January 15, 201221:36おおげさだけど
死ぬまでに、したかったことの一つが。。。
かなう〜〜〜〜。
Il Divoのコンサートのチケットが取れた!!!
3月広島。
いぇい!!!
かなう〜〜〜〜。
Il Divoのコンサートのチケットが取れた!!!
3月広島。
いぇい!!!
November 23, 201123:58私の琴線に触れるサウンド
November 11, 201115:40あちゃ〜
デザインを変えてみようといじったら、文字がおおきくなってしまった。
でも、これでもいい方。
その前に試した数十種類のデザインは、写真が半分になってしまったり、縦長に伸びてしまったりと。
元に戻せなくなっちゃったよ。
で、苦肉の策でこのデザイン。
前みたいに小さい文字で表示したかったのにな。
でも、これでもいい方。
その前に試した数十種類のデザインは、写真が半分になってしまったり、縦長に伸びてしまったりと。
元に戻せなくなっちゃったよ。
で、苦肉の策でこのデザイン。
前みたいに小さい文字で表示したかったのにな。
October 25, 201110:53ありがとう
先ほど、待ちに待った洗面台の取り付けに「今日の午後お邪魔していいですか?」
と、電話をもらった。
へぃ。待っていました。
なので、今から取り付けをしてもらいやすいようにちょっと物をどかすよていなんだけれど。
きっと、要らないものがいっぱいでてくるんだろうな〜〜。
おまけに、洗濯機の向きを変える予定だそうで。。
無駄に長かった、お風呂の残り湯をくみ上げるホース。ちょうどいい長さに切ってしまってあったんだけれど、
今度はきっと長さが足りなくなるんだろうな〜〜。要らんことをしちゃった。
物事にはちゃんと理由があるんだね。
さ〜〜て、長いこと使わせていただいた洗面台に「ありがとう」を言って、本日お別れとなります。
重い腰を上げるか。。
と、電話をもらった。
へぃ。待っていました。
なので、今から取り付けをしてもらいやすいようにちょっと物をどかすよていなんだけれど。
きっと、要らないものがいっぱいでてくるんだろうな〜〜。
おまけに、洗濯機の向きを変える予定だそうで。。
無駄に長かった、お風呂の残り湯をくみ上げるホース。ちょうどいい長さに切ってしまってあったんだけれど、
今度はきっと長さが足りなくなるんだろうな〜〜。要らんことをしちゃった。
物事にはちゃんと理由があるんだね。
さ〜〜て、長いこと使わせていただいた洗面台に「ありがとう」を言って、本日お別れとなります。
重い腰を上げるか。。
October 13, 201109:55センチメンタル・ジャーニー その4
さて、夕べからの大雨は、朝になっても降り続いている。

こんな、どんよりとした空。
最終日、今日はどうしよう。
ぼんやりと、マリーナベイサンズ

(2日目のツアーで撮影)
に行こうと決めていたのだけれど。。
どうしよう。
朝食をとっても、まだ雨。
ゆっくりと、荷造りをする。チェックアウトは12時。
十分時間があります。
我々のフライトは、夜中の1時。
それまで荷物をホテルに預けて遊びに出ることになります。
空港でもゆっくりとくつろぎたかった私たちは、夕方過ぎの旅行社のお迎えを断って、自分たちで空港へ向かう選択をしていた。
3人でロビーの椅子に腰かけて考える。

そして、ホテルの中を見て回る。

フロント正面の丸い彫刻(だと思う)。これが、一番気に入った。


さあ、どうしよう。
雨が上がらない。
すると、日本人のコンシェルジュの方が近寄ってきて、話しかけてくださる。
今日の予定を伝えると、マリーナベイサンズ。。他のホテルのことなのに、楽しみ方から、時間の過ごし方までていねいに提案してくださる。
そうしよう!
そうこう考えているうちに、空が明るくなった。
長くは続かない雨。

ベイサンズから見る、マーライオンパーク。

鉛筆と本の形をしたビル。教育の象徴。
シンガポールでは「労働者」という呼び方はしない。「人力」。何もないこの国では、人が資源なのだそうです。
だから、教育にものすごく熱心で、教育こそが国を作るのだという考え方。
確かに、この国にはものすごい強さと勢いを感じた。ホームレスはいない。仕事がある。そして国際色も豊かで、多くの国からの人や投資が集まる。そして、皆の意識が気高くてこの先どんどんと成長を遂げて行くだろうと確信した。

ベイサンズは、宿泊客以外のビジターはこのプールに入ることはできません。
だから、最上階まで登って景色を眺めるのです。

特徴のある建物がたくさんあります。
写真にはありませんが、日本の建築家も多く活躍しているそうです。
ですから、東京都庁に似た建物もありました。

これは、最上階からみたベイサンズの反対側。何かしら建築中です。これはきっとすごく近い将来に完成するんだろうな。
そうしたら、この近辺はもっともっと活気に満ち溢れるんだろうな。
ベイサンズの1階。結構なにぎわい。若い家族連れが多い気がする。

それから、ベイサンズから続くショッピングモールに入っていく。
こらまたすごい。
ブランドショップのオンパレード。
3階くらいあったかなぁ。。ときどき道に迷う。
ただひたすら、歩いて回る。
父も、黙ってニコニコしながらついてくる。

カジノの入口で。入らないけどね^^

面白い建築。
さて、そろそろ何か食べよう。
記念にラッフルズホテルで食事をしようと言っていたのだけれど、またタクシーに乗るのも…。
ということで、モール内にて、イタリアン。

なぜかデザートだけの写真。

あら、武ちゃん。。。ずいぶん見かけないと思ったらこんなところにいらっしゃったのね・・・^^。
さあ、沢山遊んで、沢山歩いたね。
そろそろホテルに荷物を取りに行こう。
そしてホテルで少しだけ休憩すればいいよ。
で、ホテルに戻って、、、とどめの一撃。
2階にあるティールームがずっと気になっていたのだけれど、コーヒーでも飲もうと入りました。
すると、そこは「イングリッシュアフタヌーンティー」か「ハイティー」の選択。
もしかしてしもしかすると、コーヒーだけ頼めたのかもしれない。
でも、私は興味津々と最後にイギリスのティータイムを味わってもらおうと「ハイティー」を3人分注文した。
案の定・・・。

ど〜〜〜ん!
食べきれませ〜〜ん。
表情は見えませんが、二人ともぽか〜〜んとしています。
おまけに、メニューに散々いろんな紅茶の種類が書いてあるのに、コーヒーを頼む3人。
わかっていませ〜〜ん。
ちょっとだけ手をつけて。。でも、残すのもいけない。残してもいいのだけれど、わが家のポリシーに反する。
お持ち帰りを頼んだ。。
でも、それ一体どこで食べるの?
あとは、空港だよ。
母は、旅行中「公共の乗り物で飲食すると罰金ですから。」という、添乗員さんの言葉に敏感になっている。
「どこで食べようねぇ。」
ケーキの箱に入れてもらって、荷物を受け取って、さあ、いよいよ出発の時です。
ホテルを出ると、先ほどのコンシェルジュの方が見送りに来て下さる。
こんな短い滞在の客にも、本当に親切に対応してくださる。
私はタクシーに乗り込みながら
「また、来年お邪魔します。」
と、言った。
これは、私の中での「おまじない」の言葉。
来年も、再来年もこの先ずっとずっと。父に元気でいて欲しい。
だから、もう一度必ず来る。
と、心に決めた。
正直来年は、そんなことはしていられない。
でも、息子に堂々と話す。
「お母さんの親だから、親孝行をさせてくれ。」
と。きっとわかってくれると思う。

3つあるターミナルを、スカイトレインで移動して、空港内を散策する。
リタックスの手続きやら、チェックインやらで多少手間取っても、年老いた両親はじっと座って待っていてくれる。

8月にも撮影した空港内の蘭の前で、母と記念撮影。
母が私の肩を、ぐっと力強く引き寄せる。
鼻の奥が、ツンと熱くなる。
そうこうして、深夜、我々は飛行機へと乗り込み爆睡。
ビールを二杯おかわりして、母に叱られたけれど、父は笑って見ている。
さっきも、待っている間ビールを二杯飲んだばかりだ。
飛行機の下に、稲光がいくつも走る。
こうして、我々の旅は終わりました。
さて、家に帰りましょう。
電車の切符を買う時に、なにやら父の名前がアナウンスされる。
??
とりあえず、発券場の方には「今呼ばれたので、また後から来ます。」
トイレから戻ってきた両親も、今呼ばれたよね?って。
じゃ〜〜〜〜〜ん。
今回は母が飛行機の中に財布の入ったカバンを忘れてきてくれました。
最後まで走りましたよ〜〜。
やってくれるね〜〜〜。
そんな旅でした。
父は、旅行中何度も何度も「ありがとな。」
と、言いました。
「○○の御蔭で楽しかった。」と。
電車に乗っても、繰り返しました。
私は、そのたびに、鼻の奥と目の奥が熱くなりました。
感謝するのは私の方なのに・・・。
母と飛行機の中で話しました。
あと何回来れるかね。
今回の旅で、私は感じました。
私が思っていた以上に、父は身体が弱くなっていました。
立ち上がってもすぐには歩き出せません。
上着も、肩が痛くて一人では脱ぎ着できません。
でも、まだまだ現役で働いています。
働かなくなったら、きっともっと弱ってしまうと思う。
だから、それは周りの私たちにとっても、見守るしかないのです。
こんなに歳をとるまで、私は一体何をしていたんだろう。
旅の途中から、そんな風に考えだすようになりました。
高校の時、口を利かない時期もありました。
そのとき、父はきっと淋しい思いをしていたと思う。
離婚をして、恥ずかしい思いや哀しい思いもさせたと思う。
そのときもきっと、私の幸せを願って、応援していてくれたんだと思う。
いろんな思いをさせてしまった。
それでも、こんなにも愛してもらっているのだと、父の言葉と行動から、今回ひしひしとそれを感じた。
今からでも遅くはないでしょうか?
私は、これからどんな形であれ、精いっぱいの親孝行をします。
そして、きっとちょっぴり心配もかけます。
その方が、父は元気でいてくれるような気もします。
また絶対に、行きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、長々とお付き合いしていただきありがとうございました。
今回の旅は、一味違った旅でした。
今までの反省を込めて、これからも日々を大切に生きて行きます。
そして、嫌なことが一つもなかったシンガポールに感謝!!
私たちを温かく迎え入れてくれた、シンガポールの方々、ありがとう!!
きっと、またお会いしましょう。
おしまい。

こんな、どんよりとした空。
最終日、今日はどうしよう。
ぼんやりと、マリーナベイサンズ

(2日目のツアーで撮影)
に行こうと決めていたのだけれど。。
どうしよう。
朝食をとっても、まだ雨。
ゆっくりと、荷造りをする。チェックアウトは12時。
十分時間があります。
我々のフライトは、夜中の1時。
それまで荷物をホテルに預けて遊びに出ることになります。
空港でもゆっくりとくつろぎたかった私たちは、夕方過ぎの旅行社のお迎えを断って、自分たちで空港へ向かう選択をしていた。
3人でロビーの椅子に腰かけて考える。

そして、ホテルの中を見て回る。

フロント正面の丸い彫刻(だと思う)。これが、一番気に入った。


さあ、どうしよう。
雨が上がらない。
すると、日本人のコンシェルジュの方が近寄ってきて、話しかけてくださる。
今日の予定を伝えると、マリーナベイサンズ。。他のホテルのことなのに、楽しみ方から、時間の過ごし方までていねいに提案してくださる。
そうしよう!
そうこう考えているうちに、空が明るくなった。
長くは続かない雨。

ベイサンズから見る、マーライオンパーク。

鉛筆と本の形をしたビル。教育の象徴。
シンガポールでは「労働者」という呼び方はしない。「人力」。何もないこの国では、人が資源なのだそうです。
だから、教育にものすごく熱心で、教育こそが国を作るのだという考え方。
確かに、この国にはものすごい強さと勢いを感じた。ホームレスはいない。仕事がある。そして国際色も豊かで、多くの国からの人や投資が集まる。そして、皆の意識が気高くてこの先どんどんと成長を遂げて行くだろうと確信した。

ベイサンズは、宿泊客以外のビジターはこのプールに入ることはできません。
だから、最上階まで登って景色を眺めるのです。

特徴のある建物がたくさんあります。
写真にはありませんが、日本の建築家も多く活躍しているそうです。
ですから、東京都庁に似た建物もありました。

これは、最上階からみたベイサンズの反対側。何かしら建築中です。これはきっとすごく近い将来に完成するんだろうな。
そうしたら、この近辺はもっともっと活気に満ち溢れるんだろうな。
ベイサンズの1階。結構なにぎわい。若い家族連れが多い気がする。

それから、ベイサンズから続くショッピングモールに入っていく。
こらまたすごい。
ブランドショップのオンパレード。
3階くらいあったかなぁ。。ときどき道に迷う。
ただひたすら、歩いて回る。
父も、黙ってニコニコしながらついてくる。

カジノの入口で。入らないけどね^^

面白い建築。
さて、そろそろ何か食べよう。
記念にラッフルズホテルで食事をしようと言っていたのだけれど、またタクシーに乗るのも…。
ということで、モール内にて、イタリアン。

なぜかデザートだけの写真。

あら、武ちゃん。。。ずいぶん見かけないと思ったらこんなところにいらっしゃったのね・・・^^。
さあ、沢山遊んで、沢山歩いたね。
そろそろホテルに荷物を取りに行こう。
そしてホテルで少しだけ休憩すればいいよ。
で、ホテルに戻って、、、とどめの一撃。
2階にあるティールームがずっと気になっていたのだけれど、コーヒーでも飲もうと入りました。
すると、そこは「イングリッシュアフタヌーンティー」か「ハイティー」の選択。
もしかしてしもしかすると、コーヒーだけ頼めたのかもしれない。
でも、私は興味津々と最後にイギリスのティータイムを味わってもらおうと「ハイティー」を3人分注文した。
案の定・・・。

ど〜〜〜ん!
食べきれませ〜〜ん。
表情は見えませんが、二人ともぽか〜〜んとしています。
おまけに、メニューに散々いろんな紅茶の種類が書いてあるのに、コーヒーを頼む3人。
わかっていませ〜〜ん。
ちょっとだけ手をつけて。。でも、残すのもいけない。残してもいいのだけれど、わが家のポリシーに反する。
お持ち帰りを頼んだ。。
でも、それ一体どこで食べるの?
あとは、空港だよ。
母は、旅行中「公共の乗り物で飲食すると罰金ですから。」という、添乗員さんの言葉に敏感になっている。
「どこで食べようねぇ。」
ケーキの箱に入れてもらって、荷物を受け取って、さあ、いよいよ出発の時です。
ホテルを出ると、先ほどのコンシェルジュの方が見送りに来て下さる。
こんな短い滞在の客にも、本当に親切に対応してくださる。
私はタクシーに乗り込みながら
「また、来年お邪魔します。」
と、言った。
これは、私の中での「おまじない」の言葉。
来年も、再来年もこの先ずっとずっと。父に元気でいて欲しい。
だから、もう一度必ず来る。
と、心に決めた。
正直来年は、そんなことはしていられない。
でも、息子に堂々と話す。
「お母さんの親だから、親孝行をさせてくれ。」
と。きっとわかってくれると思う。

