【指摘された批評点がよく理解できないというか,説明不足に感じられ,いいたい点が十分に伝わってこない】


 ① 本 論

 標題に名称を出してみた「あるブログの執筆者」は,「当方のブログ」における過日の記述(大学問題)に関して,「偏差値50以下の私大に「高等教育機関」としての存在価値はみいだせない,か?」(2016/07/07,アドレス:http://setapapa.net/20160707/)という題名をもって,本(当方)「ブログの大学問題に関する記述」を『転載し,言及していた』。

 そして,末尾において「若干の言及(コメント)」がなされているのだが,本ブログの筆者にいわせれば,ほとんどなにもいっていないのに等しい,つまり中身のない発言になっていた。

 せっかく,当方のブログ記事を転載するかたちで紹介し,拡散させてもらったのは,けっこうな行為であったかもしれないが,その末尾のコメントは,いまだにその意図がさっぱり諒解できないままである。

 たとえば,「さて,現状のまま進めば,今後は下位大学から順番に消えていくことは当然のことであろう」,「いっぽうで,わが国の大学進学率はけっして高いとはいえないという現状がある」と記述(コメント)している。

 だが,ここでとくに「わが国の大学進学率はけっして高いとはいえないという現状」という点は,あまりにも常識的次元に属する発言であって,その内容は「日本の大学事情」としてかかえる多くの深刻な諸問題とは無関連的に発せられている。

 「日本の大学進学率が高くない」という点の把握は,問題を議論するさいのひとつの前提にしかすぎない。その実態(大学進学率の内容)を,多少でも現実的に認識できているのであれば,いまの日本における大学進学率は,不要なまでにかつムダに高いといわざるをえないし,とりあげてもらった本ブログ側の記述は,まさにその点をめぐって議論していた。
ここで,文部科学省統計から
「過年度卒業者を含めた進学率(就学率)の推移」という図表(最新版)を紹介しておく。「高等教育」は,高校卒業以後における進路を,さらに「大学などに」就学を継続していった者たち全体を含めて,考えるべき問題でもある。外国ではこの数値をもって「大学進学率」に相当されている場合もある。(画面 クリックで 拡大・可)
大学進学率図表画像
 出所)http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2016/01/18/1365622_1_1.pdf

 高専の正式名は「高等専門学校」であり,就学年数でみれば短大相当である。専門学校の正式名は「専修学校」であるが,就学年数でいえばともかく,高等学校以上の年数にまでなにかを学んでいくことになる。

 大学・短大と同じ教育内容ではないにしても,非一流大学の存在を前提にして考えると,こちらと専門学校とにあいだにあっては,それほど実質的な差異がみいだせないでいる。


 現在,職業専門大学の設置が話題になり検討もされているが,この実際に進行中である大学業界の諸事情に関していえば,前段のような「現実の高等教育」(それもとくに非一流大学)における「その
低質化・希薄化・空洞化」が,目に余るような現実,つまり既往症になっている。
 以上の点に関して子細にわたる議論は,本ブログが他の諸記述であれこれ(くどくど)展開しているゆえ,ここで詳論はしない。しかし,ブログの世界における執筆作法の関連問題も介在しているせいか,どうしても〈玉石混淆のありよう〉は回避できない現象である。とはいえ,せっかく当方の記述をぱっくりと転載・紹介していながら,その末尾に披露された所感は,残念なことに非常に薄味である。ぜひとも,こちら側でもさらに勉強を余儀なくされる〈鋭利な論評〉を期待したいものである。

 ② 蛇 足
島野清志表紙2017年用
 最新刊,島野清志『危ない大学・消える大学 2017年版』(エール出版社,2016年7月)によれば,日本の全大学(4大)について,つぎのような分類と評価づけがほどこされている。分類上,最高位であるSAグループからA1・A2・B・C・Dまでの「6つのグループ」は,ひとまず問題外なので紹介せず,つぎのようにそれ以下に位置する諸大学を紹介しておく。

 ☆【Eグループ】「大衆私大」;できればこのクラスまでに入ってもらいたい。
 --流通経済大学・白鴎大学・城西大学・東京国際大学・帝京大学・帝京平成大学・淑徳大学・大東文化大学・文京学院大学・明星大学・和光大学・神奈川工科大学・関東学院大学・山梨学院大学・常葉大学・名古屋学院大学・大同大学・大谷大学・京都文教大学・桃山学院大学・大阪産業大学・追手門学院大学・四天王寺大学・大阪商業大学・大阪電気通信大学・阪南大学・岡山理科大学・広島国際大学・広島工業大学・九州産業大学・福岡工業大学・熊本学園大学・沖縄国際大学

 ※ 本書(島野清志『危ない大学・消える大学 2017年版』)を参考にする受験生には,このグループ以上の大学に入ることを切に願っている。大東文化・帝京・明星・和光・関東学院・追手門学院・九州産業など地域で相応な知名度がある,認知されている大学が含まれるのは,このクラスまでである。問題なのが,以下である。

 ★【Fグループ】「知名度の低い大学が目立つ」。
 --北海道科学大学・北海商科大学・盛岡大学・東北工業大学・上武大学・明海大学・埼玉工業大学・尚美学園大学・駿河台大学・西武文理大学・聖学院大学・日本工業大学・千葉商科大学・千葉経済大学・中央学院大学・嘉悦大学・多摩大学・高千穂大学・東京情報大学・帝京科学大学・日本文化大学・目白大学・湘南工科大学・桐蔭横浜大学・横浜商科大学・福井工業大学・静岡産業大学・同朋大学・名古屋商科大学・花園大学・大阪経済法科大学・関西国際大学・帝塚山大学・流通科学大学・広島経済大学・広島文化学園大学・徳島文理大学・久留米工業大学・崇城大学・沖縄大学

 ★★【Gグループ】「定員割れ大学が目立つ」。
 --札幌大学・札幌学院大学・高崎商科大学・秀明大学・常盤大学・城西国際大学・浦和大学・ものつくり大学・共栄大学・江戸川大学・敬愛大学・千葉科学大学・清和大学・東京成徳大学・東洋学園大学・長野大学・中部学院大学・愛知産業大学・岐阜経済大学・京都学園大学・大阪学院大学・大阪国際大学・大阪成蹊大学・芦屋大学・帝塚山学院大学・吉備国際大学・岡山学院大学・福山大学・四国学院大学・九州共立大学・九州国際大学・福岡国際大学・日本文理大学 ・別府大学

 ★★★【Nグループ】「危ない大学・消える大学の候補校」。
 --札幌国際大学・道都大学・青森大学・富士大学・ノースアジア大学・作新学院大学・関東学園大学・愛国学園大学・武蔵野学院大学・東京富士大学・松蔭大学・新潟産業大学・愛知文教大学・東海学院大学・名古屋経済大学・名古屋産業大学・甲子園大学・姫路獨協大学・奈良学園大学・岡山商科大学・広島国際学院大学・高松大学・日本経済大学

 以上のごとき島野清志著の分析結果を踏まえて,しごく単純な思考になるが,つぎのように割り切り,付言しておく。「わが国の大学進学率はけっして高いとはいえないという現状がある」というのは,錯覚でなければ幻想である。


 本記述は,以下の3稿に続く稿文であり,在日朝鮮人問題をさらに解明する稿文である。
 
 ☆-1 2016年07月01日「朝鮮総聯-朝鮮大学校-朝鮮奨学会,いつまでも切れない北朝鮮との濃密な腐れ縁というか,一心同体性」
 
 ☆-2 2016年07月08日「同 稿(その後:補遺)」
 
 ☆-3 2016年07月17日「同 稿(その後:補遺の補遺)」
    
 ------------------------------   
  
朝総連衰亡史 (8) -留学同工作の証言,
これを嘘と否定するのか- ◆
=『統一日報』2016年7月21日=


 ある在日知識人の回顧だ。在日知識人の典型といえるかもしれない彼は,逡巡の若いとき留学同に加入し,どうすることもできないうちに,朝鮮労働党の「在日党」である朝総連の虜となって,その束縛から解放される過程を淡々と回顧している。彼のライフワークといえる「在日の精神世界」をまとめた著述には,学者としての真剣な研究結果はもちろん,少なからぬ貴重な証言も収録されており,在日の精神世界がみられる非常に興味深い内容が多い。
 補注)ここでいわれている「彼」とは,いったい誰〔たち〕のことなのか,明確に記述されていない。敗戦後史のなかで当初,熱烈に北朝鮮を支持した在日朝鮮人の知識人は多くいた。だが,その後,徐々に朝鮮総聯からは離反していかざるをえない経緯をたどったのは,あの「朝鮮非民主主義反人民偽共和国」の歴史的な由来と本質に照らせば,あまりにも当然ななりゆきであった。しかも,その間において「彼」らが失っていった「政治精神世界における自由・闊達」と「創造志向的な生活環境」とは,とてつもなく大きかった。

  〔記事本文に戻る→〕 彼が朝総連に引きこまれた事情は,当然のことながら,精神的にとてもなじみがたい日本社会で生きてきた彼と,在日韓国人が置かれていた時代環境とを切り離して考えることはできない。「在日」たちが置かれたこの環境や状況を,朝総連がどのように組織的・体系的に接近し利用してきたのかは,彼の著述のなかに痛いほどよく表われている。

 まず,この在日知識人の回顧で朝総連の工作にさらされていたもろく未熟な世代の話をみてみよう。「総連の対南工作」に関して書いた部分で,朝総連に関係したことのある人びとの聞き書きからの貴重な証言があるため,その部分をまず引用する。

 地下活動について実際に話してくれる人はあまりいない。ましてや当事者が実体験として語ってくれることはまずなく,多くは間接的な証言である。

 前に述べたように,作家・金 石範が日本共産党を脱党して,仙台で北直結の地下組織で活動したのは1952年2月からであるが,耐えられなくて3,4カ月で辞めて命からがら逃げるも,30年以上もの間,誰にもそのことについて話さなかったという。祖国の党に直結している地下組織に参加することは,革命戦線に繋がるのだという自負と,いささかのヒロイズムさえおぼえていたともいう。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
金石範画像『朝日新聞』から
出所)https://twitter.com/BARANEKO/status/584235414451400704/photo/1
    補注)第2次大戦後の大韓民国では,政情混乱のために発生した「済州島4・3事件」が記録されている。ここに登場する金 籍範〔済州島出身〕は一時期,朝鮮総聯の知識人としての(朝鮮新報で記者などを務めていた時期もあった)人生も過ごしてきた人物である。
 参考文献)ジョン・メリル,文 京洙訳『済州島四・三蜂起』新幹社,1988年。文 京洙『済州島四・三事件-「島の国」の死と再生の物語-』平凡社,2008年。

 済州島4・3事件の真相究明に貢献したり,世界平和や人権伸長に寄与したりした人に贈られる「第1回済金石範画像2聯合ニュース州4・3平和賞」の授賞式が〔2015年4月〕1 日,済州市内のホテルでおこなわれ,受賞者の在日同胞の小説家,金 石範(キム・ソクボム)氏に賞金5万ドル(約600万円)などが贈られた。

  済州島4・3事件は1948年4月に済州島で起こった島民の蜂起に伴い,島民が軍や警察などに虐殺された事件。同賞は4月3日が同事件の犠牲者の追悼日として昨〔2014〕年,法で定められたことを記念して設立された。
 註記)『聯合通信』2015年4月1日,http://japanese.yonhapnews.co.kr/society/2015/04/01/0800000000AJP20150401003100882.HTML
〔記事本文に戻る→〕 1970年代のことであろう,大阪を中心に総連で働いた元活動家の梁 永厚は,当時,総連組織から突然抜け出て消息不明になる者が少なくなかったという。周囲では対南工作のために地下に潜ったと暗黙の了解をする雰囲気であったというが,梁永厚画像なかには韓国で捕まった者もいたという(聞き書き,2014・10・25)。
 出所)左側画像は梁 永厚,http://www.mindan.org/shinbun/000524/topic/topic_b.htm

 現在名古屋で韓国語教室を運営している韓 基徳は,1976年に北海道大学工学部に入学。3年生になってから学内の韓青同で活動しはじめるも,大学は中退を余儀なくされる。1980年の光州事件後,北大でも金 大中救出運動が盛り上がる。学内人口が2万人といわれていたが,日本人中心の運動で韓基徳画像約2万5千人の署名が集まる。学内では1万人の教職員,学生が署名したといわれる。
 出所)右側画像は韓 基徳,http://www.inbong.com/2007/kis/kis0527/

 ちょうどそのころ,旧知の留学同北海道委員長である先輩が「ピョンヤンにいかないか」と声をかけてきた。その意味する中味がなんだったのか正確には分からないが,当時,ピョンヤンに何人もいったようだということは聞いてしっていた。

 韓 基徳は即座に「とんでもない」と断わるが,あれほど母国留学の在日政治犯のことが話題に上がっていたなかで,この先輩はいったい,どんな神経をしているのか。「ぼくのことをなめているのか」と思ったという。1980年代に入っても,留学同が韓青同や韓学同の学生にピョンヤンいきの誘いをかなりしていたのは,たしかである(聞き書き,2014・8・29)。

 留学同や韓学同などが工作の主たる舞台になったようであるが,「在日」はもちろん,韓国からの留学生も集まった朝鮮奨学会での工作も多かったはずだともいわれている。なかでも留学同は朝文研を表看板にして,日本の大学に在籍する同胞学生を集めていくが,そこには「主体思想」とか「唯一思想大系」といった全体主義的な思考が根を張り,総連の傘下団体といいながらも,実際には北直轄の指導下にあった。
 補註1)「留学同」とは在日本朝鮮留学生同盟が正式名であるが,羊頭狗肉どころか,ゾウをカバというがごときウソそのものである名称を,いまだに騙っている。すなわち,ここでいう留学生とは「在日出身の朝鮮総聯系の大学生」である。それゆえそのように非難され,批判されねばならない。ともかく,それ「以前」において初めから非常に馬鹿げた詐称であると指摘されてよい。

 また「韓学同」とは在日韓国学生同盟の略称であり,
こちらは頭に在日を付しているので,留学同みたいな〈程度の悪いウソ〉とは無縁の,まともに「名は体を表わす」名称である。

 補注2)ここでとくに注意したいのは,朝鮮奨学会の場を悪用して留学同の者たちがおこなってきた長年の行為,つまり,この育英機関から奨学金を支給されている「韓国から来た留学生」および「在日系韓国人大学生」に対するオルグ活動が問題であったことである(次段の本文に引用する記事のなかにも,この点に関説があるが)

 現在,完全に根絶しているとはいえなものの,以前はこの記事に指摘されているような〈毒牙〉に,巧妙にひっかっていた韓国からの留学生もいた。在日出身の韓国籍の大学生でも,その毒牙にかかった者たちがいた。こちらの在日系大学生のなかには,ふだんからそれと分かるような言動をするほどに影響を受けた者もいたということで,この若者たちが韓国に留学したさいには,反共法--大韓民国における治安立法のひとつであり,1961年に制定され,のちに国家保安法と統合されていたが,1980年12月31日に廃止された--によって摘発される事件が何件も起きていた。

 〔記事本文に戻る→〕 洪 敬義は1981年,留学同の専従になって以降,留学同の仕事以外に,韓国からの留学生に接触する義務を負わされる。ノルマ5名。「韓国語を教えてください」などといって学内サークルに勧誘するなど,「洗脳」が目的であるが,そう簡単にはいかなかった。留学同の学生のときは,韓国籍で民団系の学生がかなり餌食になっていたのをみた(尹 健次『在日の精神史3-アイデンティティの揺らぎ-』岩波書店,2015年,105~107頁)。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
尹健次記事画像資料
出所)http://mokuou.blogspot.jp/2015/12/3200.html

 補注1)実際に,在日韓国人系で民団に所属する世帯の若者=大学生が,日本と韓国とを股にかけて,北朝鮮のために政治活動することになってしまい,その結果,韓国側からは反共法などに違反した容疑によって,彼らが留学や祖国訪問のために韓国に出向いたとき逮捕・検索される事件が多く発生していた。

 補注2)洪 敬義は現在,学校法人コリア国際学園専務理事。このコリア国際学園は,大阪地域に朝鮮学校に代わる民族学教がない状況に対して,その受け皿となる韓国系で,しかも競争力がある国際学校を作るために,2008年4月,大阪府茨木市に開校創立されていた。東日本地域にあって2014年4月,茨城県石岡市に創立された青丘学院つくば中学校・高等学校がある。この青丘学院つくばに関しては,http://news.onekoreanews.net/print_paper.php?number=80990 を参照されたい。

 なお,西日本地域にあるこのコリア国際学園は,「韓国の民族史観学校をモデルとして韓国語・英語・日本語を駆使できる国際人材を育てようと決心した」と案内されている。青丘学院つくば中学校・高等学校も,在日系としてはより明確に韓国支持の立場にある学校である。もっとも,いまどき北朝鮮の旗幟を新たに揚げるような,愚かな在日「朝鮮」人はいない。朝鮮総聯系の勢力は急激に衰退している実情については,本ブログもすでに言及したところであった。

 現在まで,「朝鮮」籍にとどまっている在日「朝鮮人」は3万数千名にまで減少している。法務省の公表する統計によれば,2015年末の在留外国人数 223万2,189人(前年比 11万358人増 5・2%増)のうち, 中長期在留者は 188万3,563人,特別永住者は 34万8,626人である。国籍・地域別から拾うと,こうなっている。

  韓 国  45万7772人(20.5%,1.7%
  朝 鮮  3万3939人(  1.5%,5.1%
    註記)http://www.moj.go.jp/nyuukokukanri/kouhou/nyuukokukanri04_00057.html

   なお,特別永住者は韓国籍と「朝鮮」籍とで都合,34万4744人と99%を占めている。この数値から「朝鮮」籍〔はひとまず全員が特別永住者とみなせるゆえ〕を引くと,韓国籍となる特別永住者は,31万0805人である。

 韓国籍全数のなかでさらに「 45万7772人-31万0805人= 」という引き算をしておくと,この答えであるほぼ14万7千人が,そのほかの在留資格を有する韓国籍の人びとである。こちらは「新来の韓国人」であり,企業や政府の関係者,芸能・スポーツ関係者,留学生などが中心である。

 一言でいってしまうが,その31万0805人の数字で表わされる人びと(在日・定住韓国人)には,即座に日本国籍を与えるのが妥当である。いまさら3・4世にまで世代を,日本社会の内部で蓄積・形成してきているこれらの人びとを,いまだに外国〔籍〕人あつかいしつづけるという国家精神は,飛びっきり・格別に異様である(→「お尻の穴がお小さい」という意味での,それも根拠がはっきりしない「民族差別」のこと,このなれの果てが〈在特会〉)


 〔最後のここで再び,記事本文に戻る→〕 人間は弱い存在だ。朝総連の工作員たちは,若者たちの前に友人やメンターの顔で,あるいは初めての外国を1人で旅する旅行者の前に親切な案内者の顔で接近した。(つづく)


 【防衛大臣を短期間やっただけで,たいして軍事も政治も分かっていない女性国会議員が「女・性」を売り物にしたかのような都知事選への立候補】

 
 「小池百合子の本性は “極右ヘイト” だ!  朝鮮人虐殺を扇動する在特会系団体との関係も発覚,知事になったら東京はヘイト天国に」(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2016年7月21日)

 1)小池百合子が都知事選に立候補した

 本日,以下に紹介しながら考えるためにとりあつかう「標記( ↑ )」の文章は「リテラ編集部の論説」である。

 現在選挙期間中である東京都知事選挙に立候補し,最有力候補の1人と予想されている小宮百合子であるが,その政治家としての出身・素性・力量(あるとすれば「実績」も)などは意外と,まだしられていない。この点で,この『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』7月21日の記述を紹介しつつ議論してみるのもいい。なお引照中で人名の「氏」は除いた。太字への強調も引用者である。
『朝日新聞』2016年7月22日朝刊都知事選風刺漫画
出所)『朝日新聞』2016年7月22日朝刊「オピニオン」。

 --中盤へとさしかかった東京都知事選。候補者の言動をみていて気になるのは ,“反自民都連” を打ち出して出馬した小池百合子だ。各社の情勢調査では,現状で一歩リードしているといわれる小池。無党派層や女性からの支持もとりつけているという。自民党の公認をえられずに独断で出馬したことや,「たまには女性にしたらいいんじゃないの」などといってソフト路線をみせる作戦が奏功しているのだろう。一部では “安倍一強に反旗を翻すジャンヌ・ダルク” などともて囃す声まであがっている。
小池百合子都知事選立候補標語画像
出所)冒頭解散というのは不可能事だが(?),
http://dot.asahi.com/print_image/index.html?photo=2016071200239_1


 だが,騙されてはいけない。小池氏の本性は “戦争のできる国づくり” を進めてきた極右タカ派であり,民族差別を助長する “ヘイト政治家” なのだ。とくに看過できないのが,在日コリアンの虐殺まで扇動するヘイト市民団体「在特会」(在日特権を許さない市民の会)との関係だ。小池氏は2010年に,在特会の関連団体である「そよ風」主催,在特会女性部協賛の集会で講演をおこなっている。
 補注)本ブログの記述がすでに,昨日〔2016年7月21日〕において参照してきた,こういう事実があった。『日刊ゲンダイ』2016年07月09日が報道していたことである。7月8日にもたれた外国人特派員協会で小池百合子は, “流暢な英語” なども披露しつつ記者会見をおこなっていた。記者会見の会場には160人もの大入りとなっており,約30人の外国人記者も参加していた。

 だが,
最後まで調子よく進行していたこの “シャンシャン会見” であって,うまく終わろうとしていたところで,江川紹子が登場して「ヘイトスピーチ対策法が成立した。自治体の首長としてどうとり組むのか。小池さんは野党時代の 2010年,ヘイトスピーチをやってきた “在特会” 関連の講演をされていますが,事実ですか」と質問し,小池百合子と “在特会との蜜月” を問うたのである。小池はとたんに表情をこわばらせてしまい,この記者会見の空気も一変した。

 そのさい小池百合子は
,一瞬表情をこわばらせていたものの,キッパリとこうもいった。「対策法にのっとってやるべきことはしっかりやっていきます。いろいろな講演に出ていますが,在特会がどういうものか存じ上げませんし,主催された団体と在特会の関係もしらない。したがって在特会の講演をしたという認識はありません」。
小池百合子外国人記者特派員協会記者会見画像
出所)2016年7月8日の外国人特派員協会で,
https://twitter.com/catnewsagency/status/751317881258799104


 しかし,前段に触れてあった「当時のその講演会の案内」には〈演題:「日本と地球の譲りかた」講師:「小池百合子衆議院議員」主催:「そよ風」協賛:「在日特権を許さない市民の会 女性部」〉とハッキリ書いてある。 “潔さ” をウリにするオンナにゴマカシは似合わない。
 この補注内に引用された内容の註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185408/1  および  http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185408/2 参照。

 2)在特会と近い間柄である小池百合子

 〔リテラの記事本文に戻る→〕 その前記「そよ風という団体」は,慰安婦問題や関東大震災朝鮮人虐殺の否定などを主張しており,2013年には大阪・鶴橋で「いつまでも調子にのっとったら,南京大虐殺ではなく『鶴橋大虐殺』を実行しますよ!」などとジェノサイドを先導したヘイトデモに協力していた。こんな団体に呼ばれて嬉々として講演をしていることからも,小池氏とヘイト勢力との蜜月は明らかだろう。
 補注)「慰安婦問題や関東大震災朝鮮人虐殺の否定などを主張」できる理性と感性は,まさしく反知性主義の政治家である小池百合子においても,面目躍如の様子に映る。慰安婦問題が存在しなかったのだとか,関東大震災時に朝鮮人の虐殺もなかったのだといえる発想は,日本国内においてのみ,それも彼らだけが「オダをあげる」かのように否定できたつもりで,ただ一方的に強調した発言といえる。

 だが,世界的な「与論」でいえば,そのような馬鹿げた発言はまったく受けつけられていない。現に安倍晋三は第1次政権時にアメリカを訪問したさい,当時のブッシュ大統領に「私は従軍慰安婦問題」に謝罪する旨を発言し,ブッシュからはそれを評価され「褒められていた」くらいである。

 過日の日韓政府間における従軍慰安婦問題に関する交渉の結果も,従軍慰安婦問題の存在を否定することなどしていない。それをいまさらように否定し,抹殺したがるのは,日本人自身がアメリカ人に対して「12・8:真珠湾攻撃」はなかったのだとか,「日本に原爆2発を落としたことはないのだ」と断言するのに等しい,実にばかばかしい「事実無根」の「虚言(虚勢?)」でしかない。


 〔リテラの記事本文に戻る→〕 しかも呆れるのは,小池氏がこの在特会との関係について外国人特派員協会での会見でジャーナリストの江川紹子氏から糾されたさい,こんないいわけをしたことだ。「いろんな講演会に招かれることはしばしばございます。しかし私は在特会という,最近よく出ておりますけど,それについてはよく存じておりません」(『ハフィントンポスト』2016年7月8日付)。

 みごとにしらばっくれたわけだ。では聞くが,小池氏は現在,日本各地で在特会の流れを組む在日コリアンへのヘイトデモ,イスラムヘイトデモ,さらにはLGBT差別のデモなどが繰り返されていることもしらないというのだろうか。だとしたら,こんな人が都知事になるなんて論外だろう。こうした差別問題を放置容認しておいて,世界中からさまざまな民族が集まる五輪など開催できるわけがないからだ。
 補注)LGBTとは,女性同性愛者(レズビアン,Lesbian),男性同性愛者(ゲイ,Gay),両性愛者(バイセクシュアル,Bisexual),性同一性障害を含む性別越境者など(トランスジェンダー,Transgender)の人びとを意味する頭字語である。

 そもそも極右政治思想の持ち主たちは,大昔からそうであったが,この種の性意識に関連する問題に対しては拒絶的な姿勢しかもっていない。そこには,ナチス・ヒトラー流「人種・民族観」に発する優性観の問題があった。もっとも,ナチス内でのこの性に関する問題は潜在させられており,根絶などできていたわけではなかった。それはともかく,このLGBTを絶対に認めないのが極右政治思想である。男女平等は嫌,外国人の生活と権利(人権)もけっして同等に認めたくない,子どもや高齢者,障害者をないがしろにする。


 女性の役割を一方的にせまく決めつけ(男女平等思想とこの実施を許さない),子どもの権利をまともに認めず(同じ人間として対等とみない),高齢者の福祉をないがしろにし(やっかい者とみなす),障害者を社会から排除し(邪魔者としてしか対応しない),外国人を排斥するだけ(異民族・他人種を異様に怖がる)の国家全体主義の立場などからしか,人間存在全般および世の中じたいをみることができないのが,LGBT反対者たちの絶対的な立脚点である。

 〔リテラの記事本文に戻る→〕 しかも,ヘイト勢力との関係はこれだけではない。たとえば,この選挙期間中には,ヘイト市民団体「しきしま会」がツイッターで小池氏の選挙ビラに証紙を貼る作業をしている場面をアップしていた。このしきしま会は,先日も熊本大地震にさいして在日コリアンへの差別扇動デマを垂れ流すなど,悪質なヘイト行為を繰り返している団体だ。
 補注)この「しきしま会」のホームページ(ブログ)をみると,反対者に対する悪口雑言が満ちあふれている。品位・品格を問うまでもなく,お下劣一辺倒の会であることが分かる。敷島(しきしま)ということばに注意したい。

