2010年02月28日

引き続き、ルームメイト大募集中!

とうとうアメリカ娘は出て行ってしまいました……。
3月末の予定が、昨日。

「いい物件が見つかったんで」

といって、荷物をまとめて友達に車を運転してもらい……。

さあ、あんどぅ、どうする!?

3月は仕方がないんでここに住むけれど
この1ヶ月で新しいルームメイトが見つからないと
自分もここを出て行かなくてはならず。
(でないと安月給なあんどぅ、干上がってしまいます……)

ルームメイト募集サイトだけではなく、
大学にも掲示してもらうことに決めました。
(謝謝!I嬢)

お友達、お知り合い、ご親戚etc
どなたか部屋探してます!という方がいらっしゃいましたら
ご一報を。
お待ちしております〜

あんどぅに合いの手、違う、愛の手を〜!



beijingando2007 at 21:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2010年02月02日

なんと!ルームメート募集!!

2010年、1回目の更新です。
遅くなって申し訳ありません。
実はtwitterにはまっておりまして、
それと連動すればいいのかもしれませんが……。


さてさて。
昨年10月より始まったアメリカ女子との同居生活。
予想外の展開になってしまいました。

「部屋がうるさすぎて耐えられない。引っ越す〜」

と泣く泣く訴えられてしまったのです。

決してあたしのせいじゃないっっっっ!

音楽もDVDも、爆音という音量で鳴らす習慣もないです
むしろ静かな部類に入るはず。
(さすがに料理する時はがたがたいいますが……)
と自分では信じたいですが。

築○十年以上、公団住宅そっくりな我が家で。
曰く

「隣の部屋の押し入れから物を出し入れする音が気になる」
「目の前の駐車場の騒音がダメ」

などなど。
いやこれは、引っ越してきた当初から言ってた話で。
もう慣れたものかと思ってましたが。
実は全く逆。問題はむしろ深刻化。

まあ、仮にあんどぅの部屋と交換しても

「トイレの水を流す音が気になる」
「道路の音が……」

とかいろいろと問題があるわけで。
(あんどぅ的には全く気にならず、
むしろこのぐらいの音がないと
静かすぎて気持ちが悪いほど)

かくして。彼女は3月末に退居を宣言。



ぐわーーーーんんんんん。



もちろん最初からわかってたら
死ぬ気で安くかつ静かな物件を探してたよー。
てか、そんなに気になるなら先に言ってくれ−。
(気がつけというほうが無理だよなあ。
アメリカでも北京でも、
超がつくくらい静かな部屋に住んでたらしいし)

というわけで。

みなさまの身の回りに
伝統的な日本家屋に住んでみたい
外国人(申し訳ないですがここポイントです)の
お友達がいらっしゃったら
是非ご一報を!

でも、上記のこういう制限があるので
静かな物件を、という方は多分厳しいです。
もちろんこれは、日本の基準に当てはめれば
全く問題ないところだと思うんですが……。

部屋は和室六畳、家具付きです。(ベッド、机、衣装ダンスもあります)
最寄り駅から徒歩5分で家賃は6万円程度、
もれなくネイティブ日本語スピーカー(中国語、英語共に可)
がついてきます。
これは日本ではあんまりない物件です(笑)

ルームメートがいなければ
安月給で働くあんどぅ、東京で暮らしていけません。
かくなる上は北京へ戻るか!?てなところです。
(いやこれマジな話です。ほんと)
もちろん外国人向けのフリーペーパーにも掲載しますが
あんどぅ的には知り合いの知り合いなど
多少なりとも知っている方に来てもらいたいところです。

みなさま、よろしくお願いいたします。





beijingando2007 at 23:32|PermalinkComments(4)TrackBack(0)clip!

