August 03, 2006

中村久子

nakamura hisakonakamura hisako2
(昭和18年3月9日付け「中外日報」記事)

 両手両足ともに無くて二人の子を育て、炊事、洗濯、縫い物等、一家の主婦として家事一切をやってのける、と聞いただけでは誰しも信用する者はあるまい。中村久子女史の妙技(?)実演を現実に見せられ、一同ただあれよあれよとばかり感嘆の声を呑んだのであった。動作のきくところとしては手首の無い腕と口だけである。先ずその腕に口で包帯を結び、その包帯が五指以上の働きをする。小さい鋏を口にくわえて切り紙細工の細かい仕事がスラスラと運ばれる。

麻糸の両端を口に入れると、一寸舌を動かしているうちに見事に結ばれて来る。これは自分でもどうしてできるのかわからぬと言われる位、コツというか、神業というか、見ている者には全く手品の様である。針を逆さに口にくわえて両腕で糸を挟んで針穴に通す鮮やかさ、そしてゴツゴツした久留米織が綺麗に縫われて行く。「コテを使う時はわきの下に挟みます、手が無いのでコテで手を焼くことはありません」など軽いしゃれまで出るほど明朗な気分である。口に筆をくわえてはサラサラと色紙に歌を書かれる。何枚も書く時は口だけでは疲れるのでと、頬と腕に筆を挟んで「なせばなる、なさねばならぬ何事も ならぬは人のなさぬなりけり」の古歌が実に達筆にものされた。全くこの古歌の通りである。

「四つの年から手足が無いのですから、途中から不具になられた傷痍軍人さん方の事を思えばもっともっと出来ねばならぬのですが・・・・・・」

と飽くまでも謙虚に、しかもこの肉体的不自由と、それにも増して言葉に絶する長い間の数奇な運命を経ながら、一点の僻みもなく、気品と女らしさを失わぬこの人の逞しい精神力には、その妙技に対する以上に尊いものを感ぜしめられたことである。




昭和12年、

中村久子は三重苦の人ヘレンケラー女史と会見した。そして自らの口で縫った人形をヘレンに贈る。人形を受け取ったヘレンは久子を抱きしめて言った。


「私より不幸な人、そして私より偉大な人」




「中村久子 女史」HPより
http://www.nakamura-hisako.co.jp/1profile.htm

ヘレンケラー
http://www.helenkeller.or.jp/hkstory.htm





bbpro at 23:44コメント(0)トラックバック(0)日記 | 日記 

トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Profile

酋長

Categories
訪問者数
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新記事
Recent Comments
Recent TrackBacks
あなたにも実感してほしいんです・・・ (【アトピー地獄からの脱出!】)
治療
【参加】FUJI ROCK FES公式発表【Appearance】 (FLOWER TRAVELLIN' BAND is Rockin' Treasure.)
Joe Yamanaka
  • ライブドアブログ