蔓草凪は身動き一つ取れないであろう禍津玉妃を見上げながら口を開く。
「極端な話、企業が秘密にしたがっている三人官女は三人目の彼女だけなの さ。私達は言ってしまえばおまけだ。最凶最悪の魔法少女などと呼称されてはいるが、彼女には少々同情せざるをえない事情もあるんだがね。まぁとにかくだ。 八雲君。ここで一つクイズといこう。我が国では少子化問題が叫ばれて久しいが、その最も大きな要因はなんだと思う?」
突然の、それも何の関連性も考えられない問い掛けに驚きを隠せないもののなんとか質問に答える。
「それは、生殖行為以外の娯楽が蔓延していることや、金銭的な面で将来に不安を抱えている若者が多いからでしょうか?」
「それも確かにあるだろう。しかし最も大きな要因としては不正解だ。一言で言ってしまえば、彼女の所為さ」
「……意味がわかりません」
「繰り返しになるが三人官女とは、運命及び時空間干渉の魔術を意図せず体得してしまった者の総称だ。私と屋形美佳の特性についてはまだ君に教えることは出来ないが、タマちゃんのそれと凶行については教えておけと紺野主任からも言われている。君は先ほど屋形美佳が第一種警戒態勢でも出動を要請されない理由を納得したな?」
「彼女自身も能力をコントロール出来ないから、ですよね?」
「その通りだ。そして彼女もまたどんな理由があってもここから出されることは無い。企業の魔女が確たる管制下におかれた兵器であり、屋形美佳が制御不能の不発弾であるならば、タマちゃんは通り魔の凶刃そのものなのだ」
蔓草凪はふぅ、と短く息を吐くと、どこかやるせない表情で言葉を続ける。
「彼女はごく普通の、といってはなんだか可笑しいが、とにかく普遍的な魔法少女だった。愛する者の為に命がけで戦い、そして浄化を完了させた。その直後だ。それまで行っていた補給行為が恋人にバレてしまってね。勿論言い訳のしようもない。他人と性行為を重ねていたのは事実だし、魔法少女として戦っていたなどと正直に弁明したところで火に油を注ぐだけだ。結果として激昂した恋人に彼女はその場で振られてしまった。絶望にうちひしがれたその時、彼女は意図せず目覚めてしまったのさ。『他人の縁を目視することが出来る能力』と『それを切り離す能力』をね。発狂レベルの大きな感情の揺れ幅は、魔術師として何らかの変化を促すケースはそう珍しくはないが、運命干渉を可能とするほどの魔術を体得させたのは当時では彼女が初めてだった。ちなみに一つ目の能力だけならなんの問題も無かったんだがね。それはただの感知であり、干渉ではない。問題は二つ目だ」
「縁を切り離す、ですか」
「そう。運命の赤い糸とはよく言ったものだ。実際縁はそんな風に見えるらしいよ。後は言わずともわかるだろう? 要は八つ当たりさ。傷心の彼女は日本全国を回りながら、手当たり次第視界に映る人間の縁を切りまくった。それは通り魔などとは違い非常に容易い凶行だ。誰の目にも止まらないし、不審にすら思われない。ただ人混みの中を小一時間歩いていれば、あっという間に何百何千人の縁を切ることが出来る。特に縁結びの神が祀られているとされている神社を回ったそうだよ。まったく悪趣味なことをする。この東京にも初詣時には参拝が何時間待ちにもなる有名なそういった神社がある。そんな行列に交じれば選り取り見取りで切りたい放題さ。今現在交際している恋人は勿論、まだ知り合ってもいない将来の伴侶との出会いを願う人々の縁を絶つことなんてね。別に直接人を殺したわけじゃない。しかし彼女の八つ当たりが無ければ、結ばれていたであろう男女は何百万という単位を下回らないと言われているよ」
「だから魔法少女が浄化を完了した後、魔女として企業に属さなかった少女のその後の動向を観察するのが義務づけられていたのですか? 反社会的行動を起こさないかどうかの監視も兼ねて」
「そういう事だ。魔女として企業に属せばその際に誓約書を書かされるのだがな。そうでなくとも浄化が終われば魔法少女としての契約は代理人によって解かれる。不手際だったのは彼女が魔法少女として浄化を完了した直後、恋人に振られてそのまま失踪されたことだ。ちなみにタマちゃんは今も魔法少女のままだったりする」
「今も魔法少女のまま?」
「その通りだ」
「……矛盾しています」
「そうだな。本来魔法少女としての資格を持ち得る条件は、カルマ憑きの男性と両想いであることが前提に上げられる。しかし彼女は振られたはずだ」
「……しかしまだ縁は繋がっていると?」
「恋愛感情というものはどうにも御しがたいものらしいな。私にはよくわからんよ。そういえば君の能力は、その前提すら必要なく魔法少女を量産出来るのだったか。全く。紺野主任には頭が下がる」
「……あの」
勿論衝撃的な話だ。
しかしそれでもまだ疑問は解けない。
「どうした?」