3つあるターミナルを、スカイトレインで移動して、空港内を散策する。
リタックスの手続きやら、チェックインやらで多少手間取っても、年老いた両親はじっと座って待っていてくれる。

8月にも撮影した空港内の蘭の前で、母と記念撮影。
母が私の肩を、ぐっと力強く引き寄せる。
鼻の奥が、ツンと熱くなる。
そうこうして、深夜、我々は飛行機へと乗り込み爆睡。
ビールを二杯おかわりして、母に叱られたけれど、父は笑って見ている。
さっきも、待っている間ビールを二杯飲んだばかりだ。
飛行機の下に、稲光がいくつも走る。
こうして、我々の旅は終わりました。
さて、家に帰りましょう。
電車の切符を買う時に、なにやら父の名前がアナウンスされる。
??
とりあえず、発券場の方には「今呼ばれたので、また後から来ます。」
トイレから戻ってきた両親も、今呼ばれたよね?って。
じゃ〜〜〜〜〜ん。
今回は母が飛行機の中に財布の入ったカバンを忘れてきてくれました。
最後まで走りましたよ〜〜。
やってくれるね〜〜〜。
そんな旅でした。
父は、旅行中何度も何度も「ありがとな。」
と、言いました。
「○○の御蔭で楽しかった。」と。
電車に乗っても、繰り返しました。
私は、そのたびに、鼻の奥と目の奥が熱くなりました。
感謝するのは私の方なのに・・・。
母と飛行機の中で話しました。
あと何回来れるかね。
今回の旅で、私は感じました。
私が思っていた以上に、父は身体が弱くなっていました。
立ち上がってもすぐには歩き出せません。
上着も、肩が痛くて一人では脱ぎ着できません。
でも、まだまだ現役で働いています。
働かなくなったら、きっともっと弱ってしまうと思う。
だから、それは周りの私たちにとっても、見守るしかないのです。
こんなに歳をとるまで、私は一体何をしていたんだろう。
旅の途中から、そんな風に考えだすようになりました。
高校の時、口を利かない時期もありました。
そのとき、父はきっと淋しい思いをしていたと思う。
離婚をして、恥ずかしい思いや哀しい思いもさせたと思う。
そのときもきっと、私の幸せを願って、応援していてくれたんだと思う。
いろんな思いをさせてしまった。
それでも、こんなにも愛してもらっているのだと、父の言葉と行動から、今回ひしひしとそれを感じた。
今からでも遅くはないでしょうか?
私は、これからどんな形であれ、精いっぱいの親孝行をします。
そして、きっとちょっぴり心配もかけます。
その方が、父は元気でいてくれるような気もします。
また絶対に、行きます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、長々とお付き合いしていただきありがとうございました。
今回の旅は、一味違った旅でした。
今までの反省を込めて、これからも日々を大切に生きて行きます。
そして、嫌なことが一つもなかったシンガポールに感謝!!
私たちを温かく迎え入れてくれた、シンガポールの方々、ありがとう!!
きっと、またお会いしましょう。
おしまい。
October 12, 201117:00センチメンタル・ジャーニー その3
さて、一度ホテルへと戻り、少しだけ休憩をした。
その後、もう一度せっかくだから、さっき見れなかった免税店へ行こうとタクシーに乗る。
日曜日以外は、追加料金がかかるけれど、概してシンガポールのタクシーは安くて安心で親切。
女の買い物に付き合うのは可哀想だからと、父には免税店近くのマッサージ店を勧めたり、ホテルで休むように言うのだが、歳をとったのか?やけに淋しがり屋の父は私たちと一緒に行動をしたがる。
それから、免税店を出て、近くで美味しいものを食べたいね。と、夕食の場所をさがそうとしました。
道にいる警備員さんに、「美味しくて、シンガポールらしいところはどこですか?」と、尋ねた。
すると、タクシーを拾ってくれて行き先を運転手さんに告げてくれる。
ど、どこにいくのだ。。
よくわからないけれど、タクシーを降りると、そこは「ニュートンフードセンター」というところ。
げ・・。母が嫌いな、屋台ではないか。
そういえば、教えてくれた警備員さんが、「注文する前に値段を確認するように。」と、言ってたところから怪しかった。
でも、引き返すのもなんだし、これも旅の思い出だから。と、父が言う。
さて、すぐに客引きがやってきて、「こっちこっち。」と、日本語で案内されます。
そこは、円形の広い公園のようなところで、円の周りにぐるりと何十件ものお店がある。
そして、そのお店に囲まれるようにして広場に、パラソルのついたりつかなかったりする椅子とテーブルがある。
「店の中で食べたいんだけれど。」
と言えば、
「涼しい席あるよ。」
と、もう無理やり。
確かに涼しい。
母は、自分の荷物を身体にぴったりと寄せると、
「大丈夫、シンガポール治安いいよ。」
と、また日本語で。確かにわかるんだけれどさぁ。。こう、人が多くちゃ。。。
で、ここでも勧められるままに

こんな食事をしました。
確かに、吹けば飛ぶような、薄い発泡スチロールの取り皿と蓮華。でも、ストローもお箸もちゃんとビニールに入っている。
紙ナプキンもきちんとくれて。
お箸は、細くて短くて、しなってしまうから、物がつかみにくいのだけれど、それもまた面白い。
思ったよりも衛生的で、疑った自分を恥じた。
味も、すご〜〜〜〜く美味しかったけれど、量がやたらに多くて。。
こんなにたくさんお米を食べたのは何年振りか??というくらい食べたけど。。残さざるを得ない。
店員さんに目配せをすると、「おあいそ???」と、バツ印を指で作って日本語で叫ぶ。
「146ドルね。」
で、150ドル払うと
「おつりの4ドルどうする?」
と、言われ、
どうするって。。。もう、笑いをこらえられなくなって
「チップでどうぞ」
というと、
「まいど!!」
だって。
どんだけ、日本人が来てるんだ?
と、思い笑えたけれど安心した。
そういえば、いろんな国籍の人がここにいる。
結構有名な場所なのかもしれない。
さ〜〜〜。お腹も一杯だから、ホテルへ帰ろう!!
降りた場所でタクシーを拾い、一日歩きまわって疲れたことでホテルへと戻った。
今日あった面白いことを両親と話し、でも、一度座ったらもう立ち上がれないくらいになって。
やっぱり今夜も父が、
「ここで寝ていけ。」と、優しく言う。
でも、私は、頑張って自分の部屋へ戻った。
「ありがとな。」
と、父が何度も言う。
(ありがとうは、こっちだよ。)
と、心の中で私が言う。
夜中、何度もの雷鳴とスコールと思われる雨。
でも、いつの間にか眠ってしまった。
明日は、出発の日だ。
でも、まるっと一日あるよ。
その後、もう一度せっかくだから、さっき見れなかった免税店へ行こうとタクシーに乗る。
日曜日以外は、追加料金がかかるけれど、概してシンガポールのタクシーは安くて安心で親切。
女の買い物に付き合うのは可哀想だからと、父には免税店近くのマッサージ店を勧めたり、ホテルで休むように言うのだが、歳をとったのか?やけに淋しがり屋の父は私たちと一緒に行動をしたがる。
それから、免税店を出て、近くで美味しいものを食べたいね。と、夕食の場所をさがそうとしました。
道にいる警備員さんに、「美味しくて、シンガポールらしいところはどこですか?」と、尋ねた。
すると、タクシーを拾ってくれて行き先を運転手さんに告げてくれる。
ど、どこにいくのだ。。
よくわからないけれど、タクシーを降りると、そこは「ニュートンフードセンター」というところ。
げ・・。母が嫌いな、屋台ではないか。
そういえば、教えてくれた警備員さんが、「注文する前に値段を確認するように。」と、言ってたところから怪しかった。
でも、引き返すのもなんだし、これも旅の思い出だから。と、父が言う。
さて、すぐに客引きがやってきて、「こっちこっち。」と、日本語で案内されます。
そこは、円形の広い公園のようなところで、円の周りにぐるりと何十件ものお店がある。
そして、そのお店に囲まれるようにして広場に、パラソルのついたりつかなかったりする椅子とテーブルがある。
「店の中で食べたいんだけれど。」
と言えば、
「涼しい席あるよ。」
と、もう無理やり。
確かに涼しい。
母は、自分の荷物を身体にぴったりと寄せると、
「大丈夫、シンガポール治安いいよ。」
と、また日本語で。確かにわかるんだけれどさぁ。。こう、人が多くちゃ。。。
で、ここでも勧められるままに

こんな食事をしました。
確かに、吹けば飛ぶような、薄い発泡スチロールの取り皿と蓮華。でも、ストローもお箸もちゃんとビニールに入っている。
紙ナプキンもきちんとくれて。
お箸は、細くて短くて、しなってしまうから、物がつかみにくいのだけれど、それもまた面白い。
思ったよりも衛生的で、疑った自分を恥じた。
味も、すご〜〜〜〜く美味しかったけれど、量がやたらに多くて。。
こんなにたくさんお米を食べたのは何年振りか??というくらい食べたけど。。残さざるを得ない。
店員さんに目配せをすると、「おあいそ???」と、バツ印を指で作って日本語で叫ぶ。
「146ドルね。」
で、150ドル払うと
「おつりの4ドルどうする?」
と、言われ、
どうするって。。。もう、笑いをこらえられなくなって
「チップでどうぞ」
というと、
「まいど!!」
だって。
どんだけ、日本人が来てるんだ?
と、思い笑えたけれど安心した。
そういえば、いろんな国籍の人がここにいる。
結構有名な場所なのかもしれない。
さ〜〜〜。お腹も一杯だから、ホテルへ帰ろう!!
降りた場所でタクシーを拾い、一日歩きまわって疲れたことでホテルへと戻った。
今日あった面白いことを両親と話し、でも、一度座ったらもう立ち上がれないくらいになって。
やっぱり今夜も父が、
「ここで寝ていけ。」と、優しく言う。
でも、私は、頑張って自分の部屋へ戻った。
「ありがとな。」
と、父が何度も言う。
(ありがとうは、こっちだよ。)
と、心の中で私が言う。
夜中、何度もの雷鳴とスコールと思われる雨。
でも、いつの間にか眠ってしまった。
明日は、出発の日だ。
でも、まるっと一日あるよ。
October 12, 201116:25センチメンタル・ジャーニー その2
翌日は、まるっと一日あるので、もとからついていた半日ツアーに参加しました。
朝食をいただいて、時間があるのでホテルの中を散策しました。


そして、時間になると、順々にホテルを回ってお迎えのバスがきます。
結構大勢だったかもしれない。
老若男女乗り合わせて・・・・・。
なんか知らないけれど、カメラマンも乗ってくる。

ラッフルズ卿上陸記念の地に連れて行っていただく
もうひとつの像は、現在工事中という事でしたが、この国の工事中は 現場を囲む壁も
イラストや、写真が美しく施されていて、工事中というのになにか美しさを感じます。
次に行ったのは、マーライオンパーク。
なんか、カメラの気配を感じつつも、記念写真を自分たちで撮り合う。

次は、チャイナタウンの「スリ・マリアマン寺院」というヒンドゥー教の寺院。
こちらでは、裸足になって中に入らせていただく。
内部では結婚式の最中。(内部の撮影は不可)

それから次に「佛牙寺」。

4階まで上がることができ、1階から4階へとエレベーターで上がると仏陀の歯が安置された舎利塔がある。
その4階は写真NGなので載せられないけれど、建物内部は金色のきらびやかな様式。(写真は1階)
信仰心の篤い父が、伏してお参りをする。
私は、この瞬間
「父がこれでもっと長生きできる。」
と、確信した。
バスに戻ると、最初にバスに乗り込んだ運転手さんが、すでにアルバムを用意して待っている。
自分が写った写真を「いや」とは、言えないし、ま、これも観光地には付き物だ。。
と、なぜか両親に1冊。私に1冊できていて。。計二冊を買う事に。
ついでに、運転手さんのアルバイト。とかいって、いろんなグッズを勧めてくる。
でも、断れない我々3人は、爪切りつきキーホルダーやら、マーライオン型の栓抜きセットやら。。
買うんだな・・これが。
そして、絶対に失敗しないおみやげを注文する用紙を渡されるけれど。。
お土産は、旅の最後に空港で探すか、あとから免税店で買えばいいよ。
と、添乗員さんに断った。
その後、宝石店に立ち寄り。。。
このころからか、、昨日からの添乗員さんが、やけに私たちに色々と勧めてくる。
でも、病気が治るという数珠のようなものを、私が今度は添乗員さんの受け売りで父の痛い右手に勧める。
今では、なんでもいい。父の痛みが和らげば、石に力を借りたっていい。と、思った。
私はそこで、彼に時計を買い、一個買うと「ただでおまけ」というわけで、私も一つゲットし。。。
その後、フードコートに行って食事を好きにする。
一人10ドルの食券を渡されるけれど、お腹がいっぱい。
ちなみに、1ドル約65円くらい。
ボボチャチャという、ココナッツミルクにお芋?が入った温かい飲み物にも挑戦。
慌ただしく食事を終え、免税店にて解散。
当初は、ここで終わる予定だったのだけれど、車内で、添乗員さんから「あと16人分、人力車のチケットがあります。」
といわれ、40分間の人力車のツアーに申し込んでしまいました。
人力車ツアーを待っていると、件の添乗員さんが
「○○さん、ちょっと協力して、おまけするから。」
と、さっき断ったお土産を注文してと、上手に言ってくる。
なんか、断れない私はそこで、「お茶」と「ジャム」を注文します。
「ホテルに届けるから。」
と。
どこまでも、断れない自分が居ます。
ということで、お土産を買うのはここで終了しました。。
それから、免税店からまた別のバスに乗り込んで、、、。



を、

こんな感じで、10台位の人力車(二人乗り)が、連なって走る。結構なスピードで。
途中絶対に信号以外では停止しない。
この国は、人よりも車、車よりも人力車が優先だと。。
出発前に、添乗員さんが言っていた。
「私が一番前に乗るから大丈夫ですよ〜〜。」って。
インド人街もイスラム人街も、オカマ街、泥棒市場。。。
なんとも、一本裏の路地や、別の地区に行くと生活の様式もずいぶんと異なる。
でも、共通するのが、道がきれいだという事。ゴミが滅多に落ちていない。
そして、棲み分けはしているものの、どこへいっても色々な人種が仲良く生活し、働いている。

そして、人力車の後はまたバスに乗って、最後はラッフルズホテルへ。
シンガポールで一番古い、格式高いホテルだそうです。
そこで、いくらかの買い物タイムがあり。。
最後はまた、免税店へと送り届けられます。
つかれた。父も、疲れた。母は元気。
一度、ホテルに戻って出直そうか・・・。
朝食をいただいて、時間があるのでホテルの中を散策しました。


そして、時間になると、順々にホテルを回ってお迎えのバスがきます。
結構大勢だったかもしれない。
老若男女乗り合わせて・・・・・。
なんか知らないけれど、カメラマンも乗ってくる。

