【原発事故の重大性に触れない原発必要論が廃れたのは当然】

 【山本隆三『脱原発は可能か』エネルギーフォーラム,2012年4月の奇妙な見解】


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 「本稿」は 2012年5月27日に公表されていたが,その後,未公開になっていた記述である。ここに最新の話題も付加し,あらためて議論したい。
 
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 ①「『原発 国民反対ではつくれない』」団連会長」(『テレ朝 news』2019/1/1 11:52配信,https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190101-00000015-ann-bus_all

 a) 2019年1月1日に,この「『「原発 国民反対ではつくれない』経団連会長」という見出しのニュースが流れた。いわゆる原子力ムラの中枢・核心を形成する資本家・形成者団体の代表が,そのように,いままであれば異様なまで原発事業こだわってきた基本方針を完全に変更し,放棄しようとしている。その理由はと問えば,2011年3月11日東日本大震災以降において原発事業は,安全性を確保するために発生する原価が非常に割高になっており,いまではまったく商売にならないというのである。

 以前であれば,国家の政策の観点から原発が電源構成のなかに占める比率を,半分以上に上昇させるもくろみまであったものの,ここに至っては「原価計算上,とうてい無理難題」になった。昨年〔2018年〕中の話題としては,日本がトルコに輸出する予定であった原発1基の “価格が5千億円から倍の1兆円” へと,一気に2倍にも上がるという “ベラボウな情勢の変化” が生じていた。もちろんトルコ側は大いに反発するし,日本側の原発製造・販売にたずさわる重工業会社(三菱重工業・日立製作所・東芝など)は,窮地に追こまれたしだい。結局,この大商談は一挙にチャラとなった。

 日本国内の原発事業は「3・11」以降,一時期は2年間,原発が1基も稼働していない時期もあったが,電力供給面で大きな支障はなかった。また,再生可能エネルギーの開発・利用も,その間,大いに進展してきた。そうした「時代の潮流」のなかで,原発にいつまでもこだわるエネルギー観は時代錯誤になりつつある。

 以前は『国策民営の原発事業』でもあるゆえ,これによって「営利追求をがっちり確保しよう」と意図し,実際にも実現させてきた重工業会社は,これからの原発事業にかかわる目算のほうは「とらぬ狸の皮算用」すらなりえないでいる。この現状はすなおに認めざるをえなくなった。ということで「なぜか(?)元旦に」,前段のごときニュースが流(さ)れていた。

 b) 経団連会長「中西宏明会長は年頭にあたり会見し,今後の原発政策について,国民の反対が強いのに民間企業がつくることはできないとして,理解を進めるために一般公開の議論をすべきだという考えを示しました」というのだから,ある意味では笑止千万だと批判しておくべき要因すら登場していた。原発事業をどんどん増やしていた時代においては,原発反対の立場・思想を堅持し対立する人士たちが,いったいどれほど抑圧されてきたかを想起するとき,原発事業をめぐる「原子力ムラ」住民たちの『死の商人』的な行動記録は,けっして忘れることができない。

 その方針変更,「原発事業に固執していた」基本態度が百八十度転換した事実は,『金儲けにならない事業(の生産と販売)』から撤退するといった,非常に単純明快な「資本の論理』にもとづいている。しかも,その方針変更を権威づけるための便法に「国民の反対が強いのに民間企業がつくることはできないとして,理解を進めるために一般公開の議論をすべきだという考え」を提示したというのだから,このさいになって,わざわざかなり調子のよい観念の変質(⇒立場の転向)を明示していた。

