【日本会議「本会員」という匿名を名のる人間の脅迫行為,警視庁はこの犯罪を取り締まれるのか?】

 【自民党政権の閣僚たちも多数会員である日本会議関係者の刑法犯罪】


 ①「日本会議批判の菅野 完氏が脅迫被害 留守電に『ぶっ殺す』(『日刊ゲンダイ』2016年6月23日)

 安倍菅野完画像3内閣の主要閣僚の約8割が関連団体に名を連ねる右派団体「日本会議」を徹底解明した新書『日本会議の研究』(扶桑社)。約2カ月前の発売直後から注目を集め,いまやベストセラーとなっいる。その著者・菅野 完氏が脅迫被害を受ける“衝撃事件”が起きた。本人が語る。

 「今〔6〕月20日,日本会議の正会員を名乗る人物から脅迫電話がありました。警視庁麻布警察署に被害を申告するとともに録音データなどの証拠を提出してきました」。菅野氏は日本会議を,さまざまな場所で〈巨大な組織にみえるが中身は空っぽ〉〈言説があまりに幼稚でレベルの低い組織〉などと一刀両断にしている。

  ◆ 卑劣な言論弾圧には屈しない ◆

 一方で著書に自分の住所と携帯電話番号を公表しており,「右派団体を敵に回して大丈夫なの?」という声も一部で上がっていた。ただ,これまで抗議の電話などはいっさいなかったという。 「出版元の扶桑社に『日本会議事務総長・椛島有三』名義で出版の差し止め書が届いたりはしましたが,私個人に対する攻撃や嫌がらせはありませんでした」。

 そんな状況が一変した。「携帯電話に着信があり,出ると『おまえの本を読んだ。あれを出版したことで身辺におかしなことが起きていないか?』というのです。いちおう,相手は名乗りましたが,突然のことだったため,メモできませんでした。それでも私が日本会議の仕業と確信したのは,相手が『俺は正会員だ』といったからです。日本会議には “正会員”  “維持会員” “篤志会員” など会員の種別があり,いわゆるタダの “会員” はいないのが特徴です」。

 菅野氏が「これは脅迫電話ですか?」と相手に問いただすとガチャリ。しばらく出られないでいると,留守電に「おいテメー。ぶっ殺すゾ,この野郎」という怒鳴り声が残されていたという。恐怖を感じ,その足で警察に向かい,被害届を出したそうだ。
 
  「私は逃げも隠れもしないという意味を含めて,自分の電話番号を公表しています。いつかこのような脅迫があるかもしれないと覚悟していました。というのも,日本会議の取材を通じ,運動に参加してる人たちの多くが物事を多角的にみられず,レベルが低いことをしったからです。案の定,彼らは私の言論に対して脅迫行為に出た。ただ私は筆を曲げるつもりはいっさいありません。野蛮で卑劣な言論弾圧には徹底的に抗議し続けてまいります」。

 安倍首相もマスコミ相手にしばしばブチ切れるが,政権の “黒幕” と称される日本会議も根っこは同じ。今回の事件で馬脚を現したのだ。警視庁は近く,菅野氏の被害届を受理し,捜査に乗り出すとみられている。
 注記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184160/3

 ここで,今日〔2016年6月25日〕朝刊の『日本経済新聞』6面と7面に出稿されていた雑誌(極右月刊誌)の広告紙面を紹介しておく。『朝日新聞』の今日朝刊には,まだ出ていない広告である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
     『日本経済新聞』2016年6月25日朝刊WiLL8月号広告『日本経済新聞』2016年6月25日朝刊Hanada8月号広告
 前段,『日刊ゲンダイ』の記事は最後できちんと,菅野 元を脅迫した人物は,その根っこにおいて判断すれば「日本国首相である安倍晋三」と同類だと断言している。本ブログは,2016年06月04日の記述でつぎのような主題・副題をかかげて,日本会議のことを論じてみた。リンクも張ってあるので,興味をもたれる人は,こちらさきに読んでくれるよう乞いたい。
 主題:「『古俗の祭天』を『明治の大典』にすり替えた明治期発祥の国家神道と皇室神道が抑圧してきた教派神道・民俗神道-過ちを繰りかえす日本会議の『国家神道』観」 

 副題1: 日本会議の時代錯誤と無知蒙昧,デッチ上げられた明治帝政時代を郷愁する宗教的反動性に,宗教本来の真意義はみいだせない

 副題:2 日本の古きよき伝統を破壊する日本会議,その明治帝国主義風の幻想的な国家神道路線は時代錯誤であり,百害あって一利なし

 副題:3 皇室にのっとられた「伊勢神宮」,日本国内のみならずアジアの人びとにまで宗教対立をもちこんだ「日本の神社」

 副題:4 古代史風の大型古墳をわざわざ復活させた明治天皇陵,そして同じように孝明天皇陵まで造営した倒錯の「陵墓」思想

 副題:5 敗戦が撃滅させたのはその明治期帝国主義であり,それ以前における大和国ではないにもかかわらず,なぜか〈明治期だけを懐かしがる愚か者たちのエセ神道観〉は,日本古来から伝わる神道宗教ではなく,邪道・異教としての国家神道・皇室神道を妄想している。
 ② 日本会議における「本物の思想性」の不在・欠落

 日本会議が郷愁する「日本の大昔物語」は,本当の日本古代における「昔の物語」ではなく,明治帝政時代に捏造されたそれのことでしかない。日本古来の伝統も歴史もよく理解しない(しりもしない)で,「明治に創られた幻想の:伝統らしき偶像」に倒錯的にこだわる単純極右の思想対象,というよりは,きわめて素朴な考えの持主たちが抱いているその想像物である。この人たちに真正面からまともな議論を期待しても,当初より無理難題であるとみるほかない。

 おまけに,その代表格である安倍晋三のふだんにおける態度・発言などを観察していれば,なおさらそうであると断言するほかなくなるような「明瞭な実例」を,われわれはすでに存分にみせつけられている。2016年7月10日に実施される参議院選挙では,安倍晋三政権とこれに融和的な雑党の当選者が一緒になれば,衆参両院で改憲に必要な議員勢力を確保する線までをうかがう様子であると,6月23日の各紙朝刊がそろって報道していた。

 菅原 元のこの本『日本会議の研究』は2016年5月1日が発売日であったが,Amazon のブックレビュー欄にはすでに100件を超える批評が投稿されている。このなかから,本日:2016年6月23日に投稿された,それもを5つ付けていた感想文から,そのひとつに聞いてみたい。
◇ 大日本帝国に憧れる安倍政権 ◇
=投稿者ウィンドサーフィン=


 特定機密保護法や安保法制にみる憲法解釈の歪曲,メディアへの言論弾圧など,かねてから安倍政権の政策や手法に不安を感じていましたが,なぜそのような行動をとるのかの答えを本書は示しています。

 このような内閣を生み出し てしまったのは,低すぎる投票率と政治への無関心であったと一国民として反省しています。安倍内閣の誕生によって日本は確実に悪い方向に向かっていると思います。

 経済政策の失敗のみならず,憲法を解釈の変更によって骨抜きにしようとする態度は,戦前の陸軍の態度となんら変わるところはありません。

 日本会議は明確に大日本帝国憲法の復活を望んでおり,そのような組織に内閣メンバーの8割もの人間が所属していることは恐怖としかいいようがありません。この本が安倍内閣や日本会議の圧力によって絶版にならないことを祈っています。
 ③ 日本会議を考えるためのいくつかの材料

  『週刊金曜日』2016年5月27日(1089)号は,特集「日本会議-『戦後憲法』を敵視する保守運動-」を編んでいた。この「右派の統一戦線としての日本会議」を特集した記事の目次・要旨は,以下のとおりである。
   週刊金曜日2016年5月27日号表紙 週刊金曜日2016年5月27日号特集分目次
 ☆-1 魚住 昭「日本会議-復古主義だけではない 現実の怖さとは」
 近年,国内外で日本最大の右派運動団体とされる日本会議が注目されている。「安倍政権の黒幕」「日本を支配」といった評価も目立つ。だが,誰がその内部を動かしているのか,どのような経過で生まれてきたのかといった点についてはあまりしられてはいない。その実像を追う。

 ☆-2  「一水会元顧問・鈴木邦男氏に聞く-左翼との闘いが日本会議の核をつくった」
 鈴木邦男氏はかつて生長の家信者で,全国学協の初代委員長だった。その経験から,日本会議の誕生に至る経過と,内部事情を語る。生長の家が政治から手を引かなければ,日本会議は生まれなかった。
 
 ☆-3 能川元一「『反米』か? 『東京裁判史観』批判の荒唐無稽-幼稚な陰謀論と歴史修正主義」
  日本会議の代表的な論客の1人,高橋史朗氏。戦後になって戦争を反省したのは「占領軍の洗脳」のためだという。こんな「理論家」が幅を利かせているのが日本会議なのだ。
 
 ☆-4 「本当の神道の姿を説く三輪隆裕宮司インタビュー -明治時代の天皇崇拝は神道の長い歴史では特殊」
 日本会議は,「伝統」こそがあらゆる価値の中心とみなす。改憲も,「現行憲法は日本の伝統に合わない」からという。だがその「伝統」とは,神道では異端である明治時代の国家神道なのだ。
 補注)なおこの三輪隆裕の見解については,前掲,本ブログ2016年06月04日の記述のなかで,『週刊金曜日』のこの記事からではなく,三輪のブログから直接引用するかたちで,その主旨を紹介してある。

 日本会議の宗教「的」な思想が,いかに日本伝統でもなんでもない,あくまでも明治帝国主義の時代に淵源を求めるとすればそうできる「近代の奇形宗教」であり,しかも宗教とはいいえないようなエセ宗教の立場にあることが理解できるはずである。

 ☆-5 「図解,日本会議を生んだ右派宗教の潮流-神社本庁,生長の家からはじまる反憲法運動70年」(成澤宗男・週刊金曜日編集部)
 近年,注目を集めている日本会議。だが,1997年5月に結成されるはるか以前から,全国の大半の神社が加盟する神社本庁,及び生長の家を筆頭とした新興宗教の運動が,そこへと至る伏流として形成されていた事実がある。戦後のこれら右派宗教勢力の動向を知ることなしに,日本会議の本質は理解できないだろう。( ↓  画面 クリックで 拡大・可。これは『週刊金曜日』22・23頁
 週刊金曜日2016年5月27日号23頁
     週刊金曜日2016年5月27日号22頁

 ④ 時代錯誤・支離滅裂-過去の幽霊が徘徊するこの日本国土-


※「生長の家『与党支持せず』…宗教と政治,うつろう関係」※
(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊)


 来〔6〕月の参院選を前に,宗教法人「生長の家」は与党とその候補者を支持しない方針を発表した。安保法制などに反対する姿は,1980年代前半までのナショナリズム路線とは大違いだ。なぜ宗教が政治に関わる姿勢を変えることがあるのだろうか。

 山梨県北西部,八ケ岳山麓に広がる北杜(ほくと)市の山林のなかに,生長の家の国内外の拠点を束ねる本部はある。3年前,本部機能を東京・原宿から移した。ログハウス風の施設のすべての屋根には,太陽光を利用した発電と集熱のパネル。宗教的理念に基づく独自のエコロジー路線を歩んでいる。元信徒らが,改憲運動を進める「日本会議」の中枢に。そんな文脈で生長の家は注目されている。だが,教団はかつてとは様変わりだ。

 生長の家は30年に立教された新宗教で,国内の信徒数は公称52万人。創始者の谷口雅春氏は戦後,「反左翼」の運動を進めて1964年には生長の家政治連合(生政連)を結成した。「屈辱の現憲法を排し明治憲法復元の立場を明らかにしましょう」とスローガンにかかげた。だが,しだいにゆきづまり,1983年に生政連の活動は停止す谷口雅春画像る。「政治が前に出て宗教は後ろ,と主従が逆転してしまっていた。その弊害を反省し,宗教に専念していったのです」と広報担当者は振り返る。
 出所)画像は谷口雅宣,http://blog.livedoor.jp/seimeinojissoh/archives/11031807.html

 谷口雅宣(まさのぶ)現総裁は自著で,宗教は不変の「真理」という中心と「それを伝える手段・方法」である周縁の二層構造だとし,周縁は変わりうると論じている。教団が6月9日に発表した方針では,時間をかけて歴史認識などの間違いを正し,「時代の変化や要請に応えながら」運動の方法を変えてきたと説明。「立憲主義を軽視」する安倍政権への反対を唱えた。

 宗教が政治的な路線を変える理由はさまざまだ。カトリック教会は「開かれた教会」をモットーとする第2バチカン公会議を1962~1965年に開いたのが転機となった。二つの大戦で無力だった反省などを背景に,宗教間の和解や国家間の紛争・対立の仲介に積極的にかかわるようになった。

 創価学会が支持する公明党は1970年代,一時的ながら「日米安保の即時廃棄」を打ち出したこともある。やがて現実主義に傾き,1999年には自自公連立政権にくわわった。昨〔2015〕年の安保法制が成立するまでの過程でも,創価学会は公明党を支えた。反対に,1990年代まで自民党を中心に支援してきた立正佼成会は,自自公政権以降は自民党と距離を置き始める。来〔7〕月の参院選比例区では民進党の2人を推薦する。

 宗教と政治のかかわりを研究する国学院大学の塚田穂高助教はこう話す。「伝統宗教の場合でもその教えにもとづき,戦争協力にも平和路線にも向かう。新宗教でも,ときの指導層が創始者の世界観の一部をよりどころに以前とは別の路線をとる可能性はつねにある」。

 ただし,そのときに重要なのは「寛容さ」と「個の自律」だと指摘する。路線変更が内外の異論の排撃につながっていないかが問われるべきだという。「教団宗教の多くは停滞・縮小傾向にあり,1人ひとりのかかわり方にも濃淡がある。教団が政治的方針を示し,無理に従わせようというのは時代錯誤的。社会の側も『宗教団体は一枚岩』といった固定的なイメージを問いなおす必要がある」(磯村健太郎)。

 --この記事は「生長の家」に関する最新の動向を紹介している。日本会議との関係がとりざたされるほかないこの宗教団体を,あらためてしってもらうための記事であった。

 ⑤ 日本会議研究に関する3編連続の「解説的な記事 」

 1)「〈日本会議研究〉憲法編:上 改憲へ,安倍政権と蜜月」(『朝日新聞』2016年3月23日朝刊)

 2016年6月13日,東京・高輪のホテル。安倍晋三首相は自民党大会の後,参院選の立候補予定者への公認証交付を終えると,同じホテル内の宴会場に姿をみせた。新憲法制定をかかげる「日本会議」の地方議員連盟の総会だ。約160人が集った非公開の会合に,首相は15分とどまった。複数の出席者によると,あいさつで憲法改正への決意と国民投票に向けた世論喚起の重要性を強調し,「憲法改正は党是だ」と語った。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年3月23日朝刊日本会議1画像
 a)  会合,異例の配慮 --3月に入り,首相は憲法改正に積極的な国会答弁を繰り返していた。ところが党大会の20分のあいさつでは一言も触れず,「参院選前に拳を振りあげる必要はない」(自民党参院幹部)とする党内や公明党を意識したものと映った。その数時間後,一運動団体の非公開の会合で首相がみせた異例の配慮。日本会議によると,第2次安倍政権の発足後,首相が日本会議の公式行事に出席するのは初めてだった。

 首相,正副官房長官,閣僚,首相補佐官,衆参両院議長,自民党役員,派閥領袖。「部外秘」とある《日本会議国会議員懇談会の名簿》(昨〔2015〕年9月15日現在)には,政府・自民党幹部の氏名が並ぶ。首相が特別顧問を務め,当時の会員281人のうち246人を自民党が占める。衆院の6割,参院の5割が属する。
※参考画像※(画面 クリックで 拡大・可)
安倍晋三内閣日本会議メンバー一覧
 出所)http://matome.naver.jp/odai/2143424055925855801/2143428925280965603 → http://hbol.jp/25122/takahagiin
 これまでも島村宜伸氏,麻生太郎氏と自民党の大物議員が会長を務めたが,いまほど日本会議が政権中枢と接近し,注目された時代はなかった。「彼らは高揚感のなかにある」と同党の閣僚経験者はいう。

 政権との蜜月を背景に,日本会議の田久保忠衛会長は昨〔2015〕年11月の講演で「われわれが安倍さんについていくのではなく,先兵になったらどうか。明治維新も下級武士がやった」と述べ,憲法改正の牽引役を務める自負を示した。今〔2016〕年2月,憲法改正を訴える集会では,ジャーナリストの櫻井よしこ氏が「こんな憲法,破り捨てようではありませんか!」と呼びかけた。
 補注)「明治維新も下級武士」を譬えにもちだすところからして「?」である。明治維新へのこだわりがあるらしいが,明治志向の人びとの頭で想像しうるのは,この程度の比喩しかないのか?

 日本会議は1997年,新憲法の提唱や新しい日本史教科書づくりにとり組んだ「日本を守る国民会議」(1981年発足)などが統合してできた。事務局の中枢を担うのは,1960年代後半に全共闘などの学生運動に対抗した椛島有三事務総長ら,当時は反共的な主張をしていた宗教団体「生長の家」の出身者だ。多数の協力団体があり,会員は約3万8千人。国旗国歌法の制定や教育基本法の改正を推進し,夫婦別姓や外国人参政権には反対してきた。
 補注)簡単に一言。「国旗国歌法の制定や教育基本法の改正を推進し,夫婦別姓や外国人参政権には反対」すれば,日本がいい国になれるというのは,完全に妄想である。

 そもそも,国旗国歌法は強制力がない法律であるのにこれを強制し,夫婦別姓に反対するのは家族の絆が保てないなどと妄想し,外国人参政権に対しては極端に恐怖している。それほど日本の伝統はかよわいものでしかなかったのか?

 日本社会のあらゆる方面において, “日本相撲協会「化」する現象” が発生する事態が,それほど怖いのか? それほどまで,自分の国に自信がもてない連中が日本会議には集まっているのか?


 b)  首相支える存在 --一方の首相は1993年に自民党初の下野を体験した。河野洋平総裁のもと,結党以来の党是である「自主憲法制定」の見直しが検討されると,学生時代に生長の家で活動していた衛藤晟一衆院議員(当時)らと反対。

 1996年,衛藤氏らとの共著で「心を込めた保守による『革命』を提唱したい」と書いた。1997年にすべての中学歴史教科書に「慰安婦」に関する記述が載ることになると,故・中川昭一氏,衛藤氏と「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」を立ちあげた。
 補注)従軍慰安婦問題を「臭いモノにはふた」のやり方で封印しておかないと,「心を込めた保守による革命(?)」ができないかのように妄想する感覚そのものが,低劣な思考方式である。こういうことを主張する人びとは,自国の矜持に関してやはり自信をもてないでいるのか? 従軍慰安婦問題などひとまず認めてからのほうが,より「心を込めた保守による革命(!)」も達成できるのではないか? ただし,以上の話題のなかでは,革命ということばが不適切に安売りされている。 

 首相とともに歩み,いま補佐官として首相を支える衛藤氏は2014年10月,「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の設立総会で,1990年代を振りかえりつつ述べた。「安倍内閣は憲法改正の最終目標のため,みんなの力をえて成立したといっても過言ではない」。衛藤氏が語りかけた国民の会を主導する団体こそ,日本会議だった。

 安倍政権の足元で,政権と響きあうように運動を展開する日本会議。その実像を追う。〔この〕憲法編は全3回。

 2)「〈日本会議研究〉)憲法編:中 国民投票へ,賛同拡大運動」(『朝日新聞』2016年3月24日朝刊)

 初詣客でにぎわう年始,東京都杉並区の大宮八幡宮の境内。日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」のポスターが貼られ,「賛同署名」の用紙が置かれていた。東京都神社庁は憲法改正の推進宣言をホームページにかかげる。神社本庁の田中恒清総長は日本会議の副会長で,国民の会の代表発起人の1人でもある。

 a)「1千万人」名簿 --国民の会は「現在の憲法は『占領憲法』だ」として,前文に伝統文化を書きこむことや,天皇を元首と明記することなどを主張する(パンフレットから)。活動の柱が「1千万賛同者拡大運動」。みすえるのは,国会で憲法改正が発議されたあとの国民投票だ。
 補注)現憲法が占領憲法だと断定するのであれば,明治憲法は天皇の神格性を前面に出して,人民(臣民)に一方的に押しつけていた憲法だったゆえ,「ふつうの国」に常識である民主主義の観点から観れば,ことのほか「もっともタチの悪い憲法」であった。

 自由民権運動を弾圧・破砕したうえでの「天皇は神聖にして冒すべからず」を中心に置いた,まさしく半封建制的の形成不全の,まったきの未熟憲法であった。この程度の,憲法に関する歴史さえしらないで,そのように叫んでいるとしたら,ただ単純に「歴史への無知」をみずからさらけ出しているだけのことである。

 投票数を6千万と設定。1千万人に2人ずつ声かけをしてもらうことで,過半数をうかがうが,日本会議幹部は「組織力がなければ,憲法改正に反対する『九条の会』などの運動に対抗できない」と話す。国民の会の内部資料には「1千万人の名簿をもって,国民投票の際には,家庭訪問・電話作戦によって全国一斉に行動を開始する」とある。今月末の達成をめざす「1千万」の内訳はどうなっているのか。

 「議員21万,神社5万の確約数」「神社4万,隊友会1万の確約数」……。「部外秘」と書かれた昨〔2015〕年10月の「賛同者拡大事務局通信」では,複数の県の報告のなかに「確約数」との記述がある。日本会議の村主真人広報部長によると,いまは確約数という用語は使っていないが,国民投票に向けて「団体や個人が名簿の提出を約束した数も含めている」という。

 集計の仕方はさまざまだ。日本会議国会議員懇談会の幹部の秘書は確約数について「協力団体が機関決定した数も合算している」と説明。東日本の「県民の会」の幹部は「会員の地方議員は,1人数百として自動的にカウントしている」。また,別の日本会議関係者は「氏名の重複は精査していない」とする。

 わかりやすい言葉で浸透を図ろうと,憲法改正集会では著名人も講師を務める。元力士の舞の海秀平氏は昨〔2015〕年10月の講演で「日本人力士は相手も真っ向勝負でくると信じてぶつかるから負ける。『諸国民の公正と信義に信頼して』という憲法前文と同じことが相撲界でも起きている」と訴えた。今〔2016〕年2月からは作家の百田尚樹氏が総指揮を執った「憲法改正ドキュメンタリー」も上映する。
 補注)舞の海修平は,最近「横綱白鵬をとらえて〈力が落ちてきた〉と」発言したことがあった。どうも,外国人力士が現状のように活躍しつづけている事情に関しては,なにか困ることがあるのだとでもいいたげな語感が出ていた。ただし,白鵬に関するこの発言は,その後もこの横綱が優勝していることによって,軽はずみな妄言となっていた。

 ※  2015年各場所の優勝力士⇒「白鵬・白鵬・照ノ富士・白鵬・鶴竜・日馬富士」
    (このあたり〔 ↓ 〕で舞の海が以上のごとき要らぬ発言をした)
 ※  2016年各場所の優勝力士⇒「琴奨菊・白鵬・白鵬」


 b)  議会では意見書 --これらと並行して,日本会議は2014年から,全国の地方議会で「憲法改正の早期実現を求める意見書」の採択を推し進める。「33都府県議会,つまり70%の地方議会で,憲法の早期改正をという意見書が採択された。国民の間でも議論が広がりつつある」。今月,国会議員懇談会の憲法改正プロジェクトチームで,山谷えり子・前拉致問題相は採択数を国民的な議論の広がりだと紹介した。

 地方議会の議決を重ねることで,憲法改正の機運を高め,国会議員に対して発議を迫る。「地方から中央へと攻め上がる手法は,1970年代の元号法制化運動で成功を収めた」と村上正邦・元自民党参院議員会長は振り返る。

 戦後,憲法の施行で旧皇室典範が廃止され,元号の法的根拠が失われた。これをとり戻そうと,村上氏らは各地に組織をつくり,地方議会決議運動で1979年の元号法成立につなげた。村上氏は日本会議の結成に大きくかかわった人物で,「生長の家政治連合」の出身だ。

 国民の会は昨〔2015〕年11月,47都道府県すべてに地方組織をつくり終えた。

 3)「〈日本会議研究〉憲法編:下 家族尊重,条文明記を主張」(『朝日新聞』2016年3月25日朝刊)

 親が子を虐待したり,子が親を殺してしまうといった痛ましい事件も後を絶たない。原因はさまざまだが,憲法に問題はないか。ナレーションに続き,百地 章・日本大学教授が「いまこそ憲法に家族の保護を明記し,家族の強い絆をとり戻す必要がある」と訴える。直後,百地氏が「3世代7人の大家族」と紹介した「サザエさん」一家の銅像の映像に切り替わる。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が上映する「憲法改正ドキュメンタリー」の一コマだ。
 補注)いまどき「3世代7人の大家族」と紹介した『サザエさん』一家」の「模範型(理想型)」が「なければいけない」と想像できる神経からして,根本的にどうかしている。「婚姻(結婚)しない」,あるいは「できない」人たちが,なぜ急増しているかの原因も理解していない反動的な憲法学者がのたもうた意見である。
2015年5月30日櫻井よしこ公演会北海道
 出所)2015年5月30日,札幌パークホテルにおいて開催された「櫻井よしこさん講演会」(主催;日本会議北海道本部)の風景,
http://www.nipponkaigi-hokkaido.org/info/20150625b.html


 いまどき,3世代家族という理想像(?)が,美しい国:日本の必須条件になるとでもいうのか? いかにも,家族社会学的な現状認識などいっさい踏まえない,つまり,現実の様相とは無縁のままに「おめでたい空想」だけが,勝手気ままに飛びまわっている。

 経済的収入が低い夫婦の場合,子どもがほしくても儲けられない状況を余儀なくされている。というよりその前に,結婚すらできない状況にもある若者たち(そしてすでに中年)も多くいる。むろん,以上の例は,仕事があっても非正規労働者の場合が多い。しかも,その以前においてそもそも,仕事がえられなくて失業中である若者たちも大勢いる。
◇ 「〈ココハツ〉『恋人なし』は自己責任?」◇
=本日〔2016年6月25日〕『朝日新聞』夕刊の解説記事=
(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年6月25日夕刊3面ココハツ若者問題
     下流中年表紙 藤田下流老人表紙
 注記)左側画像は,
雨宮処凛・萱野稔人・赤木智弘・阿部彩・池上正樹・ほか『下流中年- 一億総貧困化の行方-』SBクリエイティブ,2016年4月。
    右側顔図は,藤田孝典『下流老人-一億総老後崩壊の衝撃-』朝日新聞出版,2015年6月。
 あるいは,非正規労働者であり年収が低いがために,結婚相手を探すことに関してすらその気にもなれず,初めから問題外という心境に追いやられている人たちも多数いる。こういう現状のなかで「戦前風を志向するような,それも家族主義をやたら美しく郷愁するような旧態依然の家庭像」が夢想されている。空想(追想)ばかりである。このような「現実に足の着いていない」作り話は,いいかげん,ほどほどにしたほうがよい。

 考えてもみよ。なにゆえ 「3世代7人の大家族」と紹介した「サザエさん」一家が銅像になっているのか,この事実の意味がまだ分からないのか? いまでは,銅像でしか観られにくいような家族・世帯のかたちがこの3世代大家族「像」でもある。少なくとも,現在における日本社会のなかでは代表的な家族の態様ではない。もちろん,この家族形態が存在していないというのではなく,いつかの時代のようにどの家庭にあっても,広範によく存在していたのではないということである。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
世帯数平均世帯人員
出所)http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/02.pdf
安倍晋三の政治や日本会議がいかに力んでがんばったところで
このような時代における人口統計全般の諸趨勢を思う方向に変
更させようとしても無理である。時間と手間ひまかけてもこの
趨勢はそう簡単には止めることはできず至難である。いまの政
権にはとうてい無理であり,日本会議にもできない相談……。

 いまは寿命も延びて長生きの時代であるが,高齢者の孤独死が増大している。3世代家族ウンヌンの問題とはまったく別次元の方向性に向かい,すでに日本社会における家族構成の実態は大きく変質してきた。つぎの悲惨な事件は,3世代家族を一般的に想定することが,いかに無理であるかを実証する一例である。いうなれば「老父母⇒娘⇒(子どもはいない)」という家族構成も増えている,ということ。
◆ 入水心中,三女に懲役4年…さいたま地裁判決 ◆
= YOMIURI ONLINE,2016年06月24日 00時17分 =

 埼玉県深谷市で昨〔2015〕年11月,親子3人が車で利根川に入り,高齢の両親が死亡した事件で,認知症の母に対する殺人罪と父の自殺ほう助罪に問われ た三女で同市稲荷町北,無職波方敦子被告(47歳)の裁判員裁判で,さいたま地裁は23日,懲役4年(求刑・懲役8年)の判決をいい渡した。

 松原里美裁判長は「経緯や動機に酌量すべきものはあるが,主体的,積極的に犯行を行い,生命を軽視したといわざるをえない」と断じた。判決によると,波方 被告は昨年11月18日,首の病気が悪化して仕事を辞めた父の藤田慶秀さん(当時74歳)から「3人で死んでくれるか」と頼まれ,心中を決意した。
 注記)http://www.yomiuri.co.jp/national/20160623-OYT1T50138.html
 この事件の場合,3世代家族ならば助かるのではなく,3世代だからこそ(実は高齢の父母をかかえた3世代家族を形成する以前の段階において,その中間に居る2世代目が介護などで苦労しているが,これが現在ではすでに大きな社会問題になっている),起きた事件ではないか。

 もちろん以上の話題においては,この父母(3世代)の子どもたち(2世代)がさらに結婚して実際に家庭をもっているのか,くわえてまた孫(1世代)がいる世帯なのかどうかは不詳である。報道で読むかぎり,そのあたりの事情の関連は,ほとんど伝わってこなかった事件の内容である。この記事からはその程度に判断しておくほかない。


 a)  論文で24条批判  --憲法改正の議論では9条や緊急事態条項が注目されがちだが,日本会議は「家族保護条項」も重視する。日本会議が2013年11月にまとめた憲法改正の「3カ年構想」。それを記した内部文書には「軍事力増強」「緊急事態条項」と並んで「家族保護条項」が挙がっている。

 「いまの憲法は『家族』よりも『個人』のほうが重い」。百地氏が監修し,日本会議が運動への活用を勧めるブックレット「女子の集まる 憲法おしゃべりカフェ」にも,そうある。「家族の絆をとり戻す」のに,なぜ憲法改正なのか。

 日本会議政策委員の伊藤哲夫氏が代表の「日本政策研究センター」。機関誌での提言をまとめた書籍のなかに「いま,なぜ家族尊重条項が必要なのか」(2012年6月号)と題した論文がある。同年4月の自民党憲法改正草案は,両性の合意のみで結婚できるとする現行の24条を変更。さらに「家族は,互いに助け合わなければならない」などとする条項を追加した。
 補注)われわれは「家族は,互いに助け合わなければならない」などと,他人からいわれたくないし,ましてや憲法に定めておくような条項(要求)に関係する価値観の問題でもない。戦前の家族主義は,個人・人格そのものを否定・軽視する社会価値観であった。日本会議には,個人じたいのあり方について否定的な考えがあり,しかもこれに異様にこだわっている。このところには政治思想的に偏執した姿勢が控えている。

 論文は草案を評価し「戦後の日本社会には24条などに依拠して,極端な個人主義・男女平等イデオロギーが浸透した」と強調。「24条に盛られた『家族解体』の毒が猛威をふるっている現在,家族尊重条項の新設は,時代の要請といえるのではないか」と指摘した。
 注記)「極端な個人主義・男女平等イデオロギー」とは,いったい,なにを意味させたいのか? 戦前は個人主義はまったくなかったのか? というよりは個人本意に振る舞う人間はいなかったのか?

