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◆少し面白いCDが手に入った。写真はイタリア出身の指揮者、リッカルド・ムーティ。そのムーティさんが1969年から1981年までの12年間音楽監督をしていたフィレンツェ五月音楽祭の1973年と1974年の録音。

◆2曲の協奏曲が収められており、その組み合わせが実に珍しい。ひとつは巨匠リヒテルのピアノによるベートーベンのピアノ協奏曲第3番(1974年)、そして今一つが、なんとベネズエラのギタリスト、アリリオ・ディアスによるアランフェス協奏曲(1973年)なのだ。

◆この録音があることは随分前から知ってはいた。しかし当時は特別聴いてみたいという気があまり起らずそのままになっていたが、先日タワーレコードのネットショップを見ていた時偶然目に入り、つい聴いてみようという気になってしまった。

◆しかし発注はしたものの、実のところはちょっと後悔していたのだが、キャンセルするという気もあまり起らなかったため、何日か前に届いてしまったというわけ。(あたりまえか)
ではなぜ後悔したのかというと、アリリオ・ディアスの演奏が聴く前からなんとなく想像できるような気がしたからだ。

◆アリリオ・ディアスのアランフェス協奏曲はすでに2枚のLPを持っている。1枚はフリューベック・デ・ブルゴス指揮のもの、もうひとつはアタウルフォ・アルヘンタ指揮のもので、両方とも国内盤として出ている。二つの録音には10年以上の隔たりがあるが(当然アルヘンタのものの方が古い)、ディアスさんの演奏には基本的な変化はあまりない。

◆ディアスは私の最も好きなギタリストの内の一人で、来日の際生の演奏も聴いたし、実は私はディアスさんの前で演奏したこともある。
ディアスさんは過去に1回しか来日していないと記憶しているが、その際(私が高校生のころ)、名古屋の荒井貿易の入っていたビルの地下にあったギター喫茶「アリア」で、ディアスさんのリサイタル終了後のパーティーにおいて、誰か1曲弾いて欲しいということになり、不肖私がディアスさんの前で弾くことになった。

◆その当時、名古屋でリサイタルを開いた海外のギタリストは、リサイタル終了後、全て荒井史郎さん(荒井貿易創業者、社長)主催のパーティーに来ることになっており、私達クラシックギターファンは、いつもそこで名ギタリストを囲んでの楽しいひと時を過ごしたものだった。

◆先ほども書いたように、ディアスさんは、私が最も好きな、しかも最も尊敬するギタリストの一人なのだが、お国もの(ベネズエラ)や中南米ものには他の追従をゆるさぬ上手さを発揮するにもかかわらず、それ以外のものについては時として随分雑で弾き飛ばしのような演奏をすることが多い。そんなときは、まことに失礼ながら「この人、音楽と言うものを理解していないのでは?」とさえ思えてしまう。一番ひどいと思ったのは、昔、ディアスさんの東欧でのリサイタルがラジオで放送され聴いたことがあるが、ディアスさん、なにか虫の居所でも悪かったのか、終始やけくその様な猛烈な勢いで弾き飛ばし、「早く終わらせて帰りたい!」とでも言いたげなムチャクチャな演奏であった。

◆それほどではないにせよ、ディアスさんの演奏は「ただ指が速く動くだけか?!」と言いたくなるような一本調子で味気ない演奏が多い。ところがそれがバリオスやらラウロ、ソーホといった南米の作品となると、抜群の上手さを発揮するからディアスさんのファンはやめられないのである。

◆今度手に入ったCD(1973年録音)はどうか。予想通り、弾き飛ばしと言って良いのではと思えるような速さで弾いている。従って、まずは「よく指が動くなあ」という感想しか沸かず、悪く言えば無味乾燥な演奏に終始している。しかもディアスさんの間の取り方がまったく自己流なため、さしものムーティさんもタイミングが合わせられず、オーケストラがあたふたしてしまっているのがあちこちに見受けられる。それは過去に出していた2枚の演奏と大して違いはない。

◆ただ3枚ある演奏の中でも、やはり今回のムーティ指揮によるもの(これが一番新しい録音)がもっともディアスさんが突っ走っており、反対に最も落ち着いたテンポで弾いているのが一番古い録音であるアルヘンタとの演奏で、その後10数年の時を経て出てきたブルゴスとの共演が中庸のテンポとなっている(といってもやはり必要以上に速いが)。いずれにしても、どの演奏もところどころでディアスさんの我流が出て、オーケストラとのアンサンブルは甚だよろしくない。これがディアスさんの個性なのかも、と思ってはみるのだが、それでもファンとしてはどうしても釈然としない。

◆今回のCDの中のもう一つの収録曲、1974年録音、リヒテルの弾くベートーベンのピアノ協奏曲第3番は、もう何も文句のつけようのない名演奏だ。バックは音楽祭だけの臨時のオケだけに、アンサンブル能力に多少難ありではあるが、作品全体としては素晴らしい演奏を見せており、聴衆の拍手や歓声も、ディアスさんのアランフェスを大きく上回っている。
クラシックギターに関わってきた私としては、ディアスさんのもう一つのアランフェスとして手に入れたCDなのだが、ここはやはり、「さすがはリヒテルさん!」という結論とするしかないようだ。