地下から戻り蔓草凪と別れると、僕は自分の部屋へと戻っていく。
広い広い屋敷。
その地下に存在する深い暗闇には、世界の命運を握っていると言っても過言ではないような爆弾と凶刃が潜んでいた。
いや、もしかするとやけに飄々としている蔓草凪もその類なのかもしれない。
そんな事を考えながら長い縁側の廊下を歩いて行くと、丁度部屋に辿り着く辺りで、前からパジャマ姿のチエちゃんがこちらに向かってくるのが見えた。
水色のどこにでもあるようなパジャマに白いタオルを首から下げている。
ほかほかと湯気が立ち、上気した頬がやけに健康的な艶やかさを醸し出していた。
彼女も僕を視認すると無邪気な笑顔を浮かべて大きく手を振ってくる。
「お風呂空いたっすよ。お先に失礼~」
こんなわけのわからない場所に連れてこられたというのに、彼女の表情は底抜けに明るい。
やはりどこか無理矢理元気をひり出しているような感じも見受けられるが、それでもその明朗な笑顔からはこっちまで活力が与えられるかのように清々しい。
「すっごい広いし、綺麗だし、滅茶苦茶感動したっすよ。やっ君も絶対気に入ると思う」
そう言ってガッツポーズを取る彼女を目の前にしただけで、僕はもう何も言葉に出来なくなる。
「そ、そうなんだ」
素っ気ない一言を交わしてすれ違うのが精一杯。
ほのかに漂う石けんの匂いが、地下で聞いた衝撃的な話による緊張感を全て溶かす。
「それじゃおやすみ。なんだかんだで疲れちゃったっすよ。また明日ね」
そう言って襖を開けて部屋に戻っていく彼女をぼうっと見送ると、一度胸を掴み、天井を仰いで大きく息を吐いた。
とりあえず今は一つ一つ目の前の仕事をこなしていこう。
魔法少女量産実験。
三人官女の秘密。
野良の存在。
政局争い。
そして僕の初恋。
全てを同時に処理するには、一つ一つが大きく、そして重すぎる。
僕も部屋に戻ると、定時連絡を終えた紺野主任にもう一度連絡を入れる。
彼女は僕からの電話をまるで予見していたかの即刻応答した。
「はいはい。あたしだよ」
「八雲です。今お時間よろしいでしょうか?」
「うん。いいよ。その様子だと凪ちゃんから話を聞いたのかな?」
「はい。単刀直入にお聞きしますが、企業内にスパイは存在しているのでしょうか?」
「あはっ。君は本当にいつも真っ直ぐだね。うんうん。良い傾向だよ」
「はぐらかさないで下さい」
「ごめんごめん。えっとね。居るといえば居るし、居ないといえば居ない、かな」
「禅問答ですか?」
「どちらにせよそれは君が懸念するような事態にはならないから大丈夫だよ」
「動きは掌握済みだと?」
「そりゃまぁね」
「わかりました」
これ以上は教えてもらえそうにないので追及しない。
彼女が掌握済みだというのならそうなのだろうと無条件で信ずるに値する。
「それと蔓草凪からは政局争いの件も耳にしましたが」
「それも気にしないで良いよ。君の実験には絶対に何の影響も及ばないよう手を回してあるから。だから集中して頑張ってね」
「差し出がましいかもしれませんが、主任の立場は……その、大丈夫なのでしょうか?」
「あはは。大丈夫じゃなくても大丈夫だよ」
やはり禅問答のような返答。
しかしいつも通りの柔らかい口調に安心する。
その言葉の真意はわからないが、煙に巻かれているという疑念すら沸かない。
それほどまでに僕は彼女に対して全幅の信頼をよせていた。
産みの親などという身内贔屓ではなく、彼女を身近で見続けてきた確固たる経験に基づく評価だ。
「それでは『野良』に関しては詳細を教えては貰えないのでしょうか?」
「気になる?」
「一応は。ここを襲撃する可能性もあるとの事でしたので」
「確かにあくまで可能性はあるかな。でも限りなくゼロに近いけれど。あの子達に自殺願望があれば別だけどね」
「そこまでこの本部のセキュリティは強いものなのですか?」
「あたしや五人囃子、佐倉ちゃんも含めて総力で当たっても破れない、って言えば納得してくれる?」
「……充分です」
「他に質問はあるかな?」
「はい。夜分遅くに申し訳ありませんでした」
「うん。じゃあ明日から頑張ってね」
電話を切るとしばらく携帯電話を見続ける。
全ての気掛かりが氷解したわけではないが、少なくとも自らの業務に集中しようという気分にはなれた。
僕は入浴の準備を整えて浴室へと向かう。
道中は実験の手はずを頭で整理する。
というか手はずも何も無い。
キスをすれば良いだけだ。
要はそれを如何に僕の不埒な考えを抜きに行えるか、という部分に思考を巡らす。
けして彼女への恋心が不埒だと思っているわけではない。
僕は純粋に彼女に恋をしているはずだ。
ただ仕事という言い訳にかこつけて、好きな人にキスをしようとしているのではないかという迷いを取り払いたかった。
恋愛は恋愛。
仕事は仕事。
そう割り切りたいが中々上手くいかない。
いつの間にか『浴場』と書かれた紺色の暖簾の前に辿り着く。
その入り口の横には僕達三人の名前が刻まれた札を入れる籠と、それを掛けるフックが設置されていた。
今誰が使用しているかを明確にするための措置だ。
もう女性二人は先に使用しているのはわかってはいたが、一応フックに誰の札も掛かっていないのを確認すると、僕自身の札を掛けてから暖簾をくぐる。
なのに、
「きゃー! 八雲君のえっちー!」
何故か全裸の蔓草凪がそこに居た。
両手で上手く上下の局部を抑えてはいるが、豊満な胸の盛り上がりや、太股の付け根から覗き見える陰毛は隠し切れるはずもない。
「す、すいません!」
僕は慌てて外へ出る。
顔が熱い。
きっと赤面しているのだろう。
心拍数も上昇している。
これは驚きだけではない。
彼女の裸体が、あまりにも扇情的だった事も関係している。
