白紅胡蝶

溢れ出す言葉で世界を埋め尽くせ!!

『第二夜』アーカイブにアップしました

 少々時間が掛かってしまいましたが,「怪談ブロードキャスト【アヤカシれぃでぃお】第二夜」をアーカイブにアップしました。

 賛否両論あるとは思いますが,生放送中に起こった出来事をそのまま公開することにしました。

 何が起こったかについては,お聞きの皆様に判断を委ねたいと思います。

怪談ブロードキャスト【アヤカシれぃでぃお】第二夜アーカイブ

禁断の……!!

 やってしまいました……。

 大放送事故で御座います!!

 P兼D兼DJとして放送に携わって参りましたが,これが現実の放送局でしたら,DJはディレクターに「お前今度から来なくていいから」と言われ,そのディレクターはプロデューサーに「どう責任取るつもりだ?」と詰め寄られ,そのプロデューサーは背後に音もなく現れた編成局長にポンと肩を叩かれ,その編成局長すら詰め腹を切らされるという大事であります。
 全部私一人でやっておりますので,私一人が役割の回数分切腹をすれば済むとは思うのですが……

 改めまして,出演者の皆様,リスナーの皆様には多大なるご迷惑をお掛け致しましたことを心よりお詫び申し上げます(平身低頭,土下座状態)。

 セッティングは前回放送時に調整した状態を保存したものを引き継ぎ,夕刻にはBGM,効果音,ジングル等をバッチリ仕込み終わって,後は出演者の方々と通話回線を開けばよい状況でありました。
 夕食を済ませ,放送開始40分前には,軽く最後の打ち合わせも兼ねて,放送状況の確認を行えばそれで済む状況だったのですが,その段階でなんと。急にPCが挙動不審になってしまいまして。
 慌てて再起動から,BGM,効果音,ジングル等の再仕込みから,通話確認から,放送音声確認までを駆け足で行って,予定時刻を過ぎやっと放送開始に漕ぎ着けたのですが,こちらではしっかり音曲が再生されているにも拘わらず,実際には放送に乗っていなかったという不始末。

 そして,お聞き下さいました皆様はご承知の通り,「禁断のネタ」として,いたこ28号さんが披露されたお話しが佳境に入るやいなやの,まさかの回線切断。

 それまで165名の方が聴取下さっていましたが,復旧作業に手間取り,放送中断が長引いたにも拘わらず,なんと120名の方が辛抱強くお待ち下さり,最後までお聞き下さいました。
 本当に有難いことだと思っております。

 この期に及んでとお思いでしょうが,実は,予感めいたものはあると言えばあったのです。
 放送中お話ししましたが,今回の放送の準備期間中,雷雨でもないのに起こった突然の停電。普段肌身に付けているアクセサリーの破損。
 聞けば,じゅりんださんも放送前にネトラジのことを考えている最中に転倒されたとか。
 そして,最も驚かされたのが,放送終了後,いたこ28号さんが打ち明けてくれた「この話はプロの方にヤバイって言われていた」という証言。

 事故発生中,掲示板ではリスナーの皆さんが「霊障だー」「御祓いだー」と盛り上げて下さいましたが,今回の事故は,冷静に考えれば,私,侘助の不手際と技術的障害が偶然あのタイミングで発生したという合理的説明は付けられます。

 しかし,今年行われた某イベントで別々に購入したのも関わらず,じゅりんださんと私の指定席が偶然隣り合わせとなり,第二夜の出演交渉をさせていただく機会がなかったとするならば。
 某オフ会の開催を聞きつけた私が,電話乱入を果たし,英資さんと知己を得られなかったとしたら。その英資さんにオンライン上の遣り取りで第二夜の出演交渉をさせていただく機会がなかったとするならば。
 あるいは,偶然ネット上で前回の放送をお聞き下さり,拙番組に参加してみたいという,いたこ28号さんのブログ記事を知らなければ。しかも今回お話し頂いた実話の取材先の方といたこ28号さんの偶然の再会と演談の許諾が取れていなかったとするならば。

 ああいった事態は発生しなかったのではないかと,つい想像が膨らんでしまうのです。

 何やら自分でも支離滅裂な纏まらない文章ですが,偶然が偶然として発生しても,それがある文脈に乗って解釈せざるを得ないという状況が発生したら,それは最早偶然ではなく必然だとしか言えないのではないか。

 あまり深く立ち入ると,関連妄想が加速して,「あちら側」に行ってしまいそうなので止めておきますが,何やら今回の放送は,私の意志を超えた何らかの意図が働いたのではないか,などと思ってしまいます。
(だからといって,放送事故の事実自体は変えられませんが・苦笑)

【追記】
 本日,理髪店で髪をバッサリと切り,顔剃りもして綺麗サッパリとしてまいりました。
 失敗は失敗として,それを教訓とし,生まれ変わって次回に備えたいと思います。
 まぁ,出演したいという怖いもの知らずな方がいらっしゃればの話ですが……。

 

【緊急告知】怪談ブロードキャスト【アヤカシれぃでぃお】第二夜・放送決定!!

