【以前に岸 信介がアメリカの代理人だったとすれば,現在,その外孫の安倍晋三はアメリカの忠実なしもべである】

 【以前「アメリカのポチ」だと形容された日本の首相がいたが,この晋三君はアメリカの忠実なる「日本」犬?】


 ① 小池百合子が安倍晋三に協力して,さらにこの日本をダメにしつつある

小池百合子綠のタヌキ風刺画 2017年10月22日に実施された衆議院解散総選挙では,「緑のオンナ・たぬき」こと,小池百合子「希望の党」代表のまずい発言,「(民進党を)まるごと受け入れるなどさらさらない」「排除します」などと「上から目線」の発言を連発したために,衆議院の民進党を空中分解させ,その結果「立憲民主党」という新党を誕生させた。

 「ヒョウタンから駒」のような寸劇も随伴させた,それも選挙直前になって野党側に巻き起こった分裂騒ぎは,与党の「安倍1強(狂・凶)政権」にとってみれば,期せずして野党側から “選挙用の順風” が送られる(塩を贈られた!)ような「絶好の効果」を挙げた

 だが「希望の党」は,小池百合子が放った増上慢な,鼻持ちならぬ「上から目線から発言」だったせいで,立候補者数を235人も用意したものの,たった50人の当選者しか出せず,解散時の当該議員数57人を減らしてしまった。ある計算をしてみる。「50 ÷ 235人」で勝率21.3%の惨敗という結論であった。
『朝日新聞』2017年10月24日朝刊22日選挙結果図表
出所)『朝日新聞』2017年10月24日朝刊3面。

 2017年10月22日に実施された衆議院解散総選挙のさい,立候補者総数は1180人,当選者数(議席数)は465であった。全体的に観て単純にいうと,当選率のほうの数字を出せば39.41%だから,小池百合子が代表を務める「希望の党」の当選率は,その平均の率のほぼ半分であった。この結果は高慢チキな小池のハナをへし折る効果があった。

 だが,当人は「鉄の天井」ウンヌン(安倍晋三みたくいえばデンデン)し,自分自身の責任を世の中全体のほうに押しやるといった「性根の悪さ」を,あらためてわざわざ披露していた。この「鉄の天井」をもちだした「彼女の弁解の方法」に返された「世間の側」からの反発は,当然のこと悪評紛々であった。この点については,識者たちも小池に向けて集中的に非難の声を挙げていた。

 ということで,衆議院選挙に敗戦した原因を分析するさい,小池百合子流に「オンナの立場」を悪用する姿勢でもって,しかも「鉄の天井」にその基因を求めたいいわけは,まともな識者に対してであれば,いっさい通用しない〈ド屁理屈〉でしかなかった。

 ここでつぎにとりあげるのは,「希望の党の敗因が『鉄の天井』ではない6つの理由-希望の党が負けたのは,小池さんが『女性だから』なのでしょうか。-」(『BuzzFeed News』2017/10/24 15:55)という記事である。

 この内容はそもそも「希望の党」が今回の選挙でのように,「ずいぶんみっともない負け方」をしてしまった基本的な原因は,小池の意図的なすり替え発言にみられるような,それも「オンナである特性=地点」をテコに使いもち出してみた理由である「鉄の天井」にあったのでは「けっしてない事実(理由)」について,つぎのように批判していた。
  1.   民進党の合流希望者を一部「排除する」といったから。 ……いわゆる “リベラル派” の議員を「排除する」と発言したことが,失速の引き金になった。この発言は,もともと前原誠司の提案した合流構想に懐疑的だった民進党の議員たちを怒らせてしまった。

  2.   しかも,政策協定書で「踏み絵」を踏ませると報じられたから。 ……民進党からの合流希望者に「安保法制の適切な運用」などを条件とした「政策協定書」への署名を求めると報じられ,このことが「踏み絵を踏ませているようだ」と反発に拍車をかけた。

