2021年05月16日

春セミの声が近いのかな?

落葉松林があっという間に新緑となり、森の中の小さな樹木も緑の葉を付けてきた。初夏の訪れを感じる。森を歩いて帰った身体に何処かで着いた春セミが家の中の机の上でじっとしていた、庭の木に放してやると近くにも居た。春ゼミが高原で鳴く時がやってきたのかと季節の移り変わりの早さに驚いている。都会から来た人たちは春セミの合唱に驚き、何の声ですか?と尋ねる、が。。。このc魏行の住む人たちも知らない人が多いのではないだろうか、標高1000m〜1500m程度のところで初夏の天気の良いお日さまの出ている時だけ鳴く珍しいセミたちです。

さて、コロナ感染拡大が全国的に広がる事態になってしまった。このパンデミックで日本の国の脆弱さが露呈した格好になってしまった。危機管理意識とマネージメントの不味さが浮き彫りになってしまった。電子化が進んでいないこと、縦割り行政がなかなか改善されないこと、特権ともいうべき権利をフリーにできないこと。などなど。。。世界との比較をする中で社会の変化に対応していない日本国の現状を知ることになったと思っている。外国で学ぶ人たちが減少していうと聞くと情けない気がする。テレビなど報道機関ももう少し世界の動きの弱点ばかりでなく本当の姿を映し出すような番組を流してほしいな・・・と思っています。

初夏の兆しを感じる信州の高原では、山菜も芽を出し始めた。フキノトウが終りタラの芽が出てくる季節だが鹿の食害で森の中から消えてしまったのが残念である。山ウドも同様である。山ウドの天ぷらは最高の味だ。過っては、お客様と森に出かけて山ウドの収穫体験などをしたが今では見る影もない。今目にするのは、コゴミとワラビだが朝の散策でコゴミ採取に夢中になっている。太く芽を出すもののあるが細く芽を出して葉を広げるものもあり太い芽を見つけたときは素晴らしい朝になる。新鮮な若芽を味わうことが出来ることに幸せを感じる初夏の高原である。

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2021年05月09日

落葉松が緑濃くなった。

信州。NAGAWA スポーツリゾート カラマツの森高原 姫木平*鷹山 のコピーで何らかの反応を見せてくれるのではないかとWEBに掲載してみることにした。落葉松は、信州と北は岩手県に多く植栽した針葉樹で冬には葉を落としてくれる。耐久性に優れていることから東京湾の埋め立ての杭として使用されたことで知られている。湾岸地域の開発で当時の杭が掘り出されてと言う。

信州では戦後の荒廃した山林に植栽して落葉松の森として資産運用にも活用されたが外国産の木材に押されて衰退していた、、、しかし、国が進めた個人の資産運用として植栽した落葉松が伐期を迎えたことから間伐や皆伐事業を展開している。一方で落葉松の乾燥技術と集成材の成形技術が進みその用途が広がり落葉松の需要が増してきていることも事実である。

観光資源として、新緑、紅葉にも優れ信州の風物詩として落葉松があっていいのではないか・・・との思いから白樺と対比して「カラマツの森高原」の名のもとにスポーツ振興に寄与することを信じて前に進めようと思っている。緑濃くなった落葉松林に想いを掛ける。。。老人である。 

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2021年05月04日

黄金週間に昨年の独り言を考えた。

黄金週間を迎え信州・長和町「カラマツの森高原」にも多くの人たちが首都圏や関西大都市から訪れている。緊急事態宣言とは、経済損失を受けるであろう事業者にお金を配ること・・・そして感染を防止することなのか?疑問が多く残る仕組みとしか思えないのは私だけだろうか?本格的な対策とはどんなことなのか。。。しっかりと議論を深めて欲しい。昨年の今頃投稿した文面に対する進展はない。
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悲しい新年度ひと月過ぎる。          2020・4・30 投稿

4月バカ!と言われる日からひと月が過ぎた。緊急事態宣言が遅いと非難されながらも最後の1週間になった。更にひと月くらい延長する方針を総理が語っている。曖昧な決断で始まり曖昧なまま経緯して感染者が数字だけ見ると減少しているが検査数を制限して入院可能な人数に合うように検査数を調整しているということを聞くと何かむなしい戦いをしてるようでならない。

