後書きあります。







 聖アンナの夫が何故あのような行為に執着していたのか、まだ恋心すら知らなかったボクには彼の行動は全く理解の外だった。何を好き好んで自らの伴侶が抱かれる姿を指を咥えて観察し、あまつさえ興奮している彼を不誠実だとすら思った。今でも思っている。
 最愛の存在。誰にも触れられたくない。彼女を愛するのは僕だけであってほしい。当然の独占欲。
 なのに何故僕はズボンと下着を下ろし、ギチギチに硬くなった男性器を握りしめているのか。
 僕の心を焼き焦がしそうな程に脈打つ心臓は、その一拍毎にチエちゃんへの想いを熱弁していた。
 
 二人は激しく息を切らしたまま正常位で繋がり続けた。交わる視線で火花が散りそうなほどに熱く見つめ合いながら生殖器を重なり続ける。九郞太は己の全てを注ぎ込もうと必死だし、チエちゃんはそれを余すことなく受け取ろうとやはり全力だった。
「……次は後ろからするね」
「……うん」
 肌を、魂を擦り合わせた二人は短い会話で意志を疎通する。
 チエちゃんが四つん這いになって、その腰に向かって勃起の衰えを微塵も感じさせない男根を向ける。その雄の象徴は精液とチエちゃんの愛液が混じり合ってすっかり白く染まっていた。
 チエちゃんは小柄でその四肢は細く幼い。しかしふくよかな胸部に代表されるように肉つき自体は成熟しており、特にしっかりした骨盤による臀部の曲線は、男の繁殖欲を煽り立てるには充分過ぎる程に扇情的だった。それを間近の真上から見下ろす九郞太の高揚はどれ程のものか、それは射精直後でもビキビキと軋む男性器が証明していた。
 二人が再び一つになる。
「あっ……ん……」
 シーツがチエちゃんの両手に掴まれて激しく皺を作った。
 丸味を帯びた臀部を九郞太の両手が掴むと腰を振る。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」
 繁殖に営む男女が奏でる音。ぺち、ぺち、ぺちと乾いた音。しかしチエちゃんの喘ぎ声は甲高くも濡れている。房というよりはお椀の形でぶら下がる青々しい乳肉が前後に揺れた。
「あっいっ、あっあっ、すごっ♡ あっそこっ、あっあっ♡ クロウの硬いから、すごく入ってる感じがする……」
 チエちゃんは腰を突き上げ、顔は枕に埋めた。突かれる度に背筋をゾクゾクと快感で振るわせている。
「硬い方が良い?」
 ピストンを小休止させて尋ねる。
 枕から目元だけが覗き見える。半分開いた瞳はとろんと蕩けていた。その状態でチエちゃんは小さく頷く。
「……だって、元気なおちんちんの方が、赤ちゃん出来やすい気がするんだもん」
 九郞太の口元が思わずといった様子で「……可愛い」と囁くと、鼻息荒くピストンを再開して、「チエ、本当に可愛いよ」と心臓からひり出したような熱の籠もった言葉を投げかけた。
「あたしの中にいるクロウもすごく強くて、んっあっ♡ 格好良いっていうか、あっはっ、あんっ、あんっ♡」
「妊娠出来そう?」
 呼吸を荒げながら尋ねると、チエちゃんも同様の息遣いで答える。
「出来るよきっと……だって大好きなんだもん。クロウも。クロウの男らしいおちんちんも」
 九郞太が身震いする。激しい充足感に包まれているのがわかる。本当なら僕が得るはずだった達成感。
 加速度的にガツガツと腰を叩き付ける。その動きは九郞太のチエちゃんに対して沸き上がりつつある情念が反映されているようにも見えた。
「好きだ。チエ。本当の、本当に」
「あたしも、好きっ…………あっ! あっ! あっ! あっ! あっ!」
 パンパン響く男女の衝突音に塗れ、明らかにチエちゃんからも腰を振っていた。
 九郞太が腰を引けば彼女も腰を引いて、息を合わせて腰をぶつけあう。阿吽の呼吸によるストロークはより性的刺激を高めるのか、九郞太は脇目も振らず、一心不乱に種をつけようと必死に腰を振る。
「チエっ、チエっ、うっ、また出るっ……ああっ!」
「んんっ! あっ……はぁっ、あっ……はぁ、はぁ……すごい、さっきと同じくらい出てる」
「あぁ、チエ……もっと、もっと受けとって」
 九郞太は縋るように、甘えるようにチエちゃんに腰を押しつけたまま恍惚の表情を浮かべる。チエちゃんも突き上げた腰をびくびくと小刻みに揺らしながら、「熱いよ……これにクロウの全部がつまってるんだよね」と絶頂しながら感嘆するように言った。
 獣のような交尾の体勢なのに、二人の間には確かに愛情で溢れていた。二人は汗だくで湯気を浮かべ、確かに愛し合っていた。
 精液の注入がしばらく続き、チエちゃんの太股がガクガクと揺れて体勢が若干崩れると、チエちゃんを貫いていた九郞太がぶるんと上下に跳ねながら顔を出す。その先端からはまだドロリと白い粘液を垂れていた。
 チエちゃんが緩慢な動きで上体を起こし、ベッドの上で九郞太と向かい合って座る。
 膝立ちのままの九郞太の、屹立したままの男性器を見て照れくさそうに笑うと、そっと指の腹で亀頭をなぞる。
「まだこんな元気」
「休憩する?」
