<あれも聴きたい、これも聴きたい>

大萩康司ギターリサイタル

◆5月18日(木)兵庫県芸術文化センター小ホールにおいて、大萩康司ギターリサイタル

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◆前回彼の演奏を聴いたのは2014年の5月、会場は今回と同じ兵庫県芸術文化センターの小ホール。前回のことを想い出すに今回は大丈夫だろうか、と半信半疑で出かけていったが、結果は後半に行くに従って、どんどんと本領を発揮し、終わってみれば、良い意味で予想を裏切るとても気分の良いコンサートとなった。

まずは当日のプログラムを以下に。

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◆概ね前低・後高。第1曲目のバッハ、次のソル、そして第2ステージ最初のタレガ、以上3作品については、はっきり言ってしまえば、今一つ丁寧さ慎重さが不足しているように感じた。特にバッハについては多少表現に劇的効果を狙っているのか、終始荒っぽさが目立ってしまった。21世紀の演奏家が演奏するのだから、バロックの時代の演奏様式に縛られる必要もあまりないとは思うが、それでも今少しキチッとした演奏をしてほしい。雑音やミスを少なくするだけでも随分改善できる。しかし言い換えればバッハといえどもしっかり大萩君一流の表現と言えなくもないが。
それに比べれば、次のソルに関しては非常に個性的な素晴らしい表現を聞かせてくれた。手垢の付くほどあまた演奏され続けてきたこの作品だが、さすが一流の演奏家の手にかかると、これほどまでにも個性的で新しい表現ができるのか、と驚かされるほどだったが、惜しむらくは少しばかり雑な面が目立ってしまったことだ。よく聴いていると、速いパッセージにおいて、しっかり音の出ていない部分が少なからず見られた。これなども、元々彼がテクニック不足で弾けていないのではなかろう。やはり彼ほどのテクニックをもった人には「さすがに大萩は違うなあ」というところを期待する。最早このくらいの曲をノーミスで弾く人は、若い人たちの中にはいくらでもいる。確かに音楽は技術ばかりではないが、それでもあまりミスが多いと興を削がれてしまう。ギターの演奏会にはミスがつきもの、といった古い常識はそろそろ払拭してもらいたいものだ。
◆タレガに関して、今や私たちは村治佳織さんや朴 葵姫さんの奏でる絶品トレモロを知ってしまっている。残念だけれども今一つ音楽になめらかさや優しさというか、そういったものが不足していなかっただろうか。彼ほどのギタリストであれば、今さら「アルハンブラの想い出」など敢えて練習する気にもならないだろうが、プロとしてコンサートで取り上げる以上、初心に帰ってしっかりトレモロの練習をやった方が良い。

◆そのあとの作品については、これはもう大萩康司ワールド全開、独壇場であった。ブローウェルなどは、30年以上前に大流行し、当時は猫も杓子も・・・、といった感がある曲だが、私は今までこの曲を弾いてみたいと思ったことは一度もない。なぜだか好きになれないのである。しかし大萩君の演奏は電子音楽を聴いている様な不思議な錯覚に陥るほど、1本のギターから様々な音色を引き出して見せ、あぁ、これがこの曲の本来の姿なのかと思うにいたった。またポンセについては、まさに絶品といってよく、まるで夢のなかに漂っているかのような心地がした。その他の曲についても絶妙なリズム感、アクセント、歌心など、まるで水を得た魚とはこのことかと思わせるほど、ギターが生き生きと鳴っていた。まさに彼にはこういった曲が性に合っているのだろう。久々にスカッとさせてくれるような見事な演奏が続いた。

◆最後に、彼の髪型、髭ズラ、さらに真っ黒でとび職のような衣装について、概ね私の周囲にいた人達の評価には随分辛辣なものがあった。老婆心ながら再考してみる意思、ありやなしや。クラシックの演奏家の衣装、風貌については、年々ラフになってきてはいるが、不潔な印象を与えてしまっては元も子もない。

その後のフィールダー、走行レポート

◆アベンシスワゴンの修理がまだ上がってこないので、まだ代車のフィールダーHVに乗っている。どこにも遠出はしていないが、それでも400キロ近くは走っただろうか。フィールダーの特徴も少しずつ分かってきた。

