【「安倍晋三の・による・のための政治」によって結果した「国家の私物化」は,さらに昂じて,日本国じたいを「死物化」させる現象を呼びこんだ】


 ①「〈田原総一朗の政財界「ここだけの話」〉『ポスト安倍』は辞任のタイミング次第 安倍政権の終焉が近づいている」(『日経ビジネス ONLINE』2018年4月20日)

『日経ビジネス ONLINE』2018年4月20日安倍晋三画像 a) 安倍晋三首相が責任をとるべき時が迫っている。その理由はたとえば,4月4日にNHKで報じられた森友学園への国有地売却についての「口裏合わせ」だ。国有地がおよそ8億円の値引きされた根拠である「ごみの撤去」だが,財務省理財局が学園側に虚偽の説明を求めたという。

 2017年2月20日に理財局の職員が同学園に「トラック何千台も使ってごみを撤去したと説明して欲しい」と要求した。つまり,ごみの存在は嘘であり,「8億円の値下げ」が前提となっていたといえる。では,なぜ8億円を値下げしなければならなかったのか。理財局にとっては,値下げに対するメリットはなにもない。となると,理財局より上の立場,とくに政治家からの圧力があったと考えざるをえない。

 誰がどのような圧力をかけたのか。いま,それが大きな謎になっている。この重大な謎を解明する責任は,安倍首相にある。しかし,安倍首相はその責任をとろうとはまったく考えていないようだ。
 補注)いまとなっては,その「重大な謎」が安倍晋三自身に向けて渦巻き状に吸いこまれていく現象であったことは,衆目の一致する点である。状況証拠であれば盛りだくさんに提供されてきた。当人の自供など必要ないくらい,そのように推認されるべき事情・状況がととのっていた。

 b) 加計学園の獣医学部新設をめぐる問題では,柳瀬唯夫・首相秘書官(当時)が愛媛県の職員らと面会したさいに「首相案件」と語ったと文書に残されていた問題がクローズアップされた。この文書には,2015年4月2日に愛媛県の職員が首相官邸で柳瀬氏に面会したと書かれているという。しかし,柳瀬氏はこの問題が報じられた4月10日に「記憶のかぎり会っていない」と説明している。

 愛媛県の中村時広知事は,柳瀬氏と愛媛県の職員との面会の事実を認め,柳瀬氏に対して「ていねいに正直にいってほしい」と述べている。4月13日には,この面会時の文書は農林水産省内にあったと発表された。一連の流れをみると,世の中の人びとは「柳瀬氏は嘘つきだ」と思わざるをえない。
   柳瀬唯夫次官画像
 註記)柳瀬唯夫次官,『日刊ゲンダイ』2017年7月25日。
 なぜ,柳瀬氏が嘘をついたかといえば,面会の事実を認めるということは,安倍首相が関わっていると認めることになるからだろう。安倍首相は2017年2月に国会で,「もし,森友学園の土地売買で自分や妻がかかわっていれば,総理大臣も国会議員も辞める」と発言した。これは森友学園についての発言だったが,加計学園であっても同じである。安倍首相は,同様に責任をとらざるをえないだろう。

 柳瀬氏のみならず,佐川宣寿・前国税庁長官も嘘ばかりいっている。こちらも,安倍首相を守るためと思われる。誰がみても,安倍首相が責任をとるべき問題へと発展しているのである。

 c)「自民党の参議院議員約70人を前に話したが……」 先週〔とは4月8~14日〕,僕は「北朝鮮,米国,中国の関係について話をして欲しい」と頼まれ,自民党の参議院議員約70人の前で話をする機会があった。そのとき僕が話した内容は米朝中関係ではなく,前半は佐川氏,後半は安倍首相の批判だった。

 森友・加計問題の根本的な原因は「自民党の劣化」だ。僕はなんども強く主張した。いま,国民の自民党に対する不信感が強まっている。あなたがたは自民党員だ。自民党を愛していると思う。自民党を愛しているならば,国民の信頼をとり戻すために,堂々と安倍批判をやるべきではないか。

 若いころ僕は,野党などまったく関心がなかった。本コラム「 “茶坊主” ばかりの自民党が崩壊するシナリオ」でも述べたが,かつての自民党には 主流派・反主流派・非主流派が存在することで多様性があった。

