【やっかいモノと化した原発という発電装置・機械の後始末,これからも延々と続くにちがいない「廃炉問題」は,人類史的にとって「半永久的に〈負の遺産〉」】

 【いまだに,原発について「3E+S」を信奉する経済産業省・資源エネルギー庁の原子力信仰は,オカルト的水準にある】


 ①「福島第1原発3号機,進まぬ核燃料取り出し 初歩的ミス,機器故障続発」(『日本経済新聞』2018年10月21日朝刊9面「科学技術」)

 東京電力福島第1原子力発電所で,3号機の使用済み核燃料プールからのとり出し作業が滞っている。準備段階で専用のとり出し機器に不具合が相次いだ。原因は東電や作業を担う東芝の初歩的なミスで,今後の本格的な廃炉作業でも同じことを繰り返さないか危惧されている。とり出し作業だけでなく,全体の廃炉工程にも影響を及ぼしかねない。
『日本経済新聞』2018年10月21日朝刊9面福島第1原発事故画像

 「核燃料という重要なものを扱う認識が弱かった」。東電の小野 明廃炉推進カンパニー最高責任者は,〔2018年10月〕15日の原子力規制委員会の会合で一連の不具合の反省を述べた。東芝エネルギーシステムズの畠沢守社長も納入品の不備を陳謝した。

『日本経済新聞』2018年10月21日朝刊9面福島第1原発事故記事 不具合はまず3月,使用済み核燃料とり出しに使う専用機器を試運転したさいに警報が連発した。原因は電圧設定のミスだった。8月には,機器に使ったケーブルに保護カバーなどのない不良品があり,それが腐食し断線した。

 2社の調査で浮かび上がったのは,東芝が製造委託した米ウエスチングハウスやその関連メーカーとのコミュニケーション不足だ。今回の機器は遠隔操作できる特殊なもので,何層もの下請け会社が細部を担った。

 電圧設定のミスは,米国の工場で指示どおりの試験がおこなわれなかったことで起きた。東芝はこれに気づかず確認を怠ったという。またケーブルの不良品は,東電が海外メーカーに明確な仕様を伝えなかったことで起きた。

 問題に気づける機会はあった。とり出し装置を受けとったのち,国内で約3年間保管し,動作確認をしていた。そこで不具合が30件起きていたが両社は対策をしなかったという。「(その時点で)品質を疑う必要があった」(東電担当者)。

 日本原子力学会,廃炉検討委員会の宮野 広委員長は「海外に発注するのに要求が明確でなかった。今後の廃炉作業でも同じリスクがあり,改善が必要」と指摘する。
 補注)この購買管理のあり方,いいかえると「発注管理などの問題」に関する不備(準備不足があり,この管理方面に関して「プラン→ドゥー→シー」の作業工程がきちんと構成され実行されていない点)をとらえて「リスク」だと説明するのは,企業経営の管理体制に対する理解(視角)として,完全にズレている。

 その事前の不備とは,電圧設定のミス,使用する部品の不良,コミュニケーション(意思伝達)不足(⇒何層もの下請け介在),そして,これらに関するもろもろの確認・対策の作業がほとんどまともになされないまま,東電福島第1原発事故現場の3号機内「デブリ(溶融した核燃料など)」のとり出し作業工程が開始されていた。それゆえ,この進捗が基本から妨げられる原因があいついで発生した。


 広義における生産管理問題の視野からみるに,以上のごとき廃炉作業における「東電福島第1原発事故現場の3号機」の実情は,それこそ,ダラシがないの一言につきる。

 しかも,このダラシなさを発生させた原因は,どこにあったのか? 爆発事故を起こしていた原発施設「格納容器⇔圧力容器」は,放射性物質の汚染にまみれている状況にある。そのなかで,この廃炉作業(通常のそれ)にとってみれば,その以前に解決されるべき作業段階となっていた「デブリの除去」をおこなうための段どりからして,このように四苦八苦の目に遭わされている。今後,この廃炉工程の全体の様子が,いったいどのように展開されていくのかについては,悲観的に受けとめるほかない。

 〔記事に戻る→〕 一連の不具合はプールから燃料棒を移動させる機器に生じた。今後は原子炉内に溶け落ちた燃料のとり出しも待ち受ける。困難な廃炉作業に汎用品がそのまま使える場合は少なく,今後も海外に発注する機会が多いと予想されている。

