【元号とアルファベットとを関連づけるのは,元号らしくない思考方式ではないか? 時代がかった元号は,天皇家内だけで使用するのがいいのではないか?】

 【明治以来の元号制「一世一元」は,元号の歴史のなかでは普遍性がない】


 ① 元号の不便さ

 先日,地元の市役所関係のある部局にいって話を交わす機会があったが,西暦を使わず年号だけでこの先4~5年先のことを話題にしていた。なにか奇妙な感じを抱くほかなかった。西暦で話をしたほうが,どのくらい理解がしやすくなるかと思った。それに,いまの天皇は生前退位したいといっており,したがって当人が死亡しなくとも,あと数年で天皇の地位を離れたいと希望している。

 にもかかわらず「そのころの時期」を越えてもまだ,いまの元号「平成」を使いながら話をしている。なにゆえ,西暦を使わずにいつまでも元号を使用しているのか? 不便だという実感・印象しかない。間違いも生じやすい。日本という国は「時間を支配する天皇の存在」を主軸に動いているという《想定》もしくは《虚構》を,〈現実〉もしくは〈伝統〉であるかのように,どうしても定めておきたいのか。

 ところで,書籍の奥付に記される年号は平成の天皇になったのを契機に,それまでは元号を書いていた出版社でも相当数が西暦に変更して表記するようになった。本ブログ筆者が何冊が書籍を公刊してもらってきた某書房は,平成になってからは奥付の年号を,それまでの元号から西暦に表記を変更していた。この変更は,世紀が20世紀から21世紀に進む事態をも念頭に置いていたと思われる。

 それでも「西暦は使わない」し,「いまは何世紀だなんていうな」ということはありえない話だとしても,年代の表記そのものに関する議論・検討をきちんとしていない現状の日本国は,暦感覚に関して問題ありである。「西暦」に対しては「和暦」という表記方法を対置している説明があるが(なぜか「東歴」ではない),これは象の心臓とネズミの心臓を同じ大きさだと比較・判定するようなやり方であり,違和感が大きい。

 主権在民? 時間の支配を国民の立場ではなく天皇がしているの主権のあり方(?)とは,実に奇妙な日本国における政治面の一事象である。時間は「主権在君」でかまわず,それが明治以来にあらためて設定された「古代史的な近代国家体制」の核心部分であった。だが,この構想を樹立して使用していた明治維新の時代精神は,敗戦という出来事によって完全に瓦解したにもかかわらず,敗戦以後においても通用させられているようでは,日本というこの国における「民主主義の “本当の現代化”」,いいかえれば,近代国家政治体制としての「民主主義の確立」は,いまもなお未達成の状態に停滞中であるとみなされて当然である。

 いや,そのようなことはいうな,いまの元号体制そのものが日本という国家本来の創元性に関する一証左なのであり,特徴なのだといいたい人もいるかもしれない。だが,元号といういわば《時間の観念》に関する “シーラカンス的な思考方式” そのものが問題である。要は,天皇・天皇制が存在しなければ,もともと元号もありえないという事実は,どのように理解されればよいのか?

 いまどき元号を使用する国家は西欧などではもちろんないし,東アジアでもなくなっている。唯一日本のみが元号を使用する。しかも,この制度をもって「日本は世界に冠たる天皇・天皇制」をいただくすばらしい国家なのだという,自己充足的な納得心ばかりが独り歩きしている。しかし,この孤独な「元号」観についてみるとき,なぜアジアの国々は元号を使用しなくなったのか,もっとまともに再考してみる余地が示唆されている。平成天皇自身は,いったいどのように考えているのか? いちど訊いてみたいものである。

 ②「〈声〉元号やめてしまったらどうか」(『朝日新聞』2017年1月18日朝刊「声」欄)
   
 橋本理市(農林業,三重県 79歳)が投書して述べた「元号廃止」の意見である。
    天皇陛下の退位をめぐり,新元号に関する議論が進んでいる。国民生活への影響を最小限に抑えるため,2019年1月1日付で新元号にする案もあるようだ。しかし,私はあえていいたい。国民生活への影響を最小限に抑えるというのなら,いっそ元号を廃止すべきだ。そして今後は西暦一本でいけば,国民の利便性は確実に高まると思う。

 現在は,元号と西暦が併用され,とくに役所関係の書類は,元号しか書かれていないことが多い。ケースに応じて西暦を元号に換算したり,その逆をしたりすることが,どれほど面倒か。元号を廃止した場合,どれほどの不便があるのか,私にはわからない。そもそも,もうわが国は天皇主権の国ではない。

