【なにごとにも始まりはあるのだが,明治神宮は大正時代に創られた明治天皇崇拝のための社である】

 【そのすべてが,あいまいなかたちでありながらも,庶民(国民・市民・庶民:人民〔people)の意識のなかに,「天皇・天皇制:天皇教」の信仰心,「皇室神道・国家神道の優位性」をひそかに教化し,確実に浸透させ,絶対に定着させるための宗教施設が明治神宮である】


 
 ① NHKテレビ「探検バクモン『明治神宮』」(2017年6月7日:水曜日,午後8時17分~45分(28分)
    
 1)番組内容
 外国人が急増する明治神宮へ。外国人が感じる魅力を探り,意外な日本を再発見。修復現場や森の秘密の小屋など,立ち入り禁止区域も探検。名所のしられざる一面を目撃する。

 2)詳  細
 初詣客が300万人を超える「明治神宮」。いま外国人が急増中! 彼らはなにに魅力を感じているのか? 外国人向け観光マガジン『タイムアウト東京』編集部員と一緒に探る! 都心のど真ん中,静寂のなかに感じるニッポンとは? 手水や絵馬にも,世界ではあサヘル・ローズ画像りえない特徴が。さらに2020年に向けた大規模修復の現場も,特別に拝見。森を守る「はきやさん」の秘密の小屋も探検する。日本人が気づいていない,明治神宮の魅力が盛りだくさん!

 3)出演者ほか
   【司会】爆笑問題 【出演】サヘル・ローズ 【語り】木村 昴,島本須美
 註記)http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2017-06-07&ch=21&eid=22465&f=573
 出所)画像はサヘル・ローズ,http://excelling.co.jp/talent/sahel

 4)明治神宮について
 さきに断わっておくが,本ブログ内はすでに明治神宮についてはいくつか記述している。この神宮は,天皇明仁の曾祖父に当たる天皇睦仁の墓地(陵)ではなく,宗教的に特別な意味がこめられている霊廟である。だが,一般の人びとは,その国家神道的・皇室神道的な真義にはほとんど無頓着のまま,いいかえれば,その神道的な意味あいはよく理解しているとはいえない状態:関係のなかで,ともかくも,非常にりっぱな神社〔神宮 註記)〕とみなしており,しかもごくごく庶民的な感覚でもって,お参りいく場所:霊所のひとつになっている。
 註記)明治以降における神社に関したとり決めがあった。天皇・皇室の祖先神や大和平定に功績のある特定の神を祭神とする神社の一部が,社号が「神社」から「神宮」にあらためられたのである。しかし,仁徳天皇を祀る難波神社や高津宮は神宮とは呼んでいないように,すべてにおいてそうなっているのではない。

 いずれにせよ,第2次世界大戦敗戦までは,「神宮」の社号を名乗るためには勅許が必要であった。戦後,神社の国家管理は廃止され,「神宮」号を名乗るために必要であった勅許は不要となった。しかし,現在でもなお神社本庁傘下において,「神宮」を公式な社号として名乗る神社は,特別の由緒をもつものに限られている。
 註記)ウィキペディアで「神宮」を参照。

 明治神宮の由緒はとくに「明治天皇の霊を祀る神社」としての性格に求められる。すなわち,大正後期に創建されたこの神社の歴史的な特性,いいかえれば,旧大日本帝国の枠内における宗教的な意味づけは,「生きていた天皇睦仁」が死んだのちに,「皇祖皇宗」の1員⇒『神』の最後列に位置づけられた点に求められる。いまの天皇も皇太子もいずれは,その「皇宗」の1名にくわえられていく予定があるのだから,絶対神を戴く他宗教の信条・教理からすると「きわめて便宜性の高い」,観方によってはかなりお手軽である《祖先神の創造の方法》が用意されていることになる。

             

            