 3)実際に差別をする小池百合子の政治家としての資質

 そしてなにより小池氏自身,その言動の差別性が問題視されている。沖縄に駐留していた元米兵を父にもつ沖縄選出の衆議院議員,生活の党と山本太郎となかまたち・玉城デニー氏は7月16日,自身のツイッターで小池氏から差別発言を受けたことをこのように明か つぎのような小池の言動があったと伝えられている。

 特定秘密保護法を審議していた〔国会の〕委員会〔で起きたことであった〕。法案の中身について法案の危険性を危惧する国民からの fax を示して追及していた玉城の背後から女性の声で「日本語読めるんですか? 分かるんですか?」と呟く声がした。質問を終えて振り返ると今をお騒がせの女性都知事候補その人だった。
    この差別発言は,もっとも日本人らしい日本人でないと日本語が話せないと決めつけるごとき,『半世紀ほどは時代遅れ』といっていいような偏見にもとづくそれである。玉城デニーのみならず,従来からの固有日本人との混血で生まれた「在日韓国系日本人」が,いまでは大勢いる時代である。しかし,いまなお,芸能界でも頻繁に差別発言がゆきかってもいて,この混血で生まれた人びとに対する差別発言の横行は目に余る。

 日本人の相当部分には,韓半島(朝鮮半島)からの渡来人たちの血を引く者がいる。計算できないくらい多くいる。なにせ,天皇家にも桓武天皇の代だけでも,間違いなく韓国(朝鮮)の血統が〈混入〉していた。

☆ 天皇が結ぶ日韓の縁
『ニューズウィーク日本版』2002年3月20日号 ☆

= http://www.asyura.com/0304/bd26/msg/320.html =


 大和朝廷の皇太子と結婚した高野新笠(たかのの・にいがさ)は,百済の武寧王の血を引いていた。だが第2夫人の彼女は,朝廷に渦巻く陰謀から必死に身を守らなければならなかった。夫の白壁王は770年に光仁天皇として即位。第1夫人とその息子は,朝廷に災いをもたらしたとして幽閉され
ニューズウィーク2002年3月20日表紙た。代わりに世継ぎとなったのが新笠の息子で,781年に桓武天皇として即位した。
 出所)画像は,http://home.att.ne.jp/apple/tamaco/2002/020509Newsweek320.html

 桓武天皇には「韓国人」の血が流れていた。だが,国体護持にこだわってきた日本は,この話を何世紀にもわたってあいまいにしてきた。朝鮮半島から継承した文化的,歴史的,血縁的な「遺産」を直視してこなかった。両国が共有する歴史を直視しなければ,日韓関係は改善しない。

 韓国側は「健忘症」は日本の文化だと批判し,それが強制労働や従軍慰安婦といった植民地支配時代の残虐行為に日本が向き合うことができない一因だ,という。一方の日本は,韓国は過去にこだわりすぎると非難する。この両国がまもなくサッカーのワールドカップ(W杯)を共催するというのだから,皮肉としかいいようがない。

 ところが最近,意外な人物が両国の緊張を和らげようとした。日本の明仁天皇が昨〔2001〕年12月の68歳の誕生日に,「桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに,韓国とのゆかりを感じています」という驚くべき発言をしたのだ。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2001年12月24日朝刊
 皇室が韓国とのゆかりを公に認めたことは明治以降なかった。だが,W杯を控えたこの時期に天皇が発言したことは偶然ではない。過激な右翼的言動や,たとえば『新しい歴史教科書』を編纂したような考えをもつ人たちに自制を促すための発言だった,と皇室事情に詳しい人物はいう。
 註記)引用は『朝日新聞』のスクラップを除き,http://www.asyura.com/0304/bd26/msg/320.html

 この記事(14年と半年もの前の)を読んだ人は,最近,平成天皇が自分自身の問題にかかわって「退位」を口にしたという〈大ニュース〉が報道されていたことを,すぐに思いだすはずである。これは,複雑な事情はあれ,明仁天皇が安倍晋三の改憲論に対する牽制球だという解釈がなされてもいる。
  〔リテラの記事本文に戻る→〕 さらに小池氏は,民主党政権時代の2010年にも朝鮮学校に関する朝日新聞の報道に対してこんなツイートをしている。「『朝鮮学校の無償化,首相「法案成立後に判断」』(朝日)。それはないでしょ !! 絶対反対 ! 反日教育を進めている北教組の傘下にある北海道の高校も同類」。--外見や国籍,人種に対する小池氏の差別意識は,ほとんどネット右翼じみている。しかも,本人はこうした発言が差別や偏見を助長するということをまったく自覚していないらしく,一層タチが悪いといわざるをえない。

 だが,小池氏が自身の差別意識にどれだけ鈍感であろうとも,今回の都知事選ではネトウヨや差別主義者がその姿勢に共感して猛烈に支持しており,また,小池氏も最初からそこを “票田” と見定めていることは間違いない。その最たる例が,小池氏が出馬表明時から目玉公約としてかかげている「韓国人学校への都有地貸与の白紙化」だ。

 これは,舛添要一前都知事が韓国政府の依頼に答えるかたちで,新宿区にある都有地を韓国人学校増設のために有償で貸し出す方針を覆すもの。ネトウヨたちは「朝鮮人へのえこひいき」などと差別的言辞を投げつけながら都庁に抗議殺到。ヘイト団体「頑張れ日本! 全国行動委員会」も都庁前で抗議デモをおこない,また,産経新聞を始めとする保守メディアも「保育園不足よりも韓国人学校か?」とバッシングを展開していた。

 だが,東京都は過去にフランス人学校に都立高校の跡地を売却しているし,韓国人学校だけが問題にされるのはおかしい。しかも,ネトウヨや反対派は「韓国人学校じゃなくて日本人のための保育園を優先しろ!」と主張するが,ではなぜ,韓国人学校を増設すると保育園がつくれなくなると考えるのか。別の候補地をみつければよいだろう。

 4)陳腐なネトウヨ・おねえさん都知事候補

 そもそも,行政が外国との交流の一環で,土地や建物を貸し出したり,活動を協力したりすることはよくあることだ。これを都知事選最大の争点として打ち出す小池氏のやり口は,明らかに嫌韓派のネトウヨ連中に媚を売っている証拠だ。
 補注)この話題について本ブログは,2016年04月08日の記述,主題「韓国学校は気に入らないが,フランス学校ならよいのか? 都立高校跡地を利用する第2の韓国学校設置問題」,副題1「1世紀半もの伝統を誇る隣国差別の政治精神が,現在の庶民的な嫌韓意識にまでつながっているのか」,副題2「お尻の穴の小さいところをはしなくもみせたヤマト民族だが,欧米系の《民族》学校ならば『無条件にウェルカム』?」  で論及している。

 さらにいえば,小池氏の背後にはヘイト団体やネトウヨだけでなく,歴史修正勢力もたむろしている。7月19日には,歴史修正主義やトンデモ教育の実働部隊である「新しい歴史教科書をつくる会」が小池氏の支持を表明。「つくる会」はホームページ上で小池支持の理由をこう記している。
    その理由の第1は,今回の都知事選挙の最大の争点である外国人参政権問題について,有力三候補の中で唯一,明確に反対しているのは小池候補だけだからです。 (略)  第3に,歴史観についても,小池候補はしっかりとした見解をもっておられます。国会議員として教科書問題にもとり組んでこられ,3人の候補のなかで,「つくる会」の運動を支持してくださった唯一の候補でもあります。
 実際,小池氏は2001年に組織された超党派議連「歴史教科書問題を考える会」の役員を務め,右派の歴史修正の片棒を担いできた。この議連は「つくる会」系の教科書採択をサポートする目的で設立され,文科省に圧力をかけて “南京大虐殺はなかった” という記述を記載せよと強要するなど,ゴリゴリの歴史修正主義者の巣窟だ。

 また,「つくる会」やネトウヨたちががなりたてる外国人参政権反対についても,実際に小池氏は選挙戦の街頭演説でこんな陰謀論を展開して大々的に打ち出している。「私は外国人への地方参政権には反対をいたしております。与那国島は1700名ほどの人口です。町会議員がたった100票ぐらいで当選するんです。なんらかの意図を持った人たちがドーッと押しかけてきたら,いったいどうなりますか」。
小池百合子儀仗兵閲兵画像
出所)防衛大臣のとき自衛隊儀仗兵を閲兵する小池百合子,
http://ikebukuro.areablog.jp/blog/1000002163/p10290700c.html

 ちなみに,小池氏は以前から国会で外国人参政権反対をぶっており,しょっちゅうこの沖縄・与那国島の例を出すのだが,渡部昇一氏との対談でも「ある意思をもった人間たちが移り住んできて,『基地反対』など妙な条例でも決議されてしまったら,ひとたまりもありません」(『渡部昇一,「女子会」に挑む!』ワック)などと,現実にはありえないことを平気でアジっている。さしずめ “軍事マニアのイデオローグ” だ。
 補注)外国人参政権の本質や実際について,いろいろ大声を出してさわぎ反対する人びとに特徴的な事実は,基本的な知識「政治学・行政学にもとづく具体的な理解」もなしに,この問題にただ反対するのだといいつのるだけであった。ここでは,関連するそもそもの話題になる。

 その外国人参政権の問題が日本でとりあげられてきた背景・事情には,もとは日本国籍をもっていた植民地出身の人びとが,サンフランシスコ講和条約「日本独立」時(1952年4月28日)に,当時までの国際法の常識を無視したかたちで「旧大日本帝国⇒日本国」の国籍を,それも法務省の一局長「通達」によって剥奪していた事実経過があった。

 この歴史の経緯を配慮せよ〔しなければならないのだ(インミダ!)〕といっても,まったくに関連知識を欠いた人びとが,軽薄なネトウヨ・極右の観念だけでもって,おまけにその外国人参政権の問題を分かったつもりになって,ただ単純に「極論的に反対している」のである。在日韓国〔朝鮮〕人ではすでに日本国籍をとっている人口数は,現在生きている者だけでもざっと20万人以上はいる(死去した人口数まで参入すればこの総数は35万人以上〔?〕)はずである。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
日本国籍取得者数法務省統計
出所)http://www.moj.go.jp/content/001180510.pdf

 法務省民事局が公表している,この『帰化許可申請者数,帰化許可者数及び帰化不許可者数の推移』(2015年まで)は,1952年4月28日以降から1966までのその数値を,41,151名と出しているが,その後における2015年までの「日本国籍取得者(韓国・「朝鮮国」籍)」は,この「表」のとおりである。

 足し算が面倒なのでここではしないが,その後における合計人数は,前段のように当てずっぽうでおおざっぱにとらえておくが(なお,あとで計算し正確に記述するつもりである。前後関係も修正する予定),これだけの大人数である。このほとんどが元帝国臣民〔およびその子孫〕であった日本国籍人に,いまでは参政権がある。国家議員でも韓国風の姓名をもつ者がいる。
    その後,上の統計表から「帰化許可者数」「韓国・朝鮮」の欄を計算したところ(エクセル表がみつからないが)1966年までのその人数合計4万1151名に,その後の2015年までの32万近くもの人数(2016年の半ばにはこの32万人を超えているはず)を足すと,36万521名になっていた。前段でざっと予想(推測)した数値にほぼ近かった。 
蓮舫7
出所)ネット上にあちこちたくさん転がっている画像,出所明記不要。

 蓮舫(元何国人でしたか? 上の写真6葉はもちろんこの人〔の若いとき〕)となれば,なにをかいわんや。なんの文句があるのか(!)といわねばなるまい。とくにまた,海外に移住している多くの日本人とその子孫たちを,逆の視点から観る関連問題も,十分に意識してモノをいわねばなるまい。

 一般の日本人にとってはほとんどなにもしらない関連項目ではあっても,昭和20年代後半における在日韓国(朝鮮)人に対する不当・不法な処遇・措置に対しては,いかにすれば少しでも後追い・弥縫的にでも「法的側面での生活と権利」を回復させるかという一点に関して出てきたひとつの論点が,この外国人参政権の問題である。

 しかし,このような歴史の事実などに無知のままである人びとが,そうしたら(参政権与えたら)まるで「日本がのっとられる」みたいに大騒ぎしていた。もっとも,大日本帝国時代に「この国が植民地をもっていた記憶」を,どうやら『逆立ちさせた要領:感覚』でもって,闇雲に「なにかの被害妄想」を惹起させているらしいのである。


 5)女軍国主義者としての小池百合子

  〔リテラの記事本文に戻る→〕 さらに,小池氏はこれまで数々の軍備増強政策を打ち出し,またゴリゴリの改憲派として日本の軍事国家化をめざしていることも,有権者は見落としてはならない。2003年の衆院選では毎日新聞が実施した候補者アンケートの「日本の核武装構想」について「国際情勢によっては検討すべきだ」と回答。同年には広報誌でも「わが国は,今後,どのような防衛手段を持つべきか。日本の国連神話からの脱却や憲法の見直しとともに,防衛力整備の見直しが必要です」と書いている。
 補注)つまり,都議選への立候補に当たって小池百合子は安倍晋三に逆らって名乗り出たような印象があるが,政治家としての本質(経歴や言動,実績)に照らして判断すれば,結局は単なる極右政治家「同士」(同志?)であるに過ぎない。政治家であるから,防衛問題だけでなくもろもろの政治(内政・外交)問題に発言をしているのは当然である。しかし,問題は,その中身であり,思想的な傾向であり,実際における行動・影響力である。安倍晋三イコール小池百合子。したがって,都知事選に仮に小池百合子が当選したら,この2人はきっと仲良しぶりを周囲に演技しはじめるはずだと予測しておく。

 政治遍歴を振り返ると,小池氏は,2006年の第1次安倍内閣で女性初の防衛相に就任し,その後の民主党政権下でも,国会で防衛予算の増額や武器輸出三原則の見直しなどを求めつづけてきた。極右傾向も顕著で,閣僚在任中も靖国参拝を欠かさず,日本最大の極右カルト団体「日本会議」の国会議連に所属,現在は副会長を務めている。
日本会議と神社本庁巻末資料 補注)小池百合子の関係する「日本会議関連の情報」は,つぎの『週刊金曜日』成澤宗男編著『日本会議と神社本庁』(金曜日,2016年6月)から,該当頁を画像で右側に紹介しておく(画面 クリックで 拡大・可)。この本のなかにはブラック企業で名をはせたワタミ経営者で自民党国会議員である渡邉美樹も出ている(「笑える?」)。

 要するに,小池氏は自民公明が支持する増田氏と対比するかたちで “孤立無援” をアピールして無党派層の “同情票” 獲得まで狙っているが,しかし実のところ,この人と手をつないでいるのはヘイト勢力やネトウヨ,歴史修正主義者たちであり,彼女の本質は極右ヘイト政治家そのものなのである。繰り返すが,そのことをけっして忘れてはならない。

 小池氏が自民党の公認を得ず出馬したのをみて “反安倍政権” の票を投じるなどというのは,まったくありえない選択肢だ。差別主義を野放しにし,歴史の修正・軍国化を推し進めるこの極右政治家が描く未来図が,本当に平和国家の首都の首長にふさわしいのだろうか。有権者はよくよく考えてみてほしい。(編集部)
 註記)以上の記述で本文の引用は,
     http://lite-ra.com/2016/07/post-2433.html
     http://lite-ra.com/2016/07/post-2433_2.html
     http://lite-ra.com/2016/07/post-2433_3.html
     http://lite-ra.com/2016/07/post-2433_4.html

 「桝添要一 ⇒ 猪瀬直樹 ⇒ 石原晋太郎」とこのところ,ろくでもない人物たちが連続して,東京都知事職に就いていた。ここへまたもや,小池百合子みたいな人物が都知事になったら,こんどは,必要以上に「女を売り物」にするかのような政治家としてならば,余計にさらにろくでもない知事さんの誕生になる恐れ「大」である。極右の人たちにまとまな「政治の論理」はない。もちろん「政治の倫理」とは遠い地点に立ってもいる。
安倍晋三画像83ヒトラー似
出所)http://blogs.yahoo.co.jp/nawatohebi_s/40250397.html

 ヒトラーのドイツ第3帝国の思い出を21世紀,それもこの日本にわずかながらにでも,さらに相似形的に再現させてしまう気か? 安倍晋三君はすでに時代錯誤的にミニ・ヒトラー化しているが……。ところが,肝心である「戦後レジーム」はなにも変わりえないまま(『対米従属路線に異常なし』),そのようにもなっているのだから始末に悪い。そこへ小池百合子が都知事に当選でもしたら,安倍とはすぐに仲直りしたうえで協力しながら,東京都の行政管理をファッショ化する方途に突きすすむ可能性すらある。


 【鳥越俊太郎だけでなく,小池百合子・増田寛也も同じに平等・公平に並べて叩き,有権者に向けてよりよく参考になる記事を書け】

 【亜1流週刊誌の結局,安倍晋三政権ゴマすり,自民党体制翼賛的な記事編集】

 【日本の政治を蚕食し,破壊している極右反動政治】


 ①「鳥越氏側,週刊文春に抗議文」(『朝日新聞』2016年7月21日朝刊37面「社会」)

 東京都知事選に野党統一候補として立候補している鳥越俊太郎氏(76歳)の選挙事務所は20日,21日発売の週刊文春に掲載予定の記事について,鳥越氏の弁護士が同誌編集部に抗議文を送付したことを同氏のホームページ上で明らかにした。記事は,鳥越氏の過去の女性関係に疑惑があるとする内容。(画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年7月21日朝刊8・9面文春新潮広告
出所)『朝日新聞』2016年7月21日朝刊,見開きで9面と8面。
両誌ともに2016年7月28日号の広告である。

 抗議文は「(週刊文春の取材には)事実無根であると回答した。明確な選挙妨害であり,公職選挙法違反と名誉毀損(きそん)の疑いで近く,東京地検に刑事告訴すべく準備を進めている」としている。週刊文春編集部は朝日新聞の取材に対して「記事には十分自信をもっている」と回答した。(画面 クリックで 拡大・可)
鳥越俊太郎週刊文春抗議文2016年7月20日
出所)http://shuntorigoe.com/

『朝日新聞』2016年7月21日朝刊37面「社会」鳥越記事 --朝日新聞のこの記事(右側画像)の裏側をあえて読みこむとすれば,鳥越俊太郎を東京都都知事に当選させたくない何者たち(政治勢力)かが,絡んでいる策謀だと解釈することもできないわけではない。もちろん,取材力を誇る『週刊文春』独自の記事編集になる報道かもしれない。単純にそのどちらであるともいえない。

 自民党の推薦で都知事選挙に立候補している増田寛也に対して,あるいは,自民党(都議連)から推薦をもらえないで立教補した小池百合子に対しては,いまのところ,『週刊文春』(2016年7月28日号記事)が鳥越俊太郎に対して突っこんでおこなったような報道はなされていない。今回はとくに明らかに,鳥越俊太郎にだけ特別に狙いを定めて,これを結果的に貶めようとする意図がこめられたかのような,いかにも「週刊誌的な報道」である。

都知事3候補画像 2016年7月31日に投票が実施される東京都知事選挙では有力な候補とされ,その下馬評に乗っているのが,鳥越俊太郎と増田寛也と小池百合子の3名である。
 出所)画像は,http://ironna.jp/article/3666

 人間誰でも半世紀以上生きてくれば,叩かれれば「ホコリのいくつか」は出てきて当然である。もちろん,まったくない人もいくらでもいる。『日刊ゲンダイ』がその点では増田と小池に関しても,鳥越の週刊誌報道に対してバランスをとれるかもしれない報道をしている。週刊誌ほどの波及効果は同じに発揮できないにせよ,『日刊ゲンダイ』(店頭売りタブロイド判夕刊紙)も相当に社会に訴求できるマスコミである。

 ② 参議院選挙〔2016年7月10日〕のときに似たような嫌がらせ行為-「日本原子力村:東電本部」から民進党に向けて放たれた嫌がらせ-
◆ はなはだ不誠実で選挙妨害の疑いもある。
強く抗議する」 枝野幹事長が緊急記者会見で ◆

=『民進党:ニュース』 2016年06月17日=


 枝野幸男幹事長は〔2016年6月〕17日午前国会内で緊急の記者会見を開き「東京電力第三者検証委員会報告書」についての反論を述べるとともに,報告書の内容が信用を毀損(きそん)させかねないものであると,強い抗議の意を表明し,法的措置をとる検討を始めたと述べた。

 枝野幹事長 は,昨〔6月16日〕日発表された東京電力による第三者と称する検証委員会の報告書について「厳重に抗議の意思を示したい」と述べたうえで,「当時,菅総理や私から,清水社長に対してはもとより,いかなる場面においても炉心溶融という言葉を使わないよう指示,または要請をした事実はない。充分かつ公平・公正な調査にもとづくことなく,菅元総理や私の信用を棄損させかねない報告書を発表したことは著しく不適切であり,厳重に抗議をする」と語気を強めた。
 さて,東電が「第3者」と称する「この者(相手)」は,厳密にいわなくとも(むずかしく考えなくとも)「第3者」といわれるべきものに該当しない。このことは明瞭である。

 東電に雇われた人間が,東電に依頼され東電のために出したのが,その報告書である。つまり,第3者「性」はゼロの報告書である。その内容の真偽いかんはさておき,そのように断言できる。

 民進党が反論する中身もまた,それこそ第3者には十全にかつ客観的に確認できないが,第3者などいない報告書をもって第3者のそれなのだといった東電側の屁理屈は,噴飯モノ以外の何物でもない。

 東電は「3・11」以前は,関東管内地域における独占電力産業企業として,それも日本の最大手として強大な経済力を誇り,これにもとづく政治力もずば抜けていた。東電福島第1原発事故を経たのち東電のその権勢力はだいぶ低下したとはいえ,いまでは国家権力の管理下,手厚い政治経済的な庇護のもとに,実質的には破綻していたはずの大企業管理体制を,いまだに保持できている。

 筆者の地元にも,駅前近くには「東京電力・〇〇支店」の中規模ビルが所在する。この東電のビル,以前はひっそりしていたものが,最近は何階かに照明があかるく点いたりしており,存在しているなという印象を与えている。以前はともかく,誰もこのビルには勤務していないのではないかという感じさえもたれるほど,閑散とした雰囲気を外部に漂わせていたのであるが……。

 ここで,民進党の枝野幹事長の話題に戻る。繰り返して引用する。枝野は「第三者検証委員会と称し,菅〔直人〕元総理や私の関与を示唆しておきながら,この2人はもとより,東電部外者からの聞き取りはなされていない。内実は東電関係者からの一方的な釈明を並べたにすぎないもので,調査としては不十分ではなはだ不誠実だ。また私が民進党の幹事長という職にあることから,民進党の信用をも毀損するものだ。参院選を目前とするなかで,このように一方的で不誠実な調査結果と称するものを公表することは,選挙妨害の疑いを免れない」と,厳しく東電を指弾し,この東電と第三者委員会への法的措置を検討する考えを示していた。

 また報道機関に対して枝野幹事長は「こうした不誠実,不公正な一方的な発表を垂れ流しすることなく,中立・公正な報道をするよう強く求める」とも述べた。
 註記)https://www.minshin.or.jp/article/109364

 鳥越俊太郎の週刊誌報道に対する抗議文と同じに,選挙を目前に控えた時期に民進党全体を標的にして,これを狙い撃ちにしたかたちで「妨害する」ような「東電側の見解公表」であった。いずれにせよ,鳥越の場合はすでに,このような週刊誌の報道によって打撃を受けている。この種の効果をそもそも狙っているのが,週刊誌側の報道である。『週刊新潮』は7月21日号では,増田寛也と小池百合子の「傷跡(古傷?)」をとりあげていた。画像資料をつぎに参照しておく。(画面 クリックで 拡大・可)
週刊新潮2016年7月21日号つり広告
出所)http://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20160713/

  また『週刊文集』2016年7月21号は「都知事選バトルロワイアル」と題して,都知事選有力候補の3名をつぎのように記事にしていた。

 ・小池百合子;「タイガース後援会」会費は政治資金
 ・増田 寛也;「赤坂二億円豪邸」は大臣規範違反?
 ・鳥越俊太郎;「がん手術4回76歳の健康状態」
※  追 補 論 述  ※

鳥越俊太郎の女性問題を内調が調査開始
(『LETERA-本と雑誌の知を再発見-』2016.07.13)


◆ 都知事選出馬・鳥越俊太郎の “女性問題” を内調が
安倍官邸の指示で内偵開始!? 既に週刊誌にリークの動きも ◆
            
  「昨晩〔2016年7月12日〕あたりから,内調の関係者がテレビや週刊誌関係者に鳥越氏の女性関係を聞いて回っているようなんです。昨日,内調のトップである北村滋内閣情報官が1日に2回も安倍首相と会っていたのも気になります,もしかしたら,鳥越氏のことも相談していたんじゃないか。

 まあ,首相が直接指示したかどうかはともかく,強力そうな政敵は内調を使ってスキャンダルを仕かけてつぶす,というのがこれまでの安倍官邸の常套手段。今回,官邸は鳥越氏が出てくるのを相当嫌がっていましたから,女性スキャンダルを仕かけるというのは十分あるでしょう。パイプのある『週刊新潮』か『週刊文春』にこっそりリークするというやり口でしょうね」(週刊誌記者)。
 註記)http://lite-ra.com/2016/07/post-2415.html
安倍晋三仲間画像
出所)http://blogs.yahoo.co.jp/jun777self/12522912.html

  実は,これまでは,週刊誌が内閣の閣僚や知事の女性スキャンダルを報じても,新聞やテレビがとりあげることはほとんどなく,したがって彼らが当選を阻まれたり辞任に追いこまれるようなこともなかった。

 実際,石原慎太郎元知事にも都知事選に初出馬する少し前に愛人と隠し子がいることを「フライデー」にすっぱ抜かれたし,猪瀬直樹元知事も,選挙期間中に過去のセクハラ疑惑を週刊誌に報道されたが,新聞・テレビはまったく後追いせず,彼らはそのまま無視して知事になり,そのまま居座りつづけた。安倍内閣の閣僚や自民党の幹部らも何人も週刊誌に不倫や異性関係を暴かれているが,やはりテレビは完全スルー。女性スキャンダルで役職辞任した閣僚,役員は誰もいない。

 しかし,鳥越氏は野党統一候補である。すべてのテレビ局が安倍政権に尻尾を振っているいまの状況を考えると,逆に官邸に尻を叩かれて,テレビ局が一斉に鳥越バッシングを展開するという事態も起きかねないのだ。そう,舛添前知事にこぞって襲いかかったように,である。

 鳥越氏周辺は「大丈夫,もう歳だし,書かれて困るようなことはなんにもない」といっているらしいが,くれぐれも周辺には気をつけてもらいたいと思う。これは,たんに鳥越氏だけの問題ではなく,野党共闘の未来がかかっているのだから。(編集部)
 註記)http://lite-ra.com/2016/07/post-2415_2.html

