由良の浜辺の奉納前に
皆さんとシェアした時間が今もわたしの心に温かく響いています。


『なぜ舞うのか?』


舞いたいから


。。。それで
充分なのだと思います


出羽三山で一緒に舞った まやこちゃんは
2年以上舞を学んでくれている生徒さんで

ブログですごく素敵な感想をたっくさん書いてくれたけれど
http://ameblo.jp/kamacho7/entry-12070351992.html

2年舞を学んでいて感じなかったことが
なぜ舞うのか?
出羽三山で皆さんと奉納してわかったことがある
って伝えてくれました


そうそう。

そんなかんじ


舞い続けるほどに
想像をはるかに超えていく喜びが 氣づきが
たっくさんたっくさんあって

無限の存在の自分を
びっくりするほど豊かに、そして静かに知るのです。



なんとなくレッスンはじめてもよし

カラダ作りのためにはじめてもよし

なんかピンときたとか
綺麗になりたいから とか
理由はなんでもよくって

でも

舞えばわかります。

わかることが
舞い続けるほどに増えていきます。

まるで
扉がどんどん どんどんひらくように。

カラダってほんとにスゴイんですよね

カラダは魂の神殿っていうけれど
カラダが整うごとに
ほんとに奥深くにいる自分と繋がることができるっ

それは
もう 想像を超えた”自分”なんです。


☆∴:.。★.‥゛°°

2008年3月の春分に中南米メキシコのマヤに行って
マヤの長老の儀式を受けたり、舞を奉納したり
いろんな気づきが起きたとき
書いた記事があります。

「2008年の私」

あらためてこちらにアップします
☆∴:.。
maya 234

舞を始めたとき

私は私の中に眠る”出会ったことのない私”を知りました。

・・・この人は誰なんだろう?



後になってそれは

日常で表現しきれていない私の中にある”本当の女性的な部分”で
舞の中にだけ
素直に解放しているってことに気づきました。



マヤに行くとき

私の中に隠れたままになってる女性を
やっとはっきりと見つけました。

それは自分が女性であることをいまだ許してなくて
一体いつから・・・ どのくらいの長い間・・・
女性であることにどこかで罪悪感を持ち、恐れを持ち
恥ずかしく思い、隠したがっていたのか?
初めて気づいて
愕然とした瞬間でした。


マヤから帰ったあと

いろんなご縁で私の中で統合がはじまり

ある時 突然!雷稲妻が走ったみたいに

女性であることの意味 ・・・というか
女性性のチカラが一体どれほど素晴らしく輝かしいものなのか
私の中でパン!衝撃ぴかぴか(新しい)とわかったのです。

それは私が舞をやる意味とも深くつながっています。



・・・ちゃんと わたしは言葉にして伝えられるかどうかわからないけれど


わたしが深い深い深い私の中で体感した女性性


女性は”底なしの受容性の器”でした。


底がないから いくらでも受容し、
受容したものを許し、流し
自分の中にも何にも残らない美しい宇宙の奇跡の器ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)


それまで
女性であることはある意味ツライなー・・・って感じていて
なぜ受容しなきゃならないんだろう?
なぜ引き受けてしまうんだろう?
って思っていました。

よく聖母マリア様の像が
腕を開いてそんな受容性(慈悲)のポーズをしていて
無言の中で
女性はそういうあり方を確かに求められているけれど

私にはとてもできない泣き顔 って思っていました。

でも本当は・・・ 

女性は誰でも初めからマリア様そのものだったんです。


ものすごい特別で重々しいほど神聖なことじゃなく
受容性の器に底が全くないから
むしろ
女性であることはとても底抜けに明るくって(笑)
軽やかで歓びであふれてて奇跡でした。


女性全員に伝えることができたら、
きっとみんなほっとするって感じていました。


今はもう あの わかった!!っていう
掴んだ一瞬のときが過ぎてしまって
鮮明にあの感覚を全部思い出せない私だけれど(笑)

だけど
きっと
いつでも
必要なときにそれはやってくると思います。

うまく言えないけど
わたしにとって
舞をするとき

少しずつ そのつかみかけてるものが現れてる気がしています。

☆∴:.。★.‥゛°°

 
「2008年の私」です

あれから7年も経ってしまいましたが
『2015年の私』が振り返って感じることは

底なしの器
女性であることの喜び
自分という存在の深さ
周りの人との繋がりの感覚 ゆるしの感覚
自然に生かされているという感覚
etc etc・・・

もっともっともっともっともっともっと
カラダを響かせ震わす経験は深まってゆくばかり。

言葉をいっくら並べ立てて語ろうが
何かを説得しようと知識を広げようが

心は語れない。
魂は語りきれない。

でも

舞なら それができる

カラダを響かせて
はじめて ひらくもの

「振る舞い」という言葉があるように
舞うことは日常で
生活ひとつひとつの動きが舞のように日々があって

古代から日本人が知っていること

天麻那舞で
みんなのとびらをひらくお手伝いができたらうれしいですー。


天麻那舞とは。。。
http://blog.livedoor.jp/beautiful_mai_body/archives/1038536540.html


天麻那舞レッスンについて。。。
http://amana-mai.blog.jp/archives/1040030307.html

∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽
無限の無限のありがとうございます

『天麻那舞』を学びたい方・ご興味ある方
お問合せはこちらです

hm369_13moon20sun★yahoo.co.jp
(★を@に変えてご連絡ください)
フェイスブックからも大丈夫です
 https://www.facebook.com/hiroe.murakami.18
  ∽
。(^^)。村上 舞那(むらかみ まな)