【この首相の知的水準に適応できた自民党内各陣営の総動員体制】

 【民主主義の基本理念など雲散霧消どころかその〈霧カス〉すら漂わせないトンデモな内政の態勢は,政治体制としては幼稚園レベル以下】

 【日本の民主主義を葬儀に出して,敗戦国の「戦後レジームからの脱却」を図りたい安倍晋三の願望は,この国が完全なる対米従属国家体制になって実現する】

      石破茂画像正直公正画像
   出所)https://www.asahi.com/topics/word/石破茂.html
 ① 石破 茂「正直,公正」が安倍首相の個人攻撃という噴飯! 安倍独裁化で首相批判が完全タブーのディストピア」(『リテラ』2018.08.28)

 a) 〔2018年〕9月20日に投開票の自民党総裁選。

 今月26日に出馬宣言をおこなった安倍首相と,すでに立候補を表明していた石破 茂元幹事長との一騎打ちとなる模様だが,そんななか,石破陣営の選挙戦略に対する自民党内の反応が実に噴飯ものだ。

 周知のとおり,森友・加計問題などに対する安倍首相の対応に批判的な石破氏は,今回の総裁選を「正直,公正」とのキャッチフレーズで戦うと宣言してきたわけだが,〔8月〕25日,ネット番組のなかで突如このフレーズを封印・変更することを示唆。番組終了後,記者団に対しても「別に人を批判するつもりはまったくない。そういうふうにとらえる方がいるなら,変えることだってあるだろう」と語ったという。

 しかし昨日〔8月27日〕,石破氏は昨選挙公約を公開した記者会見で「正直,校正(公正)」のフレーズを堅持すると表明。最後まで安倍首相を党内から批判する立場として総裁選に臨む方針を固めたのだ。当然だろう。おかしいのは,石破氏が「正直,公正」の撤回を示唆する原因となった,自民党の状況のほうだ。

 すでに多数のメディアが指摘しているように,石破氏が一度はキャチコピーをとりさげるポーズをとったのは,党内から「安倍首相への個人攻撃だ」なる批判を受けてのことだとみられている。実際,参院では石破氏を支持するとしている竹下派の吉田博美参院幹事長も「相手への個人的なことでの攻撃は非常に嫌悪感がある」などと述べていた。

 だが,ちょっと待ってほしい。そもそも「正直,公正」って,別に政治家として当たりまえの志だろう。それを自民党は「安倍首相への個人攻撃」になると騒いでいるのだから,コレ,裏を返せば,安倍首相は「正直,公正」ではなく「嘘つき,不正」と自民党が認めてしまったということではないのか(笑)。

 まあ,そう考えると石破氏が下げる素ぶりをみせたのも,この倒錯的な党内に苦言を呈するメッセージのような気もしなくもないが,どちらかというと,世論の反応をみての判断というところが大きいのだろう。というのも,石破氏の「正直,公正」撤回示唆発言を受けて,Twitter 上には「#石破氏の新キャッチフレーズ」なるハッシュタグが登場。これがいわゆる大喜利状態となり,こんな盛り上がりをみせていたからだ。

  「憲法違反はしません!」
  「お友だちを優遇しません」 
  「国民を “こんな人達” と呼びません!」
  「強行採決を繰り返しません」

  「災害時に宴会はしません」
  「自分のフェイスブックへの差別的書きこみを放置しません」
  「ネトウヨ作家をNHK経営委員にしません」
  「ヤクザに汚れ仕事は依頼しません!!」

  「公文書は改竄せずに保存しておきます!」
  「聞かれたことに答えます」
  「約束を守ります」
  「自由と民主主義」

 わざわざ解説するのも野暮だろうが,つまり「石破氏の新キャッチフレーズ」の体裁をとりながら,安倍首相に総理大臣としての,いや,そもそも政治家としての資質が皆無であるということを,人びとが思い思いに皮肉ったわけである。

 振りかえるまでもなく,安倍首相はこの間,森友・加計問題だけでなく,財務省の公文書改ざん問題や防衛省の自衛隊日報問題などの不祥事や,安保法制をはじめとする政府法案などでの国会答弁で,さんざんウソやごまかしを重ね,はては国民の疑問に答えずに逆ギレを繰り返しながら遁走を続けるという,おおよそ先進国政府のトップとは思えない無茶苦茶なことをやってきた。

 b) 安倍独裁化がすすむ自民党,安倍首相に対する批判が完全タブーに!

