今回は睡眠剤に関するテーマである。

 日本における眠剤の売上No1はマイスリー(ゾルピデム)である。2007年度の売り上げは194億であった。不眠を訴える人がいかに多いかが分かる。マイスリーは超短時間型(半減期2時間未満)であり、翌朝の持越しがなく、依存性や耐性形成が少なく、有害事象が少ないというのが売りである。しかし、睡眠剤は一般的に習慣性、依存性、耐性形成が生じ(マイスリーも同様であろう)、量も種類もだんだん増えていく場合も多く、睡眠剤の処方は年々増える一方である。乱用やOD(大量服薬)も増え社会問題となり、厚生労働省は睡眠剤は事実上2種までに限るという通達を平成23年11月1日に出した。

 マイスリーが日本市場に投入されたのは、2000年8月である。しかし、皮肉にもその後も眠剤の投与量は増え続けた。これは、見方を変えれば、マイスリーの市場への眠剤使用抑制効果はなく(眠剤としては社会に貢献できていない)、マイスリーも長期連用では効果がなくなり、さらに別の眠剤を追加しないと眠れなくなるという睡眠障害としては逆に重度にさせていっているのではと思えるのであった(マイスリーだけでなく、ロヒプノール、サイレース、レンドルミンといったマイスリーの発売前からの眠剤も眠剤の使用増加に悪影響を与えているのであろう)。
睡眠剤の増加







 一方、この現象を反映するかのように、当院に入院依頼されてくるケースも眠剤の多剤併用例が非常に多くなっているのであった(睡眠剤が未使用や1種しか入っていない例は稀である)。そして、一律に口を揃えて訴える言葉が多剤併用にも係らず「眼れない」という言葉である。

 場末のP科病院にようこそおいで下さいました。しかし、入院後はもっともっと眠れなくなるかもしれません(汗;)。

 あなたが入院する病室は4人部屋です。皆、いびきをかいています(眠剤と肥満の影響か)。しかも、消灯時間が決まっています。午後9時きっかり消灯です。眠剤は午後8時半に内服です(時間が早過ぎるんじゃないのか)。早く眼らないと隣の患者様のいびきで眠れなくなりますよ。他患よりもいかに早く眠るかが勝負です。さらに朝の時間は6時から始まります。すなわち9時間も眼れないと大変なことになるのです。日本人の平均睡眠時間は7時間でしょうか。入院患者の訴えで結構多いのが、午後9時には眼れるけど朝の4時に目が覚めてしまい(睡眠7時間。それで十分なはずですが)、2時間もベッドの中でじっとしているのが苦痛で、もっと眠剤をきつくしてください。逆に、隣の患者が朝早くから起きてごそごそするからそれで眼が覚めてしまうので、もっと眠剤をきつくしてください。ナースの報告も厳しいですよ。この患者は追加眠剤を毎晩飲んで寝ています(眠剤をもっと増やすべきだという意味が込められたナースからの報告である)。どんどん眠剤が増えていきます。

 まあ、日本の精神科病院はどこも当院と同じような設定なのでしょうけどね。患者様の入院中のQOLよりも管理体制が優先されていますから。日課を個人ごとに決めるなんて不可能です。病院が決めた時間に強制的に合わされることになります。病床は100%個室が理想的ですが、当院の急性期病棟の個室は15%程度です。それでも、当院は他院と比べれば個室が多い方でしょうか。しかし、個室でも消灯時間は皆同じく午後9時です。睡眠障害のマニュアルに反するようなことが病院内では多いのですが、経営者も上層部も誰もが無関心です。学術論文なんかは誰も読んでいません。金儲けのことしか頭にありません。経営セミナーの記事ばかり読んでいるようです。
 
 睡眠は一日の3分の1を占める大切なものです。しかし、枕は固い。私物の枕は使用禁止です。私はふかふかのでかい枕でないと眠れません。平べったい硬い枕では眠れません。不眠を訴えている人には私物の枕を許可してもいいと思っていますが、病院の看護管理部は認めてくれないでしょう。ベッドのマットレスもチープな作りのもの。真っ暗にしたら自殺予防や事故防止にならないとかで、薄暗い電燈が天井にずっとついているし(この照明パターンはうつ病を惹起するという論文あり。■関連ブログ2013年3月5日)、入浴の2~3時間後に寝るのが理想的なのだそうですが、入浴は午前中のみです。