  3. 「自民党批判」の受け皿になれなかったから。 ……リベラル派の議員を排除した結果,枝野幸男が立憲民主党を結党した。安倍政権に批判的な有権者の支持を受けて勝ち上がってきたはずの小池が,今回はその「受け皿」としての役割を立憲民主にとって変わられた。

  4.   都政と「二足のわらじ」の印象を拭えなかったから。 ……小池百合子の現職は東京都知事であり,任期が2020年7月30日まで続く。築地市場移転問題や東京オリンピックなど,都政が大きな課題をいくつも抱えるなかで,国政とどう両立するつもりなのか。

 小池は「都知事の仕事に専念すべきだ」といった世論を尊重しなかった。それに,投開票日当日も小池は都知事の公務でパリへ出張中となった。「二足のわらじ」感が拭えなかったのも敗因のひとつに挙げられる。

  5.   情報公開に対する姿勢が「不透明」。 ……「希望の党」は公約に「隠ぺいゼロ」をかかげ,「徹底した情報公開による透明性の高い政治を実現」を謳っていた反面,党本部や選対本部の連絡先が公開されず,会見に入れるメディアを限定したりと,情報公開のあり方に疑問がもたれた。

 さらには,小池が実質的に率いる「都民ファーストの会」の議員2名が,党内で十分に情報が共有されていないことを批判して選挙期間中に離党し,悪い方向に拍車がかかった。

  6.   そもそも,自分が立候補しなかったから。 ……小池百合子が「主役」になって結成された「希望の党」なのに,彼女自身は立候補しなかった。だから,小池さんがみたという「鉄の天井」とはなんであったのか,疑問が湧いてきて当然である。
 要するに,小池百合子が口にした「鉄の天井」なるものなど,もとよりどこにもみいだせない《シロモノ》である。これは,選挙がかんばしくない結果になったのを観た小池が,即座に思いつき的にひねり出した「コジツケになる屁理屈の表現」に過ぎなかった。
2017年10月22日衆議院解散総選挙結果男女比率
出所)前段に引用した記事から。

 女性差別を象徴する修辞「ガラスの天井」をもじって「鉄の天井」といいかえたつもりらしい。だが,小池はそもそも,みえない「ガラスの天井」ではなく「みえる〈鉄の天井〉」に対する事前の対策は怠っていた〔ことになるわけであって,不注意だったというそしりは回避できない。←小池の弁解どおりに受けとめればそうなるはず?〕。表現そのものは「コンクリートの天井」でもよかったか?

 いずれにせよ,自分の責任をどこか・ほかに転嫁するために緊急非難的にとっさに用意された遁辞が,この「鉄の天井」という文句であった。まともな識者であれば,この小池の発言に向けては「根本からの批判」を与えないでいられるはずもなかった。ということで,いま引用している記事も,つぎのように文章を書いて締めていた。
   希望の党が惨敗した理由を「鉄の天井」だと考える人は,ほとんどいないでしょう。でも,日本の国政に「ガラスの天井」があることは事実です。
 註記)前段の引用もともに,https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/iron-ceiling-koike?utm_term=.mdGZvjNmJ#.xuNXJgyLP
 本ブログ筆者はすでに,「鉄の天井」の上にこそ乗っかっていた小池百合子自身が,選挙の結果が思わしくない状況になったのを契機に打って変わって,こんどは「私の頭の上にこの『鉄の天井』があるのよ!」となどいいわけした「調子のよさ」と「その根性の悪さ」を批判してみた。

 小池百合子は自分の名を借りて「自分の政治」のことをユリノミクスだなどと,僭越にも自己命名していた。だが,アベノミクスの虚構性と並んで「日本の政治」が恥じる材料を新たに付加したに過ぎないのだから,単に「二重・三重の恥さらし」をみずから宣伝したようなものである。以上はまさしく,「恥をしらぬ」,しかも非常に厚かましい女性政治家の野放図で無責任な発言の軌跡を意味していた。