2009年11月04日

北京でのアルバイトが続く。

北京滞在中、翻訳のアルバイトをやってました。
と、書くとなんか凄そうなんですが、
中国語力よりも(文法や語彙的には平易)
日本語力が問われることが多い仕事でした。

でも。大体この仕事、夕方あたりに電話が鳴って

「じゃ、明日の朝までに」

と言われることがほとんど。
まあ、それほど文字数が多くないので救われてましたが。
(時には鬼のような原稿が来ましたが……)

さて。
夜、ケータイが鳴り、見ると番号非通知。
一体誰から、と思いつつ出ると、
そのバイト先の老板(社長)が北京から国際電話っっっっ!

こっちもびっくり仰天。
帰国の知らせをメールした時、

「日本にいるなら仕事は無理」

という返事をもらい、がっくし、と思ってたのですが。
だから、そりゃもちろん

「よろこんで!」

と言って、引き受けたものの、
いくら待っても原稿がメールで届かず。

そうだ、これはMSNだ。
中国で日常的に使ってたWindows Live Messengerに切り替えると
原稿が速攻届く。ほっ。

そーなんです。中国ではskypeよりもこっちのほうがメジャーなんです。
もっとも、学生たちになるとQQなんですが。

で、こっちも翻訳し終わった原稿もMSNで送信。
すると速攻で「ありがとー」というメッセージが。

翻訳料も、中国に残してきた口座に振り込んでもらうことになり
これなら日本のATMでも引き出せるし。

まあ確かに翻訳料は中国の基準なんだけれど、
でも、こうして帰国しても仕事ができるってことは
いい時代になったなあ、と思うわけで……。





beijingando2007 at 01:25|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!

2009年10月28日

東京国際映画祭、終わる。

いやー、怒濤の映画祭が終わりました。
ほんと、この映画祭に参加するために
(しかも交通費すら支給されないボランティアで)
フィリピンから(いや、北京から)
帰ってきたようなもので。

で、参加したところ、こんなことが……

・ジョン・ボイトと会って、通訳まがいのことをして、ハグされました(笑)

・フォ・ジェンチー監督(『山の郵便配達』の監督)は気さくな人で助かりました。

・フー・ピン監督(日本ではあまり知られてませんが、
 中国では時代劇アクションを撮らせたら超有名)は、やはり大物でしたが、
 彼のキモは、ほどよい“よいしょ”と、
 煙草とコーヒー(中国人にはとても珍しいこと)でした……

・中国映画の字幕の第一人者、水野衛子さんと
 字幕翻訳の問題について話ができました。

・アン・リー監督と、実兄でプロデューサーのリー・ガンさんは
 顔も声もそっくりと知りびっくり。

・『靖国』のリー・イン監督と、偶然再会

などなど、
北京でもそう簡単にできないようなことが
東京で一度に経験できてしまったことが、
まさに国際映画祭の醍醐味、といったところでしょうか。

特に、水野衛子さんとの10分程度、歩きながらのやりとりでしたが、
「何故、中国大陸のコメディが日本に入りにくいか」という理由を
第一人者の口からじかに聞けたことは
(本人が、「あれは訳しにくいし、訳したらつまんなくなる」とまで語ってました)
今後の自分のためにも、もの凄く示唆に富んだ出逢いでした。

とはいえ。ボランティアとして参加したのは本当に初めてのこと。
東京国際映画祭自体、ほとんど行ったことがないという状況で。

こういうのを役得、っていうんでしょうねえ……。

もっとも。
映画祭で上映された作品は、一本たりとも見ることはできませんでしたが。


そもそもこのボランティアに採用されたのは
(ボランティアだからといって全員が参加できるわけじゃないんです)

1)全日程ヒマだから(これが大きい)

2)中国語が話せたから(もっと上手い人もいるのに申し訳ない)

3)カタコトでも英語ができたから(現場ではとにかく英語は必須でした)

という理由でしょう。

次回以降、もし参加したいと思う方、特に中国語と韓国語、スペイン語
この3つの言語のうちどれかと、カタコトの英語力があれば、
大体採用されるのでは?