 たとえば,2019年以降にする溶融燃料の調査で,東電などは英国製のロボットアームを使う方針だ。英国の核融合施設で実績があるため設計や製造を委託した。だが今回のように連絡や確認を怠れば,トラブルも起こりかねない。

 政府はこれまで3号機のプールからのとり出し作業開始を2018年度中ごろとしていたが,今回の不具合で早くとも年明け以降に遅れた。東電は今後,機器の部品交換などをしたうえで試運転を再開するという。

 この遅れは他の廃炉工程にも影響しかねない。まず考えられるのが,プールからの燃料搬出と並行して始まる溶融燃料のとり出しだ。同じ原子炉建屋内の作業で,2020年ごろには準備工事が始まる計画だが,作業スペースの確保や安全対策が複雑になる。

 規制委の更田豊志委員長は〔10月〕17日の記者会見で「とり出し作業はこれからが本番。同じことを繰り返さないようにしてほしい」とくぎを刺した。東電や東芝はずさんな管理体制を立てなおせるのか。廃炉工程を担える企業なのかが問われている。(引用終わり)

 この記事の最後,「東電や東芝はずさんな管理体制を立てなおせるのか。廃炉工程を担える企業なのかが問われている」などと,それこそ途方もないような,東電福島第1原発事故現場に対する指摘(批判)が提示されていた。

 東電や東芝がやらないで,いったいどの国のどの企業がこの東電福島第1原発事故現場における “これからの廃炉工程” にとり組んでいくというのか? 原子力村という勢力集団が実在するとしたら,これに属する組織・人材が総力を結集して片さねばならないのが,その事故現場の後始末ではなかったのか。

 ところが,「3・11」後すでに7年半以上が経ったいまとなっても,以上のごとくにしか東電福島第1原発事故現場の後始末,つまり事故を起こした原発(格納容器と圧力容器)内のデブリ除去作業そのものからして,いまだに入り口付近をうろうろさせられている状態に留まっている。

 「事故現場の後片づけ」⇒「廃炉工程の全工程が完了できた」といえる日は,いったいいつごろになるのか。現在の時点では確実に判断するための材料はなにひとつ与えられていない。つぎの ② の記事は,廃炉だけでも30~40年の歳月が必要だといっているが,これとて〈単なるみこみ〉であった。東電福島第1原発事故現場はその前に「デブリの除去という難題」に直面してきた。

 通常に稼働・運転してきた原発が廃炉に処され,解体作業に入るのとは,本質的な性質も技術的な難易度もまったくに異なる「事業」が開始されている。それにしても,このさきがどのように進捗していくのか,これを的確に予測できる専門家がいない。
 原発廃炉にかかる期間
    出所)『NO NUKES!』2014年10月07日,
      http://snbblog.sundayresearch.eu/?p=1228

 つぎの記述に移る前に上の図解をみておきたい。これは,通常に廃炉となった原発がどのくらいの期間をかけて解体・処理されるのかを,視覚的にすぐ理解できるように作図されている。これをみてただちに湧き出てくる疑問がある。それは,原発は実際の電気を発電するために稼働する期間よりも,廃炉工程を終了させるまでにかかる期間のほうが長期間になる事実である。

 しかもおまけに,この図解にはきちんと廃炉工程が実際に終えられる時がいつ来るかについては「?」を付している。ここまでも考慮に入れるべきであるのが,原発問題の全体にかかわる現実の問題だとしたら,これは,完全にトンデモない代物が原発である。そのように非難されて当然だ,という顛末になる。

 われわれ人類がいろいろなモノを作り,これを使い,のちに捨てる段階になって,これほどやっかいなモノが出現した経験は,いままでなかった。ずいぶん長期間をかけて廃炉工程にとり組んでいかねばならず,ともかく,これからも途方もないほどさきまでをみこし,覚悟しなければならない。

 しかも,その長い時間をかけていったところで,生産的なみかえりなどなにもなく,それとは無縁の作業になるばかりが,負の遺産が有害物質(放射性物質という猛毒)が残置されるのである。ここまで説明してくると,原発というものはなんと愚かな発電装置かという結論にならざるをえない。

 ②「乏しい経済性,廃炉の根拠に 女川原発1号機 運転35年」(『朝日新聞』2018年10月26日朝刊3面「総合」)

