押し入れ日記

人生は失敗の連続だ! だから恥ずかしい部分を晒しちまおう。 押し入れに隠した「陰」の部分を今ここに綴ります。

12日間ラオス旅(少しバンコク、ノンカイ)

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GWに、タイ国境の町ノンカイと、ラオスはビエンチャン、ルアンパバンに行ってまいりました。

やっと、やーっと「深夜独求〜ラオス編」が完成したのでアップしました。
例によってPCのみ閲覧可能で、iphoneじゃ読めないようです。
なんかよくわからんのだよーHTML。
とにかく、お暇な時に読んでいただけると、本当に旅してきた甲斐があります。


さて、今回の旅行は、私には珍しく、日本人の方とかなり交流をはかりました。
きっと、ラオスの穏やかな土地柄のせいだと思われ。
やっぱアレだね、自分から声をかけることも大事なんだと気付きました。

それはそうと、旅に行く前は毎度、「大丈夫かな〜、大失敗しないかな〜(治安の面で)」と気に病み、場合によっては行くのが億劫になるのだが、飛行機を降りた瞬間から、
「まぁ、なんとかなんべ〜」となる自分。
「もう貴様は日本に戻れない!」と思った瞬間、強くなれるようだ。

そうは言っても私は心配性&せっかちなので、心配しなくていいところでやたら気を揉んでみたり、かなり前に集合場所に行っていたりと、一人旅の「ぶらり」感が、おそらく普通のシングルジャーニーさんより圧倒的に少ないと思う。
このあたりをもっと、のんびりといきたいところだが、性分だから治らないだろうなぁ。

それでも今回、結構アホなミスもしている。
でもなんかそれも、「ネタになる!」と思っているくらいのミスだからいいか。
旅日記にも書いたけど、他人のパスポートを数時間気付かずに持っていたことにはさすがに焦った。
でもその時も、「日本に帰れなかったらそれもそれかー」とも思っていた。

のほほんな国に行くと、自分までのほほんになってしまうのなら、私は是非のほほんな国に行きたいと思う。

東京にいる時は、なんか私、殺伐としてるからね。
出川さんでいう「切れたナイフ」みたいな。

るろうに剣心がわりと良かった件

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遅まきながら、実写版「るろうに剣心」を観ました。

「龍馬伝」で、「人斬り以蔵」の異名を持つ岡田以蔵役がはまっていた佐藤健さんがまたしても「人斬り抜刀斎」と恐れられた役をやるとは、どこまで人を斬ってくんだ、斎藤一も出てくるし、ってことでかなり期待して観る。

いやぁ、殺陣のシーンがスピーディで華麗で観ててすごく気持ちよかった。

んでなにより「ヒャッハー!」と個人的に大喜びしたのが、相楽左之助役として、青木崇高さんが出てきたこと。

もうねー、こんなん反則ですわ。
豪傑男の役をやらせたら、右に出るものはいないんじゃないかというくらいの、最近の青木さん。「平清盛」では弁慶だったし。

私は現実世界では寡黙な男が好きなのだが、これがゲームとか漫画とかそういう世界になると、熱くて行儀が悪くて口も悪くて人をからかってばかりいるけども根っこは純粋でいいヤツってキャラに弱い。

もーねー、そういう役ばっかりやるんですよ、青木さんが。

ずるいなー。

とりあえず、るろうに剣心、顔が好みの佐藤さんとキャラと見かけも好みの青木さんが共に戦ってるだけで、高得点。

それにしても、香川照之さんはすごいな。
めちゃくちゃ昔に「鬼が来た!」という映画に香川さんが出ていて、もしかしたらその頃すでに有名な俳優さんだったのかもしれないが私は知らず、
「なんだこの人、すごいな」と思ってて、香川さんが出てる映画やテレビは安心してみれるというスタイルが自分の中で出来上がってたんだけども、
それを「るろう」でも確信しやした。

