1: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:06:13 ID:PGt
32年間の現役生活に別れ、左腕が胸中明かす「一番はチームが3年連続Bクラスになったこと」

今季限りで現役引退した中日の50歳左腕・山本昌投手が、独占インタビューで現在の思いを激白した。
ジェイミー・モイヤーのメジャー最年長勝利(49歳151日)を超える世界記録の達成が期待された今季、49歳363日での登板となった8月9日のヤクルト戦で左人差し指を痛め、わずか22球で降板。
9月25日に自身のブログで32年間の現役生活に別れを告げることを発表した。

なぜ、このタイミングで現役引退を決断したのか。最年長勝利記録へのこだわりはなかったのか。来季も現役を続けたら、勝つことは出来なかったのか。レジェンドの胸中に迫った。

――あらためて、今年限りでの引退を決断した理由を教えて下さい。

「まず、今年はみなさんに世界記録をすごく期待されてシーズンをスタートしたわけですけど、結果的に出来ませんでした。
普通に考えたら、50歳のピッチャーが0勝に終わって、来年も現役で出来る理由がどこにあるんだと。
たまたま世界記録が目の前にあるから『もったいない』と言う方もいらっしゃいますけど、普通は50歳のピッチャーが、もっと言えば40歳を超えたピッチャーが0勝なら、辞めて当然だと思います。

あと、一番大きかったのはチームが3年連続Bクラスになったということですね。
その中でガッツ(小笠原道大)が引退する。ベンちゃん(和田一浩)が引退する。谷繁(元信兼任)監督が現役引退する。
チームを変えなきゃいけないのに、僕だけ残れば、これは足を引っ張るなとすごく思いましたので、ここで辞める時だな、決断する時だなと。

落合GMが監督時代、200勝した時に『これであいつは自分で引退を決められる選手になった』と言っていただいた。
あの言葉をもらってからすごく長くやれました。逆にあの言葉に助けられてここまでやってきましたけど、ここで甘えちゃダメだと。
ここで甘えると、あと何年甘えるのかと思い、自分で決断しました」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151018-00010006-fullcount-base

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151018-00010006-fullcount-base.view-000
今季限りで現役引退した中日の山本昌投手

引用元 おーぷん2ちゃんねる

http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1445151973/


2: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:06:41 ID:PGt
「『やるか?』と聞かれたら『やる』って言ったと思う」

――オフに調整をして、来年に向けてやっていけば、また勝つチャンスはあるのでは?

「勝ったと思います。今年も登板の時はすごく調子が良かった。ファームで調整している時から、3試合くらい投げたら絶対に勝てると思って一軍に上がりましたので。
ただ、こうやって指を怪我して、投げれなくなってしまった。まだ投げられないと思います。まだ指が太いんです。
残念ですけど、靭帯が激しく損傷してましたので。これがなかったら勝てたはずだと、自分では思ってます。

でも、出来なかったわけだから、辞めるのは当然かなと。そういうものも重なって、
『これはもうそういう風になってるんだな。導かれたんだな』と思って。諦めたのかなぁ。それとも、仕方ないと思ってやめたのか。
『(来年も)やるか?』と聞かれたら『やる』って言ったと思います。でも、『自分で決めろ』と言われてたので、決断しないわけにはいかないなと思いました」

――モイヤーを超える最年長勝利への期待は大きかった。山本昌さん自身は、この記録をどういうふうに捉えていたのでしょうか?

「実は、前の年の日本記録の方が大変だと思ってたんですね。調子が悪かったので。今年は調子が良くて、これは1軍でチャンスをもらえれば大丈夫だと。
しっかり待って、(ピッチャーが)足りなくなる時を待って調整してました。
去年の比じゃないくらいファームでいい成績だったので、満を持して、これで何試合かチャンスをいただければと思ってました。

(登板当日は)『チャンスをいただくために今日は良いピッチングしなきゃ』と思ってましたけど、それでああいう怪我をしてしまって……。
うーん、でも、前の日本記録の時よりはプレッシャーがなかったですね。できると思っていただけに」

――今年はそれだけ調子が良かった?

「自分ではできると思ってましたから。そういうところは強かったんですよ。
そういうものは大体、一発で決めてきたので。『よし、今日で決めてやる』と思ってマウンド上がりましたけどね」

――自分の記録よりも来季以降のチームのことを考えたということですか?

