日常と瞑想 マインドフルネスを日常に活かす

気づきを日常生活の中にどうやって活かしていくかを中心テーマに、マインドフルネス、ヴィパッサナー瞑想について様々なことを書いていきます。 横浜(青葉台)、二子玉川の東急セミナーbeでワークショップを定期的に行っています。 マインドフルネス漫画もアップしています。

定期ワークショップ
内容紹介
日常生活がそのまま瞑想になる方法を学ぶ「気づき」の瞑想です。
心理療法や大手企業の社員教育にも取り入れられ、効果を上げている「マインドフルネス」=「気づき」を体得する絶好の機会です。

初めての方へ&プロフィール ↓
http://blog.livedoor.jp/bemindful/archives/1052287339.html

合宿体験記-気づき(サティ)の切れ味
合宿体験記は、順番ではなくテーマにそってまとめていきたいと思います。
最初のテーマは気づき(サティ)の切れ味です。
ヴィパッサナー瞑想の言葉にサティというものがあります。
これは「念」とか「気づき」という意味ですが、見た、聞いた、思った、という経験を確認する心です。そしてサティがある条件で入ると、思考の連鎖が断たれることがあります。
思考の連鎖が断たれることで思考を土台として起こる反応、欲望や怒りが止められます
ただ、必ず連鎖が断たれなければならないわけではありませんし、
そのことが重要かどうかも瞑想者の状況によると思います。
私の場合、合宿を重ねるごとに思考の連鎖が断たれる体験が変化していきましたので、それをテーマとしてまとめたいと思います。
最初の10日間合宿では、切断の鮮明な体験がほとんど起きなかったのですが、2回目以降の10日間合宿からは切断の経験の変化がはっきり出てきます。
2回目の10日間合宿のとき、6日目くらいだと思いますが、瞑想が深まるにつれて、鮮明なヴィジョンが見えるようになっていきました。
ヴィジョンが見えること自体はヴィパッサナー瞑想特有の体験ではありません。
むしろ見送ってしまうものとも、考えられていますが、瞑想がある段階に深まると自然に出てくるサインでもあります。潜在意識が作り出す妄想の超鮮明ヴァージョンです。
最初は、ねこのビジョンでした。
目の前にねこが何匹も何匹も現れては、ねこらしいしぐさをしてフェードアウトしていきました。
普段の妄想や頭に思い浮かべるイメージとは、鮮明さの度合いが全く違いました。
色は1色でしたので、ちょうど白黒映画を見ているような鮮明さで、目の前をねこが動いていきます。
そこで、本来のヴィパッサナー瞑想であれば、ラベリングを使用したり、サティを入れてヴィジョンを断ち切っていくべき(と、この時点では思いこんでいました)でしたが、
しかし、完全にのめり込んで見入ってしまいました。




頭が??????になってしまう理由は、質問者の状態や状況を考慮していないからです。

マインドフルネス瞑想が持っている逆向きの要素の、どちらがその時優先されるかは、その方の性格や、そもそもどちらに偏った状態で瞑想を始めているのか、など 様々な条件によります。

そのことを考えないと、同じ質問の答えが逆になる理由が分かりません。

本当は、もっともっと複雑に絡み合う要素があって、簡単には言えないのですが、例えば、いつも頑張りすぎで自分のことを客観視出来ない方なら、雑念の多い状態をそのまま受け入れて俯瞰する方向がよい、 今日たまたま気合いが足らないだけの状態の方なら、より感覚に対する集中を意識する方向がよい、ということです。
 