「ううん。やっ君には負けてられないし」
「クロウ」
「あはは。ごめんまだ慣れないね。クロウには負けてられないし。それに赤ちゃんは二人で作るもんだしね」
 どこかお姉さんぶってそう言うと、今度は頭を九郞太に向けて四つん這いになり、そのまま顔を膝立ちしている九郞太の下腹部に近づけると、「もうちょっと一緒に頑張ってね」と茶目ッ気を込めた口調で亀頭に声を掛けてから肉竿を頬ぼった。
「んっ、んっ……くちゅっ、ちゅぅっく」
 首だけをピストンさせる口淫の様子は、まさに唇を性器と見立てた交接のように見えた。
「んっ、ふぅ、んっ、まだ、おっきくしてくれてるんだね」
「当然だよ。今晩中に受精させてあげるから」
 堂々とそう言い放つ九郞太に対して雄々しさを感じたのか、チエちゃんの瞼がとろんと落ちて口淫が更に情深い水音を鳴らす。
「じゅぽっ、じゅぽっ、じゅぽっ、じゅぽっ、じゅぽっ」
 口から離れた男性器はすっかりと綺麗に掃除されている。
「チエ、おいで」
 九郞太がそのまま腰を下ろすと、その上にチエちゃんがまたがっていく。対面座位で繋がる。九郞太の両手はチエちゃんの臀部を掴み、チエちゃんの両腕は九郞太の首に巻き付く。豊かな乳房が九郞太の胸板でむにゅりと押しつけられて柔らかそうに潰れていた。
 二人の身体、とりわけチエちゃんの身体が上下に揺れる。たっぷりと精液で満たされたチエちゃんの性器が、フェラチオよりも粘り気のある音を鳴らす。
「あっ……あっ……あっはぁっ、あっん」
「チエからも動いてくれるんだ」
「だって、さっきからクロウが頑張ってくれてるから」
「チエのすけべ」
「ち、違うもん。赤ちゃん作るためだし」
 チエちゃんは抗議するように、上目使いで九郞太を睨む。その仕草があまりに可愛かったのか、九郞太の指先に力が込められ尻肉に沈むと、九郞太に突き上げられて華奢な身体が更に上下動する。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ♡」
「でも気持ちいいよね?」
「……うん、クロウのセックス、気持ち良いよ」
 切なそうにクロウを見つめ、そして顔を寄せる。まるで恋人のように甘ったるいキスをする。
 二人が協力しあう用に腰を振りあっている光景が胸に突き刺さる。
「もう全部僕のものだから」
「……うん、全部、クロウのだよ……あっ、いっ♡ あっあっい♡ そこっ、あっ、それっ♡ あっあっ、いっいっ♡ おちんちん、おっきくなってきてる」
「次は妊娠してね」
 チエちゃんが喘ぎながらも微笑む。
「年下の癖に偉そうに。クロウにばっかり格好つけさせないんだから……あっん♡ あっあっ♡ やっ、あっ、ねぇ、そこ、奥っ、あっいっ♡ 赤ちゃん作る部屋っ、もう開いてるから、いっぱい掛けてっ……クロウの精子、びゅるびゅるって注いでっ♡」
「ううっ。出るっ!」
 九郞太の顔が射精の快感で歪む。
 チエちゃんの体重も利用して二人はより深く重なる。チエちゃんは腰を落とし、九郞太は突き上げようとしながらも、互いに擦り合わせるような淫靡な腰のグラインドを見せた。
「クロウ……もっと奥まで、ぎゅって……先っぽ押しつけて、ぴゅっぴゅっしてっ……あっ♡ そう、そこっ、あっあっ、すごっ、入ってる、あぁ、はっん……んっ、もっと、来て、来てっ、そこ、クロウの為の場所なんだからっ、ああっ、あっすごいっ、熱いっ、あっあっ、イクっ♡」
 射精から少し遅れてチエちゃんがビクビクッ、と身体を縮込ませた。
「はっ、はっ、ひぃっひっ、はっあ……♡」
 寝室にはむせ返るほどの熱気が漂っていた。
 二人はまるでこの世に二人だけしか存在しないと言わんばかりに見つめ合う。
 チエちゃんが洪水のような絶頂の余韻から身を抜け出すと、「あっ」と何かに気付いたように言った。
「……今、妊娠したかも」
「本当に?」
「うん……多分。あの力が消えた気がする」
 その言葉を受けて、アイデンティティでもある悲願を達成した九郞太は顔をくしゃくしゃにする。一筋の涙が流れる。
「……嬉しいよ。ありがとう」
 涙を拭いながらそう言った。
「こちらこそありがとうだよ。えへへ」
「確信してる。僕はこの為に生まれてきたんだって」
 真剣な声色に同調するようにチエちゃんが頷く。
「あたしもきっとクロウとこうして幸せになる為に生まれてきたんだって思う」
 対面座位で繋がったまま九郞太がチエちゃんのお腹を見下ろす。
「ここに僕の赤ちゃんが出来たんだね」
「うん。あたしとクロウと子供。ここに居るよ」
 二人は目頭を熱くさせながら笑みを浮かべる。一生添い遂げる決意をした男女が交差させる視線は切っても切れない強固さを感じる。
「ありがとう。愛してる」
「あたしも愛してる」
 そっと唇を重ねる。優しく、情念に充ちたキス。ただの肉欲ではなく、愛を誓った者同士が初めての共同作業を果たした心の交わりを体現する口づけ。
 気付けば僕はクローゼットの中で自らを慰めていた。隙間から二人の情事を覗き、仄暗い空間に一人でいつ終わるともわからない絶頂を繰り返す。扉の内側に何度も何度も射精する。しかし勃起が収まる様子は無い。