 5)明治神宮で神前
結婚式
 いまの明治神宮には催事場が設営されており,明治天皇の〈霊〉が祀られている境内のなかで,さすが一般の葬儀はとりあつかわないが,結婚式は営利にもなる事業として展開されている。敗戦前の明治神宮で帝国臣民が結婚式を挙げるなどとは, “滅相もない「天皇のための神社」と「帝国臣民」のあり方” であった。だが,いまではこの神宮での結婚式は,神道式なりにカッコいいと思われてもいる。様変わりもはなはだしい。しかしまた,明治天皇の霊廟であることの基本性格においてみれば,この神宮(神社)が元来有する “神道的な意味あい” に,なんら変化はない。
明治神宮結婚式
出所)明治神宮結婚式の様子,本ブログ内もこの神社を
  訪問したとき,実際に観たことがある光景である。

http://woman-problem.com/woman-min/明治神宮
での挙式には花嫁や参列者の着付けはど/


 キリスト教徒が教会で結婚式を挙げるのと,「日本人だから」神道教徒である意識はなんとなくあるという程度の多くの人たちが,神社(神宮)で神前結婚式を挙げるのとでは,本来であれば宗教的な意義に関して大きな相違がある。だが,日本の場合,ごくふつうの庶民である場合,どちら宗教の結婚式にするかは,ごくごく「好みの問題」の「次元における決めごと」になっている。

 キリスト教会で結婚式を挙げるときは,キリスト教徒でなくともいちおうは, “キリスト教の「神」” の前で挙式をする。神社の神前結婚式となると,この「明治神宮であれば明治天皇」の前(神前)で挙式をする。これらの意味は,宗教的な相違として無視できないほどに大きい内実がある。にもかかわらず,日本・日本人の結婚式「観」では,式としては「どちらがいいか,どちらにしようか」という程度で選択されることがらにもなっている。むろん,初めから神道式で結婚式を挙行するという人たちもいる。

 6)本ブログ内の関連する記述(主題にリンクを張ってある)
 
 ※-1 2016年01月05日,主題「明治神宮は『人工的な造園』によって創られた,かつての『生き神様』のための神社」

  副題1「天皇のためでなければ自然を守れない国の象徴:実例が明治神宮」
  副題2「計画的に造成・造営した「森:杜」なのだから,不思議でもなんでもない明治神宮のすばらしいこの森・杜」
  副題3「いい意味での反『反面教師』,それも自然・環境を守るために都合のよい判断材料にはなる明治神宮」
  副題4「明治天皇の〈霊〉-英霊?-を祀っているこの神宮『以外』の日本全体における『自然・環境』は,どういう〈実態の歴史〉であったのか」

 ※-2 2015年01月31日,主題「皇居(宮城)と皇居前広場(皇居外苑)-過去と現在-」

  副題1「江戸幕府から明治政府が奪った江戸城のその後」
  副題2「宮城から皇居へ,皇居前広場の歴史について」  

 ※-3 2017年02月22日,主題「神社へ初詣,ワンコインの賽銭を投じて1年の御利益がえられるならば,世界中の人びとが神道教徒になれるかも」

  副題1「初詣における賽銭の金額は500円以下が8割8分,これに驚くべきか否か」
  副題2「困ったときの神頼みという表現があるが,初詣で賽銭を投げこんでおけば,あとで『御利益』のほうから飛びこんでくるわけでもあるまい」
  副題3「安倍晋三政権の反動政権ぶり,民主主義とは縁遠い自民党・公明党の野合政権は,日本を奈落の底に誘導しつつある」
  副題4「『安倍晋三記念小学校』を計画していたらしい森友学園風の差別文書問題など」

 ②「〈社説〉憲法70年 『象徴天皇』不断の議論を」(『朝日新聞』2017年6月9日朝刊)

 昨年(2016年8月8日)に天皇明仁が表明した「退位(譲位)」を希望する旨をめぐっては,その後,国会が有識者会議の議論・検討を踏まえて,本日〔2017年6月9日〕までの進捗模様としては,「衆院憲法審が『天皇』議論 陛下お気持ち表明後,初」(『朝日新聞』朝刊1面見出し)という地点まで進展している。