「そうですね。それが一番大きいです。自分の力が衰えたとか、もうダメだとか、もう抑える球がないとか、そういうことは全然思わなかったです」

3: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:07:06 ID:PGt
最後の5年は「野球人生の中で一番充実した時間」、いまだ「体も気持ちも万全」

――チームメートだった山崎武司さんは、楽天時代から「昌さんが辞めるまで辞められない」とおっしゃってました。
そういう選手も先に辞めていく中で、モチベーションは保つことは大変でしたか?

「山崎が辞めたときは寂しかったですね。あの年、まだシーズン中の6月か7月に彼から電話かかってきて『僕辞めますわ、山本さん』と言われて。
『どうしたの? 何をヤケになってるの? もうちょっと冷静に考えな』って言ったんです。
でも、そのまま引退しました。ああやって彼が電話してきてくれたので、僕も今回、報道で出る前に彼には早めに電話して、『辞めるわ』って伝えました。

山崎は『マジですか?(来年も)やるもんだとばかり思ってました』とビックリしてましたけどね。
ドラゴンズをずっと引っ張ってきた仲間の中では、山崎が一番最後まで現役やりましたので、(辞めた時は)寂しかったです。
僕は最後まで本当に周りのみなさまに励まされて、ここまでやってこられました。
でも、ドラゴンズを長年引っ張ってきたと自負している人間としては、離れるのは寂しいですよね、やっぱり」

――プロ初勝利から5勝を挙げて日本シリーズでも投げた88年はもう27年前になります。

「あの時のことを考えると長かったなと思いますよね。88年の日本シリーズは昔だな、あれからいろんなことがあったなと。自分で長いな、と言えるくらい長い。よく言われるんです。
『小学生の時に応援行きました』とか。そういう方が、今は40歳とかになってらっしゃいますもんね。
そういう方たちから応援してもらえることが本当に励みになりました。

山崎とかが辞めて僕1人になったので、報道の方からも『励みになります、と言うファンがいます』と聞かされてきましたけど、
逆に自分がそれを励みにして、『これだけ期待されてるんだから、自分が頑張らないとどうするんだ』と、そういう思いでやってました。
最後の5年くらいは自分の野球人生の中で一番充実した時間というか、成績的にはまったく充実してないんですけど、
野球選手としては一番、一生懸命やったなと思うんです。体中にアンテナを張り巡らせて、野球の調子を上げるためだけにやっていた。

ただ、僕の中ではこの5年は変わっていない。変わってないから、やっぱり勝てるはずだと思ってやってました。
(引退するのは)残念といえば残念です。来年やっても、多分変わってないと思います。調子が良ければ、5勝くらいするチャンスはあったと思います」

――まだ体は万全ということですね?

「体も気持ちも万全ですね。全然、出来るつもりでいます。ただ、みんなそういう思いをして引退していると思います。
もちろん、ほとんどの選手が球団から『もういいよ』と肩を叩かれて辞める中で、自分で決断させていただけるような立場になった。
こんな幸せなことはない。そういうことを選べるのは、100人に1人くらいの感じだと思ってますから、そういう中で本当に幸せだったなと」

4: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:07:28 ID:PGt
“レジェンド”山本昌、独占インタビュー(下)「自分に投球術なんてない」

――山本昌さんの投球術について聞かせてください。野村克也氏は、山本昌さんのピッチングは『お手本』だとおっしゃっていました。例えば、直球を速く見せるコツなどはあるのでしょうか?

「野村さんは野球人として一番、尊敬している方ですから。一緒にやったことはないですけど、そう言っていただけるのは本当に嬉しいです。
ただ、自分に『術』なんかないんですよね。『山本昌さんの投球術が』と、よく言われるんですけど、正直言って投球術なんてないです。
明確に『こうしたら速く見えるよ』とか、『こういうふうにしたらいいよ』なんてないですよね。説明してみろと言われても、逆に困るくらい。

ただ、キャッチャーの意図を汲みとって投げているという意味では、例えば若手よりもそういう部分は秀でているところがある。
キャッチャーのサインをただ見て投げるんじゃなくて、キャッチャーがサインを出したら『これはボールが欲しいんだろうな』とか、『ここは勝負しなくていいんだろうな』とか、
そういう意図でサインを出しているというのは分かりますので。もしあるとしたらそういうところでしょうね。

真っ直ぐを速く見せるコツなんてないですよね。速くないんだから。もしそう見せているとしたら、それはキャッチャーの手柄じゃないですか。
速く見せている。『術』はないです。仙人じゃないですから」

――打者の逆を突いていくということでしょうか?

「そういうことでしょうね。それ(キャチャーの要求)に応えていたと。僕自身は、こういう風にやったら『ほれ見ろ。速く見える』なんて、そういうのは全くないです。つまらない種明かしだと思いますけど」

――それを実現するコントロールなど、そういう部分が大切だと?