その美しい見た目とは裏腹に、女性らしさを感じさせない言動からさらに一周して戻ってきた、彼女の母性溢れる身体は僕の目を奪うには充分すぎた。
これで女性の裸体を見たのは二人目だ。
スミレさんのうっとりするような気品溢れる洗練された裸体とはまた違い、蔓草凪の肢体は自分が男だと再認識させられるような、本能に訴えかける女性のラインを描いていた。
暖簾に背中を向けながら、横目で札を確認する。
やはり札は掛けられていない。
少し冷静になって考えてみればよくよくおかしい。
まるで待ち構えていたかのような姿勢にタイミングだった。
僕を非難した言葉もどことなく棒読みだった気がする。
暖簾を掻き分けて僕の横からするりと出てきた蔓草凪は今度はネグリジェを着用していた。
彼女は未だ動揺している僕を真顔で見下ろしながら、「ふむ」と何かに納得したように頷き、そのまま伸びやかな足取りで去って行こうとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと。何だったんですかさっきのは!?」
「いやなに。ちょっとした戯れだ。気にするな。ほら。折角年上のお姉さんと一つ屋根の下で暮らしているのだから、これくらいのハプニングは味わってもらわないと私も立つ瀬がなかろう?」
「知るか!」
憤慨した僕は思わず彼女の名札を手に取ると、それを彼女目掛けて思いっきり投げつけた。
「ぎゃふんっ」
それが勢いよく彼女の後頭部に命中すると、尻餅をついた蔓草凪を尻目に、僕は暖簾の中に再び入っていく。
「全く。なんて人だ」
一人でそうぼやきながら脱衣所で服を脱ぎ、身体を洗うと湯船に入った。
確かにガラス張りになった天板から見上げられる夜空は絶景だったし、檜風呂も落ち着いたデザインで心身ともに落ち着く。
湯加減も絶妙だ。
そう。
本来ならばリラックス出来る時間だったのだろう。
さっきの悪戯が無ければ。
僕の目に焼き付いて離れないのは大きな乳房。
局部を隠す腕からこぼれ落ちる柔肉は弾むような張りとツヤが見て取れた。
蔓草凪は言っていた。
チエちゃんの胸は自分と同等だと。
チエちゃんもあんな胸を有しているというのか?
そんな事を考えていると、途端にこの湯船に浸かっていることすらいかがわしい事に思えてくる。
彼女の身体をくまなく温めた同じ湯水に包まれていることを意識しだすと、途端に罪悪感が沸き上がってきた。
何を考えているんだ僕は。
なんだかいたたまれなくなって早々に入浴を切り上げる。
なんと浅ましい。
用意してもらっていた浴衣を着て部屋に戻る間、僕は九郞太と話がしたくて仕方が無かった。
僕には同世代の友人と言えるものが居ないから。
皆こんな風なのだろうか。
女の子のことで頭がいっぱいになってしまう時期があるものなのだろうか。
異性を意識するだけならともなく、いやらしい目で見てしまうなど言語道断のような気がするが、皆はこの劣情をどう抑えて生活しているのだろう。
そんな疑問を抱えながら部屋に戻ろうと襖に手を掛けると、中庭の方から何やら空気を裂く鋭い音が連続して聞こえる。
目を凝らすとチエちゃんがジャージに着替えて何やら正拳の素振りのような事をしている。
「何してるの?」
縁側から声を張り上げる。
彼女は特に驚いた様子も無く、僕に振り返ることも無く、そのまま演武のような動きを続けたまま返事をする。
「なんだけ寝付けなくって」
疲れてるって言ってたのに。
僕は縁側に腰を下ろすと、今度はひたすら正拳中段突きを繰り返すチエちゃんに言葉を投げかけた。
「やっぱり不安?」
「全然」
微かに息を切らしながら即答する。
僕は一度頭をかくと、視線を地面に落としながら何気なく口にした。
「僕らはパートナーだからさ。何かあるんならきちんと話し合いたいんだけど」
その言葉に彼女はふと拳を中空で停めて、空を仰ぐと大きく息を吸って吐いた。
そして僕の方へ歩み寄ると隣りに腰を下ろす。
彼女も視線を地面に向けながら口を開いた。
「不安は本当に無いよ。あたしは魔法の世界の事なんてよくわかってないし、なるようにしかならないって腹を据えてるから。それに意外とやっ君が頼り甲斐あるしね」
「意外とって……」
喜ぶべきかどうか悩ましい一言だ。
「あはは。でも初めて顔を合わせた時の事憶えてる?」
「道路の真ん中だったね」
「あの時はさ、やっ君の事、勇敢だなって思えなかった。なんでかわからないけど」
「……そっか」
何となくその理由はわかる。
僕はただ生き急いでいただけだった。
飽いていたと言ってもいいかもしれない。
僕のあの行動は本当の意味での勇気とは違う。
しかしそれはチエちゃんも同じだったんじゃないかと推測する。
あの時彼女が浮かべた、全てを諦めたかのような虚しい笑顔。
いつも活力に溢れる彼女の本当の顔。
「でも次に会った時、部長室だっけ? 途端に男の子だなって思った」
スミレさん達と話をした後だ。
僕は色々な人と接することで、多少なりとも変わることが出来た。
六郎さんに憧れて、紺野主任や清水さんを信頼し、七雄や三吉に憤り、スミレさんを尊敬し、そしてチエちゃんに恋をした。
その全てが今の僕を形作っている。
そんな僕の手の甲に、そっと彼女の手の平が乗せられた。
小さな手だった。
僕よりも小さい、そして頼りない手。
こんな手を固く握りしめて、拳を振るう彼女は一体どんな強さを求めているのだろうか。
彼女は僕の横顔を覗き込みながら優しく微笑む。
「今じゃ本当に相棒がやっ君で良かったって思ってるっすよ。心強い事この上無いっす」
僕は照れくさくて視線を地面に釘付けしたまま、「……でも少し落ち着きが無さそうに見える。無理に明るく振る舞ってるようにも見えるし」となるべく柔らかい口調で指摘するのが精一杯だった。