 と,言う訳で,誠に急展開。
 やっちゃいます。第二夜。
 久々にねとらじのプロデューサー兼ディレクター兼DJ業再開で御座います。

 今回のゲストは,掌篇怪談書きのEさん,実話の実績もイベント語りの経験のお持ちの美女・Jさん,そしてスペシャルゲストに怪談ねとらじ業界では知らぬもの無し,プロ怪談士とのコラボもやっちゃうI28Gさん(伏せ字になってないヤン・笑)をお招きします。

 放送日時は11月22日(日)/21時〜・「livedoorねとらじ」にて。
 
 いやぁ。言ってみるもんだなぁ。
 
 (で,またしても詳細はコチラ) 

【告知】文学フリマにて妖怪掌篇アンソロジー出品!!

 さて,公式発表も成されましたので,こちらでも宣伝をば。

 来る12月6日,蒲田・大田区産業プラザPiOで開催されます「第九回文学フリマ」にて,我が盟友・立花腑楽が編集長を務める妖怪掌篇アンソロジー『へんぐえ』が出品されます。

【詳細】◇腑楽御崎

 総勢23名の書き手が描く29体もの妖怪変化が紙面に躍ります。
 笑いあり,涙あり,ほのぼのあり,恐怖あり,シュールあり,オタクあり,時代物から論考まで,多彩な作品が目白押し。
 拙作も二作品収録されます。
 是非お手にとってお読み下さいましたら幸甚です。

 当日は私も会場におりますので,この際ですから「12月6日は蒲田でボクと握手!」。


 ところで,一部報道によりますと,当日私がゲームキャラ「ベヨネッタ」のコスプレをするとの誤報が成されておりますが,いくら私がリアル眼鏡っ子で脱いでも凄いからと言ってコスプレする訳無いぢゃあないですか(爆笑)。
 断じてコスプレなどではない!!
 正装,又は盛装と仰い!!
 と,言う訳で当日お越しの場合,どこからどう見ても「私」以外にあり得ない扮装はしておりますので,お気軽にお声掛け下さいませ。  

ぷはぁーっ!!

 全タンクブロー!!急速浮上!!深度読み上げ!!仰角逐次報告せよ!!
 6度……98メートル!……8度……91メートル!……12度……80メートル!!18度……50メートル!!23度,艦長!!
 バラストちょい戻せ!!浮上速度は維持!!
 35メートル……27メートル…18メートル……。
 仰角どうしたっ!!
 仰角15度で維持!!
 10メートル……6メートル!!
 総員衝撃に備えろ!!
 浮上しますっ!!

 ザッパーーーーン!!

 と,言う訳で故有って,第一種戦闘配置で深く静かに潜行しておりましたが,なんやかんやで一山越えてまいりました。
 本ブログの更新はサボっておりましたが,twitterにはしっかり張り付いて,色々呟いておりましたので生きてはおりましたですのことよ。

 取り敢えず生存確認ということで。

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まあこんなもんだろう

「笑い坊主」

「この外道が」
奴は瞳に怒りを湛え,吐き捨てるように言った。俺はただ沈黙を持ってそれに応えた。
 俺達の間には鈍色の空気が漂っていた。普段意識などしない空気が,こんなにも重いものだとは思っても見なかった。
「腐れ外道め」
奴はこの六時間ばかり繰り返してきた言葉を再度吐いた。俺はそろそろ限界を迎えつつあった。銜え煙草を一息に根元まで吸うと,灰皿代わりにしていたコーヒーの缶にねじ込んでやった。俺は奴と決して視線を交えることなく,水平線の彼方を見ながら言った。
「ああ。外道だよ。外道で何が悪い」
 先に誘ったのは俺だ。だがお前も俺の口車に乗せられてほいほい付いて来たじゃないか。お前だって相当の好き者だろうが。責められる道理などあるものか。俺は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ぬはははは」
突然奴が壊れたように哄笑した。
「坊主だよ」
奴の視線の先を見て俺も馬鹿笑いした。
「だはははは。しかもお祭りだし」
 笑うしかないじゃないか。せっかく有休を取って伊豆の穴場まで来たっていうのに。
 
<結果>
○正選:1点,△次点:1点,×逆選:1点
 なんだか知らねど選外評祭り(笑)
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果たして「呪い」は存在するか

 ええ。あるんです。
 私はこの身を持って体験したのです。

 相方と蜜月旅行の相談を致しました。一昔前のことです(まあ文字通り)。
 相方の主張する行き先は「ガラパゴス島,アフリカ・ケニヤ・タンザニヤ,カナダ」といった大自然指向なのに対し,私の主張は「イースター島,南米・マチュピチュ・ナスカ,イギリス・ストーンヘンジ」といったもろにその手の趣味丸出し(笑)の意見でして,中々交わらなかったのですが,最終的には「その間を取って」エジプトという事になった訳です(どこがどう「間」なのかはご想像にお任せします)。

