まさしくそれに属した代表的な人物だと目されてよい2名は,ただちに指名できる。間違いなく,トランプと安倍晋三のことである。このようにしか解釈のしようがない「話題の切り出し方」がなされている。

  ◆ 質問する側の努力も重要 ◆(佐々木憲昭さん,前衆院議員)
 
 1996年から18年間の議員生活で,橋本龍太郎さんから2回目の安倍晋三さんまで10人の首相に質問しました。国会の予算委員会で,首相と向きあうときには武者震いするような緊張感を覚えます。橋本さんから福田康夫さんまで,多くの首相とは意見が違っても議論を重ねるうちに噛みあってくる感じがあった。厳しく議論するほど気心がしれ,おたがいに尊敬の念が芽生えたように思います。
 補注)この初めの発言からしてどうやら,安倍晋三のダメさ加減を予定しているような話題になってもいる(安倍晋三の氏名も出してはいるが……)。その点は,以下の記述において,よりはっきりしていくところである。

 小泉純一郎さんには2002年2月の予算委で鈴木宗男氏の疑惑を追及したとき,「よく調べているなと感心した」と答弁いただきました(笑)。敵ながらあっぱれと。違う立場でも対話はなりたちます。ところが安倍さんは,質問にまともに答えないことが多い。

 最近も,今〔2017〕年2月の予算委で,民進党の山尾志桜里氏に「待機児童をいつまでにゼロにするのか」と聞かれ,「ゼロに向けて政策を推進している。民主党政権時代よりも2.5倍のペースで保育の受け皿を整備している」と答弁。時期を3度聞かれてようやく,首相は「2017年度」と答えました。

 指摘された事実を無視し,ひたすら思いこんでいることを繰り返す面もあります。たとえば格差拡大を指摘されても,安倍さんは都合のいい数字で雇用情勢の改善を強調するばかり。非正規が格差を広げている,といった肝心の部分には触れません。
 補注1)この段落の話題は,本ブログでは昨日〔4月17日〕で触れた論点とそっくりに似ている。すなわち,安倍晋三政権になってからは実質賃金の上昇が実現できておらず,むしろマイナス傾向が統計的にも確認されている。にもかかわらず,形式的な名目賃金の上昇のみを一方的に,つまり有効・妥当ではない発言を,相手に対して強引に押しつけるだけの応答をしていた。しかも,その姿勢で押しとおすことしかしらない彼のやり方である。
 補注2)ちなみに本日〔2017年4月18日〕『日本経済新聞』朝刊1面左側には,「〈景気 試される波及力〉(1) 企業,過去最高の利益水準 増える投資,賃上げ後手」との見出しをつけた解説的な記事が掲載されている。そこにかかげられたつぎの図表をみればいいたいことは一目瞭然。

『日本経済新聞』2017年4月18日朝刊1面賃金図表
 
              

〔記事本文に戻る→〕
 いきなり結論だけをいい,理由を丁寧に説明しないことも多い。これでは対話がなりたちません。第2次政権で安倍1強と呼ばれる状況になってからは,人の話を聞かない姿勢がより強まっています。その空気は社会に広がっています。狭量になり,人の話を聞かず,自分の言いたいことだけをいう。ヘイトスピーチはその最たるものです。
 補注)安倍晋三政権下の政治状況は,日本の社会全体のなかへも悪い影響を与えてきている。安倍のような論法・口調でいいのだ,かまわないのだという雰囲気が増長させられ,かつ広く浸透している世相になりつつある。いいかえれば,人びと全般がひどく「狭量になり,人の話を聞かず,自分のいいたいことだけをいう」といった〈幼児っぽい態度〉が,まさしくアベ君に特有であるそれに限定されずに,日本社会にいきわたっている。

 〔記事本文に戻る→〕 野党にもしっかりしろといいたい。なにが質問なのか分からない長話はだめです。調査と客観的な資料にもとづいて論理で追いつめ簡潔に聞く。そして最後に決め球を使い,相手が自ら落とし穴にはまるように仕向けるのです(笑)。1998年の金融国会で,私は小渕恵三首相に銀行救済の税金投入はおかしい,と問いました。なぜ銀行業界に負担を求めないのかと。首相から明確な答えはありませんでした。

 つぎに私が聞いたのは,銀行からの自民党の借金額でした。私が「実質無担保で100億円以上」という実態を暴露すると,首相は「(党の)経理局で詳細にやっております」と逃げました。国民の目には癒着の構造が明らかになったと思います。金融国会後,銀行は自民への献金を長期間自粛しました。野党議員には十分な準備をするよう訴えたい。質問する側の努力も重要です。

 ⑤「安倍1強政治の弊害,民主主義の機能不全・停止」

『朝日新聞』2017年4月18日朝刊がんは学芸員記事
 本日の『朝日新聞』朝刊社会面の冒頭記事,その見出しは「政権,相次ぐ問題発言『がんは学芸員』撤回・謝罪 『事実軽視』指摘も」である。第2次安倍晋三政権のもとでは,以前であれば辞任で責任をとるほかない問題発言がつぎつぎ飛び出している。この記事は「最近における自民党議員たちのその問題発言」をまとめている(右側画像資料)(画面 クリックで 拡大・可)。

 「一番のがんは学芸員」。文化財観光の振興をめぐってこう発言した山本幸三・地方創生相が〔4月〕17日,発言を撤回して謝罪した。各地の学芸員らからは反発の声が上がる。安倍政権で相次ぐ「問題発言」に,事実確認を軽んじる風潮があるのではとの指摘も出ている。

 山本氏は16日に大津市内で開かれた会合で,文化財の観光振興をめぐって「一番のがんは学芸員。普通の観光マインドがまったくない。この連中を一掃しないと」と発言。17日,記者団に「(発言『福島民報』今村復興相謝罪は)適切でなかったと思う。撤回し,おわびしたい」と語った。辞任は否定した。
 補注)この山本幸三の発言は,はたして,「学芸員」という公的な資格を理解できているのか,そもそも疑問がある。文部科学省は,つぎのように解説している。

 「学芸員は,博物館資料の収集,保管,展示及び調査研究その他これと関連する事業をおこなう『博物館法』に定められた,博物館におかれる専門的職員です。学芸員補は学芸員の職務を補助する役割を担います」。「学芸員になるための資格は,1. 大学・短大で単位を履修することや,2. 文部科学省でおこなう資格認定試験に合格すればうることができます。なお,学芸員や学芸員補として活躍するには,博物館(登録博物館)で任用される必要があります。
 註記)http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/gakugei/main14_a1.htm


 そもそも実際に学芸員になるためには難関が待ちかまえている。「大学・短大で単位を履修」し,「文部科学省でおこなう資格認定試験に合格すれば」,ただちに「学芸員や学芸員補として活躍する」場を,「博物館(登録博物館)で任用され」て与えられ,それもいっぱしに俸給も受けられるようになれるわけではない。

 この問題については早速,本日の『日本経済新聞』朝刊が2つの記事(かこみ記事)でとりあげている。安倍晋三政権の地方創生相山本幸三は,学芸員に関するまともな基本認識を欠いたまま,ろくでもなく無理解な発言をしていた。「学芸員に関する地方創生相の不当発言」は,つぎのように批判的に報道されている。
                          
 a)「〈記者手帳〉発言撤回のデジャブ」(『日本経済新聞』2017年4月18日朝刊4面「政治」) ……外国人観光客らへの文化財の説明や案内が不十分だとして「一番のがんは文化学芸員。一掃しないとダメだ」と〔4月〕16日に発言した山本幸三地方創生相。一夜明けた17日は釈明に追われた。都内で記者団に「適切ではなかった。反省しており,撤回しておわびしたい」と陳謝した。

 4日には今村雅弘復興相が記者会見で記者の質問に腹を立て「出ていきなさい」と怒鳴って問題になったばかり。相次ぐ「敵失」に野党は攻勢を強め,共産党の小池晃書記局長は「究極のモラルハザード政権だ」と批判。民進党の小川敏夫参院議員会長は党会合で,山本氏の「一掃」発言を引用し「問題閣僚の一掃をめざす」と訴えた。