ラッフルズ卿上陸記念の地に連れて行っていただく
もうひとつの像は、現在工事中という事でしたが、この国の工事中は 現場を囲む壁も
イラストや、写真が美しく施されていて、工事中というのになにか美しさを感じます。
次に行ったのは、マーライオンパーク。
なんか、カメラの気配を感じつつも、記念写真を自分たちで撮り合う。

次は、チャイナタウンの「スリ・マリアマン寺院」というヒンドゥー教の寺院。
こちらでは、裸足になって中に入らせていただく。
内部では結婚式の最中。(内部の撮影は不可)

それから次に「佛牙寺」。

4階まで上がることができ、1階から4階へとエレベーターで上がると仏陀の歯が安置された舎利塔がある。
その4階は写真NGなので載せられないけれど、建物内部は金色のきらびやかな様式。(写真は1階)
信仰心の篤い父が、伏してお参りをする。
私は、この瞬間
「父がこれでもっと長生きできる。」
と、確信した。
バスに戻ると、最初にバスに乗り込んだ運転手さんが、すでにアルバムを用意して待っている。
自分が写った写真を「いや」とは、言えないし、ま、これも観光地には付き物だ。。
と、なぜか両親に1冊。私に1冊できていて。。計二冊を買う事に。
ついでに、運転手さんのアルバイト。とかいって、いろんなグッズを勧めてくる。
でも、断れない我々3人は、爪切りつきキーホルダーやら、マーライオン型の栓抜きセットやら。。
買うんだな・・これが。
そして、絶対に失敗しないおみやげを注文する用紙を渡されるけれど。。
お土産は、旅の最後に空港で探すか、あとから免税店で買えばいいよ。
と、添乗員さんに断った。
その後、宝石店に立ち寄り。。。
このころからか、、昨日からの添乗員さんが、やけに私たちに色々と勧めてくる。
でも、病気が治るという数珠のようなものを、私が今度は添乗員さんの受け売りで父の痛い右手に勧める。
今では、なんでもいい。父の痛みが和らげば、石に力を借りたっていい。と、思った。
私はそこで、彼に時計を買い、一個買うと「ただでおまけ」というわけで、私も一つゲットし。。。
その後、フードコートに行って食事を好きにする。
一人10ドルの食券を渡されるけれど、お腹がいっぱい。
ちなみに、1ドル約65円くらい。
ボボチャチャという、ココナッツミルクにお芋?が入った温かい飲み物にも挑戦。
慌ただしく食事を終え、免税店にて解散。
当初は、ここで終わる予定だったのだけれど、車内で、添乗員さんから「あと16人分、人力車のチケットがあります。」
といわれ、40分間の人力車のツアーに申し込んでしまいました。
人力車ツアーを待っていると、件の添乗員さんが
「○○さん、ちょっと協力して、おまけするから。」
と、さっき断ったお土産を注文してと、上手に言ってくる。
なんか、断れない私はそこで、「お茶」と「ジャム」を注文します。
「ホテルに届けるから。」
と。
どこまでも、断れない自分が居ます。
ということで、お土産を買うのはここで終了しました。。
それから、免税店からまた別のバスに乗り込んで、、、。



を、

こんな感じで、10台位の人力車(二人乗り)が、連なって走る。結構なスピードで。
途中絶対に信号以外では停止しない。
この国は、人よりも車、車よりも人力車が優先だと。。
出発前に、添乗員さんが言っていた。
「私が一番前に乗るから大丈夫ですよ〜〜。」って。
インド人街もイスラム人街も、オカマ街、泥棒市場。。。
なんとも、一本裏の路地や、別の地区に行くと生活の様式もずいぶんと異なる。
でも、共通するのが、道がきれいだという事。ゴミが滅多に落ちていない。
そして、棲み分けはしているものの、どこへいっても色々な人種が仲良く生活し、働いている。

そして、人力車の後はまたバスに乗って、最後はラッフルズホテルへ。
シンガポールで一番古い、格式高いホテルだそうです。
そこで、いくらかの買い物タイムがあり。。
最後はまた、免税店へと送り届けられます。
つかれた。父も、疲れた。母は元気。
一度、ホテルに戻って出直そうか・・・。
October 12, 201114:53センチメンタル・ジャーニー
ただいま。
昨日の朝、セントレアに着きましたよ。
土曜日の早朝、両親と共に出発した今回のシンガポールの旅。
偉そうに、ほとんど初めての私。内心はドキドキな旅でした。
今回は、両親とも数年ぶりの海外。そして、またヨーロッパに行きたい。と、今年の初めまで繰り返していた母親。
でも、段々と10数時間のフライトはつらいな。と、弱音を吐き始めて、そして数ヶ月前、突如決まったこの旅。
実は、シンガポールがどういう国かも、縁もゆかりも何もない。
ただ、私の曖昧な情報で決まった今回の旅。
70をとうに過ぎた両親。あと何回行けるかわからない。
ずっと働くだけだった父。だから、私はお金は出せないけれど、ツアーでは行きたくない、という両親に同行して「にわか添乗員」をしてきました。
現地時間の夕方、シンガポールに着く。
8月に見た光景がよみがえり、一瞬私の中で妙な安心感が生まれる。
ほんの数時間滞在しただけだったけれど、なんとかやれそう!って気持ちに。
さて、母はツアーがあまり好きではない。
なぜなら、他人と行くとやはり、着る物にも気を遣うし、そうすると荷物が多くなる。
だから、身内だけの好き勝手な旅が欲しい。
ほぼ、フリープランなのだけれど、ホテルへの送迎と2日目に半日ツアーだけはついていたので、有効利用させていただくことにした。
その日は、まず送迎のバスでホテルごとに下ろしてもらい、チェックインを現地の添乗員さんにやっていただく。
スムースだ。
英語は何とか旅くらいはできるほど分かる私だけれど、さすがにシンガポールの英語は難しい。
彼らは、本当にお互いにコミュニケーションがとれているのか?と、心配になるくらい、複雑な発音をする。
だから、この添乗員さんは、日本語が話せる上に慣れている風で本当に心強い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回は、あちこち見て回る欲張りな旅にはしなかった。
どこでも、いいとこ連れて行って。
と、頼まれていた私は、「一応下調べをしておいて。」と、両親に告げておいた。
父は、インターネットとガイドブックで下調べをして、すでに小冊子をつくってあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなわけで、欲張らずにホテルでのんびりと身体を休めてもらえたらいいと思っていた。

今回泊めてもらったのは、このホテル。
サービス満点。笑顔満点の落ち着いたホテル。

こんなシャンデリアや、

こんな建築を、素人の私でも
す、、すげえな・・・。
って、思う。

これは、私の泊まった部屋。

なんと、チェックインの時に、ラッキーぼよよん。
添乗員の立場の私は、当初「タワーウイング」の部屋を予約していました。
ところが、到着時、現地の添乗員さんが突然
「○○さん、ラッキーですね。部屋がアップグレードになりましたよ。」
と。
私は、よくわからないけれど、「ガーデンウイング」の部屋を戴けることになったのです。
タワーウイングの部屋すらどんなもんかわからなかったので、軽く喜んでありがたく頂戴いたしました。
両親は、「バレーウイング」という棟に泊まったので、私の部屋からはちょいと遠い。
万歩計がせっせと私の歩みを刻む。。
その日は、とりあえず暗くなっていたので、近くのオーチャードロードへ行ってみた。
よくわからないから、まずは「高島屋」に。
このオーチャードロード、ひたすら長い。全部のお店を見るには、きっと何日もかかるだろう。
華やかで、にぎわう通り。延々と続くブランドショップ。
帰るのにも、タクシーを40分くらい待つ。
これだけでも、父に申し訳ないのだけれど、予約の仕方がわからないので我慢してもらう。
とりあえず、9時半ころにホテルに戻り、ホテル内の中華料理をいただく。

こんな感じ。お薦めのカニ。今の時期が一番いいのだということで、勧められるままにゴチになる。
量がわからないから、少なめに注文したけれど、やっぱりお腹がいっぱいになる。
そうして、夜も更けて行く。
両親の部屋に戻り、あれこれ話をするんだけれど、父がやけに
「ここに寝ていけ。」
だの
「ここでお風呂に入ればいいじゃないの。」
だの
そんなことを言う。
わたしはそれもくすぐったいし独りの時間も欲しかったから
「部屋がもったいないからいいよ。」
と頑なに断って自分の部屋に戻る。
明日は、半日ツアーの日です。
昨日の朝、セントレアに着きましたよ。
土曜日の早朝、両親と共に出発した今回のシンガポールの旅。
偉そうに、ほとんど初めての私。内心はドキドキな旅でした。
今回は、両親とも数年ぶりの海外。そして、またヨーロッパに行きたい。と、今年の初めまで繰り返していた母親。
でも、段々と10数時間のフライトはつらいな。と、弱音を吐き始めて、そして数ヶ月前、突如決まったこの旅。
実は、シンガポールがどういう国かも、縁もゆかりも何もない。
ただ、私の曖昧な情報で決まった今回の旅。
70をとうに過ぎた両親。あと何回行けるかわからない。
ずっと働くだけだった父。だから、私はお金は出せないけれど、ツアーでは行きたくない、という両親に同行して「にわか添乗員」をしてきました。
現地時間の夕方、シンガポールに着く。
8月に見た光景がよみがえり、一瞬私の中で妙な安心感が生まれる。
ほんの数時間滞在しただけだったけれど、なんとかやれそう!って気持ちに。
さて、母はツアーがあまり好きではない。
なぜなら、他人と行くとやはり、着る物にも気を遣うし、そうすると荷物が多くなる。
だから、身内だけの好き勝手な旅が欲しい。
ほぼ、フリープランなのだけれど、ホテルへの送迎と2日目に半日ツアーだけはついていたので、有効利用させていただくことにした。
その日は、まず送迎のバスでホテルごとに下ろしてもらい、チェックインを現地の添乗員さんにやっていただく。
スムースだ。
英語は何とか旅くらいはできるほど分かる私だけれど、さすがにシンガポールの英語は難しい。
彼らは、本当にお互いにコミュニケーションがとれているのか?と、心配になるくらい、複雑な発音をする。
だから、この添乗員さんは、日本語が話せる上に慣れている風で本当に心強い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回は、あちこち見て回る欲張りな旅にはしなかった。
どこでも、いいとこ連れて行って。
と、頼まれていた私は、「一応下調べをしておいて。」と、両親に告げておいた。
父は、インターネットとガイドブックで下調べをして、すでに小冊子をつくってあった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そんなわけで、欲張らずにホテルでのんびりと身体を休めてもらえたらいいと思っていた。

今回泊めてもらったのは、このホテル。
サービス満点。笑顔満点の落ち着いたホテル。

こんなシャンデリアや、

こんな建築を、素人の私でも
す、、すげえな・・・。
って、思う。

これは、私の泊まった部屋。

なんと、チェックインの時に、ラッキーぼよよん。
添乗員の立場の私は、当初「タワーウイング」の部屋を予約していました。
ところが、到着時、現地の添乗員さんが突然
「○○さん、ラッキーですね。部屋がアップグレードになりましたよ。」
と。
私は、よくわからないけれど、「ガーデンウイング」の部屋を戴けることになったのです。
タワーウイングの部屋すらどんなもんかわからなかったので、軽く喜んでありがたく頂戴いたしました。
両親は、「バレーウイング」という棟に泊まったので、私の部屋からはちょいと遠い。
万歩計がせっせと私の歩みを刻む。。
その日は、とりあえず暗くなっていたので、近くのオーチャードロードへ行ってみた。
よくわからないから、まずは「高島屋」に。
このオーチャードロード、ひたすら長い。全部のお店を見るには、きっと何日もかかるだろう。
華やかで、にぎわう通り。延々と続くブランドショップ。
帰るのにも、タクシーを40分くらい待つ。
これだけでも、父に申し訳ないのだけれど、予約の仕方がわからないので我慢してもらう。
とりあえず、9時半ころにホテルに戻り、ホテル内の中華料理をいただく。

こんな感じ。お薦めのカニ。今の時期が一番いいのだということで、勧められるままにゴチになる。
量がわからないから、少なめに注文したけれど、やっぱりお腹がいっぱいになる。
そうして、夜も更けて行く。
両親の部屋に戻り、あれこれ話をするんだけれど、父がやけに
「ここに寝ていけ。」
だの
「ここでお風呂に入ればいいじゃないの。」
だの
そんなことを言う。
わたしはそれもくすぐったいし独りの時間も欲しかったから
「部屋がもったいないからいいよ。」
と頑なに断って自分の部屋に戻る。
明日は、半日ツアーの日です。
October 06, 201108:25掃除してみました
September 05, 201114:24脱走?
おかしなことが起きました。
うちの犬は、雑種。中型犬。
で、気性はおだやか。で、よく吠える。
最近は、お年寄になった為しずかに眠っている。
が、だ。
一昨日の晩、餌をやろうと暗くなってから犬の鍋を手にした。
そのとき、犬小屋のドアが開いているのに気づいた。
呼んでもでてこない。
そう。居ないのです。
さ〜〜っと、嫌な予感。そして、居なくなるはずがないという確信。
だって、遠くまで行くはずのない犬だから。
たとえ、首輪をはずしても、家の周りをぐるりと一周するくらいの気の小さい犬。
なのに。。
あてもなく彼と探し回りました。
犬を大切にしている息子に知られたら、もし居なくなったりしたら叱られる。
台風で、雨こそ降ってないものの風で匂いが消されて帰ってこられないのかしら。
そんなことを考えて、餌を用意して、ドアを開けたままひと眠りした。
明け方、「帰っていますように」と考えながら5時前に目が覚めた。
薄明るくなって、彼と別々に2台の車で探し回った。
どうしよう。
気配が全くない。
人も歩いていなければ、犬すらいない。
朝ごはんも美味しくない。
8時くらいになってどうしたらいいかと思って、とりあえずは警察に電話した。
特徴を大まかに説明すると、うちの犬らしきワンちゃんを預かっていると。
大急ぎで警察に行き、確認。
あ〜〜〜〜。よかった。
呼びかけに立ち上がるうちの犬。
夕べ一晩鳴いてばかりいたと。
よかった。本当に良かった。
車の中で、いつもはやらない私が、ずっと話しかけてさすっていた。
犬も目を観てなにか訴えていた気がする。
ごめんね。
それにしても、どうやって鍵を開けたんだろう。
犬には開けられない。
どうして、大通りを渡って遠くで発見されたんだろう。
謎が尽きない。
それでも、一安心。
息子にも叱られずに、哀しがられずに済む。
2重に扉を閉めた。その分、狭くなったワンちゃんのスペース。
でも、家族はいなくなると、本当に寂しいね。
つくづく、犬に申し訳ないことをしたと思ったよ。
うちの犬は、雑種。中型犬。
で、気性はおだやか。で、よく吠える。
最近は、お年寄になった為しずかに眠っている。
が、だ。
一昨日の晩、餌をやろうと暗くなってから犬の鍋を手にした。
そのとき、犬小屋のドアが開いているのに気づいた。
呼んでもでてこない。
そう。居ないのです。
さ〜〜っと、嫌な予感。そして、居なくなるはずがないという確信。
だって、遠くまで行くはずのない犬だから。
たとえ、首輪をはずしても、家の周りをぐるりと一周するくらいの気の小さい犬。
なのに。。
あてもなく彼と探し回りました。
犬を大切にしている息子に知られたら、もし居なくなったりしたら叱られる。
台風で、雨こそ降ってないものの風で匂いが消されて帰ってこられないのかしら。
そんなことを考えて、餌を用意して、ドアを開けたままひと眠りした。
明け方、「帰っていますように」と考えながら5時前に目が覚めた。
薄明るくなって、彼と別々に2台の車で探し回った。
どうしよう。
気配が全くない。
人も歩いていなければ、犬すらいない。
朝ごはんも美味しくない。
8時くらいになってどうしたらいいかと思って、とりあえずは警察に電話した。
特徴を大まかに説明すると、うちの犬らしきワンちゃんを預かっていると。
大急ぎで警察に行き、確認。
あ〜〜〜〜。よかった。
呼びかけに立ち上がるうちの犬。
夕べ一晩鳴いてばかりいたと。
よかった。本当に良かった。
車の中で、いつもはやらない私が、ずっと話しかけてさすっていた。
犬も目を観てなにか訴えていた気がする。
ごめんね。
それにしても、どうやって鍵を開けたんだろう。
犬には開けられない。
どうして、大通りを渡って遠くで発見されたんだろう。
謎が尽きない。
それでも、一安心。
息子にも叱られずに、哀しがられずに済む。
2重に扉を閉めた。その分、狭くなったワンちゃんのスペース。
でも、家族はいなくなると、本当に寂しいね。
つくづく、犬に申し訳ないことをしたと思ったよ。
August 23, 201114:41ただいま 5
さて、その次の日、息子は学校へ行きました。私たちは、例のツアー会社に電話をして、今日ペンギンを観に連れて行ってくれませんか?と、お願いしました。すると、午後からOKしていただき、3人で行ってきました。
オタゴ半島先端近くになると、こんな光景が広がります。

