(前回の続きである)

 当院には40歳前にアルコールにて認知症となり、未だに入院している男性が数名いる。どの家族も引き取りを拒否し、だんだんと家族も亡くなっていき、入院期間は長い人では30年近くになるだろうか(さすがに場末の病院だけのことはある)。入院後の記憶は一切ないようなのだが、ある時点から前の過去の記憶だけは保たれており、診察時に「お母さんに会いたいです」としか毎回言わない。言うのはそれだけである。母はかなり昔に亡くなったのだが。何回か母が死亡したという事実は伝えたはずだが、「ああ、そうですか」と悲しそうな顔もせずに、数日後には再び「お母さんに会いたいです」。

 なぜ自分が入院しているのかも、自分が誰なのかも分からない。あるのは子供の頃の記憶だけのようだ。彼の時間は永遠に止まったままである。

alcoholdemetia





 

(悲惨ですよ、アルコールでこうなっちゃうと。若年性アルチュハイマー病の恐怖。)

 今回は、チアミン(ビタミンB1・VB1)がアルコール認知症にどのように関連するかを調べてみた。日本でも、この問題に取り組んでいる大学があり、浜松医科大学第一内科のHPに掲載してあった「チアミン・トランスポーター遺伝子変異とWernicke様脳症」という記事をまず紹介する。

 Wernicke脳症(WE)はチアミン欠乏により引き起こされる急性の代謝性脳症である。チアミンはアルコールやストレスで大量に消費され、他のビタミンに比べて体内に蓄積し難い。(アルコールにて、容易に欠乏状態となるようだ。)血中チアミンの欠乏が診断では必須である(やっぱりチアミンの血中濃度検査を外注機関にオーダーせねばいけなかったのか)。全ての症候がそろうのは17%程度。全体の3割は軽度の意識障害のみである(えっ、そうなの)。さらに、MRI検査のFLAIR画像で中脳水道周囲、乳頭体、視床背内側核の高信号域が特異的である。そして、この所見は、チアミンの大量静注600mg/日で速やかに(3日目には)消失するとあった。(やっぱり、MRI検査をせねばならんのか。こりゃ、頭部CT検査しかできない場末の病院ではWEはお手上げですわ。もし、紹介元の内科でMRI検査をしていたならば、FLAIR画像を必ずCD-ROMに焼いて持参してもらわねばならない。)

WE-MRI













 さらに、チアミン・トランスポーターTHTR遺伝子異常が紹介されていた。こういった遺伝子異常があれば、WEの発病年齢は若いようだ。しかもアルコールとは関係なく発病するようだ。(「お母さんに会いたいです」としか言わないOさんは、THTR遺伝子異常も絡んでいるのかもしれない。彼は20歳台からの連日の半端じゃないようなアルコールの大量飲酒でそうなったのだけど。)そして、血中のチアミンが基準値以内であっても、チアミンの大量投与が推奨されている。海外の推奨量は、500mg/回を3回/日静注(1日の総量が1,500mg)これを2日間行った後、500mg/日静注を5日間行う。とあった。

 えっ、血中のチアミンが正常値でも、アリナミンF100mgを1日に15本も静注するんですか。しかも経口投与はダメなんですか。ということは、アルチュハイマー病が怪しいと思われるような高齢者には、血中のチアミン濃度の値に係らず全員に15本ものアリナミンFを非経口から大量投与せねばならないってことになりますぞ。それって、日本では保険が通るのですか。高齢のアルコール依存症に、アルチュハイマー病への移行防止のためとは言え、全員にやっていたら、過剰診療だと支払基金に怒られてしまいますがな・・・。(;゚Д゚)

 しかし、先天的なTHTR遺伝子異常は稀であろう。THTR遺伝子に異常がなくてもそんなにVB1を大量に投与する必要があるのか、など、まだまだこれだけの情報では不十分なので、さらに論文を調べることにした。すると、必ずしもVB1の大量投与に反応する訳ではないことが分かったのである。非経口によるVB1の大量投与によっても認知症への移行が防げないことがあるようなのだ。

コルサコフ症候群の進化と治療
「The Evolution and Treatment of Korsakoff's Syndrome」
(補足的な資料として、この論文の著者が作成した↓のスライドを参照して解説を付随しておく。)
http://www.docstoc.com/docs/84282836/How-Common-is-Wernicke-Encephalopathy-in-alcoholics