 ましてや,男女平等が「いけない」みたいな発想になると,男女差別の発想である以上に,もうほとんど「狂気の世界観」にまで到達している。「家族解体」の毒などいった奇怪な表現が使われているが,いまでは「解体するための家族」そのものをもたない人のほうも多い。このへんの家族観に関しては,憲法がとやかくあれこれいうような問題ではない。そもそもそれが,現代日本社会における家・家族をめぐる重要な論点ではない。


 一方,安倍晋三首相は野党時代の2010年に出版された,日本会議役員も務める高橋史朗氏の対談集で「子育ての社会化は,『個人の家族からの解放』というイデオロギーを背景とした考え方」とし,「ポル・ポトが実行し,非常にすさんだ社会が生まれました」と批判した。
 補注)ポル・ポトを引き合いに出すところなどは,ほとんど理解不能な発想としか受けとりようがない。現に,日本社会はすでに,さらにどんどんすさんでいく兆候をみせている。いうなれば「アベノミクスのおかげ」もあって,その速度を速めてもいる。こういうふうにいわねばならない関連の事情が,いまの社会状況のなかでは間違いなく存在している。

 日本政策研究センターの主張は,首相の考え方と重なりあう。代表の伊藤氏と首相をつないだ存在が,衛藤晟一首相補佐官だ。

 b)  首相のブレーン --衛藤氏の議員会館の部屋には首相の父・晋太郎氏の写真が飾られている。1986年の衆院選で落選した衛藤氏は晋太郎氏らに支えられ,1990年に初当選を果たす。関係者によると,翌年晋太郎氏が死去すると,衛藤氏は「自分のもっているすべてを晋三氏に伝え,首相にする」と誓ったという。

 その衛藤氏が19960年代,冷戦下で反共的な主張をしていたころの宗教団体「生長の家」でともに活動したのが伊藤氏だった。「衛藤が政治家になってからは,伊藤が政策的な支柱となった。伊藤の政策が,衛藤を介して首相に伝わるのは必然だった」(衛藤氏周辺)。日本会議政策委員の伊藤氏は,いまでは首相のブレーンとしてしられる。

 衛藤,伊藤,日本会議事務総長の椛島有三にくわえ,百地,高橋の5氏。関係者の証言などによると,首相を支える5人はいずれも学生時代に生長の家で活動していた。

 《諸悪は悉(ことごと)く,占領憲法の各条項が,日本国家を(略)愛国心の剿滅(そうめつ)と,家庭破壊と,性頽廃(たいはい)とにより,やがては自滅の道をたどらざるを得ないように意図して起草されたるその目的の漸進的病毒の進行というほかはない》。生長の家創始者の谷口雅春氏は1972年の著書「諸悪の因 現憲法」に記している。

 この生長の家と日本会議の関係は,すでに前者から離縁状(回状)が出されており,後者を宗教的に指示する意向がないと断わられている。
 補注)生長の家と日本会議の関係は,すでに絶縁しているとのこと。

 ⑥「IMFにダメ押しされたアベノミクス失敗の衝撃」(『天木直人の BLoG』2016年6月21日)

  IMF(国際通貨基金)が昨日6月20日,対日審査報告書を公表したらしい。そのことを今日6月21日の一部の新聞が,小さく報じている。しかし,そのニュースは衝撃的だ。この報告書はIMFが年に1回発表する各国の経済評価である。そこになにが書かれていたか。ズバリ,安倍政権がめざす経済成長や財政健全化は,現状のままでは「期限までに達成困難」と断言したのだ。

 かつて私が経済協力を〔外務省で〕担当していたとき,IMFの国別評価はその国の援助政策を決めるうえでの絶対的権威だった。いまでも,IMFの見解は,世銀の見解と並んで世界経済分析の絶対的権威に変わりはない。そのIMFに,アベノミクスは失敗に終わったと決めつけられたのだ。

 おりしも日本は明日から参院選に突入する。そして参院選の最大のテーマはアベノミクスの評価だ。その評価は与野党で正面から対立している。そんななか,このIMF報告書の公表は,安倍首相を窮地に追いこむことになる。野党に格好の攻撃材料を与えることになる。

 それにしても財務省はなにをボヤボヤしていたのだろうか。財務省はIMFの副総裁や理事に幹部を送りこんでいるはずだ。対日審査報告書の草案は事前に入手しているはずだ。書きなおさせることは不可能,不適切であるにしても,その公表タイミングは,せめて2週間ほど送らせてくれ,選挙後にしてくれと,注文をつけられたはずだ。

 財務官僚の単なる怠慢か,それとも消費税増税を二度にわたって延期されたことへの意趣返しか。いずれにしても,いまごろ財務省は安倍首相に大目玉をくらっているに違いない
 注記)http://天木直人.com/2016/06/21/post-4785/

 --こういう類いの安倍晋三政権を支持するのが,日本会議という右派団体である。ところが,この会員には,その「安倍内閣の主要閣僚の約8割が関連団体に名を連ねる」というのだから,冗談以前に,薄ら寒くなる日本政治の風景が目前に広がっている。しかし,選挙制度の問題(欠陥)はあれ,このような安倍晋三風にダメ政権を作らせているのは有権者側における選挙行動であり,こちら側における責任も重大である。

 以上は,経済面からみた日本政治の問題関連に関する現状認識であった。つぎは,政治面からアベノミクスを評価するための材料をとりあげる。昨日〔6月24日〕中には,つぎの大ニュースが報道されていた。以下は,日本会議という政治団体が,日本の政治社会のなかでどのような位置に居るのかを考えるための記述である。

 ⑦「反グローバリズム起点になる英国民EU離脱決定」(『植草一秀の「知られざる真実」』2016年6月24日)

 英国の主権者がEU離脱を決断した。僅差での決定であるが,民主主義のルールは討論の末に多数決で決定するというものである。僅差でも決定は決定である。参院選でも僅差になる選挙区が多数出現する。このときの一票の重みは計り知れない。必らず選挙にいって投票しなければならない。
 補注)選挙にいくのが義務であり,投票にいかないと罰金する課せられる国もあるが,日本はそういう制度ではない。

 英国のEU離脱は「グローバリズムの退潮の始まり」を意味する。「グローバリズム」とは,強欲巨大資本が世界市場から収奪し尽くすためのスローガンである。「グローバリズム」によって利益をえるのは強欲巨大資本であって,市民は被害者になる。「商品を安価に入手できる」ことで市民は騙されてしまいやすいが,商品を安く入手できる」背後に,資本による市民=労働者からの収奪=搾取がある。「商品を安く入手できる」市民自身が搾取の対象になることを忘れてはならない。

 英国のEU離脱を決定したのは,英国の主権者である。この問題の論議に際して,残留を主張していた中心は資本家である。資本の利益を追求する者がEU残留を求めた。しかし,英国の主権者はEUからの離脱を求めた。EU離脱を求める理由として「移民の増加」が例示され,「移民の増加を嫌うEU離脱派は外国人排斥派である」とのレッテル貼りが横行した。これは,グローバリズムを推進する強欲巨大資本による情報操作である。

 EU離脱の根本精神には「自国のことは自国の主権者が決める」という民族自決の原則の尊重がある。第2次大戦後に世界中で広がった国家の独立は「自国のことは自国の主権者が決める」というものだった。この考え方が正当に,そして当然の主張として表面化しているに過ぎない。EU離脱派が「他国人排斥者」であると決めつけるのはあまりにも短絡的である。

 安倍政権が国民を欺いて参加しようとしているTPPは,「日本のことを日本の主権者が決められなくなる条約」である。TPPがもたらすものは「日本のことを強欲巨大資本=多国籍企業が決める」という,多国籍企業主権体制である。日本の主権者が賢明であるなら,こんな国家主権,国民主権を放棄する条約に加入するなどという選択はありえない。

 欧州ではこれから,ギリシャのユーロ離脱,南欧諸国のユーロ離脱などの動きが活発化するだろう。デンマークやオランダでも,自国の独立を重視する主張が勢いを増すことになる。英国のEU離脱は,多国籍企業=強欲巨大資本による政界制覇戦略に対する,主権者の反攻の開始を意味するきわめて意義深い決定である。

 世界は大資本のために存在しているのではない。世界は,世界に生きる,それぞれの地域の,それぞれの人びとのために存在する。それぞれの地域の人びとが,それぞれの地域のことを,自分たちで決めようとするのは当然のことだ。多国籍企業が世界を支配する正当性など,どこにも存在しない。
 注記)http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2016/06/post-9c1b.html

植草一秀画像 このような,植草一秀の「英国のEU離脱決定」に関したる論評は,これをひっくりかえして解釈しておく余地もある。つまり,「日米安保関連法」という国際政治体制の核心・要点をより正確にとらえていえば,米日軍事同盟下における「日本側の対米従属問題」がある。この軍事同盟の上下従属関係が,政治経済面における両国の関係のあり方も,否応なしに規定している。このことは,いうまでもない,ある種の「当然である両国間関係」を意味する。
 出所)右側画像は,http://minnie111.blog40.fc2.com/blog-entry-339.html

 安倍晋三は,母方の祖父が考えていた以上にりっぱな,アメリカ依存・従属の日本軍事体制国家を作ってしまった。当人は大いに得意なつもりらしい。以前までは主に自民党政権が,憲法9条との微妙な均衡をとりながら,対米従属国であるこの日本国の相対的な自主性を必死になって守り,確保する努力をしてきた。ところが,その蓄積を,いまのこの「傲慢で幼稚」「暗愚で無恥」「驕傲で無恥」なこの国の首相が,ほんの一瞬でぶち壊した。

 英国はEU離脱を決定したけれども,これとはまた違った,もっとむずかしい政治・経済問題を非常に多くかかえる日米安保条約・日米地位協定を,日本がまともに破棄できるかといえば,いまのところその期待は「絶望的であり・ありえない」といっても間違いはない。ジャパン・ハンドラーズのいいなりになっている。
  アーミテージと安倍晋三画像
     アーミテージと安倍晋三画像2
   出所)http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/309dd5f2095a7c8effa39f514d50d2bb

 たとえば,そのメンバーの1人リチャード・アーミテージは,安倍晋三のことを,アメリカの要求どおりに日本がなんでも軍事面の「協力ができる国家体制を創っている」日本の極右政治家なので,「とてもいい子」だと褒められていた(2016年6月3~5日「富士山会合」に関してアーミテージはそういう発言をしていた)。

 この安倍晋三君を支援するというよりは,この自民党政権の中枢部に政治思想的な影響を与えているのが「日本会議」である。この会議は本当に「この日本・国を愛する者たち」が組織している宗教団体的な政治組織といえるのか? 結局「懐疑」的に観られるほかない人たちが集まっている。「日本を大事する」〔はずの〕自民党政権が「アメリカに自国の大事を任せる」ような基本の政治姿勢は,トンデモ風のもっとも悪しき見本である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
人体の急所画像
出所)http://woman.mynavi.jp/article/140918-42/

 アメリカに急所を完全に握られている自民党政府が,それでいて,そのアメリカから完全に「自立(独立?)」しなければ,とうてい実現できないような政治目的--「ふつうの国」「美しい国」「戦後レジームからの脱却」など--をかかげている。だから,この光景は,ほとんど「99%以上はマンガ的に・コッケイに映る」「現状のごとき対米従属関係」のなかで,ただひたすら「畸型の構図」を提供しているだけである。
 補注)安倍晋三による国内政治(内政)の実績はといえば,「戦後レジームからの脱却」などではけっしてなく,ただ単にその深化・定着を促進させることにしかなっていない。当人のいいぶん(主張)とはまったく真逆の方向に,この国を突きすすませているのである。これでは完全に愚かな治世だと形容するほかない。いまの日本政治においては,主演者自身が笑劇的な演技を,悲劇的にもおおまじめに披露している最中である。
警視庁庁舎夜景画像
出所)東京都の警察組織「警視庁」の夜景,
http://www.yakei-kabegami.com/cgi-bin/kabegami/10282.html


 自民党を支持し応援する日本会議の「正会員を名のる人物」が,日本会議の事実を世間に教え広める著作を公刊した著者:菅野 完に向けて,留守電に「おいテメー。ぶっ殺すゾ,この野郎」との脅迫を繰り出す。たいした国である。気に入らない奴は「殺せ!」「殺してやる!!」という伝言(脅し)を放っている。さあ,被害届けを受けたはずの警視庁(東京管区の警察組織)はどう対応するか?


 【安倍晋三の「傲慢と幼稚」を実証しつつある最近の政治における諸兆候】

 【大人になれなかった子どもがこの国の首相をやっている遊園地的な惨状】

 【対米追随では,アメリカにいいようにあしらわれている安倍晋三だが,当人の意識ではりっぱに1人前……】
『朝日新聞』2016年6月23日朝刊オピニオン安倍晋三風刺画
出所)『朝日新聞』2016年6月23日朝刊。

 ①「首相の『経済論戦』すり替えの自慢話通用しない」というまっとうな批判(『しんぶん赤旗』2016年6月19日から)

 2016年6月22日公示される〔された〕参院選に向け安倍晋三首相が各地の遊説で,「最大の争点は経済政策だ」と都合のよい数字だけ並べて「アベノミクス」を自画自賛し,「野党は経済政策がなしんぶん赤旗記号い」などの攻撃を繰り返しています。
 出所)右側画像資料は,http://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/item.html

 経済政策が「最大の争点」だというのは戦争法強行などへの批判をかわし,参院選で「訴える」としてきた憲法問題からも国民の目をそらそうというものですが,その経済問題でも自慢話を繰り返し,一方的に野党を攻撃するのはまともな論戦といえません。主権者・国民の審判を問う選挙戦で政権党を代表する首相がとる態度ではありません。

 a)  国民の実感とかけ離れて  「雇用が増えた」「有効求人倍率は改善した」「最低賃金も上げた」「農産物の輸出も増えた」…。安倍首相の演説はどこでも,判で押したように同じ内容です。安倍政権に都合のよい数字をつぎからつぎへと並べ立てます。聴衆の反応はいまひとつ……。それというのも,安倍首相が上げる数字に国民の実感が伴っていないからです。

 「雇用が増えた」といいますが,増えたのは賃金が低く不安定なパートなど非正規の雇用が中心です。求職者に対する求人の割合を示す有効求人倍率が「改善した」のも,求人の条件が悪く求職しない人が増えているのも反映しています。大企業は大もうけしているのに賃金が上がったという実感はなく,全国平均で時給798円の最低賃金では,1カ月働いても20万円にもなりません。環太平洋連携協定(TPP)を念頭に農産物の輸出が増えているという宣伝も,それ以上に輸入が増えていることには口をつぐんでいます。

 最近の世論調査でも「アベノミクス」で景気がよくなるかという質問に,「思わない」が62.2%で,「思う」の28.0%を大きく上回りました(『共同通信』調査,『東京新聞』6月14日付など)。いくら安倍首相が数字を並べても,実感に合わなければ不信が広がるだけです。

 各地の演説などで首相が絶対もち出さなかったのが,実質賃金が減り,消費が落ちこんでいるという数字です。勤労者世帯の実質賃金は2015年度まで5年連続の減少で5%も減っています。国内総生産の約6割を占める個人消費は2014,2015年度と2年連続のマイナスです。大企業は大もうけしても「アベノミクス」の効果が行き渡らず,消費税増税が消費を冷やしてしまっているのは明らかです。

 安倍首相はまず経済政策の失敗を認め,責任を明確にすべきです。失政の反省もしないで,戦争法強行や改憲策動を隠すために根拠のない経済政策の “成果” を振りまくのは言語道断です。破綻した「アベノミクス」を加速しても,それは破綻がひどくなるだけです。

 b)  野党の経済政策は明らか  安倍首相は野党に経済政策がないようにいいますが,「『アベノミクス』による国民生活の破壊,格差と貧困を是正する」が野党の共通政策です。日本共産党は格差をただし,経済に民主主義をと「3つのチェンジ」を訴えています。

 安倍首相が国民の暮らしの実態に目を向けず,野党の政策さえ読もうとしないで,一方的な宣伝と攻撃を繰り返すのは,まさに選挙を汚すものです。参院選でこうした安倍政権を追いつめ,野党共闘の勝利と日本共産党躍進を実現することが,ますます重要です。
 註記)http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-06-19/2016061901_05_1.html

 アベノミクス登場以来,即座にこれをアホノミクスと名づけた同志社大学教授の浜 矩子は,最近ではド・アホミクスだとか,ミクスにも値しない『無ノミクス』だとまで,アベコベミクスを酷評しつづけている。日本共産党の大衆向け機関紙である『しんぶん赤旗』の安倍晋三批判は,的を射た内容になっている。

 そもそもアベノミクスは,レーガノミクスを猿まねして使用されたと思われる用語であるが,国際経済体制のなかに現実に存在する日本が,国内行政として経済政策をおこなおうとしたところで,円の為替問題も・貿易問題も,そして企業経営の生産・販売問題もすべてが海外との通商問題次元に深く関連する問題であるゆえ,いくら安倍晋三ががんばって・力んで,自分の姓が付いたミクスを名のって運営したつもりであっても,思いどおりにうまくいく保証はなかった(過去形でいっておく)。
伊東光晴表紙
 伊東藤光晴は2014年7月に『アベノミクス批判-四本の矢を折る-』(岩波書店)を公表していたが,つぎの『東京新聞』2014年11月19日への投稿にその要旨が説明されている。
 『東京新聞』2014年11月19日伊藤光晴1
    『東京新聞』2014年11月19日伊藤光晴2
出所)http://ameblo.jp/m08068469/entry-11959748506.html

 ただそれだけのことである。日本の株式市場は外国人株主の売り買い状況に大きく左右されているし,原油(先物)価格の動向においては「原発再稼働」を画策する連中の気分に対して,真っ向から大量に水を差すほどにまで低くなるなど〔一時期には1バレル;30ドルを割るまで下落した〕したり,また日本産業の空洞化がすでに広く浸透している国内経済の実態のなかで,旧来型の経済成長刺激策ではどうにも反応が鈍くて,いかんともしがたい産業体質になっている。これが,現在におけるこの国経済の不可避の特性である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
日本経済批評マンガ風刺絵画像
出所)http://matome.naver.jp/odai/2143766281587472701
一番上の安倍晋三の左腕には,
import purchasing power
が貧弱と〔←腕が細く描かれて〕書かれている。つぎの
画像は拡大したもの。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
アベノミクス風刺漫画画像2
 出所)http://matome.naver.jp/odai/2143766281587472701/2143766414388119403

 それでもアベノミクスの効果が「一定限度でもあった」かのように,それもたしかな根拠もなく「狂ったように強調する」安倍晋三君である。冗談にもならないような自画自賛ぶりには呆れるだけ。「アベノポリティクスのアベノリスク」の方向性ばかりが前面にせり出ているのが,現時点にまで至った時点でより明白になっている「アホノミクスの一大特徴」であった。

 この「アベコベミクスのアベノミクス」性は,このいわば「無ノミクス」の恩恵を,それでも受けているとされる「一部の富裕層」や「一流大企業勤務の一部労働者」をのぞいて考える必要がある。こちらの社会集団は,アベノミクスとはほとんど無関係に,もとより恵まれてきている経済階層に位置してきた。したがって,安倍晋三の経済政策によってとくに大きな影響を受けているわけではな芹川洋一画像く,いままで以上に優遇されるような経済状況になっていたに過ぎない。このように解釈したほうが妥当である。
 出所)右側画像は芹川洋一,http://kingo2.blog.fc2.com/blog-entry-96.html
 

 『日本経済新聞』本日〔6月23日〕1面左側に配置されていた,論説主幹芹川洋一が「将来不安の解消こそ争点だ」と題した一文の最後で,こう述べていた。
      各党がそれぞれ主張を述べ合い,批判の応酬で席取り合戦にうつつを抜かしているだけでは,ほとんど意味のない選挙で終わってしまう。そんな余裕はわれわれには,もうないはずだ。
 しかし,こういう政治状況をわざわざ作り出した事実に関しては,安倍晋三の政治責任がもっとも大きいはずである。いったいに「ほとんど意味のない選挙で終わってしまう」わけではない。安倍晋三は改憲を狙っているのだから,これがなるかならないかが,むしろ大問題の争点である。「そんな余裕はわれわれには,もうない」と観るのが『日本経済新聞』の立場だとすれば,経済面からしか世の中がみえないこの新聞社の論説委員の〈営利知性的な政治経済的な限界〉がみえみえである。

 この『日本経済新聞』の社説はさらに,つぎのように主張している。この社説の途中に出ていた見出し文句が「空回りの『成長と分配』」,そして「痛みから逃げず改革を」の2つであった。そして,末尾の段落では「初めて18歳から投票できる今回の参院選は,将来世代に無責任なツケを残さない政治の覚悟が問われる。現在の世代の反発を恐れて難題を封印している与野党だか,もうごまかしは許されない」と述べていた。だが,結局,安倍晋三の基本的な責任は棚上げしたかのような論説でいただけない。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年6月23日朝刊1面画像
 ②「安倍首相が報ステで怒声『1分遅れたら飛行機乗れない』」(『日刊ゲンダイ』2016年6月22日から〈安倍晋三君の子供っぽさ〉について)

 情勢が気になるのか,体調がよほど悪いのか。参院選の党首討論で,安倍首相がブチ切れた。公示前日の6月21日おこなわれたテレビ朝日の「報道ステーション」の収録で,安倍首相はもち時間を無視してしゃべりまくり。

 そのくせ終了時刻が予定を約1分間オーバーすると,「時間を守ってもらわないと困る。飛行機に1分遅れただけで明日(熊本に)いけなくなる」と怒声を上げてテレ朝側に抗議したのだ。熊本で22日におこなう「第一声」に備え,大分空港に前夜入りする飛行機に間に合わないといいたかったらしいが,八つ当たりもいいところだ。

 首相動静によると,安倍首相は〔6月21日の〕午後5時2分に東京・六本木のテレ朝入り,午後5時14分に収録が始まった。テーマは憲法改正,消費増税延期,社会保障,アベノミクス。収録は約45分間だった。 討論で安倍首相は頻繁に挙手して「答えましょうか? いいですか?」と割りこみ,終始手を振りまわす独特のジェスチャーで持論を展開。左隣に座る民進党の岡田代表を親指でさすなど,品性のなさも全開だった。

 極めつきは終盤。富川悠太キャスターが「テレビでの党首討論は今週が最後。総理のご都合があると聞いていますが,この後もやりたい」と公示後の再出演を求めると,「それね,お答えしましょう」と前のめり。「菅政権のときにはですね,党首討論は4回ですよ。今度は5回。プラス,ネットの討論もやってますから数多いんですよ」と猛反論。続けて,「それとプラス,もう一点はですね,期日前投票がいま,4分の1増えたんですよ。だから,期日前にしっかりと議論をおいておくべきだろうというんですよ(発言ママ)」と拒否した。

 岡田代表が「総理が来ないなら,われわれだけでもやる」と発言すると,自分がダラダラ話したのを棚上げし,腕時計を何度も指さして「6時に出なきゃいけない。飛行機の問題があるんだから」と騒ぎ立てた。 放送はここまでだが,続きがあった。去りきわに「飛行機に乗るんですよ。6時までっていったじゃない」と捨てゼリフを吐き悪態をついたうえ,テレ朝側に冒頭の怒声を浴びせたのである。安倍首相は結局,予定通りの便に搭乗し,大分に入った。週末のNHK日曜討論や日本記者クラブ主催の討論でも,大興奮して場を壊した。こんな男に一国のリーダーを任せておいていいのか。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/1
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184071/3

 「こんな男に一国のリーダーを任せておいていいのか」といわれれば,もちろんのこと,よくないに決まっている。総理大臣どころか「草履番」ですらきちんとできそうもなかったこの世襲3代目の政治家に,一国の最高指導者の仕事がまっとうに遂行できるわけがないことは,いままでの彼の実績からも明らかである。もともとアベノミクスなどと呼称できるような経済政策は,実体としてない。あるのは,たとえばつぎのような画像資料にうかがえる経済の無理・無体の事象である。(画面 クリックで 拡大・可)
日銀関係統計画像
出所)https://25-500.com/マイナス金利時系列データ日銀バランスシート/
『日本経済新聞』2016年6月23日朝刊4面国債統計図表
出所)『日本経済新聞』2016年6月23日朝刊4面。

 安倍晋三政権の経済政策は,イソップ物語における「蛙と牛」にたとえたらよいかもしれない。蛙はもちろん安倍晋三君である。いずれパンクする。それもみずからがそうさせる。
 
 ③「安倍首相,アベノミクス継続訴え=岡田氏,転換迫る―参院選22日公示【16参院選】」(『時事通信』2016年6月21日17時28分配信)

 第24回参院選が6月22日公示され,7月10日の投開票に向け選挙戦がスタートする。これに先立ち,与野党9党の党首は6月21日,日本記者クラブ主催の討論会に出席。最大の争点の経済政策をめぐり,安倍晋三首相(自民党総裁)がアベノミクスで「成果を出してきた」と継続を訴えたのに対し,民進党の岡田克也代表は政策転換を迫った。
2016年6月21日日本記者クラブ主催党首討論会
出所)2016年6月21日党首討論会で冒頭の動画画面,
https://www.youtube.com/watch?v=4A6d5NpG9OA

 参院選には前回の433人に比べ,40人程度少ない約390人が立候補する見通し〔最終的には389人となった〕。国政選挙では今回初めて選挙権年齢を18歳以上に引き下げる改正公職選挙法が適用される。

 首相はアベノミクスにより高校・大学の就職率や有効求人倍率が上向き,中小企業の倒産件数も減少したなどと成果を強調。「まだ道半ばだ。エンジンをふかしてしっかりとデフレから完全に脱却し経済を成長させていく」と訴えた。

 消費税率10%への引き上げを2019年10月まで再延期することについては「公約違反といわれてもしょうがない」と認めた。公明党の山口那津男代表は,「アベノミクスの成果を活用し,社会保障の充実,保育や介護の基盤整備,若者・女性の活躍に向けたとり組みを加速する」と述べた。
 補注)戦争中の木炭自動車みたくしか,よたよたと走行できない自称アベノミクスである。エンジンをふかす余裕など全然ない。このアベノ号,「空ふかし」ができるほど燃料も残っていない。この人はもともと,自分というものじたいがよくみえていない。ということでその分「反比例的に」ホラの吹きかげんもお盛んとなる。

 しかしまた,だからこそ彼は,このようなデタラメ発言を平気で放てるのである。彼にあっては,思慮の深さを測れるほどの〈深み〉も〈奥ゆき〉もない。首相と呼ぶにしても,そう呼んだ瞬間にこちらが赤面させられるほかない人物であった。

 また公明党は,自民党に対しては「正真正銘の野合用の補完政党」であり,しかも独裁政治にはよく似合った体質を有する宗教政党である。安倍晋三の独裁志向の政治手法(?)にぴったりの政党が公明党である。野合のためであればなんでもするのが,この公明党である。福祉・平和・教育の諸課題が狙いだというこの政党,信心の問題を即,政治で語れると勘違いをしている。
 

 これに対し,岡田氏は「経済政策はいきづまっている。転換が必要だ」と指摘。「人に対する投資や所得の再分配,働き方の大改革をしっかりと実現し,持続的な経済成長が初めて可能となる」と述べ,格差を是正するため,所得・資産の再分配を重視した経済政策に改めるべきだと主張した。共産党の志位和夫委員長は「安倍暴走政治ストップの期待に応える。アベノミクスによる国民生活の破壊,格差と貧困を是正する」と述べ,与党との対決姿勢を示した。
『日本経済新聞』2016年6月22日夕刊1面画像
出所)『日本経済新聞』2016年6月22日夕刊1面。
 
 憲法改正をめぐっては,岡田氏が「参院選で憲法についてしっかり議論すべきだ」と要求。首相は「大切なことは(国会の)憲法審査会で逐条的な議論をおこない,(与野党の意見を)集約していく。そして国民投票で問うべきだ」と述べ,秋の臨時国会から具体的な議論を始めたいとの考えをあらためて示した。

 一方,首相と山口氏は,民進党が参院選で共産党と共闘を進めていることを批判した。岡田氏は「思い出すが,ある日突然,公明党は自民党と連立政権をつくった。有権者に対する裏切りだ」と反論した。討論会には,おおさか維新の会,社民,生活,日本のこころを大切にする党,新党改革の各党首も出席した。
 註記)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160621-00000102-jij-pol

 以上の記述中の最後で安倍晋三は,野党の野合を批判しているが,自民党と公明党の野合のほうがよほど高度にりっぱな野合である事実を棚挙げしての発言である。いわゆる「天にツバする」指摘であった。

 つぎの記述は今回の参議院選挙を迎えて,各党党首を呼んで開催されたある記者会見に対する論評である。安倍晋三に媚びる司会者〔たちなど〕が主催した会見であったということである。
 
 ④「古市某の下劣な傍若無人な司会ぶりに吃驚仰天,安倍のお友達はこんなのばっかり」(『まるこ姫の独り言』2016-06-21 の紹介)

 このブログ(『まるこ姫の独り言』)は,6月21日におこわわれた「記者クラブ主催の党首討論のいかがわしさ,安倍首相の引き立て役に使われた感が」あるという批判を記述している。

 a) 安倍首相はつぎからつぎへ,コロコロ発言を変えるのが趣味なのか。日本記者クラブ主催の党首討論で,「改憲争点にしないといっていない」といい出した。ニコ動の与野党9党首討論では,憲法改正を参議院で争点化する必要はないと主張していたのに,今日の党首討論では一転,そんなことはいっていないといっていた〔というのである〕。

 伊勢志摩サミットで,堂々とリーマンショック級発言をしておきながら,すぐあとで,そんなことはいっていない発言も飛び出したがそれとよく似ている。公開で発した言葉も,安倍政権にかかったらなかったことにできるらしい。

 日本記者クラブ主催の党首討論は最後のほうでしかみることができなかったが,どうも橋本五郎が仕切っていたのか,率先して安倍の首相に話を振っていたが,民進党の岡田代表がこの討論会は,政権与党の宣伝をする場になっているというような発言をしていて,それが印象的だった。詳しくは,岡田氏〔が会見中にこう指摘していた〕。
    自己宣伝の場になっていて。おかしいと思いますよ。日本を代表するメディアの皆さんがおられながら,こんなやり方をしてね。一方的に宣伝の場になってるだけじゃないですか。
 なるほど,短い時間でみた感じでは,他の党首たちはなんの質問もなくただ座っているだけのような……〔感じであり〕,安倍首相の引き立て役に利用されていただけのような〔記者会見であった〕。どうも司会の橋本五郎は,各党首に対して,答えは1分以内橋本五郎画像で終われといっていたのに,安倍首相に対しては時間を超過しても寛容だったということのようだ。
 出所)左側画像は橋本五郎,http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13114317863

 それで岡田代表が怒ったと〔いう結果になっていた〕。そりゃそうでしょう。なにせ橋本五郎は寿司友だもの。そのなかで橋本五郎は小沢氏に対して,「本来,中央に座っていてもおかしくないご自身の零落ぶりをどう思うか?」と聞いたのだそうだ。小沢氏「零落とは思っていない」と答えたそうだが,古市某といい橋本五郎といい,不躾な質問をする人間が多くて嫌になる。人としてあまりに失礼過ぎる。
 補注)この橋本五郎は「人としてあまりに失礼過ぎる」の総代表格であるが,その上をいくのがほかならぬ安倍晋三君であるから,なにをかいわんやである。その息がかかった人間がこの「日本記者クラブ主催党首討論会」を主催し,司会をする(橋本五郎)だったのだから,安倍晋三寄りの運営しか「できない:しようとしなかった」はずである。姑息な人間たちが安倍晋三のもとには大勢蠢いている。もっとも,この首相がいるから「そのほかたくさんの下卑た人びと」もいるという状況である。

 安倍首相は例のごとく,雇用や求人倍率を出してアベノミクスの成功を強調していたが,何人の人がアベノミクスを成功だと実感しているのか,拍手しているのか。私には,まったく実感がないのだが。それでも救いは,安倍の21兆円の税収増がカラクリであることを,数字を挙げて追及していた質問者がいて,安倍首相シドロモドロで応戦していた。安倍首相も21兆円はいい過ぎだと感じたのか,13兆円に減額していたし……。
 補注)この記者会見の場「21兆円が13兆円?」に減額する修正発言を安倍晋三がしたというのであるが,これはずいぶんふざけた話題である。国民を舐めきった安倍晋三のハチャメチャ話法がまかり通っている。

 アベノミクスで成果が上がったと自慢するときに,生活保護費の現役世代への給付,8万世帯減らしているといっているがこれも景気が良くなったというよりも,基準を厳しくして減らした数字じゃないのか。社会保障費を5000億円もカットできたといっていることを考えても,その可能性大ありだ。
 補注)この前,自衛隊がオスプレイ17機を購入するために3800億円を使っていたが,さすが軍備優先思想の安倍晋三君である。生活保護費は削って,オスプレイという「輸送にしか使えない高価格の軍用ヘリ」を,たった17機で3800億円,それも非常な割高な価格でアメリカ軍需産業から買わされていた。

 記者クラブ主催といい,橋本五郎が仕切っていたことといい,どうも安倍政権を引き立てるために,党首討論が良いように使われたとか? 改革の荒井が橋本五郎にヘコヘコしていたのが物語っている。
  註記)http://jxd12569and.cocolog-nifty.com/raihu/2016/06/post-f0ac.html

 現在,マスコミ・言論界は安倍晋三らにこびへつらう者たちで充満する業界になっている。しかし,近いうちにこの首相も,間違いなく退く時期を必らず迎える。橋本五郎のようなマスゴミ記者が,そのときになって,どのような悪評を投じられ批判されるか,覚悟のほうはしっかりできているものと思いたい。

 だが,それにしても情けない,安倍晋三へのゴマ摺りしか能がない橋本五郎は,読売新聞の特別編集委員だそうである(ナベツネの部下でしかないが……)。つまり,安倍晋三応援団新聞が読売新聞の本性である。安倍晋三のための依怙贔屓記者会見を,司会となって主催し,それもえげつなく進行させるとは,まったく下の下の行為でしかない。

 それでいて,中立公正な報道を読売新聞もしているなどといいたいのだとしたら,昔風にいえば「天井に住んでいるネズミでさえ」失禁しそうになるくらいに大笑いされること必至である。

 さてつぎの話題は,財界新聞(もしくは日本経団連御用達新聞)である日本経済新聞社のみが報道する記事の紹介に移る。

 ⑤「首相『日米同盟に輝きを』富士山会合であいさつ」(『日本経済新聞』nikkei.com,2016/6/3 19:35)

  安倍晋三首相は6月3日,都内で開いた日本経済研究センターと日本国際問題研究所が主催する日米政財界の要人を集めた国際会議「富士山会合」の開会記念レセプションであいさつした。オバマ米大統領の広島訪問で「戦火を交えて敵同士だった日米は,いまや心『日本経済新聞』2016年6月3日朝刊富士山会合であいさつの紐帯(ちゅうたい)で結ばれた同盟国になった」と意義を訴えた。「日米同盟が希望の同盟として輝きを増す」ことに期待を示した。

 5月の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で,中国が進出を進める南シナ海問題に関連し「国際法にもとづいて主張すべき,武力や威嚇を用いてはならない,平和的に解決するという3原則で合意ができた」と強調。「日米が協力して地域の平和と安定と繁栄につなげていきたい」と述べた。

 環太平洋経済連携協定(TPP)の発効などを念頭に「様々な課題を解決していくため手を携えて貢献したい」と語った。レセプションは岸田文雄外相や世耕弘成官房副長官,ケネディ駐日米大使らが出席。富士山会合は4~5日に都内で開く。
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS03H27_T00C16A6MM8000/

 --なおここで,『日本経済新聞』から関連する記事をひとつ拾うと「TPP日米早期承認,元米国務次官ら強調 富士山会合」というものがあった(『日本経済新聞』nikkei.com,2016/6/4 21:17
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM04H5B_U6A600C1MM8000/?n_cid=SPTMG003

 以上の記事は『日本経済新聞』だけが報道するものであり,新聞・マスコミ界に通有性のある話題では,けっしてない。日本経済新聞社が噛んで開催した「富士山会合」である。つまり,アメリカ副島・中田表紙側のジャパン・ハンドラーズのいいぶんを,実質的にご拝聴するための確認用会議でしかないのが,この富士山会合である。
 出所)右側画像は,日本文芸社,2005年発行。

 この会議の名称から聞くと,きっと日本側の立場が十分に尊重されているものと感じたいところであるが,そうではなく,その実体は「アメリカが主,日本が従の関係性」にある。安倍晋三はその意味ではピエロに過ぎない。もっとも,このお子様宰相にあっては元来,アメリカ側をまとも相手にするだけの力量はない。

 この富士山会合(2016年6月3日~5日)を日本経済新聞社が6月21日朝刊の紙面2面を見開きで使い,報告している(下掲画像資料)。日本経済新聞の読者である筆者などにとっては,読みたくもみたくもない記事であるけれども,その会合がなにをやったのをしるうえでは,もちろん役に立つ記事である。ところが,この記事は活字をテキストで拾えないかたちにウェブ画面を加工してある。なにかまずいことでもあるのか? 広告の画面がそう加工されているのだが,どうにも解せない点である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『日本経済新聞』2016年6月21日朝刊26・27面富士山会合
 いずれにせよ安倍晋三君は,先月(5月)の伊勢志摩サミットG7では子どもあつかい〔経済問題の主張:理解でバカに〕されていたが,この富士山会合では完全に舎弟あつかいであった。それでも,舞台の上で表面的にはいちおう安倍晋三君も1人前にあつかうように演出されているから,文句はいえまいというところであった。ただしその真相をいえば,軍事同盟関係のなかでの日本国首相は,アメリカにとっては単に『カモ=ネギ』あつかいされている。

 アーミテージは,安倍晋三のことを「たった3年間でこんなにできるリーダーを初めてみました。アメリカの観点からみれば,いままででベストだと思います」註記)と,安倍晋三をベタ褒めしていたという。語るに落ちた話である。すなわち,日本国民たちは二重に舐められている。安倍晋三がアーミテージに舐められ,そしてこの安倍晋三に国民たちが舐められ……。
 註記)https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=112542


 【センター入試偏差値 35.0~40.0 程度の大学に存在価値はあるのか?】

 【私大経営が悪戦苦闘しているが,はたして,世の中のために有用なその営為なのか?】

 
  
 以下に引用する追手門学院理事長・学院長川原俊明「寄稿」に関した「ポイント」は,こうである。

 ※-1  「学生数の上積み」は私大経営の「収入増に不可欠 」である。「いまの大学は過剰ではない」として文部科学省や大学団体は “大学過剰論” を否定するが,実際には「過剰で淘汰は不可避」とみて,独自の生き残り戦略を練る大学が少なくないと主張している。追手門学院川原俊明理事長・学院長つまり,追手門学院大学はその方向性に向かい努力していると強調しているのである。

 ※-2 いかんせん,まことに奇妙奇天烈な前後関係の理屈が披露されている。大学過剰現象は18歳人口との関係でみれば,大昔から《自明の大前提》であった。私大経営者の苦しいいいわけと,文部科学省のあいもかわらずの無責任・放漫的な教育行政とが交錯する場において,このような主張が叫ばれている。

 ※-3 いまなお,高等教育に関する確たる高邁な基本理念・的確な将来計画・具体的な実施要領をもたない国家体制でありつづけるようでは,現状のごとき,だらしなく弛緩した大学教育行政体制がこれからもしばらく続いていくほかない。

 ①「追手門学院,新キャンパス展開 生き残りへ規模拡大 文理融合で評価高める 私大,半数は淘汰 川原理事長に聞く」(『日本経済新聞』2016年6月20日朝刊22面「教育」)

 〔末尾の付属記事「ポイント」からさきに引用〕 戦略の要は規模の拡大だ。収入の8割前後を授業料や入学金に依存する私立大学では,定員増以外に収入を増やす有力な手段がない。これが,18歳人口が減っても定員割れ大学が増えても,新学部の設置や定員増,キャンパス拡大が続く理由である。
 補注)費用・収益関係を踏まえて,これをもっとも基本的な計慮に据えて学校法人経営をせざるをえない私立大学を念頭に置けば,このような現状理解は当然である。だが,このような現状維持志向のままで,日本の大学とくに私大が経営を続けていくのであれば,このさきには高等教育体制のさらなる溶融・瓦解が進展するみこみしかもてない。不要・無用の大学が多すぎる。

 大学というにはお粗末もお粗末,それ「以前」の「大学」が,大学に値する教育内容など,まったく不可能な学生たちをかき集めては,大学の体裁をとりつくろって,その経営のまねごとだけはなされている。いまではほとんど「〈冗談の類い〉の存在物」になっているような「非一流大学の大群」が,しかもさらにそのなかでの特定の大学群に関していえば,四半世紀前から定員未充足状態に苦しみつつ,今日までなんとかもっている。


 現在では半数近くの大学が定員割れしているが,そのほとんどが私立大学であり,とりわけ「地方・非一流」という条件のために,時代必然的な定員割れをきたしている。それも大都会の札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・北九州などといった都市から遠隔地になればなるほど,非一流私立大学はすでに存亡の危機に瀕してきている。定員のほぼ3分の2ないしそれ以下の充足率しか確保できない私大も徐々に増えている。

 このごろは,学部の新しい傾向として成功例がいくつか出はじめている。「〇〇教養学部」を新設する一流大学がその代表例である。しかし,非一流大学までがその種の〈はやりの学部〉を設置すれば,定員割れが解消できるわけではなく,もとよりその保証もない。ものごとの発想として逆立ちしているといわざるをえない。

 なかでもたとえば最近までは,看護・心理・介護系列の学部・学科が急増してきたが,当面はよくとも,そのうちきっと過剰供給になる。このことは,大学業界全体をかこむ需給関係,そして医療分野における労働市場の実情に照らせば,先刻承知の事実関係であった。専門家もすでにその点を警告している。しかし,それでもワラらをもつかむ気持でもって,非一流大学は必死の形相でサバイバル劇場を生き抜くための努力をしていく。


 〔日経寄稿・冒頭段落にもどる ↓ 〕 新学部の設置や定員増など規模の拡大に走る都市部の私立大学が増えている。新しいキャンパス用地を確保した追手門学院(大阪府茨木市)の川原俊明理事長・学院長に狙いを聞いた。

 ◆-1 数年後に18歳人口はさらに減少します。なぜ,この時期に新キャンパスなのですか?