 初の海外旅行でしてね。出発前夜は遠足前の子供みたいに気持ちが昂ぶって眠れませんでした。
 飛行機でイギリスまで13時間。そこからカイロまで4時間。到着したのは現地時間で午前3時頃。
 もう時差ボケでハイになった状態で,怒濤の観光ラッシュが始まった訳です。

 いやあ。ギザのピラミッド,アブシンベル神殿,ルクソール神殿,ハトシッポスト葬祭殿,屈折ピラミッド,赤のピラミッド,カイロ博物館,大いなるナイル川などなど……。感動でした。

 で,当然の事ながら王家の谷にも向かいました。目指すはもちろんツタンカーメン王墓です。
 もう一度言います。ツタンカーメン王墓です。

 壁画も黄金の棺も見事でした。夢にまで見た光景です。
 感動に打ち震え,太古の歴史に思いを馳せていた正にその時。

 えーと。
 最近シモネタが多くて恐縮なのですが。
 つい。気持ちが大きくなりまして。
 その。
 放屁を少々。

 で,ツタンカーメン王墓を後にして,現地観光会社のバスに向かったのですが,何やら体調が……。
 こう,所謂グルグルのキュルキュルになりまして。

 次の目的地は王家の谷近くのアラバスター工房だったのですが,そこまでの道のりのなんと遠く感じられたことでしょう。
 あちらでは行く先々のお店で観光客にドリンクサービス(熱い紅茶とか瓶入りコーラなので衛生面は安全でした)をしてくれたのですが,喉が渇いているにも拘わらず水分補給どころではない。
 見学もそこそこにトイレを拝借しまして,腰掛けた途端ダーッと。
 それこそ滝のような勢いで。

 お分かりですね?
 ツタンカーメン王墓であらぬ所行を働いた後にこの状況。

 これを「呪い」と言わずして何と言おうか!!

 その証拠に,私が苦しんでいる横で相方は涼しい顔。同じものを食べ,同じものを飲んで入るにも拘わらずです。
 私はカーナボン卿で,相方はハワード・カーターですか,そうですか。
 結局この苦しみは,お馴染みのラッパのマークの常備薬も効き目無く,翌日まで続いたという,実に恐ろしい話なのですが……。

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果たして何処までいけるか

 大阪に行った訳です。
 いや,昨日今日の話ではなくて,ちょっとばかし前の話です。

 心斎橋のビジネスホテルに素泊まりで宿を取り,御堂筋の長〜い商店街をぶらぶらと。
 歩いて歩いて腹を空かせて,「粉モン」をたらふく食ってやろうと,そういう魂胆です。

 エスカレーターの立ち位置がイギリス式(右側に立って,歩く人用に左側を空ける。関東とは逆です。ロンドンで関東立ちするとマジでぶっ飛ばされます)なのに戸惑ったり,人混みの中を臆することなく突っ切っていく自転車に足並みを乱されたり,まあ,赤信号でも車が来なければ横断歩道を渡ることは知っていましたから,郷に入らば郷に従ってみたりした訳です。

 通称「ナンパ橋」と呼ばれる戎橋でぼーっとドンキとかグリコのネオンを眺めたり,ああ,綺麗なおねいさんが多いなあ,と見とれてみたり。
 道頓堀の眠らない活気に身を委ねておった訳です。

 繁華街で飲食店の生存競争が激しいので,所謂客引きさんに呼び止められたりしていたのですが,その中でちょっと目を引いた若者達がおりまして。

 「お笑いライブいかがっすかー」と手作りのフリップ,看板を掲げて,必死に客引きをする若者達です。
 吉本なのか松竹なのかは分かりませんが,若手芸人のライブであることは明かです。
 お笑い好きなのでちょっと足を止めて,何の気無しに訊いてみました。
 「すみません。入場料は掛かるんですか?」
 その途端,にこやかに声を上げる若者の目がマジになりました。

 「当たり前です。500円になります」

 そんな質問を投げかけた自分が少々恥ずかしくなりましてね。
 
 まだメディアに露出も少ない,駆け出し芸人達のライブという先入観があったことは正直に認めます。要はまだまだ未熟な芸であろうと郄を括っていた訳です。
 しかし,彼は毅然として応えました。
 一点の曇りもない眼差しで,誇らしく,胸を張って。

 プロとアマチュアの違いについては様々に定義されますが,お笑い芸人ともの書きというジャンルの違いこそあれ,同じ創造的な行為に携わることを選んだ身としては,久しぶりに棍棒で頭をガツンとぶん殴られた気持ちになりました。

