2010年10月

2010年10月29日

<青南法律事務所 三ツ村英一先生>

photo_mitsumura三ツ村英一先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1. 弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.私はもともと検事志望でした。高校三年か大学一年の頃だったか、大きな政治家の汚職事件があって、当時は私も純粋でしたから正義感に燃えて検事になろうと考えたのです。ただ、研修をしていくなかで、検事だと刑事事件ばかりで、そうなるとやはり知識とか経験に偏りが出てしまうので、もっと幅広いことを知りたいという思いもあって、弁護士のほうが面白くてやりがいがあるのではないかと感じるようになりました。続きを読む

bengoshiretsuden at 11:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<インフォテック法律事務所 山本隆司先生>

photo_yamamoto山本隆司先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1. 弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.大学卒業後は、メーカー企業に勤務していました。その仕事の中で、外国の法律、特にアメリカの独占禁止法に対応できる弁護士が少ないことを痛感したのがきっかけです。日本の弁護士で、もっと国際的な人材が必要だと思い立ち、会社を辞めて弁護士を目指しました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<ユアサハラ法律特許事務所 矢部耕三先生>

photo_yabe (1)矢部耕三先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.中学生の頃から、普通の組織に入る生
活はしたくないなと思っておりました。そんな矢先、社会的な制度に興味を持ち始め、刑事裁判官になりたいと思うようになりましたが、修習に入ってからは刑事裁判の実態にちょっと失望したところがあり、東京で弁護士になることにしました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月27日

<弁護士法人早稲田リーガル・クリニック 浜辺 陽一郎 先生>

hamabe浜辺先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えて下さい。
A1. 段々と弁護士に魅力を感じていったので、「これだ」という一つのきっかけをお話しすることは難しいのですが、例えば、社会派の小説に弁護士が登場して活躍する話を読んだりして、刺激を受けたことが影響していると思います。特に、松本清張の小説などを読んで、法的知識を知らないがゆえに破滅していく人物の話に接するにつけ、自らが法律を知っておきたいと思うようになりました。医者や公務員などが自分を守りたいがために、法の隙間に落ちていくような話があって、そうした危うさが怖いなと思ったのですね。
それに対して、弁護士は自由業であるという性質がある点も、弁護士の職業に対する魅力として感じられた大きな要因だと思います。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月26日

<中田総合法律事務所 中田光一知先生>

photo_nakata中田光一知先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.私は1959年(昭和34年)生まれで東京郊外で育ちましたが、私が小学生の頃は、東大安田講堂事件などに象徴される全共闘運動など、若者の叛乱の時代でした。私の両親は昭和一桁世代で、どちらかという保守的な考えですから、そうした運動には否定的だったと思います。なので、家の中ではそうした話題に触れる機会はほとんどありませんでしたが、私の母方の叔父がその頃ちょうど大学生で、渋谷区代々木の祖父母の家に遊びに行くと一緒に遊んでくれるのですよ。当然、叔父やその友人は学生運動について話しますし、部屋にはそうした本が無造作に置いてあったりして、私もそういう空気を自然に感じとるわけです。そうした環境で育ったためか、私も幼いながら社会で何が起きているのかについて興味を持つようになって、自分でも積極的に社会に関わっていきたいと考えるようになりました。それが後に弁護士を目指す遠いきっかけになったように思います。
若者の叛乱は、1969年の東大安田講堂の“落城”を経て1972年の浅間山荘事件で突然のように終焉を迎え、その後急速な内省化・内向化が進みました。私が高校に入学した1974年頃には、それまでの学生運動は過激派などと呼ばれる極々少数者の過激な運動に変化していました。全共闘運動が一般学生・市民が主体の運動でもともとはノンポリラジカルとも呼ばれていたのに対して、この時代の運動は一部突出した人達による一般市民からは到底支持されない暴力的なものだったため、こうした運動は急速に孤立していきました。また、全共闘運動の敗北体験は、若者たちの社会へ向かうエネルギーを急速に奪いました。
内省化内向化、つまり自分達のごく身の回りのこと以外は思考停止するような、今のオタクの源流のような時代に入っていたように思います。
私の高校生活は、そのほとんどの時間をクラブ活動(私は中学生からバスケットボールに熱中していました)や、大好きな音楽活動(仲間とバンドを組んで文化祭で演奏会を開いたりしました)、そして文化祭や体育祭の企画運営活動などに大半を費やしました。高校生時代は、社会などという大きな広がりを意識する前に、気の合った仲間と過ごすことが何よりも楽しかったんですね。こういう生活が、当時の私の社会参加の形だったんです。当然、受験勉強なんてする気にはさらさらならなかった。何もしないのに普段の成績は割りと良かったので、受験勉強を小馬鹿にしていました。それで結局なんの準備もなく受験することになりましたが、受験するからには志望を決めなければならない。私は当時、社会参加の意欲満々で、社会参加の手段として弁護士になる進路である法学部を選びました。でも受験勉強などしたことないですから浪人覚悟でした。当然、第一志望の東大文?は落っこちましたが、まことに運良く早稲田大学法学部に救ってもらいました。
ご存知と思いますが、早稲田大学は放任主義のマンモス大学、大衆社会の縮図のような大学で、高校時代の外部から保護された環境とはまるで違いました。私は突然大衆社会に放り込まれて、砂粒のような自分を感じ、ただただ右往左往するだけの状況に陥りました。社会に対して何か働きかけることが出来る仕事がしたいと思って弁護士を目指して大学に入ったんですが、大学に入って経験した開かれた大衆社会は、保護された閉鎖空間で送った高校生活とはまるで違う。こんなに多様な人々がそれぞれ思い思いの考えに従って生きている社会の中で、このちっぽけで無力な自分に何ができるだろうか? 私は急速に意欲を失って、弁護士を目指すのはやめることにしました。そしたら、何をして良いのか全く分からなくなって、ブラブラと怠惰な日常生活を送って、気づいたら語学の授業を全部落第して卒業が一年遅れることが早々に決まってしまった。私の同学年の連中は、就職活動をして一年早く社会に出る。さて、私はいったい何をしたら良いのだろうかと悩みましたね。ところで、私の大学時代の恩師は商法の奥島孝康教授(後に第十四代総長になられました)なんですが、私は大学4年生のときに(既に1年留年していたために)3年生配当のゼミに入れていただきまして、以後大学4年・5年の2件間に亘って奥島先生に親しくお話を伺うことができました。何かの機会に先生がおっしゃられた「司法試験は敗者復活戦だ」という言葉が私の弁護士になろうという意欲を思い出させてくれました。全く、このままでは“敗者”のまま大学を卒業することになると危機感を持ったんです。それが大学5年生になる直前です。
私は、何でも受験勉強というのを馬鹿にする傾向が抜きがたくあるんです。ようするに受験のために特別の勉強などしなくても試験なんて受かるだろうと思っているところがあるんですが、大学4年生で何の準備もせずに初めて択一試験を受けた時からは、このままでは手も足も出ないことが分かっていたんです。ですから、奥島先生の言葉で司法試験に本格参戦を決心したときからは、一生に一度本気で受験勉強に取り組むことを決めました。
でも、結局、(今思えば全く何の根拠もない思い上がりですが)1年も勉強すれば受かると高を括っていた司法試験に4年を費やすことになりました。受験時代は、弁護士になって何をやるかということより、弁護士にならなければ何も始まらないという所まで追い詰められた状況で勉強しました。
少し話が長くなってしまいましたが、私が弁護士を目指すきっかけになったのは、子供の時代に触れた若者の叛乱の空気、学生運動の空気だったように思います。社会では何が起きているのだろうか? 社会に対して自分は何ができるのだろうか? その後の紆余曲折はありましたが、結局はその原点に戻っていったということのように思います。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) インタビュー 

