2018年05月27日

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『明治性的珍聞史』上中(下は未刊)
梅原北明=編 
文芸資料研究会:大正15年、昭和2年

 戦前の艶本出版の雄・梅原北明
 さまざまな艶本を精力的に出版する一方、明治期の新聞記事の収集をライフワークとして行なっていた。
 この『明治性的珍聞史』は、明治の新聞から性的な記事を抜き出したもの。要は下世話な三面記事だ。

 当時の新聞は大新聞(おおしんぶん)と小新聞(こしんぶん)に分類されていた。ざっくりと言えば大新聞はインテリ向けで、小新聞は大衆向け。漢文でお堅い政治経済を解いていた大新聞に対して、小新聞は世情の野次馬的な興味をそそるような記事を提供していた。
 次第に小新聞も政治などの記事もフォローするようになり、現在の形態の新聞が出来上がった。
 今現在発行されている日刊紙も元をたどれば全て小新聞。大阪朝日新聞や読売新聞、東京日日新聞(のちの毎日新聞)、都新聞(東京新聞)、郵便報知新聞(スポーツ報知新聞)、やまと新聞(東京スポーツ新聞)などなど。
 どうでもいい薀蓄終了。


 で、それらの小新聞より、下世話で性的な射幸心を煽る記事を抜粋したのがこの『明治性的珍聞史』
 心中、姦通、痴情のもつれ。性犯罪に艶笑譚。
 とかく読者の興味を惹くことだけに傾注する。その売らんかな主義の記事群に、新聞の本質を見たような気がする。

 以下、その記事の中から引用。
 なお元の新聞には見出し語はなく、便宜上梅原が付けたもの(下巻では酒井潔が担当)。
 また適時、句読点、改行を加えたことをお断りしておく。
 


▼まずは、紙屑屋に睾丸を売ると持ちかけた男の話。
 話自体もさることながら、この記事がすごい所はニュースソースが伝聞なんだ。なんとも暢気な時代だ。
・睾丸取引売買五円也
 
 大阪の玉造りといふ所のほとりにて、一人の男が紙屑かひに己れが睾丸を売らんと云ひ、紙屑かひも買ひませうと、戯談まぎれが遂に実と成って五円ときまり、手附に五十銭して翌日取引を為さんと紙屑屋はその男の家へ参ると、今日は少し差支へがあります故、二三日待って呉といふ言葉に任せて両三日たち、いよいよ今日は睾丸を引取りに来たと云ふと、畏まったと云ひつつ奥へはいり、正しく睾丸を切って持って来た故、紙屑屋は驚きながらも、約束ずみの事にて拠どころなく四円五十銭渡して、鼻をつまみながら持ては来たが、一文にもならぬ品故、当惑して居るうち、或る寺の和尚が墓地へ行くと、男の新葬が堀り返して有るを見て不思議におもひ、その死人を改めると睾丸を切られて居るゆゑ、是はと驚愕し早速その筋へ死人の睾丸を盗んだ者が有る事を訴へたるが、全く此男が困りはてゝいたした仕業であらうと、此せつ糺し中で有ると、俳優の宗十郎を送って大阪へ参り此ほど帰って来た人が咄したと云。
(読売新聞第六十号 明治八年三月五日)


▼金玉つながりでもう一つ。
 疥癬治療には「軽粉」が効くというのを「金粉」と聞き間違えてしまい、おかげで文字通りに光り輝く「金玉」なったという滑稽譚。
 これ、新聞に載せる必要あるか?
・金箔を陰嚢に塗り
 
 武州熊谷駅の村田屋と云ふ商家の手代何某、陰嚢癬が出来て痒さに堪へ兼ね、友達にどうしたら治るだらうと尋ねしに、軽粉を摺り込むが能いと教へられたるを聞き違へて、大谷太兵衛かたへ行き金粉を売て呉れよと買い来りて、陰嚢へ塗り附けしに、陽物まで光り輝きて縁起の陽物のやうなるを小僧が見付け手を叩いて笑ふたり。然れ共痒き事は少しも止まねば、友達に向て私に詐偽を教へて人を諧り物にしたと恨みけるに、友達も大きに笑ふて、それは金粉を塗ったら丸で金勢大明神だろう、癬には軽粉で無ては利ものかと云はれ、左様かと買い直して附けたりと云へり。
 金粉を間違へて笑はれし位は能けれども、薬品を買ふ杯は余り粗忽なる人に教しふれば、人命を害する事あらんも料り難し慎むべしと熊谷の某が語れり。
(東京日日新聞 第913号 明治8年1月22日)
 