◆随分慣れてはきたものの、やはりパワーステアリングが矢鱈にフワフワと軽すぎることが気になって仕方がない。従って直進走行の時にもなんとなく不安感があり、つい肩や腕、そしてハンドルを握る手に力が入ってしまう。これは無意識なので、車を止めたときに初めて気が付くことが多い。このような現象は昔乗っていたホンダのセイバー(3200ccセダン)の時にも経験した。セイバーはトルクがかなり大きかったので、軽々と走ることにかけては不満はまったくなかったのだが、とにかくハンドルが軽すぎて長距離を走るととても疲れた。国内の自動車メーカーは、「舵取り機構」についてはもう少ししっかりと研究・開発をやってもらいたいものだ。

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◆次は初めて乗った時から気になっていた、ナビの画面の取り付け角度についてである。とにかく上を向き過ぎて取り付けられているため、日中の走行時はディスプレイに直接太陽光が当たり、ご覧のようにまったく見えないのである。画面は角度を変えられるようになってはいるが、さらに上を向くようにしかなっていないのでまったく意味がない。そもそもダッシュパネル自体がこのような角度になっているので、純正のナビを付けようが何を付けようがどうしようもない。最も困ることはバックモニターとしてまったく役に立たないことだが、設計者はこんな状態になることを知らなかったのか、あるいはそんなことを考えてもみたこともなかったのか、どう贔屓目にみても理由はそのどちらかしか考えられない。しかし設計者が気が付かなかったとしても、トヨタの社内で誰かが気が付いてもよさそうなものだと思うがどうであろう。とにかく不思議なこともあるものだ。このことをこのレンタカーを手配してくれたネッツ店の営業に訊くと、乗っている皆さん、画面の上にボール紙でひさしを張り付けて対処しているのだそうだ。

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◆この3つのサイドミラーに関するスイッチだが、取り付け場所とその形状が最悪だ。これは私のアベンシスにも同じものが付いているが(共通部品なのだろう)、このスイッチはステアリングの右下、少し奥まったところに付いている。私が車を停めているのは、マンションの駐車場(屋内)の一番奥で、乗り込んだ時このスイッチのある場所が真っ暗で見えない。いつも手探りで探すのだが、このスイッチの形状がまったく判別しづらく毎度毎度イライラさせられる。結局はいつも駐車場の外に出てからミラーを開くことにしている。最近の車はサイドミラーが自動で開くようになっているようなので、こんなイライラはしなくて済むようだが、この使いづらいスイッチを永年ずっと使い続けているのはトヨタさん、何故だったんすかねえ。
先のナビの件といい使いづらいスイッチ類といい、国内の自動車メーカーは、車の使い勝手というものに対して充分推考が重ねられておらず、概ねいい加減というか、やっつけ仕事というか、思いつきでやっているように思えて仕方がない。「車とはどうあるべきか、本当の意味での使い易い道具とはどうなっていなければならないか」ということが、メーカーとしてまだしっかり理解できていないか、ひょっとしたら、そんなことが必要だとは思ってみたこともないのかもしれない。

*以前仕事でカリーナを3台乗り継いだことがあったが(それぞれ10万キロ以上乗った)、それぞれの車にそれぞれ面白いことがあった。ひとつはダッシュパネルについているコインホルダーについて。そこに100円玉をきっちり入れていたのだが、高速の料金所が近づいてきて、さあ何枚か取り出そうとコインをつまんでみると、コインの入り込んでいる丸い溝が少しだけ深すぎて、コインがまったく掴めないのである。少し無理をしてつかもうとすると、突然100円玉がバラバラと床に飛び散ってしまい、それに気を取られてあやうく前の車に追突しそうになった。その後ディーラーに「どういうこと?」と訊いてみたところ、「きっちりいっぱい入れないでください」と言われた。
もう一つは、運転席に座った状態で運転席側の開いたドアの取っ手まで手が届かないということがあった。取っ手の位置が悪いのである。これもディーラーに「どういうこと?」と訊いてみたが、今度は「ドアはあまり広く開かないでください」という答えが返ってきた。いずれもやっつけ仕事といわれても仕方がないような設計と言わざるを得ない。
とにかく日本の車の面白いところは、たとえ良い部分があっても、それがモデルチェンジした時に生かされないというところだ。従って何度も同じ間違いを繰り返している。いずれにしても国内の自動車メーカーのアイデアは、いつもしっかりした検証がなされていないため、残念ながらアイデアとは言えず、単なる思いつきの域を脱していないことが多い。