 敗戦後における日本に天皇・天皇制が残置させられた関係でみるに,日本国憲法の第1条から第8条までが「天皇条項」を記述しており,それにつづいて第9条が「戦争放棄の条項」として対置されていた。だが,安倍晋三政権が2016年3月をもって施行させた「安全保障関連法」は,第9条の実質的な骨抜きを意味したのみならず,天皇条項のあつかいをさらに困難にさせる,つまり空洞化させる基本条件を提供した。

 ともかくここでは,この ② の記事の冒頭段落のみを,つぎに引用しておく。--「衆院憲法審査会は〔2017年6月〕8日,天皇陛下による昨年8月の「お気持ち」の表明後初めて,「天皇」をテーマに自由討議をおこなった。天皇陛下の退位を実現する特例法案の成立を9日に控え,今後の検討課題となる皇族減少対策や皇位継承のあり方,天皇の公的行為の位置づけを中心に議論した」。(▼3面=党派超え賛否,4面=焦点採録,14面=社説)

 この「社説」はとくに象徴天皇のあり方について,くわしい論説を披露している点に留意しつつ,以下にこれを引用していく。本ブログ筆者の寸評も途中に挟みこむ記述とする。

 --「新天皇はなにをよりどころにして,その象徴的機能を果たすことができるだろうか」「(国民と昭和天皇との間にあった)時代の共有感に代わるものをなにに求められるだろうか」。戦後の憲法制定作業に法制局スタッフとして携わり,当時の憲法担当相を支える「三羽がらす」と呼ばれた故佐藤 功・上智大名誉教授が,平成への代替わりのときに語った言葉だ。
昭和天皇画像軍服姿
 戦前「現人神(あらひとがみ)」として崇敬の対象とされた昭和天皇と違い,現憲法のもとで初めて即位した新天皇は,これから国民とどのような関係を結び,「統合の象徴」の役割を担うのか。佐藤氏に限らず,多くの人が感じた不安であり,期待でもあった。

 1)退位法  今日成立へ
 30年近い歳月をかけて陛下が出した答えが,昨夏の〔2016年8月8日に放送された〕ビデオメッセージだったといえよう。「多くの喜びの時,また悲しみの時を人びととともに過ごす」「人びとの傍らに立ち,その声に耳を傾け,思いに寄り添う」「つねに国民とともにある」。被災者を励まし,戦没者の霊を慰めるため,皇后さまとともに国内外を旅してきた陛下の姿を,多くの人がこの言葉に重ねあわせた。高齢になって身体が衰え,務めを果たせなくなったとき,天皇はその地位にとどまるべきではない。メッセージの端々ににじむ考えも,自然に胸に入ってきた。

 憲法が定める天皇の権能は国事行為のみで,それ以外に明確なとり決めはない。国の象徴という公の立場でおこなわれることから「公的行為」と呼ばれるこうした活動が,平成時代の天皇制を支える基盤となってきたことが,今回の退位問題を機に,あらためて明確になった。広範な世論の支持を背景に,つぎの代替わりを実現するための皇室典範特例法案が,今日参院で可決・成立する。
 補注)憲法に定められている国事行為ではなく,「公的行為」という天皇の行為に関する「別の範疇:分類」がある。しかしながら,これがはたして,どこまで正式に認めていい政治の行為でありうるのか? すでに「公的……」と称してきたところがミソであった。現実には天皇を初め,一族の者たち全員が,数多くのこの「公的な・とされる行為」に分類される諸活動に,日夜従事している。

 現在ではあまりに当然であるかのように,天皇一族がこの「公的行為」に関与している実情がある。憲法における「天皇の国事行為」にくわえて,「天皇を含めて皇族たちの公的行為」という一大活動領域が,慣習的かつ実定的に創造され蓄積され確保されてきた。その意味では,憲法と,これに対する宮内庁が管轄する天皇一族の「公的行為」との関連性は,いつの間にか膨大になってしまい,異常なまで肥大化させられてきた。

