<あれも聴きたい、これも聴きたい>

ジョルジェット・ジウジアーロ

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◆ジョルジェット・ジウジアーロという名前をご存じだろうか。1938年、イタリア生まれで、現代の最も優れたデザイナーといわれている人だ。ジウジアーロの仕事のベースはあくまでも車のデザインにあるが、ただそれだけにはとどまらない。時計やカメラ、電化製品、その他ありとあらゆる分野で、それまでの常識を打ち破る素晴らしい作品を数多く生み出してきただけでなく、今も生み出し続けている。まるで一流の画家の描いた絵が、明らかに他とは異なるように、ジウジアーロのデザインしたものには、一目見ただけで私たちに「違う!」と思わせる何かがある。私が20代の後半に初めてお金を出して購入した車はジウジアーロのデザインした117クーペ(いすゞ自動車)だった。当時の私は、欲しい車と言えばその117クーペしかなく、それ以外の車は、たとえ無料で提供すると言われたとしても欲しいとは思わなかった。

◆そのジウジアーロが創刊55周年に寄せて、日本の車雑誌「カーグラフィック」にとてもいい一文を投稿していたので、ここにその一部を残しておきたいと思う。

◆デザインに民主主義はない、これが私の持論です。デザインというのは、コンセンサスによって生まれるものではない。みんなで一緒に仲良くつくるものではありません。そこに多数決という概念も平等も存在しないんです。デザインはひとりの人間が生み出すもの。それが「デザインに民主主義はない」という所以です。人間の体と頭には〝無意識”に多くの蓄積がある。たとえば見たもの、食べたもの、行った場所の記憶から、喜び、悲しみ、怒り、聞いたこと、話したこと、そういうことが蓄積されている。これらの蓄積をカタチにできる個人がデザイナー、放出されたものがデザインです。デザインにロジックは必要ないんです。デザインを論理化するのは、それが生まれてから。デザインにデモクラシーはありません。誤解を恐れずに言うならデザインは〝独裁”が生み出すのです。

◆上の文章の中にある〝デザイン”という言葉を〝音楽”あるいは〝芸術”と置き換えてみると、私たちにはしっくりくると思うのだがどうであろう。

ジョン・ウィリアムス初来日の記憶、そして来日記念LP

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◆以前にも一度取り上げたことがあるが、写真の左がジョン・ウィリアムスの初来日(1963年、22歳の時)の際に発売された来日記念のLPレコード。録音は1961年ころだから、彼がちょうど20歳のころということになる。そして右はその時の国内におけるリサイタルのプログラム。実はこのプログラムには表紙があったのだが、破れてその後紛失してしまった。

◆おぼろげではあるが、その時、チケット代が確か1500円で、このプログラムは500円から800円ほどであったと記憶している。最近のコンサートのプログラムがほとんど紙っぺら1枚の簡単なものが多いことを思えばなんと贅沢なことであったことか。当時は一流のクラシックギタリストのコンサートなどというものは年間を通して何回もなく、従ってこんな贅沢なプログラムでもみな喜んで購入したのであろう。しかし、クラシックギターのコンサートが供給過多となっている現在では、プログラムにチケット代の半額近くも払うような殊勝な人は、恐らくいないのではないだろうか。むしろ「何を考えているのか!」と主催者に非難が集中するかもしれない。

◆1963年、私はまだ中学の3年生で、ジョン・ウィリアムスのリサイタルは、愛知文化講堂という、1200人ほど収容できるホールの前から3・4列目で聴いたが、感動というまでにはいたらなかった。なにしろ私にとって本格的なギターのコンサートなど、その数か月前に聴いたカルロス・モントーヤのフラメンコギターが初めてで、このジョン・ウィリアムスの演奏はまだ2度目だったのである。正直なところ「へぇ、クラシック・ギターってこんなもんか。それにしてもこの人は全然ミスしないなあ」といった程度の感想しかなかった。要するに聴いていた私の方にクラシックギターを聴くための素養がまったく備わっていなかったのである。行きつけのレコード店でこのレコードと巡り会ったのは、それからまもなくのことであった。

◆収録されているのは、やはりセゴビアの影響もあったのであろう、そっくりセゴビアのレパートリーで、しかもポンセとトローバ(当時はトルロバとの記述がある)の作品のみという、当時としてはなかなか通好みの構成であった。
①M.トローバ:ソナチナ、夜想曲、カスティーリャ組曲
②M.ポンセ:ワルツ、主題と変奏と終曲、12の前奏曲