 国民主権となって70年が経つ。天皇が代替わりしたら元号を変えるという制度は時代錯誤もはなはだしく,民主主義にもそぐわない。国民生活を不便にするうえ,日本はあたかも天皇が治める国であるかのような錯覚を生じさせる元号は,この機に根拠となる元号法と共に廃止する勇断をすべきだと思う。みなさんの意見をしりたい。
 この意見はもっともである。とはいっても,このような意見を聴かされた瞬間から湯気を立てて怒り出すような天皇崇拝主義者もいないわけではない。日本国はたしかに民主主義の国ではあるが,日本国憲法は第1条からして天皇条項で始まっている。明治憲法(大日本帝国憲法)時代の尾てい骨である “天皇制度” どころか,いまだにその脊柱そのものであるかのように,その “天皇制度” を実在させている憲法なのである。前段におけるような投書主の指摘を文字どおりに解釈するとしたら,さらにこういわねばならないはずである。

 国民主権であるはずのこの日本である。それゆえ「天皇が代替わりしたら元号を変えるという制度は時代錯誤もはなはだしく,民主主義にもそぐわない」ものである。「国民生活を不便にするうえ,日本はあたかも天皇が治める国であるかのような錯覚を生じさせる元号,この機に根拠となる元号法と共に廃止する勇断をすべきだと思う」のであれば,実は,現行の憲法そのもののなかにこそ,おおもとの問題があったことを認識しなおす必要がある。

 日本国憲法のなかに「日本は」という実体はあるけれども,「あたかも天皇が収める国であるかのような錯覚」を実際に招来させている。そしてそれだけでない。天皇の地位は象徴天皇ではあっても,まるで「天皇が収める国であるかのような現実」を披露してきている。このところに,この日本国の特徴がある。憲法第1条から第8条までに記述されている内容は,その点を物語るための材料を提供している。

 象徴ではあっても,天皇は首相よりも一段上に位置するエライ人物だという政治的なあつかいが,日常的に堅持されていることは,子どもが観ていても分かるような,この国の現実になっている。発展途上国の側においては,日本の元首は天皇だなどと,けっして勘違いではなく本当に思いこんでいる国もないわけでなかった。そういった仮象を,日本国憲法が誤解として生む点を否定しようとしていない「この国の現状」がある。そういった現象をかえって喜び,歓迎する政治家たちもいる。

 ③「〈日曜に考える 政界〉Q&A元号 世相を映す 改元手続きとは 元号法に基づく 漢字2文字が原則」(『日本経済新聞』2017年1月22日朝刊14面「日曜に考える」)

 
 この記事は,日本の政治において元号という古代制度が存在する事実を,当然視した議論(説明)になっている。その意味では問題意識の稀薄な解説記事である。元号について根源からの疑問など抱く余地などなく,むしろその意味じたいを考えることが有益であるかのような中身として構成されている。
 
『日本経済新聞』2017年1月18日朝刊元号問題画像1 --30年近く使われてきた「平成」が終わりに近づいている。天皇陛下の退位をめぐり,2019年にも皇太子さまが即位して新たな元号が適用される見通しとなった。政府は新元号を事前に公表する方針で,改元に向けた準備を進めている。元号とはどのようなものなのか。
 補注)のっけから明確に問題点を指摘しておく。「30年近く使われてきた『平成』」という表現であるが,これにはあれこれと絡みついてくるほかない「天皇・天皇制」の諸問題は,いったん棚上げしておいての指摘をしている。たとえばいうと,その元号の使われてきた年数が「10年近く」,それとも「50年近く」だったら,なにか違いがありうるのか?

 昭和天皇は大正天皇の死亡年との関係で若い年齢時に天皇位に就き,しかもすでに長寿の時代にはいっていた日本社会の反映でもあるかのように長生きした。昭和の時代は64年までも数えた。この場合においていうと,「44年までも数えた」ないしは「22年までも数えた」といえる場合をもちだして比較することじたいに,なにか意味がありうるか? 単に年数が長いかあるいは短めだということでしかない。


 長寿はめでたい。天皇でなくとも誰でもそうである。百歳以上に長生きした金さん・銀さん双子姉妹もめでたかった。しかし,いまの時代,長寿が必ずしもめでたいことはなく,健康寿命を保ちながらもうまく死ぬときを迎えないことには,けっしてメデタイなどとはいえない,大往生できたとはいえない時代である。