聖なる夜の松牛

今日はヴァレンタインデーと云うやつで、殿方達は
「一個ももらえなかったらどうしよう」と戦々恐々としながら今日を過ごしたのであろうが、女性だってイヤな日には違いない。

「ヤバイ。今年もまた一個もあげる人がいない」

まったくイヤな日だぜべいべー。
私はチョコが大好きなのでそんな大好きなものをわざわざ人にくれてやるってのもイヤだと思う理由の一つである。

んまぁもういい大人なので、
「そんな菓子業界が仕立て上げたイベントなんかに乗らねぇぜ」とか高校生のモテない男子が言うようなセリフは吐かず、

「そうさなぁ、今日はシチューでもこさえるか」
と思いながらいそいそと帰宅したわけだ。

が。

「しまった鶏の肉を買っていない」

他の材料はすでに家に揃っているので、鶏の肉だけ八日堂に買いに行くのは面倒な話である。

「しまった。あ、そうだ。松牛にしよう(即決)」

私は松屋のことを松牛と言うくせがあり、常としてこの言葉を使っているが、
誰もマネしてくれない。

それはいいとして、自転車を店の脇に停め、松牛の扉を開けて気が付いた。

「うわ、私、ヴァレンタインデーに松牛て」

しかしもう引き返せない。(ここで、確か去年もそうだった気がすると思い驚愕する)
震える手で千円札を自販機に吸い込ませ「弁当」という文字を押し、
「牛めし(並)」「生野菜」「キムチ」を選択した。

持ち帰りカウンターで出てきたお茶が涙を誘う。
しかし、席に座り弁当を待っている間、何か店の中に不思議な一体感があった。
店には10人くらいの客がいたが、全員男性。
皆うつむいて牛めしを食らっている。

「いいぞいいぞ!君ら最高だ!おまいらまとめて愛してやってもいいぞ!」

とヘンな母性がヘンなタイミングで働いた私はイカレている。
 

母さん、東京はまだまだ寒いです。


ヒトカラヒトギタ

アコギはアコギな奴なので、音がデカイ。
よって家で弾くには不向きなので練習したけりゃカラオケに行く。

スタジオを借りればよいのだが、私は心配性だ。
個人練習だと予約ができないスタジオにギターを背負って出向き、
「満室です」
と言われたらペッコリと凹むこと間違いなしなので行かない。

だからカラオケに行く。

ギターに飽きたら歌も歌えるし。
タバコも吸えてお茶も飲めて、なんなら何かを食することすらできてしまう。

しかし家の近所にあるカラオケ屋は、何故かいつも混んでいる。
フロアに誰も待っていないというのに、
「只今満室です。次の空き予定は一時間後です」と毎度言われるので、
これはもしや、「おひとり様はもうからないから断れ」
とバイトリーダーから言われているやもしれぬ、と考え、もう二度と行かないことにした。考えすぎということもあるが。

で、仕方がないので夏は必ずG−SHOCK(つまりゴキが出る)な、オンボロカラオケ屋に行くことが多いのだが、先日ここを訪れた時、受付の兄ちゃんが不審だった。

「空いてますかー」
「何名様ですか」
「一人です」
「あー」
「え、空いてないんですか(いつもスカスカなのに)」
「いや、うーん、じゃ、いいですよ」
「どういうことでしょうか」
「いえ、今の時間、大部屋しか空いてないんで」
「はぁ(大部屋?そんなものこの施設にあっただろうか)」
「じゃ、2階になりますけど、混んできた場合、延長できないので」
「はい」

そして通された部屋は、きっちり座っても6人がやっとの、なんなら狭いくらいの部屋。しかも昔通されたことがある部屋だった。
それに、2階には3部屋あるが、他の2部屋は客がいなかった。
「じゃ、混んできたら延長できないんで」