「それでもやはり、企業が内部に向けて彼女を機密事項にする理由がわかりません」
「ああ。その通りだ。企業が秘密にしたいのはここからさ。しかも隠したい対象というのが、最大の味方であるはずの魔女だというのだから皮肉なものだね」
「魔女に?」
「ああ。先ほども言ったが、魔法少女から魔女になるためには、とある誓約書を書かされるのを知っているね? 通常の魔術師も書く。勿論私も署名している。要は魔術を犯罪行為などに悪用しない、という誓約だな」
「はい」
「それにより魔女の力を管理している」
僕は黙って頷く。
「しかし彼女の能力は使用を重ねる内にさらに変異してしまったらしくてね。やがて彼女の凶刃が切り離せるものは、縁だけではなく契約という概念まで解釈を拡大した」
「それは……」
「そう。彼女の力は誓約書の破棄という事まで可能にしてしまった。さて。八雲君よ。君は企業に属する全ての魔女が、聖人君子のような人間だと思うかい?」
「……わかりません」
「尋常ならざる力を持って、好き勝手に生きたいと思う欲望は、そう誰もが抑え込めるものではない。いや、そもそも企業に対して嫌悪感を持つような者がいてもおかしくはないだろう。女性に対して侮蔑的な考え方を持つ人間も少なくないからね」
「つまり……彼女の手によって誓約を破棄した魔女が居ると?」
「そういう事だ。彼女の凶行が判明した直後、秘密裏に何人かの魔女が追っ手として派遣された。そして彼女はそれらを返り討ちにするどころか交渉したのさ。見逃す代わりに自由にしてやろうとね。その結果、一人を除いて全員寝返り、そしてそのまま行方をくらました。企業の上層部は、寝返った魔女達を『野良』と呼称している。公式には野良達はその任務中に死亡したことになっているが、実際は今でも潜伏中だ」
「しかしそれなら尚更情報を開示して野良を捕らえることに尽力すべきなのでは?」
「企業としては誓約を破る手立てがあること自体を魔女に知られるのが何よりも嫌なのさ。誓約書によって管制下に置いていたはずの兵器がコントロールを失う危険性を排除したいというのが本音だ。しかし野良は野良で表立って企業に敵対したり、大掛かりな犯罪を起こすとタマちゃんのようにすぐに捕縛されるのはわかっているからね。互いに事を荒立てない暗黙の了解があるかのように、少なくとも現時点では静かな膠着状態が続いているみたいだよ」
「一人を除いて全員寝返ったと言いましたよね? ならばその一人は禍津玉妃の契約破りの能力を知っているのでは?」
「彼女はその時の記憶を改竄されたよ。紺野主任の手によってね」
「どなたですか?」
「斑鳩トモエさ」
「……彼女が」
「もっとも彼女がその時に改竄された記憶はそれだけじゃないようだが。報告書には紺野主任はそれを事実の隠蔽と共に治療とも称していた。それがどういう意味なのかまでは私にはわかりかねる。斑鳩氏は何かトラウマでも抱えていたのかな? さて。何か質問はあるかい?」
「では禍津玉妃を捕らえたのは誰なのですか?」
「私だ。大抵企業から私へ出場要請が掛かるのは、そんな風に極秘に処理したい事案が発生したときだ。君達の実験もそうだしね。タマちゃんは本来戦闘に優れたタイプじゃないから、油断さえ無ければそう難しい任務では無かったよ。無論元々戦闘能力に長けた斑鳩氏にとっては一人でも札束でお釣りが来るほど簡単な相手だったろう。しかし念のためにと何人かの魔女と共同で任務に当たったことが逆に仇となったね。斑鳩氏はタマちゃんの誘いを鼻で笑ったが、野良となった魔女に寝首をかかれたそうだ。しかし野良には野良なりの情けがあったようで、斑鳩氏に対しては一切の危害を与えることなく拘束しただけのようだが」
「その後、野良達は潜伏を続けているのですね?」
「そうだ」
「……一つ愚かな事を考えてしまいました」
「それはきっと正解だ。君が今考えた通り、恐らく企業の中には潜伏中の野良に接触された魔女がスパイとして入り込んでいる可能性が高いだろう。魔女になったものの誓約書による制限を疎ましく思いつつある者、もしくは企業の体制に不満を持つ者をリストアップして、もしかしたら既に勧誘活動を始めているかもしれないな」
「しかしそれなら……」