 ◇-1 2018年から18歳人口はさらに減少する。大学の数は飽和状態だ。拡大戦略に疑問を持つ人もいるだろう。われわれの狙いは生き残りを懸けた新たな事業展開だ。

 今年創立50周年を迎えた追手門学院大学には6学部があるが,文系に偏っている。だが,世の中は激しく動いている。これからの時代,文系人材だけを育てていればいいのか? 同じ文系でも理系が分かる人材が求められている。理系をにらんだ新学部が必要だという思いが出発点だ。
 補注)ここでいわれている点はまっとうであるが,要するに理系まで幅を拡げなければ(製品系列の拡大・充実),学生集めがよけい苦しくなるというだけの話である。「世の中の激しい動き」が,はたしてこの水準の大学にまで教育内容に関して,いわれているところの「関連するような要求」を,本当に突きつけているのかといえば,それほどでもないといわざるをえない。こう断定する事由はのちほど説明していく論点である。

 しかし,手狭になった現キャンパス(約15万5千平方メートル)では新学部をつくるスペースがない。幸い,現キャンパスがある大阪府茨木市内で,約6万4400平方メートルの工場跡地を確保できた。2018年開業予定のJR京都線の新駅「総持寺駅(仮称)」から徒歩12分の好立地で,現キャンパスからも2キロメートルと近い。

 新キャンパスには,現キャンパスから既存学部のいくつかと中学・高校を移し,空いた現キャンパスで理系か文理融合の新学部を設置したい。詳細は未定だが,農学部やスポーツ系学部の構想もある。いままでの追手門になかった教育体系を構築したい。
 補注)このように非一流私大が,会社でいえば総合商社ではないが,学部全体を総合的に整備・編成し,充実させていくという発想は,経営政策的には理にかなった方向性である。が,しかし,大学経営=高等教育市場(ドメイン)全体のなかで,はたして的確かつ必要な狙いであるかといえば,誰にもなんともいえない。むしろ無理がある。大学市場は国公立大学も含めて全体市場としての需給関係でいえば,追手門学院大学を絶対的に必要不可欠としているとはいえない。

 もちろん,この大学も存在していて悪いことはない。だが,たとえばこの大学が,文部科学省が目玉製品にしているグローバル次元での大学運営体制にまで,教育内容を上昇・高揚させうる潜在的な力量を,可能性としてもっているのかと問われるとき,そうはなっていないとみなすほかない。この指摘はなにもけなして言及することばではなく,実際問題としてはその程度に解釈するほかないために,そのように評定している。

 ◆-2 地方大学は大都市の大学の拡張路線に不満を募らせています。

 ◇-2 地方を中心に志願者を確保できない大学があることは承知している。一方で,立派に確保できている大学もあれば,大都市でも定員割れの大学がある。その差はなにか? 魅力ある教育を充実させているか否かの差だと思う。地方の大学が潰れてよいとはいわないが,もっと地方にあるという特色を生かすべきだ。
 補注)北海道地域,それも札幌市圏で例を挙げ,判りやすい事例として説明しておく。北海学園大学Dランク,北星学園大学Eランク,札幌大学および札幌学院大学Fランクという分類がなされているが,このランクづけの関連説明は後段になされているので,ここではとりえず,こういう点のみ言及しておく。
 
 北海学園大学Dランク,北星学園大学Eランクとは,実質競争率があって入試がまともに成立しているけれども,札幌大学と札幌学院大学はFランク大学としてすでに定員割れを発生させてきており,入試は実質的に成立しているとはいえない。したがって,Fランクの評定を下されている。

 札幌大学と札幌学院大学は相当程度定員割れをみせており,苦しい経営状況に追いこまれている。
札幌地区においてはこの2校以上に,もっときびしい経営状況にある諸大学がまだ多数存在するが,ここではいちいち触れない。

 しかも,大都市にあるから安泰というわけではない。いずれ私立大の半分くらいは淘汰される。これからは,社会の要請に適合した大学だけが生き残る。だが,追手門学院大学が生き延びるのに,6500人といういまの規模は中途半端だ。さしあたり8千人から1万人程度の規模がほしい。東京都内でいえば,成城大学や玉川大学,武蔵野大学ぐらいの規模だ。
 補注)要は「うち」だけはけっして潰れたくない・サバイバルしていくぞ,そのためになにをしなければならないのかという議論である。私立大学においては,この経営維持のための戦略問題が,高等教育機関である大学の管理体制そのものの問題よりも,常時全面に出ざるをえない問題として立ちはだかっている。

 大学じたいの学校法人としての経営維持問題と,そして高等教育機関としての研究・教育内容の水準向上の問題とは,いつも両立が困難な問題として衝突しあうような要因となっている。

 本ブログ筆者の場合,昔,一流大学といえる理系大学に進学したが,いまから〇〇年も前,その大学で実際に目にしてきて,受けてきた「学生としての待遇」は,まるで商品あつかい(福沢諭吉さんが学生のヒタイに何枚張りついているのかとしてしか「みていない」かのような経営姿勢)であった。

 結局,非常に印象が悪かった思い出しか残っていない。大事にされて勉学に励むような管理体制など,皆目感じられなかった当時の私大デタラメ経営路線であった。しかし,いまの大学はいちおう学生をお客様あつかいしようとしている。だが,その点は大学ごとによって千差万別であり,いちがい語りうるものではない。

 なぜ,規模の拡大が必要なのか。仮に学生数を千人増やせば,単純計算で学費収入が年間10億円,補助金も1億円増える。学校法人全体で120億円,大学だけで80億円の予算規模の追手門学院にとって,大きな経済効果だ。しかし,文部科学省は地方大学や小規模大学の声を受けて厳しい定員管理を求めている。キャンパス移転で定員を増やさないかぎり,継続的な安定経営は厳しい。
 補注)大学経営にとって会計収支の問題,財務基盤の確保は,たしかに需要課題である。しかし,私大の場合,この問題がどうしても先行されるがゆえに,肝心の大学の目的はそれによって左右されざるをえない面もある。日本の大学は,私立大学に7割5分以上から8割近くもの学生数を収容しており,しかも,高額の納付金を納めさせる実情にある。給付型奨学金は不備である。これらの要因が輻輳する日本の大学という場は,高等教育体制としては問題だらけという実態にある。

 機会均等という標語は,若者の大学進学に関しては,ほとんどなにもないに等しい。貧乏家庭の若者は大学にいきたくてもいけない事例が増えている。それなりに学力(実力)のある若者でも,世帯・家庭の困窮状態のために,そのようにならざるをえないでいる。こちらの実際的な教育社会問題と追手門学院大学(学校法人)の経営者の現実的な発想とが,はたしてただちに交叉させうるのかどうかという論点からして,そもそも問題含みなのである。それ以前に検討しておき解決すべき問題がありすぎるのである。

 新キャンパスの整備に最低200億円はかかるだろう。ただ,駅から徒歩圏なので,毎年5億円も支出しているスクールバス経費もかなり削れる。無駄なコストを削減していけば,やっていける。いままでの追手門はおとなしすぎた。努力をしてこなかったといってもいい。

 われわれは,偏差値50前後〔補注;これは事実に反する理解であり,もっと低いことは関説しているし,後段でも説明する〕の分厚い中間層を受け入れている大学だが,悔しいことに,学園内では,小学校,中学校,高等学校,大学と上級学校に行くほど評価が下がってしまう。大学の評価をもっと高めたい。

 関西ではいわゆる関関同立を頂点に私立大学のランクがあるが,頑張っている大学とそうでない大学の差がつきはじめた。秩序の一角が崩れ出したいまが勝負時だ。50年で蓄えた人的資源と資金を一気に投入し,新しい教育体系を確立する。とことんやる。
 補注)端的にいってのければ,追手門学院大学の水準(いろいろな要因をひっくるめて評価するに)でもって,今後に勝負を賭けるとでもいいたいかように聞こえる,この経営者の気概には感心する。だが,それとこれ,すなわち追手門学院の努力が事後においていかほど,その計画どおりに実現するみこみがあるかといえば,これは確信をもって判断させうる確実な材料があるわけではない。

 ◆-3 勝負のポイントは。

 ◇-3 教育内容の充実だ。それには教員力の強化が重要だ。いままでの大学教員は大学は学生のためにあるという意識が乏しかった。教員の多くは有力国立大学出身者で,偏差値50前後〔補注;より正確には45前後〕の学生に自分が受けた教育を押しつけていた。古い体質の教員には勇退してもらうか,意識改革をしてもらう。ここ数年で,実務家教員の増員や准教授以下の任期制採用,さらに年俸制導入などにとり組み,教員の入れ替えも進んだ。
 補注)最近聞く話では,大学教員も独身者が多い。アメリカでは助教授まで任期制で,准教授からが終身制である。日本の大学では個別に相違があるが(以前の助教授がいまの准教授),准教授だとだいたい40歳くらいまでは務めることになる。この世代の生活を,経済収入的に継続して安定させえない大学教員職に,はたして研究・教育に専念できる条件を付与できるといえるのか?

 非一流大学でもひどい大学は専任教員全員が任期制を強いられているところもあるという。任期制がなんでもいけないとはいえない,ただしともかく,いまの時代だからといって,ともなくこの任期制を導入している大学があるが,浅慮である。優秀な人材が大学から逃げる。敗者復活戦的な労働市場がととのっていない日本において,大学全般がいまでは任期制を好んで導入しているが,教員側の研究条件維持を阻害する要因になっている。

 筆者の専門領域である経営学分野の話題でいえば,若手から画期的な研究成果が最近は皆無といっていい貧相な状況である。四半世紀以前ころまでであれば,学会発表の場では意欲的な研究をする若手研究者に出会うこともありえたが,このごろはさっぱりである。面白くもなく刺激も与えてくれない無難な論文が,学会誌にきちんと査読を経て掲載されている。だが,それだけのことであって,こちらの学問研究に叱咤激励をくれるような研究「成果」がなかなかみつからない。

 日本の大学教授市場のなかでの「准教授任期制」には反対である。准教授の採用時に慎重な審査をして採用すればいいだけのことである。研究・教育面で成果を挙げられない准教授は,10年の期限を切って解雇すればよく,なんでもかんでも任期制というのは,能がない。

 大学教員のもつ研究者としての基本性格をよく考慮した待遇が制度として必要である。教授連中が反面で,それではりっぱに仕事をしつづけているのかという点もとりあげないのであれば,准教授だけ任期制を付すのは不公平・不均衡である。

 学長面接とは別に,理事長面接を全教員を対象に始めた。職員に授業を参観してリポートを提出させている。学生の遅刻や私語もチェックする。教員の意識も変わりつつあり,職員に任せっきりだった就職支援に積極的な教員も増えてきた。学校教育法の改正前に教授会を諮問機関化した。学長選挙をはじめ,学内には選挙はいっさいない。教授会には理事長,学長がいつでも出席できる。
 補注)この程度のことは,いまごろ強調するような内容(試図)でもあるまい。以前からうるさくも指摘されていた大学経営の一面であった。ただし,実際に導入する段になると不承不承であった教員たちが,むろん大勢いた。

 具体例を挙げて話をする。筆者の体験ではまともに「学生の遅刻や私語もチェックする」と,かえって学生から文句が出てきたりしていたのだから
(これは1990年代後半での話題である),「早まってしまった」教育の現場におけるむなしい努力だったのか?

 もっとも,授業運営における問題として,その相手をする学生側の態度は,とりわけ非一流大学では最悪である(たとえば,授業妨害に近い私語や好き勝手なスマホ操作などもろもろのことで)。ところが,これ(教員側の懸命な善導である指導態勢)に反撥する学生からのきわめて不当な申し出をとりあげては,個人攻撃の材料にするような低劣な資質の学長など管理職もいたりで,とうていまともな教育者とは思えないような反応行動を起こす非教職的な人間もいないわけではない。

 私立大学では経営と教学の分離が必要だといわれるが,それは間違いだ。教学を抜きにした私学経営はありえない。理事会として積極的に教学改革を進めている。

 ◆-4 アサーティブ入試が話題になりました。

 ◇-4 アサーティブプログラムは,高校在学中から本学職員が高校生と個別に面談し,基礎学力の充実と大学で学ぶ目的を考えさせるとり組みだ。修了者を対象に実施するのがアサーティブ入試で,選抜型から育成型入試への転換を目指している。2014年度導入で,国の大学入試改革の先取りであり,追手門の教育改革の柱のひとつだ。記憶力中心の偏差値入試では,人間的魅力にあふれる志の高い若者は育たない。答えがない社会のなかで生き抜いていける若者を集め,新しい教育を構築したい。
 補注)1私学だけの問題ではない教育課題が語られている。「国の大学入試改革の先取りであり,追手門〔学院大学〕の教育改革の柱のひとつだ」という訴えがなされている。だが,大学市場としてドメイン(ここではこの大学が入学させる対象と想定している学生層)に関しては,妥当性のない論説である。根本から観て無理筋の議論である。考えてみればいい,国立大学を受験する高校生がこの追手門学院大学を志望しているかどうかである。問われるまでもなくすぐに諒解できる話題である。

 ② 受験産業の追手門学院大学「合格難易度:偏差値」

 以下に何種類か,追手門学院大学に関する偏差値の情報を聞いてみる。これらはあくまで目安となる数値ではあるが,この大学に進学するさいに関係する情報として,その概略・概要はつかめるはずである。とくに,いわゆるFランク評価の学部・学科については,こういう解説がある。
    河合塾では模試において合否判定が困難な学部・学科をF(フリー)ランクと分類した。大半が倍率が低く不合格者があまりにも少ない学科で,基準となる偏差値が算出できない場合である。大学全入時代を迎えて入学試験が機能しておらず,大学としての教育水準に達していない大学が出てきたとされる。

 その「名前さえ書ければ大学に入れる」と揶揄された大学の象徴として前述のFランクという言葉が転用されている。全入大学でも推薦入試などの比率増加により,一般入試の偏差値が上げられるので偏差値は低いが算出される。教育水準を維持できないのではないか,また将来的な経営破綻の可能性があるとして社会的に問題視されている。
 註記)http://dic.nicovideo.jp/a/fランク 
 1) 河合塾(※ 過去の入試結果にもとづく河合塾のデータ)

  経済学部 セ試得点率 57%      偏差値 35.0~37.5
  経営学部 セ試得点率 55%~58%  偏差値 37.5~42.5
  地域創造学部              偏差値 37.5~40.0
  社会学部 セ試得点率 59%      偏差値 37.5~40.0
  心理学部 セ試得点率 65%      偏差値 42.5~47.5
  国際教養学部 セ試得点率 55%    偏差値 35.0~40.0
   註記)https://passnavi.evidus.com/search_univ/4065/difficulty.html

 2) 大学受験大学偏差値情報〔『大阪府大学偏差値一覧 2016』〕
   追手門学院大学 [心理] 48
   追手門学院大 [地域創] 45
   追手門学院大学 [社会] 44
   追手門学院大学 [経済] 43
   追手門学院大学 [経営] 43
   追手門学院大 [国際教] 43
    註記)http://daigakujyuken.boy.jp/indexoosakafu.html

 3) Benesse マナビジョン
 これにおいて追手門学院大学は,各種入試方法で偏差値が55程度まで出ているが,信頼度に疑問ありということで,紹介しない。

 4)『大学偏差値.biz
     追手門学院大学偏差値ランキング
     追手門学院大学平均偏差値: 39.6

  偏差値    大学名        学部・学科       試験方式  地域     ランク
  48     追手門学院大学     心理学部・心理     S日程     大阪府     D
  43     追手門学院大学     経営学部・経営     S日程     大阪府     E
  43     追手門学院大学     心理学部・心理     A日程     大阪府     E
  40     追手門学院大学     経済学部・経済     S日程     大阪府     E
  40     追手門学院大学     国際教養学部・英語コミュニケーション S日程 大阪府  E
  40     追手門学院大学     社会学部・社会     S日程     大阪府     E
  40     追手門学院大学     地域創造学部・地域創造     A日程     大阪府     E
  40     追手門学院大学     地域創造学部・地域創造     S日程     大阪府     E
  39     追手門学院大学     国際教養学部・英語コミュニケーション A日程 大阪府  F
  38     追手門学院大学     経営学部・マーケティング A日程     大阪府     F
  38     追手門学院大学     経営学部・マーケティング S日程     大阪府     F
  38     追手門学院大学     経営学部・経営     A日程     大阪府     F
  38     追手門学院大学   経済学部・経済     A日程     大阪府     F
  38     追手門学院大学   社会学部・社会     A日程     大阪府     F
  35     追手門学院大学   国際教養学部・アジア A日程 大阪府  F
  35     追手門学院大学   国際教養学部・アジア S日程 大阪府  F
    註記)http://大学偏差値.biz/otemongakuin_u.php

 5)追手門学院大学の難易度を PICKUP
 偏差値は低いが,倍率が高めであるため,油断をすると不合格になる可能性がある。高校で学んだことを復習し,過去問にとり組んでおくことが合格への道。滑り止めのために,同じ特色をもつ大阪の私立大と併願することをおすすめする。

 説明係。--追手門学院大学の偏差値と倍率から難易度について検証していきます。また,追手門大学の授業に魅力を感じて,志望する学生も多くなっています。そのような追手門大学の見直的な授業内容についても紹介していきます。

 追手門大学の偏差値については,経済が43~44,経営,社会が44,国際教養が42,心理が48となっており,難易度はそれほど高くありません。ただし,競争率は約3倍と同レベルの大阪の私立大学のなかでは高めとなっています。

 全受験者4230名中,合格者は1407名,2823名が不合格になっています。そのため,模試で合格圏内にいたとしても油断はせずに,高校で学習した内容は確実に理解し,過去問で出題傾向を掴んだ上で試験に臨むようにしてください。
 註記)http://osaka-univrank.net/catalog/otemon/otemon-easy/

 2016年1年次の在籍者数1594名を参考に考えると,その合格者のうち実際に入学手続きをする歩留まりは,公開されている正確な数値はみいだせないので,ここでは単純に50%とみなしておく。各種推薦入試の状況のほうをうかがうと( https://www.otemon.ac.jp/nyushi/exam/data/pdf/data5.pdf ),ほとんど全入状態(=総ざらいの感)がある。さすが一般入試の競争率のほうは一定程度出ていても,こちらでは最低底校である事実が伝わってくる。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
追手門大学学生実数統計
 出所)在籍者統計,https://www.otemon.ac.jp/guide/release/release/pdf/student.pdf
追手門学院大学在籍者数統計
 出所)入学者統計,https://www.otemon.ac.jp/guide/release/information/pdf/enrollment.pdf なお,たとえば,2015年度入試詳細統計資料は,https://passnavi.evidus.com/search_univ/4065/bairitsu.html を参照されたい。

 要は,私立大学(非一流)としては,まだなんとか入学試験において実質競争率が確保できているのが,この追手門学院大学だと判断できる。しかし,その難易度として算出されている偏差値はせいぜい45前後が主であって,「まともに入試制度が機能している大学群」のなかでは,最後尾に着けている。したがって,追手門学院大学の理事長も,このぎりぎりの線を必死になって,少しでも前方に移すがための努力をしている。

 追手門学院大学の合格者総数のうち他学に流れないで,実際に入学手続をして在籍するようになる比率,つまり,受験者4230名のうちの合格者1407名から実際に,さらにこの大学に進学している「入学手続者」までは,情報公開されていないようであり,筆者にとってはまだ不詳である(ただし,在籍者数である程度は推測できるかもしれないが,入試方式が多種多様であり判別しにくい)。

 ③ 島野清志著『危ない大学・消える大学 2016』エール出版社,2015年の大学分類で考える

 島野の『本書 2017』年版も2016年6月に刊行されているが,ここでは2016年版を参照しての話題となる。

 【SAグループ】私学四天王(慶應義塾・国際基督教・上智・早稲田)

 【A1グループ】一流私大(青山学院・学習院・中央・東京理科・明治・法政・立教・南山・同志社・立命館・関西・関西学院)

 【A2グループ】一流私大(獨協・國學院・芝浦工業・成城・成蹊・武蔵・明治学院・西南学院・立命館アジア太平洋 )

 【Bグループ】 準一流私大(駒澤・専修・東洋・日本・東京農業・武蔵野・愛知・愛知淑徳・中京・佛教・龍谷・近畿・甲南 )

 【Cグループ】 中堅私大の上位(北海学園・東北学院・文教・玉川・東京経済・東京電機・東京都市・立正・神奈川・金沢工業・愛知学院・愛知工業・名城・京都産業・大阪経済・摂南・広島修道・松山・福岡)

 【Dグループ】 中堅私大(北星学園・千葉工業・亜細亜・桜美林・国士舘・工学院・大正・拓殖・東海・東京工科・二松学舎・金沢星稜・岐阜聖徳学園・中部・大阪工業・神戸学院・就実・美作・久留米)

 そしてつぎの 【Eグループ】大衆私大:「できればこのクラスまでに入ってもらいたい」(北海商科・白鴎・中央学院・城西・西武文理・駿河台・東京国際・帝京・淑徳・大東文化・文京学院・明星・和光・関東学院・山梨学院・常葉・名古屋学院・大同・大谷・桃山学院・追手門学院・四天王寺・大阪商業・阪南・岡山理科・広島国際・広島工業・広島経済・九州産業・福岡工業・熊本学園・沖縄国際 )のなかに,ようやく,この追手門学院大学が入っている。

 この大学群:【Eグループ】大衆私大は,いまのところはなんとか経営を維持できているが,なかにはすでに,凋落の兆しをきたしはじめているところもある。つまり,定員割れを起こしており,大慌てで最近はやりの新学部・新学科の設置にとりかかっている大学も含まれている。もとより,このEグルーブの大学群にあってもすでに,学生の学力水準は最底辺でありもはや,大学としての授業が成立しているとはいえないような大学群である。

 以上を受けてさらに以下につづくのが,つぎのような大学群である。なにやら絶望感を抱かせるような大学群の名称がぞろぞろ出てくるので,大学名は削除。

 【Fグループ】「知名度の低い大学が目立つ」大学群
 【Gグループ】「定員割れ大学が目立つ」大学群
 【Nグループ】「危ない大学・消える大学の候補校」の大学群

 以上の詮議を踏まえたうえで追手門学院大学の現状を,つまり,私立大学の教育経営事業体として観察するとき,この大学は,まだこれからも業界間で継続していくはずの競争(学生集め)のなかで,大いにもまれつづけていくことになる。この偏差値水準以下の私大はそろそろ確実に,没落への道へと歩まされ始めている。

 ここ10年間あたりの実績では,この追手門学院大学はまともに入試競争率が働いている。けれども,大学業界全体での位置づけは,それでもなお最底辺の地位に張りついている。それだけに経営者の立場としても,① で紹介したような経営努力を鋭意おこないつつ,運営体制の質的な向上を図る必要に迫られている。もっとも,その主張じたいについて感じる問題点については,① のなかの補注をもってくわしく批評してあった。

 ともかくも,最近の流行らしい教養学部の開設を狙っている大学もいくつか登場しているが,しょせん,学生の学力水準の低下を前提すれば,それを十分に補うことは無理である学部新設にしかなりえない。学生の質が基本から大学の質をも制約するし,決定づけてもいるのである。この事実は,大学問題を吟味するさいの大前提になる。

 ★【Bグループ】「準一流私大」の「日東駒専未満は,企業に大学扱いされていない」?


 【どこまでつづくのか,この世襲政治家たちの堕落・腐朽した国内政治】

 【国民・市民・住民・庶民に迷惑ばかりの,幼稚な政治家たち】



 ①「『ネット情報』うのみ,蓮舫氏について発言 自民・菅原衆院議員,すぐに一部訂正」(『朝日新聞』2016年6月18日朝刊)

 自民党の菅原一秀衆院議員は6月17日,東京都知事選をめぐる党会合で,民進党の蓮舫代表代行について,「五輪に反対で『日本人に帰化をしたことが悔しくて悲しくて泣いた』とみずからのブログに書いている。そのような方を選ぶ都民はいない」と発言した。
菅原一秀ホームページ画像
出所)菅原一秀公式ホームページ,http://www.isshu.net/から。
真ん中前方が菅原一秀,左側に本日の話題の人物2名。
(画面 クリックで 拡大・可)

 菅原氏は朝日新聞の取材に対し,「蓮舫氏のブログではなく,ネットで流れていた情報だった」と訂正したうえで,「五輪に後ろ向きな人が知事になれば困るので,自民党が候補を出すべきだとの趣旨。帰化した人が知事になってはならないという趣旨ではない」と説明。蓮舫氏は取材に「(帰化して泣いたというのは)デマだ。国会議員がこのレベルの書きこみを真剣に受けとって発言するとは驚きだ。五輪・パラリンピックについては成功を期待している」とコメントした。

 蓮舫が日本国籍と取得した事実については,彼女の履歴をしっておく必要がある。,ウィキペディアには「日本の企業との間で貿易業を営んでいた父・謝 哲信と,『ミス・シセイドウ』だった日本人の母・斉藤桂子の長女として東京都で生まれた。台湾系日本人。青山学院幼稚園,青山学院初等部,中等部・高等部,青山学院大学法学部公法学科卒業。1995年から1997年にかけては北京大学漢語中心に留学と解説がある。

 現時点では,こういう組みあわせの父母から生まれた子は,日本国籍をもっているゆえ,前段のような発言はお話にならない程度に,故意の悪意に満ちていると受けとることもできる。それにしても,元外国〔籍〕人は信用ならない,「帰化した人間は信頼しないほうがいい」とでもいった「国籍的な差別意識」が正直に発露されている。もともと純ジャパ〔の日本人〕ならば,誰でも完全に信用・信頼できる人間しか,日本社会のなかにはいないのかといえば,とんでもない。その証拠には日本にもやはり警察も裁判所もちゃんとあるのだから,という話になる。

 結局,もともとつぎのようにたしなめられている話題なのであったが,どだい,おかしな話題の進行:脱線状態であったというほかない。この記述は2012年でのものである
◆ 蓮舫「18歳で日本に帰化するように父に言われ屈辱的だった」
→横浜市議「事実なら日本人やめて」◆
=『保守速報』2012年09月24日05:33,カテゴリ:民主党=
 
 いやはや,実に日中関係をめぐり,アツい議論が巻き起こった1週間ではありましたが,とんだところからとばっちりを受けたのが蓮舫議員です。彼女は台湾出身なわけですが,18歳の時に日本に帰化するよう父親から伝えられたとき齋藤達也画像に「屈辱的だった」と話したという説に,横浜市議の斉藤たつや氏が「これが事実ならば,日本人を止めていただきたい」とツイッターで発言しました。
 補注)ここにおける理屈には「論理の飛躍」どころか,文句を出して〔イチャモンをつけて〕いる側が,もとより手前勝手な〈思いこみ〉を露わにしていた。最初から決まっている特別製の定式があり,これに「合わない奴」の登場を非難・攻撃する手法であるが,いわんとする中身がただ没論理的であって,第3者に対して納得させうる材料に欠いている。
 出所)画像は斎藤達也(43歳),http://seijinomura.townnews.co.jp/profile.html?aid=197

 その後,斉藤氏に同調する人びとの存在に気を良くしたのか,同氏はガンガン「レンホウ議員が屈辱と感じていることを,日本破壊の方向につなげなければいいなと心配しています」などと愛国発言をするわけですね。最終的には, “「18歳のあなたにとっては帰化しろといわれたときどうでした?」という質問に,お答えいただければありがたいです”と蓮舫氏にツイッターで呼びかけました。

 しかし,冷静なツイッターユーザーから “当然のこととして,一般国民が「個人的主観を理由」に,他の国民の国籍放棄に言及するのは,人道的差別です」” とやんわりいわれ,斉藤氏は「要は,経緯はどうあれ,日本の国会議員なのだから,日本の国益のために活動してもらうことを願っています」とトーンダウン。

 まぁ,愛国をネットで謳うことにより,支持をえようと考えた節が斉藤氏にはあるわけですが,1人の人間を公人・私人どちらであれ,国籍についてネチネチと言及を続けるのはあまり美しくはないですね。

 それにしても,斉藤氏,ずっと「レンホウ氏」と書くわけですが,パソコンの予測変換で「蓮舫」と出ないんですかね。あれだけ名指しするんだったら,辞書登録するか,Google日本語変換を導入すべきと老婆心ながらアドバイスしたいと思います。
 註記)http://hosyusokuhou.jp/archives/18098903.html
 さて,蓮舫の政治家に関する以上のごときやぶにらみの話題は,桝添要一都知事の辞職したあとに都知事立候補者に誰が名のり出るのかという話題につながって,出てきたものであった。最近の安倍晋三自民党政権は,速成陣笠議員の数ばかり多いせいか,政治家としての言動面においてはろくでもない発想を披露してくれる者が多い(斎藤は市議だが)。この首相にしてこの自民党議員連というたしかな印象がある。

 ② 『日本経済新聞』2016年6月17日「春愁」の言及-桝添都知事の問題だけが政治家の問題か果て案-

 この日経のコラム「春秋」は,「サンドイッチ疑惑」をとりあげることよりも大事なことがあると指摘する。桝添都知事の問題ばかりで大騒ぎしていたマスコミに釘を刺している。