兄ちゃんは本日2回目の念を私に押して去っていった。

うーん。
確かにそのカラオケ屋は、お茶が1杯ついて2時間600円の超破格値である。
それをおひとり様にやられては、儲かるものも儲からないと嘆きたくはなるだろう。
しかし私はそこを利用するのは初めてではないし、むしろ3回はG-SHOCKを経験している。しかし悲鳴のひとつも上げず、時間を全うし、「もしかしてあのソファ、ゴキの温床となってはいませんか」などの文句の一つも言わずに金を払ってきた、なんなら立派な顧客である。

なのにこの扱い。

絶対嫌がられてる。

もう二度と行かない。

ってわけで、ステージを吉祥寺に変更したのだ。

シダックス。フリータイム。フロントの店員さんは、おそろしく懇切丁寧な応対をしてくださり、涙が出そうになった。


ギター弾いて、たまに歌うたって、挙句の果てには
「ちょっと物まねやってみよう」と思い、
「ミラクルひかるがマネする中島美嘉のマネ」で「ORION」を歌ってみて、ちいとも似ていないことに驚いてみたり、いや結構独りカラオケは面白いよねそうだよね。


とりあえず今、アコギをいかにしてロックに弾くかを勉強中。
これまじめに。



壇蜜さんくらいNGがなくて困る

自分の限界を知りたいと思うことが多々ある。
でも死にたくないので出来ないことも多々ある。
恥ずかしいので出来ないことも多々ある。

今日、一本の映画を観てふと思った。

「私の限界はどこにあるのだ……」

そう。今日気になった「限界部分」は、グロに対する耐性。
これがちょっと自分高すぎるんちゃうか? という不安である。

もともと私の育った家庭というのは、家族全員が下ネタにおける耐性が強く、
例えばご飯を食べながら、平気で排泄物系の話ができてしまう。
そしてオカンが「ちょっと皆様、お食事中ですわよ!」と決めゼリフをいい、みんなで笑うというのが常であった。

であるから、結構な大人になるまで、
「食事中にシモの話をした場合、気分を害する人が多い」ということを知らなかった。
これで何回か失敗している。

「シモがイケる=グロがイケる」ということではないだろうが、遠からずだろう。


育った家庭を象徴するかのように、スプラッター系の映画を観ながらでも何かを食することは「なにか問題があるのか」というくらい普通にこなせてしまう。


ちょっと前に「セルヴィアン・フィルム」という、どうしようもなくエログロな映画を観た。
もうなんというかかなり倫理に反しているというか残虐の限りをつくしすぎて
「ここ笑うとこだろうか」とすら思ってしまう映画だったのだが、果たしてあの映画を誰かに薦めたとして、きっと私は人間性を疑われることになるだろう。
何と言うか、「あの映画、アホだなぁ」と言うにはちょっとキツイのだ。

で、ギターの練習を延々としてから「では観るか」と今日観たのが、
「ムカデ人間2」。

いや観ましたよ1も。
でも1は、かなりソフトだった。

そこで「2」。

なんだろなー。
いろんな意味で「下劣」である。けして「オゲレツ」ではない。
私は「オゲレツ」は大好きだ。ピンクフラミンゴみたいな。

まぁとりあえず、ムカデ人間2は「下劣」。
今的に言うなら「下衆の極み」。


でもなー。私気付けば今日の夕飯カレーだよ。


一体私はどこまでいけるのだろうか。


久々にブログ書いてこんな話ってのがもうダメですよね。













ライブをやりまして

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11月10日(土)に、北浦和のKYARAというライブハウスでライブをやりまして。

もうめちゃくちゃ久しぶり。
一体いつ以来なのだろう?と考えてみると、ライブバーみたいなところではチョコチョコやっているにしてもライブハウス、しかもバンドで、となると、名古屋に住んでいた頃までさかのぼることに。

となると、えーっと15年ぶり…くらい…?

