【2011年3月11日の東日本大震災によって発生した東電福島第1原発事故に関する「企業次元における後始末」は,同社幹部たちに関する経営社会的責任として,いまだになにも果たされていない】



 ① 福島原発刑事訴訟支援団「東京電力福島原発刑事訴訟に『厳正な判決』を求めます!」(福島原発刑事訴訟支援団とは?『change.org』参照)

 世界中を震撼させた福島原発事故。多くの住民が避難を強いられ,そのうちかなりの方は,いまだに元の土地に戻れずにいます。すでにお亡くなりになってしまわれた方も少なくありません。

 2017年6月30日,福島原発事故刑事裁判の初公判では,検察官役の指定弁護士から「東京電力は津波を予測し,対策も検討していたにもかかわらず,最終的に対策を先送りした」という証拠の数々が提出されました。

東電原発事故被告3名画像
 被告人らは「津波は予測できなかった」「たとえ津波を予測して対策をとっても,時間的に間に合わなかったので,責任はないのだ」と主張しています。それに対して,指定弁護士は「対策が完了して,安全が確保できるまでは原発を止めるべきだった」と指摘しました。

 「安全が確保されていない原発を運転することは犯罪である」と断じています。そこで私たちは東京電力福島原発刑事訴訟に「厳正な判決」を求める署名を集めます。ご協力,何卒よろしくお願いいたします。

  東京電力福島原発刑事訴訟 厳正な判決を求める署名

   東京地方裁判所 刑事第4部
   裁判長 永渕健一 様


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 2011年3月世界最悪レベルの東電福島原発事故により,自然環境中に大量の放射能が拡散され,多くの人びとのかけがえのない日常が奪われました。原発事故の収束は見通せず,人びとの困難は深まっています。この裁判は,日本のみならず,世界中の人々が注目し,原発事故の真相究明と刑事責任が明らかにされることを切望しています。

 2017年6月30日の初公判では,被告人3人は,無罪を主張しましたが,検察官役の指定弁護士から,被告人の刑事責任を明らかにする数々の証拠が提出されました。私たちは,原発事故の真相が隠されていたことをあらためて認識しました。この国が法治国家であるのか,あらゆる命を大切にする国であるのかが問われている非常に重要な裁判です。貴裁判所におかれましては,適正かつ,迅速な審理をおこない,厳正な判決を出されることを強く要請します。

  〈呼びかけ・集約〉
    *福島原発刑事訴訟支援団  *福島原発告訴団
      https://shien-dan.org/
       〒963-4316 福島県田村市船引町芦沢字小倉140-1
       メール info@shien-dan.org 電話 080-5739-7279

  ☆裁判の判決日まで提出し続けます。
    福島原発告訴団サイト

  註記)以上は,https://www.change.org/ より,関連のリンクにも入って引用してある。

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 東電側被告側は「3・11」の「津波は予測できなかった」「たとえ津波を予測して対策をとっても,時間的に間に合わなかったので,責任はない」と主張しているが,日本における地震史を少しはまともに勉強すればすぐに理解できるように,数十年・数百年ごとに東日本大震災に近い規模の大地震までが,周辺海域で数多く発生してきたし,これらを原因とする大津浪も襲来しつづけている。その結果,沿岸地域に暮らす多くの住民が犠牲になってきた〈災害史〉は,「歴史の記録」として残されてきている。
 補注)本日:12月28日に「平成6年(1994年)三陸はるか沖地震」が発生していた。地震の規模は異なるが追記するに値する記録であると考えてみた。たとえば,吉村 昭『三陸大津浪』(文藝春秋,2004年)は,こういった内容を描いた本であった。
   明治29〔1896〕年,昭和8〔1933〕年,そして昭和35〔1960〕年。青森・岩手・宮城の三県にわたる三陸沿岸は三たび大津波に襲われ,人びとに悲劇をもたらした。大津波はどのようにやってきたか,生死を分けたのはなん何だったのか-前兆,被害,救援の様子を体験者の貴重な証言をもとに再現した震撼の書。
 ②「首相がデマを流していいのか? 『2006.12.13 参議院における吉井英勝議員と安倍首相の原発事故防止関連の質疑応答』(http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/column15.html,2013. 7. 12)