 九郞太がチエちゃんの手をそっと握る。
「せっかく手に入れた力を失って不安?」
「ううん。君が居る。この子も居る。三人一緒なら恐いものなんてないよ」
「そうだね。きっと僕が守ってみせる」
 二人は真剣な顔つきで頷きあい、ちゅ、ちゅ、と啄むようにキスをする。
 それからチエちゃんが九郞太に向かって微笑みかける幸せそうな顔は、何よりも愛おしく、僕が命を賭けて望んだものだった。しかし僕に見る事が許されるのはその横顔だけ。その笑顔を真正面から受け止め、彼女の温もり、香り、柔らかさを甘受出来るのは世界で九郞太だけ。
「赤ちゃん作ったのに、どうしてまだ元気なのかな?」
 チエちゃんがからかうように微笑み掛けると、九郞太が照れくさそうに頬を掻いた。
 九郞太は「あ~」と気まずそうに頬を緩めると、「あのさ、子作りとは別で、普通にチエと愛し合いたいんだけど」と続けた。
 チエちゃんの表情がまるで砂糖菓子を口に詰め込まれたように甘くなる。
「……同じ事考えてた」
 二人がしばし見つめ合う。
 ちゅ、と唇を可愛らしく重ねると、九郞太がゆっくりチエちゃんをベッドに寝かす。再び正常位になる。互いの両手が指を絡めて握り合った。二人の想いを示すように、強く、強く握り合う。
 チエちゃんが声が上限知らずに甘くなる。
「……愛して。あたしもクロウの事、いっぱいいっぱい愛すから」
「チエ……」
「……恋人エッチしよ」
 頭がぐらんぐらんと揺れる。足元を喪失しそうな程の酩酊感。
「……ちゃんと愛すから」
 九郞太がそう呟くと、腰を振る。
 繁殖の為ですらない、愛を確かめ合う性行為が始まる。
「あっ♡ あっ♡ クロウ、そこ、すごくいい」
「ここ?」
「うん、そこっ、あっいい♡ あっ、あっ、あっ♡ んっ、あ、あのね、あたしっ、クロウのが丁度良く擦れるっ、あっあっいっ♡」
「もっとチエのこと教えて。チエの事を気持ち良くしてあげたい」
「あたしもクロウに気持ち良くなってほしい」
「じゃあまた口でしてくれる?」
 カクカクと腰を動かしながら尋ねる。
「う、うん、あっあっ♡ これからも、いっぱいするんだから、クロウの気持ち良いとこ、ちゃんと教えてね?」
 僕に味噌汁の好みを聞いた時のように言う。
 ギシギシギシとベッドが揺れる。チエちゃんの爪先が揺れる。僕の視界が揺れる。
「こう動くのは?」
「んっ、はぁ♡ それも、すごく、くるっ、あっあっ、でも、もう少し、奥のが、良いかも」
「こう?」
 チエちゃんの言葉を受けて、九郞太が腰の動きを調整する。意見を交わしあい、より互いの事を知り尽くしていく。僕の知らない彼女の顔、声、肌。九郞太がその全てを勝ち取っていく。
「あっあっ♡ うんそこっ、いっいっ、あっ、すごく、痺れるっ、あっいい♡ あっやっ、すごい♡ クロウの、奥まで届くっ」
 九郞太の息が上がってピストンが緩むと、チエちゃんは湯気立つような吐息を漏らしながら嬉しそうに微笑む。
「クロウって、エッチすごく上手だね」
「そうかな」
「うん……あと、おちんちんも大きいし。えへへ」
 自慢の恋人を褒め称えるように笑う。
「大きい方が気持ち良い?」
「そういうんじゃなくて、なんだろう、あはは……好きな人のおちんちんが大きいとなんだか、ちょっとドキドキするっていうか、頼もしいっていうか、何言ってんだろあたし」
「じゃあ僕のも好き?」
 そう尋ねながらピストンに力を入れ始めると、チエちゃんのあどけない微笑みが艶っぽくとろんと蕩けた。
「んっ、んっ……クロウの大きいおちんちん、好きだよ」
 ベッドが軋む。僕と二人で選んで買ったベッドがセックスで揺れている。
「もう僕以外としちゃ駄目だからね」
「うんっ……もうクロウじゃないとやだっ……クロウの、この子のパパのおちんちん以外要らない」
 僕は必死にクロウよりも一回り小さい男根を擦り続けた。大好きな女の子の温もりを知らない自分自身を懸命に慰め続けた。
「ああっ、あっ♡ あんっあんっあんっ♡」
 良かった。
「お願い、一緒にイキたい……あっい♡」
 チエちゃんが幸せそうで良かった。
「クロウ……これからは、気持ちいい事も、辛い事も二人で一緒に、だからね」
 彼女が九郞太にそう懇願すると同時に、九郞太と僕も射精する。
「ああっイク! イク! イクイクイク♡」
 僕は手の平。九郞太はチエちゃんの柔肌で。
 僕はクローゼットの中で。九郞太はチエちゃんの中で。
 九郞太が射精しながらチエちゃんのお腹に手を当てると、「この子が生まれてからも、僕の子供を産んでくれる?」と尋ねた。
 チエちゃんは九郞太の首に両手を回し、頭を引き寄せながら微笑む。
「クロウが赤ちゃん欲しくなったら精子注いで良いんだよ。そこはもうあたしとクロウの赤ちゃん作る部屋なんだから」
 チエちゃんと九郞太がクチュクチュとねっとりディープキスで唾液を交換するのを、もう精液が出なくなった自身を擦りながら見届けた。