 いまでは「老々介護」ということばまであり,介護殺人までも発生している時代である。天皇の長寿を祝うのであれば,極端な話,寝たきり老人の長寿も祝ってもらわねばならない「生活の権利」もあるはずである。話題は少しずれたが,そうもいっておく余地もある。


 さて,ここからはともかく,記事の「Q&A元号」に入る。

  元号とは。

  元号は古代中国で,天子(王)が時間も支配するとされたことから成立した制度。皇帝や王が治世の最初の年を「元年」と定めて,そこから「何帝(または王)の何年」のように年を数えた。最初の元号は,前漢の武帝が年号を建てて「建元」元年(西暦前140年)と定めたのが始まりとされる。元祖の中国は清朝を最後に元号を使っていない。

  日本ではいつからあるのか。

  「大化の改新」があった645年から用いられた「大化」の元号が日本最古とされる。これまでに247の元号が使われた。日本では同じ元号が2度使われたことはない。

  天皇一代に元号を1つ作るのか。

  天皇一代に元号は1つという「一世一元」の制度は明治時代から始まった。それ以前は天災や疫病が起こったり,おめでたい兆しが表れたりしたときに,同じ天皇の代でも元号をあらためることがあった。
 補注)明治期以来のこの「一世一元」の改元方式は,きわめて特異というか限定的な意味をもつ元号の制度である。このことの指摘も併せてきちんと与えておかないと,元号問題の全般を客観的に理解させうるものにはなりにくい。

  元号に込められた意味は。

  元号は古代中国の影響を大きく受けている。たとえば,平成は「史記」五帝本紀の「内平らかに外成る」,「書経」大禹謨(だいうぼ)の「地平らかに天成る」との記述から文字がとられた。「国の内外,天地ともに平和が達成される」という意味で,当時の世相を反映した元号となった。
 補注)明治維新以後の近代日本における元号の制度は,古代中国の真似をした古代日本の,そのまた真似を,特異なやり方でしていた。これまでの平成の時期にあっては,はたして「地平らかに天成る」でありえたのか?

  2011年3月11日に発生した東日本大震災とこれを原因とする東電福島第1原発事故は,平成という元号のまじないがまったく通用しなかった事実(?)になっていたのではなかったか。なまじ元号にまじないをかけたがために,こうした非難というか反論が提示されても,なにも応えることができないでいる。結局,迷信的な験担ぎの主張を元号に込めるのは止めたほうがよろしい,という指摘が出てこざるをえない。


 天皇・天皇制は「当たるも八卦当たらぬも八卦」の要領で,元号を使っているのではあるまいや。迷信的に「国の内外,天地ともに平和が達成される」と期待するのではなく,政治家などが具体的に目標を立てて願い,それを実現させるための為政をしているのであれば,なんら問題はない。だが「日本国・民の統合のために」存在すると憲法で定められた「象徴として居る天皇」が,そのような祈願を国家・国民のためにすると提唱されている。だから,日本国はもともと「近代国家の体をなしている」とはいえないとする疑問が浮上してくる必然性もある。

 天皇家が皇居のなかにしつらえている宮中三殿のなかには「賢所・皇霊殿・神殿」がある。この神殿において天皇は,日本の国民・市民・住民・庶民すべての代表(もちろん神道の立場)であるかのようにして,年がら年中,祭祀をとりおこなっている。それもあくまで皇室神道の行事としての祭祀である。しかも「明治に創られてきた天皇制」下においてさらに,新しく形成され付加されてきたその祭祀が,圧倒的に大部分であった。

 しかし,日本国民は全員が神道信徒ではないし,地元の神社に参拝にいく人びとがただちに皇室神道に連なっているといえるだけの,宗教的に間違いないのない事由も提示されていない。さらにしかも,天皇家のその神道信仰は私的行為としてなされているのに,国民・市民・住民・庶民のためにも祈願しているといわれている。

 その祈願(願掛け)をもっぱら向ける対象は,皇室神道の場合「皇祖皇宗」である。つまり,天照大神以来の天皇たちであり,「万世一系」の架空・虚偽の部分もある「歴史的な神々たち」に対するそれである。宮中三殿のうち皇霊殿の神々のなかから近い順にその名をあげれば,裕仁・嘉仁・睦仁なども「神霊」の座を連ねている。