▼隠部を象った飴人形を売った人と、卑猥な二股大根を店頭に飾ったという八百屋の事件。
 先般、3Dプリンターで自らの女性器を形どって頒布し、アートでごさいと言った挙句に捕まった女がいたけれど、それをはるかに先取りしている。
・お多福の陰門
 
 西京は外々よりも以前は、余程淫行な土地にて、応と云へば直に来ると答へる娘子供が目をつくやうに多くありましたが、近来は女紅場を設けられて芸娼妓さへ手厚く教育さるゝゆへ、打って替って風俗が改まりしに、此間とんだ馬鹿ものがありました。
 下京第十五区林下町の古川豊吉といふ者は、飴にて女の前陰を出してゐる人形を作り、往来で売ったゆえ違式の罰を蒙り、又本月十五日にも、上京第三十三区孫橋通り新丸太町西へ入る、青物屋加部惣兵衛方逗留の堀内駒蔵と云ふ男が、野菜物の料理に上手なるを自慢にして、大きな二タ又大根でお多福の陰門を出した有様を旨く拵へ、誇り顔に店先に置くと忽ち巡査に見咎められ、醜くき大根は取揚げ、駒蔵も又裁判所まで引かれたと申ことだが、何れもあきれた戯気ではありませぬか。
(郵便報知第八百八十八号 明治九年一月二十三日)


▼三遊亭圓朝による記事。
 大して面白い記事でも無いけれど、落語マニアとしては見逃せ無い。
 掲載紙の記載が無いが、条野採菊が編集していた東京日日新聞かやまと新聞のいずれかではないだろうか。
 コメント欄にて情報を頂きました。郵便報知新聞第551号とのことです。
IMGP9190 大阪船越町に骨接を業とする松本あいと呼ぶ婦人あり。年猶廿六歳なるが、日頃より柔術にも長たりしが、其姸なきを以て人其勇を知るものなし。
 近き頃隣家の娘を連れて長柄川の堤を過りしに、川風寒きかわたれ時、四人の荒男躍り出で、おあいと隣の娘とを両人づつにて取りおさへ、強淫なさんと為せしかば、おあいは大に怒りつゝ、組付たる一人を水中に投げこみ、又一人を撞きこかし、隣の娘を押臥て上へまたがる一人の領髪とって捻倒し、拳を堅めて一人の眼の辺を打ければ、何れも恐れ逃散たり。(三遊亭圓朝誌)


▼落語つながりでもう一つ。
 落語家の前座が、常磐津の師匠と密通しているところに旦那が帰ってきてしまった。戸棚に隠れるも、その前に旦那が座り込んで出るに出られず難儀する。まるで「風呂敷」みたいな話だ。
・出世せぬ前座案外色が出来
 
 居候や間男で毎度高座を塞げる落語家の前座が、本物に出合って仕方落ちならぬ困った噺は、金杉村に常磐津長吉とて、角木瓜に花菱の提灯を下げ、酒の座敷へ呼ばるければ芸者代りのお師匠さん根緒に、くゝりし立派な旦那がある身にて、一寸浮気の水調子狂ひ初めしは、此頃より桂文吉に思ひを懸け、終には我家へ寝泊りも、旦那に隠して黒幕中に忍ばせ置たりしをいつか勘着かれ、或る日、旦那は文吉が忍び居るを聞き知りて、困らせ遣らんと表から悠然と這入りしを、見るより此方は気も転倒、裏口から迯んとする折りも折りとて、此外に近所の者が彳みて文吉が姿に目を着ける様なれば、出場を失ひ裏と表に気はおじ/\。
 詮方尽て、台所の戸棚へ隠れしは朝の十時頃なるが、此方は夫れと承知も素知らぬ顔で酒肴を誂へて、長吉を相手に打ち戯れ中々帰る様子もなければ、死ぬ苦しみの文吉は途方に暮れし暮れ六時頃、少しの透を見て漸く裏から迯げ出し、席へ急いで走せ行きしは落語家丈け身につまされしも、花盗人の自業自得。
(郵便報知新聞 第1448号 明治10年11月21日)

 
▼東京に出てきた青年が、吉原で女郎が買えないことを儚んで自殺未遂をしたという一幕。
 当時の吉原は、地方青年にとってよっぽど憧れの存在であったのだという一例。興味深い。
・十七年女郎買ひの夢
 