 ゆえに,Twitter で流行した「#石破氏の新キャッチコピー」は,そうした愕然とせざるをえない政治状況に対して,人びとが明確に「NO」をつきつけたことの現われであり,いいかえれば,石破氏を素朴に応援するムーブメントではなくて,挙げられたコピーの集合体こそ,まさしく “安倍首相と代わってもらいたい首相像” だといっていいだろう。

 だからこそ,一度は党内からの批判に屈し,安倍首相との対決姿勢をトーンダウンさせようとした石破氏が,この尋常ならざる世論のうねりを目の当たりにして「正直,公正」に立ち戻った。そういうふうに思えてくるのだ。そして,その意味では「#石破氏の新しいキャッチコピー」のハッシュタグは,単なるネットの大喜利を超えて,一種の社会運動となったと評価するべきなのかもしれない。

 しかし,それにしても呆れるのは,すっかり安倍独裁状態と化した自民党だ。すでに一線から身を退いた自民党の長老たちにいわせれば,以前の自民党はタカ派とハト派を抱える事情と派閥間の権力争いとが重なるなかで,党内からも時の首相を公然と批判する声があがり,その批判を受けて首相側も妥協点を探る議論をおこなっていたという。

 しかし,いまや状況はまったく異なる。繰り返すが,「正直,公正」という当たりまえのことをかかげる石破氏が,自民党内から「安倍首相への個人攻撃だ!」と血祭りにあげられているという事実が示すのは,もはや,党内は安倍シンパのロボット議員ばかりとなっていて,首相に対する批判が完全にタブー化しているということにほかならない。いやはや,いったいどこの独裁政権の話なのか。

 思えば,これまでも政権周辺や安倍応援団は,政権のスキャンダルが浮上したり,法案の危険性や行政の問題行為が発覚したりして,国民から批判の声が上がるたびに「安倍さんへの人格攻撃だ!」などと散々がなりたててきたし,安倍首相もまた抗議のコールをあげた有権者に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかないんですよ!」と暴言を放っている。
 
 c) 自由と民主主義を求めただけで,首相への個人攻撃と弾圧されるディトピア。

 無理やり「批判者のほうが悪いのだ」とする印象操作と同時に,安倍政権に対する批判を封殺しようという弾圧行為だ。石破氏に対する自民党内からの「個人攻撃だ」とのバッシングも,まさに同じ狙いにほかならない。はっきりいうが,石破がどうこう以前の話で,こんな連中が政権与党であることじたいがありえないのである。

 このままではマスコミや市民が「ウソで国民をごまかす政治はやめろ」「えこひいきのない公正な政治を求める」と,民主主義国家としてごく当然ことをいっただけで,誰もが「安倍首相への個人攻撃」なるレッテルを貼られ,政権から弾圧されてしまう。

 実際,例の「#石破氏の新しいキャッチコピー」のムーブメントのなかにはこんなツイートまでみられた。
 自由,民主主義,寛容,報道の自由,地方分権,開かれた政治,国民第一,弱者にやさしい政治,格差是正,公金の適正支出,討論・対話重視,誠実,三権分立,権力を私物化しない……。ダメだ。なにをいっても安倍への個人攻撃になってしまう。
 アイロニックではあるが,安倍政権下の日本の状況を端的にいいあてているだろう。冗談ではなく,こんなディストピアめいた状況が,安倍首相のもとで現実化しているのである。なんどでも繰り返す。安倍首相の “対抗馬” に求められていることは,この国が民主主義国家を標榜する以上,どれも当たりまえのことでしかない。

 「正直,公正」もまた,国民が政治に求めてごく当然のことである。だが,安倍首相とそのシンパたちはこうした声に絶対に耳を貸さない。だとしたら,もう「個人攻撃」で結構である。わたしたちは今後いっそう,安倍政権に対する批判の声を大きくしていかねばならない。(編集部)
 註記)http://lite-ra.com/2018/08/post-4213.html
    http://lite-ra.com/2018/08/post-4213_2.html
    http://lite-ra.com/2018/08/post-4213_3.html
 【補 論】
      「正直,公正」がダメージになるという不思議 ◆

 これはきわめて奇妙な話で,安倍首相がいわゆる「モリカケ」問題で潔白であり,これまでも嘘偽りなく国会答弁をしてきたと自民党議員が考えるのであれば,反発する理由はないはずで,堂々と「安倍首相はつねに公正で,正直に話をしている。まったく問題ない」と胸を張ればいいだけです。

 実際に「正直,公正」であるならば,対立候補のこのようなキャッチフレーズは痛くも痒くもありませんし,むしろ「学級委員長の選挙じゃないんだが?」「政策もヴィジョンもまともに語れない無能」と徹底的に叩くチャンスですらあるはずです。

 その代わりに小学校の「道徳の標語」程度のキャッチフレーズを安倍首相への「批判」「個人攻撃」と捉えて封印させるほどに反発するのは,まさに安倍首相が「正直,公正」でないことを自民党議員らがみずから認めてしまっていることを示しています。

 また同時に,自民党議員らはそんな「道徳の標語」レベルの「正直,公正」すら実現できていない安倍首相を,そうとしりながら支持しているということにもなってしまいます。そういった意味では今回の「正直,公正」封印騒動は,めぐりめぐって安倍首相への迂遠にして壮大な批判という結果を招くことになるのかもしれません。
 註記)「【追記あり】石破氏の掲げる『正直,公正』は安倍首相への個人攻撃,自民党が驚きの見解を披露」『BUZZAP!』2018/08/26 10:44,http://news.nicovideo.jp/watch/nw3789247
 ②「石破氏,首相との違い強調  政策発表,行政の信頼回復策提示 自民党総裁選」(『朝日新聞』2018年8月28日朝刊4面「総合」)