「それは元々かな。……うん。でもやっぱりちょっと緊張してるかも」
「多少はしょうがないけど。史上初の試みなんだし」
「ううん。そういう事じゃなくて……実験そのものじゃなくてさ」
「何?」
彼女も照れくさそうに「あはは」と笑いながら、再び視線を僕の横顔から中庭へと戻す。
「キスなんて、初めてだから」
様々な感情が一斉に胸を万力で締め付けるように集まった。
困惑。
罪悪感。
歓喜。
「……キス、じゃないよ。ただ唇を合わせるだけだよ」
なんとか口からひり出せたのは、子供だましにもなっていない詭弁。
「それをキスっていうの」
チエちゃんは呆れるように笑いながら、膝から下を揺らしてつま先をこつんと当ててきた。
「でも、仕事だから。ちゃんと仕事として、するから」
まるで自分に言い聞かせるように言う。
「……うん。わかってる。わかってるけど…………やっぱりちょっと緊張しちゃう」
はにかみながら発せられたその言葉を皮切りに、僕らの間には静寂が流れた。
ここが東京の夜だなんてすっかり忘れていたほどに静か。
悩んでいたのは僕だけじゃ無かったんだ。
彼女も僕とのキスを想像してどきまぎしていたのだろうか。
勿論彼女のそれは、明らかな恋心を抱く僕とはまた違った緊張だろう。
出会って間も無い異性とキスをするなんて、恋愛経験が無いという彼女にとっては本来なら嫌悪感すら沸く行為に違いない。
それでも不安は無いと言ってくれた。
僕への信頼を表明してくれた。
すうっと憑き物が落ちたかのように、僕の胸から葛藤が消え失せていく。
僕はこの会話を始めて、初めて彼女の横顔をしっかりと見据えた。
彼女も恥ずかしそうに頬を染めてやや俯きながらも、僕と視線を合わせてくれた。
「……あのさ」
「うん?」
「明日、デートしよう」
「え?」
自分が何でこんな提案をしているのかすらわからない。
チエちゃんも当惑の笑みを浮かべた。
しかし僕は、やはりこんな状況のまま、彼女とキスをしたくなかった。
半ば強制的に彼女の唇を奪うような事をしたくなかった。
どんな言葉で装飾しようが、キスはキスだ。
そして同様に、僕が彼女を想う気持ちは誤魔化し切れようもない。
ならばせめてちゃんと順序を踏もう。
「僕達はパートナーだ。だから、もっと互いの事を知らないといけない」
「そうかもね」
「もっと互いのことを考えないといけない」
「……うん、そうだね」
「だから明日一日デートして、チエちゃんが判断してほしい。チエちゃんが言ったとおり、これは誰が考えてもキスだ。だから、僕がチエちゃんとキスするに値する相手かどうかを見定めて欲しい」
「そんな大袈裟な」
彼女はくすりと笑った。
「嫌々されて実験が上手くいかなかったら元も子も無いしね」
僕もつられて頬を緩ませる。
「ていうか、やっ君は嫌じゃないの? そもそもやっ君も初めて?」
「いや僕は…………どうでもいいじゃないかそんなの」
「こらこら。お姉さんにだけ言わせるとか男の風上にも置けないっすよ」
座ったまま肩を寄せて揺すってくる。
その程度の接触ですら頭が沸騰しそうになった。
「だ、だから、僕のが身長高いし」
「はいはい。やっ君も初めてって事っすね」
「……うるさいな」
「まぁそういう事なら、お姉さんがデートしてあげるっすよ」
チエちゃんは両足をぶらぶらと揺らしながら、カラカラと楽しそうに笑う。
どうにも上手くいなされた気がして、気恥ずかしくなった僕は背を丸めると膝に肘をついて手の平に顎を乗せた。
「そりゃどうも」
「やっ君にも拒否の権利はあるしね」
「そんなの……無いよ」
「あたしなんかで不満は無いの?」
「べ、別に……チエちゃん。まぁまぁ可愛いし」
余計な一言を付けてしまう。
素直に好意を伝えれない。
これが思春期なのか。
不本意ながら九郞太や七雄の凄さが身に染みる。
恐れる事なく、気に入った女性にぶつかっていけるあの勇気は天性の資質なのか、はたまた多くの経験を経た者が持てる蛮勇なのか。
とにかくそのどちらも、今の僕には無いものだ。
「まぁまぁっすか」
彼女はケラケラと心底愉快気に笑うと、片方の口端だけを釣り上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべると、僕の額にデコピンをした。
「そういう時は、嘘でもちゃんと褒めなきゃ駄目っすよ」
そんな彼女にどことなくスミレさんを重ねてしまう。
可愛いと思ってるのは嘘じゃない。
真剣な面持ちでそう口にすべきだったのだろうか、「……そうだね」なんて詰まらない返ししか出来ない幼稚な自分に心底落胆する。
「それじゃ、明日は二人で東京見物と行きますか!」
そう言って彼女は自分の膝をパン、と勢い良く叩くと、そのまま立ち上がった。
「汗掻いちゃったからもう一回お風呂入ってくるね。明日はエスコートよろしく」
小走りで去って行く彼女を黙って見届ける。
彼女は一度振り返ると、いつも通りその小さな体躯に見合わない、大きな笑顔に大きな身振りで手を振って、「今度こそおやすみっす~」と言った。
僕は小さく片手を上げて、「おやすみ」と返した。
必要以上に無愛想になってなかったかと危惧したが、その心配も杞憂だったようで、頬は自然に緩んでいた。



「素晴らしい。これこそまさに青春。私も是非あのような恋愛を経験してみたいものだな」
中庭で繰り広げられていた八雲とチエの対話を、広大な屋敷の中、彼らからは遥か遠くの屋根から腹ばいになって双眼鏡で覗く女が居た。
蔓草凪だ。
甘酸っぱい匂いをどこからともなく嗅ぎ取った彼女は自慢のコスプレ衣装棚を開けて、「よもやこれを使う時が来るとはな」と不敵な笑みを浮かべると、忍装束を手に取って一呼吸で着替え終わり、そのまま屋敷の屋根に上がった。