 菅 義偉官房長官は記者会見で「つねに閣僚として責任をもって発言してほしい」とクギを刺した。与党幹部も不満顔だ。閣僚が問題発言を撤回し,政権側が緩みを戒める。こんな光景をなんど繰り返すのだろう。
 補注)自民党議員たち,それも大臣の座に就いている者たちが,実に絞まりのない無理解発言を連発してきた。こうした光景を許してきた〈おおもとの最高責任者〉がいるはずである。いわずとしれた安倍晋三君である。とはいっても,いままですでに,この大将自身の行為・言説を目の当たりにしてきている国民・大衆の立場からみれば,以上のようなろくでもない大臣を,つぎからつぎへと任命してきた安倍晋三君の責任がかくべつに大きい。しかし,この総理大臣のもとでは,そう簡単に直せるような病状(政治現象)ではなくなっている。その病原菌を退治したくとも,本体全部を焼却処分にでもしないかぎり,いまのところまず無理である。

 b)「山本地方創生相『観光のがん』 学芸員,大臣発言に憤り 『仕事に理解ない』批判」(『日本経済新聞』2017年4月18日朝刊34面「社会1」) ……文化学芸員に対し「一番のがん」などと発言した山本幸三地方創生相。〔4月〕17日に発言を撤回して謝罪したものの,各地の学芸員からは批判の声が相次いだ。文部科学省によると,学芸員は博物館法に規定された資格。歴史や芸術,民俗などの資料の収集や展示,調査研究に当たり,2015年10月時点で約7800人。

 被爆の惨状を描いた「原爆の図」の大半を常設展示している原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)で長年学芸員を務める岡村幸宣さん(42歳)は,「いまの時代だけでは判断できない普遍的な価値をみいだすのが学芸員の仕事だが,経済活動への結びつきしか考えていない」と憤った。原爆の図は虫食いや紫外線の影響で傷みが激しい。保存と展示の両立に日々頭を悩ませており「学芸員の仕事にまったく理解がない」と憤慨する。兵庫県立考古博物館(同県播磨町)の石野博信名誉館長も「大臣という立場の人の発言とは思えない」と首をかしげる。

 要は,この山本幸三地方創生大臣は学芸員という仕事についていえば,おそらく初歩的な知識すらもっていないと思われる。ということで,次項では学芸員という資格(職業)について,関連する説明をおこなってみたい。

 c)「学芸員とはどんな人かしっていますか。博物館や美術館で展示の説明をしたり資料を収集保存,研究したりする人のことです。学芸員になるためには資格が必要です。国家試験を受けるか大学や通信教育で単位を取得する必要があります。ここでは学芸員の資格について紹介します」と語りはじめているホームページは,学芸員に実際に採用されることが非常な難関である事実に触れてもいる。
            ◆ 学芸員の仕事 ◆
  
 学芸員は調査研究だけでなく,館の運営にかかわることも含め,あらゆることをしなければなりません。修士博士以上の専門的知識はもちろん必要ですが,それ以上にさまざまな年代,立場の人とかかわることが多いため,臨機応変に対応できる力も必要だと思います。好きな研究や資料収集だけやっていればいいのではなく,むしろそれらの時間がとれないことが多いため,イメージとのギャップに幻滅してしまうかもしれません。

 しかし,小さな子供や学生に教育することが好きな人,あらゆる年齢の人に情報発信していきたい人にとってやりがいのもてる仕事だと思います。博物館では展示の仕方に気を配っていて,どうやったら効果的に理解してもらえるか,楽しんでもらえるかつねに考えながら仕事ができると思います。学芸員の仕事は子供からお年寄りを対象に学ぶことが楽しい,もっとほかのこともしりたいという好奇心を育てる重要な役割を担っているので,学芸員の資格をとることも学芸員をめざすことも前向きに考えてみてください。

 こういう解説になっているが,しかし最後のほうでは,こうも断わられている。「学芸員課程の説明会で,学芸員になることは非常に難しく,学芸員課程の脱落者も多いという話をまず聞かされました。この説明会での話を聞いただけで諦める人が何人もいました。たしかに就職率は非常に低いですが,私は面白そうだと思ったので受講しました」。
 註記)「学芸員資格試験の内容と難易度 通信講座での資格取得は可能?」『#mayonez』2017/02/22 更新,https://mayonez.jp/3470

 さらには,つぎの事実も申しそえておく。「募集人数は大体の求人の場合,1人のみの採用となっていることが多く,全国に440件程度の求人しかないことを踏まえると,やはり就職は厳しい状況だといえます」。
 註記)http://学芸員.com/offer.html
 政府は,昨〔2016〕年6月に閣議決定した「日本再興戦略2016」などで,博物館などを拠点に観光や国際交流を促進し,地方創生につなげるとうたう。首相官邸幹部によると,山本氏の発言の背景には,美術館の開館時間を延長して外国人旅行客ら来場者の増加につなげたいとの思いがある。山本氏は17日,「(東京)五輪後,文化が主要な観光資源となる。観光マインドをもったかたちで対応してもらえれば,という趣旨で発言した」と釈明した。

 ただ学芸員は博物館法に定められた専門的職員で,資料の収集,保管,展示や調査研究などが職務だ。山本氏の発言は短絡的ともいえるだけに,菅 義偉官房長官が17日朝,山本氏を注意。菅氏はその後の記者会見で「閣僚としての責任をもって発言してほしい」と苦言を呈した。

 共産党の小池晃書記局長は17日の会見で「学芸員を観光のためのガイドのような位置づけにして邪魔だから一掃とは,安倍政権の本音が出た」と批判。民進党の山尾志桜里氏も同日の衆院決算行政監視委員会で「学芸員,そして,がんと闘っている患者やご家族に対して,あまりに無礼だ」と追及した。だが同委員会で安倍晋三首相は「大臣が謝罪し,撤回したと聞いている」とだけ答えた。
菅 義偉問題ない画像2
 安倍政権では,当事者の立場や思いを軽視するような「問題発言」が閣僚らから相次いでいる。こうした発言について政権側は菅官房長官の注意などで幕引きを図り,閣僚の辞任は回避してきた。民進党の野田佳彦幹事長は17日の会見で「異様な,異常な発言が続くのは,政権として緩みがあるといわざるをえない」と批判した。(記事本文引用終わり)

 先日,テレビのある大食い番組であったと記憶するが,元阪神タイガースの投手だった江本孟紀(えもと・たけのり,1947年7月生まれ)が出演していた。さて,1981年8月26日の対ヤクルト戦の途中であった,この江本が阪神を退団し,現役引退するきっかけに江本サイン画像なったとされる事件が起きていた。江本は「ベンチがアホやから野球がでけへん」と発言したのである。
 出所)画像は,http://www.joqr.co.jp/blog/dankai_sat/sp/post_37694.php

 いまの安倍晋三政権,まさにその相似形的な再現像である。監督は安倍晋三,コーチは菅 義偉。ベンチ内だけがアホならまだいい,このアホらしさを,わざわざ全国すみずみにまで浸透させるような,専制的な独裁政治が現実に強制させられている。日本国民は「ベンチがアホやから政治に関与でけへん」。

              
            
             

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 【やりたい放題の専制的独裁政治担当の安倍晋三夫婦が新宿御苑「桜見」にお出まし】


 ① 専制的独裁志向の日本国首相夫婦の行跡

 安倍晋三君の定評は「幼稚と傲慢」「暗愚と無知」「欺瞞と粗暴」であった。最近は,その女房が森友学園の小学校新設申請「国有地払い下げ問題」のせいで,世間においてはその名「アキエ」を轟かせる事態にあいなっていた。この安倍昭恵はなにせ,国会議員の山本太郎に “アッキード事件” と命名させるほどに深くて濃い関与を,首相夫人という『公的に私人の立場』から「諸事においてかかわる関係」を,盛んに構築し,思う存分展開してきた。
安倍夫婦籠池泰典松井一郎画像
出所)左から安倍晋三・安倍昭恵・松井一郎・籠池泰典,
    「嘘つきは誰だ?」へのより適切な答えは「全員」,
https://twitter.com/search?q=%23%E9%A2%A8%E5%88%BA%E7%94%BB より。

 それでも,「安倍1強(狂・凶と綴ってもよし)他弱」である,このごろにおける日本の政治情勢のなかでは,安倍晋三自民党のやりたい放題,つまりその「独断・専横」でしかない反民主主義の政治運営ぶりが大手を振ってまかり通っている。まさに傲慢と独善が大きな顔をして表舞台に出て,踊っている最中である。

 最初に『毎日新聞』からこういう記事を画像で参照しておく。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
jparticles20170417k0000m010058000c
出所)https://mainichi.jp/articles/20170417/k00/00m/010/058000c