 2011年の「3・11」までであれば,「国民の反対」が強くても,金力と権力にものをいわせて「反原発勢力」など蹴散らかしてきた資本家・経営者団体側が,いまごろになって「やはり原発は儲けにもならない」と,情けない表情でつぶやきだした。これまでは「国民の立場・利害」など平然とないがしろにしてきたのが,「原発事業」にとり組んできた国家体制・経済団体側の強い意志であった。ところが,それがいまでは「なにせ儲かりもしない原発事業なんて」トンデモございません,撤退したいですと正直に告白しだした。そういう経緯なでのれば,いまごろにもなって「原発の是非」を国民に問うほどの問題ではなく,さっさと原発事業からは全面撤退すればよい。

 c) 「3・11」から早8年近くが経過してきた。いまや「原発が要らない」という理由・事情をもっとも明確に語るのが,ほかでもない「採算・原価割れ」という事実であった。この事実を無視して「原発を作って売るのだ」などと走り出す愚かな資本家・経営者が,居るわけがない。「3・11」以降におけるエネルギー「電源構成」観は大きくさまがわりしてきた

 「国民の過半数が反対しているのに,何故原発は再稼働されてしまうのか? 原発と同じように怖い,その再稼働を支える欲望を検証します。」(『rockin'on.com』2017.03.03 20:25,https://rockinon.com/blog/shibuya/157215)という文章が,こう語っていた。
 なぜ脱原発は簡単なのか? それは3・11以降の日本をみれば明白である。福島の事故以降,日本の原発はすべて止まった。日本はつい最近まで脱原発国であった。しかし,そのことで電力が止まったり,原油の輸入が急増して国家財政が破綻したりはしていない。原発がなくても日本の電力事情が崩壊するわけではない。

 しかも脱原発は国民の総意でもある。世論調査をすればつねに6割から7割の人が脱原発を支持している。これは3・11以降,ほとんど変らない数字である。事故の記憶が風化していくといわれるが,国民の原発に対するノーという意志は風化していない。もしも僕が支持率低下に悩む統治者であれば,すぐに脱原発をアピールすると思う。間違いなく支持率は上がる。いま,安倍政権が脱原発宣言をすれば,とんでもない支持率になるのではないか。ではなぜ,脱原発は実現しないのか。

 事故の補償を国民が負担するという明確な図式を示すことにすると,誰かが責任をとらなくてはならないし,原発のあり方を基本からみなおすことになる。原発のコストが低いなんてことは嘘だし,その嘘を支えていた電力会社・官僚・政治家の責任が問われてくる。誰が悪いかはっきりしてしまう。当然,当事者たちはそんなことはしたくない。だから “ひたすらごまかそうとする” 。

 ではその当事者達が,強欲で腹黒い政治家や資本家,あるいは役人たちかといえば,そう簡単な話ではない。事故さえ起きなければ原発は便利な電力エネルギーである。産業のない過疎地に建てれば,地方に産業と金が回ってくる。資源のない日本にとっては,原油価格に左右されることなく安定的なエネルギー供給が実現する。「安全性に目をつぶりさえすれば,いいことが多い」のが原発なのだ。たくさんの欲望が,「安全性に目をつぶりさえすれば実現した」のだ。日本社会全体がその欲望に走った。そのツケが福島の事故によって一度に回って来た。

 原発を再稼働したいという欲望は,もともとは原発を押し進めた欲望をルーツとしている。それは安全性に目をつぶればたくさんの便利や楽があるという欲望だ。きっとその当事者それぞれには,その欲望を肯定する理屈があったのだろう。エネルギーの安定供給,CO2 の削減,地方の再生,原発にはそういう理屈が簡単に付いた。しかしそこには大きなごまかしがあった。それはとりかえしのつかないごまかしだった。

 脱原発というのは,そのごまかしと向きあい反省し,やりなおすということだ。原発再稼働はそのごまかしを放置し,ごまかしつづけるということだ。責任を明らかにしたくない,これまでの仕組を変えたくない,間違っていたといいたくない,せっかく楽をしてきたんだから面倒なことはしたくない,という欲望である。その欲望の当事者には自分が巨悪だという自覚はないのだろう。
 d) 経団連会長の中西宏明はまさに,資本家・経営者団体の代表者として「その無責任」も,同時に象徴している。以前から,国民たちの「6割から7割の人が脱原発を支持している」としっていても,完全に等閑視してきたのではないか。それがいまごろ「儲からない」原発事業は「止めましょうか」などと悠長な発言をしだし,問いかけるような姿勢を示そうとしていた。それだけの謙虚さが当初から少しでもあれば,原発などさっさと廃止する方途に向かっていたのではないか。