「そう。炙り出すことは至極簡単だ。新たに全員に誓約書を書かせれば良い。シンプルに『工作活動をしているのならそれを白状しなければならない』といったところか。しかしトカゲの尻尾切りで終わってしまっては堪らない。故に泳がせている最中なのか。はてさて。そこまでは私も上層部の意向はわからない。というより企業も一枚岩ではない。君も感じた事はあるだろ? 上層部から下される指令に意志の統一性が欠けているのを。そもそも魔術師という人種は安定や秩序などは望んでなどいないものだ。あくまで満たしたいのは知的探究心。政府からの援助を受けるために建前は正義の味方の真似事を請けおってはいるがね。とはいっても世界の破滅や混沌を望んでいるわけでもない。しかし新しい発見というものは、沈殿した空気からは生まれづらい。常に風通しを良く、流動性に溢れた環境や状況を望んでいる者達も少なくない。特に競争相手というものは自己を成長させるには最も必要な存在だ。皮肉なことに人々の生活を豊かにするその時代時代の最先端の技術の多くは、多くの悲劇を生み出す戦争という事象から生まれているようにね。しかし上層部の多くは魔術師としてではなく経営者や政治家としての色が濃い人物が執り行っている。当然彼らは安定を望んでいる。出来ればタマちゃんも処刑したいとも思っているさ。生かしておくにはリスクが大きすぎるからね」
「要は、敵対勢力や内部にスパイが存在している現状を喜んでいる者達も居るということですか?」
「喜んでいるまでは言いすぎだがね。面白がっている人は居るんじゃないかな? たとえば紺野主任とかね」
確かにそうかもしれない。
とはいえ彼女はそんな一面を自覚し、あくまで最低限のラインでの秩序は保とうとはしている。
特に魔女の安全を図ろうとする意識は企業でも随一で、よく強行な作戦を執り行おうとする上層部とは揉めているそうだ。
彼女から時折感じる混沌とした愉悦主義は、他人に危害を与える事を良しとする性質を持っていない。
それは優しさとかそういう事ではなく、あくまで個人主義を極めているからに他ならない。
傷つくなら一人。
愉しむのも一人。
もしそれに巻き込まれるとしたら清水さんくらいだろう。
……なんだか途端に清水さんを労いたくて仕方が無くなってきた。
……まぁ、とにかく僕は彼女を信頼している。
もし彼女が野良やそれに通じるスパイを黙過していたとしても、それは何かしらの理由があるのだろうと確信出来る。
しかし目の前の女性は僕にはまだ評価しきれていない。
だから問う。
「貴女はどちら側なんですか?」
「私はこう見えても保守的な人間でね。屋形美佳ほどではないが、この屋敷で一生を終えても良いと思っているくらいだ。ああでも素敵な男性との恋愛も経験してみたいがね。誰か良い人がいたら紹介してくれたまえ。おっと代理人の面々はご勘弁願おう。彼らは全員タイプじゃない。選り好みするつもりは無いが、やはり私にも選ぶ権利という……」
「確たる返答を願います。貴女は、社会の秩序のためにこの場に居るのですか?」
「はっはっは。そう怖い顔をするな。当然だろう。もし私がその気になれば、屋形美佳もタマちゃんも解放することが出来る。なのに私一人にこの本部の管理を一任されているというのはそういう事だ。勿論誓約書も書いているよ」
「しかし禍津玉妃はそれも無効に出来るのでしょう?」
「だからそもそも誓約を破られないことを誓約にしているのさ。つまりタマちゃんに私の誓約を破棄されればその時点で私は死んでしまう。自殺願望は無いよ。なにより私は上層部の中でも政治色が強い側の幹部の一人娘でね」
頭の中で一度整理をする。
企業は大きく二つの派閥に別れている。
政治色が強い派閥と魔術色が強い派閥だ。
政治色が強い派閥は禍津玉妃を処刑したいと思っている。誓約を破る手立てがある事を知られる、もしくはこれ以上野良が増える危険を取り除きたいから。
一方、魔術色が強い派閥は彼女を生かしたいと思っている。禍津玉妃に限らず、三人官女は彼らにとって垂涎の研究対象だろう。一部には恣意的に敵対勢力を作り上げることを望む輩も居るという。競い、争うことは、傷を伴いながらも成長を生む、という考えらしい。
しかしこうして彼女を幽閉している場所を管理している蔓草凪の親は、禍津玉妃の処刑を望むはずの政治色の強い派閥の幹部だという。
それはどういう意味を持つ?
彼女を生かしておく利点は何だ?
おのずと答えが出る。
「それでは禍津玉妃をここで幽閉しているのは釣り餌の効果もある、という事ですか?」
「察しが良くて助かるよ。野良が仲間を増やしたいと思っているならばここを襲撃して彼女を救い出そうとするだろう。私に課せられた本当の役目はそんな野良達の撃退さ。しかし今のところそのような機会は無いがね」
「……失礼ですが、貴女にそのような戦闘能力があるようには思えませんが」
「確かに私達三人官女は五人囃子のような生粋の戦闘集団とは違う。しかしどうしてこの場所が、私達三人官女の隠匿場所に選ばれたか、そして君と太田チエ君の実験場所に選ばれたかを考えてみたまえ。ここのセキュリティは疑いようもなく完璧なのだ。企業が創設されて以来、稀代のポンコツと名高い私一人でも留守が大丈夫なほどにね。戸締まりの必要すら無いのは有りがたい。とりあえず説明はここまでかな。彼女の食事の時間といこう」
そう言うと彼女は拘束されている禍津玉妃のヘッドホンを取りはずした。
「やぁタマちゃん。ご飯の時間だよ」