 ウェルニッケ脳症(WE)と診断されず適切に対処されなかった場合にはコルサコフ症候群(KS)に移行する可能性がある。アルコールに関連したチアミン欠乏症(TD)はより複雑である。アルコールが絡まないような単なる栄養失調に伴うTDではVB1の経口投与によって速やかに改善するが、アルコール依存性によるTDに対しては、適切に処理するには、最初の24時間でVB1が1g以上の大量の静注が必要な場合がある。経口からの摂取では効果が発揮できない。KSは残念なことに、そういったVB1が非経口投与されなかった結果かもしれない(WEで完全に回復するのは10%でしかない。70%はKSへ移行する。20%は死亡する)。
WEの予後










 
 
 長期大量のアルコール消費は、認知障害につながることが知られており、これらはアルコール関連認知症alcohol-related dementiaと文献に記載されて、アルコール関連脳損傷alcohol-related brain damage(ARBD)として考えられている。ウェルニッケ・コルサコフ症候群(WKS)の患者は、一般的にTDとアルコール誘発性神経毒性の両方の結果による脳へのダメージの結果である。そして、TDとアルコール誘発性神経毒性の相乗効果も存在する。WKSは単一な病状ではなく(=heterogeneous)、脳へのダメージのスペクトルを呈するであろう。
 
 調査によって認知症の約10%がアルコール関連の認知症であることが分かっている。スコットランドの調査ではARBDの殆どは50代や60代前半であった。ARBDは典型的な認知症よりも若い年齢層が中心である。早期発見と早期介入が重要である。総合病院はARBDの最初の接点である。総合病院の緊急治療室のスタッフはARBDに警戒せねばならない。剖検例によればアルコール依存症の12.5%が脳のWKS領域に特徴的な神経病理学的所見を有していた。チアミン依存性の小脳の損傷は35%にも上った(注;アルコール依存症の10人に1人はWKSへの変化が既に始まっているのだろうか)。さらに、WKSの3人に1人が栄養失調による入院歴があった。女性と65歳以上にその傾向が強かった。KSとARBDを予防するには健康的な食生活を維持する必要がある。
 
 アルコールはGABAやグルタミン酸系の神経伝達システムに作用する。アルコールは、抑制性GABA受容体をエンハンスし、興奮性グルタミン酸受容体(NMDA受容体)を抑制する。断酒はこれらのシステムの不均衡を惹起し、アルコール離脱症状を起こす。コルチゾールは離脱症状時には上昇しており、アルコールの離脱はストレスが強いプロセスであることが分かる。飲酒と断酒による離脱を繰り返すと、グルタミン酸誘発性興奮による持続性の神経ダメージが誘導される。アルコールを代謝するためのVB1の要求増加は離脱期間をさらに長引かせることであろう。TDは過剰なグルタミン酸の放出によっても引き起こされる。そして、過剰なグルタミン酸の放出はグルタミン酸受容体のアップレギュレーションを引き起こす。それらが加わると、アルコール離脱時の潜在的な神経毒性はさらに強まるであろう。我々は、未治療のアルコール依存症で、アルコール離脱中に予期しない形で突然にKSが発生したことを経験している。アルコール離脱中のTDの併発では、経口または非経口のVB1の単独投与ではARBDは直ちには逆転されにくい(注;断酒によって、逆にKSが生じ易くなることがあるのかもしれない。著者らも解毒はWEを進行させるリスクがあることを考慮しておかねばならないと参考資料としたスライドに記載している。)
 
 TDの動物モデルには、抗チアミン剤によるモデルと、食事中のチアミン欠乏モデルとの2つがある。アカゲザルにおける食事によるTDは、下丘や中前庭核の病変を示していた。大脳基底核のダメージはTDの期間の長さに関連していた。乳頭体や視床の背内側核のダメージはチアミンの剥奪に最も関連していた。抗チアミン剤によるモデルでは乳頭体や視床の背内側核の神経変性認められなかったが、WKSと同じような記憶障害を認めた。ARBDは、TDとTDのエピソードの繰り返しによって神経へのダメージが蓄積されているためより重度な病態であろう。
 