我が町に入る峠には、黄金週間に訪れる人たちに外出を控えてください、の自粛要請の看板が立てかけられた。長野県では観光はお休みです、の掛け声で首都圏からの来訪者に声かけをしている。コロナ感染の当初は東京からの帰省者、東京に遊びに行った人からの感染者が長野県の現状だった。格闘技大会が問題視されていた頃、長野県からその見学に行き感染して仲間が感染し会社挙げて被害を被った事例も報告された。そんな事情があり黄金週間には首都圏から来ないように。。。を主眼として戦っている。北海道は雪まつりの感染、そして今の拡大は首都圏からの来訪者が持ち込んだ感染として警戒している。

毎朝、感染拡大原因と予防対策について報道しているテレビを見ている。日本政府の怠慢、予防対策に関していえば日本がこんなにも世界から遅れているのか、危機管理が何もできていない、できない。対策の準備が役所任せと危機意識が無いこと。そして医療体制の貧弱さ、そして国民の身勝手さ、などなど国の体制がなっていないことを知ることになった。疑問点を言えば、何故、災害対策本部のような組織を作り医療、防疫、隔離対策など専門家を集めて対応する体制を組まなかったのだろうか。片手間的な省庁閣僚の仕事しか見えてこないことも疑問であった。

今になって、PCR検査を増やそうとしたが試薬が無くてできない、総理が20000件/1日の叫び声を挙げてから長い日にちが経っている。国の体制そのものが崩れているのではないかと疑いたくなる。しかもそれを指摘する野党議員の小学生のような質問には腹が立ってくる。もう少し勉強してもらいたい。コロナ騒動から3か月、腹の立つことばかりだがもう少し立派な日本国かと思ったが劣等国の先進国であることが判明したコロナ騒動だった。総理大臣を選んだのは国民だが景気対策優先に皆が悦んで支持している間にとんでもない危機意識のない国を創ってしまった、何か新しい価値観の元、きちんとした国を目指そうではないでしょうか。

小さな町の素晴らしい病院が不要なものであると国の指摘があり困惑している。ドイツでの、かかりつけ医、の話しは、3年ほど暮らしたロシヤでも同じだった。日本でも医療システムを変える時が来ているのではないかと思うのだが如何なものだろうか。小さな町の病院を住民が信頼して守って行くことこそがこのような状況下において大切なものであること、医療システムを変えることも含めて学びたいと思っている。個人的にはすべての病に関するカルテは電子データとして町の小さな病院に託している。処置できない病が来た時にはしかるべき病院に連れていかれそのデータを基に診察してくれると信じて生活している。もう直ぐコロナとの戦いはある結果を見るでしょう、しかし、仲良しになりながらの長期戦になると思われます。人々の中に根づきながらお互いに分かり合えることを信じて頑張りましょう。
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コロナ過、ウイルスの猛威を「学び・認識・防衛」して「新しい常態の自律」を意識して厳しい環境のなか健康に過ごしたものです。黄金週間に昨年のコロナについての独り言を振り返ってみた。


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2021年05月02日

地域社会と持続可能社会

黄金週間を迎えた。目まぐるしく変わる天気に惑わされている。風が強く雲の流れが速く雨雲が太陽を遮りこの時期とは思えない冷たい風がよぎる。昨夜は本降りの雨と風、雪交じりの天候で恐ろしいようだったが今朝は晴天と思いきや雨になるなど忙しく2日目を迎えた。分水嶺トレイルを歩くお客様が2日目の山行に出かけた。夕方の目的地まで雷に合わないように祈るばかりである。

姫木平キャンプ場が新しいかたちで開場した。コロナ過、野外活動が推奨されキャンプブームになているが白樺林に囲まれたキャンプ場を訪れる人たちでごった返している。これ程になるとは思ってもいなかったが愛好家の人達同士でのSNS環境の成果だと感心している。晴れ間の覗いた朝のキャンプ場の素晴らしい姿を目の当たりにして感激した。若い人たちの躍動感に触れた思いで新しい常態への旅たちを刺激される場面だった。おめでとう!

