【3分の2「与党勢力の高慢」とその傲岸不遜・夜郎自大ではあるけれども,アメリカからの脱出,「戦後レジーム」から脱却は依然「不可能である」軍事同盟関係のなかで演じられた国会ゴッコのコッケイさ加減】

 【軍隊にとって「従たる任務」である災害派遣の意味】



 ①「偉大なる」日本国最高指導者安倍晋三君が,国会の場で強要した「自衛隊への〈盲目的な称賛〉」の程度の悪さ

 1) 「『安倍大統領』」気取り?   臨時国会  “史上初”  スタンディングオベーション」(『スポニチ』2016年9月27日)
 第192臨時国会が〔9月〕26日,召集された。安倍晋三首相が衆院の本会議でおこなった所信表明演説の最中に,自民党議員がスタンディングオベーションする  “珍事”  があった。 -中略-   政治評論家の浅川博忠氏は「40年以上政治を取材しているが,こんなことは初めて」と驚きを隠さない。
スタンディング・オベーション安倍晋三2016年9月26日国会
出所)画像は,http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160928-00010003-bfj-pol
2016年9月26日国会自分も拍手する安倍晋三
註記)自分も拍手している安倍晋三。

 スタンディングオベーションを促した安倍首相の狙いについて,「衆参両院で改憲に前向きな議員が3分の2となるなど,自民一強という自信からくる余裕の表われ〔である〕。東京五輪で現職という夢を実現すべく,長期政権にまい進するというアピールでもある」と分析した
 註記)http://www.sponichi.co.jp/society/news/2016/09/27/kiji/K20160927013429680.html

 2)「起立・拍手めぐり討論 細野氏『この国の国会ではない』 首相,声荒らげ『どの国なのか?』」(『朝日新聞』2016年10月1日朝刊4面)
 安倍晋三首相の所信表明演説中に自民党議員らが一斉に起立・拍手した問題をめぐり,〔9月〕30日の衆院予算委員会で,民進党の細野豪志代表代行が「この国の国会ではないんじゃないか」と批判し,首相が「あまりにも侮辱ではないか」と色をなして反論する場面があった。

 細野氏は「自衛官や海上保安官に拍手をしているというより,首相に拍手をしているようにみえる。首相ご自身も本会議場の壇上で拍手をしている姿をみると,この国の国会ではないんじゃないかという錯覚すら覚えた」と批判した。
 補注)この指摘はいうまでもないが,あの北朝鮮(朝鮮非民主主義反人民偽共和国)や中華人民共和国という実質中国共産党の独裁支配の国家体制における最高指導者の演説,これに対する「起立や拍手」の事象を意味する。実際に国会の様子はそのような隣国の現象に似ているし,安倍晋三も自分をそのようにあつかってほしいと願っているからこそ,今回のような演技(国会パフォーマンス)がなされていたのではないか?

 すなわち,安倍晋三の喜びそうな〔喜んだ〕スタンディング・オベーションを,自衛隊や保安庁を山車に使いながら自分自身で要求し,そうして実現させえたのだから,野党からの以上のごとき批判は甘んじて受けていればよいのではないか?(⇒ してやったのだから……。それでも指摘・批判されて「ムキになって怒るところ」がまったく「子どもらしい絵柄」である)


 〔記事本文に戻る→〕 首相は「強制して全員が一斉にやるのは確かにおかしい。敬意の表し方はそれぞれの判断だ」と語り,スタンディングオベーションを促していないと説明。そのうえで,「私が許せないのは,どこかの国と同じだと。どの国なんですか?」と声を荒らげた。首相は26日の所信表明演説で,海上保安庁や警察,自衛隊をたたえ,「今この場所から,心からの敬意を表そう」と呼びかけ,自民党議員らが一斉に起立・拍手した。大島理森衆院議長から「ご着席下さい」と注意され,自民側もその後「適切ではなかった」と認めた。
 補注)この安倍晋三の返答のおかしさは,つぎの『日本経済新聞』のとりあげ方のほうで教えられる点となる。

 3)「首相,起立・拍手への批判に反論『なぜ問題なのか』」(『日本経済新聞』2016年10月1日朝刊4面)  
 安倍晋三首相は〔9月〕30日の衆院予算委員会で,26日の所信表明演説で自衛隊員らへの敬意に言及したさい,自民党議員が立ち上がり拍手を送る「スタンディングオベーション」が起き,野党が批『日本経済新聞』2016年10月1日朝刊安倍晋三画像判したことに反論した。「敬意の表し方は議員個人個人が判断することだ。どうして問題になるのか理解できない」と語った。民進党の細野豪志代表代行への答弁。

 首相は昨〔2015年〕春の訪米時に米国の上下両院の合同会議で演説したことに言及。「十数回スタンディングオベーションがあった。米議会ではよくある」と指摘。自民党の高村正彦副総裁も党役員連絡会で「スタンディングオベーションが叱られる議会のあり方は,グローバルスタンダードにあっているのか」と語った。細野氏は「自民党議員は自衛隊ではなく,首相に拍手しているようにみえた。この国の国会でないような錯覚をおぼえた」と重ねて批判。首相は「あまりにもこじつけで,うがった見方だ」と不快感をあらわにした。

 4)3)の記事に対する「専門家の見方」
 ※-1「許容する範囲,与野党合意を」(増山幹高・政策研究大学院大学教授) スタンディングオベーションは他国の議会ではよくある。発言者が求めても悪いことではない。ヤジや拍手も規則にないが,許容されている。米議会はヤジに厳しい処罰があるが,英国議会では「ヤジは議会の華」と肯定的だ。それぞれの議会の歴史や文化,慣行でまちまちで,必要なら与野党間で話しあって,許容する範囲を合意すればいい。野党は揚げ足とりをしているように見える。民進党は,新代表のもと政策の議論で頑張ってほしい。

 ※-2「 米議会とは性質異なる」(ピーター・ランダース米紙ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局長) 米議会のスタンディングオベーションは安倍晋三首相の所信表明演説のケースと性質が違う。米議会では,演説する人に賛同を示すために皆が立って拍手するのに対して,安倍首相の場合は,その場にいない自衛隊員や海上保安庁の職員に敬意を表わすために拍手を呼びかけた。私の記憶では,そのような呼びかけは米国でも珍しいと思う。それが日本の政治文化にふさわしいかは日本人の判断に任せたい。

 --現状においては,与党が国会で占める圧倒的勢力が起こさせたかのような出来事であった。それも例によって「首相であるこの人物がやったこと」である。この人,やること・なすことのすべてが子どもぢみている。「オレがなにをやろうと勝手だ」という基本精神をみなぎらせている。

 なにせ,昨〔2015〕年4月にアメリカの国会で「オレが演説したときだって,アメリカの国会議員たち」は「オレに向かい,すごく起立・拍手したんだぜ」といいたいのである。しかもこんどの場合は,日本の国会でオレ自身に対してはではなく,自衛隊や保安庁の隊員に対して拍手を送れといったのだから,なおさらのこと,もっと「尊い意思の表明・要求」だったはずだ。それなのに,いったい「なんの文句があるのだ」といいたいらしいのが,安倍晋三の態度。そのように映ってみえる。
上下両院合同会議演説20150429
出所)2015年4月29日の米国連邦議会上下両院合同会議における
「安倍総理演説」,題名は『希望の同盟へ』であった。
https://www.youtube.com/watch?v=HpLDJ_J-V88 

 しかし,日本国防衛相自衛隊3軍や保安庁の隊員たちをかこむ「最近日本の国際政治情勢」は,北朝鮮のミサイル発射・核実験,中国の太平洋南西海域における「侵出」などによって,非常にきびしい任務を課せられるようにもなっている。そのなかで「対米従属国家日本」の自衛隊や保安庁は,安倍晋三がアメリカにいって議会で演説させてもらい,大いに歓迎を受け,あのけっして上手とはいえるような代物ではなかった英語の演説を,どのように受けとめているか?

 結局,アメリカの上下国会議員たちが嵐のような拍手を送ってくれたのは,なんといっても,アメリカ軍の傭兵的な立場に置かれている日本国の軍隊(とくに暴力装置としての自衛隊)が,いままで以上にもっともっと,そのアメリカ軍の三下・下請け・フンドシ担ぎ部隊である現状を,さらに自主的にもヨリ徹底することを期待(要求!?)されたからである。

 アメリカ議会において演説の機会を与え等えた安倍晋三君の恩返し的な気持の具体的な表われが,この9月26日に開催された日本国会における所信表明演説において,首相の立場から「自衛官や海上保安官に拍手をしよう」と発声し,これに応えた自民党の若手議員などの対応であった。

 しかしそれにしても,安倍のいいなりになっているだけの「選良(?)としての国会議員=自民党陣笠」がずいぶんな数がいた。未熟に過ぎる自民党の彼ら(当選回数が少ない連中だと指摘されてもいる)が大勢いた。その意味で起立し,拍手をしたそうした与党議員たちは「対米従属が根本精神」である首相の立場を「文句なしに認容した」と受けとめることができる。あらためて指摘しておけば,安保関連法が参議院まで通過・成立したのは2015年の秋を迎えるころであった。
小泉純一郎画像
出所)http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/010d4c6deedfbe28f06d95f450c52ed1

 小泉純一郎はかつて「アメリカのポチ」と蔑称されたことがあったが,安倍晋三は「アメリカのスピッツ」,つまり「気に食わない質問をされるとすぐに切れて喚きたてる」し,「アメリカのためであれば自国人に対してすぐ吠えまくる犬」と特徴づけたらいいのである。いまの安倍晋三が日本の軍事体制に関して妄想している諸点は,以下の ② ように具体的に批判されてもいる。

 ② 宮島みつや稿「現役自衛官が “海外派兵” 強制アンケートを暴露『海外派遣に行かない』を選択したら上司から呼び出し」(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2016年9月25日,http://lite-ra.com/2016/09/post-2584.html

 違憲の新安保関連法の強行成立から,1年が経った。安倍政権は,現在南スーダンでPKOに従事する自衛隊に対し,〔2016年〕11月にも新安保法にもとづいた「駆けつけ警護」の任務を新たに付与するとみられている。

 「駆けつけ警護」とは,自衛隊が現地の武装勢力などから直接攻撃を受けなくとも,国連やNGO関係者が襲撃されたさいに現場に駆けつけて救助するというもので,武力の行使が法的に認められる。

 当然,武装勢力と交戦状態となるわけで,双方に死傷者が発生する可能性は極めて高い。戦後,直接的には人をひとりも殺さず,殺されることもなかった日本の自衛隊の歴史が,早ければ今〔2016〕年中にも塗り替えられようとしているのだ。

 当の自衛隊員たちはいま,なにを思うのか。「(自衛官の)誰かが犠牲になって死なないと,この法案がダメだったのか良かったかというのは,もう一回議題にあがることはないのかな」。ある現役自衛官の言葉だ。去る9月19日放送の『報道ステーション』(テレビ朝日)が安保法成立から1年後の現実を特集し,現役自衛官にインタビューを敢行した。顔を隠し,声色は加工されているが,この現役自衛官の肉声は,安倍政権がいかに現場を無視して安保法を強行したかを物語っている。

 「やっぱりイメージがわかないというか。僕らが(自衛隊に)入ったときの約束は,国民を守るためが一番」。「大規模災害で支援して,国民から『自衛隊さんありがとう』といわれるのが,いちばんモチベーションが上がるところなんですね」。「だけど駆けつけ警護とか,(対象が)日本の人でもないし日本の土地でもないし,なにをしにわざわざ行くのか,と」。

 現場は,なぜ自分たちが海外で武力行使をせねばならないのかと,あきらかに戸惑いをみせている。だが,新安保法にもとづく任務は事実上の “強制” 。人を殺せと命じられれば,殺さざるをえないのだ。実際,この現役自衛官は,安保法の成立後,海外派遣に関するこんなアンケートに回答させられたという。

 「3択しかないんですね。 “熱望する” のか “命令とあらば行く” のか, “行かない” のか。3番の “行かない” にマルをつけたら,当然後から上司のほうに呼ばれて『なんで行けないんだ』と(いわれた)。結局,延々と問いつめられたから,じゃあ2番の “命令とあらば行く” でいいです,と」。
 補注)これは,旧大日本帝国時代の日本軍において,特攻隊に志願するよう将兵に対して要求するさい,用いて問うた方式とほとんど同じである。特攻への志願を問われた将兵は,それを回答する用紙に書かれていた『3択⇒「希望」「熱烈希望」「希望しない」』から選ぶように迫られた。このときは当然のこと「熱烈希望」にしないと答えにくく,実際にはそう強制される雰囲気があった。そういう雰囲気だけにかこまれていた「戦争の時代」であった。

 いまの自衛隊では「熱望する」ではなくて「命令とあらば行く」を要求される雰囲気だということが,以上の話題のなかには語られている。「行かされる点」に限っていえば,昔もいまも実質では,同じことである。なにせ「同じ軍隊」の命令である。ただし,自衛隊員は徴兵制ではない時代なので,どうしても嫌であれば自衛隊員であることを辞めればいいだけのことであるから,まだ救いようがある。

 戦争の時代,特攻隊にいった将兵であっても,実際にはいやいや特攻機に乗っただけで,生きて還ってきた者も少なくない人数いたのである。特攻隊を美化して語るのは容易であるが,最近ではその真実がようやく明らかになりつつある。

 〔記事本文に戻る→〕 上司からパワハラを受けて,海外派兵を拒否することができない。これが,自衛隊という組織のリアルなのだ。さらにこの現役自衛官は, “選択肢のないアンケート” がもっている本当の意味を,このように語っている。

 「多分なにかあったときには,家族にはたぶんこのアンケートをみせるんだろうな,と思いながら。『いや,本人は希望していました』と。なにかあったときの逃げじゃないけど,それがみえて,すごい嫌です。『家族がいるから俺はいけません』と頑なに断った先輩がいたんですけど,そうしたらその先輩が僻地のほうに転属とか,単身赴任で飛ばされるとか,よく分からないような人事がある」。
 補注)自衛隊員は基本的には,ほかの職業に比較して命を危険にさらされる確率が高い仕事に就いている。もっとも,安倍晋三が安保関連法を国会で通してからは,その危険性の程度は顕著に高まった。また,その間における事情の推移を反映させる方向でもって,自衛隊員に対する処遇にも変化が生じている。自衛隊員個々人の反応しだいでは,これに対する自衛隊内部での「ミリ・ハラ(military harassment)」現象が生起してもいる。

 このまま安倍晋三の望むような自衛隊3軍になっていけば,心配なこととしては,自衛隊員の自死行為が増える可能性もある。イラクに派遣した自衛隊員でも心的外傷後ストレス障害(PTSD)に罹患した人数が相当いたはずであるが,正式に詳細な報告や統計はない。ただ,自殺者率が多めではないかという点は,日本社会の話題にはなり関心を惹いた。参考になるのが,イラク戦争に出撃させられた将兵たちの帰還後における諸現象(PTSDの)である。

 〔記事本文に戻る→〕 要するにこのアンケートは,はなから個々の自衛隊員の任務や配属の希望を聞くためのものではなく,紛争地帯で “戦死” した場合のための “言質” をとるためだったのではないのか,そう現役自衛官はいうのだ。そして,圧力に屈しない隊員には露骨な報復人事を下し,他の自衛隊員に対する “みせしめ” にする。これは,おそらく『報ステ』の取材に匿名で答えた現役自衛隊の周辺に限った話ではないだろう。
 補注)安倍晋三が国会で「自衛官や海上保安官に拍手をしよう」などと,いい気になって演説していたが,その真意(目標:狙い)がどこにあるかは〈一目瞭然〉的であったというほかない。これからの自衛隊員は「死を覚悟して任務に就け」といいたいに過ぎない。軍隊であれば「死」は当然の前提になる要因であるが,いままでの自衛隊の実際におけるありようとは,質的に異なる局面がすでに目前に展開されているといえる。

 〔記事本文に戻る→〕 今〔2016〕年7月には,現職の陸上自衛官が新安保法による集団的自衛権の行使は違憲だとして,国を相手取り東京地検に提訴した。原告は「防衛出動」の命令に従う義務がないことの確認を求め,自衛隊の入隊時に同意していない命令に従う義務はないと訴えているが,対する国は,原告の訴えは不適法であり,却下を求めている。安倍政権は,憲法違反の法律が自衛官の生命を危険にさらそうとも,冷酷なまでに “命令に従え” といいつづけるのだ。

 しかし,新安保法のもとでの自衛隊の任務,たとえば「駆けつけ警護」がもたらす “戦死” リスクは,1人や2人といった人数で済みそうにないのが現実だ。専門家もその危険性を指摘しており,たとえば元陸上自衛隊レンジャー隊員の井筒高雄氏は『週刊朝日』(朝日新聞出版)2015年8月28日号でこのように警鐘を鳴らしている。

  「『警護』といっても,実態は戦闘にほかなりません。2ケタ単位,最悪3ケタの死者が出ることもありうる。とくに,いまのまま自衛隊が戦えば,負傷者中の死者の比率が高くなることは避けられない。自衛隊は諸外国の軍隊のように救急救命の制度が整っておらず,医師法や薬事法の制約で衛生兵による現場での治療や薬の投与も十分にできない。演習場の近くに治療施設のある普段の訓練時とはまったく状況が違うのに,命を守る備えができていないのです」。
 補注)自衛隊に戦死者がもしも出たときは,安倍晋三の思う壺であるとまで,あえて断わっておかねばなるまい。そして,つぎに強調されるのは靖国神社の問題となると予想してよい。この神社に,自衛隊員の『死者の思想』としての覚悟を植えつけるための国家神道的な支援背景を求めはじめることになるはずである。

 この指摘は過剰な反応ではなく「戦後レジーム」を否定・脱却したい安倍晋三の立場・思想に鑑みれば,それほど無理なく感知できる魂胆=事情である。しかし,問題の焦点はいったい「誰のために自衛隊員は戦〔闘〕死する危険性に身を置く」のかというところにある。

 前段のなかでは「
自衛隊は諸外国の軍隊のように救急救命の制度が整って」いないと指摘されていた。それでも,実際に自衛隊員が命を落とすようなことになれば,きっと「尊い命」が奪われたとかなんとかとだけは,安倍晋三君は「しっかり・テイネイに」いいわけするに違いない。この点は,いままでの安倍晋三君の口調をなんども聴かされてきた実績からしても,そのように事前に指摘できるのである。

 そもそも安保関連法は日本国のための法律であったか? そうではななかった。ここまで論旨でも判るようにアメリカ軍の肩代わり軍隊としての役割が,自衛隊には基本的に要求されている。集団的自衛権行使を容認する日本国になっているのだから,そういった軍隊としての自衛隊,そしてこの隊員は,軍人として派遣された先において,危険性がある場所・地域なのであれば,自分の生命をかける任務に就くことになる点を否定できない。これは軍隊・軍人の立場とすればとうてい回避できない事情である。

 イラク戦争のときアメリカ人は,なかでも州兵の登録をしている者は,召集がかかったらただちにイラクに派遣されていた。彼らは,いまたずさわっている自分の仕事を置いてそう従わねばならなかった。戦場となったイラクで死んだアメリカ兵の数は,つぎの図表のとおりであった。日本の自衛隊,つまりアメリカに着きしたがう国の軍隊して今後は,このような事態に似た結果を生む任務に就かされる機会が生じないという保証がなくなった。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
イラク戦争犠牲者数統計
出所)http://web.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/iraq/casualty.htm

 米日制度に関する必ずしも厳密ではない話になるが,日本でも一般社会人や学生など予備自衛官補として採用しておき,教育訓練修了後は予備自衛官として任用する制度がある。この予備自衛官も有事のさい召集されたら拒否はできない。くわしくはウィキペディアにも説明があるので,そちらを参照されたい。

 〔記事本文に戻る→〕 現に,政府は「駆けつけ警護」の嚆矢とする南スーダンは,内戦により多数の市民が巻きこまれるなど治安が悪化しており,今〔2016〕年7月にも首都ジェバで政府軍と反政府軍の大規模な戦闘が発生,兵士や市民300人以上が死亡したとみられている。しかもこのとき,陸上自衛隊の宿営地からたった100メートル先の地点で銃撃戦がおこなわれ,その流れ弾の弾頭が宿営地内で複数発見されたことも判明している。まさに自衛隊が戦闘に巻きこまれる一歩手前だったのだ。

 「駆けつけ警護」の任務が付与されれば,こうした大規模戦闘の最中に,日本の自衛隊が武器をもって突入することだってありえるのだ。実際,前述の『報ステ』のなかでは,現地で取材を続けるジャーナリストのヒバ・モーガン氏がこのようにVTRのなかで語っていた。「PKO部隊を攻撃する勢力には,ガーナ人もルワンダ人も日本人も大きな違いはない」。「実際に(PKO部隊が)攻撃されたこともある」。

 PKO部隊まで攻撃を受ける可能性があるなか,さらに「駆けつけ警護」と称して武器をもち,武装勢力と対峙すれ戦闘は避けられない。安倍首相は昨〔2015〕年の安保国会で “自衛隊のリスク増大” を頑なに否定しつづけたが,それがいかに詭弁であったかいまに分かる。そして,分かったときには,自衛隊員の尊い命は奪われているのだ。しかも,現在の日本のPKO参加じたい,明らかに「参加5原則」の〈紛争当事者の間で停戦合意が成立していること〉を満たしていないとしか思えない。前述のとおり,南スーダンは紛争地域にほかならず,停戦合意などあってないようなものだ。

 また,〈中立的立場を厳守すること〉という条件もすでに外れかけているといえる。先〔8〕月,国連安保理は4000人規模の部隊を南スーダンに派遣する決定を下したが,この部隊には,任務遂行に「必要なあらゆる手段を行使」する権限が与えられ,現地政府に対しても国連施設や民間人への攻撃準備があれば武力行使をおこなえるとした。当然,現地政府はこれに反対しているが,PKOがこれほどの治安権限をえてしまえば内政干渉の色はもはや隠しきれない。そんな混沌のなかで自衛隊が武器使用を認める新たな任務を遂行しようとすれば,反政府軍からも政府軍からも攻撃対象となる可能性はゼロではないだろう。

 ところが安倍政権は,ジェバで大規模戦闘が発生した7月以降も,PKO参加五原則には違反していないとの立場を崩さない。そして,自衛隊では先〔8〕月から「駆けつけ警護」の訓練が開始され,先日の日米防衛相会談でも稲田朋美防衛相が米側にそのことを報告。まさに準備万端,新安保法の “実績作り” のために「駆けつけ警護」をさせたくてたまらない,といった様子なのだ。
 補注)ここでは「日米防衛相会談でも稲田朋美防衛相が米側にそのことを報告」という点に注目したい。

 誰かが犠牲にならないと分からないのか。『報ステ』でそうこぼした現役自衛官の声は,安倍政権には届かない。それどころか,連中のやっていることをみると “早く犠牲になってくれ” という欲望まで見え隠れする。このまま,私たちはただ,自衛隊員の “戦死” するのを傍観することしかできないのか。
 補注)このとおりである。安倍晋三のいうところの「ふつうの国」は,どうみても「自衛隊員の犠牲」などその数にも入れていない。否,「ただし,死んでくれれば数に入る」(「入れてもらえる」)かもしれないような,そういった性質の国家意識をもつ「冷酷な概念」である。

 安倍晋三の立場からすれば,日
本国の自衛隊員も死者が出る危険性のある紛争地域にまで積極的に派遣されてこそ,それも,アメリカ軍(あるいはアメリカという国家)の覇権的な軍事行動の下請け・下支え部隊になることが,いちばん大切な「わが国軍隊の任務・使命」である。

 安倍晋三は2015年4月29日にアメリカ議会上下両院合同会議で演説させてもらったけれども,そのアメリカ側の意図・本意がいったい奈辺にあったかは,その意味でも「一目瞭然」である。安倍晋三がみずから進んで,自衛隊員を「どうぞご自由にお使いください」とアメリカ側に申し出た事情・背景を読みとらねばなるまい。

 註記)『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』は,以下を引照。
   http://lite-ra.com/2016/09/post-2584.html
   http://lite-ra.com/2016/09/post-2584_2.html
   http://lite-ra.com/2016/09/post-2584_3.html
   http://lite-ra.com/2016/09/post-2584_4.html

 ③ 自衛隊の「災害派遣の仕組(Disaster relief operation)

 1)同上の解説
 陸上自衛隊は,国内における地震・風水害・火山噴火・雪害などの自然災害や火災・海難・航空機事故などの際の救助,山などでの遭難者救出などの「災害派遣」に携わり,国民の生命や財産の保護に寄与しています。(画面 クリックで 拡大・可)
災害発生から出動まで
災害派遣活動写真集
 自衛隊は,天災地変その他災害に対して人命または財産の保護のため必要があると認められる場合は,都道府県知事等の要請(ただし,特に緊急を要する場合は,要請を待たずに)にもとづき,防衛大臣またはその指定する者の命令により派遣され,捜索・救助,水防,医療,防疫,給水,人員や物資の輸送など,さまざまな災害派遣活動をおこないます。また,自然災害の他,航空機や船舶の事故等の救援,医療施設に恵まれない離島などでは救急患者の輸送などにも当たっています。
 註記)http://www.mod.go.jp/gsdf/about/dro/ 自衛隊災害出動

 2)自衛隊の災害出動に関するある意見
    -現場で活動する自衛官
のためにお願いしたいこと-
 ここに紹介する文章は,東日本大震災「3・11」発生直後から救援活動に出動した自衛隊員の正直な声である。引用元の全文を紹介できないが,安倍晋三がいま自衛隊に要求する論点とはまったく違う性質のことがらが語られている。

 --美化することなく,英雄扱いすることなく,感謝も,慰労も求めておりません。ただただ,被災者の安心と被災地の復興のために必要な装備と,活動に対するご理解をいだたきたくて,国民の皆様にお伝えいたします。

東日本大震災遺体収容画像 『被災地の実情』 被災地では,マグロやサバ,とくにイカの腐敗臭が非常に強くなっています。ご遺体の腐臭もあります。1カ月を経過して,今後ますます腐敗臭は強くなります。それは,自衛官の心身のストレスを高め,疲労させます。そして,泥は乾き,ご遺体の捜索,収容作業がますます困難になっています。
 出所)右側画像は,http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-215484.html

 津波の影響で,泥の上にがれきがあったのですが,がれきを撤去しても,その下の泥が日を追うごとに乾いて,ご遺体を隠してしまっているからです。一方,沿岸部では,海上自衛隊の掃海隊群が中心となって,ご遺体の捜索がおこなわれています。その主体は,海のなかで発見された不発弾や機雷等爆発物の水中処分(Explosive Ordnance Disposal:EOD) を任務とする水中処分員です。

 『少し力をかけただけでボロボロになる遺体』 こちらも,津波で流された木片や浮遊物といった障害物を除去しながら,捜索しています。とくに,3週から5週目の間に,多くのご遺体は海中で膨張するため浮き上がってきます。そのため,地引き網より編み目の細い網で,慎重に収容します。少しのテンションでもぼろぼろになるので,丁寧に,丁寧に,棺やご遺体袋へ納めます。車から脱出できなかったご遺体や自宅ごと流され家から出られなかったご遺体は,なかなか浮上しませんので,きわめて困難な収容作業となっています。

 しかし,このEOD員も,自民党時代から続く連年の人員削減,すなわち部隊の近代化,集約化と称する削減により,隊員数が少ないのです。横須賀,呉,佐世保にわずか4個隊(30隻)しかおらず,掃海隊が交代でことに当たっているものの,連日数度の捜索により隊員個々の疲労が蓄積しています。

 それでもなお,「われわれは艦艇に戻れば温食,お風呂がある。現地で冷たい食事して,毛布にくるまって寝ている陸・空自の方が大変だ」という他部隊を労(いたわ)る言葉を発してくれます。いずれも梅雨が始まり作業が困難になってしまう6月までが勝負と,日々全力で作業に当たっています。(後略が最後部は 3)に紹介する)
 註記)http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5869

  「後略」の以下において出されていた見出し項目は,「相変わらずの装備品不足」「私物の携帯電話で連絡を取り合う隊員たち」「放射線防護服も絶対的に不足」と続くが,最後の「3・11」災害支援に出動していた「隊員の生活例」だけは,以下に引用しておきたい。

 3)「東日本大震災の救援活動に当たった〈隊員の生活例〉」
 5時起床,18時捜索終了,作戦会議やミーティングなどで23時頃就寝。物資輸送については,交代制で夜間もおこなっています。4日に1度の入浴(片道4時間)。多くの場合,洗濯は入浴を早めに切り上げておこないます。食事は,ほとんど1日2食です。当初は乾パンばかりだったのが,除々に冷たい缶飯になり,たまに温食が出ます。週に1度の休日は,入浴とほとんど疲れて眠るだけ。

 国家,国民の一大事に派遣されるとき,最初,士気は高いものです。しかし士気は弓矢と一緒で,最初は勢いよく放たれますが,弓なりに失速するものです。士気も日を追うごとに,みたくないものをみて,嗅ぎたくない匂いを嗅いでいると衰えていきます。

 そんな士気が衰えてきたときに,隊員を奮い立たせるのは,堅確な意志を体現した指揮官の姿であり,熱誠を込めた言葉なのです。堅確な意志と熱誠を込めた言葉によって,衰えた士気は振作されます。われわれ自衛官は,国民の皆様から感謝されればもちろん嬉しく思います。ですが,そのためにやっているのではありません。

 『現場で活動する自衛官のためにお願いしたいこと』 自衛官は国民の生命と財産を守ることが任務であり,使命であり,当たりまえのことなのです。また,こういう文章を書く理由は,感謝してほしいのではなく,理解して,活動を支援していただきたいからです。

 a) 今回の自衛隊災害活動においてさえ,マスコミには心ない発言をしたり,作業をしている隊員に心ない発言を浴びせる方がおります。また,周波数割り当てや装備品等,他省庁でもっているものを貸与していただくといった支援が必要なことを理解して,その気運を高めていただきたいのです。

 b) そして,疲労を忘れさせ,士気を奮い立たせる,隊員の心に響く指揮官の意志と態度が必要なのです。隊員の士気を維持しつづ続けているのは,つぎのような某中隊長の言葉なのです。

 イ)「被災者や行方不明家族のおられる方々が,固唾をのんで見守るなかでの作業は辛いものがある。しかし,崇高な使命を達成できるのは,われわれしかいない」。「現地での作業でみせた諸官の行動は間違っていない。なにかあれば,私が責任をとるから,存分に作業に当たってほしい」。

 ロ)「避難所などで被災者が心身疲労しており,真に必要な救援物資の到着を待っている。被災者に会ったら,何が必要か,何が不足しているか,どうしてほしいか,少しでも情報をとってこい。ただで帰ってくるな」。
 註記)前掲,最後部。

 ④ 秋山謙一郎(フリージャーナリスト)「自衛隊の戦いを大きく変えた,2つの大震災」(『DIAMOND online』2015年3月13日【第6回】)
 
★「今や災害派遣が “花形” 意識変化に自衛隊内には懸念も」★

 高度な組織化により「いわれたことだけをしていればよかった」時代と違い,階級・職位を問わず「国民の目からみてどうか」を考え,動くことが個々の自衛官に求められるようになった。阪神・淡路以降,組織の指示とは別に,良くも悪くも「国民の目」を軸に個人の判断で物事を進める自衛官が増えてきたという声も聞こえてくる。

 戦後長らく,自衛隊は必ずしも国民の間でその存在意義を認められていなかった。一部の国民からは,税金泥棒呼ばわりすらされていた。海外からの侵略などもなく,その任務と活動が目にみえないなかで,1991年の湾岸戦争における初のPKO派遣以降,なにがしかの有事に参加した隊員たちが内部では「一目置かれる」(海自1曹)ようになったという。