 特に認知症の方は昼夜逆転し易いため、昼は努めて起しておいてほしいのですが、認知症病棟に午後1時半頃に行くと皆スースーと気持ち良さそうに昼寝をしています。節電のためか室内の電燈は消され、どうぞ昼寝をしてくださいといわんばかりです。経営方針なのだろうけど。デマンド装置とかが施設管理室に設置され、電力の消費が一定以上に上がらないような仕組みが導入されています。電気代の基本料金はそうやって安く維持されます。しかし、この光景に誰も疑問を感じないようです。ナースは起しに来ません。事務処理をたくさんしないといけないのです。看護管理部に怒られるのが怖くて事務処理に全力投球します。書類を増やしたのは看護管理部です。

 看護管理部には、看護部長、副部長合わせて管理職が3人もいます。仕事と言えばどうでもいいようなアホかと思うくらいに多い院内委員会への参加と書類への印鑑押しでしょうか。せめてもの罪滅ぼしに管理部の誰かが病棟に起しに来ればいいのに、看護管理部はいつも誰も病棟には来ません。現場の状況はどのように把握しているのでしょうか。師長からの都合のいい報告を聞いて把握しているつもりなんでしょうけどね。看護部長はこの時間は食後の休憩でタバコを吸いに遠くの喫煙所に行っているのでしょう。おかげで患者様は確実に30分以上、最低1時間は昼寝しています。実にすばらしい管理体制です。昼寝をし過ぎるのは当然夜の不眠につながります。睡眠覚醒の位相も遅れていきます。夜は眠れなくなり、昼夜逆転になっていきます。夜の眠剤や抗精神病薬が増え、認知症患者のADLの低下を招くことでしょう。病棟OT(作業療法)などは一番昼寝し易い時間に実施してくれて昼寝の防止につなげてくれたらいいのに、なぜか午前中ばかりに実施していますね(午後にもOTをしているが、午前が多い。OTも午後は書類作成時間なのであろう)。

不眠への対応の原則(管理主義の入院生活ではこの原則に沿った対応は不可能です)
sleep


















 
 
 そういった病院が勝手に決めた入院生活の矛盾は数えればきりがありません。うつ病への断眠療法などは管理部からクレームが出て実施するのは無理でしょう。断眠療法は効果は持続しないものの、即効性がある場合もあります。難治性のうつ病の患者様に短時間でもいいからうつが治った感じを実感してもらうのもいいとは思うのですが。私のうつも良くなるのかもしれないと希望が持てるようになるはずです。しかし、一晩中患者を眠らせずに起こしておくなんて看護管理部にしてみれば論外でしょうから。

 これでも当院は日本医療機能評価機構認定病院です。厚生労働省から天下った役人達はそういった患者様へのQOLや日課には一切関心がないようです。この認定を受けてから書類がいっきに増え、無用な委員会もいっきに増え、医療スタッフが患者様と接する時間が激減し、個々の患者様に自由に合わせるような病院作りが不可能になりました。療養環境を整える使命を有するはずの日本医療機能評価機構によって療養環境が逆に破壊されたのです。看護管理部も患者様のQOLなど興味がないようです。入院患者でベッドがどれだけ多く埋まっているしか興味がないようです。経営者には常にイエス・サーとしか言いません。評価機構も認定を受ける際にはきちんと患者を管理しているかといった管理事項ばかりを評価しています。看護管理部はきっちりとこの指導を守っております。無用の天下り団体の指導は実にすばらしい。なお、看護管理部という無用の部署ができたのも評価機構の認定を受けるためです。それまでは看護部長室のみの体制でした。病院の組織まで改悪されました(涙)。

 日本医療評価機構の認定をなぜ受けるのか。それには裏があります。通常は医療法人の理事長は医師しかなれないと定められているのですが、 日本医療評価機構の認定を受けた病院に限って医師以外でも理事長になれるという裏があるのです。こんな特例を認めていいのでしょうか。病院のあるべき姿を決める理事長は、医療の本質を理解している医師であるべきです。病院の療養環境が破壊されてでも日本医療機能評価機構の認定を受ける理由がそこにあります。もし、日本医療評価機構の認定を受けている精神科病院は、書類が多く、医療スタッフとは十分に接することができず、管理体制ばかりが強化された病院だと思っていてよいでしょう。これでは入院しても睡眠障害は改善しませんね。

