③の続き

 前回のエントリーで、福島原発の今までの点検漏れ等のずさんな管理体制と、311事件後にも街宣車ゲートを突破するというそのセキュリティの甘さを紹介した。
 また、311事件よりも以前。2010年6月にもあわやメルトダウンという、非常用ディーゼルがすぐ作動しなかった件と、その時の東電発表で、外部電源にすぐ繋がらなかった理由を瞬間的な誤信号が三回あったことを書いた。そしてStuxnetによる攻撃は、出力周波数を短時間のうちに1410Hz、2Hz、1064Hzと順に変化させ、制御系システムの通常動作の妨害をすることを併せて紹介した。


 で、今回は「島津洋一」という日本人ジャーナリストがアメリカメディアに発表した記事を紹介する。


---以下転載---

日本人ジャーナリストが驚くべき推測告白 福島原発で核兵器開発
http://ameblo.jp/don1110/entry-11042946542.html

 日本人ジャーナリスト、島津洋一氏は 6日、米メディアに発表した文章が世界を騒がせている。島津氏は3月11日の巨大地震後、福島第一原発事故に対する日本政府、東京電力の説明は矛盾だらけで、事故拡大の危険を冒しながら、海外からの救援隊の原発内への受け入れを拒んだことに関して、福島第一原発には人に知られたくない秘密があるのではないかという疑問を発した。
 その秘密というのがなんと、原発で核兵器の開発を行っていたのではないかというのだ。

(略)

 島津氏は国際的に有名なジャーナリストで、かつて日本最大の英字紙「ジャパンタイムズ」の編集長だった。今回の文章は日本でも大きな反響を巻き起こしている。日本のインターネット上では、島津氏を「陰謀論者」と非難し、「でたらめだ」という声もあがっている。

(略)

http://cocorofeel.blog119.fc2.com/
極秘のUS-イスラエルによる核兵器移動が福島の爆発をひきおこした

Yoichi Shimatsu
10-2-11

 16トンの核物質と核による大災害が、あなたの手にしたものだ。 福島第1原子力発電所をゆるがした爆発は、東京電力のいう水素爆発に比べて、より強力なものだった。ワシントンの情報筋によると、実際の爆発の原因は、アメリカの核兵器製造施設から不法に持ち込まれた核弾頭の核分裂で、使用済み核燃料冷却プールの冷却水の蒸発が、そこに保存されていた兵器級プルトニウムとウランの起爆につながった。
 アメリカイスラエルが、秘密裏に日本の核武装を支持しているという事実は、最近の歴史の中で最大の公的隠蔽とされている。アメリカの戦略兵器の盗難が、ブッシュ/チェイニー・チーム ― 安倍晋三首相 ― イスラエル政府のエフド・オルメルトという3つの関係の下、最も高いレベルで認可されたことを、一連の出来事の経過が示している。

東京のストレンジラブ

 2007年前半に、ディック・チェイニー副大統領は、彼の最も親しい側近と東京へ飛んだ。新聞社説は、彼の訪問が秘密に包まれていると記している。
 チェイニーは、久間章生防衛庁長官を秘密会談から閉めだし、冷たくあしらった。イラクが大量破壊兵器を所有していると主張していたブッシュ大統領を批判したというのがその口実だったが、より切実だったのは、防衛庁長官が、秘密の日本核開発計画をペンタゴンに明かすかもしれないという懸念だった。ホワイトハウスへの認可を求める日本の核開発計画に、統合参謀本部が反対するのは確実だったのだ。
 発表されていないチェイニーの訪日の理由は、アジア 太平洋地域における四カ国同盟を進めることにあった。4つの礎石 - 米国、日本、オーストラリア、インドが、中国とその同盟国である北朝鮮ロシアを囲い込み、対峙するように求めることだった。日本は、この大同盟が釣り合いを欠いているという見方をしていた
:3カ国は核と敵とするその一方で、*米国は4カ国中で唯一のものだった。(* 核を保持しているという意味?)

 安倍は彼自身の核への野心のために、ロシアよりのカードを探っていた。アメリカ大使館ケーブル(9/22)で述べられたとおり、読売新聞はホワイトハウスに対して挑戦の働きかけをした
:「昨日、政府と国内の電力会社は、ロシア国営核独占企業であるAtompromに、原子力施設使用のウラン濃縮を移管するための、ロシアとの最終的な会談に入ったということがわかった。」ワシントンが日本の核装備受け入れを拒否すれば、東京はモスクワに方向転換するだろう。