持続可能社会を目指しての掛け声でいろいろな活動が紹介されている。若い人たちからその必要性を発信していることが頼もしい限りだし、親世代もしくは祖父母世代が経済最優先で進んできた社会のありように警鐘を鳴らしていることが嬉しい。しかし社会の舵取りをしている政治家などは過っての経済成長のウキウキ感が忘れられずその方向しか頭になく社会から、、、と言うよりは世界の趨勢を見失っているように思えてならない。

仕事でオランダに滞在したとき豊かさとは・・・を味わった気がした。その一つが各都市が独立して共生社会を築いていることだった。地味な生活の中に心の豊かさを持っていることへの実感であった。人々が地域を大切して生かしていること。その地域で豊かに暮らす知恵と協働を果たしていることではなかったかと思っている。持続可能社会とは、地域の豊かな自然や人々の心を大切にしてその価値を認め合うことから始まるのだと信じている。


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2021年04月25日

20年前サティライトオフィスの夢

初夏を思わせる気候のなか大切にしている玄関先のマメサクラが開花して直ぐ満開になった。ようやく信州の高原の我が家にも桜が届いた。標高1430mある我が家から標高700m程の里に向かう街道に桜の花が上がってくるのが楽しみな経路になっているがヤマザクラでも種類が多く開花の時期が異なるのが嬉しい。暫くすると街道沿いに植えられたスモモの花が咲き誇り癒し街道となるのも楽しみの一つである。そして、自生するサルナシやズミの花が至る所で咲くのも高原の暮らしには、嬉しい春の便りとなっている。

さて、初夏の爽やかな風を待ちわびるようにリモートワークを誘客手段???にする掛け声で始めたプロジェクトのハード部分が完成した。一つは、野外料理や野外活動、自然観察などを体験しながら食を楽しむ カフェ のあそび のテラス、机、椅子、そして素敵なパラソルを設備できた。アンダーデッキテラスは、ガーデンをと白樺林を眺めながら安楽椅子でくつろげる空間、そして自然派テラスにもパラソルを設置して快適な高原のくつろぎ空間を演出することが出来たと自画自賛している。

さて、20余年前、田舎暮らしを始めようとしていた時代、サティライトオフィスと言う言葉が出てきて年金も出ない時期にどうやって田舎暮らしをするか心配な気持ちを動かしてくれた言葉として思い出した。何とか田舎暮らしをしながら現役時代の仕事の延長を可能にできないか、を検討していた。

コロナ過、リモートワークやテレワークなど、働き方の変化が報道されているが20年余も前からこのような働き方が提唱されていたこと、それを実践することを目的に宿の許可が難しかった土地で営業することを可能にした文言だった。そんなことを思い出しながら誘客手段に何か反応してくれる人々が表われてくれることを願っている日曜日の朝である。

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2021年04月18日

雨のち晴れ!・・・春の便り

春の兆しを思い知らされた3月から一転して寒さが襲い、花を咲かせた草花たちが霜に打たれて焼けたような姿で頭を垂れてしまった。信州の高原では5月下旬まで霜注意報が出ることがあり注意を要する。田舎暮らしを始めたころ黄金週間を前に園芸種の花たちを庭に植えて楽しみにしていたところ霜注意報が出て傘やビニールシートを被せて霜からの保護をしたことを思い出した。

オープンガーデンを町が推奨して会員を集めて開設することになり我が家も参加して「自然に親しむ庭」として公開した。当時は園芸種のなかで宿根草を中心に植えてその成長を楽しんでいた。そんななか我が家では園芸種が合わないことに気がつき、出来るだけ自然のままの姿を演出することにして庭作りをしてきた。しかし、その頃から鹿の侵入が増えて貴重な草花が危機になってきたので敷地を囲うように網を張りその被害を回避してきた。

その結果、かなりの効果があり自然の庭らしい営みを感じるようになった。鹿たちも隙あれば攻めてくるらしく敗れた網から侵入して糞を残して立ち去るらしく糞の処理を余儀なくされている。昨年はブルーベリーを目掛けてハクビシンが入り込みブルーベリーを食べた後、糞を残して立ち去った、、、ハクビシンは同じところに糞をするらしく何日か続き処理するための薬剤により芝桜を枯らしてしまった。

昨日の雨でようやく草花に元気を感じることが出来た。ようやく春が来たように感じる。畑仕事も始まるし山野草を鑑賞する季節がやって来る。同じように獣たちも起き上がる。ウキウキする季節になり暖かかった3月から整理したガーデンと共に季節の移り変わりを楽しみたい。高齢になり気力は失せてきたが朝の散策で楽しみな山菜の採取を楽しみながらのんびりと、ゆっくりな田舎暮らしにしたい。

雨のち晴れ。。。爽やかな高原の風を胸いっぱいに明るい朝の陽を浴びよう!

