【国家的な「知恵のなさ」を暴露してきた高速増殖炉『もんじゅ』の廃炉費は,とりあえず(当面)3750億円だというが?】

 【東電福島第1原発事故現場の後始末(とりあえずは「21.5兆円」かかる)は,これからも実質においては「半永久的に続くかもしれない」《悪魔の火》との苦闘でありつづける】

 【放射能物質〔の被害・損害〕は,人間1人ひとりの寿命に比べれば「永遠(?)に不滅です!」】



 ① 東電福島第1原発事故による避難指示地域解除

 1)「避難指示解除受け入れ 福島・富岡町」(『朝日新聞』2017年02月18日朝刊)
 東京電力福島第1原発の事故で町民全員が避難している福島県富岡町は〔2017年2月〕17日,「帰還困難区域」以外の避難指示を4月1日に解除するという政府の方針を受け入れることを決めた。

 対象となるのは,「居住制限区域」の3342世帯8261人と,「避難指示解除準備区域」の488世帯1317人で,合計3830世帯9578人(いずれも1日現在)。「帰還困難区域」(1624世帯3982人)は4月1日以降も避難指示が続く。

 2)「福島・富岡町,避難指示の一部解除受け入れ決定 4月1日」(『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊)

 東京電力福島第1原子力発電所事故で全域が避難指示区域となっている福島県富岡町は17日,避難指示の一部を4月1日に解除する政府提案の受け入れを決めた。町議会の全員協議会で宮本皓一町長が「避難指示が継続されることで,ふるさとを未来につなげることが困難になる。(解除時期の受け入れを)判断したい」と表明。議会も承認した。

 避難指示解除は,放射線量がもっとも高い帰還困難区域を除く居住制限区域と避難指示解除準備区域の約9600人が対象。全町民の7割に相当する。協議会で政府の原子力災害現地対策本部があらためて解除に理解を求めた。町長の受け入れ表明を受け,高木陽介本部長は「避難指示解除後も,政府一丸となり,町民1人ひとりに寄り添ってしっかり支援していきたい」と話した。

 宮本町長は終了後,記者団に「(避難指示が続けば)富岡町の再生,文化の継承が途切れてしまうとの強い思いがあった」と強調した。

 ②「〈原発事故〉帰還困難区域除き避難解除へ」(『河北新報』2017年1月4日,http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201701/20170104_63010.html)
   
 東京電力福島第1原発事故に伴う福島県内の避難指示は2017年春,浪江町など4町村で帰還困難区域を除いて解除される見通しだ。すでに解除された自治体では住民帰還の足どりは遅く,地域再生に向け,安心して暮らせる環境整備の加速などが求められる。第1原発が立地する大熊,双葉両町の避難指示は,帰還困難区域以外を含めて続く。政府が2015年6月の閣議決定で「2017年3月末まで」とした同区域を除く全域での解除は不可能な状況だ。
 河北新報2017年1月4日画像2河北新報2017年1月4日画像1
 国は今〔2017〕年春,浪江町,富岡町,飯舘村の帰還困難区域を除く全域と,川俣町山木屋地区の避難指示を解除する。飯舘村と川俣町は3月31日の解除が決定。浪江,富岡両町には1月中にも解除日を伝える見通しだ。

 これまでに解除された自治体の帰還者数などは表のとおり。もっとも早かった田村市都路地区東部以外は帰還率が低迷し,帰還者は高齢者が多い。楢葉町と南相馬市小高区では2017年春,学校が地元で再開される予定で,子育て世代がどれだけ戻るかが地域の今後を左右するとみられる。

 県避難地域復興局の成田良洋局長は「避難指示の解除はあくまでスタート。医療や買い物の環境,交通網を整備し,住民帰還が進む地域づくりを後押しする」と強調する。一方,大熊,双葉両町は帰還困難区域が大半を占める。国は2017年度以降,同区域内で国費による「特定復興拠点」の整備や除染を進める。