 信州水内郡神明町の石井は今年卅七才なるが、廿歳の時志を決し、たとひ借金をしても一とたび東京吉原の娼妓を買ひなば跡は死んでも憾みなしとて、出京してはみたが十七年の間やうやう所々を米搗き稼ぎに歩くのみにて、此節本所永倉町の米屋兼吉方に雇はれ居れど、僅かに糊口をなすまでなれば、中々壹銭の蓄へも出来兼るより観念して、宿願の娼妓買ひも出来ぬならイッソ死なばやと思ひ込み、去る十日両国橋より身を投げしに、折りよく巡査に救ひ上げられ、分署へ拘引して吟味ありし処、逐一右の次第を言上せしに付、其了簡を篤くお論しの上、雇主へ引渡されしと云ふが、随分利口の生まれつきではない様に思はれます。
(朝野新聞 第339号 明治11年2月16日)
 

▼女郎通いに夢中となった小間物屋の旦那。ある晩こっそり家を抜け出したところ、後から女房がつけてきた。突き飛ばして振り切ろうとしたところ、女房はそのまま川へ身を投げてしまった。
 慌てて飛び込み助け出し介抱したらば、これが女房でなく別のお内儀さんだった。話を聞くと、このお内儀さんも亭主の女郎通いに難儀しており、いっその事と川へ身を投げたのだという。
 何はともあれ助かってよかったと一息付いていたところに、今度は小間物屋の女房が登場。
 玄人ならともかく素人に手を出して、さらには心中するなんてと大激怒。てんやわんやの騒動になるというお話。まるで世話物狂言でも見ているかのような一幕。
・芝居以上
 
 世に間違った咄しのたとひに、お月様とすっぽんと云ふことがござりまするが、爰に同じ間違でもたとひの通りお月様とすっぽんと云ふ程ならで、すっぽん連中の間違がござりました。
 茨城県下常陸国真壁郡下館下町の小間物商某は、平生律儀な者なりしが、どうした拍子にか或る貸座敷の女郎に馴染み、女房の手前は随分隠して居りますれど、兎角に尻が落付かねば、終女房はさとりましたが、額の角は押隠して知らぬ風情に程よくもてなし居ります故、段々抜け参りが度重なり、先頃或る夜、女房が勝手にまごまごしてゐる中、裏口の方からこっそり抜け出、柳町の橋際近くなる時分、跡から女房が追て来るで見付られてはこれ迄なりと、思ひ切って突きとばし転んだ透に足を早め、橋を渡ってふり返り、うしろを見るに月影曇ってさだかならねど、橋の上からひらりと川へ飛び込みし様子なれば、コレヤ大変と引返し、直様飛込川岸までは揚げたれども、夜中のことにて手に余り、近所の髪結床を喚びおこし、手伝を得て床みせに担ぎ込み水を吐せるやら薬を飲せるやら、種々介抱に手を尽せど、其詮なければ、我が放蕩の為にかゝる非業の死に就かしめしを今更深く悔歎き、耳に口をおしあてゝ我が誤りをわびごとするに、此誠心が通ぜしやウンと息を吹出したり。
 某は大きに悦びヤレよかったと、よく/\見るにこはいかに、別の人間になってよみがへりたれば、おまへわたしの女房かといふに、こなたもびっくりヲヤあなたはどなたでございましたと、互になんだか訳が分らず時に、女がわたしは大町の古着渡世某の女房でございますが、内の亭主が女郎気違になって、あんまりお金を使ふに困りますから、貸座敷へ押込んで見ました所が、却て私に恥をかゝせるやうな事をいひますで、悔しくってたまりませんから身を投げて死なうと思った所でございますに、どうしてあなたはこのやうに御介抱なすって下さりましたか、とんだ御親切な御方様で入らっしゃいましたといふにぞ、某は再びびっくり、さうお咄しならわたしもお咄し申しますが、わたしもお前の御亭主さんと同様、今夜貸座敷へいきます処を女房が路から追掛て来ましたから、腹立まぎれに突きとばしましたれば悔しがって身を投げたかと思って引揚げたで、全く女房の積りでございました。それはともあれ、おまへもとんだ短気であったが、マア死になさらんで目出度かった、なんにしろ御亭主さんにお知らせ申さうと騒いでゐる所へ小間物屋の女房出来り(これは格別りんきしたるにあらず、東京へのぼるに仕入金を遣ひ過されては商売の障りになる故、酒のさめたる時分よい加減につれ帰らんと思ひ通りかゝりしを人の見付けて呼入れたるなりとぞ)。
 此体を見て日頃打隠したる額の角が俄に生出、おまへさんも若いから貸座敷通ひぐらいは仕方がないと知らぬ振りをしてゐましたに、わたしをうまくだまくらかして、このおかみさんと情死をする程のことをして居なさったものと見へるに、なんとマア人をだますも程のあるものではございませんか。イヤさうでないなどいひなさっても、それ二人の髪がぬれ鼠のやうになって居ますよ。おまへさん、このかみさんにそれ程喰ひ込んで死にたいならナゼなまじいによみがへったのだ、思い立った序に早く死んで仕舞なさらんか。二人の死ぬのは憚りながら見捨てられた私が請人だから、何処からも尻のくる心配には及びませんよ、などおこり立ち皆々もてあまして居る所へ、古着屋の亭主も知らせに驚き駈来ると、小間物屋の女房が第一番に踊り出、わたしも随分油断であったがお前さんも男のくせに我女房を人に取られ、おまけに情死する迄知らずに居なさるとは、あんまり鼻毛の伸びた咄しではございませんか。マア此二人を御覧なさい、顔の色は夕顔を屁でむしたやうに青ざめて、髪と云へばなんのこともねえぬれ鼠でございますよ、と恥しめられても一言もなく、成程これでは引取る訳にもまゐりませんと、事面倒にならんとするを、髪結床の亭主其外が色々弁解取扱ふに、漸く双方疑念がとけて相済みました。これがすっぽん仲間の間違とも申しませう。
(東京曙新聞 第五百四十九号 明治八年八月九日)