 現在では,自分たちの活躍をしらしめる場は,政治的に議論の分かれるPKOではない。むしろ大規模な災害での救出・救援活動だ。阪神・淡路以降,自衛隊内部ではそんな空気感に包まれている。

 いまや自衛官たちにとって震災という有事への参加は “武勲” もしくは “戦功” と捉えられている現実がある。震災を含め,いざ有事に,出動を命じられた隊員たちは,勇躍,武勲を立てようと被災地へと向かう。現地に赴くことなく居残りを命じられた隊員たちは肩身の狭い思いをする。

 事実,PKO,阪神・淡路,北朝鮮による不審船事案,そして東日本大震災といった有事を人事上のめぐりあわせから経験していないという海自の3佐は,「まさに“髀肉之嘆”。なんのために自衛隊に入ったのかわからない」と嘆く。

 阪神・淡路以降,新入隊員たちのあいだで希望する職種が変わってきたといわれる。陸なら建築物や道路工事,橋梁架橋を請け負う施設科,食料や燃料を運搬,入浴設備を整えるといった任務をおこななう需品科。海では艦艇乗り組みでも,華々しい護衛艦や潜水艦ではなく輸送艦,空なら輸送機のパイロットだ。いずれも震災時,直接,国民の目にその活躍がみえる職種だ。東日本以降,その傾向はより顕著なものとなった。
 
 実のところ,こうした傾向に自衛隊関係者は頭を抱えている。自衛隊の本業はあくまでも安全保障であり,災害派遣は主たる業務ではないというのがその理由だ。戦闘系職種の人気低下は,規律・風紀紊乱にも繋がりかねず,自衛隊の存在意義を揺るがしかねないとの危惧がある。それらの懸念に,一理はある。だが安全保障のなかに災害対策を組みこんではいけないという理由もない

 阪神・淡路,東日本での教訓から,災害対策基本法も2014年に改正され,自衛官が独自の判断で放置車両を動かすことも認められた。阪神・淡路,東日本の2震災での活躍から,自衛隊が大規模災害時,動きやすい環境がようやく整えられた。いま,災害対策もまた自衛隊の本来業務に “格上げ” しても,異を唱える向きは少ないのではないだろうか。
 註記)http://diamond.jp/articles/-/68335?page=4

 災害出動・支援は安倍晋三の視線でみるとき,それほど大きな意味をもっていないかのように思える。海外に自衛隊を派遣し,そこで自衛隊員が死ぬ場面をうれしそうに想像する「彼の顔みたいな映像」が,われわれの夢のなかにでも出てきそうな時代の雰囲気を,彼は創りたがっているのである。

 ⑤ 波内知津稿「自衛隊と災害派遣活動-戦後日本の紡衛行政にかんする研究ノート-」2010年3月

 最後に「安保関連法」が成立する以前において研究者が記述していたこの論文から,つぎに引用しておく。前掲してあるが,波内知津稿,その題名は「自衛隊と災害派遣活動-戦後日本の紡衛行政にかんする研究ノート-」である。     
 現行の自衛隊法解釈によれば,災害派遣は自衛隊の本来任務のうち「従たる任務」に当る。「従たる任務」とは,第一義的には自衛隊以外の他の行政機関が担う任務であるということである。

 つまり原則として,災害派遣に際して防衛庁・自衛隊は,他の行政機関と連携することになるのである災害派遣活動に伴うそうした連携のありように注目して,省庁間の有機的関連のなかに防衛庁・自衛隊を位置づけて考えることも,その存在を理解するうえでは必要となる。
 註記)波内知津「自衛隊と災害派遣活動-戦後日本の紡衛行政にかんする研究ノート-」,筑波大学社会学研究室 『社会学ジャーナル』第35号,2010年3月,93頁。
  波内知津図表94頁
   出所)波内,同稿,94頁。(画面 クリックで 拡大・可)
 つまり,災害派遣は「自衛隊の本来任務」にとってみれば,あくまで「従たる任務」に相当する。この「従たる任務」とは,第一義的には自衛隊以外の他の行政機関が担う任務であると説明されていた。こういう理解になる。前項の ③ で記述した内容は,自衛隊という軍隊のそうした基本性格が,実際に「3・11」災害発生直後から,支援活動に従事してきた隊員たちにかかっていた「問題点=重い負担」を,より現実的に説明するものになっていた。

 自衛隊も軍隊であるから「主たる任務」は,安全保障問題とこの関連領域に置かれている。しかし(ところが),その任務は日本国内に関するかぎりで観ると,米軍基地の存在を無視して語ることはできない。つまり,自衛隊にとってその「主たる任務」は,日本本土に世界戦略上,重要な基地を配置させている「〈在日米軍基地〉を,それこそベース:拠点に活用しているアメリカ軍全体が担っている」実戦態勢を,できうるかぎり補完するところにあった。だから,自衛隊は国内の災害派遣活動に専念できてきたという事情があったといえなくもない。

 しかし,安保関連法によって集団的自衛権行使を容認する軍事同盟関係のある日米間の間柄である。日本国内の基地は米日両軍が共用している実態もある。いままでは「主たる任務」よりも「従たる任務」が「主であった」のようにみえていた日本の自衛隊であった。だが,軍隊としてはいよいよ,それもアメリカ軍の三下・下請け・フンドシ担ぎ部隊である性格を,より明確にさせられる事情が,その「主たる任務」面において明確に生まれた。これからの自衛隊はアメリカ軍のためにこそ,その本来の「主たる任務」を果たさせられる軍隊である性格を,より明確にさせられたのである。
安倍晋三画像9
 しかも,そういった変化を,日本の首相としてみずから進んでアメリカにご注進して実現させたのが,われわれの宰相:安倍晋三君である。今後における自衛隊3軍は,いままでと同じに軍隊であれば「従である任務」=災害派遣の任務にくわえて,さらには,その「主である任務」=もっぱら海外派遣のかたちで,それもアメリカ軍のために働かせられる「手下の・子分としての軍隊行動」に従事させられる関係を,いままで以上に明確に強化させられた。

 米日安保条約の現状では,必然的にそういう方途になるほかない。安倍晋三は,現在まで日本の自衛隊の置かれている位置を,対米追従で現況の枠組のなかで,よりいっそう強化させるために,みごとなまで「アメリカへの忠臣」ぶりを発揮した。ジャパン・ハンドラーの1人,リチャード・アーミテージは,安倍晋三のことを無条件に褒めあげていた。つまり,安倍晋三君は米国の忠犬。
    アーミテージは,安倍晋三のことを「たった3年間でこんなにできるリーダーを初めてみました。アメリカの観点からみれば,いままででベストだと思います」註記)と,安倍晋三をベタ褒めしていたという。語るに落ちた話である。すなわち,日本国民たちは二重に舐められている。安倍晋三がアーミテージに舐められ,そしてこの安倍晋三に国民たちが舐められ……。
 註記)https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=112542
 以上が,2016年9月26日の国会において安倍晋三首相が所信表明演説のなかで,「自衛官や警察官に対して起立して拍手すること」を,出席した議員らに促した事実に関する「ひとつの分析・説明」である。
まず安倍晋三総理から前線

 ⑥ つぎの画像資料などは,以上を補足・追加する記述

泥憲和表紙
 泥 憲和『安倍首相から「日本」を取り戻せ !!   護憲派・泥の軍事政治戦略』(かもがわ出版,2014年11月),安倍晋三のことをこう評価している。

 安倍さんは安全保障に造形が深い,ということになっている。だがその中身は,たいしたことがない。いっているのは,まとめれば3つだ。

 ひとつ,軍事力をひけらかせば周辺国は恐れいるだろう。
 ふたつ,軍事力は使える状態になければ意味がない。
 みっつ,アメリカに従おう。

 さて,1つめと2つめの結論としては,憲法改正と自衛隊強化が出てくる。3つめの結論として,日米安保の強化である。少し考えれば……いやかんがえなくともわかるが,一番目の要は3つめである。

 日本の主要兵器は米国製である。米国がミサイルの供給を止めれば,日本は戦えない。日本がいくら武器を振りかざそうが,それを使いたいといおうが,アメリカが首を縦に振らなければなにもできない。これが日本の現状である。

 これは「戦後レジーム(戦後体制)からの脱却」だろうか。いや,これこそが「戦後レジーム」そのものだ。安倍さんは「自立」を語る。

 しかしいくら自立を唱えても,アメリカに従属しているかぎり,そんなものは絵に描いた餅に過ぎない。憲法改正で日本人としてのほこりをとり戻そうともいうが,そんなことをしても,せいぜい米軍の弾よけになるだけのことだろう。

 この現実を分かっていないのか,分かっていてもあえて国民をだまそうとしているのか。いずれにせよ安倍さんには,わが愛する祖国日本を任せたくないが正直なところである。
 註記)泥『安倍首相から「日本」を取り戻せ !!』254-255頁。


 【大学イメージ戦略のための全面広告は無意味,ムダである】


 ① 本日の大手紙に観た大学全面広告

 最近において本ブログは,つぎ〔下掲の註記〕の記述をしていた 註記。そこに説明したような,昨今大学教育において切迫した重要な課題などそっちのけで,私立大学がめいめい勝手に「自校のための宣伝・広告」にフンダンに予算を充て支出している。

 まず,以下にかかげたのは,本日の『朝日新聞』朝刊(16面)と『日本経済新聞』朝刊(12面)にそれぞれ出ていた「大学の全面広告」である。(画面 クリックで 拡大・可)
   『朝日新聞』2016年9月30日朝刊16面津田塾全面広告『日本経済新聞』2016年9月30日朝刊12面東京国際大学
 世界のなかでも一番高いところの水準で大学納付金を学生・保護者に負担させているなかで,このようなゼイタクでありながらも,かつその効果のほとんど不分明な新聞全面広告〔ほかにも多くの各種の宣伝・広告もおこなっているが〕を出すというのは,きわめて不適切な大学予算の設定と執行のあり方である。ところが,日本の大学はこの2校にかぎらず,この種の企業宣伝を盛んにおこなってきている。

 思えばまた,各大学には必らずといっていいほど存在する後援会が,こうした大学経営の財務行動の一環に対して,なにかをいったという話は聞いたことがない。
    註記)2016年09月24日,主題「教育『貧国・大国』日本の大学教育問題,さらに問題なのが国公立大学と私立大学間における公的支出の大きな格差」

 副題:「軍事費(防衛予算)や核発電(原発・もんじゅなど)で千億円・1兆円単位の無駄遣いをしながら,『百年の計のための教育予算』をケチる,安倍晋三政権の『日本をダメにする文教政策』」
 最近日本のおける労働者の単純平均年収は4百数十万円である。関連する統計を挙げておくが,こうなっていた。右側にはバブル経済破綻した直後,1990年代の数値も並置した。

   2015年:415万円          1999年:461万円
   2014年:414万円          1998年:465万円
   2013年:409万円          1997年:467万円
   2012年:414万円          1996年:461万円
   2011年:408万円          1995年:457万円
   2010年:409万円          1994年:456万円
   2009年:412万円          1993年:452万円
       註記)http://heikinnenshu.jp/country/japan.html
      この記述には年収に関する統計がいろいろな角度から整理して紹介されており,
      参考になる。なお表示の金額は税込であり,可処分所得はこれよりも低い。仮
      に年収400万円の場合,可処分所得は311万円と計算されている。

 ② 大学授業料の高さ

 私立大学の文系学部,それも老舗で納付金の比較的低めである大学の場合でも,たとえば法政大学の文系学部における4年間の納付金を参考にまでみてみると,以下の図表に説明されているように,4年間で無事・順調に卒業できたとして,422万3千円である(納付金だけの合計である)。
法政大学文系学費など表
出所)http://www.hosei.ac.jp/campuslife/gakuhi/gakubu.html
⇑  画面 クリックで 拡大・可)

 さて,上記の法政大学において文系学部を卒業するためにかかる授業料などの納付金 422万3千円という金額は,日本における勤労者の「平均年収:4百数十万円」に相当する(もちろん税込みである点に注意したい)。

 ここで話がちょっと飛ぶが,私立の医学部「6年間の学費総額」は,高いところになると,前段の話(私立大学の文系学部)よりも1桁多くなる。なかでも川崎医科大学が断トツで,4550万円。これに対して,最近納付金を下げた順天堂大学医学部がもっとも安く(?「低く」というべきか)でも 2080万円。以前において一番安かった慶應義塾大学医学部が 2169万9600円。
★ 順天堂大学医学部の学費値下げ ★

 順天堂大学医学部は4年前の2008年度入学者から6年間の学費総額を思い切って1000万円近く下げました。この学費値下げに受験生は敏感に反応し,一般入試の志願者は前年の1,590名から2,177名に36.9%,587名も増加しました。

 当時の定員は65名でしたから,定員の9倍の志願者が一気に増加したことになります。倍率も前年の志願倍率24.5倍から33.5倍に上昇しました。国公立医学部併願の受験生が増えたと考えられます。
順天堂大学医学部外観
出所)http://the-study.jp/univ/level-juntendo-1169/
順天堂大学医学部,右側に建物の一部だけが
写っているのは,東京医科歯科大学の校舎。
左下の前方がJR「御茶ノ水」駅。

 順天堂大学は,医学部の付属病院で順調に収益を上げていてそれを原資に学費の大幅値下げに踏み切ったようです。

 この2008年度入学者の学費を大幅に下げた時も私立医学部で6年間の学費がもっとも安い慶応大学医学部の学費総額を下回ることはありませんでした。(自治医科大学と産業医科大学は学費の貸与制度があります)

 しかし,慶応大学医学部が施設設備費などを値上げしたため,順天堂大学医学部が最も学費の安い私立医学部になりました。
 註記)http://igakubu-tajiri.com/a/2011-08-01/順天堂大学医学部の学費値下げ/
 平均的な日本の勤労者世帯にとっては,滅相もない・べらぼうな高い水準での授業料などの話である。たとえば,子どもを地方から上京させて,私立大学のこの順天堂大学医学部や慶應義塾大学医学部に通学させるとしたら,だいたい1年間に約500万円は必要である(首都圏は家賃も高いから本当はさらに100万円ほどは追加する余地もありそうである)。

 ③ 大学を出た価値のある職業をえられるのか?   

 今日〔2016年9月30日〕の『日本経済新聞』朝刊には,見出しで「タクシー大手,新卒採用拡大 サービスじっくり教育」という記事が出ていた。しかしながら,大学を卒業しなければ,タクシー運転手という職種になる能力・知識・教養などの面において資格に欠けるというわけでもあるまい。
    タクシー大手が新卒採用を大幅に増やす。日本交通(東京・千代田)は2017年春に入社する大卒者を2016年春より3割多い150人,国際自動車(同・港)は7割増やして180人にする。中途採用が主体だったが,訪日観光客向けサービスなど広がる事業領域に対応するため,若いうちからじっくり育てられる新卒者重視にかじを切る。

 日本交通は連結社員9000人の大半が中途採用。新卒採用を始めたのは2012年で採用数は6人だった。2017年春に入社する150人の新卒者全員をまずは乗務員として勤務させる。入社後に約3カ月研修させて,タクシー乗務に必要な第2種運転免許を取得させる。将来は管理職を目指せる採用増へ工夫もした。学生に会社への理解を深めてもらうため,営業所で所長や副所長に学生が約30分間質問する面接手法をとり入れた。

 国際自動車は2017年春に新卒の乗務員を150人,総合職やバスガイドなどを30人採用する。初めてインターンシップを実施。300人が参加した。大和自動車交通は16年に初めて新卒者を5人採用した。2017年は6倍の30人に増やす。エムケイ(京都市)は高卒も合わせて2017年は78人を採用する。2018年春には採用数を増やす計画で,インターンシップを検討している。
札幌のエムケイタクシー画像
    出所)これは当時(2009年4月)まだ札幌に進出したばかりの
       エムケイタクシーの営業の様子(乗客を出迎える図),
       http://maple1015.exblog.jp/11408298/


 全国の法人タクシーの運送収入は2014年度が約1兆5200億円で,2007年度比2割減り,経営環境は厳しい。成長のため,新卒者を観光ガイドや高齢者をサポートするサービスに対応できる運転手へ育てる。若い社員の視点で新サービスを開発する。
 極論ではなく,高卒でもこの種の人材〔タクシー運転手(など)〕を獲得し,育成することは十二分に可能である(前段の記事ではエムケイが高卒を採用している)。タクシー運転手という職種(接客も含めての技能など取得)に関していえば,大卒と高卒との違いを認めうるような「合理的な根拠」はなにひとつとしてない。

 ところが・だから〔というべきか?〕,猫も杓子も「大学へ進学」ということになっている。非一流私大にもそれなりに存在価値があるらしく,ともかく,こちらにでも進学しておこうという算段になっている。もっとも・それでも,18歳人口が減少してきた情勢のなかで,非一流私大は,立地が地方で小規模になればなるほど,そのほとんどが定員割れ状態に追いこまれている。

 ④ 大学広告の「費用対効果」 測定の困難

 その私立大学(もういちど戻って一流大学も含めた話にもなる)が,このように大手紙の全面広告を出稿している。冒頭にその実物を紹介しておいた全面広告の話題に戻る。

 a) 津田塾大学は名門校であるが,ここに広告されている中身は,どこまでもイメージ戦略としての宣伝でしかない。ムダな出費であり,大学経営の「自己満足」しかなっていない。

 b) 東京国際大学は非一流大学の見本みたいな大学であるが,ジャパン・ハンドラーズ(それも見飽きた〔高慢チキにみえるような〕顔もさらに並んでいるが)を迎えて,こられら人物たちに迎合する後援会の開催をしらせるために,このような冗費支出というほかない全面広告の掲示である。

 仮に,筆者の子どもが〔たとえばこの〕津田塾大学や東京国際大学に通っている時期に,こういった全面広告に接したら,ただちに大学側当局に抗議の意思表示をする。日本の大学業界は昨今,トンデモの世界に飛翔している。
    広告効果測定関係図顔図
    出所)http://liskul.com/wm_date3_po-6591

 この図解は,企業マーケティング部門の広告業務に関するその「効果測定」を考えるための概念図である。だが,はたして,大学ではこのような思考枠をもって,しかも具体的にその効果を測定するための努力をしながらの,大手紙への全面広告「出稿」をおこなっているのか?
 大学経営における恣意的な運営管理(財務管理・予算執行)がとくに,このようなマーケティング部門の広告業務に関して起きている。そのように受けとるほかない現象である。おまけにこのごろは,大学による全面広告のこのような「目に余る方向性」が,露骨にかつ旺盛に実施されている。しかも他校(よそ)がやるのだから自校(うち)もやるという雰囲気がないでもない(その程度にしか映らないという意味であるが)。この動向には,国公立大学まで参入している。もっとも,広告を出稿してもらえる大手新聞社の立場では大歓迎であるが……。

 ⑤ 派手な大学広告は止めたほうがよい

 筆者も子ども2人を同時に大学に通わせていた時期があった。このような全面広告を当時において観させられたら,きっと不快な気分になっていたはずだと回顧する。

 ところで昔のことであったが,夜間部(第Ⅱ部)の大学授業を担当していたとき,急に休講などした教員に対しては,学生(ただし勤労者たちである)からたいそうな苦情が出てきた。「その分,授業料を返せ」という文句であった。とくに「男性たちの学生」は,女房・子どもをかかえて生活をやりくりするなかで,それも昼間働きながら夜間部に通学している。その気持はよく分かった。

 大学も新聞に全面広告をたびたび出すような方針なのであれば,今日とりあげた東京国際大学の場合は,過去にも同じような内容の全面広告を出稿していたが,この大学に子どもを通わせている保護者の立場:利害からみて,黙っているわけにはいかない。保護者たちが一生懸命働き稼いだ収入のなかからその大枚を,子どもが通う大学への納付金にまわすやりくりを,それこそ必死になっておこなっている。

 それゆえ,このような大々的な,それも効果がどうなるかさっぱり判らないような「新聞への全面広告」を,しかも大学側がなにかとハデに,なかでも東京国際大学のものはカラー版でありヨリ高価であるだけでなく,その内容が純粋に学術的に政治学関連のものだというよりは,どちらかいえば「ただに政治的な宣伝に重点を置き,狙ってもいる」「それである」からには,このような全面広告を出すのはけしからぬ,という受けとめ方があってもおかしくない。

 当然である。大学側はなんと答えるか? それとも「ウチはそういう大学です」とでも答えるのか? 大学経営の社会的責任「意識」が広告に関してはまったくうかがえない。


 【ボケッ!!! 在日特権など,どこにある?】

 【幻想と幻覚と妄想のみ,在特会による在日差別という〈砂上の楼閣〉的な社会・人間観の迷走ぶり】

 【ピーター・フランクルは在日特権とは無縁の人物であるが,特権というものになにか近いような生活環境を,日本社会のなかで獲得できているのか?】
 
 

 ①「それでも親子数学者 ピーター・フランクルさん 自分をさらけ出す大切さ」(『日本経済新聞』2016年9月27日夕刊面9面「くらし」)

 この記事はインタビュー形式で記述されている。◆は記者の質問,◇はピーター・フランクルの発言である。なお,フランクルの略歴はこうである。1953年ハンガリー生まれ。79年フランスへ亡命。1988年から日本に定住。NHK教育テレビの数学番組「マテマピーター・フランクル『日本経済新聞』2016年9月27日夕刊画像ティカ」などで人気に。ハンガリーの最高科学機関であるハンガリー学士院会員。

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 ◆ 故郷のハンガリーで,両親とも医師という家庭に育たれました。

 ◇「2人とも皮膚科医で,患者の病を根治するためには原因になった生活環境を調べる必要があると考えていました。とくに入院患者を担当していた父は,彼らとたくさん話をして探っていました。皮膚科の患者は包帯を変えるなどの処置をしていれば元気な人が多かったので,父はよくそんな患者を家に連れて帰ってきました」。

 「母が作った料理を患者を交えて食べるのも珍しくありませんでした。食事のとき,父は患者が自分の家族や仕事についてたくさん語れるように,どんどん質問しました。農家や猟師,運転手,工員など,さまざまな職業の人の生き方や考え方から,私もいろいろと学ぶことができました」。

 ◆ ご両親とも第2次世界大戦中には,ナチス・ドイツの強制収容所で悲惨な体験をされたのですね。

 ◇「母は小学生のころ,ユダヤ人だからと毎日いじめられていたそうです。高校生のとき,家族とアウシュビッツに送られ,母だけ生還しました。働きながら復学し医学の道へ進みました。母は経験を晩年まで語ろうとしませんでした。18歳年上の父が強制収容所で九死に一生をえたのは,医師として必要とされたことと,陽気で周囲と良い人間関係を築いていたからです」。

 ◆ 2人は人の怖さをしりつくしていながら人を愛し,まわりの人を大切にしていた。

 ◇「夏の週末,私たち家族は別荘で過ごしていました。母は家族のために料理や庭の手入れなどをしていて,その間に父は僕を連れてしりあいの家をまわりました。どこでも歓迎され,ベランダに座りながら話に花を咲かせました。つぎの家まで歩きながら,父はその家族のことを詳しく僕に教えてくれました」。

 ◆ 日本で暮らすと決めたとき,なんといわれましたか。

 ◇「父も母も,どんなに財産があってもなんの役にも立たなかった戦争の教訓から,真の財産は頭と心にあると信じていました。だから日本の言葉と文化をよく学び,地元の人びとと温かい人間関係を築きなさいといわれました。私は大勢の日本人に優しくされ,ユダヤ人として差別を受けたことはありません。日本を選んだのは正解でした」。

 「それでも日本人が家族ぐるみの付きあいをしないことを残念に思います。あまり自分をさらけ出したがらず,片づいていないことをいいわけに他人を家に呼ばない。同僚や友達と食事をするときもレストランで終わらせている。いまの核家族で,これでは子どもたちが親や先生以外の大人と触れあう機会がなくなります。親のいうことを聞いてくれない子どもでもほかの大人の話には素直に耳を貸すことがよくあるのに,もったいないと思います」。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
ユダヤ人人口・分布画像
出所)参考資料,http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9038.html

 --このピーター・フランクルの話を聞いていると,いささか鼻白む思いにさせられる点があった。ユダヤ民族の末裔として両親が過酷な差別を受け,ドイツナチスの強制収容所の体験を生き抜いてきた点は拝聴に値する。しかし,フランクル自身が日本社会のなかで「自分が差別を受けてこなかった〈ひとつの事実〉」を,しかも唯一の根拠としたかのように語りながら「私は大勢の日本人に優しくされ,ユダヤ人として差別を受けたことはありません。日本を選んだのは正解でした」という点は,理解に苦しむ「ある論点」を残す。

 大日本帝国時代において植民地にされた国々や地域の人びとは,「日本の言葉と文化をよく学び,地元〔ここでは植民地支配者〕の人びとと温かい人間関係を築きなさいといわれ」,なかには必死になってまじめにそのとおりにしてきた者も大勢いた。けれども結局は,完全にはけっして「大勢の日本人に優しくされ〔たり〕,ユダヤ人として差別を受けたことはありません」というような具合にはなってはいなかった。

 もちろん,日本人側においても被植民地の人びとに対して差別の心などまったくもたず,人間としても偏見なしで同じに・対等に付きあいをできた人たちも,たしかに多数いた。だが,1等国の日本人は,2等国である朝鮮人や3等国である中国人たちに対する偏見を抱きつつ差別も当然におこない,そして日常的に見下しながら生きていた。これは,戦前・戦中における大日本帝国側の政治社会を基本的に構成する価値観であったのであり,慣習・規律になっていた生活感覚であった。

 戦前・戦中に強く形成されたそうした日本人の対アジア人観は,敗戦後の日本社会のなかにもそのまま根強く生きつづけ,21世紀のいまにあっても完全に根絶されたとはいえずに残存している。しかし,ピーター・フランクルのようなユダヤ人系白人,それも多分スラブ系であるヨーロッパ人の場合であれば,一般的に日本人はあまり差別・偏見をもたずに最初から接しようとする傾向がある。アジア人や黒人に対するさいの一般的な態度に比較すると,一定の違いが対照的にあるといってよい。

 要は,ピーター・フランクル自身における「個人的な一事例」をもとにして,日本社会は差別・偏見の全然ないところだというふうな認識を抱いたら,これは完全に誤謬となる。日本社会に対するフランクル個人の認識を,そのままに大いに宣伝してばらまくことになったら,これはわざわざ誤解の種を提供することになる。

 フランクルによる日本社会の理解,その基本姿勢に関していえば,大きな違和感が残されている。彼の見解に対して反論するための材料は,いくらでもある。フランクルは大枠において「日本社会では白人に分類される」。そのために相対的にはとくに優遇されてきた立場を享受できている。その結果,みえなくなっている日本社会側の本質面がとり残されている。

 しかし,その個人的に恵まれてきた境遇を,いいかえれば個別的な場合・事情でしない前提条件を,いきなり,日本社会全体もまた,外国人全般に対して日本人すべてが「フランクルに対しているような社会的な態度をも有する」かのように,一方的に読みかえて語るのは,非常に誤導的な発想である。むしろ,彼式になるその発言のなかには,大きな間違いが含まれていると警告しておく必要がある。つぎにつづけては,いうまでもない話題を紹介する。

  *     *     *     *     *     *     *
野間表紙
註記)河出書房新社,2013年11月発行。

 ②「在特会の発言,一部違法認定 女性へのヘイトスピーチ 大阪地裁」(『朝日新聞』2016年9月28日朝刊38面「社会」)

 民族差別的な発言で名誉を傷つけられたとして,在日朝鮮人の女性が「在日特権を許さない市民の会」(在特会)と〔本名は高田だが〕桜井 誠・前会長に計550万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が9月27日,大阪地裁(増森珠美裁判長)であった。発言の一部を違法とし,在特会側に77万円の支払いを命じた。原告の弁護団によると,ヘイトスピーチ(差別的憎悪表現)をめぐる個人による損害賠償請求は珍しいという。

 訴えていたのはフリーライター李 信恵(リ・シネ)さん(45歳)。桜井氏が2013~14年にインターネット放送や街宣活動で発言した内容で侮辱されたと訴えていた。判決は「(李さんが)虚偽の事実を垂れ流している」とした発言が名誉毀損(きそん)にあたると認定。
李信恵画像
出所)李 信恵,https://www.bengo4.com/other/1146/1307/n_2013/

 さらに「朝鮮人のババア」と名指ししたことも「社会通念上,許容される限度を超える侮辱行為」と認めた。そのうえで「差別を助長し,増幅させることを意図した」と非難し,人種差別撤廃条約の趣旨に反すると指摘した。判決を受け,在特会側は「社会的偏見に基づく一方的なもので不当」とのコメントを出した。

 --この桜井 誠のいいぶんが振るっている。今回の判決を「社会的偏見に基づく一方的なもので不当」とのコメントを出したというのだから,笑止千万などという以前に「チンピラ・やくざのいいがかり」以上に出るものさえ,なにもないような〈絡みよう〉である。

 桜井流に表現されてよいらしい『社会的偏見』だとか称する問題があるらしい。だが,在日に対する差別観を満開状態にさせたまま「韓国・朝鮮人に対する罵詈雑言」を,遠慮容赦なく日本社会になかに振りまいてきたのが,在特会:桜井 誠である。そして,この桜井の発言に付和雷同する一部の日本人たち側における「邪悪な心情」を表面化・動員化させるに,大いに貢献してきたのが在特会の活動であった。

桜井誠先生画像 いうにこと欠いて「差別や偏見」をこうむっているのは在特会・桜井(高田)誠のほうであるというためには,よほどの破廉恥心と図々しさがなければ困難と思われる。
 出所)画像は先生になっていた桜井,http://laughy.jp/1406696204547105459

 しかしながら,みごとなまでにデタラメ三昧の屁理屈が桜井によって披露されている。桜井の在日差別の立場は実は,ある種の歴史的に悪しき伝統にもとづいている。桜井がこの「歴史の事実」をしっているかどうかはさておき,そのように分析しておく。

 内海愛子・梶村秀樹・鈴木啓介編『朝鮮人差別とことば』(明石書店,1986年)のなかには,たとえばこういう指摘がある。小学館が発行する『少年サンデー』1970年8月30日号と9月6日号と9月13日号に連載されていた,原作者梶村一騎,劇画矢口高雄の「おとこ道-鬼哭編-」劇のなかには,こういう場面があった。 
    その内容は,敗戦当時の在日朝鮮人・中国人を「第三国人」と呼び,「……最大の敵は,日本の敗戦によりわが世の春とばかり,ハイエナのごとき猛威をふるいはじめた,いわゆる第三国人であった」といいつのり,「殺(や)られる前に殺(や)るんだ,第三国人どもを!」という記述に集中的に表現されていた。日本の敗戦につけこみ,横暴をほしいままにし,暴利をむさぼる朝鮮人・中国人「退治」の物語という構成になっている(同書,136-137頁)。
 在特会の活動にうかがえる思考方式の原型が,敗戦後における「第三国人」観のなかにもすでに,その萌芽があった関連性が理解できる。第三国人という表現そのものが,「敗戦直後の日本社会のなかにおける在日朝鮮人・台湾人」に対して,妙に屈折した感情をこめていた事実については,当時生きていた日本人(いまの若者の祖父母以上の諸世代ならばなんとか判る感情である)であれば,誰もが感覚的にも理解していた。

 ③ 菅 孝行著・イラスト貝原 弘『FOR BEGINNERS 差別』(現代書館,1986年)から借りた画像による説明である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
菅孝行差別11頁
  註記) 菅『FOR BEGINNERS 差別』11頁。

 ④ 黒人初の南アフリカ大統領になったネルソン・マンデラに関する追悼文

 以下に引用するのは,『日本経済新聞』2014年1月31日夕刊に掲載された「〈追想録〉ネルソン・マンデラさん『黒人初の南アフリカ大統領』 差別との闘い 融和貫く」である。