 都議選投票日(2016年7月31日)を控えて,それまで2週間内の選挙運動期間中に,このような騒動(策動)を工作している自民党安倍晋三陣営は,支配権力側として政治構造的に有利な立場を利用(悪用)しつつ,対立候補者たちに対する実質的な選挙妨害をおこなっている。
 ③ 増田寛也の場合-『日刊ゲンダイ』の批判:その1- 

 1)「岩手に残した借金1.4兆円 自民が担ぐ増田寛也氏の “正体” 」(『日刊ゲンダイ』2016年7月8日)
 小池百合子元防衛相(63歳)の出馬表明で,動向が注視されるのが自民党都議団が都連に擁立を申し入れた増田寛也元総務相(64歳)だ。7月4日,都内の特別区長会の有志による出馬要請に対し,「これまでの実務能力で都政の役に立てるか慎重に考えないと」なんて神妙な面持ちで答えていたが,ホンネは意欲マンマンだろう。旧建設省の官僚出身で,岩手県知事の経験もあることから,「地方自治に精通した実務家」(自民都議)なんて声が出ているが,冗談を言ってもらっては困る。
増田寛也画像
 岩手県知事時代の増田県政を知る斉藤信岩手県議はこういう。知事在任中になにをしたのかといえば,自民党政治に乗っかり,大型開発,公共事業をどんどん進めて莫大な借金をつくった。その額は12年間で1兆4000億円です。知事就任前と比べ2倍ですよ。そして借金をそのまま残して(県から)去った。県議会で彼を評価する議員は誰もいないでしょう。『知事経験』なんて,単に『やったことがある』ぐらいと思った方がいい」。
 出所)画像は,http://naobrgsonet5.seesaa.net/article/439855871.html

 「知事時代は出張年間100日以上」。増田氏は総務大臣だった2008年1月の参院予算委で,田中康夫議員からこの県知事時代の借金について指摘されると,地方税収入の伸び悩みや社会保障関係など,義務的経費が増えたと釈明。だが,同じ時期に長野県知事だった田中氏が「(長野は)47都道府県で唯一,起債残高・借金を減らし,基礎的財政収支を連続して黒字化し,基金を積み増した」と突っこまれて,シュンとなっていた。

 神奈川・湯河原町の別荘通いが問題視された舛添要一前都知事じゃないが,増田氏も知事時代は出張好き。1年間で100日以上も県外,海外出張に出かけたこともあり,議会で「東京にいっているより,県内の本当に深刻な問題をしっかり知事の目で見ていただきたい」と皮肉られている。「自民党的な政治手法が評価され,第1次安倍政権で総務大臣にスカウトされたわけです。そういう人が首長に就けばどうなるか……」(前出の斉藤県議)。

 税金をしゃぶり尽くす自民党政治が体に染みついた男に,年間予算13兆円に上る都政運営を任せたら大変だ。どれだけムダ遣いするのか分からないし,膨らみつづける東京五輪の予算もみてみぬフリだろう。東京が借金まみれになるのも時間の問題。猪瀬氏,舛添氏と同様,自民党が推す候補者を今度こそ選んではダメだ。
  註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185172
     http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185172/2
     http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185172/3

 2)「増田寛也氏 社外取締役だった『東京電力』との本当の関係」(『日刊ゲンダイ』2016年7月16日)

 自民党推薦で都知事選に出馬した増田寛也元総務相(64歳)。さっそく「赤坂二億円豪邸は大臣規範違反?」(『週刊文春』7月21日号)と,スキャンダルを報じられている。「大臣等規範」は,在職中の不動産取引の自粛を求めているが,増田総務相(当時)は,港区赤坂に2億円の超豪華マンションを購入していたというのだ。自民党はクリーンな人物として擁立したようだが,ネット上には,増田氏の過去の悪行に関する「まとめサイト」まで立ち上がっている。

 「自民党は増田さんが岩手県知事を3期12年務めたキャリアを売り物にするつもりでした。ところが,知事時代にファーストクラスを愛用し,年間100日以上も出張していたことが分かった。そのうえ,無駄な公共事業をバンバン乱発し,1兆4000億円という巨額な負債を残した。負債は就任前の2倍に膨らんでいました。さすがに県議が責任を追及し,退職金の返還を求めたが,本人は平然と3900万円を手にしている。県知事時代の “負の実績” がネットで広がり,いまやワイドショーのコメンテーターまで『借金2倍男』と揶揄しています」(政界関係者)。

 さらに,いま疑いの目を向けられているのは,東京電力との密接な関係だ。告示直前の7月8日まで,東京電力の社外取締役を2年以上,務めていた。常勤でないため,ほとんど出社する必要がないにもかかわらず,多額の報酬を受けとっていた疑いがもたれているのだ。原発推進派だから東京電力が就任を要請したのか,それとも安倍官邸が “食い扶持” を与えるために押しこんだのか,就任した経緯も明らかにされていない。

 「東京電力の広報はこういう。「社外取締役に就任したのは,2014年6月です。就任の経緯は公表していません。報酬は,社外取締役6人に対して年間6200万円ですが,増田氏にいくら払ったかは公表しません」。増田氏は取締役を選ぶ「指名委員会」の委員長に就いたほどだから,他の5人の社外取締役より多額の報酬を受けとっていた可能性も高い。

 増田氏本人は「混迷都政に終止符!」をかかているが,その前に,岩手県知事時代,ファーストクラスを何回利用したのか,海外出張の費用は総額いくらだったのか,東京電力からの報酬はいくらなのか,即刻,都民に明らかにすべきだ。増田事務所に問い合わせたが,回答はなかった。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185775
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185775/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185775/3

   ④ 小池百合子の場合-『日刊ゲンダイ』の批判」:その2-
 
 1)「出馬強行なら火ダルマ 小池百合子氏にも燻る “政治とカネ” 」(『日刊ゲンダイ』2016年7月5日)

 都知事選の告示まで残り7月10日。自民は分裂含みとなってきた。党都議団が,7月3日の会合で増田寛也元総務相の擁立をめざす方針を決定。官僚出身の「実務家」にこだわるのは,国会議員を立てれば舛添前知事と同様に「政治とカネ」の問題で足をすくわれる可能性があるためだ。

 しかも,出馬を表明した小池百合子元防衛相には,いまだ説明責任を果たしていないカネの問題がある。2000年9月に『週刊宝石』(休刊)が報じた秘書給与疑惑だ。当時40代前半だった政策秘書のN氏が,月の大半はみずからが役員を務める都内の健康食品会社に出勤。秘書としての勤務実態はなく,国支給の年間約1000万円の給与のうち,N氏に渡るのは毎月10万円と伝えた。

 「小池氏本人の釈明会見は『(N氏の)携帯電話の電池がないのか,連絡が取れない』などとシドロモドロ。『給与は全額を渡している』と強弁したものの,支払い方法を聞かれると,『現金を渡していると思う。ただ,私はその作業に携わっていない……』と頼りなかった」(会見に出席したジャーナリスト)。そもそも政策秘書小池百合子画像3は特別国家公務員で,民間企業の役員との兼業は禁じられている。この点について,小池氏は「調査した上で事実を明確化し,公表する」といったきり。〔その後〕16年経っても「約束」を果たしていない。
 出所)http://osakacocorosan.seesaa.net/article/438611454.html

 現在の政治資金の使い道も “シロ” ではない。小池氏の資金管理団体と政党支部の収支報告書をめくると,非常識な支出がいくつもみつかる。なかでも不可解なのは,両団体とも「郵送」名目で事務所費に計上した日本郵便や金券ショップへの大量支出だ。公表中の2014年までの3年間で計93回に分け,総額387万2625円を支出していた。仮にハガキを購入したなら7万7000通を超え,毎日休むことなく70通発送した計算になる。

 選挙ハガキの郵送は公費で賄う。年賀状など時候の挨拶を選挙区内に出せば,返礼以外は公選法違反に問われる。選挙区外への大量送付は不自然だし,「会報」などの封書代にしても額は大きい。切手の購入代なら換金の可能性が問題となり,詐欺罪で立件された兵庫の号泣県議のケースにも似てくるのだ。

 「組織活動費の渉外費に計上した花代の多さも気になります。政党支部は2014年の1年間だけで計96万5760円を支出。『渉外費』なら相手に渡すのが前提でしょうが,選挙区内の人に花を贈れば公選法に抵触し,選挙区外の知人に贈ったなら,それが政治活動といえますか。ポケットマネーで賄うべきです」(政治資金に詳しい上脇博之神戸学院大学教授)。前任者〔桝添要一〕がセコイ支出でコケただけに,小池氏も火ダルマは必至だ。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184949
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184949/2
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/184949/3

 2)「小池百合子氏が表情こわばらせた “在特会との蜜月” 問う声」(『日刊ゲンダイ』2016年7月9日)

 都知事選挙に向け暴走が止まらない小池百合子氏。7月8日は外国人特派員協会で “流暢な英語” をアピールだ。会場は160人もの大入りで,約30人の外国人記者が参加。冒頭の20分は小池氏がすべて英語でスピーチした。

 「Two policy platform of Tokyo are Diver -City and Smart City」(東京をダイバーシティーとスマートシティーという2つの軸でつくっていきたい),「of the people,for the people,by YURIKO KOIKE」。決めゼリフやジョークも織り交ぜたスピーチはたしかにうまい。

 その後の質疑応答では「私は日本の伝統である “根回し” ができないので,突然の立候補になった」,「防衛大臣の時(逮捕された)事務次官と戦った。自民党のベテラン議員から叩かれた」,「死文化していた女性登用の閣議決定を私が問題提起して,アベノミクスの “女性活躍政策” に反映させた」などと自分をほめまくり。
 補注)事務次官とは守屋武昌のことで,2007年8月退官。守屋は退官後,つぎの2著を著わしている。『「普天間」交渉秘録』新潮社,2010年。『日本防衛秘録』新潮社,2013年。2著とも文庫版も発行されている。
小池百合子画像江川紹子質問
 ある外国人記者が,「ゆくゆくは首相になるつもりはないのか」ともち上げると,「いまは知事になることを考えている」とまんざらでもない様子。外国人記者は,なぜか小池氏に好意的だ。 “シャンシャン会見” で終わろうとしていたとき,ジャーナリストの江川紹子氏の質問が空気を一変させた。
 出所)画像は,https://news.nifty.com/article/domestic/government/gendai-332354/photo/

 「ヘイトスピーチ対策法が成立した。自治体の首長としてどうとり組むのか。小池さんは野党時代の2010年,ヘイトスピーチをやってきた “在特会” 関連の講演をされていますが,事実ですか」。小池氏は一瞬表情をこわばらせたが,キッパリとこういった。

 「対策法にのっとってやるべきことはしっかりやっていきます。いろいろな講演に出ていますが,在特会がどういうものか存じ上げませんし,主催された団体と在特会の関係もしらない。したがって在特会の講演をしたという認識はありません」。
小池百合子風刺画像
出所)いささかパロディ風の絵柄であるが,日本会議に
小池百合子もこの肩書きで参加している。
http://ameblo.jp/kimito39a/entry-12182569627.html


 当時,講演会の案内には〈演題:「日本と地球の譲りかた」講師:「小池百合子衆議院議員」主催:「そよ風」協賛:「在日特権を許さない市民の会 女性部」〉とハッキリ書いてある。  “潔さ”  をウリにするオンナにゴマカシは似合わない。
 註記)http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185408/1
    http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185408/2

 ⑤「『小池百合子を都知事に,桜井誠を副知事に』と日本会議ブログが主張」(『日本会議千葉八千代支部のページ』2016年7月15日)

 ネットにはこういう記述もみつかる。--日本会議千葉八千代支部は7月15日,ブログ上で東京都知事選挙にふれ,小池百合子候補を支持するとともに在特会創設者の桜井 誠候補らを副都知事に迎えるべきだと主張した
 註記)http://matome.naver.jp/odai/2146873893394698001,更新日: 2016年07月17日。
 
  『日本会議千葉八千代支部のページ』2016年7月15日の記述のなかであるが,こういう主張がなされている。この中身・内容は反知性主義の典型・見本の一例である。これには,思想も哲学もなにも感じられないし,ただ政治そのものをみずからコケにしている態度ならば,確実にある。

 要は,みずからの品位・品格,矜持・自負など,はじめからなにもなくていいと宣言しているような文句が並べられている。読む方が恥ずかしくなるような記述である。なお〔 〕内補足は引用者(本ブログ筆者)である

★ 小池百合子候補に,三つの大胆な提案
をさせていただきます! ★


 【提案 ①】 副知事にこの人を!

 もし,あなたが都知事になったら,猪瀬直樹氏・櫻井よし子氏・桜井 誠氏を副知事に迎えてはいかがでしょうか!? とくに,猪瀬氏は今回の選挙で,あなたに一番の協力者となってくれる方かもしれません。

 歪な組織となった自民党途切れん(変換ミスです〔引用者訂正⇒正しくは「都議連」だが,わざと意図的に違えた変換操作である〕)を,猪瀬氏とともに再生することを高らかに宣言するのです。また,櫻井よし子氏・桜井 誠氏を副知事に迎えることを宣言すれば,分散しかけた保守票を集約することも可能になります。
 補注)どうやら,極右に徹底するおバカ都政にしたいらしいこのいいぶんであるが,どうして猪瀬直樹が入っているのか不可解である。猪瀬はそこまでおバカの仲間ではあるまい。

 【提案 ②】 宇都宮健児氏の政策をパクる!

 野党は宇都宮健児氏の立候補をとり下げ,取り肥え候補(変換ミスです〔前述と同上〕)に一本化しました。しかし,これまでずっと宇都宮氏を支援して来た人びとは,末期がんの老人候補〔鳥越俊太郎のこと〕になんの抵抗もなく協力するとは思えません! そこで,宇都宮健児氏の政策を一部パクり,宇都宮氏の支援者の票をとりこむのです。

 皆さん驚かれるかもしれませんが,宇都宮健児氏の政策は,以下のサイトで確認できます( http://utsunomiyakenji.com/policy/ )

  1.   税金のムダをけずり,クリーンな都政を実現します。
  2.   すべての人が働きやすく,暮らしやすい東京をつくります。
  3.   すべての子どもたちが生き生きと育ち,学べる環境をつくります。
  4.   地域経済を活性化し,個人商店・中小企業の元気な東京をつくります。
  5.   3・11を忘れない。原発のない社会を東京からめざします。
  6.   コンパクトでシンプルな五輪を! 開催経費を最小限に抑えます。
  7.   人権・平和を守る東京を。
   補注)在特会の桜井を副知事にしたら,これらの政策目標のなかには,ぶちこわしになるものがある。宇都宮健児に対して,たいそう失礼なパクリである。自分たち側においては「確たる政治理念・具体方針がない」と宣言(公言)している。それだけのことである。反知性主義ではあるけれども,その程度に,最低限の知性だけは『パクってでも』備えておかねばばならない,という意識=自覚症状はある。

  【提案③】 女性票を徹底的に呼びこむこと!

 もうすでに小池百合子候補も実践されていると思いますが,自民党途切れん(変換ミスです〔ここまでみればわざと変換ミスしていることはより分明になる〕)嫌がらせを逆手にとって,悲劇のヒロインを演じきって下さい。そして,女性を見方〔これは『味方』のはずだが,どうもこちらの変換ミスには気づかない〈低〉程度の日本語力であると察する〕に付け,女性のための政策を強く訴えて下さい。待機児童を抱える働く女性の声だけではなく,子育てに懸命に頑張っている専業主婦の女性の声もすくい上げて下さい! そうすれば,幅広い女性の支持がえられると思います。
 註記)http://ameblo.jp/nihonkaigi-yachiyo/entry-12180822253.html 参照。

 この ⑤ のごとき「日本会議の関係者の意見」は笑える。とくにその「提案 ③」については,こういう指摘が強烈な批判を提示してくれる。

  『BLOGOS』2016年07月20日に掲載された記事「日本会議とは “ニッポンのオッサン会議” だ-菅野 完氏がメディアの報道に指摘-」は,こう解説している。
菅野完画像3   “保守派を開放する運動” という自己認識がある。菅野氏は「左翼系の日本のメディアと海外メディアの悪い癖でもある, “戦前から一本につながる,日本を右にもっていこうという勢力があって,それが時々の政権に色々な影響を与えている” という見方を捨てなければならない」。

 〔それよりも〕「危険なのは,思想的な左・右にかかわらずもっている,排外主義・女性蔑視・子どもをバカにする点を見過ごしてしまうことだ」とし,憲法改正についても,9条だけではなく,婚姻や選択的夫婦別姓制度などに関わる24条についても射程に入れていると指摘した。
 註記)http://blogos.com/article/184105/
 しかし,現状における日本の政治は,このような民主主義の根本理念とは縁遠い連中の組織「日本会議の頑迷路線」に特有の「粗暴な生活思想」にむしばまれつつある。これはいわば,けっして馬鹿にではできないような,まさに「おバカの政治精神」が,いまこの日本国内を蚕食しつつある事態を教えている。自民党国会議員で日本会議に参加している氏名一覧はこうであった。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
安倍晋三内閣日本会議メンバー一覧
 出所)http://matome.naver.jp/odai/2143424055925855801/2143428925280965603 → http://hbol.jp/25122/takahagiin この一覧表に関しては,最近公刊された本でいうと,俵 義文『日本会義全貌-知られざる巨大組織の実態-』花伝社,2016年6月が参考になる。さらに詳細に説明している。
俵義文表紙


 【悪魔からの贈り物だった原子力エネルギーは,人間が制御しきれない相手である】

 【汚染水漏れ工事は結局,やらないよりはやったほうがいい程度の,気休めか】


 ①「『高濃度汚染水,減らす対策を』規制委,東電に指示 福島第1」(『朝日新聞』2016年7月20日朝刊7面「総合」)

 原子力規制委員会は〔7月〕19日,東京電力福島第1原発の原子炉建屋などの地下にたまっている高濃度汚染水を減らす対策を早急に検討するよう,東電に指示した。再び巨大地震が起きて津波に襲われた場合に,汚染水が海に流れ出したり,建屋の外に漏れ出したりして汚染が広がるのを防ぐのが目的。放射性物質の濃度を低くする処理をするか,汚染水を汲み上げることを想定している。東電は来月にも検討結果を示す予定だ。

 福島第1原発1~4号機の原子炉建屋とタービン建屋の地下には,溶けた核燃料を冷やした水や地下水などが混ざった汚染水が約6万トンたまっている。放射性セシウムで1リットルあたり数十万~数千万ベクレルの高濃度だ。東電は建屋の周囲を「氷の壁」で囲う凍土壁で地下水の流入を減らし,その後に汚染水を汲み上げるなどの対策を検討していたが,凍土壁が難航して計画は遅れている。

 〔7月〕19日にあった廃炉に向けた作業に関する検討会で,規制委の更田豊志委員は「高濃度汚染水の危険性をいつまでも許しておけない」と述べ,濃度を薄めるか,汲み上げるかの検討を指示した。(記事引用終わり)

 --この放射性物質に「汚染された水」および「汚染される地下水」の処理問題は,以前から延々と続いている技術的な難題であった。だが,いつもこのように,今回もまた「まだとりくんでいる」という経過報告だけが継続して報告されている。

 「原子炉建屋とタービン建屋の地下には,溶けた核燃料を冷やした水や地下水などが混ざった汚染水」というものの中身・実体,つまり,この水:地下水を汚染させている原因の物質は,原発施設のどこにあるものか。いいかえれば,溶融した核燃料の残骸がどこにどのようにあるのかさえ,まだ明確にその状態を把握できていない。

 そうした現況のなかで,ともかく地下流水の動きに応じて増えつづける汚染水の問題は,実際に,いったいいつになったら解決の見通しがついたといえる段階になりうるのか。依然としてさっぱり分からないままである。

 ② 2013年8月21日「福島第1原発タンク汚染水漏れ,深刻度「レベル3」相当 原子力規制委員会が修正発表(FGW)

 原子力規制委員会は〔2013年8月〕21日,東京電力福島第1原発で高濃度の放射能汚染水がタンクから漏れた問題で,国際原子力事象評価尺度(INES)が定める8段階の自己評価に照らして,上から5番目の「レベル3」(重大な異常事象)に相当すると発表した。規制委では当初,レベル1と暫定評価したが,高濃度の汚染水300トンの漏洩を重視し,修正した。
国際原子力事象評価尺度ウィキから
出所)ja.wikipedia.org/wiki/国際原子力事象評価尺度
 
 
規制委は,漏洩した量汚染水300トンに含まれる放射性物質は24兆ベクレルと推計している。この推計値を踏まえINESの尺度にもとづいて放射性物質の総放出量を計算すると,レベル3に該当するため,修正を検討することを明らかにしたる。

 これまで日本で起きた原発事故は,一昨〔2011〕年3月11日の福島第1原発事故がもっとも深刻なレベル7に認定されたほか,1999年に茨城県東海村で起きたJCO臨界事故がレベル4, 1997年の旧動燃東海事業所でのアスファルト固化処理施設火災爆発事故と,一昨〔2011〕年3月の震災時の福島第2原発でも起きたトラブルが,レベル3と認定されている。今回の汚染水漏れは,過去3番目の深刻さと同水準ということになる。

 規制委は〔2013年8月〕19日,東電から少なくとも120リットルの汚染水が漏れているとの報告を受け,レベル1の「逸脱」にあたると暫定評価していた。
 註記)『Finance GreenWatch -日本で唯一の『環境金融』の内外情報サイト』8月 21st, 2013。

 前段の記述は,2013年8月中の報告であり,いまから3年前の状況に関するものであった。その後,凍土壁で敷地内で汚染水漏れのある区域を囲むように措置し,汚染水が外部に漏れるのを防止する工事が必死になっておこなわれてきている。

東電福島第1原発事故現場汚染水保存タンク画像2013年8月 だが,それから3年が経った現在までもまだ「漏れているのだがこれにどう対処したか……」といったような報道が絶えていない。すなわち,東電福島第1原発事故現場における汚染水漏れ問題は,基本的にはなにも解決できていない。
 註記)画像は2013年8月時点。

 いつも指摘していることだが,これはまるで『魔法使いの弟子』=東電とでも譬えたらよいような,それこそマンガ絵図にもならないような,深刻な「3・11」以降における「原発事故問題」の具体像である。

 いまもなお,① のように「東電は建屋の周囲を「氷の壁」で囲う凍土壁で地下水の流入を減らし,その後に汚染水を汲み上げるなどの対策を検討していたが,凍土壁が難航して計画は遅れている」などと報道されつづける事態が,あいも変わらず継続されるほかない状態に留め置かれている。

 ③ 凍土方式による陸側遮水壁(東電解説)

 以下は,東電のホームページからの引用である。--「凍土方式による陸側遮水壁は,高い遮水性を確保できる凍結工法を用いて地下水の流れを遮断する目的で設置されます」。「具体的には,冷凍機・クーリングタワーで冷却した冷媒(ブライン)をブライン移送管で圧送し,地中に配置した凍結管の中を循環させることで周辺の地盤を凍結させます」。「2016年3月31日,冷凍機1台目を起動し,陸側遮水壁の凍結を開始しています」。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
東電凍土壁解説図解
 出所)http://www.tepco.co.jp/decommision/planaction/landwardwall/index-j.html
汚染水漏れ工事図解画像
出所)http://www.tepco.co.jp/decommision/planaction/landwardwall_qa-j.html

 さらに東電側の解説にはこう書いてある。これを読むと最終的に解決をめざす時期は,2020年内をかかげているものの,いままでの様子を少しでもしりえている人であれば,間違いなく〈マユツバ〉に映る。

◆ 凍土方式による陸側遮水壁-よくあるご質問 ◆

 1.凍土方式による陸側遮水壁について

 Q1.陸側遮水壁ってなに?

 A. 1~4号機の原子炉建屋群の地下には,1日におよそ400トンもの地下水が流れこみ,原子炉を冷却したあとの放射性物質を含んだ水などと混ざり,汚染水となって溜まっています。陸側遮水壁は,原子炉建屋群の周りに氷の壁を築き,大量の地下水の流れこみを事前に防ぐことで,汚染水を増やさないようにする対策のひとつです。陸側遮水壁を築く目的や建設方法については,こちらの動画でも解説しています。

 ※ 解説動画 汚染水へのとり組み~凍土方式陸側遮水壁~(省略)

 Q2.陸側遮水壁はどのように建設されるのですか?

 A. 原子炉建屋群周辺の埋設物を避けながら,一定の間隔でパイプを地面に垂直に埋めます。このパイプに,摂氏マイナス30度まで冷やした液体の冷却剤を循環させることで周囲の土壌を凍らせて氷の壁を築き,そのまま低温に保ちます。この工法は,地下鉄工事や海底トンネル工事などでも使用されており,十分な実績とノウハウを持っています。
 補注)放射性物質に対するあつかいが問題になる工事とこれ以外の工事(地下鉄工事や海底トンネル工事など)とをいっしょにした,いいかえれば,それらを区別しないこの説明の方法には疑問がある。放射性物質漏れが地下水を汚染することなどなければ,この東電の工事は不要なのであるから,ものごとを語る順序というか論旨の構成そのものに関して,非常な違和感を抱かせる説明である。

 ※ 解説動画 汚染水への取り組み~凍土方式陸側遮水壁~(省略)

 Q3.地中埋設物がある場所でのパイプの設置は,どのようにおこなうのですか?

 A. 埋設物と埋設物の間にパイプを設置する方法と,埋設物にパイプを貫通させる方法があります。図面の精査・試掘・現地調査で事前に埋設物を確認し,状況に応じて凍結管設置場所を調整しながら埋設物と埋設物の間にパイプを一列に設置します。埋設物の幅があるためパイプを設置する間隔が広くなる場合には,埋設物を貫通してパイプを設置する,あるいは埋設物をとり囲むようにパイプを複数列に設置します。

 Q4.陸側遮水壁は実験段階の技術? それとも実用性が証明されているものですか?

 A. 1960年代以来,国内外の道路や地下鉄,トンネルの工事などで,建設中に地下水が流れ出さないようにするために使われています。カナダのマッカーサーリバー鉱山やシガーレイク鉱山では大規模な凍結工法が採用され,問題点はとくに公表されておりません。長期運用に関して考えられる凍結管等の不具合については部品を交換することが可能であること,凍結地盤内は温度変化が少なく凍結土は安定していることを実証試験で確認しております。
 補注)東電福島第1原発事故現場における放射性物質漏れによって汚染する地下流水の問題が肝心の「問題である」ところを,このように,性格の異なる工事の実例を参考にしつつ「問題点はとくに公表されておりません」というのは,奇妙な説明である。相互に関連づけることがけっして適切ではない内容を,あえて関連づけてとりあげる解説の方法がなされている。

 Q5.現地福島で試験は実施したのですか?

 A. 福島第1原子力発電所敷地内で,2014年3月より小規模実証試験を実施しています。

 Q6.機械の不具合や地震等で,土を凍らせるシステムが故障した場合どうなるの?

 A. 陸側遮水壁は耐震設計であり,停電した場合に凍土を保つためのバックアップシステムとして非常電源を備えています。なお,バックアップシステムが機能しない状況においても,約2か月間は遮水機能を維持でき,その間に必要な修理や整備を完了させることが可能です。

 2.陸側遮水壁の運用について

 Q7.作業員は何人くらいが従事するのですか。作業員の安全のためにどのような予防措置を講じていますか?