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◆写真からは判別しづらいが、ステアリングと足元のペダル(アクセル&ブレーキ)、そして運転席のシート、この3つの位置関係がなんともしっくりこない。ペダルを踏みやすい位置にシートをもっていくと(少し後ろに引く)、ステアリングが遠く腕が少し伸び気味になってしまって操作がやり難い。反対にステアリングを操作するのにちょうどよい位置にシートをセットすると、今度は足先がペダルに近くなりすぎて、アクセルやブレーキが踏みにくい。ステアリングが上下(チルト)、前後(テレスコピック)に動かせる機構が付いていればなんでもないことなんだが、こういった機構が、今どき標準設定になっていないこと自体が私にはよくわからない。安い車なんだから多少のことは我慢しろ、とでも言うのだろうか。

◆ナビ画面の上に風の吹き出し口が少し見えるが、ダッシュパネルのデザインからくるのであろう。なにか口の上下が異常に小さい。従って吹き出す風量は充分なのだが、とにかく吹き出し音がうるさくてかなわない。

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◆このシート形状。なんとも居心地が悪い。悪い点は二つある。一つは角度がうまく決められないこと。いくらがんばっても立ち過ぎているか寝すぎているかのいずれかで、その中間がないのだ。こういう角度の悪いシートは昔のスバル車は大方そうだったが、今どきの車ではまったく珍しい。
もう一つは、この写真では分かり難いが、どうしても背中の肩甲骨部分が圧迫されて少し苦しいことである。いずれもシートの設計にあまり神経を使っているとは思えない。
私は昔腰を痛めたこともあって、車のシートも含めて「椅子」というものを徹底的に勉強したことがあるのでどうしてもいい加減な車のシートは許すことができない。特に長時間ドライバーが座るものなので(座らされる)、設計の手を抜くことは許されないと思っている。大きな人間も小さな人間いる。しかしそれらがある範囲内に入っていれば、誰もが座り易い、疲れにくいシートというものはできるはずなのである。こういった車のシートというものは、人間の体格の平均値で設計すると誰にも合わないものしかできない。人間工学と平均値は違うのである。

◆今のところ気がついたもうひとつのことは、ハイブリッド車というと、発進の時にはトルクの稼げる電動モーターが働き、一定走行に入ったときにはエンジンに切り替わるものと思っていた。しかし実際にはそうはうまくはいかず、普通に発進すると最初からエンジンが回ってしまう。よほどソロソロと発進すれば別だが、まったく実用的ではない。従ってハイブリッド車といえども通常に走らせれば、私が思っていたよりはるかにエンジンが働くケースが多く燃費は伸びない。もっとも今修理に出している私のアベンシスよりはずっとマシだが。

◆もうひとつ追加。やはりハイブリッド車なのに車内はうるさい。また止まっているときでもお構いなしに突如エンジンが回り始め充電を始める。これがまた車内で聞くとうるさくてかなわない。騒音レベルを内外逆にできないものだろうか。

車の修理、その後は?

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◆私のアベンシスワゴンの修理についてのその後はというと、連休終盤の5月の6日(土)、修理を依頼してあるトヨタ・ネッツ店(購入したお店)から「無事塗装が完了し本日戻ってきました。今度の塗装の出来は大丈夫だと思います」との連絡があった。
「今度の・・・」というのは、実は5月の1日に一度仕上がってきたのだが、取り換えた後部バンパー(樹脂)と板金を施したリアフェンダー部分との色合いが、あまりにも違っていたため、ネッツ店の判断でやり直しを指示してくれていたからである。ネッツ店の営業担当者からの電話では、今回サービスの責任者、副店長と3人で視たところ、これなら私にも納得してもらえるだろう、との意見の一致をみたので、連絡をくれたとのことであった。