 大熊町は居住制限区域の大川原地区を独自に復興拠点と位置づけ,2018年度中に町役場新庁舎を建設。約50世帯分の災害公営住宅や商業,宿泊施設を整備する。双葉町は海沿いにある避難指示解除準備区域に「新産業ゾーン」などを設定し,2020年度までの避難指示解除をめざす。帰還困難区域のうち,放射線量が低い地域で2023年度ごろに居住が可能となる計画を打ち出す。(記事引用終わり)

 東電福島第1原発事故による周辺の地域社会に対する被害は,東日本大震災の起きた2011年3月11日後のほぼ1週間内には発生していた。前段に引用した記事は,最後の段落で「帰還困難区域のうち,放射線量が低い地域で2023年度ごろに居住が可能となる計画を打ち出す」といっていたけれども, 以上の報道内容に関してたとえば,楢葉町のホームページはつぎのように説明している。
◆ 避難指示解除後の町内帰還世帯・人数について ◆
= 2016年05月17日 =


 平成27年9月4日現在楢葉町に住民登録されていた方の帰還状況を公表します

 楢葉町は平成27年9月5日に原発事故に伴う避難指示の解除に至りました。町では防災・防犯上から,避難指示解除後に楢葉町に戻られた方の把握に努めており,町民の皆様には「町内居住者確認票」の提出をお願いしています。

 町内帰還状況を月毎に公表いたします。

  ※ 避難指示解除後に楢葉町に転入された方は含んでおりません。
  ※ お問い合わせ 楢葉町環境防災課 TEL:0240-25-2111

 註記)http://www.town.naraha.lg.jp/information/genpatu/001261.html
楢葉町帰還者数統計表
 なお,上にかかげた表(画面 クリックで 拡大・可)は2017年2月3日現在の状況である。昨年(2016年)4月28日からほぼ1ヵ月ごとの統計がとられてきている。「帰還率」に注目したい。
 ③ 「もんじゅ廃炉費3750億円超 負の遺産,国民にツケ」(『東京新聞』2016年12月20日朝刊)

 1)記事本
政府は〔2016年12月〕19日,高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)を廃炉にする一方,新たな高速炉を開発する方針を固めた。福島第1原発の事故処理費用も,ほとんどを国民の電気料金で賄うことが固まったばかり。1兆円超の国費をかけてきたもんじゅ『東京新聞』2016年12月20日朝刊もんじゅ画像失敗の反省もないまま,原子力政策維持のための国民負担が膨らみつづけることになる。

 もんじゅを廃炉にする方針は文部科学省で開かれた「もんじゅ関連協議会」で,松野博一文科相が福井県の西川一誠知事に伝えた。西川氏は「もんじゅの総括が不十分だ」などと反発し,政府は再び説明する場を設けると約束。しかし,年内に関係閣僚会合で廃炉にすることを正式に決める方針に変わりはない。

 もんじゅは36年間で1兆410億円の国費を投じたにもかかわらず,トラブル続きでほとんど稼働していない。大量の機器で点検漏れも発覚し,原子力規制委員会は運営主体を現行の「日本原子力研究開発機構(原子力機構)」から変更するよう求めたが,みつからなかった。

 文科省は廃炉には2030年で3750億円以上かかると試算。存続を求める福井県と敦賀市に配慮し,もんじゅと周辺地域を高速炉など原子力の研究開発拠点と位置付け,もんじゅ内に新たな試験炉を設置する方針もまとめた。

 一方,政府は官民会議「高速炉開発会議」も開き,もんじゅに代わる新しい高速炉の開発に着手する方針を確認した。もんじゅで得る予定だったデータは,仏政府が計画する高速炉「ASTRID(アストリッド)」に資金を拠出して共同研究に参画したり,もんじゅの前段階の研究に使われた実験炉「常陽」(茨城県,停止中)を活用することでえられると結論づけた。