2010年10月22日

<東京リード法律事務所 安藤良一先生>

安藤良一先生にインタビューをさせて頂きました。photo_ando

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.私自身があまり裕福な家庭ではなかったので、弁護士になってそういった貧しい人たちを助けたいという思いが強くありました。さらに理系の職業よりも人と関わるような仕事の方が私の性格にあっていることもありました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月21日

<渋谷シビック法律事務所 大胡田 誠先生>

ogoda大胡田先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えて下さい。
A1. 私は、生まれつき目が不自由で、弱視でした。そして、小学校6年の頃から、病気が進行し全盲となりました。ですから、中学に入った直後は自暴自棄にもなりました。しかし、そんな時、読書感想文で読んだ「ぶつかって、ぶつかって。」という本に出会ったのがきっかけとなりました。この本の著者は私と同様、目に障害を抱えた竹下義樹という弁護士の方で、日本で初めて点字による司法試験に合格した方でした。この本を読んで、目が不自由でも弁護士に成れると知り、希望を持つことができました。当時の私ですら、司法試験は最難関の試験であるということは、何となく分かっていましたが、自分も弁護士になろうと強く思いました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0) インタビュー 

2010年10月20日

<おおかわ法律事務所 大川秀史先生>

おおかわ法律事務所_大川先生大川秀史先生にインタビューをさせて頂きました。

Q1. 弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1. 物心がついたころ、免田事件・財田川事件・徳島ラジオ商事件等の相次ぐ再審無罪を報道で目にし、弁護士を目指し始めました。しかし弁護士登録後、刑事事件で無罪を争った経験は殆どありません。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2010年10月19日

<国広総合法律事務所  國廣正先生>

photo_kunihiro (1)國廣正先生にインタビューをさせていただきました。

 

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。

A1.私が高校生だった1970年代は公害問題やベトナム戦争など様々な社会問題があり、こうした問題に取り組みたいという思いからジャーナリストか弁護士になろうと考えていました。
その後、冤罪事件に関する本を読み、権力や社会悪に切り込んで不正や人権侵害を正したい、チャレンジしたい、という思いから弁護士の道を選びました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 11:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

<高橋雄一郎法律事務所 高橋雄一郎先生>

高橋雄一郎先生にインタビューをさせていただきました。photo_takahashi (1)

Q1.弁護士になろうと思ったきっかけを教えてください。
A1.私は理工学部の電気工学科出身で、卒業後は東芝の知的財産部に勤めました。ここで特許の出願や係争事件について扱うこととなり、法律の知識も少しは必要だと思い法律の勉強を始めました。
元々法曹界を目指していたわけではありませんが勉強を始めるとマニアックな性格のせいか民法や刑法の勉強も始め、せっかくなら司法試験を受けてみようと思い、4年程独学で勉強を続け試験に合格しました。会社には司法試験を受けたことも内緒にしていました。
その後、司法試験などすっかり忘れて相変わらず東芝の同じ部署で仕事を続けていましたが、2001年に担当していた半導体製品について東芝が事業撤退するということになり、リストラの波に乗って円満退社という形で会社辞め研修所を経て事務所を開く流れに至りました。
現在、電気や電子など特許分野を中心に仕事をしていますが、メーカーの知財部にいた時に「弁護士は難しい技術を理解するのに時間がかかりすぎる。」といった印象を持っていたので『それなら自分でやった方が早い』と感じたことが今の事務所を開くことにつながりました。

続きを読む

bengoshiretsuden at 10:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0)