 500円ワンコインというのは気軽な金額かも知れない。
 しかし,彼らは未熟であろうが,無名であろうが,決して自らを卑下することなく,舞台に立つ者として観客から金を取ることを選んだのです。
 この姿勢こそが正にプロなんじゃないかなぁ,と。

 金が掛かると,中途半端なことは出来なくなります。
 お客の反応はダイレクトですから,コストに見合わないサービスに対しては容赦ない反発が返ってきます。
 でも,その状況こそが彼らの芸を磨くための芯になる。根拠になる。誇りになる。

 かつて大都芸能の敏腕CEO,速水真澄は北島マヤが屋外公演「真夏の夜の夢」に参加する際に「必ず客から金を取れ」と言いましたが(ああ。『ガラスの仮面』の話です),この台詞には奥深い意味があったのだなぁと,今更ながらに気が付いてみたり。

 まぁ,私はブンガクなどする気は更々ありませんし,兎に角「賞」を取りたいなどと気負っている訳でもないのですが,果たして今無償で発表している拙作が果たして金を取れるものなのか。己の覚悟,姿勢は如何なるものであったか。恥じる所はないにせよ,堂々と胸を張れるものであったか否か。

 チャンスがあればリアルに知りたい,などと思う訳です。

怒っちゃいない葡萄の話

 今年も来ましたよ。相方の実家から。
 正確に言えば,相方の実家が注文主となって農場から配送されてきましたよ。
 果物好きの私にとっては実に有難いことです。

 発送元は「南アルプス市飯野」にある「飯野ひろし農園」です。
 毎回その時期旬の品種を詰め合わせて送って貰っているのですが,今年は「甲斐路(赤)」「ビオレ(紫)」「アリサ(青)」の三品種です。
 「アキクイーン(赤)」「ヤマピンク(赤)」も好きなのですが,流石完熟とあって実に味わい深い。

 表面はフラットベースをちょっと入れすぎたラッカー系塗料(未だに「クレオス」じゃなくて気分的には「Mr.カラー」・笑)の塗装膜のように,白っぽく艶消しなのですが,これは「ブルーム」といって「あたし完熟なのよ,ねぇ,食べて食べてぇ☆」という葡萄の食べ頃サインなのです。

 以前勤務していた広告代理店で果実組合のポスターのお仕事があり,アホ経営者はプロのカメラマンを雇いながらも,葡萄の粒にオイルを塗ってこのブルームをツルツルテカテカにして「どうだ。美味そうだろう?」と一人で勝手に悦に入っていたという,無知とは斯くも恐ろしいものだという経験がありましたが(そのポスターの話は結局お蔵入りでカメラマンへの支払いのみ発生しました。果実組合の方々の逆鱗に触れたのではないかと想像していますが),そんな馬鹿馬鹿しい思い出も何とやらの新鮮さ。
 基本私は皮ごと食べて折角なのでポリフェノールも頂いちゃう主義なのですが,皮も厚からず薄からず。
 ついつい手が止まりません。

 ああ,そうだ。葡萄と言えば。

 今から30年程前。と言うことは,当然時効案件として扱って頂きたい。
 一体「何を」作ったかは口が裂けても言えません(笑)。
 まぁ,国税局が査察に入っても,証拠物件は何一つ残されていない訳ですが……。

 祖父が亡くなった翌年。
 地方によっては「新盆・にいぼん」と言いますが,我が実家では「初盆・はつぼん」と言い習わしておりまして。
 顔の広かった祖父の仏前には,それはそれは多くのお供えが集まった訳です。身内自慢の様ですが,偏に故人の人徳ですわな。
 中でもガキ共を喜ばせたのが,「巨峰」「ネオマスカット」などの高級葡萄でして。普段買うことのない高級葡萄がキロ箱単位で山積みになるという,仏さんそっちのけで狂喜する光景でしたとも。

 しかし。
 考えてもご覧なさい。
 いくら高級葡萄が山のようにあり,喰いたい放題の状況であったとしても腹に入る分量には限りがある。ましてや美味いものとはいえ,流石に連日連夜では飽きる。贅沢な悩みという奴です。

 夏場です。生モンです。足は速いです。
 冷暗所に保存しても,追熟する葡萄の粒はポロポロと蔓から外れ,何やら小さなお友達もプイーンと寄ってくる始末。
 勿体ない。しかし喰いきれない。では捨てるのか。そんなことをすれば罰が当たる。
 考え抜いた末,母は禁断の選択をしてしまったのです。

 えーと。梅酒などを漬ける広口瓶を熱湯消毒しましてな。葡萄は水洗いしてよく水気を切って。乾いた後で更に25度(焼酎ですわな)で瓶を拭き,用意した葡萄の粒を皮ごと入れて,そのまま密封。
 はい。それだけです。何ら違法性はありません(爆笑)。
 ただ食品を保存容器に詰めて保存しようとしただけです(往生際が悪い)。

 初めは葡萄の瓶詰めだったのですが,何とまあ,あら不思議。
 日を追う毎に何やらブクブクと泡立っていきましてな。
 もうボッコンボッコンでかい泡が立つ下では,何やら不気味に濁った液体がシュワワワーと炭酸水のような細かい泡を立てまして。
 ご承知の通り,葡萄の表皮には天然酵母が宿っております。
 全てはこの天然酵母の仕業で御座います。ええ。彼らが「かもすぞー」と本能のままに働いただけなので御座います。
 断じて母に罪はない!!