 南アフリカ共和国のヨハネスブルクで昨〔2013〕年12月10日に営まれた追悼式は,各国の首脳級約140人が集う国際社会の一大イベントと化した。オバマ米大統領は「もっとも大きな影響力と勇気をネルソン・マンデラ画像もつ人物を失った」と惜しみ,歴史的つながりの深い英国では追悼式の一部をロンドンに誘致するアイデアまでとりざたされた。

 人間がもつべき強さと優しさを兼ね備え,逆境でも誇りを失わない。だからこそ世界中の人びとから敬われ,愛された。「人類に対する犯罪」と呼ばれた南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離)政策と闘い,1994年に同国初の黒人大統領になったマンデラ氏は国際社会の英雄だった。

 少数派の白人が黒人を徹底的に差別する,アパルトヘイトの打破に半生をささげた。「すべての人びとが公平な機会をもち,協調して暮らせる民主的で自由な社会が私の理想だ。この理想を実現するために生きてきたが,必要とあらば命を投げ出す覚悟はできている」。1964年,国家反逆罪で終身刑を宣告された裁判の公判で,そういい放った。

 獄中生活は27年間に及んだが,不屈の闘志は揺らがなかった。ケープタウン沖の収監先,ロベン島から妻に宛てた手紙には「困難にくじける人もいれば,困難で成長する人もいる。挑戦を続け,最後の瞬間まで希望という武器を振りかざす『罪人』の魂は,どんなに鋭いおのでも切り裂くことはできない」と記した。

 闘争と忍耐の姿にも増してきわ立つのが,人類史上まれにみる無血の権力移行をなしとげた融和の精神だろう。1980年代後半,冷戦後の国際情勢の変化と経済制裁で,白人政権は追いこまれつつあった。黒人社会の過激派には白人打倒論も渦巻いたが,「傷を癒やすときが来た。われわれを隔てる溝を埋めるときが来た」(1994年の大統領就任演説)と人種間の融和を繰りかえし訴えた。
デクラーク大統領とマンデラ画像
出所)左側がデクラーク元大統領,
http://ocean-love.seesaa.net/article/386665476.html

 マンデラ氏の釈放を決めて,1993年に同氏とともにノーベル平和賞を受賞した白人のデクラーク元大統領は「権力移行に向けた交渉の難局で,政敵でも彼とはつねに協力できた」と後に述懐した。白マンデラ表紙画像人政権からも信頼され,黒人社会をまとめ上げるカリスマがいたからこそ,差別の歴史に終止符を打つことができた。

 自伝『自由への長い道のり』(1966年)には,こう書いている。「肌の色や出自,信仰の違いなどを理由にして,他人を憎むよう生まれつく人などいない。人は憎むことを学ぶのだ。ならば,愛することだって学べる。愛は憎しみよりも自然に人間の心に届くはずだ」。治安や格差が改善せず,経常赤字体質や通貨安に苦しむいまの南アフリカを,マンデラ氏ならどう導くだろうか。

 =2013年12月5日没,95歳=

 --桜井 誠君,どう思うか? ネルソン・マンデラがまだ生きていたときに〈爪のあか〉を1ミリグラムでももらっておけばよかったのではないか。そういう感想を抱く。

 ⑤「『〈私の履歴書〉小澤征爾(18) ラヴィニア音楽祭-突然の代役務め監督に 団員の『祝福』」,批評吹き飛ばす」(『日本経済新聞』2014年1月19日朝刊)

 くわえて紹介するのは,日本人も海外で,それも白人が中心に構成する米欧国にいくと必らずといっていいくらい,それも前世紀であれば必然的ともいっていいくらい受けてきた,日本民族側における被「差別と偏見の実例」を,指揮者の小澤征爾が語っている文章である。

 --N響とのトラブルの後,ニューヨークに戻った僕は契約したばかりのマネージャー,ロナルド・ウィルフォードにきっぱりいった。「オレ,もう日本になんか帰らないよ」。けれどアメリカにいたって仕事はない。ただ時間が過ぎるばかりだった。

 半年ほどたった1963年7月のある日,ウィルフォードから「すぐ来い」と電話がかかってきた。カーネギーホールの前にある事務所にいくと,シカゴのラヴィニア音楽祭の会長,アール・ラドキンがいた。音楽祭でシカゴ交響楽団を振る予定だったジョルジュ・プレートルが肩を痛めたので,代わりに指揮をしろという。本番は数日後だ。
小澤征爾画像
出所)http://tower.jp/article/feature_item/2010/12/10/73012

 「ほかに誰もいないから,しょうがない」。英語はよく分からなかったが,ラドキンがそう話しているのは理解できた。プレートルの降板が決まり,困ったラドキンはウィルフォードに代役の手配を頼んだらしい。ところが推薦されたのはオザワという無名の日本人。「日本人なんて止めてくれ」と何度も断ったが,ウィルフォードは引き下がらない。それでしかたなく承知した,そんな様子だった。

 事情はなんであれ,とにかく時間がない。2日後にはシカゴで練習が始まるのだ。曲目はグリーグのピアノ協奏曲,ドヴォルザークの「新世界より」,チャイコフスキーのバイオリン協奏曲など。だけど楽譜がない。レニー(レナード)・バーンスタインのスタジオに駆けこんだ。不在のレニーに代わって秘書のヘレンに鍵を開けてもらい,楽譜棚から借りてしゃかりきになって勉強した。

 ラヴィニアでなんとか無事に2回の音楽会を終えたあと,盛大なパーティーが開かれた。ラドキンが笑顔でなにやら話しかけてくる。「君にこの音楽祭をあげよう」。そういったらしい。が,英語が聞きとれないのでよくたしかめずにいた。

 その後,オランダの音楽祭で指揮している時(レニーがくれた仕事だ),ウィルフォードから電話がかかってきた。「なにをしてるんだ? ラドキンが君をラヴィニアの音楽監督にするといったらしいじゃないか。記者発表があるから,すぐ戻って来い」。パーティーでそういわれていたのに,分かっていなかったのだ。情けない。

 ともあれ僕は翌1964年6月,ラヴィニア音楽祭の音楽監督に就任した。最初の年は指揮するたび,地元の有力紙『シカゴ・トリビューン』が僕のことを徹底的にやっつけた。「ラドキンはどうしてこんなのを雇ったのか」「シカゴ響のような偉大なオーケストラがなぜこんな指揮者のもとで演奏しなければならないのか」。なかには人種差別めいた批評もあって,頭に来た。

 その夏の最後の音楽会。演奏が終わり,舞台袖に下がったあと,客席からの拍手で呼び戻された。舞台に出ていくと,トロンボーンも,ティンパニも,トランペットも,弦楽器もてんでばらばら,めちゃくちゃな音を鳴らし始める。なにがなんだか分からない。「シャワー」といって,僕への祝福だった。

 「シカゴ・トリビューン」への抗議をこめたものらしい,とあとで分かった。オーケストラが精いっぱい僕に味方してくれたのだ。「シャワー」を経験したのは生涯であとにもさきにもこの1度きりだ。その年から1969年まで,僕は毎夏ラヴィニアで指揮することになる。(引用終わり)

 --以上は,いまから半世紀前のアメリカ音楽界事情である。黒人は当時,この小澤征爾の指揮する演奏会の会場に近寄ることすら無理だったはずである。それが,よりによって黄色の肌をもつ日本人の小澤征爾が指揮をするといっただけで,当初は,このアメリカ社会の側からの偏見と差別がすぐに石つぶてとなって飛んできた。

 21世紀における日本社会は,だいぶ社会意識に幅も生まれており,外国人に対する偏見や差別が少なくなっているものの,そのためにかえって「在特会」のような調子外れの,八つ当たり的・やぶにらみ的・勘違い的な「在日」外国人に対する病的な視点も生まれている。

 ⑥ ピーター・フランクルに言上する-ピーター・フランクル『世界青春放浪記-僕が11カ国語を話す理由(わけ)-』2002年4月に対する批評-

 先日(ここに紹介する「もとの文章」を書いている当時での表現であるが)購入した図書の1冊に,ピーター・フランクル『世界青春放浪記』(集英社,2002年4月)があった。富蘭平太(フラン・ペータ)なる漢字の日本式姓名を披露したこの著作は,興味ある事実をいくつか告白している。

 1) 本書は,フランクル氏〔および一族〕がユダヤ人・民族であるがゆえに,過酷で悲惨な差別・偏見を受けててきた歴史的事実を,あらためて教えている。「ユダヤ人」ということばじたいが差別用語である(19頁)という指摘は,日本社会における「朝鮮人」「第三国人」ということばにも妥当している。

 2) 現在のフランクル氏は,フランス国籍の持ち主である(10頁)。

 3)「日本人のように完璧主義者」(48頁)というお褒めのことばは,日本人へのゴマスリの域を出ない修辞である。もちろん,そういわれたほうで,気分を悪くするような人など,多分1人もいないが……。

 4) フランクル氏の父の教訓,「われわれユダヤ人の財産は心と頭にある」(55頁)。「弱い者は宗教に頼る。強い者は自分に頼る」(63頁)。けだし,名言である。ただし,歴史的に連綿とつづいてきた不幸な境遇のなかで生まれた教訓であるから,すこし複雑な気持で聞くべきものである。

 5) フランクル氏にも,ユダヤ民族としてうけたPTSD( Post-traumatic Stress Disorder:「心的外傷後ストレス障害」)がある。7歳のとき「あんたはバカなユダヤっ子よ」といわれ,その後「ドイツ兵がきて,ぼくを連れ出して射殺する夢」をときどきみるようになった,という(79頁)。

 フランクル氏は,日本に来てからは,きっと「いい夢」をみつづけてきたので,この地に骨を埋める気持になったものと思う。だが,日本というこの国においては,同じ日本人・日本民族でありながらいまもなお,「あんたはバカな○○ッ子」と差別のことばを投げかられている,日本の〈子供たちも各人・各様にいること〉をしっての発言か,と尋ねたい。在日外国人の子供たちに対するイジメ問題に至っては「なにをかいわんや」である。

 6)「アメリカに住めばユダヤ人であることに恥じる必要がない。それどころか自分がユダヤ人であると主張してもいいのだということをはじめてしった」(80頁)と述べるくだりもある。だが,そのアメリカという合衆国とていまだに,多種多様である人種差別問題を克服しなければならない課題としてかかえている。このことを理解したうえでの話なのだろうか。アメリカにおけるユダヤ人は基本的にいちおうは,白人の1範疇に分類される。

 ちなみに,筆者の姪の1人はユダヤ人の配偶者をもつが,みまがうことなく欧米系白人にみえる。

 7) フランクル氏は,ある「筆記試験のときは服のなかに解答をしるした紙きれをかくしておいた」ことがある(125頁)。この天才的人物でも,不得意科目というか勉強しなかった授業では,カンニングしておりましたというわけである。正直でよろしい。

 8)「フランスの大学教員の制度は日本によく似ている。研究成果は給料とはまったく関係ない。いったん大学に就職すると国家公務員になるので,たとえ一つも論文を書かなくても食いっぱぐれることはない。それに論文や本を書くよりも,偉い教授と親しくなったり教員組合で活躍するほうが出世の役に立つのだ」(167頁)。

 あるホームページをのぞいていたら(これも,このもとの文章を書いていた当時:昔のことだが),ピーター・フランクル氏は,現職はパリ大学教授・ベル研究所コンサルタント・慶応大学講師など,と記されていた。
 註記)http://www.ffortune.net/social/people/seiyo-today/frankl-peter.htm 参照。2016年9月28日現在もリンクあり。

ドレフィス大尉解任儀式画像 9) フランスにおけるユダヤ人差別の歴史については,ドレフィス大尉事件が有名であるが,いまではフランス国籍のハンガリー人であるフンラクル教授にとっては,この日本は居心地のよい国であるように映る。また日本は,それ以上にすばらしい待遇をくれる国でもあるのか。
 出所)右側画像は,ドレフィス大尉解任(免職)儀式でサーベルを折られる場面,http://satehate.exblog.jp/7939107/

 フランクル氏はいちおう白人にみえるが,スウェーデンにいったとき,この国の「女性が美しく,性の解放のすすんだ国」だと思っていたが,「しかし実際のスウェーデンにはがっかりさせられた。ぼくはこの国であらわな人種差別を受けたのだ」(266頁)と述べ,深い屈辱を感じたようすである。

 なぜ,そういう差別を北欧の国でうけたかというと,彼が「黒い髪の毛・黒い瞳」だったからである。しかし,この人が日本にくると,同じ生物学的な特性を有していても〈白人としての優遇〉をうけることができている。

 そのフランクル氏も,かつてインドを訪問した当初は,インド人に対して「自分が人種に対して偏見をもっているとは思ってもいなかった」(274頁)と告白している(つまりフランクルもそれを「もっていた」)。

 しかし,結局彼は,人間全般に関してまっとうな認識を獲得できている。こういう。「人間を人種によって差別するのはまちがっている。人と人を区別するのは国や民族や人種でなく,生きかたや考えかただ」(289頁)と。筆者もこの規定には同感である。

 10)   しかしまた,みずから理系的な人間だと称する:フランクル氏においては,全然みえていない日本社会の真実がある。筆者が読んだ「彼の著書」をとおして判断するかぎり,たとえば〈日本の天皇制と部落差別〉〔およびそのほかの差別〕問題の所在に気づいている様子は,うかがえないでいる。

 ユダヤの星画像フランクル氏は,第2次世界大戦時,スイスとならんで中立国の立場を守ったデンマークがドイツに侵略され,ナチスがデンマーク国内のユダヤ人にも,目印の黄色い星をつけさせようとしたときの話をする(269-270頁)。
 出所)左側画像は「ダビデの星」ともいわれ,ユダヤ人は衣服に縫い付けるように命じられていた。http://ona.blog.so-net.ne.jp/2011-04-26

 すなわち,それを聞いたデンマークの国王は,みずから黄色い星を服につけて国民のまえに現われ,やがてデンマーク国民全員が黄色い星をつけるようになった。デンマークに住む人間はみんな平等だと,国王はいいたかったのだろう,と。

 ここでは,問題点がふたつある。そのひとつは,日本社会における天皇制のありかたを,ヨーロッパの王室のそれとを注意深く,比較考察する余地がある。もうひとつは,この国:日本においてはかつて,デンマーク国王が率先していたように「黄色い星」を自身の服につけるような行動規範を,国民〔臣民?〕示しえた皇室関係者は皆無だったことである。

 11)   要は,いまでは日本において,自由で優雅な生活を存分に堪能・享受しえているフランス国籍でユダヤ系ハンガリー人:ピーターフランクル氏は,いまだ日本社会の表層しか観察できていない(ついでにいわせてもらうと,以上の指摘がなされてからまたすでに10数年が経ったいまになっても,フランクル氏がまだまだ,その程度の鑑識眼しかもちあわせないようにみうける点〔 ① の記述を参照〕は,非常に残念に感じる点である)

 そもそもこの ⑥ の記述は,フランクル氏における,日本の大学における外国〔籍〕人教員採用問題に関する「事実無根というか勉強不足の記述の間違い(⇒当時:2000年ころにおいてはまだ,日本の大学には外国籍教員がいないと記述していた過ち)を指摘するところからはじまったのだが,日本という国総体に対する認識における彼のその種の諸限界(理解不足)は,今回読ませてもらった著書『世界青春放浪記』2002年によっても再確認させられた。

 最後に,もともとのハンガリー〔国籍〕人としての兵役を回避するために,絶えず懸命に画策してきたフランクル氏の姿〔→ようやく25歳になってから半年ほど入営しただけで済んだというのだが(238頁参照)〕は,見苦しく感じたことをいっておきたい。もっとも,筆者は,兵役が必ずしもいいものだと考える者ではないので,念のため断わっておく。

 『結 論』 ピーター・フランクルの日本観は片面的であり,また個人的であるかぎりにおいていえば,ただ限定的にしか妥当性のありえない立場にある。いままでずっと彼なりにものをいい続けてきたけれども,その間すでに10数年が経った。現在において観察してみたところ,彼においてはとくに「日本事情の基本認識」に関して「めだった進展」が感じられない。いささか勘ぐってのいいかたになるが,自分の立場・生活・境遇さえよければ……という印象を受ける。これは,彼自身のもうだいぶ長くなった日本在住歴のなかからも感得できる「赤い糸」のような実体である。


 【鉄壁である「バカの壁」構築作業はたいそう順調であるが,国民生活の最低保障や国家まつりごとでの安寧とは縁遠い安倍政治,その見当違いの体たらくを実証する一現象】

 【安倍晋三の自己満足のために起立・拍手させた疑似熱烈(白熱?)議会の姿は,まるでどこかの共産主義・独裁国の様子を,それも中途半端に猿まねした光景である】

 【メデタサもここまで来れば,極楽的に安楽死の兆候である】



 ①「起立・拍手,若手に指示? 首相演説中 自民『自然発生的』と説明」(『朝日新聞』2016年9月28日朝刊4面)

 安倍晋三首相の所信表明演説中に自民党議員らが立ち上がって拍手した問題で,野党が〔9月〕27日の議院運営委員会理事会で抗議した。自民は「適切ではなかった」と認め,首相に伝えることを約束。野党側には「自然発生的だった」と説明したが,議場内では「指示」が飛び交っていた。

 自民議員らが一斉に起立・拍手したのは,26日の衆院の所信表明演説で首相が海上保安庁や警察,自衛隊をたたえたときだ。衆院の規則違反ではないが,日本では慣例でない行動で,議事進行が遅れた。大島理森衆院議長もその場で注意。佐藤 勉議運委員長は記者団に「自然発生的とはいえ,けっしていいことではない」と述べた。
 補注)本ブログは2014年8月13日の記述で,こういう指摘をしたことがある。その記述では「天皇陛下万歳」が話題であった。

 「2013年4月28日のある式典に参加した平成天皇が退席・辞去するさい『万歳三唱』をしたのが,安倍晋三とその一族郎党であった。天皇は『迷惑であるという表情』さえ顔に浮かべることができない立場であって,そのときの彼の表情は読みとれなかった。しかし,そのときの天皇夫婦の心中に発生した気持は,おそらく『煮えくりかえっていたもの』であったはずである。

2013年4月28主権回復記念式典画像
  出所)2013〔平成25〕年4月28日に開催された「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」,http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/actions/201304/28shuken.html
2013年4月28日記念式典
  出所)「同上式典」で万歳三唱をゲリラ的に発した様子(その犯人は安倍晋三が主導者だったと目されている),http://peacephilosophy.blogspot.jp/2013/11/blog-post.html

 しかし,このたびの国会演説における起立と拍手は,その安倍晋三自身に向けられていたのだから,これは,さぞやたまらなくうれしい議会場の様子であったと,安倍君の心中を拝察する。こういう事象は,ごくふつうに考えると,独裁国家や実質で独裁的な政権を維持している社会主義国家体制の政治模様であれば,しばしばよく発生するものである。このことは細かい説明なしにすぐ理解してもらえるはずである。

 今時の国会で「起こされたこの種の事象」に喜んでいるようでは,幼稚さを上手に反映しているとはいえても,まともな1人前の国家模様の様子とはみなせない。安倍晋三君の「幼稚で傲慢」なナルシズムを満たすために国会が開催されているのではない。起立・拍手した若手議員の奴隷的な服属根性も当然のことながら,とてもではないが,非常にいただけない半人前以前の迎合主義である。最近の国会議員,とくにインフレ的に議員数の多い自民党の選良たちに,その選良さをみいだすことじたいが,このごろでは困難になっている。

 〔記事本文に戻る→〕 だが,関係者によると,演説前の26日午前,萩生田光一官房副長官が,自民の竹下亘・国会対策委員長ら幹部に,「(海上保安庁などのくだりで)演説をもり立ててほしい」と依頼。このとき,萩生田氏は起立や拍手までは求めなかった。

 午後,首相の演説が始まると,自民国対メンバーが本会議場の前の方に座る若手議員に萩生田氏の依頼を一斉に伝えた。当該のくだりで「拍手してほしい」と伝えられた若手もいれば,「立って拍手してほしい」と聞いた若手もいた。

 指示が伝わったのは前方に座る当選回数が1,2回の議員ら。このため,後方の中堅・ベテラン議員のなかには「自然発生」と受け止めた人もいた。なかほどに座る当選3回の小泉進次郎氏は記者団にいった。「あれはない。ちょっとおかしいと思いますよ。自然じゃない」。とはいえ,自身も驚いて立ち上がってしまったという。

 首相は27日夜,東京都内で若手議員らと会食。出席者によると,起立・拍手の話題に触れて,自衛隊員らへの「敬意」の拍手だったから野党議員も座って拍手すれば良かったとの趣旨の話をした。起立・拍手をめぐっては2009年の民主党政権時,鳩山由紀夫首相に民主議員が立ち上がって拍手した例があるが,演説の終了直後だった。
北朝鮮2016年党大会画像
  出所)2016年5月14日の,金 正恩第1書記を軍代表に推戴した朝鮮人民軍の代表会画像,全員が拍手しているが,これをさぼったらただちに抹殺されるかもしれないのが北朝鮮の掟,http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2016/04/14/0300000000AJP20160414004000882.HTML

 ②「『朝日新聞』「天声人語」と『日本経済新聞』「春秋」の寸評を対照させると……」(いずれも2016年9月28日朝刊1面掲載のコラム)

 ① でとりあげたごとき,実にばかばかしいが,考えようによって空恐ろしい光景は,早速,『朝日新聞』1面のコラム「天声人語」と『日本経済新聞』1面のコラム「春秋」で,つぎのように批評されていた。

 1)「〈天声人語〉起立・拍手の光景」(『朝日新聞』2016年9月28日朝刊)

 同調圧力という言葉がある。空気を読んでまわりの行動にあわせるよう,強いられることをいう。就職活動で黒いスーツを着る,ママ友に話をあわせる,カラオケでみながしっている曲を選ぶ……。おとといの衆院本会議でも,それらしい光景があった。

 ▼ 安倍晋三首相が所信表明演説で領土などを守る決意を述べたあと,海上保安庁,警察,自衛隊に「いまこの場所から,心からの敬意を表わそうではありませんか」と呼びかけた。自民党議員たちが一斉に立ち上がって拍手を始め,首相も壇上から手をたたいた。

 ▼ 映像をみて首をかしげた方もおられよう。議長から「ご着席を」との注意があり,生活の党の小沢一郎代表から「北朝鮮か中国共産党大会みたい」との声が出た。

 ▼ 多くの職業のなか,なぜこの人たちだけをたたえるのか釈然としない。あの場で議員たちは,気持ち悪いと思いながらも圧力を感じて起立したのだろうか。あるいは,ためらいや疑問もなく体が動いたのか。

村上誠一郎画像 ▼ 自民党衆院議員の村上誠一郎氏が近著で嘆いている。首相に意見をいえる土壌が党から失われつつあり,「不自由民主党」といっていいかもしれないと。自民党の政治家が「みずからの頭で物事を考え分析することができなくなっていく」とも心配している(『自民党ひとり良識派』)。
 出所)右側画像は,http://www.asyura2.com/14/senkyo167/msg/587.html

 ▼ 首相は以前,自分は「行政府の長」というべきところを「立法府の長」と間違えたことがある。議員1人ひとりがコマのように動かされるだけなら,あながち誤りといえなくなる。(引用終わり)

体制翼賛会欲しがりません勝つまでは画像 --戦争中に体制翼賛会という「戦時体制用の1党独裁組織」が組まれたことがあった。 

 いまどき,「海上保安庁,警察,自衛隊に『いまこの場所から,心からの敬意を表わそう』」と,わざわざ所信表明演説のなかで安倍晋三が強調し,しかもそのくだりで,自民党の揃いも揃った「おバカな1・2年生議員の起立と拍手」を事前において,実質に強いていたらしい様子は,芝居じみている。
 出所)右側画像は,http://withnews.jp/article/f0150731000qq000000000000000G0010401qq000012294A

 しかし,その割りには,意図的に安倍晋三風の軍国主義体制強化のためを想定していて,これに必要な「暴力装置群」=「海上保安庁,警察,自衛隊」を,異様にヨイショしている。安倍晋三の言動を観察していると,いつ戦争になってもいいように,つまり,自衛隊などを有事動員できるようにするための意識改変を試みているつもりである。

 安倍晋三は「戦争と平和」の双方問題にかかわっているのが一国の最高指導者の立場であることを失念している。あるいはまた,その最重要な核心論点を初めから全然判っていない。積極的平和主義が安保関連法の主旨になるといったごとき,「意味不詳である戦争督戦用概念」がとても大好きなのが安倍晋三君の精神構造である。

 だいたい,安保関連法は日本のためのアメリカとの軍事同盟関係を定めたものではなく,「日本国防衛相自衛隊3軍の位置づけ」を,アメリカ軍の三下・下請け軍に位置づけているのだから,自衛隊員にすればはた迷惑どころではない,たいそうに押しつけられている概念である。いままでの自衛隊に関して国民・市民・庶民が抱いている「ふだんの姿」は,こういうものであった。
    被災支援のスペシャリストともいうべき自衛隊員が,さらに多く被災地に派遣されるとのこと。自衛隊員の方々の活躍により,熊本,大分の復興が一日も早く進むことを願います。
 註記)http://grapee.jp/168086
 安倍晋三がそもそも「戦後レジームからの脱却」を唱えるさい,在日米軍基地の除去=完全撤退を不可欠の前提条件にしえないままで,それを強調することほどみごとに愚昧なことはない。

 「戦後ジレーム」というものの本体は,日米安保条約体制の制約のもとで,アメリカのくびきにつながれている,換言すれば「対米に従属している現在日本の状態」をも意味するのだから,その〈脱却の実現〉など,もともととうてい不可能である。その意味では,実体としては「うつろな目標」を,その「連語レジーム」に関して唱えているに過ぎない。一言でいえば「戦後レジームの否定と脱却」とは絵空事。

 したがって,安倍晋三が「海上保安庁,警察,自衛隊に「いまこの場所から,心からの敬意を表わそう」という文句は,その前に,安保関連法のもとでは「アメリカさんのために働かざるをえない気の毒な彼らに対して敬意を表わそう」というべきなのが,より正しい表現である。
犬の散歩と子供
 安倍晋三君の発想は,日本国の首相としてみるに,完全に自家撞着を惹起させている。いうなれば,リードを付けられた犬が,その手綱を握っている主人の「そのまた主人がオレだ」だと,虚空に向かい「吠えていう」のと,なんら変わりない。まるでカリカチュア。
出所)左側画像は,http://gifmagazine.net/post_images/464813(画面 クリックで 拡大・可)
 
 2)「春秋」(『日本経済新聞』2016年9月28日朝刊1面)
 
 カンヌやベネチアなど国際映画祭の名物は「スタンディング・オベーション」だといわれる。作品にエンドマークが浮かんで一編が終わるや,客席から割れるような拍手。しかもみんなが立ち上がり,その喝采の嵐はなかなかやむことがない,という華やかな光景だ。

 ▼ 2013年にカンヌで審査員賞を得た是枝裕和監督の「そして父になる」は,スタンディング・オベーションが10分間つづいた。もっともこの程度は珍しくなく,2004年にカンヌで最高賞に輝いた「華氏 9 11」(マイケル・ムーア監督)が上映されたときは,じつに25分間に及んだそうだ。こうなると拍手も大仕事である。

 ▼ そこへいくとこちらは20秒間ほどだからおとなしいものだが,ちょっと異観ではあった。おととい,衆院本会議での安倍首相の所信表明演説の最中に自民党議員が一斉に起立して拍手を送りつづけたのだ。首相が警察や自衛隊の活躍に触れ「敬意を表わそう」と呼びかけたのに応じたわけだが,議長が着席を促す騒ぎだった。

 ▼ 野党からは「北朝鮮か中国共産党みたいな感じだ」という非難も出た。そこまでいうのは大げさとはいえ,安倍さんが権勢をきわめる自民党の,いまの空気をあらわしていよう。こういう雰囲気のなかで政権におごりはなきや。映画祭では,盛んなスタンディング・オベーションが作品の評価に結びつかぬことも多いと聞く。(引用終わり)

 --安倍晋三に対するスタンディング・オベーションは,それがきわめて作為的であった割りには,北朝鮮や中国共産党のそれよりはだいぶ品質が落ちるものであった。日本経済新聞「春秋」の書き手は,『朝日新聞』の天声人語に比較するにだいぶ控えめであり,かつ遠慮気味に安倍晋三を批評している。

 「安倍さんが権勢をきわめる自民党の,いまの空気を現わしていよう。こういう雰囲気のなかで政権におごりはなきや」とやんわりに批判しているが,まったくそのとおりであることは,国民・市民・庶民の立場からも当然のように出ている反応である。

 日本経済新聞「春秋」を担当するような書き手の存在が,ますます安倍晋三を増上慢にさせることになっている。
 
 3)『スポニチ』(2016年9月27日)が報道した「所信表明演説する安倍首相」に関する記事からも引用しておく。

スポニチ2016年9月27日安倍晋三画像 第192臨時国会が〔9月26日,召集された。安倍晋三首相が衆院の本会議でおこなった所信表明演説の最中に,自民党議員がスタンディングオベーションする “珍事” があった。 -中略-  

 政治評論家の浅川博忠氏は「40年以上政治を取材しているが,こんなことは初めて」と驚きを隠さない。スタンディングオベーションを促した安倍首相の狙いについて「衆参両院で改憲に前向きな議員が3分の2となるなど,自民一強という自信からくる余裕の表れ。東京五輪で現職という夢を実現すべく,長期政権にまい進するというアピールでもある」と分析した
 註記)http://www.sponichi.co.jp/society/news/2016/09/27/kiji/K20160927013429680.html
 出所)同上。

 4)「汚染水漏れ 東電社長らを告発 公害処罰法違反疑い」(『東京新聞』2016年9月2日)という報道があって,こう伝えていた。

 「地下水汚染を無策のまま放置し,もはや手が付けられなくなっている。悪質な犯罪というほかない」。東京電力福島第1原発の汚染水問題で,法人としての東電と幹部を公害犯罪処罰法違反容疑で福島県警に告発した福島原発告訴団は〔9月〕3日,東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し,東電を厳しく批判した。
 註記)http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2013090302100025.html

 これに関していおう。この東電福島第1原発事故現場における地下水汚染水漏れ問題に対して,ぬけぬけと「アンダー・コントロール」だ,

 “The situation is under control.  It has never done and will never do any damage to Tokyo.” だ

といってのけた御仁が,ほかならぬ安倍晋三首相自身であった。そうであったならば,安倍晋三のいまの立場も「悪質な犯罪というほかない」点に通じる場所にいるはずである。この安倍に対するスタンディング・オベーションが必要だとすれば,それはこの破廉恥な基本姿勢そのもののついての〈非難の逆・拍手〉である。
『朝日新聞』2013年9月13日朝刊東電汚染水漏れ記事
 この画像資料(画面 クリックで 拡大・可)は,2013年9月14日『朝日新聞』朝刊1面を写しているが,これからすでに3年が経過した。この件「アンダーコントロール」は,『安倍晋三の嘘』として世紀に記録されるべき迷言となっている。つまり,“The situation is out of control.  It has certainly done and will surely do any damage to Tokyo.”
 出所)画像は,http://blogs.yahoo.co.jp/moritakeue/10107302.html?from=relatedCat


 【冤罪事件のなかにも在日・民族差別があったのか?】


 ①「〈ヒラリーvs.トランプ 米国の選択〉トランプ編:2 入居での人種差別疑惑」(『朝日新聞』2016年9月27日11面「国際」)