 主流派,反主流派,非主流派の間で,いつも白熱した議論が起こっていた。下手なことをいえば他の派閥から批判されてしまうから,誰もが発言に責任感をもたなければならなかった。たとえば,自民党の首相が交替するときは,野党からの批判ではなく,主流派が,反主流派や非主流派との議論に負けたときだけである。当時の自民党には,つねに緊張感があった。

 ところが,選挙制度が中選挙区制から小選挙区制に変わったことで,自民党には反主流派も非主流派もなくなった。一つの選挙区から1人だけが当選するという小選挙区制では,執行部の推薦がなければ立候補ができないから,主流派の議員だけが当選するようになった。こうして,自民党内のほとんどが安倍首相のイエスマンになってしまった。これこそが,自民党の劣化である。

 僕は,第二次安倍内閣で最初に幹事長を務めた石破 茂氏に,「みんな安倍首相のイエスマンになってしまった。自民党の劣化だ。昔のように言論闘争を起こすために,選挙制度を中選挙区制に戻すべきだ」と話したことがある。すると,石破氏は「そのとおりだ。

 しかし,中選挙区制には戻したくない。なぜならば,中選挙区制だと1度の選挙につき1億円超のコストがかかるからだ」といった。昔は,政治家のスキャンダルといえば,金券〔金権?〕の問題だった。いまは,そんな話はまったく出てこない代わりに,不倫やセクハラの話ばかりである。これも,選挙制度が変わったことによってみられる変化である。
   岸田と石破画像
    出所)『日刊ゲンダイ』2014年8月12日。
 d) 岸田氏か,それとも石破氏か。これだけ問題が立てつづけに明るみになっているうえ,支持率も大幅に下がりつつあるにもかかわらず,自民党内では「安倍降ろし」の動きがみられない。今〔4〕月15,16日に実施されたNNN(日本テレビ)世論調査では,内閣支持率は 26.7%となった。安倍政権発足以来,最低の数字である。ところが,いま,安倍首相の批判をしているのは,小泉進次郞氏だけだ。

 しかし,僕は安倍内閣がそう長くもたないと思う。その後,どのようなシナリオになるか。それは安倍首相の「辞め方」しだいだろう。たとえば,森友学園の国有地売却問題で,野党は迫田英典・元理財局長と安倍昭恵夫人の証人喚問を要求している。世論が強くなり,昭恵夫人の証人喚問が実現するようになれば,安倍首相はその前に辞任するだろう。

 来週には柳瀬氏の国会招致がある。そこでどのような発言をするのか。もう「記憶がない」では通用しない。安倍政権が退陣したのち,「ポスト安倍」は岸田文雄氏,石破氏が有力だ。どちらが優位か見極めるポイントは,安倍首相がいつ辞任するかにある。安倍首相が早い段階で辞めれば,岸田氏が有利だ。遅くなればなるほど,石破氏が有利になる。辞任のタイミングが早いほど,安倍首相の力が自民党内に通用するからである。

 いま,国内外では米朝首脳会談に注目が集まっていて,安倍政権は数々の問題が明るみに出たにもかかわらず息を吹き返すのではないかとの見方もある。しかし,そんなに甘くはない。森友・加計問題は,安倍政権の致命傷となるだろう。
 註記)http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/041900066/?n_cid=nbpnbo_mlpus
    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/041900066/?P=2&nextArw
    http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/16/122000032/041900066/?P=3

   安倍晋三は日本の首相として4月17~20日,米国を訪問し,トランプ大統領と会談したが,そのなかで「自身の外交問題取組における目玉商品」である日本人拉致問題を,米朝首脳会談でとりあげてもらえるようトランプに直接要請した。だが,日米首脳会談でトランプ政権側は,これまで打ち出した鉄鋼・アルミニウムの輸入制限など貿易問題について議論するほうに重点を置いていた。

 安倍晋三は自国の外交問題である北朝鮮の拉致問題だけでなく,国交回復問題についても歴史的な課題として取組み,その解決をめざさなければならない立場にあったにもかかわらず,いままで,終始一貫「バカの一つ覚え」的なせりふを吐くばかりで,「最大限の圧力を北朝鮮にくわえて」解決するのだといった例の得意文句しか唱えてこなかった。それゆえ,今回の訪米中に “トランプに北朝鮮への口利きを依頼する” ほかないという体たらくに終始していた。