さらには匍匐前進で瓦の上を進んで八雲達の様子を、文字通り指を咥えて盗み見ていた。
「いいなぁ……いいなぁ……私もあんなラブコメしたいぞ。八雲君もチエ君も可愛いなぁ……」
車の運転。
料理。
コスプレ。
それに続く彼女の趣味はハーレム物のライトノベルを嗜むことだ。
しかし幼少の頃から本部に軟禁され、来る日も来る日も乙女ゲームや十八禁ゲームを繰り返し、妄想に耽ることでしか恋愛経験を得る術がなかった彼女にとっては、八雲達の生々しくも初々しい馴れ合いは憧れの的だった。
自分が夢見ていた本物の恋愛。
それがまさに今、目の前で繰り広げられている。
垂涎ものの感動。
実際少し涎が垂れていた。
そんな彼女の真上に、何の前触れもなく黒い球体が現れる。
それは最初は卓球の球程度だったが、一瞬でバランスボールほどまで膨れあがった。
東京の住宅街のど真ん中とはいえ、本部の屋敷の上を照らす照明は月明かりしかない。
そんな暗闇の中でも鮮明に漆黒として映る球体は、明らかに尋常なる世界のものではないと判断出来る。
しかし蔓草凪はそれを見向きもしない。
球体の中から声が掛かる。
「覗き見は良くないと思うなぁ」
「君も不法侵入だろ」
蔓草凪は覗きの姿勢を変えないまま、頭上の球体に返答する。
「侵入者の排除は凪の仕事だろ?」
「この本部に侵入出来るのなんて君しか居ない。ならば放置で問題無いと判断するよ。何しろ君に出来ることと言えば時空間移動だけで虫すら殺せないひ弱な乙女だからな」
「凪に言われたくないね。なんだよその双眼鏡。魔術師なら視力くらい強化しなよ」
「あれは中々に難しいのだ」
「いや基礎魔術だろ」
「おっと。今夜の逢瀬はもう終わりか。いやはや。現実とは儚くも切ないものだね。これがゲームなら選択肢次第で口淫シーンくらいまでは進めそうなものなのだが」
蔓草凪は立ち上がると真顔で嘯く。
月下の風に美しい黒髪が艶やかに揺れた。
その横顔は世の男性の多くがかしづきたくなるほどに、神秘的な美しさで溢れていた。
一部分を除いて。
黒い球体から溜息交じりの指摘の声が挙がる。
「凪……涎垂れてる」
「おっと失礼」
「……黙ってりゃイイ女なのにね」
「ん? 何か言ったか?」
「いいや。それよりあの二人は? まさか新しい三人官女とか?」
「企業からの客人さ。ここで実験をするそうだよ」
「へぇ。企業も相変わらず頑張ってるんだね。まぁ自分にはもう関係無いけど」
「君は相変わらず時空間旅行三昧かい?」
「うん。ご存じの通り過去にしか行けないけどね。最近は関ヶ原を楽しんできたよ。本当に山田権三郎が参戦してて笑っちゃった。一生懸命足軽やっててさ、でも超足手まといでやんの。『お前は法螺貝でも吹いてろ!』って怒られてたよ。超うける。あとこの時間軸よりちょっと前に起きた企業と吸血鬼の抗争も見てきたよ。それにしても五人囃子ってマジですんごいんだね。あんな強いんだ? 正直かなりびびった~。さっすが企業が誇る連盟の中でも屈指の戦闘集団だ。思わず興奮しちゃったよ」
「楽しそうで何よりだ」
「凪の方もね。ていうか自分を捕らえようとしなくていいわけ? 一応自分達『裏』って連盟からも捕縛命令が出てるんでしょ?」
「君達『裏』の三人は実質捕らえようが無いからね。形式だけの指名手配さ。特に君は屋形美佳のような無作為の危険性も、タマちゃんのような悪意も無いから実質放置に近い状態だな」
「凪もこんなところさっさと出ていけば良いのに」
「出不精なのさ。それに住めば都とはよく言ったモノだ。慣れてしまえばここの生活も快適なものだよ。それなりに愛着も沸いた。企業に属する自分。父親。土地。それに……」
「他の『表』の二人かい?」
「ああ。屋形美佳は言うまでも無く、タマちゃんだって本当は悪い子じゃないさ」
「そうかい。凪がそう言うんならきっとそうなんだろうさ。それじゃ自分はまた行くよ。今度はナポレオンでも観に行こうかな。それかちょっと近場でも良いな。第二十二回の有馬記念を生で観てみたいんだよね」
「おっと少々待ってくれ。そういえば君は元々未来を感知出来る能力者だったな?」
「ん? まぁね。それから時空間にも干渉出来るように成長しちゃったから監禁されそうになったわけで」
「今もその占いは出来るのかい?」
「ああ出来るよ」
そう言うと、黒い球体からにゅっと二本の腕が持つ水晶玉が出てきた。
「なんだかあの二人の恋の結末が気になって仕方が無くてね。二人の行く末を占ってみてほしいんだ」
「別に良いけど……ちょっと悪趣味じゃない? 特に恋愛なんて互いの気持ちが重要なわけだし。女の子の方は別になんとも思ってないっぽいでしょアレ」
「そう言わずに頼むよ。老婆心とでもいうのかな? やれやれ。年は取りたくないものだ。まだ彼らと出会って一日だが、あの二人には幸せになってほしいと心の底から願っている。もし良くない占い結果が出たら何かしらの忠告もしてやれるしな」
「まぁ凪は善意の塊だからね。その言葉を信用するよ」
「痛み入る」
「よっし。それじゃいくよ……ちちんぷいぷ~い!」
「いつも思うんだが、その掛け声じゃないと駄目なのか?」
「ん~ん。ただの雰囲気。あ、ほら結果出たよ」
「どれ」
やや緊張した面持ちで凪が水晶玉を覗く。
そこには仲睦まじく手を繋ぎ歩いている、少しばかり成長した八雲とチエの姿が映っている。
凪は思わず内股になり、そして両手を口元に当てた。
「やった……! やったな八雲君にチエ君……! お姉さんは心から祝福するぞ!」
黒い球体の中からは呆れるような声。
「何そのグランプリに輝いた新人アイドルみたいなリアクション」
「私もあやかりたいものだ」
鼻を啜りながらそう一人ごちる。
「凪の恋愛運も占おうか?」
「……いや、それは怖いからやめてくれ」