 桝添都知事の場合は「金額がセコい,そして判りやすいのである。これが何千万何億何十億だと,ちょっと別世界の話になるからおかしなものだ。あの甘利 明さんの1件は,結局どう説明されたのか。2020年五輪招致をめぐる『コンサルタント料』の謎は……。世の中がタマゴサンドで留飲を下げているうちに,うやむやの術が効いてくるんじゃないかと心配になる」というのであった。
 補注)そういえばつぎのようなニュースもあった。少し長目だが,ともかく引用しておく。
    2016年「5月11日付英紙ガーディアンの報道をきっかけに白日のもとにさらされた東京五輪招致をめぐる疑惑の背景には,こんな事情がある。ガーディアンの報道は,「招致委員会がシンガポールの『ブラック・タイディングズ(BT)』社に130万ユーロを振りこんだ」というもの。

 仏検察当局は翌日,「『東京2020オリンピック招致』という名目で,日本の銀行に開設された口座から総額280万シンガポールドル相当の資金移動を察知」「2020年オリンピック開催地の指名過程において汚職および資金洗浄がおこなわれたか否かを確かめるため,予審開始請求をおこなった」という声明を発表した。

竹田恒和画像 「コンサルタント料だった」としてBT社への支払いを認めた元招致委理事長,JOCの竹田恒和会長の国会答弁などによると,支払いは2013年9月の招致決定を挟み,国際ロビー活動などの契約で7月に約9500万円,成功報酬の意味合いを含む勝因分析の名目で10月に約1億3500万円の計約2億3千万円。竹田会長は「業務への対価で正当な支払い」と主張する。
 出所)画像は竹田恒和,http://digital.asahi.com/articles/GCO2016060101001458.html

 ところがこのBT社,経営者のタン・トンハン氏が,国際陸上連盟前会長で20年大会招致レース時はIOC古参委員として影響力のあったラミン・ディアク氏の息子パパマッサタ氏と関係が深いとされる。ロシア陸上界のドーピング隠蔽(いんぺい)疑惑を調べた世界反ドーピング機関の独立委員会報告書にも名前があった,いわくつきの会社なのだ。

 招致は「カネの力」で勝ちとったものだったのか。JOCは支払いの違法性を調査するため,弁護士をトップとする調査チームの設置を決めた。メンバーはJOCや東京都職員など,主に身内で構成する見通しだ。
 註記)http://dot.asahi.com/aera/2016052300242.html?page=1
    http://dot.asahi.com/aera/2016052300242.html?page=2
 〔日経コラム「春秋」に戻る→〕 どうも,日本人は忘れっぽい。四季の移り変わりに流されて,大事な事件を忘れていく。舛添氏のせこい話が面白く,そこに乗せられているうちに,大事なことを忘れてしまう。これは,過去もそうである。

 問題の内容は違うが,つぎへつぎへとマスコミも話題を移し,問題解決をしない。この問題解決をしないのが,高度なテクニックなのか,私たちが愚かなのか。そのため,同じような事件が起きては,また起きる。新たな話題で未解決かと思えば,首を挿げかえて一件落着,問題解決。これでは,不正は愚かなまま永遠に続くのである。卵サンドも大事だが,巨額な資金の動きの方が気になる。
 註記)http://d.hatena.ne.jp/morningstar/20160617

 つまり「桝添都知事の政治資金:不適切使用問題」のお祭り騒ぎ的な,集中砲火のような報道もいいけれども,もっと地道に追及する肝心な話題が残されているのではないかという指摘である。わけ甘利画像4ても,甘利 明元経済産業省大臣の贈賄集疑惑事件のその後は,実に甘いというか,はじめから検察庁は逃がすつもりだったと勘ぐられて当然の対応ぶりであった。検察庁も安倍晋三政権の味方?
 出所)画像は,http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/52269345.html

 --「特捜検察にとって “屈辱的敗北” に終わった甘利事件」(『郷原信郎が斬る』2016年6月1日)は,関連する事情をこう批判している。この記述から適当に論旨を拾い紹介する。

 a) 東京地検特捜部が,甘利元経済再生TPP担当大臣とその秘書のあっせん利得処罰法違反事件について,すべて「嫌疑不十分で不起訴」という処分をおこなった。特捜検察にとって, “屈辱的敗北” であり,まさに「検察の落日」である。時の政治権力に屈することなく,「厳正公平,不偏不党を貫く」というのが,検察の矜持だった。その検察を象徴する存在であった「東京地検特捜部」の看板は,地に堕ちたといわざるをえない。

 b) 甘利氏への現金供与の目的とそのさいのやりとりなどは,すでに『週刊文春』で報じられている薩摩興業側の総務担当者の話からも相当程度明らかであり,検察の手に寄らなければ犯罪の成否が判断できないというわけではない。今回のような「絵に描いたようなあっせん利得事件」が不起訴で決着すれば,もはや,この法律は,有力な国会議員による悪質な口利きと対価受領の事案に対してまったく使えないことになってしまう。要するに,与党議員ならやりたい放題だということだ。

 c) 今回の不起訴の直前の5月24日に,法務省にとって最大の懸案だった「日本版司法取引」「盗聴の拡大」等を内容とする刑訴法改正案が成立したことと,今回の甘利事件の不起訴処分との関係にも疑いの目を向けざるをえない。検察の屈辱的敗北が,「検察の落日」だけではなく,公正さを亡くした「日本社会の落日」とならないよう,今後の展開を期待したい。

 --このように体制側:与党側に生息している政治家であれば,明らかな贈収賄事件を起こしていても,平気でその追及からのがれられるような,ずいぶんいいかげんに融通性がある政治社会が現象している。桝添都知事騒ぎの影で,甘利 明はいままで国会を40日ほどずる休みしていた,最近ノコノコと顔を出してきた。これでもりっぱに日本の政治家が務まるのだから,政治家も3日やったら止められない(辞められない?)ということか。

 ③「世界経済どっち? 首相『大きなリスク直面』,月例報告『緩やかに回復』」(『朝日新聞』2016年6月17日夕刊)

 1) まえおきの文章
 5月に伊勢志摩サミットで開催されたG7で安倍晋三君は,日本経済というか世界経済に関する最近の現状は「リーマン・ショック寸前の危機に似ている」といった自説を,先進諸国の首脳たちに対してじかに披露していた。ところが,この見識は軽く一蹴される顛末になっていた。

 安倍晋三のその発想は,国際会議の場を安倍流に国内行政面に悪用しようとしたみえすいた魂胆であった。もっとも,自国内の専門部局ですら否定している経済情勢分析・認識すら,否定し,超越した方向で,それも自分流の理解をデッチ上げながら,よりによってG7の場において,自分の意見がもとより通用するような相手でもない各国首脳に対して,その危機「感」を訴えようとしていた。もちろん7月10日に実施される参議院選挙用のアドバルーンとして,その意識的(無意識的?)に間違った見解を捏造していた。

 ドイツのメルケル首相やフランスのオランド大統領あたりは,相当に鼻白む感じで安倍晋三に対していたという指摘もあるくらいである。日本を代表してわざわざ伊勢神宮近辺に先進国首脳に集まってもらいながら,みずからが日本国代表の恥さらしを演技していたとなれば,この首相はみずから恥さらしをしたことになる。
伊勢志摩サミット各国首脳画像
出所)http://www.asahi.com/topics/word/伊勢志摩サミット.html

 2) 記事本文の引用
 世界経済の現実はどっち? 安倍晋三首相が消費増税を再延期する根拠のひとつに「世界経済が大きなリスクに直面している」ことを挙げたのに対し,内閣府が6月17日発表した6月の月例経済報告では,海外経済は「緩やかに回復」と前月から景気判断を変えなかった。首相と,経済分析を担当する内閣府の景気認識をめぐる温度差が浮き彫りになった。

 月例経済報告では,「新興国の景気が下ぶれし,国内景気が下押しされるリスクがある」とする一方,海外経済については「全体としては緩やかに回復している」との表現を5カ月連続で変えなかった。石原伸晃経済再生相は17日の記者会見で「海外のリスクの高まりは(首相と月例経済報告の間で)共通認識としてある」と述べた。月例経済報告では国内の景気判断について「弱さもみられるが,緩やかな回復基調が続いている」との判断を据え置いた。

 --こういう事実は最低限でも,伊勢志摩サミットG7に参加した各国首脳は先刻,察知していたはずである。おバカさんが「うまくだませる相手」は,やはり「同じおバカさん」でないと無理であることは,誰にでも判りやすい道理である。ただし,その理屈でさえ判って〔気づいて〕いないのが安倍晋三君。そして,この彼,またもや民度の低いというか,民主主義の基本すらわきまえていない発言を,国際会議においておこなっていた。程度が悪すぎて批評する気もなくなりそうになるが,がまんしながら次項の記述に移る。

 ④「首相『「気をつけよう,甘い言葉と民進党』『民共批判』演説」(『朝日新聞』2016年6月14日朝刊)

 「気をつけよう,甘い言葉と民進党」。安倍晋三首相は6月13日の街頭演説で,参院選で共産党と選挙協力を進める民進党をこんないいまわしで批判した。これに対し,民進党の岡田克也代表は「ちょっと度が過ぎている。きわめて遺憾だ」と強い不快感を示した。
安倍晋三気をつけよう甘いことば画像
出所)http://ameblo.jp/daitoaseinenkai21/entry-12170449064.html
これをもじっていうと「気をつけよう へたな言葉と自民党」。

 首相は街頭演説で,連日のように「民共批判」を展開。13日も大分市の街頭演説で「野党統一候補の実態は共産党と民進党の統一候補。だまされてはいけない」などと訴えた。これに対し岡田氏は,東京都内で記者団に「総理大臣の言葉なのかと思う。共産党が大嫌いだという感じをおもちなのかもしれないが,公党に対して失礼だ。まるで,非合法政党みたいな扱い方だ」と憤った。

 --それはそうである。警察庁・公安庁・自衛隊など体制側の警備・治安・軍部当局側はそろって,日本共産党を敵視している。天下のりっぱな公党であるこの共産党であっても,反体制側である政党として,けっして信用していない。潜在的・現実的な犯罪性を潜在させる政党としてしかみていない。

 そもそも民進党などと共産党を,7月10日に予定されている参議院選挙で連帯させ,統一候補を準備させるための原因を作ったのは,ほかならぬ自民党政権である。国民:有権者の側でも共産党を支持し,選挙でこの党に1票を入れる者は大勢いる。その党をとらえて戦前・戦中の治安維持法そのままの政治感覚での発言を,安倍晋三は放っていた。民主主義の基本である相互寛容の精神がゼロである。

 日本共産党に問題がないわけではなく,大ありである。だが,そのような次元でものをいえば,自民党も公明党もかなりひどいものである(この2党の野合性は天下一品である)。「目くそと鼻くそ」のごとき話題になるからこれ以上触れない。ともかく,安倍晋三のいい方は,品位・品格以前の下劣さ・稚拙さがめだつ。

 彼が真似をしていったもとの文句は「気をつけよう 甘い言葉と 暗い道」というものであった。もともと冗談の空間でモノを解説しているアンサイクロペディアは,つぎのように記述している。

 「これは,夜道で女性が暴行された場合,被害者の女性にも責任があるかのように錯覚させることを前提にして,できているかのように錯覚する女性もいるのではないかと何者かに錯覚させている」。

 これは,錯覚したくなくとも,その前によくは理解できないような説明であるが,安倍晋三の文句のほうは,日本共産党をひたすら敵視する感覚でモノをいっているだけに,とても判りやすい。もっとも,国会での議論(論戦)ではいつも,共産党の議員にいやられっぱなしの安倍なものだから,悔しくそのようにいっている感もある。

 つぎにかかげる画像資料は,アベノミクス登場直後からこれをアホノミクスと蔑称してきた経済学者浜 矩子の新著の案内である(KADOKAWA)。(画面 クリックで 拡大・可)
浜矩子アホノミクス完全崩壊に備えよ表紙画像
出所)http://www.kadokawa.co.jp/product/321510000594/

 敵視する政党であっても何党であっても,民主主義の原理・手順にのっとって議員団を国会に送りこんでいることに変わりない。だが,この政党:日本共産党をまるで暴行犯でしかありえないかのように「騙る安倍晋三の口調」は,人間的な品性そのものとしてから問題があり過ぎる。

 その程度の人間が,日本国の首相をすでに2期務めており,4年半もの〈長期間〉にわたり,総理大臣としてデタラメ采配をおこないつづけている。そしてさらにいえば,この首相が首相であって問題があるけれども,悪いことにさらに,副首相もまた似通ったような人物である。この話題の人,実は以前,首相もやったことがあるというのだから,事態はまさしく悲劇的な様相を超克しきって,ほとんど,完璧に喜劇。
    ブログ『空瓶通信……夜の小話』(2014年01月30日)は題名「気を付けよう甘い言葉と暗い道」として,つぎのように安倍晋三の発言を混ぜっかえしている。安倍がこの文句を口に出す以前の記述である。
 
◆ テーマ:夜の小話 ◆

 最近美しい言葉が流行ってますね。広告機構とかのCMでしたっけ? ああいうの好きではないです。気を付けよう甘い言葉と暗い道。昔からそういいますよね。

 ※「お金より大切なものがある」 お金より大切なもの,たしかにありますが,それすら,お金がなくては守れない。

 ※「世界は仲間・・〔人類〕皆兄弟!!」 仲間とか兄弟でなければ外される。実際そうですから。

 ※「国家・国民の安全を守る」 そのために戦争ですか。死ぬのは若者ですよね。彼らは誰が守るんですか?

 ※「快適な生活・安全な社会」 そのためにボロボロになるまで働く。皆,働き過ぎ!!

 ※「絆がアナタを支えます。」 誰が私を守るって???? 頼れるのは自分ですよ。

 ※「日本は1つ」 嘘つけえー・・!! 鳥取県なんて誰もしらんくせに!!
  註記)http://ameblo.jp/bottle-mail/entry-11761212410.html なお,引用では補正をくわえた。この筆者は鳥取県在住か?
 ⑤「『90歳で老後心配,いつまで生きてるつもり』麻生副総理が発言」(朝日新聞2016年6月19日朝刊)
       
 自民党の麻生太郎副総理兼財務相が6月17日,北海道小樽市での講演で「90歳になって老後が心配とか,わけの分かんないこといっている人がこないだテレビに出てた。オイいつまで生きてるつもりだよと思いながらみてました」と語った。麻生氏自身も75歳だが,高齢者への配慮に欠けた発言として批判が出ている。

 麻生氏はこの日,小樽市の党支部会合で「1700兆円を超える個人金融資産があるのに消費が伸びていない」などと指摘するなかで「90歳の老後」に言及した。みずらの祖母が91歳まで元気だったと紹介し,「カネはいっさい息子や孫が払うものと思って,使いたい放題使ってましたけど,ばあさんになったら,ああいう具合にやれるんだなと思いながら眺めてました」とも語った。貯蓄より消費が重要として「金は使って回さないとどうにもならない」とも述べた。
 補注)麻生太郎など一族の「家」の経済状態だから,こういう話も成立しうるのである。ここに書かれているとおりに「老後の人生」を過ごせている「90歳」前後のジィーバは,はたしてどのくらい居るか?

 この点を説明してくれる統計・資料は多分ないはずだから,推測でいうほかないが,老人介護の問題で多くの人びとが苦労しているいまの日本社会のなかで,「カネはいっさい息子や孫が払うものと思って,使いたい放題使ってました」といった麻生太郎のバーバの場合を例に挙げて,日本社会における一般的な「老後の人生」問題が語れると思ったら,大きな間違いである。

 それに麻生太郎の祖父が91歳まで生きた時代とは,いったい何年ころであったのか? だいぶ以前になる。半世紀も昔の話である。時代背景的にもおそらく,いまに通用するような話ではなくなっている。
麻生太郎家系図
出所)https://all-souzoku.com/article/554/

 麻生家でなければなかなか通用しないような社会認識を,いかにも普遍性があるかのように,それもあのしたり顔で語っていたとしたら,説得力はないに等しい。安倍晋三の金銭感覚もすでに問題になっていたが(例のパート労働者の日給月給が25万円にもなるとの無知を口にしていた件),この麻生太郎も地方財閥の一族の1人として,どうしてもトンチンカンな発言が多い。

 --つづいてここでは,こういう引用をしておく。
★ マスコミが書かない麻生財閥の深い闇 ★
=『杉並からの情報発信です』2008年10月22日 =

 麻生財閥(麻生グルー プ)は現在,麻生ラファージュセメント(株)を中核に64社,総売上1,380億円,社員数6250名を数える九州屈指の企業グループである。麻生太郎氏 は,祖父麻生太吉氏,父麻生太賀吉氏の後を継ぎ,1973年にグループ中核企業の麻生セメント(株)の代表取締役社長に就任していた。

 1979年の衆議院議員選挙で初当選し政界に転進して家業を実弟の麻生泰氏に譲ったからといって,麻生太郎が麻生財閥の3代目当主でった事実は消せない。当主として戦前の麻生炭鉱の暗い歴史の責任から逃れられないのは,当然のことである。

 なぜなら,安倍晋三元(現)首相,福田康夫元首相に続いて,総選挙での国民の審判を受けることなく,自民党総裁選で勝利して2008年9月に第92代内閣 総理大臣に彼が任命されたのは,麻生財閥のもつ財力であり,その大部分は,戦前の麻生炭鉱に強制連行されて来た朝鮮人労働者1万人をただ同然で酷使して搾 取した巨額の未払い賃金がその源だからである。

 戦前の麻生炭鉱で10,000人の強制連行朝鮮人を強制労働させ,賃金をそっくり搾取す ることなくしては,現在の麻生財閥はありえず,したがっていまの麻生太郎内閣総理大臣もありえなかったといっても過言ではない。戦前の麻生炭鉱での劣悪な 労働条件の実態は,下記URLの調査報告書「麻生炭鉱の強制労働」(戦時強制労働の調査「人権平和・浜松」)に詳しく書かれている。
 ⇒ http://www16.ocn.ne.jp/~pacohama/kyosei/2asou.html

 この調査報告書のなかで,強制連行朝鮮人労働者がどのように働かされ支配され,搾取されていたのかが詳しく書かれている。たとえば,こう書かれてもいる。

 「納屋の布団は万年床で真っ黒であり,交替制で誰かが寝た。人繰りが毎夕入坑の督促をし,二交替制だったが,〔朝〕5時に入坑して昇坑が〔夜〕10時ということも珍しくなかった。坑口から600メートルを人車で行き,そこから切羽まで歩いた。朝鮮人が危険なところを担当した。検炭係がボタの量を見て函引きし,賃下げを した」。

 「低賃金で遅配が多く,食事も衛生も悪かった。納屋の頭領は賃金の3割ほどをピンハネした。労働災害があっても朝鮮人には適用されなかった。納屋では独身坑夫が死んでも朝鮮の故郷にしらせないことが多かった。遺族に弔慰金や補償金を支払うのが惜しく,アリラン集落の下の無縁墓地に埋めて知らん顔だった。1934年のガス爆発の時には生存者がいても密閉したために朝鮮人が入坑を拒否した。

 註記)『林・記録』305~,321頁。

 また,朝鮮労働者がどのように強制連行されたのかの具体的な証言も書かれている。
 〔記事の引用(残りの部分)にようやく戻る→〕 麻生氏の発言に対し,民進党の岡田克也代表は大分県由布市で「国は年金や医療,介護制度で,高齢者の不安に応えなければならない。私は非常に怒っている」と批判した。(記事引用終わり)

 --要するに,現在の日本社会において重大な問題になっている老後生活・老人介護などの問題に対して,この麻生太郎には発言する資格がない。発言したところで,前段のように大きく的を外した盲論にしかなっていない。

 大金もちの財閥一家のなかで余生を過ごしてきた「太郎のおばあさん」のことだったからこそ,また幸いにも耄碌もせず(もうろ麻生太郎画像7く:認知症にならずに),思う存分に浪費するお大尽の生活をできていた。したがって,この実例に関していえば,庶民の平均的な生活実感とは無縁のものである。
出所)画像は,http://xianxian8181.blog73.fc2.com/category4-1.html 麻生太郎君,この文句の意味を「判っていっているようには聞こえない」。

 ましてや,安倍晋三政権が庶民に要求しているらしい「3世代同居生活」など,昨今の平均的収入しかない家庭・世帯にとっては非常な重荷となっている。実際,同じ屋根の下に住んでいるのに,父母の介護すらしない(できない)で死に至らせている場合があり,また老齢の父母が死亡したあと,そのまま部屋のなかに放置しておいたりする〈事件〉も発生している。

 そこまでに至らなくても,老齢の父母が介護ホームに入所する問題は,子どもの世代層にとってはたいそうな負担である。父母自身がホームに入居するための資金を十分に準備でもしておいてくれればまだしも,そこまでできる父母はけっして多数派ではないはずである。なにもかも問題だらけという状態である。

 麻生太郎君,そもそも,君はこうした類いのあれこれ・もろもろの現実が,まともにみえているのか? 自分の祖母の特殊な事例では参考にならない。この問いかけはさておき,学術的にまともな知見に,関連する事情を教えてもらおう。
☆「筒井淳也(計量社会学),三世代同居促進政策は有効か
-データから見えてくること」☆

=『SYNODOS』2016.01.27 =


 昨〔2014〕年から,にわかに「三世代同居」が政治的な議題に上がるようになった。

  2015年3月20日に閣議決定された「少子化社会対策大綱」では,「祖父母等による支援:家族において世代間で助けあいながら子や孫を育てることができるようにするため,三世代同居・近居を希望する方がその希望を実現できるよう三世代同居・近居を支援するための優遇策等の方策を検討する。また,UR賃貸住宅による三世代同居・近居への支援を引き続き行う」(施策の具体的内容)とある。
    --この間の中段を大幅に省略して,
    以下の結論に進む(飛ぶ)--

 個体ごとにみたときも(つまり同一個体の異時点間を比べた場合でも),同居率と出生率は正の相関にあることがわかる。しかし,「三世代同居を推進すれば出生率は上昇する」という結論までは,まだ遠いのだ。
 註記)http://synodos.jp/society/16033  くわしくはこの住所を検索して一読されたい。
 さて,政権・体制側に対してはいつも辛口の報道しかしない『日刊ゲンダイ』に,以上に該当する内容をどのように書いているか,つぎの記事に聞いてみたい。

 ⑥「麻生大臣また失言『90歳,いつまで生きているつもりだ』」(『日刊ゲンダイ』 2016年6月18日

 麻生太郎財務相(75歳)がまた失言だ。6月17日,北海道小樽市での自民党支部大会の講演中,「90になって老後が心配とか,訳の分からないことをいっている人がテレビに出ていたけど,『おまえいつまで生きているつもりだ』と思いながらみていました」といってのけたのだ。

 麻生大臣は国内の個人消費が伸びない経済の現状について,「あったらその金を使わなきゃ,なんの意味もない。さらに貯めてどうするんです」と指摘。その後に冒頭の発言をした。

 麻生大臣は2013年1月にも「政府の金でやってもらっていると思うと,ますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらうとか,いろんなことを考えないといけない」と高齢者批判をして,撤回していた。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/183879

 この麻生太郎,「バカは死ななきゃ治らない」の典型的な一事例である。安倍晋三は「傲慢で幼稚」「暗愚で無知」「恥知らず」とまで非難されてきたが,この太郎君はなんといわれればいいのか? 「驕慢で稚拙」「軽率で無恥」「常識的感覚ゼロ」とも形容したらいいのかもしれない。         

◆ 麻生太郎の部落発言について ◆

 「麻生太郎による部落差別,野中広務に対する発言」の問題。……2008年9月ごろにネット上に出ていた話題である。ウィキペディアにはすでにそのまとめが出ているが,ここではつぎのような文章を拾い紹介しておく。

 --野中氏は政治家となる前は「大阪鉄道管理局」に勤めていた。彼はそこでまじめに働き,有能だったため同期のなかで一番出世した。しかしあるとき野中氏が隠していた「部落出身者」という事実が職場でしれわたると,彼の出世を妬む人間により職場に居づらくなった。結局,野中は退職し,差別をなくすために政治家となることをめざした。

 そのような政治家としてのアイデンティティ(原点)すら否定される発言をされれば,一生恨みをもたれるのは当然である。これと魚住昭野中表紙いった苦労もせずに政治家になった麻生は,人を慮った言動ができていない。野中広務に対しての『被差別部落出身者発言』。いまだなんの説明もしてない。このまま逃げつづけて,総裁になるつもりか?
 註記)画像は講談社,2006年発行。

 私は許せない。単なる失言とはいえない部類のものだと思う。『あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなぁ』〔と麻生はいったのである(本人は否定しているが,野中は3名以上の証人からその事実に関する裏をとっていた)。

 だが,その発言をなかったことにして,やり過ごしていいのか? アイヌ民族の問題なども最近あらためて話題になっている。いったならいったで,認めたらどうか? 逃げ得は許せない。皆さんは,どう考えるか? 軽い問題か?
 註記)http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1319077553

 ここで日本社会における差別問題のいくつかが出そろった。在日韓国・朝鮮人,部落出身者,アイヌ(ウタリ)などの問題である。さらに,女性差別や性的少数者差別,障害者差別もある。

 麻生太郎はそのうち間違いなく2つに対して,すなわち,企業組織と政治組織において他者に対する差別意識を,いいかえれば,自分:同族の会社にかかわる歴史問題として制度・客観的に,そして自民党政治家としての差別発言問題として個人・主体的に,それぞれかかわってきた。


 【桝添都知事の政治資金問題でも,自分で雇って登場させた「第3者としての弁護士」に弁明をさせていたが,東電も自社で雇った弁護士たちに,原子炉溶融問題の責任転嫁をいわせていた】

 【参議院選挙を控えて民進党を攻撃させる原子力村側の根回し】


 【民間企業として当事者能力のない東電はゾンビ】


 ① 『日本経済新聞』の見出しはまさに原子力村の一員である特徴を表現している

   ☆ 本日〔2016年6月17日〕の『朝日新聞』朝刊1面左上に,見出し「東電社長『炉心溶融使うな』第三者委,隠蔽は否定 福島事故」という記事。

   ☆ 『日本経済新聞』朝刊も1面左上に,見出し「指示,官邸の意向か-元社長が『炉心溶融 使うな』」という記事。


 『朝日新聞』よりも『日本経済新聞』のほうが「東電側の意向(企み)」に対して,よろしく協力する方向で見出しを出している。本日正午のニュースでは,民進党(「3・11」時点では民主党の官房長官だった)枝野幸男衆議院議員が,東電の発言に対して猛反発する見解を披露していた。
 補注)大手マスコミ全体が安倍晋三の顔色をみながらニュース報道をする時代である。NHKの放送をはじめとして,われわれの側では,いつでもマユツバのポーズを採れるようにしながら,報道を聴いている必要がある。つぎの2表は,左側が『朝日新聞』記事の,右側は『日本経済新聞』記事のかかげていた〈要点〉である。
  『朝日新聞』2016年6月17日朝刊7面東電第3者委員会報告 『日本経済新聞』2016年6月17日朝刊2面東電報告画像
 それにしても,大企業の基本資質としてみるときすでに,当事者能力は半分すらもありそうにもみえない東電であるが,7月10日に予定されている参議院選挙で,自民党を応援するための高等戦術のつもりか,このように手前勝手ないいぶんをいいだしはじめた。
★ 東電 “炉心溶融” 隠し「官邸の指示」報告に枝野氏猛反論
やっぱり第三者委員会の調査は信用ならない ★
=『日刊ゲンダイ』2016年6月17日=

 福島第1原発の事故で「炉心溶融(メルトダウン)」の公表が遅れた問題。〔6月〕16日,東電が設置した第三者検証委員会が報告書をまとめたが,東電擁護の色合いが濃いうえ,このタイミングでの発表にも疑念が湧く。

 報告書では炉心溶融の公表が遅れたのは,「当時の清水正孝社長が『炉心溶融という言葉を使うな』と社内に指示していた」からとし,その理由として,「首相官邸側から炉心溶融に慎重な対応をするよう要請を受けたと清水社長が理解していたと推定される」とまとめた。

 官邸からの「圧力」があり,東電側が意図的に隠蔽したのではないと結論づけたいようだが,驚くのは当時,官邸にいた民主党政権の政治家にはいっさい,聞き取り調査をしていないことだ。

 当時,官房長官だった民進党の枝野幹事長は,17日午前,臨時の記者会見を開き,全面否定。「東電関係者の釈明を述べたに過ぎず,官邸の関与を示唆しながら私や菅元首相に聞き取りの要請もなかった。不十分かつ一方的で参院選への妨害との疑いも免れない」と反論し,東電への法的措置も検討する考えを明らかにした。

 官邸関係者から話を聞かなかったことについて,第三者委の田中康久委員長は「調査権限が限られており,短期間では難しい」といっていたが,聞き取りできないほど公表を急ぐ必要があったのか。

 この調査結果は,「民主党政権はやはり酷かった」という印象を強めることになるのは間違いない。まもなく参院選公示というタイミングで公表されたことに,なんらかの意図が働いてはいまいか。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/183763/1
     http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/183763/2
 そもそも,2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに発生させた東電福島第1原発事故は,当事者である東電じたいの責任がかぎりなく大である。ところが,原発事故後の経過をみても,現場の後始末は,例の地下汚染水問題からしてなにも解決できていないだけでなく,いったいいつになったら廃炉工程にまで進めるのかさえ,皆目見当すらついていない。
  清水正孝画像11清水正孝12画像
  出所)http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1459222114 「嵐になれば現場にみんな駆けつける」そうであるが,嵐になったとき真っ先に病院に入院(雲隠れ)したのが,この人であった。

 原発事故に関しては,前掲の記事で当時の社長清水正孝がいったという「官邸側が炉心溶融ということばを使うな」といった点は,いまのところ,確たる証拠のない発言であり,しかも東電が自前で組織した「第3者委員会」を通して公表させたいいぶんであるから,ほとんど信頼度がない。

 この清水正孝という当時社長は,「3・11」直後は東電傘下の付属病院に入院する始末で,幹部としては使い物になっていなかった「シロモノ」的な人物である。

東京新聞2014年1月16日東電支援資金画像 それが,いまごろになって「3・11」当時の政権側に責任をなすりつけるような発言をしだしている。いままで,国家・国民(市民)側が東電のための投入した救済資金は,優に10兆円を超えている。自社の事故をめぐるあらゆる責任問題を他者・他所に転嫁することに,そろそろ全力を集中はじめでもしたのか?
 出所)右側画像は,http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/economic_confe/list/CK2014011602000137.html

 桝添要一都知事が政治資金の問題で使途が不適切だったという報告を,自分で雇った弁護士に弁解させることで,第3者の目をもってきびしく調査させたといいわけしていた。だが,自分で経費を負担する弁護士への依頼である。信頼性・信用度は,何段階も格落ちするほかない。

 ② 東電が自社で雇った弁護士集団が第3者検証委員会を組織するのだから,もともと信頼度に問題あり

 東電の原発事故に関する「第3者だという検証委員会」も同然であって,東電の申し開き・自己弁護のための「第3者」でしかないことは(もとよりそうといえるかさえ疑問が投じられて当然),自明の理である。依頼された弁護士は,東電のためにもっとも有利になる最適解・最善策を,調査という名目のもとに公表するに決まっている。つまり,最初から徹頭徹尾,出来レイースで,マユツバものの報告である。たかがしれている。「第3者」という意味が逆立ちしている。

 ユーチューブ動画に,元東電の従業員で福島第1原発で実際に働いていた技術者(専門家)が証言している。この人物は,東電側が関連する記録(資料・統計)を隠蔽している。提出しているものでは,その真相がほとんど把握できないと明言していた。

  ※-1 元東京電力社員・木村俊雄が告発する福島原発事故の真相
 
  ※-2 元東京電力社員・木村俊雄が告発する福島原発事故の真相


 ③ 元東京電力社員・木村俊雄が告発する福島原発事故の真相(『情報速報ドットコム』2013.08.09 12:00,http://saigaijyouhou.com/blog-entry-670.html)

 【最重要】 元東京電力社員木村俊雄氏が告発した福島原発事故の真実! 
       東電が嘘のデータをでっち上げて,地震による被害を隠した! 
       理由は原発再稼働のため! 証明されると原発は完全停止に!


