2018年11月19日

【キャリコン】ちょっと自慢してみました

月曜日の夜シフト勤務。結構嬉しいかも。
だって朝のんびりしていられるんだもん(^^)/
と、子供のようなコミー。

とはいえ朝5時には起きている。それは変わらず。
年なのかもしれないがもう寝ていられないので起きてしまうということ。
年寄りが早起きというのは実感として分かるのでございます。

今回は自慢話・・・たまには良いか。
と、いうのはどこからききつけたかのかもしれないがコミーに試験のための
傾聴のトレーニングをして欲しいと毎試験ごとに何人かいる。
ほんの数人ですが。とくに宣伝しているわけではないので不思議なものです。
口コミの威力なのでしょうか。
で、ここから自慢。
この方々最初にトレーニングしたときは、結構難しいぞちょっと心配に
なってしまうのです。だからきているのでしょう。
しかし、このかたがたなんとか受かりたいと思っているので素直で必死なのです。

ただ、最初ロープレをやってみると合格のことしか頭にないのでしょうか、
目の前の相談者のことより今まで聞きかじってきたテクニック的なことばかり
頭をしめているのです。
例えば感情を聴くとか、冷静に聴くとか、こうしなければならない、
ああしなければ合格しないとそんなことばかり考えてしまうので、
目の前の相談者に話なんかまともに聴いて居ない感じなのです。
まずは質問も何も考えなく無心に聴く。

やはり、ロジャーズのいう基本的態度、共感、受容、一致。
そう、相談者に向かう態度、姿勢のほうが遙かに重要かと思うのです。
ただ、難しいのはここの部分は資質的なものが入っているので、
殆ど練習しなくてもできている人もいるし、全然、あかんという人もいる。
コミーは典型的に後者である。
だから勉強し始めて5年以上も経っているがやっとここのところの重要性が
分かってきたということであります。

話はそれました。
自慢というのはコミーがトレーニングした人、全員1回で合格しているのです。
全員といっても7,8人、やはり高齢(40代〜60代位)で男性の人が多いです。
ヒヤヒヤした人も何人もいたし試験の感想も芳しくないのもあったのです。
いつもドキドキしていました。

これは実に嬉しいことです、自分のことのように嬉しいです。
これがコミーのエネルギーの源泉かもしれません。

コミーは自分のことより人の成功のほうが喜ぶ傾向があるようです。

そんな試験がまた始まるということです。

今日はちょっと自分にご褒美をあげたところで終わり。





beriton at 08:40|PermalinkComments(0)

2018年11月18日

【キャリコン】国キャリ、勉強会の感想

昨日は最後の勉強会の支援で参加。
最後ということもあり受験者は17名、ホルダーは12名という盛況で
あった。

今回はそんな感想。これが合否に関係があるかは分からないが、
スキルアップのために絶対意識した方がよいと思うことを書いてみました。

先日もも書いたかもしれませんが点数を伸ばすのはここが大切だと
思うのであります。だから何度も書いてしまうということ。
それは共感(共感的理解)。
多分勉強では受容、共感、一致、傾聴など学んでいるであろうが
それが実践(ロープレ)でどう表現されているのか意識していない人が
多いようである。
ロープレが終わったあと。今回の面談で共感できたこと、共感してことは
どこでしょうか?
と質問すると殆どの人は考えながら応えてくれるが、でもそれがどこで
どう表現したのか覚えていない、というか表現していない。
中には表現したという人も居るがオブザーバーとクライアントににはまったく伝わって
いないので表現したことにならないだろう。

もう機械的、こうしろと言われているからこうしていると言う以外考えられない
対応が多い。緊張しているのでしょうがないと思うが・・・。

例として、「父が亡くなって、地方にいる母が一人になり仕事をどうして良いか分からない」
という相談者がいるとしよう。良くある話ではある。
この相談者に寄り添い、受容することもなく、
単にもう少し詳しくお聞かせくださいといって機械的に進めてしまう。

父が亡くなったCLの心の痛み、地方で一人残された母親の不安、心配。
言葉の裏に隠されたそんな感情をしっかり受けとめ傾聴をすることにより吐き出させ
せ少しは気持ちを楽にする。人は不思議である。感情が吐き出されると結構冷静に
なり自分のことが客観的に見えるようになる。
そこで要約、伝え返しすることによりCL自身振り返ることが出来、気づきを
即すことになる。