 しかし,アストリッドは設計段階で,日本の負担額は分からない。常陽も,福島第1原発の事故を受けた新しい規制基準に合わせて耐震などの工事をしており,費用は不明。さらに,新たに高速炉を建設する場合,構造が複雑なため建設費が通常の原発より数倍は高いとみられている。これから投じられる国費の規模は,めどすら立っていない。

 原子力政策をめぐっては,福島第1原発の廃炉などの処理費用が従来予想から倍増して21兆5千億円かかる見通しとなり,政府はほとんどを国民の電気料金や税金でまかなう構え。福島第1を除く原発の廃炉費用の一部も電気料金に上乗せする方針で,国民の負担が増え続けている。
 
 2)関連の議論
 国費の無駄づかいというよりは,初めからドブにカネを捨ててきたのが,高速増殖炉「もんじゅ」の経歴であった。冗談にもならないような原発政策の大失敗もなんのその,「ダメだったのだからしかたないでしょう……」という程度での後始末というか,完全に無責任な計画棄却である。この重大な責任をとる人間も組織も,どこにもいない・存在しないのだから,国家支配側や担当官庁省局の無責任は,いつ果てることも分からないまま,ひたすらいまも拡大再生産されつづけている。
                                                                
 本日〔2017年2月18日〕の『朝日新聞』朝刊「オピニオン」欄には,「〈ニッポンの宿題〉たまるプルトニウム-ジア・ミアンさん,勝田忠広さん」という見出しで,「核兵器の原料となるプルトニウムを,日本は大量に持ち続けています。かつては『夢のエネルギー源』といわれましたが,利用計画は進んでいません。日本の核物質の扱いを定めた日米原子力協定が来年満期を迎えます。『お荷物』をどうするか,考えませんか」と問う議論(見解の表明)を,上記の2名がおこなっている。長文なので活字では引用せず,画像資料にして参照してもらう。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『朝日新聞』2017年2月18日朝刊オピニオンプルトニウム対談
 だが,それにしても原子力のことを「夢のエネルギー」とはよくいったものである。もともと,サタンからの贈り物であるほかなかった原子力エネルギーであった。要するに,原水爆に応用して兵器として使用するには最適であっても,つまり,殺人・破壊のためであれば非常に有効に活用できるそれであっても,電気をえるために応用された「原発という装置・機械」の狙いのほうは,原子力とを燃料に応用した物理化学的な〈電気造り〉の方式としては,けっして最適な効果を挙げうるものではなかった。

 原発はむしろ,原発事故という非常に危険性の高い過酷・重大な事故を起こす可能性を,常時かかえこんでいる装置・機械である。実際に,1979年3月28日にスリーマイル島原発事故,1986年4月26日にチェルノブイリ原発事故,2011年3月11日に東電福島第1原発事故といった深刻な原子炉の溶融事故を起こしてきた。これからも同じような事故が起きないという絶対の保障はない。

 本ブログ筆者は,原発は《悪魔の火》=「核燃料」を用いて釜を焚き,この上に乗せたヤカンの水を沸かし,発電用のタービンを回転させる方法で電気を生産する方法であるゆえ,この電気を入手するための技術方式は「人間がとりあつかいうる,それも通常許され原子炉・建屋画像る範疇からは逸脱している」と考えている。
 出所)画像は東電福島第1原発「原子炉」に関する図解,http://kobajun.chips.jp/?p=18565

 この考えは,原子力・原発問題の専門家(脱・反原発の立場の人びと)であれば,誰でもが共通して認識している立場であり,エネルギー観である。

 もんじゅについては,分かりやすく解説した書物がある。子ども向けの反原発の立場から執筆された啓蒙書も公刊されていた。ここでは本ブログですでに,2015年11月26日「高速増殖炉の商業運転にこだわる原発推進論者の空虚な主張」でもんじゅ君の問題点画像紹介したつぎの2著を,再度かかげておく。
おしえてもんじゅ君表紙
 左側は,小林圭二監修・もんじゅ君『さようなら,もんじゅ君-高速増殖炉がかたる原発のホントのおはなし-』河出書房新社,2012年3月。