   後藤政志(1949年生まれ,元東芝原子炉格納容器設計者)も同席している動画である。木村の滑舌がやや聞き取りにくい感じもあるが,その内容は非常に重要であり,東電のいいぶんがなにも信用できなくなるほど貴重なものばかりである。ただ,技術的にむずかしい中身なので,なんども繰りかえして視聴する必要もあると思う。

    ◆ 前掲動画の内容解説 ◆

 a) 東京電力福島第1原発の元作業員である木村俊雄氏が,福島原発事故について重要な情報を暴露していたので,ご紹介します。以下の動画は暴露時の会見ですが,木村氏が技術者の専門用語などを多用していることから普通の方はなかなか理解しがたいかもしれません。

 基本的には「福島原発事故は地震が原因で発生した可能性があるのに,東電が重要な資料や情報を隠している」という事を木村氏は述べています。「想定外の津波」ならば,法的責任は追求されませんが,「想定内の地震」だと話は違ってきますので,木村氏の情報は非常に重要だといえるでしょう。

 b) 簡単に木村氏が述べていたことを要約すると,こうなる。--いまの原子炉には100分の1秒単位で状況を記録する装置があり,少なくとも津波で電源喪失になるまでの過程が詳細に記録されている。 それをみれば,地震の影響がどうだったのかわかるのに,東電はそれの公開を拒んでいるのが現状。

 しかも,東電はそんなものないかのごとく, まったく別のデータで「地震の影響なし」の話をでっち上げて発表。というか,東京電力は「地震によって原発に損傷はなかった」という結論ありきで,その結論に則しているデータだけしか公表していない。

 そんなことをする理由は, 津波の影響だけなら,防波堤と電源確保を確実にしとけば,全国で原発を再稼働することができるからである。

 だが,小型の圧力配管が壊れていることが判明してしまうと, 原子炉の膨大な配管をすべて見直ししなければいけなくなってしまう。そうなると,結局のところ「既存の原子炉の稼働は実質的に不可能である」ことを意味してしまう結果になり,原発再稼働は不可能になる。
 補注)原子炉を囲んで配管が100キロメートル前後(以上)もあるという原発である。しかも,耐用年数が40年も経過していた東電福島第1原発1号機などは,あの大地震で何カ所あるいは何十カ所で破断したり,外れたりした可能性は否定できない。東電側はその可能性を完全に遮断しておき,世間の批判が起きないように対応している。そうやって,関連する記録(統計・資料)を出さずに隠蔽しつづけている。

 c) だから,東電と技術者達は良心とプライドを投げ捨てて嘘をつく。原子力規制委員会もすべてをしっているが,無視しているという感じですね。この件に関しては前々からいわれていたことですが,元東電社員という肩書きがある方が資料とともに暴露したことから,あらためて確認することができました。

 もっとも重要なのは原子炉に設置されている記録装置で,これをどうにかして公表すれば,日本中の原発が止まるかもしれないということです。やはり,原発再稼働問題は福島原発事故と直結しています。自民党が事故調査委員会を国会に呼ぶのを嫌がっているのも,このような問題が表面化してしまう可能性を怖がっているのでしょう。

 全国各地で再稼働反対運動をするのも良いですが,一番はこの原発記録装置のデータ開示を求めることだと私は思います。

 ④ 当事者能力なしの東電が「原子力村の総意」を受けて反撃しているが,国家・国民(市民)を愚弄する経営姿勢が露骨 

 本日『日本経済新聞』は3面に「溶融した原子炉」の図解を出しているが,例によって圧力容器から溶融して格納容器の底面にデブリが溜まっている絵を描いている(次項 ⑤ に出してある)。しかし,そのような状態でデブリが留まっているのかどうかについては,まだ誰にもいっさい判っていない。地下汚染水の放射性物質汚染も,いまだに延々と暗中模索でしないような対策が講じられつつづけるだけで,なにも解決されていない。

 そんなこんな状態であるにもかかわらず,東電がこの時期に自己弁明をするためとはいえ,どうみても,手前味噌の報告以外にするはずがない。「自社経費負担の第3者検証委員会」に,今回のような報告をさせるというのは,この会社の基本体質があいもかわらず「国家・国民(市民)全体」を舐めきっている特性をもっているせいである。

 「3・11」直後に計画停電を強行した東電のやり方を,われわれはまだよく覚えている。電力が絶対に不足していたわけでもないのに(ピーク時の電力使用量が少ない3月の時期であった),計画と称した勝手な停電をおこない,事業体や家庭に多大なる迷惑をかけていた。

 ⑤「〈きょうのことば〉炉心溶融は事故想定のなかでも最も過酷な原発事故」(『日本経済新聞』2016年6月17日朝刊3面)

 ▽ 通常,原子力発電所の原子炉は水で満たされており,燃料棒が集まった炉心が異常に過熱するのを防いでいる。だが,原子炉内の水がなくなって燃料棒がむき出しになると,過熱状態になり,最後には炉心が溶ける。
『日本経済新聞』2016年6月17日朝刊3面原発溶融図解
 補注)各紙の出してきたこの種の画像-ここでは右側の原子炉-はすべて,「格納容器の底面」にデブリ(核燃料が溶融して落下した塊)が留まっている図解を描いている。
 
 だが,そうであるという具体的な証拠はまだえられていない。建屋の底まで落下している可能性もある。ところが,そうした図解はけっして「描き」たがらない。

 そのように描かないからといって,その可能性がないわけでも,事故状況に関する想定から排除できるわけでもない。世論を誘導するためにそのように限定して描いていると非難されても,反論はできないはずである。

 燃料の外側を覆う金属も溶けるため,中に閉じこめられていた放射性物質が外へ出てしまう。最悪の場合,溶けた燃料が圧力容器なども破り,放射性物質が大量に放出されることになる。「メルトダウン」とも呼び,原発が想定するなかでもっとも過酷な事故だ。ただ,学術的な定義はなく,用語の使われ方はまちまちだ。
 補注)「学術的な定義はなく,用語の使われ方はまちまちだ」といいいきることはできない。まちまちにでも,いろいろな説明・解説が与えられている。もっとも,原発事故=溶融した事故ではどれもこれも過酷で重大な事故となっている。とくにチェルノブイリと福島第1原発事故がその見本である。
福島第1原発事故現場航空写真
出所)左から1・2・3・4号機(画面 クリックで 拡大・可)
http://www.asyura2.com/11/genpatu8/msg/430.html

 ▽ 過去の炉心溶融事故は1979年の米スリーマイル島原発事故や1986年の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故がある。チェルノブイリ事故では,原子炉も壊れ,放射性物質が大量に外部に放出された。日本では福島第1原発事故の前まで,炉心溶融を起こす過酷な事故を想定しておらず,対策も電力会社に任せてきた。

 ▽ 東京電力は福島第1原発事故で,炉心溶融が起きたことを事故の2カ月後に正式に認めた。現状で,1号機の炉心が55%,2号機が35%,3号機が30%損傷したと解析している。事故から5年目を迎えた今〔2016〕年2月になって,事故当時に炉心溶融の基準を明記した社内マニュアルがあったことを明らかにした。事故の3日後には炉心溶融と判断できたという。(コラム引用終わり)
 補注)とくに3号機については,つぎの画像資料に説明させておく,「3号機が30%損傷したと解析している」というのは,とうてい解せない解説である。
福島第1原発事故1・3号機爆発画像
出所)http://ryuma681.blog47.fc2.com/blog-entry-280.html

 --「3・11」原発事故に際会した原子力工学の専門家であれば,発生の直後から炉心溶融がはじまっていたことは,理論的にも実証的にもすぐに理解できた問題であった。それが当事者である東電が〈判らなかったのどうだの〉と申しひらきをしてきた。お話にならないひどさ・体たらくの原発管理体制であった。

 筆者の場合は,2011年3月12日の午前中早い時間帯に走行している自動車中で,原発事故のニュースをラジオで聴いたとき,アナウンサーの話している内容がなにやらさっぱり要領をえない説明であったが,これを聴いていてかえって,東電福島原発ではなにか重大な事故が発生しているに違いないということだけは感じた。

 東電は今後も,原発は1基も再稼働すべきではない。その必要もない電力の需給事情でもあるのだから……。

 
 【新自由主義・規制緩和政策・反民主主義・非平等主義・扇動主義(ポピュリズム)のアベノミクス・アベノポリティクス】

 【そして,そのアベコベミクス・アベノリスクの効果ばかりが発散されてきた,経済の現実と社会の機能】


 ① 歴史社会学者・小熊英二「〈論壇時評〉二つの国民 所属なき人,見えているか」(『朝日新聞』2016年5月26日朝刊)
小熊英二画像
 ※ 執筆者紹介 ※ 「おぐま・えいじ」は1962年生まれ,慶応義塾大学教授。

 『単一民族神話の起源』(新曜社,1955年)でサントリー学芸賞,
 『〈民主〉と〈愛国〉』(新曜社,2002年)で大佛次郎論壇賞・毎日出版文化賞,
 『社会を変えるには』(講談社,2012年)で新書大賞,
 『生きて帰ってきた男』(岩波書店,2015年)で小林秀雄賞を受賞。
 出所)画像は,http://blogos.com/article/135394/ 

 a) 19世紀英国の首相ディズレーリは,英国は「二つの国民」に分断されていると形容した。私見では,現代日本も「二つの国民」に分断されている。

 そのうち「第1の国民」は,企業・官庁・労組・町内会・婦人会・業界団体などの「正社員」「正会員」とその家族である。

  「第2の国民」は,それらの組織に所属していない「非正規」の人々だ。

 この分断の顕在化は,比較的最近のことである。私が国立国会図書館のデータベース検索で調べたところ,雇用関連の雑誌記事の題名に「非正規」という言葉が使われたのは1987年が初出だ。そしてそれは2000年代に急増する。

 それ以前も「パート」「日雇い」「出稼ぎ」などはいた。だが,それらを総称する言葉はなかった。「パート」や「出稼ぎ」でも「正社員の妻」や「自治会員」である人も多かった。単に臨時雇用というだけでない「どこにも所属していない人びと」が増えたとき「非正規」という総称が登場したともいえる。

 彼らは所得が低いのみならず,「所属する組織」を名乗ることができない。そうした人間にこの社会は冷たい。関係を作るのに苦労し,結婚も容易でない。

 b)『週刊東洋経済』の特集「生涯未婚」は,「結婚相談所なんて正社員のためのビジネスだとわかりました」という34歳男性の言葉を紹介している(特集「生涯未婚」『週刊東洋経済』2016年5月14東洋経済2016年5月14日号表紙日号)。

 女性の7割は年収400万円以上の男性を結婚相手に期待するが,未婚男性の7割は年収400万円未満である。その結果,男女とも結婚できない。

 50歳時点で一度も結婚していない「生涯未婚者」は,2035年には男性で3人に1人,女性で5人に1人になると予測されている。

 これは所得の問題だけではない。昔なら低所得でも,所属する企業・親族・地域の紹介で「縁」がもてた。所属のない人びとはそうした「縁」がないのだ。

 こうした「第2の国民」は,どの程度まで増えているのか。統計上の「非正規雇用」は4割だが,藤田孝典は「一般的に想像されるような正社員は実は急減している」という(藤田孝典・白河桃子「対談;婚活ブームを総括しよう」『週刊東洋経済』2016年5月14日号)。

 労組もなく,労働条件も悪く,「10年後,20年後の将来を描けない周辺的正社員」が増えている。そして「彼らの増加と未婚率の上昇はほとんど正比例」というのだ。

 低収入で家族もいない人が増加すれば,人口減少だけでなく,社会全体の不安定化に直結する。〔2016年〕1月に犠牲者15人を出したスキーバス事故の背景に,高齢単身運転手の劣悪な労働・生活状況があったことはテレビでも報道された(テレビ番組・NHKスペシャル「そしてバスは暴走した」2016年4月30日放送)。

 c) それにもかかわらず「第2の国民」が抱える困難に対して,報道も政策も十分ではない。その理由は,政界もマスメディアも「第1の国民」に独占され,その内部で自己回転しているからだ。

 日本社会の「正社員」である「第1の国民」は,労組・町内会・業界団体などの回路で政治とつながっていた。彼らは所属する組織を通して政党に声を届け,彼らを保護する政策を実現できた。

 もちろん「第1の国民」の内部にも対立はあった。都市と地方,保守と革新の対立などだ。〔19〕55年体制時代の政党や組織は,そうした対立を代弁してきた。いまも既存の政党は,組織の意向を反映して,そうした伝統的対立を演じている。

 報道もまた,そうした組織の動向を重視する。新聞紙面をみるがいい。記事の大半は政党・官庁・自治体・企業・経済団体,労組といった「組織」の動向だ。一方で「どこにも所属していない人びと」の姿は,犯罪や風俗の記事・コラム・官庁の統計数字などにしか現われない。

 政党も報道機関も,「組織人」と「著名人」しか相手にしない。というより,組織のない人びとを,どう相手にしたらよいか分からない。私はある記者から,こんな話を聞いたことがある。

 福島原発事故後,万余の人が官邸前を埋めた。米国大統領府前で万余の人が抗議すれば,大ニュースになるはずだ。しかし日本では報道が遅く,扱いも小さかった。その理由について,その大手メディア記者はこう述べた。

 「あの抗議は労組や政党と関係のない所から出てきた。組織がないのに万単位が集まるなんて,なにが起きているのか理解できなかった。私たちは組織を取材する訓練は受けてきたが,組織のない人びとをどう取材したらいいかわからない」。

 30年前ならこの姿勢でもやっていけただろう。だが所属組織のない人びとが増えるにつれ,「支持政党なし」も増え,新聞の部数は減る一方だ。「第2の国民」にとって,新聞が重視する政党や組織の対立など「宮廷内左派」と「宮廷内右派」の争いにしかみえないからだ。これは媒体が紙かネットかの問題ではない。

 政策もまた,認識が古いために,的外れになっている。堀内京子は,官邸主導により,少子化対策として「3世代同居」優遇税制が導入された経緯を検証している(堀内京子「現実無視のイデオロギーが税制歪(ゆが)める 首相指示により『3世代同居』前面へ」(『Journalism』2016年5月号)。
3世代同居画像
出所)http://yamatodamasii.jp/1694.html

 だが平山洋介によれば,3世代世帯は持ち家率が高く,住宅が広く,収入が多い(平山洋介「『三世代同居促進』の住宅政策をどう読むか」『世界』2016年4月号)。3世代世帯の出生率が高いとしても,恵まれた層の出生率が高いというだけだ。それを優遇しても,少子化対策として効果はなく,恵まれた層をさらに優遇するだけだという。

 放置された「第2の国民」の声は,どのように政治につながるのか。誰が彼らを代弁するのか。この問題は,日本社会の未来を左右し,政党やメディアの存亡を左右する。これは,この文章を読んでいるあなたにも無縁の話ではない。

 --本ブログはその間,ほかの論題で議論することがあったためそちらを優先していた。スクラップしておいたこの小熊英二の記事は,今日までとりあげていなかった。この小熊が指摘するのは,21世紀に入って顕著になっている日本社会内部の具体的な現象,新しい形態・関係をともないながらも減少している〈階層的な分化〉,すなわち「第1の国民」と「第2の国民」への分離現象である。

 たとえば,結婚仲介業の新聞広告がときたま出ている。これをみると,あたかも「絵に描いたような新婚家庭」が誕生したかのように,その広告のなかでは「成婚実例」が紹介されている。非正規労働者群にとっては「夢でしかない・本物の話ではない」と受けとるほかない,その羨ましい成婚事例がたくさん紹介されている。「第2の国民」の立場のほうに吹きたまっている人びとからみたそれらの姿は,遠くの山々の風景を仰ぎみるごとき気分で羨望するほかない。

 現在もなお,非正規労働者はその絶対数も相対率も増やしつづけている。例のアベノミクスは,そうした現実問題とは異次元における独り言であるかのように,1人勝手に語られている。いまどき安倍晋三君の経済政策がまともに効果を発揮していると認める者は,ごく一部の者をのぞいて,ほとんどいない。

 安倍晋三政権は,出生率 1.8という目標(希望的観測)をかかげていたが,結婚そのものが高望みになってしまっている「第2の国民」の立場にとってみれば,その目標値は,いったいなんのための絵空事かと,ただしらけるだけである。

 本ブログ内で別に論じてもいたが,大手新聞社の記者たち(正規社員)でもとくに,日本経済新聞や朝日新聞や読売新聞の彼(女)らやテレビ局の本社員たちは,平均年収では1千数百万円である。この「第1の国民」であるこのヒトたちは,小熊英二によれば「第2の国民」の生活実態の取材がよくできていないというのだから,両者間の断絶ぶりは,並大抵のものではない。

 ましてや,お坊ちゃま宰相や貴族きどりの副首相兼財務大臣などに,庶民たちの生活実態をもっと実感的に理解しろといっても,とうてい「判るはずもない」のである。文中に出ていた「3世代同居優遇税制」の提唱は,その事情を正直の物語った〈典型的な実例〉である。

 安倍晋三政権の中枢に位置する政治家たちは,いまの日本国民の生活状況などまともに把持できていない。それでいて,エラそうに,しかもトンチンカンにも経済・社会政策を計画し,推進しようとしてきたのだから,まことに始末に困った〈連中〉である。いいかえれば,政治要人としては不適格な者たちがいまの政権の中枢を占めている。

 要は「第1の国民」と「第2の国民」のあいだには大きな割れ目が介在している。だが,事情・場合によっては,前者「第1の国民」であっても,後者「第2の国民」のほうに移動することを余儀なくされる不運・不具合が,突然発生しないとは限らない。

 その種の不安・心配がいつもまとわりついているのが,現代日本の経済社会のなかに生きているわれわれの実生活である。非正規労働者層集団が拡大する兆候は,すでに40歳台にまで進行しつつある。結婚とか出産といった人生の節目になる出来事とは無縁なままに,自分の生涯を見通すほかない人びと,つまり「第2の国民」が否応なしに増大している。

 人口が減少する兆候が実際に出はじめてからすでに10年以上が経っている。安倍晋三政権がかかげている「1億総活躍」などといった標語は,ずいぶんのんきなものである。このようなことばに酔っている最中に,日本の人口は1億を切る時代に向かい走っている。

 かつて「1億火の玉だ」と絶叫された「戦争の時代」においては,朝鮮人と台湾人,つまり植民地の人民がくわえられたその「1億の看板」であったものが,いまとなっては「1億」などと叫んでいるうちに,この数がどんどん目減りしていくありさまである。

 だから,識者によっては1千万人の移民を受け入れろと提唱している坂中英徳(元法務相入国管理局長)もいる。日本の人口はともかく,2004年を頂点にして徐々に減少しはじめている。2010年に死亡者数が出生児数を上回りはじめており,2060年には日本の人口が1億人を割ると予測されている。

 本気で人口政策にとりくまないかぎり,このままずるずると日本国の人口は減っていくだけである。親類筋にある幼稚園児がいるが,この児が介護施設を訪ねて感想をいわく「わぁー,ジィーバがイッパイいる」とか。孫1人に対して祖父母4人〔寝たきり状態でも健在(生きている)ならばこの4名〕が付く時代である。人口の構成が逆さピラミッドになっている。

 以上,小熊英二の議論に関していえば,本ブログ内でもあれこれ論じてきた内容がいくつもあるのだが,以下にさらに,関連させるべき若干の論及をおこなってみたい。

 ②「〈2016 参院選 アベノミクスを問う:2)「雇用改善」上向かぬ賃金 収入低い職種に人材流入」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊3面)

 a) 静岡県の介護職の女性(36歳)は1年半前,食品工場のアルバイトから,グループホームの正社員になった。認知症の高齢者9人の介護を,実質的に2人で任されている。食事や入浴の介助,歩き回る人の付き添い。

 仕事はひっきりなしで,夜勤は月5~6回。「気が休まらず,ほとんど休めない」と話す。月給は,残業代などを含め手取りで14万円台。アルバイト時代より低く,食費を切り詰めて家賃を払っている。「責任の重さに比べてこの給料はどうなんだろう,といつも思う。貯金もできず,転職もむずかしい」。

『朝日新聞』2016年6月16日朝刊2面画像 経済政策の成果を誇る時,安倍晋三首相は雇用改善を強調する。「正規雇用は昨年,8年ぶりに増加に転じ,26万人増えた。アベノミクスは順調に結果を出している」。1日の消費増税再延期の会見でも,こう述べた。〔しかしその〕「26万人」の内訳はどうか。介護職など「医療・福祉」は25万人増えた一方,「製造業」は19万人減。介護職の平均月給は22万円台で,全産業平均の33万円台より低い。
 補注)介護職の仕事を辞めた人びとは,月の給料が「あと10万円高ければ復職する」と答えている。だが,政府の対応では1万円前後の改善であり,介護職側からのその希望金額は実現できない状態である。介護問題は社会保障の領域に属するのだから,政府はもっと予算枠を確保しなければなるまい。

 軍艦や航空機をアメリカの軍需産業から言い値で景気よく購入できるのだから,本気で介護問題を解決するための予算措置は,その気がありさえすれば,なんとでもなりそうだと思われる。素人考えでもってそういっても,けっして的外れではない。

 介護労働の生産性を上げるのだとはいっても,施設面での改善はさておき,この労働そのものの特性からして無理な要素が多い。「現在,特別養護老人ホームに入所できていない高齢者は50万人以上いると推定されており,「待機老人」という言葉も聞かれるようになったというが,いまのところ,いっこうに改善されるような展望はもてない。かつて日本は経済大国といわれたが,いまは「老人退国」といってもよさそうである。

 アベノミクスの提唱者は,これをいいだしてからすでに3年以上が経過している。にもかかわらず,まともなその成果を出さないまま,さらにくわえて「この経済政策をふかしていく」などとのたもうた。だが,それはせいぜい〈空ふかし〉がいいところであって,要は「空騒ぎ」程度しかできないのに,それを喧伝するための音声だけは大きい。

 「第1の国民」と「第2の国民」のあいだに顕著である具体的な格差は,大学進学率に露呈してもいる。高所得層の大学進学率は6割台であるのに対して,低所得層では3割に達していないのが最低所得層である。この格差は比率の比較で,なんと2倍にもなっている。この格差がまたさらに「第1の国民」と「第2の国民」との格差を,事後的にあ拡大再生産させる要因を提供している。

  〔記事本文に戻る→〕 「第2の国民」が大学に進学すると,日本学生支援機構からの貸与型奨学金を受ける学生も多くなるが,これがのちの人生における禍根の原因にすらなっている。日本学生支援機構(JASSO) JASSOによると,奨学金を返還する必要がある374万1000人のうち,3か月以上滞納している「延滞者」は約17万3000人(4.6%)。14年度末までの全体の滞納額は計898億円にも及ぶ。

   こうした状況を背景に,JASSOが「奨学金返還の重要性」をあらためて周知する目的で始めるのが「延滞者」の割合を学校別に公表する施策だ。大学や専修学校など,奨学金利用実績のある全ての学校機関を対象に,要返還者と延滞者の数を2016年夏を目途にホームページ上で公開する予定という。
 註記)「大学別『奨学金延滞者数』公表に賛否両論 学校選びの参考に『無用な順位づけ』」『JCASニュース』2016/3/23 20:14,http://www.j-cast.com/2016/03/23262158.html)
 補注)日本学生支援機構はほとんどサラ金業者と同じ仕事をしている。それも主に「第2の国民」を相手にするかのような「奨学金事業」の展開である。「学生」に対して,なにを「支援」しているのか判らなくさせているのが,この〈育英機関〉:日本学生支援機構の貸付型奨学金である。教育の貧困は,即「国家全体の貧困」を意味している。これはまさしく亡国的な現象をも示唆する。奨学金を「貸し借り」の事業形態でおこなう意図そのものが,抜本から改定されねばならない。
 
 〔記事本文に戻る→〕 介護事業は,公的な介護報酬に頼った運営になりがちだ。高齢化で需要は増えているが,提供するサービスを充実させて,従業員の賃金も上げる,という循環になりにくい。クレディ・スイス証券の白川浩道経済調査部長は「アベノミクスの雇用回復の大部分は,介護など医療・福祉従事者の増加だ。高齢化の要因が大きく,賃金の上昇圧力は高まっていない」と指摘する。

 求職者1人当たりの求人を示す有効求人倍率は,就業地別では全都道府県で1倍になったが,これも少子高齢化が影響している。今年1倍に改善した鹿児島県では,求人倍率が高い職業は介護や建設で,人気がある事務職は低い。倍率が上がっていても,雇用の「ミスマッチ」があれば,望む仕事に就いている人が多いかどうかはわからない。

 b) 非正社員,増える中高年層 待遇不安定,成長に直結せず。さらに,労働者全体でみると,正社員より待遇が不安定な非正社員が増えつづけている。

 非正社員は昨〔2015〕年18万人増え,伸び率は0.92%。正社員の伸び率の0.79%を上回り,労働者に占める割合は約4割にのぼる。安倍首相は「パートの時給は過去最高だ」と強調するが,物価上昇には追いつかず,2010年を100としたパートの実質賃金指数は2015年は97.5にとどまる。
 補注)ついこのあいだ,この首相はたとえ話として「パートの妻が月収25万円」という具合に表現したことがあった。通常,パート労働者が1ヶ月いくらがんばっても,25万円という金額はとてもじゃないが,不可能な数値である。それだけでなく, 正規労働の有配偶者であるパート労働者にとっての103万円の壁と130万円の壁を,きっとしらない者がいう発言になってもいた。この2つの壁を少しくわしく説明しておく。
    ★-1「年間の給料が103万円未満の場合」 まず,年間の給料の総額が103万円未満の場合,「基礎控除」+「給与所得控除」の合計額が103万円となりますので,この場合確定申告(または年末調整)によって支払った所得税の全額が戻ってきます。

 なお,住民税の場合はちょっと計算が違い,約100万円以下の場合は課税されません。(ただし,市区町村によって金額が異なる場合があるのでご注意ください。詳しくは市区町村にお問い合わせください。)

 ★-2「主婦・パートの103万円の壁」 103万円の壁を越える場合(月間のパート代がおよそ8万6千円超)ですが,パートとして働いたあなた自身にも所得税がかかってきます。パートの税金は(年収 103万円)× 10%というところです。

 つまり,年120万円の場合,1万7千円の税金が発生しますので,手取りは118万3千円です。(ただし,パート収入額がもっと大きくなる場合は税率が変わってきます。あくまでも130万円の範囲内という事例です)

 また「配偶者控除」が使えなくなります。しかし,その代わりに「配偶者特別控除」が発生するので,一気に税負担が上昇するわけではありません。配偶者特別控除の控除額は主婦(パート)の収入によって変化してきます。

 これによるご主人の税負担増については,ご主人の年収によって変わってきます。年収が高いほど,103万円を超えたときの負担額は大きくなります。ただ し,103万円を超えたからといって,増えたパート収入よりも増える税負担の方が大きいというケースはめったにないでしょう。

 ★-3 「主婦・パートの130万円の壁」 サラリーマンの妻の場合です。自営業者のようにご主人がそもそも国民健康保険や国民年金に加入している場合に は,130万円の壁はそもそも存在しません(妻も社会保険にすでに加入しているため)。

 この130万円(月収約11万円)の壁は分厚い壁です。この壁を越 えてしまうと「社会保険」でいう「扶養」の範囲を超えてしまうのです。

 サラリーマンの妻の場合,社会保険上の扶養となることで「健康保険料(社会保険料)」および「国民年金」の保険料が免除されているのです。(国民年金については第3号となり,年金保険料を支払っていなくても「支払っているもの」としてカウントされる)

 つまり,130万円を超えた場合,税金(所得税や住民税)以外に「健康保険料」および「国民年金保険料」の支払いが必要になってくるのです。この負担は 129万円まではかからず130万円になった瞬間から発生する料金です。103万円の壁のときのように段階的に負担が発生するわけではありません。

 健康保険料は自治体によって異なりますが月額5千円程度,国民年金保険料は1面 5020円(2011年度)です。合計すると月間で2万円,年24万円の負 担増となります。つまり,130万円超150万円くらいまでのパート収入になる場合は130万円未満にパート収入を抑えたほうが逆にお得(!?)という逆 転現象が起こるわけです。

 年130万円を超えるつもりであれば,収入が年に170万円以上になるくらいの仕事にしないと逆にプラスにはなりません。ハンパに超えるくらいなら仕事をしないという選択のほうが賢いといえるでしょう。

 ちなみに,2016年より一部の大企業でパート労働者に対する社会保険の年収の壁が,上記の130万円から106万円に引き下げられるみこみとなっています。
 〔引用記事本文に戻る ↓ 〕 
 c) そんな非正社員で目立つのが中高年の増加だ。44歳以下は,新卒や若手の採用増で17万人減った一方,45歳から54歳は11万人増えた。企業がリストラで中高年の社員を減らしていることも背景にありそうだ。
 補注)最近作, 雨宮処凛・萱野稔人・赤木智弘・阿部彩・池上正樹・ほか『下流中年- 一億総貧困化の行方-』(SBクリエイティブ,2016年4月)がある。日本の産業経済は「失われた10年」の,すでに3回目の周期を進行中である。昨年6月には,藤田孝典『下流老人-一億総老後崩壊の衝撃-』(朝日新聞出版)が公刊されていた。
    下流中年表紙 藤田下流老人表紙
 「一億」の理解方法がこの著作と安倍晋三君のそれとでは〈天地ほどに大きな差〉がある。藤田いわく「もつ者ともたざる者がつねにいるのはしかたがない。しかし,それがあまりにも不均衡で,容認しがたい格差なのであれば,不平等として是正すべきであろう」(214頁)。

 安倍晋三君とわれわれ一般庶民とが「一億総活躍」に関して抱く決定的な感覚(間隔)差は,その溝をとうてい埋めることができないくらい大きい。


  〔記事本文に戻る→〕 「早く非正規から抜け出し,安定した仕事に就きたいが,うまくいかない」。都内で警備員として働く男性(47歳)はいう。自動車部品メーカーで派遣社員として働いていたが,2008年秋のリーマン・ショックで「派遣切り」を受け,失職した。その後,ようやくみつけた交通誘導の警備員は日給7500円。週3日しか仕事がないこともある。「アベノミクスの恩恵はまったく感じない」。

 こうした非正社員の待遇改善のため,安倍政権は「同一労働同一賃金」をかかげる。仕事内容が同じ働き手には同じ賃金を払い,非正社員というだけで低賃金にならないようにする狙いだ。「多様で柔軟な働き方」を広げ,中高年もそれぞれに合った仕事をみつけて職に就くことを期待する。

 非正社員には,賃上げだけでなく,働く期間が区切られずに仕事を続けられる正社員になることを望む人も多い。しかし,中高年の現実は厳しい。警備員の男性は昨秋,あまりの低賃金に転職を試みたが,40代という年齢もあって仕事は決まらなかった。「先の見通しは立たないまま。同僚も中高年が多く,待遇が悪くても他の仕事に移れない人ばかり。みんな,生活は苦しそうだ」。

 1年半前,派遣社員から運送会社の正社員となった40代の女性は「ハローワークや求人サイトでも,希望した事務職の仕事は本当に少ない。50~60社に応募してやっと正社員になれたが,月給は手取りで18万円程度」と話す。

 安倍政権は,女性や高齢者を含むすべての働き手が生き生きと働く「1億総活躍社会」をかかげている。しかし,賃金が低く,待遇が不安定な仕事が増えるばかりでは消費は増えず,経済成長にもつながらない。雇用指標を上向かせるだけでなく,どう実態を改善していくかが問われている。

 ③「〈経済気象台〉」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊12面「金融情報」)
『朝日新聞』2016年6月16日朝刊12面経済気象台
( ↑  画面 クリックで 拡大・可)
★〈経済気象台〉人手不足の農業で働く意味 ★
=『朝日新聞』2016年6月16日朝刊=

 2016年4月の有効求人倍率は,統計をとりはじめた2005年2月以降で初めて,全都道府県で1倍を超えたという。人手不足の産業にスムーズに労働力が移るのなら,この求人倍率の高さは前向きに受けとることができる。

 現実を,北海道労働局がまとめた4月の職種別の数字から考えてみたい。農林漁業は1288人の求人に対し,求職者数は854人。一般の求人賃金は17万3490円だ。一方,事務的職業は求人は7813人,求職者数は2万5543人。賃金は15万2579円と農林漁業より低い。

 一次産業は賃金をあげても人は集まらないと嘆き,事務職を求める人たちは低賃金でもいいからと仕事を探す。政府は,労働者派遣法の改正など人を移動させやすくする環境整備に躍起だが,このちぐはぐさはいったいなんなのか。働き手の選択の自由よりも,企業側の解雇の自由が優先されてはいないだろうか。

 スキーリゾートで有名な北海道の後志(しりべし)地域では今年から,あるとり組みを始めた。仕事をしながらウィンタースポーツを楽しみたいと集まって来る若者たちに,人手不足で悩む農業で働いてもらう試みだ。日本だけでなく世界中から来る若者のうち,十数人がこの地域にとどまることを選択した。

 「北の大地で自分の人生をつくりたい」という理由のようだ。「人手不足を嘆く農業も,仕事がなくて嘆く都会の人も,働くことの意味をもっと肩の力を抜いて考えたら?」という声が聞こえてきそうだ。

 仕事のなかにある楽しみが地域とのつながりを生み,そこに暮らしがある。この漠然とした安心感をいかにつくるのか。これを考えることがいま,必要ではないか。
 経済指標だけでもって「われわれの労働生活」「人間の社会生活」を考えていていいのか。こういった問題提起が,この寄稿文からは伝わってくる。ここではつぎの引用もしておく。
シューマッハー表紙画像
 1973年に刊行された『スモール イズ ビューティフル』(原題:Small is Beautiful: A Study of Economics as if People mattered.本ブログ筆者のもっている日本語訳は,小島慶三・酒井 懋訳『スモール イズ ビューティフル-人間中心の経済学-』講談社学術新書,1986年だが,ほかにも2訳あり)という本がある。

 この著者シューマッハーは,石炭・石油(化石燃料)に依存する産業の今後のエネルギー危機の到来を予測し,警鐘を発している。その変革のために「中間技術(適正技術)」の開発と,それらの途上国発展に向けた適用の重要性を訴えている。

 その「中間技術」の目標とはなんであろうか。シューマッハーは以下のように分析し,まとめている。「小さいこと」「簡素なこと」「安い資本でできること」「非暴力的であること」。そしてとくに「非暴力的であること」の例として,原子力をあげている。
 註記)http://www.icr.co.jp/newsletter/global_perspective/2012/Gpre201221.html

 前段が意味しているのは,再生可能エネルギーの可能性であるが,ここでは直接触れない。ただ,人間の労働生活の全般的なあり方に関しても “Small is Beautiful” の方向性が十二分にありうることを強調しておきたい。

 経済成長の結果が,いまではどうなっているのか? あるいは,どうなりつつあるのか? はっきりみえている。しかし,いまの政権にそうした方向性に関する政策の基本転換はおろか,なにかの期待を抱くほうが無理である。あの首相は「一億総活躍せよ」などと音頭をとりたいらしいけれども,そのための土俵さえきちんと準備できない内政の実態である。できもしないことをエラそうに口に出すのはおよしなさい。

 お金が少しかえられず低収入でも,チマチマな暮らし方であっても,幸せに生きていける生活様式が工夫されてよい時代が,以前より唱えられ,期待もされてきている。高度経済成長時代をいまごろ再妄想しても,しょせんは〈無理の無理〉でしかない。

 自足自給的な農山漁村風の生活が実現できれば,経済的収入はわずかでも,無理なく生きていける。それも平和に安寧に,である。若者は都会に留まるのではなく,過疎地に目を向ければよい。そこには自分の努力しだいで,どのようにもで生活設計をできる可能性が潜在しているのではないか。

 ④「〈特派員メモ  ソウル)夢は安定した仕事」(『朝日新聞』2016年6月16日朝刊10面「国際」)

   ソウルのカフェで,韓国人の友人と再会した。50代前半の大学教授。話題が韓国の若者の厳しい就職事情に移ったとき,ふと,こう漏らした。「『夢をもって,一生懸命頑張ることが大事』なんて話ソウルの市街風景画像は,学生たちにうかつにできないですよ。『先生は古い世代。わかっていない』と不信感をもたれてしまいます」。
 出所)画像は,http://krstyle.net/category/ソウルの駅から風景/ソウル4号線/

 そうかもしれない。「努力は報われる」という言葉がむなしく響くような時代を,韓国の若者は生きている。連日の塾通いを経て,大半が大学に入る。少しでも就職に有利にと,語学の勉強や資格の取得などに必死になる。それでも,財閥頼みの経済で,望む職は十分にない。財閥系の大企業などに正社員で入る「勝ち組」はわずかだ。

 競争に敗れた多くの若者が非正規職などで不安定な暮らしを続ける。「なによりも『安定した仕事』がほしいんですよ」。韓国で取材するたび,切実な声を聞いてきた。非正規労働者が約4割を占めるいまの日本にも通じる問題だ。カフェを出て地下鉄駅に向かった。週末の街に多くの若者らがゆきかう。教授の言葉を思い出し,未来を担う世代の苦悩を思った。(稲田清英)

 --現代日本における労働経済社会の状況は,以前から韓国の〈先例〉が示唆してきたとおりになっている。しかもそれが,あれよあれよという間に,21世紀の日本における実像としても,まったく同じ内容・状況となって登場してきた。