 東北電力は〔2018年10月〕25日,東日本大震災以降,稼働を停止していた女川原発1号機(宮城県女川町,同県石巻市)を廃炉にすると発表し,県や立地自治体に伝えた。安全基準を満たす工事がむずかしく,再稼働しても経済性が乏しいと判断。今後は2号機などの再稼働に経営資源を集中するという。
『朝日新聞』2018年10月26日朝刊3面女川原発1号機

 1) 震災後20基
 震災時,原発は国内に54基あったが,廃炉や廃炉方針が決まった20基目の原発となった。

 1号機は1984年に営業運転を始めた沸騰水型炉。2号機と3号機,東通原発(青森県)を含め,同社の原発4基のなかでもっともも古い。運転から35年目で,原則40年の運転期限が迫っていた。出力も52万4千キロワットで,82万5千キロワットの2号機や3号機と比べると小型だ。原田宏哉社長は25日の決算会見で「出力規模や再稼働後の運転年数などの経済合理性を総合的に勘案した」と述べた。
 補注)以前,原発安全神話が絶対的に流通させられていた時期においては,同時に「原発はもっとも安価で安全な電力生産の方法」だと,それも疑いなど抱く人びとがいれば,これに迫害をくわえるかのようにしてまで喧伝してきた。だが,いまとなっては原発は「経済合理性」,つまり「収益-費用管理」(原価補償)が成立できない状況だと告白されている。この原発の小型機に関する認識はそのうち,中型機や大型機にも普及しだすに違いない。

 〔記事に戻る→〕 同社は2号機と東通原発について,2020~2021年度以降の再稼働をめざし,原子力規制委員会の適合性審査を受けている。原田社長は「2号機の審査のなかで具体的なみきわめが可能になった」とし,この時期の決断に至ったと説明。廃炉決定に伴い,21億7800万円の特別損失を計上した。

 今後は廃炉に向けた手続きに入り,

  イ) 燃料とり出しなど解体準備,
  ロ) 周辺設備の解体,
  ハ) 原子炉本体の解体,
  ニ) 建屋の解体に分けて計画を立てる。

 〔こうした〕一連の作業を終えるまで30~40年かかるとしている。同社は1号機の廃炉に備えた「解体引当金」を432億円と見積もり,現在296億円を積み立てている。

 1号機の燃料プールに保管されている使用済み核燃料は453本。これらを他の号機に移すか,空気で燃料を冷やす「乾式貯蔵施設」を敷地内に設けることを検討するという。(引用終わり)

 さて,以上の廃炉工程の問題については,管理体制の準備に問題はないかと問うておきたい。おおありである。まず,解体引当金が3分の2しか計上・確保されていない。だが,この金額で済むといった保証はない。廃炉の作業工程がより長期間になるという展望・観測ならば,ほぼ確実にみこめるから,こちらの「作業の追加」=「年月の延長」にともない経費も増大する。この増大する部分に対応すべき引当金の計上は,いまからまえもって考慮されておかないでいいのか?

 廃炉に関する技術的な問題としては「〇〇を検討する」と断わられているだけであり,今後においてなおもいろいろと未開拓の,つまり未知の世界(廃炉作業に関して技術的に現出する諸問題)の様相は,いまのところまだ,まともに把握できるわけがない。この原発廃炉に関する「未知との遭遇」問題は,いまの時点では多分,予測しきれないほどの「経費:コスト」を発生させていく。この点だけは間違いなく推理・予見できる。

 2) 中型炉,安全対策費の回収困難
 東京電力福島第1原発事故後に廃炉が決まった原発は,福島第1の6基や構造が特殊な関西電力大飯1,2号機(福井県)を除けば,60万キロワットに満たない中型炉だ。

 事故後にできた新規制基準に対応するには,耐震や重大事故の対策などで1基あたり1千億円超の安全対策費用がかかる。原発の運転期間は延長できても60年で,中型炉ではその費用を回収しにくくなっている。電力自由化による競争激化もあり,原発のコスト面での優位性は揺らいでいる。

 採算がとれない原発を廃炉にする動きは今後も続きそうだ。九州電力玄海2号機(佐賀県,55.9万キロワット)は,運転開始40年になる1年前,2020年3月が延長申請の期限だ。九電は来〔2019〕年中には判断を迫られる。