 自民党の石破茂元幹事長が〔8月〕27日,国会内で記者会見し,総裁選(9月7日告示,20日投開票)でかかげる政策を発表した。森友・加計学園問題で失墜した行政の信頼回復に向けたメニューを提示。地方に軸足を置く「ポストアベノミクス」なども提唱し,安倍晋三首相との違いを強調した。
a『朝日新聞』2018年8月28日4面石破記事

 1)「100日プラン」
 〔8月〕10日の立候補表明会見に引き続き訴えたのが,森友・加計問題を念頭にした「政治・行政の信頼回復100日プラン」だ。

 国家公務員の幹部人事を握る内閣人事局の運営の見直しのほか,官邸主導の政策推進プロセスの透明化や官邸スタッフの面会記録の保管義務化などを列挙。公文書改ざんの再発防止に向け,全省庁に公文書管理監を置くことや改ざんが不可能なシステムをつくり,各省庁に法令順守調査室を設置することなどをかかげた。また,官邸で乱立する会議を再編し,「日本創生会議」を新設する考えも示した。

 2)「地方経済に軸足」
 経済政策では,安倍政権下での成長戦略や地方創生の失敗を指摘する資料を配布し,異次元の金融緩和という「カンフル剤」が効いているあいだ 註記)に地方と中小企業の成長を高める「ポストアベノミクス」を主張した。「地方創生推進機構」を立ち上げ,中小企業を支援する考えも示した。
 註記)このカンフル剤発言は現実にもとづかないが,アベノミクスへの対抗上,ひとまず自民党内での反発を惹起させないように「工夫された提言」である。

 ただ,アベノミクスによる雇用や企業収益の改善については「素晴らしいことは素晴らしいと評価すべきだ」とたたえた。株高を進めたアベノミクスへの批判が,「石破首相で株価が下がるとのレッテル貼り」(石破派幹部)につながることを懸念したためだ。
 補注)このアベノミクスに対する評価にも疑問を抱く人は多い。石破 茂が総裁選のためにこのように工夫をした表現をする立場は理解できなくはないが,根本的にアホノミクスの正体(これじたいあるかどうかも不明)を,あえて正視しない考えを示したことには賛成できない。結局嘘をいっている。

 3)「対等な地位協定」
 外交では,安倍首相とトランプ米大統領の「蜜月」を評価しつつ,「友情と国益は別と認識しなければならない」。北朝鮮の拉致問題や核・ミサイル問題解決のため,東京と平壌への連絡事務所設置を提案した。

 また,米国内に自衛隊の常設訓練場を創設し,在日米軍と対等な地位協定につなげる考えを強調。将来的な集団安全保障体制の構築を念頭に,豪州やインド,北大西洋条約機構(NATO)との連携にも意欲を示した。憲法改正には「スケジュールありきとは思っていない」と述べた。
 補注)「在日米軍と対等な地位協定」という文句じたいに矛盾がはらまれていると指摘するほかない。現行における日米間の「地位協定という用語」そのものに,そもそも対等であるという意味あいはない。ただし,安倍晋三のように対米従属国家体制を現状どおりに認めながら「戦後レジームからの脱却」を空虚に叫ぶよりはましである。

 4)「正直,公正」は政治姿勢と説明
 自民党の石破 茂元幹事長は〔8月〕27日の記者会見で,見直しに言及していた総裁選のキャッチフレーズ「正直,公正」について,自身の「政治姿勢」として変わらないと強調する一方,「自分の政治姿勢と政策のスローガンは当然峻別されてしかるべきだ」と語った。
 補注)このあたりに関する石破 茂のウロウロ(右往左往までいかないそれ)ぶり,換言すれば「正直,公正」という標語をいったん引っこめるかのように逡巡した態度のフラつきについては,後段において言及する。

 いずれにせよ,安倍晋三政権じたいが「正直,公正」とは真逆な為政を強行するばかりの内政・外交であった。ところが,「ドロボウが窃盗する行為は犯罪ではない」とでも形容できる発想を抱いているごとき,それも自民党内の安倍晋三チルドレンたちは,簡単にいえば「正直でも公正でもない」立場から「安倍晋三」を「擁護する攻勢を石破 茂にしかけていた」。

 その反動的な攻勢に一度は負けそうになっていた石破であった。けれども,世論のほうからは,そうした安倍チルドレンらの “狂気に走った口撃” に対する「正当な反論」が巻き起こった。これに力をえた石破は多分,正気に戻れた様子をみせていた。このあたりの動きは,自民党内の政治倫理に則して観察すればすぐに感知できるのだが,その種の政治感覚が異常である事実を自覚できない安倍の子分議員たちが,この「幼稚で傲慢」な親分さんの行動様式を,しっかりとていねいに “みならい” ,代弁し,策動する場面を提供していた。