「そうだと思います。説明することはできませんけど。速く見えるということは、その感覚は僕だけのものになりますので、実際のスピードというのはスピードガンのスピードですから。
そういう意味ではどうでしょう? 自分では(投球術は)持っていなかったと思っています」

――32年間やってこられましたけど、組んだキャッチャーは意外と少ないですね。

「中村、矢野、谷繁、小田くらいですね。逆に言うと、キャッチャーに恵まれたんですね。ほとんど首を振らないピッチャーなので。
キャッチャーのリードに対して、そのリードを読み取って、僕がどう投げるか。
そういうことを考えているピッチャーでしたので。これは嫌だなと思ったら、うなずいてワザとボールにしたりとか。そういうことをしてましたね」

――球団によっては、キャッチャーがすごく入れ替わるところもあります。

「そこも幸せだったですね。それがなければ200勝に届かなかったかもしれないです」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151018-00010007-fullcount-base

5: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:07:46 ID:PGt
「日本の200勝投手だったら、アメリカに早く行ったら100勝はしたと思う」

――プロ野球人生で悔いが残ってることはありますか?

「悔いはいっぱりありますね。もっとうまく野球を出来たのにな、と思います。もっと成績残せたのに、もっとチームを勝たせられたのに、と。失敗したことが全部悔いなんですけどね。
(引退会見で)なぜ『後悔はしてない』と言ったかというと、その時その時は、自分は一生懸命やっていたはずだと思うからです。
ただ、あの時こうやっていればな、という悔いはいっぱいある。最後にもう1勝できなかったことは大きな悔いですし、それも含めてたくさんあります。

でも、出来なかったけど、その時は自分は一生懸命やっていたから、それは仕方ないことなんだ、ということです。
あの時に今の実力、理論があればなと。今の考え方で20歳くらいにやっていれば、もっと早く出られたし、
(93、94年に)連続最多勝も取ってますけど、20勝できたかなとか。もったいないなと。
今が野球選手の技術としてはピークと思っているだけに、もうちょっと若い時にこういうことに気づかなかったかなと。そういうことは思います」

――これだけ日本からメジャーに選手が移籍する時代になりました。
山本昌さんは入団直後のドジャースへの留学が大きな経験になったと思いますが、メジャーで投げたかったという思いはありますか?

「それはないですね。僕の夢は、小さい頃からプロ野球選手ですから。
アメリカに行っていた時は、(中日で)一軍に上がるのが夢のような選手で、日本でこんなに花咲くなんて思っていませんでした。
日本でまだ0勝でしたからね。あの時に『アメリカで誘われたよ』と言われても、ピンと来ないですよね。
日本で投げたかったですし、ドラゴンズに恩返ししたかったというのがありましたから。

逆に誇れるのは、ドラゴンズ一筋で32年間、34番を背負えた。そういうことが一番の誇りですよね。
アメリカに行きたかったな、投げたかったな、とは全く思わないですね。どうせ無理だったと思っているので。

でも、日本の200勝投手だったら、アメリカに早く行ったら100勝はしたと思いますよ。僕はそう思ってます。
そんなに日本とアメリカのレベルの差というのは、当時に関しては大きく隔たりはないと思いましたよ。
1つ1つ取ったら、日本のいいピッチャーがメジャーに行ったら通用するというのは、もう証明されてますよね。
チャンスはあったかもしれませんけど、惜しいとか、もったいないとかは思ってないです。やりたかったとも思ってないです」

――当時、米国のマイナーリーグ(1A)の選手と対戦する中で手応えはありましたか?

「野球とベースボールは違うのかと思いましたね。その時にスクリューボールを覚えましたけど、こんなに投げられるとは思ってませんでしたので。
アメリカの四軍くらいには通用するけど、日本では無理だろうなと思ってました。
(日本に帰って)野球になったら昔と同じで1つも勝てない敗戦処理が精一杯のピッチャーなのかな、という気持ちはありましたね。

でも、(米国で)それなりの自信はつけていたので『よし、思い切ってやってやる』とは思ってました。(日本で)通用して勝ち始めてからは『嘘? 嘘?』という感じですよね。
アメリカではサミー・ソーサとも対戦してますし、探せば有名な選手はもっといたかもしれませんね。今、データを引っ張り出せば。もうほぼ引退してるでしょうけど(笑)」

6: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:08:06 ID:PGt
趣味のラジコンに熱入らず…「今思うと、野球が一番の趣味だった」

――今後について伺います。指導者をやるということは、頭の中にありますか?

