September 09, 2008

”愛する”と”愛される”

HULA GIRL

人を愛せない人間ほど「自分は愛されたい」と欲する。その人間に本物の愛情育ってないが故に、自らを愛することも出来ないためだ。故に自分に対しても人に対しても、それが好きな相手であっても、欲望と打算が働くようになっている。

「愛してる」と口で言いながら、その心にはいつも欲と打算が働く状態、「こんなに**してあげてるのに」と「我」だけが強くなったり、相手からの見返りが無いと何もしてあげない「計算高い欲のみ」になっているのである。

これを「愛情が未熟な自分勝手なガキ」または「心を失くした大人」と言い、こういう人間ほど、心の奥では「愛されたい」という欲求ばかりが大きく膨らみ、自分は愛さない癖に人にばかり愛情を求めるようになる。





「入学式」でも書いたTとKの【いい子を演じてる】の【いい子】、【面白い子を演じてる】の【面白い子】は、正しく親に愛されてない子が「愛する」を知らない親に愛されるために演じている「いい子、面白い子」であろう。



多くは「親に正しく愛して貰えない子」「親や周りに認めてもらえない子」「親に無視された子」が無意識的に身に着けていく技術で、愛されたい欲求が「別の自分」を作って、その自分に「親の望む方向」を演じさせることによって、親や周りに「自分を認めさせる技術」と言って良い。

もちろん、これは社会で認められるため、社会で生きていくためには必要不可欠な技術なのだが、この技術には大きな落とし穴がある。

「親や周りに認められない本当の自分は未熟なままに放置される」

という落とし穴だ。



これは【演じているいい子の自分】は色々な事を身に着けていくが、その分、「愛されない、認められない自分」は心の奥に圧し込まれたままに、その寂しさや悲しみ、怒りや苦しみを恨みや憎しみに変えて膨らませ、凶暴化していく」ということだ。

「周りに気に入られるためにいい子を演じている自分」だけでは本当の自分が全ての足を引っ張るようになり、大きくなればなるほど、時間が経てば経つほど、両方共育たないままに自滅していくのである。



あと「演じているいい子」では本物の愛情を手に入れることは出来ない。愛情とは「相手に見返りを求めることなく愛すること」であり、故に本物の愛情は「愛されること」ではなく「愛すること」だけだからだ。

親子であっても男女であっても「双方が互いに愛すること」のみが「愛し合うこと」であり、本物の愛情に「愛される」は無いのである。これは「愛される」は「愛されたい」という人間の欲求、欲望から起こる感情であるからに他ならない。

故に「多くの人に愛される人」は、「多くの人に可愛がられる、多くの人に面白がられる」という「愛すべき人」であり、「愛する人」とは異なる感情となる。解りやすく言えば、ぬいぐるみや着ぐるみのキャラと同じ、玩具に対する感情と同じとなる。

これを「愛情」ではなく「愛玩」という。



成長途中の愛情の育っていない未熟な子供にとっての「愛される」はイコール「可愛がられる、面白がられる」である。だから子供は人気者が大好きだし、自分も人気者になろうと望むし、それによって「愛される」を手に入れようとする。

これは「親に正しく愛して貰えない子」「親や周りに認めてもらえない子」「親に無視された子」の愛されたい欲求が「別のいい子の自分」を作って、「親の望む方向」を演じさせ「せめて可愛がって欲しい、せめて面白がってほしい」と望んだ結果。

「親に正しく愛して貰えない子」「親や周りに認めてもらえない子」「親に無視された子」の愛されたい欲求が「別のいい子の自分」を作って、「親の望む方向」を演じさせて「愛されている実感」を望んだ結果でしかないのである。



「別のいい子の自分」を作って親の望む方向を演じさせても、「愛玩」は手に入れられても「本物の愛情」を手に入れることは出来ないし、自分自身も本当の「人を愛する」が出来ないまま、「人を愛せない人間のまま」大人になるのである。

子供は何もかもが未熟だから無条件で可愛いし、面白い。子供は生まれながらに可愛さと面白さを身に着けて生まれてくるから愛される。故に「愛される」は子供だけに認められた能力、魅力であり、大人にはそれにプラスしてもっと成熟した能力、魅力が要求される。

それが「愛する」という能力、魅力である。



「愛する能力」があるから男は女を護り、女は男を温められるし、男と女が愛し合うことが出来る。「愛する能力」によって男はカッコいい夫になり、女は可愛い妻となり、「愛する能力」によって男は本物の父親になれるし、女は本物の母親になれる。

「愛されたい」欲求ばかりの男女が、相手を可愛がることや面白がることしか出来ない男女が、ちゃんとした夫婦関係を築けず、ちゃんとした親になれないのも「愛する」が出来ないまま大人になったからだ。



愛情とは「相手に見返りを求めることなく愛すること」であり、「愛されたいと望むことでも、可愛がられるためにいい子を演じたり、面白がられるために面白い人間を演じることではない。

「子供が大人になる」とは、「可愛がられる愛される人間、面白がられる愛すべき人間」から「多くの人を愛し、ひとりの異性を愛することが出来る人間」へと、いわゆる「人を愛せる愛情深い人間」へと成長していくことだ。

自分が「愛することの出来る人間」に育てば、「愛されたい欲求」も無くなり、「可愛がられたい」といい子になる必要も、「面白い人間」を演じる必要も無くなり、「愛されたい」と思わなくても、望まなくても全てに愛されるようになる。

勇者





bbpro at 10:59コメント(0)トラックバック(0)日記  

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