 自民党が2006年9月に安倍を首相に選び、タカ派的な安倍は、防衛の厳格な体制と非核原則という戦後の政策を乗り越えていくことを繰り返し求めた。日本の核装備への支持は、彼の家系から生まれたものだ。彼の祖父である岸信介は、戦時中に原子爆弾のプロジェクトを育て、戦後は首相として、一般の核開発計画を制定した。彼の安倍晋太郎(元外相)は、1980年代にロシアと取引をして、ロシア-日本カレッジを後援しているが、ここはオウム真理教(外国諜報機関のフロント)に運営され、崩壊したロシアから軍事科学者を雇っていた

 日本の核装備をアメリカが受け入れるにあたっての一番の障害はペンタゴンで、そこでは真珠湾と広島がアメリカ軍の優越性を正当化するシンボルとして残っている。アメリカと相互に譲歩がありそうなルートとしては、核兵器の製造を監督する民間経営のエネルギー省(DoEを通すことだった。

キャンプ・デービッドでの前進

 安倍のワシントン訪問に続いて行われたこの取引は封印されている。ブッシュはニクソンの失墜につながった盗聴には慎重で、キャンプ・デービッドではプライバ シーの方を好んだ。4月27日、この素朴なロッジで、ブッシュと安倍は45分にわたり協議したが、漠然とした概略でさえ明らかにされることはなかった。

 安倍が示したロシアのカードから、彼が濃縮ウランを買っていたことが示唆される。アメリカ製のウランとプルトニウムは世界で最も純粋な核物質で、99.9 パーセントの純度をもつ。鉱物の不純物質の欠如は、その出所をつきとめられないということだ。対照的に中国やロシアの研究室の材料は、濃縮プロセスの間に取込まれた不純物により出所を特定することができる。

 安倍には、難解なテクノロジーに対する広い知識がある。彼の1980年代最初の仕事は、神戸製鋼のマネージャーだった。その研究者のうちの1人が、天体物理学者村井秀夫で、彼はソビエトの電磁気テクノロジーを「常温形成」鋼に適応させた。村井は後にオウム真理教の主任科学者になったが、オウム真理教は安倍の父によって始められたプログラムの下、ソビエトの武器技術者を雇い入れ た。安倍は政府の活動を始めると、JETRO(日本貿易振興会)の米国支所に配属された。そのニューヨーク事務所は、ペンタゴンと主な防衛システム開発請負業者の先進技術を盗み出すための、データベースを解読するコンピュータのホストをつとめた。そのハッカー・チームは東京大学の最高のゲーマーにより率いられ、彼はオウムに入った。

 1995年の東京地下鉄サリン事件後、安倍は公共関係のキャンペーンのため、オウムと距離を置くこ とになる。そしてその12年後には、安倍はキャンプ・デービッドにいた。ブッシュとの会談後、安倍はインドへ飛び、新しい冷戦に懐疑的なデリーで、チェイニーの四カ国同盟を受け入れさせようとし、チェイニーがこの取引をおそらく完了させることになる。このすぐ後にハリケーン・カトリーナがアメリカを襲い、 安倍訪問は一般の記憶からぬぐいさられた。

テキサスでの犯罪

 BWXT Pantex(アメリカの核弾頭施設)は、アマリロ郊外のTexas Panhandleにおいて16,000エーカー以上の拡張をした。このサイトはDoEバブコックウィルソンにより管理され、有効期限を終えた核弾頭の保存場所として用いられている。1989年のロッキーフラッツ(核兵器製造施設)閉鎖にともない、その保有核がPantexへ移されることになったが、秘密取扱許可が必要とされるようになり、核を盗み出すことが明らかなターゲットになった。
 2004年6月、National Nuclear Security Systemのアルバカーキ事務所がハックされ、Pantexの11人の連邦従業員及び177人の契約者の、個人情報と秘密取扱許可データが盗み出された。 NNSAはセキュリティ侵入から3ヵ月後まで、内部犯行の疑いがあることをエネルギー相サミュエル・サミュエル・W・ボドマンや副大臣Clay Selに知らせなかった。

 ブッシュと安倍がキャンプ・デービッドで会談している間、Pantexの500人の組織化された警備員が45日間のストライキを始めた。DoEの査察官オフィスによると、スト破りが雇われたが、多くは入り込むことができなかった。また目撃者の発言を引用して以下のように報告している
:「交替の警備員が実際には試験に落ちていても、BWXT当局は合格点を与えていた」。状況は、映画の「オーシャンズ・イレブ ン」の強盗とほとんど同じくらい滑稽で、核によるハルマゲドンが危うくおきるところだった。

 2ヵ月間にわたるストライキの合間を縫って、弾頭芯を載せたトラックがゲートから出た。容器に詰められた約16トンの核弾頭は、核分裂防止のため冷蔵された容器の中に入れて牽引された。この危険な貨物は、ヒューストン港でイスラエルの国営海運会社所有の船に載せられた。放射性物質は、大量破壊兵器を禁止する連邦プログラムの下、民間契約の港視察官 Roland Carnabyにより監視されていた