 吉井英勝議員は京大・原子核工学科卒,原発問題のスペシャリスト。後段に引用し,紹介する国家での議論は「福島第1原発事故の5年前のやりとり」であったけれども,「この時,真剣に対策をとっていれば,あの事故は防げた可能性が高」かった。

 以下には,原文:『巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書と答弁』(2006年12月13日質問,同年12月22日回答)の要約から,関連する段落を引用する。
 註記)引用は,http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/column15.html

 ※ 予備知識 ※  答弁があった2006年は9月に小泉政権から安倍政権になっている。吉井英勝議員は小泉政権時代に国会質問で原発の津波対策の不備を指摘し,5メートルの津波に日本の原発の約8割の原発で,冷却水が海から取水できなくなることを明らかにした。

 また,いくつかの原発では,取水不能になるうえ貯水槽もないことを明らかにした。それを踏まえての後継の安倍首相への質問だ。保守の人は「どうせ共産だから」「アカだから」という偏見をここでは捨て,原子力技術の専門家の指摘として読んで欲しい。
      吉井英勝と安倍晋三画像
    出所)http://www.sting-wl.com/abeshinzo.html
 ◆  吉井英勝議員「海外(スウェーデン)では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか」
  ◇ 安倍晋三首相「海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない」

 ◆ 吉井議員「冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか」
  ◇ 安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

 ◆ 吉井議員「冷却に失敗し各燃料棒が焼損した(溶け落ちた)場合の想定をしているのか」
  ◇ 安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

 ◆ 吉井議員「原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測を教えて欲しい」
  ◇ 安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

 ◆ 吉井議員「総ての発電設備について,データ偽造が行われた期間と虚偽報告の経過を教えて欲しい」
  ◇ 安倍首相「調査,整理等の作業が膨大なものになることから答えることは困難」

 ◆ 吉井議員「これだけデータ偽造が繰り返されているのに,なぜ国はそうしたことを長期にわたって見逃してきたのか」
  ◇ 安倍首相「質問の意図が分からないので答えることが困難。とにかくそうならないよう万全の態勢を整えている」
  補注)以上の問答はまるで「非常に出来の悪い落第生の答え」でしかない(そうでなければ完全に開きなおった答弁)。とくに「海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない」という回答は,チェルノブイリ原発事故(1986年4月26日発生)を念頭に置いていたものであったが,こうした木で鼻を括ったような,安倍晋三の原発問題に対する質問への「回答」は,バカのひとつ覚えのように「そうならないよう万全の態勢を整えている」というだけであった。

 ところが,東電福島第1原発事故は実勢に起きていた。「そうなっていた」のである。これだけでも,安倍晋三の政治生命はなくなっていたと判断できる。安倍は当時の首相であった。その人が再び首相になって登場してから,もはや5年が経過した。以上の吉井英勝議員の国会質問を引用した書き手は,こうした国会における原発問題のやりとりに関してさらに,つぎのような感想を述べていた。
   福島第1原発事故を引き起こしたのは,全電源喪失という危機対策をさせてこなかった政治家にある。安倍首相もまた安全神話を信じていた1人だけど,それをことさら非難するつもりは今日までなかった。

 なぜなら「専門家が安全といってる以上,首相はそれを信用するしかない」と思っていたから。実際,多くの政治家,著名人が,経産相や電力会社,御用学者が広める安全神話を信じこまされていた。

 誰だって,まさかあれほど大規模に「原子力村」の人々がウソを広めるなんて想像しなかったもの。だけど,安全神話を信じこんだ人が,それを反省するどころか,開きなおって原発再稼働に猛進するとなると話は別だ。

