これが、もし、事実ならば、クロールプロマジン以来の大発見かもしれない。

JAMAの2013年7月に掲載されたばかりの論文を今回は紹介したい。

 精神科と麻酔科は関係が深いようだ。麻酔薬の中に精神科治療のヒントが隠されているのかもしれない。クロールプロマジンは麻酔薬からの発見であったが、今回も同じように麻酔の際に使用される薬物からの発見である。うつ病で速効性を発揮するケタミンが同じく麻酔薬(静脈麻酔剤)であったように、今回のニトロプルシッドも麻酔薬からの発見である(手術中の高血圧時の降圧剤として使用する薬剤)。

 しかも、ケタミン同様に速効性を発揮し、1回の使用で4週間も効果が持続したようだ。これが事実であれば、凄いことである。そんなことは統合失調症ではこれまで考えられなかったことであるからである。
SNP-NO




 

 

統合失調症の急性期の症状がニトロプルシッド・ナトリウムの静脈注射によって急速に改善した
「Rapid Improvement of Acute Schizophrenia Symptoms After Intravenous Sodium Nitroprusside」
(全文。PDFファイル。↓)

治験のデザイン

 統合失調症(SZ)の陽性症状、陰性症状、不安、抑うつ症状へのニトロプルシッド・ナトリウムSodium Nitroprusside(SNP)とプラセーボとの二重盲検試験を行った。2007年3月9日から2009年3月12日においてブラジルのサンパウロ大学病院にて実施。19歳~40歳の20名の統合失調症の被験者が、ニトロプルシッド・ナトリウム、あるいは、プラセーボ(5%のブドウ糖液)をランダムに割りあてられた。被験者は既に発症から最初の5年で抗精神病薬の治療を受けていた。ニトロプルシッドは0.5 μg/kg/minを4時間にわたり静脈から投与された。症状の評価はBPRSの18項目(BPRS-18をメインに評価し、他にもPANSSの陰性症状の項目などにてなされた。

結果

 プラセーボと比較してBPRSの点数は4時間以内に有意に改善し効果は4週間持続した。ニトロプルシッドの静注は統合失調症の入院患者のルーチンの治療法として用いることができる方法だと言えよう。

本文の概要

 最近の研究では、統合失調症においてはドーパミン系以外の他の異常が存在することが有力となってきた。この異常の1つに「グルタミン酸-酸化窒素(NO)-環状グアノシン1リン酸(cGMP)」というネットワーク(glutamate–nitric oxide–cyclic guanosine monophosphate network)の異常がある。SZにおいてはグルタミン酸系の神経伝達の機能不全があると推測されている。さらに、健常者と比較して、SZは酸化窒素(NO)とcGMPが減少していることが見い出された。NOやグルタミン酸の産生を薬物や遺伝子操作で抑制した齧歯類の動物モデルでは精神病のような行動を示した。我々は、前臨床試験にて、ニトロプルシッド・ナトリウムがNMDA受容体阻害剤であるフェンサイクリジン(PCP)によって誘発された行動上の変化やc-fosの発現を完全にブロックしたことを観察した。塩化ニトロプルシッドがPCPに拮抗するメカニズムは不明なままだが、ニトロプルシッド・ナトリウムはその化学式からも分かるように(↑の図の赤でかこった部分)、脳内でNOを産生し、cGMPの産生を増加させることは既に分かっており、この作用がNMDA受容体の活性を調節するのかもしれない。我々は、前臨床試験からニトロプルシッド・ナトリウムは統合失調症の症状を改善できるかもしれないという仮説を立てた。

NO-cGMP





 

 ニトロプルシッド・ナトリウムの有利な点は、1800年代という古くから知られている薬剤であり、1929年以来重度の高血圧に使用されてきた実績がある薬剤という点である。あまり臨床では使用されないのだが、それは、頻回に使用するとシアン化鉄の蓄積を起すからである。しかし、我々が治験で用いた量(0.5 μg/kg/min/4h)は最少用量であり、こういった心配は生じない。ニトロプルシッド・ナトリウムの静注は副作用が非常に少ない統合失調症の有利な治療法になり得るであろう。