 ② あいもかわらず進歩が全然みれらない「櫻井よしこ女史流の意見広告」

 ところが,こんな安倍晋三君でもまだ応援団がいた。本日〔4月20日〕『日本経済新聞』に,つぎの広告が出ていた。このなかに書かれ,いわれて〔主張されて?〕いる「櫻井よしこ女史の発言」は,失笑するものしかみあたらない。いまだに「国士」をきどっているかのようなこのオバサン闘士ではあるが,ピンボケも正気で “ここまで昂じる” となったら,もう処置なしだという強い印象を与える。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
『日本経済新聞』2018年4月20日17 面櫻井よしこ意見広告

 ここに記述され主張されている諸点は,日本の国民・市民・庶民たちに対して思考停止を求める内容になっている。櫻井よしこ1人の考えだけが絶対に正しいと,それはもう狂信的にまで固執した意見が広告されている。こういったたぐいの意見広告が出された事情から読みとれるのは,安倍晋三政権のダメさ加減・体たらくが逆説的に反映されている事実である。

 この〈愛国者風のイデオロギー〉を鎧にまとって櫻井よしこなりに表現されたこの立場は,まるで安倍晋三政権の延命を必死になって支えている様子を,正直に物語っている。田原総一朗が前項 ① で解説したような,現実における日本の政治の深刻な様相などなにも気にしておらず,それよりも櫻井よしこ自身がこの意見広告で強説する問題だけを,ともかく最優先させろとオダを挙げている。

 国家基本問題研究所のホームページには,「 【第505回・特別版】政治家は改憲の歴史的使命を果たせ」という櫻井よしこの記述がある(2018.03.26)。このなから最後部の主張を引用しておく。
  日本周辺の政治,軍事状況の大きな変化の中で,いまのままでは日本が自力で日本を守り通すことは不可能だと認識すべきだ。だが,国民を守り日本国を守るのは,日本国でしかあり得ない。だからこそ日米安保体制の強化とともに,国としての力を強めなければならない。そのための憲法改正である。

 わが国は北朝鮮の危機,中国の膨張,米国の変化に直面しているのである。わが国の安全を「平和を愛する」国際社会の「公正と信義」に縋り続けて70年,一国平和主義の気概なき在り様を変える歴史的使命を果たすのが責任ある政治家,政党,メディアの役割だ。
  註記)https://jinf.jp/weekly/archives/22566
 櫻井よしこは,在日米軍基地に自国領土の首根っこを軍事的に抑えられ・牛耳られている日本国全体をかこむ現状は,いったいどのように認識しているのか。このように問われる以前にいわく,「日本が自力で日本を守り通すことは不可能だと認識すべきだ」が,「国民を守り日本国を守るのは,日本国でしかあり得ない」にしても,「だからこそ日米安保体制の強化とともに,国としての力を強めなければならない。そのための憲法改正である」といったごとき,櫻井よしこ流に元気さだけは存分に発揮されている主張であっても,その脈絡をたどっていくと完全に支離滅裂であった。

 すなわち,日本は自力で自国を守れないから,完全に対米従属国である現状の「日米安保体制の強化とともに,国としての力を強め」るためには「憲法改正」が必要だといっている。けれどもこの主張では,アメリアのためにはたしかになるにしても,けっして日本じたいのためになりえない。この点は,日本国土の現状(全国に配置されていて “完全なる治外法権”  を有する米軍基地の実在)を直視すれば,すぐに理解できることがらである。

 ところが,櫻井よしこの思考方式はまさしく,ここまでもひどく思考停止を明示している。安倍晋三流の「戦後レジームからの脱却」論の根本矛盾と同穴であった。「できもしないことをできるかのように」唱えていた。

 ③「〈社説〉幹部自衛官暴言 旧軍の横暴想起させる」(『東京新聞』2018年4月19日)

 背筋がゾッとする異様な行為である。現職の幹部自衛官が国会議員に「国民の敵」などと罵声を浴びせた。旧軍の横暴を想起させ,断じて許されない。再発防止の徹底と責任の明確化を求めたい。

 まずは事実関係を確認したい。民進党の小西洋之参院議員によると,〔4月〕16日午後9時ごろ,国会議事堂前の公道で,現職の自衛官を名乗る男が小西氏に「おまえは国民の敵だ」「おまえの議員活動は気持ち悪い」などと罵声を浴びせた。