 ということで,ブログ『くろねこの短語』2019年1月2日の記述,「国民の反対が強いのに原発を民間企業がつくることはできない」(経団連会長)。その心は,金の切れ目が縁の切れ目!&片山さつき『口利き疑惑』に新たな展開!!」が,こう批判していた。
 イギリスにおける原発計画が頓挫して,ざまあ~みろの大合唱を浴びる日立だ。で,その日立の会長は経団連会長でもあるんだが,これがなんと年頭の会見で「国民の反対が強いのに原発を民間企業がつくることはできない」とぶちかましてくれたってね。こんな具合です。

 「お客様が利益を上げられてない商売でベンダー(提供企業)が利益を上げるのは難しい。どうするか真剣に一般公開の討論をするべきだと思う。全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくるということは,この民主国家ではない」。

 ひらたくいっちまえば,利益が期待できないものには金は出せない,ってことで,原発もしかり。企業なんてものはそんなものです。電力会社だって,腹の底ではこんな厄介者は切り捨てたいというのが本音なんだよね。もっとも,儲かればやりますよ,ってのが反対側にはあるわけで,そういう原発経営のシステムを作れ,というペテン政権への脅しにもなっているのかもね。

 それにしても,なんでヘラヘラ笑って記者会見するんだろう,この男は。政官財と,どこもかしこもこんな下品な奴ばかりってのが,なんともはや・・・。
       中西宏明画像
    出所)https://news.biglobe.ne.jp/economy/1009
         /jjp_181009_1200957049.html)

 つぎの ② から以下はいまからほぼ7年も前に,本ブログが「原発問題」を議論していた文章を,ここに復活させることにした。こまかな点で補正がくわえられている。

 ② 福島第1原発の事故現場:その1

 本日〔2012年5月27日〕『朝日新聞』朝刊の原発関連記事から,まず紹介する。以下,当時における東電福島第1原発「事故現場」に対する描写であった。

 1)「廃炉作業阻むがれき 福島4号機・建屋内部を初公開」
  政府と東京電力は5月26日,爆発した福島第1原発4号機の原子炉建屋内部を報道陣に公開した。原子炉建屋内部の公開は事故後初めてである。廃炉に向けた 作業がもっとも進む4号機だが,依然としてがれきが建屋内に大量に残り,困難をきわめている。余震による再事故の危険性も抱えている。

  事故を起こした1~4号機のうち,4号機は地震発生時に検査で止まっていた。燃料はすべて使用済み燃料プールに収められていた。燃料の数は同じ大きさの原 子炉3基分の1535体に上る。東電は燃料を来〔2013〕年12月にとり出しはじめ,2年かけて近くの共用プールに移す。しかし,がれき撤去は昨秋から 始めたが,6割ほどしか進んでいない。

 東電は東日本大震災と同じ程度の揺れに襲われても,4号機の原子炉建屋は耐えられると評価する。 昨〔2011〕年7月には念のため,プールの下階に鉄骨の支柱とコンクリートで補強工事をした。仮にプールの冷却装置が壊れて燃料が冷やせなくなっても,燃料がプール 水面から露出するまでには2,3週間の余裕があるという。

 だが,原子炉建屋の耐震性への疑念の声は消えない。建屋の壁が爆発で吹き飛び,柱と残った壁だけで支えている。東電は5月25日,4号機は傾いていないとする調査結果を公表した。壁の西側の一部が爆発で外側に3.3センチほど膨らんだものの,安全上問題ないとしている。

