◆偉大な芸術家が亡くなっていくのは寂しい。まして多くの恩恵を与えてくれた芸術家ともなればなおさら。私もそれなりの年齢に達しているので、最近では同じ時代を生きた、私にとって貴重な芸術家の死去がどんどん加速しているように感じる。
◆今年4月、ルーマニアのピアニスト、ラド・ルプー(本当はルプと発音するのが正しいようだが)がスイスのローザンヌの自宅で死去した。ルプーは1945年生まれなので、享年76歳ということになる。
◆亡くなった私の盟友、ギタリストの酒井康雄君は、若いころからピアニストではこのラド・ルプーが一番好きだと私に語っていた。当時私はそれほどには感じなかったのだが、年を追うごとに忘れ難いピアニストになっていった。今では、特にシューマン(左のCD)においてはミケランジェリと双璧をなしているのではないかとさえ感じるようになった。その音楽にはまったく尖ったところがなく、どこまでもしみじみとした歌と心がある。若いときはずいぶんバリバリ弾きまくったこともあったようだが、年齢を重ねるごとに芸術に奉仕するがごとく自己主張が後退し、その音楽表現は深くなっていった。
◆残念なことにあまり健康に恵まれていなかったため、来日の際、1回の公演を済ませただけで帰国せざるをえなくなったこともあったようだ。ルプーは亡くなったが、若い酒井康雄君がルプーを大好きだった気持ちは、今とてもよくわかるようになった。