 高級ブランド店が並ぶニューヨーク・マンハッタンの5番街にトランプ・タワーは立つ。黒光りする高層ビルは「不動産王」ドナルド・トランプの象徴だ。だが,不動産業としての出発点は,同じニューヨーク市内でも,まったくおもむきが異なる場所だった。不動産業を営む父のもとで大学卒業前から働いていたが,扱う物件は主に郊外の中流向けだった。市の東端に近いクイーンズのジャマイカ地区にある「ウィルシャイア・アパート」は,トランプ・ファミリーが手がけた物件のひとつだ。
『朝日新聞』2016年9月27日朝刊11面国際トロンプ差別
 1963年,ハーレム地区に住む33歳の看護師マキシーン・ブラウンが,この賃貸アパートに入居を申しこんだ。治安のいい場所が良かったし,なによりすてきなアパートだった。いくら待っても返事が来ない。なんども問い合わせて,やっとトランプの部下が対応するようになったが,質問攻めにあった。「収入は十分ですか?」「どんな教育を?」 彼女は胸を張って答えた。「正看護師として働いています。大学では看護学の学位を取りました」。

 ブラウンは,収入も学歴も他の入居者に引けをとっていなかった。違う点があるとすれば,それは黒人であるということだけ。「どうにか理由をみつけて私を拒絶しようとした」。最後に市の人権委員会に申し立て,入居が認められた。アパートに住む黒人は自分以外にいなかった。

 1960年代,人種差別が当たり前の時代だった。「私は諦めなかった。ことを荒立てるなといわれたけど,騒がないと変化は起きない」と当時を振り返る。公民権運動の指導者たちの姿にも背中を押された。この一件だけではない。トランプが人種による入居差別を繰り返していたという疑惑は,のちに法廷で争われることになる。

 いまでも移民やイスラム教徒に対する偏見を隠そうとしないトランプの姿を見て,ブラウンは思う。「彼も支持者も分かっていない。21世紀の世代は,あの頃とは違うんだってことを」。

 --以上の実例,半世紀も前のアメリカ,ニューヨークにおける「黒人に対する入居差別」に関する話題である。アメリカの大統領選挙を11月に控えて,この関連記事のなかで登場した「過去における」アメリカ事情の一端である。アメリカでは黒人にも市民権はあるが,肌の色による人間差別が,当然のように横行してきた。

 キング牧師の演説「I Have a Dream(私には夢がある)」1963年8月28日があった。

 それは,職と自由を求めるワシントン大行進において,キング牧師が,リンカーン記念館で人種平等と差別の終焉を呼びかけた演説であり,公民権運動に大きな影響を与えた。米国における最高の演説であるとされている。以下に全文を引用する。
= 私には夢がある = 

 絶望の谷間でもがくことをやめよう。友よ,今日私は皆さんにいっておきたい。われわれは今日も明日も困難に直面するが,それでも私には夢がある。それは,アメリカの夢に深く根ざした夢である。

 私には夢がある,それは,いつの日か,この国の国民が立ち上がり,「われわれは,すべての人間は平等に造られいることを自明の真理とみなす」というこの国の信条を真の意味で実現させるという夢である。

 私には夢がある。それは,いつの日か,ジョージア州の赤土の丘で,かつての奴隷の息子たちとかつての奴隷所有者の息子たちが,兄弟として同じテーブルにつくという夢である。
キング牧師画像1
出所)http://fanblogs.jp/heartmessage/archive/132/0

 私には夢がある。それは,いつの日か,不正と抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのミシシッピ州でさえ,自由と正義のオアシスに変身するという夢である。

 私には夢がある。それは,いつの日か,私の4人の幼い子どもたちが,肌の色によってではなく,人格そのものによって評価される国に住むという夢である。

 今日,私には夢がある。

 私には夢がある。それは,邪悪な人種差別主義者たちのいる,州権優位や連邦法実施拒否を主張する州知事のいるアラバマ州でさえも,いつの日か,そのアラバマでさえ,黒人の少年少女が白人の少年少女と兄弟姉妹として手をつなげるようになるという夢である。

 今日,私には夢がある。

 私には夢がある。それは,いつの日か,あらゆる谷が高められ,あらゆる丘と山は低められ,でこぼこした所は平らにならされ,曲がった道がまっすぐにされ,そして神の栄光が啓示され,生きとし生けるものがその栄光をともにみることになるという夢である。

 これがわれわれの希望である。この信念を抱いて,私は南部へ戻っていく。
 註記)http://iyashitour.com/archives/28240/3 から。
 21世紀になったいまでも,このようなキング牧師(マーティン・ルーサー・キング・ ジュニア)の『夢』を思い出し,語り続けねばならないのか? それもアメリカのことであり,そして日本のこととして,である。アメリカでは白人と黒人の肌の色の割合(調合?)が “半分ずつである黒人” が大統領を2期務め,もうすぐ任期満了の記事を迎える。このオバマは白人ではなく「黒人だといわれ,そう分類されて」いてオバマ大統領画像も,いまだに当然であるかのように語られつづけているようである。
 出所)画像は,http://yutakarlson.blogspot.jp/2009/01/eu.html

 日本では肌の色で「日本人らしくないりっぱな日本人」も大勢登場している時代である(リオオリンピックでの活躍ぶりは記憶にまだ新しい⇒たとえば「陸上男子「400メートル・リレー」で銀メダル)。しかし,この日本国では肌の色が同じでも,まだまだ差別や偏見が多く残っている。「みえない差別の壁」が厳然とかつ隠然と立ちはだかっているといってもいい場面が,まだまだこの日本社会のなかでは再起動する場面が多い。在日関係の組織・人物たちが記述した関連問題をつぎにとりあげて考えてみたい。
ケンブリッジ飛鳥リオオリンピック銀メダル画像
出所)http://www.asahi.com/topics/word/ケンブリッジ飛鳥.html

 ② 在日に対する入居差別問題の歴史的な一コマ

 1) 入居差
 住宅金融公庫の融資や公共住宅への入居において,法的には国籍条項がないにもかかわらず,内規である賃貸入居者募集規定で国籍を要件としたり,「国民大衆」を対象にするという表現を用いたりすることで,戦後長らく外国人は排除されていた。

 1979年に日本が国際人権規約を批准したことに伴い,建設省は「公的住宅の賃貸における外国人の取り扱いについて」などによって永住者等については原則として日本人に準じてとりあつかうようにという通達を出したが,入居資格に国籍を要件とするという根拠の明らかでない差別が,公的機関によって容認されていた。

 在日韓国・朝鮮人の集住地域である大阪市生野区でも,1980年ころまで「外人不可」「住民票要」という貼り紙や看板を出していた不動産業者は多数あった。抗議運動の結果,行政の指導がおこなわれ明らかな差別的看板はなくなった。

 だが,現在も入居差別じたいはなくなっていない実態がある。また,大阪府では入居申込書に本籍地・国籍欄等を設けその記載を求めることは人権問題につながるおそれのある行為であるとし,宅地建物取引業者や貸主に対して本籍地・国籍欄のない入居申込書を策定・使用し人権に配慮した業務をおこなうよう指導しているが,依然として本籍地・国籍欄のある申込用紙が使用されている実態がある。

 ◆ 具体ケース:その1 「裵 健一さん入居差別裁判」
 1989年1月16日,裵 健一(ペ・コニル)さんは賃貸マンションの契約を家主の代理人であるキンキホームと契約したが,家主は裵さんが日本国籍をもっていないことを理由に入居を拒否した。日本国憲法及び国際人権規約のかかげる内外人平等に違反するがゆえの不法行為であるとして,裵さんが家主・業者・大阪府に対し損害賠償を請求し,入居拒否について抗議すると,家主も仲介業者もおたがいに責任転嫁した。

 それまで戦前から続く入居差別を告発する裁判がなかった原因のひとつに,明確に「朝鮮人お断り」と書いて拒否するのではなく,相手が朝鮮人と分かると満室であるといって断ったりするのがつねであり,立証が難しかったということがある。1989年6月18日,大阪地裁にて「大阪府や業者については賠償責任がない」との判決が出されたが,家主に対しては「原告が在日韓国人であることを理由に契約を拒否した」として,初めて入居拒否が民族差別であり不法行為であると認定された。

 ◆ 具体ケース:その2 「康 由美弁護士入居差別裁判」
 2006年1月,在日韓国人2世の康 由美(カン・ユミ〔韓国籍〕)弁護士が,ある物件への入居を外国人であるという理由で拒否されたことについて,家主と大阪市を相手取って裁判を起こした。とくに,こうした外国人差別を放置しつづけてきた大阪市の行政責任が大きな争点となっており,この裁判の支援を通じて,大阪市に対して入居差別を禁止するための実効的な施策の実現を求めること,大阪市における外国人の人権を保障するための制度を実現していくことを要求した。

 家主が和解金を支払うとともに差別を認め謝罪することで,原告との和解が成立した(2007年3月13日)。しかし,大阪市に対する訴えは地裁判決で認められず(2007年12月18日),大阪高等裁判所でおこなわれた控訴審で控訴が棄却された(2008年7月29日)。ただし,判決のなかで大阪市が立法措置をとることについて十分検討されるべきであるとの旨が述べられた。

 2) 人種差別撤廃条約
 人種差別撤廃条約は正式には「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」といい,1965年に国連で採択され,1969年に発効,日本は1995年に批准している( ← その間,26年も経過していた事実に注目したい)。

 同条約は締約国に人種差別撤廃の義務を課すものであるが,人種差別を法律で処罰すべき犯罪であることを宣言するよう求める第4条(a)項と,人種差別を禁止する立法措置を求める同(b)項の批准を,日本政府は留保したままである。

 しかし「国又は地方の公の当局又は機関」が人種差別を助長・扇動することを認めないよう求める第4条(c)項は批准している。2000年の石原知事「三国人発言」は同c項に反するという勧告を,国連人種差別撤廃委員会がまとめ,日本政府に提出している。この人,最近またなにかと話題になっているが,ともかく引用を続けよう。
★ 石原都知事「三国人発言」に関する
人種差別撤廃委員会の勧告抜粋 ★


 「13.委員会は,高官(※)による差別的発言及び,特に,本条約第4条(c)に違反する結果として当局がとる行政的又は法的措置の欠如や,またそのような行為が人種差別を助長し扇動する意図を有している場合にのみ処罰可能であるとする解釈に,懸念を持って留意する。

 締約国に対し,将来かかる事態を防止するために適切な措置をとり,また本条約第7条に従い,人種差別につながる偏見と戦うとの観点から,特に公務員,法執行官,及び行政官に対し,適切な訓練を施すよう要求する。」
 註記)『外務省仮訳』,→ http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/saishu.html) なお,(※)「高官」の原文は「high-level public officials」。「高官による差別的発言」が石原知事の「三国人発言」のことを指す。

 このところ,都知事が小池百合子になり,豊洲市場への移転問題で超A級戦犯に相当する石原慎太郎の直近お写真。在日差別を堂々と口に出す,それも日本を代表する「典型的な差別主義者」の1人である。
石原慎太郎画像88
  出所)最近の石原慎太郎の表情,http://www.huffingtonpost.jp/2016/09/14/isihara-shintaro-disputed-tokyo-city_n_12002806.html
  第4条(人種的優越又は憎悪に基づく思想の流布,人種差別の扇動等の処罰義務)は,こう規定している。

 締約国は,一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し,また,このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。このため,締約国は,世界人権宣言に具現された原則及び次条に明示的に定める権利に十分な考慮を払って,特に次のことを行う。

  (a) 人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布,人種差別の扇動,いかなる人種若しくは皮膚の色若しくは種族的出身を異にする人の集団に対するものであるかを問わずすべての暴力行為又はその行為の扇動及び人種主義に基づく活動に対する資金援助を含むいかなる援助の提供も,法律で処罰すべき犯罪であることを宣言すること。

  (b) 人種差別を助長し及び扇動する団体及び組織的宣伝活動その他のすべての宣伝活動を違法であるとして禁止するものとし,このような団体又は活動への参加が法律で処罰すべき犯罪であることを認めること。

  (c) 国又は地方の公の当局又は機関が人種差別を助長し又は扇動することを認めないこと。
 註記)以上,『在日コリアン青年連合(KEY)』http://www.key-j.net/blank-lo1hh 参照

 ③「冤罪調査官8-小松川女子高生殺害事件」の解説

 1)小笠原和彦著『李  珍宇の謎 なぜ犯行を認めたのか』(三一書房)
 一般的には「冤罪事件」とはみられていないが,有名な「小松川女子高生殺人事件」,いわゆる李 珍宇事件も個人的に引っかかるものがあった。宇都宮(という人物は刑事である)の生まれる前の事件であるが,在日朝鮮人の友人から話を聞き,本を借りて読んだ事件である。

 この事件では,活発な弁護活動や救援活動がおこなわれたが,本人が自白を維持し続け,死刑になった。李 珍宇が在日朝鮮人の18歳の少年であったことから,同級生や在日朝鮮人,著名な文化人など,活発な支援活動がおこなわれていたが,冤罪を主張したのはほんの数人に過ぎなかった。

 帝銀事件の場合には,歴代の法務大臣が死刑執行を躊躇した事件であった。しかし,この小松川事件は本人が自白を維持し,死刑になった。そんな事件をほじくり返したら,それこそ袋叩きもいいところであろう。しかし,宇都宮はいくつもの疑念が払拭できなかった。

 この事件は,1958年8月17日の夜,小松川高校定時制の16歳の女子高生が行方不明になり,20日と21日に犯人からの電話が読売新聞社にあり,犯人の指示どおりに21日に小松川高校の屋上のスチーム管の中から死体が発見された。

 8月24日には被害者のクシが被害者方に郵送され,その封筒から2個の指紋と切手を貼った唾からB型の血液型が検出されている。

 8月26日にも電話があり,被害者の鏡と写真を送ったとの通告がなされ,その封書に同封された便せんから2個の指紋が検出されている。

 8月28日には32分もの長い電話があり,逆探知で刑事がその公衆電話に急行したが,犯人は立ち去ったあとであった。しかし3人の小学生と主婦が犯人を目撃していた。当然,指紋が残っていた可能性も高い。また,2通の手紙には犯人の筆跡が残されていた。

 この事件では指紋・筆跡・血液型・音声・目撃証言と客観的な証拠は多い。犯人の声がラジオで放送され,李 珍宇が逮捕され,自白した。しかしながら,もし,李 珍宇が無実を争っていれば,はたして判決はどうなったであろうか,宇都宮は疑っている。

 家族の血液型から,李 珍宇の血液型はA型又はAB型と鑑定されたが,切手に付いていた唾液はB型であった。しかも,脅迫状は李 珍宇が小学校4年生の妹に1字1字教えながら指示して書かせたものとされている。李 珍宇は178.5㎝,体重70㎏の,アゴのはった四角い顔の大男(当時でみれば)であるが,4人の目撃者の供述調書は法廷に出されていない。指紋の照合結果も未提出である。被害者は,当日,誰かに会う・・・〔この段落の文章(文字記入)は,ここで終わっている〕。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
李珍宇表紙2点
『統一日報』李珍宇書評2点
 学生時代に友人から『無実! 李 珍宇』(三一書房,1978年)という本を借りて読んで以来,宇都宮は刑事となり,捜査に従事するようになったが,ずっとこの事件は気になっている。捜査経験を積むに連れて,ますます疑問は膨らんできている。宇都宮が携わったほとんどの自白事件では,自白は狂いもなく証拠とピタッと一致してくるものである。調べれば調べるほど,ジグゾーパズルが完成するように,無理なく自白と他の全証拠は合致してくる。

 ところが,李 珍宇の自白では被害者を強姦したことになっているが,被害者にはそのような抵抗痕や暴行跡がない。捜査官は自白と物証に矛盾があれば,後に裁判で争われることになるので,細かく問いただす。また,宇都宮が担当した多くの強姦事件では,被害者には激しい抵抗傷がみられるが,そのような痕跡は死体にはみられなかった。普通の取り調べ官なら,そのような自白と客観的証拠の食い違いを見逃すはずがないのであるが,明かな虚偽の自白がまかり通っているのである。

 もし,李 珍宇が裁判になって自白を撤回していれば,指紋・血液型・目撃証言など,多くの証拠が開示されて争われ,有罪になったかどうか,疑わしい。なぜ自白を維持しつづけ,死刑になったのか,その理由は謎であるが,指紋,血液型,目撃証言などの客観的証拠からだけでも,無罪になった可能性がある。

 もし,自分がこの事件を現在の捜査科学で調べ直すとしたら,どうするか,宇都宮はなんど度も考えてみた。犯人の唾液が付いた切手や封筒などがもし残っていれば,そこからDNAを採取し,李 珍宇が支援者に宛てた手紙などと照合することができる。あるいは,目撃証言の証拠開示,筆跡鑑定の見直しなどになろう。

 もし李 珍宇の家族が死後再審を申し立てるようなことがあれば,個人的には調べてみたい事件である。いまさら,あえてほじくり返して四面楚歌になるようなことはしたくないが,宇都宮にとっては気になる事件であった。
 註記)http://kaihito.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/8-3a8e.html

 日本の刑事事件に関しては異常に冤罪事件が多い過去と現在を記録してきた。最近ではこういう報道があった。李 珍宇事件から8年後の1966年に発生した事件に関する冤罪事件であった。
◇ 袴田さん48年ぶりに釈放 ◇

 死刑囚として拘置されていた袴田 巌さんが,実は無実だった可能性がきわめて高いため,48年ぶりに釈放された。このように,死刑判決から一転無実だったという「死刑冤罪事件」は日本では現在4件が確認されているが,この「四大死刑冤罪事件」に,これからは5件目の事例としてこの「袴田事件」がくわわることも考えられます。

 【事件解説】  1966年に静岡県の一家4人が殺害,放火された「袴田事件」で死刑が確定した元プロボクサー袴田 巌(いわお)死刑囚(78歳)=東京拘置所在監=の第2次再審請求審で,静岡地裁(村山浩昭裁判長)は〔2014年3月〕27日,再審開始を認める決定をした。
 註記)出典「袴田事件の再審開始決定,釈放へ 証拠『捏造の疑い』:朝日新聞デジタル」
 原文の註記)http://matome.naver.jp/odai/2139593419071631901
 李 珍宇(1940年2月生まれ)が生きているとしたら2016年で76歳である。仮に,李の事件が冤罪だとしたら「第6件めの死刑冤罪事件」になった可能性も否定できない。前後してさらに説明がなされるが,李の場合はなぜか,死刑の判決とその執行の過程は迅速であった。犯行時の年齢18歳もほとんど考慮されていなかった状況も介在していた。
李珍宇画像
出所)http://www.nicozon.net/player.html?video_id ・・・ から。

 在日韓国・朝鮮人から回顧する1950年代は,まったく「市民としての人権」のなかった時期である。旧植民地出身者とその子孫に対する日本社会側からの「差別と偏見」も露骨であり,非常に過酷であった時代である。なによりも,日本政府自身がそのように仕向けてきたからである。李の事件に関して疑わしい点は,李が自分で犯人であることを認めていた,しかもその一貫する態度にみいだせる。このあたりに小松川事件に対する疑問がつきない原因があった。
 
 2)野崎六助『李  珍宇ノオト-死刑にされた在日朝鮮人-』三一書房,1994年に対するアマゾンのカスタマーレビューから

 「5つ星のうち 5.0,大島 渚の『絞首刑』ではR(李 珍宇)は死刑が失敗して心神喪失になる」(投稿者 薔薇★魑魅魍魎, 投稿日 2012/3/28)

 --いまから54年前の1958年8月21日,東京都立小松川高校の屋上のスチームパイプの防護壁の横穴で,行方不明だった定時制に通う16歳の太田芳江さんが腐乱死体で発見され,その10日後の9月1日に同じ定時制に通う18歳の金子鎮宇こと李 珍宇が逮捕されるという,いわゆる小松川女子高生殺人事件ですが,私たちは大島 渚の映画『絞首刑』(1968年)によって半世紀以上を経たいまでも目の当たりにすることができます。

 この事件は劇場型事件というか,そもそも遺体発見じたいも犯人からの電話に誘導されてのもので,その3日後に被害者のクシが郵送されてきて,その封筒から2つの指紋と切手を貼った唾からB型の血液型が検出されます。さらに,その2日後の電話では被害者の写真と鏡を送ったとのこと,そこに入っていた便せんから2個の指紋。またその2日後に電話があり逆探知して突き止めた公衆電話には,しかし犯人の姿はなく主婦と小学生3人が目撃。

 まるで警察に協力するかのように,指紋・声・筆跡・血液型・目撃証言という圧倒的な明確な犯人像を示す証拠を提出してくれています。そして,録音された犯人の声がラジオで放送されて,似ているということで李 珍宇が逮捕されます。それから,自白して李珍宇は犯人になる。

 切手についていた犯人のものと思われる唾液の血液型はB型だったけれど,李 珍宇はA型またはAB型。あごが張って四角い顔に体重70キロで身長178,5センチの大男(当時でみれば)の李 珍宇ですが,目撃者の調書は法廷に出されていなくて姿は不明のまま。……李 珍宇が書いたにしては稚拙な脅迫状ですが,小4の妹に書かせたということになっています。

 被害者をレイプしたという証言をしている李 珍宇ですが,そういう痕跡はないとのこと。こうして突きあわせてみても,決定的な証拠になるべきものに相矛盾するものがあるのに,ただ自白だけで,誰も矛盾を問いただそうとしないで死刑執行になってしまったのです。

 おそらく,李 珍宇は強力な監視下にあって,自分の意思を表明すること,つまり自白の撤回も無実を叫ぶことも許されなかったのだと思います。朝鮮人差別を上手く利用して,犯人に仕立て上げるということが平気でおこなわれていたということだと思います。

 〔当時〕三鷹事件や松川事件や下山事件など,GHQと政府の謀略殺人事件が吹き荒れていたちょうどそのころ,こうして私たちのすぐ隣にも,人の命を虫けらのようにしか考えない権力を握った者たちの暴挙がヒシヒシと押し寄せてきていたのです。(引用終わり)

 --このレビューの内容・指摘が的中しているか否かといった解釈を議論する前に,もう一度考えておかねばならない前提があったはずである。この種の疑いがまだ濃厚に残る事件であれば,つまり前段に挙げたような袴田 巌の事例であれば,最後にはなんとか冤罪が晴れることになっていた。だがこちらの李 珍宇の事例では,袴田の場合のように半世紀もかけて冤罪を晴らすというきっかけすら,当初から全然与えられていなかった。それに当人は,警察側などの取調べに対して自分が犯人であると「すなおに自白していた」というのだから,そうならざるをえないでいた

 かといって,専門の刑事(宇都宮という人物)であっても,推理を働かせて突きつめて判断するに,どうしても謎ばかりというか,謎の解けない「冤罪的な事件」になってしまったのが,この小松川事件ではなかったか,という受けとめ方をしていた。そこに残るかのようにしてあぶり出されたのは,朝鮮人なのだから「そのように冤罪にはめこんで始末(死刑にする)して」も,たいした問題ではないのだという,当時における日本の体制側諸機関(警察庁・裁判所,広くは世論一般まで)の精神的背景が控えていたと推察するほかない。

 3)「小松川高校女子生徒殺人事件 (2)」『楽天プロフィール XML』(2007年11月18日,カテゴリ:少年犯罪)

 発生は昭和32〔→訂正;昭和33〕年5月21日なので,もう,関心のない人には忘れ去られている事件だ。昨今,凶悪といわれる少年犯罪が多発しているが(普通の少年犯罪は減りつづけている),こ映画絞首刑尹隆道画像の事件も当時は大きな話題を呼んだものだ。のちに昭和43〔1968〕年にいまは亡きATGで大島 渚監督によって,『絞死刑』という日本映画史に残る傑作と評価された映画のモデルになった事件だから,映画マニアはしっているはずだ。
 補注)この映画『絞首刑』に李 珍宇役として出演したのは,現在,晩聲社代表取締役の尹 隆道である(多分,在日2世)。
 出所)右側画像は尹 隆道,https://www.youtube.com/watch?v=Bsrc4mBNLe4 (画面 クリックで 拡大・可)

 被害者は小松川高校に通う一女子高生で,犯行現場が同高校の屋上で陵辱されたのち,殺された。その後すぐ,若い男の声で警察,新聞社などに犯行を認める電話がかかり,証拠品を示した場所に置いたりしたため,数日後にその男が逮捕された。犯人は被害者と同じ高校に通う李 珍宇という在日朝鮮人で,当時17才だった。

 李は犯行を自供し,その過程でもう1人,それ以前に江戸川堤防で近所に住む若い賄婦を陵辱して殺していることを供述する。したがって,「小松川事件」と総称されることがあるのはそのためだ。

 李はそうして,事実関係で争うことはなかったが,その生い立ちと家庭環境が注目された。彼は江戸川区篠崎(今の都営新宿線・篠崎駅近く)の在日朝鮮人集落で生まれ育ったが,家は貧しく,父は強制連行で日本に連れてこられた人物だったが李の成育過程では呑んだくれで働かず,母も朝鮮人だったが唖でもあり,李を長男に4人兄妹だった。

 その上に差別があったのはいうまでもない。にもかかわらず,李は頭脳明晰・成績優秀であり,日本人なら全日制の高校にいけるところを働きながら定時制高校に通学していた。愛読書はドストエフスキーで文学が趣味だった。

 さて,自供がすぐあったので裁判の審理も速く進み,一審で死刑が確定するのだが,当時17才だった李が普通裁判で裁かれたのは,凶悪事件だったからという話は聞いたことがあるが,理由が書かれたものをみたことがないので分からない。

朴寿南表紙 こうして,李は死刑囚となるが,その間,李と文通をし,面会もして彼に民族感情を訴え,支えになったのが,在日朝鮮人女性ジャーナリスト・朴 寿南であり,その関係は死刑執行直前まで続く。2人の交流は李の死後,朴によって『罪と死と愛と』〔三一書房,1963年〕という書名で出版された。

 李は朴の説く民族感情にはあまり関心は示さず,クリスチャンになるが,朴との交流による信頼関係はあり,その関係で,殺人動機を詳しく告白している。最近,多くなった動機なき殺人だが,この事件はそのはしりといえるかもしれない。

 李は朴への手紙のなかで,第1の賄婦の事件に触れ,自分は事件当時,想像の世界に生きていて事件は両方とも夢の中で起こったこととしてしか,捉えられない,といっている。

 そして彼女を殺した時は「(前方を行く)彼女の自転車は最初,自分の左側を走っていた,そのままならなにも起こらなかっただろう,しかし,後から来た自分が自転車を左に出し,彼女が自分の右側となったとき犯行は成功する,と確信した,なぜなら自分がいつも想像している場面と同じになったからだ」と書いている。

 のちに大島監督もここのところに着目し,映画のなかの台詞にも使われている。抑圧され,想像のなかでしか生きられなかった1人の人間の行動だが,李は別に精神疾患をもっていたわけではないので,抑圧と孤独のなかでは1人の人間にはそういう面があることを指し示している。

 昨今の動機なき殺人も同じ心の動きが原因のひとつであるのかもしれないという示唆を与えてくれている,李の場合は貧困と差別が原因だったが,それらがほぼ解消されているいま,類似の事件が多発していることを考えるうえで,マスコミが安易に使いたがる「心の闇」などとは違うなにか,がどんな人間にも備わっているとみるのに,李の言葉は今でも有効な材料を提供してくれている。

 なお,李 珍宇は昭和37〔1962〕年,死刑執行された。
  註記)http://plaza.rakuten.co.jp/keirinji02/diary/200711180000/

 4)小松川事件(ウィキペディアのまとめ具合)
 小松川事件(こまつがわじけん)とは,1958〔昭和33』年に東京都で発生した殺人事件。別名,小松川高校事件または小松川女子学生殺人事件。

 イ)  事件の概要 ……1958年8月17日,東京都江戸川区の東京都立小松川高等学校定時制に通う女子学生(当時16歳)が行方不明になる。同月20日に,読売新聞社に同女子学生を殺害したという男から,その遺体遺棄現場をしらせる犯行声明ともとれる電話が来る。

 警視庁小松川警察署の捜査員が付近を探すが見あたらず,イタズラ電話として処理される。翌21日,小松川署に,さらに詳しく遺体遺棄現場をしらせる電話が来る。捜査員が調べたところ,同高校の屋上で被害者の腐乱死体を発見した。

 その後犯人は,被害者宅や警察に遺品の櫛や手鏡を郵送した。さらに読売新聞社へは反響を楽しむかのように30分にも及ぶ電話をかけ,警察はその逆探知に成功した。電話をかけてきた公衆電話ボックスには間に合わず,身柄は確保できなかったが,そこで電話をかけていた男の目撃証言はえられた。この時の通話は録音され,8月29日にはラジオで犯人の声が全国に放送された。「声が似ている」という多くの情報が寄せられ,そのなかから有力な容疑者が浮かび上がった。

 ロ)  犯  人 ……小松川署捜査本部は9月1日に工員で同校1年生の男子学生・李 珍宇(当時18歳)を逮捕した。犯人は東京都亀戸出身の在日朝鮮人であり,窃盗癖もあった。図書館からの大量の書籍の他,現金・自転車の窃盗をおこない,保護観察処分を受けていた。

 李は,犯行当日プールで泳ごうと思い同高校に来たところ,屋上で読書をしている被害者を発見。彼女をナイフで脅し強姦しようとする。しかし大声を出されたため殺害し屍姦,遺体を屋上の鉄管暗渠に隠した。また彼は4月20日にも,23歳の賄い婦を強姦し,殺害。その後も屍姦したと自供した。

 李は4月の事件の経緯を「悪い奴」という小説に仕立て,読売新聞社の懸賞に応募していたことがのちに判明した。この小説は,事件の詳細な状況(被害者は男子同級生に変えられていた)だけでなく,自身に向けられていたという「差別」についても根拠はないが声高に主張されており,私小説といえるものであった。

 逮捕前,一部の新聞により実名報道がおこなわれたことから,少年法の問題が議論された。

 ハ)  裁 判 ……李は1940年2月生まれで犯行時18歳であったが,殺人と強姦致死に問われ,1959年2月27日に東京地裁で死刑が宣告された。二審もこれを支持,最高裁も1961年8月17日(被害者の命日)に上告を棄却し,戦後20人目の少年死刑囚に確定した。

 事件の背景には貧困や朝鮮人差別の問題があったとされ,大岡昇平ら文化人や朝鮮人による助命請願運動が高まった。大岡昇平,木下順二,旗田 巍,吉川英治,渡辺一夫らは「李少年を助けるためのお願い」(1960年9月)という声明文を出し,

 「私ども日本人としては,過去における日本と朝鮮との不幸な歴史に目をおおうことはできません。李少年の事件は,この不幸な歴史と深いつながりのある問題であります。この事件を通して,私たちは,日本人と朝鮮人とのあいだの傷の深さをしり,日本人としての責任を考えたいと思います。したがって,この事件の審理については,とくに慎重な扱いを望みたいのであります」と訴えた。

 また,被害者の遺族は,「これまで,日本人は朝鮮人に大きな罪を犯してきました。その大きな罪を考えると娘がこうなったからといって,恨む筋あいはありません。もしも珍宇君が減刑になって出所したら,うちの会社にひきとりましょう」と申し出た。

 犯人とされた男は自供したが物証は十分でなかったとされ,一部では冤罪説も喧伝された。犯人は拘置所でカトリックに帰依の洗礼を受けるが,被害者たちに対しては「彼女たちが自分に殺されたのだという思いは,ベールを通してしか感じることができない」と罪の意識を感じることはなかった。

 ニ)  処  刑 ……1962年8月には東京拘置所から仙台拘置支所に移送(当時東京拘置所には処刑設備がなかった,通称仙台送り)され,同年11月26日に宮城刑務所にて刑が執行された。享年22。