 ともかくも,安倍晋三とともにこの小池百合子とは「無智と無恥」という点で観察すると,現在における日本の政治家のなかで双璧になっている。この2人を意識的に男女別に分けて評価することになれば,その男版とその女版とのそれぞれにおいて,その「無双」の位置を占めている。

 ところで,日本の首相である安倍晋三は,アメリカに対する実際の態度として,いかほど「モノを申せている」のか,一度ぐらいしっかり・テイネイに訊ねてみるのもいい。この事実に対して答えてくれる一例の事件が,つぎの ② の記事のなかに的確に表白されている。
   
 ②「米軍事故,今なお『傍観』 日本側立ち入り,6日後 沖縄・ヘリ炎上」(『朝日新聞』2017年10月29日朝刊39面「社会」)

 沖縄県東村(ひがしそん)高江の民有地に米軍ヘリが不時着し炎上した事故で,今回も日本側は機体の本格的な検証ができなかった。立ちはだかったのは日米地位協定 註記)の「壁」。捜査関係者らは「捜査は米軍の裁量しだいという核心は変わらない」と話す。
  註記)『日米地位協定』の解説。--在日米軍基地の管理権は米軍がもち,米軍への課税免除,軍人・軍属らの刑事裁判権などについて定める。運用改善や補足協定が結ばれるなどしてきたが,条文は1960年6月の日米安全保障条約改定に合わせて締結以来,一度も変わっていない。

 この解説の内容を補足しておくと,いつもアメリカ側のいいなりになっている軍事協定である。米日間の上下従属関係を如実に正直に表現する国際条約が,この「日米地位協定」なのである。

 日本側の地位は,アメリカの地位の前では軽石程度の重みしかない。アメリカという木が沈み,日本という石が浮かぶような両国の軍事同盟関係が実在している。
 現場は,本島北東部にある牧草地。50メートル四方ほどの範囲にシートがかぶせられ,一部は土がむき出しになっていた。米軍は機体撤去のさいに周辺の土ももち去ったという。牧草地の所有者西銘(にしめ)晃さん(64歳)は不信感を抱く。「なにが起きたのかしりたかった。でもなにの説明もなく規制ばかりされ,彼らは去っていった」。
 補注)1945年8月以前であれば,旧大日本帝国がもっていたあちこちの占領地や属国(植民地)で同じ行為を繰りかえしてきた。その意味では「歴史をきちんと回顧できる人」であれば,そのよう〔沖縄県〕のようにされている側の立場・感情も理解できるはずである。

 しかし,かつては相手側の意志や気持など完全に無視してきた「日帝側の歴史意識」を踏まえて,いまにおける「現実:在日米軍基地の問題状況」を理解する必要がある。すなわち,当時における「彼・我の立脚点」を「逆にした」ごとき,これをより具体的にいえば,戦前・戦中までの「朝⇔日」「台⇔日」「満⇔日」のごとき「支配と従属の関係性」が,現在の「米・日の軍事同盟関係」に再現されたかたちとなって,目前に広がっているではないか。

   ここでは,より専門的にくわしい説明はできないが,「日満議定書」(1932年9月15日,下の写真はその調印の模様)は,つぎのような条項(日本側が実質的に支配するための内容)を書きこんでいたという。さきに断わっておくと,満州事変の結果,1932年3月に樹立された旧「満洲国」は,関東軍の実質的指導下におかれた傀儡国家であった。
日満議定書調印の画像
出所)https://jaa2100.org/entry/detail/044800.html

 a) 議定書の内容として交わされた約定は主に,「満洲国の承認」「満洲での日本の既得権益の維持(関東州は租借地として継続して日本の直接支配下)」「共同防衛の名目での関東軍駐屯の了承」の3点であった。

 b) 交換書簡の内容はこうなっていた。「過去に交わされた下記の文書について,引きつづき行使すること」。「1932年3月10日に満洲国執政(愛新覚羅溥儀)から送付され,〔同年〕5月10日に関東軍司令官(本庄繁)から回答された書簡の件」の具体的な内容は,以下の4点であった。