というわけで、うちの部署で採用されてたのは
東京外国語大学の学生たちばかり。

えーえ、1人で平均年齢を引き上げてました……(笑)


しっかし、あんどぅが所属した部署は
外国からのゲスト(監督、プロデューサー、役者など)を出迎えるところ。
なのに、特殊言語(英語以外の言語ってこういう扱いらしい)が話せる人は

中国語(北京語)…………2人
スペイン語……2人
韓国語…………1人(中国語ができる韓国人)

少なすぎじゃ……。
しかも。実際に空港まで迎えに行ったりする役割の人たちは英語のみ。
ゲストは全世界から呼んでるのにー。
(外国語は英語だけです、と聞いた時、思わず耳を疑いましたが)

で。ヒマなあんどぅは、成田まで行くことはなくても、
助っ人にはいるハメになりました。こんなにつたない中国語でも……

だからこそこういう経験ができたんですけどね。

もっとも。
世界に出て行く映画人は、カタコトでも英語を話すし、
中国からのゲストも、もの凄く流ちょうな英語が話せたり、
日本語ができる人もいたりして、結構何とかなっちゃうものなんです。

そうそう。この映画祭で
中国語からじかに英語の通訳ができると、
もの凄く使い出があるということも知りました。
(特にこういう国際映画祭みたいなところでは)

うーむ。
英語の勉強をしなければ……。

 

 

 

 



beijingando2007 at 00:48|PermalinkComments(5)TrackBack(0)clip!

2009年10月14日

東京に、戻ってきました。

ようやく、というか、とうとう、というか。
振り出し地点に戻ってきました。
住み慣れた中野坂上界隈に。

8月中旬に北京を発ち、そこからが長かった……。

前回更新した時は、フィリピンでした。
韓国人たちと英語漬けならぬ、キムチ漬けになりました。
英語漬けというなら、
むしろ今のほうが英語漬けかもしれないんですが(笑)。
そんな英語学校で4週間過ごしたあと
ただ最後の1週間は風邪をひき、絶望的なくらい声が出なくなりました。
語学学校でしゃべれないことほど、
意味のないことはありません。ほんとに)

その後は休暇の意味で、友達がいるシンガポールへ1週間ほど。

いやー、シンガポールはパラダイスでした。
英語も通じるし、中国語も通じてしまう場所。
もちろん、シングリッシュだったり、“南方なまり”がきつく、
慣れるまで大変(というか、最後まで慣れなかったけど)。
フィリピンのチャイナタウンも問題なく通じますが、
場所がら普通話を喋ると
「国語?」と聞き返されてしまうほど広東語や福建語の世界です。
さらにシンガポールでは、表記は簡体字(もちろん英語も、ヒンズーもマレーもありますが)で違和感を感じず。
そんなわけでシンガポールのチャイナタウンは普通話でやりとり。
ケータイのsimカードを買おうが、
食事をしようが、とにかく気楽に過ごせる場所。

まあ、味については、北京から来た人間には「南方の味」で、
激辛系がないのが残念ですが、普通に美味しく食べられました。
(一説によれば、本当に美味しいものを探すのであれば、
香港あたりに行けということですが
でも東南アジアの面白さを知るには、
シンガポールって便利な場所では?)

で。そこから9月末に帰国したものの、本当に大変だったのがここから。

先週末にやっと、実家から引っ越しを完了しました。

えーと。あんどぅは今、アメリカ人女子(男子じゃないのがイタイ……)
とルームシェアしています。
(どなたか彼女にモデル系の仕事or
英語を習いたい方(こっちは女性限定で)を紹介してくださいまし)

東京で、無職の女と外国人がルームシェアしようとして、
物件探しをするとそれなりにハードルが高くなるもので。
しかも。
海外では部屋に家具や家電など一通り揃っているのに、
日本では何もないことがさらに問題で。
(家具付き格安物件って、ないんですかねえ……
これから日本人にもウケるのでは?
てか、今の時代、絶対にありだと思う)
初期費用がとにかくかかる一方で。

