押し入れ日記

人生は失敗の連続だ! だから恥ずかしい部分を晒しちまおう。 押し入れに隠した「陰」の部分を今ここに綴ります。

映画

るろうに剣心がわりと良かった件

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遅まきながら、実写版「るろうに剣心」を観ました。

「龍馬伝」で、「人斬り以蔵」の異名を持つ岡田以蔵役がはまっていた佐藤健さんがまたしても「人斬り抜刀斎」と恐れられた役をやるとは、どこまで人を斬ってくんだ、斎藤一も出てくるし、ってことでかなり期待して観る。

いやぁ、殺陣のシーンがスピーディで華麗で観ててすごく気持ちよかった。

んでなにより「ヒャッハー!」と個人的に大喜びしたのが、相楽左之助役として、青木崇高さんが出てきたこと。

もうねー、こんなん反則ですわ。
豪傑男の役をやらせたら、右に出るものはいないんじゃないかというくらいの、最近の青木さん。「平清盛」では弁慶だったし。

私は現実世界では寡黙な男が好きなのだが、これがゲームとか漫画とかそういう世界になると、熱くて行儀が悪くて口も悪くて人をからかってばかりいるけども根っこは純粋でいいヤツってキャラに弱い。

もーねー、そういう役ばっかりやるんですよ、青木さんが。

ずるいなー。

とりあえず、るろうに剣心、顔が好みの佐藤さんとキャラと見かけも好みの青木さんが共に戦ってるだけで、高得点。

それにしても、香川照之さんはすごいな。
めちゃくちゃ昔に「鬼が来た!」という映画に香川さんが出ていて、もしかしたらその頃すでに有名な俳優さんだったのかもしれないが私は知らず、
「なんだこの人、すごいな」と思ってて、香川さんが出てる映画やテレビは安心してみれるというスタイルが自分の中で出来上がってたんだけども、
それを「るろう」でも確信しやした。

壇蜜さんくらいNGがなくて困る

自分の限界を知りたいと思うことが多々ある。
でも死にたくないので出来ないことも多々ある。
恥ずかしいので出来ないことも多々ある。

今日、一本の映画を観てふと思った。

「私の限界はどこにあるのだ……」

そう。今日気になった「限界部分」は、グロに対する耐性。
これがちょっと自分高すぎるんちゃうか? という不安である。

もともと私の育った家庭というのは、家族全員が下ネタにおける耐性が強く、
例えばご飯を食べながら、平気で排泄物系の話ができてしまう。
そしてオカンが「ちょっと皆様、お食事中ですわよ!」と決めゼリフをいい、みんなで笑うというのが常であった。

であるから、結構な大人になるまで、
「食事中にシモの話をした場合、気分を害する人が多い」ということを知らなかった。
これで何回か失敗している。

「シモがイケる=グロがイケる」ということではないだろうが、遠からずだろう。


育った家庭を象徴するかのように、スプラッター系の映画を観ながらでも何かを食することは「なにか問題があるのか」というくらい普通にこなせてしまう。


ちょっと前に「セルヴィアン・フィルム」という、どうしようもなくエログロな映画を観た。
もうなんというかかなり倫理に反しているというか残虐の限りをつくしすぎて
「ここ笑うとこだろうか」とすら思ってしまう映画だったのだが、果たしてあの映画を誰かに薦めたとして、きっと私は人間性を疑われることになるだろう。
何と言うか、「あの映画、アホだなぁ」と言うにはちょっとキツイのだ。

で、ギターの練習を延々としてから「では観るか」と今日観たのが、
「ムカデ人間2」。

いや観ましたよ1も。
でも1は、かなりソフトだった。

そこで「2」。

なんだろなー。
いろんな意味で「下劣」である。けして「オゲレツ」ではない。
私は「オゲレツ」は大好きだ。ピンクフラミンゴみたいな。

まぁとりあえず、ムカデ人間2は「下劣」。
今的に言うなら「下衆の極み」。


でもなー。私気付けば今日の夕飯カレーだよ。


一体私はどこまでいけるのだろうか。


久々にブログ書いてこんな話ってのがもうダメですよね。













僕たちは世界を変えることができない

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「僕たちは世界を変えることができない」を観た。

大学生が資金を集め、カンボジアに小学校を建てる話。
実話に基づいている作品で、実際にカンボジアに行ったことがある人なら
結構ぐっとくる話ではあった。
カンボジアでのシーンは、場当たり的な、フリーな感じの撮影。

ただ、お金を集める手段がチャラくてなー。
しかしながらそれ以外は良かった。
主演の向井理さんが思いのほかよかった。
役柄をやるにはかっこ良すぎだろ、ってのはあるが、
すごくリアルだった。
まぁ、カンボジアに撮影に行って、いろいろ感情移入するところがあったのが大きいのかもしれないけど。

現地のガイドさん役(実際でもガイドさんらしい)の人が、向井さん演じる田中と空港でお別れするときに、思わず
「ムカイさんもお元気で」って言ってた時は、ズコーッと古いコケ方すらしたもんだが、それすらも気にならない(気にしてるけど)ほど、いいシーンだったね。
いいシーンすぎて切れなかったんだろう。
「オッサン、田中のことムカイさん、って言っちゃってるけど使いたいなぁコレ。ま、使っちゃうか」みたいな。

しかし、ボランティアの難しさ、ジレンマみたいなものが伝わってきて、自分がカンボジアに行った時に何もできなかった虚しさを思い出し、ちょっと泣いてしもうた。

日本より貧しい国を見て、「かわいそう」とか「不便だろうに」とか思うのは、ほんとこっちの勝手な話であって、
例えば狭い日本で比べても、東京の人からしたら、私の実家なんて本当に田舎で、食糧を買うのに、徒歩はおろか自転車でも30分以上走らないといけない。
しかしその状況を、「かわいそう」「不便」と思われたとして、当の本人はなんとも思ってなかったりする。
食糧を買うにはそれくらいの時間を要することがわかっているから。