 小西氏の警告にもかかわらず罵声は約20分続き,最終的には発言を撤回した。男は航空自衛官で,陸海空三自衛隊で構成する統合幕僚監部の指揮通信システム部に勤める三佐。いわゆる幹部自衛官である。

 小西氏は「全国民を代表する選挙された議員」だ。その議員で組織する国会が,自衛隊の組織や活動を法律や予算のかたちで決める。指揮監督権を有する首相や内閣を文民とする憲法上の規定と合わせて文民統制(シビリアンコントロール)の重要な要素である。

 その統制に服するべき国会議員に対し,現職の幹部自衛官が罵声を浴びせるなど言語道断だ。自衛隊法は隊員に選挙権の行使を除く政治的行為を制限し,信用を失墜させる行為を禁じている。男の行為は自衛隊法に反し,文民統制を脅かす。厳正な処分と再発防止の徹底は当然としても,小野寺五典防衛相や河野克俊統合幕僚長らの監督責任も免れまい。
  法を順守するという意識の希薄さこそが問題なのです。自衛隊というのは,法律で決められなければ,一歩も前に出られない組織です。だからこそ,その先頭に立つ人は,首相であれ防衛相であれ,法律というものに誠実に向き合わないとダメ。

 それなのに安倍内閣は,憲法違反の疑いが濃い集団的自衛権の行使容認にもとづく安保関連法を,強引に制定しました。憲法をねじ曲げることができるということを,自衛隊員に教えちゃったわけです。
 註記) 「元防衛相(北澤俊美)が語る文民統制の神髄-国民の代表という自覚を持ち,自衛隊と信頼関係をつくって国民の安全を守る-」『WEB RONNZA』2017年07月27日,http://webronza.asahi.com/politics/articles/2017072300002.html
 この(前段の)ニュースを聞いて,戦前・戦中の旧日本軍の横暴を思い浮かべた人も多かったのではないか。1938年,衆院での国家総動員法案の審議中,説明に立った佐藤賢了陸軍中佐(当時)が,発言の中止を求める議員に「黙っておれ」と一喝した事件は代表例だ。

 佐藤中佐は発言をとり消したものの,軍部は政治への関与を徐々に強め,やがて軍部独裁のもと,破滅的な戦争へと突入する。文民統制は旧軍の反省にもとづくものであり,民主主義国家としてそれを脅かすいかなる芽も見過ごしてはならない。

 しかし,小野寺防衛相は「若い隊員なのでさまざまな思いがあり国民の一人として当然思うことはある」と述べた。自衛官をかばうかのような発言だ。事態の深刻さをよく理解していないのではないか。文民統制の軽視は,イラクや南スーダンなど海外派遣部隊の日報隠しにも通底する。「いつか来た道」を歩み出してからでは遅い。自覚と規律を徹底すべきである。(引用終わり)
 
 さて櫻井よしこ女史は,このような社説の意見・批判をどのように受けとめられるか? 「国民を守り日本国を守るのは,日本国」の自衛隊3軍「でしかあり得ない」と,本気で想定しているのか? 在日米軍と自衛隊3軍の米日安保関連法にもとづく上下関係のなかで,本当にそのように自衛隊がこの国を守るための軍隊だと,純粋に考えているのか? 脳天気な軍事事情の理解はほどほどにすべきである。
「黙れ」事件(1938〔昭和13〕年3月3日)◆

 国家総動員法が衆議院に提出された1938(昭和13)年3月3日,衆議院総動員法案委員会で,陸軍省軍務課政策班長であった佐藤賢了中佐が説明員として,限定された事項の説明にあたった。

 すると,その長広舌に対して宮脇議員はじめ何人から,どこまで発言を許すのかとの声があがり,これに激昂した説明員・佐藤中佐は「黙れ長吉!」と怒鳴りつけた。ただ場所柄を考えて「長吉」だけは辛うじて呑みこんだが,この国会議員ではないただの説明員の暴言に対し,たちまち委員会は混乱し休憩が宣せられた。
       佐藤賢了画像
  出所)この画像は,http://nozawa22.cocolog-nifty.com/nozawa22/2011/04/post-c516.html

 佐藤中佐は杉山陸軍大臣の叱責を受け,陸軍大臣は翌日陳謝し,佐藤中佐は以降自発的に登院を遠慮したが,この事件後国家総動員法案の審議は順調にすすみ,怪我の功名とさえいわれた。