目元の涙を拭いながら、苦笑いを浮かべると凪は黒い球体に向かって問い掛けた。
「ところであの占いの信頼性は絶対なのだったか?」
「基本的にはね。でもほら。世の中には自分達みたいな時空や運命を捻じ曲げちゃうような存在が六人も居るわけで」
「むむ。ならばやはりこの場で君を捕らえるべきか」
「おっとヤブヘビだったね。それじゃこの辺でおさらば御免。またいつかどこかで」
その言葉と同時に黒い球体は瞬時に萎み、やがて夜空の塵へと消えた。
それを見届けると凪は腰に両手を当てて月を見上げると、「やれやれ……私もゲームしてから寝るか」と呟いた。



蔓草凪が屋根から八雲達を覗き見していたように、そんな彼女を更に上空から見下ろし覗く者達が居た。
本部からは遙か遠くにそびえ立つ、スカイツリーの天望回廊の屋根に立つ二人の男女。
本来ならば立ち入ることは出来ない摩天楼の頂上。
強風吹き荒れる上空の中でも二人の姿勢に乱れは無い。
本部には厳重な目眩ましの魔術が掛けられているため、外部から覗き見える屋敷内の光景には機密事項である蔓草凪や八雲達の姿が映りこむことはない。
それでも本部を見下ろす彼らの視線には鋭い殺気が籠もる。
片側だけがやや長い、ボーイッシュな髪型がばさばさと水平に煽られるが、女の視線はそれを鬱陶しがることもなく、むしろ見開くように本部の屋根を遠望しながら口を開く。
「あれがアタシ達の襲撃目標である本部だ。あそこに禍津玉妃という魔法少女が幽閉されている。彼女を奪還したい」
その言葉を受けた男は暗緑色のレインコートを纏い、フードを深く被っていた。
まるで大きなマントを羽織っているかのような出で立ちからでも、その下には精悍な体格が隠されているであろうことは、抑えきれていない威圧的な雰囲気から充分に察することが出来る。
男はぼそりと口を開く。
「……魔女は……魔女は……居るのか?」
「それはどうだろうね。でもこっちから仕掛けたら、いくらでも寄ってくるはずさ。東雲ヤヨイだろうが……ノアのスカポンタンだろうがね」
「……ヤヨイ…………東雲、ヤヨイ……ヤヨイ……ヤヨイ……東雲……弾丸……爆発…………くっ……ふふふ」
無精ヒゲを生やした口元を歪め、うわごとのように言葉を繰り返す男からは、曖昧な正気しか感じ取れない。
しかし女はそんな彼を怪訝に思う素振りすら見せず、「頼りにしてるよ。吸血鬼の旦那方」と呟いた。
彼女達の頭上を数匹の蝙蝠が羽音を立てて旋回している。
その内の一匹が、「お前達こそ協定を守れよ。野良」ときぃきぃ高い声で人語を発した。
「わかっているさ。禍津玉妃さえこちらの手中に収めれば、山田権三郎の解放など容易い」
彼女はそう口にすると前方に手の平をかざす。
幾何学模様の光が煌めいて、やがてそれは鍵盤を形作った。
「これは狼煙代わりの前奏曲だ。アタシ達のささやかな抵抗を祝する調べ」
雲が月を覆っていく。
夜を知らない街の上空を、物悲しい旋律が浮遊していった。



第二話「本部の秘密」おわり
第三話「初めてのデート」来週投下予定





おまけの続き



山本と名乗る客はスミレと一緒に浴室へと入っていった。
十把一絡げの一般風俗などとは格式が違う、大理石の床や壁に囲まれたゆったりとした空間。
その中央には周囲に花が飾られた埋め込み式の白いバスタブ。
ベッドが置かれた部屋だけに留まらず、浴室までスイートルームと見紛わんばかりの高級感溢れる意匠となっている。
そんな中でもやはりスミレの存在は絵になっていた。
傍に居るのが浅黒い肌にずんぐりむっくりとした体型の中年親父でなければ。
シャワーの前に置かれた椅子に山本を座るよう促すと、「失礼させて頂きます」とスミレはその背中に後ろから抱きつき、そして自らの胸部をスポンジに見立てて山本の背中を擦るように洗っていく。
途中足されるボディーソープとローションを合わせた混合液により、二人が接する肌から発せられるニチャニチャという下品な音が耳障りな事この上無い。
「お加減よろしいでしょうか?」
それでもスミレの品性ある澄まし声は、その場に蔓延する下世話な空気を浄化するように気高さを保ったままだ。
なのにやっていることは、膝立ちで上半身を揺すっては、その豊満な胸が潰れるほどに山本の背中に密着させては上下させ、ただただ男の征服欲を満たすだけに過ぎない行為。
高貴と下劣のギャップは抗えないほどの背徳感を生むようで、山本は「ああ」と一見ぶっきらぼうに応えつつも、その陰茎は既に再びいきり立っていた。
モニター越しにもわかるその剛直な逸物に思わず喉を鳴らす。
今まで様々な男がスミレの中に入っていくのを身近で見てきたが、その中でも太さに掛けては未だかつて目にしたことがない存在感を放っていた。
スミレは背中から離れると山本の腕を取り、それを股の間に挟むと今度は陰唇や陰毛をスポンジ代わりに山本の腕を洗っていく。
やはりニュルニュルと粘り気のある摩擦音を出しながら、武骨な男の腕の上で腰を前後にグラインドさせる。
腰を引いては突き出す。
一見滑稽にすら見えるその動作は、やはり男を満悦させるに相応しく、山本はぐへへと笑みを浮かべた。
そして今度は手の平を両手で握ると、それを下腹部に当てる。
「私の全てでご奉仕させて頂きます」
山本に人差し指だけを立たせるよう促すと、それを自ら腰を落として膣の中に入れる。
壺洗いと言われる技能らしい。
腰を浮かすとぬるりと愛液を纏った指が現れ、また腰を落としてそれを膣内に隠す。
胸や陰唇だけではなく、膣壁までも使って男の身体を丹念に洗い流していく。
人差し指が終わると次は中指。
それを順繰りに繰り返していく。
それは傍目には、男の指を性器に見立てた自慰行為にすら見える。
スミレは無表情を保ったままだが、口元からは「はっ……く」と、か細い吐息が漏れ出した。
