舞波の卒業についてもう1回書こうと思う。
Berryz工房から誰かが卒業することは、悲しいことだ。僕らファンは、彼女らの可愛さや、個性や、成長の過程を見てことを楽しむのが目的なのだから、それが見られなくなることは悲しいことだ。舞波が卒業することによって、舞波を見ていることが出来なくなる、それはやっぱり悲しいことだと思う。
しかし、舞波自身が卒業することを決めたのなら、それは絶対に尊重しなければならないと思う。この卒業が舞波自身の決めたことなのか、それは明確にはわからない。公式発表には、「卒業することになった」とあるだけだ。もしかしたら別の理由かもしれない。だけど、僕は、そんなことに想いを巡らせたい気持ちではない。やめることになったというのなら、それは舞波自身の決意だろう、そう考えることにする。
結局のところ僕はエゴイストなのだと思う。心のどこかで、舞波の卒業についてポジティブに捉えられる情報しか受け付けないようにしているし、舞波の卒業を美しい思い出にしてしまおうとしている。
繰り返しになるが、舞波が卒業することになるのは悲しいことだ。だけど、それが舞波の望んだことなら、それは尊重しないといけない。舞波の卒業は、僕らにはどうしようもないことなのだとしか言いようがない。そして、舞波が卒業しても、まだBerryz工房は続いていて、それは舞波の卒業前とは違うものになっているとしても、やはり楽しい活動を続けてくれるだろうし、僕はそれを楽しむだろう。
人生にはいろんな折に避けがたい別れというものがあって、僕らはそのたびにいろんな感情を体験する。そして、その感情をうまく処することができたり、できなかったりする。そういうことなのだと思う。