 頃合いを見計らって漉しまして,固形物を分離して出来上がった(ということにしておこう)液体は,濁りは強いのですが甘美な芳香を漂わせていました。
 まあ,ガキの癖して味見させて貰ったのですが,甘みが非常に強く,充分に糖分が分解されてはいないようでしたが,それはそれで美味いものでした。

 まぁ,この時一回きり。
 やろうと思ってそうそう出来るものではありませんことよ。
 
 

われぇ……血ぃ抜いたろか……!!

 などとその筋の本職さんかそれに準ずる構成員の方が面子を掛けてやり合うような台詞を美人看護士(推定20代・血液型はたぶんA型)さんが言う訳無いじゃないですか。
 それこそ「親指を中に入れてしっかり握って下さいね」なんて優しく言われて,静脈に刺された針の痛みも「ああ,この位いいんです。ぶすっとやっちゃって下さい」って気分になろうものです。

 まあ,要するに血液検査な訳です。

 いや,決して新型インフルエンザに罹患したとか,悪所通いが祟って淋しかったりスピロヘータな病気を貰ってきたりした訳では断じてない!
 そもそも世間一般で成金オヤジ共が標榜する「男の甲斐性」たる「飲む・打つ・買う」に関しては実に温和しいモンです。
 「飲む」ったって川島英五みたいに「♪飲んでぇ〜飲み潰れて眠るまでぇ〜」飲むような事はしませんし,やれば必ず喉元までどっぷり浸かりきってしまうと分かっているので「打つ」こともない(麻雀,パチンコすらこの歳で未経験)。ましてや「買う」など黄色いマークのマンガとかDVDならともかく,リアルおねいさんなど買ったこともない根性無しな訳でして。

 で,何の為の血液検査かと申しますと,この半年間のチャレンジの成果確認な訳です。

 実は昨年の健康診断で,もろ「メタボ」の判定基準に引っ掛かりまして。
 「その方。健康教室に通って参れ。上意である」との命をお上(ここは文字通りカミさんな訳ですが)から受けまして,通いましたよ,半年間。
 教室名は「若さへGO!GO!教室」と言いまして,この「GO」が目標・体重「GO」キロ減,腹囲「GO」センチ減という何とも愉快な駄洒落になっておりました。
 半年間,トレーナー指導,食事指導,血糖値・コレステロール値等血液検査,糖尿病外来専門医の講義などひっくるめて,普通にジムに通うよりも格安の値段で参加できまして。

 こう見えて中学三年間はサッカー部に所属し,左足でボールが蹴れないという致命的な下手くそさで,「右の底」という,とにかく相手フォワードが来たらラインの外にボールをボーンとクリアするという実に微妙なポジションに従事しておりましたので,運動が全くダメ(いや。下手なものは下手)と言う訳でもないのですが,まあ基本的にはあまり汗を流す機会というのが少ない。
 どうなることかとあまり期待せず,無理無い範囲で気楽に取り組んでおったのですが……。

 大変ですよ。奥さん!!

 半年間の成果が,何と当初より体重8キロ減,腹囲6センチ減と目標を軽く上回っちゃいましたよ。わははは。
 まあ標準体重には後10キロ減量が必要ですが。
 体年齢が18才も若返ったというのは,スタート時の日頃の不摂生の所為ですので,これはご愛敬。

 で,血液検査の結果も,中性脂肪減,悪玉コレステロール減,HbA1cが0.2ポイント減とサラサラに一歩近付いておりました。

 ちなみに普通健康診断では空腹時血糖値を規準に「糖尿病やばくね?」と判断しがちですが,時代はHbA1cですよ。HbA1c!
 空腹時血糖値は「明日検査だから今晩は酒止めとくか」で簡単に下げられますが,HbA1cは過去1〜2ヶ月の血糖コントロール状況が一発で出ますから誤魔化せません。お医者さんにはモロばれです。

 まあ,数字上では大した成果ではないかとも思うのですが,決して無理をせず,出来る範囲で,出来ることを長時間続ければ,それなりに結果が出てくるものなのだなぁ,と感慨ひとしきりでエビフライと唐揚げをつまみに発泡酒を飲む訳です。
 
 え?
 「元の木阿弥」って何ですか?  