 これらの知見は、アルコール依存症では、脳を保護するために、精神科に受診となる前の段階で、医療を受ける際にVB1の経口または非経口(吸収が阻害されている場合)投与が必要があることを意味する。VB1を吸収する能力は、チアミン2リン酸TDPの増加で確認できるが、評価されることはない。従って、我々は、250mgのVB1の非経口投与を5日間受けることを推奨する。VB1の必要な用量はまだ確立されていない。他のビタミン欠乏も絡んでいるであろうし、臨床は動物モデルよりもっと複雑である。KSはTDによって純粋に引き起こされることは殆どない。それは、VB1に反応しなかったKS移行患者も多々いるという事実から、KSは他の栄養素とARBDが原因である可能性がある。VB1の推奨用量でKSへの発展を完全に妨げるか、KSの発生率を低下させるかといった臨床試験はまだ行われてはいないのである。

 WEには遺伝子が関係していることがある。チアミン・トランスポーターには高親和性であるTHTR1(SLC19A2遺伝子)と低親和性であるTHTR2(SLCA3遺伝子)の2種の遺伝子がある。さらにアルコールの慢性消費によってTHTR1とTHTR2の発現が低下することが示された。そして、ラットではTHTRの発現低下によって腸管からのチアミンの吸収が減少した。さらにチアミンの律速段階に作用する補酵素であるthiamin pyrophosphokinase (TPKase)も低下することが示された。アルコール依存症では吸収不全に食事摂取不良なども加わって数週間で体内のチアミンは枯渇するだろう。そして吸収障害によってVB1の経口投与は不適切な治療となってしまう。(まさに、負のスパイラルとなり、悪循環を繰り返し、TDとARBDがだんだんと進行していく。この負のスパイラルを断ち切るには適切な食事摂取しかない。なお、チアミンは1日に1~2mgが必要である。体内に貯蔵されているチアミンは肝臓で3~4mg。体全体でも30mgしか貯蔵されていない)。
 チアミン吸収の悪循環












 TDとアルコール代謝が組み合わさることによって生じるダメージはBBBを含む人体の多くの部位の適切なチアミンの輸送に干渉し、さらに、正常に機能するには高濃度のチアミンが必要であるアポ酵素の障害を引き起こす。BBBが障害されるため脳へチアミンを供給するには高濃度のチアミンが必要となり、経口投与では血液中の高いチアミン濃度を達成できないため不十分な治療となる。少量のVB1に反応する栄養不足によるWKとは対照的である。

 慢性アルコール中毒では他の栄養素不足も関連している。葉酸欠乏はVB1の吸収不全に関連している。葉酸欠乏ラットはVB1の吸収不全を示し、葉酸は能動輸送のプロセスの統合性の維持に役割を持つと考えられている。ビタミンB6とB12の欠乏はVB1の貯蔵を下げ、チアミン自体がチアミンの輸送速度を変更する。これらの知見は、治療では欠乏しているあらゆる栄養素を補給することの重要性を意味する(マグネシウムも補給する必要がある)。葉酸は神経新生を刺激する。前段階のWKSの海馬では神経新生が損なわれることが示されているため、葉酸の輸送障害も認知障害のメカニズムである可能性がある。肝障害や低血糖も寄与要因である可能性がある。慢性アルコール中毒では、肝障害が重度になるほど脳の変化はより重度になることが示された。KSの予防と治療の成功の鍵は、不足している全ての栄養素を補給することで、ARBDを防止し修復することである。(なお、アルコールにチアミンを加えて飲んでも、他の栄養素を取らないのではARBDを防ぐ効果は全くない。)

  TDはARBDとの相乗・相互作用でKSへの進行を促進することが示唆されている。オキシチアミン投与によるTDとアルコールへの神経毒性が組み合わされることで記憶保持障害が生じることが動物実験で示された。この障害は不可逆的であり、TDのみのケースで生じた場合と異なり、チアミンによる治療に応答しなかった。フェニトインには反応したため(フェニトインはNA+/K + ATPase活性を促進する)、TDとアルコールへの神経毒性の相互作用によるNA+/K + ATPase活性阻害によるものと推測された。

 脳のチアミンの80%はチアミンが2つリン酸化した形態を取る。これは脳細胞のエネルギー代謝(注;TCAサイクル)に関連するα ketoglutarate dehydrogenase、transketolase、pyruvate dehydrogenaseという3つの酵素の補酵素として作用する。ウェルニッケ・コルサコフ症候群と診断された剖検例では、この3つの酵素の著明な減少を認めた。脳のチアミンの50%はピルビン酸の酸化に使用されている。そして、脳は代謝や合成のプロセスのために常にチアミンの供給を必要とする。
 