 安倍氏は答弁当時,第1次安倍内閣で首相をしていた。本来なら原発事故のA級戦犯であるのに,フェイスブックを使った卑怯なやり方で支持者を騙している。

 安倍首相は自身のフェイスブックで,上記の吉井議員とのやりとりについてデマを流し,支持者がその捏造を拡大するため,衆議院のホームページに公開されている答弁記録(吉井議員答弁 / 安倍首相答弁)から,上記の要約に該当する部分を抜き出し,原文のまま紹介する( ↑ 前段に引用し紹介した◆と◇の問答がそれであった)
 ③「〈声〉『放射能』静かな故郷に重ならぬ」(『朝日新聞』2017年12月28日朝刊「オピニオン」)

 これは「大学生  坪倉淳子(東京都,22歳)」の投書である。
   「放射能をまきちらす  焼却炉建設反対」。看板には,黒と赤のペンキでこう書かれている。看板の周りは田んぼと森。訴えを無視するかのように,田舎の静寂が広がっている。

 故郷の福島県田村市都路地区は,福島第1原発から西側30キロ圏内の阿武隈高地にある。信号は数えるほどしかない。線路も通らない。田んぼと森,カエルの声に包まれた故郷だった。
     東電福島第1原発事故周辺地域汚染分布図田村市
   出所)http://www.llsci.net/klab/act/fukushima/近藤JpGU-FMWSE.pdf ( ↑  画面 クリックで 拡大・可)

 住民3001人のほとんどは原発事故で避難し,規制解除されたいまも2419人のうち329人が帰還していない。正直私は避難して初めて原発の近くに住んでいたことをしった。当時15歳。小中学校で原発について教わったことはなかった。両親からも聞いたことはなかった。

 だから,自然豊かな世界に現われた「放射能」という文字に困惑した。原発反対という人びとは多いが,私はそうした突然の変化に驚くばかりで,「どうして?」といつも分からなくなる。事故前にどれだけ,原発の存在を意識してきたのだろう。

 私がしっている故郷は,春になれば田植えが始まる。夏になればぴんと張った緑の稲が光り,秋には黄金色に変わる。冬になって真っ白になる。真っ赤な文字で描かれた看板は,どうしても故郷の姿に重ならない。
 つぎの ④ に引用するのは「3・11」の2日後に書かれた文章である。このなかに指摘されている原発「観」が,はたして実質的にいかほど訂正され,あるいは撤回されていたか(?)と問えば,まだ全然そうはなっていない。ひどい国である。安倍晋三もひどい政治家であるが,大きな顔をしていまも「国民たちの6割前後が反対しつづけている」「原発推進の立場」を,強引に押し進めている。

 ④「地震と放射能-レイチェル・カーソン『沈黙の春(Silent Spring)』と原子力発電事故」(『世田谷徒然日記』2011年03月13日)

 1)レイチェル・カーソン『沈黙の春
(Silent Spring)』」1962年
 かねて想定されていた超大地震が発生し,原子力発電所の事故も誘発した。一般市民の被曝の懸念が現実のものとなった。実に悲しいことである。はたして人類は,賢明なのか愚かなのか。生物学者で作家のレイチェル・カーソンは著書『沈黙の春(Silent カーソン表紙Spring)』」(1962年)のなかで,こう警告していた。

 化学薬品の危険性と並んで放射能の深刻な危険にも触れ,「人類全体を考えたときに,はるかに大切な財産は遺伝子であり,それによって,われわれは過去と未来とつながっている」。「これがいまでは人工的に遺伝がゆがめられている。まさに,現代の脅威といっていい」。

 「私たちの文明をおびやかす最後にして最大の危険なのである。ここで化学薬品と放射能が肩をならべあう。放射能をあびた生物の細胞はさまざまな障害をうける。何年か経つうちに癌細胞に変わる」。