◆その後そのレコードは、擦り切れるほど何度も繰り返し聴いてきた。そして徐々にこれらの作品を自分も手掛けていくうち、ジョン・ウィリアムスの偉大さが理解できるようになっていった。そしてまさにこのレコードが、生涯に渡り、私にとって人生の目標であり、そして宝物となったのである。今自宅にはかなりの数と種類のLPやCDがあるが、私にとって最も大切なレコードといえば、このレコードをおいてほかにはないと思っている。

ジョン・ウィリアムス 17歳のデビューLP

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◆このLPレコードは、1958年、ジョン・ウィリアムスが弱冠17歳の時のデビューレコード2枚をセットにして1979年に国内で発売されたもの。右は10年ほど前に手に入れた同じ録音の輸入CD。

◆このLPレコード、初版の輸入盤を見たのは私がまだ高校の1年か2年の時。名古屋の伏見にあった荒井貿易の事務所。まだ若く溌剌としておられた現会長、当時社長であった荒井史郎さんが「これはどうだ?」といって見せてくれた。今でもはっきり覚えているが、それは真っ白なジャケットの中央にジョンの写真が割と小さく印刷されたものだった。見た瞬間、喉から手が出るほど欲しかったのだが、1枚3千数百円と言われ、昭和39年ころ、高校生であった私のこずかいでは、涙を呑んであきらめるほかなかった。(その当時一般的なクラシック音楽の国内盤LPは、確か1500円から1800円ほどではなかったかと記憶している)

◆私が現在まで長くクラシックギターと関わってこれたのも、実はこのレコードと、次に発売になったトローバとポンセの作品が裏表に収められた来日記念盤のLPレコードがあったからだ。私にとっての目標というか憧れであったギタリストは、セゴビアでもイエペスでも、そしてブリームでもなく、このジョン・ウィリアムスであった。ジョン・ウィリアムスこそが私の最も尊敬するギタリストであり芸術家であった。その思いは今でもまったく変っていない。

◆思い起こせばなんと無謀であったことか。そしてなんと無知であったことであろうか。当時私はジョン・ウィリアムスに憧れ、尊敬はしていたが、同時に、懸命に練習しさえすれば、私でもなんとか追いつけるかもしれないとも考えていたのであるから、今考えれば身の程知らずというか、恥ずかしい限りであった。

◆この懐かしいLPレコードを、今日一気に2枚続けて聴いた。この演奏を聴くたびいつも思うことだが、この演奏を現在のジョン・ウィリアムスの演奏といってもなんら不思議ではないほど、すでに技術も音楽も完成の域に達してしまっている。そればかりか堂々とした大家の風格すら漂っている。その収録された作品からしても、確かにセゴビアの影響もみられなくはないが、それだけではなく、セゴビアに反抗しているのかとさえ思えるような表現も見られ、充分その後進んでいくジョン・ウィリアムスの音楽性を指し示していて圧倒される。

◆現在これほどの演奏ができるギタリストが、はたして存在するだろうか。ギター界も昔に比べれば随分進歩しており、ジョン以上に素晴らしいテクニックをもったギタリストも今では世界に大勢いる。しかし私には、それらのギタリストがみな平均的で没個性、しかもギターという、なにか特別な世界に安住している小粒な人たちに見えて仕方がない。私にとってはと今は断っておくが、この弱冠17歳の時のジョン・ウィリアムスと肩を並べるほどのギタリストを、私はまだ見つけられないでいる。

◆<デビューLP2枚の収録曲>
  ①バッハ:チェロ組曲第1番(J.デュアルテ)
  ②バッハ:チェロ組曲第3番(  同 上  )
  ③D.スカルラッティ:ソナタ ホ短調 L.352
  ④A.スカルラッティ:ガボット
  ⑤ソル:魔笛の主題による変奏曲
  ⑥セゴビア:祈り
  ⑦セゴビア:練習曲
  ⑧マドリゲーラ:ウモラーダ
  ⑨タンスマン:舟歌
  ⑩グラナドス:ゴヤの美女(リョベート)
  ⑪A.ラウロ:クリオール風ワルツ
  ⑫I.アルベニス:朱色の塔
  ⑬M.ポンセ:3つのメキシコ民謡
  ⑭ヴィラ=ロボス:練習曲 第1番
  ⑮G.クレスポ:ノルテーニャ
  ⑯J.デュアルテ:カタロニア民謡「盗賊の唄」による変奏曲