ぼっとん便所の思ひ出

 WEB幽投稿怪談に拙作が採用されております。

 九月テーマ「紙」
 「
封じ紙

 相変わらず一人前にホラは吹いておりますが,嘘はついておりません。

 モデルとなったのは私が小学校に上がるまで暮らした平屋の曲がり屋でございます。
 戦後大陸から引き揚げてきた祖父母が,運良く誰も住んでいないという建物を譲られ,自分の土地に移築したと聞いています。
 屋根瓦は焼き物のしっかりとした瓦ではなく,今は無き「スレート瓦」(セメントを型に流し込んで固めた簡素な瓦)で,壁は土壁,風呂は五右衛門風呂,そして便所(トイレなんて瀟洒なもんじゃあありません)は当然「ぼっとん便所」でありました。

 件の便所は風呂場に隣接していたのですが,大工さんがどう図面を引き間違えたか,「風呂場より便所の方が1.5倍程広い」という素っ頓狂な作りでして,広々とした空間で伸び伸びと用を足す一方で,五右衛門風呂の脇の1メートルに満たない狭い洗い場で,それこそ肩を寄せ合って体を洗ったものです。

 当時の農家はどこでもこの「ぼっとん便所」から汲み上げた肥やしを使っておりました。各戸に肥だめを持っておる訳でして,うちの集落では「野壺に嵌ってさあ大変」という状況は無かったように思います。

 拙作中でも説明しましたが,台風や長雨の後というのは水が便槽に流れ込んで嵩を増して,所謂「おつり」の確立が格段に高まるというドキがムネムネなローリスク・ハイリターン状態でございました。新聞紙で跳ね返りを防いだのも今は良き思い出でございます。

 ちなみにこの家は数年前壊してしまいまして,今は更地になっております。

 小学校に上がると同時に父が家を新築し,そちらに移ったのですが,結局,水洗化されたのは10数年前。それまでは便槽のなかで蠢く蛆の生態を上からぼーっと見下ろしてみたり,蓋を開けた途端来襲する蠅の成虫に毒ガスを浴びせてジェノサイドを起こしたり,金木犀の頃には毎日新しい花を摘んできては「うーん,いい香り」と思いっきり欺瞞に耽っていたものです。

 そう言えば,中学の頃,学校から帰って制服のまま用を足して,蓋を閉めようと前屈みになった途端,カッターシャツの胸ポケットから生徒手帳がするりと滑って汚物の上に「ピタン」と派手な音を立てて落下した時は随分と慌てたものです。
 さすがに「便槽に落としました」とは思春期の少年には恥ずかしすぎて言うことが出来ず,「橋の上から河を見下ろした途端落っことして無くしました」と嘘をつき,学生証と生徒手帳を再発行して貰ったことがありました。
 その後,畑に撒く肥を汲んでいた祖母から「手帳のプラスチックのカバーだけ出てきたよ」と言われた時には,こっそり手帳に忍ばせていたドムとゲルググのカードも蠅の幼虫の餌食となったかのかと,一人さめざめと涙したものでございます。

 今は遠き昭和の思い出です。

お……俺は何のために生まれてきたんだぁーっ!!

 という問いかけには,ごく自然に「それは出逢うためだ」とすんなり答えられる昨今でございます。

 特定の信仰に深く関わる訳でもなく(だだし各信仰の対象にはきちんと敬意は払います),運命論者という訳でもなく,「自分じゃない本当の自分はここではない何処かにきっといるんだ」と信じ込んで無目的に世界放浪の旅や転職を繰り返すでもない訳ですが,自分の生まれてきた意味については「あ? 南? それ北の反対側」とさも当たり前の様に答えてしまうが如く,「そんなもん出逢うために決まっとるやんけ」と真空状態になった牛乳瓶にゆで卵がスポンと吸い込まれるが如き勢いで答えてしまうのです。

 それはまあ,人生ですから山有り谷有り,苦しみとか悲しみとか痛みとか悩みとかトラウマとか貧乏籤とか「何で何で」のデススパイラルとか「終わりは一体いつ来るのよ?」のデスマーチだったりしたものに随分と遭遇しますが,その反面ごくごくささやかな喜びにも多々遭遇する訳です。

 人生無駄なものは一つも無いんじゃないかなと。

 殊に人との出逢いは特別なものでして,それは嘗ての上司とか,嘗ての上司とか,嘗ての上司とか,嘗ての上司(大事なことなので繰り返してみた)といった,もう同じ空気を吸っていると思うだけで肺呼吸を止めて皮膚呼吸オンリーで行ってやろうかという唾棄すべき人物にも運悪く出くわしちゃいますが,「友人」とか「(ちょっと異なった意味での)戦友」とか「盟友」とか「親友」(うわぁ,言っちゃったよ・笑)といった人々には「ああ。やっぱり出逢うべくして出逢ったのだ」と納得してしまう訳です。

