2008年04月

2008年04月27日

ひょうたん/給水塔

eastern youthのベーシストである二宮友和を中心に1992年に結成されたスリーピースバンド、それが“ひょうたん”であり、本作はなんと結成16年目にして発表された彼らの初のフルアルバムである。

給水塔当初、二宮(g, vo)の出身地である愛媛県宇和島市で中学時代からバンドを一緒にやっていた奥平厚志(b)との二人で、プログレ等の難解な音楽(This Heat、Primus、King Crimson等)のカヴァーを演奏していたが、その後、二宮宅に居候するようになったやはり同郷の林康雄(ds)が加入し、オリジナル曲も加えてライブ活動を行うようになっていった。

結成当初は、eastern youthの曲名に由来して“夏の日の午后”というバンド名で活動していたが、1995年に“ひょうたん”に改名している。
しかしながら、その活動は極めて地味なものであり、95年に5曲入りのデモ音源を録音した以外は、時折ライブを演ったりする程度に留まっており、実際に4年間(98〜02年)も活動を休止していた時期もあるぐらいだ。
それがようやく、二宮の「eastern youthという母体はありつつも、もっと音楽の中に身を置きたい」という気持ちの盛り上がりとともに、メンバーの個人的な事情との折り合いもついたことにより、2003年にシングル「宇宙の傍らで」をライブ会場での無料配布という形で発表、翌2004年にミニアルバム『ひょうたん』を発表し、徐々にその活動を活発化させ、今回ようやく初のフルアルバムの発表に至ったわけだ。

本作は、シャンソンシゲル(Gellers)のイラストによる鳥獣戯画のようなユーモラスなジャケットが印象的だが、中身の方もこのジャケットのように、なんとも可愛くて不思議な音世界が繰り広げられている。
具体的には、eastern youthの吉野からの影響が顕著な歌詞が、朴訥な二宮の声で歌われることにより、楽曲に丸くて暖かい印象を与えている一方で、プログレッシブ且つスリリングなバンドアンサンブルが、不思議且つ浮遊感漂う独特な世界観を作品全体にもたらしている。

そして何と言っても“ひょうたん”の最大の売りは、二宮のギタープレーだと言ってよいだろう。eastern youthでの超絶的なベースを聴けば、「この人は一体どんなギターを弾くのだろう?」という興味を禁じ得ないのも人情というものだが、実際、二宮がeastern youthに加入するまではギタリストだったというのは、古くからのeastern youthファンなら周知の事実だ。(工事現場のアルバイトで二宮と一緒になった吉野が、「ギターを弾けるならベースも弾けるよね?」と二宮をバンドに誘ったらしい。)

本作における二宮のギターはそれこそ“千変万化”だ。本人も「手癖だけで弾くのはやりたくなくて、先にフレーズをイメージしたものを弾く」と語っているように、ロックギターにありがちなギタリストエゴを微塵も感じさせずに、その曲のバンドアンサンブルの中で要求されるギターサウンドの実現に懸命に心を砕いた結果が、“千変万化”との印象に繋がっているのではないだろうか。実際に、easternっぽいものもあれば、オルタナ風あり、プログレ風あり、中にはJeff Beck?みたいなのもあって、聴いていて楽しいことこのうえない。無論、極めて技巧的なプレーも其処彼処に散りばめられているものの、必然性を伴った厭味の無いものとなっているのは言うまでもない。

本作が発売されて2ヶ月以上経つが、いったいどのくらいの枚数が売れたのだろう。もちろんメジャーレーベルからの発売ではないのだが、少なくとも、ひょうたんの活動を継続するためのモチべーションを失わない程度には売れて欲しいと切に願う。


※“ひょうたん”に興味を持たれた方は、彼らの公式HPをご覧ください。本作に収録された「陰りなき日常」という曲のライブ映像や最初のシングルである「宇宙の傍らで」を聴くことができます。

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2008年04月21日

James Taylor / Sweet Baby James

普段、パンクやらオルタナやらエモやらガレージやら言っていても、やっぱりこういう音をしみじみと聴くのも好きだ。

Sweet Baby James本作は70年代初頭に活況を呈した“シンガーソングライター”ブームを象徴する作品であり、現在でも多くのリスナーに愛され続けている“名作”である。また、不慮の死を遂げた女友達に捧げた曲で彼を一躍表舞台に押し上げたヒット曲「Fire and Rain」を収録する作品としても知られている。

「オルタモントの悲劇」が60年代の終焉を告げ、Beatlesが解散し、Jimi Hendrix、Janis Joplin、Jim Morrison、Duane Allman等が次々と他界し、ヒッピー文化の共同幻想が崩れつつあったこの時代にあっては、よりパーソナル且つ内省的な表現をロックに求める流れが発生したのも当然のことと言えるのではないだろうか。

特に、そのような時代のひとつの潮流を象徴し代表していたのが本作『Sweet Baby James』であり「Fire and Rain」でもあるのだが、他にもCarole King『Tapestry』、Neil Young『After The Gold Rush』、Simon and Garfunkel『Bridge over Troubled Water』等々優れた作品が数多く生み出されている中で、何と言っても、John Lennonの『John Lennon/Plastic Ono Band(ジョンの魂)』がこの時期の空気を分かり易く伝えているのではないかと思う。

