今回はSSRIの投与期間に関するテーマである。
SSRIも含めて、抗うつ剤は「うつ」が良くなったらダラダラと投与せずに速やかに中止の方向にもっていった方がいいという、そういったニュースや論文を眼にした。
(CBSで報じられたニュース)
http://www.cbsnews.com/8301-504763_162-20081076-10391704.html
(Andrewsらの論文)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmc3133866/
(Andrewsらの論文)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/pmc3133866/
論文によれば、抗うつ剤を長期間投与し続けて抗うつ剤をやめると、脳が過剰修正(overcorrects)をしてしまい、その結果再び「うつ状態」が誘発されると説明している。これは本来の「うつ病」の再発ではなく、SSRIの長期投与の弊害によってもたらされた、最初の「うつ」のエピソードとは異なる原因で生じた、言わば「薬剤誘発性のうつ状態」だと述べられているのである。
この論文は仮説に過ぎないのだが、私は考えさせられてしまったのである。
SSRIには離脱症状が出ることはよく知られており、そもそも、この論文では離脱症状と「うつ」の再燃を区別できているのかという問題があるが、離脱が出ないように漸減しても、それでも「うつ」の症状が再燃してのデータであろうという前提でこの論文が唱えた問題点に関する話を進めていきたい。(離脱症状が出るという現象のみでも、これは既に薬物依存と同じ現象じゃないかとも思え、SSRIの問題点の一つだろうとも思える。)
日本うつ病学会が提示しているガイドラインの抗うつ剤の使用期間に関しては
これまでの海外の文献をふまえて以下のようになっている
寛解後も4~9ヶ月は投与
急性期に使用した投与量を維持すべき
再発例には2年間の維持投与(急性期に使用した投与量で維持するのが望ましい)
躁転を防止するために減薬することはよいが、もし減薬してうつ症状が再発したら元の量に戻すべき
となっている。
↑のような維持療法の必要性は昔から信じられていたことであり、私も、服薬を嫌がる人でも最低で3ヶ月間、何とか6ヶ月間は内服をしてもらい、その間に漸減していく方法を取っている。
しかし、こういった従来から推奨されていた抗うつ剤の維持療法を完全に否定するのがアンドリュースらの論文である。(著者の一人であるアンドリュースは心理学者のようだから、反薬物療法的な思想の持ち主なのかもしれないが)
その根拠は、大うつ病と診断された患者を調査したが(かなりの数を調査したようだ)、抗うつ剤が投与されたケースと抗うつ剤が投与されなかったケース(プラセーボ群)との比較で、再発率が前者が42%、後者が25%であり、抗うつ剤を投与された方が圧倒的に再発率が高かったというデータを前提としている。
アンドリュースらは、抗うつ剤を中止したことによる再発は、言わば抗うつ剤の長期投与によるトリックのような現象で、本来のうつ病があたかも再発したように見えるだけであると主張している。
精神科医はこういったSSRIのトリックに幻惑されていたのだろうか。
精神科医はこういったSSRIのトリックに幻惑されていたのだろうか。
アンドリュースらが言うことがもし正しければ、抗うつ剤をいったん長期間内服すれば、もはや抗うつ剤なしでは生きていけないような悲劇的な結末を招いてしまうことにもなる。
確かにSSRIの売り上げは、本邦におても10年間で8倍というすさまじい上昇ぶりを示している。
既に我が国もSSRIという抗うつ剤のトリックに陥ってしまったのだろうか。SSRIなしでは「うつ」になってしまう人間が次々と作り出されているのだろうか。SSRIという薬は永久的に市場を確保する手段として製薬会社が巧妙に仕組んだワナなのだろうか。
しかし、実際に「うつ病」患者は存在する訳であり、「うつ病」と診断された患者様に抗うつ剤を使わざるを得ないのも現状である。
ここで、よく考えてみれば、SSRIが登場する以前でも我々精神科医は薬物療法をしていた訳であり、SSRI以前の抗うつ剤でもうつ病は確かに良くはなっていたのである。治験データでも抗うつ効果はSSRIもSSRI以前の抗うつ剤も同等という結果が出ている。だが、口渇や便秘といった抗コリン性の不快な副作用が出るためか、SSRIが登場する前は抗うつ剤は大きな市場ではなかったようだ。
しかし、SSRIの登場によって抗うつ剤の市場は一変した。SSRIは口渇や便秘がない分、処方ははるかにし易くなり、CMによるうつ病キャンペーン(「うつは心の風邪」というTVのCM)との相乗効果もあって、以前の抗うつ剤とは比較もならない程に売り上げが急速に伸びたのである。これほどまでに市場が急拡大するとは、SSRIの発売当時には精神科医は誰も予想をしていなかったのではなかろうか。
しかし、我々精神科医は大きな問題を見逃していた可能性がある。SSRIの売り上げ増に大きく貢献していると思われる抗うつ剤の長期投与が本当に意味があるのかということである。
抗うつ剤を長期間投与した方が本当に再発率が低いのであろうか。不都合なデータとして長期投与は再発を防ぐ上では意味がないというデータが隠されたままになってはいないだろうか。この点に関しては、国内のジェイゾロフトの治験でも似たような議論がなされたことがある。
(ジェイゾロフトへの治験デザインへの異議)
http://homepage3.nifty.com/cont/35_2/p321-44.pdf
(ジェイゾロフトへの治験デザインへの異議)
http://homepage3.nifty.com/cont/35_2/p321-44.pdf
なお、ニューヨーク州立大学の精神科のパイ教授が出した最近(2012年)の論文でも、似たような意見が提示された。
しかし、日本うつ病学会では、維持療法はすべきであるという見解に立っている。私も未だこの立場ではあるのだが、今後は抗うつ剤の維持療法が全てのケースでは必ずしも必要はなく、逆に有害な場合もあると考え直さねばならないだろう。
もし、アンドリュースらが言うことが正しければ、精神科医は知らない間に製薬会社が仕組んだ抗うつ剤という恐ろしいワナに加担させられていることになってしまう。
我々精神科医が製薬会社の片棒をかつぐセールスマンのような存在であってはならないのは言うまでもない。
確かに、SSRIでもSSRI以前の抗うつ剤でも、抗うつ剤を中断し「うつ」が再発した症例は度々経験するのだが、早期に中断しても再発をしないような逆のケースも多々あり、こういった投与期間の問題は、特に薬物療法中の「うつ」の再発に関しては、はたして本来のうつ病が再発したのか、それとも、アンドリュースらが言うように抗うつ剤の長期投与による医原性ともいえるトリックのような有害事象なのか、今後の研究の進展が待たれる分野である。
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