 54万キロワットの北陸電力志賀1号機(石川県)は運転開始から25年だが,再稼働に向けた審査を申請していない。原子力規制委員会の有識者会合で原子炉建屋直下に活断層がある可能性が指摘されており,北陸電は活断層でないと証明できなければ,廃炉が現実味を帯びる。

 東電は福島第2原発の全4基も廃炉にする方針。廃炉が正式に決まれば,建設中を除き,日本の原発は福島事故時の54基から34基に減る。

 原発再稼働を推進する安倍政権は,7月に閣議決定した第5次エネルギー基本計画で,総発電量に占める原発の割合を2030年度までに20~22%にする目標をかかげた。目標達成のためには,30基程度の原発を再稼働させる必要がある。
 補注)この「総発電量に占める原発の割合を2030年度までに20~22%にする目標」は,いまにはじまった目標ではなく,「3・11」以後になると,それまでであれば将来は50%以上にまで原発を電源として増やそうとしていた「日本原子力村」の企図が,しかたなくもその「20~22%」に変更されていた。

 だが,最近,九電が原発を稼働させつづけていくために,太陽光発電の抑制を半強制的に押しつける行動を採りはじめた。原発の〈でくの坊的な本性〉を発揮させるためであれば,「再生エネルギーの開発・利用」などは,平然と妨害する企業行動に出てきた。しかしこのさい,その本当の理由(事情)はと観れば,原発についてはこれからも多額に発生していく維持管理費や,なによりも将来の廃炉問題に備えるうえでのただならぬ危機感(その負担感)が,九電のみならず各電力会社にはひしひしと押し寄せている。

 その意味でも原発は,すでに “厄介ものである基本性格” を正直に暴露していく時代になっている。いまの時点でもいえるのは,のちに必至となる「廃炉工程の進捗管理」のために計上しなければならない引当金が,莫大な金額にならざるをえない点であった。いまとなっては,この自明と形容するほかない原発事情もあるゆえ,電力会社側はあせりをともいながら「当面における原発の稼働(再稼働)」に執着している。

 〔記事に戻る→〕 だが,新規制基準にもとづき再稼働したのは9基にすぎない。ほかに6基が主要な審査を通過しているが,東電の柏崎刈羽6,7号機(新潟県)と,日本原子力発電の東海第2原発(茨城県)の計3基は地元同意をうるめどが立たない。

 原発を新設・増設すれば数字のうえでは目標に届く可能性もあるが,事故後,新増設の動きは進んでいない。それでも,政権は目標引き下げなどの見直しに踏み切らない。政策と現実との隔たりは広がる一方だ。(引用終わり)

 前段において「政策と現実との隔たり」と指摘された問題は,いったいなにを指示しているのか? もっと,関連してまともな議論を聞いておく必要がある。つぎの ③ に引用する原発問題に関する議論が,より現実的に討議している。

 ③「矛盾に満ちた『原発政策』を国民は本気で『議論』せよ-このまま議論抜きに,なし崩し的に原発存続を「既成事実化」するのはもっとも危険だろう-」(磯山友幸稿『『HUFFPOST』BLOG,2018年04月23日,https://www.huffingtonpost.jp/foresight/nuclear-20180423_a_23415803/

 国の中長期のエネルギー政策の指針となる「エネルギー基本計画」の見直しが佳境を迎えている。現在の第4次基本計画は2014年4月に閣議決定されているが,法令でおおむね3年ごとの見直しを求められており,第5次計画は早ければ5月にも閣議決定される見通しだ。
 補注)この「第5次計画」については後段で,多少関説するい。

 1)「玉虫色」の方針
 基本計画の見直しは,経済産業省の諮問機関である「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(分科会長・坂根正弘小松製作所相談役)」で議論されている。2003年10月の第1次基本計画以来,2007年3月の第2次基本計画,2010年6月の第3次基本計画とみなおされてきた。

 焦点は原子力発電のとりあつかいだ。第4次計画〔2014年4月〕では,原発を安定的な「ベースロード電源」と位置づけたものの,原発依存度は「可能なかぎり低減させる」とも明記されている。原発推進なのか,脱原発なのか,はっきりと示さない「玉虫色」の方針になっている。