◆早速ネッツ店へ足を運び、店の駐車場(屋根アリで日陰になっている)に停めてある私の車を見たところ、瞬間的に、後部バンパー(取り換え)、リアフェンダー(板金塗装)、後部ドア(元のまま)の3段階にはっきりと色が違っていることが判った。。その旨を告げると、まず担当営業マンがあちこちの角度から眺め、「おっしゃるように確かに3段階にはっきり違いますねぇ」と納得する。また「午前中、陽の当たる場所で見たときはこんな違いはなかったんですが・・・」とも言っている。(シルバーメタリックの場合、太陽の光が直接強く当たるところで見ると色味の違いは判別し難くなるものだ)
次は副店長だが、なかなか色の違いを認めようとはせず、「そうですかねえ」を連発していたが、そのうち、「確かによく見ていくと随分違いますねぇ」と言い出した。しかし、副店長も午前中陽向で見た時の印象があるのか、「あまり認めたくないけどなあ」という心中が透けて見える。そして飽くまでも違いが判らないとイジイジしていたのはサービスの責任者。最後まで色味の違いを認めようとはせず、「あんたの目がおかしいんじゃないの?」とでも言いたげな話しっぷりである。明らかに「じゃあ、もうこれでいいです」と言わせたい、という魂胆が丸見えだ。これでは客が納得するはずはないし、トヨタのサービスの不誠実さをサービス自らが表明しているようなものである。いくら営業が一生懸命やってくれても、サービスの対応が不誠実では、以後そのメーカーの車を購入する気にはなれないものだ。(トヨタに限らず、どの自動車メーカーのアフターもこんなものかもしれないが)

◆少なくとも今回の修理費用については、私の車にぶつけてきた側の保険で全額支払われることになっている。従ってネッツ店としては、不完全な状態の仕上がりを無理やり私に納得させる必要などないはずなのだが、どうもこのネッツ店のサービス長はそうではないらしい。最後の最後まで「この程度の色味の違いなんかどうでもいいじゃないですか」とでも言いたげな顔をしている。本来であれば、客(基本的にはアマ)の目で見た時にあまり判別できないものでも、サービスマン(基本的にはプロ)が見たとき、「これはまずいですね。もしよろしければもう一度やり直させましょうか?」とでも提案してみるのが信頼できる誠実なサービスといえるのであって、今回のようなケースはトヨタ自動車のアフターサービスの信頼を大きく損ねることになる。

◆もう一つ私が疑問に思うことがある。営業マンにたずねると、板金塗装修理はネッツの関連会社(指定する会社という意味かもしれない)で行っているとのことであった。つまり、その辺りにあるいい加減な板金修理屋さんではないというのである。だとしたら、なぜ1回目にネッツの営業が見たときですら(私は見ていない)、先ほどいった3か所の色味が明らかに違うというような状態で持ってきたのだろうか。そして再塗装してもまだ合っていないのだからさらに訳がわからなくなる。
そのあたりについて少しばかり思考をめぐらしてみると、意地悪かもしれないが、答えは2つしか考えられない。その一つはそのネッツ指定の板金工場の①色合わせの技術レベルが低い、もう一つは②いつも適当な仕事しかしていない、この二つしかないことになる。いずれにしてもあまり褒められた話ではない。あれからすでに1週間経過しているが、この次完成してきたとき、上手く仕上がってくれていると良いのだが。

カリグラフィーペン

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◆最近友人の編曲した曲に運指を付けなければならないことになった。正確にいうと、昔私が頼まれて付けた運指を最近見直したところ、当時は気が付かなかった様々なアイデアが湧いてきたので、今回再度付け直したいと思った次第。今どき楽譜などはPCで作れるのだが、私は楽譜作成ソフトをまだもっておらず使用したこともないため、取り敢えず今回は手書きで作成することにした。

