<あれも聴きたい、これも聴きたい>

真っ白な姫路城、訪問

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◆名古屋のミューズ音楽館で公開レッスンが行われた翌日、9月の4日(月・祝)は村治先生と以前より念願だった姫路城へ行ってきました。
大阪を車で出発。約1時間15分ほどでしたか、姫路城前には午前11時過ぎに到着。車はすぐ前にある駐車場に停め、まずはお城の西隣にある、姫路城主の下屋敷跡の好古園という庭園を見て回りました。姫路の古くからの友人から教えてもらったのですが、この庭園が思っていたよりずっと立派で、さらりと通り過ぎるにはもったいないほど良いところでした。姫路城は私にとっては30数年ぶりの訪問でしたが、もう一度改めてゆっくり来てみたいと思わせる名庭園であったのは収穫。

◆その後この好古園の中にある活水軒という和風のレストランで一休みしながらの昼食。正直なところあまり期待はしていなかったのですが、これがまた嬉しい誤算。なかなか美味しい昼食がとれて村治先生ともども大満足。

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◆その後はまっすぐ姫路城に向かいます。前日とは打って変わって、村治先生も歩くことを想定してジーンズにウォーキングシューズといういでたち。さすがです。

◆正面に新装開店、じゃなかった、新装なった真っ白な姫路城が見えてきました。30数年前に一度だけ来ているのですが、その時の記憶に残っていた姫路城よりはるかに立派で、美しく、そして恰好良くて、ワクワク感が次第に高まってきます。これでも姫路の友人に言わせると、当初よりは少し黒ずみ初めているとのことでしたが、私たちの目には充分白くて美しい、まさに永い歴史を経てきた本物お城でした。

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◆さらに天守閣が近づいてきました。が、大手門をくぐってからの道があっちに曲がりこっちに曲がり、なかなか本丸まで行きつきません。近くに見えてなかなか遠い。村治先生も熱心に写真を撮っています。もちろん私もいっぱい撮影しました。

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◆本丸の中をふうふう言いながら一緒に頂上まで登り、姫路の街を360度展望。そして天守閣の真下で一緒にまた写真を撮ります。やはり本物のお城、しかも日本で一番大きく、美しい城は立ち去り難い魅力がいっぱい。この日は天気も良く、美しい天守閣に青い空がベストマッチでした。

恒例、村治先生のレッスンと座談会

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◆9月3日は、名古屋のミューズ音楽館において、村治昇先生による恒例の公開レッスンと座談会の日。例年の如く午前11時過ぎ、山下館長と一緒に最寄りの駅(中央線、大曽根駅)まで先生をお迎えに行き、そのまま揃って昼食。レッスンは午後1時から開始となった。

◆毎年この回に出席させてもらって感じることは、村治先生の50年に及ぶ教授生活により成し遂げられた、計り知れない日本ギター界(日本の音楽界といってもよい)への実績や貢献は、先生の人間としての根底にある、すべての「人」に対する温かい愛情から始まっているんだなあ、ということです。
レッスンを始めれば、誰もがたちどころに先生のことが大好きになってしまいます。目が輝き、ヤル気がもりもり湧いてきます。そしてできなかったことがどんどんできるようになってきます。

◆長年、先生の教室の発表会のお手伝いをさせてもらっていると、何人もの父兄の方々と親しくなってきますが、その方々がみな口をそろえて「村治先生の教室に通わせてもらえて本当に幸せです」とおっしゃいます。子供の性格まで変わってくるそうです。

◆5人ほどのレッスンが終了した後、お茶とお菓子が提供され、子供たちとその父兄の方々が村治先生を囲んでの座談会がはじまり、父兄からも子供達からもどんどん質問が出て、とても有意義で且つ楽しい会になりました。

◆何年前だったか、この村治先生を囲んでの会が始まった頃には、名古屋ではまだ小さい子供を対象にしたギター教育そのものが未熟で、ミューズ音楽館においても子供の生徒さんは皆無に近かったと思います。それが今回尋ねてみるとすでに40人を超え、着実にその成果を上げつつあるとのことでした。近い将来、ここから何人もの立派なギタリストが誕生してくることは間違いのないことのように思われますが、これには村治先生の教えを信じ、子供の教育に長年熱心に向き合ってきた名古屋のギタリスト大矢君、そして高岡君の功績が大きかったことを私は知っています。中部地区にも着実に村治先生の理念が浸透し、そして村治先生のファンが拡大しつつあるようです。