 だが,指をくわえてみるだけではいけない。若者1人ひとりが自分の未来を切り開く努力をしたい。安倍晋三とこの政権党など,頼りにできないし,しないほうがよい。自分なりに人生の目標が立てて生きていくほかない。どうしたらよいかについては,ここまでの記述がある程度は言及したつもりである。

 最後に再び,奨学金制度の問題に戻る。2016年に入って政府は,これまで貸与型の奨学金しか存在しなかったこと(日本学生支援機構)がとくに問題視されたことから,ついに重い腰を上げ,返済不要の給付型奨学金について,「『ニッポン1億総活躍プラン』のなかで『創設に向けて検討』することが明記し,閣議決定される予定になっている」(文部科学省)ということである。

 だが,給付型奨学金制度の「創設に向けて検討する」ことを「明記した」などという「表現」からして,これではやる気がまだ「全然ない」というふうにしか解釈できない。「教育百年の計」だという基本認識,これにふさわしい国家規模の教育観を,いまの政権はもちあわせていない。

 
 【廃炉事業で,これから苦悩させられるほかない人類・人間の現状と未来,この現実に目をつむったまま,なおも「原発を増設する愚行」,そして既存の「原発を再稼働させる混迷」】

 【有史以来,人類・人間にとって〈最悪に醜悪な仕事〉となることが分明になった「原発の廃炉・工程作業」という重荷】

 【「原発止めますか,それとも,人類・人間を殺し,地球を壊しますか?」】



 ①「原発廃炉 ドイツの現場-ノウハウ蓄積,輸出産業に」(『日本経済新聞』2016年6月5日朝刊23面)

 1)記事本文など
 世界で原子力発電所の運転が始まってから60年あまり。施設の老朽化が進み,本格的な原発の廃炉時代を迎えた。2022年に全原発の運転停止を決めているドイツは,世界でもいち早く作業が進む。北部にある世界最大級の廃炉拠点では,放射性物質などをとり除く作業がほぼ終わり,風力発電の工場へ生まれ変わろうとしていた。

 首都ベルリンから北へ約200キロ離れたルブミン町。豊かな漁場のバルト海に面する土地にグライフスバルト原発がある。隣にあるグライフスバルト市にちなんで名づけられた。南側にある正門は大型トラックの出入りが激しいが,施設内で働く作業員はあまり見当たらず,廃炉作業は静かに進んでいる印象だ。
         旧グライフスヴァルト原発画像
    旧グライフスヴァルト原発画像2
  出所)旧グライフスヴァルト原発,http://blog.goo.ne.jp/coccolith/e/ad99cd1c294d3993e15ae39ef2ee7062

 同原発が運転を始めたのは,旧東独時代の1973年。旧ソ連式加圧水型と呼ばれる方式で,1980年代末までに8基が建設された。発電能力は1基当たり約44万キロワットと小型だが,一時は東独で消費する電力量の約10%を供給した。

 廃炉が決まったのは1991年。1986年に旧ソ連でチェルノブイリ原発の事故があり,東西ドイツの統合後,危険性の高い旧ソ連式は廃炉が決まった。炉心のある圧力容器を覆う格納容器がなく,大事故が起きれば放射性物質が大量に飛散する恐れがあった。

 廃炉作業を担うのは,政府が全額出資する国営企業のドイツ・ノルトエネルギー(EWN)だ。グドルン・オルデンブルク広報部長は「ここは原発廃炉のミュージアムだ」と説明する。廃炉にかかわる一連の作業や施設が見学できるほか,敷地にある中間貯蔵施設は使用済み核燃料などを保管する。8基の原発をもつ施設の廃炉は世界でも最大級で,日本を含め世界から原子力関係者の見学が絶えない。(画面 クリックで 拡大・可)
『日本経済新聞』2016年6月5日朝刊「原発廃炉」問題画像
 ミュージアムと呼ぶ理由はもうひとつある。8基のうち3基が運転前に廃炉が決まり放射性物質に汚染されなかったため,廃炉の作業手順を検討する実物大の訓練施設として活用できた。6号機は圧力容器や蒸気発生器などが残されており,いまでも見学できる。

 高さ約50メートルの6号機建屋の1階から入り,まず案内されたのが「センサー・ルーム」だ。細いステンレス製の配管が張りめぐらされ,原発内を流れる水の圧力を約200カ所のセンサーで計測する。運転の監視には欠かせない場所だ。

 階段を上り厚さ約30センチある鋼鉄製の扉からなかに入ると,圧力容器が目の前に立ちはだかる。オルデンブルク部長は「ここが原発の心臓部だ」と指をさした。内部をのぞくとウラン燃料が入れられる原子炉がみえた。原子炉の高さは約23メートル,幅は約4メートルで,約42トンの核燃料が挿入される。その原子炉とつながるのが蒸気発生器だ。

 いずれも運転を始めると,放射性物質で汚染されてしまう。運転前に廃炉を決めた原発だからこそ,作業の流れを検討するには最適な施設だと一目で分かる。

 廃炉が決まってから25年が経ち,作業は最終段階を迎えている。2006年には核燃料,2009年には圧力容器,2013年には発電機など大型設備の撤去をそれぞれ終えた。

 オルデンブルク部長は「作業員が誤って被曝(ひばく)するなど小さなトラブルはあったが,放射性物質が大量に漏れるような大きな事故はなかった」と説明する。

 遠隔操作によるロボットや高圧の水を出す除染装置を使ったり,防護服などの検査を厳重にしたりするなど被曝対策を徹底した。放射性物質に汚染された設備などはほぼとり除かれ,2028年には建屋も壊される予定だ。
 補注)このグライフスバルト原発は,廃炉にする決定がなされてから,すでに25年間を経てきた。そして2028年,つまり,今年(2016年)から12年後に,ようやく建屋がなくなり,更地になるという。

 今年:2016年であり,これにあと12年を足した37年間が,廃炉のために必要な期間になっている。しかし,この廃炉工程を終える40年近くもの期間は,工場・装置・機械のとり壊し・除去のために
必要とされる,それも一般的な期間に比較すると,非常に長い時間である。

 原子炉などの廃炉に要する期間は,通常の工場・建築物の後始末に比べて,10倍〔以上〕の期間を要する。この点から判断しても,原発のバックエンド事業にかかわる技術経済的な特性は,きわめて大きな不利性に満ちているといわねばならない。

 「バックエンド事業は数十年・数百年かかる事業だと政府も説明している」(大島堅一)。

 2)原発は建設段階から長期の準備期間を要している
 原発は建設段階からして異様に長期間を要している。高度情報科学技術研究機構(RIST;Research Organisation for Information Science and Technology)が説明する「原子力発電所の建設工事 (02-02-02-03)」は,こうである。

 原子力発電所の建設工期は,立地条件,原子炉型式,出力等により多少変わるものの,岩盤検査から営業運転開始まで,4年程度を要している。建設工事の特徴としては,

  (1)  建築工事と機械・電気工事が長期間並行しておこなわれること,
  (2)  工事物量が大きく,工事期間が長期にわたること,
  (3)  品質管理上の要求から細部にわたって試験・検査がおこなわれること,

などが挙げられる。建設工事全体の流れとしては,原子炉建屋の主要設備の建設工程がクリティカルパスとなり,全体建設工程を決定している。
 註記)http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=02-02-02-03
 補注)ここで「クリティカルパス」とは「重大な経路」の意味である。システムの構築などにおいてプロジェクトを進めるうえで,ネックとなる基本の部分を指し,事実上 プロジェクト全体のスケジュールを左右し,決定する作業の連なりを指す。
  註記)https://kotobank.jp/word/クリティカルパス-3015 参照,補足あり。


 だが,この〔前段の〕3点の特徴を有する「原発と関連施設全体」の建設期間は,実際における事例を観察してみると,けっして4年程度で竣工していないものが多くある。というのは,単に技術的な理由だけでなく,経済的な事情があって原発の建設が遅延させられる事例が,実際には数多くあるからである。

 a) フィンランドは新規原発の建設を決めたが,2009年に予定されていた完工は2013年に延び〔←この事実に注意したい〕,総工費も2~3倍になるとされている。原子炉のコストがとても高いということが最近,はっきりと認識されてきた。

 原子力が経済的に割に合わないということだ。誰も巨額の投資をしたがらず,誰も大事故のリスクを負いたがらない。原発の電力を好んで買う企業も少ない。事故があった時に責任を問われ,非難される
 註記)http://www.windfarm.co.jp/blog/blog_kaze/post-9501,2012/04/04。〔 〕内補足は引用者。

 b)  原発の建設が進めば進むほど,建設費が高騰していることが分かる。両国〔フランスとアメリカのこと〕における年ごとの建設費の推移を示した,もうひとつのグラフからも程度の差こそあれ,建設コストが近年上昇傾向にあることが分かる。米国では特に1979年のスリーマイルアイランド原発事故以降の上昇がいちじるしい。
 補記)つぎの画像資料は井田徹治が挙げている図表である。「折れ線が平均価格で最大と最低の幅が縦線で示されている。青線が米国,赤線がフランス」である。(画面 クリックで 拡大・可)
井田徹治図表2点画像
 ムーディーズが,原発開発を進める仮想の電力会社の財務状況などを想定した格付けシミュレーションもおこなった。原発建設に積極的な会社は,建設費の出費がピークを迎える建設開始5~10年後に〔この年数に注意したい〕,資金繰りが厳しくなるなどして,格下げの可能性が出てくる,というのがその結果だった。

 実際の電力会社の格付けを調べても,原発建設を進める電力会社の格付けが下がっていることも判明した。ムーディーズは「原発建設への投資は,企業の格下げの要因となりうる」と分析。「新規原発建設をしようとの企業について,われわれはネガティブな立場をとるようになっている」と明言している。巨大な投資が必要で,完成までに長期間を要し,多くの場合,当初のみこみよりも費用が高くなることが多い新規原発への投資に,投資家が二の足を踏むのが理解できる。
 註記)井田徹治「原発の不都合な現実」『47 NEWS』「〈 特別連載〉第9回 原発は安価か?-建設コストは増加の一途 『リスク大きい』と格付け会社-」,http://www.47news.jp/hondana/futsugou/article/9.html  〔 〕内補足は引用者。


 〔記事本文に戻る→〕 廃炉作業が進むにつれ,新産業の誘致も進む。タービンなどが並んでいた長さ約1キロメートルの建屋は設備の撤去後,頑丈で巨大な空間を生かし風力発電を組み立てるクレーン工場になった。バルト海における風力発電の建設で活躍する。風力発電関連企業も約30社立地し,原発施設は再生可能エネルギーの生産拠点に生まれ変わりつつある。

 ドイツの民間企業で組織するドイツ産業連盟シニアマネジャーのデニス・レントシュミット氏は「廃炉事業は成長産業だ」と強調する。全世界で廃炉が進み,蓄積した技術のノウハウは海外にも輸出できるからだ。政府も積極的に技術力をアピールしている。

 c) 廃炉に向けて残された課題は,放射性廃棄物の最終処分だ。中間貯蔵施設には近隣の原発からも廃棄物がもちこまれるが,最終処分地は決まらず行き先は不明なまま。これまで廃炉にかかった費用は約30億ユーロ(約3660億円)だが,廃棄物の行方によっては上振れする恐れもあるとしている。
 補注)結局,原発⇒廃炉および使用済み核燃料の最終処分問題は,原発じたいが「トイレのないマンション」である事実を,あらためて深刻に教えている。この原発問題が究極的に『核発電の技術経済的な不利性』を決定づける,どうにも否定しがたい基本的な要因として存在する。

 というよりも,そのように無限に課題(仕事・事業)となりうる原発廃炉問題を,むしろ事業経営として(むろん営利事業化であり,そうでない場合は国家財政に負担させるほかなくなってくるが)とりこむ企図が,最近では露骨に前面に押し出されている。

 3)原発廃炉は恐ろしい未来を人類・人間に与えている
 本ブログの記述関係では,たとえば,2016年05月26日の,主題「いまや電源としての原発は,コスト的には国家・国民に『オンブに抱っこ』であり,厄介なお荷物である-核発電の技術と経済はムリ・ムダ・ムラだらけ-」,副題1「『悪魔の火』にあおられつづける東電福島第1原発事故現場『凍土壁工事』の実状は,まさしく『賽の河原の石積み』である」,副題2「当初からその工事の成功は困難だと批判されていた,これからも凍土壁工事は延々と不成功状態を強いられていく……」を参照されたい。

 東電福島第1原発事故現場は,通常の廃炉工程に入れる以前の段階の解決すべき技術的な課題として,その現場の後片づけをしておく必要がある。ところが,この困難を除去する今後の見通しさえ皆目ついていない現状におかれている。

 筆者はそれゆえ,この核惨事を起こした東電原発の事故現場は,おそらく1世紀という〈時間の単位〉を視野に入れたうえで対応する姿勢が,現に必要になっていると指摘してみた。チェルノブイリ原発事故を思いだしてみればよいのである。

 石棺(といっても「第2番目のそれ」が用意されている段階であるが)で覆う廃炉作業は,事故を発生させた原発の本当の後始末ではなく,ただ単に「臭いものにはフタをする」方法でのゴマカシであって,地球環境に与えた打撃・損害は,そのまま永遠に残置されていく〔人類・人間「1人ひとりのの寿命」に比較すればという意味で〕。

 通常の廃炉に関する事例をみまわしてみても,30年から40年くらいでその工程・作業が終了するような事情にもないのだから,事態は深刻を通りこして,ある意味では「絶望的に長い時間の経過」を,いまからよくよく覚悟していなければなるまい。
★「『解体先進国』英の原発 稼働26年 廃炉90年」★
=『毎日新聞ウェブ版』2013年08月19日の特集記事=  

 世界でもっとも廃炉作業が進む原子力発電所のひと,英ウェールズ地方のトロースフィニッド発電所(出力23.5万キロワット,炭酸ガス冷却炉,2基)の作業現場に入った。1993年の作業開始から20年。責任者は「すでに99%の放射性物質を除去した」と説明するが,施設を完全に解体し終えるまでになお70 年の歳月を要する。(略)

 1965年に運転を開始し,1991年に停止した。原子炉の使用済み核燃料(燃料棒)は1995年にとり出されたが,圧力容器周辺や中間貯蔵施設内の低レベル放射性物質の放射線量は依然高い。このため2026年にいったん作業を停止し,放射線量が下がるのを待って2073年に廃棄物の最終処分など廃炉作業の最終段階に着手する。
 註記)http://mainichi.jp/select/news/20130819k0000e030145000c.html
 この廃炉作業の事例は,1993年に開始された工程であった。ところるが,2073年になってから「廃炉作業の最終段階に着手する」と断わられている。「1993年→2073年」で廃炉工程が終わるとは書かれていない。まさに1世紀の視野で観察を要求されるのが,この原発の廃炉問題である。東電福島第1原発事故現場の今後は,これを想定してみただけで,もう絶望的な気分を抱くほかなくなるほど,先の永い話題である。

 4)『日本経済新聞』記事の引用に戻る。本文のつぎに「付記されていた解説」の記事であった。

◆ キーワード「原発の廃炉,作業完了は世界で11基 」◆

 原子力発電所の建屋などをとり壊して更地に戻す作業。1954年に世界で初めて原発の運転が旧ソ連で始まってから,全世界で約600基の原発が建設された。

 日本原子力発電によると,老朽化などで運転を停止した主な商用原発は139基で,廃炉が完了したのは米国とドイツの11基だ。日本では,日本原電の東海原発(茨城県)や中部電力の浜岡原発(静岡県)で進んでいる。

 廃炉作業は主に3段階で進む。

  イ) まず原子炉などにある核燃料をとり出し,放射性物質が大量に放出する危険をとり除く。

  ロ) つぎに放射性物質で汚染された原子炉や圧力容器,冷却水の配管などを撤去。

  ハ) 最後に建屋を壊して更地にする。

 --東電福島第1原発事故現場では,イ)  と  ロ)  に関して重大な障害が発生していた。通常の廃炉では考えられないような困難な作業が待ちかまえている。実際,その事故現場は,いったいいつになったら通常だといえるような廃炉作業にとりかかりうるのか,いまだに展望さえできないでいる。

 ② 若干の考察

 1)読売新聞社・正力松太郎の原発導入に関する「〈原罪〉的な履歴」
 読売新聞社は,日本における原発事業を推進してきた言論機関として「筆頭格に位置づけられる」民間の会社である。ここでは「正力松太郎はなぜ日本に原発を持ちこんだのか」という解説文を引用するのがいい。以下は,有馬哲夫,早稲田大学社会科学部教授が発言した内容をとりまとめた文章である。

 『〈ニュース専門ネット局〉ビデオニュース・ドットコム』2011年6月25日「マル激トーク・オン・ディマンド 第532回」から引用する。

 --「原発の父」と呼ばれる正力松太郎は,独占的な通信網欲しさから原発を日本にもちこみ,田中角栄は利権目的で原発を利用した。こうして日本の原発は,その本来の目的とは乖離した,いわば不純な動機によって増殖を続け,そしていつしかそれは誰も止めることができないものとなっていた。

 正力松太郎に詳しい早稲田大学の有馬哲夫教授によると,読売新聞の社長で日本初の民間放送局日本テレビの社長でもあった正力の真の野望は,マイクロ波通信網と呼ばれる国内通信網の実現だった。これを手にすれば,当時将来有望な市場と目されていた放送・通信事業のインフラをみずからの手中に収めることができる。

 正力正力松太郎画像はそのための資金としてアメリカからの1000万ドルの借款,それに対する日本政府の承認,そして通信事業に参入するための公衆電気通信の免許が必要だった。
 出所)画像は,http://be-here-now.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-8d38.html

 正力は野望実現のために,当時の吉田 茂首相やアメリカとの交渉に奔走した。しかし,正力はほどなくひとつの結論にたどりつく。それは,野望を実現するためにはみずからが最高権力者,すなわち日本の首相になるしかない,というものだった。

 そして,正力は同じく当時将来が嘱望されていた原子力発電は,そのための強力なカードになると考えた。しかし,正力の関心はあくまでマイクロ波通信網であり,原発そのものは正力にとってはどうでもいい存在だった。

 当初はアメリカも,弱小紙だった読売新聞を大新聞に育て上げた正力のビジネスマンとしての才能や政治的コネクション,そしてなによりもそのアンチ共産主義的な思想を評価していたと有馬氏はいう。さらにアメリカは,1953年のアイゼンハワーの国連演説以降,核の平和利用を推進し,その恩恵を西側陣営に広げることを対ソ戦略の柱のひとつにしていた。アメリカにとって正力は十分に利用価値のある人物だった。

 日本で初の原子力関連予算が成立した翌年の1955年,正力は衆院議員に当選するやいなや,原発の導入を強力に推進する。新人議員ながらすでに70歳と高齢だった正力は,限られた時間のなかで,みずからが首相になるための実績作りを急がなければならなかった。そのために読売新聞や日本テレビを使った大々的な原発推進キャンペーンをつぎつぎと打ち,当時第五福竜丸の被爆などで高まりつつあった反米,反原子力の世論の懐柔に奔走した。

 こうして正力は初代の原子力委員会委員長,同じく初代の科学技術庁長官の座を手にし,権力の階段を着実に登り始めたかにみえた。しかし,そのころまでにアメリカは正力の権力欲を警戒し,正力から距離を置きはじめていたと有馬氏はいう。

 それでも正力はあきらめず,ついに1957年8月,茨城県東海原発実験炉に日本で初めて原子力の灯がともった。しかし,正力の首相になる夢は叶わず,マイクロ波構想も通信・放送衛星の登場によって,意味のないものとなってしまった。

 夢のエネルギーであるかに思えた原子力発電にも問題が起きる。その年の10月,イギリスのウィンズケールの原子炉で大規模な事故が起こり,原発のリスクが顕在化したのだ。正力が科学技術庁長官ならびに原子力委員長を退任したあとの1961年,原子力賠償法が成立したが,その内容は事業者負担の上限を定め,それ以上は国が負担するといういびつな二重構造だった。ここにも,民間といいながら実際は国が保証しているという原発の二重性の欺瞞をみてとることができる。

 しかし,原発は正力の手を離れたあともいちじるしい成長をみせた。1970年の大阪万博には敦賀原発から電力が送られ,未来のエネルギーとしてもてはやされた。オイルショックも原子力の推進を後押しした。そうしたなかで登場した田中角栄首相のもとで,1974年,電源三法が制定され,原発は高度経済成長の果実をえていない過疎地の利権としての地位をえて,さらに推進されることになる。

 正力が「首相になるための道具」として日本に原発を導入してから,半世紀が経つ。一人の男の不純な動機で始まった日本の原発は,原発に利権の臭いを嗅ぎとった希代の政治家田中角栄の手で,やはり本来の目的とは異なる別の動機づけによって推進されるなど,つねに二重性の欺瞞に満ちているようだ。
 註記)http://www.videonews.com/marugeki-talk/532/

 ここでは,本ブログの,2016年05月06日「『福島原発事故-内部被曝被害』の現実から目を背ける原子力村(とくに政府と専門家たち)の暗い影」を乞うておき,次段の記述に進みたい。

 2)読売新聞社編『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』昭和29年5月
 読売新聞社は1950年代からもともと,原発推進派の言論機関であった。その意味では,福島第1原発事故に関しても少なからず,言論機関としての〈社会・倫理的な結果責任〉を背負っているはずである。しかし,性懲りもなくまた,それとも意地を張っているつもりなのか,原発擁護・推進の立場を恥じらうこともなく一貫して誇示「できて」いる。
ついに太陽をとらえた1954年表紙
 --いまがら62年も前の1954年5月1日に発行された,この読売新聞社編『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』(読売新聞社,昭和29年5月)は,2016年5月である現在の時点で回顧するに,まことに恥辱に満ちた,いいかえれば「過ちに満ちた」原子力の啓蒙書であった。いまとなっては,つぎのような同書の一句がなにを意味するかは,自明に過ぎることがらである。
    「太陽の熱が出た,ということは太陽のやっていること,つまり水素をすら燃やすことができるのではないか。人間はついに太陽をとらえたのだ!」と,当時,コーネル大学のハンス・ベーテ教授は目を輝かせていったという。

 「太陽の熱を利用するのはではなくて,人間が太陽を作りえたのである。この壮大な思いつきから水素爆弾が生まれた。原爆は太陽の力であり,そして水爆は太陽の仕事なのだ」と熱唱されていた。
 註記)読売新聞社編『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』185頁。
 太陽そのものが人間の統御がいっさい利かない発電装置であるように,原発もそれに近い技術特性をもつ〈ミニ太陽型の発電装置〉として使用されている。原発も大きな湯沸かしと同じ理屈で水を熱しているが,これが電気を発生させるためにタービンをまわす気力に利用されている。

 しかし,その熱源となる原子力エネルギーがとてつもなく厄介モノである事実は,とりわけ廃炉工程の仕事にとりかかるときそれが一気に迫ってくることからも,よく理解できるはずである。このために「廃炉の作業を完遂すること」は容易ではなく,半世紀・1世紀単位の時間を覚悟してかからねばならない。このことは,現にわれわれの目前において始まめられている,進行している事態である。

 3)高木仁三郎『核の世紀末-来るべき世界への構想力-』(農山漁村文化協会,1991年)は,こう警告していた。

 原発は,本来の自然にはなかった仕組(システム)を強引に人間の力によって地上に作った。その施設は人間にとって潜在的にきわめて大きな危険性をもつ。原発にはさまざまな安全装置が付けられているというが,その有効性論はともかとしても,その安全装置はきわめて能動的な仕組である。

 いったん事故が起これば,緊急炉心冷却装置という能動的な仕組が動き,大きな高圧ポンプのスイッチが入って,冷却水が炉心に送りこまれるか,あるいは一挙にドサッとタンクから水が送りこまれて,この仕組の危機を避けるようとする。また,原子炉のなかに制御棒を急激に押しこみ,ホウ酸水を注ぎこんで危機を止めようとする。

 このように〈非常に能動的な仕組〉を使っているゆえ,そこにはひとつの大きな落とし穴がある。その能動の仕組は必ずしもいつもうまく機能するとは限らない。それがチェルノブイリ原発事故が起きた原因でもあった。
 註記)高木仁三郎『核の世紀末-来るべき世界への構想力-』農山漁村文化協会,1991年,134-135頁。

 2011年「3・11」を撃鉄とした東電福島第1原発事故の発生は,大地震にみまわれ大津波に襲来された非常事態のなかで,4基の原発のうち発電中だった3基が,停止中だった残る1基も巻き添えにするかっこうで,爆発事故を起こしていた。4基もの原発が同時に事故を発生させるという最悪の事態になっていた。

 4) 原発は20年の耐用年数でもあぶない。
 高木仁三郎『核の世紀末-来るべき世界への構想力-』は1991年の時点での話であるが,こういっていた。「運転歴が20年以上という原発が日本でも増えてきましたが,それらの全般的な損傷状況が,どこかで大事故につながる可能性があります」。
 註記)同書,96頁。

 東電福島第1原発事故が津波が襲来する以前の段階で,地震によって損傷を受けていたと推測することは,40年にも近い耐用年数を経てきた原子炉とこの装置・建屋であったゆえ,当然のごとく疑われていい問題性である。

 5)「元東京電力社員告発,福島原発事故は地震が原因。地震による被害を隠した! 原発再稼働のために! 嘘のデータ〔証明されると原発は完全停止に!〕」(『みんなが知るべき情報/今日の物語』2013-08-11 19:27:27)

 東京電力福島第1原発の元作業員である木村俊雄氏が,福島原発事故について重要な情報を暴露してい。以下の動画は暴露時の会見ですが,木村氏が技術者の専門用語などを多用していることから,普通の方はなかなか理解しがたいかもしれません。

 基本的には「福島原発事故は地震が原因で発生した可能性があるのに,東電が重要な資料や情報を隠している 」という事を木村氏は述べています。 「想定外の津波」ならば,法的責任は追求されませんが,「想定内の地震」だと話は違ってきますので,木村氏の情報は非常に重要だといえるでしょう。
元東電社員木村俊雄原発事故告発
出所)http://saigaijyouhou.com/blog-entry-670.html

 簡単に木村氏が述べていたことを要約すると『いまの原子炉には100分の1秒単位で状況を記録する装置があり,少なくとも津波で電源喪失になるまでの過程が詳細に記録されている。それをみれば,地震の影響がどうだったのかわかるのに,東電はそれの公開を拒ん でいるのが現状。しかも,東電はそんなものないかのごとく,まったく別のデータで「地震の影響なし」の話をでっち上げて発表。

 というか,東京電力は「地震によって原発に損傷はなかった」という結論ありきで,その結論に則しているデータだけしか公表していない。そんなことをする理由は,津波の影響だけなら,防波堤と電源確保を確実にしとけば,全国で原発を再稼働することができるからである。

 だが,小型の圧力配管が壊れていることが判明してしまうと, 原子炉の膨大な配管をすべて見直ししなければいけなくなってしまう。そうなると,結局のところ「既存の原子炉の稼働は実質的に不可能である」ことを意味してしまう結果になり,原発再稼働は不可能になる。

 だから,東電と技術者達は良心とプライドを投げ捨てて嘘をつく。原子力規制委員会もすべてをしっているが,無視している。
 註記)http://blog.goo.ne.jp/kimito39/e/8f5f7ac953a343b3f8d563cfb5c270ff

 6)われわれ素人でもすでにしっていることがある。
 それは,原子炉とこの装置・建屋においては,1基の原発当たり,配管関係が百キロメートル前後も走っている事実である。あの東日本大震災のときに,とくに福島第1原発の1号機のように,1971年3月26日に運転を開始していてすでに40年間も運転させてきた原発が,結局,2011年3月11日に,大事故を起こすはめになっていた。

 注意しなければならないのは「原発は20年でなにが起きるか分からない」事実である(桜井 淳)註記1)。この桜井 淳の著作『新版 原発のどこが危険か-世界の事故と福島原発-』(朝日新聞出版,2011年4月)は,「世界的に原発の寿命延長が検討されているが,その文献をみても現在アメリカが陥っている致命的な問題を無視して議論している」と警告していたが 註記2),この指摘は前段の「原発は20年でも危険という主張を実証的に説明している。
 註記1)船瀬駿介『巨大地震が原発を襲う-チェルノブイリ事故も地震で起こった-』地勇社,2007年,147-148頁。
 註記2)桜井 淳『新版 原発のどこが危険か-世界の事故と福島原発-』35頁。

 日本がまだ原発を導入しはじめていた初期のころに公表されていた,朝日新聞科学部『あすのエネルギー』(朝日新聞社,1974年)は,原発の必要性,その可否について,こう説明していた。
    私たちは,電力という「利益」とひきかえに,莫大な放射性物質の「危険」を “がまん” しなければならないことを忘れてはならない。国民の1人1人が,自分の問題として考え,判断しなければならないし,政府はその “がまん” の程度をできるかぎり小さくするよう,全力をあげねばならない。
      あすのエネルギー表紙
 かりに安いエネルギーがえられたとしても,放射能のために人類が滅亡しては,もとも子もない。廃棄物処理の技術は高速増力路や高温ガス炉の技術開発以上に大切な開発課題である。
 註記)同書,175頁。
 はたして,その “がまんの限界” は「もうならぬ時代」になっている。以前,原発とこれが作る電力については「安価・安全・安定・安心」という〈エセ標語〉が提唱されてきた。だが,いまでは完全に「高価・危険・不定・不安」だというほかないエネルギー電源が「原発(核発電)方式である」事実は,嫌というほど思いしらされている。

 昔,ある製品についていわれた文句をもじって,つぎのようにいっておく。

  ◆ 原発止めますか,それとも,人類・人間を殺し,地球を壊しますか? ◆

 【柄谷公人が言及した天皇条項と戦争放棄条項の矛盾的結合形態は,アメリカが敗戦させ占領した旧大日本帝国を日本国として支配・統治するための工夫(戦後措置)に過ぎなかった】

 【なぜ,それほどまでむずかしい議論に発展させねばならないのか? そこにこそ,天皇・天皇制に対する「日本的な討究方法」が生起させている,具体的な制約・無意識的な限界がある】



 ① 柄谷行人『憲法の無意識』2016年4月

 柄谷行人『憲法の無意識』(岩波書店,2016年4月)という新書が公刊されている。紀伊國屋書店に出ている「本書の案内」を紹介しておくと,本書はまず「憲法の無意識が政治の危機に現われる。改憲に抗する,国際社会への9条贈与論がいま明らかに……」と要約されている。
    ※-1「内容説明」  なぜ戦後70年を経てもなお,改憲は実現しないのか。なぜ9条は実行されていないのに,残されているのか。改憲,護憲の議論が見逃しているものはなにか。糸口は「無意識」。日本人の歴史的・集団的無柄谷行人2008年画像意識に分け入り,「戦争の末の」平和ではない,世界平和への道筋を示す。「憲法の無意識」が政治の危機に立ち現われる。
 出所)画像は柄谷行人(2008年),http://book.asahi.com/photo/index.html?photo=2012082200072_2

 ※-2「目次」は,つぎのとおりである。

 1 憲法の意識から無意識へ(憲法と無意識;第1次大戦とフロイト ほか)
 2 憲法の先行形態(憲法一条と九条;建築の先行形態 ほか)
柄谷行人表紙2 3 カントの平和論(中江兆民と北村透谷;ヘーゲルによるカント平和論の批判 ほか)
 4 新自由主義と戦争(反復するカントの平和論;交換様式から見た帝国主義 ほか)

 ※-3 著者紹介 柄谷行人[カラタニ・コウジン]は,1941年兵庫県生まれ,思想家。1969年文芸批評家としてデビュー。著書に新刊『憲法の無意識』のほか,『世界共和国へ』『世界史の構造』など。 
 本書,柄谷行人『憲法の無意識』2016年4月に注目したのは,本日〔2016年6月14日〕の『朝日新聞』朝刊「オピニオン」欄に柄谷が寄稿していた文章を読んだからである。そのなかでも,日本国憲柄谷行人表紙3法の第9条を第1条と関連づけて議論する点が,とくに注意しておきたい部分である。これは,本ブログ筆者がたびたび発言してきた論点にかかわっている。

 本ブログ内ではたとえば,つぎの一連の記述などをもって繰り返し議論してきたのが,この憲法内で鋭く矛盾するほかない論点の内在であった。関連する筆者の記述は,以下の5点のみ上げておく。これら以外にもまだあるがいちいち挙げない。

 これらの主題と副題の文句をみてもらえれば,日本国憲法第9条と第1条から第8条との相互に関連する交差点に生起している問題が,どのような難関をかかえてきた論点であるか,おおよそ理解してもらえるはずと思う。

 a) 2016年04月20日,主題「『押しつけ憲法』の『改憲を押しつけない』こと,および『マッカーサー・メモの原点』に還って考える日本国憲法の『公然たる秘密』」

 副題1「天皇制度に関連する条項の検討を抜きにした憲法論議の空しさ」,
 副題2「天皇・天皇制に触れない『護憲・改憲〈論〉』は地に足が着いていない」  

 b) 2016年03月22日,主題「ジャパン・ハンドラーズの『安倍政権に対する内面指導』」の実情,対米追従の日本国指導層」

 副題1「米日軍事同盟関係下,日本国隷属状態に観る「自国体制の毀損状態」
 副題2「アメリカの〈日本総督府〉による日本国に対する内面指導の中身を解説するマイケル・グリーン,その身勝手な発言内容」
  
 c) 2014年05月04日,主題「平和憲法だという日本国憲法,米軍基地に守られた憲法,この本当の意味」

 副題「第9条を語るが,第1条から第8条には触れえない『不思議な国』の憲法論議,その『秘密』」 
    
 d) 2015年09月18日,主題「安保関連(戦争)法案,参議院特別委員会通過,憲法第9条は問題だが第1条は問題ではないのか?」

 副題1「戦争事態(安保関連)法案を平和安全法案というのは,国防侵略軍を平和維持軍という表現に相当させる愚である」
 副題2「国防軍が侵略する軍隊であった歴史は普遍的な事実であり,自衛隊がアメリカ軍の傭兵部隊と化しているだけでなく,この日本の軍隊がただの国防軍,それもアメリカのための下請け用:編制部隊と化すことになった」
 副題3「アメリカの走狗となった自民党・公明党政権の非愛国的国会運営の無様と醜態」
 
 e) 2015年07月29日,主題「『安全保障関連法案と憲法第9条と安倍晋三』に対した『天皇一家と憲法第1条から第8条と明仁』における法的な相互関係の複雑さ」

 副題1「日本国憲法におけるもっとも基本的な問題点はなんであるのか」
 副題2「安倍晋三の政治(内政・外交)の21世紀的な反動性」,副題3「出したくても出しにくい安倍晋三の『戦後70年談話』というもの」
    