◆昔は楽譜専用の万年筆で手に入りづらい楽譜や、自分が編曲した曲(主にギター2重奏用)を一音一音書いていた。それらは今でも沢山残っているが、その頃使用していたその万年筆は、随分昔に使えなくなり捨ててしまっていたので、今回新しく購入し直そうとあれこれ調べてみた。するとインターネットとは便利なもので、こんな万年筆があることが判った。名前は「カリグラフィーペン」。主にデザイン文字を書くためのもののようだが、構造はほとんど楽譜用と同じで、ペン先が2ミリほど平たくなっており、太い線と細い線を自在に書くことができる。

◆楽譜用の万年筆は、どこのメーカーのものも大よそ12000円から15000円ほどしているのに比べ、このカリグラフィーペンは2500円程度。これは試してみても損はないと思い早速発注。すると2・3日で到着。代金はいつものごとくヤマトさんに代引きで支払い。

◆早速試し書きしてみたが、昔使っていた楽譜専用のものと書き味も書いた結果もまったく同じ。インクについてはカートリッジもインク瓶から吸い上げるコンバーターも使える(両方付属している)。おかげで手書きの楽譜もスイスイと書き上げることができた。もしこのカリグラフィーペンなるものをご存じなく、しかも手書きで楽譜を作成する必要のある方はぜひお試しを。ちなみに今回購入したものはパイロット万年筆のもの。しかし今どきのことだ。そろそろ楽譜作成ソフトのことも考えた方が良いかもしれないとは思っているが。

第42回ギター音楽大賞

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◆昨年に続き、猪居先生より第42回のギター音楽大賞にお招き頂き、門真にあるルミエール・ホールに出かけていった。このコンクールは独奏部門の他、重奏部門やらジュニア部門、シニア部門となかなかバラエティに富んでいる。かなり大勢の人が出場するにもかかわらず、それを昨年までは僅か1日で行っていたが、上の表紙にもあるように今年は2日に分けての実施となり少し余裕ができたようであった。但し、昼食タイムを設けていないのは聴衆にとっても少々つらい。今後ご検討願えればありがたいのですが。

◆メインであるギター音楽大賞(独奏)出場者は以下の通り。
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◆一番左にあるナンバーに付けた赤丸は、出場者が多いため、済んだ人から順次「済」という意味で付けたもので何も意味はない。

◆名前の右下にあるチェックマークは、私が良いと思った人。
・そして自由曲の曲名に付けた〇やアンダーラインは、課題曲(ワルツ/ポンセ)はともかく、自由曲は良かったという意味の印。
・そして一番右の数字が審査結果としての順位である。
・右端にある(×)は、20分という制限時間を超えたため残念ながら失格となってしまった人。(もう一人時間オーバーのため失格になった人がいたが、聞きもらしてしまった)

◆審査結果について、どこにもしがらみのない私の評価は、僭越ながら昨年同様、審査の結果と完全に一致していたようだ。このギター音楽大賞というコンクールが、何物にも影響されず、完全に公平かつ客観的な正しい審査をしておられる証拠ではないだろうか。さらに時間制限を厳格に守り、このプログラムにあるように2位該当者なし、という結果になったのも、このコンクールの意義と正義性(こういう言葉が適当かどうか解らないが)を示した、まったく正当な運営であった。審査員の方々に改めて敬意を表したいと思う。