ヒツジの放牧です。

アルバトロスセンター近くになると、オットセイがのんびりお昼寝していました。
人間が近づいても、臆することなく。ちょっぴり、「じゃまするな〜〜」と、口をあけて何か言っていますが、
へぇへぇ、邪魔しませんとも。
さぁ、夕方猟を終えて帰ってくるイエローアイドペンギンを観に、ペンギンプレイスへと連れて行ってもらいました。
このブログの最初に載せた、あれです。
もう一度載せます。

これは、人懐っこい「モンティー」と名付けられたペンギンだそうです。
バスに乗り、海岸が見えるところまで行きます。

去っていくモンティー君。
ちっちゃくて分かりにくいけれど、一日遊んで海岸に登ってきたペンギン。
(クリックすると、わかります。海岸にある手前の黒い物体ではありません・・)

ペンギンは、浜を上がったら、草地へ、そして、森の中へ行くのだそうです。
入植者が木を刈ってしまい、ペンギンが住める森が少なくなったそうです。
それで、今この地域では植林があちこちに行われていました。
ペンギンは、あのよちよち歩きで、草地どころか、丘を登って行きます。海岸線からかなり高いところまで。
そして、また翌日、海へと出かけて行くのだそうです。
4匹だけ見られました。でも、これでもラッキーな方です。
単独行動をし、夕方になって、「出勤」から帰ってくるイエローペンギンは、一羽また一羽と海から上がるのだそうですが、この荒れた海で見られたのはラッキーでした。
本当に最後の晩になりました。
息子の提案で、ちょっといいレストランへ行きました。
そして、みんな思い思いの食事をして、最後に

こんなデザートもいただいて。我々はパブへと消えて行きました。。。。
さて、本当に本当、今日こそ出発の日を迎えました。
むすこは、前回のお別れの時とは違って、「もう帰ってこなくていいからね。」と、ベッドから手を振ります。
まだ学校には早いから、一足先に我々が6時にチェックアウトしました。
飛びました。クライストチャーチに無事着きました。そして、9時間のフライトで。。。
じゃ〜〜〜〜ん

マーライオンです。
一気に蒸し暑い。
おまけに、
じゃ〜〜〜〜ん

ホテルです。空港内にとりました。豪華です
あんなに楽しみにしていたシンガポールのトランジットも、一泊となると、そして旅も最高潮に疲れていたので。。。
「早く日本に帰りたいね
。」と、口々に言います。
翌朝、ホテルで朝食をいただき、再び飛行機に・・・・・・。
成田。夜7時過ぎにつきました。
すぐに何をしたかって言うと、、、。使えなくなった姪と私の携帯を持って、すぐにドコモのカウンターへ行きました。
ふっかつ

さすが日本の携帯。電池が戻りました
。そして、充電してもらっている間。我々は、「ラーメン」を食べに行きました。
ぼっちゃんから、電話が入りました。
「関東地方大雨で新幹線がおくれているらしいよ。」
って、やっぱり心配して日本のニュースを検索していたんだね。
「大丈夫だと思うよ、元気でやりなさいよ。」って電話を切った。
そして、成田エクスプレスに乗って品川へ〜〜〜〜〜〜
。
新幹線遅れてるじゃ〜〜〜ん
おまけに、成田エクスプレスに、荷物置き忘れてきたじゃ〜〜〜ん
最後までやってくれるじゃ〜〜〜ん。
(荷物は後日戻ってきました
着払いで・・当然)
そんなこんなの旅です。
まだ、仕事のつけは払い切れていません。。。。
おまけ。
コンビニで見た、平べったい桃です。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。
旅の醍醐味、、ちょっぴりのアクシデントと良い出会い。そんなくらいがいい。
冷や汗垂らす旅は、やっぱもうしたくない。。
でも、NZは良い国でした。
もうちょっと近いなら、是非もう一度行ってみたい。
オタゴ大学を訪れた時、息子に言いました。
「ここで、勉強してもいいんだよ。」
「いや、僕は日本に帰る。」
ということで、次にNZを訪れることは、きっとずっと先になるか、もうないかもしれません。
でも、我々が訪れたダニーデンをいう町は、人々は温かくて、町も景色も美しくて、思っていた以上に、イギリス以上にイギリスっぽくて。
安全で。。賛辞の言葉が次から次へと溢れてきます。
ありがとう、ダニーデン。
ありがとう、ニュージーランド。
また、いつか、きっとね。
オタゴ半島先端近くになると、こんな光景が広がります。

ヒツジの放牧です。

アルバトロスセンター近くになると、オットセイがのんびりお昼寝していました。
人間が近づいても、臆することなく。ちょっぴり、「じゃまするな〜〜」と、口をあけて何か言っていますが、
へぇへぇ、邪魔しませんとも。
さぁ、夕方猟を終えて帰ってくるイエローアイドペンギンを観に、ペンギンプレイスへと連れて行ってもらいました。
このブログの最初に載せた、あれです。
もう一度載せます。

これは、人懐っこい「モンティー」と名付けられたペンギンだそうです。
バスに乗り、海岸が見えるところまで行きます。

去っていくモンティー君。
ちっちゃくて分かりにくいけれど、一日遊んで海岸に登ってきたペンギン。
(クリックすると、わかります。海岸にある手前の黒い物体ではありません・・)

ペンギンは、浜を上がったら、草地へ、そして、森の中へ行くのだそうです。
入植者が木を刈ってしまい、ペンギンが住める森が少なくなったそうです。
それで、今この地域では植林があちこちに行われていました。
ペンギンは、あのよちよち歩きで、草地どころか、丘を登って行きます。海岸線からかなり高いところまで。
そして、また翌日、海へと出かけて行くのだそうです。
4匹だけ見られました。でも、これでもラッキーな方です。
単独行動をし、夕方になって、「出勤」から帰ってくるイエローペンギンは、一羽また一羽と海から上がるのだそうですが、この荒れた海で見られたのはラッキーでした。
本当に最後の晩になりました。
息子の提案で、ちょっといいレストランへ行きました。
そして、みんな思い思いの食事をして、最後に

こんなデザートもいただいて。我々はパブへと消えて行きました。。。。
さて、本当に本当、今日こそ出発の日を迎えました。
むすこは、前回のお別れの時とは違って、「もう帰ってこなくていいからね。」と、ベッドから手を振ります。
まだ学校には早いから、一足先に我々が6時にチェックアウトしました。
飛びました。クライストチャーチに無事着きました。そして、9時間のフライトで。。。
じゃ〜〜〜〜ん

マーライオンです。
一気に蒸し暑い。
おまけに、
じゃ〜〜〜〜ん

ホテルです。空港内にとりました。豪華です

あんなに楽しみにしていたシンガポールのトランジットも、一泊となると、そして旅も最高潮に疲れていたので。。。
「早く日本に帰りたいね
。」と、口々に言います。翌朝、ホテルで朝食をいただき、再び飛行機に・・・・・・。
成田。夜7時過ぎにつきました。
すぐに何をしたかって言うと、、、。使えなくなった姪と私の携帯を持って、すぐにドコモのカウンターへ行きました。
ふっかつ


さすが日本の携帯。電池が戻りました
ぼっちゃんから、電話が入りました。
「関東地方大雨で新幹線がおくれているらしいよ。」
って、やっぱり心配して日本のニュースを検索していたんだね。
「大丈夫だと思うよ、元気でやりなさいよ。」って電話を切った。
そして、成田エクスプレスに乗って品川へ〜〜〜〜〜〜
新幹線遅れてるじゃ〜〜〜ん
おまけに、成田エクスプレスに、荷物置き忘れてきたじゃ〜〜〜ん
最後までやってくれるじゃ〜〜〜ん。
(荷物は後日戻ってきました
そんなこんなの旅です。
まだ、仕事のつけは払い切れていません。。。。
おまけ。
コンビニで見た、平べったい桃です。

長々とお付き合いいただきありがとうございました。
旅の醍醐味、、ちょっぴりのアクシデントと良い出会い。そんなくらいがいい。
冷や汗垂らす旅は、やっぱもうしたくない。。
でも、NZは良い国でした。
もうちょっと近いなら、是非もう一度行ってみたい。
オタゴ大学を訪れた時、息子に言いました。
「ここで、勉強してもいいんだよ。」
「いや、僕は日本に帰る。」
ということで、次にNZを訪れることは、きっとずっと先になるか、もうないかもしれません。
でも、我々が訪れたダニーデンをいう町は、人々は温かくて、町も景色も美しくて、思っていた以上に、イギリス以上にイギリスっぽくて。
安全で。。賛辞の言葉が次から次へと溢れてきます。
ありがとう、ダニーデン。
ありがとう、ニュージーランド。
また、いつか、きっとね。
August 23, 201114:16ただいま その4
今回のブログの題名が「ただいま」です。
前回5年ほど前のイタリア旅行記は「ちゃお イタリア」だったと記憶する。
そうなんです、今気付きました。題名には、気持ちがあらわれるのだと。
まさに、帰ってこられたことへの安堵感からです。ほんとうに「ただいま」。
なんです。
さて、新たにおまけの旅が始まりました。
2部屋に分かれて我々は寝ました。ひたすら熟睡した私の頭に響く音。。
ウィ〜〜ン、ウィ〜ン 避難してください。
けたたましく連続して流れる避難の案内。
我に返って姪をたたき起す。
「逃げるよ」
と、貴重品を抱え、息子たちの部屋へ走る。
「早く早く」
という私に、
「避難しろって言ってるね。」
と、のんきな息子。
かれは、寝ぼけまなこ。。
あんな音が聞こえないなんて。みんな疲れていたんだな。。。。
5階から非常口をダッシュで降りる。
途中で、ホテルの職員がいたけれど、案内はない。
なんとか1階へ行くと、焦げたにおいと少しの煙。
外へでる。
そこには・・・・。
先に避難した、ルームサービスの人たちの集団。
フロントのスタッフ。
みんな、なぜか笑顔。
避難訓練か?
消防車も2台来てるけど、やけにのんびりしている。
確かに、でもレストランから煙がでていて臭い。。。
外は寒い。上着を着ていない。。
しばらくすると、部屋に戻ってもいいよ。と。
おいおい。それだけですか?
多くは望まないことにした。ここは日本じゃないし。
さて、何をしよう。ここダニーデンは天気が回復しつつある。
外へ出た。そして、ふらふらと食事し、息子と彼の散髪。
初日に続き、4泊目の今日もホテル近くの日本食を食べに行った。
みんな、うどんが食べたい!と。
私は、お刺身が食べたい!ビールを飲みたい!
滞在中は、娯楽の少ないこの町で、毎晩のパブと一日おきのビリヤードへ行った。
そんなふうにしてまた一日がおわった。
翌日、先日閉鎖していたキャドバリーチョコレートの工場見学ツアーに行ってみた。
やっていた!!

ツアー前に、チョコが一つ入った袋をもらう。お話をきいている途中途中で、チョコレートを配ってくれる。
ツアーが終わるころには、袋一杯のチョコレート。できたての熱々のチョコを飲ませてくれたり(これは、正直濃すぎでした)。
楽しいツアーだったよ。
前回5年ほど前のイタリア旅行記は「ちゃお イタリア」だったと記憶する。
そうなんです、今気付きました。題名には、気持ちがあらわれるのだと。
まさに、帰ってこられたことへの安堵感からです。ほんとうに「ただいま」。
なんです。
さて、新たにおまけの旅が始まりました。
2部屋に分かれて我々は寝ました。ひたすら熟睡した私の頭に響く音。。
ウィ〜〜ン、ウィ〜ン 避難してください。
けたたましく連続して流れる避難の案内。
我に返って姪をたたき起す。
「逃げるよ」
と、貴重品を抱え、息子たちの部屋へ走る。
「早く早く」
という私に、
「避難しろって言ってるね。」
と、のんきな息子。
かれは、寝ぼけまなこ。。
あんな音が聞こえないなんて。みんな疲れていたんだな。。。。
5階から非常口をダッシュで降りる。
途中で、ホテルの職員がいたけれど、案内はない。
なんとか1階へ行くと、焦げたにおいと少しの煙。
外へでる。
そこには・・・・。
先に避難した、ルームサービスの人たちの集団。
フロントのスタッフ。
みんな、なぜか笑顔。
避難訓練か?
消防車も2台来てるけど、やけにのんびりしている。
確かに、でもレストランから煙がでていて臭い。。。
外は寒い。上着を着ていない。。
しばらくすると、部屋に戻ってもいいよ。と。
おいおい。それだけですか?
多くは望まないことにした。ここは日本じゃないし。
さて、何をしよう。ここダニーデンは天気が回復しつつある。
外へ出た。そして、ふらふらと食事し、息子と彼の散髪。
初日に続き、4泊目の今日もホテル近くの日本食を食べに行った。
みんな、うどんが食べたい!と。
私は、お刺身が食べたい!ビールを飲みたい!
滞在中は、娯楽の少ないこの町で、毎晩のパブと一日おきのビリヤードへ行った。
そんなふうにしてまた一日がおわった。
翌日、先日閉鎖していたキャドバリーチョコレートの工場見学ツアーに行ってみた。
やっていた!!