  イ)  満洲国の国防は関東軍に委託し,その経費は満洲国が負担する。
  ロ)  関東軍が国防上必要とする場合,既設の鉄道・港湾・水路・航空路の管理と新設の工事については,日本もしくは日本指定の機関に委託する。
  ハ)  関東軍が必要とする各種の施設について,極力援助をおこなう。
  ニ)  日本人を参与として登用するほか,中央・地方の官僚にも日本人を登用するが,その人選は関東軍司令官の推薦とし,解職には関東軍司令官の同意が必要とする。(参議の人数については両国協議の上増減する)

 以上の4点が大枠においては実質的に,現在における在日米軍基地の専有・支配の中身や実態と変わりない点は,専門家の研究者であれば誰しも認める基本事項である。

 つまり,かつて大日本帝国が旧「満洲国」(日本の完全なる属国で,その実体は関東軍が操作してきた)を属国そのものとして支配・統治してきた事実が,敗戦後史においては,在日米軍が軍事同盟関係を基盤に,この日本国のなかに基地を占拠・利用しつつ,任意にかつ恣意的に維持・運用できている事実と,その基礎的な部分において重複している。

 〔ここで引用中の ② の記事に戻る→〕 事故が起きたのは今〔10〕月11日夕。普天間飛行場(宜野湾市)所属の大型輸送ヘリCH53Eが飛行中にエンジンから出火し,不時着,炎上した。乗組員7人は無事だったが,機体は原形をとどめないほど焼けた。現場周辺はすぐに,米軍機事故の対応について日米で定めたガイドラインにもとづいて規制された。事故機の半径100メートルほどの範囲を「内周規制線」として米兵と日本の警察が共同で管理。数百メートル離れた県道近くに一般人を規制する「外周規制線」を県警が設けた。

 内周規制線内への立ち入りは米軍の合意が必要。県警が入れたのは6日経った17日の約1時間で,米軍から説明を受け,現場を見分したが機体は調べられなかった。米軍はその直後から機体の解体作業を始め,18日には同型機の飛行を一方的に再開。機体は20日までにすべてもち去った。捜査関係者は「残骸から,欠陥や整備ミスがないか調べるのが通常の捜査。それがもち去られてしまった。本格的な捜査は難しい」と話す。

 日米地位協定の関連規定では,事故機など米軍の「財産」について,日本側は差し押さえや検証をおこなう権利を「行使しない」ととり決めている。2004年に米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落したさいには,米軍が一帯を封鎖。警察官も規制線の外に閉め出された。県警は実質的な捜査ができず,容疑者不詳で書類送検して捜査を終了。これが問題視され,2005年4月に現在のガイドラインができた。

 ただ,昨〔2016〕年12月に名護市沿岸でオスプレイが大破した事故のときには,海上保安庁は内周規制線のなかに一度も立ち入れず,共同捜査の申し入れにも米軍から返答がないままだった。沖縄県は米軍関係の事件事故に,日本の捜査機関が関与できる仕組を盛りこんだ独自の地位協定改定案を政府に出している。県幹部は訴える。「原因もわからないうちに,頭の上を同型機が飛ぶ。安全保障がいくら重要でも,住民への配慮がまったくないいまのルールで本当にいいのか」。

 ⅰ)「日米地位協定,15知事が改定要望」-日米地位協定は,沖縄だけの問題ではない-
 米軍基地を抱える15都道府県による渉外知事会は「米軍基地に起因する環境問題,事件・事故等を抜本的に解決するためには,日米地位協定の改定は避けて通れない」と指摘。基地外の米軍財産を日本の当局が捜索したり差し押さえたりする権利の行使や,日本の当局主導での事故現場の統制などを改定項目として,日米政府に求めている。