ウクレレ二重奏の録音

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◆12日の日曜日から新しい録音に入った。
今回は大野音学院の鶴丸君と和本君によるウクレレの二重奏。昨年暮れより続いている加治川君の録音はまだ終わっていないが、そちらはもう少し長期戦でいくことになった。

◆今回の録音会場は、今年一月よりオープンとなった豊中市立文化芸術センターの小ホール。写真はステージ上でのマイクのセッティング状態と、下は録音用のPCとオーディオインターフェイス(RMEのFIREFASE UCX)

◆12日、夜の6時から初めて一気に12曲録音を行い、昨日、今日と編集作業に没頭。音の印象はホールの響きが良いためだろうか、若干だが、ある周波数に余分な響きが乗っているように感じた。加治川君のギターの録音は、庄内にあるローズホールというところで行っているが、そちらの方があまり余分な響きが乗らず、ハイ・クォリティーな録音を目指すには適しているようだ。さてどんな仕上がりになるだろうか。

LP、ワルツ堂、アルバン・ベルク、特別な時間

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◆いつのころまでだったか、大阪、梅田の一角に「ワルツ堂」という、関西の音楽ファンならば知らぬ人はいないであろう老舗のレコード店があった。私にとっても、大阪に移ってきた当初から(34年前)多くのレコード、そしてCDを購入してきた「かかりつけ医」ならぬ「行きつけレコード屋」だった。もちろんその他のレコード店もあるにはあったが、専門的な品ぞろえという点からも、私が購入したものの90%がこのワルツ堂であった。ちょっとしたクラシック音楽愛好家のたまり場、あるいは心のより所といった場所だったように思う。

◆しかしLPがCDに駆逐されるにつれてであろうか、それともネット販売の浸透によるのであろうか、新しい商業ビル(現在のアヴァンザ)の1階で新装開店したそのお店もそう長くは続かず、いつしか閉店してしまったが、その閉店する1年ほど前から店の一角で中古のLPレコードを販売するようになった。LPに見切りをつけたお客さんから下取りしたものだったのかもしれないが、もとより中古レコード専門のお店ではないためであろう、それらはみなかなりのお買い得価格であったし、盤質もみな良好なものばかりだったように思う。

◆そのお買い得中古盤なるものを、当時、合計30枚くらいは購入しただろうか、このウィーン・アルバン・ベルク四重奏団の演奏するドボルザークの弦楽四重奏曲第8番ト長調のレコードもそのうちの1枚。
今日久しぶりにアナログプレーヤーに乗せてじっくりかけてみたが、ほとんどノイズもなくとても良い状態で聴くことができた。

◆この8番ト長調、作品106の四重奏曲は、ドヴォルザークがアメリカ赴任中に書かれた、お馴染みの12番ヘ長調、作品96「アメリカ」より後、故郷のボヘミアに戻ってから書かれたものだが、完成は1895年の末と記録にあるから、今からほんの百年と少し前のこと。各楽章の調性のみならず、多様に転調が繰り返され、作品96ほどの統一感には乏しい気もするが、美しい旋律があちこちにちりばめられ、なかなか味わい深い作品になっている。現代の理屈っぽい、そしてはっきりいってあまり面白くない音楽の氾濫を思うにつけ、我らがセゴヴィアの生まれたころは、まだこんなにも旋律的で美しい音楽が普通に書かれていたかと思うと、なにか不思議な気がする。

◆このウィーン・アルバン・ベルク四重奏団はすでに解散してしまっているが、その創立者でもあり、第1ヴァイオリン奏者でもあるギュンター・ピヒラー(写真一番左、1940年生まれ)は、今でも指揮者として各方面で大いに活躍している。2001年から2006年の間は、オーケストラ・アンサンブル金沢の主席客演指揮者もつとめ、翌2007年には金沢において、村治佳織さんのギターソロで「アランフェス協奏曲」を指揮し、私もその演奏に立ち会うことができたという、懐かしい方でもある。