 WKSの候補遺伝子が調べられている。チアミントランスポーター遺伝子(SLC19A2とSLC19A3)である。我々は、チアミントランスポーター遺伝子の3つの非翻訳領域にある2つの変化が遺伝子の発現に潜在的に影響を与えることを示した。さらに、WKSの109例と220例のコントロールによる遺伝子関連の研究では、WKSにおいてSLC19A3遺伝子上の4つのマーカとの関連性を示した。他にも関連している遺伝子があるかもしれない。WKSは多因子遺伝疾患であるかもしれない。
 
 単なる栄養不足によるTDと異なり、アルコール依存でのTDでは高用量のVB1が必要である。BBBやトランスポーターや酵素系が障害されているかもしれない脳への到達を可能にするVB1の濃度は、正常な濃度ではなく高濃度が必要である。吸収も低下している慢性アルコール中毒患者への経口投与では、高濃度は達成されていない可能性がある。しかし、プラセボとの対照研究はまだない。アルコール依存におけるワーキングメモリとVB1の投与量との関連を調べた研究では、200mgの筋注は5mgの筋注よりも著しく有効であることが示された。高濃度の方が確実に効果があるのである。さらに、WEでは高用量のVB1の経口投与では死亡例を防げないことが示されている。臨床反応を得るためには最初の数時間でチアミンを1gまで非経口投与する必要がある場合がある。ウェルニッケ脳症の即時治療については表に示した(大量にチアミンを非経口投与しても有害事象が出たのは0.001%であり殆ど生じない。なお、著者らは、参照したスライドではメマンチンが健忘の進行を防止するのに有効であると記載してあった。)

WEの即時治療








 

 栄養失調によるWEは劇的な変化で生じるため見逃されることはないが、アルコール依存によるWEではアルコールにより症状がマスクされ不顕性であり見逃されることがある。チアミン二リン酸(TDP)の血中濃度の測定がWEを発症することを識別できるかもしれない。TDPはメモリパフォーマンスに関連していた。これは、チアミンの輸送障害があるケースは記憶障害を発症する危険性があることを意味し、WEの予測因子になるかもしれない。WEの非アルコール性とアルコール性での比較では、アルコール性では眼症状、小脳症状, 古典的3兆候(眼球運動障害、失調性歩行、意識障害)、精神状態の変化が多かった。しかし、脳の神経病理学的所見と臨床病状とが相関しないこともある。(3症状があるのは16.5%でしかない。WEを疑う症状がなった例は18.6%もある。94例のアルコール性WEのうち64例はWEと診断されなかった臨床所見を信じてはいけない。なお、眼球運動障害は適切なチアミン投与によって1.5~6時間で改善が見られるはずである。)
眼球運動障害







 治療が開始される前に既に不可逆性の脳へのダメージが存在するかもしれないが、それは適切な量のVB1が長期的に与えられてからの結果を見ない限り推測できない。現時点では適切なVB1の量は分からない。英国ではチアミンはPabrinexという製剤で経口投与されている。Pabrinexは、アスコルビン酸500mg、ニコチン酸アミド160mg、塩酸ピリドキシン50mg、リボフラビン4mg、チアミン塩酸塩250mgを含む。ニコチン酸欠乏においても有効と思われる。しかし、残念ながら、英国ではアルコールによるWEを治療するためのガイドラインをまだ持っていない。
 
 アルコール依存症では以下のことを考慮してWEのリスクを評価しておかねばならない。
(1)アルコール依存症の重症度と依存の期間、断酒の期間。
(2)むちゃ飲みのパターンがあるか。
(3)性別。むちゃ飲みする若い女性が特に危険に晒される可能性がある。
(4)飲酒開始年齢。依存になった年齢(遺伝的な素因を持つ場合はアルコール依存が始まるのは25歳である)
(5)離脱時のてんかん発作などの合併症の既往や重症度。
(6)アルコール関連肝障害などの身体合併症の既往や重症度。
(7)BMIや栄養/栄養不良の度合。
(8)アルコール解毒の既往(解毒の回数や内容、経口でチアミンが与えられたかどうか、)
なお、若い患者では悪い状況下にあってもチアミンへの反応は早いが、高齢者であることは慢性的なアルコール依存と複数の不顕性のWEエピソードを有し予後不良である危険因子となる。
 