 A. 1日に約360人が作業しています。作業員の被曝低減を図るため,放射線を遮るタングステンベストの着用や敷地内の除染作業を進めています。また,大型休憩所の建設や,ワゴン車タイプの移動式休憩所の運用など,労働環境の整備も進めています。

 Q8.費用はどのくらいかかるのですか? 誰が払うのですか?

 A. 開発と建設費用は319億円と推算され,これは日本政府が負担する予定です。陸側遮水壁の運用費用(電気代,設備点検費,人件費および材料費等)は年間10億円を超えると見積もられており,東京電力が負担します。
 補注)結局,この工事にかかる経費の大部分はわれわれの血税である。東電の自己負担ではない。こういうかたち(費用拠出・負担元)での工事であるということになれば,「まあ,真剣に必死にとりくむに違いないけれども,じっくり・慌てずにやりましょうか」ということにならないか? このように邪推されても不思議はない。あとは,この汚染水漏れ工事を請け負っている業者の収益(売上げ)にかぎっては,時間が経てば経つほど着実に確保・保証されるといっ「世の中の現実的な模様」だけが,確実に表面にせり出てくる。

 Q9.陸側遮水壁の現在の建設状況は?陸側遮水壁の運用開始はいつですか?

 A. 現在は陸側遮水壁の小規模実証試験を実施中であり,本体工事については平成26〔2014〕年度中に凍結を開始する予定です。

 Q10.陸側遮水壁はどのくらいの期間,設置するのですか?

 A. 6年間の運用を予定しています。これは2020年内に建屋内の汚染水を処理完了するとの中長期ロードマップにもとづき設定しています。
 註記)http://www.tepco.co.jp/decommision/planaction/landwardwall_qa-j.html

 --汚染水漏れ工事が2020年にまで「建屋内の汚染水を処理完了する」工事として,間違いなく必らず予定どおりに終了できるといった保証は,いまのところ全然ない。それはあくまでみこみの話であり,期待・希望にもとづく予想である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
東電凍土壁問題図解1
 出所)THE ASAHI SIMBUN DIGITAL,2014年6月3日,http://www.asahi.com/topics/word/凍土壁.html  以下の文章もここから引用。
 
★ いまさら聞けない汚染水の行方 ★

 原発で使われた核燃料は運転していなくても熱を出し続けます。東京電力福島第1原発では,溶け落ちた核燃料(デブリ)がどこにあるのかも分からないまま,水で冷却し続けています。同時に地下水の流入による汚染水の増加も引き起こし,「火事場」(東電幹部)状態はいまも続いています。

 原発も火力発電所も,蒸気でタービンを回して電気を作っています。火力発電所では,ガスや石炭などを燃やして水を沸騰させ蒸気を作りますが,原発では,核分裂で出る熱を使います。やっかいなのは,運転を止めても崩壊熱と呼ばれる膨大な熱が出続けること。第1原発で核燃料が溶け落ちたのも,崩壊熱が原因でした。
東電凍土壁問題画像3
出所)http://www.kaze-to-hikari.com/2013/08/post-55.html
   2年先ではなく3年先の現在でもまだ完成していない。
 
 ③ 結局このまま〈ダラダラと工事をつづけていく〉ほかないのか?
『日刊ゲンダイ』2014年8月18日凍土壁記事
出所)『日刊ゲンダイ』2014年8月18日記事,
(画面 クリックで 拡大・可)
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/newsx/152682


 a) どうみても,「いまや福島第1原発は,莫大な税金にたかるシロアリの巣になっている:兵頭正俊氏」(『晴耕雨読』2014/6/17 )
    いまや福島第1原発は,莫大な税金にたかるシロアリの巣になっている。凍土方式」は,膨大な電気を永久に使わなければならない。企業にとっては笑いの止まらないシステムになっている。日本の無能で無責任な原子力村の,シロアリの産物である。
 註記) http://sun.ap.teacup.com/souun/14447.html#readmore
 b) 高橋仁也「政府の『凍土方式』の遮水壁とは,何だ」(「KAZE to HIKARI』2013年8月6日)

    凍結方式について小出〔章裕〕先生は,「このやり方ではずっと冷却を続けなけなければならず,長期間のことを考えると望ましくないと思います。もちろん緊急性もありますので,まずはこれでやるということなら構いませんが,やはり長期間耐える構造物にするべきだと思います」とおっしゃっています。
福島第1原発道都壁図解3
出所)http://www.asahi.com/topics/word/凍土壁.html

 3・11直後の3月下旬に,小出先生は次の二点を提案されています。

   1.汚染水を海洋タンカーに入れ,柏崎刈羽原発まで運び,そこの廃液処理装置で処理するべきだ。

   2.メルトスルーの可能性があるため,地中深くまで遮水壁をつくり,溶けた炉心と地下水の接触という最悪の事態を避けるべきだ。
 
 ところが,政府はこうした提案を無視し,事態をここまで悪化させました。聞く耳をもたない,しかも無能な政府・官僚・東電経営陣が,順調に事故収束できると思えません。これほど実務能力のないリーダーたちが,なにを計算しているのか再稼働をもくろみ,日本をさらに危険にさらそうとしているのです。

 --さて,放射性物質に汚染された水は,いままでどのくらい太平洋に捨てられきてたのか? この事実そのものを否定できる者はいない。問題はどのくらい,その汚染水を太平洋に垂れ流してきているのかということである。

 ④「東電の大ウソ証明 やっぱり原発汚染水ダダ漏れ続いていた」(『日刊ゲンダイ』2013/3/16)

 1年間で16兆ベクレル流出。東京海洋大学が論文発表。やっぱりだ。福島第1原発の汚染水をめぐる東電の発表が,大ウソだったことが改めて分かった。東電は2011年6月以降,「汚染水の海洋流出は止まった」と発表しているが,東京海洋大学の研究グループの試算によると,その後の1年間で16兆1000億ベクレルのセシウム汚染水が原発の専用港にタレ流された可能性があるという。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
  神田教授画像神田教授画像2
 出所)http://www.dailymotion.com/video/xyci3e東京海洋大の研究-汚染水漏れ可能性指摘_tech(公開日: 03/20/2013)

 事故前の排出限度の73倍の数値だ。これまで,海水の放射性セシウム濃度がほとんど変わらないことに疑問の声が上がっていたが,案の定,汚染水はダダ漏れだったわけである。この問題に関する論文を発表した東京海洋大学教授の神田穣太氏(海洋科学)は,こういう。
   「事故直後と比べると,数値は低くなっていますが,汚染水の海への流出は止まっていなかったということです。福島第1原発の専用港の海水は,海流や潮の満ち引きで1日に約44%が入れ替わります」。

 「つまり,港湾の外にも流れ出ているのは間違いない。昨夏のデータを基にすると,港湾内の海水の汚染レベルが公表されているセシウム濃度になるには,原発敷地から1日80億ベクレルが流れこんでいる計算になる。風評被害が拡大する恐れもあり,さらなる調査が必要です」
 先月,原発港内のアイナメから1キロ当たり51万ベクレルの放射性セシウムが検出されたが,きのう(2013年3月15日)はさらに,同74万ベクレルもの汚染アイナメがみつかった。これは基準値の7400倍で,過去最高だ。

 神田教授によると,今回はじき出した試算からも,これほど高濃度の汚染魚が出てくることは考えられないという。「非常に不思議です。事故当初の4,5月の放射能レベルがこれまでいわれていた以上にひどかったのか,原因ははっきりとは分かっていません。現在,いろいろな可能性を議論しているところです」(神田教授)。

 やはり福島第1原発では,人知では計りしれない “なにか” が起こっているようだ。
 註記)http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-8298.html

 以上のごとき事態(放射性物質に汚染される冷却水・地下水問題)を防止し,終結させるための工事,つまり凍土壁による対策工事は,いまだに完成していない。いまのままに,この漏水状態が続くのであれば,すなわち,貯水槽(タンク)に汲みくれないで,太平洋に漏れていくほかない汚染水がないとはいえまい。

 ☆-1 「汚染水漏れ『福島の状況は深刻』英独の専門家」(『THE HUFFINGTON POST』2013年09月06日 13時35分 JST,更新 2013年09月07日 17時30分 JST,http://www.huffingtonpost.jp/2013/09/06/fukushima_leak_nuclear_experts_warn_n_3877586.html )

 ☆-2「 “東電任せは限界” 福島第1原発の汚染水漏れ,海外メディアが警鐘」(『NewSphere』2014年02月21日, http://newsphere.jp/national/20140221-6/ )

 以上のように指摘されてきた,東電福島第1原発事故現場における放射性物質に汚染された冷却水・地下水対策の難問である。結局,いまだに阻止できていない。汚染水を汲みあげて貯水槽に貯めつづけているものの,このタンク群は東電福島第1原発の敷地内に目一杯にたくさん置かれている。これからどうなるのか?

   ここで,☆-1から引用する。
    日本政府は2013年9月5日,原発のタンクからの漏洩を阻止し,高濃度汚染水を処理するための対策に470億円を投入すると発表した。投入資金の大部分は,摂氏マイナス40度の冷却材を入れた管を使って最深30メートルまで地盤を凍らせる「遮水壁」(日本語版記事)の建設に使用される。

 理論的には,この遮水壁が汚染水の漏えいを阻止するほか,放射性物質が大量に検出されている原子炉とタービン建屋に地下水が流入するのを防ぐ役割を果たすことになる。

 しかし,今回の決定は,国際オリンピック委員会(IOC)が2020年夏季オリンピックの開催地を東京,イスタンブール,マドリードのなかから選定する数日前に発表されたこともあり,「原発事故による安全性の心配はない」とアピールするためのものではないかとみられている。

 ドイツ出身で,フランス政府やドイツ政府への助言もおこなってきたエネルギー問題のコンサルタント,マイケル・シュナイダー氏は,こう述べている。

 「遮水壁のプロジェクトは,画期的な対策案が存在するとアピールするために考え出されたものだ。日本政府はオリンピック開催地決定の数日前になって,このプロジェクトに470億円もの資金投入を決定した。しかし,実用的な面から考えれば,この対策は非常に疑わしく,信頼性が高いとはいえない。長期的に持続可能とはいえず,この壁に効果があるかどうかは誰もわかっていない。パニックが引き起こした反応といえる」。

 氷壁の維持は非常に難しく,ひとたび停電が起きれば「すべてだめになってしまう」可能性がある,と専門家たちは指摘する。原子力のエンジニアでコンサルタントも務める英国のジョ ン・ラージ氏は,この技術は小規模な汚染を管理するためにしか使用されたことがないと指摘し,今回の頼みの綱とするのはリスクが高すぎると述べる。
 補注)さきほど東電側の説明では停電が起きても大丈夫だ〔「約2か月間は遮水機能を維持でき」る〕という弁護があったが,ここでは完全に否定されている。

 「彼らは放射性物質を貯蔵する巨大なタンクの建設を計画しているが,この氷壁が崩壊してしまえば汚染水は自由に動き回ることになる。氷壁は脆弱であり,ましてこの規模のものは前例がない」。

  ラージ氏は,矛盾した報告書が「飛び交ってきた」原因について,東京電力と日本政府という2つの情報源だけに頼っていることだと指摘する。「これらの情報は矛盾を含み,混乱している。それに,信用できないと感じる。彼らの真意がなんであるか,疑わざるをえない」。

 シュナイダー氏も,問題はもはや誰も東京電力 や日本政府を信頼していないことだと話す。「日本の人びとが,彼らの主張は信用できないと感じるのはもっともなことだ」。(引用終わり)
 --冒頭の記事に戻る。いまの時点:2016年7月の段階でもまだ,「高濃度汚染水の危険性をいつまでも許しておけない」などと指摘されていた。これはいったい,いつからの・どこの・なにに関する問題であったか?

 それは,東電福島第1原発事故現場における冷却水・地下流水が放射性物質に汚染されていながら,これをいままでにおいて,完全に阻止も除去もできていない話題であった。今日もまた依然,阻止できていないその「放射性物質に汚染された地下水」は,どこへ消えていっているのか?  その全量が完全に貯水槽に汲み上げられているのか? もちろん正確にいえば,消えていくのではなく,どこかへ移動していったに過ぎないのだが……。
魔法使いの弟子
 「魔法使いの弟子」に「できないこと」は,どうしても「できない」。別に彼がサボっているわけではない。誰であっても,なんといっても「できないことはできない」。
 出所)画像は,http://www.nicovideo.jp/tag/魔法使いの弟子

 「《悪魔がくれたエネルギー》:原子力」によって電気を生産するための装置・機械=原発に発生させた過酷事故は,人類・人間に返済不能の債務を発生させた。その債務はこれからも,利子生み資本の要領をもって無限に,増大(増長?)しつづけていくに違いない。

 ⑤ 関連する本ブログ内の記述

 ⇒ 2016年03月11日「『3・11』東電原発事故から5年,汚染水が尽きない惨状」

 この記述は前半で,本日〔2016年7月20日〕の内容に通じる問題をとりあげ議論している。


 【原発は明るい未来のエネルギーではなく,人類・人間にとって,暗い将来をもたらしつつある《悪魔の火》である】


 ① 世界文化遺産というもの

  ここ数日,つぎのようなニュースが伝えられ,昨日(7月18日)は東京・上野の国立博物館にはこの建物を見学する人たちが押し寄せたという報道まであった。

 ☆-1「国立西洋美術館 ユネスコの世界文化遺産に決定」(『NHK NEWS WEB』2016年7月17日17時17分)
 註記)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160717/k10010599271000.html

 ☆-2「『地元発展の起爆剤に』上野・アメ横に喜び 西洋美術館,世界遺産へ」(『朝日新聞』2016年7月18日朝刊)
 註記)http://digital.asahi.com/articles/DA3S12362362.html

 文化遺産といったら,もっぱら「好ましく・美しい思い出になっているような遺跡や建築物」など,いいかえると「人類の文化的活動によって生み出された有形・無形の所産である」ような,その対象が選ばれているはずである。だが,同じ「遺産」という言葉にこだわっていえば,20世紀後半から日本国が盛んに導入してきた原発(原子力発電所とこの関連施設)は「汚い思い出」として,つまり「負の遺産」(有形)として記憶される必要がある。

 世界文化遺産としての国立西洋美術館は,今後どのように維持・保存されるかという問題もあるが,原発の「負の遺産」のほうはいったいどのようになるのかといえば,維持も保存もしたくなくても,東電福島第1原発事故現場を思えば分かるように,すでに否応なしにそれも半永久的に,この地球・アジア・日本・福島県浜通り地域のなかにかかえていかざるをえない。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
福島第1原発事故現場画像2
出所)東電福島第1原発,手前より4・3・2・1号機,
http://www.asyura2.com/11/genpatu8/msg/430.html

 日本国内でもユネスコが認定してくれる世界文化遺産が徐々にふえつつあり,喜ばしいことはたしかであるが,その文化遺産であってもその内部には,「負の遺産」としての「過去の歴史」を併有しているものも多くあった。本ブログは昨〔2015〕年中にはすでに,関連する議論をおこなっていた。つぎの2つの記述があった。

 ◆-1 2015年05月09日,主題「明治時代からの産業遺産だから韓国側は反発する-現在の時制から観る産業遺産の意味」,副題1「ものごとには裏と表がある,産業遺産のなかには公害遺産もある」,副題2「日本帝国主義植民地時代からの『歴史の蓄積である遺産全体』から,日本政府側に都合よく部分的に取捨選択できるのであれば,なにも世話はない」

 ◆-2 2015年10月13日,主題「第2次大戦における連合国(Allies;United Nations)は戦後に国際連合 (United Nations) を創った」,副題「南京大虐殺事件は認めたくない安倍晋三政権,敗戦国日本がいまごろ,『国連のユネスコ拠出金を減らすぞ』という脅かしの態度に効果はあるか?」 

 ② 原発事故現場もすでに〈負の遺産〉として,世界的な価値のある文化遺産である。

 1)原子力は《悪魔の火》
 1979年3月28日,スリーマイル島原発事故が起きた。1986年4月26日,チェルノブイリ原発事故も起きた。2011年3月11日,東電福島第1原発事故まで起きた。福島の事故はその後,廃炉工程に入れないまま,いまなお事故現場の後始末さえまともにとりかかれない現況である。惨状というに近い状態である。

 つぎの記事は,いまから1年ほど前,「東日本大震災からもう4年が過ぎて」きた時期に,東電福島第1原発事故を見学した人が寄せた感想である。以
☆ ファッションとは? 福島第1原発の現場で思ったこと ☆
=(文)上間常正,2015年6月12日 =


 F1の現場に入ってまず感じたのは,多くの人々が緊迫した作業を続けていて大型作業機具も多いのに,無声映画のような静けさに満ちていることだった。そして,日々膨大な量で発生する高濃度汚染水を入れた貯蔵タンクの想像を絶する数の多さだった。これをいったいどう始末できるというのだろうか。
 補記)F1とは東電福島第1原発の略称。

 バスを降りて,入退管理棟を通って作業の中枢部・免震重要棟で収束活動を指揮する中野 明所長から詳しい現状説明を受けた。それで初めて分かったことは,今回の原発事故では,いくつもの不幸中の幸いが重なったこと。

 原子炉関連の施設がすべてダメージを受けて電源も全停止したなかで,震災の半年前に完成した免震重要棟は独自電源も通信施設も無傷で機能したこと,Jヴィレッジが避難区域ぎりぎりの場所にあったこと,事故発生時の吉田所長が発揮した強力なリーダーシップ,原子炉増設予定で敷地に余裕があったこと……。
 補注)吉田所長の話題はこのように賛美だけしておけば済むような問題ではなかったが,ここではこの指摘だけに留めておく。

 そのうちどれかひとつでも欠けていたら,事故の状況はいまとはもっと違う危機的な状況になっていただろう。しかしそれでも,現状は「アンダーコントロール」などと胸を張っていえるような状態とはほど遠い。被曝線量ぎりぎりのなかで黙々と働く全国から集まった作業員,そしてJヴィレッジのグラウンドに急造した二間先の部屋の物音が聞こえるような粗末な部屋に単身泊まりこんで,作業を日夜続ける現地の東電社員の努力。それによっていまの状態がかろうじて支えられているに過ぎないのだ。

 帰りのバスのなかで思ったことは,この原発事故地域でのさまざまな「不在」ということだった。責任の不在,ボランティアの不在,生活の楽しみの不在,挙げればきりがないが,ファッションもまた論外の不在だった。
 註記)http://www.asahi.com/and_w/fashion/SDI2015061262361.html

 この原発見学記を聞かされても,この先がどのように見通せるのかまったく不明である。いまでも「日々膨大な量で発生する高濃度汚染水を入れた貯蔵タンク」は,増設されつづけており,いつになったら終わりにできるのか分からないままである。タンクの増設が間にあわなくなったら,太平洋に放棄することにでもなるのか?

 原発が一度大事故を起こすと,地域住民の生活全体を破壊する結末をもたらすことは,チェルノブイリ原発事故が先に教えていた事実である。
 原爆という核兵器のために利用するエネルギーであれば,最適に活用できるのが放射性物質である。だが,これを無理をして電気生産のために転用したところからして,どだい無理があった。原発が大事故を起こした場合,早ければ2~3時間でメルト・ダウン(溶融)を起こす。そのような《悪魔の火》をわざわざ発電のための燃料に使うのである。原発に利用されるあとの関連装置・機械は,核燃料によって「大きなヤカンの湯を沸騰させ(加圧もしな)がら,これを駆動力に利用しタービンを回転させて電気を起こす」仕組になっているに過ぎない。

 2)読売新聞社編『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』昭和29年
 いまもなお原発推進の立場にある読売新聞社は,昭和29〔1954〕年にみずからが編者となって,また当時の東京大学助教授・理学博士中村誠太郎の校閲をもらい,著作『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』を公刊していた。この本の題名はより正確にいえば『ついに《悪魔の火》は人間をとらえた-原子力を人を不幸にする-』と名づけるべき性質をもっていた。
ついに太陽をとらえた1954年表紙
 事故を起こすとわずか2~3時間でメルトダウンを惹起させるような装置・機械である原発が,人間に幸福をもたらすとか・そうではないとかいった次元で話題にすることじたいからして,議論の方向をとりちがえている。

 読売新聞社編『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』は,原発のすばらしさを解説する本だと,そのころは宣伝されて発売されていた。だが,半世紀以上も経った現在の地平から回顧するに,この本は,原発の危険性・反人類性を自己証明するための告白をしていた書物であったことになる。

 同書のなかには「ついに太陽をとらえた」という同名の1章が設けられているが,その副題には「原爆から水爆へ-壮大きわまる思いつき実現-」という文句がつけられていた(同書,184頁)。しかし,この「壮大」さというものは,原発がいったんでも事故を起こした分には,まことにもって「壮大極まる」「過酷事故」「核惨事」の発生となる宿命を,まえもって説明するための形容であったことにもなる。

 「原子炉というのはどういうものか?」と問うこの本は,こう答えている。「一言にしていえば,爆弾が原子力を一時に出させるものとしたら,これは原子力が小きざみに出させる装置」である(175頁)。すなわち,原発事故は,この原子力の使用法を間違えるという意味での操作失敗なのであるが,事故を起こしたときには「原子力を一時に出させる」 原子「爆弾」となる。物理学的にいってそう説明できる。
 
 読売新聞社『ついに太陽をとらえた-原子力は人を幸福にするか-』1954年から30年後,こんどは朝日新聞科学部編になる『あすのエネルギー』(朝日新聞社,1974年)が公刊されていた。本書はつぎのように楽観的な観方を披露していた。いわゆる「安全神話」の幸福感に満たされた見解であった。
    原子力発電所は,……安全対策を立ててある。運転中に突然,炉の中の水が全部抜けてしまい,燃料棒が熱のために溶けるという,現実にはほとんど起こりえない事故を考え,そういう事故が起きた場合でも,付近の住民にひどい放射能の害が及ばないように非常装置を取りつけ,発電所の立地も決めてあるのだ(同書,138頁)。
 いうまでもないが,ここに説明されている内容はすべてウソになっていた。前述したように前世紀から今世紀にかけて起きた原発の大事故は,それぞれ以下の日付けに起きていた。

  ★-1 1979年3月28日,スリーマイル島原発事故。 
  ★-2 1986年4月26日,チェルノブイリ原発事故。
  ★-3 2011年3月11日,東電福島第1原発事故。

 川村 湊『福島原発人災記-安全神話を騙った人びと-』(現代書館,2011年4月25日)に対するブック・レビューのなかには,「悪魔は誰か本当の黒幕は誰かわかって来ました」という感想もみられるが,悪魔そのものは〈原子力〉という物理=太陽のエネルギーある。この悪魔を人間の側から “とらえることができた” などと勘違いしたところから,そもそもの原発的な間違いが開始されていた。

 若松丈太郎『福島核災害民-町がメルトダウンしてしまった-』(コールサック者,2012年12月)は,「放射性物質を『無主物』と言う東電の主張を認める判決」を下すような「原子力村には司法の府も荷担している」(103頁)と述べ,この日本という国のダメぶりを指摘している。
 補注)もっとも,ごく最近になって日本の裁判所は「3・11」の現実を踏まえて,司法判断の変質を迫られており,これに対しては一定の変化をみせている。原子力村の忠実な国家構成体分子でもある裁判所の基本姿勢は,多少でも変化せざるをえなくなっている。

 若松はこう論断していた。「〈核発電〉は非人間性を内在させている」。「核の軍事利用の副産物であって,核兵器は核エネルギーの悪用であり,〈核発電〉は核エネルギーの誤用だといわれる」。それゆえ,この「〈核発電〉は無知による誤用などではなく,意識的に誤用しているもののようだ」(102頁)。

 3)アイゼンハワーの演説
 原子力の平和利用は1953年12月8日,アメリカ合衆国のドワイト・D・アイゼンハワー大統領が,国際連合総会でおこなった演説をもって提唱した『原子力に対する考え “Atoms for Peace” 』に始まるものであった。
国連総会アイゼンハワー演説画像
出所)アイゼンハワー,1953年の演説,
https://www.youtube.com/watch?v=pnt7gKXUVWE

 そもそも,原子力の「平和利用」なる構想が可能であったのかという批判的見地が要求されている。それは,未来のエネルギー資源を確保するなどといったごとき〈楽観的な科学万能主義〉では片づかない深刻な問題であった。原子力エネルギーの「平和利用」など本来はありえかった。その「平時利用」が原発であり,また「戦時利用」が原爆である。こういう疑念を払拭することはできない。

 原発は原爆と密接に結びついていたのであり,平和のために開発されたわけではない。そして,原子力の平和利用の筆頭にかかげられた原子力発電所が,それが建設された場所に住む住民からみれば,いつ核汚染に晒されるかも分からぬという意味で,「平和」の対極に位置している。
 註記)http://d.hatena.ne.jp/Cosmopolitan/20110501/1304216866 参照。

広瀬隆東京に原発を!表紙 原発推進の立場がいっていたように,問題なしに原発が安全であるというのであれば,広瀬 隆の著作名『東京に原発を!』(集英社,1986年)のとおりに,大都市部に立地させればよい。

 だが,いまどきになってもまだ「長期エネルギー需給見通しは,エネルギー基本計画を踏まえ,エネルギー政策の基本的視点である,安全性・安定供給・経済効率性・環境適合(以下「3E+S」)について達成すべき政策目標を想定した上で」などと唱えている,原子力推進派の人物たちがいる。

 現在における原発の問題に関して,その「安全性・安定供給・経済効率性・環境適合(以下「3E+S」)」が確保されうるかと問えば,完全に否になっている。

 本ブログ,2016年07月13日の「桜井 淳『原発』技術論の卓抜性とは対照的な社会科学的考察面の弱体性」は,最後の段落でこういう記述をしていた。
    「原子力にはリスクがあり,長期的には自然エネルギーに,しかしいまはその技術がないのでしかたなく原子力」ということである(137頁)。
 この主張からすでに四半世紀が経過してきたが,このとおりの情勢理解がもっとも妥当なエネルギー観になっている。しかし,経済産業省の担当部署は,2011年の「3・11」がなければ,原発が電源に占める比率を50%にまで上げていくのだという,まったくの〈キチガイ沙汰〉とみなすほかない「電源別にみた原発利用率」の目標に向かっていた。

 ③「〈広角鋭角〉それぞれの『悼み』(4)原発誘致の看板,後世に-標語考案の男性『真実伝えたい』」(『日本経済新聞』2016年7月15日夕刊)

 福島県須賀川市の農家,樽川久志さん(当時64歳)が自殺したのは2011年3月24日朝だった。東京電力福島第1原子力発電所事故による放射性物質の拡散で,野菜を出荷停止するよう指示された翌日だった。
福島県双葉町原発甲板画像
 ※ 画像説明 ※ 原発推進の看板の保存・再展示を訴えた大沼さんと妻(写真上)。標語を考案し当時の双葉町長から表彰される小学6年の大沼さん(右)(同下)。なお,写真の右側部分には映っていない文字がある。「過去は消せ」。「消せ」と「消せ」とでは大違い。
『日本経済新聞』2016年7月15日夕刊双葉町大沼勇治表象画像
 収穫直前のキャベツ7500個の廃棄を迫られ,営農への希望を失ったのだ。樽川さんのように,東日本大震災による心身の不調で亡くなった「震災関連死」は,福島県だけで2000人を超す。

 統計上「関連死」に仕分けされた人々の無念をしのび,原発を誘致した地域の歴史も後世に伝える遺構を残すべきだ。その一念で立ち上がった人がいる。同県双葉町出身で茨城県古河市に避難する自営業,大沼勇治さん(40歳)だ。

 「原子力 明るい未来のエネルギー」。 原発事故で帰還困難区域に指定され,全町民の避難が続く双葉町で昨〔2015〕年12月,商店街の入り口をまたぐ鉄製の大きな看板がとり外された。大沼さんは同町が「倒壊の恐れがあり危険」との理由で撤去した看板を原発事故の遺構として保存,展示することを求めている。

 特別な思いがある。この標語は28年前,小学6年生だった大沼さんが考案したものだ。原発の増設・誘致を目指す町のスローガン公募に応じたところ,優秀賞に選ばれた。「当時の町長から表彰され,誇らしかった」。大学卒業後,双葉町に帰郷。看板のすぐ脇で東電社員向けのオール電化の賃貸アパートの経営を始めた。銀行の融資も即決だった。「町の原発推進方針とともに自分も発展していく」。そんな明るい未来を思い描いていた。

 が,「3・11」の津波による炉心溶融は標語とは正反対の惨事をもたらす。妊娠中の妻とともに古里を追われ,失業。先のみえない避難生活を強いられた。いま思えば悪い冗談のようなコピーだ。「自分が考案したことを隠したかった」。だが震災後,2児の父になり考えた。「遺構として残すことで子供たちに原発事故の真実を伝えたい」。

 大沼さんの働きかけに双葉町は「町が復興した時にあらためて復元,展示する」と約束した。だが,許可をえて一時帰宅したさい,町役場の資材置き場を訪ねると看板が雨ざらしになっていた。「このまま朽ちてしまうのか」と案じていると思いがけない反応があった。自動車部品の防錆(ぼうせい)技術を持つ企業が,看板の劣化防止の支援を申し出てくれた。

 原発推進に未来を託した双葉町が,皮肉としかいいようのない看板を撤去した気持はよく分かる。でも「過去を直視しない復興はありえないといいつづけたい」。標語をつくった者の責務だと信じている。(記事引用終わり)

 --世界文化遺産の認証をもらうのもいい。だが,このような「負の〈原発産業〉文化遺産」も記録として,物的にも保存していくことも大切ではないか?