それを下劣極まるにやにやとした顔で見届ける山本。
この表情には見覚えがある。
山本だけではない。
スミレを相手にした客は、いつもこんな顔をして彼女が奉仕する姿を愉しむ。
容姿、地位、なにより生まれ持った風格。
スミレはただ美しいだけの女性ではない。
風景を彩る花ではなく、夜空に輝く星を思わせる。
手が届かない。
対面するだけで相手にそう諦観させるほどの孤高の魅力。
そんなスミレが、全身を余す事無く、奉仕に全霊を尽くす姿というのは、それだけで男としての優越感を刺激する。
指を膣で咥えたまま、腰をくい、くい、と前後させる
そんな折、「はぅっ」と一際甲高い声を不意に出して、上半身を屈める。
山本の口端が更に歪んだ。
「お客さま…………お戯れを」
山本の肩辺りに顔を近づけたスミレは掠れた声でそう窘める。
しかし山本は「ぐっふっふ」と笑うだけ。
直後、「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ」と連続で喘ぎ、ますます上半身を折っていく。
腰だけを突き出すように立ち、両手と顎を男の肩で支えてもらい、ただなすがままに指で膣を蹂躙される。
スミレの内ももから、明らかにお湯や汗ではない、やや白濁した粘液が垂れてくると同時に、彼女の腰が砕けていく。
「やっ、だめっ、お客……様、もう……あああっ!」
途端にがくんに彼女は腰を下ろした。
そして山本の肩に寄り添い、荒い息遣いのまま、「……お上手なのですね」と囁いた。
俺にはわかる。
それが本音だと。
スミレはたとえ収録だろうがこの仕事だろうが、気持ち良くなければ気持ち良くないとばっさり切り捨てる。
お世辞は一切言わない。
それでも新作の売り上げが常に一位を独占し、予約も数ヶ月先まで埋まるのは、彼女の評価の仕方があくまで正当かつ真摯だからだろう。
スミレは自己を何よりも貴いものだと自負しているが、だからといって他人を見下しているわけではない。
貶すのではなく、訓示する。
彼女に不評を言い渡された客は、どんな高慢な人間であって不思議と腐ることをせず、むしろより一層彼女に惚れ込む。
彼女を犯したいのではなく、認めらたいという欲求が芽生えるらしい。
一体どちらが奉仕しているのかわからないくらいだ。
しかしそんな彼女だからこそ、時折現れる性技に優れた異性に対しては、心から感服する賞賛を送る。
俺はそれが悔しくて堪らない。
そして山本は、素直にスミレに付き従うような男でも無いのは明らかだ。
こいつがスミレを見る目は、ただただ欲情しか感じない。
目の前の雌を屈服させたいという、雄の本能が剥き出しになっている。
指でイカされたスミレは山本の固太りの身体に寄り添ったまま、そのまま唇を一度重ねた。
「俺の上に跨がれ」
スミレを前にして、不躾ともとれるような言い草。
しかし彼女はむしろの無礼を楽しむように「ふふ」と笑い、山本の膝の上に対面するように座った。
「これで宜しいでしょうか?」
山本の肩に両手を置き、そしてスミレの方から顔を寄せて再びキスをする。
「そうじゃない。今度は俺のちんこを壺洗いしろと言ったんだ」
一瞬の静寂。
それはこのまま生で挿入しろという事に他ならない。
「心配するな。勿論オプションとして追加してやる」
そう言われてしまえばスミレも拒否することは出来ない。
俺もただ黙って見届けるしかない。
この瞬間はいつもやり切れない。
慣れることは無い。
自分の伴侶を、他人の男根によって汚される瞬間。
「かしこまりました」
無表情のまま腰を少し浮かせて、片手で再びはちきれんばかりに勃起した山本の先端を、自身の膣口に当て添える。
「スミレの……」
陰唇が口づけするように、亀頭を啄む。
「おまんこで……」
ぬぷ、と音を立てて、カリの部分まで一気に飲み込んだ。
「お客様のおちんぽを……」
そして腰を完全に下ろしきる。
威圧的なまでの迫力を伴った陰茎が、嘘のように彼女の身体へと消え失せる。
「清めさせて頂きますわ」
スミレの頬にうっすら紅色が差す。
「ああ。しっかりやれ」
まるでスミレを従者のように扱う山本。
そのぞんざいな物言いに不満を表すことなく、「ええ……お任せあれ」とゆっくり腰を上げていく。
彼女の膣から巨大な逸物がぬるりと顔を出す。
血管が浮き出て見るからにカチカチのそれが、再び腰を下ろすスミレの中に飲み込まれていく光景はやはりどこか現実離れしている。
「ああ……すご、い」
スミレの口から出る吐息はやはり心底感じてしまっている甘さが付きまとう。
その証拠に一度腰を上下しただけで、彼女はぷるぷると小刻みに背中を振るわせ、そして山本に抱きつくよう上半身をもたれかけている。
「どうした? まだ全然洗えていないぞ?」
「……申し訳ありません」
彼女はすう、と一度大きく息を吸った。
「私、このような逞しい殿方は初めてでして……」
馬鹿正直にそんな事を口にする。
確かにどの男優、客よりも太い。
「でかいのが好きか? えぇ?」
彼女は山本の肩に顎を乗せたまま応える。
「男の価値は、逸物の大小で決まるものではありませんわ……しかし」
「あん?」
「こうも剛胆なもので犯されるのであれば、それは女として満たされることもまた事実」
「周りくどい言い方しやがって。素直にデカチンで犯して下さいって言えや」
その命令口調に、スミレは一度肩をぶるりと震わせると、顔を引いて山本と鼻を突き合わせた。
滅多に見られない恍惚の表情を浮かべる。
そして、「……このデカチンで、スミレを犯して下さいまし」と、女としての降伏宣言をした。
俺は思わずモニターから顔を背ける。
途端に聞こえる、「あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」と激しい嬌声。