では、上記の同時代の名作群に劣らず、本作が現在に至るまで愛され続けている理由とは一体何であろうか?
包容力のあるJamesの声や、情緒過多に陥らないながらもしっかりとした説得力を持ったメロディーラインは無論のこと、元Peter&GordonのPeter Asher(プロデュース&コーラス)、Flying Machine時代以前からの盟友であるDanny Kortchmar(ギター)、本作発表の翌年(71年)に全米1位を獲得することになる「You've got a friend」の作者であるCarole King(ピアノ)等による献身的なサポートが本作に慈愛に満ちた輝きを与えていると言ってもよいのではないかと思うのだが、やはり何といっても、James自らによるアコースティックギターサウンドも大きな役割を果たしているのではないだろうか。
実際、カントリー、フォーク、ブルースを素材にしていながらも、土臭さをあまり感じさせずに、それどころか都会的でモダンな佇まいすら漂わせているのは、その独創的ともいえるギターフレーズによるところが大きい。特にフォスターでお馴染みの6曲目「Oh, Susannah(おお スザンナ)」における個性的なテンポの解釈は特徴的だ。

このように、本作に代表されるこの時期のトレンドが、ロックに哲学的な側面をもたらすとともに洗練されたアプローチを提示したことは言うまでもないが、『What's going on』制作直前のMarvin Gayeが本作を愛聴していたという事実も、同時代の“ニュー・ソウル”の流れを考えれば実に興味深い話だ。

「Fire and Rain」


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2008年04月14日

THE HIVES / BARELY LEGAL

THE HIVESを初めて聴いたのは、2002年のサマソニの事前番組である。その時「面白い奴らが出てきたな」と思ったものの、正直ここまで売れるとは予想できなかった。

BARELY LEGAL本作は、そのサマソニ初出演から遡ること5年前(1997年)に発表された彼らのデヴューアルバムだ。そこには、彼らの原点としての“パンク”“ガレージ”が存在しているのは言うまでもないが、何と言ってもその勢いが凄まじい。
いや、むしろ「勢いあまって、つんのめっている」と言った方が正しいだろう。

性急というか若気の至りというか、ヤル気満々でいきり立っている彼らがそこにいるのだ。正直疲れている時にはとても聴く気にはなれないほどだが、これはこれでその過剰さが本作の最大の“売り”となっている。

一方で、現在のTHE HIVESは、良い意味での能天気さや遊び心が持ち味だが、このデヴュー作においては、とてもそんな余裕は無かったと見えて、ただひたすら“猪突猛進”といった感じだ。THE HIVESというキャラクターの確立には、いま少しの時間が必要だったということだろうか。

そういった意味では、本作を「偉大なるマンネリズムへの序章」と位置づけたい。
音の悪さを除けば“快作”と言ってよい作品だ。

「a.k.a I-D-I-O-T」


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2008年04月13日

愛群@横浜中華街

「牛バラ肉の煮込み」が評判のお店です。テレビや雑誌で取りあげられることも珍しくありませんが、こじんまりしたアットホームなお店です。

今回は「牛バラ肉御飯」を含めたお店のお薦めメニューを食べてみました。

「白切鶏(蒸し鶏)」
白切鶏











まずは前菜代わりにこの品。鶏を丸ごと煮込んでから作るとのことで、柔らかい肉と厭味のないタレがマッチしています。

「炒青菜(青菜(江戸菜)の炒め)」
炒青菜











「季節の野菜で炒めものを」とリクエストしたところ、「一年中、空心菜を出す店もあるけれど、うちの店では旬のものしか使わない」とのことで“江戸菜”が出てきました。江戸菜は小松菜を改良した小松菜よりもやや大ぶりの野菜で、食べ応えがあります。味付けも塩加減が絶妙で、素材の良さが十分に引き出されています。

「什錦炒飯(五目チャーハン)」
什錦炒飯











大きなエビが2匹とチャーシューがゴロゴロ入っています。ベタつくことなくアッサリとした味です。

「牛月南火會飯(牛バラ肉御飯)」
牛月+南火+會飯











この店の代名詞ともいえる料理で、ほぼ全員のお客さんが注文していました。肉の柔らかさは無論のこと、味付けが見事です。この手の料理はエグイ感じになってしまうか、反対にあっさりしすぎてしまうことも多いのですが、八角等の香辛料の使い方や甘さの程度がちょうど良くて、箸がすすむほどに食欲が増します。正直、タレだけでもご飯のおかずになりそうです。

「杏仁豆腐」
杏仁豆腐











普段、デザートはテイクアウト専門で、お店で食べることは少ないのですが、牛バラ肉御飯と並ぶ“名物”とあれば食べないわけにはいかないでしょう。写真でも判る通り、やや色が付いています。これは牛乳や生クリームを使わないために、材料の“杏仁霜”の色がそのまま出たもののようです。そのためキメの細かさには欠けますが、素朴な味と香りが楽しめます。