 さらに注目すべきは,宮脇長吉議員が佐藤賢了の士官学校時代の教官(15期元大佐)であったことである。かつての教官を帝国議会において「長吉!」と怒鳴りつけようとしたことは,後々までの語り草となった。
 註記)http://royallibrary.sakura.ne.jp/ww2/yougo/damare.html
 佐藤賢了の饒舌に比較していいか自信はないが,安倍晋三が国会のなかで披露してきた答弁のあの饒舌ぶりは,論理や筋書きを欠いたものがそのほとんどであった。なにをいいたいのか,なにが要点なのか判りえないような迷長弁舌が特徴であった。おまけに,この首相みずからが国会内ではヤジ将軍になっていた。それでいて,自分がヤジられる番になると,脳細胞が一気に沸騰する。その身勝手さにかぎっては超一流であった。

 櫻井よしこ女史の意見広告は,現状における日本の政局のなかでは,いわゆる「方向〈音痴〉〔その喪失?〕」に陥っているとしか観察できない。以前,原発再稼働の必要性に関する意見広告を出稿したときもそうであったが,時代の流れに完全に盲目になっているこの女史の立場は,もはや救いがたいくらい陳腐なものにまで堕落しきっている。

 いま,日本の政治において一番になっている内容物は,つぎのように解説されている。少し長い引用となる。

 ④「揺らぐ政官関係(下)政策決定過程の可視化を,公文書管理法の原点戻れ」(『日本経済新聞』2018年4月20日朝刊「経済教室」)
『日本経済新聞』2018年4月20日朝刊瀬畑 源画像
 この寄稿は,瀬畑 源(せばた・はじめ)長野県短期大学准教授のものである。瀬畑は1976年生まれ,一橋大博士(社会学),専門は日本近現代史。

 まず,要点を3項にまとめておく。

  ※-1 戦後も官僚の公文書管理の意識変わらず
  ※-2 隠蔽・改ざん,政策決定過程のゆがみ映す
  ※-3 罰則の導入はかえって文書未作成を促進

 1)文書管理体制
   〔2018年〕3月2日に朝日新聞が森友学園問題をめぐり,国有地取引のさいに財務省が作成した決裁文書と国会議員に提示した決裁文書に内容の違いがあると報じた。財務省は当初報道を否定したが,3月12日に14件の文書書きかえ〔改ざんのこと〕を認めた。
 補注)〔 〕内補足は引用者。

 近代官僚制は「文書主義」にもとづいて運営されている。なにかを決定するときには,原則として文書が作られ,それにもとづき行政は執行される。とくに決裁文書は,行政機関が組織として最終的な意思決定を下した証拠となるものであり,行政の正確性を確保し,責任の所在を明確にする。その決裁文書を書きかえる〔改ざんする〕ということは,みずからの存立基盤を崩すことにほかならない。決裁文書の正当性が揺らげば,行政機関の決定への信頼が揺らぐことになる。

『日本経済新聞』2018年4月20日朝刊瀬畑 源画像2 昨〔2017〕年以来,森友問題,加計問題,南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報問題など,公文書管理のずさんさがつぎつぎと明らかになった(表参照)。一見,これらは安倍政権の体質の問題にみえる。たしかに問題発覚時の対応のまずさは目を覆うばかりだ。

 本来はすぐに徹底調査して,できうるかぎりの関連文書を出して説明すべきだった。それなのに文書廃棄は問題ないとして口頭でのみ反論するという手法が繰り返されたため,疑念が膨らみ,解決が困難になっている。これは安倍政権固有の問題ではあるだろう。

 だが,もう少し広い視点で公文書管理の問題を捉えないと本質を見失うのではないか。この問題を理解するための基礎となるのは「公文書管理法」である。同法第1条では,公文書は「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源」とされている。そして公文書管理については「行政が適正かつ効率的に運営」されることや,「現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにする」との目的がかかげられている。

 さらに第4条では,第1条の目的を達するために「経緯も含めた意思決定に至る過程」「事務及び事業の実績を合理的に跡付け,又は検証することができる」文書を作成することが原則的に義務づけられた。これは文書主義の徹底を指示する条文である。今回の改ざん〔ここでは改ざんと記述〕が,この公文書管理法の精神にもとることは一目瞭然である。同法の精神が公務員にきちんと定着していないように思われる。