 〔記事に戻る→〕 この日に配布したリーフレットには「正直,公正」が記されたものの,石破氏は今後は政策論議に軸足を移すことになるとして「政策論を展開するにあたり,スローガンは当然変わる」とも説明した。「正直,公正」をめぐっては,森友・加計学園問題を想起させるとして,石破氏を支持する参院竹下派などから「首相への個人攻撃」との不満が噴出。石破氏は25日に見直しに言及したが,こんどは石破派内から「ぶれたような印象を与える」(幹部)との懸念の声が上がっていた。

 5)「総裁選でかかげる主な政策」 これについては前段に画像資料としてかかげてあったが,まるで「党内野党みたいな主張(見解)」が並んでいる。安倍晋三の為政を批判する項目が軒並みに提示されている。

 ◆-1 内閣人事局の見直しなど「政治・行政の信頼回復100日プラン」を実施

 ◆-2 首相官邸の会議を再編,「日本創生会議」を設立

 ◆-3 地方の中小企業を支援する「地方創生推進機構」を創設

 ◆-4 社会保障国民会議を創設。会議は公開

 ◆-5 憲法改正は,他党との丁寧な議論を積み重ね,国民の理解をうる


 ③「安倍晋三自民総裁選出馬表明を速報でヨイショ報道するNHK&「どのような国造りをしていくか,議論をしたい」(安倍晋三)。「逃げ恥」作戦のくせして,言ってろ,ボケっ!!」(『くろねこの短語』2018年8月27日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-6014.html

 (前略) 午後のけだるい時間に何気にザッピングしつつTVを観てたら,なんと初老の小学生・アベシの顔がHNKでドアップで映し出されたのであった。なにごと,ついに逝ったかと妄想もつかの間,なんと自民党総裁の出馬表明だった。しかも,令の女性記者の解説付きときたもんだ。
 補注)この記者は岩田明子記者。悪名高き,安倍にくっついたイソギンチャク風の,それもNHK提供になる「安倍ヨイショの任務を専任の仕事にする」,いわゆる非常に〈筋の悪い女性記者〉。

 おいおい,アンポンタン石破君の出馬表明でこんな特別扱いしてくれたか。これじゃあ,単なるペテン総理の広報だよね。これもまた,独自の判断ってことか。なんともふざけた話で,思わずTVにリモコン投げつけるところでしたよ,ったく。

 でもって,討論会を避ける「逃げ恥」作戦のペテン総理は,NHKのカメラの前で,「どのような国造りをしていくか,議論をしたい」だとさ。議論なんてやる気もないくせに,いってろ,ボケ!・・・ってなもんです。

    改憲訴え「人生懸ける」 首相,3選出馬表明
    首相,総裁選出馬正式表明 急ぐ改憲 世論は関心低く
  補注)この※印付きの文句は,リンクが張られた他記事の紹介項目になっている。

 しかしまあ,NHKの臆面もない個人崇拝放送を,その他の新聞・TVはどんな思いで眺めているのだろう。TBSの金平君なんかは facebook でこんな投稿しているけど,こういうことこそ「報道特集」で堂々と語ってみやがれ!!
 おい,おい,おい。なにかと思ったら,安倍首相総裁選立候補表明のミニ特番をNHKがやってるわ。安倍首相インタビュー(といっても一方的な立候補表明でカメラ目線)を2回にわたってノーカットで流して,

 例の政治部・岩田記者が「日本をとりもどす」とかの内容をなにやらしゃべっております。その主語は「安倍総理大臣は…」で,ヨイショ解説に徹底しております。気色悪いので,これから高円寺の阿波踊りをみにいき,意識を正常に戻そうと思います。 
 ④「石破 茂の自民総裁選キャッチフレーズ『正直,公正』は『安倍晋三首相への個人攻撃』だとさ。『不正直,不公正』を認めたってことか(爆)&『#ケチって火炎瓶』の火消しに大慌てのツイッタージャパン!!」(『くろねこの短語』2018年8月26日,http://kuronekonotango.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/post-c24b.html

 自民党総裁選のキャッチフレーズとしてアンポンタン石破君がかかげていた「正直,厚生(公正)」を,ここにきて封印するとかしないとか。なんでも,「『正直,公正』は森友,加計学園問題を想起させ」なおかつ「『安倍晋三首相への個人攻撃』との反発が党内に根強い」からなんだとか。

