シャングリラ(後編)
13. ワーズワース
142. 見習いメイドからの卒業

(ジェニーの部屋をノックするメイ)

ジェニー          「入りなさい。」

(メイは、部屋に入るとカーテシーをする)

ジェニー          「ローズ。仕事の方はどう?もうだいぶ慣れたようね。」

メイ                「はい。おかげさまで。でも、まだまだ、みなさんには、ご迷惑ばかりかけて、助けてもらう毎日です。」

ジェニー          「その謙虚な気持ちが大切です。今季分のお給金をスチュアート夫人からお預かりしています。基本給の4ポンド3シリングから、部屋代、食事代、制服代、あと税金を差し引いて、1ポンド10シリング7ペンスです。」

メイ                (封筒を受け取って)「ありがとうございます。」

ジェニー          「あなたの働きぶりはエリス、そして厨房メイドから聞いています。とてもよい評価です。それで、あなたには、そろそろ、エリスのサンドリーメイドを卒業してもらって、次の仕事に就いてもらおうと思います。」

メイ                (拳を握って小さくガッツポーズ)(「やった!」)

ジェニー          「あなたには、明日から、ハウスメイドとして働いてもらいます。」

メイ                (驚いて)「え?あの、いま、なんて?」

ジェニー          「ハウスメイドです。」

メイ                (動揺を隠しきれない)「いま、わたしの評価はよいとおっしゃったではありませんか。それなのに、なぜ、わたしがハウスメイドに?」

ジェニー          「何か、不満ですか?」

メイ                「不満です。ハウスメイドは、仕事はキツうえに階級は下です。わたしは、キッチンメイドとして働きたいです。」

ジェニー          (呆れ顔で)「あなたが、そんなことを言うとは思ってもいませんでした。どうやら、エリスは、あなたを買い被っていたようですね。とても残念です。」

メイ                (はっとなる)「…。」

ジェニー          「ハウスメイドが嫌なら、今日限り、このお屋敷から出ていってもらいます。」

メイ                「そんな。」

ジェニー          「と、言いたいところですが、あなたは、スチュアート夫人が受け入れた使用人ですから、わたしが追い出すわけには行きません。どうしても、ハウスメイドが嫌なのであれば、ずっと皿洗いでもしていなさい。それに、あなたのような下賤な考えの者は、キッチンメイドとして働いてもらうわけには行きません。」

メイ                「下賤。」

ジェニー          「わかったら、もう退がりなさい。」

(メイは、ジェニーの部屋を出ていく。メイは、頭の中が真っ白になり、廊下をとぼとぼと歩いていく。)

―暗転―

(メイは女中部屋に戻り、ベッドで、頭を抱えて落ち込んでいる。そこへエリスが部屋に飛び込んでくる)

エリス            「ローズ。どういうこと?」

メイ                「エリスさん。」

エリス            「ハウスメイドのこと、あなた断ったそうね。」

メイ                「ええ。わたしは、キッチンメイドとして、エリスさんの側で働けると思って、これまで頑張ってきたんです。ハウスメイドになるためなんかじゃありません。」

エリス            「あなた、いつからキッチンメイドに成り下がることにしたの?」

メイ                「成り下がる?」

エリス            「あなた、わたしに話してくれたじゃない。いつか、レディーズメイドになりたいって。」

メイ                「ええ、そのためには、一番階級の近いキッチンメイドになることが早道だと思います。だから…。」

エリス            「あなたを、ハウスメイドとして推薦したのは、わたしなの。」

メイ                「え?」

エリス          「本音を言えば、あなたには、キッチンメイドとして、わたしの側で働いて欲しかった。あなたの働きぶりは、誠実で、丁寧で、他人の嫌がる仕事でも進んで引き受ける。誰だって、あなたのような人に自分のところで働いて欲しいと思うは当然。それに、あなたをキッチンメイドにして、わたしの下で働いてもらうことは簡単なことよ。」

メイ                「では、なぜ…。」

エリス            「ローズ、あなた勘違いをしているわ。レディーズメイドになる近道はキッチンメイドなんかじゃない。階級が上とか下とかじゃないの。大事なのは、メイドとしての経験をたくさん積むことよ。ハウスメイドになれば、レディーズメイドとして必要な裁縫を学ぶことも出来る。そして、何よりも、もっと、お屋敷のことをよく知るべきよ。キッチンメイドは、厨房に閉じこもりだから、厨房の外で何が起きているのか疎くなる。でも、ハウスメイドなら、このお屋敷を自由に見ることが出来るわ。それに、仲間も大勢います。そうすれば、もっといろいろな情報が入ってくるようになる。それに、あなたの働きぶりは、このわたしでも感服するほど完璧よ。そんなあなたが、誰の目にも触れることもない閉じられた厨房の中で仕事をしているなんて勿体無いと思う。ハウスメイドになれば、もっと多くの人があなたの働きぶりを否が応でも目にすることになる。そうすれば、きっと、スチュアート夫人の目にも止まるでしょう。そうすれば、チャンスは大きく広がるのよ。」

メイ                「エリスさん。ごめんなさい。わたしが勘違っていました。」

エリス            「わかったら、今直ぐジェニーのところに行って謝って来て。ハウスメイドとして働きますって。」

―暗転―