  原子炉建屋内部の公開は細野豪志原発相の視察にあわせておこなわれた。視察後,細野原発相は報道陣に対し「震度6強の地震が来ても4号機の健全性は維持できると分析している。壁の膨らみはプールから離れているが,国としてもきびしく認識して東電に再度安全性について確認するよう指示した」と話した。

 2)「燃料プール,濁る水 爆発跡まるで戦場 福島4号機内部」
 4号機の原子炉建屋はいまだ危険な状態なため,記者の数を限定し,代表取材というかたちで公開された。建屋内部に入った東京新聞の記者の取材はつぎのとおりである。
 報道陣が4階に上がると,一気に明るくなり視界が開けた。海側の壁が爆発で吹き飛び一面ない。がれきの撤去は進んでおらず,ほぼ事故当時のままという。戦場で爆撃された跡のようである。配管が激しく曲がり,鉄骨もアメのように曲がりさび付いている。こんな厚い壁が一面吹き飛ばされたのは信じられない。

 最上階の5階。フロアに出ると手前に使用済み燃料プールの上部が出てきた。浮きの上に白いシートをかぶせている。監視する一角で水面がじかにみえた。黒くよどんでおり,7メートル下にある燃料はみえない。原子炉の上に設置されたがれき撤去のクレーンを乗せる台に上った。ひしゃげた鉄筋の隙間から,3号機のグニャグニャに折れ曲がった建屋がみえた。

 プール周辺の壁に大きな傷はみつからなかったが,これで東電がいうように「東日本大震災当時と同じ揺れに襲われても安全」といえるかは不安である。取材した4人の被曝線量は建屋に入る前後も含めて 0.09~0.11ミリシーベルトであった。
 註記)『朝日新聞』2012年5月27日朝刊1面。引用は,http://digital.asahi.com/・・・ 参照。
 ③ 福島第1原発の事故現場:その2

 1) 事故現場が公開された
 東京電力福島第1原発の事故から1年2カ月経った。5月26日,報道陣に公開された発電所は,全体にわたっていまもなお事故の爪痕を生々しく残していた。4基の原発を廃炉にするという世界に例がない作業が始まったばかりである。爆発による大量のがれきと高い放射線量に阻まれ,遅々として進んでいない。

 細野豪志原発相に同行した代表取材とは別にこの日,福島第1原発が報道各社に公開された。昨〔2011〕年11月と今年2月につづく3回目の公開であるが,初めて,4号機の原子炉建屋近くで屋外に立つ機会がえられた。建屋は壁が破れて大きな穴が開き,なかには,鉄筋だろうか,無数の棒が垂れ下がっていた。

 午後1時すぎ,報道陣を乗せたバスは林を抜けて坂を下り,大きな建物の近くに止まった。建築資材や重機が並ぶ一角。バスから降りて見上げると,橋げたのような骨組みをさらした4号機の原子炉建屋がみえた。距離は70~80メートル。「100です」。付きそいの東京電力社員が声を張り上げた。放射線量が毎時100マイクロシーベルトだという。

 昨〔2011〕年3月15日の水素爆発で建屋は5階部分より上が吹き飛んだ。5階の床がいまは建物の「天井」。その柵に「心をひとつに がんばろう! 福島」と書かれた横断幕が張られている。横断幕の奥に燃料プールがあるという。合わせて1535体の燃料集合体が残っているが,プールを覆う屋根はない。

 5階部分の西側に,圧力容器の頂部のとり外しに使われた緑色の機械,その下に丸い頂部。目をこらすと,その奥に,黄色い格納容器のフタがみえた。4階部分の西側は壁がなくなっている。「4号機の上部は線量がほかより低いので,がれきの撤去は有人の重機で進めている」。事故対応にあたっている東電福島第1安定化センターの岩城克彦副所長が説明した。来年秋には建屋にカバーをし,その後,燃料のとり出し作業を始めたいという。