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2018年05月05日

当世百道楽

『当世百道楽』
堀内新泉
(文正堂書房:大正5年)


 堀内新泉をもう一冊。
 以前に『良人百癖』『細君百癖』という本を紹介したが、堀内はサンプルを100集めるのが好きなようだ。
 この『当世百道楽』も同趣向で、風変わりな道楽者を百人俎上に上げる。
 これがバラエティに富んでいる。みんなイっちゃっている人ばかり。
 落語の文句に
「道楽ってのは『道に楽しむ』と書いて道楽と言いますが、中には『道に落ちる』と書く道落もありますもんで……」
 というのがあるけれど、この本で紹介されるのは、道に落ちる「道落」の人ばかりだ。

「女道楽」「酒道楽」「茶道楽」「香水道楽」
 遊びに出かける「活動道楽」「寄席道楽」「玉突道楽」「旅行道楽」。カフェーをはしごする「カフェー道楽」
「帽子道楽」「盃道楽」「ステッキ道楽」「傘道楽」「人形道楽」「玩具道楽」はコレクター。あらゆる金魚を育成したがる「金魚道楽」なんてものコレクターの範疇に入るのだろうか。

 寝具にこだわる「蒲団道楽」に、家に趣向をこらした便所を二十以上も造作する「便所道楽」。ある便所からは筑波山が眺められ、またある便所からは荒川の流れが眼下に見えるそうな。
 江戸っ子らしいのは「火事道楽」「床屋道楽」
 家庭第一の「女房道楽」「子供道楽」
 
「媒酌道楽」「葬式道楽」なんてのは現代にもいる。冠婚葬祭になると妙にハリキル人が。
 素人芸を人に披露したがる「義太夫道楽」「浪花節道楽」「謡曲道楽」。こりゃまるで落語の「寝床」だ。

 近所の貧民の子を集めては、汚い着物を脱がせて蚤を取るというご隠居の「蚤取道楽」
 金に困っていないのにも関わらず、家にあるものを何でも質に入れてしまう「質道楽」
 こうなってくると、変人度はかなり増してくる。

 僕が好きだったのは「中口道楽」
「中口」とは耳慣れない言葉だが、広辞苑によれば「双方の間に立って、どちらへも相手のことを悪く言う事。なかごと」とある。
 で、この「中口道楽」というのは、人の間に入って陰口を叩いては、喧嘩を焚き付けて面白がるという、まことにタチの悪い趣味。
 上方落語に、喧嘩の仲裁に入るのがなによりの道楽という噺「胴乱の幸助」があるけど、これはその真逆を行く。

 さらに性格が悪いことに、喧嘩を焚き付けた人たちに勝手に「拳山」「泪川」などという四股名をつけて番付をこしらえ、「今年は西の成績が良かった」「今年の優勝旗は東に廻った」とひとり楽しんでるというのだから始末におえない。


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坪内逍遥『内地雑居 未来之夢』を読んでいたら、変わった表記表現を発見した。

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元は、明治19年に分冊刊行された小説で、写真は大正15年の版(福永書店)。