出来る限り、それまで使っていた自分の家財道具を持ち込み、
冷蔵庫、洗濯機についてはネットの“譲ります”で確保。
今はテレビを狙ってます。

そういう彼女は東大の院で勉強する留学生。
中国語はぺらぺらなんで、漢字は知ってるけど(ここがポイント)、
日本語は全くダメという状況で。

いやー、英語と中国語ではこの国、
本当に恐ろしく物事が進まないということを痛感。
こっちが無職で日々ぷらぷらしているもんだから
いろいろと手伝えるけれど、
仕事があったら多分無理。

こっちもおかげで英語力が、
というより、英語を話すくそ度胸が付いた、というところ。

まあ普段は英語と中国語のちゃんぽんでやりとりしていますが。
(近所の中華料理屋での瀋陽出身の店員にかなり驚かれたりと、
面白い体験はかなりできそうですが……)

向こうも
まさに「ロスト・イン・トランスレーション」な状況にストレスを感じながらも
なんとかやっていっているようです。

にしても。外国人がケータイを契約するのって
そんなに難しいんですかねえ。
今日、ソフト○ンクで「契約するなら、一括購入してください」と
却下されてしまい、二人してしょげかえっています。

ソフト○ンクの「racist!!!」と、帰宅後に彼女は叫んでましたが。


そんなこんなで、
あんどぅは今週の金曜日から
東京国際映画祭にボランティアで参加します。
「こいつは中国語ができる」ということで採用されたようですが
そんなこともあって働き先は六本木ヒルズではなく、ホテルオークラ。
中国からのゲストの方々に対し通訳するてという、
正直「いいのか、あたしなんかがやっちまって」という仕事。
一体全体、どうなることやら。

ま、どうやらここ東京でも、とほほな生活が再開しそうな感じです。
というわけで、東京のみなさん、また遊んでやってくださいまし。

 

 

 

 

 

 

 



beijingando2007 at 11:45|PermalinkComments(8)TrackBack(0)clip!

2009年08月30日

フィリピンに、来ちゃいました。

本当に、こんなに慌ただしく北京を去るとは思いませんでした。
ろくすっぽ挨拶もできぬまま、片付けも満足にできずに、日本へ。

北京滞在中、皆様、ほんとうにお世話になりました。
あんどぅは、これで日本に本格的に……帰るんでしょうか?
仕事が見つからなかったら北京に戻るんで、そのときはまたよろしく。

そして日本の皆様、来月には本格帰国します。

そうです。まだなんです。

およそ2年半に渡る北京滞在で、失ってしまったもの……それぱ英語力。
(いや、もっと他にもいろいろあるんじゃないのか?という声もしますが……)

この歳で就職活動をするのにあたり、やはり英語ぐらいは話せないとどうにもならん
と思い、本格帰国の前に、英語のおさらいを1ヶ月。

しかも交通費+学費+宿泊費で20万円。

どうです?リゾートです。北京でもこんな格安の英語学校はありません。
おまけに四六時中英語漬けという環境は。

これなら北京で働いて貯めた貯金でもおつりが来る、
というわけで選んだフィリピンの某学校。

 

外はこんなにリゾートしてます

見てください、このリゾートっぷりを。

北京では全く考えられないこの環境。

が。

うまい話には裏があるんです。

facebookやmsnにつながっている方は、
ここ数日の書き込みでご存じだと思いますが
ここ、韓国人が開いた学校なんです。

韓国人率9割以上。

ここはソウルのミョンドンかっっっっ!

というぐらい、韓国人の学生でいっぱい。
英語じゃなくて、ハングルだらけです。

ご丁寧に滞在先のホテルの名前も「ニュー・アリラン・ホテル」。

今は学校、昔はホテル。しかし名前はニューアリラン日本人はあんどぅを含めてわずか4人。
さらに言えば唯一の日本人女子。

ここについた時も、日本人はあんどぅ1人。
入所にあたり、説明もすべてハングルが優先。

てかここ、

英語学校なんだろーっっっ!?