◆個々の出場者に対する感想はさておき、ここでは大まかな私感だけ書いておきたいと思う。
まず2次予選の課題曲(ワルツ/ポンセ)については、本選課題曲であり、今はあちこちで演奏される機会の多いバリオスの作品(大聖堂の第3楽章)に比べ、なかなか含蓄のある、且つまた大変適切な選曲ではなかろうかと思っている。
この作品がコンサートやCDなどから姿を消してかなりの年月が経ってしまっている。このフランス印象派にも通ずる、小さいながらもエスプリの効いた小粋な作品に対し、現在のギタリスト(あるいはギタリストの卵たち)はほとんど興味を示していないように見える。ひょっとしたら今回の出場者の中には、初めてこの曲の存在を知った人がいるかもしれない。
残念だが今回の出場者の中には作品の真価を充分表現できている人はほとんどいなかった。そして自由曲では相当な難曲に挑戦していた人でも、この課題曲のあちこちに登場する、なんでもないような連続した下降のスラーがほとんどで弾けていないということが多々見られた。あるいは、どう弾いて良いのかまったく見当がつかないといった風情で、なんのアーティキュレーションやアゴーギクの工夫もなく、ただリズム通りに弾くだけの挑戦者もあり、ただただ驚くばかりであった。
これらは、ギターも含め様々な時代やジャンルの音楽に対する経験があまりにも少ないことに起因しているのではないだろうか。これは、少なくともクラシックギタリストを目指す、言い換えれば音楽家、さらに言い換えれば芸術家を目指す人にとっては致命傷ともいえる欠陥ではないか、と私は常々憂慮しているところなのだが。あまりにも知っている音楽や芸術の世界が狭すぎる。「音楽」と限って言っても、「ギター」の世界は、その音楽の世界のごくごく微小な一部でしかない、ということに早く気が付くべきであろう。また古典を弾くにしても、ソルや、ジュルアーニやメルツなどを最上のものとするのではなく、自らの故郷を飛び出し、そしてその生涯を生きた音楽の都には、彼らが憧れた、あるいは近づきたいと願ったもっと偉大な作曲家(芸術家)達が数多存在したことを忘れてはいけない。若い挑戦者は、それら巨人たちの生み出した芸術こそもっと深く知るべきだろう。

◆結果として、私も一押ししていた女性が第一位に選ばれた。この方の弾くトローバのソナチネ全楽章は見事だった。久しぶりにこの曲の名演奏を聴かせてもらったように思う。願わくは、欲張りかもしれないが、今一つ色彩感があればと感じた。しかし彼女の演奏のように、美味しい「ミネラルウォーター」のような清涼感はなかなか味わえるものではない。ぜひとも彼女の弾く他の曲もいろいろと聴かせてもらいたいものである。1年後くらいにはリサイタルを開けるようなので、いまから楽しみにしたい。

◆上にも述べたように、第2位は該当者なし、ということになったが、これも審査員方の立派な見識ではないだろうか。その第2位に入るはずであったであろうと思われる出場者の演奏は、その実力は相当なものと推察するが、表現される音楽は、私には今一つ自意識過剰というか、やり過ぎなのでは?と感じる部分が全体を通して見受けられた。
芸術家の「個性」というものは、常道とされるコースから僅かばかり外れたところにある、一種の「欠点」でもあると私は思っているが、その欠点もやり過ぎればただの欠点、あるいは「自己満足」に過ぎず、優れた個性とはなり得ない。そのあたりが難しいところなのだが、とにかく聴く者に「それいいんじゃない!」と思わせる、言うなれば許せる範囲の「優秀な、あるいは絶妙な欠点」が必要なのではないだろうか。このあたりは芸術家にとって、一般的には聴衆による多数決という、なんとも芸術には似つかわしくない判断に委ねられてしまうのが残念なところなのだが。

◆今回もお招きいただいた猪居先生には心から感謝いたします。

ウクレレ・デュオ(タローズ)のCD完成

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◆私が録音・編集をさせってもらった、ウクレレ・デュオのCDが完成。おおの音楽事務所で販売が始まったようだ。演奏はタローズ(和本正貴&鶴丸将太)のお二人。聞くところによると、すでに結構な枚数売れているとのこと。

◆曲目は、この写真をクリック(拡大)してみてください。

◆このCDはおおの音楽院のウクレレ教本に沿ったもので、販売価格は¥1000とのこと。
楽しんでいただけたら幸いです。ウクレレとはいえ、なかなかハイクォリティな音で収録できたつもり。

アベンシス修理、代車のフィールダーは?