余裕の欠片も無い。
普段の彼女からは想像も出来ない切羽詰まった声が断続的に聞こえる。
恐る恐る視線を向けると、いつも指で巻いている控え目な巻き毛がゆさゆさと揺れている。
俺以外の、醜い中年男性の上で。
「んっ!あっ!はぁっ!こんな逞しいの、初めて!お客様!すごいっ!あっ、あっ、あっ!ああっ!強い!」
スミレは山本にしがみついていた。
完全に屈服させられていた。
「あんっ、あっ!はげしっ、あっ、そんなに……広げて……ああっ、めくれる!……本当に、おまんこが、めくれてしまい……そう」
為すがままに男に揺さぶられ、ただ自分に出来るのは、力強い雄から振り落とされないよう両手足でしがみつく事だけ。
「はぅっ!あっ!あっ!んっ、はぁっ、ん……あっ!あっ!あっ!あっ!あっ!」
「出すぞ」
「は……い」
スミレは殊更強く身体全体を使って山本を拘束した。
そして猛然と犯され、弛緩しきった女の表情を浮かべながらも、穏やかに口元を微笑ませる。
「はぁっ、はっ、はっ、んっ……せめてわたくしの、肉穴で……んっ、あぁ!! 存分に男子の本懐を…………堪能下さいませ……あっ!いっ!それっ、いっあっ!あっあっあっはぁ!」

男の低い唸り声が聞こえた。
同時に二人の身体が痙攣するように震える。
スミレは堪らないといった様子で山本の肩を噛んでいた。
「あっ……くぅ……はっ、はっ…………そんな……ふっ、あ……まだ……左様に、ひくつかれて……」
「しっかり搾り取れよ」
「……はい……仰せの、通り……に」
その返事からはいつもの澄ました雅さは鳴りを潜めていた。
がくがくと震える腰を、おぼつかない動きでなんで前後にグラインドして、膣で射精を終えた陰茎を慰める奉仕を続ける。
「どうだ? 良かっただろ?」
スミレは問い掛けに対して、蕩けた表情をどうにかといった様子で引き締め、「ふふ」とおごそこに微笑んだ。
「確かに。奉仕しなければならない本来の立場も忘れ、荒々しいほどの男性を堪能させて頂きました」
「もっと分かり易く言え」
「お客様のおちんぽ、最高に素敵でしたわ」
そう言って山本の額に口づけをした。
まるで姫から騎士に勲章が授与されるかのような威儀すら感じる。
その行為からは彼女の純粋な他者への感謝や敬意が折り目正しく感じ取られて、俺はまた直情的な意味とは別で嫉妬した。
淫猥な方向性とはいえ、スミレが山本を男として認めた証左。
彼女は偽らない。
自分にも。
他者にも。
だからこそ、「旦那より良かったか? えぇ?」という問いに対して、未だ跨がり、賞賛に値して男根と繋がったままですら、即答で「いいえ。伴侶との交わりはまた別物。心を満たす愛情は例えどのような屈強な男根にも変えがたいものですわ」と返す。
いつ如何なる時も折れず曲がらず。
出会ったばかりの男との行為でさえ、気持ち良ければ素直に褒め称え、その上で崇高に愛を語ってみせる。
その全てに、嘘偽りが無い。
それが理解できているからこそ、俺はこんな目に遭いながらも、彼女の傍に居られる。
彼女の伴侶であることを誇りに、胸を張って生きていける。
「はっ。偉そうなことを。お前見たところ二十歳そこそこだろうが? 小娘がいっぱしに愛だのなんだの。結局はちんこ突っ込まれればアヒアヒ喘ぐんじゃねーか」
そんな中傷まがいの言葉にも、スミレは「ふふん」と悠然に鼻で笑った。
「確かに今回は、女としての敗北を認めましょう。私はお客様の勇猛たる男根に前に屈しましたわ。しかしそれはあくまで私自身の問題。伴侶への愛はまた別ですわ。あくまで今こうしている間も、彼への想いは何一つ色あせてはおりませんの」
接客業にあるまじき挑発的な物言いは別に演じているわけでもなく、やはりスミレ本来の性質からくる言葉だ。
しかし人妻ソープという、あくまで他人の女というシチュエーションが求められている場ゆえの需要なのか、大概の客はむしろこういった反応を悦ぶ。
実際山本は愉快そうに「くっくっく」と声を殺して笑っている。
「しかしデカイのは好きなんだろう?」
「これほど大きいと、流石に人を選びそうではありますが……」
「あん?」
スミレはそっと口元を山本の耳元へ寄せるとこう囁いた。
「わたくし、このようなデカチンに犯されるのは、嫌いではありませんの」
そして二人はどちらからともなく唇を重ねる。
直後にくちゅくちゅと露骨に音を鳴らすほどの、舌を絡ませる濃厚な唾液交換。
そんな精一杯の後戯もそこそこに、山本を対面座位で密着した体勢のまま、スミレの臀部に腕を伸ばすと、菊門を指の腹で撫で始める。
「こっちのオプションもあるんだったか?」
「んっ」
熱烈な舌の絡み合いのすえ、乱れた荒い呼吸の中、霞が掛かったような切ない吐息を上げた。
それでも一度唇を強くきゅっと結ぶと、耳に掛かった髪を掻き上げ、まだ肩で息を続けながらも、ようやく普段の彼女の粛然とした表情が戻った。
「申し訳ありませんが、初見の方にはそちらでのご奉仕は断らせて頂いております」
山本は意地汚い笑みを浮かべる。
「お前のは奉仕もへったくれもなかったぞ? ただよがっていただけじゃねえか」
下卑た笑みを浮かべてそう口汚く罵り、そのまま中指の先端をずぷりとスミレの肛門に挿入させる。
それまで山本の胸板に寄り添っていたスミレが「ひゃう」という声と共に背中を海老反りさせる。
山本はより愉悦交じりの醜悪な笑顔を浮かべる。
「なんだお前。こっちでも感じるのか? お高くとまりやがってるくせに。ケツの穴でもいける口か? ええ?」
抱き合いながら深く交わったまま、毛深く野太い指を、ぐりぐりとスミレの肛門へとねじ込んでいく。
スミレは唇を軽く噛みながら身を捩った。
「おきゃ、く様……だめ、です」