「……殺す」
鬱々とした湿り気を伴った、皮肉めいた口調が特徴的な声だった。
「じゃあまずは頂きますをしようか」
「……BGMはメタリカにしろって言いましたよねぇ? ね? グランジなんて似非ロック聞かせるとか嫌がらせですかぁ?」
「聞かず嫌いは良くないな。確かに商業用ロックなんて揶揄されることも多いが素晴らしい曲も多いんだぞ」
「次からはせめてメルヴィンズやダイナソーJRにして下さいよぉ……んぁ?」
彼女は何かに気付いたかのように鼻をひくひくと動かす。
「雄の匂いがします。それも恋に浮かれる雄豚の匂いです。精通直後の青臭いザーメン臭が不愉快極まり無いんですけどぉ」
「ああ。今日は珍しく来客が居るんだ」
「切らせろ」
間延びした彼女の口調が途端に豹変する。
まるで剥き出しの、しかし錆び付いた刃のような声が、ひんやりとした地下の暗闇をさらに禍々しいものへと変える。
「駄目駄目。ほら。美味しい野菜ジュースを飲んで気を落ち着かせよう」
「そいつの縁を切らせろ」
「今日はゴーヤも入れてみたんだ。きっと美味しいぞ~。栄養もたっぷりだ。東京の地下で沖縄の風を感じるのも乙なものだぞ」
禍津玉妃は拘束された身体を、まるで駄々をこねる子供のようにがたがたと揺らし始めた。
「切らせろ切らせろ切らせろ! 乳繰り合ってるアホどもの縁を全部ぶった切らせろ! 豚! 豚豚豚ぁ! そいつが惚れてる雌豚はどこだぁっ!?」
蔓草凪はやれやれと肩を竦めると、僕の手から野菜ジュースが入ったジョッキを取り、それを一息に禍津玉妃の口へと押さえ込む。
「ほーら。あーん」
「んっ!? ごぶっ! やめっ、ふっ、んぬぬっ!」
拘束された首は大きく左右に振る事すら叶わず、彼女は口を塞ぐことで異物の侵入に抵抗するが、蔓草凪は彼女の鼻を摘まんで無理矢理口を開けさせる。
「むぐっ、ばっふぁ……やだっ、これ、おねが……しま…………んぬぬぬぬぬばぁっ!」
時折吐き出されながらも、無理矢理緑色の液体を流し込んでいく。
ジョッキの中身が空になるころ、禍津玉妃は「こ、ころ……しゅ」とろれつの回っていない恫喝を最後に、突然首をがくりと項垂れた。
気を失ったようだ。
「まったく。毎回毎回ご馳走様もおやすみも無いとは失礼な話だ」
「……それ、鎮静剤が何か入っているんですか?」
蔓草凪は不思議そうに首を傾げる。
「いや何も。しかしどういうわけかこれを飲むとタマちゃんは眠ってしまうんだ。きっと感悦極まっているのだろう。そこまで気に入ってくれているなら毎晩作らないわけにもいかないだろう? これが私の数少ない日課でね。他には終わったゲームのレベル上げくらいしかやる事が無い。改良に改良を重ねる度に彼女はより深く安眠するようになってね。本来ならば、この杭の後ろから点滴が打たれているから栄養補給は必要無いんだが、しかしこんな場所じゃ楽しみが少ないだろう? だからせめて音楽鑑賞と料理を楽しんでもらっているのさ。ああ、ちなみに下の世話も同様に杭から直接出来るようになっている。おっと想像してはやるなよ。女性を辱しめるような真似は私の前では許さないからな」
自分がお風呂場でチエちゃんに追い出された事をもう忘れているようだ。
しかしどうにも彼女の行動全ては、掛け値なしの完全なる善意のみで構成されているらしい。
あまりの天然っぷりに、紺野主任とは別の意味で敵に回したくないと強く願った。
ぐったりとしている禍津玉妃の頭に再びヘッドホンを掛けると、「それじゃ上に戻ろうか」と彼女は何事も無かったかのように階段を上がっていった。
慌ててその後を追う。
「しかしこれからは、支部の方も忙しくなるかもしれないな」
「どうしてですか?」
「言っただろう? 上層部は大きく二つに政局が分かれていると」
「政治家や経営者の色が濃い派閥と、魔術師の色が濃い派閥ですね」
「そうだ。その対立がどうにも鮮明になる動きがある」
「というと?」
「発端は例の外来種吸血鬼襲撃事件さ。あれ以来、私の父も属している政治派閥は苛立ちを隠し切れなくなっている。もっと迅速に、かつ徹底的に事態を沈静化出来たんじゃないかってね。何せ山田権三郎の家族とやらは、まだ捕らえられていないそうじゃないか」
「しかしそれは慎重に魔女の安全を慮った上で、全力を尽くした結果なわけで……」
「確かにそれもあるが、紺野主任を筆頭に魔術師派閥は賢者の石の捜索に重きを置いていた動きも見られるようでね。更には山田の家族と野良が接触しているなんて噂まで出だしている。それが事実なら魔術師派閥の責任が追及されることは避けられないだろうな。特に紺野主任自身は言うまでもなくそうだが、彼女の御両親も魔術師派閥でね。今後彼女の立場は危うくなる可能性もあるだろう。引いては君の実験にも影響があるかもしれないね」
「そんなまさか」
紺野主任が失脚?