 もともと,2010年の第3次基本計画までは,原子力発電は「推進する」というのが与野党一致した方向性だった。というのも当時は,温暖化ガス排出量の削減が国際的な重要課題だったからだ。

 民主党が政権を握っていた2009年に,当時の鳩山由紀夫首相は国連で演説し,「2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比で25%削減」すると明言した。果敢な削減目標を国際公約したことに,国内外から喝采が起こった。

 だが,その目標を達成するための方策として,原発による発電比率を50%以上にすることをかかげ,2030年までに原発を少なくとも14基増設することも方針とした。温暖化ガスの削減には,温暖化ガスをまったく排出しない原子力の拡大が不可欠だったのだ。
 補注)鳩山由紀夫が政治家になる以前の経歴をみると,東京大学工学部計数工学科卒業,スタンフォード大学大学院工学部博士課程修了後,専修大学経営学部助教授であったが,原発問題の本質はほとんど無理解であったとしか観察のしようがない。 

 情勢が一変したのは,東日本大震災に伴う東京電力福島第1原子力発電所事故が起きてから。全電源喪失という「想定外」の重大事故によって,それまでいわれつづけてきた原発の「安全神話」に国民の疑いの目が向いた。結果,「脱原発」を主張する声が一気に強まり,それまでの原発推進を声高に主張できなくなった。

 それでも民主党の野田佳彦内閣は原発の再稼動に踏み切ったが,国会前では毎週末,再稼動反対のデモが繰り返された。もともと左派色の強い議員が少なくなかった民主党は大揺れに揺れた。結局,2012年秋には,「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう,あらゆる政策資源を投入する」という「革新的エネルギー・環境戦略」を打ち出した。政府として,脱原発に大きく舵を切ったのである。だが,これには党内の反対論も強かった。脱原発の方針は結局,閣議決定はできなかった。

 2)「なし崩し」の脱原発
 2012年末に自民党が政権を奪還,第2次安倍晋三内閣が発足すると,この「革新的エネルギー・環境戦略」の扱いが問題になった。早速政府は,第4次基本計画の策定に着手。民主党政権時代の方針を正式に「否定」することを狙った。

 だが,国民世論の反発を恐れた安倍首相は,原発論議を真正面からおこなうことを避けた。福島第1原発事故の記憶が生々しいなかで,180度方針を再転換するのはむずかしいと考えたのだろう。既存の原発については「安全性が確認されたものから再稼働する」としたが,あくまで「安全性」の確認は,専門家組織である原子力規制委員会に委ねるかたちをとり,政府が批判の矢面に立つことを避けた。

 第4次エネルギー基本計画でも,一般には意味がよく分からない「ベースロード電源」という言葉で原発の重要性に言及する一方,「可能なかぎり低減させる」という,矛盾した方針を示した。さらに,第4次計画を受けて政府は,「長期エネルギー需給見通し」をまとめたが,そこでは2030年度の原発依存度を「20~22%程度」にするとした。

 エネルギーの総需要量,つまり分母がどれくらいになるかにもよるが,「原則」である「40年で廃炉」を前提にした場合,既存原発の再稼働だけでは「せいぜい15%」が限界とみられていた。つまり,2030年に「20~22%」を維持するには,原発の「新設」や「リプレース(建て替え)」をおこなうことが必須条件になるのだ。が,そうした言葉はいっさい盛りこまれず,20~22%という数字だけを公表した。

 原発推進派が読めば「原発の新設を言外に認めている」となるし,反原発派が読めば,大幅な省エネを推進したうえで,風力や太陽光など再生可能エネルギーの比率を一気に高めれば,原発依存はさらに下げられる,となる。両者に都合の良い解釈を許す,まさに矛盾に満ちた方針だったのだ。

 現在とりまとめている第5次基本計画の焦点は,こうした「矛盾」を打破することができるかどうかだ。原発を一定程度維持するのであれば,将来の新設やリプレースは避けて通れない。一方で,新設をまったく検討しないということになれば,既存の原発が廃炉になるに従って,日本は「脱原発」の道を歩むことになる。いわば「なし崩し」の脱原発である。

 3) 安倍内閣は及び腰
 今回,経産省は,エネルギー基本計画を策定する「分科会」の他に,「エネルギー情勢懇談会」という大臣の私的諮問機関を作った。分科会からは坂根分科会長だけがくわわり,総勢8人のメンバーでエネルギーの将来像について議論する新組織を立ち上げた。