(方法、分析手法は省略)。

結果

 ニトロプルシッド・ナトリウム群とプラセーボ群における特徴は表2に示した。大きな違いは見られなかった。各被験者の治験時の薬物療法の内容は表3に示した(例えば、被験者No1は、リスペリドン8mg、レボメプロマジン75mgを内服中など)。BPRS-18スコアはニトロプルシッド・ナトリウム群において2時間目から有意な改善を示し4週間後も持続していた(図2)。さらに、思考障害、引きこもり、不安・抑うつなどのサブスケールスコアも有意な改善を認め4週間後も持続していた(図4)。PANSSの陰性症状のスケールも同様に改善した(図5)。血圧、心拍数、血液酸素飽和度などの生理学的なパラメータの変化は両群との間に有意な差はなかった。どの被験者も治験中に他の薬剤の投薬や処置を受けることはなかった(=安全であった)。ニトロプルシッド・ナトリウム群の3例では、もはや他の抗精神病薬の内服を必要としなくなった。さらに、ニトロプルシッド・ナトリウム群の5例では、これまで内服していた抗精神病薬の減薬が可能となった。2例は治験前の同量の内服が継続された。
表2図2図4図5




 

































































議論

 ニトロプルシッド・ナトリウムの抗精神病作用は現時点では不明なままだが、まず、NOの血管拡張作用(脳血流改善作用)が関与しているのではと考えられうる。しかし、今回の治験中の生理学的なパラメーターでは血管系への関与は否定的である。なぜならば、治験では最少の使用量であり、しかも血圧が正常のケースでは降圧作用を発揮させるにはニトロプルシッド・ナトリウムは今回とは異なる相当な高用量を必要とする。今回の被験者には高血圧はいなかったし、高血圧におけるニトロプルシッド・ナトリウムの降圧(血管拡張)効果は投与を中止すれば10分後には消失する。しかし治験における抗精神病効果は28日間も持続した。従って、血管拡張作用が関係しているとは考えられない。
 
 次に、ニトロプルシッド・ナトリウムと元々内服していた抗精神病薬との相互作用が考えられが、ニトロプルシッド・ナトリウムと抗精神病薬の代謝経路は異なるし、処方されていた薬剤は被験者ごとに異なるため、抗精神病薬との相互作用によるものとは考えにくい。

 最も推定されうるニトロプルシッド・ナトリウムの抗精神病作用メカニズムとしては、NMDA-NO-cGMPという経路が関与していることであろうか。SZではNMDA受容体の機能不全が想定されており、NMDA受容体を調節することで治療効果が発揮されることが報告されている。cGMPはSZの患者の脳脊髄液では減少しており、抗精神病薬の投与によって脳脊髄液中のcGMPは投与前よりは増加することが知られている。別の報告では、NOの代謝産物はSZの血漿や脳脊髄液中では減少しており、陰性症状と逆相関していた。Brennandらは、PSD-95タンパク質を介したNMDA-NO経路が統合失調症と大きく関連していることを提示した。
(SZの患者から採取したiPS細胞を海馬組織まで分化させたが、PSD95タンパク質レベルとグルタミン酸受容体の発現と連動した神経突起数の減少と神経接続の消失を認めた。)

 ニトロプルシッド・ナトリウムはNOを発生させ、cGMPの産生を増加し、NMDA受容体を調節するが、これは、「グルタミン酸-酸化窒素(NO)-環状グアノシン1リン酸(cGMP)」経路を調節することで、それがたとえ同時に多くのレベルでの作用であろうとも、臨床的な効果を発揮しているのであろう。この経路がSZへの臨床効果を発揮しているのかは、さらなる研究が必要である。

 今回の研究には検体数の少なさ、発病後から比較的に早い段階の被検者である、などの制約事項があり、今後は慢性期の病状になどの検証が必要である。さらに、効果が48時間持続しなかった例や、7日後から抗精神病薬の投与が許可されており、投与から時間がたった時期でのニトロプルシッド・ナトリウムの効果は明確には言いきれない。しかし、ニトロプルシッド・ナトリウム投与はBPRS-18やPANSS陰性症状などのスケールが急速に改善したことは明らかに示されている。