 秋山 駿はこの事件に関して『内部の人間』(講談社BOOK倶楽部)を著し,初期の作品として評価を受けた。また鈴木道彦は,この事件をきっかけに「在日無罪論」を展開した。

 ホ)  文  献 ……井出孫六「小松川女子高生殺人事件の暗部」『エコノミスト』1986年8月12日,86~91頁。井出孫六『その時この人がいた-昭和史を彩る異色の肖像37-』毎日新聞社,1987年。『週刊朝日の昭和史 第3巻』1989年,138~151頁。

 ニ)  関連項目から …… 『絞死刑』(映画)は,小松川事件を題材にした大島渚監督の映画である。
     深沢七郎は,小説『絢爛の椅子』でこの事件をモデルとした。
     大岡昇平は,小説『事件』でこの事件をモデルとした。
李珍宇画像関係3
 ホ)  脚  注 -省略-

 註記)以上,https://ja.wikipedia.org/wiki/小松川事件 参照。

 出所)右側画像は参考にまで,https://www.youtube.com/watch?v=2k9NeXyQYLc
  戦後死刑執行統計図表
   出所)この統計も参考にまでかかげておく。(画面 クリックで 拡大・可  ↓ ) つぎの書評もついでに添えておく。これは,ウィキペディアの「脚注」のなかに引用文献として出ていた1冊である。
鈴木道彦書評


 【旧大日本帝国軍の旧套精神そのままであり,その想定ですらまともに,この捕虜問題に対する基本姿勢を決めていない日本軍:自衛隊3軍の不可解】

 【自衛隊は軍隊ではないのか? 冗談もほどほどにしたい】



 ①「〈戦後の原点〉後方支援の自衛隊員捕まったら… 人道的扱い,保証されぬリスク」(『朝日新聞』2016年9月25日朝刊)

 1)記事本文:前半の段落
 集団的自衛権の行使や他国軍への後方支援を可能にする安全保障関連法が成立して1年(2015年9月に参議院まで通過・成立していて,2016年3月に施行)。政府は,自衛隊による新任務の訓練を始めるなど運用に動き出しているが,ここに来て,自衛隊員が海外で捕まったときのリスクについて,専門家が強い懸念を表明しはじめた。現行法では,隊員は国際法で認められている捕虜のとり扱いを受けられない可能性があるからだ。憲法解釈と現実の自衛隊の運用の新たな矛盾があらわになった。
『朝日新聞』2016年9月26日朝刊3面捕虜問題
 問題となるのは,自衛隊による後方支援活動だ。対立する軍や武装勢力から自衛隊が攻撃され,隊員が捕まったらどうなるのか。国際法は,兵士が残虐な行為を受けることを防ぐため,「捕虜」として人道的な扱いを保証するルールを定めている。ジュネーブ条約=キーワード=というとり決めだ。ところが,政府は,自衛隊員が捕らわれてもこの条約上の「捕虜」には当たらないという立場をとる。
辻元清美画像
 これは昨〔2015〕年の国会審議で,民主党(当時)の指摘で明らかになった。辻元清美衆院議員の「捕虜の扱いを受けるのか」との追及に,岸田文雄外相は「日本は紛争当事国となることはなく,ジュネーブ条約上の捕虜になることはない」「こうした拘束は認めない。ただちに解放を求める」と述べた(2015年7月15日衆院特別委)。だが,これでは,捕まった隊員が敵側の法で一方的に処罰されることになりかねない。
 出所)右側画像は『へこたれへん。』角川書店,2005年の表紙カバー。
 補注)この外務大臣の答弁はあくまで自国側の立場からだけでの想定話である。相手国・相手軍の存在を十二分に考慮したうえで,こう答えているのではない。一方的にはぐらかし,「想定外の話題」とみなして,辻元議員の質問をさえぎっている。これでは,まるで「原発の安全神話」と同じ思考方式ではないか。

 「原発の大事故は認めないもの(想定外)であるから,問答無用にただちに安全神話の信仰維持を求める」という,かつての原子力ムラの面々が堅持していた理屈に,なんと似ていることか。相手側がどう出てくるか,その対応がどのようになるかについて,あらゆる場合を想定したうえで,そのように答えていたのではなく,こちら(日本国)側の希望・期待にのみしたがい,どこまでも自己満足的に「そういう事態はありえない」とだけ,述べているに過ぎない。

 岸田外相は「日本は紛争当事国となることはなく,ジュネーブ条約上の捕虜になることはない」「こうした拘束は認めない。ただちに解放を求める」と述べているが,これらはすべて,こちら側での一方的ないいぶん:考え方であって,相手側にそのまま通用させられるような論理ではまったくない。

 日本の国会ではこのような幼稚な次元で,軍事行動論に関する具体的な問題が抽象的に議論されているかと思うと,背筋が寒くなる思いである。自衛隊は軍人・兵士(隊員)の生命の安全確保をどのように検討しているのか,強い疑問を抱かせる姿勢しかうかがえない。


 〔記事本文に戻る→〕 国際法の細部にかかわるだけに,すぐには大きな議論にならなかったが,しだいに国際法学者から疑問の声が上がるようになった。

 a) 真山 全・大阪大学教授は「後方支援は,それが武力行使に当たらなくても,攻撃目標になる。相手が隊員を攻撃したり,捕まえたりしたら,日本はジュネーブ条約の当事国となる。捕虜資格の否定は,敵による自衛官処罰の可能性を大きくする」と批判的だ。

 b) イラク復興支援で空輸部隊を指揮した元空将の織田邦男・東洋学園大学講師は「政府が自衛官を見捨てることになりかねない。隊員の士気にかかわる」と語る。

 c) そもそも国会の議論は論点がずらされ,相互に噛みあっていない。森 肇志・東京大学教授は「野党は自衛隊員が捕虜になるかを聞いているのに,政府は後方支援が武力行使に当たるかどうかで答えている。与野党が共通の土俵に立っていない」と指摘する。

 政府は,後方支援は武力行使に当たらないという前提で,自衛隊参加の道を開いた。「捕虜」を認めれば武力行使だと認めることになり,憲法違反になる。ガラス細工のような解釈を象徴していた。

 d) 岩本誠吾・京都産業大学教授は「自衛隊の海外活動が増えれば,国際法と国内法の矛盾が顕在化する恐れがある。日本の法体系を国際基準に沿って修正すべきだ」という。

 一方,憲法に重きを置くならば,結論は逆だ。昨〔2015〕年の国会審議で,辻元議員が指摘したように「さまざまな人が憲法違反といっているのは,兵站(へいたん:後方支援)は戦争の一環であるというルールを全部すっ飛ばしている。これは通用しません」ということになる。安保法は,重大な問題を放置したままだ。

 --そのとおりである。兵站,つまり軍隊にとっての補給活動に相当する作戦行動は,いわば経済活動でいえば流通・配給問題に相当する。流通・配給が停止したらわれわれの日常生活は,衣食住の問題からしてただちに困窮する事態が発生する。震災時においてスーバーやコンビニの店頭で品物が欠乏した事態を想像してみれば,すぐに理解のいく問題である。旧日本軍が兵站・補給活動に関して拙劣であった事実を想起する必要がある。

 2)大東亜戦争中の旧日本陸軍-駄目将軍のハチャメチャ指揮-
 a) 第2次大戦中,1944〔昭和19〕3月から日本陸軍により開始され,同年7月初旬まで継続し,大失敗したインパール作戦(ウ号作戦)に触れておきたい。

牟田口廉也画像 牟田口廉也という氏名の,史上稀にみる,それも「盆暗・鬼畜・無茶口」とも非難されてきた「愚将」〔生死年;1888~1966年,最終階級は陸軍中将〕が,そのインパール作戦においては総指揮官であった。牟田口は敗戦後にA級戦犯として捕まったが、シンガポールで不起訴処分となった。いずれにせよ,陸軍悪玉論を語る場では必らずといっていいほど,この人物の名前が出てくる。それほどにひどい旧日本軍の陸将であった。
 出所)画像は,http://www.logicdyne.com/wordpress/?p=40

 当時,第十五軍司令官となった牟田口は,従来の守勢から攻勢によるビルマ防衛へ方針転換をおこない,イギリス軍の拠点インパールからインドのアッサム地方への侵攻計画を構想した。これは前年(1943年),南方軍が立案した計画を改良したものだった。前年には,彼は作戦に反対したものの,太平洋地域のアメリカ軍に対応するために陸上部隊や航空戦力が引き抜かれており,またウィンゲート旅団によるゲリラ戦で防衛線を突破されないか不安であった。だが,インド独立運動の誘発や積極的攻勢に出て,防衛範囲を限定させようとして作戦決行に踏み切った。

 牟田口は作戦を立案したさい,参謀長や指揮下の師団長などのほぼ全員が「補給ができないこと」や,ウィンゲート旅団の討伐後の部隊休息・再編成の必要性などを理由に挙げて反対していたにもかかわらず,自身の主張を変えなかった。第十八師団の田中新一師団長の進言もあり,反対派の参謀長を更迭してしまった。(第十五軍司令官就任時に大幅な人事異動があり現地ビルマをしる将校は少なく,これがまわりの意見を聞かない原因であった)。

 牟田口の主張の内容は,突きつめていえば「英軍は弱い,必らず退却する。補給について心配するのは誤りである」という〔誤った〕確信であった。現場の将兵にとって不幸だったのは,無謀な作戦を中止させるべき存在であるはずの軍上層部が,当時まですでに悪化する一方であった戦局の打開を,この作戦に期待して,牟田口を制止するどころか後押ししてしまったことである。

 b) なお,インパール作戦におけるイギリス軍は,日本軍を自分たちの領域に十分に引きつけておき,補給ができなくなった時点で反撃する方針を早々と決めていた。もっとも実際に参加したウィンゲート旅団の参謀長タラク少将は,作戦はまったく立案されてなかったと,この方針を疑問視している。

 結局,この戦いにおける戦死者は、日本軍が戦病死 3万8,000名で,イギリス軍が戦死のみ 1万7,500名であった。

 牟田口はとくに,水牛に荷物を運ばせ,食料としても利用するジンギスカン作戦を実施させた。だが,水牛がジャングルや荷物運びに適応せず,エサも用意でき来ずに大失敗していた。この話は,牟田口の資質を代表するエピソードのひとつになっている。ちなみに,当の本人は戦後に中華料理店「ジンギスカンハウス」を開店した。

 牟田口にはまた,つぎのような証言がある。彼は兵隊たちに「周囲の山々はこれだけ青々としている。日本人はもともと草食動物なのである。これだけ青い山を周囲に抱えながら,食糧に困るなどというのは,ありえないことだ」と大真面目で訓示したという。いいかえれば「野草がいくらでも食える」という論理である。

 前述したように,前線はイギリス軍の作戦どおり補給不足で大苦戦した。空腹の将兵たちは,上述の呆れた訓示でも実施せざるをえず,タケノコ・野イチゴはもちろん,ヘビ・カエル・カタツムリなど,食べられるものはなんでも食べて飢えを凌いでいた。

 c) 挙句のはてに牟田口は,作戦の失敗が確実になると,作戦指揮そっちのけで戦勝祈願の呪文を唱え始める始末。戦勝を祈願していたことから勝つ気はあったのかもしれないが、軍司令官が神頼みをはじめたということから,「いよいよこの作戦はダメだ」と将兵たちは感じたという。

 各戦線は,補給不足から絶望的な戦いを強いられていた。指揮をとっていた師団長たちも,作戦中止を具申したら更迭された者,マラリアで健康を害したという理由で交替された者(のちに死亡),いよいよ呆れはてて師団主力を撤退させたために更迭された者(作戦終了後,軍法会議にかけられそうになったが責任が及ぶため精神疾患として不問)など,いずれも酷い目にあっている。

 とはいえ,生きて帰れた者はまだマシというもので,もっとも悲惨な目にあったのは「白骨街道」とまでいわれた死屍累々の道を歩む羽目になった前線兵士達であるのは,いうまでもない。
 註記)http://dic.nicovideo.jp/a/牟田口廉也 参照。

 d) 以上のような,体たらく将軍(ダラ幹)の見本みたいな牟田口廉也とは,みごとなまでに対照的な旧日本軍の将官がいなかったわけではない。陸将の宮崎繁三郎に触れておきたい。

 数多くの戦歴・インパール作戦時の優れた采配と理性的な行動から,宮崎繁三郎に対する評価は非常に高く,太平洋戦争における日本陸軍の名将の1人とされている。陸士・陸大での成績は至って普通であったが,前線において大いに能力を発揮するタイプの指揮官であったといえる。戦いは机上の兵学とは一線を画するものであることを示している。
名将宮崎繁三郎表紙画像
註記)豊田 穣,潮書房光人社,2012年。

 すべての戦歴において,宮崎に与えられた権限や兵力は決して大きいとはいえず,同じ戦場で同格だった他の指揮官に比べ,特別有利だったり優遇されたことは一度もなかった。

 しかしながら多くの武功を残したことは,どんなに過酷な事態に遭遇しても最善を尽くそうとする,野戦将校としての優れた指揮能力と人徳の高さを示している。宮崎はどのような窮地に追いこまれても弱音を吐いたり,無茶な命令を下す上官の文句や批判をけっして口にしなかったという。

 インパール作戦における “日本陸軍の良心” とも呼ぶべき宮崎の行動は,同作戦を立案・指揮した牟田口廉也司令官と対極的なものとして語られることが多い。敗戦後,この作戦に従軍した兵士たちは,牟田口の名を口にするたび,一様に怒りに唇を震わせ,宮崎の名を口にするたび,一様にその怒りを鎮めたという。
 註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/宮崎繁三郎 参照。

 以上にとりあげてみた牟田口廉也と宮崎繁三郎との人物対照からは,1)に言及したごとき論点が明瞭になってくる。

 まず,現在の自衛隊が現実的に想定するかたちで,そのための具体的な指針・原則を確定しておくべきこと,さらにはいえば,そのうえで現場においては,具体的に即応して運用できるようなこまかい基準・規則などをも用意しておくべきこと,これらがいまの「日本国側の基本姿勢」(防衛相・外務省)にあっては完全に欠落している。

 つまり,いまのところ,「自衛隊による後方支援活動だ。対立する軍や武装勢力から自衛隊が攻撃され,隊員が捕まったらどうなるのか」という緊急事態に対する,政府側のきわめてデタラメな対応姿勢=不首尾・無準備ばかりが,めだって浮上してきている。

 要は,岸田文雄外相は「対立する軍や武装勢力から自衛隊が攻撃され,隊員が捕まったら」,そして,まさにそのとき現地に派兵されている自衛隊はどのように対処すればいいのかを訊ねられても,これに真正面から返答していない(できていない?)。これでは,国会の討論をしった自衛隊員側が不安を抱くのは,自然な感情である。戦場や紛争の地では,絶えず最悪の事態発生に備えて,即座に対応できる基本方針やその手順がいちいち決められておく必要がある。ところが,日本政府はそのような準備を「想定外」としている立場を,恥ずかしげもなく告白していた。

 「3・11」東電福島第1原発事故の場合は,自然現象が相手であり,また核物質という〈悪魔の火〉が対応すべき対象であったが,こんどの話題としての相手側は武力勢力ないし正式軍隊である。相手の存在を無視したまま,相手がどのように出てくるかは考えておりませんと,一国の外務大臣が国会で平然と答えている。くわえていえば,防衛相のほう〔現在は稲田朋美が担当大臣だが,なんとも頼りない安倍晋三のオトモダチ閣僚の1人である〕は,いったいどのように考えているのか? 現実の問題が目前にあるにもかかわらず,現実に発生する可能性すら認めていない。

 3)記事本文:後半の段落-「〈視点〉活動に何を認めるか,議論が不可欠」
 青空にぽつんと黒い点がみえた。だんだん大きくなる。輸送機だ。1992年9月,カンボジアの空港で,自衛隊の国連平和維持活動(PKO)派遣部隊の到着に立ち会った。あれから24年。自衛隊は中東ゴラン高原の停戦監視に参加し,イラクでは復興支援で展開した。安保法制では,他国軍の後方支援さえも可能になった。

 制約を外すたび,憲法の関連であいまいな論法を重ねた。「自衛隊が活動する地域が『非戦闘地域』」。「後方支援で戦闘に巻きこまれることはない」。 “戦場の常識に反する説明”  が続く。活動の場が広がるほど矛盾は深まる。捕虜問題はその最たるものだ。

 幸い,これまで自衛隊は実際の戦闘に関与していない。しかしひとたび武器が使われれば,重大な事態は避けられない。ならば野党も含めて,自衛隊にどこまでなにを認めるのか議論を尽くし,国民の広い合意がえられる範囲で,活動を定めるのが筋ではないか。

 冷戦下の安保問題は,妥協なき左右のイデオロギー対立と結びついていた。冷戦も終わって久しいが,国民共通の関心事項であるはずの安全保障は,黒白の対立テーマであり続けている。

 4)キーワード
 〈ジュネーブ条約〉とは,軍隊の構成員が敵の捕虜となったときには,人道的に扱われねばならず,報復は禁じられる。暴行や脅迫をくわえてはならず,食料や衣服などが供給される。敵対行為が終了したのちは,捕虜は遅滞なく釈放・送還されなければならないとしている。

 --第2次大戦時において日本軍の将兵は,それもとくに兵卒たちはこのジュネーブ条約を具体的に教えられていなかった。自分たちがその権利を与えられていることをしらなかったのだから,敵兵を捕虜にしたときどのようにあつかうか,その要領をまったくしらなかった。将校階級はこの条約の存在をしっていたにせよ,兵卒たちにその趣旨が伝達も教示も徹底もされていないのだから,あの戦争の時代において旧日本軍にとってみれば,無縁の国際条約であった。

 ②  日本とジュネーブ条約

 1)ジュネーブ条約
の経過
 ジュネーブ条約が1864年に成立してから,日本は22年後の1886年に加入を果たしていた。最初は陸戦での傷病者の保護が目的で,たった10条の短い,しかし歴史的にはとても重要な条文であった。

 1899年には海戦における傷病者の保護(全14条)がくわえられた。1904年の日ロ戦争時は,赤十字の腕章を着けた衛生兵士が負傷したロシア人を手当てしている光景が記録されている。このときの日本の対応は国際社会で高く評価された。

 1906年に,陸戦部分が33条の詳細な条約になったが,日本が加入したのは2年後の1908年であった。海戦におけるそれも同じく28条と2倍になったが,1907年から4年遅れて1911年に加入した。そこで第1次大戦が起きた。たくさんの兵士たちが犠牲になった。しかも,新しい戦争の形態となり,いろいろと問題点も指摘された。

 再び条約は見直され,陸戦部分で39条の条約となったのが1929年。日本加入は1934年であった。またしても,日本は数年遅れての加入となっていた。それらは国内で十分議論してから後,という過程を踏んできているからであった。しかし,重大な問題があった。それは,捕虜の待遇に関する条約(全97条)については日本は加入をしなかったのであるす。

 第2次世界大戦が起きた。日本とドイツを比べたとき,日本の捕虜は3割以上の者が命を落としているのに対して,ドイツでは7%で,収容所も完備されていました(なおここでは,ナチス・ドイツが行ったユダヤ人に対しての虐殺行為は別問題である)。捕虜に対する待遇がまったく違っていたのである。日本軍も兵隊に十分な教育をしていなかった。いまでもそのときの問題がマスコミを通じて報道されている。

 1949年のジュネーブ4条約に,日本は1953年加入したが,強制的なものであったといえる。1951年のサンフランシスコ講和条約を締結するさい,連合国側から国際社会への復帰のために,他の多くの条約とともに加入することを求められたわけである。そこで,国会での十分な審議のないまま加入手続を完了していた。ともかくそれでも加入すれば,その諸規定を国内法に適用させる義務がある。しかし,現在のところ赤十字の標章に関する法律と,商標法上のなかで赤十字標章の使用が禁じられているだけにとどまっている。

 1977年には2つの追加議定書が採択されたが,日本はまだ加入をしていない。しかし,1999年の第27回赤十字・赤新月国際会議において,日本政府は「人道問題は人類共通の課題と認識し,国際人道法を尊重,遵守し,1997年ジュネーブ条約追加議定書の締結に関し国際赤十字赤新月旗画像引き続き必要な検討を行う」という誓約をおこない,政府としても前向きな検討を始めている。
 註記)http://www.venus.dti.ne.jp/~orthias/lifestyle_park/geneva-jp.htm
 出所)右側画像は国際赤十字赤新月社連盟の旗幟。

 2)認識の甘い日本政府の立場
 21世紀のいま,2016年において日本政府は,ジュネーブ条約関連の事情に関しては,その最新事情に合致した自衛隊関係方面に対する周知徹底と,そして,自衛隊が実際に作戦行動するさいに必要となる同条約の適用に関してもともに,きわめて不徹底というか弛緩した態度しかみせてこなかった。この事実は前段までの記述を通して伝わってくると思う。

 最後に再言しておく。「自衛隊が活動する地域が『非戦闘地域』」であって,「後方支援で戦闘に巻きこまれることはない」のだから,『自衛隊が捕虜を出すという事態はありえない』と勝手に想定だけする日本政府の戦争・紛争に関する現状の認識は,完全に “戦場や紛争の地に関する常識に反した説明” である。

 それこそ,不幸にでもさらにもう一度,そういう目に遭ってみないと現状の認識があらためられないというのでは,1945年8月以前における大日本帝国陸海軍の体質・感覚と全然変わりはない,と指弾されてもしかたあるまい。大東亜戦争の「結果=敗戦」など,まるでなかったかのような雰囲気が,いまの日本政府には色濃く漂っている。インパール作戦の総指揮官であった「牟田口廉也的なソレ・ダメ現象」が,世紀が替わったいまにあっても,日本国防衛陵自衛隊3軍のなかで再度起こされないという保証はない。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
安倍晋三と麻生太郎画像
出所)http://matome.naver.jp/odai/2143817284839674201

 安倍晋三君は,ふだんから勇ましいことばかりいってはいる。だが,日本国防衛相自衛隊が実際にも,戦場・紛争の現場に派遣されている実情のなかでは,より現実的に想定しておかねばならない問題がある。しかも「事前には想定の困難である〈各種・各様の緊急事態〉の発生・突発の可能性:危険性」が前提に置かれて,これに対しては,どのように具体的に対処すべきか措置しておかねばならない。

 ところが,いまだに最低限の手順・規則すら用意しようとする意向がみられない。これでは,本当に勇ましい「この国の首相」といえるだけの資格はない。まさか「いざ・鎌倉」というときになってから大慌てに,みぐるしくもジタバタすることになるのか? しかし,泥縄式では,そのときに生起する緊急の事態(問題)に対して,即事的に対処できるような〈有効な手だて〉は確保できない。


 【軍事費(防衛予算)や核発電(原発・もんじゅなど)で千億円・1兆円単位の無駄遣いをしながら,「百年の計のための教育予算」をケチる,安倍晋三政権の「日本をダメにする文教政策」】


 ①「国の私大補助1割切る 昨〔2015〕年度44年ぶり,学校増など背景 私学事業団推計」(『朝日新聞』2016年9月19日朝刊1面)

 この記事は要するに,大学の数,それも私立大学〔4年制〕は増えるけれども,国の経常費補助のために用意される予算が伸びないために,総体的(相対的)に「私立大学の運営費用に対する国からの補助金の割合:平均額」が減少しているという事実に関する報道である。この問題,つまり補助金の割合については昔,私立大学経常費全体の半分(の比率)にまで増加させるという話題があった。だが,いまはそのような構想は計画倒れの実情になってから,すでにだいぶ時が経過してきた。ともかく,この記事を引用する。

『朝日新聞』2016年9月19日朝刊1面大学問題画像 --私立大学の運営費用に対する国からの補助金の割合が2015年度は9.9%になり,44年ぶりに10%割れしたことがわかった。国会では補助割合2分の1をめざすことが決議されているが,財政難にくわえ,私大の定員増などで学生1人あたりの補助額もピーク時の6割に減っている。その分,授業料が高くなり,家計の負担は増している。

 日本私立学校振興・共済事業団(東京)の推計によると,私大の人件費や教育研究費,光熱費など大学運営にかかる主要な「経常的経費」の総額は,2015年度に3兆1773億円(速報値)だった。これに対し,877の私大(短大,高専も含む)に渡された補助金は総額約3153億円で補助割合は9.9%になった。10%を下回ったのは1971年度以来。
 補注1)ここでは,防衛省の軍事費(防衛予算)関連の話をする。『日刊ゲンダイ』2015年2月26日の記事である。「自衛隊内でも異論…安倍政権「オスプレイ」相場の2倍で購入」という見出しで,こう報道していた。

 今国会(当時の)で審議中の平成27〔2015〕年度予算案では,オスプレイ5機の購入費用として516億円が計上されている。1機当たり約103億円だが,米軍の購入費用は1機当たり50億~60億円だ。日本は倍近い金を払おうとしていることになる。

 「オスプレイを造っているのは米国のベル社とボーイング社。自衛隊は直接,米企業から購入できないので,間に三井物産が入ります。とはいえ,購入額のほとんどは米国企業に流れているのが実態で,この先,オプションなどをつけられ,さらに吹っかけられるんじゃないかと自衛隊内部では心配する声が上がっています」(自衛隊関係者)。

 補注の補注)つぎのような報道もある。--米国防総省は14日,新型輸送機V-22オスプレイについて,第1弾として5機を日本に売却することで日本政府と最終的な合意に達したと発表した。売却額は5機分で3億3250万ドル(約410億円)。オスプレイが外国に販売されるのは初めてのケースで,日本が最初の輸入国になった。オスプレイは, ヘリコプターの垂直離着陸性能と固定翼機の飛行性能を併せもつ。

 日本は向こう数年にわたりオスプレイ計17機を導入する方針で,英ロールスロイス製のエンジン40基も米国から購入する計画だ。米国防総省の国防安保協力局(DSCA)によると,総額は約30億ドルに上る。米政府は,オスプレイの導入は日本にとって輸送機の近代化につながり,人道・災害救助能力を強化するとしている。
 註記)『THE HUFFINGTON POST』筆者 Reuters,投稿日: 2015年07月15日 08時59分 JST,更新: 2015年07月15日 14時17分 JST。引用は,http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/14/osprey_n_7797900.html から


 --〔前の補注に戻る→〕 ふざけた話ではないか。そもそも,オスプレイは必要なのか。これすら疑わしいからだ。必要もないのに,倍の値段で買うなんて,「用心棒へのみかじめ料か」といいたくなる。政府はこれまで尖閣諸島の防衛のためにオスプレイは必要と強調してきたが,なぜオスプレイなのか,という問いに対する明確な説明はない。佐賀空港への配備もなし崩し的に決まってしまった。
 註記)『日刊ゲンダイ』2015年2月26日,http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/157524/1 

 ところで,2015年におけるその間の円・ドル為替変動は,2月26日の1ドルに119円から7月15日の123円である。とすると,日本側の価格がその分プラスされるはずである。つまり,為替振り替え価格差で計算する「4円相当の総額」分だけ,高くなるはずである。しかし実際には,それとは逆の価格になっている。オスプレイ5機のための調達価格総計が516億円から410億円に下がっていた。時期のずれた個別の報道を突きあわせてみた指摘ではあるが,100億円の下方への変動である。それは,いったいどういう計算なのか?