 笑っちゃうね。てことは,初老の小学生・アベシが「不正直,不公正」って認めたようなものだもの,語るに落ちるってのはこのことか。それにしても,そんな批判があるからって,「はい,そうですか」と旗降ろしちゃうアンポンタン石破君もだらしない。反安倍で立ち上がったのなら,そうした批判にも完全と牙を剥いて,徹底的に戦う姿勢を見せ付けなくちゃダメだろう。
 補注)石破 茂は思いなおして,この安倍晋三の「不正直,不公正」に焦点を向けた〔かのような?〕標語を生き残らせることにしたが,それにしても,その間にかいまみせたフラつきぶりは,この人も自民党員流にやはりハンパな世襲議員だという印象を回避できない。
安倍晋三と暴力団員画像
   出所)https://twitter.com/yama03024/status/1008257773384024064?ref_src=twsrc%5Etfw%7Ctwcamp%5Etweetembed%7Ctwterm%5E1008257773384024064&ref_url=http%3A%2F%2Fkuronekonotango.cocolog-nifty.com%2Fblog%2F2018%2F08%2Fpost-c24b.html
 どうせなら,いま流行中の「#ケチって火炎瓶」をとりあげて,暴力団との関係で締め上げてやるくらいの気迫をみせて欲しいものだ。でもって,ツイッタージャパン社は「#ケチって火炎瓶」の投稿を消去しまくっているってね。ならば,とことんやってやろうじゃないかということで,消去しまくられている画像を紹介して,お後がよろしいようで。

 ⑤ 昔「アホの坂田」という芸人がいたが,いまは「ウソつき政治家の安倍晋三」が生存中のせいか,つぎのような時代錯誤(タイムスリップ)を犯しつつ,日本の近現代史に関する基本認識の絶対的な不足を,この安倍みずからが暴露していた。

 ここで引用するのは,「安倍晋三首相の発言が物議!「薩摩藩,長州藩で力を合わせて新たな時代を」(『情報速報ドットコム』18.08.27 09:00,https://johosokuhou.com/2018/08/27/8668/という記事である。

 安倍晋三首相の発言が物議を醸しています。問題となっているのは8月26日の出馬宣言時に安倍首相が鹿児島県の講演会で,「しっかり薩摩藩,長州藩で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい」と発言した部分です。

 安倍首相は明治維新を引き起こした長州を地盤としていることもあり,あえて首相の地元・山口との「薩長同盟」を強調したのだとみられています。これに対してネット上では「薩摩と長州以外は要らないらしい」「鹿児島と山口贔屓だ」「会津を蔑んでいる」などと疑問の声が殺到し,現在進行形で議論となっていたところです。

 ちなみに,いまの日本でも薩摩や長州の出身者達が権力を握っている傾向がみられ,政府系の重役や関係者に繋がりがみられるのは知る人ぞ知る話となっています。

 安倍晋三首相は,自民党総裁選への出馬を表明する舞台に鹿児島県を選んだ。首相の地元の山口との「薩長同盟」が明治維新の契機となったことにちなんだとみられる。出馬表明に先立つ〔8月〕26日午後,鹿児島県鹿屋市の会合で講演した首相は「しっかり薩摩藩,長州藩で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい」と力をこめた。(引用終わり)

 安倍晋三の唱える「戦後レジームからの脱却」が,このような1世紀半も昔の思い出話にとどまらず,それへの郷愁が本気であって現実にまで高めたい気分の表明だとしたら,この日本国の首相は度しがたい時代錯誤の,それもかなり幕末史に関するまともな知識も認識もない状態で,しかもひどく愚かな発言をする「世襲3代目の政治家」である事実を,このさい〔年甲斐(?)もなく〕あらためてみずから証明した。

 この人,「いわなくともいいこと」と「ぜひいうべきこと」との識別がまったくできていなかったというか,そうした考慮とは無縁の遠い世界に住んできた。というよりは,それほどに口はばったくも,わざわざ歴史の問題に触れなくてもよかったのである。

 すなわち「政治家としてもとても幼い人物」であった自身を,いまさらのようにさらけ出していた。いまどき長州藩だ薩摩藩だといって,それもずいぶんのぼせたような感情をすなおにゲロしていた。だが,西郷隆盛も勝 海舟も坂本龍馬も,「オイ,シンゾウ」「おまえのような▲鬼が出る幕ではない」と,きっと怒っているものと推理しておく。

 ⑥「首相「薩長発言」/ 新時代は総力でつくらねば」(『福島民友新聞』2018年8月28日付「社説」)

 「新しい国造り」はすべての国民が力を合わせることが肝心であることを忘れないでもらいたい。安倍晋三首相が9月におこなわれる自民党総裁選への立候補を正式に表明した。これで,石破 茂・元幹事長と一騎打ちという決戦の構図が固まった。

 一つの政党の党首選挙,投票できるのは自民党国会議員と党員・党友に限られているとはいえ,事実上の首相選びである。党員以外の国民にもよくみえるオープンな討論の場を数多く設け,実のある政策論争を展開してもらいたい。