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2021年04月11日

コロナ感染から見えてきた日本国。

コロナ感染の脅威が新しい局面を見せてきている。一年間、人々の善意に委ねる施策してこなかった政府の責任は大きなものと捉えたい。おとなしくしていなさい・・・そうしたらお駄賃をやるよ・・・こんな呼びかけが続くだけで根本的な打開策を示さないままその連続の対策を繰り返しているばかりである。治療薬にしてもワクチンにしても先進的な技術力を持っている日本で創ることは可能であると信じている。

初期の感染時にはデジタル社会と思われる日本国で基幹を成す官庁間のやり取りがファックスで行われている、データベース化されていない事務処理機構に外国との差を見せつけられていたにもかかわらず未だにその後進国的な取り組みの不備があり、ワクチンが未だに医療従事者にすら行きわたらない現実を突きつけられると、老人である私自身がワクチンを打てるのは何時の事なのか?この国の安全管理能力の無さを重ねて見せつけられた良いな気がする。

動物園で猿や魚に芸を学ばせるために餌を与えて興味をひかせることは普通に目にすることである。感染拡大が心配だから巣ごもりをして下さい。。。は良いが、営業時間を短くした食事処はお金を出して応じてください。と調教と同じようなことを繰り返している。お客様の感染状態を調べてOKならば静かな食事をして下さい。への方針転換が出来ないか。。。多くの報道機関で報じているが何故かその実現は遠い国のような気がしてならない。

繰り返し国民に辛抱を強いている国の態度から戦前の国家像が浮かんでくる。そんな危険な国にならないよう国民もそのような視点からこの国のありようを見直す時ではないだろうか。今日はコロナ感染のことだけになってしまった。

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2021年04月04日

新しい年度と自然との共生。

桜も咲き春の便りが北からも届く季節を迎えた。信州の高原である我が家の周辺標高1450m程のところは桜は開花していないが小さな花たちが庭のあちこちから芽を出して花びらを見せてくれている。時々フキノトウが芽を出しくるが貴重な食料として保存食として保管している。

ヒマラヤサクラソウがどこからともなく芽を出して花を咲かせ始めた。鳥たちが運んでくれたのだろうと思われるが同じようにクリスマスローゼも庭の石の脇から芽を出して花を咲かせてくれる。園芸種クロッカスも同様に至る所から芽を出して花を持つ。。。カタクリは自生しているものもあるが20年ほど前、新潟で苗を購入して植えたものが増えてガーデンの一部を埋め尽くすようになった。隣接する庭には自生のカタクリと思われるものも増えて見事な花をつけてくれる。

この地に居住地を建てたころ庭いっぱいに咲いていたスズランが僅かながら芽を出すようになり嬉しい限りである、ベニバナイチヤクソウも同じで最近多くの花を見せてくれる。これからスミレに始まりエンレイソウやイチリンソウ、水芭蕉、クリンソウなど我が家のガーデンで鑑賞でき、楽しい季節を迎える。貴重なしかも希少植物であるベニバナヤマシャクヤクなど大切しなくてはならないものも多く、季節の移ろいが楽しみな毎日である。

そんな環境のなか、いろいろなお節介を終了させた今年はガーデンの改装などを手掛けて何とかハード面では完成させた。これからソフト面で整備して充実したオープンガーデンとして公開できればと願っている。家の周りに鹿よけの網を張り見守ってきた高原の庭で、鹿の食害を少なくしたことで多くの植物が戻ってきたような気がする。50年ほど前この地に居住スペースを設けたころに近い状況が小さな家の周りのガーデンの中に再現できれば嬉しい。。。そんななかで新しい常態を生み出す生活環境が再現する日を願っているが、、、自分の命との競争になるのかな。


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2021年03月31日

年度末のこと・・・

令和2年、令和3年3月31日で年度末を迎えた。素晴らしい雪に恵まれたウインターシーズンの入口でウキウキしたのもつかの間、コロナ感染の脅威のなかニューノーマルとは?新しい常態とは?Withコロナ、アフターコロナ、の言葉が行きかい、そして今、コロナ過 の言葉でまとめ上げれれて歩き出している。日本国では、経済優先で国民の信を得てその実績も残さないまま、しかも行政マンを劣化させて政治家が思いのままに国を司ることを可能にして長期にわたる政権を身の危険を感じて体よく引き下がり片腕として利用してきた政治家を、しかも自らの失態を覆い隠す画策を年老いた権力者に委ねて新しい政権を誕生させてすべてを水に流す。。。画策をしてきたがコロナ過に於いて陰にあった壁が少しづつ崩れかかっていると思われる」令和2年度」の末を迎えた。。。と思っている。