 つぎに『朝日新聞』2017年4月15日夕刊「素粒子」がこう指摘した。

 ◆-1『「私(首相)と付き合いがあれば特区に指定されないのか」の居直り。加計学園問題。「李下(りか)に冠」の慎みもなく』。

 さらに『朝日新聞』2017年4月13日夕刊「素粒子」がこう指摘した。

 ◆-2「首相を侮辱すれば私人を証人喚問。首相夫人の説明を求めたら採決強行。内閣支持率が53%あるからいいのだと」。

 このようにまさに「傲慢」そのものである安倍晋三。濁点( ゛)の部分をとっても「高慢」な,この世襲3代目の政治家。なにがそんなにエライのか? いっていること・やっていることは,過去におけるアジアの先例をみると,フィリピンのフェルディナンドとイメルダ・マルコス元大統領夫妻が仲間として指名されうる。ヨーロッパに目を向けると,ニコラエとエレナのチャウシェスク大統領夫婦を想い起こさせてくれる。
チャウシェスク大統領夫婦銃殺画像
出所)1989年12月25日,公開銃殺されたチャウシェスク大統領夫妻,
https://matome.naver.jp/odai/2141121646879065101

 また,前段の4月13日夕刊「素粒子」はさらにこう反問していた。

 ◆-3「日本沖にも空母を派遣するか。米が二国間の貿易交渉を要求。いや日本にはすでに米空母の母港があるのだった」。

 そうである。日本国のなかにはなんと,アメリカ海軍が専有する原子力空母の基地が置かれている。通常任務におけるこの軍艦の保守・整備を賄いうるアメリカ用の「海外の海軍基地」が,この日本の横須賀に母港として存在するのである。これが,安倍晋三の忌み嫌う,敗戦後においてこの国の骨格を形成・維持してきた「戦後レジーム」の本体であり,そのひとつの見本である。
 補注1)栗田尚弥『米軍基地と神奈川』有隣堂,2011年。
     新倉裕史『横須賀、基地の街を歩きつづけて: 小さな運動はリヤカーとともに』
                                 七つ森書館,2016年。
     上山和雄『軍港都市史研究〈4〉横須賀編』清文堂出版,2017年。

 補注2)『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』は,2017年4月15日の記事として,「 “北朝鮮からサリン” と煽りながら…安倍首相が芸能人集め『桜を見る会』!  しかも昭恵夫人同伴の厚顔」を掲載していた。

                

 安倍晋三という首相も実のところ,アメリカに対する属国精神を大いに発揮してきた。この事実はとくに,たとえば安保関連法を成立させる(2015年9月19日,安全保障関連法が参院本会議において自公など賛成多数で成立)以前において,この法案は自分が成立させ施行させると,アメリカ議会にいって告白していた。「戦後レジームからの脱却」を,この国が〈美しい国〉たりえ,また〈ふつうの国〉たりえる前提の基本条件に唱えていた〔だけの〕安倍晋三自身が,この国そのものをアメリカに従属させるための基盤造りに精を出してきた(「汗をかいてきた!」)。
安倍昭恵肩書き一覧asahi 170309
 首相夫人としての安倍昭恵の肩書き関連の名称を,右側の画像資料で示しておくことにしたい(画面 クリックで 拡大・可)。これは「首相夫人の昭恵氏,20の肩書 名誉職,宣伝や発信期待」という記事に掲載された資料である。
 出所)THE ASAHI SIMBUN DIGITAL 2017年3月9日04時03分,http://digital.asahi.com/articles/ASK38666GK38UTIL03D.html

 ここで,① として強調したい,とりあえずのマトメを語っておく。安倍晋三については反復して指摘してきたように,世襲3代目政治家である素性を正直にかつ露骨に現わす場合が多く,まさしく「幼稚と傲慢」「暗愚と無知」「欺瞞と粗暴」である基本特性を花盛りにさせている。いまの日本の政治には気品・気位など皆無,品性・骨品(人品骨柄:じんぴんこつがら)をみて,これを具体的に格付けを試みれば,これ以上の最悪はないくらいにひどい事例である。

 そして,その女房はとみるに,とりわけ最近になってその野放図で無自覚な行為が数多く暴露されてきている。この女性の場合,夫に負けずに劣らずに 「無知と軽率」「乱雑と粗忽」「苦労しらずのお嬢ちゃま」である立場・感性を大いに発動してきた。この “日本のファーストレディ” が日本の政治・社会にむけて撒き散らかされている迷惑(害悪)をとらえて,国会議員の山本太郎が「アッキード事件」と命名していた。要は,いまとなってこの安倍夫婦は,日本国の将来にとってみれば,確実に致命傷になる「実績作りに励んでいる」。誰もがそのように観察している。

 ② 桜の美をゆったりと堪能する生活の余裕などない「庶民の立場」から安倍晋三政治を批判する

 『毎日新聞』(ウェブ版)からこういう報道を引用する。「桜を見る会 安倍首相主催 1万6500人が出席」(『毎日新聞』2017年4月15日 12時46分,最終更新 4月15日 12時57分)
桜を見る会2017年4月15日画像
出所)( ↑  画面 クリックで 拡大・可)
https://pbs.twimg.com/media/C9bRYi8UwAQQeKx.jpg


 安倍晋三首相主催の「桜を見る会」が〔4月〕15日午前,東京・新宿御苑で開かれ,各界の著名人ら約1万6500人が出席した。公明党の山口那津男代表も出席するなか,首相はみごろの八重桜と自公政権を重ね,「今日は風が強いが,連立政権は風雪に耐えてきた」と述べた。

 東京都議選をめぐって自公両党がギクシャクするが,「風雪に 耐えて5年の 八重桜」と自作の句を詠んだ。首相はあいさつで,「4年連続2%を超える賃上げを実現できた」と実績を強調し,「ライフスタイルに応じて働き方を選べる時代がやってくる。皆さんが活躍できる社会を作りたい」と働き方改革の意欲も語った。
 補注)安倍晋三君,いったいなにを根拠にこのように「4年連続2%を超える賃上げを実現できた」などと無責任に発言しているのか。その具体的な数値のもつ意味をまともに説明するために,つぎの引用をしておく。
    “デフレ脱却” を確実なものとするために “経済の好循環” の実現をめざす安倍政権のもと,2015年は2年連続となる2%台の賃上げが実施され,賃上げ率は17年ぶりの高水準となった。1990年代後半以降,賃上げのほとんどが定期昇給のみであったが,企業収益の改善,労働需給のタイト化が進み,政府による賃上げ要請が後押しするかたちで,大企業を中心に数年ぶりとなるベースアップが実現された。

 しかしながら,2014年の消費税率引き上げ以降,円安や消費増税に伴う物価上昇のペースが賃金の伸びを上回り,個人消費の落ちこみが鮮明となった。これを受け,政府は景気回復の遅れの要因のひとつに賃上げが進んでいないことを強調し,企業に対して賃上げを求める姿勢を一段と強めている。
 註記)岡 圭佑「アベノミクス始動後の賃金動向-2016年春闘を展望する-」『ニッセイ基礎研究所』2015年12月28日,http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=51817?site=nli)
 関連の統計図表もかかげておく。一目瞭然である。安倍政権の発足は2012年12月26日であったが,それ以来一度も実質賃金が上がったことがない。いうなれば「冗談にもなりえない嘘」。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
   実質賃金統計2015年まで
       個人消費の推移統計表
    出所)http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/f61382027ab5b10b51b7799b21547507

 すでに1年ほど以前において,このようなアベコベミクスに対するみたてがきちんと出ていた。にもかかわらず,もともと恥をしらない首相(政治家)であるのか,それとも単に自分の無知を防御した格好を装っているつもりなのか,アホノミクスじたいが明確に結果させている『実質賃金の上昇失敗』を,それも嘘で固めた逆の話に仕上げては「成功している」などといってのけ,それも針小棒大に発言していた。

 要するに,労働経済の賃上げ問題にかかわる諸事実を総合的に検討すれば,賃上げは実質的になんら効果を挙げえていない。

 現実の経済動向は「円安や消費増税に伴う物価上昇のペースが賃金の伸びを上回り」という状況で推移してきた。そうであるのに,このうちの「賃金そのものの伸び」だけしか一方的に口にしない宰相である。なかんずく,口から出まかせの屁理屈を吐いている。これでは「賃上げ」できたのだというその成果は,たとえていうならば「桜をみた会」が散会したあとの風景のようになっていた。すなわち,みごと散った桜の花びらが,ただ土のなかに溶けこんで消えてしまう様子に似ている。

 引用していた『毎日新聞』記事の最後に戻る。

 桜を見る会は今年で62回目。首相はリオ・パラリンピック車いすテニス女子シングルス銅メダルの上地結衣選手や,タレントのりゅうちぇるさんなどと笑顔で記念撮影に応じていた。
  註記)以上『毎日新聞』の記事は,https://mainichi.jp/articles/20170415/k00/00e/040/252000c#cxrecs_s