ここに来る前、一応、学校のほうとメールでやりとりしてました。

あんどぅ「もし中国人学生がいたら、一緒の部屋にしてもらいたいんですが」

学校「中国人はいません。ほとんど韓国人となります」

と返事がきた時点で気がつけばよかったんですが。

つまり。

先生はフィリピン人でも、ここで出される食事はすべて韓国料理。
朝から晩まで。
(ご丁寧に、食器まで韓国のスプーンと箸が使われています。
それはそれでいいんだけど、トレイがアルミ製である点が問題。
この韓国の箸がアルミ製のトレイに当たる音が、
実はあんどぅ、何よりも苦手でして……。
まるで虫歯の治療で金属をかぶせた歯の上を、
フォークで突くような気分がしまして)

廊下の張り紙も、この通り。読めるか!!!

壁の張り紙もこの通り。
誰か訳してくださいまし……。

 


この学校の所在地、
なんとマニラから車で2時間の「コリアン・タウン」の中
(10年ほど前まで、ここは米軍のクラーク基地があったんですが、
ピナツボ火山の噴火で撤退したのだとか)
外に出ても、ハングルばっかりの場所。

さらに。
どこかのまぬけな韓国人学生が騒いだせいで、この学校の中では飲酒厳禁。
アルコールの持ち込みすら禁止。
夜間外出も禁止。
夜10時を回ると、学校側から所在を確認されるほど。

おまけに。

授業は朝10時から夜11時まで。昼と夜の食事各1時間を除き、ほぼぶっ続け。

部屋は狭いです。2人部屋。北京の寮は広かった……

戻ってきてもこの部屋に2人。
(ルームメートはもちろん韓国人。しかし下戸)

というわけで、
ビールを飲む機会すら奪われています。
(ダイエットに効果的かもしれませんが……)

テレビの下に冷蔵庫があるのにー!

そりゃあ、北京語言大学で中国語勉強してた時も、
朝8時から夜10時ぐらいまでやってましたが、そこまで管理されなかったしねえ。
(ていうか、基本は野放し。遊んでる連中は勝手に遊んでたし)
こっちも毎日勉強が終わればビール飲んでくつろげました。

人一倍管理されるのが苦手なあんどぅとしては、
この環境、1ヶ月だから何とかなりますがねえ。

すでに1週間が経過。あと3週間。

加油……。

今日はフィリピンの休日のため、振替休日となって明日は授業なし。
というわけで、マニラのチャイナタウンにでも行ってきます……。


……と書いてみましたが、
授業そのものはまさしく「大当たり」です。

一対一で、発音や抑揚まで
徹底的に矯正される経験はこれまでになかったし、
文章も、スピーチまでカリキュラムに組み込まれています。
この安さでこの充実ぶりと考えたら、
やはりフィリピン恐るべし、というところです。

韓国料理が大好きで、韓国も満喫しちゃえという方、ここはオススメです。

確かにハングルも勉強したいと思ってますが、
英語と同時はちょっと無理です。そりゃあ……。

 

 



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2009年08月05日

離開北京、の準備。

帰国日まであと10日ちょっと。(でもまだ正確な日取りは未定)
休みとなった今日は、もちろん帰国の準備。

冬物を中心に、衣類を船便で送る。
郵便局で一番でかい段ボールを購入し、詰め込む。

11キロ弱。250元(3750円)