ツアー前に、チョコが一つ入った袋をもらう。お話をきいている途中途中で、チョコレートを配ってくれる。
ツアーが終わるころには、袋一杯のチョコレート。できたての熱々のチョコを飲ませてくれたり(これは、正直濃すぎでした)。
楽しいツアーだったよ。
August 23, 201113:50ただいま その3
で、出発の当日。少し早めにホテルを出ました。5時に起きなきゃいけないと思って私は徹夜をしました。
ちょっぴり涙ぐんで、息子と別れました。
息子には、チェックアウトまで時間があるから、少し休んでホテルで朝食を摂って、それから家に帰りなさいね。
と。
それなのに、ああ、それなのに。
空港に着くと、誰もチェックインカウンターにいない。
しばらくして、職員の方が現われて・・・。
クライストチャーチ行きの第一便は欠航。だから、次の便を予約しなおしてね。
と、カウンターにある電話をよこす。
これで、電話しろ!ってか。。
音声案内に従ってプッシュして行っても、最後には変な音楽とアナウンスが流れて何分経っても通じない。
かけなおすと御話し中。そんなことを30分以上。次から現われるお客さんも、同じようにそれぞれのカウンターやら自分の携帯電話で同じことをしている。
そのうちに、第2便も欠航。。と。
で、とりあえず、クライストチャーチへ行けたとして、シンガポール行きの便は飛ぶのか?と、問い合わせをする。
すると、「今日は飛ばないよ。」「じゃあ私たちのチケットは次の便に使えるのね?」「はい、使えます。」
いいや、とりあえず明日出発しても、仕事には間に合う。朝セントレアに着くから、夕方の仕事にはばっちり!
でも、バスもあるはずだ。息子に電話をして、ダニーデンからクライストチャーチ行きのバスが出ているかホテルに問い合わせてくれと頼む。数分後、息子に電話すると、とりあえず9時45分のバスがあるから駅にいけば間に合うよ。
と。
でもな。。バスが万が一途中で走らなくなったら。。
そうおもって、明日のダニーデン発クライストチャーチ行きの飛行機を予約しなおす。
しゃーない。明日帰ろう。
そう思って、息子のまだいるホテルへと戻った。
胸騒ぎ。。
日本の旅行会社へ電話をする。
そうなんです、旅行初日に、私の携帯電話は充電器を「日本専用」を持ってきたため、使えなくなりました。
iPadも使えません。接続が面倒なんです。3Gでやってたら、莫大な請求が後から来るでしょう。
使えるのは、息子の携帯とパソコンとホテルの電話だけです。本当に、心細いったらありゃしない。
日本の旅行会社の方が本当にGood Job!!! だったのです。
とりあえず、その方がシンガポール航空に電話してその後の帰国の手配をしてくれたんです。
で、そこで問題です。
明日ダニーデンを出ても、クライストチャーチで一泊しなくてはいけません。
おまけに、クライストチャーチを出ても、シンガポールで一泊しなくてはいけません。
え?なんですって?
3泊6日の旅のはずなんですが、6泊8日ですか?
駄目ですよ。おまけに、到着が成田に夜。
駄目ですよ。2日も仕事ができなくなってしまうではないですか。
血の気が引きました。
姪は、もう息子が留学終わるまで一緒にいる〜〜。と言い出すし、彼はここで仕事を探さなきゃな。
と言い出すし、私はもう頭が働かず、後先考えず「どこの飛行機でもいいから日本に17日に着く方法を探してください。オークランド経由でもなんでもいいです。」と言い出すし。
でも、他の航空機でも満席もしくは、1席くらいしか空きがない。オークランド発の便もない。
もう、時間が止まり、不幸を嘆き、そうこうするうちに、人間ってやつは腹をくくるもんですね。
帰れないものは仕方ない。
明日のダニーデン出発も取りやめて明後日にしよう。
そう!あと2泊、坊ちゃんと過ごすのです。
(坊ちゃんの学校も大雪で2日間休校でした。)
すぐに、父に電話をして、生徒さんに連絡をお願いし、彼は生徒の名前を書いたリストをパソコンから送信し、、、。
やるだけのことはやった。帰れないものは帰れない。
さて、みんな昼寝をしよう・・・・・。
新たにとりなおした部屋に分かれて・・・・zzzzzz。
ちょっぴり涙ぐんで、息子と別れました。
息子には、チェックアウトまで時間があるから、少し休んでホテルで朝食を摂って、それから家に帰りなさいね。
と。
それなのに、ああ、それなのに。
空港に着くと、誰もチェックインカウンターにいない。
しばらくして、職員の方が現われて・・・。
クライストチャーチ行きの第一便は欠航。だから、次の便を予約しなおしてね。
と、カウンターにある電話をよこす。
これで、電話しろ!ってか。。
音声案内に従ってプッシュして行っても、最後には変な音楽とアナウンスが流れて何分経っても通じない。
かけなおすと御話し中。そんなことを30分以上。次から現われるお客さんも、同じようにそれぞれのカウンターやら自分の携帯電話で同じことをしている。
そのうちに、第2便も欠航。。と。
で、とりあえず、クライストチャーチへ行けたとして、シンガポール行きの便は飛ぶのか?と、問い合わせをする。
すると、「今日は飛ばないよ。」「じゃあ私たちのチケットは次の便に使えるのね?」「はい、使えます。」
いいや、とりあえず明日出発しても、仕事には間に合う。朝セントレアに着くから、夕方の仕事にはばっちり!
でも、バスもあるはずだ。息子に電話をして、ダニーデンからクライストチャーチ行きのバスが出ているかホテルに問い合わせてくれと頼む。数分後、息子に電話すると、とりあえず9時45分のバスがあるから駅にいけば間に合うよ。
と。
でもな。。バスが万が一途中で走らなくなったら。。
そうおもって、明日のダニーデン発クライストチャーチ行きの飛行機を予約しなおす。
しゃーない。明日帰ろう。
そう思って、息子のまだいるホテルへと戻った。
胸騒ぎ。。
日本の旅行会社へ電話をする。
そうなんです、旅行初日に、私の携帯電話は充電器を「日本専用」を持ってきたため、使えなくなりました。
iPadも使えません。接続が面倒なんです。3Gでやってたら、莫大な請求が後から来るでしょう。
使えるのは、息子の携帯とパソコンとホテルの電話だけです。本当に、心細いったらありゃしない。
日本の旅行会社の方が本当にGood Job!!! だったのです。
とりあえず、その方がシンガポール航空に電話してその後の帰国の手配をしてくれたんです。
で、そこで問題です。
明日ダニーデンを出ても、クライストチャーチで一泊しなくてはいけません。
おまけに、クライストチャーチを出ても、シンガポールで一泊しなくてはいけません。
え?なんですって?
3泊6日の旅のはずなんですが、6泊8日ですか?
駄目ですよ。おまけに、到着が成田に夜。
駄目ですよ。2日も仕事ができなくなってしまうではないですか。
血の気が引きました。
姪は、もう息子が留学終わるまで一緒にいる〜〜。と言い出すし、彼はここで仕事を探さなきゃな。
と言い出すし、私はもう頭が働かず、後先考えず「どこの飛行機でもいいから日本に17日に着く方法を探してください。オークランド経由でもなんでもいいです。」と言い出すし。
でも、他の航空機でも満席もしくは、1席くらいしか空きがない。オークランド発の便もない。
もう、時間が止まり、不幸を嘆き、そうこうするうちに、人間ってやつは腹をくくるもんですね。
帰れないものは仕方ない。
明日のダニーデン出発も取りやめて明後日にしよう。
そう!あと2泊、坊ちゃんと過ごすのです。
(坊ちゃんの学校も大雪で2日間休校でした。)
すぐに、父に電話をして、生徒さんに連絡をお願いし、彼は生徒の名前を書いたリストをパソコンから送信し、、、。
やるだけのことはやった。帰れないものは帰れない。
さて、みんな昼寝をしよう・・・・・。
新たにとりなおした部屋に分かれて・・・・zzzzzz。
August 23, 201113:06ただいま その2

これは、乗り換えで1時間ほどクライストチャーチの市街地へ連れて行ってもらった時のもの。
震災の爪痕がまだまだ生々しく、ゴーストタウン化してしまった無人の街。
人はいない。店も、民家も、ホテルも、役所も。。。移動してしまったようだ。
沢山写真を撮ったけれど、あまりアップしたくないので一枚だけ。
で、2日目のツアー前半、オタゴ半島へは行けないから、「世界一急な坂」

へ、行ってきた。
雪の降りしきる中、4人とも、必死で登りましたよ。
そして、下りてくると近くのお店で、「登りました証明書」をもらえる。もちろん2ドル払うのですがね。

これは、オタゴ大学。ハリポタにでてきそうな古い校舎。今では、校舎としては使われていないらしいけれど、すごく歴史を感じる静かな雰囲気。
そのあと、今はもう、観光用の列車しか走らなくなってしまったダニーデン駅へ行き

それから、キャドバリーチョコレートの工場見学ツアーしたかったのだけれど、雪で閉まると言われ(実際翌日も閉館だった)、急いでチョコを買い占めて・・・。

その日の夜は

こんな感じで、雪。人もいない。
でも、パブは空いていたのでビールを飲みに、子供たちにはオレンジジュースを飲ませて。。
そういえば、パブは毎晩行ったのだけれど、初日に行ったアイリッシュパブ。
チップス(フライドポテト)を食べたかった私は、2つ注文した。
すると、どんぶりくらいでっかい器に、山もりのチップスが、それも長くて太い。
そんなのが、どんぶり2つ分出された。
ひゃ〜〜。といいながら、食べてなかなか始まらないバンド演奏を眺めて振り向くと、息子と姪がきれいに平らげていた。
とにかく、なにごとにつけて、量が多い。
で、3日目はといえば、雪の御蔭で、お店も開いてない。姪が楽しみにしていたビーズショップも開かない。
パブやカフェはあいているけれど、銀行も閉まっていたり。ほとんど機能しない町。
スリップする車。
それでも、何かしなくてはと、ファーストチャーチや大聖堂、そしてそしてオタゴ大学横にある博物館へ雪の中申し訳ないけれどタクシーお願いして行ってきたよ。

指に蜂蜜をつけると寄ってくる蝶〜〜。くすぐったい。
さぁ、あしたは帰るよ〜〜。
August 23, 201108:44ただいま

2日遅れてかえってきましたよ。
なんとも、予想外の、こんなことって今までの人生で味わったことのない、ダイナミック?な、絶望感を一瞬味わう。
そして、「腹をくくる」「やけになる」「あきらめ」・・・。
いろんなことが起こった旅でした。
正直、よく覚えていない。それでも、ちょっと記録のために思い出してみることにします。
順調だったのは、NZについて、1日目。
迎えに来ていただいて、滞在中お世話になるはずの日本のツアー会社の方の車の中で、
肌に刺すような紫外線を感じながら、順調な滑り出し〜〜。
と、思ったのですが、5年くらい前のイタリア旅行に増す番狂わせ。
そうです、翌日は、7時間の観光をお願いしていたのですが、数十年ぶりの、人によっては半世紀ぶりの大雪とも言います。
観光は一時間強で終了。
なんせ、我々が目指したオタゴ半島へ通じる国道が、雪のために閉鎖。
車のフロントガラスにたたきつける「あられ」。
雪の準備のできていないこの国では、タイヤはノーマル。
だから、ペンギンも見られない。
ラーナック城へも行けない。
教会も閉まり、お店も閉まり・・・・。人影はなくなり・・・・。
その翌日も。。
で、三泊して、帰ろうと空港へ向かえば、飛行機は飛ばず・・・・。
つづく・・・。
August 09, 201109:26親孝行
先日、知りもしないのに、伝え聞いた噂だけで、母親に
「シンガポール空港って、世界中でもかなりいい空港みたいだよ!
シンガポール航空も、乗客満足度No.1なんだって。
空港だけで遊べるし、とにかく広くてきれいらしいよ。施設も充実しているし。
ま、乗り換えで7時間くらいあるから、ちょっと遊んでくるわ。」
と、軽口を叩いていたら。
「行ってみたい」
と。
「今年、平日休みの日ないの?」
と、かなり積極的に話を進められて・・・・。
なぜに今年?
と、思ったけれど、来年になって、息子が帰ってきたら受験生になるので、そうそう外出もしていられない。
そんなことしてたら、親を連れて旅行なんて、再来年以降になってしまいます。
そう考えたら、今しかないと思いました。
ええ、10月、両親を連れて、行ってきます。
なので、今回のNZ旅行は、シンガポール旅行の下見も兼ねることになりました。
なので、、昨日は、「てけと〜に時間つぶせばいいじゃ〜〜ん」と甘く考えていたシンガポールのガイドブックも買ってきました。
今年はそういう年なのだと思います。
親孝行、してみたいと思います。
「シンガポール空港って、世界中でもかなりいい空港みたいだよ!
シンガポール航空も、乗客満足度No.1なんだって。
空港だけで遊べるし、とにかく広くてきれいらしいよ。施設も充実しているし。
ま、乗り換えで7時間くらいあるから、ちょっと遊んでくるわ。」
と、軽口を叩いていたら。
「行ってみたい」
と。
「今年、平日休みの日ないの?」
と、かなり積極的に話を進められて・・・・。
なぜに今年?
と、思ったけれど、来年になって、息子が帰ってきたら受験生になるので、そうそう外出もしていられない。
そんなことしてたら、親を連れて旅行なんて、再来年以降になってしまいます。
そう考えたら、今しかないと思いました。
ええ、10月、両親を連れて、行ってきます。
なので、今回のNZ旅行は、シンガポール旅行の下見も兼ねることになりました。
なので、、昨日は、「てけと〜に時間つぶせばいいじゃ〜〜ん」と甘く考えていたシンガポールのガイドブックも買ってきました。
今年はそういう年なのだと思います。
親孝行、してみたいと思います。
August 04, 201109:23ぼっちゃんに会いに〜
私は、そんなに南の半球に興味があったわけではなくて、
たまたま今回、息子が行っているというだけで、訪問することになりました。
でも、その町がいったいどういった場所なのか、どんな歴史的名跡があるのかも実は知りません。
なので、いつもは自力で動く私も、日本の方がやっている現地会社にお願いして、半日ツアーを申し込んだり、
やたらとぐ〜たらモードです。
なぜか?というと、それはやっぱり息子の元気な顔さえ見られればいい。
あとは、野生のペンギン!!
そして、乗り換えのシンガポールで、いかにくつろぐか。。
それに尽きるのです。
もともと、長期滞在は好きだけれど、旅行は好きではない私なので、
来週からの旅がどうなることやら。
また、ここでお話しします。とりあえずは、息子に頼まれた品々と、差し入れを持って「行ってきや〜〜〜す
たまたま今回、息子が行っているというだけで、訪問することになりました。
でも、その町がいったいどういった場所なのか、どんな歴史的名跡があるのかも実は知りません。
なので、いつもは自力で動く私も、日本の方がやっている現地会社にお願いして、半日ツアーを申し込んだり、
やたらとぐ〜たらモードです。
なぜか?というと、それはやっぱり息子の元気な顔さえ見られればいい。
あとは、野生のペンギン!!
そして、乗り換えのシンガポールで、いかにくつろぐか。。
それに尽きるのです。
もともと、長期滞在は好きだけれど、旅行は好きではない私なので、
来週からの旅がどうなることやら。
また、ここでお話しします。とりあえずは、息子に頼まれた品々と、差し入れを持って「行ってきや〜〜〜す