 情報機関係者は、Carnabyの銃撃死についていまだに騒いでいる。
 2008年4月29日に、ヒューストン警察が彼をハイウェイで追跡して射殺した。彼の港湾モニターに関する契約は、イスラエルに拠点を置く、前イスラエルの国防軍役員の所有の警備会社 NICE(Neptune Intelligence Computer Engineering)に与えられた。
 データの盗難から密輸に至るPantexの違法行為を通じての、ブッシュ とチェイニーの核問題のポイントマンは、DoEの課長補佐Clay Sell(アマリロ出身の弁護士で、Panhandle連邦議会議員 Mac Thornberryの前補佐官)である。Sellはブッシュ-チェイニー政権移行準備チームで働き、核問題に関する大統領への最高アドバイザーになった。また、彼はDoEにおいて米国核兵器複合体を直接担当したが、それは全国17の研究所とPantex施設を含んでいる。


イスラエルの裏切り

 日本への核の積荷は、ホワイトハウスによる法的否認権のため、第三者の仲立ちを必要とした。情報筋によれば、イスラエルは追加支払いを東京に要求する際、エージェントというよりブローカーのようにふるまった。イスラエルは彼ら自身の兵器のために新しい核弾頭をかすめ取り、古いものを届けた劣悪な弾頭は濃縮を必要とするため、日本は激怒して返済を要求したが、イスラエルはこれを拒否した。2008年秋、安倍総理が辞任した時から、東京は援助を求めることをやめ、ブッシュは役に立たなくなった。

 日本の核の開発者である経産省は、福島第1原発ウラン弾頭を濃縮する以外に方法がなかった。(福島第1は核拡散防止検査官の発見を避けるのに十分遠い場所にある)日立GEプルトニウムのためのレーザー抽出方法を開発したが、それには膨大な量の電力を必要とする。これは原子炉一機が予定外の稼働をしなければならないということで、3月の地震が襲ったとき、それが実際に行われていた。
 日本は国連のパレスチナの権利を支援することで、テル・アビブに対して平手打ちをあびせたが、それに対してイスラエル秘密情報機関は、日本の核施設をStuxnetウイルスで攻撃した。

 東北の地震までは、ファイアウォールがStuxnetを寄せつけなかったが、地震は6機の原発の背後にあった送電塔を倒壊させ、停電がコントロールシステムを崩壊させ、少しの間ファイアウォールを停止させた。コンピュータが再びオンラインになると、Stuxnetは予備発電器をシャットダウンするために浸入し、地震と津波の間の20分間、福島第1のポンプと弁が動かなくなりタービン室は洪水被害にさらされた。
 貯蔵プールへの冷却水の流れが止まり、蒸発が速まり、過熱した核弾頭の分裂が、爆発ときのこ雲につながった。海辺にあって原発を見おろす飯館村山頂の住人らは、煙の柱を目撃し、のどに金属の味がしたという。

課せられる罪

 東北の地震と津波は、福島第1に損害を与えるのに十分強力だったが、この天災は2つの外部要因によって非常に拡大されることとなった
:津波前の危機的な20分間にコントロールシステムをシャットダウンしたStuxnetウイルスの拡散
; そして核施設を破壊し全ての地域を汚染した兵器級核物質の存在。

 関係する3つの勢力の中で、誰に最も罪があるのか?これら3つは、地域規模での大量殺人、負傷、資産の破壊という罪を犯しており、国際法に基づく各々の管轄区での刑事告発と、それに伴う損害賠償支払いの義務がある。
 ホワイトハウス、特にブッシュとチェイニー、そしてDoEの共謀加担者は、安全装置なしで違法に核弾頭を運び出し輸送したことに対する責任がある。
 イスラエル国家は、アメリカの戦略的装備を盗み出し、日本政府に対する詐欺と強奪をおこなった。そして戦争行為にも等しい重要なインフラへのコンピュータ攻撃に関係し、致命的な結果を招くことになった。
 安倍首相経産省は、憲法に反して兵器級核物質を供給し、危険性を無視して、向こう見ずで無秩序な保管、濃縮、抽出をおこなった。安倍が、最初にウランとプルトニウムの濃縮を求めなかったならば、他の勢力が関係することはなかっただろう。日本が犯罪への加担を生み出したのだ。

 国際刑事裁判所は、何百万人の人々の健康-日本、カナダ、アメリカ合衆国、ロシア、南北朝鮮、モンゴル、中国、おそらく北半球全域に関する訴訟をとりあげるだけの十分な根拠を持っている。福島の災害は、卑劣な独裁による人権侵害以上の罪であり、ニュールンベルクや東京裁判所の告訴に匹敵するほどの、人道に反する罪だ。 起訴をしないということは共犯のようなものだ。
 もしもあらゆる暗雲の中に希望の兆しがあるとすれば、それは東北の地震と津波が、第三次世界大戦への動きを止めることで、さらなる愚挙から世界を救ったということだ。