 補注2)「リアルな運用実態は分からず オスプレイ配備で代替ヘリ試験飛行-代替ヘリ試験飛行終了 低高度,陸側ルート試さず」(2015/04/26 13:21【佐賀新聞】)からは,つぎの少し長い記事であるが,これにリンクが張られていた。  
 註記)『佐賀新聞 ウェブ版』2015年04月26日 10時23分,http://www.47news.jp/smp/news/2015/04/post_20150426130415.html ここに張られているリンクをたどると,出てきた記事がつぎの補注3)の内容である。


 補注3)「騒音への矮小化危惧」。住民がしりたいリアルな運用実態は分からずじまいだった。新型輸送機オスプレイ配備と目達原駐屯地のヘリ部隊移駐に向け,佐賀空港周辺で2日間にわたり実施された自衛隊ヘリの試験飛行。昨〔2015〕年10月に防衛省が示した運用案では,視界不良のケースで高度150メートルの飛行も想定していたが,騒音が増しそうな高さやルートは試されず,オスプレイのルート設定への疑問も漏れる。民間空港の軍事利用がはらむ問題が,騒音のみに焦点が絞られることを危惧する声もある。

 「耳を澄まさなければ聞こえないくらい。海側だけ飛ぶんだから,予想できた結果でしょう」。空港の地元,佐賀市川副町の自宅でヘリの音を聞いた元公務員の男性(69歳)は語った。過去に自衛隊の双発大型ヘリが4機編隊で上空を飛び,窓ガラスが音を立てて震えたことがあった。「こうして最大の騒音レベルで飛んでみないと,本当のところは分からない」。

 ヘリはオスプレイを想定した有明海上空の周回ルート(南北4キロ,東西8キロ)とヘリ用のルート(南北3キロ,東西6キロ)を飛んだ。昨〔2015〕年10月,防衛副大臣が説明した運用案と同じだ。今回は高度300メートルでの飛行だったが,運用案では雲などで視界が悪い場合は高度150メートルでの飛行もありうるとする。また,この周回ルートを使って離着陸する場合,住宅地がある空港北側から進入することも考えられるが,こうしたケースは試されなかった。

 オスプレイは主翼の両端にあるプロペラの角度を変えることで,ヘリコプターのような垂直離着陸と航空機のような飛行を可能にしている。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)での米海兵隊の運用は,安全確保のため日米両政府のとり決めで,ヘリ状態の飛行は基地上空でおこない,角度を転換する最中の飛行をできるかぎり短くする。基地外では固定翼を使った飛行で一定のカーブが必要になり,ルートが楕円(だえん)形になるという。

 しかし,今回の試験飛行でオスプレイの周回ルートは長方形に設定されており,琉球大学工学部の渡嘉敷健准教授(環境工学,騒音)は「現実的な想定とはいいがたい」と疑問を投げかける。長方形の周回ルートの枠いっぱいに飛行した場合,カーブを描くため空域がさらに東西に延びる可能性もあるという。実際,普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた環境影響評価書では,日本政府は集落上空を飛ばない名目で台形にしていたが,米側から修正を求められ楕円形に直し,ルートが集落に近づいた経緯がある。

 試験飛行に使った対戦車ヘリ「AH-1」について防衛省は,住民の要望にもとづき,移駐を計画している目達原配備の機種から選んだという。「オスプレイでなければ実際の影響は分からない」という声が強まっているが,民間空港の軍事利用問題が「騒音問題」に矮小(わいしょう)化されることへの懸念も漏れる。筑後川河口域で行われている自衛隊ヘリの夜間着陸訓練の騒音に接している男性(76歳)は「デモフライトの騒音はしれたこと。佐賀空港が軍事拠点になり有事のときに巻きこまれないか,その不安の方が大きい」と懸念を示した。(=オスプレイ 配備の先に=)
 註記)http://www.saga-s.co.jp/column/osprey/21601/180829

 このようなオスプレイの,軍事的に実戦用の訓練をする運用面において,さらに必要となる日常的な経費(国家予算)は,いかほどか? 1億円・10億円の単位で支出がなされているはずであるが,このような経済問題は「国防予算(軍事費)」のことゆえ,なんら支障なくたやすく支出されている(「特定秘密保護法」の対象か)。それに比べて,高等教育(ひとまず国立も私立も問わずに指摘すること)に関する予算の総額は,思えばかなりみみっちい金額だといえる。

 〔ここで記事本文に戻る→〕 同事業団によると,私大生1人あたりでは,国からの補助金は1981年度が24万1千円とピークで,2015年度は15万6千円だった。一方,1981年度から2014年度までをみると,私大の授業料の平均額は年額約38万円から約86万円になった。経済協力開発機構(OECD)の2013年の調査では,日本の高等教育における私費負担の割合は65%で韓国の次に高く,加盟35カ国中データがある32カ国の平均30%を大きく上回る。

 1976年には私立学校振興助成法が施行され,国会の付帯決議で補助金の割合を「できるだけ速やかに2分の1とするよう努める」とされた。だが,1980年度の29.5%をピークに減り続けている。背景には国の教育予算の伸びが低いことにくわえ,短大も含めた私大の数が1970年度の688校から2015年度は932校に増加していることもある。さらに,一つひとつの大学をみても情報技術(IT)の導入でパソコンなど設備が高度化し,経費がかさむことも要因だとの指摘がある。

 私大の統合などを視野に入れた動きもある。文部科学省は〔2016年〕4月,有識者会議を設けて私大経営のあり方について検討を始めた。会議では「個々の私学が合併に踏み切るには,国から必要性や制度的な保障を示すことが必要だ」など再編を念頭に置いた意見も出ており,来〔2017〕年3月までのとりまとめに向け,私大再編への具体的な動きが出る可能性もある。

 --ここでは私立大学間の合併話が出てきている。私立大学同士で学校法人間での問題となる合併話は,一筋縄でいくような問題とはなるまい。自然消滅の動向に任せるのか,もっと国が積極的に指導・介入して,大学業界を国公立大学のあり方も含めて抜本的に改革しないことには,あまりにも教育・研究内容において格差(とりわけ質的な意味で)の大きい各大学同士を,企業のように比較的自然に吸収・合併(M&A)させることは至難である。

 とくに私立大学(学校法人)であれば,主導権争いで確執・悶着が発生することは目にみえている。慶應義塾大学が2008年4月から共立薬科大学を吸収・合併したり,関西学院大学が2009年4月から聖和大学を吸収・合併したりした事例は,もともと円滑に実現しえた事情があった。これから本格的に私立大学同士が整理・統合される段階が現実の交渉となれば,ある意味では業界に混乱が起きる可能性もある。文部科学省はいままで,大学の許認可業務をおこなってきた責任官庁としては,今後において予想されるこの問題に対して,それこそ「責任をもって対処していくべき立場」にあるはずである。

 そのよい実例が法科大学院であるが,一般の大学・学部とはいっしょにできない実例である。しかし,文部科学省側がどのような姿勢で行政指導をしていくかに関しては,国民・市民の側がきびしく監視していく必要がある。これまで,大学をたくさん認可してきた文部科学省である。その大学群の一団はすでに以前より経営危機(大学としての事業衰退・縮小。そして廃絶)に瀕している。18歳人口が往事の半分近くに向かいつつある。2015年で118.5万人であったが,2028年は104.6万人である。第2次ベビー・ブームの1992年が頂点で,205万人だった。つぎの2表をみたい。(画面 クリックで 拡大・可)
18歳人口と大学進学率

18歳人口と進学率予想
  出所)「日本の18歳人口,大学進学者数,進学率 – 少子化とは無縁だった!? 意外な事実」『大学受験360ナビ』2016/2/23,2016/3/5,http://www.daigaku360.net/data/18-year-oldpopulation

 ② 二松学舎理事長水戸英則「私立大の経営悪化 国公立と公費格差是正を」(『日本経済新聞』2016年9月19日朝刊20面「教育」)
 

『日本経済新聞』2016年9月19日朝刊大学公的支出問題 二松学舎の水戸英則理事長は私立大学の経営悪化について,国立大学との公的支援の格差が大きな要因となっており,私学助成の拡充など格差是正策の検討を急ぐ必要があると指摘する。

 小資源国の日本にとって人材力は国力の源泉である。人材力を量・質両面で引き上げることは,教育の最終段階を担う高等教育機関の責任であり,質の高い人材の供給は,少子高齢化が進展する日本で今後の国力の維持・向上に不可欠である。現在,私立大学は600大学あり,211万人が在籍する。学校数では国公私立大学総数の8割弱,学生数で7割強を占め,労働人口が減少する日本の人材力を支える重要な柱になっている。
 補注)私立大学とはいっても,それこそピンキリなのだから,このような議論でする一般論をより具体的に詰めていくと,この寄稿では論じきれない諸問題が浮上してくる。私立大学のその数600校のうち,はたして「大学=高等教育機関」として存在価値をみいだせるものが,いかほどであるのか。100や200はむろんであるが,300や400ぐらいは,要らないとはいえないまでも,もともとは「なくても済むような私立大学だった」といえなくもない。卒業する学生たちの進路を観察すればよいのである。
 

 司法試験合格者を数名(若干名)しか輩出できていない法学部,公認会計士についても同様である商学部や経営学部を,現実的に想像してみればいい。多くの学生がそれらの資格試験に受からねばならないなどというつもりはないとはいえ,大学の教育を受けて社会に出ていく人材としてははじめから「不適な若者」が,大勢,大学に進学している。非一流大学が公表している卒業後の進路をみてみればよいのである。公表されていない卒業生たちは,いったいはたして,大卒の資格がなければ就けない,仕事に従事できない職業・職種に進んでいるとは,とうてい思えない。

 戦後の日本は労働力人口の伸びに比例する形で国力を示す国内総生産(GDP)が急速に拡大してきた。しかし,少子高齢化の影響で労働力人口は1998年をピークに減少に転じ,GDPも伸び悩みとなっている。総務省調査を基に推計すると,大卒者層が労働力人口に占める割合は2017年は35%。この15年後の2032年には7割で,うち7割以上は私立大卒だ。将来の日本では私立大卒が全労働力人口の5割以上を占め,国力を支える分厚い中間層を構成する。私立大の向上に日本の将来がかかっているといっても過言ではない。
 補注)こういった議論の方向そのものに狂いがないとはいえない。非一流大学の卒業生が,はたしてどのような産業経営などの領域でどのような職種・仕事に従事していくのか。大卒で一流企業に入れるのは3人に1人だといわれている。いまではその割合はもっときびしいはずである。

 中小企業でも大企業に負けない実力の会社に学生が就職できていればいい。だが,それで大学を出た価値のある会社や職業に就けているのかと,疑問を抱くような業務にしか就けていない大卒者が多い。

 しかし,大卒で就職できた者でも3年以内に離職する率がこれまた「3人に1人」だと報告されてきた。つぎに図表を挙げているある記事は,大卒者の3割に当たる約20万人は3年以内に離職する実態について,たとえばこういう要因を挙げている。
大卒者離職率画像
 ★-1「離職率の高い業界への偏重」⇒非一流大学卒であればあるほど,この業界に就職する場合(比率)がより多くなる。

 ★-2「ブラック企業は奴隷を選別し,対象外を離職に追いこむ」⇒同上。

 ★-3「一度フリーになってしまうと正社員になりにくい日本経済」⇒この事情は誰にでも共通する要因である。「
 註記)『格差脱出研究所』日付不詳,http://finalrich.com/sos/sos-victim-black-turnover-youth.html

 しかも,経済がグローバル化,情報・サービス産業化していくなかで,500種類近くの学部を擁する私立大こそが,多様化が進む社会に多彩な人材を供給できる。この観点からも現状の私大の機能を今後も維持することが肝要といえる。
 補注)私大が多様な学部・学科を整備している実情と,ピンキリである私立大学間において格差のありすぎる実力差を,いきなり同じ次元に乗せてこの種の議論をしてはいけない。早大・慶大の水準と,地方のそれこそ3分の1も定員割れしているような多くの「〇〇産業大学」「〇〇国際大学」「〇〇学院大学」とを,ただちにひとくくりにしてできるような話題でない。このことは,誰にでもすぐに分かる現実である。

 しかし,少子化の進行で,私立大の経営における構造的な財務悪化要因が顕在化し,深刻な問題が生じている。構造的要因とは,国公私という設置者の違いによる公的支援の大きな格差である。そのしわ寄せは授業料に表れる。私立大の学生募集は国公立大に比べ極めて不利で,地方の中小規模校を中心に全私立大の40%以上が定員未充足に陥っている。
 補注)この定員割れ問題は,どのように理解されればよいのか? 定員割れしているから私立大学が問題なのか。それとも定員割れするほどに私立大学が過剰だから問題なのか。もっと論点を整理・集中させての議論が必要である。にもかかわらず,総平均的な・丸めてしまう議論では,現状における私立大学の問題を的確に捕捉してする検討は無理である。

 とくに近年は,大学教育に対しグローバル化や情報通信技術(ICT)など知識基盤社会への対応が求められ,アクティブ・ラーニング(能動的な学習)や語学教育など手間暇がかかる教育への質的転換が急務となっている。私立大の経常費は年々増加傾向にあるのに,公費による助成は経常費の1割にとどまっている。

 この結果,2014年度決算では全私立大の3分の1以上の大学で事業活動収支差額比率(企業でいう経常利益率)がマイナスになった。3校に1校が新規投資や既存設備の償却ができない惨状だ。10年前は4分の1以下だったから,経営状況の急速な悪化ぶりが分かる。
 補注)18歳人口の減少趨勢に鑑みれば,このような私立大学の経営傾向は予想されていたことであり,つまり昔から分かりきっていた動向であった。いまさらのように,この問題にどうとりくめばいいのかと悩んだところで,かくべつの名案はない。

 私立大学の淘汰・整理・統合に向けての国家的規模での大ナタを振る余地ならば,むろん大いにある。大学事業の経営問題(会計収支)も,もちろん重要な課題であるが。日本全体の観点・視座から「日本においてどのような大学・学部(大学院まで)がどのくらい,どのような質的水準を堅持しながら」,教育社会的に要求されているのかなどについては,あらためて「現状はいったん棚上げした要領」で再考したほうがよい。溺れそうな私立大学を救済するために文部科学省が存在するのか?

 とくに,地方の中小私立大の経営悪化は深刻だ。いまの公費格差が改善されないと,10年後には全私立大学の半数近くが事業活動収支差額比率がマイナスに陥る懸念がある。まさに日本の人材育成の危機である。
 補注)繰り返すが,日本の大学のうち3分の2ほどについていえば,「人材育成」それも文部科学省が政策の目玉にしているような「高等教育用のグローバル人材の育成目標」とは,ほとんど無縁の大学である。この「私立大学の一群」は,はじめから国際競争に対抗できるのような存在では,もとからなかった。こうした問題水準の場面をみないまま,「非一流私立大学の母集団」も含めてしまい,全体の問題なかに「混ぜこんで」の話をするとなると,問題じたいの核心が混濁あるいは拡散せざるをえず,もちろん焦点は定まらなくなる。

 こうしたなかで,文部科学省と日本私立学校振興・共済事業団などの支援体制は,各大学の自主性・自己責任にもとづく対応を原則としてきた。たとえば私学事業団の経営相談機能は,経営悪化私立大からの相談があって初めて機能する。相談があるまで有効な支援はできないのだ。文科省も経営が悪化した大学にはかなり踏みこんだ指導をしているとされるが,事態が深刻になるまでは実態把握が困難というのが実情である。
 補注)いまの日本の私立大学はいわば私企業経営体である。困ったときの文部科学省頼みとなる以前の段階で,しかも,ここで指摘されているごとき問題は,以前より必らず登場すると予測されてきた。いまごろになって騒いだところで,もはや「あとの祭り」である。文部科学省よりも経営コンサルタントや弁護士の指導・助力が要求されるような,それも「非一流私立大学にとっての冬の時代」となっている。

 これでは,今後経営悪化大学が予想外に増加した場合に,対応に手間どり,不測の事態が起きる懸念がある。このため文科省や事業団が中心になって,経営が不安定な大学・悪化した大学に対して,さらに踏みこんだ経営改善指導や新たな資金支援,学籍管理手法,経営状態が健全なうちでの法人合併や戦略的M&A手法などについてルール化や法制化をめざ指すなど,経営支援体制の充実・強化策を早急に検討する必要がある。

 こうした支援体制強化案に対し,私立大の数が多すぎるとか,一部私立大は質の悪い学生を送り出しており救済の必要があるのかといった疑問や意見が必らず出てくる。だが,私立大がいわば構造不況業種に陥ったのは,少子化進展というマクロ的要因を背景に国公立との公費負担格差に起因する要因がきわめて大きい。
 補注)この議論・指摘は相当に雑である。a) 少子化問題=マクロ要因だという側面の問題に対する,b) 私立大学のそれも非一流大学における「教育の質的な水準の問題」は,いまここでじかに並べて,つまり同じ次元で論じられるような性質の問題同士ではない。前者 a) の問題をいくらとりあげて論じたところで,これがただちに後者 b) の問題に資することはない。要はごた混ぜの議論,相関関係の低い問題要因を,無理やりというか,なんら必然的・合理的な根拠もないままに合流させていく話法は,けっして生産的な方向にはつながらない。

 したがって,平等・公平な高等教育機会実現の見地から,私学助成補助率の引き上げと税制面も含めた公費格差是正策(機関補助,個人補助の両面での対策)を早急に検討することが必要だ。同時に,私立大じたいも格差是正を訴えるならば,教育の質的改善のとり組みやその結果,国や地域社会に対する貢献度などについて,目標値を定めて達成度合いをホームページや大学ポートレートなどを通じて定期的,積極的に公表する体制づくりが必要だ。
 補注)ここの主張は,単なるキレイゴト。たとえば二松学舎大学が仮にこの日本からなくなって,なにかが決定的にかつ特別に困る関係方面はあるか? この大学はそれでもまだまとも大学である。この大学よりも以下の教育と研究の質的水準しか維持できていない〔もしかするとそれがろくに確保できていない〕大学(非一流大学)は,最低でも百~2百校は存在する。これらの私大すべてを含めた議論にしたのでは,検討するための視野が曇りガラスを通して観るような状態にならざるをえない。私大側全体をそっくり対象にして議論する方法じたいが,その曇りをもたらしている。多くはその存在価値すらない非一流大学を,日本の高等教育から除去することが先決問題である。この文章におけるごとき内容でする議論は,それから先の問題である。

 具体的には,日本私立大学団体連合会が「私大の進めるべき改革 6つのアクションプラン」で示した。

  (1)  建学の精神にもとづいた多様な教育研究・社会貢献活動の推進,
  (2)  教育の質的転換,
  (3)  グローバル化,
  (4)  地域共創,地域社会の振興・活性化,
  (5)  社会のイノベーションの推進,
  (6)  高等教育への公費投資拡大の実現などについて,

その成果を目にみえるかたちで公表するのが望ましい。私立大学運営の透明度を高め世論の納得をえながら,国私間格差の是正を実現することが肝要だ。

 --「国私間格差の是正を実現」は,まずなによりも予算措置に拠るほかない。だが,このようにいったさいの核心の問題は,「大学教育の無償化」を実現させる方途で解決をめざせばよいのである。その代わりに日本の大学の数は,いまの3分の1にする。残りの3分の2は別途,職業教育をほどこす機関に制度を変更する(関連する議論は文部科学省もすでに開始しているが,ピント外れ)。

 グローバルという教育理念にはとうてい手が届きそうもない非一流大学を想像してみればよい。これらの私立大学はただちに「大学を止めたほうが」,日本社会のためにも得策である。なんら「大学に値するような〈実質の高等教育〉」はできていないのだからである。

 最後にこの寄稿の『ポイント』が「私立の質の向上,大学強化を左右」ということで,つぎのようにまとめられていた。  

 4年制大学の8割弱は私立で,学生の7割強も私立に通う。大学の圧倒的多数は私立であり,私立の質の向上を抜きに日本の大学強化は語れないのに,私立への公財政支援は国公立に比べて明らかに手薄だ。ただ,厳しい国家財政下で私立支援を拡大するには,国民の幅広い合意と理解が必要だ。そのためには私立が玉石混交の現状を改善し,情報公開を徹底する必要がある。私立大学の姿勢と覚悟も問われている。

 --「私立大学の質の向上」を非一流大学においては,いかにしたらみこめるのか,さらには実現できるのか? 「私立が玉石混交の現状を改善し」ていくといったたぐいの「不可能事を可能にできる」と考えられるほど,日本の非一流大学にその可能性が残っているとは思えない。つまりムダな努力・思考である。それゆえ,非一流大学「強化」策もやらないほうがいい。骨折り損のくたびれもうけになるだけである。

 ③「日本,33カ国中32位=教育への公的支出割合-OECD」(『時事通信 ウェブ版ン』2016/09/15 18:39)

 OECD公的支出2013年統計図表  経済協力開発機構(OECD)は9月15日,2013年の加盟各国の国内総生産(GDP)に占める教育機関への公的支出割合の調査結果を公表した。

 日本は3.2%と7年ぶりに最下位を免れたものの,比較できる33カ国中ハンガリー(3.1%)に次ぐ32位にとどまり,OECD平均の4.5%も下回った。33カ国の中でもっとも高かったのはノルウェーの6.2%。次いでデンマークの6.1%,ベルギー,フィンランド,アイスランドが各5.6%で,欧州の国々が上位を占めた。

 大学など高等教育への支出を公費で負担している割合は,日本は35%で,韓国(32%)に次いで2番目に低く,大部分を私費で負担している実態が明らかになった。OECDは,日本では高等教育への需要が高いにもかかわらず,公的支出が少ないと指摘した。
 註記)http://www.jiji.com/jc/article?k=2016091500787&g=soc

 以上の報道内容については,とくに気をつけなければいけない点がある。それは,日本においては,大学などに対する公的支出は,国立と私立を平均した数字になっている事実である。

 ④「OECD調査から読み解く日本の教育環境は?」(『子ども応援便り ウェブ版』 なお本記述は日時不詳(明記なし)であるが,最近のものと思われる

 OECD(経済協力開発機構)は,教育に関する国際比較が可能な大規模な調査を複数実施しています。今号では,昨〔2015〕年11月に発表された「図表で見る教育2015年版」を中心に,教育予算や教員の働き方に焦点を当て,日本の教育環境の現状を,諸外国との比較から探っていきます。

 1)教育予算の国際比較-各国と比べ少ない日本の教育予算
 OECD(経済協力開発機構)は,加盟国を中心に世界各国の教育制度や財政,教育の効果についての調査を実施し,国際的なインジケータ(指標)として公開しています。2015年11月,「図表でみる教育2015年版」が発行されました。
OECD調査2013年その1
 同報告書によると,日本の教育機関に対する公的支出は,国内総生産(GDP)の約3.5%となっており,OECD各国平均の約4.7%を大きく下回っています。この値は,加盟国34カ国中最下位で,日本の最下位は6年連続。今回は,そのなかでもとくに,近年ニーズが高まっている就学前教育(幼稚園・保育園等)と,高等教育(大学等)への支出について詳しくみていきます。
 
 2)就学前教育(幼稚園・保育園等)の在学率は,多くの国で高まっています。
 日本の就学前教育は,義務化はされていませんが,2013年には3歳児の81%,4歳児の95%,5歳児の97%が幼稚園や保育園などに在学しています。2005年から203年の8年間に,3歳児の在学率が約13%上昇するなど,ニーズの高さがうかがえます。

OECD調査2013年その3 在学率が高いにもかかわらず,これらの機関に対する公的支出はきわめて低水準です。就学前教育に占める公的支出の割合は約44%で,OECD平均の約80%を大幅に下回っており,加盟国中最低です。

 たとえばスイスでは,最大3年間(州により異なる)の就学前教育が義務教育化されているため,私費負担はありません。ベルギーでは,義務ではないものの学費は無償で,私費は給食とおやつ費のみに限定されています。

 この10年,格差拡大を防ぎ,子どもの発達に重要な役割を担うものとして,多くの国で幼児教育プログラムが拡充されています。家庭の経済状況によって教育格差を発生させないよう,日本でも公的負担の拡充が急がれます。
高等教育の状況

 3)「学びたくても学べない」日本の学費・奨学金事情
 日本の高等教育(大学等)への公的支出は,GDPの約0.5%でOECD平均の半分以下です。その結果,日本では大学等にかかる費用は私費に依存し,教育費の公的支出の割合は約3割にとどまっています。
 OECD調査2013年その4 OECD調査2013年その5
 たとえば,大学の授業料に関しては,デンマーク,ノルウェーなど,北欧では無償です。フランスやベルギーなどのヨーロッパ諸国でも比較的低額に抑えられています。一方で,日本は韓国と並び,授業料がもっとも高額な国のひとつとなっています。さらに,OECDは,各国の高等教育の実情を授業料と奨学金を軸に4つのモデルに分けて分析しています。

 この報告では,日本は「授業料が高額で,学生支援体制が未整備」な国に属すると指摘されています。ほかの3つのモデルが,低所得であっても高等教育を受けられる条件を整えているのに対し,日本型の国では,低所得層が高等教育を受けることがきわめて困難であることを意味します。

 日本の奨学金制度は,諸外国に比べ,公的資金による給付型の割合がきわめて低く,ほぼすべてが貸与型です。返済の必要のない給付型と違い,学生のその後の生活に負担がかかる日本の「貸与型奨学金」はOECDでは「学生ローン(student loans)」と分類されています。

 近年,経済格差の教育格差への影響が指摘されています。こうした教育環境下で,大学進学の意志があっても,家庭の経済状況によって進学を諦めざるをえない子どもや,卒業後に奨学金の返済に苦しむ若者の問題なども顕在化しています。

 --日本も大学が無償の教育になればいいと思うが,かといって現在の非一流大学(私立)に進学させるための制度として必要なことだとはいえない。こちらには無用の制度である。大学も無償化することになれば,学生に対する勉学・学習条件状況に対する要求度も高くなる。アルバイトなど御法度にするくらいに大学生の教育環境を整備・充実させないことには,なにも始まらない。

 ★「蛇足1」 いま,都政においては,豊洲市場への移転工事問題にかかわる不祥事的な出来事が発覚して,連日,大きく報道されている。石原慎太郎が都知事を辞めたのち,2人の知事が短期間務めたあとになってから,その豊洲市場の工事に関する問題が発生(発覚)していた。新しく都知事に当選したばかりの小池百合子がはりきって,この問題に対処中である。結果的にどのくらいの損害が出るのかが,とくに注目されている。

 旧東京都立大学に関連する説明。石原慎太郎都政のときに東京都立大学は,首都大学東京に名称を変えていた(ただし,英語名称は東京都立大学のそれと同一の Tokyo Metropolitan University)。と同時に,大学運営体制も大きく変化させていた首都大学東京は,「まったく新しい大学を創る」という石原慎太郎東京都知事(当時)のかかげた公約のもと,東京都大学管理本部が2003年に発表した「都立の新しい大学の構想について」という新大学構想にもとづき設立された。

 既存だった都立4大学改革に関する議論の結果,東京都の設置する4つの大学および短期大学(東京都立大学・東京都立科学技術大学・東京都立保健科学大学・東京都立短期大学)を統合して設置されたのが,首都大学東京であった。母体となった4大学・短期大学は,公立大学法人首都大学東京の設置する大学として併存された。4大学・短大は在学生がいなくなった時点で閉学となり,首都大学東京へ吸収された。
石原慎太郎画像88
  出所)最近の石原慎太郎の表情,http://www.huffingtonpost.jp/2016/09/14/isihara-shintaro-disputed-tokyo-city_n_12002806.html

 また,石原慎太郎都政下においては豊洲市場の問題以前に,石原が手をつけて創った「新銀行東京の旧店舗」があった。合計で1400億円に達する東京都民の血税と11年あまりの歳月もかけたあげく,ただ無為に費やした無謀な銀行経営がなされてきた事実はとくに,都民は記憶しておく必要がある。こちらでも1千億円単位のカネの無駄遣いがなされていた。最近の石原慎太郎君,首をすくめて情勢のなりゆきを観ているらしい。

 ★「 蛇足2」 東洋大学が2016年9月11日の『日本経済新聞』朝刊に全面広告を出稿していたが,これはほとんどムダというほかない。他方で,本日〔9月24日『朝日新聞』朝刊〕には「Web で受験生つかめ 東洋大,体験授業配信・自宅でAO入試」(31面「教育」)も,解説・紹介の記事として出ていた。いまどき若者を相手にする入試戦線である。高校の進路指導の教員が全面広告をみたとき,いったいどのように感じるか? いかほどに「本当の宣伝効果」が測定できるのかといえば,これはほとんど計測が無理である。

 だが,Web 上において大学側が受験生から実際にあった接触回数などを計測することは,容易な作業である。つまり,それほど経費のかからない Web を道具に使った入試戦略のほうが,よほど効果的・具体的に仕事を展開できる。いつも指摘しているように「社会的なイメージ戦略目的」のために,私立大学がこのような新聞全面広告を出すのは「大学経営にとってはまさに邪道」ではないか? この指摘は単に,広告の効果ウンヌンの次元からは抜け出た地点でもなされるべきものである。


 【国際標準に合わせたほうが好ましい,旧習は変えたほうがよいという提案】


 ①「通年採用に踏み切れ」(『朝日新聞』2016年9月22日朝刊「経済気象台」)

 この経済気象台のコラム記事(クリックで 拡大・可)は,いままで本ブログが主張してきたのと同じに,大卒の人事採用の方法に転換を求める意見を披露している。
『朝日新聞』2016年9月22日朝刊経済気象台
 なお,参考に挙げておくが,本ブログにおける直近の関連記述は,つぎのものである。
   ⇒ 2016年09月13日,主題「就活問題再考,大学4年次は誰のもの? 学生・大学か,それとも日本経団連か? 日本の大学は4年制,それとも『3年制+就活1年』?」

 副題1「大学は4年制であるはずだが,その4年次は就活が中心の年次になっているし,この就活では3年次も引っかけられている」

 副題2「【大学教育じたいの実質は3年制化している。日本の高等教育の一環は,完全に崩壊した状態にある。その意味では以前から形骸化が進展させられてきた」
 要は,日本の大学では学部の場合,その4年次は就活のためにほとんど授業体制が崩壊していなければ,〔ないしは〕大きく攪乱されている現状にある。せっかく4年間の履修年数があるのに,なにゆえ,学生にとっては非常にたいせつな就活問題とはいえ,その4年次の授業内容が妨害を受け,攪乱させられ,寸断されねばならないのか。こういう基本的な疑問が提示されていて当然である。ところが,大学4年生の実生活は3年次からの予備的な対応を含めて,当人が納得のいく内定先がえられるまでは,相当な時間を就活のために費やすほかない現状にある(学生によっていろいろだが)。

 だから筆者は日本の大学は3年制に変更し,就活は卒業後にさせればよいみたいな提言をしてみた。現状をみつめてみるに,いささか逆立ちしているけれども,就活の実情に対してそう発言してみた。もちろん,仮にそうなったらなったでまた,いろいろ付随する問題が出てくるかもしれない。要は,1年ごとの時間の進行をどのように解釈するかの問題である。

 だいぶ崩れている業種・業態も出てきているとはいえ,結局,年功序列の人事・労務理念が,日本の産業社会のなかではまだ根強く制度的に通用している。しかし,同じ企業であっても,新しい業種・業態であればあるほど,年功序列体制は稀薄になりつつあり,最先端の企業では年俸での賃金支給(それを月割りで支給し,ボーナスなしの賃金体系を採る)をする会社も,すでに存在している。
 年功制賃金図解 年功序列と成果主義賃金図解
   出所)http://know01.com/seikasyugi-nennkouzyoretu-510 この図解を借りた記述は,つぎのようにも解説している。学術的に充分に整理されたかたちで,つまり,配慮したい項目がすべて網羅された意見ではないので,これはこれなりに聞いておくことにしたい。
◇ 年功序列対成果主義のメリット・デメリット ◇

 a)  年功序列のメリット →よい人材が育つ,給料が上がる期待感,安心感・安定

 b)  年功序列のデメリット →若いうちはいくら頑張っても給料が上がらない,ピーク後の給料が減る

 1)  成果主義のメリット →若者の意欲がわく,会社に利益をもたらせば給料が上がる

 2)  成果主義のデメリット →中高年になるとよほど優秀でないと損する,良い人材が育たない(人材育成は利益に入らないので,進んで教育する中高年〔先輩の従業員がいないため),給料が安定しない

 --結局,どちらにもメリット,デメリットはある。あなたが若者ならば成果主義に賛成するもよし,中高年なら絶対に年功序列維持を望むべし。ちなみに,大学生は成果主義,年功序列どちらがいいかということになると,五分五分。

 大学生の立場ならば年功序列,入社後は成果主義というのが一番良いかもしれない。もっとも,大学生が成果主義に賛成していても,導入されたら入社が難しくなるだけか……。
 いわゆる完全なる職務給制度を採れば,同一労働同一賃金の人事・労務体制が整備できるし,こうなると,大卒であれ中途採用であれなんであれ,人材の採用基準に大きな差異はなくなり,企業側がいまの日本の学生に関して大卒に,また学生側が4年次に設定されている就活に,それぞれ奇妙にこだわる余地もなくなる可能性も出てくる。

 ところが,こういう議論をしたところで,日本の会社はこれまでの「伝統と慣習」にしたがうところが,まだまだ多い。筆者のしりあいである知人のある娘さんは,40歳近い人材であるが,以前のIT関係の会社から,もっとも日本的な体裁をまとう会社に移動したら,給与の支払形態が,前述したような「年俸による支給方法」から「年功賃金体系」のほうに,あらためて変わった(賞与:ボーナスが支給される支払方法に戻った?)というのであった。

 問題は,旧来・伝統型の日本企業が就活の問題を,どのように理念として観念しているかである。大卒(大学院修士卒もいまでは多いが)を,年度ごとに新卒として採用し,そして年功序列的な人事・労務管理体制で,その採用した人材を退職時まで考慮したような,経営管理体制を維持している「日本の会社」は,まだまだたくさん存在している。

 要は,就活をめぐる現実の問題は,賃金形態のありようとも深く関連している論点となっている。この問題は,今日紹介しているこのコラム「経済気象台」の指摘=提言の内容が,ひとまず「正論」であるという見地でもって,再考する余地があるはずである。

 ②「『解禁前に選考』5割超 今年度の就活で企業回答」(『日本経済新聞』2016年9月22日朝刊34面「社会1」
 

 この日経記事は「日本経団連が定めた選考開始時」が守られておらず,実質では「ルールなきルール化」している就活戦線の状況を報じている。就活の問題に関しては,その解禁時期が「いつに設定されていて」も,このようなルール無視の行為が絶対になくなることがなく,いつも,当然であるかのように破られてきた。① に紹介した朝日新聞コラム「経済気象台」の提言に妥当性を感じる理由が,たしかにありそうである。
 
 --全国の大学でつくる就職問題懇談会と内閣府は〔9月〕21日,今年度の就職活動について企業や学生を対象に実施した調査結果をまとめた。半数超の企業が,経団連が定めた選考開始時期(6月1日)より前に選考を開始したと回答。また今〔2016〕年度からの日程変更について学生の53.6%が「就職活動が比較的短期間で済んだ」と答えた。

 調査は今〔2016〕年7~8月に実施。全国の大学・短大計約1千校,無作為抽出した企業約1100社,大学4年生と大学院2年生の計約1万2500人が答えた。経団連は今年度,採用選考の開始時期を前年度の8月から6月に前倒しした。調査結果によると,大企業の56.7%,中小企業の57.7%が6月より前に選考を始め,いずれも3割超は内々定を出していた。調査には経団連の非加盟企業も含まれるが,ルールが定着していない実態があらためて浮き彫りになった。

 途中になるが,先月の『東京新聞』が報じた関連の情報も参考にしておきた。
☆「解禁前に面接」78% 経団連ルール形骸化 ☆
=『東京新聞』2016年8月16日朝刊=


 来〔2017年〕春卒業予定の大学生・大学院生に対する採用活動で,経団連が定めた解禁日の6月1日より前に面接を始めた企業が78.9%に上ったとの調査結果を,就職情報会社ディスコ(東京)がまとめた。