 カーソンはまた,化学物質等による環境汚染が,人間の健康や生物とのあいだに緊密な関係があると主張し,化学薬品の危険性と同様に「放射能」の深刻な危険性を,いまから50年近く前から警告していた。この間,われわれはスリーマイル島原発事故,チェルノブイリ 原発事故など,深刻かつ甚大な被害と多くの犠牲者を招きながらも,このカーソンの警告に対して人類はどこまで真摯に応えてきたのか。

 いまでこそ,かつての米国のアリゾナでの原爆実験や,中国,かつてのソ連のように,おおぴらに大気中で核実験をする国はなくなった。だが,放射性降下物の大きな発生源である核放射能除去は,いまだに深刻な問題であるし,現に原子力発電所からはつねに,ある程度の量の放射性廃棄物が大気や水に放出されている。

 もっとも危険なのは,今回のような原子力発電所事故の可能性である。1986年にウクライナのチェルノブイリの原発事故で起こったように,大量の放射能が環境に放出される。原子力産業が直面しているもっと大きな問題は,今回のような地震などによってもたらされる原発事故への防止策と核廃棄物の処理貯蔵である。

 驚くばかりであるが,ちょうどいま〔2010年3月〕から1年前,なんと,東京電力は,青森県と福島県に新たに原発を4基も建設すると発表していた。また,経済産業省資源エネルギー庁は,現在計画してる14基の原発がすべて完成しても,2030年以降の20年間に,さらに20基の新設が必要だと述べていた。

 そのような無謀な計画の根底に,はたして,人びとの平和で健康で穏やかな生活への深刻な影響がどこまで考慮されているのか? スリーマイル島原発事故,チェルノブイリ原発事故などの,深刻かつ甚大な被害と多くの犠牲者の存在が,どこまで考慮にいれられているのか?

 かつて,電力当局者の発言に原発に「万が一」はありえないとの説明があったが,これほどに,ことの深刻さを無視した独善的で無責任な発言はない。エネルギー官僚や当局者の傲慢な無謬性への過信と独善が,罪もない人びとの被曝を結果することのないよう,切に祈るばかりである。今回の一連の対応を観ていても不安を感じざるをえないのである。
 註記)https://ameblo.jp/chikarablog/entry-10829484181.html

 以上の文章のなかには,東京電力が青森県と福島県に新たに原発を4基建設する案や,経済産業省資源エネルギー庁が当時計画中であった14基の原発がすべて完成しても,2030年以降の20年間にさらに20基の新設が必要だと述べていた,というくだりもあった。しかし,いくらなんでも,この電力会社と経済産業省のもくろみは,実現させうる展望がなくなった。

 けれども「3・11」が発生したために,けっしてその展望どおりにはいかないにせよ,2030年時点で原発が電源構成において占める比率は,なお「22~20%」に維持していきたいと,経済産業省は欲望している。いつも指摘するように,今後における日本経済社会の電力需給関係においては,以前であれば原発による電力生産に「依存してきたはずのその比率分」が,もはや絶対的にも・相対的にも「完全になし」でも済まされる時期を迎えている。

 2)太陽光エネルギーの開発・利用
 先日,JR某社の × × 線に乗っていたとき,電車の窓枠の外に流れる街並みを漫然と眺めていたところ,突然,みたことのない新しいある光景が目に飛びこんできた。それはたしか,以前にはなくて,まだしらなかったあらためてみる風景であった。

 だいぶ以前に廃業していた自動車教習所の敷地(廃墟の土地)が,なんと太陽光パネルに埋め尽くされた場所に変身していた。ネット上には,「指定自動車教習所は,20年前には全国で 1500校を超えていました」が,「その数は年々減りつづけ,20年間の間に 150校以上が廃業をしています」といった記述もみつかる。
 註記)http://kuruma-uru.sakura.ne.jp/post-2167