 夜が明けた。結局九郞太とチエちゃんは休憩を挟みながらも、夜通しで愛し合っていた。途中に休憩を挟んで二人でお風呂に入ったり、夜食を取ったり、テレビを見たりもしていたが、僕はクローゼットから出る気にはなれなかった。ずっとここでうずくまっていたかった。
 ようやく二人にも体力の限界が来たのか、チエちゃんが先に寝息を立てると、九郞太が僕に目配せしてから名残惜しそうに寝室を出て行った。その際にチエちゃんの寝顔にしたキスは、やはりどこか優しげだった。彼からはもう僕に対する嫉妬や劣等感は感じ取れない。今回の件に関しては主任から発令された任務だったので大人しく帰ったのだろう。
 僕は涙を拭いながらクローゼットを出た。
 初めて間近で見る彼女の小柄ながらも魅惑的な身体には、九郞太のキスマークが至る所についており、そして同様に彼の身体にもチエちゃんのそれが無数に存在するのだろう。
 チエちゃんの寝顔はこれ以上無いほどに安らかだった。何の不安も無い幸せの中に居た。それが僕の胸を締め付ける。僕は彼女の幸せを願った。なのに他者が彼女をそうしたというだけで、こんなにも辛いだなんて。
 それでも僕が安堵したのは、エゴによる苦悶よりもチエちゃんを守れたという事実のが遥かに重い事。何かを得る為に何かを捨てた。それだけの事。僕が一番欲しかったもの。それを見失なわければきっと大丈夫。
 チエちゃんの前髪を指先でそっと撫でて整える。彼女が愛おしくてたまらない。
「んっ……あ、ごめん……寝ちゃってた?」
 微笑みながら目を覚ます。
「ごめん。起こしちゃったね」
「ううん……」
 目を擦りながら身体を起こすと、「えへへ」と笑い、僕の手を取り、微笑んでくれた。それだけでもう報われる。
 彼女の方から不意打ちのようにチュッ、とキスをしてくる。チエちゃんの唇は九郞太の精液の味がした。
 繁殖を果たした雄の余韻を唇に残しながら、屈託の無い心底幸せそうな笑顔を僕に真っ直ぐ向ける。
「これからもよろしくね。クロウ」