想像も出来ない。
「勿論彼女が処分されるなんてことは有り得ないよ。それは心配無用だ。彼女は企業の未来とも言われている。私のような味噌っかすとは大違いだ。彼女は魔術だけでなく、そういった世俗的な事にも機転が利く。しかし、いや、だからこそ、というべきか…………はっはっは。これ以上はやめておこう。君のような青少年の耳には毒のような妄言にしかなるまい。ところで企業が三人官女を懸命に秘匿する二つ目の理由だが、これも教えておこう」
「お願いします」
「実はね、私達はここから出ていこうとすれば出て行けないことも無いんだ。ああタマちゃんは流石に別だがね。彼女は罪、というべきなのか。ともかく悪事を働いたわけだからな」
「というと?」
「私達が程度の差こそあれ、ここに閉じ込められている根本的な理由は何故だ?」
「運命及び時空間に干渉する魔術を有しているからです」
「そうだ。ならばそれを無くしてしまえば良い」
「そんな方法があるのですか?」
「ああ。ある」
「じゃあ……」
「ごく簡単……というのは語弊があるか。しかしそう難度の高い話でも無い。子供を産めばいい」
「子供?」
「そうだ。一般人、魔術師に関わらず、出産の際には大きな魔力変遷が行われる。その際に運命干渉魔術や時空間干渉魔術が消失することは確たる事実として研究結果が出ている」
「では……」
「産め、というのか? 誰の子を? 自慢ではないが私は処女だし初恋もまだだぞ。本当に自慢にならないな。なんだか悲しくなってきた」
「……では屋形美佳は?」
「彼女も同様に乙女のはずだ」
「……非常にお聞き苦しい提案をしてもよろしいでしょうか?」
「言いたいことはわかるよ。無理矢理孕ませろと言うのだろう? 釣り餌としてのタマちゃんはともかく、屋形美佳は危険性を考えると確かにそれが一番安全だ。冗談抜きで、彼女が存在しているだけで、この地球上では天変地異レベルのロシアンルーレットが行われているようなものだからな。しかしそれは無理なんだ。私ならともかく、いや勿論私も無理矢理孕まされるなんてまっぴら御免だが、特に屋形美佳に対しては、彼女の能力の特性上それが命取りになりかねない」
「命取り? 彼女のですか?」
「いや。国家レベルの話をしている。ええい説明が回りくどくなって面倒臭いな。これくらいなら私の独断で話しても問題無いだろう。彼女の能力について教えよう。彼女は存在そのものが世界と繋がっているのさ。彼女は現世を映す鏡だし、現世も彼女を映す鏡だ。彼女が足の小指をタンスで打って悶絶した時は、南極大陸の一端が大きく崩れた。コンビニでお箸が何膳必要かを聞かれて、その返答を噛んで恥ずかしい思いをした夏には、記録的な梅雨の後やはり記録的な猛暑が続いた。さらには退屈を感じれば時の流れが遅くなるときたものだ」
「時の流れ?」
「君にはまだ経験が無いかな? 詰まらない授業やバイトの最中、何度時計を見ても全く時計の針は進んでいない。それは決して気のせいなどではない。屋形美佳と世界が連動して、実際に時間の流れだけが遅くなっているだけに過ぎない。とにかくそんな彼女を無理矢理孕ませでもしてみろ。巨大怪獣が海の底から現れてきても不思議ではない。とにかく二つ目の理由はこれだ。もし意図せず運命及び時空間干渉の魔術を身につけてしまった場合、ここでの少なくとも軟禁以下の生活か、もしくは出産を強いられる。そんな事を知らされたら、魔女になりたいなんて人間が居ると思うかい? 本来それは無視出来るほどの微かな確率だがね。宝くじを当てるよりも低い。魔術師としての素養があるイコール、そういった能力を会得するといった事でもないしな。しかし事実、こうして三人がこんな生活をしている。それは魔女として活動を続けるモチベーションを下げる要因になるのは間違いが無い。いつ何時、自分もそうなるかわかったものじゃないからな。そんな事実は隠しておきたいものさ。しかし繰り返すが、あくまで非常に低い確率の話だがね。多分」
「多分って」
「こればっかりはやはり禁忌とされていることだからね。まだよくわかっていないことが多いのさ。おっと天井が見えてきたね。チエ君のお風呂上がりに欲情して風紀を乱さないでくれよ。はっはっは」



「えーっと。パンツ良し。タオル良し。髭剃りも持った。あとはPSPと……おっと。きちんとこれも持ってかないとな」
そう言って七雄は鼻歌交じりにコンドームの箱を旅行バッグに詰め込んだ。
「それにしても明日から東京かぁ。楽しみだなぁ。あ、先輩。お土産は何が良いです?」
リビングで出張の準備をしながら、同居人である六郎に所望の土産を尋ねる。
テーブルに腰掛けてお茶を啜る六郎は、「不要だ」とだけ答えた。
「じゃあ無難に雷おこしでも買ってきますよ」
「好きにしたら良い……いや、少し待て」
六郎はそう言うと、携帯を取り出して電話を掛ける。
「もしもし? アカリか? 私だ。明日から同僚が東京に出張に行くのだが、欲しいお土産があるかを尋ねられてな。アカリが欲しいものがあれば代わりにと思って電話をした。……うむ。そうか。わかった。伝えておく。ん? ああ、その件か。大丈夫だ。君は元々友人が少ないだろう。だからきっとその寂しさも乗り越えられるさ。ああ。おやすみ」