家族経営の小さなお店で、メニューも多くはありませんが、“絶対に手は抜かない”という意志があちこちに表れていて実に好感が持てます。大型店でも注文した料理が一遍に全部出てきてしまうようなことも珍しくない中で、料理を出す順番やタイミング等にもよく気を配っており感心します。こうゆうお店なら他のメニューも期待が持てます。

別途よく通っていた「大珍樓別館」の閉店といったように、最近移り変わりの激しい横浜中華街ですが、愛群のようなお店には残ってほしいものです。

おまけ 峺喫焼」
元宝焼昨年横浜中華街に登場した、関帝廟通りの安田屋酒店横の屋台で売っているお菓子です。古代中国の貨幣の形をしているとのことで、“財運向上”の縁起を担いだものです。餡子の入ったものと入っていないものがあり、12個で500円です。買うと1個おまけをしてくれ、帰り際に「良いことがありますように!」と声を掛けてくれます。味は見た通りの“カステラ焼き”です。

おまけ◆峅I邑園のチューリップ」
横浜公園のチューリップ












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2008年04月06日

村八分/村八分ライブ

“村八分”を初めて知ったのは、本作が発売(1973年)されてから10年も経ってからだ。当時はあまりお金も無かったので、音源はもっぱらレンタルか中古で入手していたのだが、その中古レコード屋で本作を見かけることが多かったので自然と記憶に残ったのだ。

村八分ライブしかし、それまでは日本のロック黎明期を支えたバンドとして、“ジャックス”“はっぴいえんど”といった名前を聞くことはあっても、“村八分”については少なくともわたしの周囲の年長者の口やメディアから語られることは皆無であった。それにも関わらず、中古レコード店で手にしたこのジャケットが醸し出す妖しさは、それまで70年代前半以前の日本には存在しないと思い込まされてきた「公序良俗とは相容れない危険な雰囲気」と「ロックの原初的なパワー」を併せ持つバンドが確かに存在したことを示すに十分なものであった。

実際に、バンド名自体もそうだが今となっては社会通念上不適切と判断されるであろう表現や、彼ら自信がライブ以外での露出を拒んだことが、結果としてその名が積極的に語り継がれることから遠ざけられてきたと言ってもよいだろう。

さて、村八分のサウンドについてはよく“日本のストーンズ”と譬えられることが多いが、実際に『Get Yer Ya-Ya's Out』あたりの荒削りな雰囲気に近いものを感じる。山口富士夫の奏でる骨太なリフとブルージーなソロは、その当時の世界的なロックの潮流を意識したものであると思われ、オリジナリティー溢れるとは言い難いまでも、1973年(=昭和48年)の日本というシチュエーションを考えれば、ロックのダイナミズムをここまでギターで表現できる人間が存在したことだけでも驚きに値する。

考えてもみていただきたいのだが、昭和48年といえば、アグネス・チャンや天地真理、フィンガー5が国民的な人気を誇り、普通の若者はガロの「学生街の喫茶店」やチューリップの「心の旅」を聴いていたような時代なのだ。(なんとかモップスの「たどりついたらいつも雨ふり」にロックの香りがするぐらいだ。)そのような時代において、村八分がアングラ・カレッジカルチャーの枠でのみ語られる存在であったとしても何ら不思議ではないし、ロック自体がそういう存在でもあったのだ。

一方で、Vo.の柴田和志(愛称“チャー坊”)の激情的とも言える歌唱と、ゆらゆら帝国にも通ずるような日本語歌詞における言葉遊びの妙こそが、このバンドに強烈な個性を与えていると言ってよいと思うが、もし村八分にこのような側面が無ければ、当時の日本においていくら先鋭的な存在であったとはいえ、欧米のブルースロックを精巧に模しただけのバンドに留まっていたかもしれない。また、このような側面によりもたらされた個性は、すでに“パンク”的なアティテュードをも獲得しており、村八分の特異性を後押ししている。

確かに、聴衆の野次への応酬など時代を感じさせる部分がないではないし、決して耳障りが良いとは言えないが、個人的には当ブログで以前ご紹介したMC5の『KICK OUT THE JAMS』なんかよりは、軸がブレておらずはるかにカッコいいと思う。

この文章を読んで本作を聴いてみたいと思った方にご忠告申しあげるが、『村八分ライブ』は何種類か音源がリリースされており、復刻版としてVAPから発売されている紙ジャケのものがおそらく最も多く流通していると思われるが、この音源は音は良いものの、歌詞に問題があるとして1曲目の「あ!!」という曲が削除されており、オリジナルの雰囲気を存分に伝えるものとは言い難い。amazonの評価を参考にすれば、GOODLOVIN'PRODUCTION他から発売されている『村八分ライブ+1』をお薦めしたいところだ。

では、YouTubeより1972年の貴重なライブ映像をどうぞ。

「1972年の慶応義塾大学ライブよりダイジェスト」 (映像が流れるまで18秒ほど掛かります。)


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beerks880311 at 20:47|PermalinkComments(6)TrackBack(0)clip!ロック 
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