◆そんなことを想い出しながら、ゆったりとレコードを聴いた。やはりLPレコードはいいもんだと思う。第一CDと違って、レコードそのものを大切に扱う必要があるため、いかにも「これから音楽を聴くぞ」という気分になる。毎日の生活の中で、何か特別な時間、という感じがする。

2017年村治昇教室弾き初め発表会

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◆もう一週間以上経ってしまったが、先週の日曜日22日は、村治昇先生の教室の発表会(新年弾き初め会)があり、例年通りお手伝いに行かせてもらった。

◆これまで出場していた上級の生徒さんたちは皆留学が決まり、昨年の春から夏にかけてほとんどの人がドイツやフランスへ行ってしまったので、長くこの発表会を見てきた私としては、少しばかり寂しい思いのする発表会となったが、その穴を埋める人たちが続々と出てきたのはさすがに嬉しい。

◆小学校の高学年になるとタンゴ・アン・スカイや朱色の塔を見事に弾きこなす。また中学1年生くらいになると、ヴィラ=ロボス、バリオス、ソルなどで素晴らしい演奏をする。そしてその上の中学から高校にかけてとなると、私の知る限り、近頃の生半可なプロなどはその足元にも及ばないような見事な指さばきと、そして立派な芸術を聴かせてくれる。発表会は年に2回あるが、それらの生徒さんたちの半年ごとの上達ぶりには、それはもう毎回すさまじいものがある。

◆プロと称するギタリストの方々には、彼ら、そして彼女らの演奏をぜひ一度聴いてみられることをお勧めする。耳の痛い話かもしれないが、なまじお金を取ってリサイタルを開こうなどと大それたことは思えなくなるかもしれない。
聴衆からお金を取れる演奏家になるにためには、当然のことながら、それに見合うだけの高い技量をそなえていなければならないが、果たして現在の日本のギター界はどうであろうか。
この生徒さんたちは、いつも期待を裏切らず素晴らしい演奏を聴かせてくれる。そして半年後(7月)どれほどの進歩を私に見せてくれるだろうか。

ヴィラ=ロボス:バスーンと室内オーケストラのための7音による舞曲

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◆ヴィラ=ロボスの作品には、私たちに馴染み深いギター曲だけでなく、ブラジル風バッハやショーロなどの大規模な連作のほか、交響曲やさまざまな楽器のための協奏曲、そしてピアノ曲やヴァイオリン・ソナタを含む室内楽、そして歌曲などものすごい数の作品があり、名曲と呼ばれる作品も多いが、「お前の一番好きな曲は何だ?」と問われたら、迷わずこの曲をあげる。

◆「バスーンと室内オーケストラのための7音による舞曲」が最後に収められているこのLPレコードは、1969年に購入とジャケットの裏にボールペンで記してあった。つまり今からいうと48年前に手に入れたものということになる。
とにかくこのレコードのメインは、この写真にもあるとおりモーツァルトのフルート協奏曲なんだが、当時珍しくもヴィラ=ロボスの作品が入っているということで購入したものだ。私にとっては、ヴィラ=ロボスのギター以外の作品が聴ける初めての一枚だった。

◆ワクワクしながら買って帰ったことを今でもはっきり覚えている。
間違いなくヴィラ=ロボスの香りがぷんぷんする曲だが、さらに何とも懐かしい郷愁に満ちた作品なのだ。そして最後は題名にあるとおり、ゆっくりとしたテンポでハ調7音を奏でていき、消え入るように終わる。うっかりするとその部分がド・レ・ミ・ファ・・・となっていることに気がつかないほど上手く書かれている。

◆今まで何とかこの曲のCDを手に入れたいと画策してきたのだが、未だにどのカタログにもこの作品の入ったCDを見つけることが出来ないでいる。こんな素敵な曲を、世界中のどの団体も演奏していないなんていうことがあるのだろうか。

ギャラリー
  • ジョルジェット・ジウジアーロ
  • ジョン・ウィリアムス初来日の記憶、そして来日記念LP
  • ジョン・ウィリアムス 17歳のデビューLP
  • ウクレレ二重奏の録音
  • ウクレレ二重奏の録音
  • LP、ワルツ堂、アルバン・ベルク、特別な時間
  • 2017年村治昇教室弾き初め発表会
  • ヴィラ=ロボス:バスーンと室内オーケストラのための7音による舞曲
  • 松田 弦 ギターリサイタル in 西宮