六郎は電話を机の上に置くと、七雄に向かって「浅草辺りで十手を買ってきてくれ。なるべく趣の深いものが良いそうだ」と伝えた。
「……先輩、アカリの事エコ贔屓しすぎでしょ。まずいっすよそういうの」
「私の最優先事項は全て彼女に集約される。企業にもそう伝えてある。何も問題は無い」
「いやだからって……まぁいいけど。でも俺が買ったって言わない方が良いですよ」
「彼女が君から遠ざかりたいと願っている事は私も理解している。土産品も一度消毒してから彼女に渡すつもりだ」
「まさかのバイ菌扱い!?」
「念のためだ。気にするな」
「真顔でそんな事言わないで下さいよ。あと『元々友人が少ない』とか何なんすか?」
「彼女の友人が今日旅立っただろう。例の太田チエだ。勿論アカリは彼女が企業の実験に協力しているなど知らないがな。とにかく親しかった後輩である彼女が居なくなり、寂しいという相談は以前から持ち掛けられていた。それに対する応答だ」
「なんちゅう言い草……アカリ怒りません?」
「いや。笑っていた」
「へぇ。先輩のそういうところ気に入ってんのかな。そういえば俺には笑顔なんて殆ど見せなかったなぁあいつ。いっつも不機嫌そうにぶすーってしてて。睨まれてるかアンアン喘いでる姿しか記憶にねーわ」
今度は懐かしむようにそう独りごちる七雄の携帯が鳴る。
「お、ナオちゃんだ。もしもし? ん? ああ。はいはい。その件ね。うん。大丈夫大丈夫。任しといて。でも明日から東京出張なんだ。だから帰ってきた後ね。それと山本の補修なんだけど打ち切っちゃって良いから。多分もう無理だろうし。それじゃね。お疲れ」
七雄は通話を終えると、六郎の事をじっと見つめる。
「なんだ?」
「順番的には先輩が後輩の電話の内容に興味を持つ流れでしょ。『どうした?』とか聞いて下さいよ」
「いや。特に興味は無い」
「そう言わず聞いて下さいよ」
「君は魔術師だろう。命令すれば良い。アカリに関する事以外なら従う」
「じゃあ聞いて下さい」
「どうした?」
「渡辺ナオって魔女居るでしょ? むっちむちのナース姿の装甲がエロい子。その子に記憶消去の補修頼んだんですけど上手くいかないどころか同級生に見られちゃって。それで脅されて浮気エッチ強いられてるんですよ。それでそいつの記憶消して欲しいって頼まれてんですけど、その同級生ってのが俺の後輩なんですよね。ていうかそもそもその脅迫も俺が計画したっていうか。だから記憶消してほしいって言われても困るし、その後輩もナオちゃんっていうかナオちゃんの彼氏がすごい好きなんですよ。あ、同性愛とかじゃなくて純粋な友情なんですけど。だからどうせなら自分の子供をそいつとナオちゃんに育ててもらうのが夢らしいんですよね。だったら俺も先輩としてその夢を応援してあげたいじゃないですか?」
「そうか」
「そうですよ。それと山本の記憶消去の補修なんだけど、こっちは本腰入れないとまずいんすよね。ほら。佐倉に知られると色々不味いじゃないっすか? 今日なんかアンナの家まで押しかけたみたいで、アンナから電話で超怒られましたもん。胎教に良くないからあんまカリカリすんなって言ってんのにな。全く。俺の子なんだからしっかり産んでくれないと困るのに。でも並大抵の魔女の魔力じゃ山本の相手は無理っぽいんですよね。あ、そうだ。先輩の方からアカリに頼んでくれません? そういえば例の後輩なんすけど、アカリと一発やるっていう別の夢があるんですけど」
「断る。どちらも彼女の幸せに繋がるとは到底思えない」
「ん~。やっぱそうきますか。まぁまだ時間の猶予はあるからいいけど。出産するまでは大人しくしててくれるみたいだし。まずはチエちゃんの実験だな。そういや八雲は仲良くやってんのかね」
そう言うと七雄は再び旅行バッグに荷物を詰め始めた。
その様子を何とはなしに眺めながら六郎は自身に起こった微かな変化を自己解析する。
(何故私は太田チエが企業の実験に協力していることをアカリに伝えなかった? ただ単に聞かれなかったからか? いや、それだけではない。もしそれをアカリが知ってしまえば、アカリが余計に彼女の事を心配するだろうと推測した。そしてその結果アカリの精神衛生上良くないと判断したのだ。彼女の幸福というものを、独自に仮想している。未だかつて無い思考ルーチンだ。この自己変化については喜ばしく感じるべきなのだろう。全てはアカリのために……)



後編に続く





おまけ



一人夜中の繁華街を彷徨う山本。
ふてくされるようにのしのしと歩いて行く。
対面方向から向かってくるカップルの真ん中をわざと掻き分けてすれ違う。
そんな嫌がらせをしても気は晴れない。
「ちっ」
アンナに拒絶されたことが自分でも驚くほど苛ついている。
久しぶりに目にしたかつての愛人の妊婦姿は彼の煩悩を大きく揺さぶった。
大きく膨らんだお腹に伴って張り詰めた胸。
そしてなにより全身から溢れ出す女としてのフェロモン。
(孕んだ途端雌の匂いぷんぷんさせるようになりやがって)
