January 20, 2009

宇治茶のルーツは栂尾(とがのお)

ujicha
寒い日は暖かいコーヒーでホッと一息・・・ですが、たまには香しい日本茶も味わい深くていいですね。
もちろん、ペットボトルじゃなくて、急須で入れる美味しい煎茶です。

日本茶は、新潟の村上茶から、狭山茶 〜 八女茶、沖縄茶まで、ほぼ全国各県で栽培されています。(かつては北海道でも栽培されていたそうです)

中でも、玉露や抹茶を中心に高級茶と言えば、京都の「宇治茶」が有名ですね。
お茶は鎌倉時代から室町時代にかけて栽培が盛んになったそうで、将軍家をはじめ幕府の高級官僚も茶園を営んでいたそうです。

江戸時代には、幕府に献上される最高級茶を、宇治から江戸まで大名行列よろしく運ばせたお茶壷道中(宇治採茶使)は有名で、そこから皮肉った童歌「ずいずいずっころばし」が生まれています。
その様に「宇治」は日本を代表する高級茶の生産地として、広く日本中に知れ渡っています。

お茶の木はもともと日本の自生種だったとか、臨済宗の開祖で京都に建仁寺を建てた栄西禅師が中国から種を持ち帰ったとか(建仁寺には有名な茶の生垣が有ります)諸説有りますが、説明が長くなるので端折ります。(笑)

♪京都とがのお高山寺♪恋に疲れた女が一人♪大島つむぎにつづれの帯が♪影を落とした石だたみ♪
ダークダックスの「女ひとり」の歌詞(2番)でお馴染み、栂尾(とがのお)に高山寺を中興した華厳宗の明恵上人は、友達の栄西禅師にお茶の種をもらい、栂尾の里で栽培したのが「栂尾茶」の始まりだそうです。
現在も高山寺境内には「日本最古の茶園」と記した石碑が残っています。

気候風土にマッチしたのか、「本茶」の称号まで与えられるほど大変上質のお茶が採れたそうです。
その茶種を宇治の五ヶ庄大和田に移植して広めたのが明恵上人で、宇治の黄檗宗(おうばくそう)万福寺総門前に宇治茶発祥の逸話を記した歌碑「駒蹄影園跡」が建てられています。

「都賀山乃(とがやまの)尾上(おのえ)の茶の木分植て
安迹曾生(あとぞおふ)べし駒濃蹄影(こまのあしかげ)」

これは、栂尾高山寺の明恵上人が宇治の里人たちに茶を伝え様としたところ、種の蒔き方が判らないと言われ、明恵上人自ら馬に乗って畑に乗り入れ、その蹄の跡に種を蒔くように教えたと言う歌だそうです。
全国的に有名な「宇治茶」のルーツは、同じ京都の「栂尾茶」だった・・・と、言うお話し。

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