その表記があるのは、登場人物たちが上野の鐘の音を聞いて、時間に気がつくシーン。
登場人物の三人が同時に「一時」と言い、そこから罫線が三つ又に別れて各人の語尾へとつながる。

折柄店の方でボーン。上野の鐘の音もゴーン
(みや)ヲヤもう……
(みや。田所・菱野。三人一緒に)一時——ですヨ。
——だ。——だネ。


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 こんなライトノベルみたいなことしていたんだ。
 演劇畑の坪内逍遥だから、舞台的な効果を文面にて試みようとしたのかもしれない。


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2018年03月21日

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『細君百癖』
堀内新泉 
(近代文藝社:昭和3年,重版)


 以前紹介した『良人百癖』の姉妹篇。
『良人百癖』では亭主の変わった悪癖を並べていたが、今度は妻の悪癖を俎上に上げる。

「食ふより外には能のない女」「近所の噂に日を暮して居る女」「何かと言へば直に泣く女」「至つて悋気深い女」「何でも知つた振をしたがる女」「妙に物を隠したがる女」「呆れる程寝る女」などはまだ序の口。

 潔癖性の「人を穢ながる女」
「これは困つた癖のある女」は放屁癖で、昼夜のべつ幕無しに屁を放る女。
 壁土を剥がして食い、茶を噛み、巻き煙草を噛み、時々銅貨を舐めるという「妙な癖のある女」。これはもう病気だろう。
「盗癖のある女」「亭主ばかり取換へて居る女」「貞操を無視する女」なんてのは御免被りたい。


 楽しいのは「剽軽な女」
 短気で口やかましい亭主に対して、女房が当意即妙の軽口で返答する。
「オイ縁先に水が溢れて居るぞ、何故拭いて置かぬか馬鹿ッ」
 細君は平気だ。
「良人(あなた)は馬鹿のお連合ですか」
「黙れ畜生」
「オヤオヤ良人には尻尾がお出来になりましたかね」
「汝(きさま)のことだ」
「御冗談おッしゃい、人間がまさか畜生を女房には持てますまい、だがそれも全く例のない事ぢゃありませんわねえ、お聞きなさいよ」
 細君は嫣然(にっこり)笑って声を張上げ、
「篠田の森に帰るぞーやア……」
 まるで落語の「洒落小町」だ。


 これまた落語っぽいのが「頓馬な女」
 聞き間違えばかりしてヘマを繰り返す粗忽なおかみさんの話。
「明日は内で見合いがあるからね、その都合にして置きなさいよ。多分午後二時頃になるだらうと思ふ。吾は遅くとも一時までには戻ってくる。座敷を悉皆(すっかり)片付けてな、整然(ちゃん)とお茶でもだすやうにして、いいかい?」

 と言いつけて、亭主は表に出て行ってしまった。
 家に残ったおかみさん。座敷のものを全部片付けてしまい、掛け軸や花活けも取払って床の間までもスッカラカン。
 何も無くなった座敷に一面ゴザを引き、お茶の準備に鉄瓶にお湯をたっぷりと沸かして待ち構える。
 そのうちに、若い男と女がやってきた。
 何の道具も持参していないのを訝りながらも、おかみさんは座敷へと通した。
 帰ってきた亭主が座敷を覗いて驚いた。若い男女が手持ち無沙汰な顔をして、何もない座敷で古ゴザの上に座っているではないか。
 慌てておかみさんに詰め寄った。

「座敷の彼(あ)のざまは何だね」
「アレなら好いでせう、畳の表も痛まないで……」
「私の言った事を何と聞いた!」
「今日のお昼から家で居合いがあるとおっしゃったでせう」
「馬鹿、居合いじゃない見合いだよ、飛んだ茶番を演りやがるなあ!」
「どっさり沸してありますよ」


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2018年03月07日

ブックオフにて、久しぶりに掘り出し物。

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筒井康隆著、横尾忠則装丁の『美藝公』(文芸春秋:昭和56年)のサイン本を、たったの950円で発見。 

 しかも、筒井と横尾が連名でサインしている!!

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筒井はサイン本の多い作家なので、俺も何冊か持っているけれど、W署名なんて本は初めて見た。 

中に「横尾忠則展」(船橋・西武美術館:1981年)のチラシと半券が挟まっていて、ゲストに筒井と糸井重里が来て対談とサイン会をする予告がされていた。その時にしてもらったサインだろう。

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全体的に荷が薄くなってきたと言われるブックオフでも、まだこういう事があるんだ。
これからも、こまめに見て回らなくちゃいけないなあ。

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