 ここにいたのは10分ほど。バスに戻り,4号機から1号機までを南側から見渡せる高台に移動した。眺めると,3号機の原子炉建屋は4号機よりひどく鉄骨が折れ曲がっている。線量が高いため作業がはかどらないという。その奥に2号機の原子炉建屋がある。大気に放出した放射性物質の量がもっとも多いと東電が試算した2号機であるが,外見は壊れているようにはみえない。さらに奥に立つ1号機には黄土色のカバーがかけられ,なかの様子はうかがえなかった。

 バスはその後,1~4号機の海側を通った。3号機に近づくとバスが加速した。以前から線量が高い場所で,東電社員が「1300」と叫んだ。2号機付近で線量が下がったものの,辺りでトラックや重機が横転したままになっていた。福島第1原発の敷地内に滞在したのは約4時間である。Jヴィレッジとの移動などを 含め約5時間,警戒区域にいた。この間の記者の被曝線量は73マイクロシーベルトであった。

 2) 福島第2原発の現状
 政府と東電が昨〔2011〕年12月に示した福島第1原発の廃炉の中長期工程表では,完了までに早くても30年はかかる。原子炉内で溶けた燃料をすべて取り出し終えるのは20~25年後である。現在は,原子炉を安定的に冷却しながら,4号機の使用済み燃料プールからの燃料とり出しや,1~3号機の建屋の除染など溶けた燃料をとり出すための準備作業を進めている。

 4号機プールから燃料をとり出すためのがれき撤去や壊れた壁のとり外しは今秋ごろには終える予定である。放射性物質の飛散を抑えるため,来〔2013年〕夏までに建屋をカバーで囲む。クレーンなど燃料をとり出す設備は来秋までに設置し,来〔2013〕年12月ごろにとり出しを始める。

 ただ,プール内外にはなおコンクリート片や鉄骨などのがれきが散乱しており,撤去が遅れて予定がずれこむ可能性もある。と取り出した燃料を移す共用プール には465体分しか余裕がなく,スペースを空けるためにすでに貯蔵されている燃料を保管する施設も別に造る必要がある。 

 一方,炉心溶融事故を起こした1~3号機は仮設の冷却装置で溶けた燃料に水をかけて冷やしている状態である。それによって大量の汚染水が原子炉の外に出ている。廃炉の準備作業をしたくても,高い放射線量に阻まれている。

 廃炉の作業は,余震による強震や津波によって再事故の危険性と隣り合わせである。東電は,爆発で壊れた原子炉建屋は,東日本大震災並みの地震の揺れに襲われても倒壊の危険性はないと評価する。注水設備が壊れても,非常用の注水ポンプで原子炉の冷却ができるとしている。

  原子力安全基盤機構は昨〔2011〕年6月末時点での解析で,余震で4号機のプールに亀裂が入って冷却水が漏れて燃料が露出したばあい,2時間強で放射性 物質が漏れ,7.7時間後には燃料が溶けはじめると算出した。ただ,燃料から出る熱は,事故直後に比べて3分の1程度に減り,当時より燃料は冷えており, 時間的余裕はあるとみられる。

 廃炉作業中に再び津波に襲われたばあいには,仮設の冷却装置が壊れたり,放射能汚染水が海に漏れたりする 恐れがある。東電はそれに備えて海沿いに約380メートルにわたって海面から高さ最大14メートルの仮設防潮堤を造った。高さ8メートルの津波までは浸水を防げるという。

 しかし,仮設防潮堤は石を金網のかごに詰めて積み上げ並べただけのものだ。昨年の東日本大震災による高さ13メートルの津波と同じ高さの津波に襲われたら,浸水を防げるかはわからない。将来的には本格的な防潮堤を造る必要があるが,具体的な計画はたっていない。
 註記)『朝日新聞』2012年5月27日朝刊2面。引用は,http://digital.asahi.com/・・・ 参照。