 首相は,鹿児島県垂水市の漁港で,煙を上げる桜島をバックに記者団に対して,来年の皇位継承,2020年の東京五輪・パラリンピックを引きあいに「日本は大きな歴史の転換点を迎える。平成の先の時代に向けて,新たな国造りを進める先頭に立つ決意だ」と述べ,自民党総裁の連続3選をめざす考えを示した。
 補注)「日本は大きな歴史の転換点を迎え」ているなどとこの「子ども首相」にだけはいわれたくないが,もしもそうだとして考えてみるとたしかに「この国を破綻させる路線」を,そのための転換点とともに「明示し定着させた総理大臣」としてならば,この安倍晋三君はみごとに「この国の歴史」に対して “転轍器の役目” をはたしつつあるようにも映る。つまり,この国を破壊し,弱体化させ,転落させるための為政であるながら,よくなしとげつつあるといってよい。

 もっとも,「日本は大きな歴史の転換点を迎える」契機に関して,来〔2019〕年の皇位継承」と「2020年の東京五輪・パラリンピック」が引きあいに出されるという思考回路は不可解である。後進(発展途上)国がオリンピックの開催を引き受け,自国の発展のためのきっかけをつかもうとする企図は,理解できないこともない。

 だが,そういったふうな疑問は,1964年の東京オリンピックに対しては当たらなかったけれども,いまどきのこの国にとってみれば不要・無用の五輪開催など,いまからでもいい返上すべきである。やたらに国民たちに対して「感動詐欺」を押しつけているだけでなく,「ただ働きだけを強要するボランタリー精神の押しつけ」まで平然と敢行するような準備・運営の方法は,オリンピックの基本理念にそぐわない。

 とりわけ,ごく一部の幹部だけがその分「うまい汁を吸うしくみ」になっている五輪は,いまでは完全にプロ化している。だから,ボランタリーの動員をさせるという発想じたいが「はじめから狂っている」としかいいようがない。

 金銀銅メダルを造るための銀がとくに不足しているといって,国民たちから電子製品廃棄物をリサイクルの途中から回収させて,そのなかから銀をとりだし,調達したいらしい(「銀回収ボックス」のこと)。だが,そのメダル製作に必要な銀など,オリンピック委員会の予算で調達すればいいだけのことである。ところで,この8月における銀1グラムの値段はだいたい55円である。

要な金銀銅メダル計約5000個を作るために金
 2020年東京オリンピックの開催に当たり,金銀銅メダル計約5千個を作るために必要な銀の総量は,約4900キログラムだというから,2億7千万円ほどの予算が必要となる。しかし,この程度の予算は,オリンピック全体にかかる金額のなかではごく少ない予算であるにもかかわらず,国民たちからかき集めることをなぜか企図していた。

 戦争中の大日本帝国が帝国臣民たちに対して強制してきた金属供出(「貴金属回収令」)と,まったく同じ悪夢を想起させる。当時の「臨時軍事費特別会計」の全体:総額のなかで,占めたその臣民たちの協力による金属供出の「金額」がいかほどであったかはさておき,オリンピックの開催を名目に,なにかにつけては「国民総動員の体制」を作りたがる森 喜朗,竹田恒和,小池百合子など,非常に小賢しい人物たちが控えている。
な金銀銅メダル計約5000個を作るために金
要な金銀銅メダル計約5000個を作るために金

 話を安倍晋三に戻すと,21世紀の現在まですでに,もうすっかり「老国化したこの日本」を目前にして,おまけに幕末史・明治維新史の昔にまでに触れて,この「日本は大きな歴史の転換点を迎える」などと,それこそ脳天気以前の与太話を本気でいえるこの総理大臣である。あらためてその脳内構造の働き具合を診断したくなる。

 〔記事に戻る→〕 これまで首相が総裁選に立候補を表明した場所は2012年は党本部,2015年は東京都内で,地方での表明は異例だ。地方票を意識し,地方重視の姿勢をアピールする狙いがあったとみられる。

 地方を重視する姿勢は大歓迎なのだが,気になる発言が出馬表明に先立つ同県鹿屋市での講演であった。今〔2018〕年が明治維新から150年に当たることに触れ,「しっかり薩摩(鹿児島県)と長州(山口県)で力を合わせ,新たな時代を切り開いていきたい」と述べた。

 首相は山口県が地元。幕末の薩長同盟を念頭に,講演を盛りあげるために言及したとみられる。また,薩長同盟が明治維新の道を開いたことと,みずからの改革姿勢を重ねたのではとの見方もある。

 150年の節目に「新たな国造り」を強調しようという考えは分からないわけではない。しかし,戊辰戦争で薩長を中心とする新政府軍が会津藩など旧幕府軍を打ち負かした歴史に思いをはせれば,節目の年だからこそ発言に配慮があってしかるべきだっただろう。

 首相は1月の施政方針演説で,会津出身で明治時代の教育者・山川健次郎の「国の力は,人に在り」を引用して,「あらゆる日本人にチャンスを作ることで,少子高齢化も克服できる」と述べた。