 なにをいいたいかというと,「3・11」以降,個人住宅の屋根に設置される太陽光発電装置が急速な勢いで増加しているだけでなく,地方の人口過疎地における遊休地・空き地にくわえて,都心部の人口密集地でもビルの屋上やそのほかの利用可能な空間がくまなく探しだされては,太陽光パネルを設置するための候補地として求められ,実際にもこの使途が着実に実現しつつある。
『日本経済新聞』2017年12月28日朝刊23面太陽光敷地広告
 上の新聞広告(画面 クリックで 拡大・可)は,本日〔2017年12月28日〕の『日本経済新聞』朝刊23面「証券3」の下部の出ていたものである。再生可能エネルギーの発電に関しては,ほかにも有力な方式として風力や従来からの水力があるが,この太陽光と風力の2方式による発電供給量の絶対的な増加傾向,そして「3・11」以来さらに徹底されて努力してきた節電(省エネ)が上げてきた成果などの動向・要員は,原発による電力供給をもはや不必要にさせている。
 
 ⑤「『炉心溶融の言葉使うな』指示,検証委『東電元社長の判断』」(『朝日新聞』2017年12月27日朝刊31面「社会」)-「3・11」当時の首相菅 直人が悪いのだと責任転嫁する東電社長清水正孝の「社長としての器」の小ささに観る醜悪さ-

 東京電力福島第1原発事故時に炉心溶融(メルトダウン)の公表が遅れた問題で,新潟県と東電の合同検証委員会は〔12月〕26日,「炉心溶融という言葉の使用について官邸からの指示はなく,使わないよう社内に指示したのは清水正孝社長(当時)の判断だった」とする調査結果を公表した。

 東電が設置した第三者検証委員会は昨〔2016〕年6月,東日本大震災から3日後の2011年3月14日,武藤 栄副社長(当時)が記者会見をしたさい,清水元社長が社員を通じて「官邸からの指示として,炉心溶融という言葉を会見で使わないように」と指示したと指摘。清水元社長の記憶が薄れており,「指示」の詳細な内容は確認できなかったが,首相官邸の指示があったと「推認」した。

 実際に,東電は事故から2カ月後の2011年5月まで炉心溶融を公表しておらず,東電と新潟県の合同検証委では「官邸からの指示」が実際にあったかどうかが焦点になっていた。

 合同検証委の調査結果によると,清水元社長は記者会見の前日,民主党政権の菅 直人首相(当時)や枝野幸男官房長官(同)と官邸で面会し,情報共有に関する指示を受けた。清水元社長は「炉心溶融という言葉は定義があいまいなため,(官邸と)情報共有し,共通認識をもったうえで発表しないと社会的な混乱を招く恐れがある」と,自身の判断で「炉心溶融という言葉は使うな」と社内に指示したと証言したという。

 新潟県は柏崎刈羽原発の再稼働の議論に入る前提として福島事故の検証を独自に進めている。(引用終わり)

 --完全に詭弁の発想による自己弁明・擁護・保全が試みられていた。原子力ムラでは原発関係の事故が発生すると, “「事故」ではない「事象」なのだ” と東大話法を使用する慣例ができていたが,この清水正孝の発言も,実に驚嘆させられる屁理屈であった。

 まず「炉心溶融という言葉は定義があいまい」だという理由づけが,不可解というか詭弁を通りこしており,完全に虚偽というほかない迷定義であった。炉心溶融していた東電福島第1原発事故の現実をそっちのけにして,そのようなドの着くような奇怪な説明をしたのだから,これはもう救いのようないくらいひどい責任逃れ(その場しのぎ)の遁辞であった。

 以上は『朝日新聞』の報道であるが,『産経新聞』あたりになると,当該する記事を報道した見出しが「『炉心溶融の言葉使うな』は東電社長判断,菅 直人氏の強圧的な態度が影響」(『産経ニュース』ウェブ版,2017.12.26 19:48更新)となっていて,まるで菅首相がそのようにしむけた(強要した)かのように報道していた。

 もちろん,両者がやりとり経緯があってから,清水正孝は自社内にその指示を出していたわけであるが,その決断じたい清水自身が下したものであるかぎり,あたかもその基本的な責任が菅(当時の首相)に全面的にあったかのようにも受けとれる修辞を,あえて使うのは卑怯。