脳裏に焼き付いたその全てが彼の欲情を中々冷めさせない。
とてもじゃないがこのまま帰ってただ寝るなんて出来そうも無い。
そんな折、彼は一見優雅にも見える建物の前を通りすがる。
知る人ぞ知る有名な高級人妻専門ソープだ。
風俗遊びには慣れている山本も当然その名を聞いたことはあるが、高級という看板に恥じない料金体系に恐れをなして、一度も足を踏み入れたことが無い。
普段なら安いピンサロで済ますところだが、どうにもいきりたった興奮を静めるにはそれだけでは物足りないのは明白。
「人妻か。ふん」
抱き損なったアンナの代替にもなるだろう。
彼は鼻を鳴らしてそう考えた。
給料日直後ということもあり、彼は思い切ってその扉をくぐる。
大きな自動扉が開くと優雅な、それでいて上品さを保った作りのフロント。
質の良いタキシードを着た若い青年が折り目正しく頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
どの角度から見ても、彼がよく知る雑然とした風俗店とは格の違いが明白だった。
まるで高級ホテルのようなおもてなしに、気後れすることなくむしろふんぞり返って増長する。
「初めてなんだがね。予約は必要だったか?」
「はい。当店は基本的には予約制となっております。しかし丁度今、何人か予約がキャンセルされた嬢が待機中ですので、もしそちらで良ければ」
「構わん。見せてみろ」
「ありがとうございます。こちらになります」
若いボーイが差し出したのは、まるでお品書きのようなカタログ。
何人かの女性の写真が掲載されている。
人妻とあって年齢層は幅が広いが、さすが有名高級店とあって、どれも美人が揃っている。
「写真を加工しすぎじゃないのか? ええ?」
「いえ。当店ではそのような詐偽紛いの行為を一切しておりません」
その口調からは誇りのような自負心すら感じる。
「へっ」
山本はその言葉を鼻で笑い飛ばしながらも半ば信用していた。
(流石高級店は違うな)
そんな彼の目は無意識にアンナに似ている女性を探す。
そっくりというほどでは無いが、強いていうなら似ているといえなくもない美人が彼の目に止まった。
長く明るい髪に、気の強そうな顔立ち。
「こいつで良い」
山本が指でその女性の写真を指すと、若いボーイは微かに眉をしかめた。
「……その隣の女性が当店のお薦めですが」
「こいつで良いと言ってるだろう」
「……申し訳ありません。ではお通しします」
そう頭を下げるボーイの口元からは、歯軋りの音がしたが山本の耳には届かなかった。

踏み心地が柔らかい赤い絨毯が敷かれた通路を案内するのは先ほどのフロントとは別の青年だった。
やはり質の高いタキシードを身に纏ってはいるものの、オールバックに近いリーゼントの髪型はやや粗暴に見えた。
「へっへっへ。お客さん超ラッキーですぜ。選んだ嬢は本当なら数ヶ月先まで予約一杯でね。うちのぶっぎちり人気ナンバーワンなんすわ」
その口調も品が良いとは到底言えない。
しかし山本は気を悪くすることなく、むしろ親しみすら感じた。
「そうなのか? フロントでは別の女を薦められたぞ?」
その言葉はリーゼントの男は山本には聞こえないよう小さく舌打ちをする。
「……ちっ。あんの野郎……また」
「ん? どうした」
「いえいえ。なんでもありません」
「しかしすごく若そうに見えるんだがな。あれで人妻か?」
「ええ。こないだ入籍したばかりの新婚ほやほやですよ」
「ほう。あんな美人を揃えているとはな。それなりの金を取るだけはあるな」
「なんつってもナンバーワンですから。あれ? お客さんその様子じゃもしかしてご存じ無い? 有名なAV女優なんですけどねぇ」
「そうなのか? あまりAVは観ないもんでな」
「そうですか。どちらにせよ幸運ですぜ。ぜひ職場での自慢話にしてください。ではこちらの部屋になります」
男が扉を開けると、山本だけがその部屋に入っていく。
まるでスイートルームと見紛うような部屋。
そして当然事前に連絡が入っていたのだろう。
山本を入り口で待ち構えるように、三つ指をついて頭を下げている女も、その部屋に劣らず、いや、むしろ圧倒するほどに雅で、気品に溢れた美しさを持っていた。
「いらっしゃいませ。スミレと申します。今宵はお客様が楽しめますよう尽力させて頂きます」

三吉は扉を閉めると、どすどすと音を立てる早足でフロントへと戻った。
そして体当たりをするかのような勢いで青年の肩を抱き、耳元でドスの利いた口調で呟く。
「おい若旦那。いい加減慣れろや。客いれなくてどうすんだよ。ちゃっちゃと稼いでちゃっちゃと借金返せや。嫁の努力無駄にすんなよ」
「……わかってる」
「ほらそんな辛気くさい顔でフロント立ってられたら商売あがったりだ。モニター室行ってこいや」
青年は俯きながら懇願する。
「……三吉……勘弁してくれ」
「駄目だ。さっさと行ってこい。これは経営者命令だ。クビにすんぞ」
「……ぐっ」
青年は悲痛な表情を浮かべて、とぼとぼと裏口の方へと向かう。
その奥にはいくつもの小さなモニターが並べられた部屋があった。
それらはそれぞれの室内を盗撮している。