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◆一昨日、交差点で右折しようと信号待ちしていた私の車(当然交差点の中央寄りで停止していた)の左後ろ角に、まったくの前方不注意の軽のワゴン車がぶつかってきて、写真のような有様。運転手は45歳の自営業の男性。どうやら慣れないスマホを見ながら運転していたらしい。幸いぶつかってきた相手の車が軽自動車ということもあって、こちらには大したショックもなく、車を修理するだけで済んだ。その足で購入したディーラーへ持ち込み、修理の見積りをしてもらうと、およそ20万円。日程的には約10日間ほどかかるという。

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◆そこで当然のごとくレンタカーを手配してもらう。約1時間ほどでトヨタネッツ店の手配してくれた車が自宅に到着。私の車(トヨタ・アベンシス・ワゴン)と同じようなステーションワゴン車ということでカローラ・フィールダーが届いた。しかもハイブリッドカー。

◆フィールダーは以前仕事で2台乗っていたので、最近の、しかも新しいハイブリッド車はどんなものであろうかと楽しみにしていたのだが、いざ乗ってみるとまったくの期待外れ。
以前私が乗っていたフィールダーは初代と2代目のもの。このいずれもが運転はし易く音も静か。燃費はいい上、ワゴン車ということもあり、使い勝手は抜群。とにかく乗るのが楽しくなるような車だった。

◆まだそれほど乗っていないので燃費などは分からないが、なんとも室内に入ってくる走行音がうるさい。ハイブリッド車なんだから静かであるはずだが、車内で聞く音は以前乗っていたガソリン車のフィールダーよりもむしろうるさいくらいだ。しかも加速はまるでだめでなんとものろい。

◆さらにステアリングがやたらに軽過ぎてなんとも違和感を覚える。今どきこんなふわふわで直進性の不安定なハンドルをつけた車があろうとは信じられない。
昔、パワーステアリング専門のある開発者の方(トヨタ系ではない)に「もっとも優れたステアリングは?」と訊ねたことがある、すると「程よいステアリング!」という答えが返ってきた。そして「だからその程よいということが難しいのです」とも言っておられた。
誰にとっても「程よい」とは何か?こういうテーマがあるからこそ人間工学という学問に価値があるのだと思うが、今回のフィールダーのステアリングは、まさに「軽くしておきましたから、どなたも楽ですよ」といっているかのようなまったく安直なものであった。

◆次に運転席のシートがよろしくない。運転しているときに背中、特に肩甲骨部分が圧迫される。背もたれのその部分にあたる箇所が、どうしても肩甲骨に当たり、暫く乗っていると肩や首がこってくる。これはまったく健康的によろしくない。シートの背もたれの上の部分(腕の付け根あたり)は、サイドのホールド部分は要らない。スッパリとサイドをカットしなくてはいけない。なまじっかバケットシート風にしたいのであろうか、国内のほとんどの車のシートは肩甲骨が圧迫されて、ドライバーにとっては迷惑なものが多い。

◆さらに今回のフィールダーの内装だが、これがまたまったくいただけない。なんともチープ。まるで安物のプラモデルのようだ。200万円以上するような商品の内装とはとても思えない。尚且つデザインそのものが「やっつけ仕事」のように「いい加減さ丸出し」。少なくとも私の眼にはそう見える。これが世界で1・2を争う自動車メーカーの車なのかと思うとがっかりだ。
またドアを閉める時のあの「パタン」というなんとも安っぽい音は我慢するとしても、外観デザインも初代フィールダーのような潔いスマートさはなく、マイナーチェンジ、フルモデルチェンジを重ねるたびにどんどんわざとらしく、そして下品な派手さが付け加わり、まるでデザイナー自身が、何をどうしたらいいのか、まったく分からなくなってしまっているかのように見える。しかも写真にあるようなナビ(純正品)の画面の傾斜が上を向き過ぎており、車庫から外へ出ると、フロントからの光が当たって、まるで画面が見えないのはどうしたことか。角度を変えられるようになってはいるが、さらに上を向くようになっているのでまったく意味がない。

◆このような傾向は、なにもトヨタ車に限ったことではなく、外国車も含めてほとんどのメーカーが陥っている現象のようだ。そういえば私が普段自動車というものについて感じていることとまったく同じことを感じている専門家もおられるようで、そういった評論(というか論文)が今月のCG(カーグラフィック誌)に出ていたのを読んで驚いたのを思い出した。今年は私もそろそろ車の買い替えを考えなくてはならない時期に来ている。トヨタさん、なんとかいい車を作ってくれませんかねえ

ギャラリー
  • 大萩康司ギターリサイタル
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