福田進一&ホセ・アントニオ・エスコバル

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◆昨夜(8月26日)は「福田進一と仲間たち」と題するジョイントコンサートの第8回が、大阪梅田にあるフェニックスホールで行われた。今年は南米チリ出身のホセ・アントニオ・エスコバルという44歳になるギタリストが登場した。それにしてもこの「・・・・と仲間たち」という言い方はなんとかならないものだろうか。私だけかもしれないが、「・・・・とその子分たち」といっているように聞こえて仕方がない。

◆このエスコバルなるギタリストだが、演奏した作品も親しみ易いものばかり選ばれていたうえ、なかなかの美音の持ち主。緊張からくるのか、それとも疲れからなのか、いささかミスが多いなとは思ったが、上のプログラムにもある通り、南米の作品のもつメロディックでセンチメンタルな、そしてどこかエキゾチックでもある作品の良さを、なかなかうまく表現されていたように思う。特にラウロの作品については、コンサートでまとまって演奏される機会が少ないだけに、私としては非常に興味深く聴けたが、それらを最も得意としていた亡きアリリオ・ディアスの演奏とはまた一味違った、もう少し都会的なセンスが加わったなかなかの名演であったように思う。(但し、何箇所かの技巧的なミスに興を削がれたことも確か)最近の若いギタリストの技巧の完璧さを思えば、44歳といえば、「今どきの」若いギタリストの範疇には入らないのかもしれない。
また自身の友人でもあるという、J・コントレラスという作曲家の作品については、ナクソスのCDの中でも何曲か演奏しているが、昨日演奏された作品についてはさほど芸術的とは思えないながらも、その響きと音楽世界は興味を抱くに充分な魅力をそなえている。今後弾いてみたいという若手ギタリストが沢山出てくるかもしれない。

◆さて肝心の福田進一氏の方はどうであったか。一言で言ってしまえば、「とてつもなく雑!」
非常に残念だけれども、今までの自身の経歴に泥を塗るかのような、あまりにも拙い(敢えて言う!)演奏だった。もっとはっきり言ってしまえば、聴衆から高いお金を取って聴かせる演奏にはなっていなかった。当然「芸術」というものからは程遠い!問いたい。長くやっていることによるマンネリ、また奢りのようなものはなかったか。当日、私の周辺で多々聞かれた「私らをなめとるんか?!」という声に耳を傾けた方がよい。プロの演奏家、芸術家を自称するものとして、一度立ち止まり胸に手を当てて考えてみてほしい。

◆なぜあれほど弾き急ぎ、弾き飛ばしをするのか!作品自体が求めているとは到底思えない、あのような速度でもし完璧に弾けたとしても、音楽としては完全にバランスを失い、私たちはただ曲芸を見せられるだけになるだろう。しかも残念なことに、彼は完璧には弾けていなかったのだからまったく性質が悪い。ソナタ第3番は、センスも様式感も、そしてポンセの音楽の世界観の表現にも遠く至らず、ただただ雑な弾き飛ばしに終始。大聖堂に至っては、自身の弾いているスピードに自身がついていけず、一瞬弾いている位置を見失うなど、従来の福田氏では考えられないような大ポカをやってみせた。(本人もステージ上で思わず苦笑い)
この雑さは結局最後まで尾を引き、ご本人もさぞ無念であったろうと勝手に推察する。

◆福田氏のこの雑な弾き飛ばしはなんの必要性からくるのであろうかと考えざるをえない。最近の若手ギタリストの向うを張ろうとしているのか、あるいは、失礼ながらひそかにしのびよる「老い」に敢えて抗っているのか、それとも他に何か理由があるのだろうか。

◆演奏家という芸術家であれば、年齢とともにその演奏には落ち着きが加わり、技術だけではない芸術の気高さというか、香りというか、そういった若い人たちには表現し得ない何かが備わってくるものだと思うのだが、昨夜の福田氏にはまったくそれが見られなかった。それが福田進一の老いとは思いたくない。彼はあのジョン・ウィリアムスよりもまだ14歳も若いのだ。

村治教室、第45回発表会

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◆すでに1か月以上経ってしまいましたが、先月、7月の17日(月、祝)は、恒例の村治昇先生の教室の発表会で、いつものようにお手伝いのため、前日から東京へ出かけて行きました。

◆今回発表会としては第45回ですが、村治先生のギター教授歴50周年となる記念の年ということもあって、例年とは少し異なるプログラム、そしてステージ進行となりました。
グループによる合奏が主体となり、独奏としては、大人の生徒さん12名と、小さいお子さんが18名ほど、そして10名ほどの上級の生徒さんのみとなり、その他にはいつもはステージの裏方に徹しておられる講師4名の方々による合奏(序奏とファンダンゴ/ボッケリーニ)と、村治佳織さん、奏一君姉弟によるソロと2重奏が登場し、発表会といいながらも一般的なコンサートよりも楽しい会になりました。

