いよいよ今日、高速増殖炉「もんじゅ」で昨年炉内に落下し抜けなくなってしまった炉内中継装置の回収作業が行われる。
もんじゅ装置23日にも引き抜き 収納容器設置作業を公開<福井新聞6月22日>

福島原発の事故が収束に向けてなんとか前進している中、ある意味今後の原子力政策を左右するのでは無いかとも思われる作業ではないだろうか。

高速増殖炉「もんじゅ」についてはウィキペディアを参照して下さい。
もんじゅ<ウィキペディア>

行われる作業については、このブログでも取り上げているので、参考までに。
「もんじゅ」落下装置引き抜き作業開始 失敗したら福島以上の惨事に<5月23日>


明日作業があることから各メディアが「もんじゅ」を取り上げていることから、改めて「高速増殖炉」について調べてみるととんでもない事実が。


日本には「もんじゅ」以外にも高速増殖炉が有る。
常陽」という名称で、所在地は茨城県東茨城郡大洗町。
日本で最初の高速増殖炉であり、高速増殖炉の開発のために技術的経験を得ることを目的として建設された実験炉(もんじゅは実証炉)。

この「常陽」、「もんじゅ」以上にとんでもないことになっている。
1977年、第一段階のMk-I炉心が初臨界となり、第三段階のMk-III炉心は2003年に臨界に達した。
そして2007年、事故が起こった。
元京都大学原子炉実験所講師の小林圭二氏がまとめたレポートによると、
2007 年 5 月の定期検査時に、そのうちの 1 つに入れていた MARICO − 2 と呼ばれる照射試験用実験装置を抜き、原子炉容器内壁近くのラックへ移した。MARICO − 2 をそこで切り離し、移動装置だけ元の位置に戻した。ところが、照射実験装置がラックにキチンと収まっていなかったか、あるいは移動装置の掴みがはずれなかったために、移動装置の移動によってMARICO − 2 の上部が引きちぎられてしまった。MARICO − 2 はラックの上へ 9 センチもはみ出し、その突起物が、移動装置の移動にともないラック上を通過した炉心上部機構にぶつかり、炉心上部機構の下面を破損させた。
高速増殖実験炉「常陽」の事故とその重大性


さらに、事故が判明したのがその6ヶ月後だったというから驚く。
2007年11月の燃料交換時に操作不能が起こり、原因調査で初めて事故があったことが分かったという。
照射試験用実験装置(MARICO − 2)と試料部をつないでいた6本のピン(直径 6mm、長さ 13mm)が行方不明になっている。

事故発覚まで6ヶ月もかかったのは冷却剤に使われているナトリウムが不透明なため。そして、行方不明の6本のピンもその不透明なナトリウムの中に沈んでいる。

もし、ピンが炉心の上にあるのなら、ナトリウム面をを炉心ぎりぎりまでさげて探す方法もあるが、危険極まりない。

「もんじゅ」は昨年の事故から1年以内で対応策を講じているが、「常陽」は発生からすでに4年が経過している。しかし、依然として手の打ちようが無いようだ。
このままでは廃炉にも出来ない。しかし、復旧作業をおこなって事故が起こったら、、、。
「常陽」は、東京から100kmの地点にある。

こんな状況でも当事者の独立行政法人日本原子力研究開発機構は平成26年に運転再開を目指すとしているし、驚くことに事故後の平成20年に科学技術分野の文部科学大臣表彰科学技術賞を受賞している。


「常陽」にしろ「もんじゅ」にしろ、世界があきらめた技術に固執する日本。
福島の事故があった今、いままでかかった莫大な費用は国民としてあきらめるので、さっさと高速増殖炉から撤退して欲しい。

<8月25日改訂>

参考資料
日本原子力研究開発機構が文科省に提出した事故報告書(平成21年7月)