 しかし,首相がかかげる地方創生は人口減少の抑制がかなわず,東京一極集中は一段と進んでいる。圧勝ともいわれる総裁選であればこそなおそれぞれの地方の良さを引き出し,国を挙げて国造りにとり組むことができる戦略や政策を示し,石破氏と「骨太の議論」を戦わせてほしい。
 註記)http://www.minyu-net.com/shasetsu/shasetsu/FM20180828-301599.php

 以上,ほぼ完全にといっていいくらい,ただの「ないものねだり」に相当する「福島民友新聞」の論説の実質であった。

 ところで,福島県の地方紙には2紙がある。こういう内訳だと説明されてもいる。「正確には福島民報が毎日新聞で,福島民友が読売新聞という提携関係」にそれぞれあり,「福島民報は毎日新聞と協力関係,福島民友は読売新聞の子会社で傘下に置かれている」。
 註記)「福島のメディア」,https://wiki.chakuriki.net/index.php/福島のメディア

 ⑦「【戊辰から立県へ】150年をつなぎ直す」(『福島民報』2018年8月20日「あぶくま抄・論説」)

 戊辰戦争150年に合わせた行事が県内各地で続いている。政府は,戊辰戦争を含む「明治百五十年」の全国のとり組みをインターネットで紹介するサイトを設けた。

 歴史的な資料の収集や保存,先人の顕彰や慰霊にくわえ,観光や地域振興に結びつける企画もある。幕末から明治にかけての激動は,政権交代や戦争などの個別の局面だけでは語りつくせない。節目の振り返りや地域おこしに終わらせずに,時代の流れを幅広く捉え,史実を継続的に掘り起こす努力が大切だ。

 8月21日の県民の日は,戊辰戦争の開始から8年後の1876(明治9)年に,現在とほぼ同じ福島県の姿が生まれた日にちなむ。新政府による廃藩置県に続き,全国的な府県再編成に伴って,旧福島県,磐前[いわさき]県,若松県の三県が合併した。

 立県百年の1976(昭和51)年,県は記念事業として式典をはじめ,文化団体が出演した「ふるさとフェスティバル」,県重要公文書展,青少年作文募集,青少年会館の建設などをかかげた。8年後の2026年は立県百五十年に当たる。東日本大震災から15年でもある。本県の近現代の歩みをたどって,未来を考える契機の一つといえよう。

 県が編集,発行した「福島県史」の編さん事業は1962年度に始まり,十年の歳月をかけて完成した。通史としての終わりは高度経済成長期に当たった。その後,石油ショック,東北新幹線の開業,バブル経済の崩壊,福島空港の開港,ふくしま国体,そして震災と原発事故などの歴史を刻んだ。

 編さん終了後の約50年間にわたる歴史学の研究成果,新しくみつかった資料や証言を手がかりに,過去の記述を見直したり,補ったりする必要がある。

 来〔2019〕年は,元号があらためられる。県民の暮らしや政治,行政,経済,社会,文化の半世紀を見渡し,県史をつなぐ営みを再開するべきだ。個々の出来事を検証,評価しながら,歴史を的確に叙述する姿勢が欠かせない。

 福島市の県歴史資料館は2006(平成18)年に立県百三十年を記念し「福島県の誕生~明治巡幸と三県合併~」をテーマに資料展を開いた。県の成立の歴史や,県の公文書保存の重要性を考えるきっかけとすることなどを目的とした。

 百五十年をひもとくには,行政文書が大きな役割を担う。国,県,市町村の公文書管理の現状や課題を考える機会ともなる。
 註記)http://editorial.x-winz.net/ed-100982

 『毎日新聞』系列であるこの『福島民報』紙は,安倍晋三の発言「薩摩藩,長州藩で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい」という発言がなされる以前に執筆されていた論説であったから,最新の安倍発言について意識する内容ではなかった。あらためていうまでもないが,福島県民,それも会津若松地域の人びとが薩摩・長州旧両藩の過去に対していだく怨念は,並たいていではない。

 ⑧ 安倍晋三の「無神経,歴史への無知」

 「いまだ対立が続く?  萩市と会津若松市」(『HARBOR BUSINESS on-line』2016.08.13,https://hbol.jp/104145は,ネットの画面で5頁構成であるが,1頁と2頁を引用する。

 「1頁」 まもなく終戦記念日を迎える。
 「このあいだの戦争」といえば,71年前の8月15日に終わった太平洋戦争を思い浮かべるが,そうではない地域が日本にはある。福島県では,いまも148年前の1868年(明治元年)9月22日に降伏した “会津戦争” を指す。

 会津戦争とは,幕末の会津藩(現在の福島県)が,薩摩藩(鹿児島県)・長州藩(山口県)・土佐藩(高知県)を主力とした新政府軍と戦った戊辰戦争の局地戦だ。徳川家の一門だった会津藩主・松平容保は,新選組を配下に置く京都守護職を務め,討幕をめざす薩摩・長州と激しく争った。

