◆昨日、注文していたCDが届いた。過去最高のギター・デュオと言われた、イダ・プレスティ&アレクサンドル・ラゴヤご夫妻の演奏。
◆プレスティ&ラゴヤの演奏はLPを何枚か持っているし、同様にCDでも何枚か持っている。しかし、今回手に入ったCDに納められている作品は全て私が初めて聴くものばかり。
その中でも特に聴きたいと思ったのは、テデスコの二つのギターの為の協奏曲。他のデュオでは何種類も聴いているが、さすがにプレスティ&ラゴヤの演奏はこれまで一度も聴いたことがない。実際に作曲家(テデスコ)から献呈を受けた、関西で言うところの「ほんまもん」、プレスティ&ラゴヤがどんな演奏をみせるのか、随分そそられるものがあった。
◆収録曲
・プレスティ 独奏(カッコ内は録音年)
①アルベニス:入り江のざわめき(1937年)
②J.マラッツ:スペインセレナータ(1937年)
③F.M.トローバ:ソナチネ 第1楽章(1937)
④N.パガニーニ:ロマンス グランドソナタ 2楽章(1938年)
④M.ポンセ:3つのメキシコ民謡から2番&3番(1942年)
⑤ E.グラナードス:スペイン舞曲第5番(1942年)
・ラゴヤ 独奏
⑥D.スカルラッティ:ソナタ イ短調 K.481(1969年)
⑦M.カルカッシ:練習曲 Op.60 No.3(1969年)
⑧N.パガニーニ:ギターとヴァイオリンの為の協奏風ソナタ
(1969年)
⑨L.ボッケリーニ:ギター五重奏曲 第4番 ニ長調(1969年)
・プレスティ&ラゴヤ
⑩M.Cーテデスコ:二つのギターの為の協奏曲Op.201
以上全て初めて耳にするものばかり。
◆到着してすぐ、これらの演奏を聴いて感じたことがひとつある。
それは、これまでこのデュオについては、プレスティあっての世紀のデュオだと思っていたのだが、その考えが思い違いだったかもしれないと考えるようになったことだ。
プレスティの名声やその傑出した才能が語られる中で、このデュオのことを知る多くの人たちもそう考えていたと思うが、このデュオは、プレスティが牽引者で、どちらかといえばラゴヤは一歩下がった位置にいてプレスティを支えていた、と感じていたのだが、牽引者は実はラゴヤの方だったのではないだろうか。
◆このCDにはお2人のソロもそれぞれ何曲か収録されている。それらは私も初めて聴くものばかりだったが、聴くとプレスティの演奏は、確かに指は猛烈に動き、しかも正確だ。しかしその表現する音楽は、およそ現代では通用しない、いかにも素人臭い演奏で、とてもデュオの時にみせる演奏とは違う。ラゴヤの落ち着いた、しかも音楽的に充分納得できる表現とはまったく異なっているのである。
◆冒頭のアルベニスの「入り江のざわめき」からして、この人この音楽が解って弾いているのか、と疑いたくなるほど、落ち着きのない弾きぶりだし、ポンセのメキシコ民謡からの編曲などは、勘違いも甚だしく、この曲のしっとりした味わいなどまったく意に介していない様子だ。他の曲でもアルペジオやスケールの部分は前後見境なく猛烈な速さで弾きまくる。まさに指だけは猛烈に動くが、まるでチャップリンの映画を観ているようで、こせこせして音楽に落ち着きがない。当然このままラゴヤと合わせてもデュオにならないだろう。
◆プレスティ(1924~1967)が登場したころ、世界のギター界では「とんでもなくよく指が動く女の子が出てきた!」というだけで話題になり、そのまま一躍天才スターと呼ばれるようになってしまったのかもしれない。
◆プレスティのギターに関する経歴を私は全く知らないが、お相手のラゴヤはセゴヴィアにしっかり学んでいるはずだ。従って私の推理では、お2人が結婚をしてデュオを始めるとき、ラゴヤがプレスティに音楽を教えつつデュオを始めたのではないだろうか。とにかくこのCDの前半を占めるプレスティの演奏は、そのままいけば「ただ指が良く動くだけで中身のない女性ギタリスト」と言われて音楽の世界から消えていく運命にあっただろう。
◆しかし、幸いにというか、現実はそうはならず、ラゴヤとのデュオを選んだことでプレスティは本当の芸術家になることができた。
たしかデュオ結成後、彼女は一切のソロ活動を辞めてしまったはずだ。そして17年間のラゴヤとの演奏活動の末、突然の死によって、その短い生涯(43歳になる直前に、楽旅先のアメリカで病気のため死亡)を終え、彼女は伝説になった。
◆最後に収録されている、私の期待したテデスコ作曲「二つのギターの為の協奏曲」はどうだったか。
私はこのCDを聴いたことによって、この作品をもう一度いろいろな演奏で聴き返してみようという気持ちになった。私がこれまで聴いてきた同曲に対する印象はあまり芳しいものではなく、ほとんど一回聴いて二度と聴く気がしなくなった。旋律は所々で美しい片鱗を見せるが、全体を通して筋が通っておらず必然性に乏しい。従ってその芸術的価値は、あの有名なギター協奏曲ニ長調、作品99(第1番)に比ぶべくもない。またテデスコの当時飯のタネだった「映画音楽」がところどころで顔を出し、そのたびにやはり芸術的に見劣りしてしまう。
◆この作品の芸術的価値はそれほど高くはないが、「プレスティとラゴヤ」という稀に見る黄金のギターデュオの存在価値をさらに高めたことは間違いないだろう。