◆長い間聴いていないこのレコードを聴いてみたくなった。これは写真のLPジャケットに見られるような、アンヘル・ロメロの若い頃の録音。この頃アンヘルのレコードが、これ以外に相次いで何枚も発売され、私もお小遣いを気にしながらなんとか全部手に入れた。
◆収録曲
①トローバ:マドローニョス
②アルベニス:コルドバ
③グラナドス:ゴヤの美女
④ロドリーゴ:ファンダンゴ
⑤タレガ:前奏曲 第5番
⑥タレガ:前奏曲 第2番
⑦トゥリーナ:ファンダンギーリョ
⑧トゥリーナ:タレガ讃歌 ガロティン
⑨トゥリーナ:タレガ讃歌 ソレアレス
⑩トゥリーナ:突風(つむじ風)
⑪アラール(タレガ編曲):華麗なる練習曲
⑫タレガ:マズルカ
⑬タレガ:マリエッタ
⑭タレガ:マリア
⑮タレガ:アデリータ
◆以上のように近代・現代のスペインギターの定番がずらりと続くが、スペインという共通項はあるものの、そのこと以外このレコードにあまりテーマ性は見当たらない。
しかもこのレコードにはその録音した日時や録音場所等の記載が一切ない。昔はこんなレコードが多かった。
◆なぜ普段ほとんど聴くことのないこのレコードを今日聴いてみようという気になったかと言えば、先日のギター音楽大賞の本選の課題曲がトゥリーナのファンダンギーリョだったからだ。
もちろんこの曲は多くのギタリストが録音している曲なんだが、中でも最もスペインらしい演奏をするものを聴いてみようというわけだ。
◆私がアンヘル・ロメロの演奏を初めて聴いたのは、彼がまだ10代のころ、おそらくデビューして間もないころの演奏であろう、アランフェス協奏曲のレコードをある友人の家で聴いた時だった。
◆そのころアランフェスと言えば、イエペスかブリームのレコードくらいしか聴いていなかったので、アンヘルの颯爽とした、しかも若々しく勢いのある演奏にすっかり魅了された私は、なんとか自分もそのレコードを手に入れたいとあちこち探し回った。しかしその時はなかなか見つからず、実際に手に入ったのは、それから10年以上経ってからのことだった。当時はアンヘル・ロメロの出すレコードは何でも聴いてみたいと思っていた。
◆このレコードにあるアンヘルは、結局良きにつけ悪しきにつけ「スペイン!」。最初から最後まで、全編スペインだらけ。スペインの歌い回し、強烈なアクセント、音をビビらせないフラメンコギタリストといったスケール(音階)的動き。ギターが上手いということではコンクールの比ではないことはたしかである。とにかくどの曲も爽快に弾きまくる。
しかしファンダンギーリョの作曲者であるトゥリーナも、ここまでスペイン丸出しで弾いて欲しかったかどうか。スペインの曲ではあるが、もう少しインターナショナルな表現を期待していたような気もする。
◆これはあのアランフェス協奏曲でも同じで、作品にフラメンコ的な要素は取り入れられているが、かといって、世にある何枚かのフラメンコ・ギタリストが弾くアランフェスはやはり違うように思う。アランフェス協奏曲はフラメンコギター協奏曲ではない。
◆そんなことを思いながらこのレコードを聴いたが、もう一つ面白いことに気が付いた。ここでのアンヘルは、何を弾いても同じ音量で弾くということだ。例えていうと、ソルの練習曲(月光)を同じくソルのグラン・ソロのように弾く、といったらギター曲をご存知の方は「なるほど」と判っていただけると思うが、特にタレガの作品などは、もう少しつつましく、かわいく、美しく弾いて欲しいと思うのだが、とにかくアンヘルさんは他の曲同様バリバリ弾く。出している音は図太く、そして美しい。しかし、それでも曲のイメージには似つかわしくないこと夥しい。
◆音が美しいといえば、昔こんなことがあった。
いつだったか、アンヘルが来日し、大阪のフェスティバルホールで、アランフェス協奏曲を演奏したことがあった。その時私はアンヘルのギターのPAを仰せつかり、その日はずっとアンヘルと一緒だった。
◆そのとき、以前からアンヘルの美しい音に憧れていた私は、休憩時間、楽屋で「あなたはどうしてあんなに美しい音を出せるのですか?何か秘密でもあるのですか?」とアンヘルに尋ねた。するとアンヘルは真面目な顔で、「私にはわからない、それは神様がお与えくださったものだから」と答えた。そこで「でもあなたは、私がずっと若い頃から私にとって神でした」と言ったら、アンヘルは素敵な笑顔で黙って私を抱きしめたではないか。
◆私もちょっとびっくりしたが、その瞬間とても幸せな気持ちになったことはいうまでもない。そして、その時私の持っているアンヘルの10枚近くのレコードを見せたところ、かれは目を丸くして「これはすごい!私でもこんなに持っていないヨ!」といって、喜んで全てのレコードのジャケットにサインしてくれた。(写真がアンヘルのサインの入ったレコードの一枚)
今日このレコードを聴きながら、その時のことがとても懐かしく思い出され、ちょっとだけほっこりした気持ちになった。
◆なんだかんだ言っても、やっぱり私はアンヘル・ロメロが大好き。