 KSは、重度の前向性健忘と逆行性健忘、時間や場所の見当識障害、病識欠如によって特徴づけられる。末梢神経障害、眼振、運動失調も存在するかもしれないが、KSでの眼振や運動失調は以前のWEのエピソードに関連しているものであろう。他の共通する症状としては、作話、不安、意欲低下がある。KSでは前頭葉の機能、遂行機能、時間空間処理の機能を調べるテストで低い点数を示す。しかし、IQはしばしば保たれており、手続記憶、意味記憶も保たれている。最近の研究では、KSはARBDが続いている結果であるという理論が支持されている。認知機能の評価はアルコール離脱後4週間までは行われるべきではない。
 
 WEが誤診されるか、VB1の治療が不十分である時に、KSが発生する。しかし、診断された時点で既に永続的または半永続的な脳障害が存在し、治療への反応が制限されるケースがある。常にWEのリスクのある患者を同定し非経口VB1の十分な量で治療しなければならない。チアミンの要求を増やすような脳内の変化が生じる前の時期での早期の介入が重要である。アルコールと非アルコールによるチアミン欠乏によるWKSには差がある。非アルコールでのチアミン欠乏ではKSに移行することは稀であり、KSはアルコール性で多く生じる。メカニズムが異なっており、アルコール性では高用量のチアミンの非経口投与が必要となる。我々は、WEを持つ多くのアルコール依存症は、チアミンで治療した後にもKSに移行するという現実に直面している。既に発症時には不可逆的な脳のダメージが存在するのだろう。非経口のVB1に対する応答や必要な量は様々である。必要となる非経口のVB1の量と期間に関する対照試験はなされていない。ARBDからの回復は時間がかかる。必要であれば数ヵ月にわたり脳機能に必要な他の栄養素の全てを供給し、非経口でVB1を与えねばならないだろう。今後の研究課題はアルコール中毒と離脱の繰り返しによる脳への相乗効果を調べることである。
 
(論文終わり) 

 この論文の著者らは、英国のアルコール性のWEのスペシャリストである。しかし、論文では、大量のチアミンの非経口投与でも、それでもなお、認知症への移行を防ぎ切れないケースがあると述べられている。アルコールの暴露によって脳神経細胞のTHTR発現も低下しているため、細胞内にチアミンをスムーズに取りこめなくなっているのかもしれない。

 場末の病院にはもっと条件の悪い患者が紹介されてくる。高齢者で、精神状態が極端に悪くなるまでは妻からも放置され続け(もはや解毒したところで手遅れかもしれません)、栄養失調、加齢による変化、脳血管性の変化など、多くの認知症へのリスクファクターが揃い過ぎているのである。場末の病院だし、大学病院でもないし、そんな悪い条件が重なったケースの認知症への移行が防ぎ切れなくても仕方がないことだと論文を読んで納得できた次第なのであった(そんな簡単に納得していいのかと言われそうだが)。

 これからは、病棟のナースから変に思われても嫌がられても、薬局からVB1の過量処方だとクレームの電話がかかってこようが、本人が点滴を拒否しようが、とにかく入院初日には最低10本はアリナミンFを、他のビタミン剤と伴に、口からではなく静脈(点滴)から投与するぞと誓ったのであった。もちろん酢も飲んでもらうのだ。それでも認知症に移行したらもう諦めるしかないだろう。

 このアルチュハイマー病の問題は非常に考えさせられるテーマである。論文の著者らも、解毒のための断酒がWEを進行させる懸念があると言っている。もうここまできたら、最後まで断酒や解毒をせずに天寿を全うしてもらうのもありかと思える。認知症になるリスクを冒してまで断酒する意味があるのだろうか。断酒が災いして認知症になってしまう本人にしてみたら、そんな哀れな認知症になってまで解毒や断酒はしたくないと言うかもしれない(断酒によってかえって逆に認知症が進行するリスクは家族には説明することはあるが、それでも、入院して断酒させて解毒させてください、できればずっと入院させておいてくださいと言う家族ばかりである)。解毒は本人の意志ではなく、家族の希望で家族のために行われる場合も多いのだ。しかし、赤塚不二夫のような生き方もありかもしれない。騒いだり暴力を振るわなければ、酒を飲んでいようがいまいが、家族としてはそれでいいのだから・・・。

 
(しかし、チアミン大量投与でも防げないということは、アルチュハイマー病には他にももっと問題が潜んでいるのかもしれない。もう少し調べることにした。)

以下、次回に続く。

バカボンのパパ1