 冗談にもならない冗句(その中身・本体は嘘と偽りばかり)を平気で厚かましく放言するだけ,これを特技とするような安倍晋三君である。ということで,つぎのように批判されてもいる。

 ③「なんという厚かましい夫婦なのだろう」(『天木直人の BLoG』2017-04-16)

   つね日ごろ,怒ったり,権力に楯突いたりしない温厚で従順な私〔もちろんこれは天木直人のこと〕である。しかし,この報道だけは腹立たしく思った。安倍首相は,昨日〔4月〕15日午前,東京・新宿御苑で恒例の「桜を見る会」を主催したという。そこで,「風雪に耐えて5年の八重桜」という俳句をみずから披露したらしい。なんという厚かましさだろう。

 5年も首相をやっておきながら,なにひとつわれわれ国民の暮らを良くすることができなかったくせに,なにが八重桜だ。風雪に耐えるしかない国民は眼中になく,自分のことばかり考える男だ。これは日本男児として恥ずべきではないのか。
 補注)安倍晋三君という〈男〉じたいに対して「日本男児」を呼べる資格があるかといえば,そのようなものとは無縁の男にしか映っていない。天木直人のように「その資格を問うてあげる」だけでも,たいそうありがたく思わねばいけない。そうだよね,アベ君。

 それに輪をかけて厚かましいのが昭恵夫人だ。森友疑惑から逃げて雲隠れしていたというのに,よくも笑顔で人前に出られたものだ。まともな神経をもちあわせているなら,そんな厚かましいことなどでき来るはずがない。大和なでしことは正反対の女性だ。
 補注)安倍昭恵自身に関していうに,はたして,「大和なでしこ」といった「国民的な概念」を引きあいに出して論じるような価値があるかどうか。このような問いを発することからして愚問かもしれないけれども,あえて触れておく。

 つくづく思う。安倍夫妻は本当に厚かましい夫婦だ。私と同じ思いを抱いてこのニュースを受けとめた国民は多いに違いない。以上,私が書いてきたことは,最初の一行を除いて,すべて正しいことを保証します。
 註記)http://kenpo9.com/archives/1282

 ところで「日本男児」とか「大和なでしこ」といった言葉は,どう定義されているのか。こう問われても,もうひとつさっぱり理解できない言葉である。ただし,安倍夫婦には縁遠い概念であるらしい点は,まちがいなく請けあえる。それにしても,4月15日午前に東京・新宿御苑で開かれた “安倍晋三首相主催の「桜を見る会」” を撮影した画像は,ネット上にたくさんみることができる。だが,本日の記述で冒頭にかかげてみた写真に対する感想を一言にまとめれば,まるで安倍晋三君が主催した《学芸会の風景》ないしは《芸能人などが総出演したごときバラエティー番組》にみえる。ただし,この催行にかかった経費は当然,われわれの血税である。

 いまどき「各界の著名人ら約1万6500人が出席した」というのであるが,現在であっても男の4人に1人,女の6人に1人が生涯独身で過ごしているような,つまり非常に貧しいこの日本の経済・社会の現況を,さらに確実に固定化しつつある「アホノミクス + アベノポリティックスの時代」になっている。呑気に桜なんぞ「安倍晋三といっしょに鑑賞するヒマ」などある芸能人・スポーツ関係者は,もっと社会のためにやることがありそうなものである(⇒もちろん大いに稼げている者に期待する注文であるが,実際にそういうボランティアを実行している芸能人がいないわけではない)。

 安倍晋三にはできないことが,彼ら〔自分たち:招待客たち〕には期待されている。いまはそういった時代ではないか? 春の園遊会に招待されて,ただ単純に喜んでいるようでは,まだまだ「 ✕ 流の芸能人・アスリート」だと評価されるほかない。なお,冒頭の写真には「りゅうちぇるとぺこ」も左側に写っているが,いかにも,安倍晋三に合わせて,とても軽薄風のムードが全体的に漂っている。

 「国民に風雪を向ける」国家運営を本当の得意技とするこの男が,自分の人生に関連させてこの言葉(風雪)をもちだしてみたところで,これこそ本当の嘘っぱちにしかなるまい。だから,とうてい冗談にもなりえない発言だと断言されてよい。安倍の人生にとって,そうした美辞麗句的な表現は根本から似つかわしくないし,それでも当人が自分をことを飾るためにもちだした文句だとしたら,いちじるしく奇妙・奇怪である。

 ④ 小林よしのり先生の捨て台詞的な断言


 小林よしのり稿「国民にお似合いの稚拙な政治家」(『BLOGOS』2017年04月06日 18:09)を引用しておく。小林よしのり先生の,この記述でのものいいは,かなり捨て鉢的である。日本国民(およびこの国の住民)たちは,この文句を聞かされてどう感じるか?

 --今村雅弘復興相,金田勝年法相,稲田朋美防衛相,よくこんな稚拙な大臣ばかりで安倍内閣の支持率が落ちないものだな。そこいらの中学生に大臣やらせても,あれ以上の答弁はできるだろう。
 補注)かといっても,首相の安倍晋三がそもそも「小学生次元に留めおかれている」素性を有している。この「事実」が安倍政権のすべてを自明的に演繹させる,まごうことなきりっぱな根拠・理由を供給している。
小林よしのり画像3
  出所)http://www.huffingtonpost.jp/2016/10/25/yoshinori-kobayashi-manga_n_12633140.html

 国民もなにもみてないし,なにも考えていないんだろうな。国民の判断が正しいわけじゃないからな。戦時中だって,国民がイケイケどんどんだったわけで,マスコミも戦争に反対したら売れなくなるから,戦意高揚記事ばっかり書いてたわけだからな。戦前は産経新聞みたいな新聞しかなかったのだからな。ネトウヨも国民も唯一の思想が「それでも民進党よりいいもん」「他に支持する政党がないし」になってるからな。
 補注)戦時中の人口は日本人(民族)だけあったならばだいたい7千万人であったが,いまは減少しつつあるものの,2017年3月1日現在における概算値によれば,「総人口は1億2676万人で,前年同月に比べ19万人(0.15%)減少した。しかし,高齢社会が本格化した日本経済の活力は低調化している。戦争中は東條英機内閣がさらに日本帝国をダメにしていたが,いまでは安倍晋三内閣がこの「美しい国:日本」をマスマス劣化させ,ぶち壊しつつある。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
総人口の推移画像
  出所)「人口推計-平成28年〔2016年〕10月確定値,平成29〔2017〕年3月概算値,2017年3月21日公表-」『総務省統計局』,http://www.stat.go.jp/data/jinsui/new.htm
              
 わしがみたところ,今村,金田,稲田みたいな議員よりマシな議員は,民進党にはいっぱいいるけどな。なんなら自民党内だって,安倍政権のせいで冷や飯食ってるが,石破 茂や船田 元などの優秀な議員はいろいろいるんだから,安倍政権の支持率を急降下させて,脅してやればいいものを。国民は自分たちが政治家を育てようという気が全然ないんだから,やっぱり自分たちに釣りあったレベルの政治しかできないのだろうな。国民が悪い。稚拙な政治家がおまえたちにはお似合いだ。(引用終わり)

 --小林よしのり先生もたしか「日本国民」の1人であるが,このいい方はない。これでは,国民で〔も〕あるよしのり君もまた「悪い」のだ,という論理のつながり(理の必然)になってしまう。この点が否定できない理屈になっている。ただし,「国民は自分たちが政治家を育てようという気」は,彼にあっては横溢しているし,とりわけ絶大な影響力をもつ作家(思想家?)でもあるから,なんらかの期待をしていい。

 だが,腹立ちまぎれに「国民が悪い。稚拙な政治家がおまえたちにはお似合いだ」とまで啖呵を切ったのは,まずかった。もっとも,あの安倍晋三の存在がいつまでも目の前にめざわりにあるようでは,もういい加減,そのようにいいたくもなる。

 安倍晋三が「桜を見る会」で「今日は風が強いが,連立政権は風雪に耐えてきた」とかっこよくいったらしい。だが,風雪というものの本当の辛さも厳しさもなにもしらぬこの首相,どこで仕入れてきた一句がしらぬが,いい気なものである。国民に向けては,その風雪をさんざん吹きつけていながら,つまり辛い思いを変わらず強いていながらの迷文句である。この総理大臣に首相の資格なし。


              
            
             
              
                


 【21世紀に入ってから研究対象になった朝鮮総聯系の民族学校は,すでに衰退・凋落の一途】

 【外部の研究者を受けいれてこなかった朝鮮学校が,2002年の以後だったから,実証研究を受け入れた】

  〔※ 断わり〕  本記述は,2012年10月24日の旧ブログに公表したものの再掲である。若干の補正がなされており,また,追加された文節もある。

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 ① 宋 基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』2012年6月

