◆マウリツィオ・ポリーニが亡くなった。82歳。
1942年生まれというから、私たちに馴染みのある、ギターのジョン・ウィリアムスが生まれた翌年に生まれている。イタリア出身で、ピアニストとしては稀に見る超天才といって良いように思う。
◆私はつい最近、ここにポリーニの弾くモーツァルトのピアノ・コンチェルトのことを書いたばかりだったが、まさかそれからほどなくして亡くなってしまうとは。
◆私はポリーニがショパン・コンクールに圧倒的な実力で優勝したあと、しばらくの空白期間(約8年間)をおいて再デビュー、そしてドイツ・グラモフォンからLPを出した時からの長いファンで、現役のピアニストの中ではもっとも好きな演奏家だった。因みにグラモフォンから発売の第一弾はショパンの24の練習曲だったが、これがまたこの曲の最上級の演奏で、私も冒頭から衝撃を受けた演奏だった。
◆中でも3曲目、通称「別れの曲」は、どなたかは忘れてしまったが、昔「あらゆる音楽の中で、最も美しい旋律」と言われた言葉が心に沁みる最高の演奏だった。勿論全24曲、すべてに渡って非の打ち所のない超名演ばかり。従ってこの時のLPレコードは何回聴いたかわからないほどよく聴いていた。おそらく私が持っているLP、CDの中では、その次にリリースされた同じくショパンの24の前奏曲と共に、もっとも繰り返し沢山聴いているのではないかと思う。
◆そんなポリーニだが、先にも書いた通り、モーツァルトに関しての録音は決して多くない。多くないどころかまったく少ない。まず有名なピアノ・ソナタは1曲もない。ピアノ協奏曲に関しても、先に挙げたカール・ベーム指揮(管弦楽はウィーン・フィル)によるLPで、
第23番 イ長調 K.488
第19番 ヘ長調 K.459
が最初であったが、
その他は写真にある2枚で、それぞれ(いずれもウィーンフィルを弾き振りしている)
第12番 イ長調 K.414
第24番 ハ短調 K.491
の1枚と
第17番 ト長調 K.453
第21番 ハ長調 K.467
の1枚、合計3枚がある限りで
その他モーツァルトに関しての録音はまったくないのである。
◆私は最初に発売された23番と19番の1枚(LP)があまりにも素晴らしい演奏だったので、2005年と2006年に録音されたあとの2枚も手に入れたのだが、いずれ劣らぬ、私にとっては非の打ち所がない名演奏だと思っている。当然このシリーズは続き、少なくとも名曲と呼ばれる、芸術的価値の高い作品だけは録音してくれるものと思っていた。
◆ベートーベンの協奏曲についてポリーニは、当初ベームと協演して始まったシリーズが3番、4番、5番と録音を終えた後、ベームの死去によって中断を余儀なくされ、そのあと1番と2番をオイゲン・ヨッフムが引き継ぎ全曲完成させたのだが、それでも再度アバドの指揮で全曲を録音し直している。そこにはベートーベンの音楽に対するポリーニの執念のようなものが感じられる。
◆それにしてもポリーニのモーツァルトは素晴らしい。ポリーニは人生の最後にモーツァルトを残し、コンチェルトを1曲1曲、丁寧に残していくつもりだったのではなかったか、と私は思っている。しかし、残された命は、彼が思っていたほどは長くなかったようだ。
◆実をいうと、写真の右にあるCDを手に入れた時(ジャケットに写っている彼の写真は割と最近のもののように思う)、そこに写っている彼の写真を見た瞬間私はドキッとした。なぜならそこにあるポリーニの顔はそれまで私が知っていた顔と全く異なり(左のCDに写って写真とも違い)、なにか死神が乗り移ったような不気味な顔に見えてしまったからだ。