 ④『朝日新聞』2012年5月27日朝刊「〈社説〉ドイツの脱原発-素早い行動が生む果実」

 --この日,朝日新聞は以下のような社説を書いていた。

 ドイツが脱原発の道に回帰して,間もなく1年になる。10年後の2022年までに17基の原発をすべて閉鎖する。そんなゴールをみすえて,産業界や社会が一斉に動き,新たな雇用やビジネスが生まれている。政府の明確な目標と計画のもと,素早い行動で果実を手にする。脱原発に向けて,日本が学ぶべきことは多い。

 ドイツの変化を象徴しているのは産業界の動きである。電力大手のエーオンとRWEは,英国の原発建設計画からの撤退を決めた。すで に合弁会社を設立していたが,今後の建設費増や原発事業のリスクを重視した判断である。政府の電力自由化策に応じて,ドイツ国内の送電線部門も切り離した。電機大手シーメンス社も,原子力事業から完全撤退した。新しい送配電システムや蓄電の研究開発,洋上風力発電所への投資を進め,「グリーン企業」への変身を図りつつある。そこに新たな収益源を期待しているからだろう。

 注目したいのは,風力や太陽光,バイオマスなどの自然エネルギー普及による経済効果である。ドイツ政府の推計では,ものづくりから流通サービス業まで約38万人の雇用が生まれた。ビルや住宅の断熱性を向上させて,エネルギー効率の高い街をつくるとり組みも広がっている。節電や省エネが生活に無理なくとけこみ,経済も活性化する好循環がそこにみえる。

 福島第1原発の事故を受け,古い原発を中心に8基の運転が停止された。この結果,原発の発電量は昨〔2011〕年,全体の10%台に下落した。逆に約20%まで増えた自然エネルギーの比率を,2020年までに35%水準に引き上げるのが政府の目標である。

 ただ,予想以上の変化の早さは混乱も生んでいる。太陽光発電の買取価格の引き下げはその一例である。自然エネルギーによる発電を固定価格で電力会社に買いとらせる仕組は,その普及を支えてきた。しかし投資が過熱し,電気料金を通じて消費者の負担増を招いたため,買取価格を2割以上引き下げる予定である。

 自然エネルギーを着実に広げるには,発電コストの変化をきめ細かく把握し,買取価格を点検していく必要がある。今〔2012〕年7月から買い取り制度が本格スタートする日本にとっても,他山の石となろう。脱原発への確固たる目標に自然エネルギーへの支援策をうまく組みあわせて,経済や社会の活性化につなげる。日本に必要なのはそんな発想と行動である。
 
 ⑤ 山本隆三『脱原発は可能か』2012年4月への疑問

 1) 山本隆三の
原発観
  本書,山本隆三『脱原発は可能か』(エネルギーフォーラム,2012年4月)は「原発なしで電力供給ができるのか,太陽光発電,風力発電にはどこまで頼ることができるのか,その費用はいくらなのか,電力の自由化をおこなえば発電設備は増えて,電力料金は下がるのか,今後の温暖化対策はどうすればよいのかなどの論点を,欧米の例にも触れながら考える」。そして「電力の安定供給を安いコストで行う魔法はなさそうだ」とも強調している。目次はこうである。

  序 章 電力料金を考える
  第1章 世界を支える石炭火力発電所
  第2章 知られていない日本の電力事情
  第3章 将来の電力供給はどうなる
  第4章 電力と地球温暖化
  第5章 再生可能エネルギーへの過度の期待

 著者の山本隆三[ヤマモト・リュウゾウ]は 1951年香川県生まれ。京都大学卒,住友商事に入社し,石炭部副部長,地球環境部長などを経て,2008年,プール学院大学国際文化学部教授,2010年4月から富士常葉大学総合経営学部教授。現在,地球環境産業技術研究機構(RITE)のSDシナリオワーキンググループメンバー,(独)新エネルギー・ 産業技術総合開発機構(NEDO)技術委員,国際環境経済研究所主席研究員などを務めている。