東京新聞2016年就活面接開始時期 経団連は日程ルールを変更し,今〔2016〕年から面接解禁日を2カ月前倒しした。経団連加盟企業を含む多くの企業が6月より前に面接を始めているとみられ,就職活動をめぐる日程ルールが形骸化している実態が示された。人手不足で企業の採用意欲が強まっていることが背景にあり,ディスコは「実態に即し見直しが必要だ」と指摘している。

 調査は,3~8月については各月の上旬,中旬,下旬に分けて開始時期(予定を含む)を聞いた。4月上旬が 12.4%と最多だった。四月中旬が 11.7%と2番目に多く,面接解禁日を含む6月上旬が 11.6%で続いた。

 月別に見ると,4月の33.5%がもっとも多かった。2年前まで4月に面接が解禁されており,多くの企業で依然目安になっているようだ。3月が20.3%,5月が20.0%と続き,6月は 16.0%にとどまった。6月より前に始めた企業は計78.9%だった。

 調査は6月下旬~7月上旬にインターネットで実施し,経団連加盟企業を含む1285社の回答を集計した。
  註記)http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201608/CK2016081602000139.html

 つまり,文部科学省のお達しである「平成28年度大学,短期大学及び高等専門学校卒業・修了予定者に係る就職について(申合せ)」(平成27年12月10日)註記)などは,屁のカッパだ,というしだいになっていたというわけである。
 註記)http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/27/12/1365042.htm
  〔日経記事本文に戻る→〕 大学4年生に日程変更の評価を聞いた(複数回答)ところ,「就職活動が比較的短期間で済んだ」(53.6%),「暑い時期に行わなくて済んだ」(50.3%)など肯定的な評価が多かった。一方,「企業研究などの時間が確保できなかった」(50.1%),「実質的な選考活動を早く始める企業があり混乱した」(44.9%)などの課題も挙がった。

 懸念されていた教育実習や留学への悪影響に関しては,大学・短大の26.3%が「教育実習と面接日程が重なり,面接を受けられなかった学生が一定数いた」と答えた。「就職活動と重複し,留学期間を短くした学生が一定数いた」としたのは全体の5.2%だった。一方,企業に選考の方法などを聞いたところ,53.9%が学生の成績や履修履歴を重視していると答えた。応募者全員に成績証明書の提出を求めた企業は74.8%で,うち57.9%は面接のなかで成績に関連する質問をしていた。

 --なお,この記事のうち「応募者全員に成績証明書の提出を求めた企業は74.8%」という比率になっていたが,残りの4分の1の企業は,成績を参考にしていない(⇒大学の勉強の成績は必要ない・参考に値しない)ということか? いまの日本の大学生が卒業後に就業する業種・職種の分布内容を,そのありのままに観ていくと,その「『4分の1』の事実」が現に存在する理由が,理解できないわけではない。

 ③「通年採用へ踏み切れ」(活字版)

 本日〔2016年9月22日〕を記述し,公開した時点で『朝日新聞』のウェブ画面では,このコラム「経済気象台」の活字が拾えるようになっていた(午前6時ころだと,まだ不可)。以下に,活字で再度,このコラムの主張紹介しておく。この段落まで来たところであらためて,読んでもらうのもいいかもしれない。

★〈経済気象台〉通年採用へ踏み切れ ★
=『朝日新聞』2016年9月22日朝刊=

 今〔2016〕年の学生による就職活動(就活)も終わりを迎えたようだ。経団連の決めた自主ルールが,昨〔2015〕年より2カ月早まり6月から会社の面談などによる選考が始まって,短期決戦といわれたのが今〔2016〕年の最大の特徴だろう。経団連は,来〔2017〕年も6月解禁を変更しないと決めたが,2018年にはまた変えるようなので混乱が生じかねない。

 このように日本では新卒を一括して採用する方法をとっているが,これは世界にあまり類をみない独特の雇用慣行である。一括採用方法はあくまで,企業側のエゴにもとづくものである。一度に新入社員を大量に受け入れ社内教育を施し,終身雇用のもとで企業のための戦力に育て上げようとしている。しかし,ごく短期間の接触によりさまざまの弊害が生じているし,ルールを守らない企業もある。
就活学生画像
出所)就活学生の真剣な表情,
http://www.kyoto-np.co.jp/economy/article/20160301000183/print

 それ以上に重要なのは,この一括採用の大学教育へ与える悪影響である。就活の期間に入ると,学生はキャンパスにほとんど顔をみせなくなり講義やゼミに出席せず,学生は卒業を控えているのに学業に専念できない状況に追いやられている。このような弊害を避けるためには,1990年代なかごろよりときおり議論され,一部で実施されてきた通年採用に踏み切る必要がある。

 この変更は企業側に多くの新たな負担を強いるかもしれない。しかし,日本の大学教育を考えまた自社にあった有為な人材を獲得するために,支払うべきコストと考えるべきであろう。幸いなことに,有力企業のなかには通年採用に踏み切る企業が出てきた。通年採用への移行は,終身雇用など日本の労働慣行が崩れ,海外留学の増加など国際化した大学側の事情を考えれば,必然の動きといえよう。(安曇野)


 【原発コストが一番安いは「嘘」中の「最大のウソ」である。原発ごみの処理さえままならぬ,この国の原発政策の失敗。その責任者の無責任ぶり。国民・市民(電力消費者)側に,すべてのツケまわしをする厚顔無恥ぶり】

 【福島第1原発事故の後遺症(被害)は,これからもじわじわと浸透していくほかない】



 ①「もんじゅ廃炉へ最終調整 官邸,地元と意見交換 きょう閣僚会議」(『朝日新聞』2016年9月21日朝刊1面)

『朝日新聞』2016年9月21日朝刊1面もんじゅ 政府は,高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)について廃炉へ向けた最終調整に入った。〔9月〕21日にこの問題で初めて原子力関係閣僚会議を開き,廃炉も含めた今後の高速炉開発の進め方の検討を始める。20日には首相官邸が福井県敦賀市など立地自治体と意見交換をしており,年内に結論を出すことをめざす。(▼3面=「核燃料サイクルどうする」は次項 ② で参照する)

 21日夕の会議には,菅 義偉官房長官,松野博一文部科学相,世耕弘成経済産業相らが出席。もんじゅ廃炉を念頭に,廃炉を容認する経産省と存続を訴えてきた文科省の意見を調整し,政府の新たな核燃料サイクル政策の方向性をまとめる。26日開会の臨時国会を前に,当面の見解をまとめる意味合いもある。
 補注)この「政府の新たな核燃料サイクル政策の方向性」といった表現が,そもそも理解しにくい。その方向性を「模索する」という意味だと思われるが,高速増殖炉ではなくMOXでもって,プルトニウムを通常の原子炉で燃料に使用すること(現状までですでにおこなっていた方式であるが)のほうに,全面的に方針転換するということか? こちらは,高速増殖炉の「方向性」とはまったく意味が異なる核燃料再利用に関した説明である。政府の公式文書では判りづらい点があるので,手早くウィキペディアをのぞくと,こういう記録が出ている。
★-1 本格運転が実施された軽水炉

 ・東京電力(株)福島第1原子力発電所3号機。2010年10月26日より営業運転していたが,2011年3月11日発生の東北地方太平洋沖地震に伴い停止。爆発事故により廃炉決定。

 ・九州電力(株)玄海原子力発電所3号機。国内の軽水炉としては初めて装荷(2009年10月15日)。2010年12月に停止,点検中。

 ・中部電力(株)浜岡原子力発電所4号機(静岡県御前崎市)。

 ・四国電力(株)伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)。国内で2番目(2010年2月12日)に装荷完了。

 ・北海道電力(株)泊原子力発電所3号機

 ・関西電力(株)高浜原子力発電所3号機および4号機

★-2 搭載が計画されている軽水炉

 ・東北電力(株)女川原子力発電所3号機

 ・電源開発(株)大間原子力発電所。商業炉としては世界初となるフルMOX装荷が可能な炉心を計画している。

★-3 プルサーマル計画の遍歴

 軽水炉で濃縮ウランの代わりにMOX燃料を使用するプルサーマル計画は,当初予定よりも十年以上遅れている。

 ★-4 MOX燃料(モックスねんりょう)とは

 混合酸化物燃料の略称で,原子炉の使用済み核燃料中に1%程度含まれるプルトニウムを再処理によりとり出し,二酸化プルトニウム(PuO2)と二酸化ウラン(UO2)とを混ぜて,プルトニウム濃度を4~9%に高めた核燃料。

 主として高速増殖炉の燃料に用いられるが,既存の軽水炉用燃料ペレットと同一の形状に加工し,適切な核設計をおこなったうえで適切な位置に配置することにより,軽水炉のウラン燃料の代替として用いることができる。これをプルサーマル利用と呼ぶ。

 なお,MOXとは(Mixed OXide 「混合された酸化物」の意)の頭文字を採ったもの。 
 〔記事本文に戻る→〕 もんじゅは,1994年の初臨界の翌年,燃料を冷やすナトリウムが漏れる事故を起こした。2012年にも1万点もの点検漏れが発覚するなどトラブルが続いてきた。すでに1兆円を超える額が投じられたが,ほとんど運転実績はない。再運転するには,新規制基準に適合させるための工事費用を含め,多ければ8千億円ほどかかる可能性がある。

 官邸はこれらの点を踏まえ,再運転に国民の理解をうることは難しいとの判断に傾いている模様だ。文科省や経産省にくわえ,官邸が地元自治体と意見交換しているのも,国策としてもんじゅを長年引き受けてきた立地自治体の理解なしに廃炉にすることはできない,との考えからだ。与党・自民党幹部からも「廃炉はやむをえない」との声が出ており,関係閣僚会議では廃炉に向けた対応策が焦点になる。

 現行の政府のエネルギー基本計画では,もんじゅで燃やす予定だったプルトニウムは,ウランと混ぜたMOX燃料を原発で使うプルサーマル発電で使うことになっている。ただ,MOX燃料を使って運転しているのは四国電力伊方原発3号機のみで,プルトニウムが消費しきれずに溜まりつづける可能性が高い。核兵器の材料にもなるだけに海外の目も厳しく,政府としての対応が迫られていた。

 会議では,もんじゅを廃炉にした場合,今後の高速炉研究のあり方についても検討を進める。経産省は,フランスの高速炉「ASTRID(アストリッド)」計画に協力する案を提唱。だが,アストリッドはまだ基本設計段階で,資金難などから計画を見直す可能性も指摘されており,実現性に疑問符がついている。

 ②「核燃料サイクル,どうする もんじゅ廃炉でも『国策』は維持」(『朝日新聞』2016年9月21日朝刊3面)

 日本は「核燃料サイクル」の実現を国策として推進し,巨額の国費を投じてきた。その要の高速増殖原型炉「もんじゅ」の廃炉に向けた調整が,いよいよ始まる。再運転に国民の理解をうるのは難しいとの見方が大勢だが,描いてきた核燃料サイクルの枠組みを維持するために,明確に廃炉を打ち出せない状況もある。(▼1面参照→ ① のこと)

 1)溜まるプルトニウム
 日本のエネルギー政策の根幹は,使用済み核燃料を再処理してプルトニウムをとり出して使う核燃料サイクルだ。もんじゅでプルトニウムを増殖させて使う高速増殖炉のサイクルと,プルトニウムとウランを混合したMOX燃料を原発で使うプルサーマル発電のサイクルの2つがある。プルサーマル発電を進める経産省は,もんじゅが廃炉になっても,当面は核燃料サイクルがまわると主張する。
『朝日新聞』2016年9月21日朝刊3面核サイクル記事
 福島第1原発事故以降,原発の安全性に対する社会の目は厳しい。現在稼働中の原発は3基しかない。再稼働の旗を振る経産省にとって,もんじゅがまたトラブルを起こし,それが原発政策に飛び火するリスクは避けたいのが本音だ。もんじゅにこだわり続ければ,「原発政策全体に悪影響を及ぼしかねない。廃炉はやむをえない」。経産省の幹部はこう漏らす。
 補注)稼働中の原発。2016年8月12日以降,日本で稼動している(商業用)原子力発電所は,川内原発1・2号機と伊方原発3号機の3基〔だけ〕である。

 経産省は,エネルギー政策からもんじゅの「切り離し」を進めてきた。2014年改定のエネルギー基本計画で高速増殖炉の実用化の記載は消された。高速増殖炉は使った以上のプルトニウムを生み出す。日本ではエネルギー不足解消にもなるとして開発が進められてきた。だが,技術的なハードルも高く,世界で高速増殖炉のサイクルを実用化した国はない。

 とはいえ,もんじゅを廃炉にすれば,再処理でとり出したプルトニウムの消費先が減る。日本が保有するプルトニウムは国内外で計約48トン。原発を稼働させながら,プルトニウムを確実に消費する新たな「絵図面」が描けなければ,核保有国になろうとしているという懸念を国際社会に与えかねない。

 経産省は,フランスが2030年ごろの運転開始をめざす次世代高速炉の実証炉「ASTRID(アストリッド)」計画に協力することで,高速炉研究の旗は降ろさず核燃料サイクルの枠組を維持する構想を描く。
 補注)2030年という年次は,思えば,日本では原発を完全になくすための期限としても想定できる時期(区切り)である。ところが,原発をこれからもエネルギー源に利用していくという「反国民的な国家・政府・電力会社=原子力ムラ」の意向は,なにも変化していない。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
日本の原発一覧
出所)http://www.jaif.or.jp/ja/joho/press-kit_nuclear-power_japan.pdf

 2030年まで自然・再生可能エネルギーの開発・利用が順調に進展させられれていけば,原発はいっさい不要にできる展望がある。しかし,以上に記述してきた日本政府などの基本姿勢は,原発維持かそれ以上までも考えている。この事実は,自然・再生可能エネルギーの開発・利用にブレーキの役目を,原発に果たさせるような客観的な意味しかない。


 次世代高速炉の実証炉「ASTRID(アストリッド)」は「計画」だと説明されているが,ネット上で関連する情報・記事を探ると,こういう記述がみつかる。
   「仏原子力学会(SFEN)」の最近の文書では,ASTRIDの「詳細なプロジェクト前」設計は,2019年までに完成し,送電網との接続は2026年末の計画となっている。同文書は,つぎのように述べている。

 「ナトリウム高速炉(ASTRIDを実証炉とする標準技術)は,実証済みの経験にもとづくロジックに対応するものである。産業側パートナーとの密接な協力のもと,国際的な協力の枠組(条件を今後設定)のなかで,2040 / 2050年ごろに実現可能な技術」。
 註記)http://kakujoho.net/npp/jf_mnju.html 「日仏高速炉協力 失敗続きの両国が協力しても,と英仏の専門家」『核情報』2014年5月9日。
 このように正式に説明されているのに,どうしたら『経産省は,フランスが2030年ごろの運転開始をめざす次世代高速炉の実証炉「ASTRID(アストリッド)」計画に協力する』といえるのか不思議である。先方でいっている「2040 / 2050年ごろに実現可能な技術」(つまりその見込があるという予測)に関して,なにゆえそのように「想定話」での想定が発展的に仮想できるのか,奇怪であると批判しておく。

 2)「絵にかいたもちだ」
 もんじゅ無しで核燃料サイクルをまわすという経産省の主張に対し,文科省幹部は「まさに絵にかいたもちだ」と批判。「高速炉がなければプルサーマルでもプルトニウムはたまり続ける。いずれ核燃料サイクル政策,ひいては原子力政策全体が立ちゆかなくなる」。そもそも,原子力規制委員会の勧告は廃炉を求めていない。文科省の幹部は「存続を前提に作業をしてきたのに,なぜ急に廃炉というのか。廃炉うんぬんの前に国策である高速炉開発をどうするのか,きちんとした議論が必要だ」と憤る。

 文科省は規制委の勧告を受け,現在の日本原子力研究開発機構に代わる運営主体として新法人の設立を内々に省内の案としてまとめた。参議院選挙後に首相官邸の協力をとり付ける予定だったが,首相官邸は首を縦に振らなかった。経産省が構想に入れる高速炉アストリッド計画についても異を唱える。アストリッド計画はまだ基本設計段階で,資金ぐりを背景に,詳細設計に入る前に見直しも予定されている。

 文科省幹部は「廃炉後,どうやって核燃料サイクル政策を維持するのか,現実的な案を見せるべきだ」と話す。

 ③「もんじゅ廃炉の方向 核燃サイクルは堅持 きょう閣僚会議」(『日本経済新聞』2016年9月21日朝刊1面)
 
 ① ② の朝日新聞記事を,日本経済新聞が別途に報道した記事である。

 --政府は高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県)について原子力関係閣僚会議を〔9月〕21日夕に開く。「廃炉を含め抜本的な見直しをおこなう」との方針をとりまとめ,廃炉の方向を決める。高速炉開発に関する官民の会議を新たに設け,今後の計画を示すほ『日本経済新聞』2016年9月21日朝刊1面もんじゅか,与党や地元の福井県などの意向も踏まえたうえで年内にも最終判断する。原子力政策の中核をなす核燃料サイクル政策は堅持する意向だ。(関連記事総合2面に)

 関係閣僚会議ではもんじゅを廃炉の方向で抜本的に見直す方針を確認する。また「高速炉開発会議」を新設し,電力会社やメーカーとともに年内をめどに高速炉研究の今後の方向性を確定させる予定だ。そのうえで関係閣僚会議を再度開き,廃炉を最終的に判断する。

 閣僚会議には菅 義偉官房長官,もんじゅを所管する松野博一文部科学相,エネルギー政策を担う世耕弘成経済産業相らが出席する。菅氏は20日の記者会見で「議論の結果を踏まえながら地元自治体の意見もよく伺い,最終的な対応を決することになる」と述べた。

 高速炉開発に欠かせないとして,もんじゅの再稼働を訴える文科省と廃炉を主張する経産省との意見の隔たりは大きく,政府内の調整に時間を要してきた。文科省はもんじゅを再稼働させた場合,少なくとも18年間で約5800億円の費用が必要と試算する。もんじゅにはすでに1兆円超の事業費を投じた。さらに巨額の費用がかさむとなれば,存続の意義を国民に説明するのは難しいとの意見が政府・与党内で強まっている。

 政府はもんじゅの廃炉を前提に,今後の高速炉研究の方向性をまとめることで,核燃料サイクルを堅持する姿勢を示したい考えだ。経産省はすでにある実験炉「常陽」(茨城県)や,フランスと共同開発する実証炉「ASTRID(アストリッド)」などで研究を継続できるとみる。

 もんじゅが立地する敦賀市の渕上隆信市長らは〔9月〕20日,首相官邸を訪れ,萩生田光一官房副長官にもんじゅ存続を求めた。西川一誠福井県知事も同日,「もんじゅに対する考え方に変わりがある場合は文科相自ら直ちに説明に来る必要がある」と述べ,政府をけん制した。
※ 関連記事「高速炉とは」 ※ 

 次世代型の原子炉のひとつで,エネルギーの高い(高速)中性子を利用するため高速炉と呼ばれる。エネルギー資源の有効利用を目的に,研究開発が進められてきた。放射性廃棄物の容量を減らす役割もある。

 燃料のプルトニウムを消費した以上に増やす「もんじゅ」はとくに高速増殖炉と呼ぶ。普通の原子力発電所(軽水炉)は熱をとり出すのに水を使うが,高速炉は自然発火しやすいナトリウムを用いるなど扱いが難しい。
 ④「国民負担,新たに8.3兆円 原発廃炉・賠償,新電力にも転嫁案」(『朝日新聞』2016年9月21日朝刊3面)

『朝日新聞』2016年9月21日朝刊3面原発負担 政府は,東京電力福島第1原発の廃炉や賠償,一般の原発の廃炉などの費用を広く消費者に負担させる仕組の検討を始めた。新たな国民負担が8.3兆円ほど生じ,4月の電力自由化で家庭用小売りに参入した「新電力」に乗り換えた消費者にも負担させる。

 ただ,原発をもつ大手電力の負担軽減策との批判も出そうだ。原発の廃炉費は,その原発をもつ大手電力会社が自社の電気料金収入からまかなうのが原則で,福島第1原発も例外ではない。ただ,福島事故の賠償については,大手電力が負担金を納める国の認可法人「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が支援している。

 だが,東電はさらなる追加支援を国に求めている。廃炉費がどこまでふくらむか見通しが立たないためだ。経済産業省がつくった内部資料も,関連費用の増加を指摘している。2兆円としていた福島第1の廃炉費は4兆円増えるほか,被害者賠償金は3兆円,他原発の廃炉費用も1.3兆円ほど不足するとし,全体で約8.3兆円の新たな国民負担が発生すると試算する。

 東電の求めと省内の試算をもとに,経産省は新たな枠組みづくりに着手することにした。標的となっているのが,4月の電力自由化で家庭向けにも参入した「新電力」だ。3月までは大手電力が家庭向けを独占しており,廃炉費も電気料金の一部として回収してきた。一方,新電力は原発をもたないので,廃炉費も負担しないしくみになっている。ただ,新電力を選ぶ消費者が全契約者数の2%ほどにとどまる現状から増えていくと,廃炉費が想定どおり集まらなくなる可能性がある。

 そこで,家庭に電気を届ける手段がない新電力が大手電力の送電網を使っている「使用料」に目をつけ,廃炉費などの負担を上乗せする案を考えはじめている。新電力に切り替えた消費者も以前は原発で生み出された電力を利用していたから,「すべての人から公平に費用を回収する必要がある」(経産省幹部)という理由だ。

 経産省の試算では,福島第1原発の廃炉費が重くのしかかる東電管内(関東エリア)の「標準家庭」(3人家族)では,毎月180円ほどの上乗せをみこむ。その他のエリアでも,毎月約60円の上乗せを想定している。経産省は27日に総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)のもとに小委員会を設け,具体的な制度設計を始める。年内にとりまとめ,来年の通常国会に電気事業法改正案を出すことをめざす。

 ただ,これまで経産省が進めてきた電力改革では,新電力に原発関連の負担を求めなかった。もしこの案がそのまま実現すると,原発を嫌って大手電力を離れた消費者も廃炉費などを負担することになる。与党・自民党からは早くも「電力改革の理念を損なう」(河野太郎前国家公安委員長)といった声も上がる。

 --東電についていう。儲けているときは1社だけで握りしめていたが,原発事故を発生させてときは,この国に甚大な損害,深刻な害毒をもたらしていながら自社で後始末は全然できず,こちらの件に関しては,国家と国民の側に全面的に「オンブに抱っこ」である。このような無責任な経営状況が起きたのは,なんといっても原発を電源に利用してきた経緯のせい,すなわち,結果として福島第1原発事故を起こしてしまったせいである。

 かつて,アメリカの大統領ドワイト・アイゼンハワーが「平和のための原子力利用」という,もともと「大のつく矛盾」でしかなかった「原発による電気生産」を,原爆をもたない国々に勧めた結果が,2011年「3・11」の東電福島第1原発事故現であった。それ以前にもあった1986年4月26日のチェルノブイリ原発事故は,もともと原水爆所有国ソ連におけるものであり,1979年3月28日のスリーマイル島原発事故は,アメリカの原発であった。

 原発の事故は核爆発(の事故)であり,原爆の使用と同じ悲惨・過酷な地球破損,人類の遺伝情報を決定的に破壊する悪影響をもたらしてきている。それでも,原発についてこんどは高速増殖炉の可能性を求めて,もっと開発・利用することが必要だといっているのだから,これは完全に・まさしく「キチガイ沙汰」である。

 いままで原発のために投資してきた資金,そして,事故のために要求されてきている〔今後にも増えつづけていく〕莫大な経費は,その一部分でも自然・再生可能エネルギーの開発・利用に向けて,より早く転用できていれば,いままでの日本における「原発事故の発生」と「この後始末のために味わっている苦難」,くわえて「高速増殖炉の失敗」はせずに済んでいた。

 原発関連の政策にかかわって発生しつづけている「マイナスでしかない社会的費用」は,ますます膨大になりつつあり,かつ,ものすごい高額を要求してもいる。その金子を社会福祉や教育方面に充当できていれば,いまの日本における社会・教育問題は,経済面より画期的に解決・推進できていた。このことは,細かい検討などなしに,たやすく推定できる。

 なお,今日の『日本経済新聞』には3面・4面にも関連する記事が掲載されていた。

 ⑤「高速炉研究,仕切り直し ポスト『もんじゅ』年内にも新計画」(『日本経済新聞』2016年9月21日3面)

 高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県)が廃炉の方向で動き出す。核燃料サイクルの要となるはずだった施設を失うことになり,高速炉研究は仕切り直しを迫られる。政府はもんじゅの代わりに,フランスとの実証炉の共同開発や国内の実験炉の利用などを盛り込んだ新たな研究計画を年内にもまとめる。今後の道筋を示せるかが問われる。
 補注)ここで1面参照( 本記述では ③ の記事)という指示であるが,この「高速炉研究は仕切り直し」という点は,けっして明るい見通しをもてない事実として,いまからでも明確に認識しておく余地がある。このような「高速増殖炉の方向性」については,それこそ10年単位の視野で観たところでも,ほとんど進展がなかった事実をあらためて明らかにしておかねばならない。つまり,そのうち必らず,その「方向性」が実現の可能性に変わりますよ,といった具合での希望的な観測ばかりが示されつづけてきた。「狼少年」も顔負けするような,ものいいであったのである。

  〔記事本文に戻る→〕 日本は原子力発電所の使用済み核燃料を再処理してとり出したウランとプルトニウムを,燃料に再利用する「核燃料サイクル」政策をかかげてきた。とり出したプルトニウムを高速増殖炉で使う計画だったが,もんじゅの開発がいきづまっている。一般の原発で使う「プルサーマル発電」という方式もあるが,再稼働の遅れなどで進んでいない。
『日本経済新聞』2016年9月21日朝刊3面もんじゅ資料
 高速炉の実用化には時間がかかることなどから,文部科学省はもんじゅの継続を訴えてきた。しかし,もんじゅは安全管理上の相次ぐトラブルから昨〔2015〕年11月,原子力規制委員会から現在の運営主体である日本原子力研究開発機構の変更や,廃炉を含めた抜本的な見直しを求める勧告を受けた。
 補注)高速増殖炉の経歴は,早,半世紀にもなっている。しかし,まだ実用化(商業運転)に至っていない。いつになったら,この原子炉(「夢の」と形容されていた)が,実際に稼働できるようになるのか,さっぱり分かりえないままである。

 まさか「高速増殖炉実現に『夢をみるために』いままで,この原子炉の開発作業に従事してきた」わけではあるまい。金喰い虫でしかなかった日本の高速増殖炉である。これからにおいても,どのような見通しが立てられうるのか,まったく不明と受けとるほかない現況にある。

 〔記事本文に戻る→〕 文科省は電力会社などに協力を打診したものの,電気事業連合会などは「技術的知見がなく運営主体になりえない」と消極姿勢に終始した。文科省の試算では,再稼働には約5800億円の費用が必要。同省内では「すでに(廃炉に向けた)外堀が埋められている」との見方も出ている。
 
 一方,エネルギー政策を担う経済産業省は,もんじゅの廃炉をめぐる議論が長期化すれば,高速炉研究や核燃料サイクル政策に国内外から不信を招くとして廃炉すべきだとの立場だ。そのうえで,基礎研究を担う実験炉は原子力機構の「常陽」(茨城県)で,経済性を検証する実証炉は仏と共同開発する「ASTRID(アストリッド)」で対応できるとみる。経産省はもんじゅでえた知見も組み合わせれば国内で実証炉をつくるだけの技術レベルに達するという考えだ。
 補注)この「経済性を検証する実証炉は仏と共同開発する『ASTRID(アストリッド)』」に関しては,前段で言及してあった。ここの文句で注意したいのは,「経済性を検証する実証炉」だと説明されている点である。高速増殖炉が実際に商業運転に漕ぎつけるまでには,まずこの「実証炉」の成功が前提であるという議論になっている。

 ずいぶんと悠長ないいぐさである。2040年だとか2050年だという目標=期限も,先述中には記述されていたが,日本側ではこれを2030年であるみたいに解説していた。話題の説明としてはずいぶん大雑把というか,いい加減である。2040年だとあと14年,2050年だと24年だが,その実現のみこみが保証されているわけではないから,この話題はすべてマユツバで接する用心が要請されている。


 海外ではロシアの実証炉が2014年に初めて臨界に達した。インドや中国でも高速炉の研究が進む。こうした国々で2025~2040年ごろには高速炉が実用化される計画だ。いずれももんじゅとは異なる形式だ。ASTRIDは各国で主流となっている形式を採用する。高速炉研究には電力会社の協力が欠かせない。もんじゅが廃炉を迫られている背景には電力会社の協力がえられないこともあった。経産省は「ポストもんじゅ」の高速炉研究に業界の協力をとり付ける方針で,同じ轍(てつ)は踏まない考えだ。
 補注)この記事からは,今後における高速炉の技術的進展がどのように見通せるのか不詳であり,理解の範囲内にはない論点でありつづけている。電力会社としては,いまのところ,営利の基準から外れる高速炉には手を出したくない。このことはあまりにも当然である。「国策」と企業管理における「経営政策」とのあいだには,ずいぶん距離感がある。

 2018年には日本にプルトニウムの平和利用を認めている日米原子力協定の更新時期を迎える。核兵器をもたない日本が,原発の使用済み燃料を再処理し,高速炉などで使うプルトニウムをとり出せるのは同協定があるためだ。高速炉研究や核燃料サイクル政策が揺らげば,協定の改定にも影響が出る可能性がある。

 ⑥「福島廃炉,来月から有識者会合 電力利用者の負担,焦点に」(『日本経済新聞』2016年9月21日4面)

 経済産業省は10月から,東京電力福島第1原子力発電所の廃炉や賠償費用の追加負担をめぐる議論を始める。賠償費用などは従来の想定をすでに上回っており,東電や他電力の利用者にどこまで負担が及ぶかが焦点となる。経産省は制度支援の前提として東京電力ホールディングス(HD)に経営改革を求め,電気料金の値上がりをできるだけ抑えたい考えだ。
『日本経済新聞』2016年9月21日朝刊4面廃炉経費
 世耕弘成経済産業相は〔9月〕20日の記者会見で事故処理の負担について「一義的には東電が責任を負わなければいけないが,国も前面に立つ」と指摘。そのうえで「当然負担能力の問題もあるし,国民の納得という問題もあると思う」として,10月上旬から開く有識者会合で詳細を詰める方針を示した。
 補注)東電に責任を負わせるという想定話は非現実的である。実質的に当事者能力(原発事故に対する対応能力,それも国家的規模になってしまうそれ)は,東電側には事故当初からなかったし,いまもありえない。国家・国民側がすでに東電をさんざん面倒をみてきているし,そのために用立てしなければならなかった経費(予算)は,いうまでもなく,われわれが直接的に電気料金を介して負担している状態にあるか,あるいはまた,血税が国家財政の運用として東電側になにやかや融通されている。

 前述にあった表現でいえば,ほぼ完全に「オンブに抱っこ」状態にあるのが,東電の現状である。経営管理としてみると,いちおうは企業経営の体をなして事業運営はおこなってはいるようにみえるものの,その実態面においていえば,国家側から総掛かりになる「経済的な支援体制」があるからこそ,なんとかサバイバルできている電力会社である。東電は,その意味では,完全にゾンビ会社である。東電は結局,国策民営的な仮装をまとった会社として,ただそのように生存を許されているに過ぎない。

 〔記事本文に戻る→〕 福島第1原発の廃炉には,数兆円に上る資金が必要とされている。ただ,東電HDが資金手当てのメドをつけたのは約2兆円にとどまっており,廃炉費用を確実に賄える仕組づくりが課題になっている。有識者会合では事業者負担を原則に,公的な基金をつくり国が一時的に資金支援する案や,東電管内の送電線利用料に上乗せして回収する案などを検討する。
 補注)前段の補注で指摘したとおりの中身(東電の限界)が,ここでも解説・指摘されている。