July 15, 201100:04精神勝利法
魯迅の作品に『阿Q正伝』がある。
その中に「精神勝利法」という言葉が何度も出てくる。
私は、その作品は、読者によって色々な見方があると思っている。だから、以下は私の考え。
無知のままに行った中国で、そこは平等主義の平和国家だと思っていたが、
実はあの、私が渡った1988年、すでに民主化は進んでおり、貧富の差があった。
そして言葉がわかるようになると、自分を慰めるために、自分以下と思われる人間を蔑むことによって、自分の精神・ステイタスを維持する人間がいかに多いか。
それを痛いほど感じた。
有史以来、人間は優越感と劣等感の間で生きていると思う。
持つ者と持たざる者。
自然に、権力にも差がつく。
自分を維持するために、他者との違いを無意識に探し、そして、少しでもの優越感に浸ることによって
精神的な優越感=勝利感を得るのだと思う。
それは、「考える」人間だからこそ、避けて通れない行為なのか否か。
色々あって、みんないい。
それが私の考え方なのだけれど。
そんなときに、私は思い出す。
アンネ・フランクの「上を見れば切りがない、・・・・・・・」
を。
でも、もしかしたらそういう風に自己解釈する私を、「精神勝利法」というのかもしれない。
あぁ、今日も飲んじゃった。これ以上書くと、危ない人になりそうだから、ミクシィのアプリでもします。
なでしこJapan!!かっこいい!!
がんばって。
その中に「精神勝利法」という言葉が何度も出てくる。
私は、その作品は、読者によって色々な見方があると思っている。だから、以下は私の考え。
無知のままに行った中国で、そこは平等主義の平和国家だと思っていたが、
実はあの、私が渡った1988年、すでに民主化は進んでおり、貧富の差があった。
そして言葉がわかるようになると、自分を慰めるために、自分以下と思われる人間を蔑むことによって、自分の精神・ステイタスを維持する人間がいかに多いか。
それを痛いほど感じた。
有史以来、人間は優越感と劣等感の間で生きていると思う。
持つ者と持たざる者。
自然に、権力にも差がつく。
自分を維持するために、他者との違いを無意識に探し、そして、少しでもの優越感に浸ることによって
精神的な優越感=勝利感を得るのだと思う。
それは、「考える」人間だからこそ、避けて通れない行為なのか否か。
色々あって、みんないい。
それが私の考え方なのだけれど。
そんなときに、私は思い出す。
アンネ・フランクの「上を見れば切りがない、・・・・・・・」
を。
でも、もしかしたらそういう風に自己解釈する私を、「精神勝利法」というのかもしれない。
あぁ、今日も飲んじゃった。これ以上書くと、危ない人になりそうだから、ミクシィのアプリでもします。
なでしこJapan!!かっこいい!!
がんばって。
July 07, 201101:26断捨離
昨日、ぎっくり腰で、ものすごく腰が痛かったけれど、人間って、か?私はそういう時に限って動きたくなります。
元旦那のつかった布団一式・毛布・シーツ、、、などなど布類を整理しました。
そして資源化センターに持ち込みました。
クリーニングしてあっても、変色したブラウス他の品々を45Lのゴミ袋に6袋くらい・・・・。
とにかく、猫の額どころか、ノミの額くらいのわが家を軽くしようと。。
リサイクルに出しました。
きっと着ないだろうけれど、高かったもの。それは、箱に入れました。
軽くなったわが家。
今日は、母の習い事を送迎しました。
母はもう70過ぎ。
私は母が自分で車を運転してどこかへ行くのを許したくありません。
母はいたって健康です。でも、いやなんです。
先週の日曜日、昼時に突然父から電話がありました。
珍しくゴルフに行かずに家にいた父。
母はゴルフに行っていて、父はひとりぼっち。
私たちは、「余りに暇だから」と、岐阜の織部の里まで行っていました。
そんな中、「お昼御飯。一緒に食べに行かないか?」と、かかってきた父からの電話。
今から豊橋に帰っても、3時間弱かかる。。
私は4人兄弟。
でも、一番誘いやすいのが「娘」の私だったのだろう。
私は、後味が悪かった。
昨日教えてくれていれば、父と昼食を食べていたのに。。。
いま私たちは、岐阜にいる。だから、今食事をしたい父の誘いを受けてあげられない。
それが、すごく心残りで。
先日、両親を誘ってお寿司屋さんに行った。
今日こそは私たちが払うからね。
って。
そのお店で一番高い御膳を注文してみた。
そんなの、なんてことない。
自分の普段の出費を考えても、親孝行って案外できた。
親は、「気持ちだけで嬉しい」と、言ってくれたけれど、でも本当に恐縮しきっても嬉しそうだった。
さて、もしわたしが 息子に同じことをされたら。。
きっと、いいよ。って、同じことを言うと思う。
だから、いろんな言い訳をして、ようやくしぶしぶの親を誘ってみた。
何気ない言葉の端はしに、親が、自分が死んだ後のこと等を憂慮しているのがわかる。
だから、私は、、、「あのときやっておけばよかった・・・」の、夏休みの宿題のように。。。ならないように。。。。
いま、できることを親にしたいと思う。
元旦那のつかった布団一式・毛布・シーツ、、、などなど布類を整理しました。
そして資源化センターに持ち込みました。
クリーニングしてあっても、変色したブラウス他の品々を45Lのゴミ袋に6袋くらい・・・・。
とにかく、猫の額どころか、ノミの額くらいのわが家を軽くしようと。。
リサイクルに出しました。
きっと着ないだろうけれど、高かったもの。それは、箱に入れました。
軽くなったわが家。
今日は、母の習い事を送迎しました。
母はもう70過ぎ。
私は母が自分で車を運転してどこかへ行くのを許したくありません。
母はいたって健康です。でも、いやなんです。
先週の日曜日、昼時に突然父から電話がありました。
珍しくゴルフに行かずに家にいた父。
母はゴルフに行っていて、父はひとりぼっち。
私たちは、「余りに暇だから」と、岐阜の織部の里まで行っていました。
そんな中、「お昼御飯。一緒に食べに行かないか?」と、かかってきた父からの電話。
今から豊橋に帰っても、3時間弱かかる。。
私は4人兄弟。
でも、一番誘いやすいのが「娘」の私だったのだろう。
私は、後味が悪かった。
昨日教えてくれていれば、父と昼食を食べていたのに。。。
いま私たちは、岐阜にいる。だから、今食事をしたい父の誘いを受けてあげられない。
それが、すごく心残りで。
先日、両親を誘ってお寿司屋さんに行った。
今日こそは私たちが払うからね。
って。
そのお店で一番高い御膳を注文してみた。
そんなの、なんてことない。
自分の普段の出費を考えても、親孝行って案外できた。
親は、「気持ちだけで嬉しい」と、言ってくれたけれど、でも本当に恐縮しきっても嬉しそうだった。
さて、もしわたしが 息子に同じことをされたら。。
きっと、いいよ。って、同じことを言うと思う。
だから、いろんな言い訳をして、ようやくしぶしぶの親を誘ってみた。
何気ない言葉の端はしに、親が、自分が死んだ後のこと等を憂慮しているのがわかる。
だから、私は、、、「あのときやっておけばよかった・・・」の、夏休みの宿題のように。。。ならないように。。。。
いま、できることを親にしたいと思う。
June 24, 201101:38最近
性善説 と 性悪説 で ちょっと悩む。
日本人には、どっちの方があってるのだろう。
↑今の悩み。
↓昨日、もしかしたら一昨日の悩み。
実家の本を置く場所を片づけてくれと言われたので・・・・。
図書館と呼ばれる実家の一部屋へ、禁断の一歩を踏み入れた。
昔、船便で、わざわざ中国にいたころ買った本を大量に送ったんだけれど、大量に捨てた。
きっと読まないと思ったけれど、「紅楼夢」も 捨てた。
今は、手元に 「魯迅全集」 と 「三国志演義」 がある。これは、きっと捨てない。
捨てた本の中に、たくさんの「親と子」関係の本があった。
母は、きっと 私みたいな子供4人もかかえて、悩んでいたのかと思った。
ゼミの本も沢山捨てた。
かなり偏っていたけれど、文字では打てないくらいのことを教えてくれた先生の影響で
私はちょっと、時代が間違えば、運動してたかもしれない。という偏った書物をよんでいた。
この際、思い切ってすてた。
小六法なんて、今では役にたたない。
経済論のハードカバーも、容赦なく捨てた。
百科事典も何種類もあった。
そのうちの何ページを読んだのかわからないけれど、親の気持ち。
わかった。
世界の民話集もあった。これは、捨てられないと思った。
手塚おさむの漫画は、全巻そろっていた。これは捨ててはいけないと思って保留。
また買えばいいよ。とおもう、不朽の名作っぽいのは捨てた。
でも、仏教系の書物は、捨てられなかった。
本を見て、私は、幼少のころの親の思いを少し感じた。
それとともに、自分の思春期の思いに触れた半日だった。
そして、さよなら〜〜。
今日、久々に、コンビニで「漫画」というものを買ってみた。
案外、読むの大変だね。
さて、先日だけれども、話はがらりと変わるけれど、最後の休日1000円を使って高速に乗り、知多まで行ってきました。
回転寿司「徳川」。
あのね、真面目に食べると、お寿司屋さんで特上食べるよりも高かったけれど、美味しかった。
それよりなにより、女将さんが素敵だった。
ありがちな「大将がバイト君を叱る」とか、全然なくて。
バイト君(多分)を動かすのも、笑顔。笑顔。そしてジェスチャー。
ほめて育てる。勉強になりましたよ。
あ、先日、浜松の回転寿司も行ってみた。
そしたら、数年前にうちで勉強しててくれた子が、偶然にもレジにいました。
君、あのあと頑張って勉強したんだね。って、本気で思いました。
こんなことって、たまにあります。
そういう再会が、彼らの人生のほんわずかの間に関われたということをすごく嬉しく思います。
でも、私はそれを「教え子」とは言いません。教えてくれた人は、彼らの周りにゴマンといるからです。
通りすがりの人。でいいのだと思います。
それよりなにより・・・・。
久々に、わざわざ遠出してまで食べて良かった。って思いました。
で、私いまダイエット中。
日本人には、どっちの方があってるのだろう。
↑今の悩み。
↓昨日、もしかしたら一昨日の悩み。
実家の本を置く場所を片づけてくれと言われたので・・・・。
図書館と呼ばれる実家の一部屋へ、禁断の一歩を踏み入れた。
昔、船便で、わざわざ中国にいたころ買った本を大量に送ったんだけれど、大量に捨てた。
きっと読まないと思ったけれど、「紅楼夢」も 捨てた。
今は、手元に 「魯迅全集」 と 「三国志演義」 がある。これは、きっと捨てない。
捨てた本の中に、たくさんの「親と子」関係の本があった。
母は、きっと 私みたいな子供4人もかかえて、悩んでいたのかと思った。
ゼミの本も沢山捨てた。
かなり偏っていたけれど、文字では打てないくらいのことを教えてくれた先生の影響で
私はちょっと、時代が間違えば、運動してたかもしれない。という偏った書物をよんでいた。
この際、思い切ってすてた。
小六法なんて、今では役にたたない。
経済論のハードカバーも、容赦なく捨てた。
百科事典も何種類もあった。
そのうちの何ページを読んだのかわからないけれど、親の気持ち。
わかった。
世界の民話集もあった。これは、捨てられないと思った。
手塚おさむの漫画は、全巻そろっていた。これは捨ててはいけないと思って保留。
また買えばいいよ。とおもう、不朽の名作っぽいのは捨てた。
でも、仏教系の書物は、捨てられなかった。
本を見て、私は、幼少のころの親の思いを少し感じた。
それとともに、自分の思春期の思いに触れた半日だった。
そして、さよなら〜〜。
今日、久々に、コンビニで「漫画」というものを買ってみた。
案外、読むの大変だね。
さて、先日だけれども、話はがらりと変わるけれど、最後の休日1000円を使って高速に乗り、知多まで行ってきました。
回転寿司「徳川」。
あのね、真面目に食べると、お寿司屋さんで特上食べるよりも高かったけれど、美味しかった。
それよりなにより、女将さんが素敵だった。
ありがちな「大将がバイト君を叱る」とか、全然なくて。
バイト君(多分)を動かすのも、笑顔。笑顔。そしてジェスチャー。
ほめて育てる。勉強になりましたよ。
あ、先日、浜松の回転寿司も行ってみた。
そしたら、数年前にうちで勉強しててくれた子が、偶然にもレジにいました。
君、あのあと頑張って勉強したんだね。って、本気で思いました。
こんなことって、たまにあります。
そういう再会が、彼らの人生のほんわずかの間に関われたということをすごく嬉しく思います。
でも、私はそれを「教え子」とは言いません。教えてくれた人は、彼らの周りにゴマンといるからです。
通りすがりの人。でいいのだと思います。
それよりなにより・・・・。
久々に、わざわざ遠出してまで食べて良かった。って思いました。
で、私いまダイエット中。
June 12, 201122:38ひどいな
前回のブログが、5月18日。
もう、あれからしばらくたつのだけれど、あの時に買った「もずく」も、お肉もお豆腐も。。。
いまだに、冷蔵庫に残っている。
あの〜〜、私は知らなかったんだけれど、もうじき休日1000円なくなるんだって?
え?じゃぁ、ETCを先週付けたのに・・。の、彼の車、無駄?
ぼっちゃんからといえば、メールはわが家の犬の写真を送ってくれというものばかり。
母親なんて言うものは、当たり前にあって、わがまま言えて、お願いができて。
それでいいのかな。。って、思う。
別に、母の日だから何かしてほしいとも思わないし、母としては、自分から出てきた子供が、無事生きて行ってくれればいいと思う。それが母親の役目だと思おもう。
だから、子供がどんなふうに育とうと、それは自分の育て方の表れであるとおもう。
私は、息子が学校から帰った時に、仕事をしていた。おまけに、私の仕事場に来るのを嫌がった。
だから、思い起こせば気の毒な事をしたと思う。甘えたい時に甘えさせてやれなかった。
「おかあさん、オセロしよう。」って、寝る前に息子がよく言った。
でも、私は1回戦だけで、「もう寝なさいよ。」って言っていた気がする。
もっともっとやってあげたらよかった。
あの時の時間は、戻らない。
おばあちゃんちに、夕方歩いて行く姿を、仕事場の2階から見守ることしかできなかった。
でも、見ていた。
息子は遠回りでも、信号のある道を行った。
母の言いつけを守って、あの角を曲がってスキップしながら行った。
どんな気持だったのだろうか。
本当はあの角をまっすぐに行けば、信号はないけれど、直線距離でおばあちゃんちにすぐに着く。
でも、母の言いつけを守った息子。
朝、学校に行くときに、小さく「バイバイ」をしてくれた手を、忘れない。
その内、自転車で高校に行く頃には、もう、玄関先で見えなくなるまで見送る私に、振り向くことさえなくなったけれど、それが成長だと私は頑張って理解した。。
今、私は何かがあっても、もう、社会に、いや、世界に捧げたものだと考えられるようになった。