  本書,宋 基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』(岩波書店,2012年6月)をだいぶ以前に読了していた。朝鮮学校はいうまでもなく,在日朝鮮人聯合会(総聯)の傘下教育機関であり,一種独特で異様な教育内容を誇ってきた。

宋 基燦画像 現在は,かつてほどではなくだいぶ弛緩はしてもいるものの,それでも基本的には北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の統制下に置かれ,この方針に沿って教育の理念と目標がその鋳型にはめこまれている。この朝鮮学校〔朝鮮大学校は政治学校なので除外しておき,小・中・高校(幼稚班・初級学校・中級学校・高級学校)のみを記述の対象とする〕が,教育社会学的な研究対象として客体的にとりあげられ,冷静に分析され,客観的に考察された事例は,いままで皆無であった。
 出所)画像は,http://www.inbong.com/2009/kyogikai/kyo1205/

 もちろん,かつては朝鮮総聯側の似非知識人たちが日本社会において「不当な差別を受けている」と,悲鳴を上げるかのように「朝鮮学校へのいじめ」をウンヌンすることによって,日本人識者のなかには抱く者もいた「過去の歴史に対する贖罪意識」につけこむかたちであれば,そこに「粗雑にこめられた意図」を実現させうる機会はたしかに頻繁にあった。

 昔から「朝鮮学校」関係の著作が何冊も公刊されているし,学術風の体裁・中身をともなった関連の著作も公表されていないわけではない。しかし,それらの著作は例外なく一様に「朝鮮総聯側の利害・得失を絶対基準に据えた論述」をおこなっていた。それゆえ,それには学問的な評価を下せるような素地は薄く,もとよりそのような対象と十全にみなしうる代物でもなかった。

 総聯側の執筆者たちは,論究における学術性の確保はそっちのけに,記述の客観性をみずから根底から損傷させざるをえない〈政治イデオロギー的な論調〉を基底に置いた執筆姿勢しか許されていない。教条的・図式的に硬直した姿勢でしか記述できない点は,昔もいまもかわらぬ彼らの特性である。そうではないような執筆の姿勢をまともに採ろうとする在日朝鮮人系の知識人は,遠の昔に皆,みずから朝鮮総聯に引導を渡していたか,あるいは逆に「北側の組織」から追放されていた。いまの朝鮮総聯のなかにまともな知識人が生き延びているとはいえない。
 
 朝鮮総聯側の執筆者たちは,朝鮮学校についても都合の悪い事実はなんでも隠して触れず・語らずであって,もっぱら表面をとりつくろう饒舌:宣伝策を「堅持」してきた。その意味で極論すれば「朝鮮総聯」側人士の手になる民族学校に関した議論や執筆は,単なる宣伝のための発言・記述が基本である。

 「朝鮮学校」に関する研究状況のなかで,韓国〔大韓民国〕出身の研究者宋 基燦(ソン・ギチャン)が日本に留学してきて,現場参与研究(フィールドワーク)を長期に重ねた結果を,この『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』に表現した。10〔15〕年まえ〔2002年〕ころまであれば,韓国から来た研究者が,朝鮮学校に立ち入り実証研究をおこなうことは,おそらく絶対に不可能であった。

 さて,2002年9月に,当時の小泉純一郎首相が北朝鮮を電撃的に訪問・会談した結果,北朝鮮による日本人の拉致を金 正日が認めて謝罪するやいなや,それでなくとも減少してきた朝鮮学校への進学者が,翌年度から激減しはじめた。この顕著の現象のなかには,a)「新しく入学してこうようとする生徒・学生」が減少していた事実だけでなく,b) 既存の「在籍者もどんどん他校へ転出していく人数」が急増していた事実も含まれていた。朝鮮学校における生徒・学生数の趨勢はその後も,凋落の傾向をたどってきている。
朝鮮大学入学式金親子お写真画像
出所)http://era-tsushin.at.webry.info/201002/article_6.html

 上の写真は,金 日成と金 正日の「独裁者父子」を講堂内にかかげた朝鮮学校でおこなわれた「2005年度入学式」である。このように国家の指導者〔というか独裁者〕の写真をかかげさせ,戦前日本における天皇の写真のように扱わせる作法(道徳)は,まともな先進国であれば〔個々の会社とか各種の組織が自社・自業の創業者の銅像や写真を飾るのとはわけが異なり〕,ありえない教育領域での政治現象である。

蓮池薫表紙8 昨日〔ここでは2012年10月23日〕に言及した蓮池 薫『拉致と決断』(新潮社,2012年10月17日発行)は,北朝鮮では独裁者親子のたとえば新聞に印刷された「お写真」は,この〈モノ〉であっても特別の貴重品扱いされ,「お顔」のところに折り目を入れるなど滅相もなく,その部分だけはすべて別途まとめて永久保存される,と書いていた。

 これは,1945年8月までの大日本帝国が「天皇〔ら〕の〈御真影〉」をどのように扱っていたかという〈歴史的な事実〉とも,格好の比較材料になりうる。ただしその間,半世紀以上の年月も経っているから,この「時間の要素」を評価基準にも加味したうえで考えねばならない。

 「かつての大日本帝国」と「いまの北朝鮮非民主主義反人民偽共和国」における「偶像崇拝の〈バカらしさ加減〉」は,それぞれにおいていずれも「並大抵ではない様相」で共通する。日本社会では,20世紀半ばまで「生きていた臣民」にとってそうであったし,韓(朝鮮)半島の北側では,この21世紀の現在もなお「生きている人民」にとって,けっしてないがしろにできないそれである。生活上とても重要な「注意〔警戒〕事項」となるのが,その「偶像崇拝」の「いわずもがなの〈バカらしさ加減〉」である。

 ② 本書,宋 基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校
    -在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス-』2012年6月の核心論点-

 1) 本書の概要
 本書を販売するために用意された「宣伝文句」は,つぎのように解説している。目次も紹介する。

 いまその存在そのものを問う声が高まるなか,朝鮮学校はいまだに「語られないもの」として存在している。著者は韓国人研究者として,これまで外部からの調査が困難だった朝鮮学校や民族教育の現場で,37カ月におよぶ長期のフィールドワークをおこなった。その豊富な聞取調査やデータからその実像を浮き彫りにする。
宋 基燦表紙
  プロローグ 朝鮮学校の笑顔
  序 章   朝鮮学校との出会い
  第1章   民族教育の光と影
  第2章   朝鮮学校という空間
  第3章   実践共同体としての朝鮮学校
  エピローグ キム・ジョンイルの追悼式から

 著者の宋 基燦[ソン・ギチャン]は1970年韓国生まれ,現在,大谷大学文学部社会学科助教,社会人類学専攻。韓国で,漢陽大学大学院文化人類学科博士前期課程修了文学修士,京都大学大学院文学研究科博士後期課程社会学専攻し,博士(文学)。韓国漢陽大学文化人類学科非常勤講師,韓国徳誠女子大学文化人類学科非常勤講師,神戸女学院大学非常勤講師,立命館大学非常勤講師などを経て現職。
 出所)写真は,http://www.otani.ac.jp/kyouin/nab3mq000001p8ku.html より。
 補注1)宋は2014年4月より,立命館大学映像学部准教授。
 補注2)学術的な書評がある。永山聡子「「『語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』」一橋大学『〈教育と社会〉研究』第23巻,2013年8月28日。


 2) すでに登場している論評
 本書についてすでにある「書評」が与えられており,インターネット上で読める。2012年8月11日に公開されたこの論評は,「友人の著書ですと自己紹介する人物が」「できるだけ『さくら』記事にならないように書評を書」いた記述であるという。あちこちから引用してくれているので,これに借りて聞いてみたのち,本ブログ筆者の批評をおこなうことにする。
 註記)以下,http://blogos.com/article/44750/ より。