 (社説に戻る ↓  )
 2)公的行為と憲法理念
 象徴天皇とはなにか,その活動はどうあるべきかをめぐって,この1年多くの議論があった。「存在するだけでありがたい」と天皇を神格化し,宮中の奥で祈ることがもっとも大切な務めだとする右派の声は,さすがに社会に受け入れられなかった。別の観点から「動く天皇」への懐疑を説く専門家もいた。公的行為の名のもと,天皇の活動が無限定に広がることになれば,その存在感と権威は過度に強まり,危ういとの主張だ。
 補注)一般論としてはこう説明されている。 天皇の行為は,イ)  首相の任命や国会の召集など憲法が定める「国事行為」,ロ)  新年の一般参賀や全国植樹祭への出席,被災地のお見舞いなど象徴としての地位にもとづく「公的行為」,ハ)  大嘗祭(だいじょうさい),宮中祭祀(さいし)などの「その他の行為」という3種類に大別されている。

 なかでも ロ)  の「公的行為」とは,天皇が象徴としての地位にもとづき公的な地位でおこなう「国事行為以外の行為」を意味する。外国賓客の接遇・外国訪問,国会開会式での〈お言葉〉,新年一般参賀への〈お出まし〉,植樹祭・国民体育大会への〈ご臨席〉などである。

 (社説に戻る ↓  )
 日本に破局をもたらした戦前の反省に立って,象徴天皇制が導入された。いつか来た道に戻ることのないよう,しっかりとタガをはめておかなければならないという指摘はもっともで,心しなければならない。被災地のお見舞い,戦没者の慰霊,福祉施設の訪問など,陛下がとり組んできた活動が幅広い理解と支持をえたのは,基本的人権の尊重,平和主義,国際協調主義など,憲法がかかげる理念に沿うものだったからだ。陛下の意向を踏まえつつ,内閣の補佐と責任のもとでおこなわれてきたのはいうまでもない。

 国民と天皇をつなぐものとして公的行為が重要だからこそ,そこに関心を寄せ,逸脱がないよう,政府の姿勢とあわせチェックしていくことが肝要だ。退位特例法案を審議した国会の委員会は,象徴天皇制について,国民の代表が意見を交わす格好の場となるはずだった。だが,法律を混乱なく,すみやかに成立させることが優先され,表面をなでただけで終わったのは残念というほかない。

 公的行為をどう位置づけ,皇室全体でいかに担っていくか。それは,維持すべき皇族の数や規模をどう考えるかという問題と密接にかかわり,女性宮家創設をめぐる議論にも影響がおよぶ。引きつづき政府・国会で検討すべきテーマである。
 補注1)この社説の段落における議論も,やはり「公的行為」にまつわる問題性を指摘している。憲法に規定のある国事行為ではない「公的行為」は,天皇のみならず一族の活動範囲に目を向ければ判るように,いままではあたかも無限大の方途に向かい拡張されてきたといる。

 天皇とこの家族たちがたずさわるそうした行為は,天皇の国事行為の周辺からも離れた範囲にまで拡げられてきた。「公的行為」という性質上,ますます拡延されていくばかりの「過去の実績」を記録してきた。天皇とこの一族の問題となるや,これが特別あつかいされないほうが珍しく,宮内庁がその交通整理をしつつ,極力その充実化を図っていく役目を果たしている。

 補注2)
この天皇の行為「問題」については,すでになんどか紹介してきた。園部逸夫が作製した関連の図解がある。再度ここでも参照しておく。これは,園部逸夫『皇室制度を考える』(中央公論新社,2007年)に提示されていた関連の図解である。概念的にうまく整理:図示されている。(画面 クリックで 拡大・可)
園部72頁。
  つづけて,本ブログ筆者が過去に議論していた関連の段落を,再度かかげておきたい。園部逸夫『皇室法概論-皇室制度の法理と運用-』(第一法規出版,,平成14年)は,天皇およびその一家がどのような「象徴としての政治的活動」をおこなっているか,詳細に考察している。園部のばあい「天皇の各種行為」を以下のように整理している。