 しかし,幕府が朝廷に政権を返上した大政奉還(1867年)を受け,会津藩は新政府に恭順の意を示したにもかかわらず,賊軍とされ,郷土を踏みにじられた。

 「そんな昔のこと」と思うかもしれないが,その恨みはいまもなお消えていない。会津戦争から120年を前にした1987年に,長州藩の藩府だった山口県萩市から,会津藩の城下町だった会津若松市へ友好都市提携の申し入れがあったが,市民の猛反発で頓挫。

 さらに,打診に前向きだった会津若松市長は翌年の選挙で落選の憂き目にあった。2007年には,参院福島補選で応援に入った安倍晋三首相(山口県出身)が「(会津戦争で)先輩がご迷惑をかけたことをお詫びしなければならない」と謝罪したが,自民党候補が当選することはなかった。そこまで許せない理由はなになのか。

  「2頁」 なぜ,山口県だけが恨まれるのか。
 戊辰戦争では,鳥羽・伏見の戦い,北越戦争,五稜郭の戦いなど数々の激戦があったが,とりわけ会津戦争は凄惨をきわめた。有名な “白虎隊の悲劇” だけでなく,婦女子も巻きこまれた攻城戦で,兵力の3分の1にあたる約3000人が死亡。さらに降伏後も,戦死した会津藩士の遺体の埋葬を1年間も許されず,藩士とその家族1万7000人あまりが斗南(現在の青森県むつ市)に強制移住させられ,飢えと寒さで死者が続出する辛酸をなめた。

 その福島県民の憎しみは,鹿児島県や高知県には向かず,なぜか山口県にだけ一身に注がれている。それは,1877年(明治10年)に薩摩の西郷隆盛が鹿児島県士族を率いて反乱した西南戦争で,元会津藩家老の佐川官兵衛を中心とする会津人部隊が活躍して鎮圧したことで “敵をとった” から。そして,会津戦争で新政府軍の指揮を執った土佐の板垣退助は,のちに自由民権運動で薩長を中心とする藩閥政府に対抗したことで “同志” となったということらしい。(引用終わり)

 これらの明治初期における「歴史の事実」に対して安倍晋三君は,「(会津戦争で)先輩がご迷惑をかけたことをお詫びしなければならない」と謝罪したというけれども,それで納得する福島県民がいるのか? だいぶ昔になるが,本ブログ筆者の先輩が福島大学に就職したさい,出身地が鹿児島県であったせいで,あちこちでいろいろいわれたとこぼしていた。

 安倍晋三君はその事実を「迷惑をかけた」といいわけしていたが,この迷惑をこうむったほうの立場からいわせれば,迷惑などといった程度のことばで済まされ,許されるような「歴史の事実」ではない。会津若松市に江戸時代からつづく建築物はほとんどない。戊辰戦争のとき完全に破壊されつくされた。太平洋戦争末期のB29による空襲の被害ではなかったその事実であった。

 戊辰戦争〔1868~1869年〕の話題になる。福島県の会津若松藩の末裔たちは,現在もまだ,長州人の子孫たちを許さない。その歴史的に形成・蓄積された被害者意識=怨念は,「アジア」(つまり福島・会津若松市)と「日本」(つまり山口・萩市)との歴史関係に同じだと,21世紀のいまになっても猛烈に反発しつづけている。

  ★-1 広島市・長崎市の人びとが1945年8月の米軍による原爆投下を,あと100年経ったら忘れるか?

  ★-2 東京都民が1945年3月10日未明からの下町大空襲の事実を,あと50年経ったら忘れるか?

  ★-3 京都の人間が「応仁の乱」(1467年から11年間つづいた内乱・戦争)にこだわる戦争観を抱くのはなぜか?

  ★-4 中国人が南京大逆殺事件(1937年12月)を忘れてくれるか?

  ★-5 アメリカ人が真珠湾奇襲(1941年12月7日,現地時間)を忘れてくれるか?
【補 遺】
 ★-6 本日の『朝日新聞』2018年8月29日夕刊1面(左下に配置の記事)には,あのトランプ君がつぎのように「噴飯モノ」にも感じられてしかたない,しかも「以上のうちの★5」にずばり相当する発言をした,というニュースが出ていた。見出しだけの紹介となる。

 「トランプ氏 日米会談で『真珠湾忘れない』 対日赤字 首相に不満示す」。

 トランプ君は,安倍晋三君とはまた違った類型(タイプ)の “困ったチャン” の1人である。 
 いずれも先方の立場にしてみれば「迷惑をかけた・悪かった」と謝罪された程度で,忘れられるような “歴史の出来事” ではなかった。いまどきにもなって,だから「鹿児島県の講演会で,『しっかり薩摩藩,長州藩で力を合わせて新たな時代を切り開いていきたい』と発言した」安倍晋三の政治家本来としての感覚・資質は,落第点以下どころか,政治家失格を如実に表わしている。

 ------------------------------