 「この本を読んでいてなによりも印象深いのは,朝鮮学校の生徒や先生,父兄に限らず,在日コリアンの人たちが抱えている苦悩や困難に対する,著者のまなざしの深さと繊細さである」。「著者は,在日〔朝鮮〕の人たちにとっては他者である韓国本国の人であり,また研究者という他者的なポジションに立ってもいるわけだが,同時に植民地化による過酷な『記憶』の共有者でもある」。
   私は語られないものについて語りたかった。だからといって私がしたいのは,彼らを単純に代弁することではない。それは彼らを他者化してしまう暴力に過ぎないからである。人類学徒として私は,まず彼らの歴史と現実に共感することから始めたかったが,その過程で,私の同志がそうだったように,「韓国人」としての私は在日コリアンと「記憶」を共有している存在であることに気がついた。それから私には在日コリアンについて語ることがとても苦しいことになったのである(3頁)。
 「おそらくこういう著者自身の『苦しさ』との直面が,在日の人たちの置かれた状況と心理に対しての,著者のまなざしの繊細さと分析の鋭さとを支えている」。「その著者によって描き出される在日の人たちの姿には,あらためて胸を突かれるような思いがする」。「いたましい努力をして自分が朝鮮人であることを周囲から隠しつづけようとする『おばあさん』の話,七夕の短冊に『本名』で署名しながら『日本人になりたい』と書きつらねた民族学級の少年,そして『あとがき』に描かれた,日本社会からくわえられる有形無形の暴力に緊張を余儀なくされている朝鮮学校の子どもたちの姿」。

 「だが著者が強調するのは,このようにさまざまに分かれている在日コリアンの苦悩や困難のありかたというものが,いずれも個人の選択によるものではなく,『植民主義』的抑圧の継続という日本社会の現実に主に起因する構造的なものだということである」。「著者は,在日コリアンが置かれた状況の困難さを『サバルタン』という有名な用語を使って捉えながら,つぎのように書く」。
 補註)サバルタン(英:subaltern,仏:subalterne)とは,ポストコロニアル理論などの分野で使用される用語である。ヘゲモニー〔支配〕を握る権力構造から経済的・社会的・政治的・地理的に疎外された人びとを意味することばである。日本語では「従属的社会集団」という訳語が当てられる。
   エイジェンシーのもつ抵抗の可能性というのは,システム(Other)の呼びかけに素直に振り向かないその行為の主体性であるといってもよい・・・。しかし,なぜ在日コリアンという主体の行為には「主体性」が見えないのだろうか。それは,日本という国家システムにおける「日本人(日本国民,市民)」と「在日コリアン」という従属的両主体が,構造のなかで同等なものではないからである。各主体間における権力の差は,在日コリアンをサバルタンとして導き,単なるアイデンティティ・ポリティクスだけでは,このような構造からの抵抗,もしくは変革を成し遂げることはできない(55頁)。
 「要するに,この困難の原因は,現実の権力構造にこそある」。「そして日本社会の植民主義的な権力構造は,ときには明白に排除的であったり,またときには同化的であったりする,強力なものである。つまり,もっと差別や抑圧の少ない社会でなら有効であるような方法でも,この惨憺たる日本社会の現実のなかでは挫折を余儀なくされる」。

 「第1章で著者は,民族学級(日本の公立学校における,在日の人たちの民族教育の仕組み)の歴史と現状や,在日の人たち(いわゆるダブルの人たちも含む)によるいくつかの「自由主義的」(個人を重視する,という意味)なアイデンティティ・ポリティクスを検討しながら,それらの限界について,つぎのように書いている」。
   在日コリアンの側で新たに主張する多民族共生の民族教育は,上のような排除と包摂のプロジェクトに加担するという新しい同化の危険性を抱えている。すなわち,在日コリアンの民族教育が,多民族共生を志向するため,民族教育内部の共同体主義的要素を廃棄した結果,日本社会の共同体主義イデオロギーを逆に強化してしまうということだ(105頁)。

 この章でも確認したように,アイデンティティ・ポリティクスとしての民族教育は,民族運動内部における「民族」概念の「ズレ」を認めないかぎり,多様な「個人」を抑圧する共同体主義の暴力に堕してしまう。しかしだからといってその「ズレ」を認め,それに従った戦略変更を実践するならば,マイノリティの防衛というアイデンティティ・ポリティクスの武装解除に繋がりかねない。

 このジレンマを乗り越える可能性をもった,現実にはほとんど唯一の道として(それを「唯一」のものにしているのは,もちろん日本社会の暴力性だが),著者は朝鮮学校の存在を捉えている。しかし,ここでもう一つの「国家語」によって構築される構造を想定すると,解決の糸口はみえてくる・・・。つまり,二重的構造の創造とそれぞれの構造で交差的に主体化することから,個人を抑圧することもなく,また個人がアトム化されることもないまま,より柔軟なアイデンティティを持った主体性が開かれるのではないかということだ(以上,108頁)。
 「朝鮮学校に対する肯定的ないし擁護的な議論は,ふつう『本質主義などの問題点はあるかもしれないが,現実の差別構造のなかではやむをえない』とか,『問題があっても,それなりの良さもある』,もしくは『こういう境遇に置かれた人たちにしかみられない素晴らしさがある』といった主張に終わりがちなものであるが,著者はそこから一歩を進めて,その特有的な条件を定式化して提示し,抑圧構造のなかで『柔軟な主体性』を育むための普遍的なモデルとして示そうとしているように思える。これは,この本のたいへんユニークなところであ」る。

 「このことに関して,第3章で著者は朝鮮学校の教育の実践課程を分析して,3つの特徴を挙げている。つまり,分離主義,集団主義,それにパフォーマンス(演劇性)の3つがそれである」。「このうち分離主義については,なぜ朝鮮学校がそのような教育のありかたを採用することになったのかが,第2次大戦終結から朝鮮戦争への時期の弾圧と抵抗の歴史をたどりながら,詳細に検討されている。ここでも著者の視点には独自性があり,この部分だけでも多くの議論を呼ぶに値するものだと思うが,ここでは触れない」。

 a)「ともかく,分離主義がもたらしたアイデンティティ・ポリティクス上の積極的な事柄として,それが象徴操作による観念的な分離(「民族学級」など)にとどまらず,『ハッキョ(学校)』という物理的『解放空間』の確保を伴っている点が強調される」。「このように分離された空間のなかで,朝鮮学校の生徒たちは日本社会のなかでは経験することのできない『朝鮮民族としての生』を日常的に否応なく経験するようになる」(214頁)。

 b)「2番目の集団主義についても著者は,『「日本社会の中で民族を守る」という日常化された危機意識』が,朝鮮学校の教育の共同体主義的イデオロギーを強化させていることを強調するのだが,そうした集団主義への強い傾向にもかかわらず,朝鮮学校の生徒たちが示す強い個性は,どこから来ているのかと,著者は考える」。

 c)「そこでみいだされるのが,3つ目のパフォーマンスという観点である」。「著者は,朝鮮学校において朝鮮語によっておこなわれる公的領域の活動が,本質的に『演劇的』であることを指摘する。そこから自我の二重性が発生するが,それによって生徒たちの自我が危機に陥るということはない。なぜなら,その『ハッキョ』という空間は,彼らにとって仮想ではなく,リアルなものだからである」。
 補註)つまり,朝鮮学校の内部でのありかたに関していえば,「演劇的にはリアルな言説」でありうることが,日本社会の現実のなかに「出たときにはフィクションの行為」でしかありえない。現実にそのことを「併有しながら演じている反面でのフィクション」性,その『二重人格的な器用さ』は,無条件に褒めるわけにも貶めるわけにもいかない。

 ある意味では,正常〔通常〕の精神構造の持主であれば,意識するとしないとにかかわらず,日本社会の現実のなかに「出たときにはフィクション」でしかありえない「演劇的にはリアルな演技」をなしえたところで,彼:彼女の次元,その人間性・人格面においては「分裂症的な打撃」は生じている。それでもなお「朝鮮民族の純粋性だとか民族的な誇り」を維持しようとするなかで,それらの打撃からの影響がなにも生じていないかのように言動することは不可能である。そのわけは,つづく記述に関連する考察がみられる。
   朝鮮学校の生徒たちにとって,朝鮮学校の公的領域の生活は仮想(virtual reality)ではない。それは,私的領域として日本社会という世界が実在することと同様にリアルなものである。したがって,朝鮮学校の生徒が自由に往来可能な2つの世界においてそれぞれパフォーマンスをおこなうとき,行為主体として生成されるアイデンティティ(identities)の正当性(legitimacy)は,「舞台」の実在によって保証される(218頁)。