 「天皇の行為に関する従来の政府見解は,天皇の行為を国事行為,公的行為,その他の行為に3分類し(このところは下掲の図表とは,あえてずれた説明にしている),さらに小分類としてその他の行為の中に公的性格ないし公的色彩のある行為と純然たる私的行為とがあるとしている」。
天皇の諸行為一覧表
(画面 クリックで 拡大・可,鮮明に写る)

 「一方,学界の通説は,国事行為,私的行為の外に公的行為を認める3分説となっている」。しかし,園部は「こうした従来の行為分類を前提に,天皇の地位と国家との関係を軸に天皇の行為を(1)国事行為,(2)公人行為,(3)社会的行為,(4)皇室行為,(5)私的単独行為の5つに分類し,併せて価値概念 としての「象徴」から導かれる価値との関係において生ずる行為の規範を解説する」(同書,108頁)。

 (社説に戻る ↓  )
 3)代替わりを前に
 退位・即位・改元と大きな行事に向けた準備が始まる。皇室への関心は高まり,「日本」を意識する機会も増えるだろう。その風潮に乗じ,天皇や皇室を利用して,個人より国家を優先する国づくりを進める動きが首をもたげないとも限らない。残念だが,そうした体質はこの社会に抜きがたく存在する。一方で,憲法価値に忠実な言動をつらぬく天皇を,改憲志向を強める現実政治に対置させ,期待を寄せる空気が一部にあるのも気になるところだ。向いている方角にかかわらず天皇の政治利用につながるおこないは,憲法の精神に反し,民主主義の礎を掘り崩しかねない
 補注)ここに指摘されている問題は,天皇・天皇制がなければなにもわざわざ出現させない政治の問題である。だが,それがあるがゆえにこのように,民主主義のあり方に関した特定の心配にも目配りをしなければならない議論となる。要は「民主主義における天皇制度」そのものが核心の問題である。民主主義のなかに本来,天皇が生きられる政治的な空間そのものがありうるのか,という問題意識が控えているはずである。もっと根本的な問題にまで立ち入った議論が必要である。しかし『朝日新聞』の立場とて,天皇・天皇制の中核に控える政治制度の問題を,根源から徹底的に本気で言及しているようには感じられない。腰が引けている部分も感じさせている。

 そうした動きを封じるためにも,天皇や皇室に求めるもの,求めてはいけないものについてのルールを,社会全体で論議し共有する必要がある。象徴天皇とはなにか。国民との関係はいかにあるべきか。少子高齢化が進む社会で天皇や皇族の「人権」をどう考えるか。繰り返し,息長く問い続け,議論を深めていきたい。それは,「天皇の地位は,主権の存する国民の総意に基づく」と定める,憲法の要請でもある。(社説引用終わり)

 この最後の問いは「主権者である国民の総意にもとづく」のであれば,天皇・天皇制の残存は許されるとでもいいたげな論旨になっている。そうだとすればこの点は,民主主義の根幹にもかかわる問題提起でありうる。昔の話として「主権在君」という用語があった。いうまでもなく,ここで君とは天皇の意味である。その天皇が敗戦を境に「主権在民」における「象徴天皇」に変身させられていた。

 だが,それから70年が経過しているが,いまだに日本の政治社会における天皇の存在は,いちじるしく特別あつかいされている。むろん「主権が在民か在君か」などという具合に,あらためて問うことにまったく意味がないとはいえない。ところが,天皇・天皇制があるかぎりこの問いじたいがいつも前面に,あらためてのようにせり出てこざるをえない。