うーむ。日本から送った時よりも安いなあ……。

しっかし、衣類よりも問題なのは、この2年半の生活で増えたDVD。
どうもDVDは以前より規制が厳しくなっているらしく、
このままではハンドキャリーの可能性も。

もちろん本も……あるんですよ。
日本から持ち込んでしまった
『三国志』とか『蒼穹の昴』『中原の虹』『1Q84』とか……。

あ。職場には辞書とかもある。くーーーーっっっっ。

さらに。
こっちで買った、周星馳のオタク度120%本だとか……。
映画関係の書籍だとか……。

で。こっちで買ったDVDを再生するための、
リージョンフリーDVDプレーヤーももちろん日本に持って帰りたいし。

いくらかかるか、もの凄く不安。

ドラえもんが欲しい今日この頃です。

そんなことを考えていたら2年半ぶりに、手に湿疹が出てしまいました。
えーと。実はあんどぅ、あまり皮膚が強いほうではなく、
面倒な仕事を抱えた時など結構こじらせていたことも。

社会人になりたての頃、医者に聞いたら

「そりゃああんた、仕事を辞めれば治るよ」

この医者の言葉はその後、北京に来て見事に的中することに。

ほんと、北京暮らしで全く問題なかったんですけどねー。
帰国の準備を始めたら、復活。とほほ。

うーん、こりゃあ北京に戻ってくる日も近い……かも。

 


 



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2009年07月27日

「北」、じゃなくて「東北」に行ってきました。

しばらくご無沙汰していました。
日本にも、ちょっと戻ってました。
滞在中、連絡できなかったみなさん、すみません。
9月末には本格帰国しますんで、もう少々お待ちください。

はい、あんどぅはそろそろ北京滞在を終わらせます。
まだまだ未練がある中国ですが、
あれこれ考えて帰国しようと思いました。

まあ仕事が見つからなかったらまた戻ってくるかも、という感じなんで……。

さてさて。
そんな駆け足での日本滞在中にメールが。

「あんどぅさん、出張の日程、繰り上がりました」

ぐわああああああん。

本来、今月末に新疆に行く予定が、例の暴動もあったりして
結局日本人はいらない、という話になり、計画変更。
しかも。
北京に戻ってきてから中1日で、北のほう、
いや「東北地方」へ出張することに。


北朝鮮

図們江の国境です。

向こう岸は「北」です。




えーと。
吉林省と遼寧省をまわってきました。
延辺中国なのに、中国だと思えなくなる
延辺朝鮮族自治州なるところにも
行ってきました。
キムチと冷麺が美味かったー。
でもこれだけは言いたかった


「マッコリジュセヨーー!」

(同行者が漢族ばかりのためか飲めなかった……
あとで聞いたらここのは韓国製よりもずっと美味いとのこと。余計悔しい)

が。
ほんとは10日目の今日27日に北京に戻るはずでしたが
急遽予定変更。まだ戻れないです。

今日は“ひょうたん島”こと、葫蘆島に滞在しています。

もう仕事も終わってるのに、休暇のためだけに滞在。
えーん。あたしゃ「北」ならぬ「東北」に拉致されたも同然。

てか金ムダにすんなよー、中国政府よぉぉぉぉぉぉぉ。

北京に戻るのは29日の予定です。あと2日。
加油あんどぅ、という気分です。とほほ。



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2009年06月15日

ロシアに行ってきました。

コーヒー屋

 

 

 










 

……嘘です。







いや、嘘、ではないです。一応、国境もまたいできました。

左が中国、右がロシア

写真右がロシア、左が中国です。








またいだだけです、はい。






国境でビザが取れるほど、日本とロシアの関係は簡単なもんじゃありません。
○年前の学生時代に行った時と変わらず、手続きは大変めんどくさいです。

というわけで、実際のところは

ロシアに行ってきた

のではなく

ロシアに行きたかったなあと国境の街で思った

だけなんですが。

これが国境!