 このような状況において,朝鮮学校の生徒たちにとってアイデンティティは,努力して志向しなければならないものではなく,そのときどきの状況によって自分で管理していくものとなる。金 泰泳が探り出そうとしていた在日コリアンの「柔軟でしなやかなアイデンティティの可能性」は,このように,朝鮮学校の現場におけるアイデンティティの管理(マネージメント)実践のなかにみいだせる(219頁)。
 「こうして,次の第4章では,『アイデンティティ・ポリティクスからアイデンティティ・マネージメントへ』という著者の見通しが,明確に述べられることになる」。「ここでも前提となるのは,たんに個人的であったりリベラルな(多文化共生的な,あるいはポストモダンな)戦略によっては,自我の「不安」をとり除くことができない,植民主義的な日本社会の抑圧構造の頑強さである」。「朝鮮学校の教育は,こうした植民主義の暴力への対抗として,本質主義に陥る危険をもっているが,その危険は,演劇性と(日本語と朝鮮語の)二重的言語実践による二重的現実認識によって大きく軽減されることになる。
 補註)もっとも,日本語と朝鮮語〔韓国語というか在日「朝鮮人」語〕の二重的な言語の実践が演じられているとはいっても,基本的には朝鮮学校の内・外,あるいは朝鮮学校生「同士」か否かによって,その使いわけがなされているからには,日本社会において被る危険性よりもその本質主義に潜在する「〈朝鮮学校〉側の教育態勢」が惹起させている問題性のほうに,より注意が必要がある。
    このような認識構造は,戦略的に本質主義に頼らざるをえなかったアイデンティティ・ポリティクスに露呈されているいきづまりを回避するアイデンティティの新しい可能性を開いてくれる。つまりアイデンティティをめぐる戦略における本質主義をかわしながら,個人的次元へと脱構築されることをも避けることができる,責任性(能動的意図)のある主体(エイジェンシー)によるアイデンティティの管理能力である(228頁)。
 「最後に,この本がわれわれに突きつけてくるものは,まずなによりも,植民主義に深く根差した日本社会の暴力性である」。「朝鮮学校の子どもたちに限らず,この本で描かれた在日の人たち(それに限らないが)の苦悩と困難は,そしてその歴史と現在のすべてが,われわれがそれを直視して立ち向かうべきこの国の暴力性・差別性の実態を,読者であるわれわれに突きつけている」。「そのうえで,著者がおそらくは普遍的なモデルとして提示しようとした朝鮮学校の教育の積極的な側面を,われわれは受けとる能力があるであろうかと,考えてみる」。

 「思うに,人間が生きていくには連帯(集団性)が必要である。というより,集団性こそ生の基本的な条件のひとつだろう」。「だが本当は,その連帯のための根拠がなんらかの属性である必要はない。属性は元来は必要でなく,ただ連帯があればよい」。「だがそのためには条件がある。それは,差別的な構造の加担者となることなく生きる道を,われわれ自身が選びとって実行するということである」。

 「朝鮮学校にかかわった人たちは,たとえ強いられた結果であったにせよ,その道を選んで生きてきた。おそらくそれが,この連帯に内実と,生の解放への可能性を与えている」。「それを思えば,著者が本書で提示しているものを,受容可能な『普遍的』なものとなしうるかどうかということは,われわれ自身の決意と行動にかかっているというべきなのは明らかである」。
 
 ③ 本ブログ筆者の論評

 ②  の  2) の途中で何点か寸評(青字の段落)を入れておいた。ともかく,以上の文章は『友人の論評』だといわれていても,これが誰であるのか具体的な人物像は判らない。それはともかく,本ブログ筆者が,本書:宋 基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』2012年6月に関してとくに注目するのは,この「友人」が引照していない箇所の論述にある。

 第3章「実践共同体としての朝鮮学校」において「たしかに朝鮮学校の共同体主義は,『個人』を抑圧するものではあるが,そのなかにおける『個人』の実践は」「いつも抜け道を用意しているから,抑圧から個人が感じるストレスは軽減される」(221頁)と記述された箇所に,重大な問題を感じる。

 2010年前後における朝鮮学校は,昭和20年代に登場しだしてから半世紀以上もの歴史を蓄積してきた。そこで,現時点的においてこそ,その歴史的な顚末を集積的に反映させるべき「朝鮮学校研究として〈理解の方途〉」でありたかったのであれば,同時にまたその「総決算的な含意」が具体的に,それも未来を意識して論究されるべきであった。 

 ところが,宋の参与的な研究は,実証的な視座がかえって制約されざるをえない短所=問題性を端的に表象させていた。つぎに留意すべきその3点を指摘しておく。

 a)「北朝鮮〔北朝鮮民主主義人民共和国〕」の直属盲従機関である朝鮮総聯傘下の民族学校が,2002年9月「小泉純一郎の訪朝会談の成果であった」「日本人拉致問題の表面化」によって,その後,どのくらい変容を迫られてきたか? したがって,その結果として,宋が研究対象として朝鮮学校に立ち入ることができたと思われるが,この現実状況のなかから「問題の分析を出発させえていない」。

 b) 蓮池 薫『拉致と決断』2012年10月も言及していたように,言論も思想も信条の自由もなにもない,生きている自分たちの進路を選択する可能性すらほとんどありえない北朝鮮に住んでいる人民たちならばともかく,日本に住んでいる朝鮮学校の生徒たちは,校門を一歩出たら「自由と民主(北朝鮮にはまったくありえないもの)」だらけに囲まれている。宋の研究は,かの国とは完全に非対称であるこの日本社会のなかで展開されていた事実を軽くみてはいないか。

 c) 宋は「1960年代の『暴力』」,いうなれば,北朝鮮の「国家主義と個人崇拝が混じった異様な民族主義,しかもそれを『本質』と捉えることを強要する原理主義〔から〕の抑圧,それの身体化を図る物理的暴力が」,かつてから存在した「朝鮮学校の暴力で〔も〕ある」などと記述してもいた。しかも,当時の「『暴力』とはその表出の方法が違うが,このような抑圧の構造は,現在の朝鮮学校の現場にも存在する」。

 「現在は,そのような直接的で激しい暴力を朝鮮学校の現場でみることはない。しかし,原理主義的かつ本質主義的民族主義の言説は,いまもなお健在である」と記述していながら(220頁),その「1960年代において朝鮮学校を表現した暴力性」という論点を,今日的な視点に移動させるかたちで本格的に研究対象にとりあげえていない。こちらへの問題意識も希薄である。

 朝鮮総聯はいまだにこう考えている。--『人民ではなく金王朝が独裁する国家である北朝鮮の「国籍」』が尊い。『朝鮮・朝鮮人の「民族」』の純粋性は守らねばならない。『在日朝鮮人風に訛って形成され使用されている朝鮮語という「言語」』を使えることがとても大切である。ところが,在日朝鮮人の結婚相手は9割が朝鮮人以外であるから,他民族の〈血〉がすでに大いに混じっている。

 日本は,国際結婚による夫婦の子どもに対して,22歳までは二重国籍を保有することを許している。朝鮮語というよりも「韓国語の学習」は「韓流ブーム」以来,日本人のあいだでも大人気となっており,「朝鮮学校に特有の朝鮮語」は朝鮮総聯の範囲内で通用する言語でしかなく,これににこだわって習得しようとする日本人などほとんどいない。

 いまどき『国籍=民族=言語』というような〈絶対的な閉等式》に固執している北朝鮮およびその下属組織である朝鮮総聯は,過去の遺物的な国家意識に執着している。国際化(グローバル化)が急速に進展しているこの地球上においては,希有の『純粋単一民族主義』(どこかの国でもこのありえない妄想観念はしばしば口にされるが)に拘束されている。これに『国籍の不動・固有主義』や『朝鮮語の使用絶対化』も併せれば,まさしく「北朝鮮」流の「3種の神器」が亡霊のように浮かびあがってくる。

 いまもなお後生大事に守ろうとしている,それもいまどき,おそろしいくらい時代後れの政治観念である「一国次元的:国民国家主義」,それも「封建王朝である金 日成一族」がその頂点に君臨する「偽近代的な国家思想」を,これからも後生大事に守って生きていくつもりなのか,朝鮮総聯は?
 補註)北朝鮮を熱心に支持する在日朝鮮人でありながら,実際には「朝鮮民主主義人民共和国」のではなく「大韓民国」の passport を保持する者が少なからず実在する。すなわち,朝鮮総聯に所属していながら,国籍は〈朝鮮〉ではなく「韓国」籍である。だから,彼らの支給されている旅券は韓国のものである。総聯を支持しながらでも韓国籍をもっていれば,2017年5月9日に実施される韓国の大統領選挙に参画できる。この奇妙な不均衡の三角関係,国籍と政治と人間の入りくんだ欺瞞的な実相は,許容されえない政治的なあり方であるが,「彼らはその利点」だけをかすめとり享受している。

 このように「現実にはみごとに矛盾する」朝鮮総聯側の人士たちのその支離滅裂状態とも形容すべき偽国家意識は,常人の理解からはずれるものである。さらにたとえば,公益財団法人朝鮮奨学会で,朝鮮総聯から派遣されてこの朝鮮側の評議員になっている人たちのなかには,韓国の旅券をもっている人間がいる。それほど北朝鮮のパスポートは使い勝手が悪い。外国〔日本からという意味である〕に出ていき,北朝鮮の旅券を使うと人間扱いされない場合(状況)すらある・・・。