 長崎県の軍艦島が世界文化遺産に登録されるとき,そこには戦時中に植民地出身者たちが大勢駆り出され,強制労働をさせられていた「歴史」,この「負の記憶」を思い出す作業が回避できなかった。ところが,こちらの都合の悪い・思いだしたくない記憶は,なるべく抹消しておきたいという要望が強かった。文化遺産に登録してもらえるのであれば,その「負の遺産性」も記録にとどめられるような「総体的な歴史の記憶」にしておく必要がある。この点を受けいれられないというのであれば,世界文化遺産への登録申請は止めにしたほうがよかった。

 日本における原発施設関係を産業遺跡・文化遺産として残すとしたら,原発事故=核惨事を除外して記憶することができるのか? そうではない。しかし,いまの日本は「3・11」以降の「福島第1原発事故現場的な記憶」を,その現場の後始末の見通しさえついていない現段階のなかで,しきりに忘れたがっている様子がある。はたして,それでいいのか?


  【象徴である天皇がモノをいい,しかも,そのなにかを実現させようとする日本国憲法改定への動向】

  【対米従属国家日本の「戦後レジーム」は,安倍晋三にも変えられず,むしろその〈絆〉をオトモダチ的に強化させつつある】

 【アメリカにとっての「押しつけ憲法」の有価値性】


 ①「〈ニュース・コメンタリー〉なぜ天皇の生前退位がそれほど大問題なのか」(『〈ニュース専門ネット局〉ビデオニュース・ドットコム』2016年7月16日)
 註記)http://www.videonews.com/commentary/160716-02/

 1)ビデオニュース・ドットコムの解説者 宮台真司(首都大学東京・教授)
 昨日〔2016年7月17日日曜日〕午後,このビデオニュース・ドットコム』の放送を視聴した。ほぼ1時間の番組であった。このニュース専門ネット局であるビデオニュース・ドットコムは, 1999年にジャーナリストの神保哲生が起ち上げた独立系のニュース専門インターネット放送局であり,広告収入に依存せず,独自の報道路線を貫いていると自己紹介されている。

 そして,このビデオニュース・ドットコムには,ほぼ常任の解説者として首都大学東京の宮台真司教授(1959年生まれ)が参加・協力している。宮台の経歴であるが,大学の学歴のところだけみると,1978年東京大学教養学部文科Ⅲ類に進学し,廣松 渉・小室直樹・見田宗介・吉田民人らに師事し,1980年東京大学文学部社会学科進学,1982年東京大学大学院社会学研究科入学,1984年,同大学院修士課程修了。
宮台真司ビデオニュースドットコム2016年7月16日画像
 この宮台先生であるが,安倍晋三首相のことに関しては,政治家の資質として「アベは完全にバカだ」と喝破していた。このビデオニュース・ドットコムが放映してきたほかの番組に出演中,そのことを明確に表現していた。しかし,天皇・天皇制のことになると,敬語を使用して言及・解説する。そうして,いかにも尊皇主義の立場・思想と無関係ではない自身の立場を明確にしている。

 「現在(いま)の天皇」とはいわず,「今上(きんじょう)天皇」ということばではじめられていた,このビデオニュース・ドットコムのコメンタリー(概要・解説)から引用する。天皇・天皇制の問題になると宮台は「下から目線」を排除できない語り口になっている。これは大学研究者としてみれば,特定の問題性を示唆する。この程度のことは宮台自身が知悉しているはずだと思うので,ともかく指摘だけに留めておく。つぎの  2)に引用していくが,こちらの文章そのものにおいて敬語を使用されており,ふだんのものいいとは性格を「異にしている」。

 2)「なぜ天皇の生前退位がそれほど大問題なのか」」
 a) 今上天皇が,生前に天皇の位を皇太子に譲る意向を示していたことが報道され,大きな議論を呼んでいる。それは現在の象徴天皇制が,そのような事態を想定していなかったためだ。今上天皇は82歳とご高齢なうえ,過去に前立腺がんや心臓のバイバス手術などの病歴もあり,多くの公務を務めなければならない状態が大きな負担になっていた。
天皇と皇太子画像
出所)https://twitter.com/bluesayuri/status/691962265273118720

 一方で,長男の皇太子もすでに56歳と,今上天皇が即位したときの年齢を超えている。そうしたなかで,今上天皇は天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示していたのだという。
 補注)このように敬語を駆使しながら話題をとりあげていないと,日本社会のなかにある「ある種の不文律的な価値観」(それは多分「菊のタブー」的ななにものか)にかかわる〈特殊な実体〉から発散されてくる〈有害な反撥〉を,未然に回避することができないなどと考えているらしい。

 しかし,皇室・皇族の問題であっても,人間や政治,社会に関する問題となって,ニュースの対象にとりあげられ論説されるのであれば,このようにどこかから飛んで来るかもしれない批判・非難を予想しているつもりなのか,ともかく無条件に敬語を使用する立場になっている。日本国憲法には天皇に関する規定とともに,人民(国民)用の人権に関する規定もあるが,後者の場合,天皇に対しては超逆立ち的に適用されている構図があると理解すればよいのか。

 日本国憲法において “平等原則,貴族制度の否認及び栄典の限界” を記述する第14条は「すべて国民は,法の下に平等であつて,人種,信条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別されない」,「2 華族その他の貴族の制度は,これを認めない」し,「3 栄誉,勲章その他の栄典の授与は,いかなる特権も伴はない。栄典の授与は,現にこれを有し,又は将来これを受ける者の一代に限り,その効力を有する」と断わっていたが,天皇・天皇制は例外事項として除外されている。

 いま,天皇明仁が自身の問題として「生前退位」を問題提起したのは,憲法違反である発言・行為である事実を,十分に承知のうえでおこなっている。この脈絡で観察すれば,宮内庁がそうではないとわざわざ「組み(セット)」で発言し,事前に必死になって予防措置(ボヤの段階から消火する態勢で構えていること)を講じているのは,日本国憲法に対して今回の天皇明仁の発言・行為が完全に「憲法違反である事実」を熟知したうえでの対応であった。しかし,明仁の要望に関していえば,なんとか応えてやらねばならないという基本点は,密やかであっても,かなり露骨に伝わってくる。

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 b) 皇位継承などを定めた法律,皇室典範には生前退位に関する定めがない。そのため,今上天皇の意向に沿って生前退位を可能にするためには,皇室典範の改正が必要になると考えられている。皇室典範とて法治国家日本においては法律のひとつに過ぎない。国会の承認があれば,その改正は可能だ。ところが,問題はそれほど簡単ではない。そもそも皇室典範に生前退位の定めがないのは,政府にできればそのような事態を避けたい理由があったからだった。
天皇退位問題ビデオニュースドットコム2016年7月16日
 現在の皇室典範では天皇が崩御した時のみ,皇太子が世襲で即位することが定められており,それ以外の方法で退位や譲位がおこなわれることは想定されていない。一般には生前譲位が可能になると,天皇が退位後も上皇や法皇などの地位から政治的な影響力をもつことになる恐れや,逆に本人の意思に反して強制的に天皇が退位させられることも可能になる恐れがあることなどが,指摘されている。また,天皇自身が退位の意向を示すことは,それじたいが憲法が禁じた天皇による政治権力の行使につながるとの指摘もある。

 そうした懸念が近い将来,現実に問題化することは考えにくいが,天皇に関するとり決めは国家百年の計にもかかわる重い意味をもつ。一度それが可能になれば,何十年,何百年か先の将来に大きな禍根を残すことになる可能性も真剣に考えなければならない。
 補注)宮台真司ほどの社会学者が,それではどのようにして,今回のような「天皇,退位を希望」といった論点をとらえようとしているのか。さらに,この本質的な問題背景を踏まえつつ,大日本帝国の敗戦という事実に絡めて,どのように論及するのかという論点については,宮台なりに知悉しているはずである。

 ところが,このあたりに関する歴史的な論点は,今回におけるこのビデオニュース・ドットコムの放送の範囲内では,言及されえない話題になっていた。問題があまりにも大きくなってしまうので,当面はそのようにあつかうほかなかったと思われる。しかし,不満を残している。


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 しかし,今回,今上天皇が「生前退位」,あるいは「譲位」の意向を示したことによって,それよりももっと重要な問題がわれわれに投げかけられたと考えるべきだろう。それはそもそも象徴天皇制という現在の制度が,もともと孕んでいる大きな矛盾といってもいい。われわれは天皇を聖なる存在として尊んでいる。だからこそ,われわれの多くが天皇に対して強い尊崇の念を抱く。陛下が被災地に赴けば,被災者たちは大きな勇気を与えられ,どんなスポーツでも天覧試合は歴史に残るような名勝負になることが多い。
 補注)同じ「人間である天皇」という存在が,どのように考察していけば,そのまま「聖なる存在として尊」ぶべき対象になりうるのかについて,このビデオニュース・ドットコムの番組はまだ,まともな説明を提示できていなかった。

 けれども,この点について宮台真司は,暗黙的に大前提であるかのような調子で語っている。このために,宮台が多くの論点に関して語るときの〈解説の方法〉とのあいだに,〈一定の無視できない齟齬〉を生んでいるといってもいい。宮台も,
自分の認識に生じているその難点をよく承知しているのではないか。

 たしかに宮台も「象徴天皇制という現在の制度が,もともと孕んでいる大きな矛盾」とも表現しているように,憲法内に厳在する基本的な問題点を熟知している学究だと思いたい。だが,この矛盾点のとりあげ方・論じ方については,彼自身が抱いているように映る「天皇・天皇制への強い尊崇の念」が,この問題を客体的にとりあげ,かつ徹底的に語らせる姿勢を鈍らせている。

 c) ところが,われわれは天皇がそのような聖なる超越的な存在であることを求めながら,もう一方で,政治的な発言をいっさい封じたばかりか,事実上人権さえも認めていない。天皇は公務を拒否することもできないし,そもそも憲法で天皇は世襲と定められている以上,即位を拒むこともできない。職業選択の自由などなにもない。しかも,一度即位してしまえば,退位もできず,亡くなるまで天皇としての役割をまっとうすることを義務づけられる。これがわれわれが象徴天皇制と呼んでいる制度の実態だ。
 補注)現在の天皇,そしてこの父親の天皇はともに,日本国憲法の生成・提供に納得ずくで併走してきた歴史的な人物といってよい。したがって,天皇には「人権がないのだという論点」と,日本国憲法形成史の事情のなかに控えてきた不可避である関連問題とを,簡単に引き離した状態で論じるわけにはいかない。宮台流の〈尊皇心〉がにじみ出ている。学問に従事する人間が「日本人・日本民族の心」,それも『創られた天皇制』の基盤(実は蟻地獄)に拘束されたかのような口つきになっている様子は,社会科学者としての立脚基盤に疑問を抱かせる。

 これまでは今上天皇がそのようなある意味で理不尽な立場を甘受し,粛々と公務に勤されてきたからこそ,その問題は浮上してこなかった。しかし,同時にわれわれ日本国民はその間,その問題と向きあうことをせず,放置しつづけてきた。今上天皇に聖なる存在として国民を包摂したり励ます役割を果たすことは期待しながら,天皇ご自身がどのような問題を抱えているかについては,いたって鈍感だった。

 今回の問題はその矛盾が,今上天皇ご自身がご高齢のうえに健康不安まで抱えるようになった今日,現実的な問題として浮上したに過ぎない。そもそもなにが問題なのか。そして,この問題とわれわれはどう向きあえばいいのか。ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
 註記)http://www.videonews.com/commentary/160716-02/
産経新聞2016年7月13日号外2版比較
 出所)http://bylines.news.yahoo.co.jp/yanaihitofumi/20160715-00060016/ これは,このニュースの報道が不可解な情報源をもってなされていた様子に,特定の不信感を表明するブログの記述中から借りた。本ブログ筆者にいわせれば,目標である〈出来レース〉の成立をめざしている「利害関係者諸集団の画策ぶり」にかいまみえる不確実さ・不安定さが,こうした新聞号外に,はしなくも反映され表現されたとみておく。

 ② 憲法体系と安保体系-下位法と上位法の立体関係-

 矢部宏治による2著,『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル,2014年),『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』(同,2016年)を,まさか宮台真司は読んでいないとは思われないが,矢部が語ったところを,まとめれば,こういう時代区分になる。

  ◇-1「戦前・戦時(昭和前期)」は『天皇』+日本軍+内務官僚

  ◇-2「戦後1(昭和後期)」は『天皇+米軍』+財務・経済・外務・法務官僚+「自民党」

  ◇-3「戦後2(平 成 期)」は『米軍』+外務・法務官僚

 戦前・戦中の宮内省,敗戦後の宮内庁がこのなかにまぎれこんでいては,宮内庁式になる数々の天皇政治をとりしきってきた。だが,平成天皇の時代になると『天皇の位置づけ』の意味あいが,そののように顕著に異質になってきた。

 そして,2015年夏・秋から2016年春にしあがった「安保関連法」の成立・志向は,日本国憲法における天皇・天皇制の位置づけ=価値評価を質的にも大きく変質させた。すなわち,それをより軽少なものに変形させつつある動向が,ヨリ明白になったといえる。

 平成天皇にも人間の寿命が(神ではないゆえ)いつか来る。そのときまでにはなんとか,これまでのような日本政治における皇室行政を,さらにより天皇家よりに「有利な態勢」に少しでも引っぱっていきたい。

 前掲の◇-1・2・3は,「天皇の存在」が平成の時代になってから消えている。日本国憲法は天皇・天皇制を残すかわりに,この憲法体制の上に載せられている,いいかえれば,重しのようにもたれかかっている “米日安保体制の存在” を,基本面より全体的に許しており,いうなれば一心同体的にも機能させてきた。

 在日米軍基地をなくせないかぎり,天皇・天皇制もなくせない。そうしないと敗戦のケジメはつけられない。敗戦後,アメリカが日本を軍事占領したあと,統治・管理をしやすくするために天皇制度を活用していた。いまもその実質=抱合関係に変わりはない。

 この歴史はある意味では「ボタンのかけ違い」ならぬ「意図されたそのかけ違い」であった。昭和天皇もその息子の平成天皇も,その米日間におけて展開されてきた〈敗戦後史の事情〉をよく呑みこんできた。つまり,彼らにとってみれば,納得ずくでの敗戦後事情の推移になっていた。

 もちろん,敗戦国の天皇であったという経緯があったゆえ,まともに真正面からは抗うこともできず,そのままに受けいれざるをえなかった当時の状況であった。東京裁判は,天皇を活かすためのセレモニーであった一面も有していた。

 結  論。 宮台真司の天皇論は尊王論の脚絆に守られた議論であるかぎり,それに即応した制約・限界も不可避に抱えこんでいる。その視野は国内論に限定されていた。海外の関連事情をしらない学者ではないのだが……。

 ③「生前退位」に関する一議論-『日本経済新聞』の場合,皇室典範の問題-

 1)「天皇明仁,生前退位を希望」
 本日〔2016年7月18日〕『日本経済新聞』朝刊6面「特集」には「『生前退位』特集 天皇陛下『生前退位』の意向」「『自ら譲位』封じた歴史」という見出しで,1面全部を充てて,関連するくわしい解説記事を組んでいた。

 日本の右翼を中心に,アメリカが日本国憲法を「押しつけた」ときびしく批判するのは,安倍晋三1人だけの考えではない。だから,改憲するのだといっている。ところが,前段『日本経済新聞』の見出しは,そのような「押しつけられた」という意味あいは,これぽっちも感じさせないでいる。 以下に引用をはじめる。

 --天皇陛下の生前退位の意向が明らかになったことを機に皇室典範改正への動きが始まるかもしれない。ただ,憲法上政治的権能をもたない天皇の意向が法改正のきっかけになったことが問題とされる可能性もある。典範立案時には退位と天皇の法改正発議を認めようという考えもあった。典範成立過程とその後の論議,退位・譲位の歴史を振り返る。(編集委員 井上 亮)=総合・政治面参照
 
☆「生前退位」特集 ☆
-天皇陛下「生前退位」の意向,「自ら譲位」封じた歴史-


 古代以降,皇位継承について成文化された規定はなかった。1889〔明治22〕年,大日本帝国憲法とともに,皇室に関する初めての成文法である〔旧〕皇室典範が制定された。ただ,皇室典範は一般法規とは異なり,憲法から超越した宮務法とされ,「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」(大日本帝国憲法74条)として,議会が法改正に介入することはできなかった。
 補注)憲法から超越したのが皇室典範だという指摘は興味深い。敗戦後はそれに対して,安保が憲法を超越した次元に控えるかたちに変わった。比較・対照・吟味するに十分な価値のある両問題である。

 アジア・太平洋戦争後の1947〔昭和22〕年に施行された日本国憲法は第2条で「皇位は,世襲のものであつて,国会の議決した皇室典範の定めるところにより,これを継承する」と規定し,同時期に制定された新たな皇室典範は憲法の下位法となった。

 a) 一般法と同列
 この新皇室典範の立案過程で,皇室に関する事項だけを定めた同法を一般の法律と同列に扱うべきかどうかが問題になった。皇位継承に関わる重要な法律なので,「天皇の意思を関係させないのは妥当か」「天皇の発議により国会の議を経る特別な法にするのが適当」との意見があった。

 結局,一般法と同列とすることになり,天皇は改正にはいっさい関与できなくなった。国民主権と政治的権能をもたない象徴天皇を定めた新憲法のもと,皇室を特別扱いする法にすることは避けられた。

 立案のさいに大きな論点となったのが退位だった。旧典範では皇位継承は天皇の崩御(死去)の場合のみとしていたが,「天皇の発意による退位」を国務大臣の助言と承認により認め,退位後の身分は「上皇」とするとの意見が出された。また,連合国軍総司令部(GHQ)からは「皇位継承を崩御に限るのは,自然人としての天皇の自由を拘束しすぎる。退位の自由を認めるべきだ」との意向が示されていた。

 b) すべてが公事
 衆院でも「天皇の絶対自由なる御意思に基づく御退位は,これを実行せられ得る規定を設くることが,人間天皇の真の姿を具現するゆえんであると確信する (略) 人間天皇こそ新憲法下における天皇制の真にあるべき姿」(日本社会党・及川 規)との意見があった。

 これに対して政府側は「天皇御一人のお考えによりまして,その御位をお動きになるということは,恐らくはこの国民の信念(精神的結合の中心)と結びつけまして,調和せざる点がある」(国務大臣・金森徳次郎)と反論。金森は「天皇に私なし,すべてが公事」として,天皇の意思による退位を否定した。
金森徳次郎画像
出所)金森徳次郎,http://blogumanome.blog.fc2.com/blog-entry-82.html

 その背景には,当時戦争責任が問題となっている昭和天皇の退位への道が開かれることを警戒した宮内省の強い反対があった。退位を認めない理由としては「退位の自由を認めると,それに対応して天皇に就任しない自由も認めねばならない」「かつての上皇,法皇的存在の弊害を招く」「必ずしも天皇の自由意思に基づかない退位が強制されることもありえる」が挙げられた。

 当初,退位に賛成していたGHQも政府の説明を受け,「野心的な天皇が退位して政治運動に身を投じ,総理大臣になったら困る」と,少々ピント外れの理由で反対に回った。「退位が必要な事態になれば単行特別法で対処すればよい」との意見もあり,新皇室典範には退位条項は設けられないことになった。退位と天皇の発議による典範改正は実現する余地はあったが,時代状況がこれを封じこめたともいえる。
 補注)前段に登場させた宮台は「野心的な天皇が退位して政治運動に身を投じ,総理大臣になったら困る」といった「少々ピント外れ」だと指摘された点に関連させては,この点が現実的に想定できないわけではないかのような発言をしていた。仮にこの指摘を真に受ければ,この『日本経済新聞』の解説のほうが「少々ピント外れ」ということになりかねない。そもそもGHQが登場しての話題であったし,しかも,このGHQ(アメリカ)の意向そのものの反映であった日本国憲法に関する話題であった。

 ところで,日本国内にはいまも在日米軍基地が,そのなかには原子力航空母艦の母港になっているような海軍基地もあるくらいであって,いまだに米軍(アメリカ)による日本占領体制が実質解けていない地区を多く背負っているこの国である。特殊な事情のあるる韓国以外で,これほどまで徹底的に米軍に自国を占拠されている国はない(⇒日米地位協定の実質を想起せよ)。さきほど挙げてみた矢部宏治が図式的に表現した「大日本帝国から日本国への〈敗戦をはさんだ〉変遷模様」に注目したい。

 だからいまもなおたびたび,日本国の対米従属性がよく指摘されるけれども,敗戦直後にGHQの最高司令官であった『マッカーサーのメモ』(日本国憲法を作成するさいの留意点というか骨子として指示された中身)は,「封建制度である天皇」制を占領政策を有効に遂行するために再生利用することを決めていた。再度そのメモ(ノートとか原則ともいう)を記載すると,こういう中身であった。
    日本が敗戦したとき,日本に押しつけられた『憲法改正にさいして守るべき三原則(マッカーサー・ノート)』があった。これは,マックが,憲法草案起草の責任者コートニー・ホイットニー民政局長に示したものである。

  1.    天皇は国家の元首の地位にある。皇位は世襲される。天皇の職務および権能は,憲法に基づき行使され,憲法に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。

  2.    国権の発動たる戦争は,廃止する。日本は,紛争解決のための手段としての戦争,さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも,放棄する。日本はその防衛と保護を,今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は,将来も与えられることはなく,交戦権が日本軍に与えられることもない。

  3.    日本の封建制度は廃止される。貴族の権利は,皇族を除き,現在生存する者一代以上には及ばない。華族の地位は,今後どのような国民的または市民的な政治権力を伴うものではない。予算の型は,イギリスの制度に倣うこと。

 この3原則を受け,総司令部民政局には,憲法草案作成のため,立法権・行政権などの分野ごとに,条文の起草を担当する8つの委員会と全体の監督と調整を担当する運営委員会が設置された。

 --昭和天皇は敗戦国の大元帥として,この条件をともかく納得して受容するほかなく,あるいは自分が生き延びられるのであれば,これで十分だとする考えでもあったのだから, このメモの内容が「21世紀までも引きずってきた」日本国憲法の課題(!?)を当初から胚胎させていたといえなくもない。
『日本経済新聞』2016年7月18日朝刊天皇問題画像 2)「生前退位」特集
  -これまで59例,
政争発展も-
 「日本書紀」によると,神話の初代神武天皇以降,皇極天皇が孝徳天皇に譲位(645年)するまで,生前の退位はなかった。皇極天皇は舒明天皇の皇后だった女帝で,中継ぎという位置づけから初の生前退位・譲位となったとみられる。
 (画面 クリックで 拡大・可 ⇒)

 7世紀末の持統天皇のあと,元明,元正などの女帝が多い奈良時代は譲位による皇位継承が常態となる。8世紀半ば,女帝の孝謙天皇は淳仁天皇に譲位し太上天皇となるが,政治的な確執で淳仁を廃し,重祚(再び天皇位につく)して称徳天皇となった。「前任」と「後任」の最初の政争である。平安時代になると皇位継承は譲位が通例となる。兄弟継承が多かったことや,9歳で即位した清和天皇のような幼帝が出現。外戚の藤原氏による摂関政治が始まり,政治的な譲位が行われたことなどによる。

 しかし,兄弟継承による平城上皇と嵯峨天皇の争い(9世紀)や,摂関家を巻き込んで崇徳上皇方と後白河天皇方に分かれた争乱,保元の乱(12世紀)が起きている。譲位が頻繁におこなわれると,引退した天皇が「現職」より長生きすることがあり,930年に46歳の醍醐天皇が死去したとき,父の宇多天皇とその2代前の陽成天皇は存命だった。

 平安時代,譲位しなかった天皇は桓武・仁明・文徳・光孝・村上の5人だけだが,実際はほかにも在位中に死去した天皇はいる。11世紀ごろから「天皇は不死」という観念が定着し,在位中に死去した場合は一定期間死を秘し,生前譲位したかたちで皇位継承がおこなわれた。初例は1036年に死去した後一条天皇から後朱雀天皇への譲位だった。18世紀後半の江戸時代まで数回の例外を除いて生前譲位による継承が続く。

 譲位が招いたのは退いた天皇が上皇として権力を握る院政である。「現職」天皇の権力は空洞化した。その弊害は鎌倉時代の承久の乱(1221年)を招く。倒幕の政略から後鳥羽天皇は皇子らにつぎつぎと譲位させ,4歳の仲恭天皇が即位したさいは後鳥羽・土御門・順徳の3人の上皇がいた。乱に敗れ,3上皇は配流,仲恭天皇は廃された。