という国境の街は
ハルピンよりもさらに東南の
綏芬河(すいふんふ)。

(遠くの旗はロシアの国旗)


市の宣伝文句によるとここは「北の深セン」。
経済開発区になっているだけでなく、
ロシアとの結びつきがものすごーく強い場所です。

ここからなんとウラジオストクまで、
所要時間6〜7時間でバスでも行けちゃいます。
もちろん国際列車も走ってます。

ここはロシアの人たちが安い中国製品を「買い付け」に来る土地。
平たく言えば、行商人たちが集まるところといった感じ。

そういえば、ベトナムのホーチミンでもそんな光景を見た記憶が。
広い市場の一角が、そこだけキリル文字の看板が掲げられていて
ベトナムではまず必要のない防寒着が売られていました。

というわけで、この綏芬河は街全体がキリル文字化していました。

間違いなく、ここの外国語は「ロシア語」です。
英語なんかじゃありません。

さて。
今回の「ハルピン、そして“極東北”地方行き」は
あんどぅトラベルではなく、お仕事。

そうなると夜ごと宴会が……。
中国の中でも酒豪揃いの東北人を相手に
互角に戦ってきました。

いや、そうじゃなくて。
一応、ちゃんとした目的があるんですけどね。
(仕事もしてます、そりゃ)


でもねー。
惜しいことに、歴史的なことを除けば
(ここ、8月9日のソ連参戦でソ連軍が真っ先に入ってきたところです)
日本とのつながりがほとんどない場所です。

こんなところに日本人を派遣して、
一体何を書かせたかったんだろう……

ま、景色はきれいなところがいっぱいあります。
吉林省との境近くにある鏡泊湖は、水の透明度が高く、
ニジマスの刺身(絶品)なんかが出てくるぐらいのところ。
共産党幹部の保養所になるぐらいの風光明媚な場所。

冬になれば、スキーが楽しめる場所が沢山あるし。
本場のロシア料理も楽しめます。

しっかし、遠すぎるんだよね、ここ。
ハルピンから車で7〜8時間。(これを書いてるのがまさにその路上。
朝8時半に出発して、昼もきちんと摂らず今、午後3時。
ようやくゴールというありさまです)

鉄道もあるけど本数が少ないしねー。
空港がある牡丹江からなら3〜4時間だけど、
この空港、日本からのフライトはないし。

というわけで、やっぱりロシアは遠い場所なんです、ほんと。

さらにいえば。当然のことながら、日本語は全く通じないんで……。

もちろん、行ってみると面白い場所ではあるんですけどね。

というわけで、
興味のあるかた、あんどぅまでご連絡ください。
中国東北部経由、ロシア行きの旅をあんどぅトラベルで開催したいと
考えております。はい。



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2009年06月08日

何故にハルピン?

日付が変わったんで、明日からです。
明日から、一週間ほど、ハルピンに行ってきます。

もちろん、神奈川県立某S高校前のラーメン屋でもありません。
それで任務完了だったら、いくらでも行ってきますが……(笑)

今年の1月に行ってきたばかりのハルピンに、
またしても行くハメになりました。

えーと、今度の目的は……仕事、らしいです。はい。

確かにハルピンは好きです。

ビールが美味いし
(哈尔滨啤酒が、中国で最も古いビールのようです。青島ビールではないとか)
つまみも美味い。(ソーセージが絶品だったです)
本場のロシア料理が堪能できるし……

って食うことばっかりじゃんけー。

いや、そうなんですけどね。実際。

あと。
马迭尔宾馆(英語で書くとModern Hotel。でもマデアルホテルとかいうらしい)の
アイスがまた食べられるし最高。

はい、やっぱり食い気です。

いや、違う。

目的はハルピンで開催される国際貿易商談会だった。

はい、「だった」んです。
少なくとも二週間ぐらい前までは。

ところが。

今の時点でわかっていることといえば。

・どうやら毎日、夜は宴会になるらしい
・当初の計画から、目的が「旅行」に変更されたらしい
・いつ北京に戻ってくるのか、まだ決まっていないらしい

やっぱりこれが中国式のようで。

てか、いい加減早く決めてくれい!!!

 

 



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