 これらの人物の霊を順次,神々に祀ってきた皇室神道の立場からすると,一般の対象としての日本国民たちが〔次段の記述中にもあるように〕現在であれば,平成天皇の基本的な立場である「『声なき人々の苦しみに寄り添う』という姿勢」の恩恵を受ける者たちになるべき対象として,一方的・断定的に指名され規定されている。


 だが,日本国内には仏教徒がいるし,教派神道を信心する日本国民もいる。ましてやキリスト教徒やイスラム教徒もいる。皇室神道を宗教的な背景して「国民に寄り添う」という行為をしているのだといわれる天皇の立場は,あらためて批判的に再考されねばならない。というのは,「昭和の時代の過ちを繰り返さないという意志と『声なき人々の苦しみに寄り添う』という姿勢」とが,平成天皇の基本的な立場だと説明されているからである。いわれるところで「昭和の過ち」とは,敗戦までの昭和天皇の行跡についてであるが,必ずしも1945年夏までの範囲に限定されてよいものではなかった。

 この種の問題指摘をすると,日本における神道の宗教本質的な基本性格にかかわる質的相違点,いいかえれば「宗教哲学としての教義面・教理面に関する未成熟・不首尾」をもちだす論者が少なからずいる。しかし,「シャーマニズムやアニミズム,トーテミズム」的な基本性格を脱しえない神道宗教であっても,宗教的な行為をするという1点においては,同じ「宗教としては共通基盤」の上にあり,たがいに実存しあう相互関係を有している。

 この事実を〔神棚?〕に棚挙げしたような遁辞的な議論は,説得力においてゼロである。「日本の宗教神道は特別だ」という特殊化の観点に逃げこむ論法,いわゆる「政教分離原則」問題から逃避するためである理屈,すなわち「神道は非宗教」という俗説は,敬神(歴代の天皇)を「国民の義務」としたうえで,この義務は道徳・倫理のほうの領域にあるとの遁辞を駆使していた。このような非宗教観,屁理屈的な説法では「外部に向けて妥当しうる説明」にはなりえず,「いっさい通用しない」。

  元号の選定方法に決まりはあるのか。

  1979年,大平〔正芳〕内閣で元号法が制定された。わずか2つの項からなり,「元号は,政令で定める」「元号は,皇位の継承があった場合に限り改める」とされている。平成改元のさいには,

  (1)   国民の理想としてふさわしいような,よい意味をもつもの,
  (2)   漢字2文字であること,
  (3)   書きやすいこと,
  (4)   読みやすいこと,
  (5)   これまでに元号または贈り名として用いられたものでないこと,
  (6)   俗用されているものではないこと

という6つの方針にのっとって選ばれた。
 補注)ここでいわれる「国民の理想」といわれるものは,いったい誰がどのようにして決められうるのか? それは多分,特定の為政者であり,体制派の政治家や人間である。そうやすやすとそれが「国民の理想」たりうるわけがなく,したがって,勝ってに置いている想定外の発想である。

  なぜ元号法を制定したのか。

  戦後,新憲法の施行に伴って旧皇室典範が廃止されて以来,元号は法律的根拠を失った。その後も国民は元号を変わりなく使ったが,法律上は「慣習として使っている」にすぎなかった。保守系団体が元号法制化の働きかけを強め,自民党が呼応した。元号による紀年法に法的根拠を与え,制定当時は「戦後史の一つの節目」との評価もあった。
 補注)元号法の復活は,安倍晋三流の「戦後レジームからの脱却」のひとつの内容であった。明治時代に使用されてきた元号とほぼ同じものを再生させえたのだから,そのように受けとめるほかない。既述していたように,東アジアの諸国では,元号を使用するような習慣はすでに過去の時代における記憶になっている。

 ところが,日本のようにいまどきになって元号制度を,それも敗戦後において再度制度化までした国は,奇特であり個性があるという意味以上に,奇怪でありながらも実は古代史的には没個性なのである。しかも,現代における元号使用の作法になっているからには,よけいにそういった解釈を避けえない。それでも日本は世界のなかでも珍しく貴重に,元号制度を維持しえているなどといったふうに褒めあげるかのような「歴史の解釈」は,まったく完全にアナクロそのものである。