 相模原市では2015年8月,病院や学校,マンションなどが隣接する米陸軍相模総合補給廠(しょう)で爆発火災が発生。ボンベの破片などが半径約200メートルの範囲に飛び散った。建物の保管物の詳細がわからず消火活動に手間どった。

 米側は市の現場への立ち入り調査を認めたが,市などは政府への例年の要請項目で「地位協定の運用改善,見直し」を盛りこんだ。市の担当者は「米側は真摯な対応だったが,基地の運用は結局,米側の裁量しだい。今回のように市の立ち入り調査を受け入れられるなら,それをルールとして整備すべきではないか」と話す。

 ⅱ)「首脳会談で提起を」
 日米地位協定に詳しい法政大の明田川融(あけたがわ・とおる)教授(政治史)の話 主権国家としての消極的な姿勢が,自国の民間地域で自国の警察が検証や差し押さえができないといった日米間の合意を生んできた。国民の大半も関心が低い。

 日米政府は運用改善や補足協定で課題はクリアできるというが,多くは米側の裁量頼みで,確実ではない。友好的な日米関係を維持していくためにこそ,住民感情を悪化させかねない協定の改定に着手するべきだ。日米首脳会談でも提起されるべき問題だ。( ② の記事の引用は終わり)

 はたして,「アメリカのポチ」ならぬ,アメリカのためだけに存在しているような,それも単なる忠実の「日本犬:晋三丸」の耳に,以上のごとき「米軍基地を抱える15都道府県による渉外知事会」からの要望が,まともに聞こえているのか? 太平洋の向こう「岸」の物音ならば,どのような小さいモノでも聞きとれる彼の聴覚であっても,日本国内で発生している物音を聞きとるには高性能の補聴器が必要になっている。けれども,この機器を彼は使うつもりがない。

 ③「米軍ヘリの再開を『合理的措置』と判断した小野寺防衛相」(『天木直人のブログ』2017-10-28)

 1)『天木直人のブログ』の引用
 小野寺防衛省がきのう〔10月〕27日の記者会見で米軍が大型輸送ヘリコプターの再開を始めたことについて,「安全確認のための一定の合理的な措置がとられた」と判断して容認する姿勢をみせた。そんな恰好をつける必要はない。正直に話せばいいのだ。日米地位協定の壁に阻まれて日本としてはどうしようもないと。そう正直に話せば国民も仕方はないと納得するに違いない。

 なにしろ,日本政府は墜落した米軍ヘリに指一本触れることができなかったのだ。自民党の政調会長で,ついこの間まで外相大臣だった岸田氏が沖縄に飛んで,在沖縄四軍調整司令官や在沖縄米総領事に抗議を申し入れようとしたのに,いずれも門前払いを食わされ,会えないままスゴスゴと帰ってきたのだ。

 選挙が始まったばかりのときに事故が起きたというのに,政治家や政治家になろうとしているこの国の立候補者は,ただの1人もこの問題を選挙の争点にしなかったのだ。私〔=天木直人〕が沖縄にかけつけて琉球新報に記者会見を開きたいと申し入れても,政治部長は「選挙期間中になにしに来てるんだ」といわんばかりの冷淡な島洋子画像態度をみせたのだ。
 註記)琉球新報編集局の政治部長・論説委員(東京支社報道部長)は島 洋子(50歳)。
 出所) 右側画像が島 陽子,https://mainichi.jp/articles/20170814/ddl/k39/040/311000c

 なにもかも,いかさまだ。そして,それを許している国民だ。小野寺防衛相は格好をつける必要はない。米軍からはなにもしらされていません。判りません。文句はいえません。そう,そのままの現実を,正直に国民にいえばいいだけの話だ。