 この辺,私に「友人」「戦友」「盟友」「親友」扱いされた方々には甚だ迷惑がる方もいらっしゃるのではないかと思うのですが,そこはそれ,野良犬に噛まれたと思って一つ諦めて頂きたい。苦情・抗議は一切受け付けません(呵々大笑)。

 でもね。

 普段実体から乖離したイメージが独り歩きして,妙にキャラクター化されてしまっている人でも,直接逢って,あるいは電話で話をして,本音で語り合う事で実際の人となりを知る事が出来るというのは実に幸運なのだと思う訳ですよ。
 色々な意味でね。

 カード(所謂タロットですわな。長尾豊,朝松健に倣って,通ぶって「タロー」などとは口が裂けても言わないわい・笑)をやる「親友」に「あんたを表すカードはいつも“戦車”だわよ」と突っ込まれるほど,私は怖いもの知らずで時に空気を読まず猪突猛進な訳ですが,その素っ頓狂な性格のお蔭でこの歳にして多くの出逢いを経験し,交友関係を深めることが出来ました。

 「その人物を知るには,その人の友人を見れば一目瞭然である」と言ったのは誰だったか頭からすっぽ抜けてしまいましたが,少なくとも私の「友人」達は粒揃い。自慢の「友人」達ですよ(だからといって私は決して人格者ではないので要注意)。

 そういった点で自分の生に意味を見いだしてみたりする,久しぶりに顔を合わせて酒をかっ喰らってしゃべくり捲ったイベント後の感慨。  続きを読む

10万円,7万円,5万円,運命の分かれ道!!

 なんて言っても,今はもう誰も知らんがな(笑)

 従姉妹が神戸に旅行に行き,土産を貰ったのですが,それが何とまぁ懐かしい。
 これですよ。これ。

グリコワンタッチカレー






 グリコワンタッチカレー!!

 復刻版とのことですが,何ともはや懐かしい。
 この「若大将」の様な,「E・H・エリック」の様な微妙にバタ臭い(死語)コックさんの絵!!
 現在の社名ロゴデザインではなく,単純にアルファベットの“GLICO”がオシャレ!!

 早速我が家でも作りましたよ。
 具材はニンジン,タマネギ,じゃがいも。幼い頃はビーフカレーなんてものはその存在すら知らなかったので,肉は当然豚肉。切り落としではなく,角切りなのはちょっとご愛敬な贅沢。
 いつもは色んなスパイスだの飴色タマネギなども入れるのですが,ここはシンプルに具材とルーのみ。

 既に完食しましたので,出来上がりはお見せできませんが,きょうびのブーケガルニとかフォンドヴォーとか二段熟とか一晩寝かせたとかいった新製品と違い,「あの」真っ黄色のカレーが再現されましたのことよ。

 もう子供の頃の記憶の中の「カレーライス」,あるいは水の入ったガラスコップに銀の匙突っ込んで食卓に一緒に並べた「ライスカレー」って感じで,堪能致しました。
 基本,食い意地が張っているためか,食に対する記憶というのも鮮明なものがありまして,小学校のキャンプで作ったカレーとか,実家のお隣さんがこのルーを使ってて(うちは主にハウスのカレー。赤い家のロゴマークの頃),肉の他に赤色ウインナーが入ってて羨ましかったとか,色んな事が思い出されまして。

 「いやぁ。市場に狙われてるよなぁ,俺らの世代」などと思う訳であります。
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あ……持病の癪が……

 「それはいけません。ささ。この丸薬をお飲みなさい」
などとイケメン若侍が印籠と水の入った竹筒を渡してくれないものか。
 くれないですか,そうですか。

 そもそも私は旅の途中のか弱い女御でもなく,そんな時代劇定番シーンその3の様な美味い話はありえない訳ですが。

 ちょっと尾籠な話なのですが,私には持病があります。
 それもお尻に。

 い,いや!!断じて「痔」ではない!!誰がオオモノヌシだ!!

 ある時,座っていると,臀部に激痛が走りましてね。これが耐えがたい痛みで「ひょっとしていじめっ子に椅子の上に画鋲でも置かれたんじゃね」って具合でして。
 そっとその箇所に指先を這わせてみると,なんとまあ。腫れてるじゃないですか。
 これがまた,絶妙の場所としか言い様がない。
 自転車に乗る時に一番サドルに押しつけられる場所,椅子に座ると骨盤とクッションに挿まれて一番体重の掛かる場所,寝転がっても床に臀部が押しつけられてしまういい感じの場所(だから肛門じゃないってば)。
 尻をずらそうが,腰掛け直そうがどうしても当たってしまい,泣くに泣けない状況でして。

 行きましたよ。
 瞳を潤ませながら皮膚科に駆け込みましたよ(肛門科じゃないと・略)。

 正直不安でしたよ。
 それまで何の違和感も感じられなかった場所が急に腫れ上がり,強烈な痛みを発する。
 「ま……まさか腫瘍じゃあ……あ,悪性??」なんて思いましたよ。