 もう彼女が僕をやっ君と呼んでくれる事は無くなった。
 そしてお腹には九郞太の種子による新しい生命を宿している。
 それでも構わない。僕は彼女を愛している。何も変わらない。何も終わってなどいない。僕達の時計の針はこれから動き出す。
「……どうしたの? なんで泣いてるの? ねぇクロウ」
 心配そうに僕を抱擁する彼女の胸の中で嗚咽を漏らしながら、きっと蔓草凪なら「人生とはままならないな」と肩を竦めるんだろうな、なんて考えると、少し可笑しくなって気が楽になった。
 きっとこの涙も、いつか過去になる。二人で明日に進むと約束したから。



 魔法少女と呼ばないで after   おわり

















 一人の男が街を歩いていた。長身で、面長の、スーツを着込んだ男だった。
 当ても無く、連れ合いも無しに一人で歩く。
 歩道を歩いているといつの間にか信号が赤になっていたようで、せっかちなトラックがクラクションを乱暴に鳴らした。
「死にてえのか!!!」
 捨て台詞を吐いて遠ざかっていくトラックを見届ける。大きな車体が豆粒ほどに小さくなるまで遠ざかると、そのトラックが通過した場所を蹴り上げた。周囲の人間は視線を合わそうともしない。看板や電柱への八つ当たりではなく、ただの空間を蹴る素振りは尚更奇異に映り、関係する事を恐れさせた。
 すると遠くを走るトラックが突然転倒した。まるで真横から鉄球が衝突したのかと思えるような不自然な横転。
 悲鳴やらでざわつく中、男は舌打ちをして街の喧騒に紛れようとする。派手に力を使っていれば奴らの方から現れるだろう。しかしそれでは多勢に無勢となる。仲間の一切を失った今、それは得策ではない。しかし当初の目的はもはや一人では達成不可能な事もまた明白。せめてアルベルトでもいればまだ違っていただろうが、生憎と暴走した獣は自らの手を離れ捕獲されてしまった。ならば出来る限り隠密に、少しでも奴らに代償を払わせる事を願う。
 男は拳を握った。屋上からの逃走の際に喰らった一撃。跳躍を行い大きく距離を取った後に、どこからともなく穿たれた被弾は当初こそ理解不能だったが、彼の能力は最後に食らった能力を一つだけ模倣を可能とする。己が力に取りこむとその特性を理解して驚愕した。あの因幡の白兎さえ捨てるに値する。過去を一方的に打ち砕くこの力さえあれば、多くの魔女を道連れに出来るだろうと財前は考えた。少なくとも一対一なら負ける姿を想像出来ない。あのアルベルトに匹敵する神に楯突く力。
 プライドの高い財前にとって、敗走の末に隠居など我慢が出来るはずもなかった。仲間を失った爪痕をなるべく多く魔女にも返す。その一心で街を練り歩く。
 とはいえ自ら不意打ちを仕掛けたくとも、何の情報も持たない財前には偶発的に魔女と出会う幸運を祈るしか無かった。財前は自身が対峙したリンコがそれなりの有名人である事すら知らない。人間など皆家畜に等しく、家畜の個体に興味を持つ者は少ない。
 しかしその幸運は、さほどの時間を要さず彼に訪れる。
 家電量販店のウィンドウに並ぶ大きなモニタ。そこに映る女が大きな魔力を纏っている事は魔術を囓る者にとっては一目瞭然だった。
 魔女の中には非凡な才能を有する人間が多く、社会的な注目を浴びる事が少なくない。例えばそれこそ鮫島リンコ、女流棋士の東雲ヤヨイやAV女優の綾小路スミレもそこに類する。なのに企業に属してもいない『彼女』が真っ先に財前の標的となったのは単なる不運としか言い様が無かった。
 財前はモニタの中でインタビューを受ける女学生の名前を読み上げる。
「……神崎、アカリ」
 そして学校の名前を記憶すると、「こいつから殺すか」と呟き歩き出した。