 日米同盟を認める国民は,そうだろうと同情してくれるに違いない。怒ってみせるのは,やはり同じく,なにもできないとあきらめているくせに,それを政争の具にしている野党だけである。
 註記)http://kenpo9.com/archives/2765

 2)小野寺五典防衛大臣の発言,その情けなさ
 沖縄の在日アメリカ海兵隊は,10月11日に沖縄県内で緊急着陸した直後に炎上した輸送ヘリコプターと,同じ型のヘリコプターの飛行を,18日から再開すると発表した。小野寺五典防衛相は,「誠に遺憾だ」と述べた。小野寺防衛相は「わたしどもに対して,十分な説明が来ていない。この段階で,あしたからの飛行再開ということを一方的に発表するということは,まことに遺憾だ」と述べた。

 事故のあと,アメリカ側は,同じ型のCH-53E輸送ヘリコプターの飛行を,「96時間停止する」と発表したが,防衛省は,安全が確認されるまでは,期間にかかわらず飛行しないよう求めてきた。小野寺大臣は,アメリカ側が一方的に飛行の再開を発表したことについて,「安全性に関する説明を十分に受けていない。きわめて遺憾だ」と述べ,引き続きアメリカ側に詳細な報告を求めていく考えを示した。
 註記)引用は,http://tanonew.com/1138.html から。

 以上,日本の国土(領土・領海・領空)において発生した米軍用機ヘリの事故に関するニュースの内容であった。ネットで検索し,前段の記事を拾っている最中,つぎに引用する記事もみつけた。これら2件の記事の内容(筋書)がまったく同一なっていることに驚かされる。

 その間,4年と3ヶ月近くの年月が経過してきた。ところが,事態に関してなにひとつ変化がない。登場した防衛大臣が同じ小野寺五典であった。くわえて,「遺憾」だという反応のことばもまったく同じに吐かれていた。「属国側の立場に置かれている日本政府」のアメリカ側に対する態度には,なにも「進歩がみられない」。こういう日本政府側のアメリカ〔軍〕に対する基本姿勢は,われわれ国民・市民・住民側の立場からいうと「まことに遺憾」である。
★「米軍ヘリ墜落,沖縄キャンプ・ハンセン
山中 〔小野寺五典〕防衛相「遺憾」★
= nikkei.com,2013/8/5付 =

 小野寺五典防衛相は〔2013年8月〕5日,沖縄県の米軍基地キャンプ・ハンセン内の山中で,米軍ヘリ1機が墜落したと記者団に明らかにした。防衛相によると,米空軍ヘリはHH60で,乗員4人のうち3人は安全が確認されている。

 防衛相は記者団に「遺憾だ。迅速な情報提供と原因究明,再発防止を強く求めたい。詳細については内容を確認したい」と語った。
 註記)https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK05031_V00C13A8000000/
 3)旧「満洲国」の歴史,その記憶 
 中国の東北地域に,1932年3月から1945年8月まで存在していた「満洲国の行政」は,こう回想されている。

 1932年(満洲国の元号では「大同」1:元年)の建国時には,首相(執政制下では国務院総理,帝政移行後は国務総理大臣)として鄭 孝胥が就任し,1935年(康徳2年)には,軍政部大臣の張 景恵が首相に就任した。しかし実際の政治運営は,満洲帝国駐箚大日本帝国特命全権大使兼関東軍司令官の指導下におこなわれた。
 鄭孝胥 張景恵
  出所1)左側画像は鄭 孝胥,https://blogs.yahoo.co.jp/y294maself/folder/1024549.html?p=1
  出所2)右側顔図は張 景恵,https://ja.wikipedia.org/wiki/張景恵

 元首は首相や閣僚をはじめ官吏を任命し,官制を定める権限が与えられたが,関東軍が実質的に満洲国高級官吏,とくに日本人が主に就任する総務庁長官や各部次長(次官)などは,高級官吏の任命や罷免を決定する権限をもっていたので,関東軍の同意がなければこれらを任免することができなかった。