 譲位制度の最大の禍根といわれているのが14世紀の南北朝時代だ。後嵯峨天皇のあと兄弟継承が続いたため,皇統は持明院統と大覚寺統の2つに分裂。後醍醐天皇に至って争乱を招き,鎌倉幕府は滅亡。以後,北朝・南朝に2人の天皇が在位する前代未聞の事態を招いた。これが明治期に生前退位を否定する最大の論拠とされた。

 1817年,光格天皇が第6皇子(仁孝天皇)に天皇位を譲り,長い譲位の歴史は59例目で終止符を打った。仁孝は1846年に死去したが,その死は10日間秘された。つぎの江戸時代最後の孝明天皇は1866年に天然痘で亡くなる。いずれも急な死だったため譲位ができなかった。(記事引用終わり)

 --最後に出てきた孝明天皇(江戸期最後の天皇)の死因については暗殺説も強力に主張されているが,ここでは,天然痘死亡説を採用している。この後者の説を採用しないことには,いろいろまずい明治天皇の問題も噴出してくる可能性もあるゆえ,そのようにさらりと言及しているように感じられる。

 3) 議論と批判
 要は,なにゆえ明治時代からは退位を閉め出したのかという疑問がもたれてよいのである。日本国の天皇・天皇制は明治維新以降,薩長を主軸とする日本支配に都合のいいように,この天皇制度の構築やとり決めをおこなってきた。宮内庁関係者(御用研究者)でも,うっかりすると口にすることもある「明治天皇すり替え説」に関しては,その特定の根拠がある点を探らせるための糸口まで示唆しているかのようにも受けとれる。

 いずれにせよ,大日本帝国が敗戦する段になるとこんどは,アメリカ〔占領軍〕の都合のよい天皇制度に,強制的に変更「させられた」。なにせ,この「押しつけ憲法」であったものだから,その目「玉」となったのが『天皇の政治利用』そのものであることは確実であった。「天皇の象徴化」がその核心であった。アメリカにとってみれば,もっとも使いやすい「日本国の天皇〔制度〕」を埋めこんでおくための方法が,日本国憲法のなかに工夫されたことになる。

 再論するが,天皇家側も「八紘一宇」であるはずの「世界に冠たるこの大和国」を敗戦させた負い目があり,しかも天皇の命だけは戦勝国(アメリカ)側に助けてもらったという重たい借りもあったところにくわえて,明治憲法のときと同じ位置で冒頭に,第1条から第8条までに天皇条項が置かれてもらえたのだから,これは当時の事情からいえばこれ以上は望めない最高の好条件であった。しかし,それからもう70年〔以上が〕が経過した。日本国憲法の金属疲労はおおいがたいほどにまで進行している。

 とはいっても,以上はこの日本国憲法じたいに関する話題である。他方からの視角からまたみてみれば,日本国内には日本国憲法よりもずっと優位な法的地位を占めている日米安保の体制が,デンと控えていることは,自明だという以上に確実な事実である。しかも,おまけに安倍晋三が安保関連法を成立・施行させ,この米日軍事同盟関係を確固不動たる次元にまで引きあげて固定化させてもいた。この相互関係でいえば,第9条のほうは完全に骨抜き状態にしていながらも,第1条から第8条をそのまま残存させておくのは,いかにも〈不均衡な措置〉であるという印象を避けえない。

 安倍晋三は憲法を改定したいというとき,自民党のその草案では『天皇を元首にする』と決めている。だが,戦前ならまだしも,敗戦後において日本がアメリカに軍事面でもって完全に国家中枢=急所を握られているような国際政治の現実的な状態のなかで,そのように憲法体系を変更したところで,その上部構造としてデンと構えている日米安保体制をとっぱらわないかぎり,改憲してもほとんど意味がなく無効である。
泥憲和表紙
註記)かもがわ出版,2014年11月発行。

 安倍晋三君がしゃかりきになって叫んできた「戦後レジーム」からの脱却は,本当のところでは「アメリカからの1人立ち」のことではなかったか? 安倍晋三君,そうではなかったか? ところが,アメリカへの従属性を強化させる安保関連法を成立・施行させていたとなれば,安倍晋三個人の内部矛盾だとか自家撞着だとかいった次元で批判しだけで,済ませられるような〈生やさしい困難〉でなくなっており,いう人にいわせれば日本は実質的にはもはや,アメリカの1州にまで昇格したことを意味する。
柳澤協二
註記)岩波書店,2014年4月。

 こういうことである。アメリカ側は,現在の天皇・天皇制をそのままに留めおくことがお望みである。日本を敗戦させたアメリカがいまもこの国に関して保持できている最大の利点は,日本人・日本民族を支配・統治(安倍晋三流にいえば  under  control)するさい「天皇制度が実在していること」にこそ,みいだせるのである。したがって天皇をわざわざ「元首」にする必要などいっさいない。象徴「性」で万事が十分にOK,間に合う,こと足りる,あえていじることはない,ドンマイ,放っておけ,ということである。

 ④「わからないことだらけの天皇『生前退位』報道」『天木直人のBLoG』の考察(2016年7月18日)から

 ③ まで書いたのち『天木直人のBLoG』をのぞいてみたら,つぎのように分析・解説していた。併せて読んでもらえれば,さらになにかを感じとってもらえるかもしれない。

 -- 天皇陛下が「生前退位」の意向をおもちであることがわかったと突然,7月14日にメディアが大きく報道してから,毎日のようにメディアはこの問題でもちきりだ。しかし,その報道をみたり聞いたりすればするほど,謎が深まるばかりだ。

 最大の謎はもちろん,なぜ急に,このタイミングでメディアが一斉に報道したかである。メディアが一斉に報道したということは,政府関係者(それが官邸筋であるにせよ,宮内庁筋であるにせよ)が流したということだ。

 しかし,風岡典之宮内庁長官は,天皇陛下がそのような意向を示されたことはないと,即座に報道を否定した。これは異例で異常なことだ。しかし,その後の報道には,誤報を追及する声はいっさいみられない。それどころか,天皇が生前退位の意向をおもちであることは以前から明らかだった,という報道ばかりだ。これは,天皇陛下が生前退位の意向をおもちであるということは間違いではないということではないのか。

 そうであればつぎの謎は,天皇陛下の生前退位のお気持はどこから来ているかということだ。真っ先に思い浮かぶのは安倍首相との関係だ。天皇陛下が安倍首相の改憲志向に反対のお気持を示されて来たことは,もはや周知の事実だ。だから,これは自分の在任中には安倍首相には改憲させないという意思表明だと考えられなくもない。

 同じことは,安倍首相の側からも考えられる。天皇陛下が繰り返し発信される平和志向のメッセージは,改憲を強行しようとする安倍首相にとって都合がいいはずはない。だから生前退位報道は安倍首相側から仕かけたのではないかと考えられなくもない。

 しかし,そのどちらも,ありえないと私は思う。

 いくら天皇陛下が平和志向であるとしても,そこまで政治的な言動を示されるような天皇陛下ではないと思うからだ。いくら安倍首相が改憲志向であるとしても,そこまで天皇陛下をないがしろにするとは思えないからだ。

 そこでつぎに浮かんでくる謎は,天皇陛下の生前退位の意向は,天皇陛下みずからのお気持であり,そしてそのお気持は,安倍首相の憲法改憲志向とは直接関係のない,まったく別の事情から来るものではないかということだ。ズバリそれはみずからの健康懸念と皇太子たちへの期待だ。皇太子たちが天皇陛下に寄せる気づかいだ。

 今日,7月18日の毎日新聞が特集連載記事「生前退位」下で書いている。天皇陛下の健康を気づかった宮内庁内部から阿吽(あうん)の呼吸で流された生前退位報道ではなかったのかという推測のなりたつ。

 謎は深まるばかりだ。しかし,はっきりしていることがある。それは,この機会にわれわれもまた象徴天皇制について考えるべきであるということだ。そして,それはとりもなおさず,この国の憲法成立の歴史を正しくしるべきだということだ。

 それはまた,究極の憲法論議にゆき着くことになる。日米安保体制・憲法9条・象徴天皇制という三位一体のこの国の戦後の国体をしることになる。われわれはいま大きな歴史的転換期に立っているということである。
 註記)http://天木直人.com/2016/07/18/post-4980/

 以上,天木直人の指摘・理解(天木もまた敬語遣いであり,宮台真司と同じにこの呪縛から逃げられていないが)に関しては,天皇明仁がさらに「なにかを考えてもいる」と推測しておく。それは,昭和天皇から彼への代替わりのときに披露された日本社会の異様な自粛騒ぎであった。天皇明仁はそれと同じに自分の葬儀のとき,日本社会を騒がせたくないのでないか?

 結局は,前天皇の葬儀から新天皇の践祚・即位の全過程から,またもや生じるかもしれない日本社会への負担を分散させる意味が,生前退位の「発言」にはこめられているのではないか。そう推理してみてもおかしくはない。


 【北朝鮮と日本国内の朝鮮総聯は,いつも「謀略しか考えていない」反民族的・エセ人民的・非民主的な世襲独裁専制国家とその下部組織である】


 ① 冒頭での断わり

 本日の記述は,2016年07月01日の記述であった

 主題;『朝鮮総聯-朝鮮大学校-朝鮮奨学会,いつまでも切れない北朝鮮との濃密な腐れ縁というか,一心同体性』

 副題;「偉大なる首領様の世襲3代目が支配する封建的独裁国家の,配下の子分たちが徘徊する日本社会内の一端・模様」

 および,この続編である “2016年07月08日の「同名稿(その後:補遺)」” の,さらに,その続々編である。

 本日は,以上の2回をもって連続してとりあげてきた『統一日報』特集記事「朝総連衰亡史」(1)」以降における各稿のうち,7月13日に新しく掲載された「その(7)」をとりあげて論じる。問題の焦点は,朝鮮総聯傘下の朝鮮学校や朝鮮大学校は,「北朝鮮の政治路線」に従隷してきた「非民族主義」の教育機関であり,まったきニセモノの教育機関である事実に向けられる。公益財団法人である朝鮮奨学会が,この朝鮮学校や朝鮮大学校とのつながりをどうしても完全に切断できない事情にも若干触れてみたい。

 ②「朝総連衰亡史(7)対南『革命戦士』はいかに獲得されたのか」(『統一日報』2016年7月13日)

 朝総連は結成大会のさい「民主民族教育を強化発展させよう」というテーマの教育方針を策定したという。その内容の第1が「すべての青少年を共和国に忠実な息子,娘に教育しよう」だった。ここでの「共和国」とは,北韓で考えることが許される唯一の存在,首領‐金氏一族を指す。つまり,子どもたちを首領の息子や娘として育てていこうという意味だ。

 朝総連の各種記録は,朝鮮大学校の設立目的を一貫性のある民族教育体系の確立,朝総連活動のあらゆる分野で指導的役割を担う中堅幹部の養成,朝鮮学校の教員養成としている。つまり朝鮮大学校は,朝総連組織のための存在だ。いいかえれば,平壌から朝総連に送ってきたという首領たちの教育援助金の性格は,朝鮮労働党「在日支部党」の建設および運営資金だったのだ。

 朝総連が朝鮮学校ではなく,日本の高等教育課程に通った在日同胞学生たちを共和国に忠実な息子と娘に育てるため作った組織が留学同だ。「労働党在日支部」である朝総連としては,朝鮮学校で養成する青少年たちより,留学同出身者の方が使い道が多かった。

 a) 留学同は第2の朝青
 数多くの留学同出身が「労働党在日支部」の秘密党員になり,対南「革命事業」に身を投じた。朝鮮大学校出身をはじめ,朝総連の核心幹部たちが自分たちの後継として留学同出身者を獲得・養成することに人生を消耗した。

 韓国で逮捕された多くの「在日良心囚」のなかには,留学同の先輩などにリクルートされて,革命家への道に入った者も少なくない。人間としての自由な精神を捨てなかったインテリたちは,硬直した労働党員として生きることを拒否し,過去を清算,組織を離れたが,この闇の世界と決別する勇気のない人びとは,最後まで組織の部品として消耗されていった。
徐勝顔図
 そもそも朝総連組織から給料をもらいながら「社会主義祖国」,つまり,党の命令に従って服務したことのない人がいただろうか。朝総連とその別働隊の韓統連は1970年代以降,「在日良心囚」は韓国当局のでっちあげだと主張しているが,彼らのうちどれほどが朝鮮労働党とまったく接触がなかったとみずからいいきれるだろうか。
 出所)右側画像は徐 勝,http://ojsfile.ohmynews.com/STD_IMG_FILE/2008/0525/IE000913467_STD.jpg

 統合進歩党工作を通じて韓国の国会議員になろうとした康 宗憲や,暴力によって政治犯に仕立て上げられたといった徐 勝などがスパイであったことは,誰よりも彼ら自身が否定できないだろう。彼らを発掘し,時間と努力を費やして「教養」した朝総連活動家たちもよくしっていることだ。そして,彼らの工作活動は,平壌に詳細に記録されている。遠からず,すべてが明らかになる。

 b) 朝総連の本分は対南工作
 平壌の指示に従って対南工作に従事した朝総連幹部や知識人の一部は,自分の経験を告白した。彼らは朝総連や平壌の3号庁舎から裏切り者と非難はされても,公開した内容がウソだと責められたことはない。

 元朝連中央本部の財政局副局長だった韓 光熙が書いた『わが朝鮮総連の罪と罰』〔文藝春秋,2002年)が捏造だと主張する朝総連幹部を見たこともない。新潮新書で出された『朝鮮総連』(金 賛汀著,〔新潮社,2004年〕)などに生々しく書かれた工作活動などは,朝総連が遂行した対南工作のごく一部にすぎない。(右側画像は  ↓  画面 クリックで 拡大・可)
   わが朝鮮総連の罪と罰表紙 金賛汀表紙
 朝総連中央本部の副議長の1人は,組織の対南工作を束ね総括する仕事担当だという。ただ,組織から独立して運営されるネットワークこそが韓国にまで浸透する工作線といわれる。

 「留学同」社会には,公然の地下活動の仲間,先輩後輩関係の人脈が存在する。情緒的・物質的に困難な状況に置かれていた多くの若者たちが「留学同」という「労働党在日支部」に加入した。

 韓国では20歳になれば兵役の義務を果たすため入隊するように,朝総連も革命のための戦士になる義務が課せられていた。「労働党在日支部」は対南工作のための存在だった。同胞の権益のためなどというもっともらしい活動は,対南工作活動のためのカムフラージュにすぎなかったといえる。

 もっとも悲劇的ケースがまさに留学同だった。せっかく朝鮮学校にかかわらなかった若者たちが,ジャングルの中で網を張って餌がかかるのを待っていた毒蜘蛛に捕らえられた昆虫のように,朝総連はあらゆる状況に罠を仕かけて餌を狙っていたのだ。(つづく)
 註記)http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=81130&thread=19

 ③ 朝鮮奨学会の催事場に北朝鮮(朝鮮総聯)系の関係者・支持者が立ち入り,学生・生徒たちに対して,いろいろよからぬ各種の勧誘をしてきた事実がある。

 公益財団法人である朝鮮奨学会は,奨学金を受給している学生・生徒向けの講演会や学習会の機会を設けることがある。するとこのとき必らず押しかけてくる特定の組織関係者がいる。呼ばれてもいない者が,その開催会場にもぐりこんできて,いわばオルグ活動をしたり,ビラを撒いたりするのである。これに対しては奨学会側がそれらの人びとを排除するように指導しているが,それでも外で同じなような行為をする人びともいる。

 またとくに,高校生に対する上記の開催会場には,奨学金を受給されている高校生の教諭(日教組系が中心であるが)が付き添ってくることが,恒例になっている。こちらの教諭たちは,会の進行中も参加しており,その内容を熟知している。本来であれば,謝辞されて排除されて当然の人たちであるが,露骨になにかを行為をすることがないことを認めて同席を許している。

 また,朝鮮奨学会の奨学金を支給されている高校生(全員が日本の高校に通っている)の保護者から,こういう苦情(怒りの声)が挙がったこともあった。その保護者は在日韓国系の親であるが,子どもが奨学会にいくようになってから,帰宅してする話が「北朝鮮賛美」であることに驚くとともに,激怒していたというしだいである。この高校生に対してその種のバカらしい洗脳を試みたのは,非常にまずいことに,なんと朝鮮奨学会の「総聯系の職員」であった。こうした職員の行為は,この財団本来の任務に鑑みては「やっていけないもの」なのであるが,それでも裏でこそこそとそういう違反行為をやっていた。

 前項には「留学同」という用語も出ていたが,これは,北朝鮮から日本に来た「(北)朝鮮人の大学生」という意味になる。だが,正式に国交はない日本と北朝鮮の両国間ゆえ,北朝鮮からの留学生が日本にいるわけがない。その正式名は「在日本朝鮮留学生同盟」であるが,留学生ではけっしてないにもかからず,日本生まれの在日2・3世の大学生(日本の大学に通っている)を,そのように留学生だと詐称している。

 その名称は形式と中身とでは大違い,まったくのゴマカシの名称である。これほどに始末の悪い《嘘つき》な組織の呼び名もあるまい。ある在日韓国人の話によると,大学生時代に総聯系「留学同」の大学生に,この名称「留学同」だとすると,「あなたたちは北朝鮮から日本に留学に来ているのか?」と聞いたところ,相手は「困惑した表情でいや,そういうことではない」と答えたというのである。実にみえすいた「ウソの看板」の掲示となっている。

 もっとも,どこかの国の首相は留学もしていないで,それもせいぜい遊学(勉強もしないで?)していた程度であったけれども,「自分のホームページに堂々とアメリカの某大学に留学していた」と書いてもいたのだから,どっちもどっちだ(あっちがあっちなら,こっちもこっちだ)という所感がないわけではない。しかし,留学同とこの国の首相がそれぞれ詐称するその内容は,罪深い程度に関して指摘するならば,前者のほうは完全に犯罪的な詐称である。

 ④ 金 日成の

 また,韓国から日本に,こちらは本当に留学に来たある韓国人の話題に移る。この彼がたまたま入学した大学学部の教員たちは「マル経で真っ赤っかな人たち」が多数派を占めていた。そのせいなのか,この韓国人学生はその後,自分の研究進路をすっかり真っ赤な色金日成全集画像合いに染めあげていった。いいかえれば,自分の学問全体を真っ赤な内容で確実に仕上げていった。この人はその後,韓国には帰国しないで留学したその大学の教員になっていたが,さらにつづいては,以下のごとき話題(※)になっていった。
 出所)左側画像は『金日成全集』と朝鮮語で印字してある。http://www.e-okura.co.jp/detail/nk_kimil_zen.html この全集は学術的にいえば,まったくのカラッポであり,どうみたところで完璧なる有害図書でしかない。だが,まじめな政治学者たちの研究対象にとりあげられることはありうる。すなわち,日本でいえば『池田大作全集』にも相当するような迷著作集である。この金日成全集については,前掲のアドレスのなかには,つぎのような解説がつけられていた。
◆ 北朝鮮初代指導者の著作全集! ◆
金日成主席の著作を年代別に収めた集大成


 北朝鮮金日成主席の1925年からの著作を中心に,演説,談話などを年代別体系的に収めた総合文献全集。1992年の金日成主席生誕80周年を記念して出版が開始され,2012年には第100巻を出版。このとき北朝鮮は「金日成同志の全てを収録し全100巻の刊行を終えた」と報道した北朝鮮初代指導者の集大成的全集。

 --この著作全集の刊行のためには,いったい何十名ほどのゴーストライターが裏舞台にいたのか聞きたいところであるが,けっして教えてもらえない事情である。
 前段の本論の話題(※)に戻る。--彼は,あるときにしりあった在日韓国人で,しかも同じ専攻だった年下の大学院生に対して,そっと〈宝物〉のように大事にしながら,みせた本があった。その本はなんと「金 日成」の著作物であったという。そのときは,いまから40年以上も前の出来事であったから,いまとなっては〈笑い話〉にしかならないような,彼の「たわけた行為」であった。バイブルどころか,アジ演説にもならないような中身しか書かれていない「金 日成の本」を,とても大事そうに披露してくれたというから,いうなれば,まことにお粗末な光景であった。また,そのように「金 日成」本をみせつけられた在日韓国人のほうの彼は「そのとき,腹のなかでは笑っていた」とか……。


 【カップラーメンやハイブリッド車の宣伝であれば意味もある広告になりうるが,70名ほどしかない「学部の新学科」の宣伝のために「新聞紙に全面広告」を出すことへの基本的な疑問】


 ① 文教大学文学部は外国語学科を2017年4月設置予定-文学部は,2017年4月に改組(外国語学科の新設)を構想中-

 先日,7月9日の『朝日新聞』朝刊にこの全面広告が出ていた。文教大学は現在,教育学部・人間科学部・文学部・日本語(日本文学科・「英米語英米文学科・中国語中国文学科」〔⇒この3学科が定員を融通して回し,「外国語学科」に改組し新設する予定〕・情報学部・国際学部・健康栄養学部・経営学部の構成からなるが,文系中心になる私立大学としてできうるかぎりメニューを揃える努力をしてきた大学である。当初は,女子短大であった学校法人として1980年に,文教大学情報学部広報学科・経営情報学科を設置したのが,この4大の始まりであった。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年7月9日朝刊文教大学全面広告
註記)本日〔2016年7月15日〕『日本経済新聞』朝刊
    32面にも,これと同一の全面広告が掲載されている。 

 ネット上には「私,明学と文教に合格したのですが,どちらに進学したらよいでしょうか」という相談がなされていた(どの学部かは不詳だが)。この答えは簡単であるが,いわないでおく。ともかく,このような全面広告「出稿」は,大学予算のムダ遣いである。この全面広告によって明学を超えられる文教になれるのか? おそらく99%は無理難題である。よほどのことがなければ変更・克服できない目標である。文教大学がそして,この全面広告で1流大学の大学集団に無条件で仲間入りができるわけでもない。その意味ではむなしい努力ということであり,ムダ遣いだということになるほかない。
文教大学湘南校舎画像
出所)文教大学湘南校舎(2009年3月),
http://mirai-wood-archi.at.webry.info/200903/article_8.html

 さて,文学部内の3学科から70名分を都合して〔その分をやりくりして〕,つまり削減して回すかたちで( ⇒ http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ninka/__icsFiles/afieldfile/2016/06/28/1373692_1_1.pdf,9頁参照)〕,この外国語学科の定員70名を確保していた。なお,2016年において文教大学における学部学生の総数は,8千7百名ほどである。

 この新設学科の〈売りこみ〉のために,もちろん大学全体のための宣伝効果もあるとはいえ,大枚はたいて,このようなイメージ広告でしかありえないような全面広告を出稿するのは,高い授業料などを学生に支払わせている関係でいえば,無駄遣いどころか非常に不適切な支出である。
文教大学文学部外国学科画像
出所)https://www.bunkyo.ac.jp/faculty/bungaku/dept2/gaikokugo/
白人の教員を宣伝に使っているが,特別の意味はないか?

 投入する費用(経費)に対して,これから挙げられる効果(効用)を,いったいどのように考えているのか? できるかぎりの範囲内でも事前評価したのか? この全面広告でもって,学生たちに対して,なにを・どのように,これは間接的になるにせよ「〈還元〉する・できる」というのか?