 右側は,大島堅一・左巻健男監修,もんじゅ君 著 『おしえて!  もんじゅ君-これだけは知っておこう 原発と放射能』平凡社,2012年3月。

 ④「〈追跡原発〉溶融燃料 厳しい現実-ロボ調査に難題続出」32面,「水との闘いなお-凍土壁 効果は『限定的』」「原発解体遠い道のり-核燃料搬出,再び延期」33面
   (『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊32・33面見開き記事)
             ( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊追跡原発溶融燃料きびしい現実
 この「福島原発事故6年特集」は見開き2面を充てた大々的な特集解説記事である( ↑  画面 クリックで 拡大・可)。こちらも本文を全部引用するとただ長くなるだけなので,ここでは主に,作図されている図表を紹介しておく。(以下,↓  画面 クリックで 拡大・可)
 
 ☆-1 32面「水との闘いなお 凍土壁 効果は『限定的』」から。
『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊32面追跡原発画像2
 ☆-2 32面「原発解体,遠い道のり 核燃料搬出,再び延期」
『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊32面追跡原発画像1
 ☆-3 33面「溶融燃料 厳しい現実,ロボ調査に難題続出」
『日本経済新聞』2017年2月18日朝刊33面追跡原発画像
 この記事の冒頭での「解説」は,デブリ化した「溶融燃料」とりだしのための準備作業段階においてからすでに当面していた「厳しい現実」を,つぎのように断わることから書き出しはじめている。
    東京電力福島第1原子力発電所事故からもうすぐ6年となる。津波で電源が失われ,炉心溶融(メルトダウン)を起こした1~3号機の周りには現在,大型クレーンが立ち並ぶ。

 廃炉に向けた作業は順調に進んでいるようにみえるものの,溶け落ちた核燃料の詳細はつかめないままだ。廃炉作業で最難関である溶融燃料取り出しは見通せない状況で,計画どおり今後30~40年で廃炉が完了するのだろうか。
 この疑問に対する答えとしては,誰であっても,確たる年限を予想だにできないでいる。ともかくも「計画どおり今後30~40年で廃炉が完了する」ことはありえない。この点は原発事故がなかったとしても,廃炉工程の作業そのものにとりくんできた先行事例に照らせば,そのようにしか判断できない。東電福島第1原発「事故現場の後始末」の場合からしても,その作業日程の実際における進捗ぶりが不調であること(=遅々としている現状)は,申すまでもない事実である。

 福島第1原発事故の状態を観てあらためて,こういう指摘(これは1990年時点の発言である)を想起しておく必要がある。警告があったのに,福島第1原発事故が再発したのである。
    原発の場合,一度でも大きな事故を起こしたらそれで終わりである。整備された基準や指針で古い原発の安全性が見直されねば,それらを整備する本当の意味はない。ここに,他の分野の技術基準の整備との根本的な違いがある。しかし先に『原子力白書』の文に,「一つ大事故をおこせばすべては終わる」という危機感はみてとることができない。
 註記)田中三彦『原発はなぜ危険か-元設計技師の証言-』岩波書店,1990年,72頁。
 「3・11」以後においては,日本の原発全基が停止していた時期があった。2013年9月~2015年8月のことであった。その間にも再生可能エネルギーの開発・利用は進展していき,いまでは原発の稼働は,電力会社の採算問題(営利追求・資本の論理)にこだわる以外には,その必要性:理由がなくなった。《悪魔の火》〈金儲けの銅臭情欲〉を天秤にむりやりに乗せて計量し,できもしない均衡を図ろうとしてきた結果が,つまるところ「一つ大事故をおこせばすべては終わる」ような状況を招いたのである。

 チェルノブイリ原発事故は旧ソ連邦を崩壊させる重要な一因になったといわれてもいる。日本では「3・11」を「第2の敗戦」と指称している。「第1の敗戦」のときのように,国土の大部分が焼け野原になったわけではないものの,この「第2の敗戦」の顛末においては「自分のふるさとに帰還できない人びと」を大勢出している。この相違点において「双方の敗戦」の意味は,基本から異質なのである。