 睡眠障害は精神科病院に入院したからといって改善しない。特に、日本医療機能評価機構認定病院においてはそうである。そう思っていた方がいいでしょう。

 話は大きくそれてしまいましたが、眠剤などを就眠前に多剤併用していても不眠の訴えが強い患者様で(こういう患者様が多いのですが)、おまけに、夜中に焼きそばを作って食べたけど全く覚えていないという訴えの人が入院したことがあります。夜中にとにかく食べるらしい。過食は眠剤を飲んだ後に生じるとのことでした。そして、毎朝、夜中に食べたものが部屋に散らかっているが記憶が全くないらしい。そういった夜中の過食と記憶障害が毎日のように続いているとのことです。それを通院先に言ったら入院した方がいいと言われたそうです(しかし、入院するなら睡眠外来があるような終夜睡眠ポリグラフ検査PSGができる大学病院に入院すべきだったかもしれません)。

 これは、睡眠剤による有害事象の一つと思われました。すなわち、睡眠剤誘発性摂食障害であり、睡眠剤誘発性行動障害のように思われます。薬剤誘発性の「せん妄」との鑑別も必要になるでしょう。この患者様が常用している眠前に飲む睡眠剤は変薬が繰り返されているのですが、様々な睡眠導入剤、抗不安薬、抗うつ剤などでした(常にかなりの種類と量になる)。

 文献によれば、そういった事象がマイスリー(ゾルピデム)などの睡眠剤で生じるようです。私の場合はロヒプノール・サイレースを飲むとやたらと食べたくなります。しかし、マイスリーでは生じません。こういった事象を個人的には睡眠剤による「パクパクモグモグ症候群」と呼んでいます。マイスリーでの国内のWEB上での書き込みを調べてみましたが、マイスリーでもそういった書き込みが確かに見られます。決して珍しいことではないようです。

(文体をいつもの論文調に戻します。)

 そこで論文を調べてみることにした。現在一番良く使用されているゾルピデムでもそういった有害事象が生じるのであろうか。調べてみたらやはり生じるようであり、ヒットした論文の中からいくつかを紹介する。なお、この有害事象の頻度はまだ不明であるが0.3~1%と推測されている。

 ゾルピデムによって健忘摂食障害(夜中の摂食)が生じる。睡眠関連摂食障害Sleep related eating disorder (SRED)である。ケースレポートではうつ病などを有し、いびきをかき、抗うつ剤など多剤大量処方となっていた女性のケースが紹介されている。彼女は入眠後の1時間半後に毎晩夜間の摂食行動が発生した。完全に覚醒し歩いて下の階のキッチンまで行って食べていた。しかし翌朝には健忘で覚えていなかった。ゾルピデムが中止されたら消失した。眠剤をエスゾピクロンと置換(本邦ではルネスタという商品名。レグナイトと間違えて記載していました。レグナイト→ルネスタへ訂正しました。お詫び申し上げます。2013年8月26日)したが再発はしなかった。PSGでの脳波所見では徐派睡眠とレム睡眠の減少とステージ1・2の睡眠が増加していた。これまで報告されているケースは全て覚醒して摂食している。ある種の薬物(抗うつ剤など)によって悪化する傾向がある。約25%に周期性の四肢運動があった(むずむず脚症候群と似たような病態)。この運動が覚醒につながる。むずむず脚症候群との関連性が考えられている。むずむず脚症候群に効果があるクロナゼパムやLドーパ(ドーパミンアゴニスト)で改善することがある。

 上の論文とほぼ同様の内容。ゾルピデムは一過性健忘、睡眠時歩行、睡眠関連摂食に関連しているが、ほとんど知られていない。我々はこの有害事象を警告する。

 ゾルピデムによって誘発される夢遊病、摂食障害、睡眠状態での車の運転(;゚Д゚)。ゾルピデムの中止によって消失した。ゾルピデムは10mgの使用の場合が多いが、多剤との併用では5mgでも生じている。この有害事象は0.3~1%と推測される。健忘を残すが、この状態の時には会話も可能である。ゾルピデム使用中と中止後にPETを使用して脳のグルコース代謝を調べたが有意な所見は得られなかった。ゾルピデムはGABA受容体α1サブユニットにアロステリックにアゴニストとして作用する。べンゾジアゼピンと同じ結合部位である(ω受容体)。ω受容体は2種があり、ω1受容体は催眠鎮静作用に、ω2受容体は抗痙攣作用、抗不安作用、筋弛緩作用に関連している。ゾルピデムはω1受容体に選択性があると言われている。ゾルピデムはこういった有害事象を起こすが、一方では睡眠導入以外の様々な効果を神経疾患や精神疾患に対して発揮する。改善が報告された疾患としては、眼瞼痙攣、統合失調性感情障害の緊張病症状、無酸素症後の意識障害(特にこの病態は従来は改善しないと考えれていたがゾルピデムで奇跡的に短時間改善することが報告された)、パーキンソン病でのジストニア、脳卒中後のブローカ失語などである(効果は短時間の一過性であるが)。GABA受容体のα1サブユニットは脳内の様々な部位で発現しており、摂食行動などの有害事象も臨床効果もα1サブユニットを介した作用であると推測される(下図)。脳の様々部位に同時に作用することで脳の一連の行動パターンを生じさせるのであろう。
GABA受容体