息子は、母の手を離れる。そして、思う。
母は大丈夫。だから、君は君の道を歩いてほしい。
もう、あれからしばらくたつのだけれど、あの時に買った「もずく」も、お肉もお豆腐も。。。
いまだに、冷蔵庫に残っている。
あの〜〜、私は知らなかったんだけれど、もうじき休日1000円なくなるんだって?
え?じゃぁ、ETCを先週付けたのに・・。の、彼の車、無駄?
ぼっちゃんからといえば、メールはわが家の犬の写真を送ってくれというものばかり。
母親なんて言うものは、当たり前にあって、わがまま言えて、お願いができて。
それでいいのかな。。って、思う。
別に、母の日だから何かしてほしいとも思わないし、母としては、自分から出てきた子供が、無事生きて行ってくれればいいと思う。それが母親の役目だと思おもう。
だから、子供がどんなふうに育とうと、それは自分の育て方の表れであるとおもう。
私は、息子が学校から帰った時に、仕事をしていた。おまけに、私の仕事場に来るのを嫌がった。
だから、思い起こせば気の毒な事をしたと思う。甘えたい時に甘えさせてやれなかった。
「おかあさん、オセロしよう。」って、寝る前に息子がよく言った。
でも、私は1回戦だけで、「もう寝なさいよ。」って言っていた気がする。
もっともっとやってあげたらよかった。
あの時の時間は、戻らない。
おばあちゃんちに、夕方歩いて行く姿を、仕事場の2階から見守ることしかできなかった。
でも、見ていた。
息子は遠回りでも、信号のある道を行った。
母の言いつけを守って、あの角を曲がってスキップしながら行った。
どんな気持だったのだろうか。
本当はあの角をまっすぐに行けば、信号はないけれど、直線距離でおばあちゃんちにすぐに着く。
でも、母の言いつけを守った息子。
朝、学校に行くときに、小さく「バイバイ」をしてくれた手を、忘れない。
その内、自転車で高校に行く頃には、もう、玄関先で見えなくなるまで見送る私に、振り向くことさえなくなったけれど、それが成長だと私は頑張って理解した。。
今、私は何かがあっても、もう、社会に、いや、世界に捧げたものだと考えられるようになった。
息子は、母の手を離れる。そして、思う。
母は大丈夫。だから、君は君の道を歩いてほしい。
May 18, 201123:131ケ月過ぎる。
息子がNZに行って、もう数週間。
私たちも、「おやじ2人」の生活に慣れつつあります。
なにが「おやじ」かっていうと。
おやじ2人が寝て起きた部屋が、オヤジ臭い。。。
朝から窓全開!!!!!
おまけに・・・。
食費がかからない!!!
うれしい・・・。
彼に「何食べたい?」って聞けば、「あるもの」と返答。
だから、昨日までは、せっせと切干大根。トマト。キャベツ。
で、あるものもなくなってきたから、買い物行っても、乳製品は買わなくていい。肉もいらない。
樺太シシャモやら、魚やら、あのあの、、、酢に入っている、、、名前が出ない。。
(今、冷蔵庫見てきた)
もずくとか。。。。
おまけに、彼は食べる量も少ないから、お刺身だって一人前買えば上等^^。
でもでも、ふつうに「のどごし生」は飲むわけで、、、、。
ぼっちゃんは、南半球で、元気に過ごしている様子。
大好きな大好きな・・・もしかしたら、お母さんのことよりも好きな英語だから、朝から晩まで苦にならずに使っている様子で。
文句も泣き言も贅沢も言わない。
あああ、私の子ではないみたいに頑張っている。
私といえば、何をやっても長続きせずに、あれもこれもと手を出していたし、長続きしなかったけれど、
息子は、5年生から始めた英語をとことんやっている。
NZ行く前に全ての文法を覚えると、息巻いて勉強して、分厚い参考書を全部頭にいれて、おまけにその参考書を失くしてしまったという友達に、譲り渡している。そのくらい英語に関しては勉強した。
私が高校のころを振り返ってみると・・・。先日の同窓会を機に思い出したのだけれど、英語は苦手ではなかった私。
普通にしていたら、2年生の英語のクラス分けでは一番いいクラスに行った。
でも、そのまま普通にしていたら、次のクラス分けで、最下位のクラスに振り分けられた。
最下位になると、そこが安住の地となってそのままそこに甘んじた。
私は、だめだめ人間だった。
がんばれない人間だった。
先日、NZ出発前に「なんでそんなに英語をやるの?」って、息子に対して私の弟が聞いたら、息子の答は・・・・
「だって、ぼく、ヨーロッパの顔してるのに英語を話せないと恥ずかしいから。。。」
だと。
これも私が息子に残した汚点か?もしかしたら産物か?
答が出るのは、まだまだずっと先。
でも、答は私ではなくて、息子が出して採点するものだと思った。
母はもはや何もできないのであります。
私たちも、「おやじ2人」の生活に慣れつつあります。
なにが「おやじ」かっていうと。
おやじ2人が寝て起きた部屋が、オヤジ臭い。。。
朝から窓全開!!!!!
おまけに・・・。
食費がかからない!!!
うれしい・・・。
彼に「何食べたい?」って聞けば、「あるもの」と返答。
だから、昨日までは、せっせと切干大根。トマト。キャベツ。
で、あるものもなくなってきたから、買い物行っても、乳製品は買わなくていい。肉もいらない。
樺太シシャモやら、魚やら、あのあの、、、酢に入っている、、、名前が出ない。。
(今、冷蔵庫見てきた)
もずくとか。。。。
おまけに、彼は食べる量も少ないから、お刺身だって一人前買えば上等^^。
でもでも、ふつうに「のどごし生」は飲むわけで、、、、。
ぼっちゃんは、南半球で、元気に過ごしている様子。
大好きな大好きな・・・もしかしたら、お母さんのことよりも好きな英語だから、朝から晩まで苦にならずに使っている様子で。
文句も泣き言も贅沢も言わない。
あああ、私の子ではないみたいに頑張っている。
私といえば、何をやっても長続きせずに、あれもこれもと手を出していたし、長続きしなかったけれど、
息子は、5年生から始めた英語をとことんやっている。
NZ行く前に全ての文法を覚えると、息巻いて勉強して、分厚い参考書を全部頭にいれて、おまけにその参考書を失くしてしまったという友達に、譲り渡している。そのくらい英語に関しては勉強した。
私が高校のころを振り返ってみると・・・。先日の同窓会を機に思い出したのだけれど、英語は苦手ではなかった私。
普通にしていたら、2年生の英語のクラス分けでは一番いいクラスに行った。
でも、そのまま普通にしていたら、次のクラス分けで、最下位のクラスに振り分けられた。
最下位になると、そこが安住の地となってそのままそこに甘んじた。
私は、だめだめ人間だった。
がんばれない人間だった。
先日、NZ出発前に「なんでそんなに英語をやるの?」って、息子に対して私の弟が聞いたら、息子の答は・・・・
「だって、ぼく、ヨーロッパの顔してるのに英語を話せないと恥ずかしいから。。。」
だと。
これも私が息子に残した汚点か?もしかしたら産物か?
答が出るのは、まだまだずっと先。
でも、答は私ではなくて、息子が出して採点するものだと思った。
母はもはや何もできないのであります。
April 26, 201123:43デート
私としては、息子とのデートのつもりで、ランチに誘いました。
この数日、知人やお友達のところで、お別れの夕食を御馳走になったり、級友と思いっきり遊んだり。
そんなこんなででしたが、私としてはいろんな人が声をかけてくださったことや、気にかけてくださったことに、安堵感が広がっていました。
というのも、そんなに積極的に友達と遊ぶ方ではなかったのだけれど、実は息子が学校で盛り上げ役だったとか、息子が居なくなったらクラスが淋しくなるとか、言ってくださるお母さん方がいらっしゃって。私は、家とは違う息子の姿を見たようで、本当に涙が出そうなくらいに嬉しかったのです。
家では、頼りない息子。でも、外ではきちんと自分の立ち位置を持っていて、確かにチョコレートをもらってくるようなタイプではなかったけれど、優しい人たちに囲まれているんだと嬉しかったのです。
で、今日の夜は普通に私は仕事。だから、何でも息子のしたいことをすればいいと、今日は私は息子中心でいた。
息子のウォークマンに入れるCDを借りに行ったり、パスタを食べに行ったり。
一緒に荷造りをしたり。入国カードを書いたり。
少しだけ一人の時間があったから、息子あてに「べからず集」を作った。
幾つかの項目を設けて、海外で「してはいけないこと」「しなくてはいけないこと」を、一枚の紙にまとめた。
そして、息子の持っていくファイルに忍ばせた。
そのとき、思い出した。
小学校に入学した時、そいういえば、同じようなことをした。
ひらがなで、息子が読めるように、していいこととわるいこと を書いて、息子の筆箱に入れておいた。
その紙はいつのまにか消えてなくなっていたけれど、わたしって、いつまでも息子のことが心配で信用できなくて駄目駄目な母親だな。って、思った。
でも、明日の今頃はもう息子は機上の人になっている。
確実に私から離れて一歩を踏み出している。
私なんかの心配をよそに、自分の道を歩き始める。
複雑で、頼もしくて、淋しくて。。。
明日は私も、ちょっぴりの子離れの朝になる。
さて、あと5時間後、起きて息子と一緒に空港に向かいます。
いろんな意味で、行ってきます〜〜〜〜〜〜〜〜。
この数日、知人やお友達のところで、お別れの夕食を御馳走になったり、級友と思いっきり遊んだり。
そんなこんなででしたが、私としてはいろんな人が声をかけてくださったことや、気にかけてくださったことに、安堵感が広がっていました。
というのも、そんなに積極的に友達と遊ぶ方ではなかったのだけれど、実は息子が学校で盛り上げ役だったとか、息子が居なくなったらクラスが淋しくなるとか、言ってくださるお母さん方がいらっしゃって。私は、家とは違う息子の姿を見たようで、本当に涙が出そうなくらいに嬉しかったのです。
家では、頼りない息子。でも、外ではきちんと自分の立ち位置を持っていて、確かにチョコレートをもらってくるようなタイプではなかったけれど、優しい人たちに囲まれているんだと嬉しかったのです。
で、今日の夜は普通に私は仕事。だから、何でも息子のしたいことをすればいいと、今日は私は息子中心でいた。
息子のウォークマンに入れるCDを借りに行ったり、パスタを食べに行ったり。
一緒に荷造りをしたり。入国カードを書いたり。
少しだけ一人の時間があったから、息子あてに「べからず集」を作った。
幾つかの項目を設けて、海外で「してはいけないこと」「しなくてはいけないこと」を、一枚の紙にまとめた。
そして、息子の持っていくファイルに忍ばせた。
そのとき、思い出した。
小学校に入学した時、そいういえば、同じようなことをした。
ひらがなで、息子が読めるように、していいこととわるいこと を書いて、息子の筆箱に入れておいた。
その紙はいつのまにか消えてなくなっていたけれど、わたしって、いつまでも息子のことが心配で信用できなくて駄目駄目な母親だな。って、思った。
でも、明日の今頃はもう息子は機上の人になっている。
確実に私から離れて一歩を踏み出している。
私なんかの心配をよそに、自分の道を歩き始める。
複雑で、頼もしくて、淋しくて。。。
明日は私も、ちょっぴりの子離れの朝になる。
さて、あと5時間後、起きて息子と一緒に空港に向かいます。
いろんな意味で、行ってきます〜〜〜〜〜〜〜〜。
April 20, 201100:23ぼっちゃんと・・・プチ旅行
さて、わが家。ただいまメンバーは3人いるわけですが。
たとえば、3人で歩いていると、3人がおそらく他人の集まりか?
というほど、誰一人して似ている人が居ない。
それでも、10月か?に行った、竹下通り。
私よりも、2mくらい後ろを歩いている坊ちゃんをみてかどうかわからんが。。
あるお兄ちゃんが、「これ息子さんにどうですか?」と、後ろを歩く坊ちゃんの顔を見ながら服のパンフレットみたいのを見せてきた。私は、息子と一緒に歩いてはいないし会話もしていない。
それって、すごい。こんな「純和顔」の私との共通点を「なんちゃってラテン系」の息子と結び付けたあの「お兄ちゃん!」すげ〜〜。
あ、プチ旅行の話だ。
と、3人が全然好みが違うために、最近5年間の統計を頭の中で駆使して、誰もが満足できる折衷案wを出してみた。
すると・・・・。
まず
私「温泉嫌い、繁華街好き」
彼「温泉好き、飲めればいいw」
坊ちゃん「温泉好き、近い所でないと無理。」
すると、すばらしきかな、、、名古屋市内で唯一天然温泉がでるというホテルに行ってきた。
しかし。。。いざチェックインしてみるとやはり、それなり。
だから、坊ちゃん連れて、すぐ後ろ・・いや、相手からしたらこっちが後ろか・・・まぁ。いい。
とにかく、我々が泊まったホテルは、HルトンとG団四季の間。
ぼっちゃんは、G団四季にはきたことがあるらしい。学校の企画で。
で、彼が遅れて到着するまでに、1時間ほど時間があったので、、、本当は私はHトンプラザに行きたかったのですが、Hトンに息子を連れて、「ハイティー」をごっつぉになりました。
イギリスで習慣になっているハイティーだからいいや。おそらく、ニュージーでも役に立つか?と、思って2人分頼みました。。。
気をつけてください。やっぱり、日本人の胃袋は、農耕民族の胃袋です。じゃなくて、食べきれないのです。
おいしいけど、食べきれないのです。
残しました。
私は、純粋に、夜のおビールのために。
息子は、純粋に、甘いものギブアップでした。
で。夜は、何を食べるか、ぼっちゃんに質問しました。
最初はラーメンと、しょぼいことを言っていましたが、やはり、北海道・東京・京都と、、われわれのプチ旅では恒例の「焼肉」に落ち着きました。
ホテルで、「この辺で一番おいしい焼肉専門店」をお尋ねしました。
すると、おねえちゃんが、「まんえん」というのがあって、と、すごくアバウトに、地図を見ながら教えてくれました。
で、「まんえん」ってどうやって書くの?と聞きましたが、「まん」は「満」で、「えん」は、よくわかりません。と。。
この違いが、あなたがこのホテルにいる理由です。と、心の底から思いましたが、おそらく、このアバウトさは、私にも共通するものがかなりあったので、それ以上はしつこく聞かず、手持ちのパソコンで予約して行きました。
そう。我々泊まったのは「伏見」です。その伏見と「にゃごや駅」の間に「満炎」という焼肉屋さんあります。
お値段高いから、沢山出てくると思ってはいけません。それは、貧乏人の発想です。といわんばかりの、ちょっぴりのお肉(比:この辺)。
でも、ぼっちゃんも、彼も「これは美味しいね。」と、1枚食べるごとに納得の焼肉屋さんだったのです。
次の日?ああ。
科学館とミュージカルと長嶋スパーランドと。。
かなり割れたうえに、東山動物園にいきました。
高々名古屋からクルマで帰るのも嫌なぼっちゃんを金山駅で電車に乗せ、我々は車で帰ってきました。。。
赤福を2箱だけお土産に買って。。。
ふんとに、、、おとこって・・・・。
たとえば、3人で歩いていると、3人がおそらく他人の集まりか?