恐ろしやー。

もう一体自分が何万年生きているのかわからなくなってきたぞ!
閣下ほどは生きてないと思うが。

まぁ、昔と違うのは、オリジナルじゃないこと、プロを目指してないこと、趣味であること。かな。

お客さんも、出演者の友達や身内、会社関係の人だったりするので、皆本当に温かかった。
今までの自分のライブだと、いかに対バンの客をかっさらうか、次のライブにつなげるか、ということばかり考えていたから、本番前はいつもオエオエ吐き気と戦っていたものだ。

しかし、社会人バンドの集まりだからといって、昔の根性が抑えられるわけもなく、やはり「ただのコピバンじゃないぜええええ」というところを見せねばならん、どうせなら一番印象に残らねばならぬ、という使命(誰にも頼まれてないけど)にかられ、多少体力の衰えを感じながらもやりとげました8曲。

MCはいつも考えないで出るわけだけど、結局メンバーから
「しゃべりすぎ」
「いつ曲にいくのかと思った」
とダメ出しを受けるほどにベラベラとしゃべってしまった。

そしてやはり、ライブは楽しい。
この年齢になってギターを弾いてステージに立てることが、この上なく嬉しくて仕方なかった。
というのは事実だが、この年齢になっても、名古屋でライブをやっていた頃と、落ち着きのなさがちっとも変わっていなかったことに自分でびびった。

やっぱバンドっていいよなぁ。
協調性のない私が人と集まってやれるのは、バンドしかないんだよなぁ。

でも本当は、ヴォーカルがちゃんといて、その横でヘロヘロとギター弾いてたいんだよなぁ。
歌ってると客席とかメンバーの顔とかゆっくり見る余裕がない。
でもギターだけだと、メンバーの顔もみれるし、客席もなめまわすようにみれる。
そしてヴォーカルが全力で歌ってるのを尻目に、無責任にフラフラできるのが非常に良い。

ま、でも、ヴォーカルギターだと、
「ちょっとこの面倒くさいとこ、私歌が忙しいからあなた弾いてね」
とギタリストに責任転嫁できる気楽さがあって、やめられない部分もあるけどね。






ジョジョ展(16日ぶり3回目)

えらく前の話になるが、10月24日(木)に有休を取ってジョジョ展へ。
仙台と合わせるとこれで3回目。この時点でチケットは完売。もう今からまた行きたいと思っても行けないっつーわけで、じっくり原画をこの目に焼き付けてこようと息巻いたわけですが。

なにこれ混んどる。

東京展が始まって3日目の祝日に1度目は観に行ったのだが、殆どの方がキチンとじわじわ動いてお行儀良く観ていたから、ストレスがなかったのだが、
今回はもうめちゃくちゃであった。

平日だからか学生が多いせいもあり、もう団体で立ち止まる立ち止まる。
どうしても1点1点みたい人はその後ろに並ぶしかなく、結果大渋滞。
黙って観覧して、後で感想を言い合えばいいのに、原画の前に陣取って説明したり思い出にふけったり知識をひけらかしたりするのはかなり迷惑。
知識のヒケラカシは、このジョジョ展に関しては非常に己の首を絞める行為であり、それは何故かと言えば、ジョジョ展に来る時点でそれはもうかなりジョジョの事が好きな人が集まっているのであって、であるからジョジョに関する平均くらいの知識は最低でもほぼ皆持ち合わせているわけだ。
一人で来ている人はそれはもうかなりのジョジョラーだろうし、二人で来ている人ならその二人あるいは少なくともそのうちの一人はジョジョラーなのだから、
「この時の承太郎はうんぬんかんぬん」などという説明など不要であるし、それが「アメトーク」のジョジョ芸人当たりで仕入れた浅い知識である場合はもう、怒りさえこみ上げる。

しかしながら、「ぬぬ、こいつも少なからずジョジョが好きなのだ」と思えばやはり嫌いになどなれず、
「まぁいいか、きっとジョジョバーなんかで1時間も飲めば互いの誤解を解くこともできようて」
などと思ってもしまって閉まって仕舞い。