 なお、拒絶反応などの有害事象は一切生じなかった。また、既に内服している抗精神病作用との相互作用も一切生じなかった。低用量のニトロプルシッド・ナトリウムは非常に安全であり、速効性があり効果的であった。ニトロプルシッド・ナトリウムは、精神科救急における治療にも役立つことであろう。さらに、維持療法における抗精神病薬の長期使用の代替として役に立つことであろう。ニトロプルシッド・ナトリウムの治療を定式化していくことは統合失調症の治療において有益となろう。

(論文終わり)

JAMAの編集者の1人は、今回の論文に以下のようなコメントを雑誌に掲載している。


 NMDA受容体(神経可塑性を調節するグルタミン酸塩受容体サブタイプ)の機能低下が統合失調症の陰性症状と認識機能障害に特に関連しているという見解がますます無視できなくなってきた。NMDA受容体刺激の下流では、カルシウムイオン(Ca2+)-カルモジュリン(calmodulin)–を介してNOの産生が活性化され、NOは神経伝達に関与する。NOはcGMPの産生につながり、cGMPは他の神経可塑性に関与する分子を活性化する。ニトロプルシッド・ナトリウムは、NMDA受容体を迂回してcGMPの作用を発揮している可能性がある。

 NMDA受容体機能を高めると想定されるD-serineやグリシン(NMDA受容体のアロステリック調節部位に作用する)の臨床試験が行われているが、抗精神病薬では効果が期待できない陰性症状に最も効果を発揮しているようだ。今回の注目すべき点は単回投与による急速な効果と2週間もの効果の持続である。このような驚くべき効果はケタミンでも既に知られている。

 ローマ神話のヤヌスのように、NOは2面性を持ち、負の作用としては神経毒となる活性酸素を形成する。酸化ストレスの所見はSZの死後脳で見い出されている。NO産生酵素の発現増加はSZの小脳において見出されており、この所見がMNDA受容体の機能を代償するための変化なのかは不明である。

 一方、今回のニトロプルシッド・ナトリウムの別の効果としては、血管拡張剤としての脳血流の改善も考えられうる。SZは健常者と比較して前頭葉と側頭葉において脳血流が低下しているという所見が多くの研究で報告されており、この所見は陰性症状に関連していると考えられている。

 今回のNMDA受容体の神経伝達経路の下流に位置するNOの補完によってSZの症状が改善したことは、SZにおけるNMDA受容体の機能低下をさらに強く示唆する所見であろう。今回の所見は、SZにおけるNMDA受容体へのアロステリック調節物質の効果、NMDA受容体アンタゴニストの統合失調症様症状の惹起作用、自己免疫疾患の表現型の1つとしてSZにおけるNMDA受容体への自己抗体の関与、といったこれまでの所見と一致する。ニトロプルシッド・ナトリウムのSZへの研究がさらに注意深く進められていくことに期待したい。

(編集者のコメント終わり)

 既に、20年以上も前からニトロプルシッド・ナトリウムがNMDA受容体刺激を介したカルシウムイオンの流入を阻害し、この作用はNOによるものではなく、シアン化鉄による作用であろうと報告している。今回の効果はシアン化鉄による効果である可能性もある。

 さらに、2012年に日本の研究にて、NMDA受容体刺激によってNOの産生が誘導され、NOがシナプス間隙を逆行し、シナプス前終末におけるcGMPの産生を促し、フィードバックループを介してNMDA神経系の伝達機能を維持しているという論文が出されている(=逆行性神経伝達物質。この生理学的機構はシナプスの可塑性に関与している。)。このフィードバックループに関与する物質としてcGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)も想定されている。SZではこの逆行性のフィードバックループの機能が低下しているのであろうか。ニトロプルシッド・ナトリウムがこのフィードバックループを補完したことでシナプスの可塑性を改善し効果を発揮した可能性がある。
http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E9%80%86%E8%A1%8C%E6%80%A7%E4%BC%9D%E9%81%94%E7%89%A9%E8%B3%AA
NMDA-NO-cGMP