 あえていうことにするが,この大学広告で新設する予定である文教大学文学部外国語学科が,早稲田大学文学部や上智大学文学部・外国語学部に対抗できるようになるわけではなく,既存の文教大学そのものを画期的に変革〔ブレークスルー〕できるというわけもない。

 早稲田大学 [文]  69  上智大学 [文]  67

 文教大学 [教育]  59  文教大学 [文]  56
 文教大学 [人間科]  53 文教大学 [健康栄養]  51
 文教大学 [国際]  48  文教大学 [情報]  48  文教大学 [経営]  47
  註記)http://daigakujyuken.boy.jp/indexsaitamakenn.html

 明治学院大学 [国際]  59 明治学院大学 [心理]  58
 明治学院大学 [文]  56  明治学院大学 [法]  56
 明治学院大学 [社会]  56 明治学院大学 [経済]  55
  註記)http://daigakujyuken.boy.jp/indextoukyouto.html

 文教大学のホームページには,以下のような大学経営戦略が記述されているが,子どもを大学にいかせる保護者の立場からこれを読んだところで,いったいどのように感じうるかまで考慮しているか? なおこれは,2010年4月に『「文教大学学園  学園経営戦略」策定について』という文章のなかで,理事長の渡辺 孝が説明する1項目である。
2.今次戦略の概要

 今次戦略は,まず今後,学園が中長期的に目指すべき姿として,学習者に対する極めて高い付加価値の付与を意味する「教育リーディング・ユニバーシティ文教~教育力トップを目指す~」を掲げました。文教大学のじのじクン画像これは,本学園が斯界トップクラスの極めて高い教育力を具備することは,教育機関としての本学園に対する社会からの負託に応える意味で極めて重要であると同時に,上述の財源確保は入学者の十分な確保が前提となることによるものです。
 出所)右側画像は,学長野島正也のイメージキャラクター「のじのじ君」,https://www.bunkyo.ac.jp/newstopics/2013/newstopic18.htm

 その上で上記戦略は,経営と教学との緊密な連携の下,実践していくべき今後4年間の目標と課題を掲げました。

 このうち,まず経営においては,「総合学園の維持・発展」を目標に,取り組むべき課題として,「競争力を持った教育環境の整備」,「強固な財政基盤の確立」,「変化対応力のある組織力の確立」,「学園ブランドの確立」の4つを掲げました。

 また,教学では,「質の高い・特色ある教育課程の実践と活気・魅力に溢れたキャンパスの構築」を目標とし,取り組むべき課題として「入試戦略」,「教育改革」,「学生支援」,「キャリア支援」,「国際交流・留学生」,「教育・研究支援」,「改組」の7つを掲げました。

 さらに経営・教学とも,各々の今後4年間の具体的行動・施策,それぞれの担当理事・部署,主な実行スケジュール等を明記したところです。

 併せて今回の経営戦略策定に当っては,中長期にわたる財務面でのシミュレーションを行い,今後経営戦略を実施していく上での学園財政の健全性を検証いたしました。
 註記)http://www.bunkyo.ac.jp/gakuen/strategy01.htm

 大手新聞紙に学校法人が全面広告を出稿するとき,このような経営戦略計画全体のなかで,そつなく整合的に説明すことができているのか? 筆者の場合,この種の大学広告の問題に関するかぎり,適切かつ納得のいく説明は,寡聞にもしてしらない。

 ② 都留文科大学文学部国際教育学科を2017年4月設置予定

 都留文科大学のこの新学科の概要は,後段の記述にあるとおりである。公立大学であるせいか,定員をやたら多めに置く私立大学とは違い,40名に抑えられている。この学科設置にともなう全面広告の出稿がなされていた(以下の画像は『朝日新聞』2016年7月5日朝刊)。ただし,広告はこれだけではないはずである。
『朝日新聞』2016年7月5日朝刊5面都留文科大学全面広告
 それにしても,どれだけの経費・支出を充てて,このような広告を出稿しているつもりか? そして, “コスト⇔ベネフィット” のきびしい観点は,どう理解・認識されたうえで,このような広告が大々的に撃たれているのか? もっと小さい広告であってもこの新設学科の社会への伝達は,十分に可能であるはずである。

   開設時期:2017年4月
   開設場所:都留文科大学(山梨県都留市田原3−8−1)
   修業年限:4年
   入学定員:40名
   取得学位:学士(国際教育学)
   その他: IB(国際バカロレア)教員資格
都留文科大学画像
 出所)都留文科大学正面入り口(2004年4月),http://www007.upp.so-net.ne.jp/metaseko/room90-tsuru-unv.html   1960年に都留文科大学は,短大に設置替えするかたちで,初等教育学科と国文学科を置いて発足していた。なお,現在に(2016年度)おいて学部学生の総数は,3千3百名ほどである。
都留文科大学画像2
出所)http://www.tsuru.ac.jp/

 この国際教育学科の理念・目標は,こう説明されている。
 =世界の雛形となる「共創の場」から,
クリエイティブリーダーを育成する =

 本学は,「菁莪(せいが)育才」を理念に,若者を伸びやかに育てる「人間探究」の大学として60年の伝統があります。そして新たに,地域から世界へ羽ばたく教育者の養成を目指し,「(文学部)国際教育学科」を新設いたします。国際バカロレア教育(IB)に対応したカリキュラムを開設し,IB教員の養成を行います。世界に通用する教育者の育成,全人的な教育を通じて,日本文化を基盤とした創造性を地域から世界へ,様々な分野に活かすことのできるクリエイティブリーダーの育成をめざします。
 註記)http://www.tsuru.ac.jp/department/faculty/globaleducation/
 これからのさきのことであるからいきなり決定的なことはいえないが,この理念・目標どおりによくかなう人材を,どのくらい国際社会に送りだせるかは,結局,どの程度に資質のよい学生を集められるかにかかってもいる。国際バカロレア教育課程で人材を育てる目的そのものは,けっして特別の困難はないと思われるが,そこに誘引・投入できる学生たちの知的実力が前提条件となるはずの問題である。

 つぎに,文教大学に関して参照したものと同じ業者の偏差値基準で,都留文科大学の偏差値をみておく。こちらでは,国立の山梨大学と山梨県立大学の偏差値も,参考を兼ねて挙げておく。
 
 a)  国立大学 山梨大学 …… [医医(後)]  72   [教育人間]  56   [生命環境]  52 
                 [医看]  51   [工]  50

 b)  公立大学 都留文科大学 ……[文]  59

 c)  公立大学 山梨県立大学…… [国際政]  54   [人間福]  53   [看護]  52
   註記)http://daigakujyuken.boy.jp/indexyamanasikenn.html

 都留文科大学で国際バカロレア教育(IB)に対応可能な人材を育成する目標は,達成不可能ではないと期待したい。だが,なぜ,これほど大々的な新聞広告を,それも全面広告で出稿しなければならないのか,疑問を残す。多分,都留市議会はこれを許しているということなのだから,それなりにこの全面広告の有効性があり,効果が期待できると思っての出稿だとは思う。

 だが,この新学科の設置を日本社会のなかにしらしめるための手段として,はたして,いかほどに適切でありうるかどうかは,誰にも判らない。ただし,経済的・財政的には実質的にムダ遣いの支出であることは間違いないと,筆者は判断している。ほかの代替手段をもって,日本社会のなかに伝える方法はいくらでもあるはずである。
「〈山梨〉都留文科大が新学部構想 初等・社会両学科を改編」
= THE ASAHI SIMBUN DIGITAL,2016年6月30日03時00分,山梨地域版 =

 都留文科大学(都留市田原3丁目)は〔6月〕28日,理事会を開き,文学部の初等教育,社会両学科を改編して2018年度に,新たに中学校の理系教員免許の取得も可能となる新学部の開設をめざす方針を決めた。1960年の4年制大学移THE ASAHI SIMBUN DIGITAL,2016年6月30日山梨版行後,初の新学部誕生となる。理事会後,福田誠治学長らが記者会見して発表した。

 現在,文学部には初等教育,社会両学科の他に国文,英文,比較文化の各学科があり,2017年4月には国際教育学科(定員40人)が開設される。これまでは小学校の教員免許の他に,中学校の国語,社会,英語各科の教員免許を取得することができた。新設する学部は従来の教員免許の他に,理系のカリキュラムを拡充することで中学校の数学と理科の教員免許の取得も可能にする。

 福田学長は「将来性も考えての判断。子どもの数が減る中で,これからは教員の質が問われるようになり,小学校教員の養成という伝統の上に,グローバルな視点も備えた教員の養成をめざしたい」と話した。理事会の決定を受け,準備室がカリキュラム編成や教員の確保などを進め,2017年春に文部科学省に届け出て,最短で2018年4月の新学部開設をめざすという。

 初等教育学科とともに新学部に移行予定の社会学科は現在の2専攻から「地域経営」「公共政策」「環境社会」「教育文化」(いずれも仮称)の4コース制に変更する。地域で様々な人や団体のコーディネートや起業などに取り組み,同時に国際的な視点をもって活躍できる人材の育成が狙い。

 岩手県知事や総務大臣として地方自治に関わり,現在は野村総研顧問や東京大学公共政策大学院客員教授を務める増田寛也氏が今〔2016〕年度から特任教授に就任。社会学科改編に関する助言などを受けているという。
 註記)http://digital.asahi.com/articles/ASJ6X3CMNJ6XUZOB004.html

 --増田寛也は,東京都知事選(2016年7月31日投票日)に立候補している。こちらに当選したときには多分,この新設計画の教員組織からは外れるほかなくなるはずである。
 都留文科大学の場合,たとえば,この新聞広告用に充てた予算枠でもって,学部4年間を無償でしかも奨学金(給付型→仮に年間120万円)付きで,定員40名のうち10名の学生を募集することにしたらどうか? きっといままでよりもヨリ学力の高い学生が応募してくるのではないか?

 新学科の広告(世間に情宣する方法)は,金のかからない方法ですればよい。実際にも「それは・できる」と判断してよいのである。ネットでも十分にしらしめられる時代である。関心のある高校生・教員・保護者・受験産業関係者であれば,必らず目的の志望する大学の情報を求めて,のぞきに来るはずである。
代ゼミ宣伝画像
出所)参考画像,http://diamond.jp/articles/-/80162

 そのあたりの順序(未解明というか不透明であるはずの広告効果に関する「因果分析上の関係性」)が勝手に誤解され,かつまた,具体的な根拠もなく想定(想像妊娠)されているのではないか。各大学が大手新聞に全面広告を出稿すれば,いったいどれほどの受験者が「〔確実に?〕増えてくる」というのか? しかし,またいえば,新聞広告などをするときは,全面ではなくてもごく小さい紙面のものであっても,必要かつ十分に伝達できる。

 早・慶を受験し,合格の可能性がある高校生は初めから,文教大学や明治学院大学は「想定外」であり,相手にもしていない。大学宣伝活動は,新聞広告に限らず,相手市場(商圏:ドメイン)がだいぶ深くまで細分化されてもいる。そのために,広告を出すとはいっても,当初からムダな広告になる部分(実感しにくいが)も大きく生じている。

 結局,みばえというかミエというか,「大学広告としての戦略・戦術」に関した明確な評価基準もないまま(くわえて,その事後評価もかなりむずかしいものであるが),ともかく,大手新聞紙への全面広告を打っている。どうみてもムダ遣いである。もっとも新聞社のほうでは,売上げ確保上,文句なしに大歓迎であるが……。


 【「平成天皇と宮内庁・政府がしくんで」「日本社会を攪乱する天皇治世主義」の時代的な反動性】

 【「神になる予定をもつ天皇」がいるから,日本は「神の国」などとのぼせ上がった文句を吐く政治家が出ている】

 【「英国女王やローマ法王」に日本を天皇を比較する観方があるが,両者の『神』に対する関係性はまったく別物であるゆえ,その比較することじたいが誤謬】

 【日本の国家神道における主要神である神武天皇には〈父・母〉はいなかったのか? 誰がどういう理由で,神武を初代天皇に定座させえたのか?】

 【住井すゑの〈天皇制批判〉】

 【昔,JR東海の京都観光情報で『そうだ  京都,行こう』という謳い文句が宣伝され,はやったことを思い出す】

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 以下のまず ① から ④ までは7月14日に書いてあった記述であり,⑤ 以降は15日になってから書いた記述である。


 ① 平成天皇「退位」報道

 1)「〈皇室〉天皇陛下が生前退位の意向 政府関係者」(『毎日新聞 ウェブ版』2016年7月13日,19時24分,最終更新 7月13日 20時02分))
   政府関係者は〔7月〕13日,天皇陛下が生前退位の意向を示していると明らかにした。(共同)
 註記)http://mainichi.jp/articles/20160714/k00/00m/040/017000c

 2) 「天皇陛下,生前退位の意向」(nikkei.com,2016/7/13 19:42)
 天皇陛下が皇太子さまに天皇位を譲る「生前退位」の意向を示されていることが13日,宮内庁関係者の話で明らかになった。同庁は近く天皇陛下の意向を公表することを検討中だが,現行の皇室典範は天皇の譲位を認めておらず,法律の改正が必要となる。
 註記)http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG13HGC_T10C16A7000000/

 3)「『天皇陛下,生前退位の意向』宮内庁関係者」(THE ASAHI SIMBUN DIGITAL,2016年7月13日20時11分)
 天皇陛下が,天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を示していることが,宮内庁関係者への取材でわかった。NHKは〔7月〕13日夜,「天皇陛下が天皇の位を生前に皇太子に譲る『生前退位』の意向を宮内庁関係者に示された」と報じた。
 註記)http://digital.asahi.com/articles/ASJ7F6DX3J7FUTIL03D.html?iref=comtop_8_01

 天皇が「天皇の位・地位」をもっているという政治事情であるが,日本が民主主義の国家体制を構える1国であるかぎり,どうにも払拭できない違和感を残すほかない。民主主義の上に冠のように戴いた関係で存在する「人間である天皇」が,「象徴」となって存在している。人間が人間を象徴することができるのかと問われれば,即座に否である。この種の疑問を抱かないように,これまでも日本国民・市民が旧臣民精神的によくしつけられているのだとしたら,この政治精神の状態は尋常とはいえない。なにか・どこかが狂っている。そう解釈するのが妥当である。

 4) 『YOMIURI  ONLINE』( http://www.yomiuri.co.jp/ )は,2016年7月13日午後8時35分現在で,この天皇「退位」関連の報道は,まだ表紙の画面を観るかぎり,掲載していなかった。

 ②「天皇陛下のご意向 国民全体で考えたい」(『毎日新聞』2016年7月14日朝刊「社説」)

 天皇陛下が「生前退位」のご意向を周囲に示されていることが明らかになった。82歳の陛下は,象徴天皇として憲法に定められた国事行為など公務をおこなっているが,ご高齢などで差し支えが生じる前に,天皇の位を皇太子さまに譲るお考えとみられる。陛下は現行憲法下で初めて象徴天皇として即位し,そのあるべき姿をつねに希求されてきた。

 今回明らかになったご意向も,「国民とともに歩む」象徴天皇としての観点から熟慮した,強い責任感の表われであろう。ただし皇室典範には,天皇の生前退位の規定はなく,これをおこなうには国会で法改正が必要となる。国民全体でその思いを受け,考えたい。

 陛下は今年で在位28年目を迎えられた。皇后さまとともに,それまでにない「平成の皇室」を模索し,築かれてきた。つねに国民とともにありたいとする姿は,大災害時など,被災者の悲痛に寄り添うように慰問し,手を握り,ひざを接して励まされる光景に象徴される。また,戦争がもたらした深い傷に思いを向け,国内外の戦跡慰霊の旅を続けられてきた。昨〔2015〕年はパラオ,さらに今〔2016〕年はフィリピンを訪れ,祈りをささげられている。

 ご高齢の陛下にとって負担は軽くはない。周囲にはご体調とのかねあいについて懸念もあった。ご病気もある。陛下は2002年に前立腺がんがみつかって手術,さらに2012年には心臓の冠動脈バイパス手術を受けられた。こうしたなかで,たとえば,昨年は両陛下で約270件あった要人らとの面会を今〔2016〕年から減らし,見直すなど公務の軽減がおこなわれているが,まだ十分ではない。陛下は行事でのお言葉でも推敲(すいこう)を重ねられ,事前の知識吸収も熱心であるという。

 また,従来の慣行にとらわれない柔軟な発想もされてきた。ご自身と皇后さまについて,将来の葬儀において従来の土葬ではなく火葬にし,お二人の陵を寄り添うようなかたちにすることを望まれたのもその一例だろう。これは一般の国民の目からみても自然な家族観と受け止められた。
 補注)この段落の表現,「一般の国民の目からみても自然な家族観」とは,つぎのような天皇陵が平成天皇夫婦のために造営予定である事実を踏まえておこなっているものか? このような古墳を古代史の真似(?)をして建造しだしたのは,明治時代からのことであった。
平成天皇陵予定図

 昨〔2016〕年12月,82歳の誕生日を迎えるに当たって,陛下は「年齢というものを感じることも多くなり,行事の時に間違えることもありました」「ひとつひとつの行事に注意深く臨むことによって,少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです」などと述べられている。象徴天皇としての役割を決してゆるがせにしない。今回のご意向にもこうしたお考えがうかがえる。

 --この『毎日新聞』「社説」の見解は,ごくふつうに・平均的に日本国天皇観に対する現代的な立場で,これを換言すれば「なにか特別に・格別である聖人」に対したかのような論調で,天皇明仁に向かい,語っている。

 少しでも失礼があってはいけない,まさか,いまどき不敬罪で罰せられるわけでもあるまいが,非常にていねいに発言している。神経質なまでに配慮したもののいい方である。観方によっては異様とも観じられるほど〈馬鹿ていねい〉だと感じる人がいても,全然おかしくない論調である。

 この社説の立場には真っ向から否定するようなつぎの意見が提示されている。

 ③「天皇制は国民主権と相容れない-憲法条文から削除すべき」『日本国防衛のための政策とは・・・直接民主制 japanbouei.exblog.jp』(2013-11-20 08:04)

 日本の歴史において,年号が語るように天皇(天皇制ではない)の存在は,大きな役割があった。しかし,だからといって,明治維新が創りあげた「天皇制」がこのまま存続すべきだという理由にはならない。むしろ,帝国主義時代の残滓としての「天皇制」を廃止して,本来の天皇の存在に戻すべきである。つまり,現行のように,戦前の天皇主権派(天皇の政治利用を推進したい人びと)に利用されないようなかたちにして,単なる国民の合意によって存在すべきであって,憲法に明記すべきではない。

 いわゆる保守派とされている人びと(維新の会などにいる)が,天皇崇拝をきわめて強調するのは,非常に非日本的な天皇像である。もはや,江戸時代以来,天皇は政治的には無意味な存在になっていたはずなのである。明治維新によって創られたいわゆる「天皇制」は,国民を帝国主義時代の生き残り競争,つまり「列強の侵略」から国を守るために,国民を文字どおり統合するあるいは動員するための存在であったわけで,そのための神格化でもあったのである。
 補注)ここでの論及を逆方向から説明している,それも日本古代史の研究者白鳥庫吉に関する,つぎのような解説を聴いておくのもよいと思う。
    天皇家に関して代表されるごとき「古代支配層の外来説」が認められるとすれば,それも「日鮮同祖論」者たちが唱えたごとき「朝鮮半島起源説」を受容するとすれば,明治以来の天皇・天皇制に対する解釈は,ただちに変更を余儀なくされる。そればかりか,日本古代史における国家の性格や古代における日朝関係についても,再定義する必要に迫られる。

 朝鮮を植民地として支配していた近代日本にとって,以上の変更・再定義はなかなか受け入れがたい問題であるし,国家の尊厳・国民の基盤(アイデンティ ティー)にかかわる基本の問題である。白鳥庫吉が「日朝両国語同系論」を否定し,天皇家外来説を否定しはじめたのは,ちょうど1907~1909〔明治 40~42〕年ころであった(「韓国合邦」は1910=明治43年であった)。この種の系統問題が近代の日朝関係史との関連性をもっていた。

 その時期までに日本はすでに朝鮮を保護国化し,併合を準備する段階にまで至っていたなかで,白鳥庫吉の朝鮮観にも質的な変化が生じていた。天皇家外来説は,明治時代よりは大正時代を経て,昭和時代にはとくに反対論が強くなった。敗戦後においてもその傾向が続いている。

 というわけは,植民地として支配した民族,しかも「差別の対象であった民族」に「日本の支配層」が起源し,その人びとによって日本の古代国家が創られたという事実は,すなわち,その可能性に関しては,天皇制問題とまた別に国家の尊厳・民族の基盤(アイデンティティー)の観点からも拒否感が強かったのである。
 註記)『「日鮮同祖論」を通してみる天皇家の起源問題』「4.歴史家における天皇家起源問題」「3.白鳥における天皇家外来説」,http://www.miraikoso.org/takaten/taka62.htm 参照。

 司馬遼太郎風の『坂の上の雲』的な歴史観に執着する「明治時代流のエセ歴史観の立場・イデオロギー」は,明治帝国主義の進展を積極的に認めてはいるけれども,これを批判的に観察できる視座をもちあわせていない。

 明治維新においてわざわざ「新築されねばならなかった天皇制」は,もとから「半近代的イコール半封建的に」創られていた構築物ゆえ,その分に合わせて同時にまた,異様に〈猥雑な本性〉を秘めていた。換言するならば,明治大帝という観念像が鋳造され定着されていったために,近代民主主義の基本精神が日本社会のなかに浸透されない阻害因子になっていた。

 大正14〔1925〕年3月に普通選挙法が成立していたが,それでも男子25歳以上に限定され,女子は除外されていた。そのうえ同年6月には,天下の悪法 「治安維持法」が追ってすぐに成立させられていた。治安維持法は「国体(天皇制度)の変革」を極度に恐れ,資本主義体制を否認する政治意識も蛇蝎のように 嫌っていた。
  〔引用中の文章に戻る→〕 したがって,現行憲法ですら天皇条項があるのは,まだまだ,日本の国民主権が成熟するための障害になっている。この事実は,日本の歴史をみれば分かる。憲法に「天皇制」が明記されているのは,明らかに国民主権と相反し,基本から矛盾することなのである。

 それは,改正憲法では削除すべきである。それによって,本来の日本国民が自然に受け入れてきた天皇の存在に戻るのである。そして,それによって,保守派と自称している似非保守の人びとが,天皇を政治利用して戦前の体制に戻すことを防止することができる。

 また,極端な左翼の人びとが,天皇制廃止を強調することで実は,こうした天皇崇拝を強調する人々を利しているのも,また問題なのである。天皇制を憲法から外すことで政治性がなくなれば,こうした保守と自称する単なる右翼の人びとの誤った方向を正すことが可能だ。

 本当の保守の日本人ならば,天皇は元号以上の意味はほとんどないということを理解できるはずである。それなのに,自称保守の単なる(バカ)右翼の人びとは,天皇崇拝を異常に強調している。やはり,彼らのどこかに戦前を理想とする時代錯誤な考え方があって,国を誤らせる危うさを感じるのは当然のことだ。

 メディアはいまや権力と一体化して,あらゆる既得権益(特殊指定・再販制度・消費税軽減税率・電波利権)を行使して,国民を支配しかつ搾取しているのは明らかである。したがって,彼らが天皇制をみずからの権益を守るために利用するのは,当然のことである。天皇制をあらゆる場面で,中央官僚機構によって守られているメディア権益死守のために利用している。政治利用そのものであり,それ以上に天皇を私的権益保護のために利用しているとんでもない人びとなのである。

 このように,現在天皇の政治利用は頂点に達している。これ以上にないくらいに利用されつくしている。主権回復の日〔2014年4月28日〕の「天皇陛下万歳」(安倍晋三が企んで実行したと疑われている)はまさに,似非保守派の傲慢以外なにものでもない。

 あの醜い似非保守右翼連中の有様をみると,日本国民は天皇がかわいそうと思うはずである。彼らの卑劣なやり口,愚かな考えは明らかである。軍事力は米国に依存しながら,自分たちは安全なところにいて,天皇を利用して国民を特定の方向に向かわせ,そして軍事産業を活発にさせて国民から甘い汁を吸うというだけだ。実に意地汚い,とうてい保守とは呼べない人びとである。

 われわれは,天皇=日本国という錯覚によって単に騙されているのである。日本国というのは,それじたいで尊いものであり,天皇というのがその下にいるに過ぎない。日の丸やら国歌でもないのである。日本という国と国民が崇拝の対象であって,天皇ではない。そうしたことが理解できない,似非保守層というおバカ右翼が未だになぜか政治家にウヨウヨいるのである。

 おかしいとしかいいようがない。彼らが偉そうにしている日本維新の会の支持率が下がるのは当然である。戦前のような軍人が政治介入して,天皇崇拝を強調して政治利用して,国民に天皇陛下万歳といって死ぬのがいいんだみたいな,ほとんどカルトと同じことをさせるような体制がなぜ,いいのか。現代のまともな保守層からみればまったく理解不能である。

 天皇は歴史的存在として残しつつも,現在のように権力が徹底的に政治利用している体制(中国首脳が会いたがるのはまさに政治的存在だからだ)を変えないかぎり,国民主権の日本国にはなりえないのである。そのためには,憲法からいっさい天皇条項を削除すべきなのである。日本国民万歳ならともかく,天皇陛下万歳などあるまじきことで,愚かなこととしかいいようがない。このことにまともな保守の人びとならば,納得するはずである。
 註記)以上本文は,http://japanbouei.exblog.jp/19982089/

   この「結論」だけをいっても,けっして納得しない人びともいる。説明すればするほど反撥する人びともいる。とはいえ,要諦をよく掴み,きびしく批判したこのような指摘であるだけに,この記述内容に当てはまってしまい,批判の対象になるはずの人びとは,なおさらのこと,拒絶反応を強く示すに違いない。ところで,この説明は,大東亜戦争・敗戦・GHQ(アメリカ政府)の歴史的な関連性に直接言及していない。

 矢部宏治の著書,『日本はなぜ,「基地」と「原発」を止められないのか』2014年10月,『日本はなぜ,「戦争ができる国」になったのか』2016年5月(いずれも集英社インターナショナル)が指摘した「21世紀的な日本国の支配構造」は,「米軍基地+天皇・天皇制+高級官僚」である。

 これを憲法の構成でいいかえれば,第9条と第1~8条の上に,この日本をのっとったつもりでいる高級官僚たちがいる。しかし,この官僚たちはさらに,アメリカには頭が上がらない立場に押しこまられている連中である。安倍晋三の努力もあって,いまや第9条は風前の灯火である。憲法の第1~8条に表現されているように,敗戦後にサバイバルできていた天皇家も,同じような具合に進むべき法制度的な存在であるほかない。「第1~8条」と「第9条」とは密接不可分の間柄に置かれている。

 日本の思想家・知識人(学究)・政治家の知的劣化現象はいちじるしい。なぜか? 彼らは,天皇・天皇制の制度的問題に対する考察はできても,批判にまでは進めないでいる。一般論でいう。学問の対象になるあらゆる《ものごと》に接するとき,「これはとりあげていいが,あれはとりあげてはいけない」などといったタブーはありうるはずがない。しかし,日本国内にはそれがある,『菊のタブー』である。実際,日本の政治学者の場合,そのタブーをまったく気にしないで学問を営為できている人はまれである。

 ましてや,現在の首相である安倍晋三君に関して,政治家としての知的水準の問題を設定したところで,見向きする価値もないくらいひどい。それゆえ,この首相に天皇問題をまともに議論してもらえるなどといった期待は,いっさいしないほうが懸命である。日本国は四囲を海に囲まれているが,その海岸線には,われわれの目には直接映らない「完璧なる《バカの壁》」がそびえたっているようでもある。
 
 ④「天皇陛下の生前退位 米紙が皇太子を分析『改憲と対照的』」(『日刊ゲンダイ』2016年7月14日)

  「天皇は政治的な権限をもっていないが,安倍首相がめざす憲法改正とは対照的な考え方を示すかもしれない」。天皇が「生前退位」の意向を示されていると報じられたことについて,米紙NYタイムズ(電子版)は〔7月〕13日,天皇の地位を継承する皇太子を,「平和憲法を称賛してきた」と論評する記事を掲載した。

 記事では,天皇が2003年に前立腺がん,2012年に心臓手術などを受けたとし,公務負担が大きくなっていると指摘。昭和天皇も長い間,病気だったことから「天皇は(生前退位を)より容易にできるようにしたいと考えているようだ」との専門家の分析を伝えている。「生前退位」は皇室典範の改正が必要で,少なくとも1~2年かかるとみられる。参院選で勝った安倍政権は改憲に前のめりになりつつあるが,皇室典範の改正が優先されれば,改憲論議は後回しになる可能性がある。
  註記) http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/185669

 ⑤ 天皇退位問題は初めから出来レースの様相である

 本日〔2016年7月15日〕の『朝日新聞』朝刊を開くと,いちいちが奇妙な論点として表出されているのだが,非常に分かりやすく報道されている。慎重な配慮のもと,いわば鳴門巻き的に小さくかわいい議論が,予定調和的なされている。それは「いかにも,いかにもだ」という雰囲気を,たっぷり漂よわせている報道の内容でもある。天皇のやったこと・口にしたことは,ほとんど無条件で報道されると観てよいのである。

 1)1面の記事;「天皇陛下『ふさわしいあり方』重視 公務維持できぬなら退位やむを得ぬ意向」
 天皇の位を生前に皇太子さまに譲る。「生前退位」の意向を示している天皇陛下が,宮内庁が今〔2016〕年に入って公務軽減を検討したさいに受け入れず,「象徴としてふさわしいあり方」ができないのであれば,生前退位もやむをえないとの意向を話していたことが,宮内庁関係者への取材で分かった。
 (▼3面=憲法上の立場,7面=「いちからわかる」,14面=社説,15面=耕論)

『朝日新聞』2016年7月15日朝刊3面画像天皇退位問題 関係者によると,天皇陛下は先々務めを果たせなくなることをみすえ,数年前から,皇太子さまに皇位を譲渡する意向をごく近しい人たちに述べるようになったという。宮内庁側はこうした意向を受け内々に検討を進め,公務負担の現状などを官邸に報告してきた。
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 天皇陛下は82歳,皇后さまは81歳。両陛下は,昨〔2015〕年皇居で要人や海外からの来客らと面会したのは約270件,地方などへの訪問も75回を数える。宮内庁関係者によると,天皇陛下は「できなくなったのならともかく,できるうちは天皇としての務めを果たしたい」という趣旨の内容を繰り返し語っていたという。関係者によると,天皇陛下は「生前退位」の意向を皇太子さまに示し,「憲法に定められた象徴の立場をしっかり受けとめて欲しい」との思いをもっているという。
 補注)ここでは,昭和天皇のときはどうであったのか言及はない。当然,比較されるべき材料でありうるはずである。

 天皇陛下は2012年12月の会見で,みずからの公務について「いまのところしばらくはこのままでいきたい」と言及。一方,昨〔2015〕年12月の会見では「年齢というものを感じることも多くなり,行事の時に間違えることもありました」と語った。両陛下は〔7月〕14日夕,静養先の葉山御用邸から皇居に戻った。