大阪から三重に引っ越した当初は、あまりの田舎っぷりに小学生ながら「どへー」と思った私だが、そんなものには子供だからすぐ慣れた。

だから、カンボジアに行った時、多少不便なことがあったとしても、本当になんとも感じてなくて、
「日本はこんなの当り前なのに、ここじゃ通用しないのね」とか全然感じなかった。

しかしながら、戦争とか、大量虐殺とかの歴史を鑑みると、もうそれは私の手に負えないことだし、そういうことも考えていくと、ボランティアというのは本当に難しい。

そんなことをごちゃごちゃとカンボジアの地で考えていたら、どうしたらいいのかよくわからんくなってしまったのだ。
日本からチャラチャラと遊びに来て、アンコールワットに大金を払って美味い飯を食べて、あー楽しかった、と帰れば、それはそれで観光客としての役目は果たしていると思う。
でも、私はこの時、友人が理事をしている孤児院に訪問したわけで、その結果、自分の無力さがつらくて逃げ帰ってきた。

なにをすればいいかさっぱりわからんかった。

一緒に遊べばいいのか?ギターを教えればいいのか?
何かを手伝えばいいのか?何かを与えればいいのか?
突然現れて、好きなことを押し付けて、数日後には帰っていく異国の人間を、彼らはどう思うんだ?と。

あたしは思いっきり自分に絶望して帰ってきたけど、
この映画は、別に絶望しているわけではなくて、
「こんなことやったって、何が変わるでもないかもしれない、でも確かに笑顔には出会えた」ということを言っていて、
それは、自分が動くことにより、誰かの心を動かすことが大事なんだ、ということであり、まぁ本当にそうだなぁ、と思う。

畑を耕すのに、いつも1日がかりでやってたけど、今日はアイツが来てくれたから半日で終わった。

そんなんでいいんだと思う。
偉人じゃないんだから、そんなもんだよ。
でもそれでいい。


カンボジアに行った時の写真。なんか私、ムッシュみてーだな。

人のモン、欲しくなる?

銀杏BOYZの峯田さん主演の映画「ボーイズ・オン・ザ・ラン」を今更観た。

内容が良かったとかそういうの抜きで、好きだなぁ、こういうの。

こういう童貞臭い役をやらせた時の峯田さんの光り方といったらない。
もうそれを観るだけでいいや、って気になった。
エロくてちょっと頭弱い女の子をやらせた時の黒川芽以ちゃんも実にハマる。
男子はこういう子に弱いのだ。童貞であればあるほどに。

正確なセリフは忘れたが、
峯田さん演じる田西が、他の男にはするのに自分にしてくれないことに対して
「俺にもフェ〇チオしてくれよぉ!」と泣きながら芽以ちゃん演じるちはるに言うのだが、それに困り果てたちはるちゃんが、
「いいよ!フェ〇チオくらいならやってあげるよぉお」とトイレに連れていこうとするのだが、
「そういうことじゃないよぉおお!」
と、田西がこれまた泣き叫びながら、ちはるの腕を振り払うシーンなんか本当に
「いいなぁあああ!」と思ってしまった。

これだけ抜粋すると、何がいいのかさっぱり理解不能かもしれぬが、もうなんつーか、女子と男子の解釈の仕方の相違っつーのか、もどかしさっつーのかそういうのがぎゅっと凝縮されている。


田西の恋敵の男(松田龍平)が、田西が食べてるペヤングを欲しがり、一口食べた後に「なんか、他人が食ってるものって食いたくなる」と言うのだが、まさにその通りで、DVDを観ている最中、私はペヤングが食べたくなった。
ので、観終わった後に買いにいった。

いや、そういうことじゃなくて。

彼女がいる男を、彼氏がいる女を、妻がいる男を、旦那がいる女に燃える人間は結構いる。

峯田さんが食べていたペヤングを食べたくなる私でも、実際に目の前で峯田さんがペヤングを食べていたら、私は彼から貰わずに別のペヤングを買いに行くだろう。
何故なら、人からもらったものはちょっとしか食べられないからだ。

こう書くと「なんて卑しいんだお前は!」と思われるだろう。

卑しいのである。

おいしいところだけちょっと貰えればオッケー!
という気分にはどうしてもなれず、全部食べて満腹になりたい。

だから不倫とか彼女がいる男とかは面倒極まりなく、まったく食指が動かない。
なぜならその男のおいしいところを彼女が半分以上食っているのであり、そんなものを食べたところで満腹になろうはずもないからだ。

服やらを買いに行く時もそうで、自分が「ええなぁこれ、チェック!」と思いつつ、別のコーナーを見ていると、違う客がそのチェックした服を手に取ってみていたりすると、もう「あれいらんわー」となる。
大体、同じブランドの服を買いにきている客など、服の好き嫌いも似ているのだから、そんなこと言ってたら1着も買えないじゃねーかよ、と思うかもしれないが、なんというか目の当たりにするとダメみたい。

それと同じ理屈で、店員が
「それ、かわいいですよね」とか
「昨日入荷したばかりです」とか言ってくると、
「私はこの服をかわいいとは思わずかっこいいと思ってみていた」やら
「いつ入荷していようが知ったこっちゃねー」
と思うからそれを口に出して言ってその場を去るということを是非やりたいと常々思っているが、小心者だから出来ず、
「そそ、そうですか〜」なんつって、小さな抵抗として買うことをやめるか、店員が離れたスキにレジまで走ることしかできない。


一体なんの話だろう。




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