  改元による国民生活への影響は。

  年の途中で改元すれば,元号を使う公文書やカレンダー,硬貨への表記に影響が出る。昭和から平成への移行では,硬貨に新元号を刻印する機械の準備に時間がかかり,「昭和64年」も使用した。政府は〔20〕19年1月1日から新たな元号を適用する案を検討。準備期間を設けて混乱を少なくするため,新元号を早ければ18年前半にも公表することを探る。
 補注)このように,改元が実際生活に与える迷惑(影響)がそれほど問題であるならば,冒頭に紹介した投書欄の意見のとおりに「元号やめてしまったらどうか」となる。なお,ここの “「」の答え” では,筆者の〔  〕内への加筆をもって西暦を〔20〕19年1月1日と表記してみた。それにしても,平成という元号と西暦の年号がこのあたりの時期では混同・混乱しやすく,実利的ではない元号の使用法ともなっている。

  新元号の漢字はどうなりそうか。

  予測は難しい。日本がめざす理念や国民の願望を漢字で表わすとどうなるかを考えてみると,新元号に近づくかもしれない。これまでに元号に用いられた漢字は72文字で,予測のヒントになりうる。
 補注)現代国家における政治主体が験担ぎをやっている。それも元号にどの漢字を選ぶかでそうやっている。この点にこだわっていえばまさに「日本国は〈神の国〉であるぞよ」ということになる。なぜなら,占い的に・まじない的にどの漢字を新元号に使うかについて,このように大まじめになって思案中であるからである。元号しだいでもって,日本・国の諸問題が解決される,そう期待していいとでも思いこんでいるのか? それよりも2017年度における国家予算総額の語呂合わせでもしていたほうが,よほど御利益があるかもしれない。

 247の元号のうち,4文字は5回,ほかはすべて2文字だった。もっとも多いのが「永」の29回。「元」「天」の27回,「治」の21回,「応」の20回と続く。平成の「成」は新規で,「平」は12回目の登場だった。以前候補に挙がったものや,これまでに用いられた漢字の新たな組み合わせで新元号が決まる可能性もある。
『日本経済新聞』2017年1月18日朝刊元号問題画像2
 “「平成」選定の背景 頭文字 昭和と異なる「H」に” 。--1989年1月に「平成」が新しい元号として選ばれ,国民に発表されるまでには政府の緻密な準備があった。崩御の数年前から数人の学者に新元号の考案を依頼。昭和天皇が重篤状態になった1988年(昭和63年)9月には最終候補となる3案に絞りこんだ。「平成」は東大名誉教授で東洋史学者の山本達郎氏が考案したとされる。

 昭和天皇が崩御された〔19〕89年1月7日に有識者懇談会を開き,「平成」「修文」「正化」の3つの元号案から選定した。会議に参加した当時の政府高官によると,8人の有識者のうち5人が平成を推した。修文,正化は頭文字のアルファベットが「S」のため,昭和と区別しにくいなどの意見が上がり,最終的に頭文字が「H」の平成が選ばれた。
 補注)元号・年号の問題に関しては,最近,なにかととりざたされ話題に上っている政治団体の名を借りていうことにするが,「日本会議」風に決められていくのかと思えば,けっしてそうではない。あにはからんや,アルファベットまでの頭文字まで配慮に入れて決めるのだというのだから,びっくりさせられる。日本国粋・右翼・国家・民族主義風に考えてみたいのであれば,アルファベット関係の考慮もするという決め方では,どう考えてもすっきりしない今風の「元号の決定論」である。戦時中には英語を排斥した実績もあったくらいの,神性国家日本帝国であったのだが……。

 ここでは,千 昌夫の持ち歌『味噌汁の詩』が想起させられる。
千昌夫味噌汁の詩歌詞
出所)http://enka.evesta.jp/lyric/l23629.html

 小渕恵三官房長官が衆参両院の議長に説明し,閣議で新元号制定の政令を決めた。この後,小渕長官は記者会見で「新しい元号は『平成』であります」。両手で「平成」と書かれた台紙を持ち上げた。

 事務方は当初,口頭で新元号を説明すると想定していたが,小渕長官みずからのアイデアを受けて映像映えする発表方法を検討した。昭和の発表はラジオだったが,高度経済成長を経てテレビがお茶の間に根づいた日本にふさわしい発表となった。

 このとき使われた枠に入った「平成」の揮毫(きごう)を担当したのは政府の書家を務めた河東純一氏。発表に使ったものを含め複数枚を書き上げた。実際に使われたものは当時の竹下登首相の手元に,1枚は小渕長官が受け取ったという。