 明治以来,多少は中途半端な近代化を遂げてきたとはいえこの日本国内での話となれば,以上のごとき北朝鮮という「国家が人民に強要する前近代的な教条思想」が,そう簡単に認められるわけがない。しかも,この国のなかに存在する朝鮮学校とその生徒・学生たちは,北朝鮮国内ではなくて,「自由と豊かさ」のあふれるこの日本国に居住している。となれば,それも3世・4世以下の世代であればなおさらのこと,朝鮮学校離れの趨勢に歯止めをかけることは不可能である。

 それにしても,宋『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』の研究は,あまりにも自己完結的・物語終了的である。朝鮮学校の生徒・学生が「綱渡りをするように上手に均衡をとりながら,この世(システム)をわたっていく,『主体のアイデンティティ・マネージメント』というアイデンティティの新しい可能性を朝鮮学校の事例からみいだせる」(229頁)といい,きわめて楽観的に観察の結果をまとめていた。しかし,本書にとって,それこそ「まだ語られていないけれども語らねばならない問題領域」が大きくとり残されている。

 それは,なぜ「朝鮮学校はいま急速に衰退・凋落の傾向があるのか」,あるいは「朝鮮学校に通わせている保護者であっても,この朝鮮学校をどうみているのか」というような問題は,現在の朝鮮学校に突きつけられるべき,けっしてないがしろにできない論点となる。ましてや,男尊女卑を金王朝の価値観をもって平然と実行する「民主主義人民共和国」である。

 北朝鮮に熱誠を誓って生きている在日朝鮮人の父母であっても,立場上はとりあえず「娘を朝鮮高校や朝鮮大学校に通わせても」「息子だけは日本の高校や大学に進学させ」てきた(すでに過去形で語るべき対象)。こうしたみえすいた便法は,これから10年・20年さきの現実,つまり近い将来における朝鮮総聯の組織崩壊を高い確率で予想しているつもりの総聯分子にとっては,非常に大切な必要不可欠の処世術ともなっている。

 宋の視点は,ある種「物珍しさ」を観るような目線を朝鮮学校に注いでいる。しかし,日本に長く住み暮らしてきた在日韓国人や在日日本人にとっては,宋はようやく,イ)  朝鮮学校そのものを理解できたとはいえ,ロ)  その上にのしかかっている朝鮮総聯の政治的に奇妙な特性には無理解であると受けとめるほかない。さらにいえば宋は,ハ)  北朝鮮から注がれている「 イ)  や ロ)  への暴圧的な支配構造」がみえる政治空間:場所は,まだ十分に論究していない。宋の研究が評価されるとすれば,このような反対側からも同時に朝鮮学校を観なければならない必要を,いまさらのように教えたことである。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
宋基燦帯び
 本書『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』の帯には「朝鮮学校の実像を浮き彫りにする」(前掲「帯」の画像)と書かれていた。だが,この浮き彫りの下にはいまだに「隠されているもの・まともに透視されていないもの」も,数多く残されている。朝鮮学校は10年まえであれば,宋のような研究者,それも韓国から日本に留学に来た研究者(社会学者)をそんなに簡単に学内に入れることなどありえなかった。この事実だけみても,朝鮮学校が時代の流れのなかで迫られてきた変質には,別の意味でまた注目すべき中身があるはずである。

  ④ その後の補述

 a) 宋 基燦『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス-』岩波書店,2012年6月については,アマゾンの書評として2件が投稿されているが,その内容は,1件は在日朝鮮人からの身内びいき的な寸評であり,もう1件は反韓国(反朝鮮)的な恣意に引きずられた言及しかなしえていないので,どちらも紹介するに値しない。
 註記)https://www.amazon.co.jp/product-reviews/4000258400/ref=acr_offerlistingpage_text?ie=UTF8&showViewpoints=1

 b)  京都大学大学院に在籍時していたときの宋 基燦は,「2005年度第2回シンポジウム 3月1日」,大阪市立中央青年センターで「朝鮮学校の新たな可能性」と題した講演をおこなっていた。その内容は下の註記の住所(アドレス)に記録されている。質疑応答まで記録してある。
 註記)http://zenchokyo.web.fc2.com/SongKiChang.htm

 c) b) を主催した『多文化・他民族共生の日本社会をめざす全朝教大阪(考える会)』は,「私たちは,『朝鮮』という言葉を,大韓民国および朝鮮民主主義人民共和国を合わせたお隣の国の総称として用いています。」註記)と決めているのは,一方に偏倚したイデオロギー的な好みによる呼称である。
 註記)http://zenchokyo.web.fc2.com/

 日本に「在日する」人びとの国籍は圧倒的に韓国籍である現状を踏まえた呼称を工夫するのではなく,自分たちの主義・信条に強引に引きつけては,相手の人びとにかかわる名称を専断的に押しつけている。関連していえば,在日韓国人知識層のなかにはそのあたりの名称をどのようにしたら,より公平・均衡ある表現にできるか非常な工夫をして,一定の見解も示し,かつ実際に使用してもいる。

 イデオロギーを先行させるような「他者に対する名づけ」は,そう簡単には受容されないはずである。いうなれば「自陣営の自己満足」風の,それも相手に対する呼称であるゆえ,この相手との対話・交流において円滑な条件を整備する以前において,わざわざ障害物を置くようなやり方である。同じ論法でまたいけば,「私たちは,『韓国』という言葉を,大韓民国および朝鮮民主主義人民共和国を合わせたお隣の国の総称として用いています。」ともいわれてもよいことになる。結局,あえてたがいに角を突きあわせるような,相手の立場に対する姿勢を構えている。そういった愚策が透視できる。
            
 d) 宋は「朝鮮学校の新たな可能性」として,「朝鮮学校では朝鮮学校が持っている……オールタナティブ教育的側面を認識し, これを詳しく研究する必要があります。 そうなれば, 学校の縮小という危機状況を克服していく朝鮮学校の競争力であり資源として活用することが可能となるでしょう」と捕捉していたが,10年以上が経過した現在でも,同じ具合にいえるか? とうてい無理である。北朝鮮による総括的支配下にある学校群としてみるとき,基盤・背景そのものがすでに熔解してきた事実は明白である。
 註記)http://zenchokyo.web.fc2.com/SongKiChang.htm

 e)  「宋 基燦(ソン・ギチャン)准教授」を紹介している立命館大学映像学部映像学科のホームページには,研究テーマと研究概要が記述されている。

 かかげている研究テーマは,以下のようである。

   在日外国人の生活と人権
   在日コリアンの民族教育実践に関する人類学的理解
   在日コリアンの民族教育に関する映像アーカイブ構築
   「視覚」に関する人類学的理解
   身体論的アイデンティティポリティクス
 
 また,研究概要は「在日コリアンの民族教育とエスニシティに関する社会人類学及び映像人類学的研究」であり,さらに具体的な要旨も説明されている。ここでは,そのリンクを指示しておく。

   ⇒ http://research-db.ritsumei.ac.jp/Profiles/112/0011124/profile.html

 宋の研究のありように関していえば,『「語られないもの」としての朝鮮学校-在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス-』2012年6月がとりあげてきた朝鮮学校は,その後,生徒数において明白な傾向として現象してきた「衰退・凋落」の傾向を,あらためて,どのような視座から・どのように解明していくのかが問われている。

 しかし,朝鮮総聯の完全な傘下にある朝鮮大学校も含めて,その全体的な兆候として明晰になっていた「朝鮮学校全体の減衰の状況」は,同書が研究の対象したその〈対象そのもの〉に有意な変質を表出させている。つまり,現時点において実際の現象面に発生している朝鮮学校の変遷(実態はもっぱら衰退・凋落)を,その後における研究の対象として確実に捕捉しえているのかという疑問が残る。
 補注)朝鮮学校の生徒総数については, 「自治体が補助額を算出するさいの基準となる児童・生徒数も、文科省によると,〔平成〕23(2011)年度の約7700人から〔平成〕27(2015)年度の約6400人に減少した」(『産経新聞』2017年2月3日)と報道されているが,この基準(児童・生徒数)の原統計資料については懐疑的に接する余地がある。2017年度になってその総数はより顕著に減少していると推測される。実際には5千人を割っている可能性がある

 前段のリンクに示した宋の研究概要を読むかぎり,そうした問題の発展,いいかえれば歴史的に移行していくなかで究明すべき本質的な動向が,どのように把握されてきたのか不明瞭であり,説明されていない。

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