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転載終わり。

どうしてこれほど電気が必要なのか、やはりでしたね。
そしてこの前も書いたように、あのオウム騒動は村井さんが殺された理由はこれではないでしょうか。
ごく普通に考えれば、いくらタカ派といっても安倍さんや経産省が勝手にするはずもなく、陰の支配者がいるのは間違いないでしょう。

---転載ここまで---


 この文章に書かれている内容は、311事件の具体的な引き起こされ方は書いていないが、その真相・原因を非常に納得させてくれる裏づけを書いている。だが、幾つか気になることもある。

 まず、人工地震についての記載がないこと。これだけ裏事情まで書いていて、何故人工地震についての記述が一切ないのか。むしろあえて、触れないように書いているように思える。

 それにStuxnetに関しての記述は大雑把過ぎる。説明はあまりない。ついでに言うと
「安倍には、難解なテクノロジーに対する広い知識がある。というのも何をもって言っているのか。行政学や政治学を学んでいたのであって、テクノロジーに関する知識があるのかは判断がつかない。
 
 また、(Stuxnetというコンピュータウイルスの存在と)、「ホワイトハウス」「ブッシュ/チェイニー・チーム ― 安倍晋三首相 ― イスラエル政府のエフド・オルメルト」という書き方をしている。アメリカではなく、ホワイトハウス、特にブッシュとチェイニーのグループなのである。それ以外は、どうなのだろうか。。。

 どうも、出してもいいところと出してはいけないところがあるように感じる文章でもある。気づいてほしくない方向へ目を向けさせないように、、、
ここで言及していない側へは、、、
 

***おまけ***
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村井秀夫 ウィキペディア 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E4%BA%95%E7%A7%80%E5%A4%AB#.E4.BA.BA.E7.89.A9
出生 1958年12月5日
人物 
 大阪府生まれ。子供の頃はSF少年であり、また望遠鏡で星を観察するのが趣味という親から見て全く手の掛からない子供であった。1977年、大阪大学理学部物理学科入学、同大学院修士課程を卒業後神戸製鋼に入社したが、1987年オウム真理教に入信し正大師になる。入信理由は「かもめのジョナサン」の心境になったから。
(略)
 1995年4月23日に東京都港区南青山の教団東京総本部前で指定暴力団・山口組系羽根組組員の右翼団体構成員の徐裕行に刺され、翌24日午前2時33分に死亡した(村井秀夫刺殺事件)。6月には、オウム出版より『巨星逝く - 悲劇の天才科学者村井秀夫』がカセット・テープつきで出版された。
 死ぬ直前、「ユダにやられた」と話していたと上祐史浩(当時外務部長)が会見で述べた。後の2000年2月の週刊プレイボーイ上のインタビューでは上祐史浩は、「彼(村井)は刺殺される直前に、オウム真理教の事件その他はユダヤの陰謀であると言おうとしていた、そんな気配がある」「ユダヤ叩きというのは、僕にはどういう意味なんかよくわからない」が、「彼はあの直前に、テレビに出演してユダヤ叩きをやろうという計画を立てていた」「刺殺される数時間前に彼から私の方に「ユダヤ叩きをやりますよ。今から戻ります」 という電話があった」「彼はその直後に刺殺され」たと述べている。
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安倍 晋三 ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89#.E6.A6.82.E8.A6.81
生年月日 1954年9月21日(57歳)
1979年4月に帰国し、神戸製鋼に入社。ニューヨーク事務所、加古川製鉄所、東京本社で勤務した。加古川製鉄所での経験は、「私の社会人としての原点」、あるいは「私の原点」だったと回顧している。
政界へ
神戸製鋼での3年間勤務の後(略)
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おまけ2
***地下鉄サリン事件は1995年。日本からアメリカ政府が高濃縮ウランを搬出したのが1996年からである。


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米、高濃縮ウラン580キロ搬出 日本から核兵器20発分  2008/12/27【共同通信】

 核物質のテロ組織などへの拡散を警戒する米政府が1996年から今年夏までに、京都大日本原子力研究開発機構 (本部・茨城県東海村)が保有する研究用原子炉から、核兵器約20発分に相当する高濃縮ウラン計579・7キロを搬出米国へ移送していたことが27日分かった。米核安全保障局(NNSA)高官や日本側関係者が明らかにした。
 冷戦時代に原子力の平和利用を促進した米国から日本に輸出された研究炉用の高濃縮ウランが、核テロなどに利用されるのを防ぐため徐々に米国に移送されていたことは一部関係者に知られていたが、搬出総量や事業の全容が判明したのは初めて。
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