なのでまずはCC自身が言葉をしっかり受けとめその裏に隠された感情に
思いをはせながら、伝え返しするのが重要かと思うのであります。

なので
CCは「・・・父親が亡くなって、地方にいる母親が一人になって、
心配・・・(この「・・・」はCLの方をしっかり見て確認するように話されると
良いかと思います)。で自身でこれから仕事のあり方について悩んでいいると
いうことですね・・・」「はいそうです」

ここらどこにフォーカスを当てていくかがCCの腕のみせどころ?かということ
になるかと思います。それこそCCの感性に委ねられていることになるのですが・・・。

コミーならまず父親が亡くなったことに言及します。
ここは父親が亡くなったという痛みを感じながら対応する。
「お父様が亡くなられて今はどういう思い出いらっしゃるのでしょうか」
「はい、父が亡くなって1ヶ月くらいたち今は比較的落ち着いてきていますが、
やはり母親が心配です」
「お母さんのことが心配なのですね」(はい)
「お母さんのどのようなことが心配なのでしょうか?」

と、いうような感じて進むのではないかと思っています。

コミーはですよ。それは人それぞれなのでなんともいえませんが。

傾聴すること。共感すること。受容するということ。
寄り添うこととは一体どういうことか、自分のロープレを振り返って
見直してみることお勧めします。

本当かどうか定かではありませんが試験管、二人居るうちの一人は
臨床心理士という。
ならば余計ここが重要ではないかと思う次第です。
これはキャリア開発協会のほうのお話です。

ここは論述試験にも関わってくるところなのでしっかり自分の知識、考え、
ロープレを見直してみると良いかと思います。
今、この時期に振り返ってみるのは重要なことであると思います。

それでは今回はこれで終わり。





beriton at 07:39|PermalinkComments(0)

2018年11月17日

【キャリコン】本当、時間が経つのは早い!

はやいもので忘年会の声がチラホラ聞こえてくる季節になってきました。
時間って経ってしまうと早いものだと感じてしまうものなのでしょうか。
生まれたときはまだまだ途方もなく長い人生を過ごすのかと思うと
めまいさえ感じたりしました・・・んなことはありませんけど(^o^)

でも思うに小さい頃は一日が途方も泣く長く感じられたことがあります。
朝起きて朝食をとるとすぐ近くお公園にいって目一杯遊んでかえってきたらきたで
昼飯を食べて、今度は近所とのお友達と荒川土手にいって草むらにはいりバッタやイナゴやら
虫たちと戯れてかえってきてもまだ午後の3時くらい。
一日は長い、途方も泣く長い・・・そういえば当時はテレビなんか
なかった気がする。そうかテレビがはいてから急に一日が短くなった
感じがする、というかあっという間に一日が終わってしまう感じである。
いや、一日が終わるなんて感じないまま終わっていた。
そんな時代が懐かしく思うのであります。

★ ふと布施明がうたうところの「シクラメンのかほり」を思い出してしまいました。

今は今で朝起きた瞬間から早く帰って酒を飲もうなんてそんなことばかり考えて
しまう始末。アホですね。

そんなこんなであっという間に平成30年が終わってしまうのかもしれない。

そういえば来年新しい元号に変わるという。
今度は何になるのだろう。
慶応、明治、大正、昭和、平成。
もう慶応時代から生きているコミーにとってはどうでも良いのでありますが、
何でも良いです・・・(ここ突っ込みをいれるところです・笑)
そうういえば明治になったのが1860年頃?だとすると・・・
でも西郷どんの時代から考えて見てもそんなにも時が経っていないんだと思うと
なんか感慨が深く不思議な感じがするのはコミーだけでしょうか。

なんか今日もだらだら書いてしまいました。
本日は朝は母の病院、午後は勉強会の支援、明日は個別支援と結構忙しい
休みを過ごしているのであります。
充実と感じるときとしんどく感じるときがあります。
まさにそれが体調のバロメーターになるということでしょう。
そういう意味ではやっと復調してきた感じです。
頑張りましょう!

ということで今回は終わり。



beriton at 06:46|PermalinkComments(0)
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