 本書の各章で,山本隆三が議論する事実指摘や独自の主張は,それなりに説得力がある。新書判で読みやすい内容であるから,興味をもった人が自分でも買って一読してほしくとも思う。ただ,山本の論調に欠けている重要な論点がひとつある。

 それは,「福島第1原発事故」が日本という国家全体のみならず世界中:地球の自然・環境全体に与えた重大な意味,つまり,放射能洩れ・放射性物質の拡散という深刻な事態はそっちのけであって,どうみても「原発がなくなったら」「安定的に電力を供給できなくなる」と,それも「いま(2012年4月)のところにおいて警告する」だけであって,それ以上には積極的な含意も主張もない。

 つまり,いつまでかは明言せず予測もしていないが,当面「脱原発はムリ」と山本はいいたいらしい。「スリーマイル島 1979年」→「チェルノブイリ 1986年」→「フクシマ 2011年」と,つづけて人類・人間が《悪魔の火:原子の怪物》の扱いを誤ってきた歴史があっても,「いま原発を止めたら電力が不足する」,「自然・再生エネルギーだとか地産地消だとかいっても」「その実際の稼働率は低率にしか維持できない」,また「水力発電でも発電用の水資源が常時安定的にえられるわけではない」,「火力発電所でも保守・点検のために数割は休止させね ばならない」のだから,原発はあくまで必要という主張なのである。

 「脱原発」論の立場そのものを批判する著作としては,本書『脱原発は可能か』の諸見解は参考になる。しかし,本書を通読してみてもいっこうに分かりえない論点が残されている。原子力の「平和利用」が原発であるとはいっても,「人類・人間が存立すべき地球全体の生活基盤」を破壊してきた,ここ『半世紀ほどの時代における原発』は,まるで軽視した立論になっていた。これがそもそも問題であった。山本のいいぶんを1箇所引用しておく。山本隆三の「原発観」思想がかいまみえる論及である。
 節電は大切だが,節電と気温しだいで停電の可能性があるような電力供給は普通ではない。世界の先進国で電力供給に問題がある国はないだろう。電力供給は生活,生産の多くの場に影響を与える。潤沢な電力供給は生活と生産の前提だ。原発が停止する事態となれば,経済のみならず日本の財政問題にも大きな影響が生じる(92頁)。
 補注)現時点〔2019年1月〕になっているが,このような原発「観」は確実なる議論にもとづかない俗論であり,単なる謬説であった。「潤沢な電力供給は生活と生産の前提だ」と力説しているけれども,この前提と「原発の停止」という事項をただちに結びつける議論がもとより的外れであって,短見きわまりない誤論であった。いまとなって,この誤論性はあえて説明するまでなく,素人でも理解できる。
 2) エネルギーフォーラムとは?
 月刊雑誌『エネルギーフォーラム』(Energy-Forum;旧名『電力新報』,2006年1月現在で発行部数は公称4万部)は,1955年1月に創刊されていた。このエネルギーフォーラム社が,山本隆三『脱原発は可能か』を2012年4月に発刊していた。『エネルギーフォーラム』誌は,都内の一部大型書店を除き,一般の書店には置かれて いない。購読者は「エネルギーに携わる企業の経営トップから現場担当者,政界,官界,消費者」であるとされ「わが国で随一のエネルギー総合政策紙」と自称していた。

 その記事内容は業界誌らしく,一般のマスコミ記事では触れない面まで掘り下げた内容が多い。ただ,NIMBYや原子力撤廃論者に対しては対決姿勢が強く,運動を外部から研究した記事も出される。ただし,事件によっては総括的な批判記事が掲載されることもある。→ 1970年代中盤の日本の原子力発電所でトラブルが続出した件や,東京電力原発トラブル隠し事件,福島第1原子力発電所事故などについて。
 補注)NIMBYとは “Not In My Back Yard”(自分の裏庭にはあってほしくない)の略である。原発など諸「施設の必要性は認識するが,みずからの居住地域には建設してほしくない」とする住民たちや,その態度を指すことばである。