 もともと,産経新聞社は読売新聞社と同じに「自民党政権を応援団するための反『社会の木鐸』」な言論機関である。したがって,この種の事実は自他ともに認めるこの2つの新聞社の特徴であるから,以上のような報道がなされても特別にびっくりさせられる内容とはいえない。

 いずれにせよ,清水正孝が東電社長の立場として,「3・11」発生直後から記録してきた行動は,天下の大会社東京電力の社長の椅子に座っていた人間とも思えないほど低劣であった。

 2チャンネル的な表現を使えば「東京電力 清水正孝社長 トンズラしたまま辞任へ」という “上書き的な形容” もされていたその元記事を,つぎに紹介しておく。
◇ 東日本大震災:福島第1原発事故
東電・清水社長,辞任へ ◇
『毎日新聞』2011年3月31日朝刊=

 東京電力は〔2011年3月〕30日,清水正孝社長(66歳)が29日夜に体調を崩して緊急入院したと発表した。原発事故の深刻化や計画停電などをめぐり,重要な経営判断を迫られるなかのトップ不在という異例の事態となり,清水社長の辞任は不可避の情勢となった。

 当面は社長職を代行する見通しの勝俣恒久会長は「社長から辞意は出ていない」と述べたが,清水社長復帰のめどがつかないなか,東電は最高責任者の長期不在を避けたい考えだ。勝俣会長は,清水社長も含む経営責任について「当面は,いまの事態をいかに収束させるかに全力を尽くす」と述べたが,「思うところはある」と含みをもたせた。
 註記)http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110331ddm001040043000c.html
 「3・11」直後の東電内部事情をいまから思いかえしてみる。原子炉の内部構造にたとえていえば,「圧力容器」に相当する社長の清水正孝(実質,社内ロボット)は完全に炉心溶融状態に陥ってしまい,役立たずになっていた。そこのところを「格納容器」に相当する会長の勝俣恒久(実質,社内天皇)が,代替するための機能(実力)を果たしていた。事後,勝俣恒久が全面的に前面の舞台に出ていき,東電側の対処がなされていった。
   ここではいきなりだが,前段の記述とも関係がある画像,勝俣恒久と清水正孝の画像資料を添えておく。本ブログの別の記述から再掲している。その住所(アドレス)は末尾に註記しておいた。

 清水社長がその後,いつのまにか,体調不良(高血圧と眩暈とか)で東電付属病院に逃亡したことは,当時の出来事として記憶している人も多いはずである。それに比べ,温厚そうであるが芯の強そうで,かつ人を食ったような態度もみせる勝俣恒久会長(「東電のドンは,勝俣だった」註記) )。

 そして,これらの最高経営層に見捨てられたかのような東電福島第1原発事故現場で采配していた吉田昌郎所長とは,会社上層経営者の《典型的ないくつの人間類型》を整理して,かいまみせてくれていた。
 註記)船橋洋一『カウントダウン・メルトダウン 下』筑摩書房,2012年,418頁。
勝俣恒久3
出所)http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/tag/勝俣恒久
 
 解説)「3・11」のような本当の危機,国家が滅亡するかもしれなかったあの原発事故に対面,遭遇したとき,その人間の真価が問われ,本性もとことんまで暴露された。清水正孝社長は,勝俣恒久会長がいなかったら,敵前逃亡した将軍であったと烙印を押されたに違いあるまい。

 この勝俣恒久の写真を借りた書き手は,こういっていた。

 「画像は国会事故調において片肘をついて受け答えをする勝俣恒久東京電力会長だ。これまでの国会事故調をみるかぎり,肘をついて答弁をした人物はいない。これが福島原発事故の責任を負う立場の,東京電力の経営陣 TOP の態度であることを目に焼き付けておく必要がある」。