んでまぁ、金曜日の夜にはジョジョのアニメが放映され、
オープニングの曲に驚愕す。
「な、なんか『ジョジョ…』ってところどころ言ってる!」
「譜割りがよくわからん!」
「なんかヴォーカル古臭い!」
と、いろいろ突っ込みどころがあるわけだが、なんだかそれも3回目を過ぎるとオープニングの曲を聴くのが非常に楽しみになってきているではないか。
うーんこれは、久々のスルメソングである。

エンディングのYESの曲もカッコいい。
最後に石仮面が血を吸って「ぶるぶるぅ」と震えるところで私も震えてしまう。

とにかくあれだ。今は一部(ファントム・ブラッド)を放映しているが、やっぱりこう、じっと観ているといろいろ感慨深くなってしまい、
「ジョナサンがむばれ!貴方のうしろには、すげー子孫が待ってるんだよ!」
と応援したくなるバカな私なのであった。





台湾のワンタンは私にもデカいん

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実は(って別に実はってこともないが)、9月16日〜19日で台湾は台北に行っていた。

今回の旅行は、完全に「どっか行きたい、日頃とちゃうもん食べたい、ひっそりしたい」と思って出かけた。
有名人でもないのに「ひっそりしたい」とは是いかに、と感じる方もいらっしゃるだろうが、なんというか私は自意識過剰だし被害妄想が強いし社会不安障害気味ときてるんで、独り海外旅行はもう、それを取っ払うのに非常に手っ取り早いのだ。

人がいる、という点では日本も海外も同じなのに、なんでなのでしょうかね。

というわけで、「深夜独求〜台北篇」を暇な時に読んでいただけると嬉しい限りでございまする。(古臭いサイトなのでPCでしか見れませんすみません)
いつもの如く、ちっともウルルンじゃないし、山もない谷もない道じゃつまらないジェットコースターにならない旅行記ですが。

しかし前回のタイ旅行から勝手にネーミングした「深夜独求『しんやどっきゅう』(沢木耕太郎氏のあまりにも有名な著書、深夜特急のマネ」があまりにも気に入ってしまってしまいまして仕舞いにはこのタイトルで本でも出したいような気分に相成っておる次第でありんす。

荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展へ



10月8日(月)に、六本木は「森アーツセンターギャラリー」で開催されている
「荒木飛呂彦原画展 ジョジョ展」に行って参りました。

すでに開催期の土日分は完売。
サラリーマンが行こうと思ったら、もう有休を取得して出向くしかないのだ。


ジョジョ展!楽しまずにはいられない!


最高にハイってヤツだー!


イギー!!(コーヒーガムも勿論ダメ)

私は16時から入場可能のチケット。
仙台でアレだったから、東京はさぞかし混むのだろうと思っていたが、時間制(入れ替え制ではない)にしてある分、人がどっと押し寄せて全く観れない!なんてことはなく、仙台の時と同様に、1枚1枚ゆっくり鑑賞する時間はあった。

原画は、新たなもの数点と8部のものもかなり増えており、見ごたえバッチリ。
客は、仙台が男性が多かったのに対して東京は男女ほぼ半々くらいだった。
まわりに多少のジョジョ好きはいても、ジョジョのためなら血肉を分けるような友人はおらず寂しい思いをしている私にとって、同性のジョジョラーがいる人が羨ましい。
ま、今回は強力なジョジョラーと一緒でしたけども。

仙台では、一部撮影可能ポイントがあったが、東京では一切禁止。

それにしても荒木さんの絵がすばらしすぎて幸せだった。
一つの絵をずーっと見ていられるし、ずーっと見ていると、なんて細部まで描き込んであるんだろうと感動する。
原画を観てから、印刷物を確認すると、やはり原画でしか確認することのできない細かい線やペンのかすれ、微妙な色合いがある。