 だいぶ以前,『電力新報』〔旧名のときの〕1975年9月号は,高木仁三郎「『原子力社会』への拒否(反原発のもつ一つの側面)」という寄稿を掲載したこともあるが,毎号電力会社首脳や通商産業省(後経済産業省),エネルギー分野の専門家などを交えた対談記事が掲載される。基本的にはインタビュアーも含めて『会社側・官僚側の視点』から構成されている。

 基本的に同誌は,経営戦略・エネルギー(電力)政策などに焦点を当てた内容が多く,執筆者も通産官僚や電力会社の総務部門,経済学者や本誌編集部などの人びとである。『原子力 eye 』(旧『原子力工業』)『火力原子力発電』『エネルギー』のような〈技術的な内容〉を掘り下げることを主眼とした雑誌とは,その点が異なっている。また技術系雑誌の記事や技報に比較すると若干砕けた表現がなされる。

 また,同業他誌と比較しても月刊誌として豊富な写真が掲載されており,建設中の発電所写真や工事に関係した業者の広告が一覧できる。プラントが完成したさいには所長,工事事務所長などの挨拶を兼ねた回顧記事が掲載される。エネルギーフォーラム改名後はカラーページも徐々に増加し,現在では1ページを丸ごと使ったプラント空撮写真が載るような部分は基本的にカラー化されている。

 こうした記事は工事誌的な側面をもち,社史同様に当時の業界の雰囲気を伝えているため,電力業界などに批判的な内容の本の著者であっても,この雑誌を資料のひとつとして活用している例がある。 註記)http://ja.wikipedia.org/wiki/エネルギーフォーラム 参照。

 3) 疑問と批判
 この山本隆三『脱原発は可能か』を一読して不思議に感じたのは,原発事故をありのままに認めるかどうかという論点にかかわっての記述はいっさいなく,問答無用的に「原発は必要」と,これのみをいいたいかのような論調であった。

 山本はともかく「エネルギー不足」→「経済成長ができない」→「政府債務返済の困難化:対GNPの債務比率も上昇:日本国際の評価下落」などを心配するあまり,「潤沢なエネルギー・電力供給が産業界には必要だ。電力供給の制限にびくびくしながら生産活動をつづけるのはむずかしい」と論断している(92頁)。
 出所)写真は,http://ja-jp.facebook.com/ryuzo.yamamoto.7 より。

 山本の議論は「脱原発」論に関して有益な方向性を示してはいるけれども,逆には自説の立場「原発の維持・推進」を積極的に実証できた論拠は,なにも提示できていない。ましてや,原発事故によって人類・人間史に与えた『原子力というエネルギーの問題性』は,棚上げした(視野の外に飛ばした)かのような経済社会的な「技術観」である。

 結局,山本隆三『脱原発は可能か』(エネルギーフォーラム,2012年4月)は,原発支持派のひとつの見解として受けとめ読んでおくべきである。かといって,その批判内容には学ぶべき点もあるゆえ,これには十分耳を傾けるべきでもある。

 さきにかかげた山本『脱原発は可能か』表紙に巻かれていた帯には,「原発なしで電力供給は可能なのか? 電力の安定供給を安いコストで行う魔法はない!」と謳われていた。たしかに,日本の「原発全基が停止状態にある」現在(2012年5月当時のこと)にかぎってみれば,電力価格はじわじわ値上げされていた。

 とはいっても,その後に「現在:2019年1月」にまで至った現状を,山本はどう受けとめているのか? 電力の自由化も開始されていた。いずれにせよ「原発が必要不可欠だ」などいいたいかのような論旨は問題があった。総体的に判断すると原発のコストは,いまでは非常に高い部類になっており,これから先もさらに高くなるばかりである。

 その事実は原発事故を契機によって明らかに現実化した。それどころか,代替の発電方式を普及させるに当たっても,現有する原発施設の後始末などの影響を受けた分,電力生産のコストは高まっている。

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