 そもそも公文書管理法は 2011年に施行された比較的新しい法律だ。換言すれば,これまで公文書を管理するための法律はなかったといえる。

 2)旧明治体制からの問題
 大日本帝国憲法期の官僚制は,各大臣がそれぞれ天皇を輔弼(ほひつ)することから,「天皇⇒大臣⇒官吏」といった縦割り組織でなりたっていた。そのため公文書管理は各行政機関に任された。よって自分たちにとって必要な文書は残し,不要な文書は捨てるという慣習ができた。多くの行政機関は,行政の遂行に必要な決裁文書を残し,決定過程の文書は廃棄した。

 敗戦後,日本国憲法が制定され,公務員は「全体の奉仕者」となった。だが官僚制は温存されたため,公文書管理は引きつづき各行政機関に委ねられた。公務員の公文書管理の意識は変えられなかった。この状況が変わり始めたのは,1970年代からの情報公開を求める市民運動の影響だ。

 公害問題や食品安全問題などの情報が行政から出にくいことを背景に,情報公開法を制定するよう国や自治体に求めた。しかし政権与党の自民党は基本的に情報公開法の制定に消極的だった。自民党の族議員と官僚は,情報を独占することが権力の源であることを理解していたからだ。

 1993年に自民党が下野し,細川護熙内閣が誕生したことから,情報公開法制定は行政改革の一環として推進された。自民党の抵抗はあったが,最終的に法は制定され,2001年に施行されることになった。

 情報公開法では法的権利として「開示請求権」が認められた。これまで行政機関が情報公開請求に応じるかはそれぞれの判断に委ねられていたが,原則として文書を公開することが義務となった。また行政機関が作成する行政文書の法的定義が定められ,各行政機関の文書管理規則の統一化が形式的にはなされた。

 行政文書の定義は (1) 職員が職務上作成・取得する,(2) 組織的に用いる,(3) 当該行政機関が保有しているの3点を満たすこととされる。(1) と (3) は比較的理解しやすいだろう。問題は (2) の「組織的に用いる」の解釈だ。本来は政策決定において組織内で共有された文書というのがあるべき解釈だ。これに当てはまらない文書は,電話を受けたさいのメモや,会議で自分の備忘として書類に書きこんだものなどが想定される。ここまで行政文書としてしまうと,管理の手間が煩雑になりすぎる。

 しかし情報公開法が施行されたとき,文書公開時の反響への警戒や請求への対応に時間をとられることなどから,文書を「作成しない」「廃棄する」「作成するが『組織的に用いられていない』ので行政文書扱いしない(私的メモ・個人資料扱いする)」ようになった。情報公開請求は「行政文書」に対しておこなわれるため,存在しなければ「不存在」として開示しなくて済むためだ。この「不存在」回答の多さは批判の対象となった。

 また「消えた年金」問題など,公文書管理のずさんさが明らかになるなかで,公文書管理制度に関心のあった福田康夫氏が首相に就き,公文書管理法の制定に動いた。同法でも行政文書の定義は変わっていないが,明確に「国民のため」に行政文書を管理しなければならなくなった。

 だが最近の公文書管理に関わる問題からは,以前と同様に公文書は自分たちのものだと考え,国民のものだという意識に欠ける公務員が一定数いることが透けてみえる。本来,公文書は行政が適正におこなわれていることを保証するものであり,政策決定過程が判るかたちで文書が作成されることで,行政の正当性を証明するものになるはずだ。政策決定過程が適正であれば,堂々と公開すれば済むはずだ。

 3)今後の問題
 今回の改ざんを受けて,公文書管理法の改正をめざす動きが出るだろう。罰則を入れるべきだと主張する議員もいる。しかし昨〔2017〕年から続発する問題の根本にあるのは「政策決定のプロセスが可視化されない」ことにある。

 民主主義とは,情報がきちんと提示され,それにもとづき議論し,よりよい社会をめざす試みだ。日本では果たして,政策決定プロセスを公開したうえでの議論はどこまでなされてきたのだろうか。隠蔽や改ざんが起きるということは,政策決定プロセスがどこかで「ゆがんで」おり,そのゆがみを追及されることを恐れているのではないか。
 補注)安倍晋三がおこなってきた政治(内政・外交)は,ここに指摘されているとおりになされてきた。「安倍晋三氏の『歴史的な記録を残さないことへの執着』は異様としか言いようがない:山崎雅弘氏,https://twitter.com/mas__yamazaki 」『晴耕雨読』(憲法・軍備・安全保障)2016/12/9。