俺は反射的に立ち上がる。
これは出番だ。
明らかに嬢が嫌がってるのに無理矢理注文を通そうとしている。
今すぐにでも駆けつけようとしたその時、既に中指の第二関節辺りまでスミレの肛門に埋めていた山本が嘯く。
「ナンバーワンの割には大したサービスも出来ねぇじゃねぇか。二度と指名しねぇぞ?」
その言葉に、スミレは穏やかに微笑む。
「これは店側の規則。決まりは決まり。たとえどのようなお方でも守って頂かなければなりません」
そうだ。
あくまでこの二人は客と嬢。
いくら身体が認めた相手とはいえ、スミレが自ら規則を破ってまで必要以上の奉仕をするわけがない。
そう安心したのも束の間。
山本はスミレを抱きかかえたまま立ち上がり、駅弁のまま浴室にも設置されてある内線に取った。
「強引な方ね」
そう言って呆れるようにスミレは笑う。
俺は慌ててフロントに向かった。
受話器を耳に当てる三吉の後ろ姿が見える。
「ええ。ええ。そのような申し出をされるまでにお気に召されたのであれば、当店としても喜ばしい限りです。特例としてオプション行使をお認めしますが、どうか口外はなさらぬようだけお願いします」
受話器を置いた三吉の背中の襟を掴む。
「おい三吉……」
「ああぁん? おい。何持ち場勝手に離れてんだテメエ。首にすっぞコラァ」
「なんださっきのは」
「モニター見てたんならわかんだろ? 特例だよ特例。倍額以上出すっていうからよ。ありゃ良い金づるになんぜ?」
「お前っ!?」
胸ぐらを掴もうとするが、いとも簡単にその手首を逆に掴まれる。
三吉の突き刺すような鋭い視線が放たれるが、俺も一歩も引かない。
俺は綾小路スミレの許嫁。
「坊っちゃんよぉ。いい加減にしてくんねーか? いいぜ。止めにいっても。そんかわりスミレ共々クビだ。AVの方も電撃引退だ。ほら。持ち場に戻るか、好きな方選べや。別にスミレだって俺が無理矢理働かせてるわけじゃねー。話を振ったら了承しただけだ。自分とことお前んとこのお家の為にってな」
「……ぐっ」
手を離されると三吉は「けっ」と舌打ちをして背中を向けた。
これ以上何も言わない。
しばらくその場に立ち尽くすと、俺は、黙ってモニター室に戻った。
今更後戻りなど出来ないことは百も承知だ。
歩いているのが茨の道どころか血の池地獄なのも知っている。
スミレが泣き言の一つでも言ってくれれば話は早い。
家なんてどうでもいい。
俺がドブ攫いでもなんでもなんでもやって、彼女一人を養っていけばいいだけだ。
しかしスミレはどれだけ汚されようとも、全く意に介しない孤高の精神を持っていた。
この時ばかりは、彼女の強さがうらめしい。
モニター室に入ると、すぐにその悲痛めいた強制が耳に入る。
「あひっ、ひっ、いっ!ひっ!ひぁっ、ぐっ!」
ベッドに戻った二人は、再び後背位で交わっていた。
しかし明らかに山本は、膣ではなく肛門のほうに侵入している。
「あっ、あっ、ひっ、だめっ、こわ、れ……はっ、はっ、ひっ、ん!」
彼が腰を引く度に、それを受け入れているスミレの穴付近の肉が豪快に引っ張り出されていた。
このような光景は膣ではありえない。
「あひ!あっ……ひぃ!……んっ、ぐっ!……ひっ、ひっ、ひぅっ!」
スミレは腰を突き出し、というよりは上半身には全く力が入っていないようで、ぐったりとシーツにその身を預けながらも、両手はぎゅうっとシーツを握りしめ、そして時折覗くその口元も、その圧迫感に耐え忍ぶようにシーツを噛みしめていた。
「あっ!あっ!あっ!だめっ、こんな、無理っ、無理、です、こんなの……ひぁっ!あっ!いんっ!」
まるで呻き声のような嬌声。
そんなスミレの背中を上から覗きながら山本の口端は、まるで鬼の首を取った様に歪んでいた。
「お前で三人目だ。ケツ穴でこれを飲み込めたのはな。ナンバーワンの名は伊達じぇねえな? ええ?」
「んっ、くぅ、はっ、はっ、ひっ、ひ、んっ、はぁ、はぁ、はっ、はっ…………それは、どうも……っくぅ!」
「おまんこも中々だったが、お前アナルはぎっちぎちだな」
「ああぁっ……だめ、ほんとう…………こわれ、ちゃうっ!!!」
「ほら。出すぞ。根元まで入れてやる。おらぁっ!」
山本がとどめと言わんばかりに下腹部をスミレの臀部に密着させた。
ぱんっ、と乾いた音が勢い良く鳴る。
「ひぃっ、ぐぅっ!」
スミレはシーツを噛み千切らんばかりの勢いで首を仰け反らせた。
苦悶とも取れる表情を浮かべるスミレとは対極的に、山本はただただ弛緩しきった顔を見せる。
スミレで肛門での射精を受け止めながらも、「はっ、はっ、ひっ、ひんっ……」と浅い呼吸を繰り返す。
「どうだ? 大好きなデカチンをアナルで奉仕できた気分は? えぇ? お嬢様よ」
そう嘲笑しながら山本が離れる。
スミレの肛門からでろりと巨根が抜けていく様子はもはや完全に現実感を伴っていない。
ようやく異物を吐き出せたスミレのその穴は、不自然なほどにぽっかりと穴を開いていて、鮮明に桃色の肉壁が奥深くまで確認できた。
不意にどろりと白い精液が大量に吐き出される様を眺めながら、「おい。奥までしっかり見えてるぞ。ぱっくり開きやがって。だらしねーケツ穴だな」と山本が再び笑う。
スミレはひぃひぃと声を荒げながらも、自身の職分を果たそうと口を開く。
「……ご満悦して頂きましたでしょうか?」
「ああ。気に入ったからボーナス出たらまた来てやる。そん時は二度と元に戻らないくらいケツ穴広げきってやるからな」
スミレは返事すらままならず、「はぁ……はぁ……はっ……ん」と呼吸を整えながらも、突き出した腰を小刻みに痙攣させながら、やや元に戻りつつもまだ拡張されたままでひくひくと皺が蠢く肛門から、太股へ精液をだらだらと垂れ流し続けるだけだった。



おまけ終わり