 前者では,原爆投下や空襲攻撃によって焼け野原になっていた地方で,復旧できなかったと場所はない。だが,後者では,被曝地は地元の人びとに対して,ふるさとに帰還させない被害地を残存させている。広島・長崎に投下された原爆は当初,その地には人間が住めなくなるのではないかと心配されたが,そうはならなかった。東電福島第1原発事故の被害を受けた市町村の現場のなかには,その種の同じ心配がそっくり残っており,まさに現実になっている。この違いは「同じ敗戦」と形容されなかでも,なにか大きな意味を生んでいるはずである。

 戦争のための原爆は,《悪魔の火》をこの名のとおり悪魔的に使用する兵器であるのに比して,発電のための原発は,その同じ火を平和的に利用するのだといいながら,いまでは結局「悪魔の所業」と寸分変わらぬ,つまり「戦争という非常事態」に似た・相当するような,より具体的に指摘すれば「東電福島第1原発事故現場」とこの周辺地域を出来させている。

 ⑤ 原爆と宗教-「原発『神が与えた人間の位置,逸脱』」(『朝日新聞』2016年12月19日朝刊「文化・文芸」)

 日本のカトリック教会が原発をめぐる思索を深めている。5年前にも即時廃止を呼びかけたが,〔2017年〕11月11日に発表した司教団メッセージでは信仰の視点からの検討が厚みを増した。再稼働や原発輸出を進める政府〔を〕も事実上批判している。
『朝日新聞』2016年12月19日朝刊原発と日本カトリック画像
 1)メッセージや書籍で…「即時廃止」強める
 司教団は,全国の司教(現在16人)の総意として教会の方向性を決める。2001年には,21世紀を迎えてのメッセージのなかで核エネルギーの問題に触れた。「その有効利用については,人間の限界をわきまえた英知と,細心のうえに細心の注意を重ねる努力が必要でしょう」。代替エネルギーの開発を求めてはいるが,原発容認の内容だった。

 しかし東日本大震災で,福島第1原発の事故が起きた。痛切な反省から2011年のメッセージは,国内すべての原発の即時廃止を呼びかけた。ただ神学的な根拠としては,神から求められる生き方である「単純質素な生活様式」を選び直すべきだ,とする程度にとどまった。その後も議論は続く。刺激となったのは,やはり多くの原発を抱える韓国の教会が発した声だった。

『核技術と教会の教え』韓国カトリック教会表紙 福島の事故に衝撃を受けた韓国カトリック司教協議会は2013年,冊子『核技術と教会の教え』をまとめた。「(核の技術は)生存権と環境権をひどく傷つけ,また,人権に反するものとして,キリスト教の信仰の出発点であり完成である,神の創造の業(わざ)と救いの歴史を否定するものである」と踏みこんでいる。両国の司教たちは意見を交わし,信仰から原発問題を照らしていった。

 ローマ法王庁(バチカン)は原発反対の態度を明確に示しているわけではない。しかし,各国の教会はそれぞれの問題意識を表明する自由がある。法王フランシスコが昨年出した公的書簡で「エコロジカルな倫理」の大切さなどを唱えていることを踏まえ,今回の日本の司教団メッセージはこう論じた。

 「人間は神の似姿として,共通善にかなった自然との正しいかかわりへと立ち戻らなければならないと,わたしたちは考えます。人間は本来,自分自身との関係,他者との関係,大地(自然環境)と今こそ原発の廃止を表紙の関係,そして神との関係において調和があってこそ,平和で幸福に生きることができるのです」。

 このメッセージと並行して,日本カトリック司教協議会は『今こそ原発の廃止を』を今〔2016〕年10月に発刊した。300ページ近い書籍の半分余りは核の歴史や問題点に割いている。残りを「脱原発の思想とキリスト教」に費やしたのが特徴だ。