「まだやめて1か月も経っていないので、あまりピンときませんけど、またいつかドラゴンズのユニホームなり、
他球団でも声がかかればユニホームは着てみたいと、もちろん野球人ですから思ってます。
今はまだこれくらいのものですけど、まだまだ勉強してやっていきたいと思います」

――引退会見の時には、指導者をやるために『まだ知識が足りない』とおっしゃっていました。今でも若い選手に伝えることはたくさんあると思いますが。

「もちろん、あるでしょうね。ただ、まだコーチではありませんし、自分の範囲を越えてまでは出来ませんから。
それまでに十分な勉強ができるようにやっていく中で、もしそういう声がかかれば、思う存分やってみたいという気持ちはあります。
まだ辞めたばかりですけど、ユニホームに袖を通せるという、あれだけ幸せなことはありませんから。
これは辞めないと分かりません。いつかそういう日が来たら、それまで一生懸命、勉強しようと。思う存分、勉強して頑張っていきたいと思いますけど」

――引退会見では『趣味のラジコンをやりたい』という話もされてました。

「ラジコンもしたいけど、今は忙しくてね。今こうなって思うと、野球が一番の趣味だったんですね。
仕事でもあり、やっぱり野球というものがあってのラジコンだったんだなと、すごく思います」

――ラジコンは野球で力を出すための息抜きだったということですか?

「そういうのもあったかもしれないですね。ラジコンだけやれと言われても、ピンと来ないんですよね。
自分の根っこたるものがないと、ラジコンに意識が向かないですね。
だから、来年、正式に野球解説者としてデビューできて、そっちが軌道に乗ったら、ラジコンもしたくなるかなと思いますね。

今は自分の立ち位置が全くわからない状況なので。こうやって仕事に呼んでもらってますけど、これも来年になったら分かりませんし、またしゃべることも勉強しないといけません。
すぐにラジコンというわけにはいかないです。
しゃべるのも勉強しないと、難しいですから。何とか伝わりやすいようにしゃべらないと」

――今でも十分に伝わっていると思いますが。

「そんなことないですよ。自分の中で知ってることを言葉にしているだけで。1人での公演なんかも、やったら大変でしょうねぇ。
野球をやっているのが一番楽だと分かりますね。体力的に楽なのではなくて、気持ち的に。
これをやっていれば自分の調子が出るとか、これくらいやっておけば野球選手として最低限大丈夫だとか、そういうことは全部体に染みこんでますから。
体はきつかったですけど、それをやれば自分の責任で終われたわけですから。
あとは試合に出ていい結果が出るかどうかですから。今は色んな責任がありますから、新卒の社会人という感じです」

――32年間というのは本当に長いです。普通の社会人でも、1つの会社に40年くらいしか在籍しません。

「そう考えると本当によくやったなと思います。野球も定年みたいなもので。
でも、ここからまだ野球の勉強ができる。幸せな環境にいますので、しっかり頑張っていきたいと思います」

7: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:09:10 ID:s9F
探せば有名な選手はもっといたかもしれませんね。今、データを引っ張り出せば。もうほぼ引退してるでしょうけど(笑)」
ここすこ

8: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:10:20 ID:wfZ
野球選手らしからぬ知性

9: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:10:56 ID:jLo
>>8
そらもう選手である前に50歳の大人やからな

10: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:24:37 ID:z9n
ほんまに貴重な人材になるな
いろいろ勉強してドラゴンズのコーチとして帰ってきてほしい

11: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)16:57:13 ID:y8Z
気遣いができる昌さんやからこその200勝なんやな
一つの球団で32年ってホンマ凄い

12: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)21:42:11 ID:LcS
や昌凄

14: 名無しさん@おーぷん 2015/10/18(日)21:55:02 ID:2UR
やきうのために大好きな○○を絶って願かけしていた人
ちなみにラジコンではない

15: 名無しさん@おーぷん 2015/10/19(月)12:33:54 ID:4Pj
もう一年見たかった
今シーズンは消化不良感半端ない

16: 名無しさん@おーぷん 2015/10/19(月)12:41:38 ID:8OO
プライドを持ちつつ奢らず謙虚なところがかっこいい

17: 名無しさん@おーぷん 2015/10/19(月)20:39:48 ID:Zyd
先発おらんし復帰してもええんやで

18: 名無しさん@おーぷん 2015/10/19(月)20:48:40 ID:K9g
昌さんラジコン封印してたこと知らんかったわ