 経産省のリリースには,懇談会の目的としてこうある。
 「我が国は,パリ協定を踏まえ『地球温暖化対策計画』において,すべての主要国が参加する公平かつ実効性ある国際枠組みのもと,主要排出国がその能力に応じた排出削減にとり組むよう国際社会を主導し,地球温暖化対策と経済成長を両立させながら,長期的目標として2050年までに80%の温室効果ガスの排出削減をめざすこととしています」。

 「他方,この野心的な取組は従来の取組の延長では実現が困難であり,技術の革新や国際貢献での削減などが必要となります。このため,幅広い意見を集約し,あらゆる選択肢の追求を視野に議論をおこなっていただくため,経済産業大臣主催の『エネルギー情勢懇談会』を新たに設置し,検討を開始します」。
 目先のエネルギー需給を前提にした議論ではなく,地球温暖化対策などを前提にすれば,温室効果ガスの削減は待ったなし。そのためには原発を放棄する政策はとれないだろう,という経産省の思いがにじむ。だが,安倍内閣は,今回も原発論議を真正面からおこなうことに及び腰だ。
 補注)一言断わっておくが,原発が「温室効果ガスの削減」に有効だ,いいかえれば,温暖化に歯止めとなる発電方式だという理解は間違いである。真逆の理解を正々堂々と語れる,たとえば日本経済新聞などの立場にも問題ありだが,ここでは詳論しない。

 森友学園問題や加計学園問題で,安倍首相が国会で野党の攻撃に晒されているなか,さらに国民世論を二分するテーマを切り出すことは不可能になっている。本来は,安倍一強といわれたタイミングで原発論議を進めれば,国会でもそれなりに建設的な意見が出た可能性はある。とはいえ,安倍批判が強まった現状で,さらに内閣支持率を引き下げることになりかねない原発は,国会議論のテーマにできない,ということだろう。

 仮に原発の新設やリプレースなどの文言を含む原発推進色の強い基本方針を閣議決定するとなれば,国会閉幕後の6月以降にずれ込む可能性が出て来る。しかし,その後も秋には自民党総裁選が控えていることを考えると,安倍首相が批判を浴びることが明らかな「原発推進」に明確に舵を切ることはむずかしい。
 
 4)「既成事実化」はもっとも危険
 福島第1原発事故から7年〔と7カ月以上経った〕。そろそろ,将来にわたって日本の原発をどうするのか,真正面から議論すべきなのだが,どうも今回もそうなりそうにない。再生可能エネルギーの拡大をかかげる一方で,原発も重要な電源として維持するという「玉虫色」が続くのではないか。
 補注)2018年10月26日現在で原発は9基稼働している(前掲に画像資料あり)。九州電力の玄海原発3号機・4号機,川内原発1号機・2号機,関西電力の大飯原発3号機・4号機,高浜3号機・4号機,四国電力伊方3号機である。

 だが,このまま議論抜きに,なし崩し的に原発存続を「既成事実化」するのはもっとも危険だろう。再稼働するだけでは足らない原発発電比率を維持するために,40年経った老朽原発の稼働を20年延ばす「特例」が頻発することになりかねない。40年経った老朽原発よりも,現在の最新の技術で建設する最新鋭の原発の方が安全性が高いのは明らかだ。脱原発を本気で進めるのならば,長期にわたる廃炉スケジュールを決める必要がある。いずれにしても,そろそろ本気で国民が議論する時である。(引用終わり)

 もっとも「そろそろ本気で国民が議論する時である」といっても,国民たちの過半は原発不要論であった。安倍晋三がこの事実を認めないだけであって,このオトコ(コドモ)らしく議論を進めることから逃げている状況が続いている。

 また「最新鋭の原発」という表現が出ていたが,これは新型原発に対する買いかぶりである。基本的な技術や性能は,なにもというか,これといってみるべき〈革新的な改善点〉などない,単なる「改良型の原発」をとらえて,そのように理解するのは問題がありすぎる。

 また「40年経った老朽原発の稼働を20年延ばす『特例』が頻発することにな」ったところで,これもしょせんは弥縫策であり,いわば延命措置みたいな,原発の手形飛ばし的な利用である。それによってせいぜい “廃炉引当金の積み上げ” に努力せよということかもしれない。