とはいっても二次目的があるわけでは無い。
流出などしてしまっては高級店の沽券に関わる。
あくまで従業員である女性を守るためだけに設置されていた。
故に録画もされていない。
純粋に変質者や暴力的な客から『商品』を傷づけられない為の監視用である。
経営者である三吉はがさつで粗暴な男ではあったが、こと経営方針については確固たる信念を持っていた。
青年は仕事を忘れその多くのモニタから、一つの画面だけを注視する。
婚約者としての長い時代を経て、形だけとはいえようやく入籍した女性が、ベッドの上でよつんばいになった他の男の肛門を丁寧に舐めている。
「ぐっ……うっ……」
涙を浮かべながらも、彼はその部屋のボリュームを上げる。
ぺちゃぺちゃと、犬が水を舐めるような音がマイク越しに伝わる。
『いかがでしょうか?』
彼もよく知る澄ました表情が、突き出された他の男の臀部の前で口を開く。
固太りの男はぐへへと笑い、『ああ、いいぞ』とぶっきらぼうに答える。
『ありがとうございます』
彼女は『ちゅ、ちゅ』と中年男の肛門を唇で啄むと、『ちゅうぅ……』と一際長く唇を同じ場所に押し当てて、そして吸った。
「は、早く……早くやめろ……そんな、スミレ……ああ」
青年の声が届いたわけではないのは明白だが、それでもようやく顔を離したかと思えば、彼女は舌をだらしなく突き出し、その先端で肛門を刺すようにぐりぐりと舐める。
「くそぉっ!」
彼は膝を拳で叩く。
不甲斐ない自分を戒めるように。
誰も責められない。
彼女は勿論、三吉やこの醜い客まで。
由緒正しき名家同士であった彼とスミレの家はまるで共倒れするかのように同時期に破綻した。
上流階級の暮らしから一転、明日の食い扶持を心配する生活へ。
しかし彼と縁が繋がった女性は強かった。
綾小路スミレの心に通った芯は、もはや強い弱いの次元ではなかった。
不運を嘆かず、汚れることに動じず、傷つくことすら臆さず、ただ家族と愛する彼の為に、様々な意味で戦った。
彼は魔法少女としての、魔女としてのスミレを知らない。
しかしこうして一緒に、スミレの『知人』として紹介された三吉のつてで日々一緒に働いている。
三吉は典型的なチンピラではあったが鬼ではない。
他の従業員と同様の給与を彼に与えていた。
その額はなんの経験も無い青年に支払われるには破格ともいえる金額だ。
この監視にしてもただの嫌がらせなどではなく、いい加減割り切れとのメッセージを込めてのもの。
しかし風俗のフロントはともかく、AV女優としての彼女のマネージャーまでやらされているのは彼にとってはまさに地獄の責め苦に等しい。
愛する女性が見世物として男に抱かれる仕事を営業し、そして現場でも見届けなければならない。
慣れることなく毎回毎回絶望の崖に追い詰められる。
しかし『仕事』が終わり、彼の口から魂が抜けかけるほど落胆する姿を見る度に、彼の伴侶は何事も無かったかのようにこう言うのだ。
『この綾小路スミレと人生を共にする男子たるもの、もっとシャンとしていてもらわなければ困ります』
彼女のカリスマ性と呼んで差し支えないその威厳が無ければ、彼はとっくに心中の道を選んでいたかもしれない。
顔を上げると、今度はスミレの方が四つん這いとなっており、そして山本が後ろから犯していた。
『あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!』
『どうだ? あぁ?』
『あっあっんっ! す、すごいっ! んっ、はぁ、ふ、太い……こんなの、初めて、ですわ』
『そうかそうか。わっはっは』
男は満足げにピストンをさらに激しくする。
青年から見ても、何か溜まった鬱憤を晴らしにきたのがわかるような欲情のぶつけ方。
『あぁっ! やっ、激しっ、あっあっ! だめっ、これ、広がる……おまんこ、広がるっ!』
『出すぞ。出すぞ。おらっ。おらっ』
『はいっ、どうぞ……お好きなように……はっ、ん……お使い下さいませ…………今宵に限っては、んっ、く…………私の全ては、お客様のものです…………つま先から髪の毛一本に至るまで、お客さまのおちんぽを愉しませるために存在しております…………ふぁっ、あっ……あっあっあっあっあっあ!』
その言葉通り、まるでスミレの下半身を性処理の道具に見立てるように、山本が好き勝手なピストンで果てるのを、彼はモニター越しに見届けるしか出来なかった。
ゴム有りの基本のコースを選んでいたのが心の拠り所。
しかし彼女の引き締まった臀部に、下腹部を押しつけながら射精の余韻に浸る山本は、『はぁ……はぁ……ふふ、気に入ったぞ。延長してやる』と口にした。
スミレも四つん這いのまま、『……ありがとう……ございます』と応えた。
青年はがっくりと項垂れながら、「早く帰ってくれよ」と泣き言を漏らすしか術はない。
スミレが甲斐甲斐しく山本の手を握り、浴室に案内するのを見届ける。
そういう店だから仕方は無いとはいえ、その姿はまるで恋人のようだ。
その際に、『旦那より良かったか? えぇ?』という問いに、『それはどうでしょうか』とはぐらかしたことだけが彼の心を慰める。






おまけも続く