 公務員の約半分が日本内地人で占められ,高い地位ほど日本人占有率が高かった。関東軍は,満洲国政府をして日本内地人を各行政官庁の長・次長に任命させてこの国の実権を握らせた。これを内面指導と呼んだ(弐キ参スケ)。これに対し,石原莞爾は強く批難していた。しかし,台湾人(満洲国人)の謝 介石は外交部総長に就任しており,裁判官や検察官なども日本内地人以外の民族から任用されるなど,日本内地人以外の民族にも高位高官に達する機会がないわけではなかった。

 以上の事実に鑑み,日本内地人が圧倒的優位に立つ植民地的国家であったという基本的な評価が下されるほかない。その一方で,日本内地人以外の諸民族も一定の地位を占めたことを重視して,五族協和と王道楽土の建前がある程度は実現されていた,という評価をしたがる者もいないわけではない。

 なお,前段に出ていた表現「弐キ参スケ」とは,東條英機が関東軍参謀長時代,満州国で東条を中心に実権を振るった日本人の5人,東条英機・星野直樹(満州国総務長官)を名前の「機」から「キ」,すなわち「二キ」,松岡洋右(南満州鉄道総裁)・岸 信介(満州国産業部次長)・鮎川儀介(満州重工業開発社長)を名前の「右・介」から「スケ」,すなわち「三スケ」,以上の両者を合わせて「二キ三スケ」と称した点を指している。

 そこには安倍晋三の母方の祖父:岸 信介の氏名も出ていたが,いまのこちらの孫とはまったく正反対の役割を「旧満洲国」で果たしていた。在日米軍基地の現実問題では,いまの総理大臣である安倍晋三君は,ほとんど前面の舞台には出てこない。

 米軍の軍用機が事故を起こすそのたびに,もっぱら防衛大臣(現在は小野寺五典)が正面に出てきては,「遺憾だ,遺憾だ……」とつぶやくばかりである。つまり,アメリカ(軍)側に向かい,ただそう申しあげるばかりであった。アメリカ合州国に対する日本政府の立場をみるとき,実質的にも完全に属国状態であるせいか,「在日米軍基地の運用実態」に対して,効果の上がるような変更を迫れないままである。

 4)売国奴ということばの眞義
 旧「満洲国」において岸 信介が担当していた当時の役割は,その国の頂点付近に居すわって,おこなう仕事であった。だが,いまの安倍晋三君の役目は,アメリカ(軍基地)の周辺・底辺において呻吟させられている「自国民の苦しみ・悲しみ」を一貫して無視したうえで,しかも米軍基地の便宜を最優先させるところにみいだせる。ちまたに出回っているような,「安倍晋三に対する批判」を表現するポスターやプラカードに「売国奴」と書かれているのは,けっして的外れではなく,その的の真ん真ん中を射ている。  
     安倍晋三画像334安倍晋三画像345
出所)右側画像は,http://moon.ap.teacup.com/
kusagakubow/img/1437816440.jpg

 旧「満洲国」の政治・軍事問題は,在日米軍基地の散在するいまの日本国とただちに同一視はできないものの,軍事基地をもって首根っこを抑えられている「この国の現状」は,かつて日本の属国であった「満洲国の存在」を彷彿させる。けだし,この類推は当然も当然である「現実に対する観察の結末」だといえる。

 なお,戦時体制期における「岸 信介」を,戦後レジーム(体制)期の「安倍晋三」につなげるための《輪》は,敗戦後A級戦犯に指定されていたが,同じくA級戦犯でも死刑の判決を下された東條英機ら7名が処刑(デス・バイ・ハンギングに)された翌日,1948〔昭和23〕年12月24日(この日付は平成天皇明仁の誕生日の翌日であった),この岸らが不起訴のまま無罪放免されたという「歴史の事実」に隠されている。

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