 ②「〈憲法を考える〉9条の根源 哲学者・柄谷行人さん」(『朝日新聞』2016年6月14日朝刊15面「オピニオン」)

 以下長くなるが,この対話(インタビュー)を紹介していく議論である。さきまわりしていわせてもらうと,この程度の当たりまえであるように聞こえる議論を,あえて遠まわしなものいい・表現でしかなしえない点が,日本の知識人の弱さであって,そこにはなにかを意図的にあいまいにしておこうとする「潜在意識(無意識)層の介在」を教えている。

  〔記事本文;編集部の前言から〕  憲法改正論の本丸が「戦争放棄」をうたった憲法9条にあることは明らかだ。自衛隊が米軍と合同演習をするような今日,この条文は非現実的という指摘もある。だが,日本人はこの理念を手放すだろうか。9条には別の可能性があるのではないか。9条の存在意義を探り,その実行を提言する柄谷行人さんに話を聞いた。

 ◆-1 安倍晋三首相は歴代首相と違い,憲法改正の発議に必要な議席数の獲得をめざす意向を公にしています。改憲に慎重な国民は参院選の行方を懸念していますが,柄谷さんは講演などで「心配には及ばない」といっています。

 ◇-1 「昔から保守派は改憲を唱えていましたが,いざ選挙となるとそれについて沈黙しました。改憲を争点にして選挙をやれば,負けるに決まっているからです。保守派はこれを60年以上くりかえしているのです。しかし,なぜ9条を争点にすると負けてしまうのかを考えず,この状態はそのうち変わると考えてきたのです。それでも,変わらない。事実,改憲を唱えていた安倍首相が,選挙が近づくと黙ってしまう」。

 「実は,そのようなごまかしで選挙に勝っても,そして万一,3分の2の議席をとったとしても,改憲はできません。なぜなら,その後に国民投票があるからです。その争点は明確で,投票率が高くなる。だから負けてしまう。改憲はどだい無理なのです」。

 ◆-2 安倍政権はいまのところ憲法を変えられないので,解釈改憲して安全保障関連法を整え「海外派兵」できる体制を作った。そうなると9条は形だけになりますね。

 ◇-2 「しかし,この『形』はあくまで残ります。それを残したままでは,軍事活動はできない。訴訟だらけになるでしょう。だから,どうしても改憲する必要がある。だけど,それはできないのです」。

 ◆-3 なぜ9条は変えられないといえるのですか。

 ◇-3 「9条は日本人の意識の問題ではなく,無意識の問題だからです。無意識というと通常は潜在意識のようなものと混同されます。潜在意識は単に意識されないものであり,宣伝その他の操作によって変えることができます」。

 「それに対して,私がいう無意識はフロイトが『超自我』と呼ぶものですが,それは状況の変化によって変わることはないし,宣伝や教育その他の意識的な操作によって変えることもできません。フロイトは超自我について,外に向けられた攻撃性が内に向けられたときに生じるといっています」。

 「超自我は,内にある死の欲動が,外に向けられて攻撃欲動に転じたあと,さらに内に向けられたときに生じる。つまり,外から来たようにみえるけれども,内から来るのです。その意味で,日本人の超自我は,戦争の後,憲法9条として形成されたといえます」。
 補注)憲法問題に対するこのようなフロイト精神分析学的な観察は,一言で切り捨てるようにして断言するならば,隔靴掻痒である。

 政治学の問題として議論しきることができないわけではなく,ただ知識人の側で割り切れないままに「なにかに執着している」状態が,このような精神心理分析に関した観察方法に問題意識を移動させる事由を提供している。

 日本国憲法形成史について,いまではいくらでも文献・資料が与えられているのだから,まずこちらをありのまま,事実に率直に接近してからの議論としておく余地がある。精神分析学からの接近もよいが,それほどむずかしく議論するほどのものではない。


 ◆-4 9条は占領軍が敗戦国日本にもたらしましたが,日本人が戦争体験の反省から作ったと考える人もいます。そうではないと。

 ◇-4 「9条はたしかに,占領軍によって押しつけられたものです。しかし,その後すぐ米国が再軍備を迫ったとき,日本人はそれを退けた。そのときすでに,9条は自発的なものとなっていたのです」。

 「おそらく占領軍の強制がなければ,9条のようなものはできなかったでしょう。しかし,この9条がその後も保持されたのは,日本人の反省からではなく,それが内部に根ざすものであったからです。この過程は精神分析をもってこないと理解できません」。

 「たとえば,戦後の日本のことは,ドイツと比較するとわかります。ドイツは第2次大戦に対する反省が深いということで称賛されます。が,ドイツには9条のようなものはなく徴兵制もあった。意識的な反省にもとづくと,たぶんそのような形をとるのでしょう」。

 「一方,日本人には倫理性や反省が欠けているといわれますが,そうではない。それは9条という形をとって存在するのです。いいかえれば,無意識において存在する。フロイトは,超自我は個人の心理よりも『文化』において顕著に示される,といっています。この場合,文化は茶の湯や生け花のようなものを意味するのではない。むしろ,9条こそが日本の『文化』であるといえます」。
 補注)この手の議論はほとんど有効性を欠いている。敗戦後における日本政治・行政史あるいは米日間国際軍事関係史は,最近刊行された評判作,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル,2014年10月),そして,
      矢部宏治表紙2014年 矢部宏治表紙2016年
同『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル,2016年5月)がよく解明しているように,前段のごとき柄谷行人風の議論のしかたでは,すでに「実証性に乏しい抽象的・表象的な詮議である」と片づけられても,真っ向から文句をいえない研究環境をお膳立てしている。


 思想史的な哲学流の思考の展開も貴重であるが,これが現実の様相とはかけ離れた議論をしている事実が明らかになってしまうようでは,その学的な意義はみいだしがたい。フロイトの精神分析学の応用もよいけれども,それは問題の対象をより鮮明にし,その本質をより深く理解するための,あくまでひとつの「手段・道具」であるに留まる。

 学問の方法と事実の把握とのあいだにおいて懸隔を強く感じさせる概念の駆使・応用なのであれば,その接近方法はひとまず留保しておいたほうが無難である。


 ◆-5 近著では,戦後憲法の先行形態は明治憲法ではなく「徳川の国制」と指摘していますね。

 ◇-5「徳川時代には,成文法ではないけれども,憲法(国制)がありました。その一つは,軍事力の放棄です。それによって,後醍醐天皇が『王政復古』をとなえた14世紀以後つづいた戦乱の時代を終わらせた。それが『徳川の平和(パクス・トクガワーナ)』と呼ばれるものです。それは,ある意味で9条の先行形態です」。

 「もうひとつ,徳川は天皇を丁重にまつりあげて,政治から分離してしまった。これは憲法1条,象徴天皇制の先行形態です。徳川体制を否定した明治維新以後,70年あまり,日本人は経済的・軍事的に猛進してきたのですが,戦後,徳川の『国制』が回帰した。9条が日本に根深く定着した理由もそこにあります。その意味では,日本の伝統的な『文化』ですね」。
 補注)日本国憲法体制に相当するものが江戸時代にも〔から〕あったと,歴史を解釈するのは,これはまさに柄谷行人自身に関して〈精神分析学〉からの分析を要求するような主張である。明治以降の天皇制度と江戸時代までの天皇という歴史的な存在とを対等視したがる見地は,19世紀末期から20世紀における「日本の天皇制」を無理やり,装飾的に解釈するものであって,天皇・天皇制の歴史を実在に即して観察したものではない。

 第9条はGHQが基本的に創案し制作した「押しつけ憲法」である。それも,敗戦した大日本帝国の臣民たちの戦後精神状態にうまくとりいって,ぴったり合致した憲法として「押しつけられていた」。この歴史的な事実展開を,21世紀のいまとなってから,こちらの現時点から都合よくいかようにでも解釈するのは,ある意味で論者の自由である。しかし,歴史の解釈は事実に即して述べるべきであって,自身の希望や期待に即して述べるべきではない。

 要は,精神分析学的な抽象次元に憲法問題をもちあげるのもよいが,その前に現実の政治(敗戦後における日本政治史の過程そのもの)に密着した議論が要請されている。
 

 ◆-6 9条と1条の関係にも考えさせられます。現在の天皇,皇后は率先して9条を支持しているようにみえます。

 ◇-6 「憲法の制定過程を見ると,つぎのことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので,なにをおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。彼がとったのは,歴代の日本の統治者がとってきたやり方です。

 ただ当時,ソ連や連合軍諸国だけでなく米国の世論でも,天皇の戦争責任を問う意見が強かった。そのなかであえて天皇制を存続させようとすれば,戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです」。

 「だから,最初に重要なのは憲法1条で,9条は副次的なものにすぎなかった。今はその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし,1条と9条のつながりは消えていません。たとえば,1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは,9条を守ることが1条を守ることになるからです」。
 補注)このあたりの意見も,はっきり批判しておく。1946年2月3日に マッカーサーがホイットニーに宛てたメモ,いわゆる「マッカーサー・ノート」(つぎの画像資料,「マッカーサー三原則」「マッカーサー・メモ」ともいう),この「3つのポイント」に絡めてあえていえば,以上の意見は,歴史の解釈としては転倒した強引な勘違いである。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
マッカーサー・メモ3原則
出所)http://tamutamu2011.kuronowish.com/manoto.htm

 マッカーサー・ノートの真意は「9条」を置くのは,「1条」を利用するためであって,その逆ではなかった。そうした脈絡においての9条と1条の関係づけが,いうなれば歴史的かつ論理的により正確に把握されておく必要がある。


 1950年6月25日に朝鮮戦争が始まると,警察予備隊を8月には創設させられた日本国は,その時点ですでに9条は骨抜きになっていた。だが,1条のほうはそのまま放置されていた。1条は9条にささえられた憲法内の条項であったのだから,9条の実体が溶解していたのであれば,1条も無用・不要になっていた。
 そこで「マッカーサー・メモ」(「マッカーサー三原則」)を,もう一度,想起しておきたい。

 1 「天皇は,国家の元首の地位にある」
    (Emperor is at the head of the state)

 2 「国家の主権的権利としての戦争を放棄する」
    (War as a sovereign right of the nation is abolished)

 3 「日本の封建制度は,廃止される」
    (The feudal system of Japan will cease)

 このうち1は2のために利用されていた。当初,警察予備隊を,7万5千名からなる実員の「軍隊」として編制した時点ですでに,2は無意味になっていた。だから1も不要・無用になっていた〔はずである〕。

 天皇制度そのものが3=封建制度(王制)である。天皇一族じたいまで,なくせばいいといっているのではない。制度としての天皇家天皇や,その家長である天皇の問題が問題なのである。

 いまの天皇・この一族が自分たちは憲法を守りますとなんども表明してきている。だが,憲法において象徴であると規定されている人物とその親族たちが,そのような意見をみずから提示するという手順がそもそもおかしく,疑問がもたれて当然である。

 要は,彼ら一族はいわなくともよいことを「勝手に発言している」。このあたりの論点になると,的確に指摘・批判する学究がいない。以前であれば革新・左翼系の研究者がその論点を真正面から議論していたが,最近はとんとみかけない。

 ここではくわしい言及はできないが,1947年9月および1950年6月の時点で天皇裕仁は,自身の立場である憲法「第1条」の立場をみずから否定し破損させる「天皇メッセージ」を,この2度にもわたってアメリカ側に伝達していた。昭和天皇は,新憲法内において象徴天皇であると規定された立場を,それも自分の意志決定でもって計画的に破壊し,実際に蹂躙する行為を決行していた。

 つまりそのときからすでに,憲法第9条は〈かたなし〉になっていたし,したがって第1条も無意味化させられていた。それも,当人である象徴天皇が関与,敢行した脱法・違反の行為であった。しかも,1950年6月の天皇メッセージは朝鮮戦争が始まる直前の出来事(彼の行為)であった。

 朝鮮戦争では秘密裏ではあったけれども,日本人側にあっても,この隣国の戦争事態に対して,国連軍(実体はアメリカ軍)とともに参戦させられていた者たちがいたのである。すでにその時点から憲法第9条には一穴が形成されていた。安倍晋三が2015年に補完したのは,それを大穴にまで拡げて完成させる作業であった。 
 ◆-7 憲法9条はカントの「永遠平和のために」,またアウグスティヌスの「神の国」にさかのぼる理念にもとづくとされます。それがほかならぬ戦後日本の憲法で実現されたのは興味深いですね。

 ◇-7 「私は,9条が日本に深く定着した謎を解明できたと思っています。それでも,なぜそれが日本に,という謎が残ります。日本人が9条を作ったのではなく,9条のほうが日本に来たのですから。それは,困難と感謝の二重の意味で『有(あ)り難(がた)い』と思います」。
 補注)この意見は「押しつけ憲法」という理解を,困難とともに感謝の気持で迎える必要を述べている。だが,警察予備隊(1950年8月)⇒保安隊(1952年10月)⇒自衛隊(1954年6月)も,間違いなく,アメリカが日本に押しつけてくれて存在するようになった軍隊組織であった。こちらも「困難と感謝の二重の意味でありがたい」と感じる対象であるのか? そう簡単にはとりあつかえないそれである。

 ◆-8 日本は国連安全保障理事会の常任理事国入りに熱心ですが,それは9条とどう関係しますか。

 ◇-8 「いまの国連で常任理事国になる意味はありません。しかし,国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば,すぐ常任理事国になれます。9条はたんに武力の放棄ではなく,日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。

 日本に賛同する国が続出し,それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で,9条をもった日本だけにできる平和の世界同時革命です」。
 補注)筆者には「憲法9条を実行すると宣言す」るという意味が理解しにくい。安保関連法の成立・施行〔2016年3月〕をもって日本国防衛省自衛隊の3軍は,本格的かつ完全に,すなわち,名実ともに十二分にという意味でも,在日米軍の下請け・フンドシ担ぎ部隊になった。この点に至っては,安倍晋三のアメリカに対する貢献は大であったと表現されてよい。

 それにもかかわらず,いまでは小骨・大骨のすべてといっていいくらい骨抜き状態になっている「憲法9条を実行する」と主張する立場は,とうてい理解不能である。以下の段落におけるやりとりにつづく問題でもある。


 ◆-9 現状では,非現実的という指摘が出そうです。

 ◇-9 「カントもヘーゲルから現実的ではないと批判されました。諸国家連邦は,規約に違反した国を処罰する実力をもった国家がなければなりたたない。カントの考えは甘い,というのです」。

 「しかし,カントの考える諸国家連邦は,人間の善意や反省によってできるのではない。それは,人間の本性にある攻撃欲動が発露され,戦争となったあとにできるというのです。実際に国際連盟,国際連合,そして日本の憲法9条も,そのようにして生まれました。どうして,それが非現実的な考えでしょうか」。
 補注)この指摘のいわんとする主旨は,けっして非現実的なものではない。しかし,非現実的であるのは,日本国憲法の本質と歴史を十全に踏まえた議論でなければ,このような法哲学的な思念は生きてこないことである。その意味ではまったく非現実的な議論であることを余儀なくされている。このことも,同時に指摘しておく余地がある。

 「非武装など現実的ではないという人が多い。しかし,集団的自衛権もそうですが,軍事同盟がある限り,ささいな地域紛争から世界規模の戦争に広がる可能性がある。第1次大戦がそうでした」。
 補注)日本国防衛省『自衛隊3軍の現実』(対・米軍に対して明確であるその「軍事従属的な地位関係」)を目前に置いて,このような意見を提示する感覚からして,なかなか理解しにくいと感じる。ここでの柄谷行人なりの意見は,いま自衛隊がそのように「アメリカに頤使されるほかない軍隊組織」になりさがった現実とは,ひとまず無関係にいわれているからである。

 ◆-10 無意識が日本人を動かすとすれば,国民はどう政治にかかわっていくのでしょう。

 ◇-10 「日本では,ここ数年の間に,デモについての考え方が変わったと思います。これまでは,デモと議会は別々のものだと思われてきた。しかし,どちらも本来,アセンブリー(集会)なのです。デモがないような民主主義はありえない。デモは議会政治に従属すべきではないが,議会政治を退ける必要もない。デモの続きとして,議会選挙をやればいいのです」。

 「現在はだいたい,そういう感じになっています。野党統一候補などは,デモによって実現されたようなものです。このような変化はやはり,憲法,とりわけ9条の問題が焦点になってきたことと関連していると思います」。(聞き手・依田 彰)

 ③ 関連する議論の紹介

 以下は「憲法改正がなぜ困難なのか」(吉田勇蔵〔のブログ〕『月下独酌』2016年5月19日,http://y-tamarisk.hatenablog.com/entry/2016/05/19/153206)から,とくに任意にだが注目してみた〈関連する段落〉を摘出,参照しながらの議論となる。               
        
 a) 柄谷が着目するのは,天皇の地位を象徴と定めた憲法1条と9条の関係である。GHQ最高司令官マッカーサーは,天皇の廃止が占領下日本にもたらすであろう混乱をおそれた。天皇の存続に否定的な連合国諸国や極東委員会設置をめぐるワシントンとマッカーサーとのあいだには軋轢があった。そこで,まず天皇の地位の存続に優先順位を置いたマッカーサーは,象徴天皇を定める第1条をもった憲法の制定を急いだ。

 柄谷によれば,戦争放棄と戦力の不保持を定める9条は,天皇の存続を保証する憲法をワシントンや他の連合国に認めさせるための取引材料であったという。つまり1条と9条はワンセットで,後者は2次的な意義をもつにしかすぎないというのが柄谷氏の見解である。
 補注)このワンセット「性」のうち9条が2次的な意義しかもたされなかったとしても,この9条が完全に骨抜き状態になったいま,1条は実質的な意味においては〈蛸のようにグニャグナな条項になった〉ともいえる。それでも骨の通った蛸であるかのように,それも必死になって演じて〔抵抗して〕いるのが,昨今における天皇とその一族〔とくに女房と息子など〕の発言ぶりであった。

 憲法のその「双方」条項のワンセット性としての関連づけがいかようにあるのであれ,その「ワンセット性」はとくに安倍晋三政権による安保関連法によって,とうとう百%近く形骸化され無用と化したといえなくもない。ところが,この事実を事実として〈認めていない議論〉が延々と続けられている。それが日本の思想界における「天皇問題」を特徴づけている,また別次元の活況でもある。だが,それではまるで〈賽の河原積み〉にたとえるべき光景であるといわざるをえない。


 b)『憲法の無意識』への疑問
 柄谷行人は「日本人は憲法9条によって護られてきた」,今後も「われわれは憲法9条によってこそ戦争から護られるのです」という言葉でこの書(『憲法の無意識』)を締めくくる。

 改憲派であると護憲派であるとを問わず,憲法9条をかくも頑固に保持しようとする国民多数の精神状況を正面から直視し,その現象の奥にあるものについて考察しようとする論者はきわめて少ない。

 チラ見して賞賛したり揶揄したりする論者は沢山いるけれど(私も含めて)。だから何派であろうが,日本人の憲法観に正面から切りこもうとした『憲法の無意識』は貴重な書であると思う。

 著者の考えの政治的立場が私と同じである必要はさらさらない。ターゲットとする問題意識を共有できるだけで,熟読玩味する価値があるのだ。この書への敬意を惜しまないが,そのうえで『憲法と無意識』を読んで生じた疑問点を,以下に書き述べたい。

 ☆-1 まず感じたことは,フロイトの精神分析理論がはたして,共同体がもつ歴史観にそのまま適用できるのだろうかという疑問である。日本人の多くが抱いている憲法9条尊重意識が,フロイトのいう無意識層の超自我にある罪悪感から生じているという柄谷氏の論考は仮説に過ぎない。この書のどこを読んでも,実証の手がかりがない。強いていえば,世論調査について論述している箇所か。

 柄谷は「無意識」にアクセスすることの困難さを認めつつも,集団的な無意識をしる方法として世論調査が有効であるとする。そして「1950年の時点で,保守派の吉田首相が「再軍備などを考えること自体が愚の骨頂」であると断定したのは,当時の「世論」をしっていたからだと思います」と書き,「彼(引用者注:マッカーサー)は吉田 茂首相に,再軍備,したがって,憲法の改正を要請したが,すげなく断わられた」。

 「もし憲法9条を否定したら,吉田内閣だけでなく,彼の政党も壊滅したでしょう。革命騒動になったかもしれません。彼はそれを世論調査からしっていたのです」と断じる。そして「要するに,私がいいたいのは,憲法9条が無意識の超自我であるということは,心理的な憶測ではなく,統計的に裏づけられるということです」とまとめている。

 これは明らかに柄谷氏の事実誤認である。1949年後半から1951年にかけての朝日新聞,毎日新聞,読売新聞3紙の世論調査の結果を時系列で並べてみると,再軍備賛成の回答が常に反対の意見を上回り,1951年1月発表の毎日新聞の調査では,賛成が65.8%に達し,さらに同年9月の朝日新聞の調査では賛成が71%にまで上っている(反対は16%)。

 米軍駐留については,賛成が反対をやや上回りながら推移し,朝鮮戦争勃発後の1951年1月発表の読売新聞の調査では賛成42.5%,反対41.2%と拮抗しているが,同年8月の読売新聞の調査では賛成が62.8%に増加している。詳しくは政治学者・福永文夫氏の著書『日本占領史 1945-1952』(2014年)の289~291頁を参照されたい。

 ☆-2 『憲法の無意識』は,精神分析学の諸概念を歴史の諸事象にただぺたぺたと貼ってみただけのトンデモ本とは質的に次元の違いがあり,同列において論じるのも失礼千万ではあるが,フロイトの超自我の概念を,日本人の憲法観に援用する仮説が憶測にもとづくものに留まるかぎりは,精神分析学と社会分析が並存しているに過ぎないという危険を免れない。

 柄谷行人『憲法の無意識』もまた,憲法についてアメリカの強制性を認めていた。外からの強制性が超自我形成に有効な役割をはたしたと論じていた。ただし柄谷の場合は,戦争放棄案について幣原喜重郎首相の自主的発案説を肯定し,アメリカによる押しつけ説を排している。1条を重視するマッカーサーの強制性を肯んじつつ日本からの積極的受容をも認めるのが柄谷の立場である。

 内田 樹,加藤典洋,柄谷行人いずれも,憲法制定権力者がアメリカであったことを認めたうえでの9条擁護論(近年の加藤氏の場合は左への改憲論)を展開した。

 ☆-3 意見の異なる相手の論によって己の論を鍛えて高めていこうとする姿勢をもたない怠惰な思考は,一部の知識人のみにみられる現象ではない。数量的には圧倒的に多数の大衆レヴェルでの護憲論者や改憲論者にこそ,自分と異なる意見を謙虚に理解しようとすることなく,仲間内での意見交換に終始している人たちが少なくない。いざ異なる意見の持ち主に面すれば,十年一日,定型句の応酬になる。(ブログ『月下独酌』の参照,終わり)

 --さて,最後の文句「十年一日」については,これどころか「半世紀1日」の議論が反復されているのが,憲法第9条とこの第1条から第8条までとの関連問題である。より正確にいえば,この関連問題を明確に意識し,俎上に載せて議論する者がほとんど存在しなかった。
柄谷行人『朝日新聞』2016年6月14日朝刊画像
出所)『朝日新聞』2016年6月14日朝刊「オピニオン」。

 その点でいえば,本日に柄谷行人が『朝日新聞』「オピニオン」において,いまさらにようであったが,それでもあらためて指摘した,憲法問題における,しかもその内的矛盾としての「第9条」と「第1条〔から第8条〕」との関連問題が,舞台の前面で議論された事実ついては,大いに評価しなければならない。

 ところが,その議論の方途は前述したとおり,日本国憲法のまさに裏舞台の問題でもある「在日米軍基地の問題」に集中的に表現されているにもかかわらず,いわば,その根っこに絡みついている「自衛隊創設の問題」や「米日軍事上の密約問題」からは疎遠でありつづけている。

 日米安保条約の基本路線は,しょせん,「文字どおり『勝者』と『敗者』の条約ということであり,ことは重大な内容であった」(吉岡吉典『日米安保体制論-その歴史と現段階-』新日本出版社,1978年,195頁)。

 以上の指摘・議論は,矢部宏治『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル,2014年10月),同『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル,2016年5月)を一読すれば,さらに得心できる論点になっていくはずである。

 しかしながら,こちらの矢部宏治においてはまた別に,天皇・天皇制問題に関しての「意図的とみなすほかない」手抜きがあった。この事実については,本ブログのつぎの記述を参照されたい。

 2016年06月03日の記述,主題「矢部宏治『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』からは消えた敗戦後史における「象徴天皇裕仁の外交干渉:責任問題」は菊のタブー?」

 副題1「矢部宏治『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(集英社インターナショナル,2016年5月)は力作・好著であるが,画竜点睛「天皇・天皇制」問題を抜かしている」

 副題2「『天皇・天皇制』問題をとりあげる次元に入ると,とたんに萎縮する日本の知識人の通弊が,矢部宏治にも色濃く表出しているのか」,副題3「菊のタブーはなお顕在である」

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 【追 記】  『天木直人の BLoG』2016年6月14日が「『9条を守ることが1条を守る』と喝破した柄谷行人の慧眼」と絶賛している。しかしこれが,本ブログ筆者の観方,分析視点,そして解釈方天木直人メールマガジン画像法などとは大きく異なることは,以上の本文で語ってきたつもりである。

 天木直人もまた,「天皇・天皇制」の問題把握においては「1条と9条のつながり」に関してまだ明瞭でない点がある。小文ゆえここでは,あえてこまかく問うわけにはいかない問題点であるが,矢部宏治の理解方法とも共通する論点がある。筆者は,天木直人ほど柄谷行人の主張を高く評価しない。

★「9条を守ることが1条を守る」と喝破した柄谷行人の慧眼 ★

 9条の存在意義を認め,9条を守れと提言する1人に,柄谷行人(からたに・こうじん)という哲学者がいる。その柄谷氏が,今日6月14日の朝日新聞オピニオン面で,なぜ日本に憲法9条ができたのか,そしてそれが今日まで変えられなかったのか,誰もがそのことを今一度きちんと考えてみるべきだ,と語っている。

 そのインタビュー記事のなかで私が注目したのは,つぎの言葉だ。きわめて重要と思われるので,少し長くなるがそのまま引用したい。

 「憲法の制定過程をみると,つぎのことがわかります。マッカーサーは次期大統領に立候補する気でいたので,なにをおいても日本統治を成功させたかった。そのために天皇制を存続させることが必要だったのです。ただ,当時,ソ連や連合諸国だけでなく米国の世論でも,天皇の戦争責任を問う意見が強かった」。

 「そのなかであえて天皇制を存続させようとすれば,戦争放棄の条項が国際世論を説得する切り札として必要だったのです。だから,最初の重要なのは憲法1条で,9条は副次的なものに過ぎなかった。いまはその地位が逆転しています。9条のほうが重要になった。しかし,1条と9条のつながりは消えていません。たとえば,1条で規定されている天皇と皇后が9条を支援している。それは9条を守ることが1条を守ることになるからです」。

 まさしくその通りである。もし日本国民がこのことを正しく認識するなら,政治が憲法9条を変えようとしても,国民投票によって必ず否定されることになる。さらに柄谷氏は続ける。

 「いまの国連で常任理事国になる意味はありません。しかし,国連で日本が憲法9条を実行すると宣言すれば,すぐ常任理事国になれます。9条は単に武力の放棄ではなく,日本から世界に向けられた贈与なのです。贈与には強い力があります。日本に賛同する国が続出し,それがこれまで第2次大戦の戦勝国が牛耳ってきた国連を変えることになるでしょう。それによって国連はカントの理念に近づくことになる。それはある意味で,憲法9条を持った日本だけにできる平和の世界同時革命です」。

 これこそが私が強調してきたことだ。私は最強の同志をえた思いで,この朝日新聞の柄谷氏のインタビュー記事を読んだ。
 註記)http://天木直人.com/2016/06/14/post-4724/

 --矢部宏治との深い,真摯な意見交換をしている天木直人の見解としては,不可解な要素を残している。矢部の場合も,天皇・天皇制の問題からは腰が引けていた。天木の場合は,それほど明瞭ではないけれども,似た様子を醸していないとはいえまい。

 21世紀風のアメリカ帝国主義路線,これに対して唯々諾々の日本国の「本体」が存在する。天皇・天皇制そのものがさらに,そうした日米関係のなかでどのような位置を占めているか? 表層を漂うだけの論旨になっているとしたら,せっかくの柄谷行人「評価」も生きてこない。
 


 【新聞社や放送局の特定の記者たちが,あの首相べったりに張りつき,ゴマを摺り摺りしている。このような「マスコミ関係者」は,まさにマスゴミと呼ぶにふさわしい】


 昨日〔2016年6月11日〕『日本経済新聞』朝刊2面につぎのような本の広告が出ていた。いずれにせよ,もうすぐ首相の任期も終えるはずのこの安倍晋三(「傲慢と幼稚」「暗愚と無知」であり,いまでは「嘘つき」だとも非難されている人物)のヨイショ本を出版したのだから,相当の蛮勇力の持主でなければ,おそらくモノが全然みえていない人物かと思われる。
 ( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
  『日本経済新聞』20166月11日朝刊2面山口敬之『総理』広告山口『総理』表紙
 ① 安倍晋三とこの政権へのゴマを摺るための本

 この本,山口敬之『総理』(幻冬舎,2016年6月9日発売)は,来〔7〕月に予定されている参議院選挙対策用の出版物である。まずさきに,この本の出版元,幻冬舎の社長である見城 徹について紹介しておく。
     見城 徹(けんじょう・とおる,1950年12月29日生まれ)は,日本の編集者,実業家。株式会社幻冬舎代表取締役社長。エイベックス・グループ取締役(非常勤)。株式会社ブランジスタ社外取締役会長。
      見城徹画像 見城徹画像2
 見城は自分の容姿への劣等感,学生運動での挫折,若くして運動のなかに散った日本赤軍の奥平剛士らのような存在への負い目が自身を駆り立てているとつねづね語っているという(以上は,ウィキペディアよりつまんで参照)。
 出所)見城の画像は2葉とも,https://cakes.mu/posts/8854
 この説明は,見城が元左翼崩れ(そのなり損ないの不徹底者)の右翼分子化(転向者)であるといった印象を与えるが,現に安倍晋三応援団長である事実に関していえば,まったくそのとおりである。『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』のある記事には,「安倍晋三と見城 徹」の密接な関係が解説されている。

 たとえば,「幻冬舎・見城社長と安倍首相の癒着-メディア工作も? 幻冬舎・見城社長と安倍首相のただならぬ関係-」(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2014.07.25)が,その解説をしていた。そして,この記事のわきには,2014年に幻冬舎が発小川榮太郎表紙行していた,小川榮太郎『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎,2013年7月)という題名のやはり〈ヨイショ本〉の宣伝画像が添えられていた。
 補注)小川榮太郎のこの本,本ブログ筆者はもっていたのだが,先日,某施設でのバザー開催に寄付してあり,いまでは手元にない。もっとも,読むに値するような内容はまったくなく,表紙だけを眺めておけばよい程度の本であった。

 本日記述する山口敬之『総理』(幻冬舎,2016年6月9日発売)も,いま話題にしている種類のヨイショ本の1冊に過ぎない。いずれにせよ,肝心のアベノミクスは完全に失敗した経過をたどってきた。さらに先〔5〕月,日本がもちまわりで主催した伊勢志摩サミットG7における安倍は,先進諸国の首脳たちとの外交の舞台ではほとんどすっかり子どもあつかいされてしまい,実質的にはほとんどまともに相手にされていなかった光景が現出していた。

 ところが,それでもさすが内弁慶の資質だけは備えているゆえ,くわえて日本国内では「安倍1強」といわれる執権体制に支えられているゆえ,安倍晋三の「独裁的な内政」だけは思う存分やりたい放題であった。しかし,7月予定の参議院選挙は,自民党にとっては冴えない予測もなされているなか,このようなヨイショ本,山口敬之『総理』(幻冬舎,2016年6月9日発売)が用意されていた。

 同書の販売用の説明には,つぎのような文句が並べられているが,これをみたほうとしては実にくだらないというか,どうでもよろしいような〔自民党内だけでこそこそ語っていればよいような,たわいない〕中身ばかりである。もちろん自民党内での権力闘争,内部葛藤の様子は興味をもてる内容かもしれない。しかし,しょせんは「コップ(おちょこ?)のなかの嵐」。
    そのとき安倍は,麻生は,菅は。綿密な取材で生々しく再現されるそれぞれの決断。迫真のリアリティで描く,政権中枢の人間ドラマ。

 「本当の敵は身内にいる」
   --第一次安倍内閣から安倍を支え続ける麻生太郎。
 「絶対に安倍を復活させる」
   --重要局面で目の前で票読みをし安倍の背中を押した菅 義偉。
 「世にいうところの緊急事態かもしらん」
   --誰よりも早く安倍の異変を察知した与謝野馨。
 「麻生さんが決めたなら,私も」
   --谷垣支持から安倍支持に転じた高村正彦。
 「そういう事実は一切ありません」
   --宏池会会長として野田聖子支持を完全に否定した岸田文雄。
   註記)http://www.gentosha.co.jp/book/b9910.html
 ② 山口敬之という記者(元TBS)の心境

 さて,山口敬之(やまぐち・のりゆき)という著者であるが,ウィキペディアからつぎのように,履歴を拾って紹介しておく。山口は,慶應義塾大学卒業,1990年TBS(現・東京放送ホールディングス)に入社し,以来25年間一貫して報道畑日本のジャーナリストで,元TBSワシントン支局長も務めた。

 ワシントン赴任直後に着手した「ベトナム戦争当時の韓国軍慰安所の存在を指摘するアメリカの公文書」に関する調査報道について,TBS報道局より報道しない方針を伝達されたことから,2015年3月『週刊文春』に寄稿した。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
週刊文春2015年4月2日号目次広告
 山口は,その経緯に関連して2015年4月23日付でワシントン支局長の任を解かれ,営業局に異動させられた。その後,2016年5月30日付で26年間勤めたTBSを退社し,フリージャーナリスト兼アメリカ系シンクタンク研究員に転身したことを,自身の Facebook で公表していた。(画面 クリックで 拡大・可)
安倍晋三と山口敬之画像
出所)安倍晋三と会見する山口敬之(右側足を組んでいる人物),
http://www.jpnews24.net/archives/20150326.html