仙台でも感じたことだが、本当にいい時間を過ごした。


そして物販。
今回は、仙台で現金を用意していなかったため買えなかった複製原画を買うぞ!と意気込んで来たものの、複製原画の種類が多く、どれも秀逸であり、かなり悩む。
2週間後に平日のチケットもすでに取ってあるから、悩んでおいて後で買うという手もあったが、悩めば悩むだけ欲しくなるだけだから、東京のキービジュアルである「承太郎とイギーに富士山」のヤツにした。やっぱり富士山ははずせなかった…。
3万5千円です。

それ以外は今回抑え目。

承太郎フィギュア2nd、原画集、ピンズ、イギーマスコット。
それと、Tシャツ付チケットだったのでそのTシャツ(7部デザイン)。

ジョジョ25周年。
今年はもう、ジョジョのためだけに働いてるな…。

先日、懐かしい友人からメール。
彼女はジョジョ展の広告をみて、
「そういやあいつ、ジョジョ好きだったな」と私を思い出し、メールしたらしい。

ありがたいこって。

門扉フェチ

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門扉フェチ。門フェチ。モンフェチ。

私は門扉が好きである。
所謂、一軒家で言うと玄関の外側にある扉のことであり、
訪問販売やらが
「ピムポウン。すみませぇえええん」と言いながら立ち尽くすところにある、あの門扉である。

であるから、住宅街を歩くとなると、必然的に人んちの門扉をそれはもうギラギラした目で見、ついでに猫氏はおらぬかと思うておるから更にギンラギンラした目になる。
そしてお気に入りの門扉を見つけるや、
「なに、わかってらっしゃるぅうう」と笑みを湛え、その門扉を「き」と開ける。
ことをすると住居侵入罪でしょっ引かれるからやらず、妄想を膨らませ、心の中で「き」と開ける。

私のこの門扉フェチ、その造形のみならず、
「この門を開けた時の感触、音、締めた時の音色」までで一つ、である。

「なに、めっさキレイやん」
と思い、いざ交わってみたら激マグロ、或いはその逆でノリが酷すぎてついて行けない女などに当たってがっかりする男の気持ちはわからんでもないのかもしれない。

であるから、門扉の意匠がめさくさ好みであったとしても、開けてみて、締めてみて、それがよろしくなかったら私はもう厭である。
「ふざけんなよBBA」とも思う。

しかしながら、愛しの門扉は既に他人のものであるから、私が交わることはなかなか難しく、童貞男子のように悶々とした日々を送るしかないのである。

たまに、ホームセンター的なところに、門扉の展示などがあったりするが、決まって不細工なソレしかない。そんなものは開けたいとも思わない。

ではどういう音がお好みなのかというと、これもまたいろいろあるのだけれどもその中の一つとして挙げるならば。

「バイオハザード 中庭あたりのフェンスの音」であろうか。

文字にしてみるならば、
「きぃいいいいいい(開く)、かしょかしょおおおん(閉まる)」というやつだ。
あれを聞くと私はもう、いつもその音の余韻に浸ってしまって大体ゾンビ犬に「がうがうがぶぶふふう」とやられる。

というようなことを、先日飲み会の席で発表させていただいたところ、
「全然理解できない」と一蹴されて終わりだった。

孤独だ。

「門 フェチ」でググってみたが、なにやら変なサイトが上がってくるばっかりで、それらしいのは引っかからない。

でもきっとどこかにいるはずなんだ!モンフェチ。


ちなみに写真をご覧いただきたい。
門というのかなんというの?こういうの。

無意味な戸。

これは旅館の部屋に入る前にある木枠の戸であるが、こういうのもまた非常に好きである。
もう、いつまでーも開けたり閉めたりしていたくなるのである。

何かの病気だろうか。そうかもしれぬ。ぐぐぐ。




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