 こういうことである。議論がこみいってくるが,以下の議論を我慢して聞いてほしい。

 日本国憲法の「第1章 天皇」が〔天皇の地位と主権在民〕について「第1条 天皇は,日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて,この地位は,主権の存する日本国民の総意に基く」と規定していた。だが,これは先験的という意味でとらえれば,強引な独断によって工夫された表現である。もともと「敗戦後的な意味あい」でいえていた「主権の存する日本国民の総意」という概念の規定などは,実際のところでは,まったく存在していなかった。にもかかわらず,それが新憲法において突如「上から」登場させられたのだから,まさしく “コロンブスの卵” であった。いわゆる “押しつけられた” というものの実体であり,真義であった。

 そして〔皇位の世襲〕については「第2条 皇位は,世襲のものであつて,国会の議決した皇室典範の定めるところにより,これを継承する」と規定されたとなると,これをごく当たりまえに受けとめて考えれるならば,このように出発点から「主権在民」をトコトンまで無視している規定でありながらも,この「主権在民」を尊重しているかのような,いわば曲技的(アクロバット)な決め方だったと形容するほかない。GHQのマッカーサー元帥は,日本を敗戦させ占領してから,この国と民とを上手に統治し,効率的に支配するためにこそ「天皇・天皇制を残しておくのだ」といって,「押しつけてくれた」ような「民主主義の基本理念」であったから,なにかと矛盾ととらえるほかない「超絶的な意味をもつ条文」も,この日本国憲法のなかにしこんでいた。

 天皇・天皇制が封建制度だと重々承知していながらも,これを近代民主主義に結合(癒合)させておいたのだから,アメリカ側の占領政策の勝手な都合とはいえ,ずいぶん不条理で非論理的な占領政策の推進になっていた。実際,『第9条があったゆえ』の『第1条から第8条までの実在であった』ゆえ,その第9条が実質的に反故にされた現時点にあっては,第1条から第8条が存在する意義(余地)は,とうの昔よりなくなっていたはずである。
 補注)1946年2月3日,マッカーサーが日本国憲法の草案を作成させるにあたり,部下のホイットニーに宛てたメモ,いわゆる「マッカーサー・ノート」があった。これをつぎの画像資料で紹介しておく。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
マッカーサー・メモ3原則
出所)http://tamutamu2011.kuronowish.com/manoto.htm

 マッカーサー・ノートの真意は,「9条」を置くのは「1条(から8条まで)」を利用するためであって,その逆ではなかった。そうした脈絡においての9条と1条の関係づけが,いうなれば歴史的かつ論理的により正確に把握されておく必要がある。


 1950 年6月25日に朝鮮戦争が始まると,警察予備隊を8月には創設させられた日本国は,その時点ですでに9条は骨抜きになっていた。だが,1条のほうはそのまま放置されていた。1条は9条にささえられた憲法内の条項であったのだから,9条の実体が溶解していたのであれば,1条も無用・不要になっていた。この論点は後段でも再度触れる。(補注終わり)

 その朝鮮戦争が勃発したのち8月中には,朝鮮半島に出払ったかたちになった在日米軍の穴埋めとして日本人の警察予備隊が,アメリカの命令によって創設され,これが自衛隊の前身になっていた。つまり,その時点で第9条のなかに〈戦力:日本の軍隊〉が存在したとなれば,第1条から第8条の本来的な存在意義はなくなっていたはずなのである。

 爾来,第9条のなかだけで議論されてきた日本国の防衛問題である。けれども実際において,その “裏⇔表の関連性” に置かれてきたのが,天皇問題である第1条から第8条であった。昭和天皇の時代,天皇裕仁は新憲法の真義を本当に理解し,認知していたとはいえなかったが,平成天皇が初めてまっとうにまじめに,この新憲法を守りますとみずから宣誓していた。とはいえ,第9条のなかに在日米軍と自衛隊が混在するという状態:法的な問題性は,新憲法に本来的な基本性格であった,いいかえれば,その出立点における「第9条」と「第1条から第8条」との関連性における約束が破綻させられた「結果=事実」を意味する。