 夜間の摂食障害night eating syndrome (NES)の治療に関するレビュー。NESは食欲の概日リズムの位相の遅れに起因している。NESでは夜中に覚醒して食べたいという強い衝動性がある。そして翌日に食べたことを想起できないことも多い。認知行動療法CBT、漸進的筋リラクゼーションProgressive muscle relaxation (PMR)、光療法、行動療法などが有効である。薬物療法としては、SSRI(ゾルピデムを服用しながらもセルトラリンで改善したとのこと)、トピラマートがある。なお、睡眠剤は全てこのNESを誘発する可能性があるため、NESの場合は睡眠剤の使用は原則として勧められない。

 NESに対する行動管理。NESに対する認知行動療法について詳しく解説してある。NESはうつ病と併存することがある。2008年にようやくNESの診断基準(過度の夜食=少なくとも食物摂取量の25%が平均して3ヶ月間夕食後に摂取される、など)が確立した。薬物療法では、SSRI(エスシタロプラムなど)は有用ではあったが、プラセーボとの有意差は示されなかった。CBTが非常に効果がある。NESのCBTに興味がある方は是非↓をご覧ください。無料でフルテキストが見られます。

 睡眠関連摂食障害の夜間摂食エピソードをビデオ撮影を使っての研究。本文が見れないため眠剤の使用の関連は不明。半数の患者に睡眠中に繰り返し起こる咀嚼と嚥下運動が覚醒イベントに関連付けられているという特徴があった。歯ぎしりをする人はSREDが出やすいのかも。ドーパミンアゴニストが有効であった。

 なお、海外ではマイスリーの徐放製剤が発売されているが、FDAはこの徐放製剤の使用用量を減らすことを指示した(居眠り運転の危険性あり)。なお、国内でもマイスリーの徐放製剤の治験が行われていたが既に中止されている。なぜ超短時間型のマイスリーをわざわざ除放製剤にして長時間作用するように変化させるのか、その意図は不明。パテント切れへの対抗措置らしいが意味はない。

 結局、この患者は入院翌日も買っておいたスナック菓子を夜中に過食をして翌朝覚えていなかったと言ったため(当初は個室を使用)、眠剤や抗不安薬を減らし(何を使っていたかは私はもう覚えていないが、多剤併用であったことだけは覚えている。すみません。)、レボトミンを入れたのだが(25mg)、レボトミンで眠れるようになり夜中の過食もなくなったが、レボトミンは次の日も眠む過ぎるのでやめてほしいと言うため、レボトミンをやめたが、それでは寝付けないしよく眠れないからもっと眠剤が欲しいと言うため、しかも、夜の状況をよく聞いてみたら、むずむず脚症候群のような症状があったため、眠剤1種にクロナゼパム(眠前)とドーパミンアゴニストであるビ・シフロール(夕食後)を少量入れてみたら熟睡でき夜中の過食も出なくなった。どちらが効いたのかは分からないが、まあ、結果オーライならばいいだろうか(こういうケースの多剤併用はやむを得ない。文献的には既に報告例があり、この場合は合理的な多剤併用であると言い訳しておこう)。
(レボトミンは緩和ケアの際に高く評価されている。私は睡眠剤の代替として使用している。半減期が長く翌日の日中も眠いのが難点である。しかし、眠剤を増やさずとも確実に眠れる。)
http://grpct.grampianspalliativecare.com.au/aspx/documents/EPAL%20May%202010.pdf

 最後に、ベンゾジアゼピン系の睡眠剤やマイスリーは発癌作用があると報告されており、睡眠導入剤を内服せずに眠るに越したことはないようだ。メイヨークリニックでは発癌の危険性を警告し、睡眠剤を使わない不眠の治療(CBTなど)に力を入れているようである。ご参考までに。↓。

(不眠症のガイドラインなど)