 ④「原案漏れないよう苦心 昭和から平成へ改元 元官房副長官 石原信雄氏」( ③ の『日本経済新聞』2017年1月22日朝刊14面「日曜に考える」内の関連記事)

 ◆「平成」の制定で政府はどのように元号を考えたのですか。

 「各界の有識者の意見を聞いた方がいいだろうと,元号懇談会ができて8人の委員の意見を拝聴して平成が決まった。そもそも元号の原案は元号法ができたときから政府はいつでも対応できるように,日本や中国の歴史,漢学の専門の学者にあらかじめ元号案を考えてほしいとお願いしていた」。

 「元号を考えていただくときの要件は漢字2文字にする,比較的やさしい書きやすい漢字を使う,明るい平和なイメージの意味を持たせる。中国や日本の古典から引用するなど,いくつかの案を準備していた」。

 ◆ 天皇崩御の当日に元号を決めるのは大変ではなかったですか。

 「昭和天皇が崩御された昭和64〔1989〕年1月7日,政府が準備していた元号案の中で,過去に使われたことがなく新元号にふさわしいものを3つ選んで,元号懇談会にお諮りした。小渕恵三官房長官が元号案を説明,メンバーの意見を聞いた。最終的には皆さんが平成がいいと同調されて答申いただいた。小渕官房長官が中座して,衆参両院の正副議長に報告して閣議決定した」。

 ◆ 改元にともなって苦労した点はなんですか。

 「『昭和』制定のとき,一部のマスコミが枢密院が考えていた案を報道して大騒ぎになった。その案は採用されず内閣が検討していた昭和が選ばれた経緯があった。そんな苦い経験があり,『平成』は途中いっさい原案が漏れないようにずいぶん苦労した。元号制定にかかわったものはいっさい口外しないことは最後まで守られた」。

 ◆ つぎの元号はどう決まっていくのでしょうか。

 「もし退位がおこなわれたら,当然元号もあらためることになる。ただいままでは天皇が崩御されたときしか皇位の継承はないとの考え方だったので,事前にいろいろ原案を決めても,実際に決めるのはその日だ。退位となると,スケジュールに従って皇位の継承がおこなわれる。元号も時間をもって議論できる。私たちがやったころとは状況が違ってくる」。
 補注)ここでの石原信雄の発言は変である。つまり「明治以来のことである元号の問題性」にしか念頭にない答え方である。元号は西暦でいうと,③ のなかで言及されていたが,「大化の改新」の645年から用いられた元号の「大化」が日本最古とされていた。そしていままで,247もの元号が使われてきた。

 すると「いままでは天皇が崩御されたときしか,皇位の継承はないとの考え方だった」というのは,とりたてて厳密というまでもないのだが,石原信雄の歴史意識は結局,明治以降の記事しかなかったことにある。しかし,日本における元号というものは「2017年-645年=1372年」もの期間を経てきた歴史がある。

 もしも,日本における歴史と伝統を放念したような石原の発言であたとしたら,ずいぶん奇妙な〈元号に関する話法〉である。明治の時代からは「一世一元」の制度として元号制を使用しはじめたにせよ,それ以前の長い関連する歴史をはっしょった説明の方法は,明治以来の時期に囚われすぎている。

 ◆ 改元で気を付ける点はなんですか。

 「一番大事なのは過去に使ったことがあるものは絶対使わないことだ。これはタブーだ。時代にふさわしく,国民も喜んで使っていただける,できるだけ明るいイメージの良いものがいい。これを選ぶのが政府の仕事だ。あまり難しい文字だとだめだ」。
 補注)「一般国民の生活と権利」の状態とはなんら関係のないようなかたちで,そしてたとえそれがありえたとしても,どこまでも気分的な問題(これもまた重要な要素になりうるかもしれないが)として,元号の問題が語られている。多少ではあっても,元号というものが「国民も喜んで使っていただける,できるだけ明るいイメージの良いもの」といわれたところで,われわれ庶民の実際的な立場にとっては,もうひとつピントこない説明である。改元があれば,安倍晋三政権下で生活に苦しむ大衆の立場が少しでもよくなるとでもいいたいのか? 少なくともこの政権下ではそういう期待はできていないし,実現されていることもない。

 ※ 人物紹介 ※   「いしはら・のぶお」は東大法卒,1987~95年,竹下内閣から村山内閣まで7つの内閣で官房副長官を務め,昭和から平成への改元も担当した。90歳。