 なぜか? 安倍晋三は「息を吐くように嘘をつく」政治家であったからである。だから当然,記録はなるべく残さないことにしなければならない。第2次安倍政権が5年以上も維持されてきた現時点では,そうした安倍に対する理解はゆるぎのない,つまり定評のあるこの政治家に対する公有の認識でもある。安倍は,自身の履歴からして「アメリカ遊学を留学だ」と書きかえ,改ざんしていた。

 また,安倍が首相(第2次政権)になる一昔ほど前の出来事であったが,小泉純一郎政権時に「北朝鮮に拉致された日本人5名が一時帰国した」さい,彼らを北朝鮮に返さなかった事実を自分の手柄にすりかえて騙った〈作り話〉は有名である。こうした政治手法を常用する政治家にとって公文書の記録管理などは,絶対に御免こうむりたい「国家管理・運営体制のひとつ」である。 
           
 〔記事に戻る→〕 この根本の部分を変えていかないと,今回の「負の教訓」として文書をさらに作成しないというインセンティブ(誘因)が働く可能性がある。近畿財務局は「詳しく書きすぎた」から問題になったという理解だ。罰則の導入はかえって文書未作成を促進しかねない。文書を作成しなかったことを罪に問うのは困難だ。

 公文書は国民のものだ。政策決定プロセスはできうるかぎり可視化する。この意識を公務員や政治家がもつだけでなく,国民も理解することが重要だ。改ざんを防ぐ方策は考えねばならないが,制度をいくら変えてもそこに魂が入らなければ意味がない。公文書管理法の目的を徹底させる方策を考えていく必要がある。(引用終わり)

 安倍晋三の政治に対して一番強く批判が向けられるべき問題点は「政治の私物化」であった。以上に引用した識者が指摘するように,「政策決定プロセスはできうるかぎり可視化する」のは「公文書は国民のものだ」からであり,「この意識を公務員や政治家がもつ」ことにくわえて,その点を「国民も理解することが重要だ」と結論していた。
 安倍は膿画像
   出所)https://twitter.com/search?q=%23安倍事案
     膿はお前が画像
 出所)https://ameblo.jp/sogawa06/entry-12368505443.html
 安倍晋三が我流でもって「国家そのものを私物化してきた過程」のなかで「溜まりにたまってきた《膿》」が漏れ出てきた具体的な諸問題が,まさしく「森友問題,加計問題,南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報問題など,公文書管理のずさんさ」などであった。

 いま,安倍晋三とこの政権による「国家の私物化」は「日本という〈美しい国〉を死物化させる危険」さえ招いた。なにせ『その膿』そのものが実は,この首相自身を意味したのだから,事態は絶望的な展開に向かい前進(?)してきた。

 【補 遺】(午前11時43分)

 ◆「フライデーがすっぱ抜いた安倍・菅と麻生の大喧嘩」(『天木直人のブログ』2018-04-20)から後半を引用する。

   --批判の嵐のなかで麻生大臣はG20出席のため訪米した。だったらなぜ安倍首相と一緒に一足早く訪米し,貿易交渉はペンス副大統領と自分でおこない,それを終えてからG20に臨もうとしなかったのか。なぜ安倍首相はそれを麻生大臣に求めなかったのか。

 それは,安倍首相もはじめからそんなことは頭にはなかったからだ。失敗する安倍訪米の片棒など誰が担ぐものかと麻生大臣は尻をまくり,それをしっている安倍首相は,世耕がだめならTPPの茂木だと決めていたのだ。

 このままでは,間違いなく政局が始まる。麻生大臣は居直り,ますます安倍・菅政権を困らせようとするだろう。最後は安倍首相が麻生大臣を。「お前は首だ」と更迭することになる。安倍・菅暴政コンビはいよいよ最後の勝負所にさしかかって来た。

 そこに小泉父子が参戦し,すべての自民党員を巻きこんだ壮烈な権力争いが始まる。はたしてどちらが勝つか。私には分からない。はっきりしていることは,野党がどんどんと霞んでいくということだ。

 メディアも国民も,いつものことながら,自民党内の権力争いが大好きなのである。小泉父子が好きなのである。
 註記)http://kenpo9.com/archives/3592

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