 天皇明仁が憲法を守るといったとき,その憲法の状態は「第1条から第8条まで」と「在日米軍に裏張りされた第9条」との組みあわせのことであった。ところが,1950年8月から早くもすでに,その組みあわせの状態:中身は,「在日米軍プラス自衛隊との組みになった第9条の存在である」という具合に,新憲法の初めの設定とは完全に異質の状態に変質していた。

 いまの自衛隊3軍は在日米軍と,実態としては一体化している。その点からしても,自衛隊3軍が天皇を守るのだから「憲法第9条」があるという理屈にはなりえない。当初はあくまで「米軍が天皇を守る」関係性が大前提であった。いまでは,そこに自衛隊が入りこみ集団的自衛権を堂々と発動できる軍隊になってもいる。しかも,在日米軍の下請け部隊,三下のフンドシ担ぎ軍隊である自衛隊の立場・機能に,基本的な変更はない。そこにいまも潜在させている基本矛盾,自家撞着の度合は最高度にまで到達した。「米日安全保障関連法」の成立・施行はその矛盾・撞着を瀬戸際まで追いつめている。

 議論がこみいって判りにくくなったかもしれない。要は,日本の軍隊が第9条になかに入りこんだ時点で,天皇・天皇制の存在理由はなくなった。自衛隊3軍ではなく,在日米軍が第9条を穴埋めし,支えるための戦力であったかぎりでの「第1条から第8条であった」の存在意義であった。これが日本国憲法が当初制定されるときの〈約束〉であった。1950年8月以来,日本国憲法は実質においてその骨抜きされた。第9条に関する議論がいつまで経っても《奇態を呈する》のは〈理の必然〉でもあった。

 ③「桂宮さま逝去3年の墓所祭」(『朝日新聞』2017年6月9日朝刊29面)
    桂宮さまが亡くなってから3年にあたる〔6月〕8日,東京都文京区の豊島岡墓地で「墓所祭」が営まれ,母親の百合子さま,皇太子さまらが参列した。最初に天皇,皇后両陛下の使者が墓前で拝礼した。百合子さまは車椅子から立ち上がって頭をさげ,皇族方も順に拝礼した。
 この記事,どの家でも家族でも個人でも血族・親類の墓所を訪ねることは,日常生活のなかでありうる機会である。しかし,天皇家の一族のこうした墓所訪問がベタ記事とはいえ,いちいちそのすべてが余すところなく報道されているこの国の事実は,新聞社にとってはその報道が基本的な作業であるにしても,天皇家とその一族を特別視した日本の政治社会を当然視する事態を意味している。

 この墓所祭であるが,いったい宗教的にはどの宗派の立場からおこなっているのか,判りにくい。文章からすると仏教式だと読めなくもないが,神道式だとみても不可ではない。皇室が仏教式の祭事を守っていたのは,明治に入ってからもないわけではなかったからである。ただし,天皇の霊所である陵は完全に神道式を採用している。

 ④「皇太子さま石川へ」(『朝日新聞』2017年6月9日夕刊15面)
   皇太子さまは〔6月〕9日,第28回全国「みどりの愛護」のつどいに出席するため,新幹線で石川県に向かった。雅子さまは風邪の症状のため,訪問は見送った。皇太子さまはこの日,金沢市の県立いしかわ特別支援学校などを視察する予定。10日には,同市で開催される全国「みどりの愛護」のつどいに出席し,同日に帰京する。
 雅子の皇族としての行動は,過去10年以上こうした欠席状況を基本としてきた。お世継ぎ問題で人間的にひどく傷つけられたらしい雅子が,その後にたどってきた行動の記録は,社会的にもあれこれ週刊誌的なネタをたくさん提供してきた。ネット上には先月(5月中)に関する皇太子夫妻の行動について,つぎのような記述がみられた。
★ 皇太子さまと雅子さまが大相撲観戦された! ★
=『馬之助の人間万事塞翁が馬よ!人生是修行なり』
2017年5月15日 =