 現状の原発をかこむ時代状況は,八方ふさがりだと理解するのが妥当である。「進む(!)も地獄,去る(?)も地獄である」のが「原発の現状」と表現できる。それでも,そのどちらを採れといわれたら「去る」という選択肢しか残されていない。今後における原発廃炉の問題にかかわって,いかほどの難関が待ちかまえていようが,そうである。

 5)「第5次エネルギー基本計画」のポイント-簡約な説明-
 エネルギー基本計画は,2002年6月に制定されたエネルギー政策基本法にもとづき,2003年10月から策定されてきた。「3E+S」とよばれる「安全性」「安定供給」「経済効率性の向上」「環境への適合」というエネルギー政策の基本方針に則り,日本のエネルギー政策の基本的な方向を示すものである。およそ3~4年ごとに見直され,2018年7月3日に「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定されてきた。

 今回のエネルギー基本計画では,つねに踏まえるべき点として「東京電力福島第1原子力発電所事故の経験,反省を教訓に肝に銘じてとり組むこと」などを原点として検討が進められ,2030年,2050年に向けた方針が示された。

 日本は,東日本大震災前には20%あったエネルギー自給率が,原子力発電の停止により約8%(2016年)まで下がっている。そのうえで,より高度な「3E+S」をめざすため,

   (1)   安全の革新を図ること,
   (2)   資源自給率にくわえ,技術自給率とエネルギー選択の多様性を確保すること,
   (3)  「脱炭素化」への挑戦,
   (4)   コストの抑制にくわえて日本の産業競争力の強化につなげること,

という4つの目標をかかげている。
 註記)この説明は,「『第5次エネルギー基本計画』のポイント」『ニュースがわかる!  トピックス』2018年8月21日,https://www.ene100.jp/「第5次エネルギー基本計画』のポイント から。

 前段のごとき基本計画は突っこみどころ満載であった。すでにいろいろ議論してきたが,原発の核燃料のことを「準国産」の燃料だと規定してきたまやかし発言を踏まえて,その「3E+S」とやらを再度批判しておく。はたして,これはなにを意味していたか?

   「3E+S」とは, エネルギーの

   安定供給(Energy Security),
   経済効率性(Economic Efficiency),
   環境への適合(Environment),
   安全性(Safety)

からなり,日本のエネルギー政策の基本となる概念だと解説されている。だが,この文章の中身は,現実的においては破産していた。

 a) 原発の操業度(稼働率)は,基本として100%を維持していないと不安定であって,つまり,電力需給関係に柔軟・弾力的に適応できない発電装置・機械である。

 原発はその意味でも,かえって「安定供給」には向いておらず,融通性(弾力性)を欠落させている。いままでの原子力村流になる常識的な解説によれば,原発が一番安定した方式であると強調されていたが,これは逆説的にいうまでもなく,不安定そのものである特性を意味していた。

 b) 「経済効率性」となれば,すでに破綻したというか,それでなくとも破滅的な未来ならば約束されている。それが原発であった。

 c) 「環境への適合」という問題次元に,一番ふさわしくない関係でとりあつかわれるべきなのが,原発であった。これ以上いうことはないくらい,明々白々の事実である。

 d) 「安全性」? この「性」(原発の “さが” )の問題になるとしたら,いまや,そんな「▼▼なことをいうじゃありません」との文句を投じるべき対象でしかなくなっていた。

 ということであっても,経済産業省はなお,以上のごとき「3つのE」と「ひとつの大きなS」を提唱している。

 そのさい,エネルギー政策はこの「3つのE」(安定供給,経済効率性の向上,環境への適合)とひとつの「S」(安全性)」(=「3E+S」)を基本的な視点としたうえで,この4つの視点をバランスよく実現しなければならないといいつつ,2030年における原発の原電比率を「20~22%」にまで戻したいと,いまも企図している。

 だが,その観点は,まともな,つまり合理的という意味でいわれるべき「経済性」(収益性・営利性に「稼働の安定性」も含むもの)と「安全性」(環境問題も含むもの)とを両立させうる可能性を,すでに絶たれていたはずである。

 それでも,経済産業省・資源エネルギー庁はその「3E+S」を仏壇に供えている。そして「▼▼のひとつ覚え」のように “南妙法蓮華経” と読経しつづけている。

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