というほど、誰一人して似ている人が居ない。
それでも、10月か?に行った、竹下通り。
私よりも、2mくらい後ろを歩いている坊ちゃんをみてかどうかわからんが。。
あるお兄ちゃんが、「これ息子さんにどうですか?」と、後ろを歩く坊ちゃんの顔を見ながら服のパンフレットみたいのを見せてきた。私は、息子と一緒に歩いてはいないし会話もしていない。
それって、すごい。こんな「純和顔」の私との共通点を「なんちゃってラテン系」の息子と結び付けたあの「お兄ちゃん!」すげ〜〜。
あ、プチ旅行の話だ。
と、3人が全然好みが違うために、最近5年間の統計を頭の中で駆使して、誰もが満足できる折衷案wを出してみた。
すると・・・・。
まず
私「温泉嫌い、繁華街好き」
彼「温泉好き、飲めればいいw」
坊ちゃん「温泉好き、近い所でないと無理。」
すると、すばらしきかな、、、名古屋市内で唯一天然温泉がでるというホテルに行ってきた。
しかし。。。いざチェックインしてみるとやはり、それなり。
だから、坊ちゃん連れて、すぐ後ろ・・いや、相手からしたらこっちが後ろか・・・まぁ。いい。
とにかく、我々が泊まったホテルは、HルトンとG団四季の間。
ぼっちゃんは、G団四季にはきたことがあるらしい。学校の企画で。
で、彼が遅れて到着するまでに、1時間ほど時間があったので、、、本当は私はHトンプラザに行きたかったのですが、Hトンに息子を連れて、「ハイティー」をごっつぉになりました。
イギリスで習慣になっているハイティーだからいいや。おそらく、ニュージーでも役に立つか?と、思って2人分頼みました。。。
気をつけてください。やっぱり、日本人の胃袋は、農耕民族の胃袋です。じゃなくて、食べきれないのです。
おいしいけど、食べきれないのです。
残しました。
私は、純粋に、夜のおビールのために。
息子は、純粋に、甘いものギブアップでした。
で。夜は、何を食べるか、ぼっちゃんに質問しました。
最初はラーメンと、しょぼいことを言っていましたが、やはり、北海道・東京・京都と、、われわれのプチ旅では恒例の「焼肉」に落ち着きました。
ホテルで、「この辺で一番おいしい焼肉専門店」をお尋ねしました。
すると、おねえちゃんが、「まんえん」というのがあって、と、すごくアバウトに、地図を見ながら教えてくれました。
で、「まんえん」ってどうやって書くの?と聞きましたが、「まん」は「満」で、「えん」は、よくわかりません。と。。
この違いが、あなたがこのホテルにいる理由です。と、心の底から思いましたが、おそらく、このアバウトさは、私にも共通するものがかなりあったので、それ以上はしつこく聞かず、手持ちのパソコンで予約して行きました。
そう。我々泊まったのは「伏見」です。その伏見と「にゃごや駅」の間に「満炎」という焼肉屋さんあります。
お値段高いから、沢山出てくると思ってはいけません。それは、貧乏人の発想です。といわんばかりの、ちょっぴりのお肉(比:この辺)。
でも、ぼっちゃんも、彼も「これは美味しいね。」と、1枚食べるごとに納得の焼肉屋さんだったのです。
次の日?ああ。
科学館とミュージカルと長嶋スパーランドと。。
かなり割れたうえに、東山動物園にいきました。
高々名古屋からクルマで帰るのも嫌なぼっちゃんを金山駅で電車に乗せ、我々は車で帰ってきました。。。
赤福を2箱だけお土産に買って。。。
ふんとに、、、おとこって・・・・。
April 03, 201123:07当たり前のように日本人だけれど、日本人でよかった
日本の自衛官に、去らないでと、デモ行進をする。
当たり前のように、列をなして、物資がなければ、値段を釣り上げることもなく、いや、値段を下げてまでも、多くの人々にいきわたるように。そして、一人1つと言われれば、したがって文句も言わない。
昼のお気に入りの番組で 言っていた。
戦後アメリカに思想まで戦略されそうになったけれども、DNAとして生きている日本人がある。
何が正しいか、生きるためには、略奪も正しいかもしれない。
それは、生まれ育った国によって考え方は違うかもしれない。
生きたもの勝ち。
かもしれない。
それでもわたしは、天皇の言葉の中に、日本人としての全てが集約されているように感じさせられざるをえない。
今朝は、早起きをして、皇室日記・皇室アルバムを観た。
わたしは
日本人なのである。
当たり前のように、列をなして、物資がなければ、値段を釣り上げることもなく、いや、値段を下げてまでも、多くの人々にいきわたるように。そして、一人1つと言われれば、したがって文句も言わない。
昼のお気に入りの番組で 言っていた。
戦後アメリカに思想まで戦略されそうになったけれども、DNAとして生きている日本人がある。
何が正しいか、生きるためには、略奪も正しいかもしれない。
それは、生まれ育った国によって考え方は違うかもしれない。
生きたもの勝ち。
かもしれない。
それでもわたしは、天皇の言葉の中に、日本人としての全てが集約されているように感じさせられざるをえない。
今朝は、早起きをして、皇室日記・皇室アルバムを観た。
わたしは
日本人なのである。
March 25, 201123:58たけし と 紳助 の 違い
そういえば、数週間前、飲んだ勢いで、でも本音で
そうだなぁ。。進路の話でかなぁ??
わたしが息子に、「ビートたけし と 島田シンスケの違い、わかる?」
って、突然演説を始めた覚えがある。
「たけしは、(たけしさん だね)、教育の必要性を感じて『平成教育委員会』や『コマネチ大学数学科』のような番組を立ち上げた。
でも、シンスケは、バカを相手にして、バカの大将になって喜んでいる。この何年か、バカを奉って、自分の地位をあげている。」
バカといえば、語弊があるのは分かる。
でも、教育こそが人類を 救うのである。
わたしは、シンスケの番組が、好きではない。
頭がいいのと、口が達者なのとは違う。
正論の中に傲慢さを感じる彼の切り口、受け付けない。。
人間、考えなければ楽だ。バカと公言すればバカじゃない人が助けてくれる。でも、人として生まれた以上、バカではいけない。
勉強が苦手ならそれはしかたない。でも、なにか違う。
教育をないがしろにした人間を面白おかしく前面に出し、シンスケは、日本人をここ数年にわたって・・そして、ゆとり教育が加勢してか、バカを増長している。
少しだけでも、学がある人間なら、言葉を発するまえに、躊躇し、頭の中で反芻し、相手の受け方を考えてから言葉にするはず。
思いつきで頭の悪い発言をする人間を前面に出しているような、アホ番組を作りすぎたね。それを、なぜ日本人は受け入れてきたのか?
なんで、そんな番組が視聴率をあげたのか?
楽だから。。。
楽だからだと思う。
今、こうして日本が危機になった時、改めてシンスケは「教育の大切さ」をかみしめるのだろうか?
たけしさんの今回の地震に対する発言はここで敢えて書き連ねる必要はないだろう。
そう。教育。学問だけでなくて、ひととして。。
そんなことを考える今日この頃です。
そうだなぁ。。進路の話でかなぁ??
わたしが息子に、「ビートたけし と 島田シンスケの違い、わかる?」
って、突然演説を始めた覚えがある。
「たけしは、(たけしさん だね)、教育の必要性を感じて『平成教育委員会』や『コマネチ大学数学科』のような番組を立ち上げた。
でも、シンスケは、バカを相手にして、バカの大将になって喜んでいる。この何年か、バカを奉って、自分の地位をあげている。」
バカといえば、語弊があるのは分かる。
でも、教育こそが人類を 救うのである。
わたしは、シンスケの番組が、好きではない。
頭がいいのと、口が達者なのとは違う。
正論の中に傲慢さを感じる彼の切り口、受け付けない。。
人間、考えなければ楽だ。バカと公言すればバカじゃない人が助けてくれる。でも、人として生まれた以上、バカではいけない。
勉強が苦手ならそれはしかたない。でも、なにか違う。
教育をないがしろにした人間を面白おかしく前面に出し、シンスケは、日本人をここ数年にわたって・・そして、ゆとり教育が加勢してか、バカを増長している。
少しだけでも、学がある人間なら、言葉を発するまえに、躊躇し、頭の中で反芻し、相手の受け方を考えてから言葉にするはず。
思いつきで頭の悪い発言をする人間を前面に出しているような、アホ番組を作りすぎたね。それを、なぜ日本人は受け入れてきたのか?
なんで、そんな番組が視聴率をあげたのか?
楽だから。。。
楽だからだと思う。
今、こうして日本が危機になった時、改めてシンスケは「教育の大切さ」をかみしめるのだろうか?
たけしさんの今回の地震に対する発言はここで敢えて書き連ねる必要はないだろう。
そう。教育。学問だけでなくて、ひととして。。
そんなことを考える今日この頃です。
March 18, 201100:31美しい
マザーテレサが
「貧しい人は美しい」
と、かつて言ったらしい。
今の場合、貧しい=極限まで追いつめられた人々
と、私の中では解釈します。
全てを失い、命だけ救われた方々は 口々に言う
「おかげさまで・・・」
「ありがとうございます・・・」
文句を言う人は、いない。
もちろん
報じられたままを観るだけの立場の私だけれど。
「こんな 美味しいおにぎりは初めてだ。」
という、お爺さんのことば。
文句を言う人は、きっと、まだまだ極限まで追いつめられてない人たち。まだ、電気があって、ガソリンがあって、買い占めるだけの物資が身の回りにある人。
そういう人が、文句を言っている。
「貧しい人は美しい」
と、かつて言ったらしい。
今の場合、貧しい=極限まで追いつめられた人々
と、私の中では解釈します。
全てを失い、命だけ救われた方々は 口々に言う
「おかげさまで・・・」
「ありがとうございます・・・」
文句を言う人は、いない。
もちろん
報じられたままを観るだけの立場の私だけれど。
「こんな 美味しいおにぎりは初めてだ。」
という、お爺さんのことば。
文句を言う人は、きっと、まだまだ極限まで追いつめられてない人たち。まだ、電気があって、ガソリンがあって、買い占めるだけの物資が身の回りにある人。
そういう人が、文句を言っている。
March 14, 201122:36優しい気持ち
甚大な被害をもたらした今回の地震。
テレビを観ると、胸の真ん中が苦しくなります。
私も、栃木と茨城の友達と連絡がとれました。
彼も、福島の元ルームメイトとようやく連絡が取れて、涙を流していました。
地震があってすぐに、中国の「弟」からメールが入りました。
イタリアの親戚や友人、そして昨日も中国の友達から。
遠くから見ると、距離なんてわからない。
とにかく、日本で起こっていることは、知人の身の上に起こることだと思うのでしょう。
彼らのメールをもらった後、各国のYahooを検索した。
やはり、トップで画像や動画とともにこちらの惨状を伝えていた。
そういえば、2年ほど前のローマの地震の時も、私は同じことをした。
先般のNZ地震の時も、沢山の人が「息子さんがいくところ?大丈夫?」と、メールをくれた。
免れることが難しい天災。
そんなとき、思いやる一言が本当にうれしい。
今、被災地の人々は何を思いながら一刻一秒を過ごしているのでしょう。
思うだけで、胸がはち切れそうになります。
隣国であろうと、領土問題でもめている相手国でも、こんな緊急事態にはお互いに手を貸そうとする。
その裏に何か利害を感じるとかいう人もいるが、私はそういったうがった考え方をする人が嫌い。
困った時にこそ、素直に手を差し伸べ、受け入れる。
それでいいと思う。だから、人間なんだと思う。
ろくな睡眠もとらずに、記者会見をしたり、電力をどうやって回そうかと考えている人たちに対して、「後手後手だ。」とか、あら探しをする人がまだいる。
私に言わせれば、「おまえら、まだ気がつかないのか!!」なのである。
テレビを観ると、胸の真ん中が苦しくなります。
私も、栃木と茨城の友達と連絡がとれました。
彼も、福島の元ルームメイトとようやく連絡が取れて、涙を流していました。
地震があってすぐに、中国の「弟」からメールが入りました。
イタリアの親戚や友人、そして昨日も中国の友達から。
遠くから見ると、距離なんてわからない。
とにかく、日本で起こっていることは、知人の身の上に起こることだと思うのでしょう。
彼らのメールをもらった後、各国のYahooを検索した。
やはり、トップで画像や動画とともにこちらの惨状を伝えていた。
そういえば、2年ほど前のローマの地震の時も、私は同じことをした。
先般のNZ地震の時も、沢山の人が「息子さんがいくところ?大丈夫?」と、メールをくれた。
免れることが難しい天災。
そんなとき、思いやる一言が本当にうれしい。
今、被災地の人々は何を思いながら一刻一秒を過ごしているのでしょう。
思うだけで、胸がはち切れそうになります。
隣国であろうと、領土問題でもめている相手国でも、こんな緊急事態にはお互いに手を貸そうとする。
その裏に何か利害を感じるとかいう人もいるが、私はそういったうがった考え方をする人が嫌い。
困った時にこそ、素直に手を差し伸べ、受け入れる。
それでいいと思う。だから、人間なんだと思う。
ろくな睡眠もとらずに、記者会見をしたり、電力をどうやって回そうかと考えている人たちに対して、「後手後手だ。」とか、あら探しをする人がまだいる。
私に言わせれば、「おまえら、まだ気がつかないのか!!」なのである。
February 07, 201119:39携帯から
今、ちょっと手が空きました。プライベートの生徒がちょくちょく体調を崩す時期。それで1コマ時間が空きました。
今日は私立高校の入試。みんな頑張ったかなぁ?大人になる段階の初めての試練。なんか懐かしい〜
。
でもさ、携帯からって打ちにくいね‥。
今日は私立高校の入試。みんな頑張ったかなぁ?大人になる段階の初めての試練。なんか懐かしい〜
。でもさ、携帯からって打ちにくいね‥。
January 06, 201111:26ひょう柄
さっき投稿したのだけれど、なんかデザインをいじってみようとおもったら。
ヒョウ柄。いいじゃない、これ!
そういえば、私の周りにはいつの頃からかヒョウ柄が沢山。
特に身につけるもの。
車の中には、ヒョウ柄の手袋が2組も置いてある。
今来ているダウンベストも、ヒョウ柄。
今年買ったベレー帽もヒョウ柄。
服も・・・。山のようなヒョウ柄。
シマウマ柄もある。
なんでだ?
わかった。
ヒョウ柄を売ってるお店にばかり行くからだ。
これからもボチボチ集めて行くことになると思いますです。
ヒョウ柄。いいじゃない、これ!
そういえば、私の周りにはいつの頃からかヒョウ柄が沢山。
特に身につけるもの。
車の中には、ヒョウ柄の手袋が2組も置いてある。
今来ているダウンベストも、ヒョウ柄。
今年買ったベレー帽もヒョウ柄。
服も・・・。山のようなヒョウ柄。
シマウマ柄もある。
なんでだ?
わかった。
ヒョウ柄を売ってるお店にばかり行くからだ。
これからもボチボチ集めて行くことになると思いますです。