◆発表会終了後は、いつもの打ち上げ会ではなく、村治先生の教授歴50周年記念パーティーとなり、濱田滋郎氏、倉田現代ギター社・社長、林SIE社・社長なども出席され、それぞれ祝辞を述べられたほか、元村治教室の生徒であり、現在ロンドンの王立音楽院へ留学中の加藤早紀ちゃんも出席し、切れのいい演奏を聴かせてくれました。(今「早紀ちゃん」などと言ってしまいましたが、私が知っている、数年前の可愛い少女の面影は薄れ、すでに立派な大人になっていました)。「1週間後にはジュリアン・ブリームさんの前で演奏しなくてはいけないの」と、楽しそうに語ってくれたのがとても印象的でした。果たしてブリームからはどんなアドバイスがあったでしょうか、彼女からの報告が聞けるのを楽しみにしています。

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◆写真は、上が当日先生からいただいた、50年のあゆみを綴った立派な冊子と、ステージ上での村治先生と佳織さん・奏一君姉弟のほほえましい3ショット。

◆当日あらゆる人たちから祝福されておられるのを目の当たりにし、村治先生の永年に渡るギター界における計り知れないほどの功績と、私が尊敬して止まない素晴らしいその人間性は、到底見習ってできるものではありませんが、それでも、いつかは、そして少しでも近づくことができればと、レッスンを受けているつもりでいつもお手伝いさせてもらっています。

もう1本のギター、河野 賢作の弦高

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◆昨日ヘスス・ベレザール・ガルシアの弦高写真を載せたが、参考までに私が所有するもう1本の楽器、1968年製、河野 賢作、15号の写真を載せることにしたので参考にしていただければ幸い。
当時河野 賢作のギターは売れ行き絶好調。たしか5号、7号、10号と3機種あり、10号が最上位機種であったが、その上に受注生産として15号というのがあった。何の注文を付けたわけではないけれども「とにかく一番高いのが良かろう」というだけでお願いしたものだった。

◆当時は海外製の楽器の定番だったのだろうが弦長もしっかり665ミリあり、660ミリのベレザールよりもさらに長い。この楽器も当時随分弾き込んだものだったが、1975年初頭、先のベレザールを手に入れてからは、正直なところ弾く気にもならなくなり、1度もケースから出したことがなかった。

◆しかし若い頃随分お世話になった楽器なので、何十年もケースに入れっぱなしではと不憫に感じる気持ちもあって、2・3年前、ブリッジでも吹っ飛んでいやしないかと内心どきどきしながらケースを開けてみた。
音は完全に詰まって鳴らなくなってしまっていたが、楽器の状態は寸分の狂いもなく無事であった。また弦が切れたということもなく、いたって健全な状態だったので、今は弦も交換しずっとケースから出しておいてある。何十年もケースに入れられっぱなしだったので、さぞかし窒息寸前だったのではないだろうか。最近では徐々に昔の音が蘇えりつつあるようだ。いや、むしろ昔よりも音色には艶が出て、音量も増しているように思える。

◆そこで今朝、この河野 賢作、15号のフレットの状態を確認してみたのが上の4枚の写真。
結果は第1フレットでの6弦の弦高が約0.9~1ミリ(2枚目)とベレザールの0.5ミリのおよそ倍もある。12フレットでは同じく6弦の弦高が約4ミリ(4枚目)。今この楽器を弾いてみると、さすがに第1フレットでのセーハはつらい。ベレザールと比較すると全ポジションに渡って弦高が高く感じられ、弾き難いという印象は拭えない。近々このゼロフレット部とブリッジ部、両方の駒の高さを限界まで低くしてもらうよう依頼してみるつもりだ。やはりお店に出ているときのギターはまだ半完成品であって、あとは自分に合わせて両方の駒の高さ調整を行うのが正しい。とにかく製作家は、販売店からの要請で心ならずも弦高を高くした状態で出荷している場合が多いということを忘れてはいけない。

第1フレットでの弦高が異常に高くないか

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◆ギターという楽器のことについて、最近少し気になることがある。
今日、ある人の楽器を見せてもらったところ、第1フレットのところの弦高が異常に高いのだ。その人の楽器にかかわらず、一般的に多くの楽器の第1フレットの位置での弦高がやたらに高いことが多いが、そういう楽器では第1フレットでセーハをしようとすると、尋常ではない力が必要になり、私などは弾く前からいやになってしまう。しかもその楽器をお持ちのご本人はそのことに気が付いていないことが多いのだ。