マインドフルネスルネスの妖精ニャー子がライオンさんにマインドフルネスのやり方を説明します。
その内容は、このブログの別のページでも書いた以下のようなものでした。

……
マインドフルネスとは、現在の瞬間に対する気づきを中心とした技法です。
その気づきは、自分の経験していることの自覚ともいえます。
自覚とは何でしょうか?
説明が難しいのですが、例えばまったくの無自覚という状態はその反対側に位置することばになると思います。
無自覚ということは自分のしていることを意識していない状態です。
寝言と言っているときや、クセで自然に爪をかんでいるときなどは、自分ではその経験をしていることをまったく覚えていないし、その最中でも自分が何をしているか分かっていない場合が多いと思います。ほぼ100%無自覚(自覚の反対)な状態です。
日常生活の普通の行為は100%無自覚なことはほとんどなくて、今、自分が何をしているのかある程度分かっている状態です。
歩いているときは特別なことをしなくても「歩いている」と分かっています。
ある程度自覚のある状態ですが、このときの自覚はとても弱いものです。
その「歩いている」という自覚をもっと明確にするために、心の中で言葉にして「歩いている」と確認すれば、自覚は何倍にも明確さを増すでしょう。
そのように、自覚の心を強くしていくことがマインドフルネスの基本技術でラベリングといいます。
日常生活においては、上記のように言葉で自分の経験を自覚することが出来ればマインドフルネスがはじめられていると考えていいと思います。

このときの経験は自覚的行為だけではなく、受動的になされる知覚(見たり、聞いたり…)も入りますので、「聞いている」「見た」などのラベリングもありえます。
また、広い意味で思考なども経験となりますので、「考えている」などのラベリングもあります。
思考の内容は様々で、過去の記憶を思い出すことや未来の想像も出来ますが、そのいずれに対しても「思い出している」とか「想像している」とラベリングすることが出来ます。<家の外で安全が確保されていない場所では、瞑想よりも危険回避を必ず最優先してください。>

特に日常生活の中でも、室内など比較的安全が確保されている場所にいて、そのときには自分の意思的行為など今の経験に焦点を絞ってラベリングしていくと、今に留まる技術としてのマインドフルネスの側面が現れてきます。

つまり、
1.経験していることを言葉確認(発音はしない)すること。
2.現在の行為(今していること)や経験に心を置き続けようとすること。

この2つがマインドフルネスの中心技術になります。

次に、特に完全に安全が確保されている部屋などで、瞑想だけを集中的に行う方法を説明します。日常生活の中でもマインドフルネスは十分訓練出来るものですが、特に最初はマインドフルネスだけのために訓練時間を持つ方がよいです。

中心技術はまったく同じです。
同じではありますが、言葉確認用の言葉の使い方と今経験していることの絞り具合が変わります。
言葉は概ね過去形か名詞形が推奨され、現在の経験は身体の一部分の身体感覚になります。

この方法は感覚に対する敏感性を高めていくことにもつながります。

まずは、歩く瞑想から。

普通に立ちます。
どちらかの足(前へ進めようとしている足)を上げます。
すると、床との接触感がなくなるため、足裏の感覚が変化します。
足を空中で一端止めて、足裏の感覚の変化を実感します。
「離れた」等とラベリングします。

足を前へ進めます。移動することによって発生した感覚を実感して「進んだ」とラベリングします。

その足を下ろします。このとき体重をかけずに足裏と床が触るだけにすると接触感が発生します。その接触感を感じて「ふれた」とラベリングします。
次に体重をかけると、足裏に今度は床との圧迫感や押しつぶされる感覚が生じます。その感覚をよく味わって「圧」などとラベリングします。

これで片方の足が1歩前へ出ました。
次に逆足で同じことをします。
足を上げて、床との接触感がなくなっていく感覚を感じたら、「離れた」。
同じ要領で前へ進んでいきます。

歩いている最中に音が気になったら、「音」とラベリング。
考え事をしたら、「考えた」あるいは「思考」あるいは「雑念」などとラベリングします。
これは考えごとなどが足の感覚より強いときだけでよいです。

ポイントは

1つの動作を行う、そのことで発生(消滅)する感覚を実感する。動作が終了したら一端動きを止めてラベリングする。
集中しようとしている足の感覚よりも強い経験が起こったら、そこにラベリングをする。

ことです。

以上は歩く瞑想の1種です。他にも沢山歩く瞑想の種類はありますので、それは別途アップしていきます。

ライオンweb用画像2話


 

↑このページのトップヘ