 たしかに,そのへんの1国の首相なんかよりも自分のほうがよほど上だという表情が出ている。さて,つぎの画像は,なにもかもきわめて対照的だった清水正孝。

清水正孝3
出所) http://blogs.yahoo.co.jp/gyro_x_minicar/63360598.html
 
 以上の註記)本ブログ,2014年03月15日「『原発敗戦』の意味-東電福島第1原発事故を危機ととらえない旧自民党政権の無責任的な遺産-」,⇒ http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1000615274.html
 当時,東電側が「社会的な混乱を招く恐れがある」ので「炉心溶融という言葉は使うな」と社内に指示した事実は,「原発神話」の内実を多少でもしる者の立場からは,ある意味ではよく理解できる “原発イデオロギーの一端” であった。
 
 だが,そのようなマヤカシ・ゴマカシでしかなかった基本姿勢によって,「東日本大震災:東電福島第1原発事故の発生」という重大かつ深刻な事態(事象?)に対処していった東電最高経営陣にあっては,日本の大会社を代表できる品位・品格の欠損どころか,その自尊心・独立性すら不在になっていたと観るほかない。

 ⑥「〈経済気象台〉経営者に伝えたいこと」(『朝日新聞』2017年12月28日朝刊5面「経済」)

 この1年,日本経済の指標でもある日経平均株価が,バブル崩壊以来の最高値を付けたとの明るいニュースもあったが,老舗著名企業の不祥事も相次いだ。日産自動車やスバルの無資格検査だけでなく,素材メーカーの神戸製鋼所グループ,三菱マテリアル子会社,東レ子会社の品質不正は,日本の製造業に対する信頼を大きく失墜させている。
 補注)「日経平均株価が,バブル崩壊以来の最高値を付けたとの明るいニュース」があったという事実についていっておく。これを国民たちが平均的に生活する「実際の経済次元」に関係づけて判断したら,その9割5分以上は〈からっきし〉無関係である。

 なかでも経団連会長の出身母体,東レの子会社での品質データ改ざんは,日本企業全体に商道徳の軽視や市場規律の緩みがあるのではないかと疑われる事態となっている。しかも,ほとんどの企業が不祥事発覚後も公表を遅らせてきた。由々しきことである。

 東レの社長は1年前に報告を受けながら,安全上の問題がないと考えて,公表するつもりはなかったとさえ答えている。顧客への説明と安全確認をおこなうことでこと足りると考えていたようだ。昔なら業界仲間の手打ちでことなきをえたのかもしれないが,社会の意識や環境はまったく変わった。いまだに社会的な責任を認識できていない経営者がいることに驚く。

 企業の評価や信頼性は,社会に対して正直に説明責任を果たすことから始まる。素材メーカーの場合は川下の最終消費者の安心・安全まで配慮することが不可欠である。情報化社会の進展で,不祥事をしった者がSNSでつぶやいたり,ネット掲示板に書きこんだりして,事実が白日のもとにさらされることは日常茶飯事なのである。

 経営者にいま一度伝えたい。どんな組織でも不正は起きうるものであること,そして悪い情報は必らず漏れるということである。経営者は従業員のかがみであり,率先して襟を正す姿勢を社会に示す必要がある。(惻隠)(引用終わり)

 --東電が,日本を代表する原子力ムラの一員として,以上のコラム記事に指摘・批判される中身に,まったく無縁だったとはいえまい。むしろ,前段に書かれている問題点のほぼ全部にまで抵触したとみなせる企業行動を実際に「犯してきた」のが,東電の立場(「3・11」以後の経歴)であった。

 最近は,日本の企業に対する評価や信頼性ががた落ちになっているが,「3・11」発生直後から露見されざるをえなかった「東電という大会社の品位・品格」も,ここに至ってはなきに等しいものにまで損価・下落してきた。つぎの図解は参考にまで。
東電持株会社図解

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  【未  完】 「本稿(1)」の続編は記述されしだい,ここにリンクを張るつもりである。

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