◆この第1フレットの弦高が異常に高いギターはいくらでもあって、一般的に楽器屋さんの店頭に並べられているギターのほとんどがそういった状態にあるといってよい。これは何人かのギター製作家から直接伺った話なのだが、全国的に販売店の方からはこの第1フレットの弦高をなるべく高くしておいてくれと頼まれるそうだ。つまり販売店に並んでいる楽器は、一般的に当初はゼロフレットの駒を必要以上に高くしてある、ということになる。

◆なぜそんなことになるのかというと、このゼロフレットを正常な高さに調整した楽器は、見に来たお客さんから、「びびる」と言われて購入してくれないことが多いからだそうだ。従って楽器屋さんの店頭に置かれているギターは、極端な言い方かもしれないが、そのままでは使用できない半完成品ということになる。本来であれば、ゼロフレットの駒の高さをお客さんの好みの高さに調整したうえで、お持ち帰りいただくのが正しいことになるのだが、どうもそこまでしてくれるギター販売店はあまり見かけたことがない。従ってほとんどのお客さんは、楽器を購入した時の状態のまま、それが正常な高さに調整されていない楽器とは知らずに使い続けることになる。しかも第1ポジションは最もテンションの高いポジションなので、ここが必要以上に高いと、まったく弾き難いギターであるにもかかわらず。

◆試しに私の所有している楽器、ヘスス・ベレザール・ガルシアの弦高部分を撮影しておいたが、写真をクリックしていただければ拡大するのでぜひ大きくして見てほしい。上、中は問題のゼロフレット、第1フレット部分。第1フレットと6弦の間隔(つまり弦高)は0.5ミリ弱。第12フレット部分で、同じく3.5ミリ。従って第1フレットでのセーハもほとんど指を軽く置いただけのような感覚で音が出せる。またゼロフレットが低く、12フレットで3.5ミリなので、全ての弦のあらゆるポジションにおいて弦高は充分に低い。従って押弦するにあまり力を要しないので、楽に演奏できる上、弦のびりもまったくない。

◆先ほど書いたように、ゼロフレットの駒は、その楽器を購入しようとするお客に合わせて高さを決定すべきであり、もし少し削ってびびるような楽器は決して良い楽器とは言えないので他の楽器を検討した方が良い。勿論その場合、正しいタッチで弾いた場合、という条件が付くので、専門店であればそこをしっかりと説明してあげることが必要になってくる。それが出来ないようであれば、「クラシックギター専門店」とは言えないのではないかと私は思っている。このところ特に第1フレットの弦高が異常に高い楽器を辛そうに弾いている人があまりにも多く目に付いた。今後製作者の方も販売の方も充分考えていただけないものだろうか。

朴 葵姫 ギターリサイタル

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◆朴 葵姫さんは村治佳織さんとともに、今の日本において最も安定感のある演奏のできるギタリストといってよいのではないだろうか。今回の兵庫県芸術文化センターにおける朴 葵姫さんのリサイタルはそれを裏付けるとても聴きごたえのあるコンサートだった。

◆冒頭のヴィラ=ロボスは一般的な解釈とは異なり、終始優しく、且つなめらかに演奏され、聴いていてゾクゾクするような爽快感があった。バークリーは全て彼女の手の内にあり、小気味よいテクニックを駆使して、派手ではないがその作品の品の良さのようなものをしっかり表現されていたように思う。
アルハンブラについては、わかってはいても彼女の演奏にはいつもホロリとさせられる。
最後のアルベニスは彼女お気に入りの作曲家なんだろう。ギターで演奏されるこの作曲家の作品としては最上の表現ではないだろうか。

◆それにしても朴 葵姫さんにしても村治佳織さんにしても、現在の日本のクラシックギター界では「女高男低」と言ったら良いのか、男性陣よりも女性陣の活躍がより目立つようだ。とにかくコンサートの時の安定感が違う。
このような傾向は、なにもクラシックギター界に限ったことではないかもしれないが、何とも痛快な話ではないか。とにかく私の知る限り、実際のコンサートで安心してその音楽に浸って聴いていられるのは、圧倒的に女性ギタリストの方が多いように思う。
あくまでも勝手な私感だけれど、CDと実際の演奏との間に結構な乖離(理想と現実とが離れること・・・・広辞苑)の見られるギタリストは、どちらかといえば男性ギタリストの方に多い。海外に目を向けるとそうでもないような気もするのだけれど。
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