月が昇ると心が落ち着く。昔は夜よりも断然昼のが好きだった。陽が落ちると心細くなって、でも行く当ても無いから、部屋の中でひたすら疲れるまで正拳突
きを繰り返していた。それが近頃では全く逆になった。すぐ隣の部屋でやっ君で寝ていることも大きいのだろう。それだけでとても安心する。同時に好きな男の
子と隣室で夜を共にする事を意識して、落ち着かなくて眠れない夜もあるが、それはけして悪い気分では無かった。続きを読む
十二話
夜の海は一切の光を呑み込む。一度その中に身を落とせば上下左右の判断すら許さない。冷たく、暗く、そして息苦しい。這い寄る死を直接連想させる深淵の
中で、リンコは身動き一つ取れないでいた。魔女の中でも単純な筋力においては彼女の右に並ぶ者はそうそう居ない。水中だとてその能力は衰えを見せないはず
だった。以前は北米の魔術師と共同で、太平洋に出没したメガロドンの怪異を討伐した経験すら持ち、その際にはヒレひしぎ十字固めを極めてヒレをそのままも
ぎ取ったという逸話すら有している。そんな彼女を完全に拘束しているのは巨大な蛇。一の字に伸ばせばその長さは優に十mを越すであろう大蛇。胴回りは成人
男性の肩幅ほどの広さが見受けられる。そんな野太い鎖がリンコの身体に巻き付き、彼女から自由の一切を奪っていた。続きを読む
分娩室では既にアンナ姉ちゃんが息んでいた。その傍らには旦那さんが手を握って寄り添うように立っている。その表情は当然のことながら心配そうではあるも
のの、毅然とした佇まいを心掛けているのが傍目に判った。どんと構える姿はきっとアンナ姉ちゃんにとっても心強いことだろう。僕は感心した。出産時の夫の
在り方としては百点満点であると言える。初めて彼を見た時にはやや頼り無い印象を受けたものの、今ではしっかり一児の父親としての自覚が感じ取れた。これ
ならば育児も問題無いだろう。といっても彼の子供ではないんだけれど。続きを読む
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