 この世界でわたしたちはなんのために生きるのか,地球からなにを望まれているのか。公的書簡での法王の問いかけだ。それをもとに同書は「人間による核エネルギー利用は,神が与えた自然における人間の位置づけからは逸脱している」と断じている。
光延一郎神父
 編纂(へんさん)委員会代表で,上智大学神学部長の光延一郎神父は「宗教の役割は倫理的な視点から問題提起すること。2011年に原発の即時廃止が打ち出されましたが,根拠をきちんと文書で示すべきでは,との思いが司教方にはありました」と話す。
 出所)画像は光延一郎,http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/knews/00_2015/1442252046690Staff/view

 福島の教会内には原発関連の仕事をする信者と家族もいる。光延神父は「考えを押しつけるつもりはなく,議論や学習のきっかけにしてもらいたい」。それでも「いのち」に関わる問題だけに世界の教会や法王庁に働きかけ,原発廃止の大きな流れにつないでいきたいという。

 2)「判断困難」「脱依存」,割れる対応 仏教界
 仏教界はどうか。曹洞宗は2011年に宗派として,原発停止は望ましいとしながらも,雇用問題など解決すべきことが多いため是非の判断は「非常に難しいのではないでしょうか」とする見解を出した。一方で,全国各地の代表者からなる宗議会は翌〔2012〕年,原発に頼らない社会に向けたとり組みを求める決議文を採択,微妙な揺れをみせた。

 態度を明らかにしない宗派も多いなか,臨済宗妙心寺派は宣言「原子力発電に依存しない社会の実現」を発表。真宗大谷派(東本願寺)も同様の見解を出し,公開研修会をいまも定期的に開いている。
大谷光真画像
 浄土真宗本願寺派(西本願寺)の大谷光真・前門主は原発の問題点を繰りかえし指摘している。教団として「脱原発」を打ち出してはいないが,付属の総合研究所は映画上映会など「原発学習」の場を継続的に設けている。
 出所)画像は大谷光真,http://mainichi.jp/univ/articles/20160911/org/00m/100/013000c

 香川真二研究員は「シロかクロかと答えを出すのが正しいとは限らない。意見の異なる者同士がどのような世界をめざすべきなのか,参加者1人ひとりに考え続けてもらうことこそ,いま大切だと思うのです」と話す。(記事引用終わり)

 さて,ここで思い起こすのは,戦時体制期(「第1の敗戦」をもたらした)における日本のカトリック界(広くはプロテスタントも含めたキリスト教会全体)や仏教界が,戦争という事態にどのように対峙していたかである。原発の問題は,戦争の問題に比べればまだとり組みやすい論点であるかのように観察できる。
『朝日新聞』2011年6月22日朝刊高木仁三郎
 原発の問題は宗教的な含蓄でいえば,反原発論者の代表格である高木仁三郎が,1990年にこういう発言をしていた。

 おそらく,隣組体制の復活まで含めた,戦時的な体制が防災にとっては[理想」になるかもしれない。そんな体制もまた,「プルトニウム社会」のけっしてありえぬことではない未来像だ。

 「われわれ原子力関係者は社会とファウスト的取引をしている。一方で--原子炉を通じて--われわれは,尽きることのないエネルギー源を提供する。……しかし,われわれは,これまでまったくなじみのない,不断の警戒が可能で長続きのする社会制度を社会に要求している」。

 原子力推進論者であるアメリカの物理学者ワインバーグの言葉である。
 註記)高木仁三郎『プルトニウムの恐怖』岩波書店,1981年,192頁。

 この高木の警告(忠告)からすでに四半世紀以上が経過した。人間はいつから,これほどまでに多くの,高い「バカの壁」=『原発』を,自分の周囲に築くようになったのか? 愚かである。悪魔を相手にできるのは神だけであって,人間ではない。分かりきったことではないか。信心があるとかないとかの,以前・以外に認識すべきことがらであった。

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