信州の高原では、ゆっくりとした春だがいつもより早く訪れて福受賞が咲き、カタクリも目を覚まして小さな葉のなかから花芽を覗かせている。もう直ぐカタクリが庭一面に咲くことになる。カタクリは自らの命を守るために花を咲かせると身体(葉を含めて)土の中に潜らせて姿を消す。。。不思議な進化を遂げていると考えさせられる花である。

クリスマスローズの白と赤の花も咲いてきた。何故クリスマスローズと言うか解らないがヨーロッパではクリスマスの時期に咲くのかもしれない。この寒冷地でも雪の中に緑の葉を残す優れものとして大切にしている。この花は、庭の至るとことに飛んで芽を出している、鳥たちが種を運んでいると思われるが飛んだ先で大きな葉を広げて権力を誇示しているようで不思議な気がする。

オープンガーデンの春は楽しい、山のスミレが森の中に咲きだすとガーデンには高原の花たちが毎日のように芽を出して素敵な花を見せてくれる。そんなガーデンも何年か放り放ししにしていたが暖かな年度末に向けて整理して令和3年度を迎えることを目標に整理してきたが何とか一段落して新しい年度を迎えることが出来そうである。

コロナ過、、、と言われる新しい年度に向けて何が新しい常態か、ニューノーマルとは、などを考えているが予想外の新型コロナウイルスの脅威が続く中で「マイクロツーリズム」「関係人口」「リモートワーク」などの新しい言葉の中で残された人生に夢を忘れることなくニューノーマルを探す旅に挑んでいきたいを思う新年度を迎えようとしている。



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2021年03月28日

そのままでいい

前線の通過で強い風の日曜日となった。雨の予想はこれからでどんな雨が降るのか楽しみな休日の午後になりそうだ。強風のなか隣の家の庭から大きな炎が上がり見に行くと更に近くの家からも炎を見ることになり恐ろしい朝を迎えることになった。穏やかな天候であれば何とか許されるが近頃に無い強風のなか大きな炎が上がるくらいの焚火をすることに関する神経を疑うしかない、しかも直焚きが禁止されているルールの中である。そんな人たちが住む高原の別荘地になったしまった。

コロナ過を理由ではないと思うがある調査で長野県への移住希望数が山梨県に後れを取ってしまった関係なのか市政を行う行政の移住促進策への予算が多く盛り込まれているとの報道があった。その隣に空き家対策費も記載され行政によって取り組み方に偏りがあることが理解できた。移住にはテレワークを主体にした予算を組み込んでいるが「空き家対策」に名を借りた・・・空き家バンク・・・なるものを行政主導で設置して利用促進をする姿が見えたが崩れかかった空き家を求める人をどの様に誘導する手段も持たず推進する姿に日本国の予算執行の馬鹿さ加減を感じるもので移住政策も同じようにならなければ良いのだが・・・望むばかりである。

そんな批判者だが「ベリオスカ」では、テレワーク、サティライトオフィフィスを目指して通信設備の充実、快適な生活空間の構築を目指してハード面での改装をしてみた。信州の高原で快適に時間と仕事を実施できる環境の構築をハード面から確立することと、ソフト面で何が提供できるのか、を企画・演出していくかが勝負となる。しかし、そして広報を通じた誘客を図ることが欠かせない。しかしながら寄る年波でその気力がないのが残念だが、自らが楽しむことが出来る生活環境のなかでゆっくり、のんびりとした生活を楽しむこと。。。その中で多くの人たちの共感が得られるような生活をしたい。

2002年PHP研究所が発行した「ほんとうの時代」の特集として扱った、スローライフの楽しみ方「ゆっくりした人生っていいものだ!」に何処からの情報だったのか取材を受けて3ページにわたって記事が掲載された経験があります。それから20年、、、どこかにこんな生活感をコロナ過のニューノーマルとして記事にしてくれる人が表われることがあるかもしれないと期待をもって:::そのままでいい:::の生活を楽しみましょう!


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