 --なお,天皇「陛下」という言葉の意味は,こうである。「陛(階段)」の下の近臣を通して奏上する意味であり,天皇・皇后・皇太后・太皇太后の敬称,単独で用いるときは天皇を表わす。この言葉の意味が民主主義に異質である特性を有することは,贅言をまたない。だから,日本国憲法のなかにはみつからない用語となっている。明治憲法(大日本帝国憲法)のなかには「朕」が登場するので論外である。

 ちなみに,この「朕」とは「天子の自称」である。この天子とは,中国や日本で用いられた君主の称号であり,天下を治める者の自称である。国王・皇帝・天皇などの別号として用いられるものである。王は天(天帝)の子であり,その天命により天下を治める とする古代中国の思想を起源とするという。

 日本が敗戦したとき,日本に押しつけられた『憲法改正にさいして守るべき三原則(マッカーサー・ノート)』があった。マックが,憲法草案起草の責任者コートニー・ホイットニー民政局長に示したものである。

  1.   天皇は国家の元首の地位にある。皇位は世襲される。天皇の職務および権能は,憲法に基づき行使され,憲法に表明された国民の基本的意思に応えるものとする。

  2.   国権の発動たる戦争は,廃止する。日本は,紛争解決のための手段としての戦争,さらに自己の安全を保持するための手段としての戦争をも,放棄する。日本はその防衛と保護を,今や世界を動かしつつある崇高な理想に委ねる。日本が陸海空軍を持つ権能は,将来も与えられることはなく,交戦権が日本軍に与えられることもない。

  3.   日本の封建制度は廃止される。貴族の権利は,皇族を除き,現在生存する者一代以上には及ばない。華族の地位は,今後どのような国民的または市民的な政治権力を伴うものではない。予算の型は,イギリスの制度に倣うこと。

 この3原則を受け,総司令部民政局には,憲法草案作成のため,立法権・行政権などの分野ごとに,条文の起草を担当する8つの委員会と全体の監督と調整を担当する運営委員会が設置された。

 --前記の3原則は即座に分かるように「 1.  と  3.とでは完全に矛盾していた」。しかし,アメリカは,敗戦させた日本を占領・統治・支配するうえで,天皇・天皇制を残置することがアメリカにとって好都合・便宜だと判断した。このために,昭和の天皇は廃帝処分にはならずに済んだのである。ただし,その〈落とし前〉を実質的につけるための格好(みかけの代償)は,東京裁判で東條英機らをA級戦犯として裁き,絞首刑に処することによって,ひとまずとりつくろうことにしていた。

 日本はその後,占領を解かれた。1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効し,日本は占領体制から独立した。大日本帝国の大元帥であった昭和天皇は,敗戦に関していえば当然,最高の責任を背負っていた。当人は,敗戦直後⇒東京裁判判決⇒講和条約発効⇒皇太子の結婚という4回,自分の退位問題を念慮したものの,結局は実際には退位を回避できていた。

 この父に比べて息子の人生は,退位をみずから口にする時期まで,まことに平和な時代に恵まれてきた。しかし,この平和な体制は「米軍基地+天皇・天皇制+高級官僚」という国内にまで侵入していた国際政治基盤=米日軍事同盟関係に支持されてのものであった。

 2)3面の記事:「憲法上の立場,考慮  生前退位,宮内庁長官ら否定  天皇の政治的発言,禁じる」
  「生前退位」の意向を天皇陛下が周囲に示したことについて,宮内庁の風岡典之長官は7月14日の定例会見で「天皇陛下が具体的な制度について言及した事実はない」と否定した。

 菅 義偉官房長官も同日の記者会見で,生前退位の制度を創設する皇室典範の改正について「考えていない」と語った。関係者が相次いで否定した背景には,「象徴天皇」の憲法上の立場がある。(1面参照)
 補注)天皇の「退位・意向・表明」に関した発言は,憲法違反である疑いが濃厚である。というよりは,完全に憲法違反だと法律学者からは断定されても,わずかもおかしくはない「彼の発言」である。

 本ブログも昨日〔7月14日〕の記述において関説した問題点であった。宮内庁にせよ政府当局にせよ,日本国憲法との整合性については,問題のありすぎる「退位」問題に関した「当人自身の意見好評」であったが,マスコミはすでに既存の皇室問題であるかのように,しかも大々的に報道している。

 宮内庁と政府当局による否定発言は,その意味ではいまから《出来レース》の具合を呈している。ともかく,そのように事前に「断わりを入れる」ための発言しておかないことには,宮内庁も政府当局も,憲法違反の立場である天皇の姿勢をそのまま是認すことになりかねない。それはまずいとうことで,ひとまず否定はしておく。だが,天皇はいいたいことは,すでにいっている。『日本経済新聞』にしても『朝日新聞』にしても,昨日の朝刊1面上部にかかげた「天皇生前退位の意向」に関する見出しは,2016年中では最大限に大きい活字を使っていた。

 この報道ぶりをみた人は,これは「もう決まったことだ」というふうにしか受けとれない。天皇明仁が今回明らかにした意志「退位」を,これから阻止し,思いとどめることができる勢力がいるのか,あるいはそうするように実力を発動できる勢力が,どこかにいるのか? 実に奇妙な展開になっている。天皇のやること・いうことだからといって,事前に予定されていたかのようにもして,即座に許されてしまう現象が,実際に目前に進行している。

 〔記事本文に戻る→〕
 憲法は4条で「天皇は国事行為のみを行う」と規定するなど,天皇の政治的な発言は禁じられている。天皇陛下は1989年の即位後朝見の儀で「日本国憲法を守り,これに従って責務を果たす」と言及。その後も一貫して憲法上の立場を尊重してきた。天皇陛下は「生前退位」の意向をもちながら,それを表明することは制度変更に関わり,いわば政治的な発言になってしまう。関係者によると,天皇陛下はそうした状況をよく理解し,ごく少数に限り,具体的な表現を極力避けながら意向を伝えていたという。
 補注)憲法の規定に忠実にしたがい天皇が言動しなければいけないとしたら,このような議論の方向,というよりは天皇自身による「根回し的な一連の言動・行為」そのものが,厳密にいうのであれば,どうみても憲法違反である。問題は,この憲法のなかに定められている天皇関係の条項に照らしてみれば,容易に理解・納得できるものでしかない。

 〔記事本文に戻る→〕 風岡長官も同日の会見で,天皇陛下のお気持については「お務めのなかで,いろいろなお考えをもたれることはありうるが,第三者が推測することは適当でない」と含みを残した。
 補注)この宮内庁側の発言は奇妙であり,説明の方法として論理性に欠ける。そもそも,第3者というのは誰のことを意味するのか? 第2者もいるはずだが,こちらは誰か? おそらく政府関係者〔の一群〕や国民たちのことである。マスコミなども併せて示唆させているつもりかもしれない。まさか「第3者は黙っていろ」とでもいうのではあるまい。だが,国家および国民統合の象徴である天皇の問題に関して宮内庁は,この象徴である〔あるいは象徴でしかない!〕天皇という存在基盤にたちながら,かなり横柄な発言をしている。

 あたかも,天皇の気持に関して,下々の「第三者が推測することは適当でない」「余計な口出しはするな」というふうでも聞こえる傲岸な姿勢が,宮内庁側には強くある。とすれば,これは,民主主義とはなんら関係のない発想様式にもとづく「国民側に対する宮内庁の専横的な指導ぶり」である。しかし,その「第三者が推測することは適当でない」はずの天皇「退位」意向に関する発言そのものが,憲法の規定に反するものであるとすれば,この宮内庁側の発言そのものも,皇室・皇族の事情を神聖視した態度を反映させている。それではまったくに,明治憲法時代の政治感覚になっている。


 〔記事本文に戻る→〕 「1日1日が大事だと思います。そして,いったことは必らず実行する」。天皇陛下は皇太子時代の1964年の会見で,31歳を迎える心境に言及するさいにそう語った。天皇陛下の学友の1人は「陛下は根っからの真面目なご性格。責任感が強いからこそ,天皇としての務めを果たせなくなる前に,皇太子さまに譲ろうと考えたのだろう」とみる。天皇陛下,そして支える宮内庁側の意向に官邸はどう応えるのか。安倍晋三首相は同日,「さまざまな報道があることは承知をしている。そうした報道に対し,事柄の性格上,コメントすることは差し控えさせて頂きたい」。記者団にそう語った。
 補注)憲法の規定に厳密・忠実に則して語らねばならないとしたら,このような天皇に対して対応する姿勢は不当である。首相でさえ,天皇事項については「性格上,コメントすることは差し控えさせて頂きたい」などと逃げの姿勢をとるなかで,天皇「退位」発言だけはどんどん,1人歩きしていっているのだから……。

 ※ 政府,「女性宮家」の検討先行。 一方,菅官房長官は〔7月〕14日の記者会見で「政府では,皇族の減少にどのように対応していくかを中心に検討をおこなっている」と述べた。杉田和博内閣官房副長官のもと,内閣官房の皇室典範改正準備室で従来課題となっていた「女性宮家」創設を含む皇室制度のあり方について検討していることを明らかにした。

 女性宮家の創設は,女性皇族が結婚後も皇族の身分にとどまれるようにすることで皇族が減るのを防ぐ目的がある。女性皇族は結婚により皇籍を離れると規定。女性宮家の創設には皇室典範の改正が必要だ。首相に近い政権関係者は「女性宮家の問題は官邸で水面下で議論してきた」と話す。政権は〔2016年〕6月,内閣法制局などに勤務経験がある官僚を皇室典範改正準備室に集め態勢を強化した。

 小泉政権時代の2005年11月,首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は,「女性天皇」や母方に天皇の血筋を引く「女系天皇」を認める報告書をまとめた。2005年12月,内閣官房に皇室典範改正準備室が設置され,政権は2006年の通常国会で改正法案の提出をめざしたが,同年2月に秋篠宮妃紀子さまの懐妊が明らかになり,法案提出は見送られた。

 旧民主党の野田政権では2012年10月,皇位継承のあり方をめぐる問題は切りはなし,女性宮家の創設を軸にした論点整理をとりまとめたが,同年12月に自民党の安倍政権に代わり,その後,表だった動きはなかった。

 今回,天皇陛下による生前退位の意向が明るみに出たことについて,首相周辺は「仮に陛下の意向がなんらかのかたちで表に出てくるようなことがあれば,政府も対応しなければならないだろう」と話す。その場合,新たな有識者会議の立ち上げなども視野に検討を進める方針だ。

 --この記事に明らかなのは「天皇陛下による生前退位の意向が明るみに出た」のだから,これをただちに受けて,「さあ,皇室のあり方を検討しなおそう」と応じている事実である。「天皇陛下は『生前退位』の意向をもちながら,それを表明することは制度変更に関わり,いわば政治的な発言になってしまう」などと,いちおう指摘はされているものの,現実には,天皇の御意はまさしく《御意》として,「皆の者,下に下に……」の要領でまっしぐらに突きすすめることができるのが,この日本政治社会の雰囲気である。

 3)7面の記事;「〈いちからわかる!〉生前退位」-この紙面は画像で紹介する- ( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年7月15日朝刊7面総合天皇退位問題解説面
 4)14面;「〈社説〉生前退位 象徴天皇考える契機に」
 天皇陛下が皇位を皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を,周囲に示しているという。82歳の陛下は,憲法が定める国事行為のほか,被災者のお見舞いや戦没者慰霊などで,皇后さまとともに精力的に各地を訪ねている。その姿に多くの国民が敬意と共感を寄せながら,体調を崩さないよう,祈りにも似た気持で見守ってきた。

 公務の削減も行われてはいるが,天皇の地位にある以上,責務を十全・公平に果たしたいという陛下の強い気持があり,なかなか進んでいない。こうした状況下で陛下の考えが伝えられた。かつて秋篠宮さまの会見で「定年制」が話題になったこともあり,本来,政府や国会の側から議論をおこさなければならない課題だった。そんな思いを抱きつつ,これを機にぜひ検討を進めたい。

 「天皇は神聖にして侵すべからず」の明治憲法のもと,旧皇室典範は退位の規定を設けなかった。いまの典範が戦後つくられたとき,退位の是非も論点になったが,結局見送りとなった。天皇に重大な事故があった場合などは,摂政をおいて対応するきまりになっている。
 補注)「天皇は神聖にして侵すべからず」といった明治憲法の「基本精神」が,それでは,平成の時代においては完全に払拭されているのか? その何分の1かは確実に残っているのではないか? 特別の階級として皇族が存在するが,そうではないとする説明ができる者はいない。こういう指摘をすると,ただ無条件に反撥だけして,発言者を邪視する者もいる。この政治環境は「日本における民主主義の状態」にかかわる,もっとも基本的で重大な問題の所在を提示している。

 〔社説に戻る→〕 上皇が存在して世が乱れた歴史がある。意に反して強制退位させられるおそれを否定できない。天皇にならない自由を認めることにもなりかねず,皇位が不安定になる。天皇の自由意思で退位するのは,象徴という立場になじまない。これらが退位制度をいれない理由とされた。当時は昭和天皇の戦争責任問題があり,退位を認めると臆測や混乱を招く懸念もあった。
 補注)ここに登場する用語の「上皇」「強制退位」「戦争責任問題」などは,平成天皇の時代になったからといって,無関係になったのではない。天皇としての明仁がこれまで記録してきた経歴・活動は,父の戦争責任問題に直結する一連の行為であったからである。この点は,明仁自身がいちばんよく自覚する歴史問題でもある。

 時代は大きく変わった。陛下は即位の日から象徴天皇としての道を歩んだ。平均余命はのび,高齢社会をどう生きるかは,人びとの最大の関心事のひとつになっている。立場上,基本的人権にさまざまな制約が課せられているとはいえ,陛下もひとりの人間として尊重されてしかるべきだ。それは,被災者を見舞うとき,ひざをつき,同じ目の高さで語りかける「平成流」というべき両陛下のふるまいにも通じる。
 補注)「時代は大きく変わった」というけれども,天皇・天皇制そのものが残存する日本政治社会は,「時代の変遷のなかで少しも変わっていないものがある」ともいえそうである。マッカーサー・メモ(前述)のおかげで「天皇制度は継続された」が,「日本の民主化」は中途半端なままに,21世紀まで到達してしまった。

 もちろん,天皇は国民統合の象徴であり,その地位は国民の総意にもとづく。退位に道を開くとすれば,その要件や手続き,「前天皇」の地位をどう定めるかなど,課題は少なくない。議論の過程を透明にし,これからの天皇や皇室のあり方について,国民が考えを深める環境をととのえる。政府,そして,国民を代表し,唯一の立法機関として最終判断を下す国会には強くそのことを求めたい。
 補注)「国民の総意にもとづく」憲法上の問題議論に対して,天皇自身が発議をすることは,憲法の条項をみるかぎり,どこにもいいとは書かれていない。書いていないことを天皇が個人的に独自に敢行するとなれば,これが憲法無視・軽視になるほかない。天皇一家は家族全体で「憲法を守ります」となんどか表明してきた。はたして,そのように彼らが発言することじたい,許容されていいのかという論点もあった。要は,いままですでに,なにやかや「憲法問題」にかかわる意見表明・主張開陳を,彼らはおこなってきた。

 5)15面の記事;「オピニオン〈耕論〉天皇と退位-半藤一利さん,原 武史さん,御厨貴さん-」

 生きて,その立場を退く道は開けるのか。天皇陛下のご意向は,戦争を経て社会に位置づけ直された天皇のあり方を,私たちに問いかけている。この「オピニオン:〈耕論〉」は,原 武史がまともに歴史・本質にかかわる発言をしているものの,半藤一利と御厨 貴は微温的(中途半端)であり,いまさらに,なにをいいたいのか隔靴掻痒である。食いたりない発言に終始している。

 原は,日本政治社会が天皇制度で花盛りになるようにしたいのかといったような心配も,真剣にしている様子である。しょせん,「明治以降」に「つくられた伝統」を,21世紀のいまごろになってもいるのに,天皇制度に対してもっとなにかを盛りつけようとする発想じたいが問題である。

  イ)「皇室と憲法,国民に問う」半藤一利さん(作家)( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2016年7月15日朝刊15面半藤一利
  ロ)「過去と未来見据えた決断」原 武史さん(放送大学教授)
『朝日新聞』2016年7月15日朝刊15面原 武史
  ハ)「多面的に議論し実現を」御厨 貴さん(東京大学名誉教授)」
『朝日新聞』2016年7月15日朝刊15面御厨 貴
 --以上『朝日新聞』の紙面を一覧したあと,『日本経済新聞』にも目をとおしてみたが,基本論調に変わりはなく,ほとんど似たようなものである。

 日経の社説の見出しは「生前退位は静かな環境で議論深めたい」とあり,記事としては

 3面に「生前退位 実現手探り-皇室典範見直しや新法 法整備には時間必要 国民的な議論欠かせず」という記事,

 8面に「『生前退位』座談会特集(保阪正康と原 武史)」で「皇室のあり方考える契機,退位の意向どう捉えるか,歴史と永続性に配慮/国民との距離に腐心」などの,中見出し・小見出しが並んでいる。ほぼ『朝日新聞』と大同小異,登場する識者(2名)も,同一人物。
 
 ⑥ 住井すゑ『21世紀へ託す-『端のない川』断層-』1992年など

 a)「天皇制は古いのかというと,古いんじゃない。明治になってからのものです。それまでの天皇というのは,京都にいた時には惨めな暮らしだったんです」。
 註記)住井すゑ『21世紀へ託す-『橋のない川』断層-』(解放住井すゑ画像出版社,1992年,116頁。
 出所)右側画像は,http://digital.asahi.com/articles/ASJ3454P9J34OIPE019.html

 住井すゑは,明治政府が明治4〔1871〕年に一代神武天皇の陵墓を造築したのち,明治40〔1907〕年から明治45〔1912〕年に,さらに陵墓をそろえようとした時期に関して,こう語っていた。

 b)「この時期にね,また天皇陵がめっかったと,でまためっかったんだと,学校で噂出るわけです。それがどこも未解放部落なんです。つまりエタ部落でめっかった。エタ部落には粗末ながら,小さなながら,前方後円墳があったんです。一番の疑問わね,自分のところはエタ部落であると,そこに御陵があると,昔天皇は部落に住んでいたのか」。
 註記)住井すゑ『天皇陵の真相』三一書房,1994年,58-59頁。

 さらには,こうも語っていた。

 c)「何で『部落』と言ったことを,後悔しなくちゃいけないんですか。それは,『部落は劣等』という差別意識があるからのことでしょう。部落も何もみんな,それはつくりごとであって,本来人間は平等だという確たる哲学があれば,そこで頭掻く必要ないんですよ」。
 註記)住井すゑ『さよなら天皇制』かもがわ出版,1989年,46頁。

 d)「死ぬまでね。天皇と命の比べっことおもっていましてね。私が先に死ぬか,天皇制を先につぶすかどっちかとおもってね」。「天皇制くらい人道に外れているもの,理論的に辻褄の合わないものはないです。いつまでも天皇を置いていることは,日本の恥辱ですね」。
 註記)住井すゑ / 福田雅子『「橋のない川」を読む』解放出版社,1999年,72頁。

 ここで,住井すゑが指している天皇とは裕仁のことである。住井の生死年は,1902年1月7日~ 1997年6月16日であった。なお,住井は被差別部落出身ではない。そうだ京都行こう画像

 e)「そうだ  京都,行こう。」(JR東海が1993年から実施していたキャンペーン)

  「そうだ  京都は,今だ。」(2016年夏に新シリーズとして開始したキャンペーン)

 ⑦ 加治将一・出口 汪『日本人が知っておくべき この国根幹の重大な歴史』(ヒカルランド,2015年)など

 1)なぜ孝明天皇を祀る神社がなかったか

 ◆ 加治・出口の同書に,つぎのように聞いてみる。--「京都にある泉涌寺(せんにゅうじ)は天皇家の菩提寺なのに,今の天皇はお参りに行かないという話を聞いた」が。

 加 治:「泉涌寺は代々の北朝の菩提寺ですから,祀られているのは孝明天皇までで終わり,それ以降は祀られていません」。「それよりも,孝明天皇が御祭神の神社がなかった」。「神道のトップ,天皇なのにこれはあり得ないことです」。

 出 口:「明治天皇の実父ですから,当然墓参りにも行くだろうし,祭神として祀るはずですが,それがないというのは普通ではない」。

 加 治:「玉鉾神社が正式に孝明天皇が祭神として登記が認められたのは,戦後も戦後,1954年(昭和29)です。実に死後87年間,許可が下りなかった。それをつくった旭形〔亀太郎〕の最期は,怪しげな死に方です」。
 補注)旭形亀太郎(あさひがた・かめたろう)は玉鉾神社を建立した人物である。孝明天皇のための勤皇力士隊であったこの旭形亀太郎は,初代宮司となって非業の孝明天皇を祀った。玉鉾神社については後段で詳しい関説を紹介する。

 出 口:「明治天皇は現人神と言われるぐらいの力があったんだから,その実の父はものすごく奉るはずですよね。それが自分にとっても権威になるんですから」。

 加 治:「ええ,幕末の最後の天皇です。神社は天皇の専売特許なのに,徹底的にないがしろにされている。それこそ不敬ではないですか」。

 出 口:「今,流布されているのは,愚昧で外国人が大嫌いで,時代を見通せなかったという孝明天皇像ですよね。明治天皇を神格化するわりには,そのお父さんのことはボロクソに言っている」。「学者はもっときちんと調べるべきですよね」。

 加 治:「この醒め方は極端ですよ。今回,宮内庁主導で『昭和天皇実録』が完成しましたが。何を書いているのかわからないけれども,記録の切り貼りコピペでしょうな」。
 註記)加治・出口『日本人が知っておくべき この国根幹の重大な歴史』203-204頁。つぎに画像でかかげるのは,この本のカバー(後部)と本文205頁である。(画面 クリックで 拡大・可)
  加治・出口カバー加治・出口205頁
 孝明天皇については「暗殺されたという説」があるが,これを「完全に否定できる説明」も,いままでなされたことがない。つぎの画像による文献紹介は、出版社が毎日ワンズで,右側が2015年1月,左側が2016年2月の刊行である。
原田伊織2著表紙

 2)玉鉾神社の説明-なぜ孝明天皇を祀る神社がなかったのか(続)-

 a) 玉鉾神社は,愛知県知多郡武豊町にある明治天皇の父君,孝明天皇が祭神である。勤皇力士隊の旭形亀太郎が建立し,初代宮司となって非業の孝明天皇を祀った神社である。なお,孝明天皇の父君であった仁孝天皇は京都の後月輪陵に仁孝天皇陵がある。

 なぜ,京都で生まれ,京都で育ち,京都で崩御した孝明天皇を祀る神社が愛知県の片田舎に存在するのか? 

 なぜ,明治32〔1899〕年まで創建されなかったのか? 息子であるはずの明治天皇を祭神とする明治神宮は大正9〔1920〕年に創建されている。

 なぜ,何故祭神として「孝明天皇」が正式に登記されるのに昭和29〔1954〕年までかかったのか?

 なぜ,天皇を祭神とする玉鉾神社が,創建当時よりも規模が10分の1に縮小されたのか?

 通常神社は,神社本庁や都道府県神社庁により独自に定められた制度(社格)があるのに対し,この玉鉾神社はなぜ,無社格なのか? ちなみに伊勢神宮は別格〔S〕,出雲大社,明治神宮,熱田神宮は勅祭社・官幣大社〔A〕。

 普通に考えたら,まったく説明がつかないことばかりである。

 b) その答えは,正統天皇を立てて蜂起する勢力を押さえるため,国民を騙しつづけるため,自分たちが皇位を奪った正統天皇(北朝)にスポットが当たるのを恐れて,伊藤博文たちの明治政府や,その後の為政者達が隠蔽・封殺しつづけたところにみつかる。
 補注)伊藤博文はいまふうにいえば「テロリスト」の履歴をもつ謀反家であった。首相にまでなった人間だからとして,その事実は消せない。

 主に薩長が,英米仏を後ろ盾に,公武合体による攘夷論者であった孝明天皇と将軍徳川家茂を殺し,次代天皇であった睦人親王をすり替えて,日本の実権を握ったクーデタ-こそが明治維新であり,現在までその一味の末裔による日本の支配が続いていることがすべての根源といえる。

 つまり,それまでの為政者から,玉を握ったことで実権を奪い取った1%が手を替え品を替え,99%の国民を騙しつづ続けてきたのが,現在までの日本ということなのである。

 伊藤博文が孝明天皇を殺し,その子睦人親王をすり替え,明治天皇に仕立てた一味(明治天皇「大室寅之祐」も含めた田布施グル-プ)が,その後の日本の実権を握り,その血と流れを汲む自民党清和会とそのグル-プによって支配構造が続いているため,国民の安心安全よりも自分達の保身・権力・利益を優先させるのはある意味当たりまえである。

 c) また,それらをはじめとする数々のスキャンダルと利害関係で,偽ユダヤ人をはじめとする外国勢力と繋がっているため,国民の安全や生活よりも外国の勢力が利益になる政策を進めるのも,これまた当たりまえである。

 この構造を理解していないとデモをして一時的に戦争法案を止めたとしても,別の方法で目的遂行してくるのが為政者たちである。たとえば,同じエベレスト山頂をめざ指すにも,ル-トも考えずやみくもにめざ指すのと,ル-ト・天候・メンバ-構成・工程を綿密に計画してめざすのでは,成功率がまったく違うのと同じである。

 そして,この構造を壊そうとして嵌められたのが田中角栄であり,小沢一郎だと理解していい。現在,その小沢一郎の薫陶を受けた山本太郎が,まさに命懸けの孤軍奮闘を国会で繰り広げている。
 註記)https://ja-jp.facebook.com/khosoya1/posts/855862724504799 参照。文意を損なわない範囲内で補正した。

 3)テロリストのリッパな「はしくれ」-伊藤博文-

 --江戸時代末期(幕末期)の国学者である塙 忠宝(  “はなわ・ただとみ” ,塙保己一  “ほきいち”  の四男)は,伊藤博伊藤博文若いとき画像文と山尾庸三によって暗殺された。渋沢栄一が述懐しているが,直接聞きだした話であった。

 公(伊藤)は,先づ山尾庸三と共に国学入門と称し,塙を麹町三番町の住宅に訪ね、その面貌を見定め置き,文久二年十二月二十一日の夜,塙が他所よりの帰宅を待受け,その住宅附近に於いて国賊と呼びかけ,これを斬殺した。
 註記)http://www.tmtkknst.com/2013/04/17/伊藤博文と山尾庸三が塙忠宝を斬殺したこと/

 出所)右側画像は若きの日の伊藤博文。

 伊藤博文の遺品には,手元の部分を落として約3分の2に縮めて使用していたらしい大刀があったが,これには,半世紀近くも経った血糊がこびりついていた。伊藤博文は明治憲法を制作した中心人物であった。伊藤が中心になって,井上 毅(いのうえ・こわし),伊東巳代治(いとう・みよじ),金子堅太郎(かねこ・けんたろう)らにより,その憲法は作成された。

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