 さらに、ニトロプシッド・ナトリウムによるNOの産生は、海馬においてNMDA受容体を介することなくGABA作動性の抑制性の介在ニューロンの機能を直接的に増強することが動物実験では示されている。この海馬におけるGABA作動性の抑制性の介在ニューロンは、SZにおいてはその神経細胞数が減少し、その機能も低下しており、それがSZの発症メカニズムに関与していると想定されている(この点については別の機会に触れる予定である)。ニトロプルシッド・ナトリウムから産生されたNOがSZに大きく関与している病態メカニズムを直接的に制御し修正した可能性がある。
 なお、cGMPはホスホジエステラーゼ10A(PDE10A)によって不活化されるため、このPDE10Aを阻害するような薬剤が統合失調症、認知症、うつ病などの精神疾患の治療薬として期待がかかっている。論文で述べられているように、ニトロプルシッド・ナトリウムの効果はcGMPを介した作用である可能性がある。もし、そうであれば、ニトロプルシッド・ナトリウムはうつ病や認知症にも効果を発揮するかもしれない。

 一方、ニトロプルシッド・ナトリウムは鉄イオンを生成し、cAMPの産生を促すことも分かっている。cAMPはPKA-MAPKを介してヘムオキシゲナーゼ(HO-1)の産生を促す。

 HO-1は神経細胞の保護に関与しており、ニトロプルシッド・ナトリウムの効果はHO-1を介した効果である可能性もある。

 しかし、HO-1の増加が統合失調症やアルツハイマー病などで示されており、HO-1の増加は疾患のプロセスに代償しようとする反応であるかもしれないが、HO-1は鉄イオンや一酸化炭素を誘導し神経細胞には有害であるとも考えられている。HO-1を過剰に発現するようにしたラットのモデルでは、マイナスの結果(SZなどの精神疾患を引き起こす)も示されており、HO-1に関しては見解が異なっている。ニトロプルシッド・ナトリウムがHO-1の生成を促すのであれば、使用する用量によっては逆に有害な反応(症状悪化)を示すおそれもある。
http://www.ostabiotechnologies.com/images/HO_Human%20CNS%20Disorders_FRBM_04.pdf

 最後に、ニトロプルシッド・ナトリウムは神経毒性を有する物質としても知られており、今回の結果は、これまでのニトロプルシッド・ナトリウムのイメージを正反対にしたような結果ではある。
http://journals.lww.com/neuroreport/Abstract/1991/03000/Sodium_nitroprusside_degenerates_cultured_rat.2.aspx

 神経系には有害と考えられていたニトロプルシッド・ナトリウムという薬剤が革命を起こすかもしれない。今回の論文は統合失調症で苦しむ患者さんにとっては朗報ではなかろうか。かっては有害と考えられていた薬剤がある種の特定の疾患では非常に有効であった例としてサリドマイドがある。今ではサリドマイドは多発性骨髄腫の治療薬として再使用されるようになったが、サリドマイドは催奇性がある薬剤として発売禁止になっていた。ニトロプルシッド・ナトリウムもサリドマイドと同様な救世主的な存在となるのであろうか。

 ニトロプルシッド・ナトリウムは「ニトプロ」という商品名で日本でも発売されている。日本でも使用しようと思えばいつでも使用は可能である。しかし、適応症は手術の際の高血圧に限定されており、使用するとなると、まるめ病棟に入院中の患者にしか使用できないであろう(まるめ病棟では薬剤の使用が疾患によって限定されない)。しかも、神経毒性があると考えられていた物質であり、統合失調症への適応症もないため、本人だけでなく家族の同意をも必ず取らねばならないであろう。しかし、論文ではニトロプルシッド・ナトリウムの1回の使用で以後の抗精神病薬の内服が不要になった例が3例も含まれており、ニトロプルシッド・ナトリウムの治験が日本でも始まることを期待したい。「ニトプロ」の製薬会社はマイナーな製薬会社(丸石製薬)であり、このままでは治験が始まることはないであろう。大手の製薬会社がSZの治療薬としてニトロプルシッド・ナトリウムの治験に乗り出してくれないかなと願っている次第である。
(ニトプロの添付文書)
ニトプロアンプル