 2016年6月9日に幻冬舎から公刊された『総理』の執筆者山口敬之に関する素性・経歴は,以上のとおり説明できる。安倍晋三をヨイショする本の書いた一定の動機がどこにあるのかを,無理なく推理させるかのような材料が,前段の文章には含まれている。山口が,アメリカの公文書から「韓国軍がベトナム戦争中にサイゴン(現ホーチミン)山口敬之画像3に〈慰安所〉を設けていたという動かぬ証拠を発見した」ことが,以上の話題全体に深くかかわって〈重要な鍵〉を提供している。
 出所)右側画像は前掲の画像の切り貼りに吹き流しを入れたもの,http://yukokulog.blog129.fc2.com/blog-entry-1906.html

 ベトナム戦争における韓国軍が慰安所を設けていたからといって,旧大日本帝国軍の当該問題の歴史的事実味を消せるわけでも相殺できるわけでもないから,それぞれ普遍的かつ個別的な歴史問題としてとりあげ,大いに議論すればよいのである。しかし,現在における山口の心境のあり方に関していえば,以上のような経歴のなかから醸成され到達できた〈彼自身の感性〉にもとづき,こんどは『総理』という「安倍晋三ヨイショ本」を書いたというふうに理解もできる。

 山口敬之がいま,心中にかかえているはずの複雑な経緯・こみいった事情は,他者には理解しにくい内容である。しかし,安倍晋三を,しかもこの時期にヨイショする本をわざわざ書いて公表したというのであれば,安倍晋三を利したところで,この日本・日本国を利することにはならない。山口はおそらく,自身の抱いている〈私怨〉らしくものをどのように表現するかについて,自身の用いている羅針盤が使いものにならなくなっているか,あるいはだいぶ狂っているかしている。

 さて,『日本経済新聞』2016年6月8日朝刊「大機小機」の投稿者〈三剣〉氏は,こう述べている。
★ 消え入る「妥協の芸術」★  

 安倍晋三首相は2017年4月に予定されていた消費税率引き上げを再び延期することを決めた。当初は2015年10月の予定だったが,その約1年前に1回目の延期を決定,衆院を解散した。再延期が公約違反とされるゆえんだが,首相は「新しい判断」が決断の理由だと説明している。

 「新しい判断」のひとつが「世界経済が危機に陥るリスク」だという。たしかに世界経済の長期停滞の可能性も指摘される。それはリーマン・ショックのような突発型危機というより,慢性病に近いようにみえる。
 補注)つまり,その「新しい判断」が文字どおり「新しい判断」であると,他者の側でも,そう判断するだけの理由をみいだせないでいるというのが,世界経済をまともに認識・分析できる人たちの〈判断〉であった。安倍晋三の理屈は子どものレベルであった。

 処方箋として安倍首相が打ち出そうとしたのは,財政刺激策で協調する「世界ケインズ政策」。主要7カ国(G7)首脳会議でお墨付きはえられなかったが,金融緩和への依存が限界に達したアベノミクスがケインジアンに変節し,財政出動に軸足を移すことになる。

 なぜ大げさに「危機」を演出してまで増税を再延期するのか。選挙優先,政権延命の思惑が語られるが,みえ隠れするのは消費税に対する政治の恐怖感である。いくたの政権が消費税をめぐって倒れてきた歴史の前に足がすくむのだろう。
 補注)安倍晋三君の次元で慮るに,いったん「足がすくむ」だろうなどと考えただけで,さらにすぐに「手も震える」ような精神状態になっていたのではないか。

 「所得」への課税は,パナマ文書騒動で分かるとおり税逃れとの戦いになる。抜け穴を探す余裕があるのは特権的富裕層だ。一方,消費段階で課税する消費税は 「多く消費する人=金持ち」の推定が働き,意外に公平感がある。欧州で付加価値税が浸透する理由もここにある。しかし直接税の存在感の大きい日本でこの感覚は共有されない。

 今回の政治プロセスで失われたものに「税と社会保障の一体改革」に関する3党合意がある。2012年,民主党(当 時)の野田佳彦首相,谷垣禎一・自民党総裁,山口那津男・公明党代表が社会保障充実のため消費増税が必要と確認した。「政治は妥協の芸術」といわれ,3党合意はその一例だった。だが安倍政権も,与党に先立ち増税延期を打ち出した野党の民進党も合意をみずから台なしにした。

 米国のトランプ現象をもち出すまでもなく,政治から忍耐が失われ,威勢のいい憂さ晴らしの言辞がはびこっている。成長の果実から遠い大衆の不満が渦巻くなか,政治の神髄である「妥協の芸術」は風前のともしびだ。安倍首相がみせつけるのは,そんな憂鬱な現実である。
 ③ 行き場を間違えた私怨・私憤

 山口敬之の新刊『総理』がこの時期に公刊されたが,この本は,いったいなんのための〈安倍晋三〉ヨイショ本か? アベノミクスが「失策を最初から約束されていた」経済政策でしかない事実については,以前より,まともな経済学者であれば一斉に指摘・批判してきた点である。

 経済問題に関する安倍晋三流の内政の努力がうまく働かないのは,世界経済の現実情勢が日本経済にじかに影響してくるからである。円安かあるいは円高かにぶれる経済環境が,安倍晋三の思いどおりに動くわけもなく,アベノミクスのアホノミクス:アベコベミクスとしてのアベノリスク性は,ここに来て不可避の経済要因になっている。

 安倍晋三が唯一成功したのは,国内行政=内政における民主主義の破壊である。安保関連法もその実例であるが,その実質面はといえば,いままであった安保体制の実体をより露骨にさせる効果を上げている。したがって,いままで安倍晋三が3年半執権してきたものの,実質的にどのように政治経済体制を積極的に構築・創造しえてきたかと問われても,実のところでは,その劣化・弱体化だけが顕著である。

 さらに『日本経済新聞』のコラム「大機小機」の6月10日を執筆した〈横ヤリ〉氏は,「自由からの逃走」と題して,最後の段落でこう述べていた。
自由からの逃走表紙    自由からの逃走心理はしばしば「破壊性を帯びる」(エーリッヒ・フロム)。
 註記)右側画像は1965年新装版訳本のカバー。原書は1941年が初版。日本語訳での初版は1951年。

 破壊は外に向けられることもあれば自身に向かうこともある。隠れた動機はアイデンティティーの再確認である。「米国第一」と叫ぶトランプ氏の演説やヘイトスピーチ,ISの自爆テロは典型例だ。

 移民や難民もEUもTPPも否定の対象になる。多少の摩擦はあってもグローバリゼーションという自由化に耐えるのか,自由から逃走しポピュリズムが先導する熱狂の魅力にとらわれるのか。せめぎ合いはしばらく続こう。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
日本経済新聞2012年8月8日夕刊フロム
 世界の情勢がこのように認識される時代である,もちろん日本もこの渦中にいる。その《渦》を率先して巻き起こしているのが,ほかならぬ安倍晋三である。こういう状況のときに,山口敬之『総理』が幻冬舎から発刊された。この著者や出版社社長らの個人的な意向はともかく,自分たちの国を「《安倍晋三のために》ダメにする」行為に励んでいる。

 ここで,風刺マンガをふたつ入れておく。『朝日新聞』2016年6月9日と11日朝刊。(画面 クリックで 拡大・可)
  『朝日新聞』2016年6月9日朝刊安倍晋三風刺漫画『朝日新聞』2016年6月11日朝刊安倍晋三風刺漫画
 つぎの図表は,『朝日新聞』2016年6月9日朝刊35面「社会」から,見出し文句は「〈豊かさとは 2016参院選:1)経済政策『矢』」の恩恵,届かない」であった。(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年6月9日朝刊35面アベノミクス批判記事全体画像
 ④「前田敦子の『毒島ゆり子』よりエグい,NHK女性記者の安倍首相 “籠絡” の手口!  安倍の近所にマンション購入」(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2016.06.08)
 岩田明子記者画像集
 政治家番の女性記者といえば,このドラマの主人公や女性プロデューサーなんかよりもっとスゴい人物がいる。それは,NHKで2002年から安倍首相の番記者をつとめ,いまや同局政治部を牛耳っているといわれるNHK解説委員の岩田明子記者だ。実は,岩田記者と安倍首相の関係はドラマを凌ぐ露骨なものだという。
 出所)http://sugosoku.blog102.fc2.com/blog-entry-2412.html

 「安倍さんは一部の親しい記者を囲いこむことで有名です。第1次政権のころは産経の石橋〔文登〕,最近,TBSを辞めた山口〔敬之〕,第2次では産経の阿比留〔瑠比〕に時事通信の田崎〔史郎〕……。

 が,岩田さんはそのなかでも別格です。15年前から,つねに安倍首相のそばには岩田さんがいる。携帯やメールで安倍首相と直接やりとりできるのも岩田さんだけ,といわれています。

 NHKが露骨に安倍政権寄りの政治報道をしているのも,籾井会長の問題だけでなく,岩田さんの存在が大きい。安倍首相が節目節目で仕かける重要なスクープはすべて岩田さんが手がけているし,他の政治報道についても,安倍首相の意を受けて,コントロールしている」(官邸担当記者)。
 補注)つまり,NHKのこの記者が政府御用達の役目を果たしているという話題であるから,この記者に「社会の木鐸」であるべき意識などは,いっさい期待しないようがよい。当人にとっては当然,非常に自慢である安倍晋三との親密な関係かもしれないが,その社会に対する〈害毒の程度〉は無限大。しかも,この手の記者が何人も居て,大手新聞社や通信社からそれぞれ安倍晋三用・専属であるかのような任務を果たしている。

 その象徴ともいえるのが,2013年10月5日に放映された『NHKスペシャル』だ。このなかで安倍首相を岩田氏がインタビューしているのだが,その場所はなんと総理の執務室。NHKのカメラが総理執務室に入るのはこれがはじめてだった。そんな前例のない取材をさせるくらい,安倍首相は岩田氏を特別扱いしてきたのである。

 いったい,岩田氏はどうやって,安倍首相に食いこんでいったのか。岩田氏が本社報道局政治部に配属されたのは,森〔喜朗〕政権時代の2000年。これは,NHK内でも異例の早さだというが,その後,2002年から当時,内閣官房副長官だった安倍番になる。そして,翌年に安倍氏が自民党幹事長抜擢されると,それに伴って自民党担当に異動になったのである。

 「ドラマでも新人記者が幹事長番になったことが驚きをもって表現されていますが,安倍さんが小泉内閣で幹事長に抜擢されたさい,当時まだ政治記者歴が浅い岩田さんが幹事長番になり,周囲を驚かせました」(全国紙政治部記者)。

 幹事長は情報が集中する要職であり,政治記者になって数年しか経験のない岩田氏が担当するというのは普通ありえない。実は,この異動の裏にも安倍幹事長の働きかけがあったという。

 「安倍さんは当時,NHKに圧力をかけて,震え上がらせていましたからね。その勢いを買って,上層部に『岩田さんじゃないと』とかけあったらしい。実際,幹事長になってからの2人の様子は露骨でした。ぶらさがり取材では岩田さんが必らず安倍氏にぴったりと寄り添い,会見では安倍さんが彼女を目で探すような素振りをみせる。そのため岩田さんは別格の存在として記者たちにしれわたっていったのです」(前出・全国紙政治部記者)。

 さらに,岩田氏はもっと驚くべき行動に出ている。安倍氏が幹事長から官房長官になったころ,岩田氏は渋谷区富ヶ谷の安倍首相の私邸近くにマンションを購入,移り住んでいるのだ。まるでストーカーのようだが,安倍氏のマンションに岩田氏が出入りする姿も目撃され,一時は2人が愛人関係にあるとの憶測も流れた。ただ,安倍首相に近い政治評論家はこう否定する。

安倍洋子地元でのパーティで画像 そして,この政治評論家は,岩田氏が安倍首相に食いこんでいったのは「安倍首相本人との関係より,母親・洋子氏の存在が大きい」という。
 出所)画像は安倍晋三の地元でのパーティ会場での母:洋子,http://situurakai.seesaa.net/article/384379827.html

 「岩田さんは安倍さんが官房副長官のころから,洋子さんのところに日参して,気に入られたんだよ。近くにマンションを買ったのも,洋子さんの世話をするため。岩田さんが安倍さんのマンションに出入りしているのも,別の階に住んでいるお母さんに会いにいっているんだよ。こうやって,洋子氏との関係を深めて,どんどん安倍首相と関係を深めていったんだよ」。

 実際,岩田氏は『文藝春秋』が安倍首相の母親・洋子氏をインタビューしようとしたさい,洋子氏から指名を受け,インタビュアーをつとめるくらい(2016年6月号),全面的な信頼をえている。実際,洋子氏はことあることに,安倍首相に「岩田さんに頼みなさい」とアドバイスをしているとも聞く。

 一昨〔2014〕年5月に開かれた『安倍晋太郎氏を偲び安倍晋三総理と語る会』では,安倍首相が周囲に「岩田さんに怒られてしまった。彼女は怖いですよ~」と笑顔で語ったことが話題になったが,おそらく,安倍首相にとって,岩田氏は,母親の代理人のような存在になっているのだろう。

 取材対象のマザコンぶりをみぬいて母親を籠絡する--その手口はみごととしかいいようがないが,しかし,感心してはいられない。ドラマなら「すごい」ですむが,岩田氏は現実の政治で,権力者と癒着し,公共放送で世論誘導をおこなっているのだ。

 たとえば,安保法制の強行採決のさいもそうだった。国論を二分した安保法案が参議院で可決された後の局内討論会でも,岩田氏は「安倍首相は説明を尽くしてきた」などと強弁。

 さらに1970年談話発表の後に放送された『解説スタジアム』では, “日本の指針に影響を与えた出来事はなにか” という質問に対し,ほかの解説委員は「政権交代」や「イラク戦争」と答えたが,岩田氏はただ1人「安倍首相の米国での議会演説」と回答するなど露骨な安倍ヨイショを口にした。

 「しかも,岩田さんは安倍首相の意を受けて,報道局全体に圧力をかけ,上層部と通じるかたちで人事にも口を出している。局内では,安倍政権に批判的なキャスターや記者がかたっぱしから外されているのは,岩田さんのチェックが上に上がっているのでは(?)との声まであるほどです」(NHK関係者)。
 補注)安倍晋三を権力者である ♂ ライオンとすれば,この岩田明子は「虎の威を借る ♀ 狐」であるかのようにみえるが……。

 さらに,最近の岩田氏はフィクサーのような役割まで演じている。 “ネトウヨ脳” 津川雅彦と安倍首相を引き合わせ,津川氏を「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」座長に抜擢させたのも,岩田氏らしいのだ。

 こんな記者が公共放送にいるのだから,公共放送が “安倍サマのNHK” と化しているのも当然だろう。しかも,その裏には,本人だけでなく,母親との癒着がある。そういう意味では,ドラマなんかより,現実のほうがずっとおぞましい,というべきかもしれない。
 註記)http://lite-ra.com/2016/06/post-2319.html
    http://lite-ra.com/2016/06/post-2319_2.html
    http://lite-ra.com/2016/06/post-2319_3.html

 安倍洋子はたしかに安倍晋三の実母であるが,政治家ではない。以前,アメリカ大統領ロナルド・レーガンは,女房の占いにしたがって政治をしていたなどといった,非常に筋の悪い噂話もあった。

 だが,晋三の母ちゃんに対する関係が「マザコン」だから,それもいたしかたない面があるとはいえ,岩田明子のような一介の記者が「そのあいだにもぐりこんで」のさばり,日本の政治に悪影響を来たしている「日本の政界事情」に関しては,問題があり過ぎる。


 【カロリーメイトゼリーの,女性(女優 清野菜名)を使った広告の意味】


 本ブログは2014年10月26日の記述,主題「タペストリーと性分析」,副題1「織物絵柄に観るフロイトの分析方法」,副題2「精神分析から観るとどう解釈できるのか」 で,フロイト流の性分析的な思考の方法・概念が,企業広告の実際において,どのように使用(応用)されているかを考えてみた。本日はその続編である。
 註記)http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1012359873.html
      ※ できればこちらをさきに読んでもらえれば幸いである。

 ① 清野菜名という女優

 昨日(2016年6月10日),JR東日本の京浜東北線などに乗ったところ,ある車輌のある左右両側ドアをそれぞれはさんで,大塚製薬が製造・販売する「カロリーメイトゼリー」の「ドア横ポスター」の広告が,そのドアの両側にそれぞれ2枚ずつ,都合4枚が組みになって出されていた。

 これは,若い女優(タレント・芸能人)がカロリーメイトのゼリー製品版を「食べている=飲んでいる」ポスターが,実際の構図としては,その吸い口を「口にくわえている」姿になっている。

 これをみた瞬間,前段の過去におけるブログ記述を思い出した。その女優の姓名(芸名)などを,ひとまずさきに説明しておく。ウィキペディアに書かれているのは,つぎのとおりである。
   ☆-1 タレント:清野菜名(せいの・なな,1994年10月14日-;22歳)は,愛知県稲沢市出身で,日本芸術高等学園卒業,ステッカー所属の女性ファッションモデル,女優である。公称サイズ(2013年時点)は,こう発表されている。

  身長 / 体重  160 cm /  ― kg(体重は記載なし)
  スリーサイズ 81 ⇔ 60 ⇔ 81 cm
  靴のサイズ  23.5 cm

 ☆-2 大塚製薬のホームページにも掲載されているカロリーメイトゼリーとこれに「絡んだ清野菜名」の広告用のポスターは,こういった写真である。(カーソルを当て,人差し指が浮き出るものは,画面 クリックで 拡大・可。以下も同じ)
  カロリーメイト広告女性1カロリーメイト広告女性2
       カロリーメイト広告女性3
    カロリーメイト広告女性4
 補注)左上画像に記入されている文句は「誘うならば,半年前から言ってください」,下部のそれは「暑さで女子力は蒸発しました」とあるが,この意味はここではすぐに分かりにくい。
 出所)https://www.otsuka.co.jp/adv/cmt/graphic_index.html
    https://www.otsuka.co.jp/adv/cmt/graphic02.html
    https://www.otsuka.co.jp/adv/cmt/graphic03.html
    https://www.otsuka.co.jp/adv/cmt/graphic04.html
 
清野菜名画像 ☆-3 清野菜名の素顔(メイクありでの自然な顔)に近い画像を選んだつもりで,右側の写真を挙げておく。
 出所)http://www.sticker-inc.com/talent/nana_seino.php

 ☆-4 オフィシャルブログ表紙からはこれ( ↓ )。
 清野菜名オフィシャルブログ表紙
 出所)http://ameblo.jp/seeeno7/

 ② CM出演

   ◇-1 マーベラスエンターテイメント ニンテンドーDSソフト「牧場物語 ようこそ! 風のバザールへ」(2008年)

   ◇-2 アスキー・メディアワークス
        電撃 PlayStation(2010年)
        モンスターハンター ポータブル 3rd ザ・マスターガイド(2011年)

   ◇-3 日立製作所「次の100年へ」篇(2011年)

   ◇-4 DeNA Mobage 神撃のバハムート バッハ武藤「大人気」篇(2013年)

   ◇-5 キリンビバレッジ「生茶」「食事の生茶」(2015年)

   ◇-6 ソフトバンク「教室で噂話」篇(2015年)

   ◇-7 セブン&アイ・ホールディングス「オムニ7 (登場編)」篇(2015年)

   ◇-8 大塚製薬「カロリーメイト ゼリー」(2016年)

 なお,カロリーメイトの製品特長・栄養成分については,つぎのアドレスを参照してほしい。
 註記)http://www.otsuka.co.jp/product/caloriemate/caloriemate_jelly/

 ③ 清野菜名、『カロリーメイト ゼリー』新CM 「水着編」で悩める “大人女子” に(『T-SITE NEWS』2016年6月3日(金)04:00配信,http://top.tsite.jp/entertainment/geinou01/i/29271843/)

 この記事を参照する。2016年6月4日から放送される『カロリーメイト ゼリー』の新CMに,女優の清野菜名が出演する。清野は綾野剛主演の連ドラ『コウノドリ』(TBS系)やNHK朝ドラ『まれ』のスピンオフなど,映画やドラマに多数出演する人気女優。

 『水着』篇では,彼氏から夏に海にいこうと誘われ,「いいね!」というものの,心の中では水着を着る心と身体の準備ができていないことに内心は焦っているかわいい女性を演じている。また,『夏フェス』篇では,夏の外回りでバテる会社の後輩に対して,実は自分も辛いけどそれを隠して強がる先輩を演じている。

 どちらも, “大人女子” が共感できる “夏の悩み” を演じる清野の,大人らしい表情と心のなかを映す商品の動きに注目だ。
 補注)ここまで説明が進むと,前段で「分かりにくい」と指摘した,さきに紹介した画像資料のなかに記入されていた〈文句〉との前後関係,その文脈が読めてくる。
 
 --どうやら「大人女子」であるところが,この清野菜名が出演したこの広告(コマーシャル)の〈訴求にかかわる要点〉であると受けとめておく。しかし,本ブログの関心は,そのように単に澄んだ要素だけにではなく,前掲の広告用に準備され,現在大衆の目に公表されているポスターのもつ性質:意味いかん,そしてこの解釈にある。

 要は「フロイト流の性分析手法」で解釈するとどうなるかである。とくに,「たよりないようにみえる〈水着のブラジャー〉を胸のところに両手でかざしているポスター,そして,仰向けに寝転んでいるポスターをみて,なぜ,この若い女性は行儀も悪く,このようなゼリー製品とはいえ,食べ方をしているのかと疑問をもつ。

 こういう素朴な疑念がまず浮かんできて当然である。子どもや幼児がとくに寝っ転がってゼリー製品を食するのは,よくないはずである。気管に詰まらせる危険性すらある。医療関係の専門家に聞けばすぐに判明することである。

 というよりは,このカロリーメイト広告に男性は登用されていないが,この『ゼリー製品じたい』を男性部分にみたてて,それも想像たくましく観察してみたらよいのである。つまり,この広告の絵柄・構図を,男性側の視点にこだわって観て,これを手がかりに分析してみたら,さらになにかがみえてくるといっていいのである。(画面 クリックで 拡大・可)
大塚製薬カロリーメイト広告女性
出所)これは,http://www.otsuka.co.jp/cmt/cm.php

 「性と広告」の問題が詮索するのは,以上のようにわざわざ意識的に狙われてはいないようでありながらも,実は,そのなんらかの効果(もちろん売上げであり利益であり,くわえて会社の評判も)を獲得するところに向かい,利用されている「女優の使い方」にある。

 ④ 謝 国権『性生活の知恵』1960年

謝国権表紙2 1)本書への言及:その1
 謝 国権の『性生活の知恵』(右画像・池田書店・昭和35年発行)という有名な本があった。本書は,男女間の性行為を木製の人形を使い,分かりやすく解説した著作であった。
 出所)右側画像は,出所)http://blog.7th-sense.sub.jp/?month=200601

日産セフィーロ宣伝井上陽画像 いつぞやに流行った企業広告に出てきた文句に「食う・寝る・遊ぶ」という宣伝があった(「井上揚水 CM 1988年 日産セフィーロ くうねるあそぶ みなさんお元気ですか」⇒ https://www.youtube.com/watch?v=Dm75mxOFMnU )。「寝る」という言葉のうちに性が入ることはいうまでもない。

 謝の『性生活の知恵』は,人形で体位を具体的に表わし,性行為を判りやすく解説していた。なんと243版まで刷ったというから,大ベストセラーであった。類書も何種類があったらしいが,ここでは触れない。それよりも,謝のこの本は,こうも受けとめられている。
   「巻頭に収録された性交体位解説のための写真は,考えぬいたすえ,やっとできあがった私独自の発案によるものである。初めにも述べたように,性のいとなみは美しいものでなければならない」。「本来の美しさを汚さぬ方法として,私は現在自ら考案したこの方法に優るものはないと自負している」(※「はじめに」より)。
謝国権1969年2月20日177刷装丁
 と,性に対しての確固たる信念が本書にはこめられているようである。よく,数学者が,優れた公式は美しいといいますが,実は,優れた知恵というのも美しいのかもしれません。よって,本書は美しいということで,つまるところ,知恵があれば,どんなプレイも美しい !?  
 註記)http://homepage2.nifty.com/bookbox/keikoku.htm 参照。    
 出所)右側画像は,謝 国権『性生活の知恵』1969年2月20日発行で177刷の表紙・カバー,http://kaizokusha.blog57.fc2.com/blog-entry-865.html
    謝国権診療所画像
 出所)これは2013年の画像資料,http://tekutekukapichan.cocolog-nifty.com/blog/2013/10/42-55ca.html
 2)本書への言及:その2
 謝 国権『性生活の知恵』は,実は待ち望まれていた啓蒙本である。産婦人科医の謝 国権が,池田書店から一冊の本を出版する。この本の内容のうち,とくに衝撃的だったのがデッサン用の人形を謝国権著作の内容画像つかって,性交時の体位を表現した写真たち。
 出所)http://blogs.yahoo.co.jp/tiggogawa66/60509853.html

 そしてこの本は,当初から爆発的に売れる。半年で 35 万部を記録。最終的には200万部を越す。外国でも発行されるようになる。売れ方も,通常の本とは違っていた。当時,池田書店で製作/営業の担当であった清水一真氏によると,

 「『池田書店の 320 円の本ください』 で通じた」。

 「女性諸氏はおつりが出ないようにきっちり硬貨を用意して,あらかじめタイトルが分からないように書店がカバーをかけて,山積みにした本をつぎつぎに手にしていった」とのこと。

 出版のきっかけ。著者の謝はその経歴と仕事柄,「私のセックスのスタイルは異常ではないか」 などの相談を頻繁に受けていた。当時ペッサリーの装着方法を指導するスライドで人形が使われていた。そこでこれをヒントに,あからさまでない図柄で出そうということになる。

 しかしそれでもなお,「男女二体の人形をからめたらまずいだろう」 と踏みとどまる。長い間悩んでいる最中,「人形を一体ずつ分けて載せても,みている人の頭の中ではくっつくのではないか」というひらめきに至り,ようやっと出版への道がみえはじめた。
 註記)http://lagnevole.exblog.jp/15054746
    昭和35〔1960〕年6月25日,安保条約が自動延長になった2日後のことである。日赤本部産院(現,日赤広尾病院産科)医局長・謝 国権(しゃ・こくけん)博士が書いた『性生活の知恵』が定価320円で本屋の店頭に並んだ。

 発売された時には,『性生活の知恵』がまさかこの年のベストセラー第1位になるとは,誰も想像していなかった。むしろ発禁になったら元も子もなくなると心配していた。『性生活の知恵』は,がけから飛び降りる想いの発売だったが,なんのおとがめもなくつぎつぎに売れていった。

 これほど売れるとは,著者の謝 国権でさえも予想していなかった。謝は「この本がたとえ初版で終わっても,読者の幸福のために少しでも貢献したい」と本の序文に書いたほどであった。

 この本が店頭に並ぶと,それこそ飛ぶように売れていった。初刷3000部だけだった「性生活の知恵」は重版に重版を重ね,年末までに40万部,1年間で152万部を売り上げる史上空前のベストセラーになった。この売り上げにより,版元の池田書店が自社ビルをもつことができたほどであった。

 「性生活の知恵」が発売されるまで,「性」に関する本は数多く出版されていたが,それらは人前で読むことのできない淫乱なものが多く,暗がりで密かに読むような本ばかりであった。

 学者がまじめに書いた性の解説書もあったが,専門すぎて一般人には難解過ぎた。それまでの出版界は「性交における体位は禁物」という不文律があったため,一般人がもっともしりたいことが書かれていなかった。
  註記)http://www.cool-susan.com/2015/10/22/性生活の知恵/
 結局,性生活も人間の生活全般のなかで非常に大事な要素・場面である。皇室の「お世継ぎ問題」などあまりにも高尚過ぎる(?)のでさておき,日本の人口がいま減少している最中に,出生率を上げねばならないと政府側は焦っている。

 生殖のためだけの性行為ではないことは当然であるが,この「生命再生産の作業」に自然にたずさわっている “人間の営み” が,まじめな話題としてとりあげられるのは,あまりにも当たりまえのことがらである。

 このもっとも基本的な認識点も含みに入れながら,ほかの動物とは根本から異なっている,人間に特有の「性行為を楽しむ」日常生活にとって必要不可欠な知識・情報を,謝 国権『性生活の知恵』が与えていてくれた。『性生活の知恵』は,いまから半世紀以上も前に出版されていた。

 3)清野菜名の広告ポスターの含意
 それでは,前段にかかげたカロリーメイトゼリー広告における女優:清野菜名のポスターに表現されていたポーズのうち,『ブラジャーを手にもって胸の前に当てている写真』と,『仰向けに寝っ転がっている写真』が気になる。

 前者のポスターは,水着を買いにいったところで,店内で手にとった水着をこのような様子で,自分ににあうかどうか・気に入るかどうかをみている,という理解してみるのもいい,分かりやすい構図である。ただし,そこで(店内と決めつけておいたが,そうでなくとも)なにゆえ,カロリーメイトであれなんであれ,このゼリー食品をくわえて食していなければならないのか。

 よく思えば,非常に不自然な姿に感じられる。後者のポスターの,その寝っ転がっている写真のほうも同断である。行儀が悪いこのような食べ方(さきほども触れたが子どもや幼児がまねをしたら危険である)を,まさか大塚製薬が推奨しているわけではあるまい。

 そこで想像たくましく考えるのが,フロイト流の性分析手法を適用してみてはどうかという〈観察方法〉である。謝 国権『性生活の知恵』の内容をもちだし念頭に置いて,さらに関連づけて考えてみたい。そういう問題意識もありうるのである。

 さて,ここまでいえば,なにをどのように比較対照すればよいかは,これ以上いわなくとも分かってもらえるはずである。とくに清野菜名の広告用写真ポスターのうち,前段に挙げた「2態」(前者と後者)のものは,性行為の形式をそれぞれ表現〔もっと隠微に指摘するなら,婉曲に象徴させており,故意に隠喩しており,遠まわしに示唆〕するものだといたふうにも解釈できなくはない。

 そのさいにおいては,謝 国権が工夫・創案してくれたような,あの「男女二体の人形をからめた」想像力を発揮してほしいところである。「人形を一体ずつ分けて載せても,みている人の頭のなかではくっつくのではないか」というひらめき(!?)が前提であったと説明されていた。

 カロリーメイトゼリーの広告では女性側=清野菜名が,以上の指摘したようにある意味では,ずいぶん不自然に映る格好(ポーズ)を構えさせられて,ポスターが制作されていた。これを観たとくに男性側が,想像をたくましく働かせ(むろん女性側にもその想像はいくらでもできるが),どのように「男女間としての絡み方」が組み立てられいるかといえば,これはそれこそ想像上の大いなる自由である。

 大塚製薬側にとっては,このような「広告を観る側」が勝手にあれこれ詮索してくれるのであれば,この清野菜名を採用して制作したこのカロリーメイトゼリー広告は『うまくいった:成功した』といえるかもしれない。以上はあくまで,筆者の自由・勝手な想像の世界における記述内容であり,分析した一見解である。

 ⑤ 付 説-浮世絵における春画-

 ④ までの記述に関しては,つぎのような意見も参照しておく。謝 国権『性生活の知恵』は,こうした日本・人の性生活指南書に関する伝統を静かに継承したものだといえなくもない。

 --明治になって西洋的倫理観が上書きされるまでは,日本人は性に対していまよりずっとおおらかな国だった。聖母マリアの処女性を尊ぶ欧米に対し,伊耶那岐命(イザナギノミコト)と伊耶那美命(イザナミノミコト)が交わることによって誕生したとされる我イザナギとイザナミ画像が国は,太古から「男女和合」を子孫繁栄につながる “目出度い” 行為だと考えていた。
 出所)http://nihonsinwa.com/page/180.html

 よって春画における性器は,顔と同じサイズにまで誇張されており,春画の大多数の図柄は,さまざまなシチュエーションとバリエーションで,男女ともに活き活きと性を謳歌している。女性に性欲があることも当然と考えられていたため,女性がむし返し(複数回の性交)を迫る……といった図も多く残っている。 

 2005年に,世界一のコンドームブランドである英国の Durex 社が調査発表した「世界各国のセックス頻度と性生活満足度(41カ国)」によれば,セックス頻度における世界の年間平均は103回で,日本人は40位・シンガポールの73回から大きく引き離されての最下位で,45回という結果だった(10年前のデータなので,現在はもっと少ないのではないかと推測される)。

 この結果は,江戸時代の人びとからすれば禁欲生活を強いられているようなものである。断わっておくが,私はなにも,現代人に性を謳歌しようと推奨しているわけではない。性に対して,どちらかというと後ろめたさをもつ現代人の感覚で,江戸の性は推し量れないということを示しただけだ。

 また春画は,大名までもが娘の嫁入り道具としてもたせるなど,性の指南書としての役割ばかりか,「笑い絵」「勝ち絵」などとも呼ばれ,仲間内でみせあって笑い楽しむものであったり,戦の弾除けに甲冑に仕こむものであったり,長持ちに入れて虫除けにしたり,蔵に置いて火事避けにしたり……といった用途も担っていた。余談だが,火災が起こった時,ただひとつ燃え残った蔵のなかから,上方の浮世絵師・月岡雪鼎(せってい)の春画が出てきたからと,以降,雪鼎の春画には十倍の値がついたという記述が残っている。
 註記)http://ironna.jp/article/2245

 つぎの画像は「美人画」にしかみえないが,ただ,このとおりのものであるけれども,前掲の清野菜名のポスターのどれかとならべて鑑賞してみると,きっとなにかが伝わってくるかもしれない。
美人画画像
出所)http://ameblo.jp/tarimokkori/entry-11545026169.html

 この画像を借りたブログは,江戸時代の「春画って恥部丸出しのが多いけど,出てないのをチョイスしてみた」というふうな断わり(感想)も付言していた。謝 国権『性生活の知恵』では性器そのものが描写されていない(必要なく,それで十分)。これは春画との大きな違いであった。
浮世絵男女画像
 出所)これも春画らしいが上半身のみの画像,http://plaza.rakuten.co.jp/tsurugikazuwo/diary/201309030000/

 高齢社会の日本である。『週刊ポスト』『週刊現代』の記事広告(内容案内)から2例ずつ計4例を挙げておく。上から3点が2015年,下の1点が2014年のものである。いずれも「性生活の問題」にかかわる記事が大きく出ている。どの週刊誌もこの分野での話題が尽きることはない。とくに「売らんが主義」の二流週刊誌では格別にそうあつかっている。
  週刊ポスト広告画像
    週刊ポスト2016年6月17日号目次画像
  週刊現代広告目次1
            週刊現代広告目次2

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