 で,皮膚科の河村先生に愁訴しまして,診察ベッドの上に俯せになってズボンもパンツも膝まで降ろして,気持ちちょっと腰を浮かせて「バッチコイ」な体勢で,視線をビシバシ感じながら診察をうけまして。

 「ああ」せ,先生。ああ,って何ですか。
 「これですね」あ,先生,い,痛い!!もっと優しくして,お願い!!
 「大きく硬くなってますね」そ,そうなの。
 などと,うら若き看護士A子さん(仮名・推定二十代・清楚なお嬢様タイプ)も見守る中,バッチリ見られた結果が……。

 「これは『粉瘤』ですね」。

 初めて聞く病名でした。
 何でも,要するに皮膚の一部が内側に陥没して袋の様な状態となる一種の瘤なのだそうです(まあ,部位が部位なら「イボ痔」みたいなもんか)。
 で,内側に潜った皮膚も当然代謝をしますので,垢のようなものが溜まると。
 それで炎症を起こしてしまって,膿が溜まってしまった状態だったんですね。

 この時は,まだ温和しかったので,痛み止めと化膿止めの抗生物質を処方して頂いて,飲み薬で散らしたのですが……。
 こいつが実は厄介な相手だったのです。

 炎症を起こさない時は実に何でもない。皮膚に「ん?ちょっと小さなしこりがあるかなぁ」位で痛みも何もない。
 ところが,不定期にコイツが暴れ出すんです。
 一気に半径5センチ位に腫れ上がり,猛烈に痛む。
 で,酷い時になると血膿を吐き出す。
 下着を脱いで一瞬「え?俺,オンナになった?」と思う位。

 寝ても座ってもどうにもならず,また河村先生の所に駆け込んだんですが,
「これ。今炎症を起こして袋の部分と周りの組織の境界が曖昧なので,穴を開けて膿を出すしか処置できませんね」と,美人看護士B子さん(仮名・推定二十代・お姉様様タイプ)に菊門まで眺められて処置されて……。

 結局切らないとだめだそうです。切って袋の部分を取り除かないと,何度でも炎症は再発するんだそうです。
 切っちゃえば楽なのでしょうが,そこはそれ。
 のど元を過ぎれば熱さを忘れる,という奴でして。
 未だに切ってないんですね。

 まあ,その意味で私は尻に爆弾を抱えた男と言えるのですが……自慢する話じゃないな(苦笑)
 

忘れられる訳がない

 私も参加しているWEB競作サイト「超短篇・500文字の心臓」のタイトル競作第88回「名前はまだない」の結果が公表され,参加者の皆さんの各サイトでも作品公表,解題が行われているのですが,一言申し述べたいと思います。

 私が今回正選持ち点の全てを投じた作品があります。

 三里アキラ作<名前はまだない>3がそれにあたります。

 三里さんはこの作品に関して,ご自身のサイト「ノンタイトル」で自作解題と,「黙してはならない」と題する掌篇を書いておられます。

 今回の作品を初読した時には,あくまで投票は留保するつもりだったのですが,「8月9日って……ひょっとして……」と思い返し,相方に問うた所,「そうなんじゃない?」と返されて,疑念が確信に変わったのです。

 先の戦争の是非についてはここでは論じません。
 ただ,「国家総動員法」という言葉の字面だけではなく,国を挙げての総力戦であったことは疑いありません。
 軍人だけでなく,民間人も色々な面で「関わらざるを得なかった」。

 三里さんは「もしあの日北九州市の天気が「晴れ」だったら、私は生まれていなかった」と述懐されています。

 私の母は満州の生まれです。
 戸籍謄本にもその旨記載されています。
 運良く,という言葉が適切かどうかは分かりませんが,軍に徴用される前の祖父の満州での職業が,満鉄関連の輸送会社であったことから都市部に居住し,東北部の開拓村の様な悲劇には見舞われませんでした。
 ちなみに祖父は戦後抑留され,シベリアではありませんが収容所で強制労働をさせられ,火災に紛れて命からがら逃げ出したという経緯があります。

 もし母が祖母と一緒に日本に運良く引き揚げることが出来なかったとすれば,今の私はありません。

 母は時と場合によっては,山崎豊子の『大地の子』の様な境遇になっていたかも知れません。

 三里さんの,たった一行の作品は,描かれた言葉以上の想いを私に呼び起こしました。
 決して饒舌ではなくとも,私の魂は揺さぶられたのです。

 まだ終わっていないのです。
 戦後再び繁栄したこの国で生まれた私も,決して無関係ではないのです。
 忘れられる訳がない。

 超短篇の底力というものを感じさせられた想いです。

 >三里さん
 勝手に記事にしてごめんなさい。でも,言わずにはいられないんだ。
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