 皇太子と雅子さまが10年ぶりに大相撲を観戦。驚いたわ! なにを驚いたかって,この報道の物凄さよ! 秋篠宮殿下と紀子妃殿下がご公務されてもまったく報道しないことの多い各報道局が一斉に写真付きで報道してるんだもの!
 註記)http://umanosuke.net/the-crown-masako-watched-sumo-wrestling 
    皇太子夫婦相撲観戦2017年5月14日
  出所)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170514/k10010981311000.html
 この記事がなにをいいたいか説明は要らないはずである。雅子はどちらかというと,余暇を楽しむような行楽や鑑賞には比較的出ているが,皇室行事や皇族としてのいわゆる公的行為はもちろん,宮中祭祀も嫌がっている精神衛生状態に追いこまれているようにもうかがえる。彼女はとくに,その神道式の祭祀じたいについて,いい加減ウンザリしているかのようにも映る「いままでの生活記録」を留めている。

 この ④ のニュースはともかく,皇太子の配偶者が10年ぶりに大相撲を観戦したという記事であったが,この種の「雅子の行為」がニュースになるといったごとき,日本の皇族たちの生態じたいに疑問を抱く国民たちがいても,少しもおかしくない。

 日本「国・民統合の象徴」である天皇とこの家族たちだといっても,日本国の市民・住民(人民)たちは,そのすべてが神道教徒ではない。にもかかわらず,新聞報道に読みとれる天皇や一族の行動記録は,あたかも全国民(この国に暮らす全員)が神道を信心するかのように「誤解されてもいいかのように」報告されてもいる。たとえば,つぎの真子に関するニュース報道を書き出しておく。
  a)「眞子さま ブータン訪問前に賢所を参拝」(NHKニュース,2017年5月29日)

秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは,〔5月〕31日に公式訪問先のブータンに向けて出発するのを前に,皇居にある宮中三殿の賢所を参拝されました。
 註記)http://www.nhk.or.jp/knews/20170529/k10010998861000.html

  b)「眞子さま ブータンから帰国し賢所を参拝」(NHKニュース,2017年6月8日11時03分)

 ブータンへの公式訪問を終えて,〔6月〕8日朝,帰国した秋篠宮ご夫妻の長女の眞子さまは,皇居にある宮中三殿の賢所を参拝されました。9日間の日程でブータンを公式訪問し,8日朝帰国した眞子さまは,午前10時前,半蔵門から車で皇居に入られました。眞子さまは,門の前に集まった人たちに車の窓を開けて会釈をして応じ,宮中三殿の賢所に向かわれました。

 賢所には皇祖神の天照大神がまつられていて,天皇陛下や皇族方は外国訪問の前後に参拝されています。眞子さまは,賢所で参拝の手順に沿って拝礼し,帰国を報告されたということです。眞子さまは,8日午後,東京・八王子市の武蔵陵墓地にある昭和天皇と香淳皇后の陵をぞれぞれ参拝し,9日は再び皇居を訪れ,天皇皇后両陛下に帰国を報告されることになっています。
  註記)http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170608/k10011010461000.html
 神道という宗教の基本性質が,他の絶対神を戴く諸宗教とは顕著に異なるからといって,日本社会におけるこのようなあり方(皇室と国民の立場の関係づけ)がそのまま許されていいわけではない。現代民主主義国家体制のなかで天皇・天皇制は,いかに位置づけられるのか難題が残されたままである。しかも,日本国憲法はこの天皇家の家長を,国家と人民の統合のために必要である「象徴の地位」に据えている。

 最近における安倍晋三政権「1強他弱」の日本政治が問題にされ批判されてもいるけれども,天皇・天皇制に限ってみれば,この政治制度じたいがなににつけても,最終的・絶対的には許容されているかのごとき風貌を構えている。『日本の民主主義とはなんぞや』と,根本から再問されてよいはずである。

 --------------------------