   魔法少女と呼ばないで2に続く     









































 あとがき

 afterと言うよりかは八雲君と九郞太自体が、元々このラストが最初に浮かんで産まれたキャラでした。
 beforeの時からずっと意識していた為か、八雲君に感情移入しすぎてしまい、当時は体調も崩し気味だったという事も有り、このラストシーンを描く気力が沸かなくて、随分と長い間中断してしまいましたが、なんとか完走出来て良かったです。

 エンド後の八雲君の勃起事情や、九郞太のチエちゃんに対する動向など、三人(と赤ちゃん)の関係がどうなるかは、あえて曖昧なままで終わらせました。お好きな展開を脳内補完してください。毎日続く夫婦エッチ。そして薄々気づき始めたチエちゃん。でも相性の良さに言い出せなくて……みたいなのも良いかもしれませんね。
 基本的にはもう八雲君達は本編に出ません。販売版になったらおまけ短編であるかもしれません。after販売版は未定です。
 あとは事情を知ったリンコが八雲君と慰めックスするなんて話もちょっと書いてたんですけど、蛇足というか何か本筋が濁るかなぁと思って没にしました。

 蔓草凪は元々afterではエロシーンが無い予定だったんですが、どちらにせよエロシーンが描きづらいキャラになってしまいましたね。好きなんですが彼女がセックスしてるところが思い浮かびません。彼女は初登場時のプロフィールにも書いたと思うんですが、スピンオフ作品の主要キャラになる予定でした。そっちがどうなるかは未定です。
 野良に関しても他作品でもう少し言及が及ぶ予定です。

 まほよば完結編の2についてなんですが、投稿作品じゃなくて最初から販売作品にするかもしれません。afterの終盤もそうだったんですが、2は更にバトルメインになります。あくまでエロ小説なので、投稿しながらだとせめて二週に一回くらいはエロシーンが無いとダレる気がするんですが、どう考えてもそれが不可能な内容なので、一冊として出して一気に読んでもらった方が読者視点でも良い気がします。
 どちらにせよ2は未定です。手を掛ける時期も未定です。最低でも一年は空くと思います。
 
 2もはストーリーの設定と相まって多重ifエンドが多く存在するのですが、トゥルーエンドはafterよりもかなりアクロバティックな終わり方になります。でもハッピーエンドです(いつものアレも無いです)。自分は基本的にはバッドエンドは書けませんしね。afterもビターなグッドエンドだと思ってます。

 とにかく何年も空白期間があったにも関わらず、最後まで読んで下さった方には感謝しかありません。ありがとうございました。
 しばらくは反動で明るく楽しい、健全な浮気エッチを描いていく事になると思います。