 すでに東電以外の大手電力も負担している賠償費用に関しては,現時点の総額が6兆円を超え,過去に想定した 5.4兆円を上回っている。他の大手電力は小売り自由化によって競争環境が変わったとして,追加負担に難色を示しており,新たな制度の是非を議論する。経産省は「(東電が)経営改革を具体化し,その果実をもって,国民に還元する」必要があるともみている。東電は有識者会合の議論を受け,来年1月にも新たな経営計画をつくる。他社との提携などを通じて,収益力を高めることが柱となる見通しだ。

  --以上が,原発(核発電)による電力の原価(コスト)は,他の燃料を使う場合よりも「安価・安全・安心」だと請け合った,それこそ,まったくの安請け合いであった「原発に関する〈神話・物語〉」の架空性は,疾うの昔から破綻していたのである。それでも,日本の国土のなかには一時期では50基をも超える数の原発(高速炉も含めれば60基近く)が存在してきた。

 ⑦「小児甲状腺ガン」の話題

 しかし,いまでは,原発を電気の生産方法に採用するさい,その技術方式の根底に控えているエネルギー観が問題になっている。この問題は,完全に反人類・非人間的な方向性に立脚している原発の困難を指示している。最近のニュースには,東電福島第1原発事故のせいで,「小児甲状腺ガン」がじわじわ増えだしている事実が,小さいなベタ記事ではあるが,継続的に報道されている。

 朝日新聞 2016年6月7日によれば「福島 甲状腺ガン 131人に」,またその9月15日では「福島 甲状腺ガン 135人に」との見出しになるベタ記事が,それぞれ出ていた。もっとも,地元における原発事故の理解に関連していうと,現状についてはあえて,なにかと目くらまし的なを投じるような役目を果たしてきている福島医科大学陣営側からは,こういう意見が披露されてきた。

 「福島 18歳以下の甲状腺ガン『外部被曝との関連なし』」(『朝日新聞』2016年9月10日朝刊)。

 この甲状腺ガンの話題について本ブログは他所で言及しているが,福島医科大学の見地とは真っ向から対立する,つぎのような意見も聴いておきたい。
◆ なぜ福島県の子どもに甲状腺癌が増加
しているのか? 地図化して比較する ◆
福島県甲状腺ガン問題20160331-20160630分布地図

=福島原発事故の真実と放射能健康被害=
=福島の甲状腺がん → 現状で子供174人が発病!
  原発事故の現在と影響=

 
 2016年9月14日に公表された最新の福島県民調査報告書によると,福島県の小児甲状腺がん及び疑いの子供達は,3か月前(前回)の 172人から2人増えて合計 174人〔 註記),前段の統計とは異なる数値であるが,この事実のみ注意しておく〕になりました。
福島県甲状腺ガン統計図表
 福島県の発表は甲状腺がんを,悪性(悪性とはがんのことですが)『悪性ないし悪性の疑い』という言葉を使い,あたかも甲状腺ガンでない子どもたちも,このなかに含まれているように書くことで,焦点をぼかしチェルノブイリ原発事故との比較を困難にしています。

  しかし現状で手術を終えた 136人のなかで,良性結節だったのはたった1人にすぎず,133人が乳頭癌,1人低分化癌,1人がその他の甲状腺癌との診断です。つまり,現在のところ『悪性ないし悪性の疑い』とされた事例のうち99%は,小児甲状腺癌でした。ですので,疑いという言葉を過大評価して安心するのは危険です

 この記事は現状,福島県で甲状腺癌と考えられる 174人の子どもたちを市町村別,事故から病気発見までの経過年数別・男女別・事故当時の年齢別にそれぞれ分類して,チェルノブイリ原発事故や過去の日本や福島県のデータと比較しています。比較することで,現状の福島の小児甲状腺がん患者数が多いのか(?)少ない のか(?),放射能の影響はあるのか(?)ないのか(?),客観的にみることができます。
 註記)http://www.sting-wl.com/category/福島第原発事故と小児甲状腺ガン
 チェルノブイリ原発事故(1986年4月)でも5年後から,この小児甲状腺が有意に増大しはじめていた。福島第1原発事故でも似た現象が出てきている。この事実は,その後におけるたしかな推移:兆候なのである。

 小児甲状腺ガンの問題についても,原発事故に関連させて「安全・安心」というデマ的な情宣活動が,陰に陽にいろいろ画策され流布されていると観察したほうが,現実をより正確に把握できるははずである。
津田敏秀表紙
 なお,小児甲状腺ガンの論点ついて本ブログは,津田敏秀『医学者は公害事件で何をしてきたのか?』(岩波書店,2004年)をめぐっては,つぎの2点が関説していた。参照を乞いたい。リンクは日付に張ってある。

 ◇-1 2015年11月18日 「『文殊』などと『知恵のない名前』がつけられた日本の高速増殖炉(2)」   

 ◇-2 2016年06月08日 「原発広告に出演していた勝間和代とか草野 仁は,いままた,別の広告で活躍中」 

 最後に,津田敏秀のつぎの記事を挙げておく。このインタビュー記事に関しては,津田に反対である意見の識者も左側に出ていたことは,いちおう断わっておく。(画面 クリックで 拡大・可)

『朝日新聞』2015年11月19日朝刊津田敏秀記事
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  = 参考文献 =

 ☆-1 日野行介『福島原発事故 県民健康管理調査の闇』岩波書店,2013年。
 
 ☆-2 日野行介『福島原発事故 被災者支援政策の欺瞞』岩波書店,2014年。


 【悲哀的な知識人の他国籍排外観,基本的な知識に欠如ありの盲論・妄説が花盛り】


 ① 二重国籍問題がTBS山内アナにまで…池田信夫が「日本国籍失う」「解雇しろ」とデマ & ヘイト攻撃(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2016年9月18日)

 右派メディアが騒ぎ立てている民進党・蓮舫参議院議員のいわゆる「二重国籍」問題について,先日本サイトは,その根っこにあるのが「この国にはびこるグロテスクな純血主義がむき出しになった人種差別」だと断じた。だが,本サイトのような指摘はごく一部で,むしろ国籍を根拠にした右派メディアやネトウヨの攻撃はとどまることなく,重国籍者に対するヘイトは日に日に苛烈さをましている。
 補注)日本における国際結婚率はいまは少し下がっているが,4%台になっていたころもあった。こうした時期も含めて両親の国籍の片方が外国籍だという「日本〔国籍〕人」がいまでは大勢いる。その人たちは日本の法律いかんにかかわらず,20~22歳を通過するさいに日本国籍を選択したにせよ,もうひとつの外国籍をもっている場合はいくらでもあり,いちがいに否定できない状態である。
※  参 考 統 計 ※

 国際結婚の推移についてはまず,急増し,頂点まで達していた時期までの具体的な数値をあげておく。つぎに,その後において,2014年までの国際結婚・離婚件数に関する図表を出しておく。

  年       婚姻総数      国際結婚総数(比率
 1981年     776.531        7.757     1.1%
 1986年     710.962      12.529     1.8%
 1990年     722.138      25.626     3.5%
 2000年     798.138      36.363     4.5%
 2003年     740.191      36.039     4.9%
 2006年     730.971      44.701     6.1%

       国際結婚率・離婚率図表
           出所)http://blogos.com/article/140990/
 このあたりの事実を法律的にも事実的にもよくしらないで,純ジャパ以外は日本人・日本民族ではないといわんばかりに,そしてまるで,日本に暮らすためのまともな資格をもたない人間であるかのように,それもなんら合理的理由や説得的な根拠もないまま,ただ,異質的に感じたつもりの相手に対する排外の感情を粗野に投じるという,きわめて幼稚というか無知・無理・無体な発言が野放図になされている。

 いまの時代,芸能界やスポーツ界ではとくに顕著に,日本人の場合でも片親が外国人(白人・黒人も問わず)の登壇が増えている。この事実は,リオオリンピック(2016年)の機会を介しても,頻繁に目にしてきた点である。鎖国の時代ではあるまいに,自分たちと少し違う見目形の違う・異なる人びとを受け入れることができないで,前段のごとき発言を平気でする人たちは,日本の国土の上にはもう存在する資格がないとまで断定してもいい。そのくらいに国際化=人間の交流が進展してきている。

 『男と女の問題』である。何国人であろうと,肌の色が黄色であれ黒色であれ赤色(白色のこと)であれ,彼らが出会って夫婦になれば,生まれる子どもは国際的交流に恵まれた産物として多種多様である。この事実じたいを認められないというのであれば,国際結婚は禁止という国家体制に日本をもっていく必要がある。この理解は冗談にもならない想定話でしかない。

    池田信夫画像2 山内あゆ画像
 出所)左側画像は池田信夫,http://magazine.livedoor.com/press/6005 右側画像は山内あゆ,http://www.happyda.net/ana/yamanouchiayu.html

 〔記事本文に戻る→〕 実際,連中は蓮舫氏以外にも矛先を向けはじめた。蓮舫攻撃キャンペーンを牽引したウェブサイト『アゴラ』の代表で,評論家の池田信夫氏が〔9月〕14日,日本とベトナムのハーフであるTBSアナウンサー・山内あゆ氏を標的にして,なんと “TBSは二重国籍のアナウンサーを解雇しろ!” と喚きはじめたのだ。こういっている(池田氏のツイッターより)。
 ☆ 二重国籍者がカミングアウト。普通は解雇。☆

 TBS山内あゆ「私も(ベトナムと日本の)ハーフで22歳になってどちらかの国籍を選択しますかと連絡が来ただけで,二重国籍は問題ない」。

 これが事実とすると「催告」を無視したので,国籍法15条によって日本国籍を失う。この事件も彼女個人の問題ではなく,放送で公言したのでTBSのすみやかな説明が必要だ。
 どういうことか。調べてみると,ここで池田氏があげつらっているのは『Nスタ』(TBS)〔2016年〕9月7日放送での山内アナの発言らしい。この日,『Nスタ』では蓮舫氏の「二重国籍」疑惑を特集し,スタジオでも法的な観点などからトークがおこなわれた。このときの映像を確認したので,正確に再現しよう。

 まず,山内アナは「(私も)父がベトナム人で母が日本人で,二重国籍で。日本国籍を選択したんですけど,(ベトナム国籍の)離脱の届け出って,やってないんですよね」と発言した。そこで,MCの堀尾正明アナが「やっぱり22歳までにきたんですか?(ベトナム国籍を)離脱してくださいっていう」と聞くと,

 山内アナはこう返した。来ました。(でも)離脱ではなくて “日本国籍を選びますか”っていう“ どちらかを選びますか”というものはきましたけれども,ベトナム側からの離脱してくださいはなかったんで……どうなってるんでしょう」

 要するに,池田氏はこうした山内アナの発言に対して〈二重国籍者がカミングアウト。普通は解雇〉などといっているわけである。まったく大丈夫だろうか,この人は。そもそも,仮に山内アナが「二重国籍」の状態にあるとしても,TBSを解雇されなければならない理由など1ミリもない。というか,国籍を根拠に解雇することはれっきとした違法行為だ。

 念のためいっておくが,労働基準法では第3条で《使用者は,労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として,賃金,労働時間その他の労働条件について,差別的取扱をしてはならない》と,国籍による差別の禁止を定めている。国籍問題でキャンペーンを張っているくせに,池田氏はそんなこともしらないのか。はっきりいって論外だろう。

 また,池田氏の〈「催告」を無視したので,国籍法15条によって日本国籍を失う〉というツイートも,明らかに事実無根だ。たしかに,日本の国籍法は重国籍者に対し,所定の期間内にいずれかの国籍を選択させるように定めている(14条第1項)。

 だが,池田氏のいう同法15条は《法務大臣は,外国の国籍を有する日本国民で前条第一項に定める期限内に日本の国籍の選択をしないものに対して,書面により,国籍の選択をすべきことを催告することができる》(第1項)と規定したうえで,《催告を受けた日から一月以内に日本の国籍の選択をしなければ,その期間が経過した時に日本の国籍を失う》(第3項)としている。

 これは山内アナとはまったく無関係な規定だ。なぜなら山内アナはベトナム国籍離脱の届け出をしていないだけで,22歳のときに「日本国籍を選択した」とはっきりいっているからだ。日本国籍を選択するというのはどういうことなのか。同法14条第2項にはこうある。

 『日本の国籍の選択は,外国の国籍を離脱することによるほかは,戸籍法の定めるところにより,日本の国籍を選択し,かつ,外国の国籍を放棄する旨の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによってする』。ここでいう「選択の宣言」とは,法務省ホームページによれば,具体的には「市区町村役場または大使館・領事館に『日本の国籍を選択し,外国の国籍を放棄する』旨の国籍選択届」を提出することを指す。要するに,日本の国籍を選択するさいには,この「選択届」を提出すれば,十分なのだ。

 したがって,山内アナがベトナム国籍の離脱をとっていなくても,日本国籍の選択届けを提出したならば,日本国内の手続は完了しており,それ以上,法務省から催告されることはありえない(ちなみに選択届を出していなくても,法務省が催告したケースはほとんどないのだが)。つまり,催告がないのだから,山内アナが〈「催告」を無視した〉という池田氏のいいぶんはまるっきりのデマということになる。
 補注)池田信夫側において理解ができていないのは,二重国籍に対する各国ごとの姿勢である。なにせ,相手国の国籍に関するあつかいのことである。こちら側からどうしろ・こうしろといって,絶対的に指示する・口だしできる事項(外交上のことがら)ではない。この相互関係(外交的な相互互恵主義?)は,相手国側から日本に対する場合でも同じに観ていなければならない相互関係である。

 しかも,もっとヒドいデマは,池田氏が山内アナに対して「国籍を失う」など脅していることだ。あらためて指摘しておくが,同法15条第3項は国籍選択をせず,法務省からの催告にも応じず,1カ月を経過したものに対する条件文であって,日本国籍を選択した山内アナが,「日本国籍を失う」なんてことがありうるわけがない。こんなことは小学生にだってわかるだろう。
 補注)この点では池田信夫の法律理解はひどい(それ以前の段階に留まっている)。あまりにも自分勝手に決めつけだけで,しかも現実の運用をしらないで,いい加減にモノをいっている。ここまでデタラメをいいつづけるようであれば,ネット上での発信は恥ずかしくて「なにもできなくなる」はずであるが,さすがその程度ことなど気にしない “知識人” であるらしい。この点のみは感心するが,あとの自説の展開はいただけず,知識人の次元にはありえないものばかりである。

 おそらく,池田氏は,同法の「国籍選択」について規定した15条と,「日本国籍選択後の外国籍離脱」についての “努力規定” である16条を混同しているのだ。同法16条は《選択の宣言をした日本国民は,外国の国籍の離脱に努めなければならない》(第1項)というものだが,これは文言が示しているとおり “努力規定” であり,罰則はない。そして,同条第2項を読めば,国籍の喪失がありうるケースはごく限定的な場合であることがわかる。
 補注)本ブログは例のペルー大統領だったフジモリ・ケンヤの件をとりあげ議論していた。今日の記述において,この段落で指摘されている二重国籍に対する日本政府の基本姿勢を,最大限に活用フジモリのセ・ブスカ画像(池田信夫流にいうと「悪用」)したのが,昔の出来事であったが,「日本に亡命してきたフジモリ」のやり方であった。
 出所)画像は,http://inciclopedia.wikia.com/wiki/Alberto_Fujimori_de_Higuchi  “SE BUSCA” とは英語では「ウォンテッド」のこと。

 もっとも,フジモリは日本国籍を両親の代からもともと維持していたのだから,亡命ではなく帰国(厳密にいえば「初・入国」?)に過ぎなかったのであるが,日本国側では「たちの悪い筋」の知識人たちが,このフジモリを暖かく迎えてはかくまってあげ,盛んに支援してあげるかのような態勢で,かばっていた。それはとても印象的な経緯であった。「血は水よりも濃い」というわけであろうが,しかし,片親が外国籍の人びとであっても,日本人の血は血であって,けっして「水っぽいもの」ではない。
    本ブログ内で関連する記述は,つぎの2件である。併せて参照を乞いたい。リンクは日付のところに張ってある。

 ◆-1 
2016年09月08日「蓮舫が二重国籍だったらなにがいけないのか? フジモリ・ケンヤの場合,日本(国)はどう対応していたか?」
 
 ◆-2 2016年09月14日「いまどき単一純粋民族という歴史的にも根拠のない錯覚観念がまかり通るヤマト国,『蓮舫二重国籍』問題の空騒ぎ,その仕掛け人は安倍晋三の公安権力機関」

 〔記事本文に戻る→〕 「 2 法務大臣は,選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失っていないものが自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であっても就任することができる職を除く。)に就任した場合において,その就任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは,その者に対し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。」
 補注)この法律の内容は公務員職に就く二重国籍者のあり方に問題が出てくる場合を想定したものである。はじめから二重国籍すべてがいけないとは規定できていない。二重国籍というのはそういう問題である。

 日本人であっても韓国人であっても中国人であっても,たとえば夫婦間において妻が妊娠中にアメリカに滞在していれば,アメリカで出産し,こどもにアメリカ国籍を取得させ,二重国籍状態にしたいと思っている者たちは。それはもう大勢いるはずである。アメリカ国籍は魅力があり,すばらしいと勝手に思いこんでいる人たちは,多分,圧倒的多数派ではないか。


 いずれにしても,日本国籍を選択したある人間が,なんらかの理由で重国籍者だとしても,自動的に日本国籍を喪失するわけではけっしてない。要するに,池田氏は常識的に法令を読めば簡単にわかる話なのに,ありえない解釈にもとづいて,「日本国籍を失う」「普通は解雇」などとドヤ顔でいいふらしているのだ。

 しかも,〔9月〕17日にも〈山内アナはまだ自分の二重国籍状態を放置してるのか。「努力義務」を怠ると,日本国籍を失うよ。TBSのコンプライアンスは大丈夫?〉などと恥ずかしげもなくデマを垂れ流しつづけている。

 くわえれば,池田氏はツイートで,山内アナが「二重国籍は問題ない」と発言したとするが,実際には,山内アナは放送中に「二重国籍じたいは問題があるわけではないんですよね?」と堀尾アナや出演者の飯田泰之明治大学准教授らに向かって質問しただけだ。難癖にすぎない。

 ここまでくれば,もう明らかだろう。池田氏の〈二重国籍者がカミングアウト。普通は解雇〉などという一連のツイートは,明らかな人種差別の意図をもって流されたデマである。そして,重国籍者バッシングに血眼になっている右派言論人や右派メディアの根っこが,グロテスクな純血思想と排外主義,差別主義にほかならぬことを証明したかたちになる。

 そして,この山内アナ叩きでわかったのは,連中の「国会議員だから出自は重要」という理屈は建前にすぎず,一般市民に対しても国籍・血統・出自というプライバシーの開示を強要し,そのうえで恫喝するという品性下劣さである。しかも「重国籍者は議員を辞職しろ!」「重国籍者は局アナを辞めろ!」という主張に法的根拠はない。どちらが  “無法者”  かは明らかだろう。

 ある意味でこれは,関東大震災に乗じた “朝鮮人虐殺” の構図に酷似しているといえる。震災の直後から人々のあいだで「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」「放火している」というデマが駆けまわるると,日本人は自警団を組織して朝鮮人たちを襲撃し,つぎつぎと虐殺していった。朝鮮人という属性だけで命を奪われたのだ。そのとき日本人は「君が代を歌ってみろ」と聞いてまわったり,朝鮮語の特性上発音が難しい「15円50銭」などを無理やりいわせて,少しでもうまく口にできなければ「朝鮮人」として殺害したともいわれている。
 補注)本ブログ内の関東大震災における「朝鮮人虐殺事件をなかった」とする工藤美代子に特有な迷説については,つぎの記述を参照されたい。リンクは日付に張ってある。
 
 ⇒ 2014年09月02日「堂々たる虚説・砂上の空論,関東大震災における朝鮮人虐殺は正当防衛だったと叫ぶ工藤美代子の迷信的主張」
                

 一連の蓮舫氏や山中アナへのバッシングで,国籍・血統・出自の明示を迫ったあげく「辞職だ!」「懲戒だ!」と目を血走らせる連中がやっていることは,あのジェノサイドのやり口とまったく同じだ。しかも問題は,一部の右派メディアや言論人,ネトウヨだけがこうした人種差別を繰り出しているわけでない,ということだろう。

 国籍を問い,「純血の日本人」でなければバッシングされるという状況に,民進党内からも「代表選をやり直すべきだ」などという声があがり,他のマスコミも “追及は当然” という歪な空気に丸乗り。グロテスクな自称愛国者たちを批判するどころか,これが人種・国籍・出自に対する差別であることすら,まったく自覚していない。
 補注)二重国籍にまつわる差別問題は,一方で,国際(海外との関連)問題であるけれども,他方で,日本国内じたいにおいて回顧してみるとき,このような差別(偏見)する問題については,同じ日本人同士内でなにもないとはいえず,いくらでもある。

 被差別部落問題・アイヌ民族問題・沖縄人問題,障害者問題,在日問題,女性問題,最近顕著な経済格差問題などを介して,これら問題から
いきなり「人種・国籍・出自に対する差別」の問題のほうに飛躍する,いいかえれば,奇妙に変換していける〈ヤカラ〉がいないわけではなく,実際にはいくらでもいた歴史を,この日本(国)はもっている。最近の問題でいえば,沖縄県における米軍基地の問題は,さらに地域差別の視点までも絡めて考えないと,適切な判断はできなくなっている。

 このたび,二重国籍が存在が明るみに出て,この話題がとりたてて騒がしくとりあげられたのを機会に,国際結婚の結果生まれた〈混血児〉(この表現には留保が必要かもしれない)をめぐって,いまさらのように生じている「二重国籍の問題そのもの」が,日本国内において「新種の差別(偏見)問題」を誕生させている。

 しかも,この種の社会問題に対してヘイト的な姿勢で悪口雑言的に発言する人士(いちおう知識人)がいて,しかも,いまや落ち目にある日本国のなかで,なにやら欲求不満のはけ口を「二重国籍」という問題にほうに向けるさい,それも差別意識を抱いて接近していくほか「能のない」ヤカラが多数いるとなれば,これはまさしく国辱問題。この事実は,まことに情けない日本の風景である。
 井上陽水・石川セリ画像矢沢永吉画像
 出所)左側画像は,https://www.youtube.com/watch?v=Ft2uExXOBPU 右側画像は矢沢永吉の2葉,http://zainichi.toshidensetu.net/entry24.html

 敗戦後日本では「当時の国際政治情勢」のもと,とくに米日の混血児が大勢「産まれていた」。井上陽水の配偶者(石川セリ)がその実例1,矢沢永吉の配偶者(マリア)がその実例2。もっとも,井上も矢沢ももとは在日韓国人だから,話が多少ややこしくなる。ここでは突っこんで論じるほどの話題ではない。

 要は,今日の話題は大昔からあったものの「類型のひとつ」だったことになる。敗戦後の日本では戦争ために死んだ,それも結婚適齢期の男性が多く,日本女性のうち朝鮮(韓国)人と結婚した者も,だから多く出てきた。

 これがいまの日本社会だ。前回の記事では「問題は時代錯誤で差別的な純血主義のイデオロギーがまるで正論であるかのように,この国全体を覆いつつあることだ」と結んだが,いや,「インチキ愛国者」たちによる “虐殺の準備” はもう始まっているのかもしれない。(編集部)
 註記)以上の本文は,http://lite-ra.com/2016/09/post-2568.html
           http://lite-ra.com/2016/09/post-2568_2.html
           http://lite-ra.com/2016/09/post-2568_3.html
           http://lite-ra.com/2016/09/post-2568_4.html

 ②「「重国籍から見える『今』 二国の法律守る『不可能でない』」(『朝日新聞』2016年9月20日朝刊25面「文化文芸」)

 この解説記事は二重国籍問題を考えるさいどのような知識・情報が問題となるのか,専門家に説明させている。池田信夫は「いちおう」知識人であったが,二重国籍の問題に対する発言を聴いているかぎり,素人以下であった。それでいて,知識人の看板を振りまわすような勢いをつけて発言していた。池田先生は,世の中に誤った国籍問題に関する理解をばらまくには役にたっても,より冷静に当該問題を認識するにはかえって妨害・害毒になる御説を開陳していた。

 ともかく,この記事を引用する。

 --民進党の新代表に選ばれた蓮舫氏が二つの国籍をもっていたことに批判が上がったことで,「国籍」への関心が高まっている。従来あまり意識されてこなかったテーマが,政治家の資質という論点で浮上してきたかたちだ。国籍を考えることで,どのような「今」がみえてくるのだろう。

佐々木てる画像 国際社会学者の佐々木てる・青森公立大學准教授は,日本と米国の二つの国籍をもつ。しかし,そのことを自分で確認したのは40歳を過ぎてからだ。両親は日本人で,米国滞在中に佐々木さんが生まれた。米国は国内で生まれた人に国籍を与えるため,「もしかしてパスポートがとれるかもと思い米国大使館にいったら,本当に発行されて驚きました」。
 出所)画像は佐々木てる,http://www-old.aomori-u.ac.jp/sociology/staff.html

 国内で生まれた人に国籍を与える出生地主義の国がある一方,日本のように親が日本人なら国籍を与える血統主義の国もある。「各国に主権があり,それぞれに国籍の制度があるため,はざまで重国籍や無国籍が生まれます」。世界には重国籍をもつことを認める国とそうでない国がある。日本はどうか。
 補注)韓国は日本と同じに血統主義の国であるが,人口減少については日本と同じに苦慮している最中であるため,とくに男子については二重国籍の問題に特別な対応を講じている。兵役(徴兵制)の問題が関係している。

 「国籍は1人にひとつであるべきだ,という発想が強く残っている国です」。国籍問題に詳しい近藤 敦・名城大学教授(憲法)はそう指摘する。「いまでは欧米を中心に世界の半分ぐらいの国々が,法的に重国籍を容認しています」。日本の国籍法は対照的に,外国籍をもちながら日本国籍を取得しようとする人に対して,どちらか一方を「選択」するよう迫る規定になっている。

 実は世界でも,第2次世界大戦以前は「国籍はひとつであるべきだ」との考えが主流だった。その発想はどこから来たのか。「君主制の名残でしょう。二人の君主に仕えることはありえないという問題で,『忠誠の衝突』と呼ばれた。戦前は日本でも国民は『天皇の臣民』でした」。だが大戦後,現代的な民主国家が増えた。「君主ではなく,法を守ることが国家への忠誠になったのです。二つの国の憲法や法律を守ることは,必らずしも不可能ではありません」。

 人びとの国際移動や国際結婚が増え,人権擁護が重視されるようになったことも重国籍容認を促した。「二つのルーツをもって生まれた子に片方だけを選ばせるのは酷だ,という感覚が一例です。個人のアイデンティティーという点でも多元性が大事になっています」。近藤さんによれば,1997年に欧州評議会が定めた欧州国籍条約は,

  1.  生まれながらの重国籍者に国籍選択を要求しないこと。    
  2.  重国籍者に単一国籍者と平等な権利を認めること,

を加盟国に義務づけている。

 では,日本で「国籍は一つ」という考えがいまなお根強いのは,
なぜなのか。「戦後に台頭してきた『日本は単一民族からなる国だ』という神話が背景にあるのかもしれません。欧州と違って東アジアでは冷戦対立の構造がまだ残っていることも,『他国籍の人間は敵だ』とのイメージを強めているのでしょう」。

西崎文子画像 11月に本選を迎える米大統領選。共和党の指名を争ったテッド・クルーズ氏はカナダ国籍(市民権)をもつことを問題視され,2014年にそれを放棄した。「米国で二重国籍は法的に認められているが,大統領ともなれば,合衆国への忠誠心を疑われる理由になりかねなかった」と西崎文子・東京大学教授(米国政治外交史)は分析する。
 出所)画像は西崎文子,http://info22.xyz/2606.html

 また,オバマ大統領はハワイ生まれだが,過去2度の選挙で「米国生まれでない」との説を流され,出生証明書を公表する事態になった。「黒人だ,異質だという人種主義的な偏見を広めようとする運動でした」。両氏のケースとも,攻撃する運動の中心にはドナルド・トランプ氏がいた。
 補注)人間的なスケールでいうと桁違いであるが,アメリカのトランプに対比できるかもしれないのが,① に登場した池田信夫ということになりそうか?

 米国では国籍(市民権)には,生来の基本的人権が奪われないように国が保障する,という意味あいがある。そして,建国の原点には「誰でも米国人になれるという包容力のあるフィクション」(西崎さん)が息づき,異質な新参者と共存しようとする力と,排除しようとする力の両方が働く。「『誰が米国人になれるか』をめぐる議論を繰りかえし,絶えず原点を確認しようとしてきた。それが米国の歴史です」。

 日本でも複数の国籍をもち国境を越えて活躍する人が増えた一方で,政治でも経済でも「国」の存在は依然大きい。五輪やパラリンピックでは多くの人が日本人選手を応援する。「国のリーダーが他国の国民でもある事態などありえないと感じるのが普通なのかもしれない」と,日米両国籍をもつ佐々木てるさんは語り,こう付けくわえた。
 補注)この段落の内容は,オリンピック(パラリンピック)に出場する選手たちの国籍問題は,以上に記述した二重国籍問題ともすでに深く関連している。もっとも,プロスポーツの世界では国籍という枠組は,スポーツクラブの籍に近いかのような重みしかもたないとも思える。

 以前観たサッカーの国際試合(オリンピックだったか?)では,フランスの選手には黒人選手(肌の色は黒人でもいろいろ肌合いに違いもあったが)が大勢出場していた風景にもなっていた。フラン大坂なおみ画像スの場合では純粋なフランス人(その「定義」はここではできないけれども)ではない人たちが,スポーツ界のみならず芸能界でもたくさん存在してきた。また,最近注目されている日本のテニス選手大坂なおみ(母は日本人)は,肌色で単純に判断したら「日本人離れしている」。
 出所)画像は大坂なおみ,http://www.afpbb.com/articles/-/3081477

 
「両方の国を大事に思えばこそ,両国が戦争にならないよう平和な関係を築こうとする可能性もある。これからの国際社会を考えれば,重国籍というだけでリーダーとして不適格だとみなすのはそぐわない。多様なルーツをもつ人材として活用する選択もありえるのではないか」。(記事引用終わり,高重治香,編集委員・塩倉 裕)

 要するに,蓮舫に開始された二重国籍問題「騒動」は,民進党の代表になる時点でいろいろとりざたされ,大騒ぎになっていた。だが,この二重国籍の問題は,とりわけ国家公務員次元におけるとりあつかい方として,一定・特定の公的任務に就く者の場合には,この問題に対してどのように対応しておくのか,きちんとした規則作りが必要である。

 ところが,そういった前提条件すらもろくに考えず,またまともに議論もできないまま,おまけに確たる決まりもない現状を無視もしておいて,二重国籍問題そのものが「絶対悪である」かのような発言ばかり(いいがかりのような)が,前面にせり出たかたちになっている。これは,尋常な議論の方途とはいえない。
蓮舫ヌード画像2
出所)http://vipsister23.com/archives/8587239.html

 蓮舫の両親は台湾人と日本人であった。この事実じたいが「ただちにいけない状態である」かのように非難・攻撃してもいた。そう受けとれるような議論のしかたじたいが,どだい問題なのであり,さらに端的にいえば「間違えていた」のである。

 国際結婚はダメだとなど「いえるわけがない」。そのような禁止令を出している国がこの地球上にないわけではないが,日本側において類似した思考にこだわるようでは,そのような立場の人物は「日本に住む資格がない」のではないかともいいたくなる。

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